「大導師が、逆十字が、大十字が女!?
トリッパー鳴無卓也が目にしたのは、良く知る誰もが全員性転換した世界だった。
夢幻心母で、町角で、大学で、アパートで、近親野郎な彼の奇妙な日々が始まる!
結社&学園ラブ(クラフト)コメディー、堂々開幕!!」
句刻の持ち出した拘束具によってグルグル巻きにされ、更にベッドに縛り付けられた美鳥。
身体の自由を制限されたまま激しくその身を痙攣させて白目ブリッジ状態で吐き出し続けられるメタな言葉を聞きながら、句刻は湯呑を片手に薄い笑みを浮かべていた。
「ふふふ、遂にお姉ちゃんも『この泥棒猫』とか言えちゃう訳ね。楽しみだわぁ……」
拘束具に包まれて皿に乗せられた海老フライの様になった美鳥を眺めながら、うっとりと呟く句刻。
彼女とて、決して他の女に弟を盗られたい訳では無い。
句刻にとって、弟である卓也は心の拠り所であり、身も心も許す唯一の男性。
今のところ、どんな女性が現れたとしても譲るつもりはない。
が、それはそれ、これはこれ。
弟の『男』としての成長を喜ぶ心も、決して無い訳では無いのだ。
一度、他の世界に惚れさせた女の子を置いてきたと聞いた時は勿体ないと思ったものだが、この世界観なら、女の子の押しの強さ次第では押し倒される可能性も無視できない。
アレで、猫被ってる時は恐ろしい程に紳士だったりする。
しかも被り方も半端なものではない。流石お姉ちゃんの弟と褒め千切ってあげたくなるレベル。
しいて言うなら、心の底から楽しく会話している最中に、表情も感情も変える事無く談笑する相手の首を切断できる感じだろうか。
むしろ、談笑しつつ解体し続けるレベルかもしれない。傍から見ていたら、一瞬何が起きたか分からない様な自然さ。
あの猫被りなら、下手をすれば一人二人無意識のうちに惚れさせる事もあるかもしれない。
確率的には逆十字とかありだと思う。メンタリティ的に近しい部分が無い訳では無いし。
大十字九郎もあり得ない話ではない。何しろ、人の一生分以上の時間を友人として繰り返しているのだ。
うっかり男の時と同じように気さくかつそれなりに距離感測れた感じで接していればフフフ……。
「でもねでもね、もしそんな事になってもきっと卓也ちゃんはお姉ちゃんの元に絶対戻ってきてくれるからすっごい安心っていうかね聞いてるの美鳥ちゃんでも聞かれるのは少し恥ずかしいていう! て、い、うっ!」
きゃー! と奇声を上げ、片手を頬に添えていやんいやんと身をよじりながら、句刻は手に持った急須に入れられた熱々のお茶を未だ痙攣し続ける美鳥の口の中に注ぎ込む。
「あろろろろあろあごぼぼおぼっぼぼぼおぼぼぼぼぼぼ」
ネズミを見た直後のドラえもんの如く瞳孔を目まぐるしく変化させ続ける美鳥は、口に注がれる熱々のお茶に熱がることすらせず、口から意味不明な言葉を紡ぎ続ける。
鳴無句刻の興奮と鳴無美鳥の能力最適化は、まだ始まったばかりである。
―――――――――――――――――――
ふと思い出すのは、村正世界で出会った、一人の一途な少女。
愛の戦士、すなわちラブ・ウォーリアーであった彼女は、金属鎧に守られた人体を一瞬で炭化させる振動波攻撃を、武術家としての技量のみでもって捌いてみせた。
彼女を習い、手に流れる血流を操り一瞬だけ超高速で振動させる。
血管、筋肉に神経、皮膚を血液が生み出した震動波が貫通し、見事に萩の月を構成する素材に含まれる水分子を振動させた。
掌の上に置かれたそれは黒い炭になる事も無く、ほかほかと湯気を立てて美味しそう。
「卓也」
美しい声に名を呼ばれる。
膝にエセルドレーダ(以前と同じコスなので、もしかしたらTSしていないのかもしれない)を侍らせた大導師、マスターテリオン──の、女性体。
「笑っているのか」
彼女の言葉に、俺は初めて自分の口角が上がっている事に気が付いた。
俺は温まったそれを中皿に置きつつ、答える。
「ええ、きっと笑っていたのでしょう」
『徹し』による波で掌の上の対象物の水分子を振動させ、適度に熱を発生させる。
あの少女──湊斗光に出会わなければ、俺はきっとこの饅頭を温めるのに、マイクロウェーブを利用した魔術や電子レンジを用いていただろう。
ゲームでプレイするだけでは味わえない、仮にも拳を交えたからこそ得られた物もある。
自覚できていなかった成長も存在する、という事だ。
「そうか」
大導師マスターテリオン女性体──長いな、テリーだと男性名だし、照子でいいか。
照子(仮)も笑っている。亀裂の様な、というには穏やかな感情や包容力を感じさせる、いわゆる魅力的な笑みだ。
ていうかやっぱ照子は無い、大導師という事でいいだろう。元からテリオンとは呼んでいなかった訳だし。
「何か嬉しい事でも?」
そう言いつつも、大導師の目の前に皿を置く。
暖められたソレ──萩の月は内部のカスタードが柔らかくなり、口辺りもまろやかになる。
──らしい。ソースは不明、ネットか何処かで聞いた覚えがある程度だが、わざわざ試してみたいとは思わない。
俺はもちろん温めず、むしろ僅かに冷やして食べる。
冷凍系の技術は科学方面だとあまり所有していないので、単純に気を冷気に変換して掌の上の萩の月を冷やす。
凍らない程度に熱が奪われた所で自分の分の皿の上に置く。
「いや。……だが卓也、君は何か、楽しい事を思い出しているのだろう?」
大導師の探る様な問いに、俺は椅子に座りながら答えた。
「ええ、そうですね。楽しいと言えば楽しかったと思います」
実際戦っている時は、手の内を晒せば晒す程に銀星号が強化されてく気がして気が気じゃなかったような気もするが、思い出す分には楽しい思い出の一つなのだろう。
それにあれだ、互いの勝敗の条件を銀星号に開示していなかったからとはいえ、あの時点でのスペックで勝ちを取れたのも美味しい。
「貴公は余のゆ……」
大導師は言葉を一旦切り、顎に指先を当て、そっぽを向いて少しだけ間を置き、言葉を続ける。
「……そう、恩人。なにしろ恩人の事、恩を返すあてはなくなってしまったが、貴公が嬉しいのであれば、余も嬉しく思う」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
言うなり、大導師は皿の上に置かれた萩の月を手に取る。
話している内に少しだけ表面の生地から熱が消えたそれを半分に割り、湯気の立つクリームが見える断面を上にして、クリームが零れ無いように口に入れた。
未だ冷めきらないクリームの熱に、大導師ははふはふと口の中で萩の月の半分を転がす。
生身でクトゥグアの炎に耐えそうな体質の癖に、口の中に入れたクリームの熱さに目を白黒させている。
……なにこれ可愛い。
カリスマはネロの胎の中にでも落としてきたのだろうか。
そうすると、回収できるのは次に産まれる時だから、元の性別に戻ると同時に取り戻せる筈なので、予定調和なのかもしれない。
だが、カリスマの大小を置いておくにしても、所作に現れる感情からはそれなりに余裕が垣間見える。
「なんだか、今回の大導師殿は随分と余裕があるみたいですね」
俺の言葉に、大導師は細めた眼の眦を下げ、もぐもぐと咀嚼していた萩の月を冷たーいミルクを口に流し込み最後まで味わい、飲み込む。
「ぷぅ」
大導師の口の端に残っていた食べカスを、脚元のエセルドレーダがハンカチ風の紙切れを伸ばし、拭き取る。
……この動作、仮に今のエセルドレーダが男性だとすると、結構危険な行為だよな。
美女である主の口を自らの身体の一部で拭い、それを大事そうに補完する女装美少年……。
いや、まだ全員がTSしたと確証が持てた訳では無い。
ブラックロッジのシリアス分を補完する為にも、俺の心の中ではエセルドレーダさんは何時までも少女のままで居て貰う事にしよう。
因みに、椅子に座った大導師の目の前に机が存在している為、俺からはエセルドレーダの姿が見えない。
なので、先ほどの一連のアクション、机から突如細い腕が『にゅっ』と伸びてきて大導師の口元を拭うという、なんともシュールな絵柄に見えている。
…………シリアス! シリアスは何処か!
「それを言うなら、貴公こそ」
現状を客観的に見た場合の余りにもブラックロッジとは思えない光景に若干錯乱しかけていた俺は、大導師の言葉に正気を取り戻し、首を傾げる。
「俺が?」
「口調が柔らかくなっているであろう?」
「あぁー……」
そういえばそうだ。
パワーアップのお陰で、大導師が俺を完全に滅する事はほぼ不可能になった。
無理に忠誠心的な部分を見せて媚を売る必要も無いので、無意識の内に軽い外行き程度の口調で喋っていたのだろう。
これまでの事を考えると、やはり直した方がいいのだろうか。
「よい。余も元々、そこまで貴公に堅苦しい態度を強要したかった訳でも無い」
心を読んだかの様に先回りして、心なしか楽しげに呟く大導師。
やはり、今回の大導師には余裕が見られる。
……そうか、同じ理由なのか。
「大導師殿も、成長した訳ですか」
「うむ。解放の日はそう遠くはないだろう」
ぶっちゃけ、トラペゾ手に入れてからが本番な気もするけど、こんなに嬉しそうにしてる大導師に告げるのは酷だよね。
運が良ければ、万が一億が一のそのまた溝の一の更に不可思議が一程度の確率で、大導師単体でニャルさんを打倒してループを断ち切れるかもしれない訳だし。
これから、この希望に溢れた大導師がどのように擦り切れていくのかは分からないが、今が充実しているなら、挫折するまではせめて温かく観察しておく事にしよう。
そんな事を考えながら、冷やした萩の月を手に取り、齧り付く。
冷やしておいた萩の月は甘く、そして何時の間にか、元の温度を取り戻していた。
―――――――――――――――――――
○月■日(TSといえば)
『昔のエロゲで、男性のエージェントが薬を飲んで美少女化、女子高に潜入して事件を調査する、という感じのゲームが存在した』
『実際にプレイした訳では無いのだが、絵柄がやたらとブギーポップの挿絵に似ていた事は記憶している。良くも悪くも自由な時代だったのだろう』
『だが、今回はそれとはまったく関係無い』
『なにしろ男女の性別が後天的に変化するタイプではなく、世界丸ごと産まれたときから性別が逆転しているのだ』
『思うに、この一つ前のループの大十字は酷く混乱したのではないだろうか』
『なにしろ、マスターテリオンと全く同質の魔力を持つ少女が生まれ、あろうことか大導師マスターテリオン本人であると自称するのだ』
『一つ前の大十字は困惑しただろうが、少なくとも、性別が変化したことによる本人達の混乱みたいなものが無い事は幸いだろう』
『そもそもループの事実を知らなかった大十字ならばともかく、俺は今までのループで出会った彼等は彼女達になり、彼女達は彼等になっているだけだという事を知っている』
『どうせ今回も初めましてになる以上、相手の性別が今までとは真逆である事に気を付けておけば、かなり無難に話を進める事が出来る筈だ』
『……まぁ、TSした逆十字の面々を近場で見るのはこれがほぼ初めてになるので、連中のインパクトの強さにも気を付けておくとこにしよう』
―――――――――――――――――――
俺がブラックロッジに入社して、そろそろ二週間程が経過する。
幸運な事なのかどうなのか、平社員以上逆十字未満程度の地位を与えられた俺は、未だもって逆十字の連中とは接近遭遇を済ませていない。
このまま会わずに済ますのもありかもしれないが、正直なところ、怖いもの見たさという感情も確かにあるのだ。
だが、怖いもの見たさとか好奇心だけで動くのは、いくら力を付けても危険な行為である事は変わりようがないらしい。
先日夢幻心母で遭遇したTSドクターウエストとの会話は、好奇心だけが先走り、出会った時にどう対処するかという考えをおろそかにしてしまい、悪い結果を出してしまった。
「はぁ……」
アーカムのストリートを歩きながら思う。
ドクターには悪い事をしてしまったかもしれない。
自己紹介の時点では、お前それちょっと線が細くなって美系っぷりが耽美系に向いて胸が膨らんだだけじゃないかって程の変わりない●●●●っぷりを発揮してくれていた。
が、こんな●●●●なふるまいをしている美人な女性が、エロい事も出来るけど自分に強制的に従う訳では無いという微妙な人間性を内包した『美少年ロボット』を製造するのだと思うと、
どうしても、どうしてもあの●●●●が、部下にはそれなりに慕われるけど私生活ではまともに友達も恋人も作れない、自宅に帰ると飼ってる犬とかに仕事の愚痴を子供っぽい口調で打ち明ける可哀想なOLさんに見えて、
俺は、ドクターとまともに向きあう事も出来ず、僅かに顔の向きを逸らしながら憐み全開の表情で『なんていうか、頑張ってくださいね』と、自己紹介をする前に激励の言葉を送ってしまったのだ。
『そんな、そんな可哀想な物を見る視線を、この大天才に向けてはいけないのであーる!』
などと言いながら涙目で破壊ロボのある方に向け走り出し、そのままヤケクソ気味に破壊活動を始めてしまったのだ。
ここから数ブロックも離れていない場所に突如として出現した破壊ロボ。
だが、今現在歩いているこのストリートには殆ど被害が無い。
毎度の恒例行事として現れた『アーカムシティの黒い天使』が、必殺の烈風正拳突きでもって一撃で破壊ロボを粉砕してしまったのだ。
正拳突きと言う割にアッパーな上、カットインで無駄に乳揺れを起こすのは最近の風潮に合わせたものだろう。
因みに、ドクターとはそれ以降会っていない。
ドクターの研究室に入る前に呼び止めてくれた下っ端に、
『ドクのメンタルが今までとは異なるベクトルで不安定になっているので、原因臭い貴方は帰って下さい』
とか言われて追い返されてしまった。あの下っ端中々にセメントである。
こういう時、仲の良い女性グループというのは団結が強い。
西博士の部下もブラックロッジの中では灰汁が強い方に分類されるので、悪評をばら撒かれてブラックロッジに居辛くなる訳ではないが、それでも溜まり場の一つをこの周では使えないというのも気が滅入る。
が、こういった状況というか、あの●●●●がメンタルにダメージを受けている、という恐るべき事態は俺の想定の外にあるものだ。
もしかしたら、彼女はあの●●●●のTSした存在ではない良く似た別人、もしくは小説版のシリアスもできる●●●●が紛れ込んでTSした存在である可能性もある。
良く似た別人説はなかり信憑性がある。
あの●●●●は続編の構想において、自らと非常によく似たメンタリティの○○○○達と運命的な出会いを果たし、『放課後パートタイム』なるバンドを結成する運命にある。
一足早くメンバーの内の誰かが紛れ込み、TSした事によりずれた運命によってドクターウエストを名乗る事になっていても不思議では無いではないか。
「街並みも少し雰囲気変わってるか……?」
だが、今はドクターが本人かどうかは実はどうでもいい。
ミスカトニック入学の為に必要なシュリュズベリィ先生との出会いはあと二週間少しで訪れる。
実のところ、あの遺跡でルルイエ異本の写本を手に入れてから入学までにはそれなりにややこしい手続きが発生する為、しばらく自由に行動できる時間が減少する様になっているのだ。
写本の最低限の調査、安全性の確認、その写本を手に入れた俺と美鳥の身元の確認、精神的に問題があるかどうか、最低限の筆記試験による知能テストなどなどなど……。
この面倒な手続きが発生するか否かは、一つ前のループの大十字の神経質さ、慎重さなどが深く関わってくる。
が、何しろこのループで覇道鋼造となった大十字は、大導師がTSする瞬間を目撃しているのだ。
不確定要素があるかないかには神経質にならざるを得ないだろうし、面倒な手続きは確実に発生すると考えていい。
で、そうなると、今の内にこれからまたお世話になる場所や人には先に挨拶をしておかないと、仲を深めるだけの時間が確保できなくなる可能性も出てくる。
特にシュブさん。
彼女には大規模自己強化の前に激励を受け、山羊のミルクとチーズケーキを御馳走になり、無理はしないようにと心配も掛けてしまった。
ブラックロッジでのあれこれが一通り済み、あとは逆十字との接近遭遇を残すのみ、みたいな事になった今、シュブさんへの無事の知らせはかなり優先度の高いミッションと言える。
勿論、俺の主観時間でもかなり久しぶりである為、差し入れと言うか、お土産のようなものも持参している。
ここ二週間、家の亜空間畑でこっそりと栽培していたナノテクメロン。
実はメロンを本格的にした事は無かったので試行錯誤の連続ではあったが、加速空間内部で十数世代にも渡る品種改良が施されたこれはかなりの自信作。
思い返せば、ここに至るまでに多くの失敗、挫折がこのメロンに寄り添っていた……。
第一世代の、まともに甘くならなかった失敗メロン、第七世代の害虫や害獣を自ら捕食する自己防衛機能付きメロン、第十三世代の、数十のメロンが寄り集まって知的活動を開始し、自らを神と自称し始めるゴッドメロン。
様々な失敗を乗り越え、このナノテクメロン正式採用版がリリースされた。
彼女には散々お世話になっているし、ぜひともこのメロンを美味しく頂いて欲しい。
が、しかし。
「無いな」
この周、少なくとも、性別を確認した事があり、なおかつ顔と名前が一致している人間は今のところ全て性別が反転している。
その為なのか、街に存在する店舗、ビルの細部の造形などが微妙に通常のループの時と変化しており、ニグラス亭を探すのは難しかった。
ビルの設計者や注文主の性別が変わった事による細かなレイアウトや外装の違いが如実に表れているお陰で、大まかな配置はともかく、細々とした部分が色々とズレているのだ。
結局、頭の中で以前の周におけるアーカムシティ全体の立体図とこの周のアーカムの立体図を重ね合わせて、どうにかこうにか辿り着いた訳なのだが……。
「場所で言えば、間違いなくここなんだが……」
本来ニグラス亭が存在している筈の場所には、見慣れた定食屋は影も形も存在していない。
代わりに、寂れた路地に相応しい、ほんのり古臭く、その代わりに無駄に頑丈そうな質素な造りの家が存在している。
表札は存在していない。
玄関の戸は一見して木材のようではあるが、端々の細胞に魔術的な作用で変質した跡が見られる。
これで確信が持てた。
ここにはまだシュブさんが暮らしている。
呼び鈴を数度鳴らし、一分程待つ。
出てこない。呼び鈴が壊れている可能性を考慮して、ドアを強めにノック。
……出てこない。
いや、出てこない事は何もおかしな事では無い筈だ。
何らかの理由でニグラス亭を経営していないにしても、シュブさんにも日々の生活がある。
何処か別の所で働いているかもしれないし、日用品や食材の買い出しに出かける事もあるだろう。
それこそ、友人と遊びに行っている可能性もあるし、普通に昼寝している可能性だってあるのだ。
だが、何故だろう。
こんな、何でも無い事の筈なのに嫌な予感が、胸騒ぎがする。
胸騒ぎがする、というだけで、俺のセンサーは何も異常を感知できていない。
シュブさんの家の中がマップに映らないが、シュブさんの家やニグラス亭では稀にある事なので異常とは言えない。
周辺に脅威は存在しない。それは俺の全スペックが保障している。
でも、
「魔術師の勘って、結構信頼性高いんだよな……」
呟きながらポケットの中に手を突っ込み、亜空間から鍵束を取り出す。
家の鍵に倉庫の鍵に自転車の鍵に機動兵器の起動キーに……、あった。
シュブさんの家の鍵。
迷い無く鍵穴に鍵を差し込み、回す。
がちゃりと音を立て鍵が開いた。
今更だが、少なくとも鍵は元から掛かっていたようで、ほんの少しだけ安心する。
玄関を開ける。
木の癖に霞の様であり、粘性を持つ重金属の様でもあるドア。
獣の唸り声にも似た低い音を立てながら開くドアの隙間に身体を潜り込ませ、内部に侵入。
バッグに入れたメロンがドアに挟まりそうになるが、メロンはドアの挟撃に対しハイパーアーマーを発動、自力でドアを弾き返し無傷。
完全に内部への侵入が完了すると、ドアはひとりでに締まり、鍵がかかる。
オートロックだ。機械的な仕組みは見当たらないが。
家の中のレイアウトはあまり変わっていない。
が、人の住んでいる気配は無い。
いや、シュブさんが住んでいる気配は間違いなくするのだが、人間が住んで産まれる生活感では無い。
廊下を歩くと、以前には見られなかった微妙な位置に傷が出来てるのが良く分かる。
傷の深さ、位置共に、シュブさんが生活する上では付けようの無い位置に多くの傷が刻まれている。
山羊の蹄でもぶつけたらこんな形の傷ができるかもしれない。
フローリングの床には、何かどろりとした粘液がいたるところにこべりついており、掃除された気配も無い。
乾き始めた粘液の跡から類推するに、人間の背丈よりも僅かに高い所からゆっくりと滴り落ちた物が殆ど。
一瞬、シュブさんを陰から偏愛していた男性が押し入り、とても性的な状況に追い込まれているのではないかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。
腐りきり黒ずんだ精液の様に見えなくも無いこの粘液だが、僅かにシュブさんの気を感じる。
壁にべっとりと垂れていた粘液に指を突っ込み、にちゃにちゃしたそれを指先で弄ぶ。
成分的には、地球上に存在しないものも含まれているが……、これは恐らくシュブさんの唾液か何かだろう。
ほんの少しだけ、シュブさんの超ロックンロールなソロ活動(性的な意味で)で撒き散らされたそっち系の液体かとも思ったのだが、違っていたようで一安心。
廊下全体、目視できる範囲をスキャンし、廊下に残った粘液の中から新鮮な物をランク付け。
当然と言えば当然なのだが、シュブさんの自室の方に近付くにつれ、新鮮な粘液が零れている。
窓から飛び出したりしない限り、シュブさんはここに居る筈だ。
そして、シュブさんの自室の前。
幾度となく、という程では無いけれど、それなりの回数をこなした動作でもって、シュブさんの自室のドアをノックする。
「シュブさん、俺です。バイトの卓也です」
因みに、シュブさんは俺と姉さんと美鳥の事をそれぞれ下の名前で呼ぶ。
三人ともそれなりに付き合いがある為、名字で呼ぶとややこしい事になるからだ。
もっとも、名前を呼ばれてもその名前がまともな音域で聞こえた事は数えるほどしかないのだが。
十秒、二十秒、三十秒。
返事はない。眠っているのだろうか。
常識的に考えれば、ここは大人しく帰るべきなのだろうが、嫌な予感は消えていない。
ただ眠っているだけだとか、息を潜めてソロ活動していた、なんて落ちもあり得るかもしれない。
それはそれで構わない。つまりシュブさんの安全はその時点で保証されているからだ。
そんな場面に侵入してしまったならシュブさんの俺に対する信頼は地の底にまで落ちてしまうだろうが、シュブさんが無事ならばその程度の事は許容可能。
意を決し、ゆっくりとドアを開ける。
部屋の内部は至る所にヘドロの様に濁り切った粘液がへばりつき、反対側の壁を見る事すら困難な程、濃密に霧の様な何かが立ち込めていた。
有毒ガス、ではない。というより、単純な気体ではない。
この部屋に立ちこめる濃密な雲の様なこれは、一種の生態的な特徴を備えている。
単純に言って、生きているのだ。
だが、唯の霧状生物とも言い切れない。
視界を遮る雲状のそれらは、部屋のあちこちで明滅する切れかけの電灯の如く、不安定に寄り集まり、良く分からない肉塊を形成している。
ほつれた毛糸程の細さの触手に、捩じれた短い山羊の脚、粘液を垂れ流す口にも似た穴。
「シュブさん!」
慌てて、俺は部屋に立ちこめる雲状のシュブさんを抱き寄せ、圧縮する。
部屋に立ちこめる雲を二本の腕で抱きしめる、というとかなり概念的な行動に見えるかもしれないが、この程度の事はある程度の実力を身に付けた神性ならば属性問わず可能な行動だろう。
俺の腕の中に圧縮されたシュブさんは、雲と触手と肉塊の中間の様な姿で弱々しく呻き声をあげる。
『──見な───で』
目や耳、触覚の役割を併せ持つのだろう無数の細い触手を俺から背け、恥ずかしげに大気中のエーテルを震わせて呟くシュブさん。
攻撃能力を備え、獲物を引っかける為の反しの付いたやや力強いフォルムの触手を、こちらを押し退ける様にべしべしと叩きつけている。
だが、その触手の力も弱々しい。
普段のシュブさんならネームレスワンが一撃でオーバーキルされる程度の力は出る筈だが、今の力では精々デモンベインが大破する程度。
俺の身体相手では子供が軽く叩く程度にしかダメージは通らない。
そんな事を考えている間にも、シュブさんの非生物的に捩子曲がった口から、ごぼごぼと粘液を飛び散らせながら苦しげに咳き込む。
「そんな状態で何言ってんですか」
俺は抱き寄せた雲触手肉塊シュブさん(形の悪い焼く前のハンバーグに絶妙なバランスで悪趣味な色合いの綿飴を混ぜ、そこから蕎麦を生やし更に生焼けの目玉焼きを乗せた感じ)を持ち上げる。
これでシュブさんが人型であったら、多分御姫様抱っこになっているだろう抱きあげ方。
『や──恥ず──いから──』
羞恥心から抵抗を続けるシュブさんの声が、普段よりもはっきりと声として認識できる。
空気では無くエーテルを介しているからだろうか。
だが、何時もよりも良く聞こえるからこそ、声からですらシュブさんの不調が感じられる。
声に張りが無く、普段の溌剌とした雰囲気は垣間見る事すら出来ない。
「駄目です。だってシュブさん、あんな部屋一杯に広がっていたのにベッドに戻れて無かったじゃないですか」
『──uyyyyrrrrrrr■■■■■────』
顔に当たる部分と思われる雲状部分を赤化させたシュブさんの恨めしげな唸り声を無視し、ベッドの前へと移動する。
部屋自体はそう広くも無いのだが、どうにも空間が不安定である為かベッドへの距離が遠い。
シュブさんはささやかな抵抗としてじたばたと短い脚で蹴りを入れつつ、しかし数本の触手は俺の服の胸元をぎゅ、と掴んで離さない。
尖った蹄が俺の服を引き裂く前に、どうにかベッドにたどり着ければいいのだが……。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
結論から言って、シュブさんは軽い体調不良だった。
数十年前、丁度アリゾナにデモンベインとリベルレギスが落着したと同時期から徐々に体調が崩れ始め、人型を保てなくなり始めたらしい。
その他、熱、鼻水、粘膜の炎症、触手の先のしびれ、蹄の付いた足の肉離れなどが併発。
こんな体調では食堂を経営する訳にも行かず、店は一時的に店舗ごと撤去、療養に時間を費やそうとしているのだとか。
因みに、この街の病院では無く、一度里帰りして地元のかかりつけの病院で薬を大量に貰って来たらしい。
特殊な体質の人はこういう時に不便なのだ。俺にも少しだけ覚えがある。
「で、治りかけた気がしたから少し外出して買い物とかしていたら、一気に全部ぶり返してきた、と」
「────」
顔っぽく蠢く雲部分のすぐ下まで布団を掛け、『こくり』と弱々しく一度だけ頷くシュブさん。
どうやら、本人も多少調子に乗り過ぎていたという自覚はあるらしい。
そりゃ、寝てる間に思いついた新メニューの材料揃えに市場に行って、知り合いの作家の新刊を買いに本屋に行って、気になる新作映画見に映画館行って、その直ぐ次の日に体調崩せば、余程の馬鹿でも無ければ反省するだろう。
溜息を吐きながらも、持参したメロンを取り出し、その場で適当なサイズにカッティング。
斬り方にも気を付けている為に汁は零れていないが、シュブさんがこぼした粘液的なよだれがあちこちでシミになっているので、今更気にする必要はなかったかもしれない。
皿に盛りつけフォークを刺し、ちらちらと此方に触手を向けるシュブさんに差し出す。
「食べられますか?」
「──」
シュブさんは触手の連なりと化した顔をふるふると横に振る。
先ほどベッドに運ぶまでの抵抗で体力を使い果たしてしまったのだろうか。
仕方が無いので、小さくカットされたメロンに刺さったフォークを手に、メロンをシュブさんの口元、へと……。
ええい、口はどこだ。触手しか無いじゃないか。
と、思ったら、触手のざわめきの中に恐らく口と思われる部分を発見した。
宇宙の深遠にも繋がっていそうな、漆黒の闇を湛えた口内。
「シュブさん、ほら、口開けてください。『あーん』です」
「────」
収束し掛けていた顔面を赤熱した雲に徐々に変化させつつも、触手の隙間に見える小さな口を開け俺の突き出したメロンを口に運ぶシュブさん。
金属製のミミズが大量発生した中に突っ込んだらしそうな、妙にがりがりザリザリと硬質な咀嚼音。
「美味しいですか?」
「─ん……」
頷きと共に聞こえた肯定の言葉は、前半が聞き取れなかったのか一文字だけの頷きだったのか。
にちゃぁ、と、粘液染みたシュブさんの唾液と共に引き抜かれたフォークは溶解しつつも削り取られ、既にフォークとしての機能を半ば失っているように見える。
唾液を飛ばす様に軽くフォークを振り、シャコン、と小気味良い音と共にフォークの先端が再構築。
次のメロンに突き刺し、シュブさんの口の前に持って行く。
「次は、メロンだけ食べて下さいね」
俺の言葉に、難しそうな表情でどうにか頷くシュブさん。
──結局、シュブさんがカットしたメロンをお腹いっぱい食べるまでに、フォークは八回程の再構築を余儀なくされたのだった。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
家に戻り、床の上でぐったりしてる美鳥を横目に、余ったメロンを姉さんと処理。
「で、シュブちゃんは入院するって?」
「うん、二年半もすれば治るから、それまでは大人しくしてるってさ」
なんでも、ここ最近急にホルモンバランスが崩れたせいで、全体のバランスが維持できなくなったとかどうとか。
魔術研鑽の片手間に蓄えている医療関係の知識では、ホルモンバランスが崩れた程度で人の容から逸脱するとか聞いた事も無い。
が、まぁあのシュブさんの事だから、触手や肉塊や霧の塊になるなんて事は珍しいことでも無い。ループ初期ではちょくちょくあんな感じの姿だった周もあった訳だし。
人と異なる体質だと、下手な病院には掛かれないものなぁ……。
「自宅療養じゃ駄目なの?」
メロンの房の根元に親指を当て、開く様にして綺麗に真っ二つにカット、皿に片方を置いてスプーンで中の種を取り除きながら姉さんが首を傾げる。
俺としても、ニグラス亭がまる二年使えないのは不便でならないからそうして欲しかったのだが。
「自宅療養だと、変な治り方してふたなりっ娘になるかもしれないから、ちゃんと検査を受けたいんだって」
別に、俺はシュブさんがふたなりだろうが何だろうが、元気にニグラス亭を切り盛りしてくれれば何も文句はないのだが、そういうのは他人では無く本人の気持ち次第だろう。
治りかけの所ではしゃいだだけであそこまで病状が悪化するなら、やはり本人にも気付けないレベルで疲労が溜まっていた可能性もある。
バイトと間食のあてが無くなってしまったのは辛いが、シュブさんも働き詰めだった訳だし、これを機にしっかりと休んで貰うのも悪くはないのかもしれない。
「美鳥は?」
ふと思いつき、床に倒れ伏したままの美鳥を横目に見ながら問う。
超立方体状態で姉さんのポケットに入れられていた美鳥を取り込み、今回の強化で手に入れた能力や諸々を組み込んで再構築してからかれこれ二週間あまり。
最初に少しトラブルはあったものの、既に美鳥の最適化は完了している。
シュブさんの所に挨拶に行く時には、出歩く元気は無かったものの、ここまで微動だにしない程ぐったりはしていなかったと思うのだが。
俺の問いに、姉さんはメロンにスプーンを突き立て球状に刳り貫く作業を止め、答える。
「えっとね、身体を成らす為に、卓也ちゃんがシュブちゃんの所に挨拶に行って少ししてから、散歩に行ったの」
「うん」
「そしたら、街で武装警察の二人に会って。ほら、性転換してるじゃない?」
「してるね」
「女武装警察の二人のバストが」
「わかった。この話題はやめにしておこう」
床に倒れている美鳥の顔の辺りから、塩っぽい臭いの透明な液体が流れ出している。
ついでに啜り泣きもセットで聞こえて、心なしか美鳥の肩も震えている。
これ以上詮索しないのも武士の情けだ。
「でも、そっか。シュブちゃんとこは二年半お預けかぁ……」
半分になったメロンを抱え込み、姉さんがしみじみと呟く。
「姉さんが作品世界の存在に気を掛けるなんて珍しいよね」
「嫉妬しちゃう?」
まさか。
首を横に振り、考えながら答える。
「姉さんなら、そうする意味があるんじゃないかなとは思ってるよ」
そうする意味、シュブさんかシュブさんの周辺に何かがある可能性。
俺はそれに付いて深く考える事が出来ない。
しない、でも、気が向かない、でもない。
文字通りの意味で、俺は何故かシュブさんに対して思考が鈍り、不自然なまでに鈍感になる。
シュブさんの事を別の場所で話している時でも無ければ、自分の思考が不自然に鈍っている事にすら気付けない。
そして、思考の鈍りに気付けてもそれを直さなければと思えない。危機感を抱くべき事柄では無いと思ってしまうのだ。
真相に近づこうという気さえ起せないのだから、これに関しては考えるだけ無駄だろう。
「無い訳じゃないけど、それでなくても、あそこのジンギスカン定食は美味しいでしょ?」
姉さんがほんの少しうっとりとした表情で空を仰ぐ。
確かに、ニグラス亭のジンギスカン定食は絶品だ。味もそうだが、まず見た目のインパクトも凄い。
ジンギスカン鍋に乗せられた羊肉がじゅうじゅうと激しく音を立てながら煙を吹く様は、初見ならば間違いなく心奪われる光景だ。
肉汁とタレが浸み、ほんのり焦げの入った野菜もかなり量があり、肉ばかりで飽きるという事も無い。
「俺は、唐揚げ定食の方が好きかなぁ」
対して、唐揚げ定食は決してニグラス亭における人気メニューという訳でも無いが、その豪快な盛りに一目置く客は決して少なくはない。
脂身ばかりで食べるところが少ないと言われがちなペンギンではあるが、何故か唐揚げになる段階ではそれなりに筋肉も詰まった肉質に変化しており、ジューシーなだけでなく鶏肉の確かな歯ごたえも存在しているのだ。
他の常連客(黒い神父だとか銀髪の少女だとか褐色肌のメイドだとか白い獣だとか、他にも豪奢な黄色の法衣を来た仮面の男とか、頭の両脇が白髪の美食家とか、作家業を兼業する大食い探偵とか)が言うには、ある時期を境に唐揚げの作り方が絶えず変化し続ける様になったのだとか。
俺も、味やら食感が良くなったり悪くなったりしているのは気になった。
初期の頃に比べて薄目の味に変化しており、タレに付け込んだのではなく、塩と酒をメインに適度な量のスパイスでの味付けに変化しているのだ。
そのお陰か、サッカーボール程という異常なサイズからは想像も出来ない程に食べやすく、しかも食べ応えもあるので、バイト以外で行けば必ず食べると行っても過言では無い程食べ続けている。
シュブさんも店を出す以上は商売人だ。メニューの改善には一手間も二手間もかけているに違いない。
「あたし、あの店はレアチーズケーキと山羊ミルクを本格導入すべきだと思う」
先ほどまで殆ど動かなかった美鳥も手を上げながら主張する。
声が僅かにかすれているが、気にしないで挙げるのが優しさというものだろう。
美鳥が言うレアチーズケーキと山羊ミルクとは、もちろん以前にシュブさん宅で頂いた物の事。
一時期店に出していた、形と味と風味と栄養価と値段を整えただけのものではなく、霊質的にも優れた効用がありそうな気がする程の美味しさを誇っている。
地球人類の持ち得る言葉では形容しがたい味なので詳しく説明は出来ないのだが、これがまたべらぼうに美味い。
が、これを作るとシュブさんの肉体の一部がもやもやして熱を帯び、まともに仕事をする気が無くなってしまうので、大量に作るのは難しいと聞いた。
美鳥としては残念だろうが、シュブさんの体調の良い時に行けば他の客には内緒で作ってくれるらしいので、その時にでもお土産に持ってきてやろう。
とまれ、何のかんの言って、姉さんも俺も美鳥も、ニグラス亭の、シュブさんの作る食堂飯にそれなり以上に惹かれているのだ。
「ま、お姉ちゃん的には、無いなら無いでいいんだけど」
「お姉さん出不精だもんね」
確かに、買い物とか、時たまふらりと散歩にも行くけど、毎日って訳でもないしな。
あんまり積極的に出歩くとその世界に飽きるのが速くなるからじゃないかと推測しているのだけど。
「とにかく、最低でも二年半はニグラス亭に行けない訳だし、他に美味しい店探すのもいいんじゃないかな。この一周は、強化とか関係無くまったり過ごすんでしょ?」
姉さんの言葉に頷く。
ニグラス亭を見つけ通い出してから、もう飛ばしたループを抜かして考えても数百年近く経過している。
他の店に行かなかった訳でも無いが、そういった店に入るのは待ち合わせまでの時間潰しだったり、何か注文したにしても特に味を気にせずに流し込んでしまう場合が多かった。
ここらでニグラス亭の留守に代わりを務められる店を探すのも、マンネリ回避の上では重要だろう。
「二年半も時間がある訳だし、そんなに急ぐ必要も無いと思うけどね」
「ミスカトニックに入学してからでも十分間に合うわな」
あと二週間もあるが、一度日本に戻ってルルイエ異本不完全写本の安置してある遺跡の場所を確認して、シュリュズベリィ先生との邂逅に備えよう。
皿の上に残ったナノテクメロンの皮が自発的にティッシュで水気を取りゴミ箱に向けてジャンプする姿を眺めながら、俺はどうやって新たなアーカムの隠れた名店を探しだすか、そんな事ばかりを考えていた。
続く
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第五十五話でした!
今回は五十六話とセットなので後書きは短めで。
シンプルな自問自答コーナー。
Q,大導師さまの『ゆ』?
A,照れ屋さんなんですよ、きっと。
Q,シュブさんが!
A,なんか感想で人気が出てきたみたいなので、あざとく看病イベント。見ての通り産まれたままの全裸です。サービスカットだね!TS周では病欠。
Q,ナノテクメロン?
A,ナノマシン技術の粋を結集した無敵のメロン。強くてかっこよくておいしい。いわゆる、『ぼくがかんがえたさいきょうのめろん』
以下ステータス。
攻撃力・あまり自発的に動かない。自己防衛の為なら蔦を使って機械獣を絞め殺せる。並の害獣なら真っ二つに千切れる。
防御力・すごいがんじょう。二刀流のカイザーブレードなら耐えきる。ダメージを受ける度に更に甘くなる。
敏捷性・おそろしく速い。フリーダム以上テッカマン未満。食べられた後は素早くゴミ箱に移動する事ができる。
糖度数・素晴らしい甘み。味皇の脳味噌が爆発して、秋山ジャンが悔しそうに敗因として語り出す。
香り・グルメ界に迷い込んだかと錯覚する程の豊潤な香り。気の弱い者なら失神する。
見た目・アールスフェボリットにも通ずるデザインの美しいマスクメロン。表面の網目の様なエナジーラインは地球の龍脈と似た配置になっているかもしれない。任意で手足が生える。
性格・生みの親である主人公に忠誠を誓う寡黙な紳士。通常なら並みの刃物では傷一つ付かないが、食べられるべきだと思った相手には自ら身を開き実を差し出すという。
繁殖力・ほぼ無し、頂点は常に一種のみ。種は余程肥沃な土地で無ければ芽も出さない。ナノテク畑(文字通りの畑的な意味で)専用と言ってもいい。
次回予告と内容が一致してないって?
五十六話は早めに投稿するのでそれで許して下さい。
まぁ次回は次回でTS回の使い捨てメインヒロインは触り程度にしか触れないけどな!
そんな訳で今回もここまで。
当SSでは、誤字脱字の指摘に即座にできる文章の改善案や矛盾している設定への突っ込みに諸々諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心からお待ちしております。
犬も歩けば棒に当たる。
名探偵は殺人事件の発生率を上げ、悪党はヒーローを招喚する。
トリッパーはどうか。
トリッパーはイベントに当たる。そして原作キャラに当たる。
原作に出てこない場所だからと油断は禁物。
原作キャラだって、買い食いくらいしているのだ。
次回
『ラーメンと風神少女』
お楽しみに。