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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十七話「居候と一週間」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/19 20:16
エンネアが来てから一日程が経過した。

「経過したんですよ、先輩」

「いや、唐突にそんな事を言われてもな」

隣に歩く、同じ講義を受けて途中まで一緒に帰る途中の大十字に、既に大事な所を全て省いて端的に説明する。
だがリアクションは芳しくない。これだからラブコメ主人公は鈍くていけないのだ。
スパロボJ世界のフリーマン氏の察して貰う必要の無い処まできっちり察してくれる恐ろしいまでの洞察力を百分の一程度でいいから見習ってほしい。
百分の一以上は見習ってほしくは無いが。こっちの正体までどこからともなく察しそうだし。
そこまで考え、困ったような顔の大十字の顔を見る。見る。見る。

「な、何だよ?」

至近からの俺の視線を受け、大十字は身を仰け反らせるようにして距離を取りつつ、更に聞き返す。
俺はそんな大十字から視線を外し、眼を伏せ頭を振る。

「いや、よくよく考えると、察しの良い先輩というのもいまいち想像が付かないなぁと」

それは多分大十字の様で大十字で無いでも少し大十字なイトケンだろう。
案外タイショーくんあたりかもしれない。

「お前今日に限った事じゃないけど偶にやたら失礼だよな」

大十字が半眼で恨めしげな視線を送ってくるのが分かるが、失礼な態度になってしまうのも仕方が無い。
先輩を敬う心は全て敬語に現れているので、態度と対応は自然とそんな感じになってしまうのだから。
そもそもループ中の時間を計算に入れれば間違いなく大十字の死んだ親御さんたちよりも歳上だし、体面上の先輩後輩関係以外ではあまり敬う理由が存在しない。
いや待てよ? そうなると、数度無限螺旋に呑み込まれた事のある姉さんは──
これ以上考えるのは危険だ。この思考は原則禁止とする。
まぁ姉さんはたとえ干からびても腐ってもエーテル体になっても可愛いけどな!

「……お主の兄は相変わらずだからいいとして、結局何が経過したのだ?」

「んー、昨日帰り道で浮浪者のメスガキをお兄さんが拾ってから一日経過したって話」

―――――――――――――――――――

卓也がストリートチルドレンの少女を拾った。
その美鳥の言葉を耳にし、アルは数秒だけ頭の中でその内容を転がし、

「くぅ、我が主の悪癖がとうとう後輩にまで伝染を……!」

拳を握りしめ悔しげに歯を食い縛りながら歯の隙間から声を絞り出す。

「お前は、どうしてそう、何もかも、俺のせいにしたがる!」

そのアルのわざとらしい動きに、九郎は拳をぎりぎりと握りしめ、血涙を流しながらツッコミを入れた。
そんなショートコントを繰り広げる九郎とアルに、美鳥は呆れた様な口調で待ったをかける。

「……本当に、そんな事が起こると思う?」

言いながら美鳥が親指で指し示すのは、虚空に向けて姉の胸部の膨らみをμメートルレベルの緻密さで両手を使って表現する卓也の姿。
虚空にエア姉胸の三次元図を描きながら、口からは延々と姉の胸にうずもれた時に感じる柔らかさ温かさ香りなどを、もはや何かの術式なのではないかと疑いたくなる程の複雑な暗号化が施され、通常の言語では三日三晩かけても言葉にしきれない程の超圧縮言語で宇宙的なメロディに乗せて唄っている。
人の多い通りで歌っていたら、通行人の半数が泡を吹いて倒れかねない程の常軌を逸した暴力的ですらある情報量と汚染率。
もちろん泡を吹いて倒れなかったもう半分は漏れなくSAN値直葬ルート。銃を携帯していればすぐさま口に咥え出すだろう。
無論、人通りの多い表通りであれば自重したのだろうが、ここが人の通らない裏道である為か、卓也の姉語りは止まる所を知らない。
そんな卓也の奇行に、九郎とアルは極々自然な動きで耳を塞ぎながら、生暖かい視線を美鳥に送りつつ、頷く。

「ま、ジョークみたいなもんだろ。アルも反省してるから止めてくれ」

「うむすまぬ、妾が間違っていた。十二分に反省したので、いい加減止めさせるがいい」

「理解してくれたならいいよ、ちょい待て」

九郎とアルの懇願を聞き入れた美鳥が卓也の耳元で何事か囁くと、卓也は虚空を彷徨わせていた手を止め、超圧縮暗号言語による歌唱を止めた。
こほんとわざとらしく咳をして、真顔で九郎とアルに向き直る。

「申し訳ありません、取り乱しました」

「いいよ別に。それで、拾って来た子供がどうかしたのか?」

馴れからか気にした風も無い九郎の問いに、卓也は両腕を組み、俯いて少しだけ思考。
顔を上げ、困った様な表情で口を開いた。

「いや、どうもしないんですよ」

「はぁ?」

「どういう事だ、そりゃ」

アルは呆れ顔で頭に疑問符を浮かべ、九郎は困惑した表情で問いを返す。
そんな二人の態度にさもありなんといった表情で頷く美鳥を見もせず、卓也はぴんと立てた人差し指をくるくると廻す。

「いや、訳ありそうな子供を拾って、しかもそれが女の子な訳でしょう? そうなると、大十字先輩みたいに女の子に理不尽な目に遭わされるのが自然じゃないですか」

「なるほ、あたっ」

「加害者が先に納得すんな。……いいじゃねぇか別に、何事も無いんならそれで」

得心したといった風の顔で頷くアルの後頭部を掌でぺしりと叩いた九郎。その口調には呆れと非難の色が含まれている。
当然と言えば当然だ。彼の後輩は、彼が後輩自身に語った苦労話と同じ体験をしてみたいと言っているも同然なのだから。
そして、この場合に起こるトラブルは、少女の我儘に端を発するものばかりとは限らない。
拾って来たのが正真正銘何の変哲も無いストリートチルドレンであれば問題は無いが、仮に何処かの人身販売組織や悪趣味な金持の元から逃げてきた被害者の類であれば、起こるトラブルは周りにも被害を及ぼしかねない。

「いや、ま、それを言われちゃ御終いなんですけども、ううむ」

九郎の言葉に頷きながら、未だ納得しきれていない風の卓也は、身体全体を捻りながら唸り続ける。
──常に常識的でありながら、時折突発的に不謹慎なことを言い出し、社会的な道徳観念から外れた行動を容易く取るこの後輩の事を、九郎は少しばかり持て余していた。
それが唯単に不道徳であったり考えなしの行動であれば、同郷の出であるという事を加味しても、見切りをつける事ができるだろう。
だがこの後輩の場合、それらの道理に反した行動が、最終的には何処かで何かしらの理屈と繋がる。故に、九郎はこの後輩を悪とも善とも断じる事が出来ない。
この話題にしても、拾ってきた子供を孤児院に預けるべきでは無いか、という方向に話を持って行く事もできないではない。
だが、この後輩はその浮浪者の少女を何故拾ったのかという理由すら明かしていない。
少女は、何者かに追われており、孤児院では守り切れないと踏んでいるのではないか。そう考える事もできる。
警察に届け出るにしても警察組織も全てが清潔である訳でも無く、一部はマフィアに鼻薬を嗅がされている事も多く、迂闊に少女を預ける訳にもいかないと考えているかもしれない。
そもそも孤児院も警察も、少女が正真正銘普通の孤児だからといって簡単に受け入れてくれる訳でも無い。
そんな事をしていたら、忽ち警察署も街の孤児院もパンクしてしまう。
先の言葉にしても、拾った少女に関する何かしらの情報を得て居て、その情報と少女の行動が噛み合わない事に対する疑問かもしれない。
とかく、この後輩は最後までその行動にどのような意味があるか、読み取る事が難しいのだ。
そんな九郎の思考には気付きもしないのか、卓也は空を見上げて溜息を吐いた。

「子供なんて、大人に迷惑かけるのが仕事だと思うんですけどねぇ」

「これ、まともな事言ってるようだけど意味はかなり違うから、そこんとこ注意な」

「日常の中にエンターテイメントを求めて何が悪いんだよ」

「それだけでガキ拾ってたら、ちびっこランドどころか海馬ランドが幾つあっても敷地が足りんくなるやん」

軽口の様に言い合いを始めた卓也と美鳥を見て、九郎は自然とアルへと視線を移す。
『処置なし』とでも言いたげな表情で肩を竦める、冷めた表情のアル。
九郎は、せめてこの奇妙な後輩に拾われた子供が心身ともに疲れない生活を送れるよう、何処に居るかも分からない神様に向け、投げやり気味に祈りを捧げた。

―――――――――――――――――――

▲月●日(猫を飼った事は無いが)

『高校時代、隣町の空き地で猫に餌付けをする事があった』
『大体の場合、姉さんがふらりと何処かに姿を晦ました時、家に帰っても誰もいないという状況の寂しさをふと想像し、寄り道したくなった時だったか』
『数日から数週と言うブレこそ在ったものの、二日ほどは確実に家に姉さんが居ない為、学校に行く前に家の台所から煮干しやちくわを持ち出し、高校から家に帰る為の電車が出る駅までの間の空き地で時間を潰そうとしたのだ』
『餌をやる、とは言うが、俺の場合は本当に餌を与えるだけで、猫に触るどころか近付く事すらしなかった』
『俺がそれと自覚して制御しない限り、俺の身体からは動物が好ましくないと感じる電磁波が垂れ流しにされている為、俺が近くにいると猫達が餌に近寄れないからだ』
『割と、むしろ大いに可愛らしい野生動物たちに近寄れないという悲しみと、それでも与える餌は食べて貰えるという事実への微かな喜びを感じながら遠巻きに猫を見つめていた事はよく覚えている』
『そんな俺に、極々僅かながら接近を試みようとしていた猫が居た事も』
『俺の発する電磁波を感じ取れない程に神経が鈍いのか、それとも餌をくれる人間に良い印象を与えようとした賢い猫なのかは分からない』
『だが、これだけは言える』
『警戒して遠くにいた動物が、こちらに歩み寄ってくれるというのは、心温まる体験なのだと』
『大十字とライカさんのデートまで、あと五日ほど』
『それまでに、エンネアが少なからず警戒を解き、こちらに歩み寄ってくれたのなら』

―――――――――――――――――――

レーダーに感あり。
書きかけの日記を閉じ、手に持っていたペンを机の上に置き背後の反応に向けて振り返る。
が、居ない。
そこに居たのに居なかった、とでも言うのだろうか。
レーダーに映っていた筈の熱源はいつの間にか消え失せ、否、振り向いた俺の更に後ろに居る。

「ええと、『最後の滞在日と言う事で、記念すべき初めての巨大ロボであるボウライダーに乗って夜間飛行を敢行した』」

居る、というか、読んでる。エンネア(しかし小豆ジャージ)だ。
手には適当なページが開かれた俺の日記。

「『優れた科学技術を持っているのに、何故か微妙に現代よりも古い街並み。かと思えば近未来そのものと言っても良い風景が違和感なく混在している』」

朗々とスパロボJ世界から帰ってきて最初の、スパロボ世界最終日の日記を読み上げるエンネア。

「『戦争が終わり半年、物資もまぁまぁ民間に流通し始めているせいか、夜だと言うのに街には活気が溢れていた。無くしたモノを忘れず、しかし前を向く強さを持ち合わせているのだろう』」

その表情を見る限り、人のプライベートを許可も無く覗き見ることへの後ろめたさとか、そういった心遣いとは無縁のようだ。
まさか今朝方まであそこまでおどおどというか、大人しいというか、知らない親戚のおじさんおばさん達に囲まれた人見知りする病気がちな少女みたいなキャラで通して置いて、このタイミングでそんな堂々と人の日記を読むとは思わなかった。
と、いうよりも、だ。

「『相良軍曹と千鳥さんの住んでいるアパートを見かけたが、どちらもカーテンが閉じられていた。翌日が学校だから早めに休んだのか、などとは思うまい。どうせ深夜テレビを見ているとか、深夜テレビを見ている千鳥さんを見ているだとかだろう』」

「エンネアちゃん」

「『あの二人の行動はおおむね予測通りだが、同じマンションに薬用石鹸が入居しているのは少しだけ意外だった。パジャマ姿でペットボトルのウーロン茶持ってベランダで何をし』なぁに?」

俺の声に、エンネアが日記の朗読を止めて、少しだけ俺の方に小首を傾げながら向き直る。
小豆ジャージで無ければ、そして俺が前の周までの大十字の様な特殊性癖を持っていたなら、心を奪われていたかもしれない可愛らしさだ。
まぁ、万が一俺が大十字の如き精神病に罹ったのであれば、真っ先に美鳥は初期形体で再構成され、蝦夷のロリ(ただし実年齢18歳以上)が蘇生され毒牙に掛かっているだろう。
そしてロリフーさんを凌辱し尽くしてダブルピース撮影後、最終的には魔法の力でロリ化した姉さんの元に帰る……!
愛の力である事は言うまでも無い。
個人的に調教系とか鬼畜系の主人公がひよって何もかも許された挙句に被害者と和解してハッピーエンドとか今一好きではないが、俺の心の棚はセラエノの図書館にも匹敵する数と耐久性を持ち合わせているので問題ない。
やっぱ愛だろ、愛。

「何で勝手に人の日記読んでるの、とかは今さらどうでもいいとして」

あまりよくは無いが、今読まれている所からは致命的な事は書いていない筈だ。
スパロボ世界初期の美鳥と初めて致した時の日記とか読まれたらあの光景がフラッシュバックしてしまい取り乱すかもしれないが。

「いいならもう少し読んでいい?『何かの感情に浸り切っているのだけは遠目にも理解できた。月に向かってペットボトルのウーロン茶を掲げるオシャレアクション。それで決め顔とかされても、正直、その、困る。リアクションに』」

「……読んでいいけど、内容、理解出来てる?」

俺の日記帳には姉さんの不思議力(ふしぎぢから)による理解を妨害する効力が備えられている為、書き手である俺か、姉さんと俺の因子を併せ持つ美鳥、術者であり超越者の姉さんにしか内容を理解する事はできないはずなのだ。

「『いい世界だったが、過ぎ去ってみればあっというまだった。月にメメメを置き去りにしてしまったが、トリップ先から一々生身の人間を拾ってきたら家の空き部屋が幾つあっても足りないし、仕方が無』んー……、さっぱり。言葉にして読めるけど、文字に直せないし、意味も理解できないね」

そう言いながら日記をパタンと閉じ、机の上に置きながら、エンネアは俺の顔をのぞき込む。
紫色の瞳に、まじまじと、瞳の奥を覗き込まれている。
ガラス玉の様な、という表現は失礼だが、こちらを覗きこむエンネアの瞳からはそんな印象を受ける。
石言葉から考えればアメジストも相応しいのかもしれないが、まぁ、正直、愛も慈しみも今のエンネアには重い気がする。
色の付いたガラス。
透明感があり、どこまでも透き通って見える様でいて、その深い所はガラスそのものの色で覆い隠されている。

「……ねえ、不思議に思わない? なんでエンネアはこれが読めるのか」

「不思議ではないね。理解できない構造になってはいるけど、ただ音に直して口で言うだけなら、意味を理解する必要も無いし、『理解できない』というルールには抵触しない。理屈の上では不可能じゃない。写しにもその効果が出るし、読める事自体はさして問題にならないんだ。意味が理解出来なければ、どんな情報も無害だよ」

瞳の色はエンネアの心そのものだ。
深くガラスに包まれた場所もエンネアの心なら、それを覆い隠すガラスもエンネアの心そのもの。
全てを曝け出すには遠く、見て貰わなくていいと諦めるには、その囲いは透け過ぎている。
もしもエンネアの覗き込んでいる瞳が俺のものでは無く大十字のものであったのなら、エンネアは何かしらの救いを得る事が出来たのだろう。
小さく、くりっとした、しかし、どこまでも深く、奥底を除き込めないガラス玉。
大十字であれば、この意味深なだけで無価値なガラス玉を、価値あるアメジストに変えられたのだろう。
それは別にいい。
エンネアの本質がどうであれ、こういう展開は今までの生活では無かった流れ。
新鮮だ。この一触即発の、正解以外を選んだら即死する様な緊迫感。

「エンネアは、貴方達の事を知らない……」

瞳を逸らさぬまま、それがさもおかしい、不自然な事であるかのように呟く。
俺達がそういうものだとは知らなかったのか、それとも知った上で、それでも違和感を拭えないのか。
私は貴方達を知らない。私はなぜ貴方達を知らないの? と。
問う訳にも行くまい、何故なら、

「普通はそういうものだよ。この街でも、世界中のどこに行ったとしてもね」

だから、これから知っていけばいい。
──とか、言う奴もいるのだろう。例えば今時間は風呂場を魔導書に占領されている巨根苦学生とか。
だが、別に無理に互いを知る必要は無いのではないか、と、そう思ってしまうのだ。
エンネアは俺達の事を知らない。しかしその一方で俺達はエンネアの事情や性格の一部を知っている。
しかし、それは今のエンネアではない、赤貧探偵に拾われて懐いたエンネアであり、今のエンネアと重なる点は殆ど見られない。
暴君としての無邪気な邪悪さもなりを潜めており、俺達の持つ知識では今のエンネアへの対処法は構築できない。
でも、昨日の夕食の時や今朝の朝食の時に比べればエンネアも大分喋る様になった。
共通の話題こそ無いが、なんとなく適当に世間話をする程度の事は不可能では無い。
仲を深めるのには、確かに互いの事を知らなければならないだろう。
だが、会話をするだけなら、ただ一緒に居るだけならば、極端な話、相手の名前すら必須という訳では無い。
犬の様に群れるか、猫の様に集まるか。
一回こっきりの、一周どころか一週続くかも分からない共同生活であれば、やはり猫の様であって欲しいと思う。
長く続けられないのなら、とびきり太く短く、生命エネルギーを発して欲しい。
そうでないと、拾った意味があんまりないし。
俺の内心を知ってか知らずか、エンネアは先程の覗きこむ様な視線では無く、しかしまじまじと俺の目を見つめている。

「聞けば、教えてくれる?」

おずおずと、控えめに訪ねるエンネア(可愛らしい仕草でも格好は小豆ジャージ)に、俺は力強く頷く。

「聞かれなければ答えようがないね」

聞かれない部分には答えないけどな。わざわざ聞かれない部分まで答えるのは蛇足だろうから、簡略化して答えるのがいいか。
俺ってば親切過ぎる……。今度姉さんに褒めて貰おう。
そんな事を考えていると、何事かを決心したかのような表情で、エンネアが口を開く。

「貴方は、誰?」

問いの内容は、酷く曖昧なものであった。
その能力と出自から誰かに何かを問う事に慣れていないのかもしれない。
或いは、決定的な回答を無意識のうちに避けているのか。
なら、こちらも少し謎を残すような答えを出すのが礼儀だろう。

「俺は、鳴無卓也。鳴無句刻の弟で、鳴無美鳥の兄。よろしく、エンネアちゃん」

改めての自己紹介。
会話の中から俺達の名前を知った様だが、やはり名乗るという行為には意味がある。
その証拠に、エンネアは何度か口の中で小さく名前を反芻し、

「うん、よろしく、卓也」

はにかむ様な笑顔を浮かべた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

まぁ、名前を教えるという事は大事な事ではあるが、それで何かが劇的に変化する訳でも無い。
多少なりともエンネアが大人しくなくなったとはいえ、それでも好意を向ける先である魔導探偵大十字九郎が居ない以上、原作ほどはっちゃけた事をし出す訳でも無い。

「むぐぐ……美味しい」

姉さん手作り肉じゃがを頬張り、少しだけ悔しそうに唸り声を上げるエンネア。

「うふふ」

そして、それを眺めながら笑う姉さん。
好意を向ける相手がおらずとも、エンネアは家の家事を手伝おうとしたが、やはりというか何と言うか、姉さんの手料理よりも美味しく作る自信は無いようだ。
姉さんの料理の腕が一流ホテルのシェフ並み、という訳では勿論ないが、ベテラントリッパー的には、『手料理を作ると、なぜか料理に対して評価厳し目のキャラからも高い評価を受ける』などという現象は基本中の基本らしい。

「まぁ気にすんな。お姉さんは何だかんだで高校生の頃から家事全般こなしてんだしさ」

肉じゃがの糸こんにゃくばかりを箸に絡めて持って行く美鳥が投げやり気味にエンネアを慰める。

「慰めるのはいいけど、それは今朝にとろふわオムレツで度肝を抜いた挙句に得意げにどや顔した奴の吐いていい台詞じゃないな。あと、汁が染み込むからって糸こんばっか持っていくな」

嵩増しも兼ねているんだから、それが無くなると一気にしょんぼりボリュームになってしまうだろうが。
だが、糸こんどころか肉じゃがの器を持ち上げご飯に汁まで掛け始めた美鳥は、俺の言葉に対して気にした風も無い。
美味いのは分かるが、もう少しだけでいいから丁寧に食って欲しいなどと考えていると、エンネアがジト目を俺に向けて、ぽつりと呟く。

「卓也の作ったお吸い物、凄く、凄く美味しかったよ」

「それほどでもない」

基本的に、和食は出汁さえどうにか出来ればそれなりの味はキープできるからな。
美味しい出汁さえ作れれば、それを作る過程でどのような変化を加えても許される。
俺の汁物の出汁の取り方は、あと108式存在するぞ。

「うぅ~……」

唸りだしてしまった。
美味しいと言っていたのに、なぜそんな頭を抱えてしまうのか。
君達はいつもそうだね。事実をありのままに言うと、決まって同じ反応をする。
わけがわからないよ。どうして料理に拘りがあるタイプの人は、そんなに出汁の取り方に拘るんだい?

「卓也ちゃん、料理する時、出汁パックで作るしねぇ……」

焼きサバから僅かな小骨を箸で取り除いていた姉さんの苦笑付きの台詞に、俺は首をひねる。

「あれ、中身は全部オリジナルだし。パックの素材にしても完全無味無臭だから既製品とは出来が違うよ?」

この出汁パックの袋に使われている紙も、勿論グレイブヤードに追いやられた製紙メーカーの異端児が生み出した技術だ。
小物系技術であそこ以上に役に立つデータベースはこれまでのトリップでは見つけられていない。

「確かに中身は別物だけど、あれに味で負けるとビジュアル的にレトルトに負けたみたいで結構へこむんだって」

「むしろ便利じゃないか」

ていうか、美鳥も料理する時結構使ってるし。
調合する為に中身の材料の比率もメモってるし、パックごと取り込んでいるから面倒臭い時は複製を作って間に合わせてもいい。
完成品の汁物も作り出せると言えば作り出せるのだが、ビジュアル的にな……。
指先とか掌から味噌汁やお吸い物とか出したとして、姉さんにそれを呑んでもらうとか想像するだけでやたら興奮す、もとい、あまり飲みたいものでは無いだろう。

「うー、うー!」

「うーうー言うのをやめなさい」

エンネアが箸をぶんぶん振りまわして唸り出したので、軽く注意。
料理の腕を披露できなかっただけで、情けない。
それでもデモンベイン本編触手凌辱担当の一人ですか。
あ、そっか、そうなると今周はライカさんが触手担当なのか。
五周目の姉×無数の弟は動画残してあるけど、これはどうやって録画するべきだろうか。

「うっうー☆」

「うるせぇもやしぶつけんぞ」

美鳥が便乗して楽しげに腕を振り回し始めた。
どれだけ高速で腕を振っても茶碗の中の味噌汁とご飯が零れ無いのは素晴らしいが、とりあえず買っておいたもやしのパックを振りかざして威嚇しておく。

「食べ物を粗末にしたらだめよ? あと鳴き声全面禁止ね」

美鳥とエンネアともども、姉さんに窘められてしまった。
そうだよな、モヤシは麻婆もやしにするつもりで買っておいたんだもんな。投げちゃだめだ投げちゃ。
そんな訳で、エンネアに向き直り、場を〆る言葉を告げる。

「別に無理に家事を手伝う必要も無いんだよ?」

「拾って貰っておいて、食べて寝るだけなんて、エンネアは淑女だからそんな不義理な真似はできないの! いいもん、掃除と洗濯で名誉返上してやるもんね!」

汚名挽回してどうするというのか。
やけくそ気味にご飯を掻き込むエンネアに生暖かい視線を送りつつ、俺は今踏み抜かれた失敗フラグが成立する確信を得ていた。

―――――――――――――――――――

エンネア奮闘記其の一。洗濯編。

美鳥が分別された汚れ物をメカニカルな箱に放り込み、スイッチを入れる。
御近所に優しくない物々しい音もしなければ、わざわざ手洗いする必要も無い。
これで電気代は従来機の三分の一、洗浄力は三倍(当社比)
その機械を前に、主婦たちはただただ洗濯にかける時間を減らしていくという。
慈悲深さすら感じるその圧倒的性能の持ち主、その名も──

「見ろ。これが人類を導く、斜めドラム全自動洗濯機(節水、節電使用、)だ!」

「手、手を出す隙が無い……」

現代の洗濯において、衣服のタグを見て選別する作業を終えたなら、あとは使用者の腕にはよる汚れの落ち方の優劣は存在しない。
記憶を頼りにデモンベイン世界で作り上げた全自動洗濯機に片手を置き、無意味に煽りカメラで威圧感を演出する美鳥と、全自動洗濯機でジョー(顎)に強烈な一撃を喰らったボクサーの如く、がくりと膝を付くエンネア。
ここ(洗面所)で、エンネアに出来る事は、何一つ存在しない。

試合結果
エンネア●―○全自動洗濯機
決まり手
圧倒的科学力

―――――――――――――――――――

エンネア細腕繁盛記。掃除編。

「いいかいエンネアちゃん、部屋の角は丸く掃く。これさえあれば、その程度の知識でも十分に掃除(たたかう)事ができる」

エンネアを前に、掃除機の説明をしていた卓也が、遂に掃除機のスイッチをオンにした。

《サイクロンッ!》

合成音による機動音が雄々しく鳴り響き、コーン型の円筒内部で激しい空気の渦が発生する。
通常、サイクロン式の掃除機の吸引仕事量は紙パック掃除機の三分の一とされている。
これは吸引力の低下が起こり難い事と相殺されるのだが、このサイクロン掃除機は吸引仕事量も並みの紙パック式掃除機を上回るスペック。
スイッチの入ったアップライト型掃除機を手に、エンネアが恐る恐る部屋の隅、箪笥の隙間などを掃除していく。

「わ、わ、凄い吸引力だよ!?」

「ダイソン社の製品(隣町の電器屋でコピーして造り出した複製)をベースにしたスペシャルチューン、我が家の切り札(ジョーカー)だから、安心して掃除するといい」

「う、うん」

手渡された掃除機の驚異の出力に驚きながら、おっかなびっくり部屋の隅を掃除していくエンネア。
最初こそその出力と排気される空気の綺麗さに驚いていたが、次第にその顔は苦渋の表情へと移行していく。

「これ、エンネアじゃなくても、十分だよね……」

サイクロン式掃除機という切り札(ジョーカー)を手に、エンネアはコツすら必要の無い単純作業と化した掃除を、のっそりと続けるしかなかった。

試合結果
エンネア●―○サイクロン式スティック掃除機
決まり手
コーン型内部に生じる真空状態、歯車的塵嵐の小宇宙

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「で、結局買い物全般が一番無難なお手伝いだ、と」

エンネアを拾ってから三日が経過し、その間にエンネアはいくつもの家事を断念してきた。
何しろ我が家にはこの時代にはあるかどうかも分からないような文明の英知、家電三種の神器が揃っており、俺、姉さん、美鳥だけでも十分に家を回していける。
既に当番が決められている所に割り込むからにはそれなりの成果を上げなければならない。
だというのに、自動化の進んだ我が家では、誰がその仕事をやってもさして効率は上がらない。

「だって、これしかお手伝いできそうな事が残ってないんだもん。覇道財閥じゃあるまいし、全自動の掃除ロボまで出てくるなんて、そんなの絶対おかしいよ」

トイレットペーパーとティッシュペーパーを抱え、不機嫌そうに頬を膨らませるエンネア。
因みにこの全自動掃除ロボ、ルンバの改造品──ではなく、もちろんトイ・リアニメーターの改造品である。
ボディを徹底的に薄型にしている為面影は殆ど無いが、十機ほど縦に積み重ねるとオリジナルのトイ・リアニメーターの姿になり、連結合体する事によりメカの整備も可能となる。
普段は足元をウロチョロされていらいらするので倉庫で埃を被っているが、仕事を次々に奪われるエンネアのリアクションが面白いので久しぶりに活躍しているのだ。
しかし、仕事を奪われるエンネアの落胆っぷりは見ていて中々に清々しい。
そこまで考え、俺は食材の満載された袋を手にしたまま、顎に手を当てる。

「なんなら、荷物持ちもしてくれる科学的買い物お手伝いロボというのもあるけど」

「やめて、もう本当にこれ以上エンネアから仕事を奪わないで」

エンネアが俺の服の裾をギリギリと音が鳴る程に握りしめ、強く、しかし抑揚の無い声で訴える。
目が笑っていない。このままここで正体バレしてボンテージに変身しかねない程のマジ顔だ。
しかし、不思議だ。
俺も美鳥も姉さんも、別にエンネアに家の手伝いを強要している訳では無い。
ここ三日ほどは姉さんがやや早めに起きて直々にエンネアに俺と美鳥を呼んでこさせているが、あれにしても最初から時間を決めての組手なので、呼ばれるまでも無く朝食には余裕で間に合う。

「なぁエンネアちゃん、何度も言うけど、別に無理に何か手伝いをする必要は無いんだよ? 小間使いにするつもりで拾った訳では無いんだし」

俺の言葉に、エンネアは服の裾から手を放し歩みを遅め、俯く。
見えない表情、エンネアは静かに口を開いた。

「だって、それじゃ、エンネアは、どうしていいか、わかんないもん……」

ぽつりぽつりと途切れ途切れに、力無く言葉を出し切り、エンネアは遂にその場に立ち止まってしまった。
前にも思った事だが、今のエンネアには好意を向ける明確な対象が存在しない。
大十字ならばとも思うのだが、どうやら全てのループの大十字がことごとくエンネアに気に入られている訳でも無いらしい。
原作の貧乏探偵大十字九郎はそのからっとした性格から好まれたが、それ以外の時は魔銃を渡す事すらあまりしない。
これらのデータは周回毎のエンネアの行動を振り返るまでも無く、作中のニャルさんとの会話を振り返るだけで揃う単純なものだ。
だが、これまでのループの中でも幾度となく繰り返された大十字のマイナーチェンジを目の当たりにしてきた俺としては、常に大十字に惚れるのであれば、惚れる側もマイナーチェンジをしなければならないだろうと言う確信を抱いている。
その証拠に、これまでのループの中でも、全ての大十字がアルアジフとくっ付いた訳でも無い。
誰とくっ付くでも無く、アルアジフとも善きパートナーのまま最終決戦を迎えた大十字もそれなりに居る。
つまり、エンネアはどのループでも大十字を重要視するが、ライクではないラブになる可能性はまちまちなのである。
そうなると、エンネアはエンネアにならず暴君のまま大十字に戦いを挑み、大十字にその素顔を晒す事すら無く覇道瑠璃ルート準拠の死に様を晒す。
曲りなりにもエンネアが救済を得るには、やはりどこかで誰かに素顔を晒す必要があるのだ。
そして、エンネアが素の飾らない自分を見せる相手となれば、それはやはり好意を持ち、心を許した相手でしか無い。
エンネアは原作にて自分の事を『尽くす女』と言っていたが、あれはつまり『尽くすからここに居てもいいよね?』という代価の先払い。
産まれからして非道な魔術結社の研究施設であるエンネアは、どこかで自分が存在し続ける、その場にとどまり続けるには何かしらの役に立っていなければならない、と考える節がある。
大方、エンネア──暴君が生まれるまでに、ナンバリングすらされていない実験体が多く使い捨てられていて、その末路をエンネアが記憶しているとかそんな感じなのかもしれない。
そもそも、シスターライカ含むムーンチャイルドの研究結果だけで、エンネア程の魔術師が生み出せると考えるのがおかしい。
シスターライカ達を初期ロットと考え、最終系であるナンバーⅨ事エンネアが完成するまでに幾度も実験が繰り返されていたと考えるのが自然だ。
そうでなくとも、実力第一の実験施設では、自分の有用性を示すのが一番の生き残りの方法。
その生き残ってきた生の経験がある方法と、アカシックレコードにアクセスして手に入れた情報を組み合わせて、エンネアの『自分は尽くす女、お買い得で、重宝ですよ』というアピールは産まれている。
故に好意を持った相手にはとことん尽くす。
そして今、エンネアは意味も無く拾われ、俺と姉さん──と美鳥の温かい家庭に拾われ、この状況に対して少なからぬ居心地の良さを感じている。
しかし、自分が何故拾われたか分からない。
自分の何が拾われ、家庭の温度を分けてくれる理由になっているか分からないエンネアは、とりあえず家事を手伝う事によって『エンネアはこんなに家事も出来る偉い子ですよ、居ると役に立ちますよ』というアピールをする。
無論、エンネアとてそういった生活が長く続くものでは無いと知っている。
だが、限られた時間の中、少しでも好きな相手との時間を、暖かい家庭に触れる時間を長引かせる為に、エンネアの無意識は自らを『好いた男には尽くし、厄介になっている家では手伝いをする淑女』と定義し、その様に振舞う。
そこに、好いた相手がいれば擦り寄って媚、甘えるという、完全に自分の欲求に従う行動が付加され、何もする事が無い時はその行動にシフトする。
だが、今はそうもいかない。
何しろ、『好いた男のそばに居たい』と『暖かい家庭の空気に触れていたい』というのは、全くベクトルの異なる欲求だ。
前者であれば、先の通りの『すり寄って甘える』などの行為により、より欲求を満たす事ができる。
何しろ、相手である大十字は男だ。美少女であるエンネアがすり寄るだけでもそれはかなりの奉仕行動に繋がる。
だが、後者の場合はそうもいかない。
家庭の雰囲気に包まれている間は幸せだが、エンネア自身は何も俺達の家にプラスを(あくまでもエンネアから見た結論であるが)齎さない。
手伝う家事が無い時、エンネアは一方的に幸せを享受、貪るだけの役立たずであり、相手からは不要な存在になり下がっていると言ってもいい。
勿論、俺がエンネアに求めているものからすれば、それは大きな勘違いなのだが、エンネアからすればそう考えてしまうのも仕方が無い。
自分は、何かしなければ全くそこに居る権利すら無い、と考えてしまう。
エンネアはその明るい振る舞いからは想像も出来ない程、その思考はマイナス方向に傾き易い。
好意を向ける異性=相互のメリットとデメリットがある程度釣り合う相手というのは、エンネアにとって、気兼ね無く寄りかかる事の出来る、精神安定剤なのだ。

「ああ、もう……」

頭をがりがりと掻き毟る。
ここまでマイナス思考に陥り易い人間と言うのも、元の世界とトリップ先の作品世界のどちらの経験を顧みてもそうそう居ない。
その為、効果的な対処法は何一つ思い浮かばない。
思いつかないので、振り向き、俯いたまま足を止めているエンネアの手を奪い、ゆっくりと先導して歩くように促す。

「エンネアちゃん」

「うん……」

引き摺られるように歩きながら、それでもエンネアは返事をした。
周りの、俺の声が聞こえているなら話は早い。
エンネアが何故家に連れて来られたか分からないなら、教えられる部分だけでも教えて、自分がそこに居るだけで十分に意味のある存在である事を教えてやろう。
まったく、面倒な。
姉さんや美鳥との生活の中では決して味わう事の無かった厄介事だ。
新鮮過ぎて清涼感が鼻から突き抜けてしまう処ではないか。
エンネアめ、本当に拾って得した感じだ、全面的にありがとう。これからあと半週も無いけど、改めてよろしくお願いしたいものだ。
―――――――――――――――――――

「俺達はね、実はこの字祷子宇宙の人間では無いんだ」

この卓也の言葉から始まった、彼等の秘密。
それはエンネアにとって半分は予想通りのものであり、半分はエンネアにとって、全くの未知の物語であった。
あらゆる物語が世界を内包する、高位の世界から彼等は来たのだという。
彼等は度々その世界に取り込まれ、世界の不備を調節する役目を与えられているのだという。
『トリッパー(小旅行者)』という名を与えられた彼等は、いくつもの世界を渡り、その世界の混乱を収束へと導いて行った。
そして、本来この世界に存在していた筈のキーマンが動けなくなった為、この世界にも彼等が訪れた。
世界を外から観測する彼等は、この世界がループしているという事を知っている。
覚悟を決めて入ってみたはいいものの、実際に幾度もループさせられるのは精神的に疲れるという事。
恩師との死に別れ、再会した恩師の初対面の相手に向ける表情へのやるせない気持ち。
エンネアには、それはとても尊い事だと感じられた。
自分はこのループから抜け出す為に必死で生き足掻き、時には何の罪も無い人々を平気で巻き込んでいるというのに、自ら率先してこのループに加わるなど、想像もできないお人よし。
馬鹿だけど、彼等は善き馬鹿だ。好ましい相手だ。頼れるか分からないが、頼っても良い相手なのだ。
そこまで考えて、エンネアは自らの手を掴み、前に進ませる手を強く握り、立ち止まる。

「エンネアの事も、知っているんだよね。……なんで?」

エンネアが暴君である事を知って、何故拾ったのか。
拾ったにしても、何故普通の少女として扱うのか。
そのエンネアの問いに、卓也は一瞬だけ何かを考える様に黙り込む。
前を歩く卓也の表情を、エンネアは見る事ができない。
酷く遠くに聞こえる雑踏の喧騒をBGMに、歩き続ける。

「これまで何度も繰り返してきて、エンネアちゃんと会ったのは、あれが初めてだったんだ」

「え」

エンネアは一瞬、卓也の言葉を理解出来なかった。
耳に入った情報を纏めきれていないエンネアに構わず、卓也は言葉を続ける。

「最初の周は、先輩から又聞きしただけだった。それ以降はたまに戦闘を少しだけ見る事があった。多少の誤差はあっても、時期も同じ、エンネアちゃんが先輩に突っかかって街を壊すという流れは変わらなかった」

「……」

エンネアは答えない。答える事ができない。
だが、エンネアは気が付いていた。
卓也が今言おうとしている事は、自らが望み、しかし、有り得ないだろうと諦めていた事。
自らが望んでやまない、最後の希望。

「もしかしたら、もしかしたらだけど、これで、このループも終わるのかもしれない」

―――――――――――――――――――

▲月□日(ものは言い様)

『先日の買い物以来、エンネアは明るくなった』
『明るくなったついでに、やたらと行動がアクティブになり、家の中を思う存分騒がしてくれている』
『今までのどこか遠慮がちな態度は何処へ行ったと聞きたくなるような無遠慮な日常への侵略ぶり』
『美鳥と共にゲーム対決、魔術師の超演算能力を生かして超高速テトリス対決、ドカポン対決で熱い血潮を燃やしてみたり、果敢にも姉さんの料理を手伝ってみたり、お姉さんの不機嫌にならない程度の時間に目覚まし代わりに働いてみたり』
『……流石に、俺の風呂にまで侵入しようとしてきたのには閉口したが、身体にタオルを巻いていたので許す事にした』
『別にあの小ささの子供に欲情する様な(あの年頃、ではない。この作品に登場するキャラ、つまり原作で見た事のある人物はすべて十八歳以上であると言っている!)特殊で可哀想な性癖は持っていない』
『が、あのペドい外見の少女と一緒に風呂に入ったという事実が発生すると、後々何かしらの冤罪を掛けられかねないのだ』
『大十字でもあるまいに、欲情する事も難しいような平坦な肉体(アルアジフよりは凹凸があるらしいが、ドングリの背比べというものだろう)を見た程度で豚箱送りとかマジであり得ない』
『その点、一緒に風呂に入ったがエンネアは身体にタオルを巻いていた、と言えれば、俺の普段の常識的な行動と言動、社会的な信用からして言い訳が立つ』
『ともかく、エンネアが家に新たな風を齎したのは間違いない』
『明るい雰囲気が、ではなく、これから死ぬと分かっているのに、それを理解した上でとびきり明るく、この上なく楽しそうに、力の限り生命エネルギーを発散するあの痛ましい姿の方だ』
『俺も姉さんも美鳥もああいった振る舞いをする状況にはなるつもりはないし、だれがなったとしても、俺か姉さんか美鳥は必ず悲しみに沈んでしまう』
『そういった意味で、エンネアの振る舞いは実にグッドだ』
『なにしろ俺達にとって、エンネアの死は完全に他人事であり、幾度となく繰り返されるイベントの一つに過ぎない』
『純粋に、今まで見た事の無い振る舞いを楽しむ事ができるのは、ループにおける退屈を紛らわすには最適だろう』
『スパロボ世界ではDボウイの妹辺りがそのポジションだったのかもしれないが、彼女はまぁまぁ大人しかった上に美鳥が直してしまったのでノーカン』
『最終決戦でDボウイとの合体攻撃がうざったかったので、巨大テックランサーで打ち上げ、諸共壁にめり込んだ状態で変身が解除されるまで殴りつけてやったが、どうせ生きているだろう』
『ブラスレ世界にネギま世界ではそもそもさほど原作キャラと殆ど関わっていないからノーカン』
『辛うじて引っ掛かりそうなのは、村正世界の銀星号だろうか』
『……無い、無いな。治療したから生命力に溢れている上に、死ぬ可能性は限りなく低い。そもそも無理して明るく振舞うとかでは間違いなく無い』
『ともかく、エンネアが俺の期待に応えてくれたのは間違いない』
『エンネアは死ぬ。間違い無く死ぬ。そして、その日は着々と迫って来ている』
『だからこそ、何か一つ、礼と餞別の意味を込めた贈り物をしよう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

エンネアが家に来てから六日目、日曜を明日に控え、街にはここぞとばかりに居酒屋やバーに掛け込む社会人や大学生で溢れるサタデーナイト。
街のあちこちで吐瀉物が電信柱に向けてフィーバーされ始める夜更け。

「ねぇねぇ! 明日! みんなで遊びに行こうよ!」

「いいぜ」

「いいわよ」

「何も問題ないね」

エンネアの唐突な提案に、俺達三人は一も二も無く頷き、エンネアが大げさにその場で跳び上がり全身で喜びを表現する。

「やったーー! さっすが、話がわっかるぅっ!」

しかし遊びに行くと言っても、一体全体何処に行けばいいのやら。
言ってはなんだが、この街には大規模なアミューズメント施設は存在しない。
カラオケもゲーセンも遊園地も無い。
ウィンドウショッピングくらいしか思いつかないが、それを遊びに行くと言っていいものだろうか。
あ、そういえば映画館はあるんだったな。出番が無いからすっかり忘れていた。
外装がやたら現代チックで周囲のアンティークな雰囲気の建物からは浮いていたが、アパートの一つ一つにまで怪しげな悪魔っぽい彫刻があるという謎センスに比べれば大分ましな造りだった筈だ。

「たぶん映画館には行くんだろうけど、今は何を上映してんの?」

「卓也ちゃん?」

美鳥と姉さんの疑問に答える為、映画館の前を通りかかった時に見た看板を思い出す。
極々普通の古めかしい内容の映画に紛れて、何故か一本だけニトロ作品がアレンジされて上映されているのがあそこのお約束だった筈だが、確か今月は……。
なんと、三本の内二本がニトロ系列ではないか。
俺は美鳥と姉さんに顔を向け答えようとして、エンネアに顔を向け直す。
休みの日だから最初から何処かに出掛けるつもりではあったが、少なくとも現時点で一番に外出を提案したのはエンネアだ。
エンネアに選んでもらうのが一番だろう。

「エンネアちゃん、火の鳥風グロ純愛とメカ主人公によるハートフル学園ラブコメ、どっちがいい?」

もう一つは……ジャズ・シンガー?
同時上映のニトロ作品は全編フルトーキーなのだが、この場合はどういう扱いになってしまうのだろうか。
まぁ、ここはニトロ世界なのだから、ニトロ作品が優遇されるのは仕方が無いのかもしれない。

「んー、映画ってどれくらい時間かかる?」

「この二つは大体二時間くらいかな」

この時代の映画作品ならもう少し上映時間にばらつきがあると思うのだが、この二つは時代背景からしておかしいから例外なのかもしれない。

「んとね、んーとね、エンネアは──」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局、朝一番に上映が始まる学園ラブコメを見る事になった。
映画の出来自体は……、まぁまぁだった、としか言いようが無い。
そもそも総プレイ時間が数十時間とか百何十時間とかのアドベンチャーゲームを二時間の映画に纏めようと言うのがおかしいのだ。
だが屈指の名エンドとも言える遥香エンドを持ってきたのは評価してやらんでもない。
でもなぁ、取り調べにカツ丼の代わりにカツサンドとか、アメリカ人に理解できる文化なのだろうか。

「たくやー、余韻に浸ってないで美鳥宥めるの手伝ってよー!」

「うん?」

エンネアの困ったような声に、映画館の入口を振り向く。
と、そこにはパンフや下敷きなどのグッズを大量に確保した美鳥が、エンネアに背中を撫でられながら、姉さんにハンカチを顔に当てられていた。

「おいおい」

映画を見て暫く放心した後に、財布を握り締めてグッズ売り場に飛んで行った時には具合が悪いどころか危ない薬打たれたみたいな危険なオーラを放っていた。
だというのに、美鳥は二人に宥められながら、顔をくしゃくしゃにして泣いているのだ。
ていうか、美鳥がこんな泣き顔するとか初めてではあるまいか。

「どうした美鳥、青い子が居なかった事にされたのがそんなに気に食わなかったのか?」

そんなマニアックな部分に反応するとかちょっと通気取り過ぎるだろう。
ていうか、居なくても話進むから別に居なくてもいいだろう。不人気如き。

「遂に、遂に公式で妹エンドがトゥルーエンドに……! おめでとう、おめでとう遥香ちゃん……!」

コングラッチュレィション……。
でも公式じゃなくて異世界で内容が殆ど語られないようなマイナーな映画としてな。
しかも半ば千歳さんの妄想だし。
地球見捨てて宇宙へ逃亡エンドよりは余程メインヒロイン臭出してると思うけど。

「もー、美鳥は泣き虫だなー」

「うるへー! ハロワで燦然と輝く一番星は軍服遥香(レイポ後バージョン)なんだよ! あれがヒロインで泣かない訳が無いだろぉ!?」

美鳥の背から手を放し苦笑するエンネアに、美鳥が唾を飛ばしながら反論する。

「最萌えは主人公だけどな」

「うん、あの初期の無垢っぷりが堪らないわね」

堂々と女子トイレを盗撮したり、通りすがりのダッチワイフで脱童貞したり、超無垢だな。
まともな所で言えば、OP前の家を出るシーンの『Hello, world』は本作屈指の名言だと思う。
何が言いたいかと言えば、映画って、本当に素晴らしいものですね。

「纏まったところで、次いってみよー!」

エンネアが片手を振り上げ、俺達を置いて行きそうな勢いで映画館から飛び出す。
俺達もそれなりの今日何処を廻るかは考えていたのだが、エンネアの頭の中にも何処を廻るかというスケジュールが組み立てられているのだろう。

―――――――――――――――――――

人の波を器用にすり抜けながら、エンネアはやや丈の長いスカート(お出掛けだからと、美鳥の服を少しだけ仕立て直して借りている)を翻し、くるくると楽しげに駆けまわる。
子供特有の、アクセル踏みっぱなしとでも表現するのが相応しい速度だが、随伴する卓也達は慌てる事も無く、のんびりとした歩みでその速度に追いつき、エンネアから離れない。
映画を見た後は買い物が始まった。
洋服に小物、人形に本、調理器具に健康グッズ、怪しげな部族の伝統工芸品に、この時代にそぐわない技術が用いられたオーパーツ。
大きなショッピングモールから路地裏の小さな店、果ては歩道の脇に敷き物を広げての簡素な露天、眼に付いた端からエンネアは飛び込み、そこに存在する何もかもを味わいつくそうと駆け巡る。
力の限り、時間を一秒も無駄にせず、瞬間瞬間を楽しもうとしている。その何処かに、掛け替えの無い何かを見出そうとするかの様に。
エンネアは三人を引っ張り廻し続けた。
卓也と句刻に服を見て貰いながらのファッションショー、美鳥と共に小物を弄り回し一部をうっかり欠損させて弁償し、公園の屋台で軽い食事をとりながらお喋りに興じ──
そうしている内に日は沈み、空は茜色に染まっていた。
四人は夕食の時間帯に迫り、客を定食屋に取られ人の少なくなった喫茶店で軽い食事と飲み物を頼み、ゆったりと寛いでいる。

「なんか、あんまり減らなかったな」

卓也が自分の財布を覗き込みながら、不思議そうに首を傾げる。

「結局、荷物になる様なものはあんまり買わなかったしね」

句刻は卓也の疑問に答えながら、良く冷えたオレンジジュースをストローで掻きまわし、氷を打ち合わせて音を立てる。

「だね。一番大きな荷物って、美鳥の買った映画のグッズじゃない? ぷぷ、お猿さんのお人形って、美鳥はお子様だなー」

「猿じゃねーよエテコウだよ。原作だとミクラスよりよっぽど役に立ってたイケメンサポートロボなんだかんな?」

メカニカルな猿のヌイグルミをエンネアから庇う様に大事そうに抱える美鳥と、それを指差し口元を押さえ笑うエンネア。
しばし、四人は食事を摘まみながら、購入した品をテーブルに広げて、その一つ一つに関して意見し、笑い合う。
このネタばれ満載のパンフは先に買わなくて良かった、プロジェクター付きの時計はいい買い物だけど精度が気になる。
使うかどうかはわからないけどこのコップは洗うのが面倒臭そうだ、このマグネットは飾りがでか過ぎて邪魔だけど冷蔵庫に貼りつけるアクセントとしては可愛らしい。
このブーズー人形は美鳥が服を裂いちゃったんだよね、いやいやテメェが腕を千切りかけたんだろ、いやいや美鳥が、いやいやお前が、いあいあ。

「しかし、エンネアちゃんは結局一着も買って無いんだな」

品物のチェックを一通り終えた辺りで、卓也がコーラフロートを啜りながら、今気付いたと言わんばかりに呟く。
そう、映画館を出てすぐに入った店で、延々一時間ほども様々な服の試着を繰り返していたにも関わらず、購入した品の中には一着も服が入っていない。
いや、句刻や美鳥が購入した下着やハンカチなどは入っているのだが、エンネアが着る服が一着も入っていないのだ。

「先に自分の分買っちゃった私が言うのもなんだけど、エンネアちゃんは新しい服とか要らなかったの?」

「そうそう、絶対あのパンツとか似合ってただろ(頭に被る的な意味で)。勿体ない」

「一応大目に金は下ろしてたから、遠慮する必要は無かったんだよ?」

そんな三人の言葉に、エンネアは困ったような笑みを浮かべる。

「そりゃ、エンネアも御洒落の一つもしてみたいけど、さ」

──それは夢の様な話。
暗闇を逃れ、光のある夜を迎え、
悪夢を怖れず、温かい寝床に付き、
絶望を忘れ、何事も無く朝が来る事を、当前の様に信じられる。

「これ以上、もう、持ち切れないよ」

温かいごはんを、笑顔の溢れる食卓で食べ、
休みの日に、気の合う友人たちと外に出かけ、
一日中、疲れるまで街中を遊びまわり、
今日は疲れたねと、楽しげに愚痴を零し合う。
──それは、夢見る事すら忘れていた、何処にでもある、楽しい楽しい夢の話だ。

「エンネアは、これでおしまい。そろそろ戻らなきゃ。エンネアじゃないエンネアに」

喫茶店の窓の外、夕焼け色に染まった道路に、隣の喫茶店から一人の人影が飛び出してきた。
対となる白き王、この世界を終わらせられる、運命の人。
見た事の無い光景、見た事の無いシチュエーション、見た事の無い焦りの表情。
その何もかもが、この僅かな救いの日々と、苦痛に満ちた円環の終焉を予感させ、嫌がおうにもエンネアの背を押してくる。
踏み出せ、ここから抜け出せ、全てに終止符を打て。と。
席から立ち上がったエンネアを、引き留める様な声が掛けられる。

「もう少し、欲張りになってもいいと思わない?」

「ん、もう十分。これ以上はエンネアもお腹が破裂しちゃうよ」

溶けかけの氷の入ったコップを揺らしている句刻の声に頷く。
最初に迎えた朝、向けられた笑顔に、暖かい思いが胸に溢れた。
もともと家に居るのが当たり前であるかのようにパシリにされ、されるがままに、そこに居てもいいものと教えられていた。

「急ぎ過ぎても良いこた無いぜ。急がば回れって名セリフを知らないのかよ」

「だいぶゆっくりしてたからね。これ以上は遅刻しちゃう」

冷めたハンバーグをフォークで何度も何度も突き刺している美鳥に、苦笑しながら首を振る。
最初に連れて来られた夜、シャワーをと共に浴びせられた殺気は、その冷たさに反比例する様な、人を大事に思う熱さを教えてくれた。
事あるごとに突っかかって、対等な位置でぶつかり合い、嫌でも自分がここに居る事を知らせてくれた。
そして──

「もう、行くんだね」

真っ直ぐに、逸らされること無く自分を射抜く視線。
その黒い瞳の中に、エンネアは自分の姿を見つけた。
瞳の中のエンネア(じぶん)は、これまで見たことも無いような笑みを浮かべている。
諦めではない。自分のこう考えるのも恥ずかしいのだが、決意を秘め、運命に立ち向かう『人間』の笑みだ。
まるで、これまで自分に立ち向かってきた、あの大学生魔術師の様な。

「ねぇ、卓也」

エンネアは、瞳に映る自分では無く、その瞳の持ち主──卓也の顔を見据える。
あの日、あの運命の日、あの出会いの夜。有り得なかったかもしれないどしゃぶり中、すれ違わなかった奇跡。
手を差し伸べてくれた、何処にでもいそうな、この世のどこにも居なかった人。
希望のありかを教えてくれた人。
最後に、こんなに沢山の思い出を作ってくれた、気紛れな異邦人。

「なんだい?」

「ありがとう──」

店の中に人気が無い、三人の内の誰かが魔法を掛けてくれたのか。
──私を見つけてくれて。
身体を包んでいた借り物の服が解け字祷子へ、魔術師としての装束──拘束着へと変換する。
──私から隠れずに居てくれて。
口枷を構成仕掛けて、止める。
──私の手を引いてくれて。
言葉を告げよう、この温かな日々に、別れでは無い、解放へ向かうだけ。
──だから、さよならの代わりに、この言葉を。

「──行ってくるね!」

エンネア──暴君は、何もかもを振り切る様に店の外へ、大十字九郎目掛け、走りだした。




続く
―――――――――――――――――――

エンネア編、完!
次回、暴君編へと少しだけ続きます。
そんな感じのファイナル→ピリオド詐欺的な嘘は一つも言っていない第四十七話をお届けしました。
実際問題、明確に敵対する相手か明確に好意を向ける相手が居なければ、エンネアの行動ってこんな感じじゃないですかねぇ。
勿論作者の予想と言うか妄想と言うか、作中に炸裂した俺理論によるエンネア限定な訳ですが。
まぁループ初期だとかなんだとか、そもそも完全に原作設定を踏襲する必要の無い二次創作世界観のお陰で幾らでもいい訳が立ちますがね。

ネタもまばらでシリアスという訳でも無い繋ぎ回ですが、繋ぎが無ければパンも蕎麦もボロボロになってしまい残念な気分になってしまう物です。
つまり、SSを書く上で繋ぎ回は必須! カタストロフの為の積み重ねも必須!
次も主人公は戦わないんですけどねー。繋ぎに繋いだ上で暴君と九郎のバトル回です。
戦闘シーンは主人公が少し九郎にちょっかい出す部分以外はほぼ原作通りです。
なので、『エンネア? 暴君? ロリとかワロス三十以上こそ至高』みたいな人は飛ばすのが賢明かもしれません。
一応次のデモベ編○○の章みたいな区切りへの複線でもあるんですが、予測できる人は予測できると思いますしねー。

以下、自問自答コーナーに代わり、主人公が今回どれだけ嘘を『吐いていない』か、簡単に説明させていただきますがかまいませんね!

>あらゆる物語が世界を内包する、高位の世界から彼等は来たのだという
そういう世界観ですしおすし。
>彼等は度々その世界に取り込まれ、世界の不備を調節する役目を与えられているのだという
姉の推論ではあるが、そういう役目を与えられている、という事自体は間違ってはいない。※まっとうに遂行するかはさじ加減次第。
>『トリッパー(小旅行者)』という名を与えられた彼等は、いくつもの世界を渡り、その世界の混乱を収束へと導いて行った
どのような形であれ、とりあえず収束はしている。何もかもまっ平らになっていても収束したと言うのは間違いでは無い。
>そして、本来この世界に存在していた筈のキーマンが動けなくなった為、この世界にも彼等が訪れた
キーマン事オリ主は姉の無理難題によって生まれる前に流産、原因が何かとは言っていないが嘘も言っていない。
>覚悟を決めて入ってみたはいいものの、実際に幾度もループさせられるのは精神的に疲れるという事
何十年と繰り返せば飽きもする=精神的に疲れる。
>恩師との死に別れ、再会した恩師の初対面の相手に向ける表情へのやるせない気持ち
自分が殺した訳だけど、死に分かれである事には変わりない。
>「エンネアの事も、知っているんだよね。……なんで?」
そもそもこの疑問には明確に答えを返していない。

うちの主人公はまっこと正直ものでござるなぁ。
宇宙から来た白い獣程度には正直もの。
ノルマを達成したいのも同じ。

それでは、今回はここまで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので、作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。


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