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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第五十九話「女学生と魔導書」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 21:37
「そんな訳で、今回の失敗……もとい、実験……もとい、びっくりどっきり……もとい、ええと、そう、試作品になるんですが」

何度か言い直し、卓也は籠に入れられた、大きな鉄球の様な物を九郎に手渡した。

「このボーリングの玉が?」

一見して、それは巨大な鉄球か、穴の開いていないボーリングの玉でしかない。
籠に入ったそれをおっかなびっくり撫でまわす九郎。

「それは極めてデリケートな内部の果肉を守る為の皮です」

「そりゃ、生物学的に見りゃそういうのもありなんだろうけど、流石にこれは割れないだろ」

九郎が軽く拳で球体を叩くと、ごつごつとした感触だけが返ってくる。
内部が空洞になっている様な感触すらない。
外殻が異様に堅く、分厚いか、振動を伝わせない構造になっているのかもしれない。
どちらにせよ、一般的な家庭の調理器具で破壊できる様な素材である風には、九郎には感じられなかった。

「それもそうですね。これは捨ててしまいましょう」

卓也もその事を薄々分かっていたのかもしれない。
九郎が抱える籠の取っ手に手を伸ばし、自らの方に引き寄せる。
九郎もそれに抵抗せず、卓也に差し出す様に籠を落ち上げ──

「もったいないけど、仕方がないか。次はもう少し食べやすいのを持ってきてくれると──」

「中身は海老か蟹にも似た味わいの筈なんだけどなー。割れねぇんなら関係ねーよなー」

美鳥の一言で、籠を一瞬にして自らの腕の中に引き戻す。

「──だめじゃないか卓也。食べ物を粗末にしちゃあ」

眉根を寄せ、『めっ』と、人差し指を立てるジェスチャー付きで卓也を注意する九郎。
もう片方の手は、まるで愛しい我が子を抱く母の腕か、誘拐した子供を捕まえる犯罪者の腕の様に、球体の入った籠を抱きかかえている。

「……割るんですか? 言っときますけど、洒落じゃなくてマジで堅いですよ? 斬鉄閃どころか極大雷光剣収束型も通らない強度ですよ?」

「任せてくれって。これでもお前らの先輩なんだ、情けない所は見せらんないだろ?」

困惑する卓也に、九郎は悪戯っぽい笑顔でウインクをしてみせた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

主、曰く。
人はパンのみにて生きるに非ず。
されど、また曰く。
パン無しには生きられず。

「自由とか娯楽とかはいい。メシを食べなければ」

人民に、パンと自由を。
だが人民に自由と娯楽が等しく行き渡ったとしても、それは必ずしも生きる糧を得る事には繋がらない、というのが私の持論だ。
別に、私の政治的主張が真っ赤っかという訳では無い。
自由は勿論欲しいし、娯楽もあるに越したことはないと思う。

しかし、何のかんのと主張した所で、人は結局生きるところから始めねばならず、その為に糧を得る必要がある。
こうして、神の教え、救いを広める教会の前に立つとつくづくそう思い知らされる。
かくいう私も、普段は無神論者を気取っておきながら、生きる都合が付かなくなると途端に神の御膝元へと跪く訳だ。

ああいや、生きる都合がついていない訳じゃあない。
実の所を言えば、ここ一年半程は食べ物に困った事すら無い。
それというのも全て、先輩思いの後輩の支援あればこそ。
毎朝毎昼毎晩、殆ど途切れる事無く食用の野菜、米、パンを食べ、一年だった頃とは比べ物にならないカロリーを摂取していると言っても良い。
まぁ、課外授業やら何やらでそのカロリーは消費されるので、今のところダイエットの心配はしなくていいんだけど。

「リューカさん、居る?」

両開きの大きな木製のドアを開け、礼拝堂の中を見回しながら大きすぎない声で呼びかける。
手には木製の大きな籠に入れられた、先日卓也から貰った黒い球体と、比較的大人しい外見の野菜達。

──日々の糧を得る事に成功し、不自由の無い食生活を送れるようになっても、私はやはり教会に足を運んでいる。
当然、私は信心深い信者という訳でも無いし、定期的に教会に訪れて聖歌を歌う習慣がある訳でも無い。
私が教会に訪れる時というのは、暇な時にガキンチョ達の遊び相手をしてやる時か、この教会のシスターであるリューカさんに頼み事がある時だけ。
我が事ながら、現金な奴だと思う。

「…………」

礼拝堂の中に視線を向けて直ぐに、探していた人物を見つける事に成功した。
礼拝堂の中央、大きな十字架の前に跪き、静かに祈りを捧げる空手着の女性。
組んだ掌を額に当て、眼を伏せて祈る表情からは、何を思って祈っているのか察する事も難しい。
だが、その祈りが真摯なものであるという事だけは良く伝わってくる。

この孤児院を兼ねた教会を治めるシスター、リューカ・クルセイドことリューカさんの朝は早い。
早朝五時少し前には目を覚まし、日課である朝の運動をこなす。
一通りの空手の型稽古を済ませてからの、毎朝毎晩の正拳突き。
千回だとか一万回だとか言っていたけど、空手に詳しくない私でもそれがかなりハードな修行だという事だけは分かる。
これでも一時期はかなり切り詰めた生活をしていたのだ、どの動作がどれほどのカロリーを消費してしまうかは即座に計算できるのだ。

そして、朝の運動──修行が終わって、朝食を作るまでの時間を利用しての、この祈り。
正拳突きを定めた回数こなし、その上で余った時間を利用しているのだけど、祈りの時間は日々増え続けているらしい。
何を祈っているのかと一度聞いた事があるけれど、曖昧に笑って誤魔化されてしまった。

「……」

流石に、こんな時間に訊ねるのは気が早すぎたかもしれない。
食事、ひいては生命活動を維持する事を至上命題にしている私でも、リューカさんのこの時間を侵してはいけないという事くらいは理解できる。
私は手に籠を下げたまま、息を殺して祈りを捧げるリューカさんの背後に立ちつくす。

「…………、待たせてしまったみたいで悪いね、九郎ちゃん」

数分とも十数分とも付かない祈りの時間が終わり、リューカさんが立ち上がり振り返る。
少し癖のある黒髪に、それに似合わぬ穏やかな表情。
此方に向けられたその笑顔に、先ほどの祈りの表情が重なり、どきりとする。
あのお祈りを見た後では、どっちかっていうとこっちが気を使われた様で、

「あ、いや、それほど待った訳でもねぇし、こんな時間に来る私の方に問題があるっていうか……、えと、おはようございます」

申し訳なくなり、ぺこりと頭を下げる。
しどろもどろになりながらの私の弁解と挨拶に、リューカさんは口元に手を当て、クスリと笑った。

「うん、おはよう。でも、珍しいじゃないか、九郎ちゃんがこんな朝早くからここに来るだなんて」

「そんなに珍しいかな、朝は結構顔出してると思ったけど」

「そうだね、丁度朝食が始まる時間になると顔を出しはするけど、朝食の準備もしてない時間に来るのは珍しいんじゃないかな」

「う」

涼しい顔で嫌味を言うリューカさんに、私は言葉を詰まらせる。
私は朝が弱い。大学の課題の他に、卓也に借りた写本を読んだりして夜更かしする事が多いからだ。
お陰で朝起きたら朝食を作る時間も無い事が度々あり、その度にこの教会にお邪魔して朝食のおすそわけをして貰っているのだ。
私のアパートとミスカトニックの中間地点に存在するこの教会は、大学に向かう前に寄るには最適なのである。
朝食を作って食べる時間が無くとも、大学に向かう途中で完成している料理を分けて貰う時間程度はあるからだ。
が、そんな普段とは違い、私は教会に朝早く出向き、普段は持って来ない様な差し入れまで持って来ている。
不審にも程があるだろう。が、ここで引くわけにもいかない。

「なんていうか、今日はちょっとお願いしたい事があって」

言いつつ、黒い球体と野菜が入った籠を差し出す。
実のところ、以前にもリューカさんの所に卓也からの差し入れを持って行った事はある。
が、リューカさんはその野菜達の特異な外見を目にして、普段はしないような困惑の表情を浮かべていた。
最終的には持ってきた野菜のほぼ全てを受け取ってくれたのだが、どうしてか『大豆モドキ』だけはなんのかんのと理由を付けて私に返してきた。
基本的に、リューカさんは心優しいお姉さんだ。友人知人からの差し入れを断る事は無いのだが……。
まぁ、大豆モドキは見た目の色が悪いし、触った時の感触も中の豆が肉に近い感触をしているからか、ぐにっ、として気持悪いので仕方が無い。
なにしろリューカさんは三人の孤児を養っているのだ。
何気に私よりも食べられる野生動物や野草に詳しく、胃腸も恐ろしく強靭なリューカさんならともかく、育ち盛りの子供たちに怪しい作物を食べさせるわけにはいかないのだろう。

「九郎ちゃんが割と普通の野菜を持ってくるなんて珍しいじゃない、か?」

棘や不可思議な色彩を除けばまともな野菜が詰められた籠を受け取り、リューカさんは少し遅れて野菜に埋もれる黒い球体に気が付く。
人間の脳味噌というのは不思議なもので、そこにある違和感が大きすぎると、それを違和感と感じ取る事ができないらしい。
この黒い球体もそうだ。なまじ周囲を野菜で囲んでいるお陰で、野菜の新鮮さを際立たせる為の飾りに見えてしまいかねない。
案の定、リューカさんは黒い球体に首を傾げ、暫くして何かを納得した様な表情で頷いた。

「なるほど、これは腹筋に落として打撃への耐性を付ける為のアレだね。アリスンも喜ぶよ」

「いや確かにそんな感じで使えそうだけども、私はこれ以上アリスンをムキムキにするつもりはないから。ていうかムキムキにしてやるなよ」

確かにボーリングの玉にしか見えないけど。
リューカさんは再び首を傾げ、ぺたぺたと掌で球体を触り続けた。

「まさかとは思うけど、これは食べ物なのかな」

「分かるんですか?」

見た目は明らかに穴の無いボーリングの球でしかなく、食欲を湧き立たせるような要素は欠片も存在してないと思うんだけど。
私の疑問に、リューカさんは拳で軽くコンコンと球体を叩きながら答え、

「触った感触が少し亀の甲羅とかに似ているからね。で、これを割ればいい?」

私が頷くよりも早く、球体に手刀を振り下ろした。
基本的に、空手の、いやさKARATEの達人であるリューカさんの手刀の切れ味はすさまじい。
教会で使用されている暖炉にくべる薪は全てリューカさんが手刀で割っていると言えば分るだろうか。リアル刃物も真っ青な切れ味である。
包丁が折れた時などは料理の際にも使用される。
柔らかい葉物野菜を潰さずに切断できるのは、単純な断ち切る力だけでは無く、その手刀に鋭さが備わっている証でもある。

だが、割れない。
振り下ろされた手刀にゴッ、と鈍い音を立てて跳ね、籠から飛び出す球体。
信徒達が座る長椅子にゴロンと転がった球体はしかし、依然としてその姿を完全なままに保っている。
ありていに言って、傷一つ付いていない。

「…………」

これには流石にリューカさんも驚いたようで、口を開けた少し間抜けな(でも可愛らしく見えるのは美人の特権なのだと思う)表情で呆けている。
しばらく沈黙を続けていたリューカさんが、俯く。
──再び顔を上げたリューカさんは、哂っていた。
その笑顔は透明感があり、純粋で、酷く、凄惨な物に見えた。

「九郎、危ないから、少し離れていてくれないかな。怪我をさせてしまうかもしれない」

「あ、あぁ」

静かな、先ほどまでと何ら変わらない柔らかな口調。
だが、どこか有無を言わさぬ強さを含んだその言葉に、私はただただ素直に頷き、その場から身を引く。
私がある程度距離を取ると、リューカさんの雰囲気が変わった。
三年に渡る修行のお陰で僅かながらに察知できるようになった大気中の字祷子の流れに異変が生じる。

「呼ォォォォ…………」

リューカさんが戦闘時に発する独特の呼気。
あの呼吸法は周囲の字祷子を体内に取り込み循環させる事で力を得る、特殊な気功法の基礎に似たものであるという。
体内を巡る気やオーラ、魔力や霊力などと呼ばれるエナジーを循環させて肉体を強化させる術というのは以外に古い歴史があるらしく、多くの武術において似た技法が伝えられているのだとか。
美鳥が言うには、リューカさんが使うそれは流派毎の特徴を排され、極めてシステマチックなモノとして成立しているらしい。
つまり、無駄が無いのだ。
今リューカさんの体内を循環する字祷子が万一にも漏れ出したなら、この教会程度なら軽く十回は吹き飛んでもおかしくはないだろう。
リューカさんの体内を高速、高圧で循環する字祷子が、リューカさんの癖のある黒髪を獅子の鬣の如く逆立てる。

「──」

呼気が、止まった。
張りつめた空気が朝の教会を満たし、

「綻ッ! 破ァッ!」

次の瞬間、リューカさんは裂帛の気合いと共に、打ちおろし気味に拳を突き出した。
球体に真っ直ぐに突き刺さる拳。
球体が割れるよりも早く、繰り出された拳の余波で長椅子が砕け散り、粉塵と化す。
ステンドグラスから差し込む光が粉塵を照らし、視界を遮る。

「やったか!?」

もうもうと立ち込める粉塵が晴れ、リューカさん渾身の一撃を喰らった球体の姿が露わになる。
其処に存在したのは、やはり球体。
しまった、さっきのでやって無いフラグを立ててしまったか。
だが、そんなアホな事を考える私の目の前で、遂にその球体の表面にうっすらと亀裂が走りだし、

「ふん、他愛の無い」

リューカさんの嘲笑と共に、割れる。
動物の骨の様な断面を見せながら綺麗に左右に割れる球体。
厚さ五センチはあろうかという外殻に守られた果肉が、遂に姿を現す。
無意識のうちに生唾を飲み込み、中身を確認。
分厚い甲殻からは想像も出来ない様な、薄いビニールの個包装。
細長いパッケージの端に記されていたのは懐かしい故郷の文字、『紀文』

「それで、これはどうやって料理すればいいと思う?」

体内の字祷子の循環を止め、普段通りの穏やかな顔に戻ったリューカさんが問う。
私達の目の前には、砕けた長椅子、分厚い甲殻、

「そうだな、サラダにでもしたらば、いいんじゃないかな」

そして、独特の食感のカニかまぼこが、山の様に積まれていた──。

―――――――――――――――――――

つつがなく朝食を終え、三人のガキどもはすぐさまその場から姿を消した。
コリンとジョージが二人してアリスンを両脇からホールドして連れ去ったところから見て、これから昼まで三人で遊ぶのだろう。
アリスンは筋トレと喧嘩に関してはストイックなのだが、こういった場面では女の子二人に引き摺られてしまう辺り、中々不器用な奴だと思う。
……まぁ、あの歳で胸元の空いたスーツを着たり、メイド服を着こなすコリンとジョージの自己主張の強さは半端では無いし、ついつい流されてしまうのも仕方が無いのかもしれない。

「九郎ちゃん、時間は大丈夫?」

「え、ああ、うん。今日は二限からだし」

食器の片づけを手伝い終え、礼拝堂の無事な長椅子の一つの上で寛いでいると、リューカさんに声を掛けられた。
リューカさんは私がミスカトニックに入学して間もない頃からの知り合いだし、私がこの時間に寛げる事を珍しいと考えているのかもしれない。
そう考え、ちらりとリューカさんの方に視線を向ける。

「ふふっ」

リューカさんは最初から私が視線を向ける事を予期していたかのように視線を合わせ、くすりと笑った。
間違いなく私に向けた笑いだと思うのだけど、今の私に笑われるような部分が存在しただろうか。
例えば、服装。今日も今日とて上着の裾から臍を出す程度の事はしている。
が、私にとって臍出しは衣類にかける金を少なくしつつ出来る(布面積の関係で服代が安く上がる)数少ない御洒落だ。これを変える訳にはいかない。
それに、自慢じゃないが、臍出ししてみっともなくなるほど太れた事は無い!

……泣いて無い。絶対泣いて無いからな。

とりあえず気を取り直して椅子から背を起こし、リューカさんの方を向く様に座り直す。

「なんか私、面白い事した?」

「いや、安心したのさ」

「安心?」

首を傾げると、リューカさんが頷いた。
頷きながら私の隣に座るリューカさん。

「だって九郎ちゃん、昔だったらご飯食べてお礼言ったら、直ぐにミサイルみたいな速度で大学に行っていたじゃないか」

「ん……」

言われ、思い出すのは二年ほど前までの自分の生活リズム。
朝起きて大学に行って、一コマ目から一日ぎっしり講義を詰め込んで、家に帰るのは日が沈みきってから。
家に帰ったら一日の講義の内容を復習してノートにまとめ直し、翌日の講義の内容を予習してノートの端に記しておく。
それが終わってからようやく夕食。金と時間の余裕が無い時は抜いた事も多くあった。
そして、次の日大学に持って行く物を纏めてから風呂、身体や髪を洗い終わった頃にはもう眠る時間だ。
だけどここでもう一手間。眠る前に気力を振り絞って、冷蔵庫の中を確認。
食材に余裕があれば適当な物を弁当箱に詰め込んで翌日の昼食を作り、冷蔵庫に入れておく。
ここでようやく就寝。
当然、睡眠時間はギリギリなので朝は大体慌ただしい。
そんな訳で、リューカさんの所で朝飯を貰うのは時間を節約する為だったし、やっぱりリューカさんにも私の動きは慌ただしい物に見えたのだろう。

「あー……、なんつうか、私って怠け始めるとホント駄目なんだよな。ここ二年でそれが良くわかった」

頭を掻きつつ、ここ二年の自分の生活を思い出す。
初めの頃は良かったんだ。
卓也と美鳥が家庭菜園の余りを持ってきてくれるようになったお陰で、食べる物が無いから一日一食、みたいな時期が月の中から消えてくれた。
屑野菜欲しさに屋台のおっちゃんおばちゃんに天下の往来で土下座、いやさアスファルトに覆われた地球に只管ヘッドバットして地球割りに挑戦する必要も無くなったし、保健所に回収される前の動物の礫死体を探しに休日街をうろうろする必要も無い。
食べ物屋の裏のゴミ箱についつい視線を奪われる事が無くなったのもプラスと言えばプラスだ。野犬は痩せ犬でも手強いからな。

でも、その代わりと言ってはなんだけど、私はかなり堕落したと思う。
勿論、今でも勉強や修行をおろそかにしているつもりはない。
これでも入学してからここまで通年で首席を維持しているのだ。
……あくまでも同学年での話だけど、別に他学年と比べる必要性は感じられないのでここでは言及しないでおく。

講義は一週間ぎっしりと詰め込む事はしなくなったし、自分の体調を考えずにとりあえず課外授業があれば出るなんて事もしなくなった。
予習復習にしても、放課後の余暇の時間を使い切るほど微に入り細に内容を確認するのではなく、ぱっと流し見て分からない部分を確認しておくだけに留めてある。
一日勉強漬けでなくなったから体力に余裕が出来て、夜ふかししなければ早起き出来る様にもなった。
そんな感じで一日の時間に余裕ができてしまったから、逆にこういうだらけた部分が表に出てしまった。

「なんだかんだ言って、分相応に生きてくしかないって気付いちゃったんだろうなぁ」

言いつつ、再び長椅子に寝転がる。
正直、陰秘学科の講義なんて、一週間びっしりスケジュールを埋められる程数がある訳でもない。
本当にびっしり詰めようと思ったら『カバディはダンジョンアタックの時の動き方の参考になるから体育の講義を取っておこう』程度のこじつけが必要になってきてしまう。
そして、陰秘学科以外の学科の講義にしても、陰秘学科の講義をまともに受けながらではまともな知識として記憶する事は難しいだろう。
つまり、陰秘学のみを重点的に学ぶのであれば、実は割と余暇の多い大学生活を送る事が可能なのだ。

いや、まぁ、暇だからといって朝っぱらからシスターの所に押し掛けてカニカマ料理作ってもらう理由にはならないか。
これで卓也に切った大見栄も法螺にはならなかった訳だけど、最近は食べたり遊んだりばっかな気もするんだよなぁ。
でも、一年と二年の途中までのきつめのスケジュールの反動で自制がきかないっていうか。
ていうか、本当に最近は卓也に餌付けされ過ぎてて情けないっていうかそこら辺通り越してむしろ違和感が全く無くなってきた事に不安を覚えるっていうか。
……そういや、こないだも古着もらったな。特に抵抗なく受け取っちゃったし。
どうしよう、先輩の示しとか以前に人間的に駄目になりかけてるんじゃないか?

「いいんじゃないかな、それで」

私が最近の行動を振り返り、寝転がったまま頭を抱えて懊悩していると、リューカさんは私の頭の方に座り語りかけてきた。

「最近の九郎ちゃん、初めて会った頃に比べて明るいし、とっつきやすいし、元気があるもの」

「……でも、だらしなくない?」

そう言いかえすと、リューカさんは僅かに悪戯っぽい笑顔で、教会の入口の扉に視線をやりながら答えた。

「面倒を見てくれる人がいるなら、それも悪くはないんじゃない? ほら」

両開きの扉を開き顔を出したのは卓也と美鳥。
手には講義で使うノートや資料が入った薄い鞄を下げている。
講義が始まる前にお祈りをしていくという訳でもないだろうし、もしかしたら私の事を迎えに来たのかもしれない。

「そういうもの?」

視線だけを向けた問いかけに、リューカさんは何かを懐かしむ様な顔で頷いた。

「そういうもの、そういうものさ」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

様々な道具が雑多に詰め込まれた箱を抱え、卓也と並んで講義館の廊下を歩く。
時刻は十時少し前、二コマ目の講義が始まるにはまだ早い時間だ。

「まったく、しっかりしてくださいよ、先輩」

「ごめんごめん、悪かったって、すまねぇ、許せ」

「そんなに言わなくてもいいです。でも、せめて一日前の出来事くらいは覚えておいてください」

そう、昨日の最後の講義の時に、私達は教授に今日の講義の準備の手伝いを言い渡されていた。
別にハイスクールの時のように内申点が上がる訳でも無いけど、教授に頼まれて嫌と面倒だから嫌ですと言える学生もそう居ないだろう。
実際、俺も卓也達も時間は持て余し気味なので、割と快く了承した。

「はぁ……、まさかあの先輩がここまで堕落するなんて」

両手で持っても重い、しかも適当に道具が詰め込まれてる為に非常にバランスの悪い荷物を片手に持ち、卓也は自分の額を掌でぺしりと叩き首を振り溜息を吐く。

そう、快く了承したのだが、私はその事をすっかりと忘れていたのだ。
最近はどうやって黒玉の中のカニとか海老っぽい何かを手に入れるかで悩みっぱなしだったし、気分転換に卓也から貰った材料で料理を作って食べようものなら、食べ終えた時点で満足してしまい、頭が働かなくなってしまう。
温かいお風呂に入って、ホットミルクを飲みながら読書をした後は温かい布団でゆっくりと眠り、朝起きた時点で思ったのは『今日は二コマ目からかー、二度寝してもいいかなー』
次に思いついたのが、『あ、今の時間ならリューカさん時間空いてるだろうし、割って貰えるかも』と来た。
まったく、最近の私ときたら、って。

「……あれ、なんか卓也にも責任の一端がある気がしてきたぞ?」

首をひねる。
いや、喰うに困らないのはこいつのお陰だから恨む筋合いは無いんだけど。

「俺は、先輩にちゃんと栄養取って健康な生活を送って欲しかっただけで、緩いタイムスケジュールに慣れ切って堕落して欲しかったわけじゃないんですけどね」

「冗談だ、冗談。分かってるってそれくらい。それに、なんかへましてもフォロー位はしてくれるんだろ?」

私がとびきりのウインクを飛ばすも、卓也は顔を赤らめもせずにジト目を向けてくる。

「先輩、俺、後輩ですよ? 後輩に生活面でまでフォローさせまくっていいんですか?」

「魔術に関してはお前の方が先輩だろ?」

そこら辺の意識に関してはすでに割り切ってるから、特に劣等感や違和感を感じない。
私の切り返しに、卓也は視線を逸らしもせず即答する。

「でも、先輩は大学じゃ先輩ですよね」

それを言われると弱い。
だけど、卓也と美鳥にフォローさせっぱなしなのも確かだ。
私がこいつらにしてやれる事、か。

「朝、起こしに行ってやろうか?」

「基本的に朝は五時起きっす」

「朝飯作ってやるとか」

「ウチは朝食作る当番も三人持ち回りでして」

こいつ本当に隙が無いな。
でも、こういう話題を美鳥に出すと『じゃ、この木彫りブラビ像二百体全部捌いて来てー。一体五千ドルくらいで』とか無茶振りしてくるから、卓也に振るしかない。ていうかブラビ像ってなんだよ、誰だよ。
でも、卓也は卓也で必要なものは全部自力でどうにかするタイプだから、何をしてやればいいのやら……。
あ、そうだ。

「今度、一緒に飯食いに行こう。私の奢りで」

言った瞬間空気が凍結し完全なる静止状態に。
次の瞬間、近場の講義室全てから、大量の笑い声が響く。
爆笑と言う表現がこれ以上無い程の盛大な笑い声。
因みに、今の一連の会話はさして大きな声でしていた訳でも無いので、講義室の中に聞こえている訳が無い。
今の笑い声は偶然だ。

「先輩の捨て身のボケのお陰で、意図せずして笑いを得る事ができましたね」

卓也の全く他意の無さそうな笑顔。

「いや、今のは偶然だろ」

「でも先輩? 笑わせるのと笑われるのでは決定的な差があるものなんですよ? 主に品位とかの面で。先輩は唯でさえ常時捨て身みたいなもんなんですから、もう少し自分を大切にするべきです」

「聞けよ。つうか……私が奢るのって、そんなに変か?」

ここまで言われると流石に少しへこむ。
卓也の差し入れのお陰で生活に余裕が出てきたから、少しでも還元してやろうと思っただけなんだが。
だけど、卓也は私が本気で言った事を察したのか、直ぐに難しい顔になった。

「先輩が自分から言い出した事ですし、それ自体は問題無いんですけど……、蓮蓮食堂でしょう? 先輩が知ってる店となると」

「ラーメン駄目だったっけ?」

あそこは味が良いだけじゃなく、結構盛りも良いし替え玉も高く無いから割と好きなんだけど。

「いや、個人的に暫くはあそこに近寄りたくないんですよね……。嫌な人が居るもんで」

「ふぅん」

いつもへらへら笑ってるこいつが、『嫌な人が居る』ねぇ。
こいつが嫌な人と言い切る奴ってのも少し気になるけど、それは後回し。今はどうやって借りを返すか……。

「そんな真剣に考えなくてもいいですよ。正直、ダメな先輩にも大分慣れてきたところですし」

「それはそれで私のプライドが許さない」

とりあえず、表情だけでもキリリッと引き締めながら言っておく。

「随分値下がりしてそうですね、プライド」

「どんな人間でも、安いプライドがあれば何とでも戦えるんだろ?」

「ごもっとも。だからって、無手で野犬と戦うのはやめて下さいね。心臓に悪いですから」

「古い話を持ち出すなって。もうあんな無茶はしないさ」

話をしながら、目的の教室へと向かう。
毎度毎度思うのだけど、どうにも大型の機材が据え置きされている教室は場所が極端な気がする。
地下とか最上階とか、時計塔の上の方とか、もう少し利便性を求めても罰は当たらないと思う。

「なんだったら、今度新作映画に付き合って下さいよ。映画代はこっちで出しますから。んで、先輩は弁当を作って持ってくれば丁度いいと思いませんか?」

講義の行われる部屋へと続く階段を登りながらそんな事を言う卓也。

「そんなんでいいのか?」

私の問いに肩を竦めながら言う。

「前々から少し気になってた映画ではあるんですけど、一人で見に行き難いジャンルなんですよね。姉さんや美鳥を誘う程面白そうって訳でも無いですし」

「ジャンルは?」

「時代劇、というか剣劇物と、ラブロマンスですね」

「前者はともかく、後者は似合わねぇな」

「自覚はあります。だから先輩を誘ってるんじゃないですか」

つまり、私に誘われてしぶしぶついて行く、という体で見に行くという算段なんだろう。
こいつ、一人で堂々とスイーツ専門店とか入る癖に、微妙な所で恥じらうよな……。

「そっか、わかった。じゃあ、何時見に行くか決まったら教えてくれよ」

「ええ、その時に忘れて無ければ、と」

話しが纏まったところで、階段の上の方からてしてしてしと足音を立て、うんざりした顔の美鳥が駆け降りてきた。
待たせ過ぎたからだろうか、全体的に気だるげな普段の姿からすると、今は心なしか肩を怒らせている様な気もする。
そういえば、講義室に着いたら着いたで、この箱の中の道具を機材にセットしないといけないんだったか。そこまで換算すると少し時間が足りないかもしれない。
私は先程までの会話を頭から追いやり、降りてくる美鳥を宥める言葉を考えながら階段を上って行くのだった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さてさてさて、朝の時点では履行される可能性が極めて低いお出かけの約束を大十字としたりもしたが、今日はそれ以外では特に変化も無い平凡な一日だった。
ミスカトニック、特に陰秘学科の学生と教授には個性が過剰な連中が多い──むしろ個性が薄い人間が少ない──のだが、その『学び』自体は実に堅実である。
そもそもの前提として、邪神への対抗手段を持つ存在を増やす事が目的とも言えるミスカトニック陰秘学科な訳だが、実戦で鍛える前にある程度の知識は必須なのだ。
小説版のシュリュズベリィ先生の講義を受けていれば嫌でも分かる。
邪神、もしくは邪神の眷属群と戦うには人の力は余りにも脆弱。だからこそ、知識を持ってして武装しなければならない。
敵を知り己を知れば、という奴だろう。

勿論、俺もミスカトニック陰秘学科所属の学生である以上、その例に漏れるものではない。
はっきり言って、俺が在学中の陰秘学科の学生や教授であれば、本人ですら知らない様な体内の機能不全まで知っている。
大十字以外は全員、何度か生きたままバラバラに分解してじっくりと内部を改めたからよく分かる。
やろうと思えば、俺は何のチートも無い状態で彼等を指先一つでダウンさせる事も容易だ。
彼等の心臓が刻む鼓動のリズムまで正確に記憶しているのだ。タイミングを計り、軽い衝撃で心臓を止める事など造作も無い。
そんな訳で、一度分解して中を改めた連中の事は一通り頭に入っており、例えTSしていたとしても、逆十字の連中や教会のガキ共の様な大幅なモデルチェンジが行われていなければ見分ける事ができる。

となると、普段学内に居ない外部からの客などを見れば『ああ、こいつは外の人間だな』と理解できてしまう訳だ。

「美鳥、先輩、なんかすっげぇのが居る」

「うん、なんつうか、アレだよね」

「お前ら、もうチョイ歯に衣着せろ」

美鳥は頷いてくれたが、大十字は俺達を諌めに掛かった。
いや、だってなぁ。

「半ズボンスーツの少年に、ロングスカートのメイドとか、驚くなって方がおかしいですよ」

「ね。なんかこう、ああいう組み合わせは角川的というか、実にマニアックに見せかけてテンプレというか」

なんと表現すればいいのだろうか。
何時もなら奇抜な恰好の陰秘学科の学生が歩いている構内の廊下を、どことなく気取った、良く言えば高貴な雰囲気の少年が、ロングスカートも清楚な美人メイドを連れて歩いている。
見た目の説明が難しい。
服装と雰囲気はマントの無い大十字⑨ザク……もとい九朔で、顔は威厳のある、あるいは威厳を出そうと努力し続ける凛々しい足利邦氏、とでも言えばいいのか。

黒髪短髪の半ズボン美少年が、ロングスカートの黒髪眼鏡メイドを連れて歩いている。
何処に向けて撃っても当たる弾丸である。
男であればメイドに目が向き、女であれば美少年に目が向き、サブカルに精通しているものであれば、その組み合わせに目を向けざるを得ない。
存在感の違い、というのであろうか。
安易にお嬢様と執事、という鉄板の組み合わせでは無いところにもフェチズムを感じる次第である。

コツコツと硬質な音を立ててその二人は俺達の隣を通り過ぎ、階段へと姿を消す。
彼等の足音が聞こえなくなったところで、大きく息を吐く音が廊下に響いた。
見れば大十字が、そのやたら巨大ながら奇乳にはならない芸術的な乳、いやさ胸に手を当てて大きく深呼吸をしている。

「どしたん?」

美鳥が特に気遣う風でも無く、ただ溜息の理由だけを知りたがっている口調で問う。
それに大十字は服の袖で額を拭きながら、どこか疲労した顔で答えた。

「や、なんか金持ちっぽいオーラがしたから、ちょっと呼吸がな」

「そりゃもう心の病気レベルでしょう」

金持ってる奴からは異様なプレッシャーを感じたりするのだろうか。
酸素吸入器とかネルガル製のしか持ってないんだけど、後々差し入れしてやるべきか。

「そうじゃなくて、なんかあって相手の服とか汚したら、弁償できないだろ?」

「確かにあの服の値段考えたら、大十字とか速攻で身売りルートだよな。地下労働施設で公衆便所コースとかもありそうだけど」

ひひひと笑う美鳥の言葉通りの展開を想像してしまったのか、大十字は青ざめたまま苦虫を噛み潰した様な苦い顔になるという器用な芸を見せている。
邪神眷属群を相手にする魔術師見習いといえども、その手の状況にはやはり恐怖心を覚えるらしい。
いや、もしかしたら運悪く、ダンジョンアタック先で女性が『そういう目』に遭わされている場面を目撃してしまったのか。
確かに、集団での無理矢理な性交後というのは中々に記憶に焼き付き易い光景だと思う。
特に性器の形が人間から大きく逸脱している種族とかだと、精液や愛液の匂いの他に血臭に臓物や糞の臭いが混じる時もあるからなぁ。

俺はティベリウスがメイドとかそこらの普通の犠牲者とかを相手にしてる場面くらいしか思い浮かばないが、あれだけでも十分に酷かったし。
俺と美鳥が加わると更にカオスな感じになるんだよなぁ。特に美鳥とか悪乗りし過ぎるきらいがある。
特にロリコンレズの大女の時とか、身体が大きから多少無理してもだいじょぶだよねーみたいなノリでやっちゃったもんだから。
しかも薬まで死なないレベルで限界まで投与しちゃったもんだからさぁ大変。
ああいう状態になると、漏れてくるのはエロとかシモ関係の液体だけじゃ済まなくなるから問題だ。
運悪くティベリウスが浚ってきたタイミングが、大十字とのデート中、食事を終えた後であった為、吐き出された吐瀉物のとか胃液の臭いまで混じり合って……。

と、ここまで考えたものの、少なくとも今の大十字の心配は全くの杞憂である。

「大丈夫ですよ。あの手の高貴さのある金持ちは、一々ショ・ミーンの失敗で騒ぎ立てたり難癖つけて弁償させたりはしないものです」

「本当に? 根拠はあるのか?」

恐怖に僅かに目を潤ませて聞いてくる大十字に、今度は美鳥が答えた。

「金持って無さそうな相手に服一着のクリーニング代を請求するなんてのは、金を儲ける為に金持ちやってるヤクザ染みた連中だけなのさ」

「しかし、金と地位、身分を併せ持つ連中だとそうなり難い。ノブレスオブリージュとか言われる概念がありますからね。身分の低い者、貧困層に無体を働く可能性は」

「低くなる、って訳か」

ホッと胸を撫で下ろす大十字。身分が低いとか貧困層とかには突っ込まないらしい。自覚はあったか。
当然その手は豊かな丘陵、いやさむしろ今思い付いて今命名、その名もニトロ山脈をなぞる形になる為、非常に緩やかな降下線を描く。
なんだこの露骨過ぎる巨乳アピール。男大十字だってズボンの上から股間まさぐっての巨根アピールとかはしなかったぞ。されても困るが。
それはともかく、俺は先の言葉に少し注釈を加えながら頷いた。

「そういうことです。人間の品性の高さは身分の高さと比例する訳では無いので、一概に全ての身分の高い連中がそうだ、なんて言える訳ではありませんが、少なくともあの少年なら、ほぼ間違いなく安全でしょう」

「もしかして有名人か?」

頭に疑問符を浮かべている大十字。

「俺自身詳しく知ってる訳ではありませんけど、割と有名人ですね、多分」

しかし、知らないのも無理はないかもしれない。
実際、新聞や雑誌でも不思議と顔出しの記事は見当たらず、その活動が祖父の偉業と比べるにはどうしても地味に映ってしまうので、人の興味も引き難い。
彼は未だ覇道財閥の付属品扱い、覇道財閥を背負って立っているとは思われていないのだ。
大体、太腿も眩しい半ズボンで記者会見する若き財閥総帥とか、ネタ記事位にしかならない。
そしてネタ記事なんて書こうものなら出版前に覇道財閥が差し押さえて記者はドラム缶カニ風呂決定だろう。

「随分勿体ぶるな、結局あれは誰だったんだ?」

「覇道財閥の現総帥ですよ」

名前は……、元のままだ。
男で瑠璃というのもおかしいけど、それ言ったら大十字だって九郎のままなんだし。
意外とハリーとか来ると思ったんだけど、どうしてか彼の両親は彼の名前を瑠璃と名づけてしまった。
これは仕方の無い事だ。TSメインではない二次創作物でも、TS回では何故か名前に変化なし何てのは珍しい話じゃない。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

「なんでそんなビッグネームが来てるんだよ」

「さぁ? あ、でも確か、アーミティッジ博士は先代の総帥とは懇意にしてたかと。その伝手じゃないですか?」

「そういやアーミティッジの婆さん、『彼とは魔導機関の研究を通しての仲でしか無かったけど……』とか言いながら、何か懐かしむ様な顔してたなー」

「なにそれ超気になる」

美鳥の話に大十字が食いついた。恋バナ好きねぇ。
だけど、俺からすればアーミティッジ博士のひと夏の淡い思い出とかもどうでもいい。心底どうでもいい。

ミスカトニック大学に訪れる覇道瑠璃と執事の人(今はメイドだが)というのは、実の所を言えば時報の一種なのである。
俺と美鳥がループしてから二年と少し頃というタイミングで原作と似た流れが始まる訳だが、これはその開始時期をより短い間隔で教えてくれる。
何を隠そう、彼等は直接ミスカトニックに乗り込み名うての魔術師と魔導書の力を借りようとしているのだ。

そもそも、魔導書と魔術師の巡り合いとはすべからく運命的なものだ。たとえそれが古本屋のワゴンコーナーに置いてある魔導書であったとしても、それを手にする元は最低限、魔導書の力をどうにか引き出せる程度の者が選ばれる。
当然、覇道財閥であってもデモンベインを起動させれるだけの力ある魔導書を手に入れるのは難しい。
そして、原作の様に都合の良い魔道探偵が居ないとなれば、彼等は既に力ある魔導書を持っている人間をスカウトしようとする。極々自然な流れである。

……もっとも、デモンベインを動かせる魔導書ともなればほぼ間違いなく機神招喚の術式を所有する格の高い魔導書。
好き好んで鉄屑(魔導書視点から見れば)の制御装置として組み込まれたがる精霊も居なければ、戦力を低下させる様な魔術師も居よう筈が無い。
彼等の労力は全くの無駄である。

さて本題だ。
彼等が大学を訪れるというのは、原作で言う大十字の事務所を訪れる行為と同一の意味を持つものであり、タイミングもほぼ同じだ。
つまり、このイベントが起きれば、その夜には確実に大十字とアルアジフが出会う、という訳である。
原作ではその前に起きた古本屋イベントだが……、これはあったり無かったり別のイベントになっていたりするので気にする必要はない。

「──で、アーミティッジのBBAは何も言わず、覇道鋼造の唇を颯爽と奪って笑顔で別れるわけさ。……眼尻に涙を溜めた、切なげな笑顔でね」

「はぐ、うぅぅ、アーミティッジの婆さん、アンタ女の私から見てもいい女や……」

美鳥の嘘十五割(半分を嘘だと相手にばらす事を前提に話し、実はこれが真相だったんだというもっともらしいでっち上げの嘘を話の五割分用意している)の昔話を聞いて号泣している大十字を見ながら思う。
大導師には『大十字九郎の味方をせよ』と言われているが、邪神によってしっかりと整えられた彼女の道で、俺はどうやって大十字を補助すればいいのだろうか、と。

「はいどうぞ」

とりあえず、顔面が涙でくしゃくしゃなのでハンカチを貸してやる事にした。
掌で涙を拭う大十字は涙声で『ありがと』と言いながらハンカチを受け取り、流れる様な動作で鼻を噛んだ。
見捨てちゃおうかな、こいつ……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局、講義が終わってからも卓也達に付き合ってあちこちを遊びまわり、二人と別れる頃には日が暮れていた。

「すっかり遅くなっちまったな」

少し前までは真っ赤な夕日が街を照らしていたのだけど、流石に夕陽になってからは日が沈むのも早いものだ。
そういえば、卓也と美鳥はああいう風に夕日が沈む時、度々こんな事を言っていた。

『いいですか先輩。夕陽を見て黄昏ている高校生くらいの赤いバンダナ男を見たら、決して話しかけてはいけませんよ。世界の強制力でポられてしまいますからね』
『あたしらみたいのは大丈夫だろうけど、大十字とかだと結構あぶないしなー。群衆に隠れる様にして遠ざかるのが吉』

辞書や文献を調べても、ポられるという言葉の意味は解らなかったけど、あの妙に腕の立つ二人が気をつけろと言うからには余程危険なものなのだろう。
しかし赤いバンダナの高校生とか、流石にセンスが古過ぎるのではないだろうか。
ていうか、学校に赤いバンダナなんて付けてったら指導室行きじゃないのか?私は日本の高校はしらないけど。

「しっかし、卓也もホントに心配症だよなぁ」

危ない、で思い出したのだが、少し前に卓也に護身用の防犯アイテムを貰ったのを思い出した。
私は女の一人暮らしと言う事で、安いアパートでも比較的治安の良い区域に借りた訳だけど、最近は街全体の治安が悪化し始めている。
ブラックロッジの活動が活発化し始めているとも聞くけれど、そうでなくてもアーカムは普段からスラム周辺はすこぶる治安が悪い。
護身具の一つや二つ持っていた方が安心できるだろうという事で貰ったのだけど……。

「まだ一回も暴漢相手に使って無い辺り、私の運の良さも捨てたもんじゃない、か」

日頃の行いのお陰かな、と思いつつ、日頃の行いを見てくれる神とか地球に居るのか?と考えてしまう魔術師見習いとしての自分の思考に苦笑する。
実際問題、貰った護身用の武器を使う様な状況には陥りたくはない。だって……、

「これじゃなぁ」

懐から、貰った護身用の道具を取り出す。
取りだしたそれにはグリップがあり、銃身があり、トリガーがある。
が、銃口が無く、代わりに小さなレンズがはめ込まれている。
少し前に話題になっていた映画で似た様な物が出てくるらしい、映画は入場料の関係で殆ど見に行けた事は無いのだけど。

一度だけ試し撃ちして、その時は大木が一瞬で消し炭になり、爆発した。
卓也が言うには、テーザー銃よりもレーザー銃、いやさ光線銃の方が好みなのだとか。
確かにテーザーでもレーザーでもない。グネグネ曲がりながら飛び、怪音を発しながら樹全体を痺れさせて焦がして爆発させるものをレーザーとは言わない。
勿論、こんなもの人に向けて撃ったら即死するに決まっている。
ジョークで作ったようなアイテムだから、そこまで殺傷能力は無いとか言っていたけど、間違いなく嘘か、もしく卓也の感性がおかしいのだろう。
私は殺人犯になりたくはない。

まぁ、本当にどうしようも無くなった時には使うしか無いだろうけど、そんな事態がそうそう起きる筈も無い。
日々是平穏。なべて世は事も無し、だ。
さぁ、さっさと家に戻って、大豆モドキを入れたカレーでも作ろう!

「……退け! 避けるのだ!」

ん? どこからともなく叫び声が。
周囲を見渡す。が、どこにもそれらしき人はいない。
ふと、脳裏によぎったのは、美鳥の言葉。
『声が聞こえる→周囲に誰も居ない→上から降ってくる→直撃したらヒロイン。これ業界じゃ常識ね。テストにも出る』
テストには出ないけどな。
しかしなるほど、上か。

「さっさと避けろと言っておる! うつけがぁぁぁぁぁ!」

言われなくても分かってるって。
何しろ私は学生、しかもエリート。学業が本分だし、誰かと付き合うつもりはない。
勉強や修行をしながら誰かと恋人になれるほど器用に生きていけるとも思っていない。
カバディと訓練で鍛えたステップでその場から軽く後ろへ跳ぶ。
すると、予測通り上から、地面に向けて声の主と思しき人影が落ちてきた。

「痛ぅ……」

目の前に落ちてきた透明感のある白い肌の少女を見て、ちらりと上を見る。
この通りに面した窓は閉め切られている。窓が閉められた音も聞いていない。
ついでに、見れば分かるが、非常階段の類も無い。
……となると、この少女は五階はあるだろうビルの屋上から落下して、尻からアスファルトの地面に落ちたにも関わらず『痛ぅ』で済ましてしまっている事になるのだろうか。
怪異の類か、とも思ったけど、そこまで禍々しい雰囲気も無いし、邪神眷属とかその場限りの良く分からない怪異にありがちな違和感も感じられない。

少しして、少女と目が合う。
翡翠色の神秘的な輝きを宿した瞳は、この世の常なるモノとは少し離れた、良く言えば神秘的に写る。
歳の頃は十歳から十代前半の何処か、といった感じだろうか。
女性としての成熟は無いに等しく、女性としての丸さや柔らかさよりも、子供特有の骨っぽさがある。
が、しかし、そんな女性らしさがあまり感じられない身体に見合わない蟲惑的な印象も受ける。
赤いリボンが緩く巻きつけられた、腰まで届くサラサラと触り心地の良さそうな銀の髪からは、どこか背徳的な色香を漂わせている。

……ああ、若いんだなぁ。
なんだか羨ましい。私も中学とかの頃、少しはあんな感じだっただろうか。
あの頃は親父が死んですぐで、母さんに迷惑をかけないようにと無理矢理にでも溌剌と生きていた気がする。
更に少女を見る。肌の艶も良い。あれきっと、スキンケアとかしなくても全然平気なんだろうなぁ。
別に、私だってそこまで歳を取ってる訳じゃないんだけどさ、より優れた者に羨み妬みの感情を向けてしまうのも人間っていうか、なぁ?

お人形さんの様な少女を少しだけ羨んでいると、少女の眦が見る見るうちに吊りあがっていくのがわかった。

「こ、こ、こ、こんの、うつけが! 道端でぼうっと突っ立っているでないわ!」

うわぁ、メッチャ口悪い……。
あれだ、私も見た目には自信があるけど中身は無精だし運命的に貧乏だし、美人や美少女ってのはどこかしらで外見分のプラスをマイナスで補填するのかもしれない。

「いや、流石に普通に街を歩いてて空から人が降ってくるとか想定できないって。ぶつからなかっただけでも良しとしてくれよ」

弁明し、気付く。流石に女の子を道路に座りっぱなしにさせるのは不味いか。
私は未だ尻もちついて倒れている少女に手を貸そうとした。
その時である。
狭い路地にものすごいスピードでリムジンが滑り込み、私達の目の前で急停止した。
そして、そのリムジンの中から、ぞろぞろと覆面にスーツの女たちが現れたではないか。
魔術的な意味を含み、しかしそれを考慮してもなお怪しさと妖しさが化学変化して爆発事故を起こした様な、一周回って普通に不審者全開なその覆面。
そして覆面の上から帽子を被る独特のセンス。この街で彼等を知らない者は居ない。

「『ブラックロッジ』?! なんで……!」

「ちぃ、汝のせいで追いつかれたではないか!」

覆面女たちは全て機関銃を構え、銃口を此方に向けている。
冗談じゃない。なんだこの状況は!
私の頭は少女を庇おうかと思い、しかし次の瞬間、身体はとっさに懐から光線銃を取り出し、覆面達目掛けて発砲していた。
此方に向けて放たれた僅かな銃弾は運良く命中する事も無く、此方の光線銃から放たれた怪光線はその軌道をねじくれさせながらも、逸れる事無く覆面達に命中した。

「あばばばばばばっばばばばばばばば」

「しびびびびびびびびっびび」

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「おほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ♪」

少しだけおかしな悲鳴も交っていた気もするが、覆面達は一人残らず黒焦げになり、その場に倒れ伏し、煙を上げながらぴくぴくと痙攣している。
……覆面達の背後にあるリムジンは灰になっているのに、覆面達は一応生きているようだ。
そういえば、ようやく『てかげん』を武器に詰められるようになったとか言っていたけど、もしかしたらそれが作用しているのかもしれない。
これなら気兼ね無く人に向けられる。ガンスピンが出来る構造じゃないのが残念だけど。
懐に銃を仕舞いながら振り向くと、少女は吊りあがっていた目を元に戻し、此方を探る様な視線で見つめていた。

「汝、もしや魔術師か?」

問われ、少し考えてから私はなるほど、と納得した。
先の銃による攻撃、あれは一見して魔術的な攻撃に見えるのかもしれない。
いや、私自信この銃の構造を良く知らないから、本当に魔術的な要素を含んでいるのかもしれない。
そして、不可思議な物を見て魔術と思うこの少女。
さっきの屋上からの落下で無傷だった事を踏まえて考えるに、この少女の方こそ魔術師なのだろう。
よくよく見れば、少女の背後には本を羽根の形に形成した様な、良く分からない何かがふわふわと浮かんでいる。
これも魔術装置の一種か? 実習ではこんな可愛らしい魔術的アーティファクトを見た事は無い。
雰囲気が近いものと言えば、卓也と美鳥が見せてくれた人形劇の人形だろうか。

「いや、妾は……」

少女の返答は、しかし唐突に鳴り響き出した爆音にも似たギターの不協和音と、けたたましく響くクラクション、悲鳴の様なタイヤのすれる音とエンジンの奏でる重低音に遮られた。
少女の声を遮った闖入者は二千ccはあろうかという超重量級のモンスターバイクと、それに跨った奇妙な女。

「ヘーイ! そこな珍妙なファッションの若者っ! 大人しくそこな幼女を我輩に渡すのであるっ!」

ぴったりと身体に張り付きボディラインを隠さないボディスーツに、裏地がピンクと灰色のチェックの白衣。
真緑どころか蛍光グリーンにも見えるド派手な髪色に、それを縁取る先端だけの脱色。
跨っていたバイクから半ば立ち上がり、背に負っていたギターを狂ったように掻きならし、眼や口の端から液体をまき散らしている。
顔の造形は整っているし、間違いなく美人なのだが──

(なんか、可哀想な人が出てきた……)

病状の強弱を問わなければ、この手の狂人は、アーカムのスラムを探せば結構居る。
この手の輩に出会った時の対応は一つ、関わり合いにならず、眼を逸らし、そそくさとその場を離れる事。
なのだが、今目の前に居るそれは一際強烈。
人は一体、どんな人生を歩めばそこまでおかしな人格を得る事が出来るのだろうかとふと疑問に思ってしまうレベルの、一目見ただけで分かる異常性。
同じ女としてついつい同情してしまいそうになる。
言動と行動と恰好の全ての異常さを無視して、背後の少女を明け渡してしまいたくなるレベル。
こんな事を考えている辺り、あまりにもいっぺんに色々と起きたせいで、私の思考回路はマヒしていたのだろう。
ついつい、目の前のアレな人に声をかけてしまっていた。

「あの、人生って色々あって大変ですけど……強く生きてください」

余りにも余りだったので、ついつい敬語まで出てしまった。

「な、ななななななななななななぁぁにを唐突に憐れんでいるのであるかぁ!」

白衣の女は唯でさえ笑い過ぎて限界まで歪んでいた顔を更に怒りと驚愕に歪め、より一層ギターを激しく掻き鳴らす。
全身を使い荒ぶりながら奏でられる激音は相変わらずの不協和音だが、どこか怒りや悲しみを表現している様にも聞こえる。

「この天才、大天才、いやいや一億年に一度あるか無いかの、奇跡の天才科学者たる吾輩、ドクターウエストを憐れむなどと!」

ギターを掻き鳴らす手は止めず、表情を引き締める白衣の女。

「なななななな、何たる無知! 無知とは罪! 無知とは非劇!」

白衣の女性はギターを掻き鳴らしつつも、先ほどまでの狂った表情からは想像もつかない様な苦悩の表情で語り続ける。

「悲しみと絶望に彩られた君の人生は喩えるならば、この手のひらに舞い降りた儚い淡雪……雪が全てを白く埋め尽くす……私の悲しみも何もかも……ゴゴゴゴゴゴゴ」

極自然な流れで女性のポエムタイムに入っていたが、様子がおかしい。
ゴゴゴゴゴ?

「何? 何が起こったの? 雪崩!? ギャー!」

真顔が崩れ去り、精神病患者の様な狂った笑みで女性が絶叫する。
──やべ、この人可哀想な人じゃなくて○○○○だ。しかもかなり危険なレベルの。
嫌なのに絡まれちゃったなぁ、どうしよ?
そんな私の後悔もよそに、目の前の【検閲削除】はますますヒートアップし始めていた。

「とまれ、どうしても吾輩の邪魔をするというのならば、死して吾輩と『ブラックロッジ』の糧になるがモアベターな選択と言えよう!」

あ、やっぱりブラックロッジの関係者なのか。
頭と行動のアレさ加減からして、ブラックロッジのベンツを追いかけて格好よく登場しようとした全く関係無い一般人って事もあるかと思ってたけど。

「貴様の死を乗り越え、我輩はまた一つ大人になる! さらば少年時代! 一夏の淡い思ノォォォォォォォォッ!!」

何か喚きながらギターケースを担ぎ始めたので、先手を打って光線銃を抜き撃ち。
光線は○○○○ではなくギターケースを直撃。
すると何故かギターケースは恐ろしい程の勢いで爆発し、○○○○は爆発に巻き込まれて吹き飛んで、って、
これ、この距離だと私まで巻き込まれねぇ?
血の気が引く。
流石に天下のミスカトニック大学陰秘学科といえども、至近距離で遮蔽物も無しに爆発が起きた時の対処法など教えてはくれない。

脳裏に走馬灯が浮かぶ。
アメリカに渡ってきたこと、父の葬儀、貧しくても母と一緒なら楽しかった高校までの生活、天涯孤独に我が身に途方に暮れた夕暮れの六畳一間。
ミスカトニック入学式、初めてシュリュズベリィ先生に会った時の事、初めての課外授業でシュリュズベリィ先生の隣に、ふりふりひらひらのふくをきたおひげのおじいちゃんが──

「ぼさっとしているでないわ!」

「え?」

思い出してはいけない何かを思い出しそうになった次の瞬間、少女の声と共に襟首を掴まれ、私は天高く跳び上がっていた。
爆炎から逃れた訳では無い。とび上がるよりも早く下からは炙られているが、不思議と熱は感じない。
何かの陣が刻まれた半透明な壁が炎を防いでいる。エルダーサイン?
襟首を掴んでいるのは少女の細くしなやかな指。
私と少女は爆発の届かない、ビルを挟んで一つ向こうの通りに無事着地した。
襟首を放され、少女と再び向かい合う。

「助かったぁ」

安堵の溜息を吐くと、少女が呆れた様な表情で口を開く。

「まったく、思い切りは良いが、もう少し考えてから行動せい」

「わ、悪い」

少女に謝罪しながら、ふと気付く。
少女の顔色が悪い。良く見れば身体中から冷汗を噴き出しているのが分かる。

「ちょ、大丈夫か? なんか滅茶苦茶調子悪そうじゃないか」

「……術者無しで、少し無茶をし過ぎたからな。構成を維持できなくなる程では無いが……。いや、アイオーンを失うという無様を晒したにしては上出来過ぎるか、ふふっ」

自嘲気味に笑う少女の言葉を考える。
ここまでの少女のセリフの中に、断片的にではあるが少女が何者であるかという疑問への答えがある気がする。
ブラックロッジに追われているという事と、魔術を行使している部分から考えれば、魔術師という可能性が一番高い。
だけど、それにしては少し言動に違和感がある。さっきも自分が魔術師である事を否定しかけていなかったか?

……いや、それよりもまずは少女の体調だ。
ブラックロッジに狙われているのなら、下手に病院に運び込む訳にはいかないだろう。
病院ごと標的にされかねない。
少女の体調を見る事が出来て、なおかつブラックロッジもどうにか誤魔化せる場所といえば……、

「そうだ、近くに知り合いの家がある。あいつらなら治癒魔術も使えた筈だから、とりあえずは其処に行こう」

私の言葉に、体調の悪そうな少女は怪訝そうに私をじぃっと見つめ始める。

「汝、魔術師に知り合いが居るのか?」

「ああ、私も見習い魔術師だけど、あいつらならなんとか」

強い視線に、私は台詞を途切れさせられた。
翡翠色の、吸いこまれるような神秘的な色の瞳が私を見つめている。
逸らす事が許されない様な真っ直ぐな、覗きこむ様な視線を向けたまま、少女は口を開いた。

「……なるほど、薄いが、暗い闇の気配がするな」

薄いのか。そりゃ薄いよな。

「未だに魔導書の一冊も所持していない半端者だし、あんたみたいな本職の魔術師とかとは比べ物にならないのは仕方が無いだろ」

ま、他の学生は魔導書の所持自体許されている方が少ない訳だし、魔導書そのものが無くても魔導書の所持を許可されている分だけ、まだましなのかもしれないが。

「いや、妾は魔術師ではない」

「魔術師じゃないって……、あんな真似が出来るのは魔術師以外……」

魔術を使っておいて魔術師でないなんて……、とも思ったが、口にしてからふと後輩の事を思い出した。
そういえば、卓也は農家、美鳥は雑貨屋のアルバイトに帰属意識があるとか言っていた気がする。
……映画や小説、漫画に出てくるフィクションとしての魔法ならいざ知らず、様々な修行の果てに多くの危険を伴い魔術を行使するリアル魔術師の癖に本業が別というのも贅沢な話だとは思うけど、決してあり得ない話ではないのかもしれない。

「そうか……、魔術の修業はしているが、見習いだから書を持っていないと。それは僥倖。見た所素質もかなりのものを秘めておる。追われる先でここまで都合のいい相手が見つかるというのも、なにやら都合が良すぎて作為を感じるが、仕方あるまい」

色々考えて自分を納得させていると、少女は一人でぶつぶつと何事か呟きながら頷いていた。私のツッコミにリアクションを取った雰囲気は欠片も無い。
どうにも今日は置いてきぼりにされ気味というか、スルー力の強い相手との会話が多いというか。

「あー、もうちょい私にも理解できるように話して貰えないか……?」

何故追われていたのか、少女が何者なのかという疑問について説明を求めようとした、その時。
耳が痛くなる爆音じみたギターの音色。
聞こえる筈の無い音が、バイクのエンジン音すら掻き消して耳に届いてきた。
嫌な予感しかしない。

「ふひははははははははははははは! たかだか凡人の卑劣な不意打ち程度で、この! 大! 天! 才! たる我輩ドクタァァァァァァァァ・ウェェェェェェェストッッッ! をどうにかするのは、インポッ! シブゥなのである!」

そして、私の嫌な予感は外れた事が無い。
振り向くと、隣の通りからまたもや大型バイクにまたがった、少し焦げただけで相変わらずアレな女が。
とりあえず一言言いたい。変な所で切るな。

「さぁあっ! 己の愚劣さ加減と無力さ加減を絶妙な匙加減でミックスされた後悔に涙しつつ、神妙に縛に付けい!」

「……確かに、今だけでこれまでの人生の最後悔記録を塗り替え続けてる気はするな」

キチな人は台詞の途中も途切れさせなかったギターを一際強く掻き鳴らすと、大きく仰け反った大仰なポーズで指差す。
それに合わせる様にして、同じく滑り込むように路地に侵入してきた数台のベンツから覆面達がわらわらと湧き出し、銃口を向ける。
反射的に懐に手を突っ込み、銃を探し──見つけられない。
血の気が引く。どうやらさっきビルを飛び越えた時に取り落としてしまったらしい。
ああ、こんな時に私の左腕が心でトリガーを引く日本の鍛冶師製作の精神力を破壊力に変換して打ち出す銃だったら! 町尾進ー♪ って歌ってる場合じゃねぇ!

「時に人間、汝、名は何と申す?」

だが、そんな絶体絶命な状況に構いもせず少女は呑気にそう訪ねてきた。

「こんな時になんなんだよアンタは!? つうか、魔術師ならこの状況をなんか便利な魔術でなんとかしてくれ! このままじゃ二人仲良く蜂の巣だぜ!?」

「良いから答えよ、人間。名前は大切な事だ」

そんな私達のやり取りを余裕たっぷりに眺めていた白衣の女は、手を私達の方に振り下ろし覆面達に指示を出す。

「『本』さえ回収できれば良い! やってしまうがいい!」

ああああ! もう駄目か、無理なのか!?
残念なことに私の冒険はここで終わってしまうのか! 次回作にご期待下さいという名の打ち切りエンドなのか!?

「答えよ! 人間!」

テンパる私に尚も名を問い続ける少女。

「…………ああああああああ、もうっ! 九郎、大十字九郎だよこの馬鹿っ! 男みたいな名前で悪かったな! 書も持ってない実戦も碌すっぽ積んでない見習い魔術師の大学生だ! こんな状況どうにもできねぇからな! 畜生!」

やけくそ気味に答えると、少女がその両腕で私の頭を目の前に引き寄せた。
儚さすら感じる柔らかな感触。
重なり合う唇と唇。
その瞬間、私達は眩い光に包まれた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

家で大人しくしてると思った?
残念でした、自宅に居るけど、家族全員で現場を出歯亀中だよ!

「ループの中で幾度となく繰り返されてきた光景な訳だが」

因みに現地の映像は透視しながらの千里眼で映像を、エーテルの振動をアーカム中にばら撒いた俺の端末に拾わせて音を拾い、大画面のプラズマ液晶テレビに投影している。
そして、今まさに俺達の目の前でTS大十字がTSアルアジフと契約を結んだ。

「互いの性別が入れ替わってるから、別に何もおかしな処は無い筈なのにねぇ」

うふふと笑いながら姉さんは頬に掌を当てて溜息を吐く。
いやまぁ、少年と化している筈のアルアジフの服装が元のアルアジフと同じひらひらドレスである事をおかしな事とカウントしなければ、姉ショタという鉄板の組み合わせな訳だけど。

「あれだ、事情を知らない人が見れば『キマシ』とか叫んじゃいそうな光景だぁね」

「大十字はお姉さまって柄じゃないけどな」

「今の流れだと、妹の方が攻めって感じがするものね」

となると、ショタに責められる女子大生な訳か……。
大十字も随分とマニアックな属性持ちになったもんだ。
以前はロリも行けるけど、ちゃんと金髪ボインにも黒髪並乳にも反応する極ノーマルなエロロリコンだったのに。
いや、待てよ?

「そうなると、本番行為を行う時には属性が反転して、ショタに繋がってるとこを見せつけたり、神酒もどきの媚薬を口の中で生成して口移しで呑ませたりする弩変態になるのか」

「通報する?」

「いや、俺は大十字を信じるよ。期限付きで」

姉さんが携帯片手に訪ねてくるが、未だ大十字は行為に及んでいない。
上手い事アルアジフ以外の誰かとくっ付いてくれれば強気攻めでは無くなる筈なので、同じショタ気味でも割と強気に出れそうな瑠璃坊ちゃんに期待する事にしよう。

「お、破壊ロボ来た」

画面から視線を外している隙に、ドクターが破壊ロボに乗り込む処まで状況は進んでいた。
大画面に映るのは、超高画質で繰り広げられる一大スペクタクル映像。
銃や砲やドリルの付いた全長80メートルはある超弩級のドラム缶が、大都市アーカムの摩天楼を軽々と打ち砕く光景は、正に無敵ロボの名に相応しい三面六臂の大活躍。
都心復興をプレイする時は苛立ちしか感じない機体だが、こうして好き勝手暴れてる場面を見せつけられると心にグッと来るものが在るではないか。

「よぉし、ロボ! 街のシンボルである時計塔を破壊するんだ!」

「そういや何故か壊れないよね、大学ともども」

「そりゃ、流石にミスカトニック周辺にロボの秘密の発進基地は作れないもの」

なるほど、道理だ。
因みに、壊れないミスカトニック大学バグの解決法として、アメリカ大陸毎破壊する、もしくは地球毎破壊するなどが挙げられる。ソースは俺。
ただし、ラスボスとしてシュリュズベリィ先生駆るアンブロシウスが本気で殺しに掛かってくるので、最低限暴君レベルの戦闘能力と鬼械神が必要となるので素人にはお勧めできない。

そんな会話をしている間にも快進撃を続ける僕等の破壊ロボ。

「やっふぅ! ジョンソンの古道具屋がぺしゃんこだぁ!」

ソファから跳び上がる美鳥。
前にガラクタ押し付けられそうになったからって、人の不幸を笑うとかお前。
と、画面の中では破壊ロボが進行方向を少しづつずらし始める。
アルアジフと契約した大十字を追いかけているのだろうが……

「ああ馬鹿、そっち行くならついでにその脇の偽日本料理専門店潰してけって、いいから、潰せって」

破壊ロボの痒いところに手が届かない微妙な動きがもどかしい。イライラする。
遠隔操作してやろうかとも思うが、そこまでやるなら自分で潰した方が早い。
こういうのは嫌いな店が予期せぬ不幸でぶっ潰れるのが楽しいのであって、自分で残虐非道の限りを尽くしてぶち壊すのとは訳が違うのだ。

「くっそ、大十字なんぞ追いかけてる場合かキチドクターめ」

「まぁまぁ、博士だって悪気があって大十字を追いかけてる訳じゃないんだから。因みにお姉ちゃんはベスさんの屋台が踏まれたからって喜んで無いわよ?」

「悪意はなくても殺意があるんですね分かります。ていうか屋台は立て直しが容易だからダメージが少ないのが癪だよね」

時間帯的に屋台から売り物は運び出されてる筈だし。
と、俺達が破壊ロボの動きに一喜一憂していると、画面の端から一筋の黒い閃光が飛び込んできた。
因みに黒い閃光とか表現すると途端に中学二年生病っぽくなるが、あれの中の人の人格は極めてまともである。
黒いスラスターを翼の如く広げ、弾丸の如く破壊ロボに飛翔した黒い閃光──サンダルフォンは、その速度を落とすことすらしない。
リアル空手では考えられない、むしろ超電磁空手とでも言うべき弩迫力エフェクト(音速を超えた飛翔により、大気とエーテルが炸裂しただけ)を纏ったサンダルフォンの正拳突きは、互いの体格差をモノともせず、見事破壊ロボを吹き飛ばし、

泥水の様なルーとベタつく炊きそこないのライスを組み合わせ、『これが日本のカレーライスです』と偽り客に出すド腐れ似非日本料理店を、見事破壊ロボの下敷きにした。

「やった! リューカさんマジ愛してる!」

「え……」

「いや今のは勢い的な部分があるからそんな顔しないで」

驚きと悲しみの入り混じった顔の姉さんに弁解。
画面の中ではスーパーサイヤ人の如く空を縦横無尽に駆けながら破壊ロボを殴りつけ蹴り飛ばし続けるサンダルフォン。
破壊ロボを上空に殴り飛ばし、宙に浮いた破壊ロボの背後に瞬時に回り踵落としで蹴り落とすサンダルフォン。
基本的に破壊ロボの通った道に叩き落としているが、それでも振動だけでも周囲の無事なビルがかなり深刻な被害を受けている。
シスターリューカ、実は街を守る気無くね?

「でも、サンダル無双もそろそろ終わりだね。タイミング的に」

「ああ、来るな、奴が」

隣に座っていた姉さんの肩を抱き宥めながらも、俺は画面に注目する。
破壊ロボを延々殴り続けていたサンダルフォンがびくりと肩を震わせ、身構えた。
次の瞬間、画面外から人の頭程の太さのビームがサンダルフォン目掛けて飛来する。
それを寸での処で回避し、サンダルフォンはビームの発信源目掛けて天地上下の殲滅の構え。
画面外からサンダルフォン目掛け、白い機械天使がレーザーブレードを展開したまま斬りかかり、サンダルフォンはそれらを巧みに手刀だけで受け止めながら叫ぶ。

『また貴様か、メタトロン!』

『つれない、つれないなサンダルフォン。もう少し愛想よくしてくれてもいいじゃあないか』

エフェクトの掛かったイケメンボイスでやんわりと答えるメタトロン。
だがその声に似合わず、その口調は嫌に粘性があり、持って回った回りくどい喋り方。
それでいて繰り出される攻撃は苛烈。
毒々しいまでに赤い輝くを発するレーザーブレードがサンダルフォンの手刀をじりじりと焦がしていく。

『お前の様な男に愛想を振りまく趣味は──無いッ!』

鍔迫り合いから抜け出し、サンダルフォンの一際強烈な一撃がメタトロンを吹き飛ばす。
が、メタトロンはそれに堪えた様子すら見せず笑う。

『ハッハッハ、相変わらずだなぁ君は。変わらないなぁ君は。俺達はこの世でたった二人の兄妹じゃないか、仲好くするべきではないかね? 母上もそう言っていたろうに』

言いながらもメタトロンの腹部装甲が展開し、極度に圧縮、加速された字祷子の砲弾がばら撒かれ、大きな一撃を打った後の無防備なサンダルフォンを滅多打ちにし、崩れかけたビルの壁面へと叩きつける。
しかし、サンダルフォンは壁面から身体を引き抜きながらゆっくりと、しかしふらつくことも無くしっかりと立ち上がった。

『……兄さんは、当の昔に死んでいる。それに、私に母などと呼べるような上等な相手は居なかった。アレは母などではない!』

半身をメタトロンに向け、手刀を構える桜花の型。
カウンターも攻めも自在な攻撃的な型である。

──以上、現場から二人だけの世界に入ってしまったサンダルフォンとメタトロンの会話とアクションのみ抜粋。
すっかり尻穴に洗脳された風のメタトロンのねちっこい喋りは中々に味があって良し。
それに、火器使用型の方が全身義体のパーフェクトサイボーグにされたときの異形感があっていいよね。腹からゲロビとか。
因みにこの会話の背後でドクターウエストが空しく自己主張を繰り返していたが、二人にガン無視され続け、少しだけしょんぼりとテンションを下げながらアルアジフ捕獲の為に大十字を再び追いかけ始めているのだが、気にする人は誰も無いだろう。

「そういえば、大十字達は?」

「まっすぐデモンベインのとこに向かってるだろ」

「今回の大十字は色々と無自覚にチートねぇ」

まぁ、おもちゃレベルとはいえチート武器も渡したし、あらかじめデモンベインの見学(覇道財閥には無許可。というか、大十字にはあれを誰が建造したのかさえ教えていない)もさせている。
武装チートに未来知識チートまでコンプリートしているのだ。
アルアジフのしごきが始まったら、俺も一枚噛んで修行チートも加えてやろうか。

今頃大十字は、地下に張り巡らされた秘密の輸送路を経由して地下格納庫に潜入し、自ら率先してデモンベインを自分達の力にしている最中だろう。
魔術師として修業を途切れさせていない上に、食事面も充実で健康体の大十字が自らの意思で乗り込むデモンベイン、強くない訳が無い。
ま、あっちは絵面的に地味なので写さないんだけどな!

―――――――――――――――――――

僅かな間を置いて、アーカムの空に浮かんだ魔法陣からデモンベインが召喚され、出会い頭に破壊ロボを蹴り飛ばし、戦闘を開始した。
初めての巨大ロボでの戦闘に戸惑いながらも、大十字は見事にデモンベインを操り危うげ無く戦っている。
やはり巨大戦はいい。心が洗われるようだ。
この世界から帰ったらスパロボの新作が出るし、誰か都合良く新作でスパロボの二次創作を考え損ねてトリップさせてくれないだろうか。
最近(元の世界での話だ)は巨大ロボ系のアニメも少なくなってしまったし、スパロボが唯一の癒しと言っても良い状況だからな。
何より、巨大戦はロボしか映らないから、TSしてても何ら変わりないのがいいじゃあないか。

「へぇ、この周の大十字は良い動きをするのねぇ」

「あ、分かる? お兄さんとあたしで少し身体の動きを矯正しておいたんだ」

「ダンスを通じて身体の効率的な動かし方を学ばせたんだ」

躍動的な動きは派手なアクションの多い対魔術師戦闘では有利に働くし、重心を安定させるには実に効果的なトレーニング法である。
全身の筋や筋肉を普段から動かして置くことにより、いきなり激しく動いたり、奇妙な動きをする事により身体を傷める可能性を低く出来るという利点がある。
そんな訳で、互いに学年が上がる時、全学年が取れる創作ダンスの講義を取ったのだ。
大十字の奇妙なセンスがダンスにまで現れてて中々に見ものだったし、我ながら良い選択だったと言える。

「それにほら、『九郎はダンスやってるからな』とか言いたいし」

「ダンスで魔術は上達しないわよ」

「大十字は放っておいても魔術関連は簡単に上達するからいいんじゃね?」

しかし、こうしてみるとデモンベインも凄い。
あそこまで全身に無駄な突起物を抱えて居ながら、大十字の取る咄嗟のアクロバティックな回避行動も全てトレース出来ている。

「でもお姉ちゃんにも解る。やっぱり巨人のバック転回避はロマンよね」

「ドクもちゃんと当たらないように撃ってるように見えるもんね」

姉さんと美鳥の言うとおり、バック転するデモンベインの後を追うようにミサイルや機銃、ビームを放つ破壊ロボはまるでデモンベインに当てるつもりなど無いように見える。
が、勘違いしてはいけない。
あれはただ単に、ドクターの巨大ロボット操作技術が致命的に稚拙な為に、素早く動く的に当てられないだけなのだ。
正直、あそこまでなんでも出来る天才が射撃補助プログラムとか積んでない事に違和感を感じないでもないが、そこら辺の問題も全部含めてエルザを作ろうとしたのだろう。

「あ、パターン入った」

画面の中、何時まで経ってもデモンベインに有効打を与えられない破壊ロボ。
そんな状況にドクターが痺れを切らしたのか、必殺のジェノサイドクロスファイアを放つ。
美鳥の言うとおり、ここでこの技を使うのは悪手である。
全身に無数に搭載された火器を一斉に発射するこの必殺技ではあるが、当然の如くその殆どが通常兵器であるが故に、特殊合金ヒヒイロカネで建造されたデモンベインの装甲を抜く事は出来ない。
実戦をゲームに例えるのは負けフラグなのだが、身近な所で機神飛翔を例に挙げて説明しよう。

基本的に、ジェノサイドクロスファイアは反撃を食らう距離で使用してはいけない。
全身の火器を、それこそレーザーやビームなど熱の溜まり易いものまで一斉に使用するので、冷却の為にジェノサイドクロスファイアを使用した後に大きな隙が出来るのだ。
まぁ、製作者が紙一重の彼岸に到達してるドクターだから、この隙は状況次第で幾らでも無視できるのだが、それは後に説明する。

そこで攻略法だ。破壊ロボの武装は、その惜しいドリルを除き射程が長い。
まともに戦って勝とうと思うのであれば、距離を取って延々『ミサイルのシャワーである!』や『破壊ロボ砲』、『破壊ビィィィム』などを使用し、接近されたら両手のドリルを振り回し隙を作り、後はひたすらジャンプで逃げる、の繰り返しである。
そう、つまりは正攻法で攻めるのが一番勝つ確率が高いのである。

……作ったのがドクターウエストである事、彼の作中での扱い、人格、品性、他の鬼械神に比べると非常に鈍重なシルエットのお陰で、破壊ロボはネタ扱いされる事が非常に多い。
が、そんな人々からの評価とは裏腹に、破壊ロボ自体は非常に堅実な造りになっている。

ドラム缶の様な寸胴なフォルムは、内部に大量に搭載した火器の誘爆防止に、曲面の多い装甲故の耐弾性の高さ、弾薬を搭載する為のスペース造り。
短く不格好とされる脚部にしても、その短さ故に激しい戦闘でも転倒の恐れが少ない。しかも二脚ではなく四脚なので安定性は倍率ドン、更に倍。
玩具の様なシンプルな脚部の関節にしても、その単純さ故に非常に堅牢である。

更に武装。前後に四本の武器腕と、一見してティトゥスと同じ構造に見えるが、破壊ロボの顔が無ければどっちを向いているか分からないシンメトリーな外観故に深く考えずに取り回せる。
腕部自体がアタッチメント方式で取り換えが簡単というのも旨味だ。ドリル四本の完全近接使用に、破壊ロボ砲四本の遠距離使用と自由自在。
ミサイル発射管は寸胴な胴体の中心、頭部から飛び出る為、発射時に迎撃されにくい利点付き。
光線兵器は備え付けであり、ドリルだけと油断した敵に対して有効な不意打ちが出来る。

街を焼きつくす程の高火力に、通常兵器では破壊が極めて難しい強固な装甲、多くのロボット作品で弱点にされがちな関節部分の強度もダンチ。
更にこの破壊ロボ、空まで跳ぶでは無いか。
こんな大質量の金属の塊が位置エネルギーと推力を得て突進してきた日には、ドリルが付いていようがいまいが逃げるのが当たり前。

改めて言おう。
ドクターウエストが基地外であるが間違いなく大天才であるのと同じく、破壊ロボもまた不格好なやられ役であるが、強い。
どれくらい強いか。
俺の体感ではあるが、兜甲児の乗ったマジンカイザー(ノヴァの使えないJ版)と真っ向から戦い、これを打ち破る可能性さえ秘めていると言っていい。
スパロボに出れば十分ボスキャラとして成立する強さなのだ。

そんな破壊ロボが鬼械神相手にはやられ役な事実。
これはひとえに、この作品が『ファンタジー要素を含む』ロボットものであるという不幸だろう。
『○○でなければダメージを受けない装甲』というのは立派なファンタジー技術であり、科学方面に属するドクターとの相性はすこぶる悪い。
設定資料集の記述では『巨大魔導ロボ』とあるのだから、積極的に魔導技術を取り込んでいくべきだったのだ。
通常の破壊ロボに、デモンペインを製造した時のノウハウを応用するだけで、かなりの性能の向上が見込めると思うのだが……。
俺は脳内に『断鎖術式で空を縦横無尽に跳ね回り魔術障壁を展開するヒヒイロカネ製破壊ロボ』を思い浮かべながら、携帯電話を手に取った。

事故では無く故意でデモンベインを盗み出して利用した以上、迂闊に大十字を覇道と接触させるのは不味い。
ていうか、仮に事情聴取を受けた場合、デモンベインの格納庫への道を教えた俺の名前が大十字の口から吐き出される辺りマジでヤバい。
口裏を合わせる為にも、覇道と通信を繋ぐ前に戦闘を終わらせ、デモンベインを乗り捨てさせて離脱するべきだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ヤバいヤバいヤバいヤバい!
前に卓也と美鳥に見せて貰った、地下に安置されている謎の巨大ロボを手に入れたまでは良かった。
いや、よかったかどうかはともかくとして、逃げるだけの状況からは抜け出せた。
が、

「死ぬ、死ぬ、死んでしまうぅーっ! うわあーん、お、おかぁさーん!」

デモンベインの両腕をコックピットの前でクロスさせ、しないよりはまし程度の防御態勢。
たったそれだけの防御で、ミサイルやら砲撃やらビームやらの嵐を耐え忍んでいる。
泣きたいとかいうレベルでは済まない、正直半泣きである。

「ええい、何故繋がらん!」

前のサブシートでは少女──魔導書ネクロノミコンの原典『アルアジフ』の精霊がコックピットに据え付けられたバイクのハンドルに似た操縦桿を苛立ち気味にぶっ叩いている。
デモンベインに武装が無いか検索し、余りにも独特な術式故に検索しきれず、やむなく製造元と思しき所に通信を繋いで教えて貰おうという流れになったのだ。
が、しかし、通信は何故か繋がらないらしい。

そうこうしている間にも降り注ぐミサイルの雨と砲撃の嵐は徐々に強くなり始め、コックピットに伝わる衝撃も強くなり始めている。
爆炎で今デモンベインがどうなっているか見えないけど、これは酷い事になってるんじゃないだろうか。

「あ、駄目だ私走馬灯見えてきた」

新入生歓迎会で少し上品な印象を出そうと飯を控えたのは一生続く後悔。
シュリュズベリィ先生に連れてって貰った定食屋、ジンギスカン定食美味しかったけど潰れちゃったなぁ。
図書館に勉強に行くと偶にアーミティッジの婆さんがクロケット作ってくれて。
あの時捕まえた太った黒猫は食いでがあった。
そういえば、卓也も美鳥も意外に料理が美味いんだよなぁ。
あの時、あいつらが持ってきた弁当が余りにも美味しそうだったから、無理言って分けて貰ったっけ。

「あの筑前煮と茸ご飯、もっかい食べたかったな……」

《作ってあげてもいいんですけど、最近は良い筍が出回って無いんですよね》

そっか……、まぁアメリカじゃメジャーな食べ物でもないし、時期も少し違うもんな。

「じゃあ茸ご飯だけでも……、って、卓也?」

《はいな》

機体越しに爆音が僅かに響くコックピットの中に、場違いな程能天気な後輩の声が響く。

「何者だ、こやつ」

中からは幾ら試しても繋がらなかった通信があっさり繋がったお陰で、アルアジフ──長いからアルでいいか──が訝しげに声の主の素性を訊ねる。

「私の大学の後輩で、デモンベインの事を教えてくれた奴らだよ」

「ほう、ならば妾達よりもコイツに詳しい訳だな?」

アルに言われ、ハッとした。
そうだ、こいつがあんな場所に無造作に放置されてたデモンベインに手を付けていない筈が無い!

「そうか! おい卓也、お前こいつの武装とか知らないか?」

《そうですねぇ、知らない訳じゃあ無いんですが、最大威力の武装は外からの封印解除コードが必要でして》

卓也のまんじりともしない返答に焦れる。
このやりとりをしてる間にもやられてしまうかもしれないのに!

「あのガラクタを叩き壊せればなんでもいい!早く!」

《そうですね、じゃあ無難な所で『断鎖術式』『壱号ティマイオス』『弐号クリティアス』で検索してみて下さい》

良し!

「アル!」

「検索完了──成程、これか。くくっ、思っていた以上に面白いデウス・マキナじゃないか、こいつは」

武装を見つけられたらしい。
だが、アルがするのはサポートまで、実際にデモンベインを操るのは私だ。
イメージする、研ぎ澄まされた精神、鋭く、冷たく、澄んだ思考で。
冷えた思考と反比例し熱く燃焼する血潮が力を与え、
魔術の本懐、全てを理解し、乗りこなし、解き明かす、
己の内で精錬した魔力を、デモンベインの全身に張り巡らせ、疑似的に一体化する。
私はデモンベインの脚を守る二基のシールド、その表面にモールドされた魔術文字に魔力が流し込まれ、発生するエネルギーと、発動する魔術を理解している。

──そうだ、私が、私がデモンベインだ!

爆煙が晴れるのを待たず、私は待機状態にあった魔術を解放した。

「断鎖術式解放! ティマイオス! クリティアス!」

―――――――――――――――――――

デモンベインの脚部に備わる巨大なシールド、その表面に魔術文字が浮かび上がり、脚部全体が淡い光を放つ。
──断鎖術式ティマイオス・クリティアス。
デモンベインの脚部シールドに搭載された、時空間歪曲機構。
この機構によって歪められた時空は、時空それ自体が持つ強大な修正力により瞬く間に修正される。
デモンベインが利用するのは、この修正時に発生する莫大なエネルギーだ。

紫電を発する脚部シールドの周りで、ビルが増加した自重により押しつぶされ、その破片が壊れたビデオデッキで再生されたビデオの様に、墜ちたり登ったりを繰り返す。
歪曲された時空の修正時に起きる、時間の揺り戻しである。
デモンベインの引き起こした小規模な時空歪曲の修正によって発生した、ごく短い周期での時間逆行と時間跳躍。
限定空間内の時空歪曲による力場の発生と、過剰な修正力によるエネルギー漏れが引き起こす重力異常。
重力を媒介に時間を操るのでは無い、その全く逆のアプローチ。
時間を媒介とした重力制御能力!

身を屈めた、非常に低い姿勢のまま爆煙を突き破る。
爆発的な推力により、地面スレスレを弾丸の様に真横に『跳ぶ』デモンベイン。

「──!? っなぁぁぁぁぁんとぉぉぉぉぉ!?」

破壊ロボの中でドクターウエストが驚愕する。
有り得ない低さで飛ぶだけではない。
未だばら撒かれ続けるミサイルや砲弾、ビームを、デモンベインは減速する事無く、慣性の法則を無視した超機動でジグザグに避け続けている。
推進力のベクトルを書き換えているのだ。
超高度な演算機が無ければ難しい業だが、最強の魔導書たるアルアジフを搭載している今のデモンベインであれば難しい事では無い。

「な、何なのであるか、その非常識な機動は!? そんな動きが出来るわけが……ふげおぇぇぇぇぇぇぇっ!」

ミサイルと砲弾の雨をくぐり抜け、遂に破壊ロボの懐に潜り込んだデモンベインが、全力で破壊ロボを蹴り上げる。

「御意見無用なんだよ!」

重力制御能力も相まって、サッカーボールの様に天高く蹴り上げられる破壊ロボ。
デモンベインは片足だけをバネに、破壊ロボを追う様に天を駆け昇る。
天地上下に、脚から空に昇るデモンベインは自らの周囲に、積層状に無数の円、いや渦を描く様に時空間歪曲エネルギーを解放。
渦に合わせる様に身を捻ったデモンベインが渦に触れ、回転数を増し、加速。
十数層に渡って解放された力場を突破する度デモンベインは回転速度を増し、天を射抜かんとばかりに加速する。

「……!? ヒィィィィッッ!?」

天を衝く逆竜巻と化したデモンベインが、脚部の時空間歪曲エネルギーから生じる閃光と紫電を纏い、光の矢の如く破壊ロボ目掛けて突き進む!

「う、お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

時空間すら歪め、重力異常すら発生させるだけの膨大なエネルギーを叩きこめば、どうなるか。
半重力により相手に向けられる破城槌の如き超重量に後押しされて、対象の装甲を軽々と貫通し、迸るエネルギーを螺旋状に解き放ち、膨大なエネルギーにより内部から爆裂、粉砕せしめる。
そう、これこそ、デモンベインの備える近接粉砕呪法──

「デモンベイン・穿孔・キィィィィィィック!」

──アトランティス・ストライクである。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「たはー」

自宅であるボロアパートの一室に戻り、私は着替える事も無くソファに倒れこんでいた。
今日一日で色々とあり過ぎたせいか、頭も体もクタクタに疲れ切っている。

──破壊ロボを粉砕した後、『無断でその巨大ロボットを拝借した事がバレたら色々と面倒なので、一旦乗り捨ててください』という卓也の言葉に、私はアルを小脇に抱え、マギウススタイルを変形させて慌てて顔を隠してコックピットから飛び出した。
降りた後、何故かデモンベインを降りても私達の所に繋がりっぱなしの通信と二人がかりで『あれは既に我らの者、元の持ち主を気にかける必要などあるまい』と主張するアルを宥めて、今日の所は大人しく引き揚げる事に成功。
だが、あれだけの巨大ロボを建造できるだけの金と権力の持ち主。
今日のところはこれで仕方が無いにしても、後々何かしらの言い訳を考えて弁明するしかないだろうとは卓也の弁。

やっぱりデモンベインが、噂の覇道財閥が秘密裏に建造してた秘密兵器なんだろうなぁ……。
そうなると、私はこれから覇道財閥と相対して、どうしてデモンベインを勝手に使用したか、とかを説明しなければならない訳だ。
卓也も言い訳については協力してくれるらしいが、どうにも気が滅入ってしまうのは仕方の無い事だろう。

「ん、むぅ」

今すぐに泥の様に眠りたいのに、どうにも寝苦しい。
全身が嫌な汗を掻いたお陰でびしょびしょに濡れ、服がぴったりと身体に張り付いて気持悪い。
嫌々ながらに起きあがり、ジーンズのベルトを外しながら風呂場に向けて歩き出す。
歩きながら服を脱ぐのも馴れたものだ。
大学生活一年目は、もう少し無理にでもしっかり纏めて洗濯機に入れていた気がするが、これも適応だろう。
どうせ今から洗濯をする気力は無い。
明日にでも纏めて回収して洗濯機に放り込んでしまおう。

「あ」

ボタンを外したワイシャツを脱ぎ棄て、ブラのホックを外しながら思い出す。
そういえば、アルが風呂を使っている最中だったか。
……そういえば、伝説の魔導書をどさくさで連れてきちゃった訳だけど、流石に放置する訳にはいかないし、仕方無いよな……?
まぁ、同性ってのが唯一の救いだよな。風呂の時間が被っても良い訳だし。

「こういう状況を考えると、安いアパートの中でも風呂が広めの部屋を借りて正解だったなぁ」

ブラを洗濯機の中に投げ込み、パンツの両端に指を入れて降ろしながら脚を抜き、脱いだパンツも放り込む。
風呂場の曇りガラス越しに、身体をシャワーで洗い流しているアルの姿が見える。
……まぁ、少しシャワーを交替して貰うだけなら大丈夫だろ。
そう考えながら、私は風呂場のドアを開ける。

「アルー、ちょっとだけシャワー替って、く、れぇ?」

風呂場に足を踏み入れ、改めてアルの身体を見て、硬直する。

「人が身体を流している最中に何なんだ汝は。しばし待っておれ、直ぐに終わる」

いそいそと身体に付着した石鹸の泡をシャワーで流すアル。
水気を吸って重みを増した銀糸の髪はしかし、より一層強い輝きを放ち。
打ち付ける水が球になって零れ落ちる白い艶やかな肌は妖精よりも悪魔的な美しさ。
身体の泡を拭う腕と指はしなやかで何処か艶かしい。
だが、そこじゃあない。
精霊という分類に相応しい可憐な外観のアル、アルアジフの、アルアジフの──

「お、お、お……」

「お?」

私が思わず震える指で指差した先。
アルアジフの股間に、柔らかそうな皮に包まれながら、可愛らしいとは言えないサイズの、

「男の子ぉぉ!?」

鼻が末窄まり気味のチャウグナル・ファウグン(象の隠喩的な意味で)が、確かな存在感を持って、そこに鎮座していた。




続く
―――――――――――――――――――

最後のシーンで顔真っ赤にして混乱を現すグルグル目をしたTS大十字を思い浮かべられると幸せになれるかもしれない第五十九話をお届けしました。

主人公があちこち手を出し過ぎてるって?
主人公も大導師に『大十字九郎のサポートをしろ』なんて無茶振りされてるから手探り状態なんじゃないですかね。


そこんとこ含まず、自問自答コーナー。

Q,黒玉?
A,シスターなリューガに生身のまま活躍して欲しかったので。

Q,ムキムキアリスン?
A,語呂はいいが、十八歳以上二十歳未満なのでお酒は厳禁。オレンジジュース下さい。

Q,ラーメン屋の嫌な人って?
A,TSによるキャラ改変の為、クラウディウスちゃん事かぜぽがアーカム近辺に常駐しているのです。仕事時間以外に外で出会うと奢ってくれて勝手に好感度が上がります。

Q,半ズボン覇道瑠璃?
A,瑠璃『ウィンフィールド、そろそろ正装は長ズボンにするべきではないか?』
ウィン『そのおみ足を隠すなど、恐れ多い真似は致しかねます』

Q,落下ヒロインを回避したり、チートアイテムで無双したり、何なの?
A,手探りの結果です。何しろこのループの大十字はダンスしてますからね……。

Q,西博士がかわいそう?
A,まどマギのほむほむとかは可哀想と思われるけど、ジャイアントロボの幻夜は『あー、あるある』で済まされる的な。
同じ奇矯な振る舞いでも女性がやると印象違うよねって話。

Q,男みたいな名前で悪かったな!
A,コンプレックス持ちの女の子って可愛いですよね。

Q,メタトロン?
A,なんかTSして男になったライカさんなら、あっさり思想改革とか洗脳に引っかかりそう。母親に口調がそっくりらしい。

Q,華麗にバク転回避?
A,九郎はダンスやってるからな。

Q,破壊ロボってそんなに凄い?
A,じゃあ破壊ロボが凄くない所を挙げて見てください。
無いでしょう?

Q,おかぁさーん!
A,可愛い子の泣き顔って興奮しますよね。ここはコミカルな涙だと思いますが。

Q,ニグラス亭?
A,シュブさん、最初の頃は主人公が来るまで店開けておこうとしてたんですね。
大十字が来たせいでTSが進みそうになって一気に体調崩しましたけど。

Q,アトランティス・ストライク!
A,超電ドリルキック始めました。

Q,アルの股間のトラペゾヘドロン。
A,最大膨張時でもエドガーのバルザイナイフレベルでしょう……。アルみぅくはおかわり自由だと思います。


さて、三週間の間が開きましたが、無事に投稿できましたね。
次回からは元の速度に戻れると思います。
たぶん。
TS編の書きたいシーンの為に大十字の内心描写が欠かせないので、普段よりも執筆速度が下がってしまうのですよ。
運が良ければ二週間後って事で。

それでは、今回もここまで。
当SSでは、誤字脱字の指摘に即座にできる文章の改善案や矛盾している設定への突っ込みに諸々諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心からお待ちしております。


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