目の前のカウンターに置かれたゴーヤチャンプルーを箸で突きながら、俺は目の前でフライパンを振るう黒髪の青年に声をかけた。
「なぁ超次くんや」
「なんすか」
「なんで超次くんは童貞なん?」
台詞の途中で飛んできたフライパンをキャッチ。
そのまま店に来る途中で買ってきた新聞紙の上にフライパンを乗せ、カウンターの脇に退避させる。
熱烈な応答ではあるがまるで答えになっていないし、喰い物を粗末にするのは許せない。
「近親野郎にゃ言われたかねぇ」
頬に血管を浮かばせた青年──超次くんは表情と声に怒りを滲ませながら反論? してきた。
正直なところ俺が近親野郎である事は間違いないのだけど、現在の俺は別にその事に関して負い目を持っていない。
世界を渡るトリッパーなどという物になって置きながら近親相姦がどうだのというくだらない決まりに囚われ続ける程、俺の脳は柔軟性に欠けている訳では無いからだ。
ほら、他の法律とかは律儀に守っている訳だし目零し願いたいというか、これは家族愛から来る行動なのでいかんともしがたいというか。
「まぁ落ち付いてくれよ超次くん。これは君の私生活を少なからず知っている人間からすれば、誰しもが辿り着く疑問なんだ」
「……疑問って、どんな」
「君、入間ちゃんと同棲しているだろう。で、毎朝起こして貰っている、と」
入間ちゃんとはこの店、猟犬亭のウェイトレスをしているハイティーンの少女だ。
店長である超次くんと似た種類の特異体質のせいで高校を中退したが、紆余曲折の果てに記憶を失い、同じ学校の同級生だった超次くんと同棲生活をしている線の細い少女。
本来であればこの店も似た体質の客が常に管を巻いているのだが、今は外で美鳥の『遊び』に付き合って貰っており、入間ちゃんもそれを観戦している。
その為、今現在ここに居るのは店長である超次くんと客である俺だけ。
なので、俺は説明の途中で茶々を入れられる事無く、超次くんが童貞である不思議を追求する事が可能なのだ。
「それがどうかしたっつうんですか?」
苛立ちを隠しきれていない超次くんに、俺は腕を組み、少しだけ溜めてから応える。
「毎朝毎朝自分に好意を抱いている薄着の美少女に細く柔らかな手で『大事な所』をやんわりと掴まれながら、耳元で囁くように名前を呼ばれて起こされる。……これでまだ童貞とか、俺はまず君の男性自身が正常に機能しているのかを危惧してしまうのだよ。おけい?」
「俺はそういう方向性にしか考えられないあんたの脳味噌が心配だよ……」
超次くんはフライパンをコンロにおいて、頭を抱えてしまった。
追い打ちをかける様に、手にゴツゴツした塊を持った美鳥が入口のウエスタンドアを蹴り飛ばしてダイナミック入店。
一瞬だけ外に甲殻を残らず粉砕された怪人や、顔に甲の字を付けたマスクマンがボロボロな姿で倒れていた気がするが、この街では多分珍しい光景ではないだろう。
「童貞超人童貞超人! 今日の払いは世にも珍しいこのラフJさんの折れた角でたのまぁ!」
「一銭の価値もねえよ」
「あ、超次くんお会計纏めてで。ラフさんの角で足りるよね」
「だから一銭の価値もねえよ! 現金で払えよ!」
豆知識になるが、ラフさんの甲殻は別にダイヤモンドでは無い。
つくづく役に立たないカニ野郎だ。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
十九世紀終盤、より正確に記すならば189×年十二月二十二日午後一時四十二分。
とある邪神の引き起こした魔術的災害は、世界中に深刻な影響を及ぼした。
世界中で霊感に優れた者達が一斉に発狂し、数万の妊婦が流産、後の半年に渡り、流産した数と同数の畸形児が生まれ、世に生まれ落ちた畸形児達はその多くが成人を迎える事無く息絶えたが、残る小数は長ずるに及び、様々な人外の異能を宿した超人と化した。
この魔術的災害を極東のとある島国では『オルタレイションバースト』と呼び、生まれ落ち生き延びた畸形児──超人、もしくは魔人と呼ばれる者達とは異なる脅威を認識する事となる。
『ノッカーズ』──オルタレイションバーストを契機にこの島国、日本で出没する様になった異形の怪物。
平行世界、パラレルワールドに存在する自らの可能性を掻き集め、自らの姿形を変貌させるある日唐突に力を手に入れるに至った人間。
人々は自らとは異なる存在と化した彼等を恐れ、差別の対象とし排斥せんと動きだした。
『ブースター』──ノッカーズを殲滅する為に、最新の科学、錬金術、魔導工学を駆使して造られた電動服(モータースーツ)。
手に入れた力を悪用するノッカーズに対抗する為という名目で製造されたこの電動服は、その拡張性の高さから様々な分野へと応用される事となる。
その内の一つとなるのが『霊子甲冑』──バッテリーの代わりに蒸気併用霊子機関を搭載し、霊的、もしくは魔術的な怪異との戦闘を目的として造られた人型蒸気との合いの子とでも言うべき兵器だ。
だが、オルタレイションバーストによる混乱を機に活動を開始した、魔導工学を応用していると思われる謎の機械群『魔装機兵』との戦いを主眼に置いて製造されたこの兵器は、霊力の素養に優れた者にしか運用できないという欠点を除いても、多くの問題を抱えた兵器であった。
霊力を循環させやすい特殊合金シルスウス鋼は鉄と鉛の合金であり、その物理的強度は通常兵器に使用される装甲材に比べ遥かに劣り、高度な物理攻撃力を持つ存在相手には運用が難しいのだ。
故に人間同士の戦闘、もしくは、オルタレイションバーストにより綻んだあの世とこの世の『スキマ』を通じて三途の川より現れる『外道衆』との戦闘においては無用の長物と化してしまう。
更に、度重なる怪異との戦闘により向上した技術を狙い欧米から渡来した『カラクリ強盗団』に、邪神とは異なる大系に存在するとも邪神すらその内に含むとも言われている『悪魔』の跳梁跋扈。
強盗団に敢然と立ち向かう謎の少女『鉄腕小町』に、密かに悪魔から街を守る『デビルサマナー』、外道衆から人々を守る『侍戦隊』の活躍により一定の平和は守られていたが、それも表面上の事に過ぎない。
時は二十世紀初頭。大暗黒時代にして大混乱時代、大黄金時代のアーカムの陰に隠れ、日ノ本はかつてない程の大混乱期を迎えていた。
だが、しかし。
これら様々な騒動、事件の種には、一つの共通点が存在した。
それは────
―――――――――――――――――――
「もしかして、狙われてるのって日本じゃなくて東京じゃね?」
「そういうもんなんだよ」
そう、基本的に日本の平和を脅かす脅威は東京周辺を中心に活動する為、それ以外の場所は至って平和なのだ。
しかし、これは仕方の無いことでもある。
例えばノッカーズは地方では人の少なさからどうしても孤立しがちになるが、人の多い東京──帝都に行けば多くの同類を見つける事が出来る。
ブースターを有するBOOTSなども犯罪を起こさず大人しくしているノッカーズ相手であれば無闇に力を振るう様な真似はしない。
結果として、反社会的な思想を持たないノッカーズは多くの仲間が集まる東京に集い身を寄せ合うというのが極ありふれた行動方針となるのだ。
一部、軍に自らの肉体を提供し、最低限生命の安全を保障されたモルモットとして生きていく道を選ぶノッカーズも居るには居るが、それは余程愛国心に溢れた者か、ノッカーズの集団の中でもあぶれてしまった者だけ。
魔装機兵や外道衆が帝都に居るのは当然と言えば当然だ。何しろこいつらの場合、まず人間を害さなければ話が始まらないのだから。
人の多い土地に行かなければならないのはノッカーズと同じだが、こちらはまず最初の行動が人間を害する事にある為、真っ先に霊子甲冑を使う特殊部隊や全身タイツの侍達に蹴散らされる。
で、蹴散らされると目的を達成できないので再び派遣され、また即座に打ち取られる。
それを繰り返していく内に、あと数カ月もしない内に自分達を妨害している存在を脅威として認め、それなりに格の高い存在を送り込んでくる事だろう。
当然、他所の人の少なく、霊的、魔術的に価値の薄い土地に戦力を派遣する事は少なくなり、送られた少数の戦力もそこらでひっそりと危険な実験を繰り返す野良マッドサイエンティストや野良魔術師、正義感溢るる野良モヂカラ使いなどに蹴散らされるのだ。
極々稀に、表が裏に裏が表になっている世にも珍しい一銭硬貨などで野良デビルサマナーの軍門に下る魔装機兵や外道衆のナナシ連中を見かけるが、どちらにしても地方の脅威は少ない訳だ。
カラクリ強盗団は言わずもがな。珍しく貴重なお宝は大体展示品として帝都に集められたりするので地方に出向く理由が無い。
また、地方は地方でナモミハギやアラハバキの力を借りて戦う謎の戦士が現れたなどという噂も耳に入ってくる。
ここで注意して貰いたい事なのだがこの謎の戦士、出典と思われる作品で見た物とは見ための姿が大きく異なる。
数周前に先生に聞いた話なのだが、邪神崇拝者とはまた異なる神氣を纏ってはいるが、見た目はかなり禍々しい鬼の様な姿、もしくは蛇人の様な姿をしているとの事らしい。
恐らくは鬼の様な姿をした方がナモミハギの力の使い手で、蛇人の様な姿をした方がアラハバキの力の使い手なのだろう。
まぁ、俺達の住居のある場所からはかなり離れている土地しか守っていないため、彼等の力の恩恵にあずかれるわけでは無いのだ。
ともかく、トラブルの中心は何時も東京。
地方で危険な事と言えば、邪神崇拝の宗教団体や邪神眷属群の集落に紛れ込んでしまう程度でしかない。
観光するなら東京へ、暮らすなら地方へというのは、この世界の日本をある程度知っている人間であれば誰でも辿り着く結論な訳である。
「かっこよかったわね、あのマシーネンクリーガー。ちょっと性能は酷かったけど、霊力を使うってのは面白い発想だと思うし」
因みにこれは姉さんが霊子甲冑を知らないのではなく、姉さんが普段から霊子甲冑の事をマシーネンクリーガーと呼んでいるだけの話なのだ。
ボトムズ的とも言われる霊子甲冑だが、ずんぐりむっくり体系から見れば遥かにマシーネンクリーガーの方が近い。
ていうか、モチーフなのだから当然と言えば当然か。
「本当に対霊とか対魔とかしか考えて無いから、装甲も武装も純粋にそっち向きだしね」
美鳥が言うように、今現在日本、というか帝都で運用されている霊子甲冑は装甲も武装もはっきり言って通常の戦争向きの作りでは無い。
これなら覇道財閥に保管されていた新型電動服の試作品達の方が遥かに性能面では上だろう。
まぁ、そこら辺は覇道財閥驚異のメカニズムということで全て説明が付いてしまうのだが。
「これで各地の仏閣でパーツを建造中の移動菩薩が完成してれば、間違いなく破壊ロボの侵攻を完全に防げただろうになぁ」
因みに軍部による強化外骨格の開発が行われていないのは姉さんに確認済みだ。
恐らく数十人の強力な法力僧達が力を結集して運用する事となる筈なのだろう。
完成すれば、もし、これほどまでの美味しい素材をそこらの悪の魔術結社に嗅ぎつけられることなく、なおかつ日本政府からの、そして檀家達からの資金提供が完成まで続けば、存在消去ありありのネームレスワンと正面から戦って力技で勝つ程の力を得るだろう。
建造完了まであと十年程の時間が、更に小国を今後百年バブル期並みに豊かにする程の資材と資金が、最後に建造までに延々とビックバン的技術革新を起こし続けるだけの発想力があれば、完成させる事が可能なはずだ。
なお、法力僧の力量は魔術師にして小達人級、それらの能力を束ねる統括体(ブレイン)として限りなく被免達人に限りなく近い大達人級の法力僧が必要となるとのこと。
因みに、それらの必要な人材は全て比叡山辺りに行けば予備まで余裕で手に入るらしい。比叡山すげぇ。
「そいつらがデモンベインの量産機的な物に乗れば移動菩薩とか要らなくね?」
美鳥が汽車に乗る前に購入した冷凍ミカンを袋から取り出しながら言う。
「んー、十九世紀序盤に奈良とかの強豪を残して大半が大破しちゃったみたいだから、難しいんじゃないかしら」
なんでも、日本近海に転位門を広げて現れた謎の海産物系の邪神『九頭龍』に対抗する為、日本中の仏像と力ある法力僧達が駆り出されたのだとか。
魔術師の制御下になく、空腹により自力でゲートをこじ開けて全身を顕現させた邪神の力は南極上空に出現したクトゥルーin夢幻心母の比では無く、その暴虐は苛烈を極めたという。
「廃材は十九世紀中盤に通常兵器の素材にされちゃったしな」
といっても完全な通常兵器では無く、軍部が理想としたのは魔術や霊力、法力的な要素を兼ね備えた、邪神に対抗する為の兵器であった。
九頭龍との戦いにおいて、通常兵器しか持たない軍部は猫の手程の活躍すら出来ずに撤退を余儀なくされ、それ以来邪神や邪神眷属に類するモノに対する警戒心を高め始めたのだ。
が、何故か開発中に空軍、海軍、陸軍がそれぞれ対立を初め開発は難航、というよりも迷走し、今の中途半端にからくり、霊子甲冑、電動服などの技術が入り乱れる魔境と化した。
ともかく、邪神に対抗する兵器を作る為には邪神に実際に対抗出来た物を参考に、そして素材にするのが一番という理屈で軍は大破した仏身の接収を開始。
また、同時期に法力僧の居ない仏閣に存在する仏具もしくは寺そのものを接収し、寺を失った僧達を接収した仏具の量と内包する力を基準にして報酬を用意し破戒させ、新兵器の研究員として雇うなどの政策も行っていたという。
これが後の世に言う廃仏毀釈のおこりであったのは言うまでも無い。
「惜しむらくは、ここの連中を取り込んでも意味が無いってことだよなぁ」
「ここの『設定』はかなり不安定だもの。仕方が無いんじゃない?」
基本的に、この世界はあくまでもデモンべインの二次創作世界である。
創造神たる千歳さんの事だからPC版に繋がりのある小説外伝は全て参考にしていると見て間違いないが、それでもメインの舞台はアメリカはアーカム。
それ以外の部分も何かに使うかもしれないと設定を整理している為、メガゾーン23や舞浜サーバ的な箱庭構造こそ免れているが、やはり明確に話の主軸となっているアーカム程しっかりと作られている訳では無い。
その証明となるのが、先の東京に蔓延るオーバーテクノロジー達だ。
────話はもう一か月ほど前に遡る。
もうミスカトニックで取れる講義の内容を全て暗唱し、理論を応用して魔術式全自動老人介護ヘルパーマシンとかフルカネリ式刺身の盛り合わせにタンポポの花乗せるマシーンとか、
寂しい独り身の学生の為に南極100号(人工知能搭載の超リアルダッチワイフ。初めて採取した精液の持ち主にぞっこんになる刷り込み機能【らめぇ! 子宮があなたの味覚えちゃうのぉシステム(命名、美鳥)】付き)とか、
ついでに低コスト低技術簡単ペーパークラフト人造鬼械神(火にすこぶる弱い)とか余裕で作れる程に学習してしまった俺は、飛び級が余裕である事を理由に、大学に入る時期を少し遅らせ、日本で少しだけ観光をする事にしたのだ。
で、地方民にとっての観光地と言えば東京と京都の二択となる。これは地方民である俺がそう思っているのだから間違いない。
京都はネギま世界に行った時に堪能したし、この時代はやっぱり文明開化の音がぽこじゃか鳴っている東京いわゆる帝都こそがホットスポット。
そう家族会議で決まり、俺達は一月程滞在できるだけの荷物と金銭を持ち、一路帝都へと足を運んだ。
初めてこの世界の帝都に足を踏み入れ、ていうか、東京自体あんまり来た事が無いので、俺の心臓はバクバク音を立てて鼓動を撃ち、昂奮の余り人の群れの中で太陽よりアツいプラズマ火球を乱射してしまいそうな精神状態。
そこに現れ、大正ロマンな情緒溢れる東京駅をぶち壊さんと突撃してきたのが、明らかにPCゲーではなくセガの廻し者にして王子様の最強武装と名高い名作ギャルゲに登場した魔装機兵と、それを追う桜色の霊子甲冑である。
当然、帝都観光の出鼻をくじかれる訳にもいかない俺は徹底的に迎撃した。触手で。
帝都駅周辺に散布した強化ミラコロ粒子を含んだ煙幕により監視の目を欺き、素早く指先から射出した触手をもって魔装機兵と霊子甲冑をまとめて貫き、1n秒で戦闘行動が不可能なレベルにまで絶妙に手加減した上で破壊。
研究の足しになるかと思い、破壊された大量の魔装機兵と霊子甲冑のスクラップ、あと少しだけ霊力の高いパイロットのポニテの少女を亜空間に叩き込み、その場を姉さん、美鳥と共に離脱。
ありていに言ってジャンクをパチって操縦者を拉致った。
その後は無事に帝都をぐるっと見回り、滞在中のねぐらを確保し、意気揚々と確保していたジャンクを好き勝手いじり回した上で取り込んでみたのだが、ここで不思議な事が起こった。
取りこんだ筈の魔装機兵と霊子甲冑の情報が、確認する前に霞の様に俺の中から消えてしまったのだ。
そう、まるで元の世界で姉さんが作ってくれた仮想訓練室の敵の様に。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「言ってみれば、これは千歳の躊躇いの様なものね」
「躊躇い?」
姉さんは俺が取り込まずにデータ取得用に残しておいた残骸の一つを手に取り、指揮棒の様に振りながら俺の疑問に頷いた。
「そ。お姉ちゃんは千歳に『デモンベインのオリ主成長無限螺旋物』を注文した訳だけど、それ以外に細かい指定はしていないってのは覚えているわよね」
そういえばそんな事を言っていた気がする。
不完全な物語を近場で発生させる事で、トリップのタイミングを任意で操り、トリップ後の状況を有利にする事ができるからだとか云々。
で、物語が生まれない様にする為、ある程度の自由度を作者である千歳さんに与え、物語の中に多くの要素を盛り込ませ過ぎることによる物語の破たんを狙い、更に主人公をどうするか思いつかない場合の逃げ道とする事で物語の完成を諦めさせる効果を狙っていたらしい。
「でも、本筋以外は自由裁量権が認められているなら、千歳さん嬉々として設定書の類造りそうなものだけど」
あの人、にやにやしながらFSSの設定本読み漁って1日潰すとか平気でするし。
姉さんは転がされている残骸の脇、柔らかそうな肌色の何かに座りながらち、ち、ち、と手に持った残骸を振る。
「千歳はね、三十路処女の上にあの年頃にはありえないレベルのツンデレで、好きな相手と手を握るだけで顔真っ赤にして蒸気噴出した挙句捨て台詞に『ば、ばーかばーか!うんこ漏らせ!』とか言い出しちゃうような女だけど、妙な所で義理堅いところがあるのよ」
「うんこ漏らせは初耳だけど、つまりどういう事?」
ていうか、三十路処女は1年と少し前まで姉さんも同じだった気がするのだが。
これがあれか、のど元過ぎれば熱さ忘れるってやつか。
「たぶん、あくまでも『デモンベインの二次創作』である事に拘ったんじゃない?」
「実際には明らかにクロスっぽい連中が腐るほど居た訳だけど」
姉さんは手の中の廃材を投げ捨て、椅子にしていた肌色の何かに突き刺さっていたぬらぬらしている触手をぐりぐりと動かしながら考え込む。
肌色の椅子が嬌声にも聞こえる異音を発する。
姉さんはぬらぬらとした触手を椅子に深々と突き刺しながら口を開いた。
「つまり、街に居る他作品っぽい連中が、その葛藤の結果なのよ。実際に物語上描写しないなら、別に日本がこんな状況になっていたもいいんじゃないか。いや、日本にそんな物があるなら、話に多くの矛盾が生じてしまう」
一つ息を吐く。
「だから世界観にそぐわない連中は一つの場所に纏められて、大十字九郎の知る所では無く、覇道鋼造に知覚出来ないタイミングで暴れ始めている。でも、本当にそこに存在させていいものだろうかという葛藤は消えず、あれらの存在を曖昧で希薄なものにしてしまっているのね」
姉さんの手から投げ捨てられた廃材は、最初からそこに存在していなかったかのように消え失せてしまっている。
「矛盾が生じたら街ごと書き換えられて、証拠は残らず消滅してしまう、と」
「矛盾が生じない程度には残るんじゃないかしら。魔装機兵はともかく、霊子甲冑は魔導工学を応用すれば造れないでも無いし、怪異を相手にするには有効だしね」
ノッカーズの連中はそのまま異能力者として残って、ブースターはノッカーズだけじゃなくて怪異相手の任務も割り当てられる様になる。
一番割りを食うのは、多分侍戦隊か。姉さんの理論だと、量産型破壊ロボ襲来時に少なくとも折神は無かった事にされる筈だし。
「ところで卓也ちゃん」
「何? 姉さん」
「さっきからお姉ちゃんが椅子に使ってる娘なんだけど、なんで触手まみれになってるの?」
言われ、姉さんの座っている肌色の物体が初めて人間の少女、というか、拉致ってきた霊子甲冑のパイロットである事に気が付いた。
言われてみれば、何時の間にか服は所々捲りあげられ重要個所を露出し、捲れていない服の下でもぞろぞろと大量の触手が蠢いている。
当然、穴という穴にも触手が侵入し、触手のものとも少女のものとも知れぬ体液で全身べとべとになっていた。
危ない危ない。これで耳と鼻から触手を突っ込まれて少し危険な液体が漏れ出していなければただの触手凌辱になる所だった。
耳と鼻から溢れ出る怪しげな色彩の液体を見れば、常人ならこれで興奮する事は不可能だろう。
リョナ好き? そんな特殊性癖は知らん。
「これはほら、電話してる時にメモ帳に無意識の内に○とか∞とか熊とか魚とか描いてる時あるじゃん」
「それは分かるけど、それと同じレベルの感覚で触手凌辱しちゃうなんて、卓也ちゃんのエッチー」
最高に朗らかな笑顔で、なおかつ両手の人差し指を此方に向けながらそんな事言われても。
ていうかそのジェスチャーは世代毎に浮かぶ言葉がバラバラだと思うのだが。
「おにーさーんおねーさーん、夕飯のチキンカレーでき、うおぉいきなり女の淫臭とお兄さんの媚薬的触手分泌液の臭いが! あたしにもよこすべきそうすべき」
「美鳥ちゃん落ち着いて」
ふむ、身体が勝手にシャワー室にの人はまだ来て無いらしい。
あ、ほじくってた脳味噌から北辰一刀流の情報ゲット。実在する技術はオッケーなのか。
唯一役に立ちそうなデータなので、お礼に18禁液を少し追加投与してあげよう。9リットルでいいよね。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
回想終了。もう二月も前の話である。
本当に他作品の能力は全てダメなのか確かめるため、害の無さそうな所をつまみ食いもしてみたのだが、やはり取り込んだモノはその構成情報を明らかにする前に全て熱量に変換されてしまう。
まぁ、元から観光目的での上京だったのでそれほど惜しいとは感じなかったのが救いと言えば救いだろうか。
むしろ、どれをどのように取り込むか頭を悩ませる必要が無い分だけ、じっくりと観光に明け暮れる事ができたかもしれない。
「ラーメン洞のラーメン、おいしかったよね」
「ああ、あれは中々の強敵だったね。あの中にアンチクロスとか放り込んだら何時間持つかな」
倒すと中身がこぼれるから、戦いながら食べないといけないんだよな。
偃月刀で切ろうとすると偃月刀の方が折れるし、ハスターの魔風は湯気で遮られるし。
科学的アプローチも難しい。メイオウ攻撃はそもそも麺も器も汁も具も何故か表面が削れる程度、おそらく空間圧縮にも似た理論で密度を上昇させているのだろう。
恐るべき密度の麺のコシは歯と歯の間で弾け飛び、麺の縮れ具合はその曲線によって物理攻撃を受け流すだけに留まらず多くの汁を絡め取る絶妙な角度を保っている。
何より理不尽なのはその熱さだ。ハスターの神獣弾を二、三発撃ち込んでからでなければ俺でも舌を火傷してしまうのだから、その熱さたるや並では無い。
相転移砲が僅かにその熱エネルギーを奪う事しか出来ない辺りからも、その存在が如何に科学を舐めているかおわかりになれるだろう。
だが、そういった困難を乗り越えても食べるだけの価値があったのは間違いない。
「美鳥はどこが面白かった?」
「声優じゃない本人ミュージカルかな、あの演技しながら両穴バイブとか胸熱。勝利のポーズがアヘ顔ダブルピースでガン決めってのもマジで歪みねぇよな。あと王子の骨董品店、いい拾いものしちゃったんだよねー」
えへへーと気の抜ける笑い声を出しながら、序盤の冒険の御供である毛抜形太刀を嬉しそうに鞄から引きずりだす美鳥。
某四コマ漫画では剣術少年の手によって木刀の代わりに市営プールに持ち込まれたという曰く付きの刀剣である。
「廃刀令とか大丈夫なのかそれ」
「廃刀令(笑)とか、この状況で何の役に立つのかと」
「むしろ刀でどうにか出来る連中には刀を持ってて貰いたいってのが本音でしょ」
刀でどうにか出来るのって、モヂカラ持ちとかデビルサマナーくらいじゃないか?
帝都を守るミュージカル系の人らは生身だと戦闘力微妙だし。
黄龍の人はもう如月骨董品店で奥さんと仲良く隠居してるっぽいけど、元鬼道衆の人とかが使ったりするのだろうか。
それともやはりあれだ、以外とモヂカラ使いとかデビルサマナーとかが多かったりするのかもしれない。
「卓也ちゃんはどこが面白かった?」
「聖地巡礼かな」
一番の思い出は真神学園の看板の前で記念撮影。控えめに言って最高だった……。
グダグダとか言われてるけど個人的には外法帖も好きだったから、時代の近いこの世界に存在してくれたのは素直に嬉しい。
何、DS移植版? そんなものは無かった。
だいたい開発チームアトラスにぶっこぬかれてる癖に移植しようって方がおかしい。
天香學園の方は所在地が少し分かりにくかったから諦めたが、機会があったらまた訪れたいものだ。
どうせダンジョンアタックだけなら教授の実戦民族学で腐るほどやってきてる訳だし。
大体の邪神眷属って肉体面で糞頑丈だから、威力を加減すれば銃も打ち放題なんだよな。
「続編はポシャったけどなー」
「やめろォ!」
粉バナナ! マーベラスの仕組んだバナナ!
どれだけ待ったと思ってんだよ続編!
ふと思い出して心の寂しさを埋める為にひーちゃんの子孫とか東京中探しちゃったよ!
東京一周した後に辿り着いた骨董屋に居たよ! 忍者と黄龍の器のハーフかよ! 菩薩眼の女じゃないのかよ! いいけど。くのいちの人嫌いじゃないし。セクシーだよね。
落ち着いて考えれば、忍者も黄龍の器も種族じゃないか。
「卓也ちゃん、どうどう」
姉さんに背中を撫でられながら息を整える。
思わず精神の均衡が崩れてしまう所だった。これが機械的な精神制御を俺の魂が上回った結果という事か。
でも、いいんだ。九龍の続編はアトラスからだからまだ希望があるから、そっちに望みを賭けるんだ。
ルイリー先生ルートでも再プレイするかな……。あの人も姉と言えば姉だし。
まぁ俺の姉さんの方がより姉さんだが。
そう、姉さんと言えば、
「そういう姉さんはどこが面白かった?」
「そうそう、あたし達にきいてばっかじゃなくてさ」
「んー……」
俺と美鳥の問いに、姉さんは人差し指を顎に当て、汽車の天井を見上げながら少しだけ考え込む。
「やっぱりこの時代はいろいろ人とか物の流れが面白いし、どこを見ても騒動ばかりで飽きないって言えば飽きないけど、人の往来が多いのは難点よね」
「つまり?」
俺の問いに、姉さんは天井から視線を下ろし、両掌を合わせてはにかみながら答えた。
「まだ着いてないけど、やっぱり何処かに出掛けるよりも家が一番落ち着くかな」
―――――――――――――――――――
○月○日(本日晴天、耕作日和)
『東京観光を終え、毎度の様に送り付けられてきた推薦状を片手に、俺と美鳥は何時も通りミスカトニック大学へと入学を果たした』
『前の周までも完全に入学する日が同じだった訳ではないが、一月以上も遅れて入学したのはこれが初めてだ』
『とはいえ、学力含む能力を見た上での途中編入だった為、前までの周と変わらない学年に入り込む事が出来た』
『ふと思い立ち大十字と同じ学年に入ろうかとも思ったのだが、同郷の出で一つ下の学年、敬語を使って表面上は敬ってくるが肝心な所では慇懃無礼、というキャラは自分でも中々に美味しいポジションだと思うので、現状維持という事にしておいた』
『ループまでの期間が二年間と少しである事を考えれば、ミスカトニックに居る間はこれ以上に美味しいポジションは存在しないと言っていいだろう』
『今更な話だが、毎度毎度同じ学年同じ学習内容では飽きが来てしまうので、この周は少し日常面で変化を取り入れる事にした』
『二十七周前のエンネアとの家族ごっこも面白かったと言えば面白かったのだが、あれは極めてまれなケースなのであてにできない』
『この試みは特に危険な部分も無く、なおかつ元の世界での生活を追体験する事によって、自らの本分を思い出せるいいアイディアだと思う』
『もうそろそろ夜が明ける。ここらで筆を置き、大学に向かう前の一仕事を始める事にしよう』
―――――――――――――――――――
「ほらほらー、きっちりタイムスケジュール守れー、はったらきばちー!」
全高8メートル程の機械大蜘蛛の背に乗った美鳥が、数十ヘクタールはある広大な畑に向け、拡声器で激を飛ばす。
その声に応えた訳では無いだろうが、畑中に散らばっていた無数の人影の速度が目に見えて加速する。
人影は全て裸体を金属で覆った人間で、それぞれ肉体の何処かに無理矢理農機を組み合わせた様な異形と化している、つまりは毎度御馴染下級デモニアックさん達。
融合している農機は全て俺の手作り、というか複製だ。
前に少しだけ奮発して数種類レンタルし、一度取り込んでとりあえず複製を作れるようにしていたのだ。
と言っても、唯の複製では無い。
一度取り込んでどういった理屈でどのような動きをするか、どの様な構造をしているかまで把握している以上、俺の技術レベルに合わせて性能を向上させるのは当たり前の話だろう。
とはいえ、戦闘用のロボや武装を作る訳程単純では無く、いくら技術を注ぎ込んだとしても作業の効率化には限界が来る。
だが、それもまた一興。一つで足りないなら二つで、二つで足りないなら四つで。
一種で足りないなら二種で、二種で足りないなら四種用意する事が出来る。
それは実に喜ばしい。何しろ、思いついても実戦出来なかった幾つかのアイディアを試す絶好の機会に恵まれている訳なのだから。
作品世界のハイテクを農業に応用する!
全裸でベッドに横たわる新技術(ボニータ)! 無視出来るトリッパーなど居る筈も無い。
つまり誰もが思い至るこの誘惑に耐えてきた俺は実に偉いので姉さんに褒められて伸びる権利が与えられているのは言うまでも無い。
勿論、姉さんは別に権利がどうとか考える人では無いが、それでもやはり何の後ろめたさも無く褒められるには、こうしてやる事やって我慢する所は我慢しておくのが一番なのだ。
「そんな何時も心にマイルールを抱えているお兄さんが、未だ寝こけている可能性が高いお姉さんの為に歌います。『熱情の律動』」
美鳥の虚空へ向けての紹介を受け、ビーチパラソルの下の椅子に座ったまま、俺は手にギターを携え、一度だけ大きく深呼吸をし、歌う。
「ヘェーラロロォールノォーノナーァオオォー」
歌う、歌う、我武者羅に歌い続ける。
恐るべき開放感だ。ここがデモベ世界の地元で良かった。これが元の世界であれば、ここまで大きな声で歌ったら何事かと駐在さん辺りが飛んできて、次いで駐在さんからメールを受けた千歳さんがジャージ姿で現れ、最後に朝食の準備を終えた姉さん辺りがゆっくりとやってきて、俺は晒し者同然。
だが、今のここなら違う。
この時代のこの辺りはまだ未開拓も同然、家こそ何故かポツンと建っていたモノの、それを除けば本当に盆地と言うかまるきり山だけ。
俺が鬼械神の新武装でまるっと削って整地しなければ畑とか田圃とかまるで夢物語だったここならば、俺は何の気兼ねも無く大声で歌う事が出来る。
これを聞いてるのはどうせ美鳥と心を持たない最適化された下級デモニアックのみ。
正直、一回だけでもいいからやってみたかった『農地の傍らで熱唱』だが、これが真に愉快愉悦。
「ヒィーィジヤロラルリーロロロー!」
そしてかっこいいギターソロ!
楽器は俺がギター使ってるだけだから歌が無い部分は全部ギターソロになるけど、とりあえずギターソロである事に間違いなんてあるわけ無い。
無心にギターを掻きならす。もはや俺の指とギターは物理法則を超越し、何故か他の楽器の音まで奏で出している。
複数の楽器の音が溢れ出す。しかしどこまで行ってもギターソロ。
そうだ、何の負い目があるだろう。
人は色々と言い訳を探す、
でも、
「おはよう卓也ちゃん、美鳥ちゃん。朝から元気ねぇ」
「おはよう姉さん」
思考と歌と演奏を中断し、姉さんに向き直る。
「────────」
「ああ、シュブさんもおは、よ、う……?」
更に姉さんの隣で曖昧な笑みを浮かべ、朝の挨拶をしてきたシュブさん。
そう、シュブさんだ。
何故貴女はシュブさんなのか。
シュブさんは何故ここに居るのか。
「あ、お姉さんが呼んだんだって。シュブさん居るとなんか豊穣の女神でも訪れたんじゃないかって程豊作になるらしいよ?」
「なるほど、それで」
言われてみれば、ド・マリニーのデジタル時計で加速空間と化した畑、そこで今まさに数か月の時を超えて収穫されているキャベツは昨日種付けから収穫まで行ったキャベツよりも出来が良い気がする。
勿論、完全科学農法かつ農薬の代わりにばら撒いた害虫のみを食い散らかすデモニアック益虫シリーズと、かつて火星の某コロニーに提供した農業用ナノマシンの最新バージョンの恩恵に与っている俺の畑は当然の如く毎度豊作だ。
だが、それにもまして瑞々しく生命力に満ち溢れたあの野菜達の姿はどうだ。
いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。
俺は恐る恐る、姉さんの隣でもじもじそわそわしているシュブさんに問いかけた。
「……見てないよね、聞いてないよね」
「────」
ミタヨー、か。
ふふふ、そう来たか。
心配りの出来るシュブさんなら、ここはあえて何も見なかったふり聞かなかったふりをしてくれるものと踏んでいたのだが。
俺が姉魂(シスコン)でなければ惚れていたかもしれない程の美しいはにかみ顔でそこまで残虐な宣言をしてくるとは。
俺がシュブさんに何となく敵対行動が取り難い、取ってはいけない様な感覚を得ているのを理解した上での事だろうか。
これが世界の選択か……。
だが、俺にも策が無い訳では無い。
「一週間ロハでウェイターするから、この事はダゴン無用という事で」
失礼、神ました。もとい噛みました。脳内モノローグすら間違う程テンパっているのがばれていないだろうか。
とりあえず、当方には何時でも全面降伏の準備があるのだ。
「────!」
が、何故か慌てたように両掌を此方に向け首を振るシュブさん。
まさかこの条件で渋られるとは。
だが、俺は常にとは言わないが二手三手先までなら考える事も無いではない男。
シュブさんの足元にしゃがみ込み、片足を恭しく持ち上げ、蹄の様なデザインの靴を脱がし、清潔感のある白い厚手のハイソックスに手を掛ける。
「分かった、そこまで言うなら、俺の超絶舌テクで、シュブさんの脚を舐めよう……!」
因みに俺はこれで姉さんを達して貰い、荒く熱っぽい吐息を洩らす姉さんに、息も絶え絶えにこれは危険な業だとお墨付きを貰ったこともある。
複数本出す触手に比べ、舌は人間で言う脳に近い位置に存在する為、その動きの精度も段違いなのだ。
魔法少女アイにジブリールを掛けた触手エロスで舞台はうどん工場、残り三ページで全ての言語がみさくら化を起こす程の気持ちよさ、とは姉さんの後に語った言葉である。
万が一オリエントな工業にこの舌の動作ルーチンがデータとして持ち込まれたなら、業界で革命が起こる事は間違いない。
本来なら姉さんと美鳥以外にこの絶技を使うのは不本意なのだが、先の出来事を忘れて貰う為ならば仕方があるまい。
それに、なんかシュブさん良い臭いするしな。清潔な山羊みたいな感じの。舐めるにもそこまで抵抗は無い。生肉舐めるのに比べればナンボもましだろう。
「───、──! ───! ───? ───!!!」
今さら『わかった、黙ってるから止めて!(意訳)』などと言われて信じるとでも思っているのだろうか。
さっきは只働きというお得な報酬で断った癖に、急に心変わりするなど怪しいにも程がある。
そして何気に人の姉に助けを求めないでください。何が『ちょっと句刻! いいの? 弟が今まさに変質者に!!!(意訳)』ですか。
こちとら舐めたくて舐めるんじゃないんですよ!
ていうかなんだその俺の頭を押さえつける未知なる腕力は。
ネームレスワン五百対と押し合いしても馬力で勝てる(理論値)俺の首の膂力を、シュブさんのまさしく細腕繁盛記という名にふさわしい手が押さえつけるなんて、物理法則もなにもあったもんじゃないな。
「ええい埒が明かん。美鳥! シュブさんを後ろから押さえつけろ!」
「ていうか、これ、絶対、目的と、手段が、入れ、替わって、る、よね!!」
背中に取りつこうとして、シュブさんの尻尾の様な触手の様な何かにつかまり振り回される美鳥。
これでシュブさんの戦力は半減だ。
俺はこの状態からあとかなりの数変身を残している。このままパワー勝負になれば、勝つる!
「構わん、いざとなればシュブさんの恥ずかしい写真撮影会に移行するまでだ!」
結局の所は俺の秘密をばらされなければいい訳で、いざとなれば全面降伏を翻して革命を起こしても構わない。
そう考えれば、脚を舐め回されただけでビクンビクンして白目に舌出しするシュブさんの写真あたりを押さえてしまうのも手と言えば手だ。
なんとなく、前にシュブ=ニグラスの召喚術式に使ったイヘーの護符があればどうにでもなる気もするけど、そんなあやふやな直感よりも誠意を見せて弱みを握る方が確実に決まっている。
「──────────!」
「ええい、大人しく俺の誠意を喰らいなさい!」
体内で生成した黄金の蜂蜜酒により格段に上昇した透視能力、更に医学、魔術的見地から推測されるシュブさんの脚部の最も敏感な場所は、
ここだ────!
―――――――――――――――――――
×月×日(俺は悪くねぇ! 先生が、先生がやれって!)
『とでも、堂々と書ける神経をしていればよかったのだが』
『ギター弾きながらの熱唱を見られていたからと言って、あの時の俺は少し錯乱し過ぎていた』
『そう自覚する事が出来たのは、シュブさんの爪先から脹脛半ばまでを舐めつくし、シュブさんが抵抗を止めくたりとその場にへたり込み、紅潮した頬に、呆けたように小さく開いたまま熱い吐息を途切れ途切れにし、熱に浮かされた様な潤んだ眼差しを向け始めた頃だった』
『俺が正気に戻りシュブさんの脚を舐める舌を止めると、シュブさんは物欲しそうな表情でもう止めてしまうのかという旨を告げてきた。──もう片方の足を差し出しながら』
『期待を秘めた視線だったと思う』
『俺は今までになく、また、普通に人生を送り続けていては経験する事も無かったろうその状況に戸惑い、思わず今まで何も言わずに見守っていた姉さんに視線を向けた』
『姉さんの取ったジェスチャーは【ごー、あへっど】、事の続行を示すものだった』
『姉さんからのゴーサインが出たからといって、そのまま続行してしまった俺は、やはり完全に正気に戻ってはいなかったのだろう』
『最近、シュブさんの視線が痛い。突き刺さる様な、触れる者皆焼き尽くす程に熱量を持った蕩ける様な流し目』
『だが、その視線に振り返ると慌てたように手を振りながら何でもないと首を振る』
『気不味いのだ。それはもう気不味くて気不味くて、ニグラス亭の唐揚げ定食大盛りも十割しか喉を通らない。ライスおかわり自由なのに勿体ないったらない』
『しかも、他のお客さんに比べて唐揚げが一つ二つ多かったりするのだがら勿体無さは三倍四倍、いや、十二倍』
『こういうイベントは心に決めた姉さんが居る俺に起きてもどうしようもないのだ』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「……というのが、俺がここでバイトを始めた理由な訳ですよ先輩、ご理解頂けましたか? つまり金に困っている訳では無いのです」
対面でジンギスカン定食を食べ終えた大十字は神妙な顔でひとしきり頷いた後、まっすぐな瞳を俺に向けた。
「なるほど、てっきり苦学生かなんかかと思ってたんだが、飯おごるよりも先に良い弁護士を紹介するべきだったんだな」
あの脚ペロ事件以来、微妙に気不味くなってしまったシュブさんとの関係をどうにか修復する為に俺がとった行動。
それは、やはり最初に提案した只働きだった。
友人知人との関係が気まずくなった時、人がとるべき行動は大体二つに分ける事が可能だ。
一つは一旦距離を置き、互いに冷静になる事。
もう一つが、むしろ距離を縮め、互いに相互理解に励む事だ。
危険度の少ない対処法はもちろん前者なのだが、これは同時に時間を掛けて縮める事に成功した相手との距離を大きくするという危険性も孕んでいる。
前者を安全にとる事が出来るのは、学校、職場などで嫌でも顔を合わせる相手のみ。
そうでもなければ、距離の開いた相手とそれ以降接触するのが難しくなり、関係を元に戻すどころか疎遠になる事もあり得る。
その点で言えば、嫌がられる可能性があるにしても繋がりを保ち続ける事の出来る後者の案は、ベストではないがベターな選択と言えるのだ。
まぁ、唯で働かせるのも気が引けるという事で超格安とはいえ給料は出されてしまう事になったのだが、その条件を呑まないとシュブさんが雇ってくれないのだから仕方が無い。
こうしてバイトの時間外に食事をここでとる事で給金はニグラス亭に還元する事でバランスを保とうとしているのだが、やはり関係の修復は遅々として進まない。
そもそも、学生は学業が本分だからって、周に三日しか仕事をさせて貰えないのもいただけない。
「可愛いキラケン、もとい、綺羅星ッ! もとい、可愛い後輩をいきなり犯罪者呼ばわりしないで下さいよ。──シュブさーん! 白玉あんみつチョコ饅頭一つ追加で!」
カウンターの向こうでペット雑誌のトリミング特集ページに釘付けになっているシュブさんに〆のデザートを注文する。
よくよく見れば、ペット雑誌と並んで女性ファッション誌のヘアカタログやらも積まれて、いくつか開かれている。
つまり、こちらの注文も聞こえない程に雑誌に集中しているのだ。
別に厨房で本読むなとは言わないけどさ、食堂のおっちゃんとか客居ない時に本やら新聞やら広げていたりするし。
でも、せめて注文はしっかりと聞いて欲しい。
「シュブさん、シュブ☆さん、シューッブさん♪ 白玉あんみつチョコ饅頭ーおねがいしまーす」
懐から取り出したメガホンでシュブさんに何度か呼びかけ、俺の呼びかけに気付きハッとした表情で雑誌を閉じ慌てて背後に隠し、こくこくと頷きながら了承の旨を伝えてくるシュブさんに満足しつつ、俺は大十字の顔を向け直す。
視線の先には、先ほどとは異なりジト目の大十字。
「なんです? 俺の顔が何か突いてますか」
「それがどういう状況なのかビタイチわかんねぇけど……、ホントに気不味いのか? ていうか何注文してんだよおい」
「気不味いに決まってるじゃないですか、でもデザートともなれば話は変わります。あ、あと金があっても先輩の奢りの時は目いっぱい食べると決めてるんですよ俺」
年上なんて頼ってなんぼの所があるしな。
「そんな訳で、先輩にはこういう場合の対処法とかをご教授願いたい訳ですよ」
俺の言葉に、大十字は困ったように後頭部を掻きながら答えた。
「どういう訳だっつーの。……そりゃ俺だって、同郷のよしみって事でできれば相談に乗ってやりたいけど、そんな状況でアドバイスとか言われてもなぁ」
「先輩は中学高校まで、股間のベイベルカノーネでクラスのマドンナ保健室の先生堅物風紀委員イタズラ生徒会長と、数多くの不沈艦を撃墜してきたと聞きましたが」
「どこ情報だそれ」
「脳内です、俺の」
俺の言葉に、顔の上半分を掌で押さえ、天を仰いで溜息を吐く大十字。
大十字はこんなリアクションをしているが、多分に間違った推測では無いと思うのだ。
大十字が童貞だったという噂は聞かないが、大学入ってからは魔術の修業一辺倒らしいし、女に手を出すなら発情期の中学高校時代だと考えるのは極々自然な話ではないか。
まぁ、そこら辺の細かい女性遍歴もループ毎に微妙に違っているようなのだが。
「まぁ、なんだ。お前が俺をどう見てるかはともかくとして、そんな微妙な状況になった事は一切ないから、まともなアドバイスなんて期待すんなよ?」
顔から手をどけて元の姿勢に戻った大十字は、そう言いながら苦笑した。
何だかんだあって社会不適合者、下衆野郎などの称号を欲しいままにする予定ではあるが、基本的には情に熱く義理堅い男なのだ、この大十字という男は。
「ええ、では、ご指導のほど、よろしくお願いします」
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
色々とアドバイスを貰い大十字と別れ、日本に構えた自宅へ帰る為に港へ向けて歩く。
大分話し込んでしまったのか、空には煌々と月が照っていた。
美鳥は姉さんに呼ばれて先に帰ってしまっているが、まぁ移動手段は幾らでもある。
しかし、だ。
「なぁんか、な」
順調過ぎる。
鬼械神を招喚するのに十年掛かった。だが、実際に成果は出た。
最終的にシュリュズベリィ先生とエンネアを取り込んで下駄を履かせているとはいえ、魔術の修業も続けている。まだまだ伸び白は残っている。
勿論、科学面での研鑽だって忘れていない。今手元にある材料だけでもそれなりに応用は効かせられるようにしているつもりだ。
順調なのだ。余りにも順調過ぎる。
順調でない事と言えば、精々シュブさんとの関係がぎこちなくなった事と、農作に応用できる技術の開発程度。
確かに数十のループの中で少なからず伸び悩んだ時期もあった。
だが、それらは何だかんだで根気よく研究や修行を続けたり、アメリカ以外の国の図書館に訪れたりして新たな知識を入れる事で解決してきた。
機神招喚程手こずった事は無かった。どのスランプもせいぜい一、二回のループの中で解決してしまう様なものばかりだった。
改めて考えてみよう。
ここがどこであるか。
俺達をこの世界に招き入れたのは誰か。
俺が一番に危険視していたのは誰か。
姉さんはナイアルラトホテップに釘を刺したが、全ての行動を制限した訳では無い。
本来、ナイアルラトホテップは絡め手を好む。それも、遠大過ぎる程に回りくどい物を。
そこまで考えれば、自ずと答えは見えてくる筈だ。
海へと続く倉庫と倉庫の間の道に足を踏み入れ、ふと、空気が冷たく、重い物に変わった事に気が付いた。
威圧感、だろうか。
恐ろしい程に強大。未だかつて感じた敵のプレッシャーの中では一番と言っても過言では無い、いや、それでも言い足りない程。
「貴公が、鳴無卓也か」
何時の間にか、俺のセンサーにも引っ掛らず、一人の少年が姿を現していた。
華奢、細いというよりも引き締まっているという表現が似合う身体を呪術的な礼服で包みこんだ少年。
男とも女とも付かない中性的な姿。
その顔は頭上より降り注ぐ月光を遮る倉庫の陰に隠され、それでも尚凄絶なまでに美しい(でも姉さんの方が遥かに可愛い)。
事前情報通りの姿。
今まで俺の、あるいは俺達の前に現れなかったのがおかしかったのだ。
だが、だがしかし、なんだろう。
一歩、また一歩と近づいてくる少年から目を逸らさず、俺はその違和感に思いを巡らせる。
「突然だが、貴公のその類稀なる力を、僕の、いや、余の為に振るってはくれまいか」
この空気は、想像して想定していたモノに比べると、温(ぬる)い。
「余は、ブラックロッジの大導師、マスターテリオン」
そして、その黄金の瞳。
宇宙的な暗黒、本能に訴えかける恐怖と言うには、余りにも、
「地球は、狙われている」
その瞳は、邪悪に抗う強い力を秘めていた。
「え、」
「えぇー……?」
思わず喉から零れる、戸惑いの声。
────これが、この無限螺旋のもう一人の主人公との、初めての邂逅だった。
続く
―――――――――――――――――――
日本観光と近代日本史の勉強をして、デモニアック農法を開発した主人公。
いきつけの大衆食堂の店主をぺろぺろして気不味くなって知り合って数か月程の先輩に人間関係の相談。
そして港で臍出し魔術師と出会う。
三行で説明が終わる簡潔な第四十九話をお届けしました。
因みに、例によって例の如く大導師殿はママンが貪られた事を知りません。
それもこれも鳴無句刻って女の仕業なんだ。
最後の主人公の『え、えぇ……?』は、多分こんな表情です。
( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_,、_
(;゚Д゚)エ、エェ……?
以下、これが無い方が質問とか疑問とかで感想入るんじゃないかなと思う自問自答コーナー(アレハンドロ)
Q、大導師さま、何で丸いの?死ぬの?
A、ループ初期の設定なんて無いも同然だから好き勝手解釈しまくりだわーい。という、捏造。
ニトロコンプリートにループ初期の設定とか乗ってたらごめんね自分ニトロコンプリート買い損ねたからごめんね。
Q、日本勢の中で、一つだけ大きく時代が外れてるのがある気が……。
A、スパークさんからの指令も多分矢文とか。いざとなれば全部ナイアさんの仕業。
Q、大神さんの嫁が!
A、大神さんは帝都と巴里にハーレム形成してから関係無い所でお見合い結婚がジャスティス。一人二人足りなくてもわかんなくね? 多いし。
それにしても、次は早くなるかもとか言いつつ何時も通りでしたね。
シオニースレに入り浸ってたりしたせいなんですが。
シオニーちゃん好き過ぎて作品世界からシオニーちゃんお持ち帰りしちゃったトリッパーとか出してグダグダなショートを一本書いてしまいたくなるほどでした。
いや、間違いなくシオニーちゃんを調子づかせてから机バンやるだけのSSになるので書きませんが。多分。だってシオニーでシオった~スレと全く同じ内容になりかねないので。
書かないと断言できる自信が無いです。まさに魔性の女シオニーちゃん。
そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイス、改行のタイミングと数の割合などを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。