「ここがあの女のハウスね……」
「大十字は貸せる程金持ってない気がするが」
結構な量の食材が入った籠を持ち、大十字の新居の前に辿り着く。
引越しの時も思ったのだが、大十字は何が悲しくてこんな魔力やら想念やらの吹き溜まりに住もうなどと思えるのだろうか。
まぁ、間違いなく風呂場の広さで選んでいるのだろう。
部屋を下見する時も、風呂場の広さを体感している時が一番輝いていたしなぁ。
「みてよお兄さん、大十字の新居、ちゃんとした呼び鈴がある……!」
ドアをノックしようとした美鳥が、ドアの隣に設置された機械的な呼び鈴を見て戦慄している。
因みに、原作の大十字宅には呼び鈴が付いていたが、今周のTS大十字の前の家の呼び鈴は前の住人が壊して以来そのままだったらしい。
おもむろに一押し。
極々普通の、何かのメロディではない、愛想もへったくれもない『ぴんぽーん』が響く。
ノイズィな感じもしない、一般的なチャイム音。
「鳴った! 鳴ったよ! チャイムが鳴った!」
「ううむ、これが大十字の為に鳴る文明開化の音か、とても地味だな」
今日持ってきた差し入れに肉を入れれば立派なすき焼きが可能だ。
大十字も珍しく定期収入を得る事に成功している訳だし、ちゃんと肉屋に行って食用肉を購入する事も可能だろう。
ああでも、ざんぎり頭は推奨できない。
TS大十字で通常の大十字には無い美点があるとすれば、女性であるが故の苦痛耐性と体力の他に、綺麗な黒の長髪であるという点がある。
高い位置で括ってポニテにしているが、あれは如何にも女性らしくて素晴らしい。
姉さんもポニテとかおさげとかみつあみとかだし、やはり魅力的な髪型と言えば黒髪ロングだ。
何? 髪の毛には魔力が宿るとか、アトラック=ナチャを使う時便利とか、そういう魔術的な面からの評価?
マギウススタイルになれば嫌でもロン毛になるんだし、普段は動き易い様に切った方が安全に決まっている。
組み合っての戦いなんてなったら、長髪なんて掴んでくれと言っている様なものじゃないか。
髪振って目に当てて目潰し? まともな魔術師ならその手の目潰しなんぞ効かない効かない。
変身せずに魔術行使できるならまだわかるけど、今の状態じゃさして意味は無い。
そもそも今の大十字じゃ、魔導書と別行動で変身できない状態で敵魔術師と遭遇したら八割即死だし、格闘戦で不利とか考える必要はない。
となれば、だ。やはり見栄え重視でロングにしておいた方がいい。と思う。
「唐突だと思われるかもしんないけど、少し大十字の事を祝ってあげたくなったので高級焼き海苔を用意しました」
俺が文明開化と大十字の髪型について思考を巡らせていると、何時の間にか美鳥はどこからどもなくお中元用の焼き海苔セットを取り出し、両手でそれを抱えていた。
「その心は?」
「この焼き海苔の様にドライな関係でいましょう」
うま、……上手いかなぁ?
だが美鳥の『してやったり』みたいな顔を見てるとツッコミを入れる様な気にはなれない。
だが正直、座布団をやれるレベルかっていうと疑問が残るし、ここは一つ厳しく評価をしておくべきか。
優しくするのも厳しくするのも家族愛。難しいものだ。
「……人の家の前で何をやってんだお前ら」
俺が厳しくも優しく美鳥の食事時専用クッションの没収を告げる寸前、大十字が玄関を開けて顔を出した。
が、常の大十字とは装いが違う。
自宅でリラックスする為のラフな格好なのだが、頭には三角巾、身体にはエプロンを着用済み。
料理でも始める所だったのだろうか、普段着は何処で売っているかわかんない様なオサレ着の癖に、以外と家庭的なやつだ。
「いえね、引っ越し祝いを持ってくるのを忘れていたな、と思いまして」
野菜や食材類の入った籠を軽く持ち上げて見せる。
「お、悪いなぁ、なんか貰ってばっかりで」
呆れ顔の大十字だったが、籠を見ると花開く様に笑顔になった。
実際もう生活には困っていない筈なのだが、それとこういう貰い物は別換算なのだろう。
因みに、引っ越し祝いと言っても近所に越して来た訳でも無いので蕎麦は入っていない。
というかそもそも、どう長引かせても二年程度しか傍に居ないので、大十字に対して引っ越し蕎麦は不適切なのだ。
そこで、蕎麦の代りに用意したのがインディカ米だ。
べたつかず、しかし調理の仕方次第でどこまでも美味しくなれる可能性を持つこの品種、正に成長途中の白の王である大十字にぴったりな差し入れだろう。
べたべたした関係には成らない様にしようという無言のメッセージも秘められている辺り、俺もやはりジョークセンスは美鳥と同程度か。
「あれだ、これから暇なら、上がってってお茶でも飲むか?」
「安物だがな」
大十字の後ろからアルアジフがひょこりと顔を覗かせて茶々を入れる。
安物でもいいじゃない。薄井さんみたいに出がらしティーパックを干して使う訳でも無いんだし。
しかし、どうするか。
多分、女性に家に上がっていかないかと言われたのは、元の世界も含めてこれが初めてではないだろうか。
メメメとのやりとりでそんな事があった気もするが、結局あれは統夜と石鹸とグリニャンの共同部屋だったし。
「そうですね、少し、お茶を頂く程度なら」
「あんま長居はできねーけどなー」
「ああ、用事があるんだっけ」
「ええ、バイト先でちょっと」
曖昧に言葉を濁しながら、招かれるままに大十字の自宅へと足を踏み入れる。
大十字の新居は床がフローリングで、土足のまま上がり込む事の出来る典型的な西洋式の住宅だ。
欧米の住宅であるが故に広さもそれなりに在るが、そこは大学生向けの2LDK、流石に廊下などは存在せず、巨大な一部屋を適正サイズに壁とドアで仕切って通常の部屋を作る形になっている。
先ず玄関から上がると直ぐにキッチンがあり、キッチンからは浴室とトイレのある部屋、更に二つの部屋へと繋がっており、なおかつ──
「Oh……」
なんという事でしょう。全ての部屋の内装が、軒並み半透明のゼリーで覆われているではありませんか。
ゼリー、いや、薄らと白い粘液に包まれた家具類に、これまた半透明の粘液に覆われたガラス窓から入ってくるほんのり濁った朝の光が照りかえし、室内はテレビ放映版のエロアニメの如き光の乱反射で溢れ、少し目に悪い明るさを演出。
粘液に包まれていない、ベランダに吊るされた洗濯物の局部に何故か強烈な光線が重なり、見えないのが逆にエロく感じるという定番の手法を自然に生み出し、日常生活に健全と言っていいか怪しいレベルのエロスを齎します。
……まぁ、掃除すれば直るから、本物のビフォーアフターよりはよっぽどましか。
「あー、いかんいかん、そういえばへやがちらかったままだったんだー」
前に立つ大十字の説明台詞が恐ろしい程に棒読みだ。
エプロンのポケットにおもむろに手を突っ込んだかと思うと、取りだした時には既にゴム手袋が装着されている。
よくよく見ればズボンも何時ものオサレズボンでは無く、古着屋で投げ売りしていそうなダサいデザインのジャージ。
僅かに粘液の避けられた隣の棚にゴム手袋に包まれた手を伸ばし、雑巾とバケツを手に、大十字が振り返る。
「このままじゃお茶も入れられないし、ちょっと手伝ってくれない? ────直ぐに、終わるから、さ」
そう告げる大十字の力の籠った笑みに、俺は直感的に悟った。
これがいわゆる、勝てない系の強制敗北イベント戦闘なのだと────。
―――――――――――――――――――
「いやー、流石私の後輩だけあるな、助かったよ」
すっかり粘液の取れた部屋の中、ソファに座り、湯呑と簡単な茶菓子(なんと菓子を催促するまでもなく自然に置いた)が置かれたテーブルを挟み、対面で快活に笑う大十字。
「えーえー、流石俺と美鳥の先輩です。後輩の使い方が上手くなってきましたねーよろこばしーですよ、本当に、ええ」
「だから悪かったって、感謝してる」
明らかに悪いとは思っていなそうな大十字。
まさか、差し入れ持ってきた後輩に掃除を手伝わせるほど図太くなってるとは思わなかった。
いやまぁ、エリート程堕落を覚えた時にダレっぷりが酷いってのも分かるし、当然の結果ではあるんだけど。
「まぁ、あの程度の掃除なら別にいいんですが」
湯呑を手に取り一口。
うん、まぁまぁの味だ。安いけど、入れ方を間違って無いのでそれほど間違った味にはなっていない。
「……あの納涼ゼリーぶっかけ大収穫祭みたいな惨状は、アレが?」
湯呑を手にしたまま、部屋の隅に鎮座するオレンジ色のゼリーの親玉を指差す。
むりやり不細工な団子状に纏め、触手と目玉と口をアクセントで加えた、時折ぶるぶると蠕動する奇怪な物体。
「ほらー、卿、お前らゼラチンモドキが大好きなアルビノペンギンだよー」
「てけり・り」
部屋の隅では、美鳥が何処からかアルビノペンギンの切り身を取り出し、それをダンセイニが嬉しそうに触手で受け取り、飾りの様な口を無視してゼリー状のボディに押しつけずぶずぶとそのオレンジ色のボディの中に埋没させていく。
うん、ああいう珍生物だと考えれば、可愛いのかもしれない。
ほら、体内に取り込んだ切り身が泡を吹きながら徐々に溶けだす様とか、なんだか科学の実験室とかを思い出して良い癒し効果が期待できそうじゃないか。
溶けた餌から噴き出した気泡がオレンジゼリー風のボディの体表に到達し、『ぷちっ、ぷちっ』と弾ける所とか、少し前に消えたファンタのふるふるシェイカーに似てるし。
ネズミとかゴキブリとか生きたまま入れたら大惨事になりそうだが。
「ああ、アルがいつの間にかな……」
何処か疲れた様な声で肩を落としながら返答する大十字。
恐らく、アルアジフがダンセイニを招喚した時に一騒動あり、それで疲労が溜まっているのかもしれない。
掃除を始める時も既にベッド回りだけ掃除が済んでいたし、眠りに付くまでに結構な労働を強いられたに違いない。
まぁ、そうでなくても引っ越したばかりの新居が粘液だらけとかテンションガタ落ちだろうが。
「なるほど」
頷く。
確か大十字はここに引っ越す際にバザーでアルアジフの寝具を購入していた筈だが、やはり寝心地が気に食わなかったのだろう。
そもそも、バザーで家電や寝具、家具などを揃えるのはかなり賭けの要素が強い。
俺が高校卒業後にも連絡を取り合っている友人の一人は、バザーで買った炊飯器を分解洗浄しようとしたら、ゴキブリの死骸が部品の隙間から零れてきたと言っていた。
それがトラウマになったのか、それ以後奴は炊飯器を二度と使えなくなり、土鍋で炊いた米粒の立った艶のあるご飯しか受け付けなくなってしまったのだ。
更には土鍋を使った節約料理、土鍋を使ったアイディア薬膳などを弁当に詰め込んで会社に行っている内に、凝った内容の弁当に興味を持った同僚の女性と交流が生まれ、遂には同棲を始めてしまったらしい。
寝具や家具も同様の危険がある上に、木材や布を使っているお陰でゴキブリなどの卵がくっついてくる可能性もある。
ゴキブリの卵は孵化に二週間程の時間を要する為、購入してからしばらく使い続けていたら、ある日唐突に家中にゴキブリが溢れ返る危険性がある。
同じくバザーで卵付き家具を買わされた友人は、バルサンを買いに行った薬局で店員と恋に落ちたとか言っていた気がする。
因みにこっちには特に語るべきドラマは無い。バルサンを取ろうとする手と手が重なるって時点でもうお腹いっぱいだ。
こうやってほんの一握りの成功者の話をするだけで、誰もがこぞってバザーに参加する。
バザーで不良品を高値で売り捌く悪徳商人が撲滅される事は、決してあり得ない……!
もっとも、仮にそういった理由が無いにしろ、魔導書の精霊として活動する事が多い時は大概ショゴスベッドで眠っていたと仮定した場合、並みのベッドでは寝苦しくてストレスに感じてしまうのだろう。
天然のウォーターベッド、しかも自分の身体に自分から形を合わせてくれる優れ物だ。並のベッドと比べる事もできないだろう。
「でも先輩。……いくら相手が居ないからって、触手に走るのはやめといた方がいいですよ」
だがそれはそれとして、大十字に意趣返し程度はしておきたい。
超脱水鱗粉の試作品を試せたのはともかくとして、強制イベントの類に組み込まれるのは気に食わないのだ。
「え、あれ? もしかして私のセリフ軽くスルーされてる?」
「昔そういう、口から入って尻から出てくるタイプを愛用していた人が居るんですが、何だかんだで酷い事に……」
因みにTSティベリウスから聞いた話だ。
若い頃に調子に乗って二十本くらい栽培したら餌をやるのを忘れて、そのままエロゲみたいな事になってしまったのだとか。
なんでエロゲみたいな事になったかって言えば、その触手が人間の体液を食料にするポピュラーなタイプであった事が原因らしい。
触手の育成は計画的に。それが全ての触手を絞り尽くして枯らしたティベリウスの学んだ教訓らしい。
「く、口から入って、尻って……やるか、馬鹿! お前はどういう目で人の事を見てるんだよ!」
顔を真っ赤にしてわなわなと震える大十字に怒鳴られる。
余程興奮しているのか、テーブルをばんと両手で叩き、ソファから腰を浮かして食い気味に顔を此方に近づけ、唾を飛ばす勢いだ。
「少なくともエロい目では見ていませんから、安心してくださいな」
即答すると、大十字はぶすっとむくれた不機嫌な表情で腰を下ろした。
「……そりゃ、結構なことで」
俺の言葉が真実だと分かっているからこそのリアクション。
しかし安全なのはいいけど、完全に女として意識されないのもプライドが許さないのだろう。
「ほーら卿、今度は黒系着色料でミチミチに膨らんだアルビノペンギンの活き肝だぞう」
「おい貴様、妾の僕(しもべ)を勝手に変色させるでない」
「なーに言ってんだよこれがこいつらの基本カラーだろ? つかなにこのオレンジゼリー馬鹿にしてるの?」
「通常カラーは見た目が悪いわ! 使う方の身にも──ああ! ダンセイニがコールタール色に!」
ダンセイニの中に取り込まれたアルビノペンギンの肝から着色料が漏れ出し、じわじわとオレンジゼリーっぽかったダンセイニの身体が黒く染まっていく。
「てけり・り」
勝手に着色されてもダンセイニは気にした風も無く触手を揺らめかせている。
見た目が悪いというが、グロさはあっちの方が緩和されている気がするな。中身が見えない分。
「そういや、お前らって何のバイトしてんだ?」
ぼんやりと美鳥とアルアジフの言い争いを眺めていると、少しむくれたままの大十字がそんな事を聞いてきた。
「おっきな会社の雑用ですよ。片付けたり、掃除したり、小物弄ったり」
人間の破片を片付けたり、部下連れ込んでしっぽりしてた逆十字の部屋を掃除したり、下っ端の中でも小物臭さ満点のへたれの肉体を弄った(改造した)り。
給料が出ないのが最大の欠点だが、それ以外はTS逆十字が割とビッチ揃いなのを無視できれば割と過ごし易い職場だと思う。
「最近は、結構上司の人等からも信頼されてきてる様な、されていない様な」
「どっちだよ」
大十字のツッコミに、両腕を組んで応える。
「上司って一言に言っても、色々な人が居ますからねぇ。全員に好かれる、信用されるってのは難しいんじゃないですか?」
凸凹コンビとか、ふらん……うっうん! ……腐乱死体のティベリウスとかには割と重宝されているけど、逆にティトゥスとかとは殆ど顔を合わせた事も無いし。
折笠声の古書店店員ボディなアウグストゥスとかは、どうなのだろうか。
控えめに活動していたから目を付けられては無いと思うけども、偶に少し複雑な仕事を振られていたりもするんだよなぁ。
アヌスとは、少なくとも俺と美鳥の感知できる範囲では顔を合わせた事は無いが、まぁあれは良くも悪くも他人の能力を信頼しないタイプの魔術師だし。
「そっか、やっぱり、何処で仕事してても大変なもんなんだろうなぁ」
不機嫌そうだった顔を途方に暮れた様な表情に変え、頭の後ろで両手を組んで伸びをする大十字。
あてが外れた、みたいな顔だ。
「人間関係の無い仕事ならこういう苦労も無いかもしれませんが、そんな仕事は稀でしょうしね。馴れるしかありませんよ」
山と川と田圃しか無い様な場所で畑耕してても、やれ農薬を一定量以上買わないといかんとか、JAに繋がりのある爺さんが云々ある訳で。
それがこんな大都会、しかもブラックロッジや覇道財閥ともなれば、何をいわんや、というものだろう。
「うー……」
天井を眺めて途方に暮れていた大十字が、今度はテーブルに覆いかぶさる様に前に倒れ込む。
うーうー言うのは止めさせたいが、どうにも大十字は不満顔だ。
「……お前がバイトの上司との関係に余裕あるなら、今度のデモンベイン関係者との顔合わせに連れてって盾にするつもりだったのに、そんな事聞かされたら連れてけないじゃん」
テーブルと身体に挟まれてぐにゃりと潰れた胸をクッションに、顔だけを此方に向けた大十字が唇を尖らせながら言う。
あれだな、大十字も俺が完全に女扱いせずにいるからって、無防備過ぎるな。
俺がこの視界のデータを纏めて、『まるで本人そのものな女定光のレイヤー』として掲示板に投稿するとも知らずに。
そして掲示板の住人に『え、女定光? 誰?』とか『わー美人。で、原作何?』とか『特服はー?』とか『おいおいなんでこんなレベル高いレイヤーさんがこんなニッチなコス着てるんだよ』みたいなレスをされるのを期待しているとも知らずに……!
それは置いておくとして。
「大丈夫ですよ。仮にも覇道の最高機密に関わるエリートなんですから、そんな変な人とかは来ませんって」
「そうか? 本当かなぁ」
「せいぜい罵倒系ドSショタとか滅茶苦茶ガタイの良い真正のショタコンとかヤング声な関西弁眼鏡とかその程度の人等でしょう」
全員確認したしな。
罵倒系ドSとかは、今のエリートな大十字なら殆ど攻める隙が無いだろうし、ショタコンマッチョの人とかは害があるのは大十字では無くアルアジフだ。
眼鏡は無害だし、ポン刀持った人も困った個性がある訳でもない。
同性の理解者としてウィンフィールドさんが居るのも大きいだろう。
「それ明らかに変人ばっかだろ! もーやーだーバイト終わった後でいいからついて来てくれよーサポートするんだろー」
テーブルを挟んで座る俺のズボンの膝辺りを掴んで揺さぶる大十字。
大財閥のトップシークレットの近くで働くエリート連中に顔を見せに行くというプレッシャーに負けたのか、口調まで少し幼児退行している。
「大丈夫ですよ。きっと皆さん良い人揃いですし、関西弁と眼鏡しか個性がなさそうな人が突っ込みを入れて場を纏めてくれますって。ほら、飴ちゃんあげるから元気出して下さい」
「お前、私がそんな餌で……」
目の前に突き出された棒付きキャンディーをそのまま口で受け取り舐め始める大十字。
先ほどまでのしょぼくれ顔は何処へやら、真顔で何度も小さく頷きながら口の中で飴に舌を這わせている。
食べている最中に喋るのがマナー違反と心得ている大十字は黙り込み、時折口の中で飴が歯にぶつかる堅い感触だけが棒越しに伝わってくる。
そう、別に元気を出しても出させなくても、飴を舐めさせていれば、舐めている間は静かになる事に変わりは無いのだ!
「九郎……」
「お前の主すっげぇチョロいな」
肩を落とし、眉間に指先を当てて頭痛を堪えるアルアジフと、その肩を叩いて爽やかに笑う美鳥の小声の会話を聞きながら、俺は飲みかけだったお茶を飲み乾した。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
所変わって、夢幻心母内部。
「はい、ティベリウス様」
シャワーを浴びたばかりなのか、身体にバスタオルを巻き付けただけのティベリウスに、四つ折りにした古臭い紙切れを手渡す。
「あぁら、アナタがプレゼントだなんて珍しいじゃ……何コレ」
小さなタオルで髪の毛の水気(電極がささりっぱなしだが、防水なのだろうか)を取りながら紙片を受け取り、その紙片に含まれた力にティベリウスの顔に訝しげな表情が浮かぶ。
「アルアジフの断片です。ティベリウス様が見つけて保管してたって事にしといてください。大導師様にはそういう風にしておくって断りを入れておいたので」
さて、実の所を言えば、ブラックロッジから緊急の呼び出しが掛かった、というのは真っ赤なウソだ。
そもそも今の俺は大導師様から別命を受けているからという理由でC計画にも魔導書の断片探索にも組み込まれていない。
まぁ、時たま気まぐれに顔を出して雑事の手伝いをする事もあるが、それにしたって誰に言われてやっている、という訳でも無い。
では、何をする為に大十字と別行動を取ったかといえば。
「ちょっと効率よくアルアジフの断片を探せないかなーと実験してみたんですが」
以前に取り込んだ、『魔導書として死んだアルアジフ』から記述を引き抜き、魔力を流し込んで、それに似た波形の反応を探すという、極々単純なもの。
探しものとほぼ同じ物が無ければ不可能という重大な欠点があるが、写本の記述からでも可能になれば、優れた魔導書の探索には持ってこいの探知術になる筈だ。
前々から実験しようとは思っていたのだが、丁度良くこの周のティベリウスがクトゥグアの記述を手に入れて居なかった様なので、クトゥグアの記述を用いての実験と相成った。
元々大十字が探し出す記述でも無かったし、ぶっちゃけた話、今の大十字では逆立ちしたってクトゥグアの記述を自力で叩きのめして回収する事は不可能だろうし、丁度いいだろう。
「上手く行っちゃったのね。ま、アンタ達が別命を受けてんのは知ってるからとやかく言わないけど……」
ちらり、と、俺の背後に視線を向けるティベリウス。
「なんで美鳥ちゃんはそんなファンシーな格好で、結婚式で花嫁の元彼がバイクに乗って現れてそのまま花嫁を連れ去って、しかもそれ以降花嫁との連絡が一切つかなくなった新郎みたいな顔で落ち込んでんの」
あれ花嫁浚う男とか、実は元彼に気があった花嫁からすればドラマティックで良いのだろうけど、花嫁奪われた挙句に花嫁からは実は対して好かれて無かった新郎側からすればいい面の皮だよなぁ。
「ああいえ、思ったより簡単にページが見つかってしまいまして」
俺の背後にはティベリウスの言う通り、右手で左腕を掴み自らの身体を抱き、荒んだ表情で斜め下を向いてぶつぶつと愚痴をこぼしている美鳥。
だらりと下げた左腕、その手に握るのは、先端にデフォルメされた赤い嘴に白い羽根をあしらった飾りのある、ピンクの柄に金で装飾された赤い石突を持つ杖。
これも幾多のループを重ねる内に暇つぶしに作り上げた魔術研究の成果。
魔導書の類を持たず、複雑な魔術行使が不可能でも、アルアジフと同じレベルでページモンスターの記述への変換を可能とする魔術装置。
美鳥はこれを『ページキャプターみどり・DX封印の杖 5,980』と嬉しそうに名付けていた。
「そりゃ、そりゃさ、在るべき姿に戻れ、の後になんて言えばいいか思いついて無かったよ? 記述とか断片とかだと明らかに短過ぎて語呂が悪いし、アルアジフとかネクロノミコンとかの単語を組み込んでも長くなって間抜けだし、でもさでもさ、せめてページモンスターとの戦いとかはあっても良かったと思わね? せっかくお姉さんにおねだりして衣装の型紙まで貰ってさ、布とか全部集めるとこから拘ってさ、特にこのスカートとかNHK教育バリアーで絶対に中身が健全になるっていう優れ────」
杖を握ったまま延々不満を垂れ流し続けている美鳥の衣装は、本人が言う通りやたらめったら気合いが入っている。
デザインは少しエロゲ的というか、微妙に布地が薄く、ともすれば肌が透けて見えそうな部分もあるのだが、部分部分に分厚い生地による装飾が施され、放送基準を満たそうという努力の跡が見てとれる。
恐らくページモンスターとの戦闘になったら分裂して撮影係の美鳥とかも現れたのだろう。
だが美鳥よ、『素敵ですわ美鳥ちゃん♪』なんて自分の分身に言わせるのは、後々確実に黒歴史になるから、戦闘が発生しなくて幸運だったと思うぞ?
「マスコット作る時にもたしかにグロちゃんとかゲロちゃんとかエロちゃんとかマラちゃんとか大量に失敗作も作っちゃったよ。でもさ、最終的にマスコットに頼らない心意気を思い出したんだから、ストレス解消の為にフードプロセッサーに生きたまま放り込んで殺処分した事なんて帳消しにされても────」
「御覧の通り、手造り衣装で活躍出来なかったのがよっぽど不満らしく」
「アラ、でも意外と可愛い趣味してるじゃない? 慰めてあげたらぁ?」
TSして同性だからか、割と美鳥に対して普通に肯定的だ。
元のティベリウスだったら、ここぞとばかりにワタシが慰めてあ・げ・る☆とか言って触手ぐねぐねし始める処だろうに。
やはりあれか、ベースが女だから乙女心とかに敏感なのか。
設定的に、TS前のティベリウスも生前は乙女心の分かるカマ野郎だった筈なんだけどなぁ。
「や、フォローはありがたいんだけどさ、お兄さんこれでも後々ちゃんと慰めてくれるんだよ」
ティベリウスの言葉に、先ほどまで発していた暗黒面のフォースとか臨気とか五十二枚のカードとたったの一枚で対になる『無』のカードとかにも似た負のオーラをかき消す美鳥。
「もちろんお兄さんに全部任せるのはあたしとしても不本意だから、これとか、これとか、これとか用意して、えへへ」
嬉しそうにだらしなく顔を緩め、愛らしいコスチュームと一体化しているポシェットに手を突っ込む美鳥。
ポシェットの中からは首輪、リード、局部剥き出しのボンテージ、何処に差し込んで使うのか聞くと途端に年齢制限が掛かる犬の尻尾(ふさふさしているので、激しく動かすと見栄えがいいかもしれない)が次々と取り出され、何時の間にか大きめのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に置かれていく。
お前、あれだぞ、姉さんに似て可愛いからそのコス似合ってたけど、その取り出したアイテムのお陰で一気に汚れキャラ臭が強まってきてるぞ。
「あらヤダ、これなんか素敵じゃなぁい? 何、ワンオフ? こんなの入れて裂けちゃわないのカシラ」
テーブルの上に置かれた、革のパンツと一体化した、一見して卑猥な用途に用いられると分かる張り型を指でなぞりながらうっとりとした声を上げるティベリウス。
「わかる? わかる? メイドインあたしだからそれ。サイズもねー、ほら、お兄さんのマックスより小さめに造って、こう、先に解して入れやすくするってーの?」
そして、そんなティベリウスの言葉に自慢げに張り型を手に取り、局部の微妙な出っ張りや窪みなどに指を這わせて構造を説明する美鳥。
あー、そうねー、美鳥も同年代(?)で趣味をあけっぴろげにできる相手とか殆ど居ないものなー仕方ないなー。
ああ、身内がゾンビと楽しげに談笑してる。
死にたい。
「あーわかるーそれ超わかるー」
わかるーわかるー(後尾発音上がり気味)と、何の実りも無いガールズトークの如き発音で、美鳥の如何わしい装備品類の自慢に頷き続けるティベリウス。
せめて他の容姿であるならまだ納得いくのだが、見た目某天才少女でそこらの少し昔の女子高生の如き喋り方をされると違和感バリバリである。もはや口調とか完全に素のティベリウス丸出しだし。
惜しいなぁ、これがTSしてないティベリウスのトークなら、ガールズトークな発音の矢尾さんボイスを収集できたのだが……。
「んで、実はこっちの封印の杖も、ここのスイッチを反対に入れると……ほら動いた!」
モーターでも仕込んでいるのか、微妙にその身をくねらせながらマッサージ器顔負けの振動を見せつけるDX封印の杖の嘴状の飾り部分。
よくよく見ると赤い嘴からほんのり怪しげな液体が染み出し、石突側の柄もぐいんぐいんうねっている。
ねーままーこのおもちゃどうしてうねうねうごいてるのー?
ふふふそれはおかあさんとおとうさんのあいようのおもちゃだからよー。
「おい美鳥そろそろ正気に戻れ。それと、後でどーもくん人形に焼き土下座な」
「ふふっ、聞いたかよオイ、お兄さんがやっとリョナに目覚めてくれた……! これも参考資料のお陰! ありがとう犠母姉妹とか作ってるとこ!」
名前と姿を変えて生き続ける某エロゲメーカー、かつて同人時代のそこから発売されNHKをマジギレさせたと名高い調教エロゲを片手に勝利の雄叫びを上げる美鳥。
あ、あのパケの汚れ具合、高校時代に駐在さんから借りたやつだ……。帰ったら返しに行かないと。
「よかったわねぇ、兄思いの妹で。たっぷり○○○○を■■■■で▲▲▲▲してあげなさいよ?」
「ええ、はい。そうですね……でも貴女はさっさと服着て下さい」
どうあがいても伏字だらけになるティベリウスの激励に、俺はこめかみを揉み解しながら、どうにかバスタオル一枚のティベリウスに突っ込みを入れるのであった。
―――――――――――――――――――
∇月О日(神の名においてこれを鋳造す)
『鋳物なら強度はさほどでも無いんじゃないかな。あくまでも作業的に首を落とす装置な訳だし量産前提で』
『さておき、この世界は神様の類がやたらめったら大量に存在し、しかもその一部と下級の眷属は度々人間と接触したり害を与えたりと、自己アピールに余念が無い』
『コツコツと地下の闇の中で蜘蛛の巣を建造している地味な連中も居るには居るが、普通に生物的活動をしなければならない連中の目立ちっぷりは本気で半端無いと思う』
『だというのに、だ。この世界、驚くほどに神が造りし○○○みたいなアイテムが少ない』
『いや、ニャルさんが歴史に関わっている時点で核兵器が神の技術由来の兵器みたいな感じになっていると言い換えてもいいんだけど、そういうのではなくて』
『コズミックホラーを神話的に解釈したとか云々言われるだけあって、この系列の神様達は何かを作る事は少ない』
『自分の奉仕種族を作る事もあるし、その種族が人類を超えるテクノロジーを持つ事もあるにはあるのだが、文字通り『神が作り出した』道具、というのは無いに等しい』
『……まぁ、明らかに人間とは大きく思考形態の異なる邪神の類が作り出したアイテムなんて、存在したとしても使い方が理解できないと思うが』
『つまりこの世界で神の御業なんてものがあるとしたら、それは人間の理解できるような大人しい代物ではない、という事なのだ』
―――――――――――――――――――
「だからねドクター。俺は神の御業がどうとかなんて言葉には、あんまり信憑性を感じない訳ですよ。そういうのって、大概モラルの問題だったりするでしょう?」
人間をデータ化して量子コンピューターの中に押し込むのだって、肉体があって実体を持っているのが生きた人間である、という定義に縛られているから忌避されているに過ぎない訳で。
クローン人間は人権がどうこうの問題もあるのだろうけど、本質的には同一人物を作り出す事が出来る、と考えられているから、という部分が大きいだろう。
人間の脳味噌の一部をコンピューターに組み込む、なんていうのもあるが、これに関しても死者の尊厳がどうたらの、いわゆる感情論に過ぎない。
つまるところ、自分に理解できる範囲の外を排除する為の言い訳に過ぎない訳だ。
理解できないのは神の御業だから。神の御業なら仕方ない。また神の御業か。
思考停止で、知性の敗北。
少し頭に血を巡らせれば理解できる様な物が、名状しがたきこの世界の神の御業である筈が無い。
「うむ、貴様は時たま聡明に見える様な雰囲気が僅かに滲み出る気がするであるな」
少し馬鹿にされたが、確かにドクターの聡明な部分に比べれば俺は間違いなくお馬鹿さんなので否定はしない。
思考速度がどうとか開発力がどうとかではなく、ドクターは知性のきらめきとひらめきに非常に優れた天才なのだ。キチだけど。
劣っているからといじけるのも馬鹿らしくなる。俺は正気だし。
「何事も理解が深まれば自然と批判の類は消えていくしね」
美鳥も頷く。
かの科学の騎士曰く、恐怖の暗闇を科学の光が照らすのだ。
理屈をつけ、解明する事で、人は未知という恐怖を克服していく。
人間だからできるのさ、なんて事を言った魔術師もいるが、正にそれだろう。
人間に出来てしまう以上、神の御業も何も無い。
だからこそ、今日もまた科学は発展する。
無機物の塊から造られた、人ならざる、しかし人を模した人型。
自らの頭で、まるで人間の様に考えて行動する、人造人間!
氷室美久は? とか聞いちゃいけない。
確かに取り込みはしたけど、製造工程を見た訳でも関わった訳でも無い。
製造に深く関わったそれが、今ここに起動する、この世に産声を上げる。
感動的じゃあないか!
「ではドクター、どうぞ」
ドクターに、人造人間の起動スイッチを渡す。
四角い、掌よりも少し大きめの箱状の本体に、押し易い少し大きめの押しボタン式のスイッチ。
ドクターは鷹揚に頷いてスイッチを受け取る。
因みに人造人間自体は数日前に完成していた。
壁に備え付けられたレバーを降ろすタイプと、持ち運びできる箱型スイッチのどちらを起動スイッチにするかでここ数日ドクターと美鳥と俺で散々に議論し、数時間前にようやく決着が付いたところなのだ。
「さあ、目覚めるのである、科学の申し子、我が技術の結晶、愛しの『エルザ』よ!」
カッ、と、外の風景など欠片も見えない研究室に稲妻が走ったかのような雰囲気に。
人造人間──エルザの心臓、動力源である六弦式生命電気発生器『がんばれオルゴン』の発展型が起動し始めたのだ。
大気中に存在するオルゴンをスターターに、『がんばれオルゴン』は鼓動を刻む様に自力でオルゴンを生み出し、作りもので『生きていない』身体を賦活させていく。
そして、ベッドに寝かされたエルザが、ゆっくりとその瞼を開け、身を起きあがらせる。
「────、──」
カチカチ、かちかち、ことり、ことり。
エルザの体内から機械的な、というより、カラクリ細工にも似た音が響き、瞳に意思の力が宿り始める。
まるでマネキンか死にたての死体にも似た肌が、徐々に人の柔らかさを得ていく。
身を起き上がらせながらも俯いていたエルザは、ゆっくりと顔を上げ、ドクターへと視線を向け、瞳の焦点を合わせる。
「おはようロボ、ドクター」
まだ起動したてであるためか多少発音にぎこちない部分もあるが、周囲の状況やインプットされたデータは正常に読み込んでいるようだ。
……結局、語尾にロボを付けるのを止めさせる事はできなかった。
AI育成中にも、モニターに表示されるエルザの言葉には何故か必ず語尾に『ロボ』が付いてたが、これはシステムの根幹に組み込まれている為、俺と美鳥の手が付けられる部分からは矯正する事ができなかったのだ。
「おお……エルザ、我輩の事が分かるであるか?」
ふら、ふら、と、普段のキチっぷりは何処へやらといった風情で、まるで危篤状態から持ち直した恋人の姿に感極まる少女の様に頼りない足取りでエルザに歩み寄るドクター。
あ、もしかしてこのTS周のドクターは小説版準拠の設定なのか?
その場合、精神病院に突っ込まれた本物を放置してこっちに感動している訳だから、逆に薄情さが浮かび上がる訳だけど。
「んなもん、AI作成中に人物情報は突っ込んでたんだから当然じゃん。ほれエルザ、てめーのバグ取ってやった恩人様々に対して礼の一つも言ってみな」
ハッカパイプを口に咥えてぴこぴこ上下させている、長めの白衣にレンズの小さい伊達眼鏡で科学者のコスプレな美鳥の言葉に、エルザが表情を無表情から満面の笑みに変え、振り返る。
「ありがとうロボ、ママ!」
────瞬間、ベッドの上で上体を起こしていたエルザが壁に激突し、そのまま数度地面にバウンドし、倒れ伏す。
見れば、稼働状態にあっては生半可な攻撃では亀裂の一つも入らない筈の特殊素材製のエルザの装甲(はだ)が、まるでハンマーで砕かれた陶器の様にひび割れているではないか。
人間と変わらない温かさ、そして柔らかさを(どういう意図で搭載されたかは追求しない。武士の情けである)備え、なおかつ弾丸、斬撃を完全に防ぎ、魔術にもある程度の耐性を持つ特殊装甲を、美鳥は容赦なく殴り壊したのだ。
込められた力、技術はかなりのものだろう。実は完全にスクラップにする気満々なのではないか。
「エ、エ、エ、エぇルザァ! き、貴様鳴無妹! なんという非道な真似をぉ!」
研究室の床に転がるエルザを抱きかかえながら美鳥に唾を飛ばして非難するドクター。
が、美鳥はそんなドクターとエルザを酷く温かみの無い瞳で見下ろし、パイプをぷっ、と吐き出しながら、恐ろしく平坦な口調で呟いた。
「誰がママだ、この木偶が」
「まぁまぁ、落ちつけ美鳥。ドクター、美鳥も悪気があった訳じゃないですし、エルザも見た目ほどひどい事にはなっていませんよ。ほら、直ぐに修理に取り掛かりましょう」
エルザの外装はかなりの割合で罅が入り、時折全身がスパークしているが、実際問題破損しているパーツはすぐにでも交換可能なものだ。
それぞれのパーツもこの時代では間違いなくオーバーテクノロジーだが、それでもエルザの根幹はその機械のボディを完全に制御する中央演算処理装置にこそ存在する。
その中央演算処理装置にしても頑強な頭部に搭載されている為、余程の事が無い限りエルザが『死ぬ』事はありえないのだ。
まぁ、ボディとブレインを繋ぐ脊椎は精密なパーツである為、流石に首ちょんぱになると修理に手間が、
「ありがとうロボ、パパ!」
────手間が掛かるというのに、俺の手刀は全自動でエルザの首を一刀の元に切断していた。
うん、これじゃ美鳥を責める事はできないな。
でもまぁ、斬り飛ばした頭部に追撃を掛けなかっただけまだ理性が働いていたと思うのだ。
チョップ出したのも咄嗟にしてはいい判断だったと思う。
ビンタだったら間違いなく頭部はプレスされてエルザ死んでいたし。
ただ、一つだけ言える事がある。
「俺は鳴無卓也。パパ上などではない」
まったく、姉さんとの間に生まれた子供ならばともかく、特殊金属の塊風情に父親呼ばわりとかリアルに反吐がマーライオン。
内部から情報を操作させ、なおかつドクターの行動の方向性を調整する為に、バグ取りの間にどこでもいっしょ方式でポしていたのだが、想定よりも深くポしてしまったらしい。
次の周からはエルザの開発に関わるのは絶対に止めだ。もうどういう構造かは理解できたし、開発工程も十分見学できた。
それはともかく、今は破壊してしまったエルザの修復を始めなければ。
「申し訳ありませんドクター。エルザは我々が責任を持って修復させて頂きますので」
首の取れたエルザのボディを抱きかかえ、少し離れた場所に転がるエルザの首を見詰めながら、ふるふると震えるドクターに声をかける。
「こ」
が、ドクターは返事をするでもエルザの残骸を渡すでもなく、小さく何事かを呟いた。
聴力以前にドクター自身が声に出せていなかったようなので、一応聞き返す。
「こ?」
「────ここから居なくなれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
その後、研究室から蹴り出され、エルザの修復に手を貸す事はできなかった。
まぁ冷静になって考えてみれば、衝動的に自らの最高傑作を破壊するような輩に手を借りる訳が無いが、もうエルザには俺と美鳥の正体を隠ぺいする様にボディが完成していない時点で言い含めてあるので問題は無い。
エルザの修復が終わるのは、多分宇宙意思とかニャルさんの都合とかで、次のページモンスターが現れた頃になるだろう。
エルザの構造は破壊ロボと比べて格段に精密かつ繊細な物なので、破壊ロボや他の大型機械の様にトイ・リアニメーターもどきでパパッと修復はできないのだ。
ドクターとの仲はなんだかんだでこじれてしまったが、御蔭でバルザイの偃月刀はブラックロッジの横槍も入る事なく、大十字が実にスマートに片付けて回収に成功した。
デモンペインとの戦闘を挟まなくて大丈夫なのか、とも思ったが、稼働こそしていないがデモンペイン自体は一度開発されているので、デモンベインの修復は問題なく行えるだろう。
―――――――――――――――――――
そんなこんなで、巨大戦すら無く、バルザイの偃月刀を封印し、その後。
「はっ」
瓦礫の山から降りマギウススタイルを解除した大十字とアルアジフ、何時も通り連れ添っている美鳥と共に歩く帰り道。
大十字が第六感的な物を発動させたっぽい表情で立ち止まった。
「なんです、洗濯物でも出しっぱなしでしたか? 今日はあんまり雲もありませんし、夕方まではまだ時間があるから急がなくても十分間に合うと思いますよ」
日々を修行に断片探索にと忙しく過ごす大十字にとって、洗濯物は朝の内に済ませ、夕方帰宅時に取り込む物と相場が決まっている。
しかし時間が無いのは大学時代と一緒だが、今は疲労度が違うのだし、どうせなら乾燥機付きの洗濯機でも買えばいいと思うのだが。
いかんせん、中途半端に現代の技術などが持ち込まれている為か、乾燥機付き洗濯機は民間にはなかなか普及しておらず、中々に高級な家電の一種となっている。
まぁ、それを言ってしまえば俺の元の世界の家にしても洗濯機は普通の全自動タイプであり、乾燥機は付いていないが、大体二十四時間姉さんが自宅を警備しているうちとは違うのだし、生活環境を良くする為に多少の高額な買い物なら許されてもいいだろうに。
やっぱりあれか、貧乏生活から急激な速度で抜け出したお陰で、まだお金を使い渋りしてしまうのだろうか。
「いや、昨日の夜の内に洗って魔術で乾かしていたからな。それは無い筈だ」
大十字が未だ立ち止まり呆けている隣でアルアジフが答えた。
洗濯物で魔術使っているのか。
あと、魔術で乾かしたって事は、アルアジフも洗濯を手伝ったのか……。
専用の魔術とか開発しないと部屋干し独特の香りがするから止めておいた方がいいんだが。
その内大十字には部屋干ししても臭わない系の洗濯洗剤を譲渡するとしよう。
「あ、もしかして部屋の鍵閉め忘れたとかか? あーあもう駄目だな大十字、今頃お前の下着盗まれて口には言えない使われ方してるぜ。なんかもうぬらぬらとかべとべととかにちゃにちゃとか通り越してかぴかぴな感じで」
口元をそろえた指先で押さえながら、プププといやらしい含み笑みを漏らしつつそんな事を言う美鳥。相変わらず同性には、なおかつ巨乳には容赦の無い性的嫌がらせ(本当に相手に対する嫌がらせだけを目的としたセクハラ)である。
確かにこの時代だと、安アパートを脱出してもオートロックのドアとかは存在しないからな。
もしも大十字のご近所さんに、最近近所に引っ越してきた美人で巨乳な女子大生に興味津津でややディープラブの気がある男とかが居たら、美鳥の言う事もあながち間違いでは無くなってしまうだろう。
「え、ああ、いや、家にはダンセイニが居るから、留守もばっちりだ。……そもそもご近所さんとか殆ど居ないし」
ようやく意識がここに戻ってきた大十字がもはやセクハラに過剰反応する事すら無く答え、アルアジフが肩を竦めながら大十字の言葉を補足した。
「それに、近くに怪異の出現したアパートともなればな。出て行く者もそれなりに居ただろうよ」
「如何にアーカムといえども、流石にそこまで気合い入った下着泥棒とかはそうそう居ない、と」
何気に大十字の新しいアパート、アトラックナチャのページモンスターに巣を張られたりしているしなぁ。
ページモンスターの被害にあっておきながら損傷が無いとかかなりレアなんだけど、そこに価値を見出して住む様な馬鹿は流石にそうそう居ないか。
「じゃあ、お鍋に火を掛けっ放し」
「もしそうならこんな呑気に喋ってない。気付いた時点で家に全速力だよ。そうじゃなくて、こう、なんて言えばいいんだろ」
大十字が腕組みをし、首を傾げる。
どうやら、大十字自身も自分が気付いた何かに確信が持てていないというか、表現に困っているらしい。
「私さ、今日やたらスムーズにページ回収したよな。惚れ惚れするくらい」
「自画自賛が酷いですけど、そうですね。何のトラブルも無く、苦戦した訳でも無いですし」
「だよな。んー…………私が、どんな感じで戦ってたか、覚えてるか?」
可笑しな事を聞く大十字だ。
俺と美鳥は互いに顔を見合わせ頷き合い、忌憚の無い意見を述べる事にした。
「動き自体はまだ荒い所がありますけど、それでも若さと躍動感溢れる良い動きでしたよ。こう、リュミミーン、ドドダムゥって感じで」
「ランブルローズかデドアラ並みのド迫力アクションシーンだったね。PS3か○箱で出て来そうな感じのスタイリッシュアクションぽかったし」
「どこら辺が特に良い動きしてた?」
「偃月刀の軌道を見切る為に、アトラックナチャとニトクリスの鏡を併用したでしょう? あれは定番といえば定番ですけど、練習の成果が出て凄くスムーズでいい感じでしたね」
因みにニトクリスの鏡は今回は断片になっていないので、初期から使用出来た魔術の一つだ。
TSアリスンとか、弄られてるけど虐められてる訳では無いからな。
流れ流れてあの孤児院に辿り着いたけど、たらいまわしにされたとかじゃないのは明らかだ。
もっとこう、世紀末救世主伝説の第一話の様な流れで孤児院に流れ着いたに違いない。
もしくは弟子を妖怪に皆殺しにされて云々とか。
「あたしはやっぱあれだよホラ、背後から迫る偃月刀を裏拳一発、振り向きざまに『とりあえず、大人しく回収されとけや』とか抜かしたとこかなー。あれは正直かっこよかった。痺れたよ、うん」
「あー、あれね」
振り向く時のギロリって感じの睨みも堂に入っていたし、確かにかなりのクールっぷりだった。
こう思い返してみると、今日の大十字は実に頑張って、見せ場も多かったんだなぁ。
「なんかもう、改めて今日の戦いを振り返ると、先輩マジでMVPじゃないですか」
「どする? いっそ祝勝会とかしちゃう?」
ニグラス亭は無いのでジンギスカンパーティはできないが、焼肉の店なら幾つか知っている。
他にも祝勝会とかするならそれらしい場所はあるかもしれないが、大学生でパーティと言えば焼肉か鍋というのは一種定番だろう。
ちゃんこの店はあったけど、鍋の店は見つからなかったんだよなぁ。どう違うのかいまいち分からなかったが。
だが、祝勝ムードの俺達を見ながら、大十字は未だに納得の行っていない、煮え切らない表情で首を傾げていた。
「ありがとな。んー、でもなんだろう、まるで私の活躍の場面がものすごくぞんざいに扱われた気がするんだよ。なんつうか、回想シーンの合間に二、三行の説明文だけで表現されて終わり、みたいな」
黒塗り背景で立ち絵も無く誰かの一人称で終了、みたいな?
そう、最後がやや疑問形で発せられた、ややメタというか時代設定に合っていない大十字の説明。
「少なくとも、あたし達はおめーが戦ってる場面超観戦してたぜ? 大体、現実に起きた出来事を、どこの誰が端折れるって言うんだよ。ねえお兄さん」
「そうですよ。なんかもう、裏拳の辺りで顔面ドアップCG映って、勝利フラグの主題歌アレンジとか必殺技フィニッシュの為のエンディングとか流れ出していましたよ? 俺達の脳内では」
具体的には裏拳振り向きで一枚、アトラックナチャとニトクリスの鏡を使うシーンで一枚、真剣白刃取りで一枚、更に折れた偃月刀で一枚。
イメージ的には合計四枚のCGが使われていそうな格好いい超豪華な戦闘だった。
「まぁ、我が主もこれが対ページモンスターでは初めてのまともな戦いだからな。あれほど順調に戦えたという事実に、実感が湧かないのだろう」
「蜘蛛の時は明らかに激昂してたもんなー」
「そういうもんか?」
アルアジフと美鳥のフォローにまだ納得しない大十字。
「いいじゃないですか、そんなものという事にしておけば。腹が膨れりゃ気にならなくなりますって。せっかく綺麗に勝ったんですから、ぱーっと騒いで忘れましょう。今時間なら店も空いてるでしょうし」
「そう、だな。なぁ、今から行く店って、ライスおかわり自由だったりするか?」
まだ少しひっかかっているようだが、大十字の意識は先の戦闘ではなくこの後の食事に向き直ったようだ。
表情も少し明るくなった大十字を先導し、ゆっくりと焼き肉屋へと足を進める。
「確か、何故か漬物の一部は取り放題だったきがするなー。あそこの沢庵とサラダがまたイケるんだよ」
「ほうほう」
堪らなさそうにくぅーと唸る美鳥に、アルアジフが興味深げに何度も頷いている。
話しの展開の都合もあるんだろうけど、改めて考えると書物が焼き肉屋にいってサラダバー利用するとか珍妙な光景だよなぁ。
「あそこの沢庵は黄色の着色料と保存料べったりですからね。サラダのドレッシングはほら、少し前に化学物質の分量ミスで話題になった所の……」
歩く速度を緩めて大十字の隣に並び、耳元に口を寄せて小さく注意を促しておく。
「大丈夫大丈夫、普段はバリバリの自然食だからさ、偶にならそういう怪しいの食っても」
「いえ、店内で食べ放題でもタッパに詰めて持ち帰ると通報されるので、その注意を」
科学物質とか使ってると長期保存が効くとか考えてそうだし。
食い放題で肉の持ち帰りを防ぐ焼肉Gメン(この場合ウェイトレスかウェイター)はサラダの盗難にだって目を光らせているのだ。
貧乏性は直って無さそうだし、かといってここで通報されて覇道財閥から悪印象を貰うのは頂けない。
「あっはっは! ……おい卓也、私が何言われても怒らないと思ったら大間違いだぞ」
肩に腕を回され、大十字とは反対側の耳をギリギリと力強く引っ張られる。
「先輩、これ、俺か美鳥で無ければ、耳がどうにかなってると思いますよ?」
「そうかそうか、私は修行中に何度も全身どうにかなってるけどなぁ?」
此方の耳を摘まむ大十字の指の力が余計に強くなった。
このままでは千切れてしまう、という訳でも無いのだが、あまりくっ付かれても暑苦しい。
むしろここまで接触している所を人に見られたくない。
姉さんに誤解される事は無いにしても、後々姉さんにからかわれる材料になりそうだし。
とりあえず、耳を摘まむ、というアクションをさせない方向性で行く事にしよう。
「……胸、また前より大きくなってません?」
ごちん、と、頭の上にゲンコツが落とされ、ようやく俺の耳は大十字の指から解放され、押し当てられていた胸も遠ざかった。
勿論俺の頭部は無傷。代わりに、ゲンコツを落とした大十字は俺の肩を解放した腕で胸を庇いながら、涙目で拳をさすっている。
「変態、エロスめ」
そんな非難がましい視線を向けられても。
涙目で言えば正当化されるってもんじゃないんだから。
「先に当ててきたのは先輩でしょう。だいたい、先輩も女の子なんですから、もっと慎みを持ってですね……」
「ほらー、じゃれあってないで早く行こうぜー!」
少し離れた場所から美鳥が手を振っている。
大十字と遊んでいる間に、少し置いてかれてしまっていたようだ。
俺は未だに不満そうな大十字を見て、溜息を吐く。
「わかりました。お持ち帰り用のメニューも奢りますから、今日の所はそれで機嫌を直してください」
「いいよ別に、何時もの事だし、後輩に奢られっぱなしってのも癪だしな。今日は私が奢──」
「それ以上はいけません。その言葉を口にしたら、きっと世界法則が捩子曲がって人類は滅亡します」
大十字が、大十字が飯を奢るなどと……恐ろしい!
まさか俺の知らないTS周独自のスラングで、野良猫を捕獲して食用肉に加工する事を『奢る』と言うのではないかと邪推してしまうではないか。
大体、おごりはおごりでも驕り高ぶるのはこないだ蜘蛛相手にやって充分懲りたところだろうに。
「うん、焼肉は喰い終わるまでに時間かかるし、今日はゆっくりと話し合わないか? 主に私のイメージとかに付いて」
引き攣った笑顔で額に青筋を浮かべた大十字と談笑しつつ、俺は美鳥に追い付くために少しだけ歩く速度を速めるのであった。
―――――――――――――――――――
逢魔ヶ刻は近い。
魔の為の刻は近い。
街を染める黄昏。血の様な黄昏。
血染めの空こそ彼女には相応しい。
空を貫く摩天楼。
その先端に、静かに佇む其の姿。
斑のある黒に染められた和服に帯と袴、頭部を残らず隠す深編笠。
黄昏の中に深く沈みこむ黒衣の侍。
編笠の奥に隠れた侍の瞳が眼下の街を見渡す。
視界に収まる、人、人、人。
明日に希望を抱く人の群れ、今日の終わりに焦る人の群れ、何かを考える暇も無く、ただ忙しなく日々を生きる人の群れ。
その日常を、追われるがままに駆けるしかない、しかし平穏な時間を、何時までも永遠に続くと、途絶える事など有り得ないと信じる人の群れ。
──ここも、日の本と変わりはしない。
彼女は軽く頭を振り、それきり街を見下ろす事を止めた。
あそこにあるのは、最早自分とは二度と交わる事の無い人間の営み。
何時しか違和感しか覚え無くなっていた、平穏の──停滞の日々、無為の時間。
背に負う漠然とした何かを拭い去る為に捨ててきた単なる過去。
無くした事を悔やむ事は無かった。
ただ忌まわしきは、棄てて、得て、それでも変わらぬこの違和。
我が身を苛む病根。
あの人の群れの中には、少なくとも答えが存在しない事は、誰に言われるまでも無く理解していた。
故に、眼下のそれらに対して、関心を抱く事が出来ずにいる。
「相変わらず、不景気そうな顔ねぇ、ティトゥスちゃん?」
忽然と。
まるで最初からそこに居たかの様に、それは姿を現した。
それは、電極を生やした頭に、斜めに引っかける様にして道化師の面を乗せた少女。
袖が幾つもある手術着を着た躰を、少女の体躯には大きすぎる白衣ですっぽりと包みこんでいる。
黒の侍は白衣の少女に一瞥をくれる事も無く、笠の下で視線を何処に向けているか悟らせず、言葉を紡ぐ。
「今回の共同作戦、誰が来るかと思っていたが、矢張りお主が出てきたか、ティベリウス。しかし、『逆十字』を一度に二人も投入するとは……」
静かに頭を振るティトゥス。
「別に良いじゃない、大導師様の派手好き演出好きは今に始まった事でもないでしょ? そのお陰で、私達も好き勝手暴れられるんだからぁ」
けらけらと、上品そうな少女の顔に似合わぬ品の無い笑い声を上げるティベリウス。
ティトゥスはそんなティベリウスに対し不快感を抱くも、その言葉を諌める事も、好き勝手するという事を否定する事もしない。
「『汝の欲するところを行え』か──お主の『欲するところ』を行われる者からすれば、堪ったものでは無いのだろうが」
「で、それを見逃すのも、眺めるのも、ティトゥスちゃんの『欲するところ』なのね。サムライ気取ってる割りに、良い趣味してるわよねぇ…………重ねちゃってる?」
ティベリウスの言葉に、今まで無感動に受け答えしていたティトゥスの殺気が膨れ上がる。
「いやはや、相変わらず血に飢えているね? ああ、どちらかといえば、血が滾っているのかな、アンチクロスのお歴々は」
一触即発の空気を意にも介さず、二人の頭上から降りてくる陽気な声。
そこには白々しい程に清潔な純白の翼を広げる、白い機械天使の姿。
「アラ、なあにメタトロン、またママのお使い?」
「まさかまさか、そんな訳は無いさ。今度の任務は大導師直々に貴女方に託されたモノ、私如きが出る幕などありますまい」
「相変わらず、本当にママに似て胡散臭いわねぇ」
ひらひらと掌を向けて手を振り否定しながら、白い翼を畳み二人の間に音も無く舞い降りる。
「貴女方にとって久方ぶりの檜舞台、はしゃぐのも無理からぬもの。……と、思っていたのだが」
メタトロンがティトゥスへと視線を向ける。
視線を向けられたティトゥスは既にティベリウスに向けていた殺気も収まり、落ち付いた様子で構えている。
完全な自然体。平静。
「それほど気のりしている訳でも無いご様子で」
苦笑交じりのメタトロンの言葉の通り。
ティトゥスは今回の大導師直々に下された任務に対し、興味を抱いていない。
だが、それは彼女にとって別段珍しい事でも無いのだ。
「ティトゥスちゃんはいっつもこんな感じだもの」
ティベリウスの言葉に、ティトゥスはふんと鼻を鳴らす。
「相手に優れた武人が居るのであればともかく、な。真新しい光景もありそうで無し」
「あいや、歯ごたえのある相手は居るかもしれないね。何しろ、あちら側には鳴無兄妹が付いている」
場の空気が硬質化した。
メタトロンの言葉を合図に、ティトゥスから発せられる気の質が変わったのだ。
が、同じ逆十字の一人であるティベリウスは気にした風も無い。
「あらやだ、もしかしてそれって、大導師様からの直々の任務ってヤツ?」
「恐らくはそうでしょうな」
楽しげなティベリウスとメタトロンの声。
大導師が何を企んで鳴無兄妹をマスターオブネクロノミコンに同道させているかは知らない。
が、あえてそれに乗る。
そう考える事の出来る酔狂さこそが、あるいは逆十字の証なのか。
「白の天使よ」
ティトゥスは腰に帯びた刀の柄に手をやり、メタトロンに問いを投げる。
「万が一、これから向かう覇道邸の中で彼奴等と出会ったのならば……?」
喜色の浮かぶティトゥスの声。
ティベリウスが興味深げな視線を向けるのも気にせず、ティトゥスは答えを待つ。
「汝の欲するところを行え。そういうもの、そういうものさ」
メタトロンは翼を広げ宙に浮かび、ふわりと天に舞いながら優しい声色で答えた。
「その狂おしいまでの心を、君の思いの丈をぶつけてあげるがいい」
続く
―――――――――――――――――――
ページ回収回だと思った? ざーんねん、ゼリーぶっかけクツグアふらんちぇん繋ぎ回でした!
そんなウザい気風の第六十二話をお届けしました。
ここで前々回のあとがきからダイジェスト!
>次にバルザイの偃月刀のエピソードやって
※やめました。
偃月刀のエピもニトクリスの鏡のエピもTS回じゃ盛りあがらないので省略です。
要所要所やりつつ間に閑話的な物を挟んで進むのが一番違和感が無いかなぁと。
やりたいエピソードだけやってくと、間が飛び飛びになって困るというか。
ところで、頑張れば一週間と少しで一万字程行けると思うのですが、話をイベントの途中で切って早めに投稿するのはありだと思いますか?
例えば前回のアトラック=ナチャの話で、大十字が浚われた辺りで一旦切って『次回に続く』みたいな感じで。
こういう細かいエピソードをまとめた閑話は(文章量で誤魔化す為に)分けられないにしても、一つのエピソードを途中で区切るのは可能だと思うのです。
そこでアンケート。
★元々対して纏まりのある文章でも無いので、別に区切っても良い。
☆馬鹿! 文章量を減らしたら文の質の悪さが浮き彫りになるぞ! 馬鹿な事はやめるんだ!
と、そんな感じでどちらかを選んで頂ければ。
何だかんだで三週間ですよ。
これにはやはり浅い理由がある訳ですが、それはひと先ず置いておきましょう。
集中できる時間なんて、手に入れようとして手に入るものでもありませんしね。
次回次々回次々々回と書く事がハッキリ決まっているので、これから三話分はきっちり二週間隔で投稿できると思います。
『スパロボ予告のカミングスーンって予定は未定って事だよな』程度の気持ちで気長にお待ちいただければ。
それでは、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の改善案、台詞の廻し方などの上達法など諸々のアドバイス、そしてなにより、皆さまの感想を心からお待ちしております。