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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第五十話「大導師とはじめて物語」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/04 12:39
数秒前までのあらすじ。
大十字にスイーツ奢らせて悠々帰宅しようとしたら、見た目がマスターテリオンなペルデュラボー君(口調は少し大導師っぽい)にスカウトされた。──以上。
そして目の前に本編。

「えぇ、と」

地球は狙われている、っていうか、ごめんなさい、こっち来て十年目位に住人フル改造してから蹴り砕きました。
後、スランプ陥った時とか、気分転換にレーザーで溶かしたりメイオウ攻撃で消滅させたり結界無しの打ちっ放しレムリアインパクトで焼きながら押しつぶしつつ汚染したりドリフ流しながらガウ=ラ入りの月を重力レールガンで落としたりして、何回か滅ぼしました。
やばいな、シュブさんには毎回事前に退避して貰うようにお願いしたし、その後にご機嫌伺いの為に何度か食事とショッピングに誘って色々プレゼントしたり、色々とアフターケアしたけど、地球を破壊した事には変わりない。
で、目の前のは地球が狙われている事に危機感を感じてる、つまり地球が大事という事だ。
どうしよう、これ、ばれたらかなり印象悪いよな……。いいか、黙っておこう。
しかし、どう返答するべきだろうか。

正直言って、今目の前に居る大導師マスターテリオン(自称)が相手ならば、間違いなく『殺せる』のだ。
原作の大導師もデモンベインを殴り飛ばせたが、それは未だ気合いの入っていない未熟な魔術師の乗る不出来な鬼械神だからこそであり、生身で鬼械神と戦闘が可能という訳では無い。
更に言えば、目の前の大導師(?)は今まで見てきたどの魔術師よりも確実に強大な力を有してはいるが、原作の描写を元に想定していた能力と比べれば見る影も無い程に力が足りない。
リベルレギスが召喚される前に速攻で決められればまず間違いなく仕留められる。

だが、実際問題既に活動状態にあるマスターテリオンは無限螺旋の流れとは異なるタイミングで殺害しても意味が無い。
何故ならば彼もまた、特別な存在(邪神の加護という名のオートリロード機能付き)だからです。
これらを踏まえて、俺の取り得る選択肢は……、
①殺害する→ニャルさんが巻き戻して無かった事に。無意味。
②逃亡する→待ち伏せされてたって事はヤサも割れてるんじゃなかろうか。報復活動で畑を荒らされそうだから没。
③協力する→これが一番現実的だが、なんかニャルさんの思うつぼ臭くて気に食わない。

「パス1で」

とりあえず保留で済ませておこう。
一旦家に帰って姉さんに相談したいし。

「貴様、折角のマスターの御誘いに……!」

回答を先延ばしにする俺の返答に、大導師(仮)の背後の倉庫の陰に身を潜めていたナコト写本の精霊(?)が、ガタっと音を立てて飛び出してきた。
うん、飛び出してきた。何か、虚空からページがにじみ出してとかそういうエフェクト一切なし。
ていうか、さっきから倉庫の陰から少しはみ出してた。顔を少し出して此方を観察してた。
表情も雰囲気も凄んでいるし、威圧感もかなりのものなのに、子犬臭がするのは何故だろう。

「良いん……、よい、下がれ、エセルドレーダ」

そして、そんなエセルドレーダ(暫定)を掌で制止する大導師(仮)。
一見カリスマ臭漂わせてる風だけど、今明らかに『よい』って言う前に『良いんだ』って言おうとしたよな。
これは、これは、いったい、ええと、なんだろう。俺は白昼夢でも見ているのだろうか。
ドッキリ、でもないよな。
何時の間にかループが終わって息子世代のミスターキシドーの同級生に転生した方のマスターテリオンと会っているとかでもないし。

「ではな。色好い返事を期待している」

傍らにエセルドレーダ(暫定)を寄り添わせた大導師(仮)はそう言い残し、倉庫街の暗闇へと消えて行った。──徒歩で。
俺はしばし大導師(仮)が消えて行った方角を見つめ続け、ゴクリと唾を呑みこむ。

「ど、どういうことなの……」

俺の呟きに答えを返す者は無く、疑問は夜の倉庫街へと静かに溶け込んでいった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その後、周囲に此方を探る視線の類が無い事を確認した俺は、夜間飛行を楽しむことも無くワープで自宅へと直帰。
そして、まるで大導師マスターテリオンの様な、それでいて本当にマスターテリオンか怪しい人物について、何か心当たりが無いか姉さんに訊ねた。

「なるほど。でもね卓也ちゃん、別に大導師マスターテリオンだって、最初から原作の様なラスボス臭漂うノリな訳でも無いの」

だが俺の戸惑いとは裏腹に、姉さんの返答は『なぁんだそんな事か』とでも言いそうな程にそっけないもの。
姉さんにとってはありふれた展開なのかも知れないが、それでも俺はこういう事態を体感するのは初めてなのだから、こうものんびりされるとやきもきしてしまう。

「そりゃ知ってるけど、それにしても『アレ』がマスターテリオンだとするには、少しなぁ」

「でも、お兄さんはマスターテリオンについてあんまり知らないじゃん」

姉さんの言葉にも納得いかず腕を組んで首を捻っていると、美鳥が突っ込みを入れてきた。
確かに俺はここまでのループで、ブラックロッジの関係者とは殆ど接触を図っていない。

稀に覇道の船でドクターウエストと顔を合わせる事はあるが、そもそもアレとは中々会話がかみ合わず、辛うじて成立する会話はデモンベインの改造案や、科学的に優れた威力を持つ武装や科学的見地から見て素晴らしい効力を発揮する発明品に関する話のみ。
勿論大導師の人間性やその魔術師としての実力の程が話題に上った事は無い。

死体を取り込んだ『暴君』──エンネアの脳味噌の中に残っていた情報にも、大導師の人柄や能力を正確に示す事の出来る記憶は存在していなかった。
如何に記憶が取り出せるとは言っても、それはその記憶を体感したエンネアの知覚し得る範囲内の情報を知る事が出来るというだけの話だ。
『大導師マスターテリオンも邪神の企みを知っていて、解放されたがっている』というエンネアの記憶も残っているが、それは余りにも単純化された推測でしかなく、大導師がその邪神のたくらみに関してどのような感情を抱いていたのかは考えても居なかったらしい。
……何故か取り込んだ時点で大導師への憎悪の様なものはかなり希薄になっていたようなのだが、それならそれで大導師が何を考えて大導師なんてしてるのかとか、考えないものなのかね。
複雑な関係ではあるのだろうけど、仮にも親子な訳だし。

「知らないなら、これから知っていけばいいってのは、ギャルゲエロゲの主人公のセリフだよな」

大十字を差し置いて俺が言う訳にもいかないし。
ていうか、これから知って行こうと思ったら、それすなわちブラックロッジ入社という事になるのではないか。
やだなぁ、なんか臭そうな感じだし、乱交パーティとかしてるんだぜ? いやらしい。
健全な精神と健全な肉体を兼ね備えた俺からすれば、あまり所属したいとは思えない組織だ。
ていうか大導師からの直接スカウトとか、逆十字に陰険にいびられるフラグだろ、常識的に考えて……。

「うぅん、なんだか卓也ちゃんはイマイチあれが大導師マスターテリオンだって信じられないみたいね」

姉さんは頬に手を当て、眉をハの字にして困ったような表情。

「どうにもね。……あれが大導師だとしても、せめてああいう性格になるまでに何があったか分からないと納得いかないかな」

とはいえ、事はそう単純な話ではない。
ああいう性格になるまでに、大導師はかなりの数のループをこなしているのだ。
しかも俺達の様に二年ループではなく、数十年で一周のループを俺達よりも多い回数こなしている。
あの性格に至るまでの経緯を知ろうと思ったら、もう戻る事の出来ない過去のループの内容を知る必要が出てくるのだ。
ボソンジャンプに金神パワー、ド・マリニーの時計と時間を操る方法はいくつか所持しているが、それでは単純に過去に跳ぶ事しかできない。

いや、正確に言えば跳ぶ先は過去と表現するのが正しいのかも分からないのだ。
例えば十周前の南極大決戦に跳ぼうと思ったら、俺の主観時間では単純に二十年と少し前になるが、外から見た場合南極大決戦は未来の出来事になる。
勘違いしている人も多いと思うが、あくまでもデモンべイン世界のループは大十字と大導師を中心に存在しており、それ以外の存在にとっては極々普通の過ぎ去るだけの時間になる。
常に変化を続ける大導師と大十字。過去のループの大導師に会うのは、通常の時間遡航技術では不可能という事になる。
世界を軸に時間を遡るのでは無く、通常の世界の時間の流れとは異なる時間に生きる大導師の時間に合わせて過去に遡る必要があるのだ。

「つまり、お兄さんは照り夫の歴史を、初めてを見に行きたい、と」

何時の間にか、ずんぐりむっくりとした縫い包みに姿を変えている美鳥。

「待ってましたぁ! 今日のテーマは、『大導師マスターテリオンの初めて』ね、それじゃいくわよー」

「行くって何処に、ていうか美鳥の姿は何?!」

状況に付いていけない俺を無視し、姉さんと美鳥(ヌイグルミ)は肘から先を小さく動かし怪しげな踊りを踊り、口からは未知のエネルギーを含んだ呪言を紡ぎだし始める。

「くるくるバビンチョ」

よくよく見ると美鳥の目から見事にハイライトが消えうせている。

「パペッピポ」

姉さんに肉体の支配権を奪われ、魔法を使う為のデバイスとして使用されているのだろうか。

「ひやひやどきんちょの、モーグ、タン!」

ぐにゃぁ、と今の光景が歪み、眼に見える物が三次元から二次元へとその姿を変貌させていき──

―――――――――――――――――――

──気が付くと、肩に美鳥のヌイグルミ(ヌイグルミの美鳥というのが正確だろうか)を乗せた姉さんと共に、いかにも人気が無く、外からの観光客にも恵まれ無さそうな田舎町のど真ん中に突っ立っていた。
当然、眼に映るものは全て二次元、つまり絵の様な感じに見える。

「姉さんは二次元でもかわいいなぁ」

デモベの原作っぽい絵柄だが、どちらかと言えば飛翔の頃の絵柄なのでさほど見苦しくも無いどころかやっぱり姉さん可愛い。
当然、姉さんに顔が似ている美鳥も可愛いのだが、これはまぁ、いいや。

「流石の適応力ね、卓也ちゃん」

「今まさに雑な扱いをされている気がする……! ……なんか知らんが気持ち良くなってきた」

いかんぞ美鳥、マゾとかサドとかで安易にキャラ付けすると、余計に影が薄くなり扱いも雑になると相場がきまっているのだからして。
とりあえず虐めておけばいい虐めさせておけばいいなんて安易な発想は金やすりで寿命を削り取るがごとし、だ。
それはともかく、

「姉さん、ここは?」

「ループ開始前の19××年のアメリカはアーカムシティね」

「アーカムシティ? ここが?」

あの大都会、世界の中心、アーカムシティ?
この、海岸の使われて無さそうな港と、少し大きめの大学くらいしか見所の無さそうな街が?

「アーカムシティって、本当ならこんな感じなのよ? ああいう大都会に変化したアーカムの方が珍しいんだから」

どや顔もかわいい姉さんの肩の上で、ぬいぐるみと化した美鳥がるるぶマサチューセッツ特集号のページを捲りながら、ふむふむと頷いている。
ていうか、髪型とか衣服とか抜きに考えると、どう見てもピンク色の豚かモグラの出来損ないにしか見えないなこれ。百歩譲って桃色の獏か?
あの顔面のふくらみは鼻なのか口なのか。それすら判別できない奇妙奇天烈な肉体構造。
ヌイグルミに肉体の構造も糞も無いだろうけど。

「文献にもこれと言って見どころが書かれて無いね。産業みたいなのも無いみたいだし、本当に大学がある街でしかないっていうか……、お兄さん、なんであたしの鼻を揉んでるの?」

説明を続ける美鳥の鼻っぽい部分を揉んでいると、美鳥が鼻声で疑問符を頭の上に浮かべた。
やはり鼻だったか、鼻が六割、上唇が一割、口と鼻が一体化した器官が三割程度の確率だと思ったのだが、読みが当たったな。

「嫌だったか?」

「せめてもっと情感を込めてねぶる様に揉みしだいて貰えるかな」

はかはかと息を荒げ出した美鳥のぬいぐるみから手を放し、再び姉さんに向き直る。

「ここがアーカムってことはわかったけど、ここと大導師に何の関係が?」

「そうね、まずはあそこ」

姉さんが指差した先には、ミスカトニック大学の正門前の広場が存在していた。
よくよく見ればミスカトニック大学の時計塔も、なんら魔術的ギミックが仕込まれていない極々平凡な時計塔になっているのだが、問題はそこでは無い。

「なんか集まりがあるみたいだね」

広場には十数人程の集団、いや、見物人まで集めれば倍の数十人ほどだろうか。
演説台替わりの木箱の上に立ち、金髪の美少年が何やら演説を行っている。
内容は……、巧妙に暗号化されありふれた学生活動の様に聞こえるが、魔術に対する啓蒙活動とでも言えばいいのだろうか。
魔術の実践的な修行や研究をもっと積極的に行っていくべきであり、今の大学側のやり方では直ぐに限界が来る、的な事を身ぶり手ぶりも加えて熱弁している。

因みに、この暗号化を解けない人間が聞けば、彼は延々情熱的に長葱に宿る霊的脅威に関して演説を行っているように聞こえるだろう。
群衆の外側に陣取っている人々や、聞き流しながら通り過ぎる人達は皆一様に苦笑いを堪えている。
きっと、『こいつどんだけネギに付いて語るつもりだよ』みたいな感じなのだろう。

「なんか、こういう光景は逆に新鮮だね。俺が通っている時点だと魔術の積極的な実践研究とか、あそこまでおおっぴらに主張できないし」

そういう主張するのはブラックロッジの信徒と相場が決まっているし、下手に大学で言おうものなら疑いの目を向けられかねない。
元の世界では高校どまりで大学にはいかなかったけど、現実の大学でもああいう学生の演説みたいなのは余り行われていないらしい。
まぁそこは日本人の気質的な部分もあるのだろうけど、ああいう、いかにも学ぶ事を目的に大学に来ました的な若者の迸るパッションっていうのだろうか、憧れる物がある。

「そうね、ここまでなら、その感想で済むんだけど、ね」

クスリと笑いながら、姉さんは演説を続ける少年と周囲の群衆に好奇の視線を向けている。

「何が始まるんだい、お姉さん?」

なんかこのヌイグルミ美鳥、声の抑揚が激しいんだよなぁ。
わざとらしいって言うか、大げさというか。二頭身前後しか無いのにやたらぐにぐに動くし。

そんな事を考えている内に、金髪の少年の演説がそろそろクライマックスに入ろうとしている。
金髪の少年も自分の言葉と理論に大分酔っているようで、熱に浮かされた様な表情で演説を〆に掛かっている。

「魔術のあるべき姿、魔術の真理は唯机に座して理論を組み立てるだけでは到底辿り着く事はできない!」

良い事言うなぁ。

「魔術の真実とは法の言葉、そして、法の言葉とはすなわち意思そのもの!」

法の言葉とは意思である、か。
魔術は意思を持って法則を書き換える術な訳だから、これもある意味では一番魔術をシンプルに表す言葉になるか。
でも、結局その言葉だけなら座学で教われちゃうんだよな。教える側はそれなりに実践を積み重ねた魔術師な訳だし。
ああでも、ここが極々初期の、まだ覇道鋼造によって手を加えられていないアーカムのミスカトニックだと考えると、そこまで優秀な魔術師は所属していないのか?
シュリュズベリィ先生とアーミティッジ博士は元からここに所属していたにしても、それ以外の陰秘学科教授は外からスカウトされてきたのが大半だし。
陰秘学科の人数にも寄るけど、そういう教えを聞いた事の無い学生もいるのだろうか。

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

「法の言葉は意思(テレマ)なり!」

なんか暗号を解読出来てた連中は揃いも揃って金髪の青年の迫力に当てられて熱狂してるし、本当に教育は行き届いていないのかもなぁ。
大体、意味を理解するのはともかくとして言い方が悪い。
その騒ぎ方じゃ、どこぞの魔術結社まんまだっつうの。
せめて周囲の意味が解ってない連中とかに気付かれない程度に騒げよ、ドン引きしてるだろうが。

「……あれ?」

ていうか、中心に居る金髪の少年、どっかで見たことがある気がする。
具体的に言うと、機神飛翔のクリア後の特典CGみたいなので。

「えー、この信仰に基づいて正しい秩序について考えを深めたい、という方は、ぜひ放課後のサークル活動にご参加くださーい!」

やはりさっきの少年の言葉が〆だったようで、青年を取り巻く側では無く、青年の傍に立っていたどことなく高貴な風貌の白衣を着たアラブ系の少年が、木で作られた簡素な看板を担ぎ、見物客にチラシを配布している。
白塗りの木の看板にポップな字体でカラフルに描かれた文字。

『魔術研究サークル【ブラックロッジ】、ただいま部員募集中!!』

「ば……」

ばんなそかな。

―――――――――――――――――――

魔術研究サークルとか、きっぱりと魔術って言っちゃってるし。
葱の霊的脅威とか、カモフラの意味がまるで無い!

「ふふふ、これこそが、第一周目、まだ無限螺旋が始まる前のブラックロッジと、大導師マスターテリオンの最初の姿、という訳よ」

驚いた? ねえねえ驚いた?
そんな悪戯っぽい表情も素敵な姉さんに、しかし俺は未だに混乱から脱する事が出来ない。

「ばんなそかな!」

もっとこう、黒の王っていう位だから、生まれた時から俺最強、人類マジ皆殺し五秒前メーンみたいな感じじゃ無いのか?
こう、長生きし過ぎて擦り切れる前の大導師って、超ノリノリな悪の帝王的な感じを想像していたのだけど。
え、何あの好青年。如何にも優等生ですみたいな雰囲気なのに、しかしそれでいて嫌味なところが無く同じサークルの連中からは気軽に友人関係を築かれてるし。
ていうか、魔術一辺倒の少し嫌味孤高入りかかった大十字(今の所二十周に一回くらいそんな感じのが出てくる。魔術戦闘でぼこると治る)の初期状態よりよっぽど大学に馴染んでるじゃないか。
え、白の王ホントにそれでいいの? 初期状態でダークサイドのトップにライトサイドのステータスで劣るとかヤバくね?

「人に歴史あり、ってやつよねぇ……」

あと、今気付いたけどこれ姉さん扮するお姉さんと美鳥扮するヌイグルミ、役割が逆じゃね?
いまいち美鳥がヌイグルミになった意図が分からない……。

「ここからは少し何も無い平和な時間だから、ターニングポイントまで早送りするね」

そう姉さんが言うと、背景がまるでVHSの早送りの如くノイズ混じりに加速し、瞬く間に太陽と月が数百回入れ替わり──

―――――――――――――――――――

数秒も経たない内に、俺達はアーカムシティの外れ、今では使われていない廃港の倉庫街の屋根の上に立っていた。
一見人気が無いように見えるが、闇に紛れる様に黒い衣装に身を包んだ集団が、倉庫街のあちこちを徘徊している。
何かを探す様に徘徊する集団は、皆一様に手に武器や魔導書を持ち、衣装や肉体の一部などに旧神の印(エルダーサイン)を刻んでいる。

「あれって、もしかしなくても八月党の連中だよね」

ヌイグルミの美鳥が姉さんに訊ねる。だからビジュアル的にそこは逆だろうと。

「こんなしなびた村でもああいう連中は居るもんなんだね。狙いは陰秘学科の学生かな?」

確か、旧神以外を頼りに発動する魔術を使用する連中は全員邪神信奉者だから浄化してよし、みたいな教義だった筈だし、未熟な陰秘学科の学生とかいいカモなんだろう。
実際、元の時代みたいにアーカムシティに霊的、魔術的結界が張られていなければ、ブラックロッジの様な大手悪の魔術結社が暴れていなければ、彼等のアーカムでの活動もより活発な物になっていた筈だ。
まぁ、あの時代ではまだ旧神の名を借りた邪神の加護も無かったから、そこまで力が無いってのも原因なのかもしれないが。
彼等が力を振るえるのは、彼等が旧神と信じている邪神の加護があってこそであり、その加護は邪神の都合のよい、信徒たちを何かしらの企みの為に動かそうという時だけなのだ。
アーカムシティの外に居る八月党が、シュリュズベリィ先生自ら動かなければならない程に力を得ているのも、無限螺旋にシュリュズベリィ先生を関わらせる事に旨味を感じられなくなった邪神の企みが原因であるらしい。

で、話は今眼下で何者かを追い立てている八月党へと戻る。
普段の彼等の装備というのは、前述の理由によって魔術的に見て余り力を得る事の出来ないハリボテ同然の物だ。
が、今の彼等の武装、もしくは身体能力は、正に超人の域に達していると言っていい。
多分、今ここに集まっている連中全員で連携を組めば逆十字一人くらいなら相手取れるのではないか、という程度には全能力を底上げされている。
アレだけの能力を持ってして邪神が彼等に追い立てさせている獲物とは、一体何処の何者なのか。

「じゃ、ちょっと事情を聞いてみよっか。すいませーん、ちょっといいですかー?」

俺の思考をナチュラルに読み取った姉さんが、屋根から飛び降りて忙しそうに駆けまわる八月党の党員に話しかける。
姉さんだけを行かせるのも忍びないので、俺と美鳥も同じく飛び降り、姉さんの隣に立つ。
大きな声で呼びかけられたにも関わらず、周りの八月党員は気付く気配も無く、呼びかけられた党員だけが姉さんと俺達に振り返った。

「なんだ貴様ら、貴様らも汚らわしい邪神の信徒か!」

やはりいきなり屋根の上から飛び降りてくるというのは不審者に見られても仕方の無い搭乗の仕方なのだろう。
魔導書に魔力を迸らせ手にした歪な造形のナイフを突き付ける党員に、誤解を解く為にも俺と美鳥は努めて冷静に答える。

「とんでもない、家は先祖代々葬式の時と除夜の鐘の時と盆はブッディストだよ。クリスマスはキリスト教で、元旦は神道系になるが。あと姉弟姦推奨の宗教とかあれば籍だけ置いてやらないでもない」

「あたしはヌーディスト寄りのブッディストかな。それ以外はお兄さんと大体同じ感じで。ついでに近親在りのゾロアスター教も割と好みかも」

俺と美鳥の真っ当な返答に、何故か八月党の党員は警戒心を強めたのか、魔導書と肉体に施された術式に更に魔力を走らせ、臨戦態勢に移ろうとしている。
そんな党員の人を制するかの様に、最後に自己紹介を取っておいた姉さんが懐から何か、手帳の様なものを開いて突きつけた。

「時空警察所属の鳴無句刻よ。少し事情を窺ってもいいかしら」

姉さん、それはいきなり番組が違う……!
だが、姉さんの差し出した手帳をまじまじと見つめた党員は武器を納め、疲れた様な緊張が解けた様な表情で溜息を吐いた。

「時空警察の方でしたか。驚かさないでください」

納得しちゃうのか、手帳凄いですね。
少しだけ振り向いてそれほどでも無いと手をひらひら振り、姉さんは再び党員へと向き直る。

「貴方達八月党は、ここで一体何の捕り物をしているのかしら」

姉さんの質問に、党員は少しだけ躊躇した後、何か忌々しい、汚らしいものでも吐き出すかの様な表情で情報を口にした。

「魔導書ですよ、魔導書。なんでも、ミスカトニックに収蔵されていた力ある魔導書が何者かの手によって持ち出されて、その盗人を殺して魔導書が自力で逃げ回っているとかで」

「魔導書っていうのは?」

「世界最古の魔導書、『ナコト写本』だって話ですよ。私はみちゃいませんがね」

もう行っていいか? と続ける党員に軽く礼を言い、姉さんは俺と美鳥に振り返った。

「仄長いおっさんとか、ナレーションの人がいればもっと簡単なんだけど、ここはお姉ちゃんが担当するね」

―――――――――――――――――――

後の魔術結社ブラックロッジの大導師マスターテリオン──今はミスカトニック大学の一サークルの部長『■■■■■■■』。
元々は何処かの孤児院に預けられていた孤児の一人で、孤児院の院長の厚意で高校まで上げさせて貰えたけど、大学には行かずに就職して孤児院に恩返しをするつもりだったみたい。

しかし、高校卒業を迎えたある日、彼に一つの転機が訪れる。
アメリカのマサチューセッツにある田舎町、そこにぽつんと存在するあまり有名とは言えない大学から招待状が届いたの。
内容は──『とある条件を呑めば、学費、生活費免除で入学が可能で、成績次第では報酬も出る』
これ以上無く怪しい内容だけど、彼はその招待に思わず乗ってしまう。
何故って、手紙の端々に、彼の好奇心を強く揺さぶる内容が散りばめられていたのよ。
勿体ぶる必要も無いから、言っちゃっても良いわよね。
そう、そこには魔術に関わる者でなければ知り得ない様な暗号が多く記されていたの。

何で彼が魔術の知識を持っていたかって?
この世界じゃ、真贋を問わなければ魔術の存在に触れる事はそう難しい事じゃないわ。
で、彼の居た孤児院の院長は、一時期魔術に手を染めようとしていたの。

うん、そう、実際に染めていた訳じゃないわ。
彼は手に入れた内容に欠けのある質の悪い魔導書を繋ぎ合せて、魔術の深淵への第一歩を垣間見て、即座に研究を諦めた。
僅かながらも魔術に手を出そうとして、正気を失わずに戻る事が出来た。
それなりに才もあったんだろうけど、それよりなにより、賢明な人だったんでしょうね。

でも、完全にその道を閉ざす事は出来なかった。
本当にのっぴきならなくなった時に、何かしらの力になるかもと思って、集めた魔導書は破棄せずに、孤児院の倉庫の奥深くに仕舞うだけに留めた。
まぁ、魔術に手を出そうなんて考える人間だもの、どうしてもそういう駄目な所はあるものよ。

当然というか、運命というか、彼は院長の隠した多くの魔導書に目を通す事になる。
その魔導書を読むに至って、学校の同級生のナイ・アルラ(アラブとかエジプトとかからの留学生なんだって)とか、色々と肌が黒かったり無意味に胸が大きい美人とかに誘導されているんだけど、これは後の彼の人生からすれば必須イベントの様なものだから気にしないでいいわ。

……言わなくても分かると思うけど、彼は自分でも驚くほどの速度で魔術に関する知識を深めていくわ。
スポンジが水を吸うように、なんて例えじゃ足りない。
彼は、魔導書に記されていた間違いだらけの記述の中から僅かに存在する真に迫った記述の断片を見つけ出し、それを足がかりに魔導書に記されていない知識まで手に入れた。
そうね、断片の情報がきっかけで、ド忘れしていた記憶を取り戻す様な、とでも言えばいいのかしら。
『様な』じゃなくて、そのものだって事は分かると思うけど。

当然彼は自分の異常にも気が付いたわ。
でも、それ以上に喜びがあった。自分が今まで知らなかった世界の法則、真理が、魔術という物を知れば知る程に解き明かされていく。
でも、院長が隠していた魔導書は数はそれなりにあったけど悪書にも分類できない様な、真に迫った記述の断片すら無い物も多かったし、孤児院自体それほど余裕があった訳じゃないから、新しく魔導書を探す事も出来ずにいた。
当然よね、高校出たら即座に就職して孤児院にお金を入れようって考えてるのに、自分の知的好奇心だけを理由に散財なんてできる訳が無いもの。

──え? いやいや違うのよ責めてる訳じゃなくて、だって卓也ちゃんバイト代の半分はお家に入れてくれてたじゃない。
大体、家はトリップ先から持ってきたお宝を捌けば十分にやっていけたんだし。
お金にまぁまぁ余裕があったのは高校時代にもう知ってたでしょ?
もう……卓也ちゃんはそういう所を気にし過ぎ! 余所は余所、家は家なんだから。
お姉ちゃんは、卓也ちゃんに灰色の青春を送って欲しいなんて思った事は一度も無いんだからね?

えふんっ。ともかく、魔術の研究に手詰まり気味だった彼にとって、ミスカトニックからの招待状、推薦状かな? は、これ以上無い渡りに船だった訳。
成績優秀、容姿端麗、しかも孤児院での生活が活きているからか素行も悪くない超優等生。

え、誰かよりもよっぽど善性が強そう? 人類側の方が向いていそう?
ところが、そうでもないのよね、これが。
善性が強いっていうのは、聖人君子のように清らかであるだけじゃダメなものなの。

心身ともに清廉潔白、優等生の見本みたいなスペックの上に、魔術に対する適性も異様に高い彼は、入学してから一年を待つことなく秘密図書館への入室、そして、魔導書の所持を許された。
でも、彼は秘密図書館で魔導書を読み漁る事はあっても、特定の魔導書をパートナーに選ぶ事は無かったわ。
かのネクロノミコンのラテン語版ですら、彼の求めるレベルではなかった。
フィーリングが違う、と言えばいいのかしら。どこかで聞いた事のある様な理由よね。

秘密図書館の魔導書を読み尽くしても尽き無い知識への欲求、邪神眷属への小規模な実戦はあっても、危険な魔術の実践は許されない大学のカリキュラム。
如何に主席を維持しようとも、研究が大いに評価されようとも、元居た孤児院に仕送りが出来たとしても、

あらゆる事が順調に進んでいたからこそ、彼は鬱屈とした思いを溜めこんでいく事になる。
鬱屈とした思いを発散する為に始めた、位階の高い魔術師でもある教授陣の耳と目を避けながらの魔術研究サークル活動と実践第一主義という魔術への思想の啓蒙も、彼の心を満たすには足りなかった。

この日も、彼はサークル活動で僅かにその心を癒し、少し遠回りをして散歩をしながら家路に着こうとしていた──

―――――――――――――――――――

マサチューセッツ州、アーカム。
海岸沿いの旧倉庫街にて、彼は周囲の暗闇から聞こえる人の出すざわめきを感じ取り、一人ごちる。

「やけに騒がしいな」

彼にとってこの海岸沿いの旧倉庫街は、一人で物思いに耽る時、空の星を観測したい時、無性に月を見たくなった時と、頻繁に足を運ぶお気に入りの場所だった。
漁師達が個人で船を出す以外は利用者の居ない港とそこに続く倉庫街は、一部の時間を除いて波の音と静寂のみが居座り、人の生み出すあらゆる音と縁が無い。

同時に、彼は異変が周囲の人気の多さだけでは無い事に気が付いた。
闇の匂い。魔術に関わる存在の放つ特有の匂いが、立ち並ぶ廃倉庫の一つから微かに漂ってくる。
彼は熟練の魔術師よりもそういった存在に対して鼻が利くので、自分の実力で対処不能なレベルの存在相手であれば、一目散に逃げ出す様にしていた。
廃倉庫から漂う闇の匂いは、普段の彼であれば間違いなく逃げ出す程の濃度のそれだ。
だが、

(何故だろう……)

彼はその匂い、気配に、今まで感じた事の無い懐かしさを覚えていた。
何処か胸を突く、濃厚な花の蜜にも似た瘴気。
意味を持たされた魔力の糸、精神操作の魔術。
彼はその魔術の効能を理解し、無意識の内にディスペルし、しかしその魔術の求めるまま廃倉庫の中に足を踏み入れる。

「そう、こっちにいらっしゃい……」

廃倉庫に踏み込んだ彼が耳にしたのは年若い、いや、幼い少女の、男を誘う様な妖艶な響きを持つ声だった。
その声に誘われるように、彼は一歩一歩、ゆっくりと廃倉庫の奥、声の主の元へと歩み寄る。
廃倉庫の中の暗さにようやく目が慣れ、声の主の姿が目に映る。

其処に居たのは、黒い、夜闇よりも尚黒い少女だった。
墨を流したような黒の長髪に、黒のゴシックドレス。
肌の白さは彼女の持つ黒のイメージを強調する為のアクセントにしかならず、彼女の放つ魔力もまた、闇の色に染まっている。
黒い少女の美貌に浮かぶのは優越、ではない。
その声の調子とは裏腹に、彼女の表情には酷い焦りの色が浮かんでいた。

「君は……」

彼は恐る恐る、憔悴した表情の黒い少女に向けて声を掛けた。
自らの精神操作が通じていない事に少女が表情に驚きの色を見せると同時、廃倉庫の入り口に大量の人影が押し寄せる。
八月党の超人達だ。

「見つけたぞ」

「諦めろ、もはや逃げ道は無い」

「邪神の知識を記した忌むべき書! 魔導書『ナコト写本』!」

「貴様の命運は今日この日、我ら旧神の加護を受けし戦士達の手によって潰えるのだ!」

廃倉庫の中に殺到し、自らの言葉に酔いしれている八月党の党員達。
だが、そんな超人達には目もくれず、彼と黒い少女は互いを見つめあう。

少女は思う。
この少年は何者なのか。
この状況を脱する為だけに、運良く近くを通りかかっていた魔術の素養のありそうな人間を連れてきた筈なのに。
自分の魔術が利かない。精神操作を受け付けない。
魔導書すら持っていないただの人間に、術者が居ないとはいえ、術をディスペルされた。
この少年は、危険だ。
今周囲を取り囲んでいる連中など比べ物にならない程に。
いや、違う。そうでは無い。
私は、もっと違う事を考えている。

彼は思う。
この少女は、魔導書らしい。
この状況で怪しげな集団に囲まれて、それを打破する為だけに自分を誘い込んだだけの、邪悪な存在の筈なのに。
自発的に魔術を使った。精神を操る魔術を躊躇い無く行使した。
術者を持たない魔導書の精霊が、自発的に無関係の人間を、危険な状況に招き入れようとした。
この精霊は、危険だ。
今自分と少女を取り囲んでいる人達と比べても、遥かに。
いや、違う。そうじゃない。
僕は、もっと違う事を考えている。

「貴様、どこから紛れ込んだ!」

「いや、さてはその魔導書に誑かされたか」

「邪神の使途の誘いに乗ったからには、貴様も罰せられるべき大罪人。ここで滅してくれよう!」

手に手に構えた攻撃的アーティファクトに、致死性の魔術を流し込み始めた超人達。
だが、彼と黒い少女はそれらの状況が一切知覚できていない様に見詰め合い、ゆっくりと歩み寄り、距離を縮める。

「貴方は、魔術師、で、いいのかしら」

自分より大分背の高い彼を見上げる少女。
半ば以上分かり切った、しかし格信の持てない言葉を口にしながら少女は思う。
これも自分が言いたいことではない。
いや、自分がしたいのは、こんなもどかしい言葉の交換では無い。

「君は、魔導書かな。いや──」

自分より大分背の低い少女の見上げる視線を、まっすぐに受け止める彼。
口にするまでも無い事だ。
そして、今は言の葉を積み重ねるよりも、余程分かり易く行動で示せる。
彼は、自分を見上げる少女を抱き寄せ、奪い取る様に唇を重ねた。

驚愕に見開かれ、次の瞬間には受け入れる様に瞳を蕩けさせる少女。
彼の金の瞳と少女の黒い瞳が見詰め合い、彼と唇と少女の唇が重なり、二人は自然界には有り得ない眩いばかりの黒い光に包まれる。
月明かりの届かない廃倉庫の中を尚黒く染める閃光が晴れ、彼と少女はようやく唇を離す。
二人の姿は何一つ変わっていない。
だが、二人の関係は決定的に変化し、ある種の完成を迎えていた。
彼は、陶酔の混じった瞳で自らを見つめる少女に向け、囁き掛ける。

「君は、『僕の』魔導書だね」

愛おしむ様な、しかし、絶対的に相手を慮る心の欠けた睦言。
その言葉を受け取る少女も、彼の自らへ持つ感情を、酷くあっさりと、肯定的に受け入れていた。

「イエス、マスター。この身は常に、貴方と共に」

魔力の奔流により抜けた天井より、月光が降り注ぐ。
月明かりが、絶対的な主従関係を結んだ彼と少女を、周りに転がる、魔術の稲妻によって焼き殺された超人達の死体を、優しく照らしていた──。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ううむ、これは、なんとも。
とりあえず、まずはこれだけでも言っておかなければ。

「この物語には原作に登場しないエピソード、設定、独自解釈などが多量に含まれております」

俺の言葉に、ヌイグルミ美鳥が天を見上げ空を指差しながら憤慨する。

「そういう事は前書きに書いておけよ馬鹿!」

千歳さんに言いたいんだろうけど、千歳さんはもうこの世界に関しては匙を投げたあとだからな?
大体、もうこの世界の中に入ってる訳だからクレーム付けても意味無い訳だし。

「言いたい事は分かるけど、何でもかんでも事前にネタばれして貰えるって根性じゃ生きていけないわよ?」

「やだー! 事前にオチ読んで安心できないのやだやだー!!」

じたばたと暴れるヌイグルミ美鳥は姉さんに頭頂部を掴まれて肩の上に置き直される。

「そりゃ、表紙の絵からオサレ系バトルファンタジーかなーとか想像して購入したラノベが超鬱展開ありありだったりするのも、大人の階段を駆け上るには大事なファクターだけどさぁ」

だからって全年齢向けのラノベで『どうだ、好いた男の前で女になった気分は!』とかやられても超困る。
いや、そうではなくて。

「なんか、途中まで原作主人公よりよっぽどヒーロー&ヒロインっぽいと思ったら、契約直前から大導師殿いきなり悪落ちしてるんだけど」

八月党員とか、契約時のどさくさで放たれたアブラハダブラで瞬殺されてるし。
少し前まで過激思想に染まりつつも殺人とか一切した事の無い善良な一般魔術師見習いだったのに。
……これ見て思うけど、禁書の二次創作に出てくるツンデレヒロインって、こういう攻撃を初対面の殺す気も無い相手にぶつけたりするんだよな。
半ば殺す気で掛かってくるネギま二次創作の某狂犬(種族的にはひこうタイプだが)と比べて、どっちを優先的に通報するべきか悩む人間性である。
ま、実際に出会っても脅威レベルは限りなく低いから、別段気にする必要も無いのだが。

「流石に未来のマスターテリオンなだけあって頭の回転も速いし、思い切りいもいいから、周りからは行動が短絡して見えるのよね。今、マスターテリオンはナコト写本に対して『僕の魔導書』って言ったでしょ?」

姉さんの言葉に少しだけ思考を巡らせ、納得する。
ナコト写本といえば、ミスカトニック大学秘密図書館に収蔵されている魔導書の中でも禁忌の品の一つ。
魔術師と魔導書の契約に対してきつい縛りを持たないミスカトニックといえど、首席とはいえ一学生にそんな危険な魔導書を与える筈が無い。
つまり、このままナコト写本との契約を続けようと思ったなら、ミスカトニック大学から離反するしか道は存在しないのだ。
と、そこまで考えて、昔調べたナコト写本に関しての情報を思い出す。

「あれ、でもミスカトニック大学のナコト写本って不完全版じゃなかったっけ?」

ていうか、少なくともミスカトニックにあるナコト写本は不完全な内容の英語版だ。
取りこんで熟読して実践を繰り返した俺が言うんだから間違いない。
まったく、世の中には古本屋の百円投げ売りコーナーで力ある魔導書を手に入れる様な魔術師も居るというのに、どうしてこう主要な図書館には碌な魔導書が存在しないのか。
俺だってアーカムの中の古本屋は全て廻ったし、一冊ぐらいセラエノ断章と同じ程度の位貴重な記述のある魔導書を見つけてもいいだろうに。
日本にも良いのはあったけど、他作品だから何時記述の意味が通じなくなるか分からないのがなぁ。
それ以外の国になると、知らない魔術師が浚ってったか覇道財閥が掻き集めたりしてスカスカだし。

「そこはそれ、裏で手を回している奴がいるから」

姉さんがパチリと指を鳴らすと、月明かりの下で堂々と廃倉庫の間を歩くマスターテリオンの基とナコト写本の精霊という場面が消え、アーカムの大学近くの路地裏に場面が切り替わった。
月明かりが届かない訳ではないが、空き家が多い為か路地裏は全体的に薄暗い印象を与えてくる。

そんな路地裏のど真ん中で、白衣を着た黒人の青年が胸から血を流して倒れている。
前の前のシーン、マスターテリオンの基が大学の広場で演説を行っていた際に、サークルの看板を掲げていた青年だ。
地面に広がる血の量を見るまでも無く、この倒れている青年からは生命反応が感じられない。
死んでいる。と、普通ならそう判断するのだろう。
だが、微かにこの青年から放たれる闇の気配には記憶がある。
俺は倒れている青年の肩に手を置き、揺さぶりながら声を掛ける。

「お客さん、白と黒の王が一周目でいきなりトラペゾ召喚しましたよ」

「マジで!?」

死体に擬態してる場合じゃねぇとばかりに飛び起きる青年。
その顔は最早人間の形をなしておらず、底の知れない闇とそこに浮かび上がる燦然と炎え滾る三つの瞳。
口の様な亀裂を顔面が上下に分断される程嬉しそうに歪めたその表情が、辺りを見回し次第に口元の亀裂をへの字に歪め、炎え滾っていた三つの瞳は泣く寸前の様に揺らめき始める。
遂にはその場に再び寝転がり、三つの瞳から混沌汁を垂れ流しながら地面にのの字を書き始めてしまう。

「なんだ嘘か……」

「一瞬だけでも信じる方がどうかしてるよ」

まぁつまり、この黒人の青年に擬態したニャルさんが今回の件の黒幕なのだろう。

「これが世に言う困った時のニャル任せというやつね。図書館からナコト写本の英語版を持ち出したのもこいつなら、英語版を何処からか持って来た原本と摩り替えたのもこいつ、も一つおまけに、鬱屈としていた彼にサークルの立ち上げを提案したのもこいつよ」

「マジで全部こいつの仕込みかい」

俺達の会話に反応して、少しばかり元気を取り戻した青年が立ち上がり、顔面を黒人の青年の顔に戻しながら、投げやりな態度で口を挟んだ。

「後々殆ど自動化する予定だからこそ、スタート前には多くの仕込みが必要になってくるものなのさ。ま、僕が何をしなくても彼は何処かでマスターテリオンになっていたと思うけど」

肩を竦めるニャルさん。
見た目は完全に黒人の青年なのに、声だけ折笠とか止めて貰えるかな。
そしてところどころ若本が混じるとか止めて貰えるかな。

ここで、そんなニャルさんの声の混沌具合など気にしないヌイグルミ美鳥が、手を上げて抑揚の激しい声で疑問を投げかけた。

「はい質問、確か大導師マスターテリオンって、ヨーグルトソースとネロの間に生まれる邪神ハーフだと思うんだけど、なんでごく普通に日本の孤児院に預けられてたの?」

「ヨグ=ソトースな」

子宮にヨーグルト突っ込んで女が孕むとか、クトゥルフ神話とは全く別ベクトルのミステリーだろうが。
美鳥の問いに、ニャルさんは顎に手を当てて身体を傾げ、唸る。

「うぅん、君達相手なら思う存分ネタばらしが出来るんだけど、今の僕って回想シーンだろう? 明日の朝には死体で発見されて彼の悪落ちの一助になる予定だから、ここを離れられないんだよね」

そう言いつつ、ニャルさんはちらりと姉さんの方を流し見る。
そして、俺はそんなニャルさんの首をハスターの風で切断し、ポンと空に跳んだ頭を魔銃クトゥグアでぶち抜き焼却する。
首の無くなったニャルさんの死体が今度こそ動かなくなり、路地裏に再び倒れ伏す。
両性具有の混沌風情が姉さんに流し眼とか、虫唾が走って思わず攻撃的行動を取らざるを得ない。
だが、クトゥグアを使ったのは少し早まったことをしただろうか。
クトゥグアの砲弾はニャルさんの頭部を燃やしつくしただけでは飽き足らず、貫通して周囲の民家も燃やし始めてしまった。
でもまぁ、回想シーンだし、いっか。

「じゃ、後々そのくだりも軽く説明するから、そろそろ次の場面ね。美鳥ちゃん!」

姉さんの手がヌイグルミ美鳥の尾てい骨の辺りに捻じ込まれ、一瞬だけ美鳥がびくりと跳ねたかと思うと、次の瞬間、美鳥の身体に姉さんから膨大なエネルギーが供給される。
白目を剥いた美鳥が、姉さんの手に操られるように前を指差す様なジェスチャーをし、叫ぶ。

「バビンチョ!」

掛け声とともに美鳥の身体から名状しがたいエネルギーが解放され、世界がぐにゃりと歪み、暗転した。

―――――――――――――――――――


次の場面などと言われても、一体次はどの場面に移るのか。
そんな事を心配している間に再び視界が戻り、早送りかダイジェスト風に次々と場面を映していく。
八月党の襲撃の翌日、路地裏で発見された黒人の青年の遺体は即座に鑑識に回され、以前から大学側に目をつけられていた魔術研究サークルの副部長である事が判明する。
すると直ぐに、青年を殺害したのは、長い間図書館に封印される間に精霊として活動するだけの魔力を失っていたナコト写本では無く、今現在のナコト写本の持ち主であるという噂が流れ始める。
そして、死体には争った形跡も無く、貴重な魔導書を持ったままでも接近を許してしまう程青年に近しい人物の犯行というのが濃厚な線として浮かび上がった。

青年の大学での交友関係が洗い出され、ナコト写本の主となった彼は警察に参考人として呼び出されるもこれを無視。
魔術研究サークル『ブラックロッジ』の部員と共に大学に退学届を付き付けた彼は、煩わしい警察の手から逃れる為、元部員達と共に地下活動を開始した。

活動の内容は大学でのサークル活動と同じ。
しかし、内容はモラルをかなぐり捨ててより過激に。
非合法な実験、非人道的な儀式も当たり前に行われる、真に魔術を極めんとする者だけが集まる組織へと徐々に変貌を遂げていく。
噂を聞き付けた位階の高い魔術師を講師として招き、その活動は更にエスカレートを続ける。

自らの存在への探求心から悪の極致へと走り始めた魔術師の少年と、少年に寄り添い悪の道へと走り続ける魔導書の精霊。
彼等の出会いから、数年。
魔術研究サークル『ブラックロッジ』は、アメリカでは知らない者は居ないとされる程の大組織へと姿を変えた。

その名も、秘密結社『ブラックロッジ』
世界で一番有名な秘密結社の誕生である。


―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして、ダイジェストが終わると共に目の前に広がった光景に、耳朶を打つ熱狂的な信者達の叫びに、俺は思わず自らの正気度を疑った。
場所は、恐らくは夢幻心母だろうか。
玉座を中心に広がる広大なドーム状の広場に、無数の信者達がひしめき合っている。
信者達の服装は様々だ。
スタンダードな魔術師然としたローブを身に纏った者、黒いスーツを着て、顔を魔術的紋様の刻まれたマスクで覆った者。

有象無象に紛れて、少し位階の高い連中も居る。
白と黒のストライプスーツを身に纏い、歯をむき出しにして笑う口が描かれた工事現場のコーンの様なシルエットのマスクを被った者達。
身体にフィットする黒いスーツに、顔にはサイコロの目を一面ずつ刻んだ覆面で顔を隠した六人組。
黒い五芒星が刻まれた手袋に、日本の軍服を身に纏った長身痩躯、鋭い眼光に尖った顎が特徴的な、やや頬の扱けた男。腰に下げた刀はかなりの業物だろう。
……日本からの参戦も多いようだが、土壇場で消滅したりはしないのだろうか。

だが、問題なのはそこでは無い。
彼等は、広間の中央に居る彼等の王に向け、一心不乱に叫び声を上げている。

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

「法の言葉は、意思(テレマ)なり!!」

俺の知る原作であれば一息に言い切られるであろうこの言葉が、ある一点で区切られているのだ。
そして、皆一様に不可思議な動きを行っている。
いや、ここまで来てしまえば、もう玉座を見て皆のお手本となっている人物に視線を移した方がいいのだろう。

玉座の前に立ち、結社の社員達に向けて、彼は何時かの様に熱弁を振るう。
右拳は胸に当て、左手は掌を広げて左斜め下にピンと伸ばされている。指先まで。

「そう、我らこそが、我らだけが世に魔術の真髄を知らしめることが出来る! いや、無知蒙昧な大衆の目を開かせる事は、我らの義務だと言ってもいい!」

その言葉に、いかにも選民思想に溢れていそうな連中が湧き立つ。
だが、玉座を前に演説する彼にとって、この演説は社員達を奮い立たせるだけのおべんちゃらなのだろう。
この言葉に、真実味は無い。

「だからこそ! 我らは成し続けなければならない! 魔術の研鑽を! 未知の探求を! あらゆる道理、道徳を投げ捨て、ただ、目指すのだ!」

そう、これこそが、この結社がここまで大きくなった理由。
それこそ一般市民の犠牲を顧みず魔術の研鑽を望む者にとっても、魔術の研鑽と称して一般市民を食い物にする者にとっても、この教義は都合がいい。
リーダーは強く、普通の国家権力には捕まらない。
そんなリーダーを中心に集まる魔術師達もまた位階の高い魔術師だ。
そんな彼等をバックに付ければ、より派手に、大胆に活動する事が可能となる。
そして、彼の心からの言葉に、共感を覚える者もまた多いのだ。

だが、今はそんな事が問題ではない。
彼は、更に一歩前に踏み出し、社員達の前に己が姿を晒す。

「我らの頭上に、法の言葉を、我らの意思を!」

まず、左腕を肘から曲げ、掌を腰に当てる。

「法の言葉は──」

胸元に当てがっていた拳を開き、右肘を顔の高さまで上げ、手を顔の横に移動。
そして、

「意思(テレマ)なり!」

──ビシィッ、と、横に倒したピースサインを顔の横に広げた。
広げたのだ。
これ以上は無い程の、見事なまでの決めポーズ。

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

「意思(テレマ)なり!」

そして、次々と同じ動作を行う社員達。
彼等の一糸乱れぬ動作に、俺は思わず視線を逸らした。
こんなのって、こんなのって無いよ……。
あんまりだよ……!

「卓也ちゃん卓也ちゃん」

そんな俺の目の前に回り込んだ姉さんが、左手を腰に当て、右手を顔の横に持って行く。
そして横倒しのピースサイン。

「意思(テレマ)なりっ☆」

キャピルン♪ な感じの表情でやられても。

「やめたげてよぉ!」

これ以上、彼の、いや、大導師の傷口に塩を抉り込む準備をはよして貰えないかな!
あと美鳥、デジカメで撮影するのも出来れば止めてあげて欲しい。
そんなスパロボ世界最先端の機種まで使って致命打レベルの黒歴史を保存しないであげてくれ。

駄目だ、これ以上この光景を見続けたら、俺は回想から覚めた後、まともに大導師の顔を直視できなくなってしまう。
いくら大導師が協力を求めていると言っても、顔を見るなり噴き出したりしたら怒るに決まっている。
ブラックロッジに入るにしろ入らないにしろ、大導師とは敵対しないに越したことは無いのだから、そんな真似をする訳にはいかない。

「そうね、もう美鳥ちゃんも十分記録したみたいだし、ここから大導師が卓也ちゃんの所に現れるまではダイジェストでいくね」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ダイジェストというからには、魔術結社としてのシリアスな側面が流れていく筈。
そう考えていた時期が、俺にもありました……。
いや、間違いなくブラックロッジの活動のダイジェストではあったのだが、その活動内容が問題だったのだ。

まず、流離の魔術師、マスターオブネクロノミコンの大十字九郎との戦い。
アンチクロス的立ち位置に存在する魔術師によって窮地に立たされる大十字九郎。
そこに颯爽と表れて逆十字を撃退、大十字の窮地を救う仮面の男。
御存じ大導師である。
ライバルとなる可能性のある男を部下にみすみす殺させる訳にはいかないという理由で正体を隠して助太刀。
因みに、大十字をライバルだと思うのは、一目見て運命を感じたから。

次に、仮面の男では無くマスターテリオンとしての初登場時。
大導師は普段はしない様なおめかしをして、大十字の前に現れた。
そう、大導師の貴重な地球皇帝装備である。
上半身は素肌にマントだが、マントのお陰で総合的な露出度が変わっていないという不思議使用。
美系であるが故か、頭部に乗せられた王冠がはまり過ぎて怖い。

なんというか、とかく、この大導師ノリノリである。

そんな大十字九郎とブラックロッジの戦いが幾度か繰り広げられた頃のだった。
運良くブラックロッジの下っ端構成員の足取りを追う事に成功した警察と軍が、政府からの特命でブラックロッジの構成員の一斉検挙を行おうとしたのだ。
政府お抱えの魔術師監修の元に捕縛用の魔術が付与された銃弾、魔術的防御力を持たされたプロテクターなど、装備は万全。
アメリカはマサチューセッツの片隅の辺鄙な田舎町。
ブラックロッジの脅威を肌で感じた事のある一部の警察を除き、大半の人員が『こんな田舎のマフィアもどき程度に、ここまで人員を割く必要はないだろう』と苦笑していた。
そんな彼等は、地面を割り砕いて現れた巨大な移動要塞から発せられる怪音波によって、一人残らず人間では無い『何か』に変貌し、全滅。

魔術結社ブラックロッジのアジトにして、最終作戦における要ともなる超弩級移動要塞『夢幻心母』
地面を穿つ為にその天辺に取り付けられた一際巨大な物を含め、地中移動用に無数に取り付けられたドリルが異様な輝きを放つ、たった一機で世界中の軍隊を相手取る事の出来る魔術母艦。
大導師マスターテリオンのミスカトニック大学時代からの盟友にしてライバル、魔術と科学という、相反する題材を扱う空前絶後の大天才、ドクターウエストの技術協力の賜物である。

そして、空気中の字祷子とエーテルを掘り進みながら、夢幻心母は世界中の主要都市を破壊していく。
時には体中にドリルを生やした無数の破壊ロボが、時には下部組織で製造された様々な怪ロボットが、日本から呼び寄せられた魔人の使役する式神が、地上のありとあらゆるモノを破壊していく。
世界中の軍隊が抵抗空しく蹂躙され、抵抗者が居なくなった所で、各地に設置された空間投影装置により、裸マントに王冠を被った大導師マスターテリオンの姿が、世界中に人々の前に晒される。
煽りライトで下から照らされた大導師は、全世界に向けて、第一声を放つ。

『我は魔術結社ブラックロッジの大導師にして、この地球の新たなる支配者、地球皇帝マスターテリオン!』

ここで、両手を広げてマントを広げる。
腰が僅かに捻られているのもポイントである。
……実は大導師本人じゃなくて、憑依オリ主とかじゃないよな。

そして、全世界の魔術師、異能者、正義の味方達に対しての宣戦布告。
正規軍は最早我らに太刀打ちできない。だが貴様等には我らを止るその機会を与えよう。
我らはこれより南極へ向かい、大いなるもの『クトゥルー』を招喚し、世界を滅ぼす。
我らの野望を止めたければ、命の惜しくない者から掛かってくるが良い。

そんな感じで行われた世界中の人類側の魔術師、異能者などへの挑発。
だがこれは、逆十字に位置する構成員にすら知らされていない、マスターテリオンの企みを成功させる為の生贄でしか無かったのだ。

―――――――――――――――――――

夢幻心母の中枢、内部に収まる形で密かに召喚された神の肉。
神の肉に組み込まれた、機械仕掛けの神が居る。
魔導書『無名祭祀書』の鬼械神、ネームレス・ワン。
そのコックピットの中で、今も神にその身を貫かれ、犯され続けている一人の少女の名は『ネロ』。
ブラックロッジが魔術結社となって直ぐに始まった『ムーンチャイルド計画』の唯一の完成系。
そして、そんな彼女を陶酔の表情で見つめる少年が一人。

大導師マスターテリオン。
ミスカトニック大学の時代から数十年かけて、遂に少年は自らの出生の秘密を知る事となった。
マスターテリオンは、彼は、この情景に覚えがある。
そう、今、目の前で神の肉に身と心を犯されている哀れな少女。
この少女の胎の中から、かつての自分は、今の自分と、夢幻心母を見つめていた。
信徒達の熱狂と、邪神の肉が母を繰り返し貫く音を子守唄代わりに、まどろむ意識の中で自分は確かに、未来の自分の姿を目の当たりにしていたのだ。

そう。この邪神召喚計画、『C計画』は水泡に帰する。
夢幻心母を文字通り虹色の水の泡へと変貌させる、より高位の邪神の介入により、ブラックロッジの最終計画は破綻するのだ。
南極に集い、夢幻心母に突入し志半ばで散って行った多くの人類の味方達。
彼等が死体になり果てる場所を調節し、意図的に夢幻心母内部で新たな魔法陣を構築し、召喚されていたクトゥルーを生贄に捧げ、より上位の神を招喚した。
そう、大導師マスターテリオンが自らの出生の秘密を知る為、最後に取った手段。
それこそが、ブラックロッジの企みを潰えさせる重要な鍵となっていたのだ。

──あらゆる時間と空間を支配する外なる神、ヨグ=ソトース。
この邪神は招喚された瞬間に、あらゆる時間、あらゆる空間に偏在するという特性から、
『クトゥルーが孕ませていたと思われていた邪神の巫女となる少女は、既にその更に前に少女の腹の中に自らの種を蒔いていた』
という、タイムスケジュールを完全に無視した結果を生み出したのだ。

そうして彼は、大導師マスターテリオンはこの世に生まれ落ちる。
産まれたばかりでの赤子が、父親から受け継いだ力を不完全な形で発動させ、過去の世界へと自らを跳躍させた。
そして、不完全な時間移動のショックで、彼は自らの持つ異能、邪神と人間のハーフであるという忌まわしい事実を忘却する事になる。

「ふ、ふふ」

何の事は無い。
今まで魔術の知識を恐ろしい速度で習得できていたのは、邪神の子であるが故に最初から持ち得ていた知識が蘇っていただけのこと。
極簡単に人を殺した事を受け入れ、人の道から外れた行いが出来たのも、何もかも、生来の特性を思い出していただけなのだ。
白い物が黒く染まった訳では無い。
自分の色が黒である事を完全に忘れて、白い、清らかなものであると錯覚していただけ。

「は、はははは、はははははははははははははははははっ!」

そう、この神の、邪神の子であるマスターテリオンにとって、この場に悪の悪の組織の大首領として存在するのは、運命だったのだ!
そして、これが運命であったのならば、

「君もまた、僕の運命の人、という事になるのかな? 大十字、九郎!」

振り向いた先に見える、破砕された夢幻心母の隔壁。
其処に居るのは、機械の神とそれを使役する一人の男。
夢幻心母を守るブラックロッジ十五羅漢と、更にそれを束ねる十神将、その中でも優れた者だけが選抜されるという五大頂と、五大頂では足もとにも及ぶ事の出来ない四天王に、変身能力を持たない最も格下の一人を除いた四天王の真の姿である三鬼神を打倒し、遂にここまで辿り着いた怨敵。
最強の魔導書より招喚される鬼械神を駆る流離の魔術師、大十字九郎。
九郎の駆るアイオーンは、頭の上に乗せられたオリハルコン製のカウボーイハットを人差し指で押し上げ、もう片方の手で銀色の魔銃をマスターテリオンに向ける。

引き金を引けば、万が一億が一程度の確率で自分を殺せるかもしれないというのに、大十字九郎は引き金を引こうとしない。

【抜きな、お前の鬼械神(ガン)を】

情けのつもりか? いや違う。これこそが、彼がマスターテリオンの運命の相手である所以。
アウトローな流れモノを気取っても、どこか人に優しく、見捨てる事が出来ない。
自分の獲物が銃なら銃を、刃なら刃を、鬼械神なら鬼械神を使う相手としか戦う事をしない。
黒を気取った白いヤツ。
悪を切り裂く正義の刃。
それこそが、マスターテリオンの対極に存在する者の真の姿。

その事実が、マスターテリオンを高揚させる。
あの日、ネクロノミコンを追跡中に部下が遭遇した流しの魔術師。
一目見た瞬間に感じた運命は、正しく宿命の対決へと連結されたのだ!

「征くぞ、エセルドレーダ!」

マントを翻し、吊るしていたナコト写本に呼びかける。
頁が風に煽られた様に翻り、渦を巻くように纏まり、人の形をとる。
現れた人の形はマスターテリオンに寄り添うように立ち、答える。

「イエス、マスター。何時までも、何処までも」

構築される機神招喚の術式。
現れる最強の鬼械神。

対峙する魔術師と魔術師。
刃を交わし、銃口を向け合う白の王と黒の王。

────これが、これから幾度となく繰り返される最終局面の、最初の光景であった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そうして、今現在の二人の位階からすれば低レベルにも見える激戦の末、大導師と大十字は過去へと跳ぶ。
大十字はアイオーンの残骸と共に砂漠に墜落し、覇道鋼造から金の鉱山の地図を渡され、それと引き換えに故郷の女へと伝言を頼まれる。
辿り着いた街で、自分が数十年前の世界に飛ばされた事を知る大十字は、いずれ現れるマスターテリオンとブラックロッジに対抗する為、頼りない歴史と経済の記憶、そして金の鉱山を元手に、一大組織を結成する。
後のループに言う覇道財閥の誕生だ。

過去に降り立ったもう一人の魔術師、大導師マスターテリオンはこれを境に一時的に歴史の表舞台から姿を消す。
いや、彼もまた暗躍を続けるつもりなのだ。
大十字九郎が覇道鋼造に成り変わり覇道財閥を設立した様に、大導師もまた、後に現れるブラックロッジをより強靭なものとする為、自らの元にかつて集まった信徒達から聞いた情報を頼りに、魔術の腕を磨き、志を共にする仲間を集め始める。
より優れた邪神の子である自分が世界を我がものにするのは当然なのだと。

優れた魔術師としての力を持ち、邪神の子としての力を自覚した彼には、奇妙なカリスマ性が存在した。
人を引き付ける人外の魅力、逆らうなど想像も出来ない圧倒的な力。
そして、彼の元に集えば、今までよりも遥かに安全に魔術の実践と研鑽ができる。
後に人員をブラックロッジに組み込む為に作られた名も無い魔術結社は、瞬く間にその勢力を広げていく。
水面下で徐々に勢力を拡大し続ける魔術結社は、その成長途中で幾度となく大十字九郎──覇道鋼造と熾烈な戦いを繰り広げ、遂に、過去の大導師とナコト写本との出会いの時が訪れた。

だが、ここで大導師にとってもナコト写本にとっても予期せぬ事態が発生した。
時は19××年、本来ならばミスカトニックの秘密図書館から盗み出される筈のナコト写本が盗み出されず、それどころか、過去の大導師すら存在していなかったのだ。

―――――――――――――――――――

「つまり、どういうこと?」

「簡単な話よ。邪神、まぁニャルさんな訳だけど、ニャルさんの手によって弄られた大導師の因果は、通常の因果からは外れてしまった。
今の大導師に、過去の世界で孤児院に拾われミスカトニックに入学する、という過程は存在しない。
産まれる寸前の彼が能力の暴走で過去に飛ばされるという因果は、ヨグ=ソトースの門で大導師マスターテリオンが過去に降り立つという因果に上書きされて消滅したの。
だから、生まれた瞬間から大導師マスターテリオンへと成長するまでの過程は完全に短絡される」

なるほど、これがニャルさんの言っていた工程の自動化ってやつか。
後はネロが邪神に犯されて子供を孕むという因果さえ流れに組み込んでしまえば、黒の王の周りの仕込みはほぼ完成する。
産まれてから大導師になるまでの工程を省略して、即座に完成した大導師が生まれる様にすれば、わざわざ分体を人間に化けさせてあれやこれやと誘導する必要も無い。

「初めてループするまでの時間を無限螺旋に含まないのはそういう意味もある訳だ」

「そ。悪の極致なんて言われる存在に『元ミスカトニックのエリート、優等生で実家に仕送りもしている』なんて設定必要無いものね」

「物語としてあくまでも王道を目指すなら、悪の側に小難しい理屈も改心しそうな背景も必要ない。ニャルさんっぽいと言えばニャルさんっぽいシナリオじゃないかなぁ」

とはいえ、悪の極致として無限螺旋に配置される前にああいう流れが存在したなら、どこかで大導師がふと我に返ってまともになる、なんて事も無いではないのだろう。

「後のループの分は、まぁ無限螺旋前のノリノリぶりから予測できるだろうから、一気に流していくわね」

―――――――――――――――――――

後の流れは、極々有り触れた展開が延々と続いて行く事になった。
原作と全く同じ、という訳ではないが、無限螺旋の中のアーカムは、おおむね未来の知識と金の鉱脈を知る覇道鋼造の手によって魔術的防御能力を備えた大都市へと変貌を遂げる。
当然、拠点となるアーカムが大都市となった以上、人や金を集めるのにも便利になり、ブラックロッジも以前と同じように拠点をアーカムかアーカム近辺に置き、他の都市に移動する事も無くほぼアーカムの中でのみの活動へと切り替わった。

これはアーカムを大都市として成長させ、世界中に被害が拡散しない様にアーカムにブラックロッジの注意をひきつけるという覇道鋼造の目論見通りの結果だった。
更に言えば、ブラックロッジが活動の場をアーカムシティに集中する事により、自らがブラックロッジを追跡しやすくするという利点も存在する。
いや、覇道財閥総帥としての彼では無く、魔術師としての彼としては、そちらの方が本来の目的だったと言ってもいい。
そう、大都市アーカムは何も、完全に人類の安全だけを考えて善意のみで造られた訳では無い。
このアーカムシティ全体が、覇道鋼造と大十字九郎がブラックロッジと戦う為に作られたリングだったのだ。

闘技場、決戦場としての都市改造計画。
これをアーカム計画と名づけ、覇道鋼造は見事にこれに成功する。
世界有数の大都市と化したアーカムシティ。
大暗黒時代にして大黄金時代、大混乱時代でもある世界の中心、文化の最先端とも言われるようになったアーカムには、一般人、富豪、貧民問わず集まり、自らの成功を夢見て精力的に集まり出す。
そして、この周の大十字九郎もその一人であった。

時代的にまだ流しの魔術師として活動し始めたばかりの大十字を、覇道鋼造は自らの財閥のお抱え魔術師として囲い込む事に成功する。
あちこちを彷徨いながらの魔術の研鑽よりも、早いうちから魔術に関する英才教育を施して戦力として強化、自らも共に闘う事で、今度こそブラックロッジの大導師、マスターテリオンを打倒しようと考えていたのだ。

その企みは、確かに成功を収める。
正義の極致としてではなく、あくまでも覇道鋼造として無限螺旋で始まった、無限螺旋が始まる前の大十字九郎。
彼はあくまでもこれ以降に生まれる善性の極致を育成する為の礎でしか無く、邪神の誘導によって自らに肉体と魂の改造を施し、既に人の枠から外れかけていたのだ。
魂の摩耗を気にせず機械語写本によってアイオーンを部分招喚し、デモンベインの原形とも言える鬼械神招喚補助用の機械人形を駆り、大十字と共にブラックロッジと戦い続ける覇道鋼造。

果てしない戦いの果て、遂に大十字九郎と覇道鋼造は二基のアルハザードのランプを搭載した鬼械神を超える超鬼械神、アイオーン・デモンベイン(和訳すると続編のあれと被るので割愛)を召喚。
大導師マスターテリオンの駆る最強の鬼械神、リベルレギスと壮絶な死闘を繰り広げ、覇道鋼造の命と引き換えに悪の大首領マスターテリオンを討ち取った。
恩師である覇道鋼造の死体を抱きしめながら、大十字は男泣きに涙を流す。

『これで、世界は救われた。全て貴方のお陰です……!』

覇道鋼造の招喚していたアイオーンが消滅し、鋼のフレームと融合したアイオーンだけが残される。
そのアイオーンで夢幻心母を脱出しようとした大十字の背を呼びとめる声。
そう、ネロの胎内に存在した胎児が、一つ前の大導師の死をきっかけにして、新たな大導師マスターテリオンとして誕生したのだ。

後は、無限螺旋に入る前と同じ流れだ。
原作では一旦外に出て突入するまでに熟考するのだが、ここの大十字は覇道鋼造によって鍛えられた戦士。
その過程で知り合い、姉弟の様な兄妹の様な関係になった覇道瑠璃へと通信で短く別れの言葉を交わし、即座にヨグ=ソトースの門へと突入する。

次の周、またも同じ砂漠に墜落し、大十字九郎は覇道鋼造として活動を始める。
以前と違う点があるとすれば、まずは前回の覇道鋼造が大々的に活動していたお陰で、今回の大十字の経済、歴史に関する知識が豊富だった点。
これにより、覇道財閥は以前よりも格段に勢力を拡大し、より強力な力でブラックロッジに対抗できるようになった。
次に、この大十字九郎があくまでも生身の人間の魔術師であるという事。
彼は肉体と魂の改造を前回の覇道鋼造に堅く禁じられているので、これ以降も肉体を改造しなかった。
更に、デモンベインの雛型となる鬼械神招喚補助用の機械人形の存在。

そして最後に、前回の大十字九郎から見た覇道鋼造とは僅かにとった戦略が異なるという事。
身近な所に頼れる師が存在すると、ついついその相手に依存しがちになってしまう。
だからこそ、今回の覇道鋼造は大十字九郎に接触しようとはしなかった。
魂の摩耗度の関係で、干渉する事が出来る時代まで生きられなかったのも、原因の一つではあるが。

こうしてこの周より、覇道鋼造は大十字九郎をミスカトニック大学へと導く選択をし続ける事になる。
これで、大十字九郎は変質以外での変化をする機会の大半を失い、ループに置ける基礎を確立した。

―――――――――――――――――――

──だが、大導師マスターテリオンは未だもってループに置ける基本的な流れに乗らずにいた。
例えばこの大十字のミスカトニック大学での学生生活が始まる周、マスターテリオンは前回とは違い、最初から自らを首魁としたブラックロッジを設立する。
力の強さ、カリスマ性を前面に押し出した超強気スカウトを慣行。

しかし、拡大したブラックロッジの勢力に合わせる様に覇道財閥の勢力も拡大しており、また、大学で英才教育を受けたエリート学生大十字に単騎で部下を蹴散らされてしまう。
が、転生による能力と知識の引き継ぎにより以前よりも強力な魔術師と化していた大導師はエリート大十字をぼこぼこにし、ヨグ=ソトースの門を潜り、次のループへ。

そして三周目、四周目、五周目、六周目、十周目、二十周目、四十周目、八十周目とループを重ね、大導師が通算7803回目の大胆な衣装チェンジを行った頃。
とうとう大導師は気が付いた。
明らかにおかしい。
自分は確かに大十字九郎を殺す気で戦っているし、ヨグ=ソトースを呼び出して使役する事で、世界を邪神達が跳梁跋扈する正しい世界に作り替え、その中で人類の支配者として君臨し、いずれは全ての邪神を自らの配下とするという目標をもって活動している。
初めて出会ったころとは違い、もはや大十字九郎は自分が手心を加えるまでも無く自分の部下を打ち果たし、自分を殺しにやってくる。
お互いにお互いを殺し排除するつもりで戦っている。

だというのに、一向に決着が付かない。

覇道鋼造の頑張りと大十字九郎の頑張りと才覚が恐ろしく高まり、完全に敗北しそうになった時もあった。
逆に、唐突に新たな力に目覚め、大十字九郎を容易く退ける程の力の差が生まれた時もあった。
戦力差が歴然としていた時はそう少なくない。
どちらが勝ってもおかしくないどころの話ではない。
どちらかが『勝たなければおかしい』レベルの戦いを繰り広げた事が幾度となくあったのだ。

―――――――――――――――――――

「正直なところを言えばね、『ここまで来てようやくかい?』って気分だったよ」

時間の止まった夢幻心母の中、ナイアルラトホテップの化身の一つである『少女に契約を迫る白い獣』QBが、忌々しげに目の前の一点を睨みつけたまま固まっている大導師の頭の上に乗り、眼を伏せ首を振りながら溜息を吐く。

「彼は最初の状態だとすぐ調子に乗る悪い癖があったし、早い内に、自分が踊らされているだけの道化である事を自覚して欲しかったんだよね。なのに、僕が手を加えてバランスと流れを調節しているのに気が付くのに、まさかあんなに時間が必要になるなんて」

流石の僕も予想外だったなぁ、と呟くQB。

「でも、少し状況を安定させ過ぎていた、っていうのも問題があったのかもしれないと思ってね。しばらく様子を見て、何か、全く新しい不確定要素が必要なんじゃないか、って思ったんだ」

ぴょいんと大導師の頭から飛び降りたQBに、ヌイグルミ美鳥がどこからか取り出した槍でツンツン突きながら指摘する。

「それを思いついたのは大導師がてめーの暗躍に気が付いてからだろ? なんでそんな微妙なタイミングで新しい要素を取り入れようと思ったんだよ」

美鳥の言う事はもっともだ。
デモンベインのパーツの経年劣化や回収具合から察するに、俺達がニャルさんの手引きでこの世界に訪れたのは恐らくは百数十周目辺りと見て間違いない筈だ。

「いや、それ以前の問題として、本当に新しい不確定要素を取り入れる必要はあったのか?」

「そうだね、君達の知っている彼がどういう性格をしているかは知らないけど、今の彼は微妙にループ馴れをし始めたばかりでね。自分の全く知らない突発的なイベントに咄嗟に対処できないんだ」

特に逆十字の裏切りには未だに慣れていないみたいで、まいっちゃうよ。
そんな事をのたまうQBに、なるほどと頷く。

「だから、ニャルさんすら何をしでかすか分からない外の世界の存在を取り入れて、突発的な変化が増える様にしたかった、と」

「そう考えて貰っていいと思うよ」

でも、本当にそうなのかな……。
俺の脳内に疑問が浮かび上がる。そう、囁いたのだ、俺の中のカズィのゴーストが。
コイツは嘘はつかないが本当の事を全て言う訳では無い。
いや、嘘も結構平気で言うか。なんで嘘は言わないとか思ったんだろう。

「気にする必要はないわ、卓也ちゃん。こいつの思惑は何となく予想が付くし」

自身に満ち溢れた笑みの姉さんのその言葉を契機に、再び場面は切り替わる。
背景に映る光景は、俺が初めて南極で大十字の援護を行った時の映像だ。
次々と切り替わる映像。そのどれもが、俺がこの世界にやって来てから大十字やミスカトニック大学に干渉した場面だ。

「お見通し、って訳かい? やっぱり敵わないなぁ、君には」

燃え尽きる地球の光景、天を衝く機械巨神、砕け散る地球。
次いでセミヌードのシュブさん、赤面しながら涙目で皿を投げるシュブさん、壁に突き刺さる皿。
エンネアとの出会い、一週間の共同生活、永遠の別れ。
そして、港での大導師との出会い。

「家畜の状態を把握するのはお手の物、ってね」

作品世界のキャラを家畜扱いとか、姉さんマジ鬼畜可愛い。
でも家、畜産はやってないよね……。

「多重クロス世界に牧場物語が混じってた事があるのよ」

どういうクロスをしたのだろうか。
何時の間にか背景はブラックアウトし、スタッフロールが流れ始めた。
次いで流れ始めるNG集。
大導師とナコト写本が出会った時に、大導師が真正のペドフィリアだったお陰で逃避行、そのまま無限螺旋が始まらないルート。
信徒の前の演説で台詞を噛んでしまい、信徒達から笑われ、顔を赤くして『もう一回、もう一回お願いします』と必死過ぎる大導師。
その大導師の背中を『ドンマイドンマイ』と言いながら慰める嫌にフランクなナコト写本。
大導師を超える魔術師として現れるBFにブラックロッジを乗っ取られるシーン。
ライバルとして戦い続けるうちに何時しか大導師と大十字の間に性別の壁を迂回する真の愛が目覚めたベーコンレタスルート。

地球が燃え尽きる場面、機械巨神のセットに飛び火して監督と大道具と美術監督が泡を吹いて倒れるアクシデント。
セミヌードの筈が下着がずり落ちてフルヌードと化し、マジ泣きしてしまうシュブさん。
投げた皿が壁では無く俺の頭部に直撃、頭部が真っ二つになった俺。
大十字との決戦後、雨が降るシーンなのに空が晴天、助けを求めたら腐っていないティベリウスに助けられるエンネア。

「まぁ僕としては、せっかく彼が自分から新しいことを始めようとしてくれた訳だし、君達にもできれば協力をお願いしたいんだよね」

赤い眼を閉じ、後ろ脚でカシカシと頭を掻くQB。
くそっ、露骨な可愛さアピールしやがって、ケダモノっぽくて可愛いじゃないか。
いや、それはともかく。

「一応、大導師殿がああいうキャラになった理由もわかったし、協力するのもやぶさかじゃないよ、俺は。姉さんはどう思う?」

俺の問いに、姉さんは少しだけ考えるそぶりをしてから、頷く。

「うん、今の卓也ちゃんなら大丈夫じゃないかしら。別に喧嘩を売りに行く訳でも無いんだし。ねえ美鳥ちゃん」

QBの頭を掴んで持ち上げていたヌイグルミ美鳥(顔面のシルエットがホームベースみたいになっている。作画の問題かもしれない)への姉さんの同意を求める声に、美鳥が頷く。

「だね、喧嘩を売りに行く訳じゃないんだし」

「なんで姉さんも美鳥も俺が無闇に人に喧嘩を売るとか考えてんの?」

そんな評価ばかり受けていると、植物動物(衣服に使われている植物繊維を消化する触手系動物的な意味で)の様に心穏やかな俺でも、心荒ぶる時が無きにしも非ずという事を主張しておくべきだろうか。触手で。

「喧嘩売るっていうか、土壇場で裏切るっていうか」

「見えてる釣り針に飛び付く相手に、見える釣針を恐ろしい速度で投げつけてる感じ?」

「失敬な、俺は裏切りとかあんまりしないぞ」

何度も言うが、少なくとも俺が人の期待や仲間を裏切った事は片手の指で足りる回数しかない筈だ。
ブラスレ世界じゃそもそも原作キャラと付き合わない、スパロボ世界でメルアと主人公達にそれぞれ一回ずつ、村正世界も裏切る相手が居ない、ネギま世界では裏切る裏切らない以前に誰の味方でも無かったし、デモベ世界じゃ大十字と先生の信頼を裏切って地球を滅ぼしただけ。
※なお、この場合同じシチュエーションで行われた周違いの裏切りはカウントしないものとする。

「それにしたって何かしら裏切る理由あっての事だし、少なくとも俺に大導師を裏切るメリットは存在していない」

「何となく手伝い始めたから何となく裏切るとか、どうだい?」

こらQBさん、尻尾を?にして可愛さアピールしたって、そんな暴言は看過できませんぞ?

「その可能性は否定できないけど、流石にそれだけの理由で頼ってきた相手を袖にする程非道じゃないつもりだよ」

きっと大導師も、自分のこれまでの覇道が全部、邪神の敷いたレールの上のイベントでしか無い事を知った時、堪らなく恥ずかしくなったに違いない。
その点を踏まえ、後で美鳥から撮影した写真とかコピーさせてもらおう。
あと、視た映像と聞いた音声を組み合わせて、大導師の無限螺旋前の大演説シーンとかブルーレイディスクに永久保存すべきだな。
在る程度気の置けない中になったら上映会だ!

「……やっべ、なんか想像したらだんだん興奮してきた。姉さん早く実写パートに戻ろうず!」

「はいはい」

苦笑する姉さんがぱんぱんと掌を叩くと──

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…………

……

呆気ない程に二次元風回想シーンは終了し、普段通りの三次元空間、自宅の居間に戻ってきた。
入りではお決まりの呪文があるのに、出る時は話の総括しか残ってないからあっさりぎみなんだよな。

「ぼくの絵・わたしの絵コーナーは?」

「どうせ全員『意思(テレマ)なり大導師』しか描いてないから省略していいんじゃないか?」

「お姉ちゃんは、意表を突こうと思って」

姉さんが照れながら裏返したスケッチブックには、何故かうどん工場見学に来ているデモンベインの女性組。
絵柄は見事にブロンコ。姉さんもよくよく多芸な人ではないか。

「実は二コマ目以降も……」

「いや、参戦する見込みは薄いからめくらなくていいから」

ほんの少し自慢げに次のページをめくろうとした姉さんを止め、ふと美鳥を振り向く。

「いや、あたしもちょっと捻ろうと思って……」

ネタ被りに恥ずかしそうにしている美鳥の手には、ナコト写本の精霊が両手首を拘束され、悔しそうな表情で監禁されている薄い本が。
タイトルは『エセルハード』、もちろんそんな物は刊行されていない。
自作なのだろう。美鳥の趣味も大概だと思う。

「そこまでメジャーって訳でも無いから」

ていうかそれは書名じゃなくて人名だから。
そんな風に駄目だしをしていたら、姉さんと美鳥がブーイングを始めてしまった。

「じゃあ、そういうお兄さんはどうなのさー」

「そうよ、お姉ちゃんと美鳥ちゃんの絵に文句ばっかり付けて、卓也ちゃんはいったいどんなまともな絵を描いたのよー」

「そこはそれ、俺は飽くまで創作系でいったし。因みにこんなんね」

スパロボ世界の超高級プリンタもビックリな超高精度印刷で刷られたショートノベル付きイラスト集。
内容は、総ふたなり化したデモベヒロイン組に代わる代わる凌辱される女体化大十字と女体化大導師。
大導師は遠目でしか見なかったからあれだが、この女体化大十字は全員TSしていた周で見た大十字をモデルとしている為、かなりの再現率を誇る筈だ。
ていうか、女装させたらこれになるんじゃないだろうか。

「卓也ちゃん、眼糞鼻糞を笑うって知ってる?」

「眼糞と鼻糞ではジャンルが大分違うんじゃないかな」

大事なのはどれだけ絵が美味いか否かでは無く、どれだけ多くの人に受け入れられるかという点だろう。
凌辱系、百合系、リョナ系、純愛系、そんなの人の勝手。
本当にそのジャンルが好きなら、そのジャンルで楽しめる様に頑張るべき

「つまり、五十歩百歩なんだね」

「まぁな」

そんなグダグダなやり取りをしながら、今日も賑やかに夜は更けていった。
明日からは大学生活とバイトに加え、社員としても働かなければならないのだが、今日くらいは思いっきり夜更かししても構わないだろう。

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…………

……

夢幻心母とは、魔術結社ブラックロッジの本拠地にして、大導師マスターテリオンの壮大な計画の鍵となる超巨大建築物、移動要塞である。
ループ初期においてドクターウエストの科学がふんだんに織り交ぜられていたその要塞は、大導師の魔術師としての格が上がり、魔術結社としての質が上がるにつれ科学の要素を排し、それ自体は純粋魔術、もしくは錬金術などを用いた物へと推移していく事となった。
無限螺旋が始まってから何故か強まったドクターウエストの精神異常が原因の一つとも推測されるが、真偽の程は定かでは無い。
内部には千を超え万を超える魔術師を擁し、ドクターウエストの作り出した無数の破壊ロボ、達人級の魔術師であるブラックロッジ達を含めれば、文字通りそのままでも世界を相手取れる程の戦力を有していると言っていい。

「来たか」

「ええ、来ました」

そんな、トップを除いて本気で世界征服なんてものを本気で企んでいる組織の要塞の中。
俺と美鳥は、この世界で最高位の魔術師と相対している。
プレッシャーは、冷静に見ればそれほどでも無い。
敵対している訳でも無い相手に無意識に向けてしまう程度の威圧感であれば、さしたる脅威とは感じられない。
むしろ、これならマナーを弁えずにぎゃいぎゃい騒ぐ一見の迷惑な客に向けるシュブさんのプレッシャーの方が遥かに恐ろしい。
実際に本気で威圧しようと思った時にどうなるかは分からないが、少なくとも今現在の大導師ならば、まだどうにでもなる。
……これから、どうにでもなる相手を、どうにもできないレベルに押し上げる作業もしなければならないのかもしれないが。

「答えを聞かせて貰おう」

この広間の人払いは済んでいる。
間違いなくこの会話を盗み聞いている連中が居る筈だが、聞かれて困る話でもない。

「学業とバイトの方もあるので、常にとはいきませんが、了承しましょう。──ですが」

言葉を切り、つい、と指先で空間をなぞり、異空間を開く。
俺の突然の行動に大導師の傍らに控えていたエセルドレーダが身構えるが、気にしない。
異空間から取り出す、料理の載った皿。

「俺と美鳥の入社に伴い、大導師にはまずこれを献上させて頂きたく」

「それは?」

「鰤大根です」

異空間の中に無菌状態で保温されていた鰤大根は、もう汁を吸って大分味が染みてきている頃合いだ。
僅かに空間全体に掛かる圧力が上がった。
この場に覇道財閥のチアキさんが居たのなら、この瞬間に二百回はオモラシストとしての本領を発揮して脱水症状に罹っている頃合いだろう。
大導師がこちらを威圧しに掛かっているのだ。

「余に、食べよ、と?」

声は出さずに、頷く。
余計な事は言わない。美鳥に皿を手渡す。
歩み寄り、片膝を立てて、鰤大根の乗った皿を差し出す美鳥。
何時の間にか、皿の端には割り箸が載せられていた。
セブンプレミアムである。

「マスター……」

心配そうに大導師を見つめるエセルドレーダ。
さぁ、ブラックロッジの首魁、黄金の獣、大導師マスターテリオンは、どう応える。

「────」

大導師は美鳥の手に乗った皿から箸を取り、パキンと左右に箸を割る。
その大根に迫る箸捌きまで、まるでそうあるべく神が生み出したかの如き自然さ、荘厳さを持って、

「……」

大根を欲し!

「これは……!」

貪り!
そして、

「マ、マスター……」

傍らの鰤まで食い尽くせ!!

「……」

俯き、表情に出さずに内心でガッツポーズをとる。
────これがやりたかった!
いや、本当にそれだけなんだけど。

やがて、鰤大根を無事に完食した大導師が、箸を並べて皿の上に置き直す。
次に、傍らのエセルドレーダの背に手を伸ばし、ビッ、という、紙を裂く音と共にやたら時代を感じさせる紙(一見して魔導書のページっぽい)を一枚手に取り、口元を拭う。

「──大義であった」

そして、けぷっ、とげっぷをしながら決め顔をする大導師。
口元を拭いた紙は再びエセルドレーダの背にあてがわれ、何時の間にか何処かに消え失せていた。
紙を戻されたエセルドレーダは、どこか好きな人のリコーダーを前にした小学生を思わせる頬の染め方をしている。

そんな光景を目の当たりにして、俺は思った。
こいつらとなら、以外とうまくやれるかもしれない。
美鳥もきっとそう思っているに違いない。

満足げに溜息を吐く大導師と、こちらに表情を見られていた事に気が付き睨みつけてくるエセルドレーダに対し、

「俺は、外道トリッパー鳴無卓也。コンゴトモヨロシク……」

深々と、頭を下げたのだった。





続く

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★ブラックロッジ編はネギま系SSの幼少期編のパクリ!
どれくらいパクリかと言えば、これくらいパクリ。
①原作最強クラスのキャラが未熟な頃に主人公が接触する。
②そんな未熟な相手の過去を垣間見て、相手の気持ちを理解した気分になる。
③色々な思惑から仲間になる。
④多分これから鍛えたりする。
⑤対象はどちらも露出の多い金髪人気キャラ。
★ほらそっくり!嘘だけど!

あくまでも主人公の視点から見たループ初期大導師様の感想だし、今回のデモベ編は二次創作世界で独自設定ありありだから、広い心で行きましょう。
ループ初期やら、ループ前やら、出生の秘密やら、その他諸々、何もかも二次創作世界と言う名の多次元世界解釈によって説明がついてしまうのです。
ニトロコンプリート買ったけど、ループ初期とか欠片も描写されておりませんでした……。
でも探した甲斐はありました。機神大戦が期待できる内容でしたね!
そんなこんなで、記念すべき第五十話をお届けしました。

五十という記念すべき回にも関わらず、堂々と主人公達が来る前の再現シーンが八割という謎構成。
でも世の中には一クール毎に総集編してた作品なんてのもあるわけですし、別段以前にやったシーンを書いてる訳でも無いから問題は無いですよね。
あれ、でも一クール毎に総集編をやるのは普通なのかな……。最近四クールアニメとか見てないからいまいち自信が無い。

毎度御馴染と言いつつやるかやらないかはまちまちな自問自答コーナーは、今回はQとAのAのみ行います。
いいですか、短いから見逃さないで下さいよ?


A,独自設定です。


はい、回答終了です。
でもよくよく考えるとこの回答、二次創作におけるあらゆるQへのAとして成立してしまうのではないでしょうか。
ドラえもん映画のトラブル、ドラえもんが未来道具を様々な理由で使えなくなったとしても、未来からドラミが来れば大丈夫、みたいな。
いわゆる禁じ手の一つですね。
今回はQの数が恐ろしい事になりそうなのでこの様な苦肉の策を取りましたが、次回からはちゃんとやったりやらなかったりすると思います。


☆今週のフラグコーナー☆
今の○○なら殺せる。
→殺せないフラグ
○○が××(必殺技なり武器なり)を出すより早く撃てばどうにかなる。
→相手がクイックドロウの名手フラグ。


ではでは、今回もここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイス、改行のタイミングと数の割合などを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。



次回予告

遂に無限螺旋を破壊する鍵、『トリッパー』を組織に引き入れる事に成功した大導師マスターテリオン。
しかし、実際にトリッパーという存在をどのように用いれば無限螺旋を破れるかが分からない。
思い悩む大導師。そんなある日、仲間に引き入れたトリッパーが、ある重大な情報を持ってきた。

次回、大導師さまレベル1、第五十一話。
『ゾワンゾワン! ブラックロッジ、修行開始』
ブラックロッジ編、始まります。


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