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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」
Name: ここち◆92520f4f ID:e98270e7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/21 14:40
†月∪日(鍋でしか裁けない罪がある)

『世界を一つの鍋パーティーであると仮定する』
『この機動戦士ガンダムOO世界、現実世界と同じく西暦を使用している関係上、話を単純化するため、原作の始まる少し前に小さな鍋が粉砕され、残った材料が大きな鍋へと移された』
『材料が集められたのは、ユニオン鍋、人革鍋、AEU鍋の三つの大鍋だ』
『大きな鍋三つは、手に入れた小さな鍋達の材料を元に、それぞれ独自の調理を始め、戦争も半ばを過ぎた辺りで大方の鍋は方向性を定める事に成功した』
『味付けも具材も異なる鍋ながら、それらの鍋には味があった』
『皆違って皆良い。そんな事を口にしながら、彼等は相手の鍋を突くチャンスを密かに伺う程に、彼等の鍋は素材を生かした素晴らしい鍋だった』

『そこに、パーティー会場から抜け出し身を潜めていた、小さな小さな鍋が現れた』
『その鍋は三つの大きな鍋にも破壊された小さな鍋にも気付かれないよう、少しずつ、全ての鍋から必要な材料を拝借し、』
『SB鍋「メルクの星屑どヴぁどヴぁ」』
『あらゆる素材の味を塗りつぶす最強の調味料で、鍋パーティーで造られた全ての鍋を陳腐化してしまったのだ』

『つまり、これがGNドライブの功罪』
『GNドライブ及びGN粒子の齎す超常の能力はMSを新たなステージへ押し上げたが、逆にGNドライブを搭載しないMSの技術発展は一旦ここで途絶える』
『これから暫く、少なくとも劇場版とそのアフターストーリーが終わるまでの間、あらゆるMS技術はGNドライブを活かすための技術として扱われてしまう流れが出来た』
『例外もあるにはあるが、それはGNドライブ出現前から研究されていたものが実を結んだだけというのが殆どだろう』

『仮に、この世界にGNドライブの理論を提唱した資産家の老人が居なかったのなら』
『時間はかかっても、間違いなくGNドライブと同等かそれに並び立つ技術が現れたことだろう』
『というより、イオリアが思いつかずに他の真っ当な技術屋なり科学者なりが思いつけば、もっと大々的に技術を明かされて、GNドライブ搭載機の系統樹も横に広くなっていたのではないだろうか』

『……こう書くと、GNドライブがリアル系技術の系統樹を貶める、世界観に合わないトンデモ技術に思えるかもしれない』
『だが、大概の厨二気味リアル系ロボものは、まず真っ当な技術開発が行われており、その上で主人公や侵略者が齎した超技術で話が動き出すものなのである』
『人間やその世界の主要な種族が練り上げた技術を踏みにじる展開は、ある意味ではリアル系世界では逃れ得ぬことなのかもしれない』

『それに、あくまでもこれはIFの話でしか無いし、仮にGNドライブ技術が早い段階で各国に広まったとして、正史と比べてこれといった応用技術は増えなかっただろう』
『何しろ、イオリアは未だ実機も造られていない理論の段階で、GNドライブやGN粒子の応用技術の大半を予測してしまっている』
『外伝でしか登場せず、結局他の兵装に応用されたのかどうか怪しいGNリフレクションにしても全く新しい技術ではなく、ガンダムが元から持つGN粒子制御技術のちょっとした応用でしか無い』
『トランザムは言うに及ばず、ツインドライブによるトランザムバースト、それに伴う脳量子波を利用した他者との精神接続(精神感応か? 違いはそれほど無いが)に、恐らく、量子テレポートすら』
『全て、作中に登場するGN粒子を利用した技術のほぼ全ての基礎理論が、ヴェーダの中には記されているのだ』

『実際問題ソレスタルビーイングの、というより、ヴェーダに記されたイオリアの理論は少し、いや、過剰なほどに、GN粒子関連技術を学ぶ教科書として優秀過ぎるのだ』
『ヴェーダのデータベースを自由に閲覧できる権限があれば、ソレスタルビーイングが実際に開発するのを待つ必要性は殆ど無い』

『ただ、それはあくまでもGN粒子関連技術の学習をこなす上での完璧でしかない』
『リアルロボット系世界の住人たち、そして実際に研究開発を行う科学者や技術者達が、武力介入を行うガンダムと敵対し、集まった情報のピースから如何なる推論を行うか』
『また、擬似GNドライブを与えられた彼らがどのようにGN粒子の特性を生かすべきか試行錯誤する過程は、ヴェーダのデータベースからは得がたい情報である』
『闇鍋染みたスパロボ世界や無限螺旋とは異なる真っ当な鍋パーティー、作る過程も楽しんで学ばなければウソというもの』
『さり気なくばら撒いたミラージュコロイド技術によるビーム兵器の残骸などから得られる知識を、この世界の連中がどのように吸収していくか、また、発展させていくかというのも見ておいて損はない』

『結局、原作の大まかな流れを残しつつ、その過程で行われる技術研究とかを盗み見るという過程は変えられない』
『急いては事を仕損じる。足踏みの時間や壁にぶつかった痛みもまた、技術発展には必要不可欠なのだ』
『リアル系世界では、テンション高くギター弾いてたら足元のコードに引っかかってすっ転んで後頭部から地面に激しく激突、その衝撃で革新的な新理論を思いついたりする展開はマイノリティでしかないのである』

『そんな訳で、発展性もクソもない、殆ど完成されていると言ってもいいGNドライブの研究は控えずに行っていこうと思う』
『まずは基本を踏まえつつ、既成概念に囚われない、自由なGNドライブを作るところから始めてみよう』
『最終目標は、この世界的に正しい科学に則った、正常な出力のGNドライブだ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

漆黒の宇宙空間。
遠くに無数の星明かりが見えるのみで、この宙域自体には恒星の光は届かない。
太陽系から遠く離れ、付近に惑星の影すら見えないこの暗闇に、無数の光の軌跡が描かれていた。
その数、三十一。
三十と一というのが正確か。
三十の翠色をした箒星が、一際大きい同色の箒星を追いかけている。

箒星──スラスターから放出されたGN粒子の残光。
追う三十と追われる一は、単純に戦力差として数えることが出来るだろう。
GNドライブは半永久機関ではあるが、単位時間あたりの出力は一定の数値を越えることが出来ない。
三十対一。
数の差は圧倒的、戦力比で言えば、追われる一に勝ち目はない。

暗い真空に無数のラインが描かれた。
三十から一目掛け斉射されたGN粒子圧縮ビーム。
桜色の光条が一に殺到する。

追う三十機のMSは目まぐるしく編隊を組み直し、互いに互いが射線に入らず、追われる一機の進行方向を誘導するために進路を塞ぐように飛ぶ。
三十機のMSが連携を崩さぬ様に広範囲に広がりながら放ち続ける光条は、光の檻となり蠢きながら獲物を追い立てる。
逃げ場はない。
同じGNドライブを使っているのであれば、GNフィールドを展開したとして耐えられる火力でもない。

爆発、閃光。
白に近い翠、桜色も混じった光の渦は、戦闘稼働中のGNドライブが外部からのダメージにより破壊された証。
三十のGNドライブ搭載MSから放たれた破壊力を伴う光条が、過たず追われる一機のGNドライブ搭載MSを破砕した。
……訳ではない。
爆発によって生まれた光源は、編隊の『最後尾』に位置する。

二十九機。
爆発が起きた後に残された、『追う側の』MSの数。
そして、レーダーに映る熱源の数も、二十九。
熱源の数はそのまま追う側が確認できる範囲に存在するMSの数として数えられる。
追われていたMSの、追いかけていたMSの反応をロストしている。

光源が増え、更に反応が減っていく。
光の源は常に爆発するGNドライブの放つ輝きだ。
無音の宇宙空間で、静かな爆発が連鎖していく。
追う側のMS達は訳も分からず、唯見えざる敵の攻撃を避けるために不規則な機動で飛び回り続けるしかない。

十五機。
追う側のMSが丁度半数にまで減らされた所で、残された十五機のセンサーが、ようやく見えざる敵を、追い立てていた筈のMSの姿を捉えた。
恒星から遥かに離れた暗黒宙域にて機体を照らすのは、追い立てる側と追われる側の放出するGN粒子の輝きだ。

分厚い、通常のMSよりも一回り厚みのあるシルエット。
シンプルな人型に近いMSに、全身を覆う追加装甲。
推進に用いられるGN粒子は、張り出した追加装甲から直接噴出している様に見える。
内部のMSではなく、追加装甲にこそGNドライブが搭載されているのだろう。
暗い灰色の装甲は、塗装すら施されていない剥き出しの地金の色。
背部には、分厚く短い、狩猟用のハチェットにも似た二本のバインダー。
刃に当たる部分に僅かに見える傷が、十五機のMSをバインダーによる斬撃のみで撃墜した証か。

姿を見せた重MSを、十五機のMSが取り囲む。
取り囲む側のMSは、ソレスタルビーイングの標準的なガンダムタイプに近いシルエット。
頭部センサー類はマスクによって隠されては居るが、その性能を妨げるものは何一つ無い。
余裕を持って追い立てていたMSをロストすることなど、普通ならばありえない。

いや、普通でないのは、一目見れば理解できる。
重MSの放出するGN粒子の量は、追う側のガンダムタイプの放出するGN粒子と比べ、余りにも密度が濃い。
粒子放出量が桁違いに高いのだ。
通常のMS、いや、GNドライブに合わせて設計されたガンダムであっても、あの量の粒子を生成、放出しようものならば、ものの数分で機体が負荷に耐えられず爆散してしまう。
その異常な出力に耐えるだけでなく、戦闘機動をこなしてみせた重装甲MSは、明らかに尋常の技術で造られたものでないと理解できるだろう。

だが、十五機のMSはその異常性を考慮に入れ、なお的確に仕留めに掛かる。
ガンダムタイプ五機がビームサーベルを抜き放ち、残りが周囲からの援護射撃。
誤射の無い精密射撃が、五機のガンダムタイプを避け、正確に重MSへと吸い込まれ──。
無い。
逸れたわけでも防がれた訳でもなく、重MSの周囲で『止められて』いる。
しかし重MS自体はビームを止めたまま微動だにしていない。
防御に手を取られ本体の制御が追い付かないのか棒立ちの重MS目掛け、取り囲むガンダムタイプ五機はビームサーベルを突き出し、振りかぶり、スラスターを吹かし吶喊。
後方に控える十機からの援護射撃も激しさを増し、近接戦闘を挑む三機を犠牲にしてでも重MSを撃墜せんとしているのが解る。

対し、囲まれた重MSは未だ無手の棒立ち。
無抵抗にガンダムタイプ達の攻撃を受け入れるように両手を広げ──

轟音。

真空の宇宙空間に有り得ない音の正体は瞬間的に空間を満たした莫大な量のGN粒子が伝える衝撃波だ。
発生源は五機のガンダムタイプ。
爆発の中心、重MSは両手を広げたまま、無手。
しかし、無手の重MSを中心に、『刀身だけのビームサーベル』が、球を描くように飛び回っている。
ビームサーベルの刃、突貫してきた五機から奪取したものか。
いや違う。
このサーベルの刀身は、重MSに向け放たれた、後方からの援護射撃だ。

遠間から警戒するガンダムタイプ達の目の前で、重MSの周りを巡るビームサーベルの刀身は、粘土細工のように自在に姿を変えていく。
超常の力ではない。これもまたGN粒子制御技術の応用だ。
後のアルヴァアロンが用いる、GNフィールドを用いた粒子圧縮技術。
極限まで煮詰められ先鋭化された圧縮技術により、自らに向けられた粒子ビームすら宙に止め圧縮、再形成、操作を可能としているのだ。

捉えた粒子を弄ぶ重MS目掛け、残されたガンダムタイプ十機が武器を持ち替えて追撃する。
粒子制御量の限界を探るために、使用粒子量の多いGNランチャーを持つ機体。
実体弾に対する防御の薄さに期待し、レールカノンを持つ機体。
全ての機体に共通するのは接近戦用の武装ではないという事か。
有効打足りえる筈のビームサーベルが粒子を奪われ無効化される以上、接近戦で勝ち目はない。
また、数機を取り付かせて動きを制限し、諸共に攻撃を浴びせるのも不可。これ以上数を減らせば火力と連携の関係で落とせる確率が格段に下がる。

距離を取り、互いに射線に入らない陣形で粒子ビームを、電磁加速された実体弾を放つガンダムタイプ達。
重MSは雨霰と降り注ぐ破壊的な弾幕を気にも留めない。留める必要すらない。
実体弾は瞬間的に展開されるGNフィールドを突破出来ず、ランチャーから放たれた膨大な粒子ビームはそのまま重MSの支配下に置かれてしまう。

そして、支配下に置かれたGN粒子に、重MSは自前のGNドライブから更にGN粒子を継ぎ足していく。
生まれるのは重MSの半分はあろうかという巨大な光球。
もはや淡い輝きなどと言えない程高圧に纏められた粒子が、指向性を与えられ、解き放たれる。

光の濁流。
重MSの周囲から砲身も銃身も無く放たれたそれは、飛沫の一つ一つが非GNドライブMSを蒸発させるだけの威力を持つ、超高濃度圧縮粒子ビームだ。
直撃でなくとも、掠めるだけで致命傷となる。
だが、GNフィールドすら薄紙のヴェールよりも容易く貫く攻撃も当たらなければ意味が無い。
大仰な予備動作と共に一直線に放たれた粒子ビームはガンダムタイプを一機足りとも落とすこと無く虚空へと伸びていく。

ガンダムタイプの半数がビームサーベルとビームライフルを投げ捨て、抜剣する。
腕部備え付けのシールド、その内側に隠されていた、対ガンダム戦の切り札とも言えるGNソード。
単純な実体剣でなく、粒子を奪われ無力化されるビームサーベルでもない。
GN粒子を定着させ、強度と切断力を上げた、ガンダムを切り裂く為に造られた剣。
ビームライフルとしての機能は切り離され、シールドと一体化させて強度を高め、純粋に剣としての安定性を求められた作りだ。
粒子支配を掻い潜り、GNフィールドを貫くのにこれほど適した武装はない。

そして、全てのガンダムタイプが一斉にその粒子を紅く輝かせ始める。
機体内部に蓄積されていた高濃度圧縮粒子の全面解放。
ガンダムタイプ達のコックピットを照らすモニターに一行の文字列が表示される。

【TRANS-AM】

普段はその機能を制限されたGNドライブの機能が、この瞬間から完全に開放された。
貯蔵された全ての圧縮粒子を使いきるまでの僅かな間、GNドライブ搭載機はその性能を三倍に引き上げる事ができる。

マシンスペックの全てを引き出したガンダムタイプ達が、一斉に重MSに襲いかかる。
GNソードを展開していない機体は備え付けられたシールドのみを構え、ソードを構えた機体に先行する。
決死隊だ。
トランザムによって上昇した機動性で一気に距離を詰めGNフィールドに掛かる負荷を上げ、バインダーが振り下ろされた時は、圧縮粒子を定着させたシールドと装甲で受け止め、僅かな時間でもソード担当のガンダムに凶刃が振り下ろされるまでの時間を稼ぐ。

距離が詰まる。
シールドを構えたガンダム達が重MSのGNフィールドに触れるのと、重MSが圧縮粒子ビームを放ち終えるのはほぼ同時。
シールドと接触したGNフィールドは接触面の強度を増すために展開している粒子の量を偏らせ、強度に斑が生まれる。
粒子量が薄くなった僅かな隙間。
その隙間目掛けてGNソードの切っ先が殺到し──

──全てのガンダムタイプが、『死角から飛来した無数の光条』に貫かれた。

僅かに質量を持った光条──粒子ビームの与える小さな衝撃が全てのGNソードの切っ先を狂わせ、伸ばされた切っ先はあっさりとGNフィールドに弾かれて逸れていく。
残されたのは、無傷で泰然と佇む重MSと、全身をビームで貫かれた十五のガンダムタイプ。
次の瞬間、光が空間を埋め尽くし、十五のガンダムタイプは数え切れない程のデブリへと置き換わった。

種を明かして見れば、何のことはない。
重MSの放った粒子ビームは外れた訳ではない。最初から狙っていなかったのだ。
虚空へ向けて放たれたMSを丸々飲み込むほどの太さを持つ粒子ビーム。
それはガンダムタイプの持つセンサーでは感知できない程の距離まで進んだ所で数十に分岐し、進行方向を捻じ曲げてガンダムタイプ達へと向かっていった。
狙いが適当だったわけでも狙いが外れた訳でもない。
撃って、ガンダムタイプ達の死角にまで粒子ビームが進んだ時点で『初めて』狙いを付けたのである。
減衰してもMSを撃破できるだけの威力を持たせることが出来るからこその荒業だ。

そのことは、誰よりも重MSを操縦するパイロットが一番理解していた。
このMSで無ければ、同じ真似はしようもない。

《作戦目標クリア。システム、通常モードに移行します》

簡易な補助AIがミッション終了判定を告げる。
コックピットの中で、パイロットが安堵から大きく肩を下げる。
圧倒的な性能差が有るとはいえ、三十対一、しかもGNドライブ搭載のガンダムタイプを相手にしての戦闘は、精神的にも肉体的にも負担が大きい。
コックピット内部の気密を確認する事無く、ヘルメットを脱ぎ捨てる。

「ふぅ……」

熱の篭った溜息。
頭を振れば短めの髪が靡き、汗が光の雫となって舞い散る。
汗に濡れ輝く『銀の髪』
ヘルメットの下から現れたのは、伏し目がちな少女の貌。
造花めいた美しい造形の顔に、しかし年頃の少女と変わらない、生の感情を浮かべている。

「ミッション完了。……見ていて、頂けたでしょうか」

通信回線を開いている訳でもない。
誰かに聞かせるためではない、自己への確認の為の言葉。

「私は、上手くやれました」

──だから、褒めて、くれますか?
喉すら震わせず、唇だけでその言葉を形作り、頬を染める。
確かな実体ですらない心臓が大きく脈打つ。
静かなコックピットの中に、鼓動の音が響いているような感覚。

私が、マイスター874が、決して口にしてはいけない願いだけれど。
あの人なら、きっと。
そんな願いばかりが頭に浮かぶ。
目を閉じ、ノーマルスーツに包まれたままの指先をそっと口元にやり、桜色の唇をなぞった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

無人機を相手取った試験機のテスト結果を、設計時に算出した理論上のスペックと見比べて首を捻る。

「やっぱり、独自に発展させるのは早かったか?」

第一期から第二期の間に、GNドライブこと太陽炉が補器のブラッシュアップによってそのスペックを向上させているのは周知の事実だ。
だからこそ、もう少し突き詰めて設計し直せば、ツインドライブとまではいかないまでも、この時代の太陽炉とは比べ物にならない高性能な太陽炉が作れると考えた訳だが。
ブラックボックスである炉心そのものまで弄ったからか、如何にも出力が高すぎる。
百年を越える時間をこの世界で過ごし、科学技術の発展をこの目で追い続け学習を続けた結果、この世界の技術がどの程度の規模であるか、大方理解できたつもりだった。
今回、GNドライブを新造するにあたって手を加えた箇所にしても、じっくり研究を続ければ二十年から三十年以内には人類でも気が付く事ができるレベルだと思うのだが……。

「ここまで出力に差が出るか」

自分で作っておいてなんだがこのGNドライブ、本当にリアル系技術の賜物だろうか。
どこかで西技術とかボス技術が混入されていてもおかしくないレベルの出力差だ。
ツインドライブ程ではないにせよ、正規品のGNドライブとは比べ物にならない。
が、しかし。あと数年……は無理にしても、あと数十年もGNドライブの単発運用を研究し続ければ、この世界の人類の技術で再現できる、筈だ。
……つまり、現状この世界に存在するGNドライブとは似ても似つかない性能になってしまった訳だが。

「ちゃんとレシピ通りに造らないと駄目だな、やっぱり」

俺の持つ知識と照らしあわせて考えれば間違い無く現在のGNドライブの未来の姿になっている筈だが、如何せん『この世界の現実的な科学力』に沿った構造であるかという確証が持てない。
いや、理屈の上では間違いなく合っている筈なのだ。
何しろこれまで収集したこの世界の情報を纏め上げ、俺の内部に限りなくこの世界に似せた世界を造り、技術ではなく技術者やその周辺の環境、人物、これから起こりうる事件などを丸々シミュレートさせている。
外的な要因(つまりは俺)の影響は排した状態で有るため、この世界独自のリアル系技術の発展という意味で言えば、今のこの世界よりも正確で不純物の少ない結果を出している筈だ。
因みにELSもついでに排除した状態でシミュレーションを行なっている。
彼等がリアル系やガンダム世界にそぐわないとは言わないが、彼等との融合で人類は一足飛びに新たな生命に生まれ変わってしまった。
彼等の介入による技術の進歩がありなら、俺だってわざわざビームライフルやビームサーベルの残骸を戦場にばらまいて技術の発展速度を加速させるなんて回りくどい真似はしない。

問題は、あくまでもシミュレートはシミュレートでしかない、という事。
多くの創作世界においてそうであるように、人間の可能性は良くも悪くも計り知れない所がある。
理屈の上では完璧、なんてのは、創作物においては『馬鹿な! こんな展開、私は知らない!』なんて台詞を言うための前振りにしかならない。
想像もつかない方法で一気に技術を進歩させる可能性もあれば、ちょっとどうかと思うようなくだらない事件が原因で技術が退化してしまう可能性だってあるのだ。
シミュレートして答えを知った上で、更に現実ではどのような答えが導き出されるかを確認しなければ、本当の答えにはたどり着くことは出来ない。

「挙動は……まぁ、ガンダム、かな?」

粒子発生量が多すぎるから、通常のGNドライブの規格に合わせたスラスターだと加速が急過ぎるのが難点か。
コーンスラスターでこれなら、スリースラスターにしたら……いや、Gに耐え切れても操縦が追い付かない。
俺が使うならいざ知らず、未改造の雑兵イノベイドの反射神経じゃ宝の持ち腐れだ。

いや、だがイノベイドにだって強化抜きにしての伸びしろはある。
あの機体だって振り回され気味とはいえ、874はそれなりに乗りこなしてみせた。
本体で体当りせずにバインダーを当てていたんだから、あの速度の中でもそれなりに敵の姿が見えて、相手に武装を向ける程度の余裕はあった筈。
実際にどんな乗り心地だったかは本人に聞いてみるのが一番かな。
それに前もってヴェーダからGNドライブ系の知識をダウンロードさせておいたから、多少は技術的見解も聞けるかもしれない。

……正直な話、メカポによる諸々のトラブルを抜きにして考えた場合、イノベイドという存在は俺と非常に相性がいい。
微小機械を無数に組み合わせて人間の形に仕立て上げている『機械』であるから、一度取り込んでしまえば俺の機能で一気に性能を増幅させることができる。
更に言えば、脳量子波などの人間の脳が持つ機能を再現できるから、超能力や魔術などの超常の力を持たせてから取り込めば、通常なら強化倍率の低い科学とは関係ない能力も一気に強化可能になる。
微小機械の積み木細工である為、無理をして人型にこだわる必要がないというのもいい。

肉体を持たず、データそのものを実体化させている874ですら、俺が少し手付からパッチを作ってあててやるだけで、そこいらの戦闘用イノベイドを軽く凌駕する性能を手に入れる事ができた。
コンピューター上で機械的に造られた思考、知性に、無数の微小機械の集まりである肉体。
尖兵として使うのに、これほど適した存在もそうそうあるまい。

ただ、マイスター874が俺から見たイノベイドの利点を完全に使いこなせていると言えないのもまた事実。
メカポによって変調をきたした精神は、あれの中に無用な拘りを創りだしてしまった。
人間や他のイノベイドと交流を深めていく上で遅かれ早かれ生まれる拘りではあるのだが、純粋に手駒として扱うなら不要な拘りである。
メカポではなく元から備わっていた機械に対する絶対命令機能を用いたとして、メカポによって生じた恋愛感情は、洗脳などに対して一定の抵抗力を与える補正が付与されてしまう。
勿論、しっかりと必要性を言い聞かせれば、その拘りを曲げさせる事も可能だが……

「まぁ、おやつと兼用のパイロットに期待するのもあれだし」

そこまでするなら、そもそもマイスター874を使う必要すらない。
イノベイド製造に必要な設備は既に製作済みなのだから、適した技能を持ち、メカポによって恋愛感情を発現させても面倒にならないパーソナリティを持つイノベイドを作ればいい。
だが、それでは意味が無い。
いや、意味が無いというのは少し違う。
現状ではこの不便さにこそ意味があるというか──

「む」

呼び鈴に思考を遮られる。
この部屋に、というか、GNドライブ他、OO世界独自技術のテスト用に設えたこの万能重機動要塞には、俺以外に呼び鈴を鳴らせるような存在は一人しか居ない。

「入っていいよ」

インターホンに向けてそう返すと、数秒の間を置いて自動ドアが開いた。

「失礼します」

ドアの向こうに立つのは、内はね気味の銀髪を持つ、十歳前後に見える少女型のイノベイド──マイスター874だ。
可動試験用に用意したノーマルスーツではなく、普段着の学生服に似た暗めの色合いの礼服。
ノーマルスーツ自体はデータではなく実体のある有り物を渡したので、態々与えられた私室にノーマルスーツを置いてからここに来たのだろう。

「マイスター874、GNドライブ対応型試験機の稼動試験を完了。只今帰投しました」

実の所、テストが終わったら結果を簡単に報告してくれとは言っているが、俺の元に直接来て報告してくれとは一度も口にしていない。
共有サーバ内に報告用テンプレートも作ってあり、そっちを元に報告書を作ってくれれば、後は自動でこちらに報告が届けられる様にもなっている。
報告用のテンプレは彼女のデータベースの分り易い処に配置してあるし、使い方だって幼稚園児でも解るように親切に書いてある。
だが、874はテストが終わる度に、必ず俺の部屋に訪れ、直接口頭で報告を上げてくる。

「うん、お疲れ様。じゃあ、いつもの様に報告を聞かせて貰おうかな」

「はい。まず、試験機に搭載されたGNドライブの──」

ねぎらいの言葉だけで硬い表情をあっさりとほころばせた874の僅かに弾んだ声の報告を聞きながら、さて、どう期待に答えてやろうかな、と、そんな事を考えた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「以上が、今回の試験の報告になります」

報告は実に淡々とした内容であった。
マイスター874としては、それは仕方のない話だ。
目の前の男を見初め、心を奪われた瞬間から、常に『使える、役に立つ』存在であろうとしたマイスター874にとって、任務に関する『無駄』は忌むべきものでしかない。
しかし、同時にそれをもどかしく思っているのもまた事実。
地球から遠く離れた実験施設に、(それぞれ種族が怪しいとはいえ)男女が二人きり。
巨大すぎて通い始めてから数年経っても全容が掴めない施設ではあるが、少なくとも、この報告の時だけは、直ぐにでも触れ合える距離に二人きりなのだ。
『道具としての意識』が強くとも、それを上回る『女としての意識』が鎌首をもたげてくる。

(ときめくな、私の心。揺れるな、私の心)

そう自らに言い聞かせてみても、この時間、この部屋に居る時だけは、常に『何か』が起きることを期待してしまう。
実の所を言えば、この場所に来る前に部屋に戻りノーマルスーツを置いた後、874は即座にシャワーを浴びて身を清めている。
香水や化粧の類はしていないが、単純に再実体化したのでは表現できない湯上りのしっとりとした肌、石鹸とシャンプーの清潔感の有る香りを武装として身に纏い、何時何が起きても大丈夫だと、『何事』が起きて欲しいのか自覚する事もなく、覚悟だけを決めて来ているのだ。

だからこそ、揺れることもときめくことも抑えられない心が焦れる。
マイスター874は、この硬い空気を変える手段を持たない。
彼が、鳴無卓也が求める『便利なパイロット』としてのマイスター874に、そのような話題を振るスキルは必要なく、余分なノイズでしかない。
男性に対し、密室内部で自らをアピールする為の行動。
それ自体は既に検索済みであり、この場での任務もマイスターとしての任務もない余暇の時間、幾度と無くヴェーダの余剰メモリを用いてシミュレーションを行なっている。
だが、それを行った時点で『卓也にとっての便利な道具』では居られなくなる。
そして、『女としてのアピール』を行ったとして、それが『便利な道具としてのアピール』をしていた時と同じく快く受け入れられるものでない可能性はとても高い。

故に、874は積極的に女性的なアピールをせず、事務的に淡々と与えられた任務をこなすしか無い。
少なくとも『便利な道具』として重宝されているという現状で、願いは半分叶っているのだから。

「いいデータが取れたし、楽しい感想も聞けた。本当に、ありがとうね。874ちゃんのお陰で、凄く助かってるよ」

椅子を回し、机の上のモニタから874に体ごと視線を向けた卓也が笑顔で礼を言う。

「いえ、私は当然の事をしているだけです。……ですが、お役に立てて、幸いです」

機械的な無表情を装おうとして、失敗。
こればかりは何度繰り返しても成功する気がしない。
ほめられた。
何か物を与えられた訳でも無く、その評価が何かに繋がる訳でもない、ただの言葉による感謝。
ただの言葉、音、空気の振動。
そんな些細な物が、自分に向けられたのだと思うだけで、口元が緩み、頬が熱くなる。
もう実体化プログラムを与えられて数年も経つというのに、一向に生身の肉体を完全制御できる気配がない。

他のイノベイドはどうなのだろうか。
もしも、こんな不具合もなく制御できてしまえるのだとすれば、それはとても誇らしい事だ。
イノベイドのそれよりも物質的には人間に遠く、しかし、感情を制御しきれないという欠点において、より人間に近い肉体。
それを与えられているのは、この世界でマイスター874ただ一人。
他の誰も持たない、874だけに卓也が与えた『特別』の証。
たったそれだけで、何もかもが報われ、救われた様な気になる。

特別な肉体を与えられ、特別な任務を与えられ、任務をただ全力でこなすだけで、お礼を言ってもらえ、大事にして貰える。
望みの半分しか叶えられない、などというのは、この時に限って、874の中では些細なことでしか無い。

「そうだなぁ……せっかくだから、何かご褒美をあげよう」

「え、いえ、それは」

勿体無い。そうとしか思えなかった。
ご褒美をくれるという言葉から、女性として扱ってくれるように頼む、抱きしめて貰う、キスしてもらう、抱いて貰う、そんな考えは欠片も浮かばなかった。
そういう事を望んでいない訳ではない。そういうシチュエーションを、自己アピールの時よりも多くのリソースを用いてヴェーダで再現した事すらある。
だが、874には『自分が褒美を貰う』という考えが無い。
使命をまっとうするイノベイドとして、計画の歯車として生を受け、道具として求められる事を喜びとしている874にとって、任務、ミッションをこなすのは呼吸をするのと同じくらい当たり前の事だ。
普段から当たり前に行なっている行動が原因で、『自分が何かを貰う』という事に強い違和感すら抱いてしまう。

声をかけてもらえるだけで、便利な道具だと重宝して貰えるだけで、道具としての喜びは満たされる。
『褒美を貰う』という事態は、874のキャパシティを大きく越えてしまう。
勿論、褒美自体が要らない訳でもなければ、それを自分から拒否する事も出来ない。
当たり前の事を当たり前にこなしてご褒美を貰う、という状況を処理しきれていないだけで、それ自体はとても喜ばしい事だからだ。
何を与えるまでもなく自らに付き従う存在に対し褒美を与えるという行為は、概ね相手の仕事に対して大きな満足を得ており、それを次に繋げるためにやる気を与える意味を保つ場合が多いという。
それは、道具として、持ち主、使用者に与えた満足度のバロメーターだ。
形に残るものであれば見る度、触る度に、性能を認められている事を思い出し、喜びを反芻すると共に、次に繋がるように更なる性能の向上を目指す気概も湧いてくる。

(何を、貰えるのだろう)

あるいは、何をして貰えるのだろう。
『ご褒美』として貰えるかもしれない行為を幾つか思い浮かべ、即座に頭からその思考を追い出す。
無理だ。
一瞬頭に浮かべただけで、874は確信した。
実現性が高い状態でそんな事を考えたら最後、表情は数秒と持たずに崩壊し、だらしない、はしたない顔を見せてしまうのは間違いない。

「うぅん、そうだな……。あ、そういえば874ちゃん、専用機が建造中止になっちゃったよね」

「はい、マイスターの任を解かれた際に。現在は非稼動状態にあります」

建前上の話ではあるが、第二世代マイスター達は本人たちが望み、適性が認められた場合に限り、そのまま第三世代ガンダムのマイスターとして登録を更新される。
武力介入ミッションに従事する上で求められる適正値は非常に高いが、イノベイドであるマイスター874は、その適正値を満たした肉体をヴェーダが用意してくれるため、望めば何の苦労もなくマイスターとしての役目を継続できた筈だった。
だが、マイスター874はヴェーダが製造した肉体に宿る事を拒否したために第三世代ガンダムのマイスターとしては登録されず、製造中だった専用機の開発も凍結。
最も874にしてみれば、計画の要であるガンダムマイスターから降ろされたからこそ余暇が増え、こうしてこの場に居られるのだから、何一つ問題はないのだが。

「じゃ、それだ。874ちゃん、君に、専用のMSを用意してあげよう」

「…………いえ、流石にそれは」

余りにもあっさりと告げられたスケールの大きな思いつき(少なくとも874にはふとした思いつきを口にしているように見えた)に数秒あっけにとられ、遠慮がちに否定する。
自らがイノベイドであることを棚上げし、人間同士で行われる『ご褒美』のやり取りを基準にして考えても、余りにも過剰過ぎる。
どこの世界にMSの性能実験を手伝った報酬としてMSを与える人間が居るというのか。
目の前の男が本当に人間であるかは874自身も知らないが、少なくとも874自身は比較的人間の常識を理解している。
そして、自らがイノベイドであるという自覚を持ち、何かを使役するよりも使役され、使われる道具に近いメンタリティを持つとはいえ、874自身の人格、性格は人間のそれをモデルとして形成されているのだ。
自らの優秀さを示し、卓也が自らを重用してくれている証として考えた場合、MSというのは如何にも釣り合いが取れていない。
今後の仕事ぶりに期待されていると考えたとしても、MS一体というのは、仕事に対する評価としては過大過ぎて腰が引ける。

「そう大げさに考えなくてもいいって。ほら、さっき874ちゃんが乗ってた試験機あるでしょ? あれを少し使いやすい様に改装して、実戦使用にするだけだから。言っちゃえばリサイクル品だよリサイクル品」

「あの機体を……」

確かに、新たに建造するのではなく、試験機を流用するのであれば、まだ多少掛かるコストは少なく済むだろう。
だが、874は言葉を濁した。
報酬が過剰であるという点に引け目を感じているだけではない。

「御心、大変有難くはあるのですが……恥ずかしながら、私の性能では、あの機体を御し切る事はできません」

第二世代ガンダムのマイスターとしてのミッションをこなす為に、マイスター874には人類における一流以上のパイロットに並ぶほどの操縦技術、ガンダムの機動を制御し切るだけの処理速度が設定されている。
それは実体化プログラムによってヴェーダに依らない肉体を得た今でも変わることはない。
実体化プログラムは、ヴェーダに登録されていた塩基配列パターンを元に、マイスター用に戦闘用イノベイド寄りの調整を施された874の肉体の設計図を元に擬似的に肉体を形成しているからだ。

だが、逆に言えば『設計図通りの肉体』でしかなく、本来与えられる筈だった肉体との性能差は0に等しい。
従来のGNドライブ搭載機であるガンダムと比べて突出し過ぎた性能を持つ試験機は、パイロット支援AIの補助無くしては純戦闘用イノベイドですら制御不能に陥る程の性能を備えている。
仮にも874がターゲットドローン代わりのガンダムタイプMSを撃破し、無事に性能評価試験を成功させられたのは、単純に性能差が圧倒的であったからに過ぎない。
例えるなら、カーブも起伏もない直線のコースで、F1と普通乗用車で競争するようなものだ。
パイロットは機体をまっすぐ走らせるだけで勝てるのだから、制御も何もあったものではない。

「別に、性能を完全に引き出す必要なんて無いでしょ。そりゃ一割も性能を引き出しきれてなかったけど、それで不便が有るわけでもなし」

これも正論だ。
10ある内の10の力を全て引き出して戦う相手だとしても、こちらが1000あるうちの80も力を出してしまえば、負ける道理はない。
勿論実際の戦闘は純粋な力の差、性能差だけで決まるものではないが、あの試験機とGNドライブの力を持ってすれば、大概の難事は乗り越える事ができる。
だが、

「貴方からの賜り物を、持ち腐らせる訳にはいきません」

申し訳なさそうに、しかし、譲ることはない意思を表情に浮かべながら、はっきりと言い放つ。
それが例え軽い思いつきだったとして、与えられるMSにそれほど価値を見出していなかったとして、それが874に対する信頼と期待の証である事に変わりはない。
目の前の人は、仮に与えた専用機を使う事無くドッグの肥やしにしたとしても、文句を言う事はないだろう。
だが、与えられた力を腐らせておく事も使いこなせない事も、874自身が許せない。

勿論、874自身がパイロットとしての技量を磨いて、性能を引き出せるようになれば一番いい。
だが、あの試験機を乗りこなせない原因は『技量不足』ではなく『性能不足』にある。
最初からある程度の知識や技術を習得した状態で製造されるイノベイドだが、その技量や知識は経験を積むことにより、人間と同じく強化されていく。
しかし、『性能』は別だ。
『性能』は、機種としての限界を指す。
操縦技術の習熟と戦闘経験の蓄積を繰り返した先には、イノベイドとして有る限り決して越えることの出来ない限界がある。

そして、イノベイドにとってその限界は身近に、目と鼻の先と言ってもいいほどの位置に存在する。
イノベイドがそれを自覚しないのは、生まれた時から必要な技術を持ち、大概の人間を越える性能であるため、先を見ることをしないからだ。
力不足を感じ、自らの技術を高めようと努力を始めたイノベイドは、その時初めて、自らの伸び代が恐ろしく短い事に気が付く。
人間を模し、人間を越える性能で、『人間が努力を重ねて形作る技術を予め習得した状態』で生まれてくるイノベイド。
単純に人間よりも優れた存在という訳ではない。
努力するまでもなく技術を持って生まれてくる代わりに、人間であれば自由に伸ばせる才能の伸び代を消費した状態で生まれてくる不自由な存在、それがイノベイドなのだ。

そして、マイスターとしてMSパイロット向きの調整を施された874にとって、戦闘に関連する技術は既に先が見えてしまっている。
神経速度を含む純粋な身体性能、もしくはそれを補えるだけの操縦技術。
どちらも今の874では、決して手に入れることはできない。

「ふぅん……ちょっと、こっち来てくれる?」

顎に手を当てた思案顔で、こいこい、と軽く手招きをする卓也。
874は軽く頭を下げ、『失礼します』と口にしてから歩み寄る。
椅子に座る卓也に近づきながら、おそらくMSを与えるという案は諦めてくれたのだろうと考え、874は安堵していた。
置き場や整備の手間はどうにでもする覚悟があるが、使いこなせない代物を貰うのは気が引ける。
せめて使いこなせる程度の性能なら喜んで受け取ったのだが、相手はあのアイディールを製造するような御人、一筋縄で行くものを作る筈がない。
それに、どうせ褒美を貰えるなら。

(たとえば、あの逞しい腕で)

身体を包む硬い腕の感触、触れた所から滲むように伝わる体温。
そう、こんなふうに、抱きしめて貰えれば────

「…………え、──え?」

実体化した肉体に感じる感触が、自分の想像によるものではない事に、たっぷり数秒の時間をかけて気が付く。
背に回された腕で抱き寄せられ、頭に回された手で顔が傾けられる。
傾いた頭がちょうど、いつの間にか椅子から立ち上がっていた卓也の胸板に当たり、自らのポジションを、現在の身体の状態を自覚し、

「!」

声にならない叫びと共に、一瞬で体温が上昇した。
抱き寄せられる感触から生じる多幸感が思考を空転させ、『道具としての自分』の思考がエラーを吐き、『女としての自分』の思考がホワイトアウトを起こす。
言葉も声も作れず、ただ地に打ち上げられた魚の様にパクパクと口を開け閉めするも、それで思考が纏まるはずもなく。
ただ、意識するまでもなく、思考するまでもなく、抱き寄せられるがままに力を抜き身体を預ける。
破裂するのではないかという自らの心臓の音と、それよりも尚強く耳に残る静かな、胸板から伝わる鼓動。
とくん、とくん、と、身体全体に響く静かな音に、混乱していた意識が、高揚感はそのままに落ち着きを取り戻す。
そうすると、自分がただ身体を抱き寄せられているのではない事に気が付く。
抱き寄せていた腕は背に、頭を傾けていた手は頭に、『半ば以上沈み込んで』いる。
肉体を突き破っている訳ではない。
情報の塊で形成されたこの肉体に、情報体と化した卓也の腕が溶け合っている。
実体化した仮の肉体を経由して、ヴェーダの中に未だ残り続けている874のデータにアクセスしているのだ。

頭の上、髪の毛に口元を埋めた卓也の囁きが聞こえる。

「使いこなせないなら、使いこなせるようにしてあげるよ」

幾重もの防壁を持つはずのヴェーダが、卓也からのアクセスには一切の抵抗を見せない。
妨害も無く、あっさりと卓也の指が874のパーソナルデータに触れられる位置に届く。
勿論これは比喩的な言い方に過ぎない。
淡白な言い方をすれば、ハッキングに成功した、と、たったそれだけの言葉で済む。

だが、874にしてみれば一大事だ。

「あ、あ」

上ずった声が漏れる。
見られている。ありのままの、マイスター874の全てを。
指先が近づけられるのを感じさえする。
ヴェーダ以外の誰にも見せたことが無く、アクセスさせたこともない場所に。

「ここを」

──触れられる……!
身を強張らせ、未知の感覚に備える。
抵抗は無い、しない。しようとは思えない。思わない。
誰にもアクセスされたこと無い箇所を、無遠慮な手付きで改竄される。
強い被征服欲。
他でもない、この人ならば、と。
覚悟と期待で心が埋め尽くされ、思考が鈍る。

「弄れば、神経速度が上がるかな?」

だが、触れられない。改竄されない。
ソースコードを一通り確認するだけで書き換えない卓也の動きは、触れるか触れないかの位置に指を這わせるフェザータッチに似ている。

「ここは、骨格、筋肉、腱、血管……」

隈無く、隅々まで、874の肉体の設計図を確認し、

「こうするのはどうかな」

段階的に、書き換えていく。

「ぅ、っ……ひ、く……」

一部一部、パーツごとに実体化した肉体が徐々に作り替えられ、噛み締めた口の端から熱のあるくぐもった声が漏れた。
ヴェーダに造られた肉体にインストールされるのではなく、パーソナルデータそのものが実体化した状態である874にとって、それは身体を奥底からかき混ぜられるも同然だ。

「いや、これじゃあ駄目か」

書き換えられた設計図が、直ぐ様書き換える前の状態に戻される。
先の巻き戻しの様に、再び作り変えられる874の肉体。
堪えきった所での追い打ちに、防波堤が決壊した。

「あ、ああ……ひぁぁぁあっ!」

はっきりと艶を含んだ、嬌声。
一部一部書き換えられるのではない、全身の再構成。
根幹を成す人格や習得技術に影響を与えない部分とはいえ、耐えられるものではない。

「もうしわけ、あいま、ありま、しぇ、脚、あしが」

強烈な揺り戻しの衝撃に発声器官が痙攣し、言葉すらまともに紡ぐことが出来ない。
そして874の言葉の通り、かくかくと、生まれたての子鹿のように小刻みに震える脚。
倒れこむ様に抱きしめられるがままだった姿勢は、何時しか服の胸元を掴み、縋り付くような姿勢に変化している。

「楽な姿勢で……って、無理か。じゃあ、こうしよう」

ぽす、と、軽い音。苦しい姿勢が解かれたのだけがわかった。
だがだらしのない表情を隠すために卓也の胸元に顔を埋めたままの874には、卓也が何をしたのかがはっきりと理解できない。
しばらくすると、震える脚のお陰で不確かだった地面の感触が消え、抱きしめられたまま、何かを跨ぐようにして座らせられている事に気が付く。
腿、そして臀部の下に感じるのは、硬い筋肉に包まれた人間の脚。

「や、これ、はぁ……」

最早これ以上熱くなりようがないと思っていた顔が更なる熱を帯びる。
とてもイノベイドがする表情には見えない程に真っ赤に染まった顔、それを見られるのを覚悟で、胸板から顔を離し、卓也の顔を見上げる。

「あの、この姿勢は、改造には」

適さない、という続きの言葉が出てこない。
未だ後頭部から卓也の手が差し込まれているが、思考や言語機能を制限された訳でもない。
いや、原因は理解している。
卓也身体を挟むように乗せられた両足が、背に回されてより強く拘束している。
何のことはない、羞恥よりも、卓也とより密着できるこの姿勢であることの悦びが勝っているという、ただそれだけの事。
ただ、それを自覚してしまえば、次の句を紡ぐ事も、正面から顔を除くこともできなくなってしまう。
故に、熱に逆上せる思考を無理矢理回転させ、問いを放つ。

「何故、なぜ、私に、ここまで」

テストの手伝いのお礼、と、ただそれだけでここまでするものだろうか。
手間が掛からないから、ちょっとしたお礼でもこんな大事になってしまうだけなのだろうか。
そんな思考を掻き乱すように、再び肉体の設計図が書き換えられる。

「うああ、あ、ああぁぁ!」

思考が纏まらず、交尾中の獣(けだもの)のような絶叫だけが吐き出された。
脚の上に乗せられた身体が、何かを求めるように前後に動き、身体を擦り付ける。
半ば以上理性の溶かされた874の耳が、静かなつぶやきを捉えた。

「俺はね、874ちゃん。ただ君に、生き残って欲しいだけなんだ」

──ああ、ああ。

「君は、あの悲惨な事故を幸運にも無傷で乗り越えた、唯一の第二世代マイスターだから」

違う、違います。それは違う、事実とは異なります
事故ではありません。事故ではないのです。
幸運でもありません。幸運に恵まれていい訳がありません。

「命を粗末にして欲しくないし、粗末な散り方をして欲しくない」

彼等の命を粗末扱ったのは私で、粗末に散らせてしまったのは、私です。
散るべきは私で、いなくなるべきだったのは私だったのに。
期待を受けることのない、変えの効くただのパーツの、イノベイドの、革新者の醜い模造品の私が、静かに消えていくだけで良かったのに。

肉体の快楽から剥離した874の罪悪感が、声にも顔にも出さず、罪の意識をどこにも届かない懺悔として言語化する。
罪の告白は成されない。
声に出されること無く、脳量子波に乗ることもなく、ただ思考の中でのみ自らの罪を認め、優しさから掛けられる言葉が心を貫く刃となる。

「二人は逝って、一人は後ろしか見れなくなってしまった。前を向けるのは君だけだ。俺は、君に立ち止まって欲しくない。道半ばで倒れて欲しくない」

──卑怯者、そう、私は、卑怯者だ。
私が台無しにした、私が殺した、幸せな二人。
二人の死が、ルイードとマレーネの死が、シャルの怪我が、この優しさの理由ならば。
罪を告白もせずに、ただ彼の優しさを享受する私は、なんと卑劣な、邪悪な存在なのか。

「わたしは、わたし、は」

視界が歪んでいる。抱きしめた彼の姿が滲む。
止めどなく溢れる涙、鼻から、口から、人間の生理作用で顔面から出てくる体液で流れていない物はないだろう。
酷く汚い、醜い顔をしているのは間違いない。
それでも、顔を見て、告げなければ成らないのに。
裁かれなければ成らないのに。

──それでも、私は。
大切にされたい。大事にして貰いたい。重用して貰いたい。
よく切れるハサミの様に、乗り心地のいい車の様に、都合のいい女の様に、大切な恋人の様に。
その想いを、罪の心は貫けない。

「ぅう、ふ、ぐうぅぅぅっ……」

喉まで出掛かった懺悔は、涙で濁った嗚咽に変わる。
悲しみ、後悔、自分への情けなさ、それら全てからくる涙と嗚咽。
拭われる事なく、頭を抱き寄せられる。
流れでた様々なもので服が濡れるのも構わず、卓也は髪を撫で付けるようにして874の頭の中を弄り、実体化した肉体のその奥、ヴェーダ内部に存在する874のパーソナルデータを、ゆっくりと改竄していく。
弄ぶような手付きではない、慈しむ様な手付きで、しっかりと手順を踏み、874に負担が掛からない様に。
ゆったりとした愛撫にも似た感触に、嬌声とも嗚咽とも付かない声を上げる874。
労るような手付きに悦び、優しさに心と身体を掻き乱される。

「だから、力をあげよう。君から死を遠ざける力、望めば天をも掴める力、神にも悪魔にもなれるかもしれない力を。それをどう使うかは、完全に君の心次第だ」

──その力を君が何に向けるのか、楽しみに見守らせて貰うよ。

自らの喉から溢れ続ける嬌声の向こうから聞こえる、楽しげな卓也の声。
朦朧とする874の意識に、その言葉は、深く、深く、沈み込んでいった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………



当然といえば当然だが、マイスター874がルイードとマレーネを事故死に見せかけて殺害したことは把握している。
更に、この場所でテストを行うにあたって、無理に誰かに手を貸してもらう必要はない。

マイスター874をこの拠点に呼んでテストパイロットの役目を任せた理由は、半ば趣味とか娯楽の為だ。
与える力も、リアル系マシンパイロットの範疇をギリギリで超えないレベルの身体性能と、宇宙が舞台のロボット物にありがちなちょっとした特殊能力程度。
力を与える理由にしたって、『プルトーネの惨劇を唯一無傷で生き残ったマイスター』として優遇してやれば『間違いなく精神的に傷付く』と思っての事だ。

メカポによってこちらに好意を抱いているマイスター874は、少し重用したり、褒めてやるだけで驚くほど喜び、同時に深い深い自責の念で自らの心を傷つけている。
喜んでいるというのも傷ついているというのも間違いない情報だ。
何しろ脳活動をリアルタイムで計測し、更に読心術で脳とは別に存在する心という曖昧な部分に現れる内心をしっかり読んで確認しているのだから間違いようがない。
褒めてみたり、ちょっとしたご褒美をあげる度に多幸感に包まれ、しばらくするとふと、『同士を、友を、自らの欲の為に謀殺して、それを黙っている自分がこんなに幸せになっていいのか』とか、そんな事を考えて胸をズキズキさせているのだ。

だが、罪悪感、後ろめたさのマイナスの感情セットと女としての、道具としての喜びを天秤に掛けた時、874の心はあっさりと後者に傾いてしまう。
本人も自分のそんな薄情な部分を自覚しているのか、874の心の中には常に悔恨の念がヘドロのように沈殿している。
そして、沈殿したそのマイナスの感情は、常に表に現れているプラスの感情へと影響を与え、アイデンティティの崩壊すら招きかねないアンビバレンツな精神状態を形成してしまっている。

874の心が自己矛盾で崩壊していないのは、恋か、使命感か、あるいはその両方、もしくは他の未知の要素が彼女の心を強固にしているが為だ。
普通の人間の心なら、機械に生まれた単純な心なら、どこかで歪みが生まれ、自らの悪や矛盾を正当化して自己防衛を図る。
今の874の状態は、俺が見てきた人間に近いメンタルを持つ生物や器物の中でも、中々持ち得ない貴重かつ複雑な感情なのだ。

複雑な形のまま流動し煮詰まり続けている彼女の感情は『美味しい』と表現するに相応しい。
負の感情を吸収して力へと転化する臨獣殿の闘士としては、これ以上無い程に味わい深い珍味である。
こういった複雑な混ざり方をした負の感情というのは、これまでのナノポや光学ポでは作り出すのが難しい。

……最も、臨獣殿の拳士とか、臨気とかを抜きにして考えても、自分の尻尾を追いかける犬の様にグルグルグルグル自分の中で自分を追い詰める奴は、見ていて愉快な気持ちになるのも確かなのだが。
旧い言い方なら、他人の不幸は蜜の味。
スラングで言えばメシウマ。
子曰く『己の欲せざる所は、人に施すこと楽しい』というもので、これはモラルの問題を無視して考えれば、社会的生物全般が本能的に感じる快感の一種だろう。

「おや」

脚の上に乗せていた874が、いつの間にか声を上げるのを止め、静かな寝息を立て始めていた。
意識を失っている睡眠状態や気絶状態でも実体化が解けないのは実体化理論のモデルになった魔導書の精霊と共通の仕様だ。
だから、同じように夢を見る。

「苦しそうだなぁ」

寝息は穏やかながら、その表情はいっそ痛々しいと感じるほどに悲しげである。
見ているのは悪夢か、それとも、幸いだった時期の記憶の再現か。
何を見たとしても、874は苦しみに苛まれる。
しばらく見ていると、寝息を立てていた874の目尻から涙が零れ、口が小さく動く。

「ルイード……マレーネ……」

掠れた声で呟かれる、かつて874が殺した仲間の名前。

「シャルも忘れたらアカンで工藤……!」

進化の兆しなんて欠片も出てなかったから興味を向けていなかったのに、巻き添えで一生後遺症が残るレベルの被害受けているんやで工藤。
唯の女学生がイケメンに釣られてテロリストの仲間入りをしたら、仲間同士のいざこざで細胞分裂異常起こして定期投薬が必要になるとか。
しかもそのクスリというかナノマシンを作れるのがそのテロ組織だけとか、割りと聞くに堪えないレベルの泥沼だと思うのだが。
死人に対して罪悪感を抱くなら、生きていて、頑張れば多少の取り返しは付くシャルの方からフォローしてやったほうがいいんじゃないですかねぇ……。

「まぁ、そこら辺もメカポの作用の一部か」

結局は、そこに行き着く。
試験機や試製GNドライブのテストと称して874をここに呼び寄せている理由の、残り半分。
彼女は今現在、この世界でもっともわかりやすくメカポの影響を受け、原作から乖離した存在の一人だ。
メカポによって恋愛感情が発生した個体がどのような精神状態で活動するのか、その行動をどう制御すればいいのかを分析する上で重要なサンプルになる。
もう一人は、多分今頃は金色(モザイクではない)大使に媚び売ったり謎の存在として導いたりしつつ擬似GNドライブの設計とかをさせている頃だし、ぶっちゃけホモ臭いのでここには呼んでいない。

メカポによって強制的に運命的な恋に陥ってしまう事になったマイスター874。
彼女の行動原理は、原作とは全く異なる方向性に変化しながら、原作と同じようにとてもシンプルで分り易い。
彼女は無意識の内に『好いた相手に好意を伝え』『気に入られる為にアプローチを行う』のに適した状況を作ろうと行動している。

勿論普通に考えて、生きている人間への贖罪と、殺してしまった相手への後悔では、保証などの面を無視して感情を優先した場合、取り返しの付かない後者を優先する場合が多い。
それも自分が殺したというのがバレていないのであれば尚更だろう。
だが、874は本来ならば前者を取り、シャルの治療や補助に専念するべき、いや、専念しなければならない。
『マイスター』874と付く通り、彼女はまず一人の人間ではなく、ソレスタルビーイングという組織を回す歯車(ガンダムマイスター)として存在している。
ヴェーダが二人に対する謀殺を黙認したとしても、彼女は次に、生きているマイスターの再利用や、次世代ガンダムの開発、新たなマイスター専攻の手伝いなどの任務に従事し、組織のために働かなければならない。

だが、彼女は俺が軽い調子で呼びかけただけでそれら任務の優先順位を一つずつ下げ、この実験施設にやってきて、ソレスタルビーイングの役に立つかどうかも怪しい実験の手伝いをし始めてしまった。
道具としてのアイデンティティこそがマイスター874の根底に存在する、というのは、美鳥の勝手な憶測だったのだろうか。
いや違う。
874は確かに余暇の時間はほぼフルでこちらに来ているようだが、ヴェーダから下された任務は確実にこなした上でこの場所に居る。
恐らく『ソレスタルビーイングの理念実現の為に働く』という原理に対して、大幅な拡大解釈を行おうとしている。
そうまでして、アイデンティティを屁理屈こねて捻じ曲げてまで、この場所にやってきたのだ。
これは、メカポによって恋心を発生させられた相手が、元の性格を残しつつ『致命的なレベルの恋愛脳』になってしまうという証左ではないか。

「なんとなく、わかってきた。この子のおかげだな」

頭から指を引きぬき、そのまま軽く髪を撫で付ける。
たったそれだけの行為で、苦しげな表情が和らいでいく。
適度に飴を与え、適度に手を加えて修復してやれば、不慮の事態で完全に使えなくなる危険性も低くなる筈だ。

つまり、こういうことなのではなかろうか。
メカポの制御、いや、方向性を制御するという事は、取りも直さず──

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○月◯日(習熟、慣熟、完熟、円熟、じゅくじゅく、ぐつぐつ)

『でもぐつぐつさんよりもまえだけさんの方が好みでは有る』
『だが仮にぐつぐつさんの手作りぐつぐつシチューとか店で出したら、それなりの収益は見込めるのではないだろうか』
『いや嘘だ。実は収益の収の一画目を書いた時点でぐつぐつシチューのせいで採算が合わなくなる未来をサイトロンが運んできた』

『そんな訳で恒例の技術習熟』
『現在、この世界の要でも有るGNドライブと関連技術をお題に習熟を進めている』
『昼も夜もなく学習と実践と習熟を進めるので、当然874が居ない時間の方が長い』
『しかし874が居ようが居まいが習熟は進む。というか、もう居ないほうが早く進むかもしれない』
『実際問題、多少改造を施した程度の874では程度が知れるというかなんというか』

同日追記

『ふと思い立って、剥奪していたビサイドのヴェーダへのアクセス権を復活させた』
『技術発展にどれだけ関わるか分かり難くはあるが、ビサイドの持つIガンダムは後に擬似GNドライブによるツインドライブを行うリボーンズガンダムのベースとなる』
『これまたどれだけ技術発展に役立つかわからない外伝、OOIでの紆余曲折を残す為に、少し暴れてもらわねば』
『アクセス権剥奪されてる間に腑抜けてまともなイノベイドになっていたりしたら、元の流れは諦めて複製作ってリボンズに郵送しよう。着払いで』

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……………………

…………

……

ソレスタルビーイングに所属するガンダムマイスター、グラーベ・ヴィオレントが、ガンダム支援機のパイロットであるヒクサー・フェルミによって射殺。
ヴェーダの登録上は既に死亡、マイスターリストから削除。
同時に、人間として登録されていたヒクサーのデータも抹消。イノベイドとして再登録。

その知らせを受けたマイスター874は、データ上にのみ存在する人工知能に有るまじき多彩な感情から思考を一時的に停止させてしまった。

グラーベは、マイスタースカウトの職務を任された、比較的新しい時代に製造されたイノベイドだ。
彼はスカウトマンとして必要な能力を持って造られ、実際に多くの優秀な人材をスカウトし、その能力に恥じない成果を残している。
ルイード、マレーネ、シャル、アレルヤ、ニール。
スカウトされた彼等の優秀さは、そのままグラーベの優秀さの証明でも在った。
ソレスタルビーイングには他にも少なからず存在するが、彼ほど優秀なスカウトマンは他に居ない。
生まれ持った素質の高さか、後天的な素養に寄るものかは不明だが、その優秀さがあればこそ、彼はガンダムマイスターのスカウトという大任を与えられていたのだ。

そんな彼が、死んだ。
それも、彼の親友と言ってもいい、無自覚型のイノベイドであるヒクサーに銃で撃たれて。
実体化せずとも、膝が折れたかのような、その場に崩れ落ちてしまいそうな酷い虚脱感。

だが、874の情動が心を折りかけても、874が874たる所以、マイスターとしての、計画の歯車である無機知能としての874が思考を継続する。
グラーベは、如何なる理由で殺害されたのか。
個人的な私怨という線はまっさきに消えた。
イノベイドとしての自覚を得たその日から、彼には私生活という時間が存在しない。
また、任務の一環としてソレスタルビーイング内部で活動する際にも他のメンバーとの衝突はなく、不器用ながらも人当たりの良い男で通っている。
ましてや、スカウトとしての技能としてではなく、かつて情報収集型として活動する内に身につけた人の心の機微を読む力に長けているグラーベが、人間関係で殺人に繋がるほどの致命的な間違いを犯すことはない。
事実、グラーベを射殺したヒクサーにしても、普段からグラーベの事を親友と言って憚らない程に信頼していた。
それはヒクサーがグラーベのスカウト活動をサポートする為に、専用の調整を施された状態で送り込まれたという事情を抜きにしても変わることはない。
ヒクサー・フェルミという『人間』が、グラーベ・ヴィオレントという『人間』と共にミッションをこなしていく過程で作り上げた、嘘偽りのない信頼だ。
実行犯であるヒクサーに、グラーベを殺害する動機は存在しない。
恐らく、ヒクサーは外部からの肉体をコントロールされ、自らの意思とは関係なく、グラーベを撃たされたのだ。

そんな真似が出来る者を、874は一人だけ知っていた。
ルイードとマレーネの結婚式を境に、いや、実体化を可能とする特殊なプログラムを組み込まれたその日から大きく引き上げられたアクセス権限。
それを駆使し、組織内部に『自らと同じ危険要素』を探し、発見した特殊な機能を与えられたイノベイド。

「ビサイド・ペイン」

名を口にし、半ば停止していた874の感情を含む部分が動き出す。
グラーベは優秀なスカウトだ。
それはヴェーダによってスカウトの任を解かれた後でも変わらない。
抹殺対象であった筈の目撃者の能力と人格を見抜き、ソレスタルビーイングに有益な人材である為にヴェーダへと助命を願い出て、それが受け入れられたことからも明らかだ。
彼が生きて活動を続ければ、これからも優秀なマイスター候補が、マイスター以外の優秀なスタッフが集まっていくことだろう。

彼が生きている限り、組織の外から新たに優秀な人材が集められ続ける。
そうして十分な人材が集まることに不満を抱くのは、一部のイノベイドにとっては自然な感情だ。
恐らく、他の誰よりも、マイスター874にはビサイドの不満と不安が理解できる。
動機は多少違えど、マイスター874はビサイド・ペインよりも早くに同じ方法を取っているのだ。理解できないはずがない。
故に、これからビサイドが何をするのか、その結果、ヴェーダがどのような判断を下すのかも予測できてしまう。

ヴェーダは計画の遂行に対して、厳格さと柔軟さを併せ持つ。
確実に計画を遂行するために、あらゆる可能性を模索し、その手段、方法を常に組み換え続けている。
人間のマイスターを廃してイノベイドのマイスターだけで計画を遂行した場合の成功率が高いと判断したなら。
もしくは、ビサイドが人間のマイスターを排除するという事態すら計画に必要なファクターとして組み込んでいたのなら。

ビサイドは何の処罰も受けることなく活動を続ける事になるだろう。
今、理想の実現に向けて歩き続けているマイスター達を排除して。
かつての──今の874と同じように。
いや、ある意味ではかつての874よりも危険性が高い。
ビサイドは874の様に不純な動機から仲間を殺すのではない。
計画をよりよい方法に導くために、現在計画を任されている人間を排除しようとするその姿勢には後ろめたさが欠片も存在しない。
ビサイドは心の底からイノベイドが人間よりも優れている事を確信しているからこそ、人間のマイスターを、人間のマイスターを集めるグラーベを排除しようとしている。
そして、ビサイドが殺すのは同期の仲間ですらない。殺した後に生まれるのは混じりけのない純粋な達成感のみ。

「止めなければ」

現状、この基地でガンダムを操縦できるマイスターは874しか居ない。
グラーベは死に、ヒクサーはグラーベを撃たされたショックで自閉を起こしている。
シャルは最早ガンダムを満足に動かせるほどの身体機能を残していない。
ヴェーダが製造した874のイノベイドとしてのボディに宿った新たな知性、エージェント887では駄目だ。
ガンダムを動かすことはできるが、仮にも予備プランとして武力介入を前提としたパイロットとしての性能を持つビサイドに勝てる道理もない。
そして────彼女を『裏切り者』にするわけにはいかない。

ビサイドのプランである人間のマイスター排除は、恐らく現時点ではヴェーダに受け入れられている。
ヒクサーを遠隔で操り、貴重な腕のいいスカウトマンでもあるグラーベを殺害し、その上でヴェーダから何も制裁や機能停止などが告げられていない以上、少なくともビサイドは計画の修正に一時的にとはいえ成功しているのだろう。
そうして、恐らくビサイドのガンダムはこの基地に向かっている。残りの人間のマイスターとスタッフを葬り去るために。

異常事態だが、マイスター874にはビサイドの行いを不当なものであると証明する手段が無い。
少なくとも現状ではビサイドの『イノベイドのマイスターならば、人間のマイスターよりもより効率的に武力介入を行い、ガンダムマイスターとしての使命を果たすことができる』という主張を覆せない。
人間は弱く、無理解で、自己中心的で、自らを制御できない。
最初から一定の強さを持ち、脳量子波で互いの思考を共有し、自己ではなく計画を中心に動くイノベイドの方が、確かに計画はよりよい形で正確に成就されるだろう。
しかし、それはイノベイドとして生き、データとしてではない『生きている人間』を知らないイノベイドから見た真実でしかない。

「貴方が、もっと人間の事を理解していれば」

こんな事には成らなかったかもしれない。
人間の良い所、優れたところを知れば、イノベイドも人間を認めることができて、こんな強硬策にでなかったのではないか。
そう考えるのは、一度間違えた自分だからだろうか。

人間は『成長』することでその全てを覆すことができる。
互いに手を取り合い不足を補いあう事ができる。
不理解から反発しあう事もあるが、困難に対して力を合わせて立ち向かう力を持つ。
たとえそれで乗り越えられなかったとしても、それぞれが持つ性能以上の結果を導き出す事が可能なのだ。
それを、人間の持つ無限の可能性を、874はかつての仲間から学んだ。
それはヴェーダに根拠として提示するには余りにもあやふやで、しかし、マイスター874が、唯の874として動き始めるには十分な理由だった。

ショックから来る思考の停止も機械としての冷徹な推論も、感情任せの後悔も決意も、ヴェーダ内部にデータとして存在する874にとってはほんの数秒も掛からずに完了する。
まず、彼女は真っ先にグラーベの状況を確認することにした。
本体であるデータがヴェーダの中にしか存在しない874は『物質的にはどこにも居ない』存在だ。
しかし、この世界で唯一『肉体を持たないままの実体化』を可能にする特殊なプログラムを仕込まれた彼女は、ネットワークの存在する場所であれば、入出力系の有無に関わらず『どこにでも居る』事が出来る。

超高密度に圧縮された彼女の肉体の設計図が解凍され、人一人分の空間を占める大気を弾き出す破裂音と共に、マイスター874の肉体が物質化を果たす。
現れたのはグラーベが倒れている格納庫付近の廊下。
血を流し倒れ伏すグラーベと、その向かいで銃を握り、呆然と宙を見つめているヒクサー。
どちらも放置できる状況ではない。

素早くグラーベの状態を分析。
致死量を大幅に越える大量出血、流血に伴う低体温化、心音は無し。
また、肉体を構成するナノマシンが次々と破壊されている。
イノベイドを処分する為のナノマシンを打ち込まれた可能性が高い。
状況は絶望的で、しかし、まだ希望は消えていない。
脳波はまだフラットではない。頭を撃たれていなかったのが幸いしたのだろう。
急げば間に合うかもしれない。

打ち込まれた弾丸は四発。
両足、腰、腹。
肉体構造を一時的に書き換え、針やメスの様に細く鋭い指を造り、傷口を小さく切り開きながら差し込み、弾丸を摘出。
実体化した服の一部を引きちぎり、包帯代わりにして傷口からの出血を抑える。
だがこれでは足りない。
肉体構造を改竄しても治療器具を作り出せるわけではなく、874だけでの治療には限界がある。

「ドクターに緊急の依頼があります」

意識の一部を切り離し、イアン・ヴァスティの私室にある大型モニタへと自らの姿を投影する。

「おいおい、ノックも無しか、い」

イアンが軽口を途中で途切れさせる。
モニタに映る874の顔と腹には返り血が付着し、衣服が一部引きちぎられていたからだ。

「怪我人か」

長年の経験と、数年に渡る付き合いの874に対する信頼が、モノレにして一瞬で状況を把握させた。
マイスター874は任務以外で人を害することを好まず、任務で害したのであれば誰に告げるでもなく最後まで自分で処理を行える。
そして自分に対する依頼となれば、874では対処が出来ず、自分ならば対処が可能な事態が起きていると見て間違いない。

「はい。応急処置は済ませましたが既に心停止しています。場所は──」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……


敵は、ビサイドは恐らく、間違いなくGNドライブ搭載機──ガンダムでやって来る。
しかも、それは人間のマイスターや技術者達が作り上げたものではない、イノベイドのマイスター達が独自に作り上げたものだ。
ビサイドは、人間のマイスターを増やす、彼から見たなら裏切り者になるグラーベを、人間のマイスターが計画の主役に成る様に計画を修正したリボンズの手駒であるヒクサーの手によって殺害した。
事故に見せかけるつもりすら無い。いや、あえて態とらしく『イノベイドのマイスターが人間のマイスター達を処分した』という痕跡を残そうとしているのだろう。
イノベイドが人間よりも優れていると、イノベイドが少し実力を発揮すれば人間のマイスターなど相手にもならないと示すために。

「あとは、戦うだけ」

モノレの到着を待たず肉体を情報に還元し、再び別の場所で再構成。
次に訪れたのは、外への発進口を備えた格納庫。
格納庫自体に用はなく、874は壁を蹴り外へと続く隔壁へと跳ぶ。
視界の端に映る、稼動状態のガンダム。
それらを振り切るようにコンソールに手を伸ばす。

《お姉さま! 危険です、私にも援護させてください!》

隔壁を開放するよりも早く、自室に居るはずのエージェント887から通信が入る。
彼女は、本来自分が使うはずだった肉体を受け継いだ、妹とも娘とも取れる相手だ。
だからこそ、彼女への接触は最低限の言付けだけに留めた。
敵が迫っている。基地にて防衛を行うべし。
これだけで、887は状況を完全に理解することは無くとも、防衛だけはしっかりと行ってくれると信じていたのだ。

「敵の狙いはこの基地に居るソレスタルビーイングのメンバーです。非戦闘員だけを残していけません」

通信越しに887の短く強い呼気が聞こえ続けているのは、格納庫に向けて全力で移動しているからだろう。

《駄目です! ガンダムが複数あるこの基地を狙ってくるなら、敵は当然複数で来るはずで、それなのに、一人で出たら、殺されちゃいますよ!》

887の必死の叫びに、874は知らず頬を綻ばせた。
彼女は、常から自分のことを母や姉の様に慕ってくれた。
887が生まれることができたのは、874がヴェーダから与えられた肉体に宿るのを拒否したのがそもそもの原因である。
ルイードとマレーネを謀殺した自分が肉体を受け取りマイスターとして働く事に覚えた不安と違和感、また、既に与えられていた実体化プログラムを蔑ろにすることへの拒否感も理由だったろうか。
彼女が誕生には、自分の遅すぎる後悔と、醜い独占欲が纏わり付いている。
だが、そんな理由で生まれた彼女は、最初から誰かを慕う事を知り、誰かの死に悲しみを覚える事ができた。
褒められて屈託なく笑い、不満があれば頬をふくらませてすねて見せる豊富な人間性を持っていた。
自分の選択が、そんな素晴らしい人格を生み出すきっかけになった。
それが、誇らしくて堪らない。

「そこまでわかっているのなら────後を任せても、大丈夫ですね」

今度こそ自らの意志で微笑を浮かべ、コンソールを操作し、隔壁を開く。
通常ならば段階的に開閉され、決して真空に成ることはない格納庫から、見る間に空気が抜けていく。

《お姉さま! す、スーツは?! それにまだMSにも乗ってないのに!》

「必要ありません」

通信越しに慌てふためく887に、宇宙空間に向けて吹き荒れる風に乱れる髪を抑えながら短く返す。
イノベイドの肉体は細胞分裂によって造られず、予め製造された六十兆超の細胞ブロックを一つ一つ組み立てて造られる。
そうして完成したイノベイドの肉体は人間の肉体と異なり、完全に予め決められた形と性能を備え、それは総じて人間の能力を凌駕する性能を備えている。
だが、それでもイノベイドの肉体は人間をモデルに造られているのだ。
身体には血管が流れ、食事によって栄養を補給し、肺から酸素を取り入れて脳に運ばなければ脳細胞は死滅してしまう。
当然、生身で宇宙空間に出て無事で済む道理はない。

「887、これからは貴女が。……私ではなく、貴女が皆と共に」

だが、874は真空になりつつ有るこの環境で、何一つ損害を受けていない。
今や874の耳には自らの身体を流れる血流の音も、肉体を動かす筋肉の収縮音も、自らの呼吸も、心臓の鼓動すら聞こえない。
耳が聞こえなくなった訳ではない。
既に874の身体からは血も、筋肉も、肺も、心臓も消え失せている。
見掛けだけの人の姿を、粘度人形の様に変形させて動かす。
それが、今の874の肉体制御法。

《お姉さま……それ、は》

887の顔が青褪めていく。
887が観測する874のバイタルサインは既に消滅している。
874の観測したグラーベとは異なり瀕死という訳でもない。
何しろ、モニタ越しではあるが、887は874が普段通りに動き続けている姿を確認している。
それは、ヴェーダの与えてくれた常識では計り知れない現象だった。

「……」

何時しか874の視線は外にだけ向けられていた。
ヴェーダの持つ知識から外れた正体不明な自分を、887がどんな目で見るのか。
戦いを前にして、そんな事を気にかける程の余裕はない。
外に流れ出る大気に乗るように宙へ跳び、真空の宇宙空間へ。

「マイスター874より『デュグラディグドゥ』、MSの転送を要請します」

伝わる筈のない言葉は脳量子波により、遥か外宇宙に存在する実験要塞『デュグラディグドゥ』へと一瞬の内に到達。
カタパルトに設置された874専用MSが、機体内部に蓄積された圧縮GN粒子を開放し赤い粒子を吐き出し始める。
次いで、接続されたカタパルトに搭載されたGNドライブがトランザムを発動、瞬時に専用機のGNドライブと同調を開始。
カタパルトと専用機、二基のGNドライブが同調状態から発するGN粒子がサークル状に広がり、連なる二つの円を描き────

「コアパーツ、マイスター874、搭乗完了。『ノミャーマ・ダガー』敵機を迎撃します」

マイスター874をコックピットに据える形で、量子テレポー卜を完了させた。
艶のない落ち着いた黄で染め抜かれた分厚い装甲に、関節と装甲の継ぎ目に垣間見える黒。
背部に備えられた格子柄のバインダーは、切っ先のない幅広の刀刃にも虫の羽にも見え、その姿は何処か蜂を思わせる。

スラスターが見えなくなるほど多量のGN粒子が溢れ出し、機体を格納庫から遠ざけていく。
874にとって最も馴染み深いスリースラスター式の推進器。
しかし、かつて使っていたそれらとは比べ物にならないほど安定している。
緑色の粒子が機体を押し出し、疾く、美しい曲線軌道を描く。

《メインシステム 戦闘モードを起動します》

流れる定型文を聞きながら、874は深く息を吸い込む。
コックピットの中は当然のように人間が登場するための生命維持システムが搭載されており、酸素もあれば有害な宇宙線も届かない。
そして、874の為に特別に設えられたノミャーマは、人間の生理機能を有した状態で始めて全ての性能を発揮することができる。
体内を流れる血流の音が、心臓の鼓動が、筋肉と骨と腱の伸縮音を感じ、実感する。
生きている。
仮初の、未だに理解できない不可思議な理論で作り上げられた肉体であっても、自分は生きているのだ。
あの基地に居る仲間たちは、自分以上に『生きて』いる。

「来た……」

現れた二機のMSを操るイノベイドもまた、自分より遥かに分り易い形で生きているのだろう。
先ほどまで自分が居た格納庫の方角から現れた二機のMSを見ながら、874は思う。
この戦いにどれだけの意味があるのだろうか。
ビサイドの思想が間違っているとも、自分の意見が間違っているとも思えない。
平等に、どちらの言い分にも利がある。
ならば自分に、ビサイドと同じ『味方殺し』である自分に、彼の主張を否定する権利はない。

「それでも」

閃光が宇宙の闇を切り裂き、ノミャーマへと迫る。
GN粒子を用いた圧縮粒子ビームの速度は光速には届かずとも生身の人間では反応しきれない程の速度を備える。
そして迫る光条は明らかな直撃コース。

874の頭の中で種が一つ弾け飛ぶ。
思考を濁らせていた懊悩が薄れ、思考の透明度が増した。
通常ならば回避しきれない距離まで迫ったビームに対し、コックピット内部の874は眉一つ動かさず、僅かにコントロールグリップとペダルを動かすのみ。
操作に合わせ、ノミャーマは気持ち程度斜めに身体を傾け、たったそれだけの動きで粒子ビームの有効範囲から逃れる。
見えている。そして、反応速度が上がっている。

「守ってみせる」

全身を覆う重装甲、その背面側全てが展開を始め、積層状の薄型GNコンデンサーが曝け出された。
次の瞬間、積層の内の一層が裂け、爆発したかと見紛う程の勢いで粒子を吐き出す。
いや、裂けたのではない。
薄型コンデンサー専用のシングルスラスターが、貯蔵していたGN粒子を開放したのだ。
開放されたのは両肩、腕、背部、腰部、脚部の全ての装甲内部に備えられていたGNコンデンサーの一部。
開放された粒子を推力へと変換するのは、安定性よりも速度を優先したスリースラスター型を更に先鋭化させたシングルスラスター。
生み出されるのは、ガンダムのセンサーを振り切る程の急加速。

「くッ」

余りの急加速に歯を食いしばる。
強化改造を施された肉体だからこそこの程度で済んでいるが、もしも生身のまっとうなイノベイドであったなら、この瞬間にコックピットの中で潰れたトマトになっていても可笑しくはない。
センサーと、センサーを越える精度の874の超感覚が敵機の姿を捉える。
両肩から二門の大砲を生やした青い機体。
ヴェーダのMSデータベースには該当がない。
恐らくはイノベイド側のマイスター達が独自に開発を行っていた機体なのだろう。
そして、イノベイド側の開発陣は、人間のマイスター達が積み上げた技術をそのまま流用し、独自に発展させている。

故にイノベイドのMSは────874の機体に、触れることすら叶わない。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

簡単な作業の筈だった。
スカウトのイノベイドであるグラーベを、奴が友人として信頼しきっているヒクサーを操り、細胞破壊ナノマシンを打ち込み殺害。
ダメ押しで、ヤツの仲間である人間側の開発チームとエージェント達をMSで基地ごと潰すだけ。

実際、途中までは何の問題もなく進んでいた。
グラーベは死に、ヒクサーはグラーベを殺害してしまったショックで自失。
セキュリティは何の問題も無くスルーでき、MSを動かすために必要な、そして計画の要と言ってもいいオリジナルのGNドライブも奪取できた。

抵抗があったとして、あの基地で現在MS戦を行えるのはマイスター874とエージェント887のみ。
そして現時点でGNドライブを三基奪取している以上、実際に出撃してくるのは多くても一機。
それも、引き連れてきたGNキャノンと、イノベイド主導による武力介入を目指して製造された万能機であるIガンダムで十分に圧倒し圧殺できる。
少なくとも、ほんの数秒前まで襲撃者────ビサイド・ペインはそう考えていた。

「なん……だと……?」

ビサイドの目には、いや、Iガンダムのセンサーすら、目の前で何が起こったかを正確に観測することはできなかった。
十分に余裕を持った距離からマイスター874の機体を砲撃していた筈のGNキャノンが、瞬きする間に破壊され、無残な残骸を晒しているのだ。
爆発は起きない。GNドライブは避けて攻撃を行ったのだろう。
いや、攻撃をしたのか?
874の乗るMSは武装らしき武装を備えていない。
だが、間違いなく、874の乗る未確認機がGNキャノンを撃墜したのだ。
874のMSの挙動を捉えられなかったビサイドだが、その証拠だけはIガンダムのセンサーすら通さず、カメラアイからの映像だけで把握することができた。

「なんて粒子量だ」

声が震えている事すら自覚できない程に、ビサイドはあっけに取られている。
挙動は見えなかった。
だが873のMSの動いた跡、その軌道上には空に線引く飛行機雲のように、高濃度のGN粒子が拡散する事もなく滞留している。
片方のGNキャノンの隣を通り過ぎ、鋭角な方向転換でもう一機のGNキャノンへと進む軌道。
その軌道に遊びも揺らぎもなく、ただ敵に向けて一直線に進むだけの、真っ当なMS戦ではそう見ないほどのシンプルな動き。

「なんなんだ、あれは、余りにも」

その単純な動きで呆気無くGNキャノンが破壊された。
二機を一瞬にして撃墜した手段は、傍目から見て、その軌道と並ぶほどに単純。

「速すぎる……!」

黒い宇宙というキャンバスに描かれた、巨大で荒々しい『V』の一文字。
筆である874のMSが余りにも速すぎるために、その一文字はビサイドから見ていても突然現れたようにしか見えなかったのだ。

(あんな機体の情報はない。なんだあれは、出てきたのはマイスター874じゃないのか? 彼女がこの状況でガンダム874を使わない理由はあれか!?)

モニタに写るV字軌道の先端に悠然と佇む黄の重MS。
よくよく見てみればその機体はビサイドの知識にもヴェーダのデータベースにも存在していない。
一瞬だけ視認できたカラーリングから誤認していたが、そのフォルムは開発を凍結されたガンダム874と比べて一回り以上大きい。
ずんぐりとして、しかしヴァーチェとは異なり鈍重そうなイメージを与えない。
分厚いシルエット、攻撃的な印象の黄、規格外のスピード、それら全てが圧倒的な粒子放出量と相まって、一種異様な威圧感すら感じてしまう。

(だが、勝てない相手ではない筈だ)

圧縮粒子ビームを避けたということは、装甲はそれなりでしかないのだろう。
分厚い装甲も、恐らくは加速時に使用する粒子を貯め込んでおくためのコンデンサーであると考えれば、あの機動力にも説明がつく。
そして、自分はあのMSの加速力を知り、その上で真正面から相手を捉えている。
タイミングを合わせて迎撃すれば────

《THIS WAY (こっちだ)》

モニタが一瞬で翠の輝きで埋め尽くされ、874の声がヘルメットの中に響く。
視界の端に写ったディスプレイによれば、通信は、『接触回線』で行われている。

「ひっ」

喉から引きつった声が漏れた。
反射的に、ビームサーベルを振り翠の霧──GN粒子を吹き払う。
しかし、モニタには874のMSの姿はない。

《FOLLOW ME (ついてこい)》

再び接触回線による通信。
同時に機体が揺れる。
振り向けば、GNフィールドを張ることすらせずに874のMSが無防備な背中を晒してゆっくりと遠ざかっている。
ビームライフルで撃てば簡単に撃墜できるだろう。
その筈だ。
だが、ビサイドにはどうしても、目の前のMSがダメージを受ける姿を想像することが出来なかった。
先行する874のMSが顔だけを振り向かせる。

《来なさい。基地(ホーム)を傷つけたくありません》

874の静かな、仲間を殺されたことに対して何ら感情の揺らぎを見せない平坦な声。
それはビサイドの知る874のパーソナルデータと矛盾することのない反応。
しかし、静かで無感情な声から、何処か抗いがたい強制力を感じる。

『これに逆らってはいけない』
『戦えば負ける、勝てない』

本能がそう囁きかける。
人間を模して造られたイノベイドの、本来有り得ざる生命としての生存本能が、目の前の敵に屈している。
その事実に、ビサイドは酷い不快感を抱いた。
自らの内の恐怖を誤魔化すように、ビサイドは口を開く。

「僕が誰か聞かないのかい? それとも敵であるなら排除するだけかな?」

《登録番号08368-SA846、ビサイド・ペイン》

ドキリとした。
平坦な声は既に無感情を通り越し冷えた鉄の様な響きへと変わり始めている。
見ぬかれている。
声を出したのは今の一言が始めてで、あちらからこちらのコックピット内部の映像を見ることは不可能な筈。
そして更に、ただの人間側の予備マイスターでしかない874が、イノベイド側のマイスターである自分の素性をここまで正確に把握されている。
何故か、と、その疑問を抑えこむ。
認めたくはないが、機体性能はあちらが一歩先を行く。
精神面でまで圧倒されてはいけない。

呼吸を整え、手札を確認する。
性能で劣り、技量は未知数。
ならば搦手、精神的な揺さぶりを掛けて隙を作り出す。

「仲間を殺されて、それでもその冷静な対応、恐れ入るよ。肉体を持たず、データ上にのみ存在しているだけの事はある」

軽い揺さぶり。
実際、ビサイドから見て今の874は怒りに我を忘れているようには見えない。
やはりデータ上の存在であるがゆえに無感情なのか、彼女自身のパーソナリティがそうさせているのか。
だが仮に、今の彼女の平静な態度が怒りを堪えた上でのものであれば、その抑えた感情を解き放ってしまえば、隙を作ることも難しくはない。

「ああいや、死んだのが役目を終えたグラーベだからかな。スカウトがほぼ終わった今、彼が生き続けなければいけない理由もないからね」

軽口を叩きながら、視線は先を行くMSの背から一瞬足りとも離さない。
ガンダムに限らず、MSに即座に分り易くパイロットの動揺が現れる訳ではない。
一言一言探りを入れ、慎重に反撃の機会を伺う。

「おや、君はドクター・モノレにグラーベの治療をさせていたのかい? 人間じゃあるまいし、また無駄な事を。死体はどうしたって生き返らないだろう?」

挑発を繰り返していく内に、ビサイドは心の余裕を取り戻し始めていた。
なるほど機体の性能はずば抜けているようだが、どうやら頭の中は人間と同レベルにまで劣化してしまっているらしい。
そんな考えが浮かび、口調にもはっきりと嘲りの色が浮かび始めている。

《お喋りをするな、とは言いませんが》

「は?」

Iガンダムの目の前で、874のMSがゆっくりと静止する。
振り返りさえしない。
周囲に推進に使用したGN粒子が残留している事を除けば、背面に備えられた刃の様なバインダーも展開されていない。
Iガンダムに、ビサイド一切の注意を向けず、無防備な背中を晒している。

《撃たないのですか》

「────っ」

そうだ。
隙を伺う必要すら無かった筈だ。
こちらを基地から離すために先導していた874のMSは、常に無防備だった。
動きに隙がなかったのではない。
晒した背中、全てが隙だった。
撃てば当たった。間違いなく。言われてみれば、確かにそうだった。
では何故? 何故撃たなかった?
自問するビサイドの指先は無自覚に震えている。

《……怖いのなら、そう言いなさい》

淡々と、嘲りの感情など欠片も混じっていない、温度も起伏もない平坦な口調。
その言葉の内容に、

《言ってくれるのなら、同族の誼で手加減位はしてあげましょう》

「っ、あ、ああああああああああぁぁ!」

ビサイドの頭の中で、大切な何かが弾け飛んだ。
引き金を引く。
抜き打ち同然、いや、最初からIガンダムの手に握られたままだったビームライフルが、その銃口から高熱と質量を伴う圧縮粒子ビームを解き放った。
────遠く離れた、ソレスタルビーイングの基地目掛けて。

瞬間、Iガンダムの目の前にあったMSの背が消え、膨大なGN粒子だけが残された。
どこに消えたのかなど考えるまでもない。
874の目的がグラーベを含む人間側のマイスター達を守る事であることを考えれば。
圧縮粒子ビームが一度解き放たれた以上、Iガンダムやビームライフルを破壊している余裕はない。
基地を守ろうとするのであれば、そう、粒子ビームと基地の間に割り込まざるを得ない。

コマ落ちした映画のフィルムの様に唐突に、粒子ビームの行き先に874のMSが姿を表す。
そうして桜色の光条は、まるで吸い込まれるように、コックピットを貫いた。

光爆。
翠よりも限りなく白に近い輝きがIガンダムと基地の中間から巻き起こった。
圧縮されたGN粒子が瞬間的に開放された際に発生する独特な光。
これと同じ輝きは過去、小規模な武力介入の際に起きた、ガンダムプルトーネの事故でのみ観測されている。

嗜虐の悦びにビサイドの表情が醜く歪む。

「馬鹿な奴。所詮は正式なマイスターからも外された欠陥品ということか」

震える声で虚勢を張る。
そして、自らの言葉が虚勢に過ぎないという事を理解しながらビサイドの心には後ろめたさも情けなさもない。
機体性能の差で負けていながら、Iガンダムは確かに874のMSを撃破したのだ。
これが、人間側に着かされた、肉体すら持たないイノベイドの成り損ないと、武力介入を前提として造られた完成されたイノベイドである自分の性能差だ。
やはり人間達のマイスター達よりも、イノベイドである自分達の方が優れ、正式な武力介入を行うに相応しい。

未だGN粒子をまき散らし続けている爆発痕を避け、再び基地に向けてビームライフルを構える。
自分達が優れている事は証明された、だが、それでもヴェーダは人間を計画の要にする現状の方針を変えないかもしれない。
故に、ここで後顧の憂いを断つ。

「これが元々のプランだ。君達には、ここで退場してもらうよ」

誰に聞かせるでもないビサイドの勝利宣言と死刑宣告。
Iガンダムはもったいぶるように緩慢な動作で、ビームライフルの引き金を引いた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時間は僅かに遡り、ビサイドが874に対する挑発のための基地内部の映像を確認した直後。
ドクター・モノレは必死にグラーベの治療を続けていた。
応急処置こそ済んでいるもののグラーベはその場を動かせるような状態に無く、治療はその場に防菌シートを敷いて行われている。
グラーベを撃ったヒクサーは心神喪失状態にあり、既に自室に運び込まれこの場には居ない。

「グラーベ、戻って来い!」

意識を取り戻させるための、いや、取り戻した時に繋ぎ止めるための呼びかけと共に治療は続けられている。
グラーベの肉体に刻まれた傷は深い。
至近距離から放たれた銃弾が数発、無防備なグラーベの肉体を貫いていた。
銃弾こそ874の応急処置によって取り除かれ、布を用いた簡易な止血こそ成されているものの、それだけで安心できるような軽い怪我では断じて無い。
銃弾による傷で恐ろしいのは、外部に対する血液の流出よりも、肉体内部の血管や内臓への傷が引き起こす内出血だ。
麻酔をかけ、銃創をメスで切り開き、体内出血部を見つけ出しては縫いあわせて塞いでいく。
傷は深いが、応急処置は完璧、場所こそ悪いが今施した治療も最善を尽くした。

だが、グラーベの体温は不可思議な程に低下を続けている。
多量の出血は合ったが、治療を始めて直ぐに再び動き出した脈拍は弱くとも止まっておらず、脳波もフラットにはなっていない。
撃たれた箇所の問題もあり、ほぼ確実に後遺症が残るだろう重症ではあるものの、本来ならば助かる程度の傷の筈だ。
しかし、その肉体は不自然な程に死に向かって進み続けている。

かつて様々な土地で医療行為を行っていたモノレには、この症状に覚えがあった。
毒、いや、人体に対して有害な働き行うナノマシンを投与された患者に見られる症状に酷似している。
一部の軍隊でも研究が行われていたジャンルの化学兵器だ。
原因は判った。だが、対処法がない。
軍で研究されていただけあって、兵器としてのナノマシンは多種多様な種類が存在しており、失敗作も多い。
問題はこの失敗作だ。
正式に採用されて広く使われた種類であれば抗体としてのナノマシンも即座に用意できるが、研究途中で破棄されたり、実際に使用されたことのないタイプであった場合はそうではない。
未知の作用を打ち消す機能を与えられた抗体を新たに作り出すには相応の時間が必要になってくる。
それはソレスタルビーイングの設備を使用したところで変わることはない。
多少早く抗体が完成したところで、それは決してグラーベが死に到達するよりも早く完成することはないだろう。

こんな場面で医者にできる事は余りにも少ない。
身体に刻まれた物理的な傷跡を治療し、死に到達するまでの時間を長引かせるだけ。
これまで培ってきた技術がものの役に立たない。
余りにも無力。
医者としての経験が、冷静な自分が『諦めろ』と語りかけてくる。

それでも、モノレは諦めなかった。
彼は知っている。
ソレスタルビーイングの中には、いや、世界には人に紛れて生きる、人ならざるモノが存在している事を。
そして、これまで同じ組織で仕事をしている間に、グラーベがその人ならざる存在であると確信していた。
例えば、絶対に助からない筈の重症を負いながら生きていたヒクサーのように、グラーベにもまた、人を超えた頑強さ、生命力がある。
余りにも不確かな根拠だが、こうなれば、それに掛けて治療を続けるしか無い。

「グラーベ、お前はこのまま死んでいいのか? お前を撃ったヒクサーはどうなる。それに、今、マイスター874はお前の代わりに戦っているんだ! 戻って来い!」

輸血を行いながら耳元で強く呼びかけ続ける。
代わりに戦っているというのは正確な言い方ではないかもしれない。
基地に外敵が迫っているのであれば、戦うための戦力を出し惜しみする訳にはいかないだろう。
だが、それでもマイスター874が一人で戦っている事に違いはない。
ヒクサーを、人間ではない存在を本人の意思を無視して操り人を害する未知の敵。
そんな敵が生半可なMSを持って戦いを挑んでくるだろうか。
本来ならば、決してマイスター874単機で戦っていい状況ではない筈だ。
ヒクサーが、グラーベが戦える状況であれば、フォーメーションを組んで戦うべきなのだ。

……そして、その事に気付かないグラーベではない。
グラーベはソレスタルビーイングの中でも人一番責任感と仲間意識が強い男だ。
この呼びかけが聞こえているのならば、この言葉は彼の心に、意思に強く響くだろう。
生きるか死ぬかがグラーベの人外の生命力だよりならば、グラーベが意識を無事に取り戻すかも彼の精神力だより。
医者としてできる事を全て行った以上、ここからは本人の生き残ろうとする意思の強さ次第。

とく、とくん。

弱まり、消えそうだった鼓動に一定のリズムと力強さが戻り始める。
消えつつあったグラーベの命の灯火が、強く輝きはじめた。
ドクター・モノレの懸命な治療と、グラーベの生命力と生きる意思が引き寄せた命の光。
それは燃え尽きる前の蝋燭の炎か、それとも復活へ兆しなのか。
現実と事実がどうあれ、ドクター・モノレが選ぶのは後者の道だ。
僅かな可能性を掴みとり命を繋ぎ止める。

「グラーベ! グラーベ!」

呼びかけに応じるように、グラーベの心音が力強く、それでいてしっかりと安定し、やがて、ゆっくりと瞼を開く。

「……ド、クター」

掠れ、ともすれば聞き逃しても可笑しくないほどの微かな声を発するグラーベ。
けほ、と吐出された咳には微かに血が混じっている。

「喋るな」

モノレはグラーベの喉に溜まった血液を吸引器で吐き出させながら冷静に状態を分析していた。
量から見て、気管に詰まっていた血液を意識の覚醒と共に吐き出したのだろう。
体内からの出血は完全に止まっていると見て間違いない。
これが普通の患者であれば、あとは医務室に運び込んで適切な処置を施すだけで済む。

だが、それでは足りないのだ。
普通の処置をしたところでグラーベの肉体はは快方には向かわない。
体内を侵食する未知の何かを今この場でどうにかする方法を見つけない限り、グラーベが意識を取り出した事すら無駄になってしまう。

「ドクター、外科施術は無意味だ。打ち込まれた弾丸に我々の細胞を破壊するナノマシンが組み込まれていた。こうしている間にも、私の身体は」

「わかっている!」

声を荒らげ、聞きたくないとばかりにグラーベの言葉を遮る。
横たわるグラーベに、外面上の変化はない。
しかし、長年医者として患者と接し続けていたモノレには、グラーベに迫る濃密な死の気配を敏感に感じ取っていた。

「私は医者だ。素人のお前よりは余程その身体の状態を理解している。お前は必ず助かる。いや、俺が助けてやる。だから、任せろ」

「私は自分の肉体の状況をモニターできる。あと三十分ほどで、私は完全な死を迎えるだろう。だから──」

グラーベには最後に果たさなければならない使命があった。
スカウトマンとして組織に招き入れたマイスター達、基地に居るソレスタルビーイングのスタッフ。
彼等の命を守りぬく為、外敵を排除しなければならない。
それが残された命を燃やし尽くしてでも果たさなければならない使命。
ヴェーダに命じられた任務ではない。
グラーベが自発的に自らに課した、イノベイドではない、グラーベ・ヴィオレントだけの使命。

残り時間が無くなる前に早急に治療を止めさせて、もはやまともに動かない身体をガンダムラジエルのコックピットに運び込んでもらわなければならない。
パイロットスーツを着てコックピットに載せてもらえさえすれば、ハロやヴェーダの補助を駆使して戦う事ができる。
──皆を守って、戦う事ができるのだ。残り僅かなこの時間は、これまでの人生に匹敵する価値を持つだろう。

グラーベは、その望みを聞き入れてもらえるものと信じて疑わなかった。
ドクター・モノレは腕利きで、経験豊富な医者だ。
治療した患者の数に比例して、最後には命を諦めなければ成らなかった患者も存在している。
死を迎える患者の最期の望みを聞くのも、優れた医者の持つ特性だ。
故に、これ以上の無駄な治療は中断してくれる。
だが、

「生きるのを諦めるな!」

ドクター・モノレは頑としてグラーベの治療を諦めない。
何故、と、視線だけで問うグラーベに、モノレはハロとドッキングしたカレルに用意させた様々な医療器具を広げながら答えた。

「マイスター874がな、お前の治療を頼む時、どんな顔をしていたか解るか。なんと頼んだか解るか」

モノレは、ほんの十数分前の事を思い返す。
彼女はいつも通りの振る舞いのつもりだったのだろう。
だが長年同じ組織の一員として活動を共にしてきた自分達には、その場に居たイアンとモノレにははっきりと理解できた。
あれは、依頼でも命令の伝達でもない、彼女自身の意思から来る『懇願』だ。

「言っていたよ。生まれる前からお前のことを知っていたと。あまり気にかけることもできなかったが、それでも、似た境遇に生まれたお前は、『弟』のようなものだ、とな」

モノレはソレスタルビーイングに入ってからの長い年月で、マイスター874もまた人ならざるものであり、見た目通りの年齢でない事を理解していた。
そしてモノレの理解は、彼女の身体的な人間との差異だけではなく、人格面にまで及んでいる。
彼女は無感情なのではなく、感情の表し方が下手で、それでいて人に感情を見せたがらない、酷く取っ付きにくい性格をしている。
しかもここ数年はミッションの無い時間は基地内部でも姿を見ることが少なく、私生活で何をしているかも分からない。

「今にも泣きそうな顔で、『弟をよろしくお願いします』だ」

そんな彼女が、頭を下げて頼んだ。
通信越しに治療を依頼するだけではなく、モノレが到着するまで応急処置を続け、入れ替わりに格納庫に向かう前にも一度振り向き頭を下げ、念を推すように頼み込んだ。
表情は、泣き顔を無理矢理に無表情に押し固めようとして失敗した様な、酷く無様な顔で。
あれは、自分が泣きそうだということにすら気付いていなかったのではないだろうか。

依頼するだけであれば、態々『お願い』などする必要も、頭を下げる必要もない。
いや、普段の彼女であれば、表面上お願いするにしても、間違いなく形式だけでのお願いだけで済ませた。
だが、彼女は願った。
本来であれば無理な、頼むことすら無意味な依頼を、命を救ってくれるようにモノレに願ったのだ。

願わずには居られなかったのだろう。
プルトーネの惨劇の後、重症を負ったシャルを見ながら自失していた874の姿を思い出す。
思えばあの時も、溢れ出しそうな感情を堪えたような表情だった。
仲間が死に、彼女が生き残る。
このままでは、あの事件の繰り返しになる。

故に、モノレに願い神に祈るだけでなく、惨劇を悲劇を回避するために、彼女は今も戦っているのだ。
他でもない、彼女の仲間を死なせない為に、そして、

「だから、意識をしっかり持て、諦めるな。『弟』のお前が死ねば、『姉』の874が悲しむ!」

────不意に、メスが閃く。
モノレの、グラーベの意識と認識の隙間を縫うように振るわれた一閃。
メスを持つ手はモノレのものでありながら、そこにモノレの意思は一切介在していない。
余りにも自然に振るわれたメスから、不可視の斬撃が解き放たれる。
肉を斬り骨を断ち鉄を裂く一撃がグラーベの肉体へ飛翔し────肉体に傷一つ刻むこと無く、体内のナノマシンの尽くを、一刀の元に切り捨てた。

「な……!」

自らの肉体をモニターしていたグラーベが驚愕し、モノレが息を呑む。
細胞の破壊が一瞬の内に収まり、グラーベの肉体が放っていた死の気配が雲散霧消したのだ。
何が起きたのか、グラーベにもモノレにも理解できない。
ナノマシンを排除した斬撃は、完全に彼等のあらゆる感覚器の隙を縫って放たれた。
故に、二人にはナノマシンが排除されたという結果しか認識することができない。
そして、そんな怪現象の中、即座に持ち直したのはやはりドクター・モノレだった。

「グラーベ、細胞の破壊は止まっているな?」

半ば確信を持ちつつ、自らの肉体状況をモニターできるというグラーベに問う。

「あ、ああ。細胞の破壊は止まった。だが、今のは……」

「深く考えるな。まだ重症である事には変わりない」

長年医者をしていると、極稀にこういう不可思議な現象に出くわすことがある。
しかし、重要なのは回復した原因ではなく、患者を生かす事ができるかどうかだ。

「そうか、いや、そうだな」

言いながら、グラーベの瞼が降り、目が細められていく。
如何に人とは異なる生命力を備えていると言っても、グラーベは未だ自らの脚で立ち上がることも出来ないほどの重症を負っている。

「ドクター……早めの、治療を……マイスター874の、えん、ご……」

外では未だマイスター874が一人で敵と戦っている。
自分も、戦える程度まで治療を完了したなら、即座に出撃しなければならない。
だからこそ、重ねてモノレに治療を依頼した。
ドクター・モノレの察しの良さにグラーベは一目置いている。
ここまで言えば、自分の治療を終えるまでの間に、ガンダムラジエルを出撃できるようにしておくよう、イアンに言付けてくれるだろう。

「任せろ。万全とまでは行かないが、生きて戻れる程度には治しておこう」

力強い肯定を聞きながら、グラーベの心に安堵はない。
未だ自分達は危機的状況に置かれているのだ。
未知の敵の相手をマイスター874にだけ任せている現状に焦燥を抱きながら、グラーベは今度こそ意識を手放した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

Iガンダムが手に持つビームライフルの引き金を引き、銃口から放たれた桜色の光。
その光が、有り得ない軌道を描き、基地から逸れていく。

「何?」

見たことのない現象だった。
少なくともヴェーダのデータベースには、未だ圧縮され高熱の粒子ビームと化したGN粒子の挙動をああいった形で制御する技術は存在していない。
人間側の開発チームが創りだした新技術か。
だが、無駄な抵抗だ。ビームを曲げるというのなら、接近して直接基地を破壊すればいい。
Iガンダムがライフルを持っていないもう片方の手にサーベルを抜き放つ。
874の誘導によって基地から多少離されてはいるが、迎撃に出られるMSが無い以上、距離の問題は勘定に入れる必要がない。
基地を破壊し人間側のマイスター達を抹殺するのは、ビームライフルを一度撃つのと変わらない程に容易い。
スラスターを吹かし、基地へ向かうIガンダム。

その動きが、ご、という重い音と共に止められた。

《怖いのでしょう》

通信から、そして、脳量子波で同時に直接送られてくる声。
その声に、ビサイドは今度こそ驚愕に打ち震える。

「マイスター874!? 馬鹿な、君は、今さっき、僕がこの手で!」

撃墜し、殺害した筈だ。
まさか撃墜される寸前に肉体を捨て、新たな肉体を得て再出撃したというのか。
いや、それは有り得ない。
この周辺には自分達が持ち込んだMSを除けば、ソレスタルビーイングの基地以外にはMSは存在していないのは確認済み。
そして、自分は874のMSを撃墜してから今まで、基地から一度たりとも目を離していない。それは取りも直さずIガンダムのセンサーが基地を捉え続けていたという事に他ならない。
ならば、何故。

その疑問に答えるように、コックピット内のモニターにサブカメラからの映像が映しだされる。
映しだされるのはIガンダムの背後の映像。
ビサイドの目の前、モニターの中では、今しがた撃墜した筈の874のMS──ノミャーマ・ダガーが、傷ひとつ無い姿でIガンダムを押さえ込んでいる。
いや、傷ひとつ無い訳ではない。
分厚い重装甲に覆われたそのシルエットを一回り小さく縮め、装甲の色も変じている。

「そうか、リアクティブアーマー」

理論としては存在していた。
ガンダムプルトーネに使用されていた、装甲内部にGNフィールドを展開する技術。
その発展形として考えられた、古くから存在する爆発反応装甲をGN粒子を用いて再現したような技術だ。
GN粒子のレーダーに対するジャミング特性を利用した煙幕の役目を同時に果たせるという事で一部の技術者の間で注目された事もあった。
が、武力介入に使用するガンダムにはそれほど必要な装備ではないという点と、完成したGNフィールドの強度と毎時毎のGN粒子生産量を考慮した場合、装甲とジャミングの機能を一つに合わせる意味が少ないという点から、基礎理論だけで実物は製造されていない筈の、言わば過去の遺物。

だが、この場ではこの上なく効果的な装備だったのだろう。
装甲内部にGNフィールドを展開した状態というのは、GNコンデンサーと似た状態にある。
つまり、GNコンデンサーの爆発とGNリアクティブアーマーの爆発は、見た目上は似たような光景を作り出す。
もし仮に、リアクティブアーマーの爆発を意図的にGNコンデンサーの爆発と似た形に成るように調整してあったのだとすれば。
ビサイドは、まさしくあのGNリアクティブアーマーの製作者の意図にまんまと嵌ってしまったのだ。

「この、放せ、放さないか!」

スラスターを全力で吹かしても、背中に取り付いた874のMSはびくともしない。
更にIガンダムの両腕は、ノミャーマの背部バインダーが変じた副椀に取り押さえられ軋み、ライフルやサーベルで反撃を行う事すらままならない。
取り押さえた状態のまま、874はビサイドに語りかける。

《死すら恐れない貴方が、何を恐れるのか。私には、分かります》

「はっ! 僕が何を恐れるっていうんだい? 人間のマイスター達か? それともそんな化物みたいなMSを使う君の事か!?」

874の言葉を鼻で笑うビサイド。
正確に言えば、ビサイドは死を恐れていない訳ではない。
だが、ビサイドはヴェーダに与えられた得意な機能により、事実上『死』から最も遠くに存在するイノベイドだ。
人を超えた超人的な能力、ガンダムマイスターとしての矜持、科学的な不死。
それを併せ持つ自分が何を恐れるというのか。
自分は、ただ使命を果たすのに相応しくない人間のマイスター達を排除し、計画を正しい姿に戻しにきたに過ぎない。
勘違いも甚だしい。

脳量子波が途絶え、通信から874が大きく息を吸い込む音が聞こえ、

《怖いのでしょう。『いらない』と言われるのが》

「────」

頭の中が、真っ白になった。
図星を突かれたからか。
違う。
理屈ではない。874の言葉に、奇妙なほどの納得と共感を覚えた。
同時に、胸の中にある、大きな空白を自覚する。

―――――――――――――――――――

全てが、そう、ビサイド・ペインが内包する全ての力が、その為に用意されたものだった。
戦闘用イノベイドとしての力。
自我を途絶えさせない、死を超越する人格転移、人格上書き。
ビサイド・ペインが持つ力を存分に振るう事ができるのであれば、ソレスタルビーイングの計画は何もかも滞り無く成功しただろう。

死を超越し、いや、何度でも死を乗り越え、戦闘経験を蓄積し、完全な肉体でもって次のミッションに当たることができる。
誰もが羨む不死性も、彼にとっては、ガンダムによる武力介入を行う上で必要になる技能の一つに過ぎない。
ガンダムの敗北後、世界が再び武力介入が必要な状況になったとしても、彼は滞り無くミッションをこなすことが出来る。
力の使い方次第では、彼以外にマイスターが必要なくなるほどの性能を誇る。
ビサイドという存在は、まさしく計画そのものと言って良いほどに、武力介入に適していた。

「貴方は確かに優れている。だからこそ、自分が計画から外されたという事実を受け入れる事が出来ない」

874には、ビサイドの気持ちが解る気がした。
いや、少なからず理解できているという自負もあった。
計画の為に造られ、しかし、その計画の中で、自分の重要性は日に日に下がっていく。
後から現れた、計画の為に生まれてきた訳でもない存在ばかりが重要視され、見向きもされなくなる。

「怖いのでしょう。力の使い道が無くなるのが。計画の為に、生み出された目的のために生きさせてもらえないのが」

全てのイノベイドが潜在的に持つ恐れだ。
生まれてきた意味があるから、その意味を失うのが怖い。
一直線に目指すだけで良かった道標が無くなるのが怖い。
計画に、自らの全てを捧げる為に生まれてきた。
だから、捧げる必要がなくなるのが怖い。
────『いらない』と言われるのが、何よりも怖い。

痛いほどに理解できる。
彼の心が、彼のやろうとした事が。
他でもない、マイスター874だからこそ。
既に同じ過ちを起こした『仲間殺し』の874だからこそ、彼の恐怖が、焦燥が理解できてしまう。
他のどのイノベイドよりも使命に適した能力を持つが故に、傲慢とも取れるほどの強い使命感を元から持つビサイド。
計画遂行への使命感が、新たに生まれた恋心と咬み合い歪な形で増幅された874。

イノベイドは、機械だ。
意味なく生まれてくる事は有り得ない。
だから、生み出された意味を奪われるのを恐れる。
人間を模しているが故に死の恐怖により使命を投げ出す者が居る。
しかし、人間を模倣したが故に生まれたノイズを考慮に入れない場合、イノベイドは常に製造理由を果たす事を至上の目的とする。

データ上にしか存在せず、死という概念を持たない874。
自らの人格を同型のイノベイドに転送することで、事実上死から切り離されているビサイド。

二人は、その性能故に死を恐れる事が『出来ない』という欠点を、欠陥を持つ。
死からの逃避を行えないから、自らの製造目的から目を背けることが出来ない。
死にたくないから、命令を放棄する、任務を放り出す。
そういった真似も、思考も出来ない。

「なら、このやり方では駄目いけない。蹴落とすのではなく、上り詰めなければ」

────何故、致命的な間違いを犯す前に、この考えに至らなかったのだろう。
自らの口から吐き出される言葉が、自らの胸を貫くのを感じる。
ルイードも、マレーネも、ソレスタルビーイングの計画にも、あの人の目的にも必要だった。
必要な物を失わせるのではなく、損なわせるのではなく。
先を行く者の足を引くのでなく、自らが踏み出して先を行くものを追い越し、必要とされる存在に成らなければならない。

「貴方にも解るでしょう。いや、貴方は、わからなければならない」

《君は、君は……! 何も、解っちゃいない! 人間では駄目なんだ! 人間ごときが、イノベイドであるこの僕を差し置いて! 僕は、僕が、僕こそが、計画そのものだ!》

怒りも憤りも焦りも憎しみも悲嘆も屈辱も、何もかもを混ぜこぜにした激情のままに叫ぶビサイド。
その叫びに呼応するように、ノミャーマの背を粒子ビームが貫く。
破壊された筈のGNキャノンから放たれたその一撃は874のノミャーマを破壊するには至らない。
しかし着弾の衝撃が僅かにIガンダムへの拘束を緩める。

《人間じゃなくイノベイドが、いや、僕こそが、計画を遂行するのに相応しい》

内に激しく蠢く感情を秘めたまま、ビサイドは自らに言い聞かせるように呟く。
サーベルを持つ手、その手首から先だけが機械的な挙動で翻った。
刀身を形成するビームの収束率が上がり、線に近い高出力の刀身が伸びる。
伸びた刀身は正確にもう片方の腕、副椀に挟まれている箇所の装甲を斜めにスライス。
切断面から火花を上げながら、腕を押し潰さんばかりに抑えていた副椀の圧力により、押し出されるようにして拘束から逃れ、

《だって、そうだろう? そうでなけりゃ、おかしいじゃないか。何の力も持たずに産み落とされた人間が計画を実行できるなら────》

逃れた腕の肩が、肘が、手首が回転し、ライフルの銃口がノミャーマのコックピット周辺の装甲の隙間に押し当てられ、

《僕達は、何のために造られた》

桜色の爆発が二機を包み込む。
GNドライブから供給される全ての粒子を用いて放たれた粒子ビーム。
リミッターをカットして放たれたそれは、代償としてライフルそのものを破壊してしまった。
だが、GNドライブ一基からMSの全身に供給されていたGN粒子全てを消費して放たれた粒子ビームが生み出した爆発は尋常ではない威力を持つ。
Iガンダムへの拘束は今度こそ完全に解かれ、ノミャーマの装甲にも少なからぬダメージが残っている。

《答えろ、答えてみなよ、マイスター874》

──だが、損傷は明らかにビサイドのIガンダムの方が大きい。
ライフルを持っていた腕は装甲を削がれた状態で爆発をもろに受け爆散、二の腕の半ばから消失。
爆発の衝撃からか、全身の駆動系から火花を散らしている。
対する874のノミャーマは、コックピット付近の装甲が剥落し、コアユニットであるダガーのコックピットがむき出しになっている事を除けば、戦闘に一切の支障がない。

《僕たちの、生まれてきた意味を……!》

戦力差は覆るどころか、結果的に更に広がってしまっている。
だというのに、Iガンダムから、ビサイドからは、闘志が消えていない。
いや、基地に攻め込んだ時と比べて尚、その闘志は漲っている。

────ビサイドの頭の中に、この場で怖気づくという選択肢は存在していない。

彼の存在意義に関わる問題だ。
攻め入る時は、単純にイノベイドを上に見て、下にいる人間に計画を実行されるのが不快なだけだったかもしれない。
だが、自覚させられてしまった。
生まれてきた意味を、存在意義を賭けた戦いだという現実をつきつけられた。
見つけなければならない。自分が自分で居るための意義を。

「そんなものは、ありません」

答えながら、874は自分の中に、何時か感じた重い感情が沸き上がってくるのを感じた。

「理由は、確かにあったのでしょう。元の物とは違っても、別の理由が在るのかもしれません。ですが、今の貴方には、分からない。もしかしたら単純に、もう意味は無いのかもしれない。だから、勝ち取らなければならない」

それでいて、他を尊重することを忘れてはならない。
蹴落として排除した相手が真に優れていたのなら、蹴落とした相手が成長して再び自らを蹴落とすチャンスを残さなければならない。
矛盾だ。
存在意義を賭けた戦いで、自らの存在価値を失う可能性を残さなければならない。
人類を次のステージに進ませるために、計画を成就させるために造られたイノベイドが正確な動作を続ける限り、向き合わなければならない矛盾。
救いがあるとすれば、イノベイドにも再起の機会が与えられているという点か。
だから、ビサイドが取った手段も決して間違いと言い切ることはできない。
可能な限り、可能性の芽を積んではいけないからこそ、勝ち方に節度を求めなければならない。
874が止めなければ、それもありと許容される程度の間違いでしかない。

《……ははっ、なら、僕の勝ちだ。この後に、君が無事で居られる訳がない》

ビサイドが笑う。
そう、勝ち負けの問題で言えば、ビサイドは最初から勝利条件を満たしていた。
ヴェーダは、計画の変更に関しては寛容な判断を下す。
ビサイドがヒクサーを操作してグラーベを殺害した時点で、ビサイドの行動に制限が掛からなかった時点で、ヴェーダはビサイドのプランを消極的に肯定していると見ていい。
武力介入による紛争根絶及び、ソレスタルビーイングを敵として結ばせる三大国家の結束、そして世界へのGN粒子散布は、消耗の心配がないビサイドに行わせるのが効率的だとヴェーダは判断した。

人間が完全にソレスタルビーイングから排除される訳ではない。
既にスカウトされた人間のマイスター達は、『本来の目的』の為に、別の場所で運用される。
ビサイドのプランは確かに効率的なのだ。
事実、あの基地には今後の計画に必要な人材は存在していない。
そのまま始末されたとして、人間をマイスターとした計画も、イノベイドをマイスターとした場合の計画も、どちらも滞り無く実行に移せる程度の人材でしか無い。
故に、874が出撃し、ビサイドを迎撃した事は許されない。
組織内部での無用な争いを引き起こしたとして、内乱罪が適用される事は間違いない。
最悪の場合、人格を含むパーソナルデータの完全消去、良くても機能制限を施した端末への封印は免れられない。

ビサイドは、その後にゆっくりとグラーベ達を始末してしまえばいい。
人間のマイスター候補達もそうだ。適正値に達せずに不採用となれば放置で構わないし、適正値に至ったというのならまた始末してしまえばいい。
ビサイドにはそれが可能だという自負があり、事実、同じ性能を持つガンダム同士であれば、実戦経験の無い人間のマイスターを凌駕するだけの実力を具えてもいる。
グラーベを、人間に対する優秀なスカウトであるグラーベを殺害してしまえば、優秀な人間の人材が補充される事はなくなり、イノベイド主導の計画も安泰となる。

「他の道を探そうとは、思わないのですか」

874は問う。ガンダムマイスターとしての道を諦める事はできないか、と。
ビサイドの能力は武力介入に最適ではあるが、他のミッションに流用できない能力でもない。
あるいは、武力介入よりも能力を活かせる任務に付くことも有り得るかもしれない。

《必要ないね》

ビサイドは、ソレスタルビーイングの計画の要であるガンダムマイスターとしての武力介入こそが、自らの能力を活かしきる最高のミッションだと確信している。
自らの内面を見透かされ自覚してしまった今でも、それだけは決して変わることはない。

《僕は、僕の生まれてきた意味を、ここで勝ち取る》

Iガンダムが残った片腕でサーベルを構える。

《僕が、ガンダムマイスターだ》

無自覚な心の中すら見透かされ、高いプライドはへし折られ、それでも、必勝の意思は尚堅く。
創りだされた意味を、自らの存在意義を証明し、勝ち取る為に。
ビサイドはこの場においての最善手を導き出した。
追加装甲を失ったコックピット周りへのサーベルでの刺突。
策も工夫もないその一撃こそが、この場でビサイド勝ちを取るための最善手。
加速とサーベルの刀身にのみGN粒子を回しての、賭けに近い一手。

「…………確かに、貴方はガンダムマイスターに相応しいかもしれない」

だが、874には見えていた。
脳量子波に依らない直感、いや、オーガニック的な超感覚がビサイドの本意を見逃さない。
サーベルを構えるIガンダムに乗っているビサイドは囮だ。
破壊されたGNキャノンに乗せられていたビサイドの同型のイノベイドに自らの人格をコピーさせ、逃亡を図ろうとしている。
874がヴェーダの処罰によって無力化される前に自分という脅威を取り除くため、ここで確実に殺しに掛かると踏み、自分を殺したと錯覚させる為。
ビサイドを殺させることで、874を完全に言い逃れできない状況に追い込む為に。

Iガンダムのサーベルがコックピットを穿けば、障害である874をこの場で廃し、返し刀で基地を破壊できる。
貫けず、反撃でビサイドが殺されれば、874は確実に処罰を受け、戦闘能力を剥奪される。
逃げない限り、立ち向かい戦う限り、この場では確実にビサイドは目的を達成できる事になる。

自らの人格の一部を同じ塩基配列パターンを持つイノベイドの脳に強制的に上書きすることで自由意志を奪う『インストール』
そして、自らの人格、パーソナルデータを全て移し替える『セーブ』
この二つの特殊能力を持つからこその捨て身の策。

負けることを前提とし、相手に一時的に勝ちを譲る。
その結果として、最終的な勝利をもぎ取る。
以前のプライドの高いビサイドでは取れなかった戦法だ。
だが、プライドをへし折られた今、ビサイドは自らの一時的な敗北を戦術に組み込むことにすら躊躇しない。

「でも」

874もそれを理解している。
理解した上で、刃を交えることを迷わない。

沈黙が流れる。
一瞬か、数秒か、数分か。
前触れ無く、Iガンダムが動く。
リミッターを解除し、GNドライブへの負荷すら考慮しない加速は、Iガンダムのカタログスペックを超えた速度を生み出す。
突き出したサーベルと相まって、その姿は正に光の矢の如く。
しかし────

「貴方は、マイスターになれない」

す、とノミャーマが手を差し伸ばすと、装甲から溢れたGN粒子が収束し、高濃度の粒子ビームと化してIガンダムに突き刺さる。
機体も、パイロットも、スペックが違い過ぎた。
Iガンダムの限界を超えた機動もビサイドの捨て身の一撃も、ノミャーマと874の何気ない一撃に届かない。

《は、ははは! 僕が、僕達が……!》

約束された敗北、死亡。そして、目的達成。
肉体的な死は無意味であるとビサイドはコックピットの中で口の端を釣り上げ笑う。
《セーブ》は既に発動している。
数あるイノベイドの中で、ビサイドにのみ与えられた擬似的な不死を実現する能力は、連れてきた同じ塩基配列0026タイプのイノベイドに、彼の全人格を上書きする。
GNキャノンに乗せて連れて来た同じ塩基配列0026タイプのイノベイドは、この肉体が死亡した時点でビサイドとして活動を開始するだろう。
この能力は秘中の秘、例えビサイドがイノベイド側のマイスターである事を知っていた874と言えども知りえる事は無い。この場でビサイドを始末して解決しようとしたのが何よりの証拠だ。
ヴェーダからの処罰を受けて874が無力化した後に、ゆっくりと真の勝利を掴めばいい。
高熱の圧縮粒子に焼かれ死ぬ間際、ビサイドは確かに勝利を確信した。

────勝利を確信していたのだろう。例え、事実がどうあったとしても。
少なくとも、874の超感覚はそう感じていた。
実際にどう考えていたのか、知り得る手段は無いのだが。

……ビサイドの能力は、脳量子波でヴェーダへアクセスすることで始めて発動する。
ビサイドが他のイノベイドの人格を書き換えるのではなく、ビサイドの要請を受けたヴェーダが人格の上書きを行っている。
ビサイドの能力は本人に備わった異能ではなく、ヴェーダの一部機能を遠隔で発動するためのアクセス権なのだ。
故に、ヴェーダがビサイドからのアクセスを拒めば。
ビサイドからのアクセスを、ヴェーダが認識しなければ。
能力は発動しない。
そして、『偶然』にも『量子コンピューター専用のウイルス』に感染していたヴェーダは、ビサイドからのアクセスを認識することができなかった。
このタイミングでビサイドが行う『セーブ』の申請をヴェーダが受け取れない様に、書き換えられていたのだ。

「謝るつもりはありません。……さよなら、ビサイド。もう一人の私」

GNドライブだけを残し爆散したIガンダムの残骸を眺める874。
大きな括りで見た場合の仲間殺し。
肉体を破壊しただけではない。
ヴェーダをウイルスで一時的にとはいえ狂わせて、パーソナルデータが残らないよう、バックアップデータも纏めて、完全に破壊した。
これでビサイド・ペインは、二度と生き返る事もない。

かつて友人でもある仲間を殺した経験のある874にとっての禁忌を犯したにも関わらず、表情に憂いは無い。
それは、ビサイドにかつての、そして今の自分を重ねていたからか。

仮に、あの場で嘘でもビサイドが一度引いていたのなら、874が自分とビサイドを重ね過ぎる事も無かっただろう。
彼はヒクサーを操りグラーベを殺害しようとしたが、グラーベはまだ確実に死んだ訳ではない。
選択次第では、自分とは違う道に進む事も出来ただろう。
仲間を殺して相対的な価値を高めるのではない、自らの能力を有効に活用する事も出来た筈だ。

だが、そうは成らなかった。
悲しい、という感情は浮かばない。
もしかしたら、全てのイノベイドに過ちを回避出来ない運命が用意されているのではないか。
そう思えば、悲しさよりも虚しさが勝った。
人間よりも不純物を少なく、合理的な思考が出来るはずのイノベイド。
だが、ヴェーダが人間を理解するために、あえて人間に近しい非合理的な思考をも組み込まれたイノベイド。
人間の様に新たなステージに登る事が出来るかも分からない自分達は、真に計画に、ソレスタルビーイングに必要な存在なのだろうか。

人間的な、無意味で利益を生まない思考。
この思考も、思考する自分も、これから失ってしまうかもしれない。
仲間を失いたくない。
ヴェーダが認識していない人間の可能性に賭けたい。
そんな合理的ではない、確実性に欠ける動機で仲間を殺した自分は、ヴェーダによって何らかの処罰を受けるだろう。
パーソナルデータの完全消去か、機能限定の封印か。
少なくとも、計画の主流からは完全に外され、居ても居なくても変わらない存在になることは間違いない。

「ノイズ、イレギュラー、ミスクリエイション、か」

イノベイドは、ソレスタルビーイングによって、ヴェーダによって、計画を遂行するために製造される。
計画にも、組織にも不要と排除されるのであれば。
自分は、何を柱にして立てばいいのだろう。
いや、これから『処分』されて、考える必要がなくなるのか。

ノミャーマのコックピットの中に備え付けられた無数のモニター。
その一つに小さく見えるのは、守ろうとした仲間の居るソレスタルビーイングの基地。
それ以外のモニターは、広がる宇宙だけを映し出している。
星は瞬くこと無く輝き続けている。
輝く星々を包み込むのは、漆黒の宇宙空間。
何もない訳ではない。
見えない宇宙の果てには、あの星々を中心に巡る惑星には。
874の知らない何かがある。
見えないだけで、見えない場所には、知らない何かが確実に存在している。
この場所に居たのなら、知ることが出来ない何かが。

そして、イノベイドとしてではなく、計画の駒としてではない874を求めてくれた人が、あの果てに居る。
マイスター874を、ただの874を、数字で呼ばれる名も無きイノベイドを認めてくれる人が。
────この宇宙の何処かに。

「私、は……」

言葉を繋げる事もなく、視線はただ宇宙(そら)の奥へ。
スラスターを吹かすことすらせず、濃い翠の粒子を撒き散らしながら、ノミャーマはゆっくりと874の視線の先へと流れていく。
遠ざかるソレスタルビーイングの基地に振り返ることすらしない。

精神的な疲労を癒やすように、ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
目を瞑り、何度か繰り返す内、874の意識は微睡みに沈んでいった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夢を見ている。
遠くない過去の夢、悪夢ではない、唯起きた現実を再生するだけの夢。
しかし、決定的に何かが変わるきっかけだったかもしれない夢を。

「これが、私の専用機……」

見上げる偉容に、ただただ圧倒される。
実験機として運用していた時と武装こそ変わっていないが、細かに加えられた調整は確実にこの機体を強くしているのだろう。
デザインに対して深い拘りを持たない874は、純粋にそのMSの持つ性能にのみ心を動かされていた。

「気に入ってくれたみたいだね。この『ノミャーマ・ダガー』を」

「ノミャーマ・ダガー……」

教えられた自らの愛機の名を、口の中で転がすように呟く。
卓也の実験に付き合っている内に得た情報によれば、『ダガー』はバックパックなどの変更により全領域に対応できる万能型のコア・マシンであった筈だ。
では、ノミャーマとはなんだろうか。
付き合いを重ねる内に、捻くれた名付けをする人である事には気付けたが、この単語には心当たりが無かった。
ヴェーダで検索を掛けてみてもそれらしき単語は見つからない。

「君達は、ガンダムに女神や天使の名を付けていただろう?」

「はい。アストレアに、サダルスード、ラジエルなどがそれに当たります」

思考が顔に出ていたのだろうか。
まだ問うてすら無い疑問に答える卓也に、874は頷いた。
誰が初めた事なのかは分からないが、少なくともイノベイドではなく人間が始めたのだろうことは想像できた。
イノベイドは神を信じず、神に縋らない。
自らを神に似たものであると驕るのではなく、単純に人よりも優れていると驕るのがイノベイドの殆どに通じる感性だ。

「使う技術が技術だからね。できる限り、命名法とかも合わせておきたかったんだ。悪魔アマイモン(Amaymon)、その綴りをひっくり返してノミャーマ(nomyama)」

「────────」

ひゅう、と喉が鳴る音を聞き、遅れてそれが自分の喉から出ている事に気がついた。
悪魔アマイモン。
『アブラメリンの書』『777の書』『ゴエティア』などにしるされる有名な悪魔。
文献によって様々な立場と力を与えられているが、名の一部から、こう呼ばれる事もある。
『過剰な熱望を抱くもの』『余りに貪欲なもの』

「あ、あの」

知っていたのか。気付かれていたのか。
何時から、何が原因で?
尋ねる言葉が形を成さない。
心の中にあるのは恐れ。
秘密がバレてしまった。

この人が一番目をかけていた相手を殺した。
仲間を失って悲しいだろうと、慰めてくれた言葉と頭に乗せられた手の温かさは、そうして手に入れたものだ。
最初に意図して欲したものではない。
仲間二人の命を奪った結果、偶然に手に入った望外の幸運でしか無い。
それすらも失いたくないと、仲間の不慮の事故を悲しんでいるという勘違いを訂正しなかった。

この人の下に居続けたいのであれば、隠し通さなければならなかった秘密。
この人に目を掛けてもらいたいという欲。
この人にとっての一番に成りたいという欲。
その為ならば、仲間の命すら奪う、余りにも貪欲過ぎる熱望。

見透かされていた。
お前は被害者などではないと、悪魔そのものであると。

「……ああ、責めている。訳じゃないよ。心配しないで」

優しげな声色で語りかける彼の顔を見ることが出来ない。
どうしよう、どうすればいい。
許して貰いたいのか、裁いて欲しいのか、それすらも分からない。

「確かに、874ちゃんは酷い事をした。それは確かだ。フェルト・グレイスなんかは、本当なら今が一番親に甘えたい時期だろうに、どう頑張っても甘える事ができない」

フェルト・グレイス。
マイスター874にとっての罪の象徴とも言える、ルイードとマレーネの間に生まれた女の子。
実の所を言えば、ルイード達と同期のマイスター達は、あまりフェルトと話したことがない。
専用の施設に預けられているから会う機会がないというのもあるが、シャルは事件の真実を知らずとも、自分を助けようとした為にフェルトの両親が死んでしまったことに対して罪の意識を抱いている。
真実を知る真犯人である874は、罪の意識を持ちつつもどのように接していいか分からず、日々の成長記録を追う事しかできていない。

「辛いかな?」

問われ、首を横に振る。
加害者は自分なのだ。
彼女の両親の命を奪ったのは、紛れも無く、874自身の欲望に他ならない。
結果的に、当初叶えようとしていた願いを全て叶えた874が、辛い、と考えていいはずがない。

「でも、悲しい」

見透かしたような言葉と共に、874の顎に指が添えられた。
く、と指先で顎を押し上げられる。
僅かに膝を曲げたが、見上げる874の顔を覗き込む。
心を満たす悔恨の念はそのままに、胸が高鳴る。
こんな時でなければ。
一瞬でもそんな事を考えてしまった自分を殴りつけたくなる、

「わ、私は、貴方の傍に来るために、居るために、あんな事をして」

そうして、こんな簡単に、幸せを享受しようとしている。
許される筈がない悪党が。唾棄すべき邪悪が。
恋心だけで人を殺せる異常者が、使命の意味を捻じ曲げて捉える欠陥品が。
許されて良い筈がない。幸せになっていい筈がない。

「貴方に仕える資格なんて、無いのに」

涙が溢れる。
この人の傍に居たい。大切にされたい。重宝されたい。
しかし、そうされるだけの価値が自分にはない。
そんな思いばかりが浮かび、殺した二人と、残されたフェルトへの罪悪感は後から浮かび上がる。
何をおいても自分の感情、利益優先で物を考える浅ましさ。
殺してしまった相手の事を何よりも先に考えることの出来ない非常さ、身勝手さ。
自覚できる自らの本質が無性に恥ずかしく、悲しい。

「君は、女神にも天使にも相応しくない」

874を見つめる卓也の顔には、裂け目のような笑みが浮かんでいる。
楽しくて楽しくて仕方がない。
嬉しくて嬉しくて仕方がない。そんな顔だ。

「でも、君は悪魔でもない」

「え……」

顎に添えられていない方の手で、頬を拭われる。

「君は、自分の行動が行き過ぎていた事を理解し、しかし、取り返しが付かない故に、苦しんでいる」

「苦しんだからといって、許されるわけでは、ありません」

「許される訳じゃない。それに、俺が許しても、君はきっと、自分で自分を許せないだろう?」

そう、874の罪は、今の今まで誰に責められた訳でもない。
罪はその罪を知るものにしか責める事はできない。
874の苦しみは、874が自らの過ちを悔い、自らの行いと在り方を攻め続けてきたからに他ならない。

「俺はね、874ちゃん。自らを攻め続けて苦しむ君の姿が、とても『好ましい』と思っている。悔いて居ながら何かと理由を付けて、誰かに罪を告白すらしない在り方も。快楽に抗えない弱さも。罪に対して開き直れずに自虐を繰り返す惨めさも。なんでか解るかな?」

解るわけがない。
人間であれば、それらの弱さは許されるだろう。
人間は失敗から学び成長することで欠点を埋めていく事ができる。
だからこそ、致命的でない失敗はある程度まで許容される。
だが、イノベイドは最初から完成された存在だ。
弱さ、欠陥、欠点は、想定していないバグでしかなく、成長の余地が少ないために修正すら難しい。
だからこそ、『好ましい』と言われた悦びよりも、戸惑いが強く心に浮かぶ。

「罪を犯した時、悪魔なら後悔なんてしない。神ならたぶん、笑って済ませる。ノミャーマは、君の映し身のようなものなのさ。神でも天使でも無く、悪魔として落ちきる事もできない、正義ではない悪の正逆。芯にあるのは平凡なMSながら、身には方向性のない過剰なだけの力の塊を纏っている。一番近いものを挙げるなら……人間だ」

「人、間」

人間。
未だ革新を迎えず、互いに分かり合う事も出来ず、無益な争いばかりを続ける不完全な知的生命体。
そして、874が知るかぎりでは、もっとも可能性に満ち溢れた生物。
かつて比べられ、届かぬが故に足を引き地獄へ落とした彼等も、また人間だった。

「俺はね、874ちゃん。苦しんで苦しんで、死ぬような目を見て、可能性に縋って絶望を得て、何者にもなれず、何処にも辿りつけず、涙を流して悲痛な表情で息絶える。絶望の内に死に絶えた躯の山の上で、それでも明日に希望を見出せる、未来も見えない盲のままで歩み続ける、そんな人間達が好きで好きで堪らない」

卓也の両掌が、壊れ物を扱うような優しげな、しかし、離す事など考えていないような強制力を持って874の両頬を挟み込む。
顔を上向きに上げられた874の視界には、深い深い笑みを、獲物に牙を突き立てる寸前の肉食獣の様な、欲望に満ちた笑みを浮かべた卓也の顔だけが写った。

「だから君は、君達はそのままでいい。矛盾したまま貪欲に求め、強すぎる望み故に行き過ぎ、悦びと苦しみを同時に噛み締めて、イノベイターの紛い物ではなく、人間の様に、もっと、もっと、グズグズになるまで、苦しんでみせてくれ」

手の添えられた頬が熱く、見つめられる目を逸らすことも出来ず、その言葉をただただ噛みしめる。
許される事もなく、ただ全ての在り方を受け入れられているという事実に、874は────

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

拠点の私室にて、ヴェーダを通じてソレスタルビーイングの活動履歴を流し読む。
第三世代型ガンダムがほぼ完成した今となっては、武力介入が始まるまで、ソレスタルビーイングの活動に見るべき部分は殆ど無い。
こういう点では、世界中の情報を支配するヴェーダと言えども、トリッパーにとっては事件がない日の新聞のようなものだ。
代わり映えのない記事は、昨日一昨日に書かれていた記事の続報や焼き直しばかり。
更に言えば、端から端まで読んでみると、意外なところで目を引かれる小さな記事があったりするのもよく似ている。

まさかヴェーダがビサイド・ペインとマイスター874のパーソナルデータを完全消去して事態を強引に収集してしまうとは、お釈迦様でもわかるまい。
お釈迦様にも分からない事を、神様系の属性を封印して科学技術の収集と研究に明け暮れる俺に解る訳もなく。
そんな訳で、俺がOOP下巻の下りが完全に終了した事に気がついたのは、874が試験機改めノミャーマ・ダガーの転送要請を送って来てから、数週間が経過してからだった。

確かにビサイドを解き放ったのは俺だが、まさか、マイスター874まで消去される結果になるとは思わなかった。
正直あの事件、姉って単語が聞こえた部分にしか手を出さなかったし……。
イノベイドの肉体を取り込んで強化した状態の強い脳量子波に、平均的なGF(ガンダムファイター)に匹敵する身体能力、SEEDとオーガニック的な感覚と、幾つかのリアル系パイロットの技能に加え、874のデータの中にCE系技術で造られた対量子コンピューター専用のウイルス伝播能力まで外から見えない隠しファイルとして内蔵させていたというのに。

「もうちょっと、生き汚い方だと思ってたのになぁ」

事実上ヴェーダを好き勝手弄くり回す事ができる874が消滅したという事は、あの事件での罪を素直に受け入れた、という事だろう。
それにしてはプルトーネの惨劇に関するあれやこれやには言及していないようだが、そこは残されたシャルやらフェルトやらを慮ってのことと考えればおかしな話でもない。
まさか、長年数少ない生き残りとして一緒にソレスタルビーイングで活動していた仲間が全ての元凶だったなんて知ったら、それこそシャルさんの心が折れてしまうし。
何しろ、折れている訳でもないのに、極悪テロリストに押し倒されポされて点描飛ばしながら女の子っぽいへたり込み方をしてしまうような三十代になってしまう程のヘタレなのだ。変に余計なストレスを与えたらどんな化学反応を示すか解ったものじゃない。

「まぁ、死んだならそれはそれで」

苦しみの感情とか苦悶の表情とかは美味しかったけど、それ以外は見る所のない人材だったし、さほど惜しくも無い。
これから作る機体のテストパイロットは適当に用意するか俺自身がやればいいし。

問題は、874の乗っていたノミャーマの方だ。
思いついた時は『カタパルトに同調できるGNドライブを搭載すれば、機体側のドライブは一基だけで済む』とか、我ながらナイスアイディアと喜んでしまっていたが、よくよく考えると酷い欠陥品だ。
何しろ、行きはツインドライブを利用した量子テレポートで天文学的な距離を一瞬で移動できるが、帰りは少し出力が強いだけのGNドライブ一基で帰還しなければならない訳で。
宇宙だから加速し放題ではあるが、それにしたって限度がある。
オートパイロットでこの基地に移動するように設定してはいるが、地球から木星に行く程度の話ではないのだ、移動だけで何週間、何ヶ月掛かるか……。

「時間は掛かるだろうけど、途中でELSにでも引っ掛けられなければ間違いなく戻ってくる、と、思うんだが」

転送からすでに数週間経過している。
危険物を発見して減速、迂回する数ヶ月コースに突入してしまったのだろうか、まるで戻ってくる気配がない。
874が消去された以上、今のノミャーマは無人で動いている筈だ。
戦闘補助AIにも自己防衛程度は出来るはずだが、流石にELSの大群やら宇宙怪獣やらを相手に出来るほどではない。
というか、ノミャーマ自体がMSやMA,戦艦以上の獲物と戦う事を想定していない。
戦闘での破損具合によっては、それこそソレスタルビーイングに回収される恐れだってある。
……ちょっと、探しに出てみるか。

―――――――――――――――――――

適当にツインドライブを積んだザムザザーを飛ばし、周囲の反応を探る。
例によって例のごとくGN粒子の影響でまともにレーダーが効かないのが不便ではあるが、単純に五感や六感や七感を効かせてしまえばさしたる問題ではない。
太陽系の惑星どころか、太陽そのものすら点ほどにも見えないこの宙域は、俺が厳選に厳選を重ねて選び出した生命体の存在しない宇宙の空白地帯だ。
人工物が流れ着く筈もないので、機械の反応があればほぼ間違いなく基地に向かうノミャーマだと解る。
これで874が乗っていさえすれば、実体化によって生じる擬似的な生体反応を探知して更に早くに見つけることができるのだが、そもそも874が消滅したから俺が探しているのだから無意味な仮定だろう。

「この辺りには来てないか」

俺の視神経と融合したザムザザーのカメラアイが、太陽の無い星系内全体を見渡す。
ダイソン球にを作ってしまったために地球のある太陽系と比べてやや仄暗いが、それでもMS一機を見逃すほどに視界が悪い訳ではない。
……機械部品が確認できないレベルの細かいデブリになっているとかでなければ。
そこまで考えて、悲観的過ぎると頭を振る。
ELSや未知の宇宙怪獣的な何かに出くわさなければ、基本的にノミャーマがそこまで破壊される事はありない──と言い切れないのが余計に不安を煽る。
何者かに破壊されることはないとしても、宇宙規模の災害、大規模な重力崩壊などに巻き込まれてしまえば、さしものノミャーマも一巻の終わりだ。

不安を振り払うように探索を続ける。
視覚だけではないあらゆる感覚を使い、星系の外にまで探知の網を拡大。

「あ」

居た、じゃない、あった。
デブリ避けのGNフィールドを張りながら断続的に圧縮粒子を開放している。
追加装甲兼コンデンサの一番外側が剥離し、コックピット付近の一時装甲が露出している事を除けばほぼ無傷。
……Iガンダムの性能が原作よりも底上げされていたのか?
そうでなければ、ここまでノミャーマが破損する事は有り得ないだろう。
いや、叩き潰すことよりもビサイドを説得する事を優先したとかかもしれない。
感情が芽生えてから、何故だか自分に浸る感じの癖が出ていたし。

とまれ、早急に回収して修理してやらねば。
持ち主が居なくなったからといって捨ててしまうのは勿体無い。
破損箇所の具合を記録して、完全修復後は研究資料として保管しておこう。

ザムザザーの上部装甲左右に搭載されたツインドライブを同調させ、量子テレポー卜。
ツインドライブの同調もテレポートも危うげ無く成功。
こうして使ってみて思うのだが、やはりガンダム系列の技術にしては破格の万能技術だ。
懐古の連中があーだこーだと騒ぐのも少し理解できる気がする。
これはガンダム技術というよりSF系技術だろう。

そんな取り留めもない事を考えながら、ザムザザーの鋏でノミャーマを掴み、再び量子テレポー卜。
一発で基地の格納庫内部に移動が完了する。
有り余る敷地を無駄に使っているだけあって、MSとMAが大雑把な座標指定でテレポートしても何の支障もない。
マザーコンピューターに命じて格納庫内部に緩めの重力を発生させる。
MSを浮かせず、それでいて、雑に地面に横たえても壊れないという絶妙な加減の重力。
ザムザザーの鋏からノミャーマを開放し、機体を格納庫の床に横たえる。
暫くすれば自動化された整備システムがノミャーマを整備ドッグにセッティングしてくれるが、その前に。

「一応、拝んどくか」

餌扱いだったとはいえ、美鳥が殆ど出れないこの世界で僅かな慰めになっていた様な気がしないでもない小さなイノベイド。
彼女が死んだというのなら、線香を上げるとまでは行かなくとも、最後の場になったであろうコックピットを拝んで手を合わせる位はしておきたい。
機械に過ぎないイノベイドに冥福もクソも有ったものではないかもしれないが、こういうのは生きている側の自己満足十割なので気にする必要もない。

ザムザザーのハッチを開け、仰向けに横たえられたノミャーマのコックピットの隣に立つ。
破壊された追加装甲の破壊面が気になるが、害はない。
手でコックピットのハッチに触れ、『開け』と命じる。
追加装甲を破壊された時に僅かに歪んでしまったのか、開きが鈍い。
数秒待つが、もどかしくなりハッチに手を掛け、力尽くで開け放つ。

「…………」

「…………」

目と目が合う。
パイロットである874は既にヴェーダによりパーソナルデータ消去の処分を受けて存在していない筈だ。
故に、目が合ったのだとしたら、それは宇宙空間からノミャーマのコックピットに乗り移った謎の宇宙生物であるとするのが自然だろう。
だが、

「874ちゃん?」

そこに、コックピットの中に居たのは、紛れも無く、消去された筈のマイスター874だった。

「…………お久しぶりです」

「うん? お、ああ、うん」

こちらの空気を完全に無視した874の挨拶に、つい間の抜けた返事を返してしまう。
少し驚いたが、不思議な話ではない。
ヴェーダの記録上はパーソナルデータを消去したという事になっているが、ヴェーダを自由に弄くり回せる今の874ならば、そういった情報の欺瞞は難しくない筈だ。
しかし、疑問が一つ晴れると同時にもう一つの疑問が首を擡げてくる。
聞いた方がいいのか、聞かないでおいた方がいいのか分からない。
が、好奇心に負けて、恐る恐る訪ねてしまう。

「……戻らなくて、いいのかい?」

CE由来技術である対量子コンピューター用のウイルスは、アニメ化を考慮されていない外伝が出処だけあってかなり容赦の無い性能を持つ。
パーソナルデータが消去された風に見せかける事もできれば、今回の事件の悪役を全てビサイドに押し付けてしまう事もできるし、なんなら事件自体を無かったことにすることも可能だ。
だというのに、何故、ヴェーダに対して、情報収集をヴェーダに依存するソレスタルビーイングの連中に対して、自らの死を偽装するのか。
それに、ヴェーダ側の処理がパーソナルデータの完全消去ということは、事実上、874はソレスタルビーイングから足抜けをしたという事になる。
メカポの影響、と一言で切って捨てるには余りにも重い決断で、しかも、その決断を下す理由が見当たらない。

「戻る理由がありません。……いえ、戻ったとして、皆に合わせる顔がありません」

そう言い、874は僅かに顔を伏せる。
何故合わせる顔がないか、理由は言わない。
いや、874が今まで犯した罪とかを俺が知っているから、そこら辺は察してくれると思っているのだろう。
まぁ、言わんとする所はわかる。
昔からの仲間の命を助けるために、付き合いの浅い仲間、しかも同種の存在であるイノベイドを殺害した事に対して罪の意識を抱いているのだろう。
ここまでで散々ルイードとマレーネを殺した事を悔いてきた874が、状況こそ違えど、またも自分の欲求の為に仲間を殺してしまったのだ。
特にシャルとフェルトに対しての罪悪感は相当のものになる筈だ。

「なら、どうする?」

自らがイノベイドである事を理解し、ソレスタルビーイングの理想と最終目的を知っているイノベイドは、基本的に自らの存在意義を計画に依存する。
例え、自らこそがイノベイドから進化した人類起源のイノベイターよりも優れた存在であるとか思い上がっても、基本的にそこは変わらない。

「私は最初、消される事に、不満はありませんでした」

―――――――――――――――――――

何故かヴェーダが認識していないが、確かに人間には革新しうるだけの伸び代がある。
それはあの戦闘を垣間見た自分や、ルイードとマレーネの体調を管理していたドクター・モノレは特に深い確信を得ている。
革新し、新たなステージに上る彼等には、もう自分達、造られた紛い物の手助けは必要ないのかもしれない。
そう考えればこそ、パーソナルデータを消されるという可能性を受け入れる事に否はなかった。
必要だからこそ造られた、不必要になれば、消されるのは不自然な事ではない。

故に、意識を手放している間に基地から離れていたノミャーマに気付いた時には、慌てて引き返そうともした。
だが、モニター越しに、地球を背にして見る、深い宇宙が視界に飛び込んできた。
暗く、しかし、小さな光が無数に散りばめられた満点の星空。

「ですが……貴方の顔が、貴方の言葉が、頭に浮かびました」

宇宙の何処かで生き続け、今も自らの目的のために活動を続けている一人の男。
今の自分の状況を知れば、彼はどんな顔をするだろうか、そんな考えが頭を過った。

『前を向けるのは君だけだ。俺は、君に立ち止まって欲しくない。道半ばで倒れて欲しくない』

その言葉は、874を傷付ける為の、傷ついた874を見る為の嘘だったかもしれない。

『苦しんで苦しんで、死ぬような目を見て、可能性に縋って絶望を得て、何者にもなれず、何処にも辿りつけず、涙を流して悲痛な表情で息絶える。絶望の内に死に絶えた躯の山の上で、それでも明日に希望を見出せる、未来も見えない盲のままで歩み続ける、そんな人間達が好きで好きで堪らない』

それは、唯の歪んだ欲望だったかもしれない。
だが、874の後ろ髪を引くには十分過ぎた。
道半ばで倒れて欲しくないと望まれた。
それが例え、茨の道を進み傷付く姿を見る為であっても。
誰かが望んで、いや、この人が望んで、そして、自らの心の中にも、願いが生まれた。

また、仲間を殺さなければならないかもしれない。
本当に、計画には不要であるという事が証明されるだけかもしれない。
あの時、潔く消されていれば良かったと思うかもしれない。
何もかもが、自らの存在も意思も行動も何もかもが無価値なのだと断ぜられるかもしれない。

それでも、まだ、終わりたくない。
そう思えた。
思うことが、望むことが出来た。
だから一度、自らの意志で、道を外れる事を決めた。

「現在、私のパーソナルデータは、このノミャーマ・ダガーに全てダウンロードされています」

「それは……」

驚き、息を呑む卓也に、874は小さく頷く。
ヴェーダを離れてスタンドアローンな状態になった874は、既に元の仕様を大きく外れている。
事実上、イノベイドという種族から、ソレスタルビーイングという組織から、完全に離れている事になる。

「私は、私の存在意義を、自らの意志で定義したい。ヴェーダに不要とされても、私は不要ではないのだと、存在する意味があるのだと」

自分の様な偽装ではなく、本当にパーソナルデータを消去されて消えた、死んだイノベイドは少なからず居るだろう。
計画のために生まれたのであれば、そんな彼等と同じように運命を受け入れるのが筋かも知れない。
それでも、例え、計画のために創りだされたという生まれた意味を失ったとしても、

「生きて、生きて、生き足掻いて、私の意味を証明したいのです」

造られた意味を捨ててでも、生きている意味を手に入れる。
生きていて良いのだという理由を見つけるために、生き続ける。
ルイードとマレーネに死を押し付けた自分が、罰されて消えるのではなく、生きてその価値を証明する。
償いになる訳ではない。罪が許される訳ではない。
ただ、証明しなければならない。
人類にはまだ先が、未来があるのだと、彼等人間のように自ら革新できないイノベイドである自分は、人類全てをイノベイターに進化させることで、彼等の開花させきれなかった可能性を証明するしかない。

決められたミッションをこなすだけでは成り立たない手探りな生き方、それは、人間の生によく似ている。
いや、もしかしたら、自分は人間に成りたいのかもしれない。
ルイードのように、マレーネのように、自らの足で進み、自らの手で未来を掴み取ることのできる、人間に。
なにより、目の前のこの人に認めてもらうために、愉悦を得るための道具ではなく、期待を向けられる存在になるために。
そして何時か、胸を張って、この人の隣に立ちたい。

「そっか……。874ちゃんが決めたんなら、それでいいんじゃないかな。でも、大変だよ? 何しろ、これからはそういう風に、何もかも自分で決めていかなきゃならないんだから。まぁ、俺も気が向いたら少しは手伝ってもいいけど」

呆れるような、諦めるような、仕方がないなと笑うような複雑な表情で告げられた卓也の言葉が、僅かにプレッシャーとなって874の背に伸し掛かる。
生まれてきた意味を証明する。
そうは言ったものの、874自身、これといって具体的な方法を考えている訳ではない。
ガンダムマイスターではなくなったが、874自身の手元にはオリジナルの太陽炉と、現行のガンダムを圧倒するだけの性能を持つMSが存在している。
武力介入に手を出す事もできれば、その他のソレスタルビーイングの計画に手を加える事もできる。
選択肢は未来を見渡すのを難しくする程に多い。

「それでは、一つ、お願いがあります」

だから874は、足場を確かめるように、まず一つ。
胸に手を当て、誇るように、堂々と。
秘めた思いを余さず表情に乗せ、はにかむような笑みを浮かべて。

「これからは、ハナヨ、と、お呼びください。もう、マイスターの874は居ないのですから」

今まで発したこともない様な、温かみのある穏やかな声色に、見えない未来への希望を乗せて。
自らの意思を、世界へと反映させた。







続く
―――――――――――――――――――

874ちゃん、ソレスタを出奔して自分探しの旅に出た先が知人の家(外宇宙在中)でござるの巻。
そんな八十三話をお送りしました。

恋心とか秘めたり罪悪感から押し潰されそうな女の子の心理描写は楽しいけど作業効率が格段に悪くなる事に気が付きまして。
あのままグダグダさせてOO本編にまで引っ張るのもあれだから取り敢えず踏ん切りをつけさせる為のお話です。

874は何だかんだ言ってますけど、仲間殺しちゃった罪悪感自体はそれなりに薄れちゃってる訳です。
専用機受領の時にネタばらしされるまで散々それをネタに弄られてたので、『未来ある二人を殺してしまった罪悪感』と『好きな人が期待して目をかけていた相手を嫉妬から殺してしまったことを言わずにいる罪悪感』がごっちゃになって、メカポによる好意修正でどんどん後者寄りになってしまった訳です。
そこら辺も本編で描写した方がいいかな、とは思ったんですが、これ以上OOP編で尺を取るのもどうかな、と。

Q,ビサイドの人類側マイスターとスカウトマン抹殺がヴェーダに認められてるってどゆこと? そういう判断で人間的な揺らぎを入れて計画に幅を持たせることができないからイノベイドが造られた筈なんだけど、このヴェーダには中の人でも居るの?
A,原作よりもややこの世界のヴェーダはアグレッシブに造られています。
イノベイドは基本的にヴェーダに常時行動を監視されている形になっており、計画遂行の障害になると判断された時点で行動を停止させられるか、人格を弄られるかなどして排除されます。
なので、一見して現行の計画を妨害している様に見える内乱なども、後々に最終目的を達成する確率を高める事ができると判断されたからこそ実行に移せている訳です。
あと、ヴェーダに認められているビサイドの妨害を行えたのは、行動をヴェーダが制限できない程に874がイノベイドを逸脱していたから。
Q,瞳孔が金色になって脳量子波ドバドバ出て人間とイノベイターのモザイクみたいになった実例が居るのに、人間の可能性が考慮されずにイノベイド優勢と判断されてるのはなんで?
A,主にイオリアの警戒心のせい。
第八十話で書いた通り、主人公の目を欺くために、主人公に隷属的で情報の封鎖が出来ないヴェーダは、第二世代時点で起こる遺伝子的変質を認識できないように設計されています。
なので、ヴェーダは進化可能な人類の伸び代を計算に入れずにイノベイドがガンダムマイスターに向いてるんじゃないか、という判断をしてしまう訳です。
因みに874は主人公にこっそり教えられてます。その方が精神的に追い詰められるから。
Q,GNキャノン二機無残! Iガンダム無残! ソレスタのGNドライブ無残!
A,ああ……ガンダムスレイヤー……、ガンダムスレイヤー!
そういえば昔ガンダムキラーとか居ましたよねコンパチで。赤いやつ。
因みに峰打ちなのでGNドライブは奇跡的に全くの無傷です。
爆発は、粒子供給コード内部のと火器に充填中だったGN粒子が爆発した感じです。
Q,874ちゃん再出発はいいけど、何でソレスタルビーイングから出奔しちゃったの? 内乱とか揉み消して人類側のマイスターから離れて裏方に回るんでは駄目な理由があるとか?
A,ヴェーダがルイードとマレーネの進化を認識できなかった事に対するヴェーダへの疑心とか、太陽炉を自由に作れる主人公の元で活動した方がソレスタルビーイングの計画を加速できるんじゃないか、みたいな目論見があったりします。
あとメカポ。なんだかんだ理由つけて一緒に居たい的なあれがあるんだと思います。
Q,イノベイドの本能とか存在意義に縛られてるとかの設定は何処に消えた?
A,本能とか、主人公にパーソナルデータクチュクチュ魔改造されてヴェーダを好き勝手いじれるような化物になっているのに、そんなものが残っている方がおかしいというか。
でも本人にそんな自覚は無いし、今でも一応ソレスタの計画実現には興味があるみたいです。ソレスタとは関係なく別ルートで人類を革新させる気まんまんではありますが。
因みに思考パターンとかの軛からも外れてるため、イノベイドとしてどうか、みたいな好意の表し方も出来るはずです。本編で書けるかはわかりませんが。
Q,前回ラストと今回の前半と後半で874の主張が色々と変わりすぎじゃね?
A,脳クチュで一周回って少し使命感が復活してる気がします。たぶん。
あと何気に前回から今回の冒頭までで数年経過してるのでそれも。
Q,874ちゃん出張りすぎじゃね? とうとうトリップ先でロリっ子拾ってハーレムするの?
A,今回がまともな出番の最後になります。次回からは地の文で多少描写されるかされないか、くらいの扱いに落ちます。
代わりに少しリボンズが出てくるかも。でもメインは本編の武力介入。
当SSは釣った魚に餌をやらずに冷凍保存して使いたい時だけ解凍するという方向を目指しているため、トリップ先のキャラでハーレム、みたいのは基本的に無いです。

あとついでに、機体やら技術やら解説も。

【ノミャーマ・ダガー】
マイスター874専用MS。
プルトーネのGNフィールド内蔵装甲とGNコンデンサの間の子を発展させた特殊な装甲板を全身に張り巡らせた重装甲MS。
ミルフィーユ状に重ねられたコンデンサ兼装甲板内部のGN粒子を一層ずつ開放する事で優れた機動性を実現。
ビサイドの口にしていたGNリアクティブアーマーは防御性能を上げるよりも、爆発と共に開放した大量のGN粒子によるジャミング、もしくはコンデンサ内部のGN粒子圧縮率を調整しての毒素による目撃者排除を主眼に置いて搭載されている。
敵の放った圧縮粒子ビームを奪い取りGNフィールドやサーベルに転化できる程の高いGN粒子制御能力を備える。
試製GNドライブの圧倒的な量子生産量と合わせ、アルヴァアロン砲に匹敵する火線をビームマシンガンの様に気軽に広範囲にばら撒く事が可能。
背部のバインダーを除いて基本的に武装を持たず、攻撃に関しても全てこのGN粒子制御能力を応用して行う形になる。

上記の機能は追加装甲『ノミャーマ』が齎す性能であり、当然弱点も存在する。
通常のGNドライブ搭載型近接機が全身にGN粒子伝達ケーブルを備え、手足の一挙一動にまで質量操作の恩恵を受けているのに対し、ノミャーマ・ダガーは内部のダガーが足を引っ張り挙動に関して一歩出遅れ、純粋なパワー対決では競り負ける可能性が高い。
それを補うためにハチェット型バインダー兼副椀を背部に備えるが、これを抜けてGNフィールドも貼れない距離まで近づかれるとやれることがかなり限定される。
加速と近距離での格闘戦に優れ、GNフィールドを切り裂くブレードを複数持つ機体、つまりセブンソード装備のエクシアやザンライザー装備のツインドライブ安定版ダブルオーには確率で負ける。パイロットがイノベイターなら負け確。

ネーミングは本編でも言った様に悪魔アマイモンの逆読み。
基本的にダガーに追加装備を付けて別機体として扱う場合、ナデシコ技術なら花の名前を、OO技術なら神や天使や悪魔の名前など、追加装備に使用されている技術で最も比率が高い作品にそって名付けられる。
という設定があるが、これ以降たぶん魔改造ダガーは出てこない。
そもそもノミャーマ自体次の話から出番が無くなる。

【試製GNドライブ】
職人の手で一つ一つ丁寧に造られた工芸品。
設計図に目を通し基礎理論を理解した上で、主人公が無意識の内に独自アレンジを加えた状態で作り上げた。
単発でツインドライブに迫る出力を持つが、リアル系の技術であるかどうかが不確かであるため主人公としては満足していないらしい。
単位時間毎の粒子生産量が桁違いであるため、実は普通のガンダムに乗せても強い。

出力が高いだけでツインドライブの持つトランザムバースト、量子化、量子テレポートなどの機能は持たない。
しかし、普段格納されている要塞のカタパルトに同型のGNドライブが設置されており、カタパルトと接続後にドライブ同士の出力を同調させ一時的にツインドライブ状態に移行する機能を備える。
これによりノミャーマ・ダガーは874の出撃要請に応じて目的地までテレポートを行い、理論上874からの要請が基地に届く限り即座に874の元に現れる事ができる。
尚、手作りではあるがソレスタルビーイング製のGNドライブよりも各GNドライブの出力や波長が均一化されており、基本的には全ての試製GNドライブが軽い調整で同調可能。

が、テレポート・アウト後にはツインドライブから単発に戻り、また、量子テレポートを可能にするほどの高出力を外付けのドライブとの同調で行う為、一時的に出力が低下、粒子制御機能も不安定になるという弱点を持つ。

【ディグラディグドゥ】
外宇宙に存在する主人公の拠点。
星系規模の巨大施設で、内部にはGNドライブやMS、MA、その他機動兵器を建造する設備や、作ったものの運用実験施設、更に主人公の居住区などがある。
メカポのトリガーになるのを避けるため主人公半融合型ではなく完全分離型であり、再生能力や侵食能力は持たない実に真っ当な重機動実験要塞。
ギリギリ恒星を包み込めるレベルにまで小型化したダイソン球から供給されるほぼ無限のエネルギー、周囲の惑星を潰して生産した莫大な資材によって、理論上は太陽系内で製造可能な物品であれば製造できないものはない。
なお次回からOO本編に入るため、これ以降登場の予定は無し。

【ザムザザー】
みんな大好き地球連合艦隊のアイドル。
強くて格好いい空飛んでバリア貼ってゲロビ撃つ蟹に贅沢にもツインドライブを搭載した超イケメン。
装甲はGN粒子を塗布して強度を増したTPS装甲で、ツインドライブから生じる圧倒的な発電力による素敵な防御性能を誇る。
接近戦用の武装、XM518 超振動クラッシャー『ヴァシリエフ』を始めとする元々の武装は全て排除され、GN粒子関連技術を用いた武装へと換装されている。
大型クロー部分は緑色の素敵な新素材で造られており、GNソードⅢなどとも同等に切り結べる。
アルテミスの傘をオミットし、コックピットも完全に一人用に造られているため機体容量に余裕があり、あと三基までGNドライブを搭載できる。
今後も隙を見て是非とも登場させたい。ツインドライブ二セット積みトランザムバーストしっぱなしザムザザー軍団とか。



本編の補足説明はこんな感じですか。
投稿も約束通りの7月には間に合いましたね(真顔)
そう、7月、7月に出す、出すとは言ったが……。
今回、何年の7月かまでは指定していない。
その事を、どうか諸君らも思い出して頂きたい。
つまりその気になれば、投稿は2014年の7月ということも可能だろう……ということ……!

嘘ですごめんなさい。色々あって遅れました。
海関係のあれとか、コンプが昔より読む所多いのに気がついてびっくりしたりとか。
あ、仕事は凄く平時通りで、健康面でもこの夏は病気や怪我どころか夏バテすら無縁でした。超健康。
次回は頑張って一月以内に投稿します。
まぁ原作主人公たちの武力介入の話が少し変化するだけなので、割りと短めで盛り上がりにも欠ける話になるとは思いますが。
投稿間隔開けすぎて忘れられるよりはいいかなぁ、と。

そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想、心よりお待ちしております。


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