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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 21:25
「ん……」

心地よいまどろみの中にいた私は、カーテンの隙間から入り込んでくる光によって意識を覚醒させる。
何時もならここで二度寝三度寝四度寝と続けたくなる所だけれど、今日は十二分に睡眠をとったからか寝覚めが良く最高に気分がいい。
目を数度瞬かせてから目覚まし時計の所在を探し諦め、改めて私を目覚めさせた光を確認する。
窓の外から差し込んでくる光は茜色で、今日という一日が終わろうとしている事を知らせていた。
いくら私が朝に弱いからと言って、夜に眠って次の日の夕方まで長々と眠り続ける事はそうそう無い。あってもせいぜい月に一度か二度程度だ。
じゃあ、なぜこんな時間まで眠っていたか。
その答えを私が一々口にする必要はないと思う。
察しの良い人であれば、私が今布団の中で一糸纏わぬ姿である事と、私に抱きつくようにして眠り続けている愛しい弟──卓也ちゃんを見れば一発で理解してくれる筈だ。
今日も今日とて、私と卓也ちゃんは極々自然に互いを求め合い、睦み合い、貪り合って、互いに疲れ切った頃に自然に就寝した。
体力はお互いに常人並みにまで落としている。そうでなければ、私と卓也ちゃんは比喩抜きでこの世が終わるまで繋がりっぱなしになってしまう。
そうでなくても、最近の卓也ちゃんの求めは激しい。
理由は何となくわかる。今卓也ちゃんは精神的に非常に参っているのだ。
自覚こそ無いだろうけど、ループという環境はそれなり以上に精神に負担を強いる。
自らの知った顔、友人知人が暫く経過すると他人になってしまい、以前に構築した関係がリセットされる。
これは気にしないでいるつもりでも、記憶の方が混乱してしまい人間で言えば脳に非常に大きな負荷が掛かる。知り合いが他人になるというのは心の問題じゃなく、脳機能の面でも問題があるのだ。
でも、並みのトリッパーならこの時点でやさぐれるか十四歳ど真ん中病にかかって対人関係でヒッキーになってしまったりするところだけど、その点卓也ちゃんは何も問題ない。
様々な高性能コンピューター(中枢含む火星極冠遺跡、諸々のスーパーロボットの制御装置、デモンベインの初期人工知能とか)や超存在の頭脳(数十の雑兵悪魔に始まり、リョウメンスクナ、金神など)を取り込んだ卓也ちゃんであれば、その程度のエラーを吐いても何の問題もなく稼働できる。
じゃあ、何で卓也ちゃんはこんなに参っているのか。

「うーん、うーん……アイオーンちゃんマジ永遠……」

苦しそうに寝言を言いながら胸元に顔を埋めてくる卓也ちゃんの頭をあやす様に撫でつける。
ここ最近の卓也ちゃんの寝言は大体こんな感じで、鬼械神に関する夢でうなされているのだと一発で分かる内容ばかり。
『レガシーオブゴールドを懐中時計に改造したい』『ロードビヤーキ―が許されるのは男性向けエロCG集に何故か受け側で出演させされる糞餓鬼まで』『クラーケン(コスト1000)』『皇餓アストレイのあれ再開希望』『サイクラノーシュ残機×3』『ベルゼルートと名前が似ててややこしいから宇宙バルサン』『ネームレスワンぺろぺろ』
挙げ出したらきりが無い程、毎日毎日そんな寝言を吐きながらうなされている。
無理もない。卓也ちゃんのこれまでのパワーアップ方法を考えれば、よくもここまで長期に渡って努力出来たモノだとも思う。
トリッパーとして考えれば、十年にも満たない努力というのは時間としても少なく、まだまだ努力が足りないと思われるかもしれない。
でも、考えてもみて欲しい。卓也ちゃんはこの世界に来てからの四周、八年もの間魔術の研鑽を積み重ねてきた。
八年やそこらで、なんて軽く思ったらいけない。
実生活で八年もかけて研究し、実用化に成功し、しかし自分は何故かそれをうまく使いこなせない。それがどれほどの虚無感を生み出すか。
……私は、何で卓也ちゃんが機神招喚を成功させられずにいるのかを理解している。
でも、それを教える訳にはいかない。それは、自分で気付いて初めて価値が出るものだから。そうして初めて身に付くものだから。

「う、ん……、……おはよう、姉さん」

卓也ちゃんが眠たそうに眼をこすりながら、それでも笑いながらおはようと言ってくれた。
どんなに精神的に参っていても、私と話すときは精いっぱいの笑顔で元気そうに振舞う。
私を心配させないために。やっぱり、どんなに成長しても、卓也ちゃんは卓也ちゃんだ。
私の、大切な大切な、世界で一人だけの愛しい弟。

「うん、おはよう、卓也ちゃん。あのね、お姉ちゃん、一つ提案があるの」

「何? 何か面白いこと?」

だから、私は少しだけ後押しをして、何時もの様に見守ろう。
弟の成長を見守る事、それが姉の役目なのだから。

―――――――――――――――――――

×月×日(息抜き!)

『デモンベイン世界での生活も五周目を迎え、もうそろそろ十周年』
『しかし俺は五周目を始めた当初、目出度いを通り越して、僕は憂鬱だよハレルヤ……みたいな気分になっていた』
『なんだか前の周の途中でシュリュズベリィ先生に俺はまだまだ大丈夫的な事を言っていた気がするのだが、よくよく考えなくてもあまり大丈夫ではない』
『なにしろあの機神招喚に関するレポートを書く上で、俺は持ち得る限りの知識を総動員したのだ』
『正直、現時点で手に入れられる魔導書はすべて取り込んでしまっている以上、あの理論は先には進めようがない』
『しかし、未だ持って逆十字辺りならともかく、大導師どの辺りとやり合ってどうにか出来る自信(せめて確実に逃げられるようになりたい)も無い以上、下手に魔術結社から強奪、なんて真似もできない』
『八方手詰まりの状態で始める五周目、十周年なのに何一つめでたくない』
『しかし、そんな俺の精神状態を一発で見抜いたのか、姉さんがある提案をしてきてくれた』
『デモンベイン世界に来てから姉さんが俺の強化方針に口を出してくれるのは初めてだったが、その内容は俺にとっては新鮮なものだった』
『細かい部分を省いて要約すると、今までは力の強化にばかり拘っていたけど、ここらで一つそこら辺の事を忘れて、ひたすら非生産的な行為に明け暮れてみてはどうか、というものだ』
『なるほど、確かにそれは面白そうだ。何の意味もない辺り特にやりがいがある。これがいわゆる、真面目に不真面目というものだろう』
『今周はスタートしてから三週間ほどを姉さんとのひたすらただれた生活で消費してしまったが、ここらでしっかりとふざける為にもミスカトニックへの入学の手続きを行わなければなるまい』

追記
『姉さんとのプレイの一環で、人間体から変化出来ないようにしてエロい薬打ってボンテージで拘束してヌメヌメした触手の中に放置しておいた美鳥の事をすっかり忘れていた』
『何だかんだで二週間も放置していたせいか、すこし知能に支障をきたしていたので再構築する羽目に』
『少しばかり面倒臭いが、四六時中エロい事しか考えてない美鳥では助手として使えないので仕方が無い』
『まぁ、デモンベイン世界にきてからアップデートしていなかったし、丁度いいと考えるべきか』

追記の追記
『美鳥の出した様々な液体を掃除するのに手駒としてフーさんを複製した』
『が、前回初めて鬼械神での戦闘を経験した余韻に浸っているのか、恍惚の表情で立ったままアンモニア臭のする液体を漏らし始めた』
『今度からフーさんを複製する時はオシメをデフォルトで装備させておくべきかもしれない』

―――――――――――――――――――

「おにーさん、ダイナモ頂戴」

素直に大学からの招待を受け、正々堂々とアーカムに乗り込み、ミスカトニックに入学してから数か月。
一日の全ての講義を終え、夕食後のくつろぎタイム中に美鳥が不思議な事を言い出した。
ダイナモとはつまり、サンダルフォンから取り込んだ装置、魔導ダイナモの事だろう。
実際にそんな名前なのかは知らないが、魔力の素粒子である字祷子を取り込んで循環させ力に変えるダイナモである以上、俺には他の名前は思いつかない。
大体、いい感じじゃないか、魔導ダイナモ。如何にもそれっぽい名前で。

「いいけど、何に使うんだ? つうか、前回のアップデートの時点でお前の中に内蔵されてたと思うんだが」

「そうよ美鳥ちゃん。このあいだ変神見せてくれたじゃない。あれでも十分かっこよかったわよ?」

美鳥が変神する、カラーリングに迷った結果いいのが思い浮かばず結局女性版サンダルフォン(微妙にデザインが違うので黒いメタトロンにはならない)みたいな感じになった真黒な姿の機械天使。
まぁ、変身してもメタトロン程胸が強調されたデザインにならないのは、ベースがサンダルフォンである事と、美鳥のインパクトの少ない並前後平均乳に問題があるので仕方が無いにしても。
天地の構えもかっこよかったなぁ。自分で変身するのもいいけど、やっぱり変身後の姿をじっくり眺めるなら自分以外を変身した方がいいと再確認できたし。

「いあいあ、じゃない、いやいや、あくまでもこれは儀式的なもんだから」

「儀式ねぇ」

とりあえず、全身にくまなく組み込んだサンダルフォン形式だとかさばるので、もっとエネルギー生成機能を高効率化した小型のダイナモを掌の上に生成する。
魔術系の技術である為に強化しても一割増程度かと思いきや、これは機械的な構造を持っているのでかなりの倍率の強化が施されている。
これ一つで小さな町程度の電力なら余裕で賄えてしまうほどのモノだが、美鳥に搭載しているものはその全身に合わせたものである為、これよりもよほど高性能になっている。
あくまでも儀式的なものであるというのならこの程度のものでも構わないだろう。

「あ、渡す前にお姉さんの方に一回渡して」

「ふんふん、それでお姉ちゃんはこれで何をすればいいの?」

「うん、それを今度はあたしに渡してくれればうれしいなぁ」

俺が作り出したダイナモが、俺から姉さんに、姉さんから美鳥に手渡される。
美鳥はそれを手に取り頷くと、口の中に放り込んでごくりと飲み込み取り込んでしまった。
既に取り込んだモノを取り込み直しただけなので、眠くなったり発情したりはしない。

「……で、結局今のやり取りにどんな意味が?」

「いや、これで『兄貴に貰ったダイナモがある!』とか『姉貴に貰ったダイナモがある!』とか言いながらピンチの状況から抜け出せるフラグが立つかなぁと」

「あぁ、確かに真空地獄車ってネーミング、結構野蛮でカッコいいわよね」

「きりもみシュートってネーミングも割と直情的だよな」

美鳥も姉さんも俺も意外とライダー好きだけど、俺達ってどちらかと言えば退治される側じゃないか?
そんなどうでもいい考えが思い浮かんだが、姉さんが一度ディケイド劇場版の世界をぶち壊しにしていた事を思い出し、俺はツッコミを放棄した。

―――――――――――――――――――

◆月●日(作ったバイクで走りだせ、行き先も、わからぬまま)

『入学してから半年程が経過して、俺と美鳥もそれなりに実績を積み重ね、学術調査などに使われる武装の作成を頼まれたりする様になった』
『今回の依頼はミスカトニック大学図書館特殊資料整理室の人から頼まれて、移動速度が速過ぎて追えない怪異に対する追跡手段としてバイクを作成』
『報酬はシュリュズベリィ先生の学術調査への同行許可だ。怪異相手に無双したり同級生どもを助けたりして遊ぶ為にはうってつけ!』
『そんなこんなで突貫作業で一台作成。ハンティングホラーほどではないが、並みの怪異から初期のマギウススタイル大十字程度なら一発で轢殺可能な素晴らしい作品が仕上がった』
『デザインは、ブラスレイターコンセプトワークスの四十三ページ下段と言えば分かり易い。変形は出来ないが大体そんな感じだ』
『実の所を言えばあの試作バイクはその構造上、どんなに頑張っても曲がるというアクションを行えないのだが、まぁライフル一丁で邪神の子供に立ち向かおうという勇者なら気合いでコーナーリングもどうにかできるだろう』

―――――――――――――――――――
◆月×日(だからヘルメットをかぶれと言ったのに)

『モーガン君は犠牲になったのだ……。曲がれないバイクの犠牲にな』
『少しばかり全身の骨が拉げて内臓飛び出していたから、アーミティッジ博士に見つかる前に開発中の新薬で修理しておいた』
『この新薬こそ医療用ナノマシンとUG細胞と詫びと黄金の蜂蜜酒を組み合わせて造り出した全く新しい人体蘇生薬!』
『蘇生したモーガン君は暫くの間レントゲン要らずの透視人間になったってさ』
『その後、モーガン君は傷一つ無く直したのに、アーミティッジ博士に脳天をぶん殴られた。何故だ』
『でもアーミティッジ博士も人を殴ると自分が痛い(強度の違い的な意味で)という事を理解して貰えたと思うので気にしない事にする。五代は何時もこんな痛みと共に闘ってるんだぞ、と』

追記
『で、でたー! アーミティッジ博士の伝家の宝刀、聖別されし魔術的ブラックジャックだぁぁ!』
『中身の金属球が全部拉げたので弁償した』
『正直、自分の頭に振り下ろされた凶器の修理代を出すとかマジで非生産的だと思う』

―――――――――――――――――――
◆月◎日(非生産的な生産再開!)

『ライフル片手にバイクにまたがったモーガン君にも非があるけど、曲がれないバイクにも責任の一割程度はあると思うので作りなおし』
『今度は九〇式をベースにしたモノバイクを作ってみた。性能は大人しめに抑えたけど、いざとなれば空を飛べるから別にいいよね』
『アメ公共の変身の掛け声とか知らないから、口結は全部ドラゴンナイト風に『カァメンライドゥッ』で統一して、予備も含めて説明書と共に五台程納入完了』
『一晩かけてノリノリで書いたお手製説明書を読んだウォーラン米が泡吹いてぶっ倒れた』
『数打劒冑を金神側から見た見解を含む抒情的な説明書だったが、前衛的過ぎて読んだ人の脳が耐えきれないらしい』
『五周目初執筆の魔導書はバイクの説明書である(笑)。いや笑えないがな』
『分かり易く事細かに解説すると魔導書になってしまうらしいので、百円電卓の説明書みたいな一枚の紙にシンプルにまとめた』
『今、アーカムシティの路地裏の平和は六派羅制式採用の劒冑が守っているとかいないとか』
『あの人達は基本的にブラックロッジに絡まないらしいから安心だね!』

―――――――――――――――――――
■月●日(劒冑ではしゃいでたアーミティッジ博士がぎっくり腰で倒れた。爺ェ……)

『一回、劒冑の力が破壊ロボに通用するか聞かれたが、流石に数打でそれは無理があると否定しておいた』
『辰気操作とかを組み込んだ真打ならどうにかなるかもしれないが、むさくるしいおっさんの為にフーさんや貴重なロリ蝦夷を消費したくない』
『それに、フーさんや蝦夷はいくらでも代えが利くけど、クロックアップした鍛冶場を作るのは俺なのだ。面倒臭くてかなわない』
『代わりに破壊ロボを一発で破壊できる(追加効果・街も吹き飛ぶ)廃墟弾を作ろうかと言ったら、何故かシュリュズベリィ先生に納品する事になった』
『俺は学生であって便利屋じゃない!とか非生産的な抗議をして満足したので十発程納品した』
『置き場が無い上に整備も出来ないらしいので、覇道財閥からレンタルしている空母預かりになるらしい。メンテナンスフリーにしておくべきだったかな』

―――――――――――――――――――
▲月▼日(そろそろ二年に進級ってところで)

『シュリュズベリィ先生が学術調査に連れてってくれるらしい。美鳥とハイタッチして喜びをあらわにし、みんなから苦笑をもらった』
『やったねたえちゃん、邪神眷属側の犠牲者が増えるよ!』
『姉さんがお祝いに御馳走を作ってくれた。アーカム・トルム肉のステーキだとかなんだとか』
『美味いぜ美味いぜ美味くて死ぬぜ。食って生まれた有り余る体力は姉さんとのプロレスごっこで消費した』
『キスの度に何時もとは違う肉の味がした。ペロッ……これは、ステーキ!』
『まぐわいながら何時もの味に戻るまでキスをした。やっぱり姉さんの舌の粘膜は激美味い』
『ストレートにそう言ったら頭を小突かれて割れた。愛が痛い』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

邪神、と言われて、真っ先に思い浮かべるモノはなんだろうか。
特定の邪神を崇拝せず、なおかつ魔術に明るい人種が真っ先に思い浮かべる邪神は、最もその眷属を含む類型に出会う可能性の高いものである事が多い。
何故なら、最も遭遇する可能性の高いモノこそが、最も直接的な危険性の高いものだからだ。
では、最も接近遭遇しやすい、邪神に連なるモノとは何だろうか。

「うりゃ」

それは和製の雰囲気を持つ、刃の分厚い太刀に唐竹割にされた蛙や魚を類人猿型に引き伸ばした様な化け物、すなわち〈深きものども〉である。
地球の大半を覆い尽くす海を住み家とし、海辺の港町などを隠れ蓑にして活動する彼等は、生まれて十数年から数十年程度であれば人間に紛れて生活する事も不可能では(『上手く』紛れる事が出来るかは置いておくにしても)ない。
この様に、活動範囲の広い彼等は、一般人含む人間ともっとも出会う確率の高い種族であると言っても過言では無い。
そしてその遭遇率の高さは、魔術を持って怪奇に立ち向かうミスカトニック大学陰秘学科の学生や教授にとっても例外ではない。
更に言えば、ミスカトニック大学の学術調査はシュリュズベリィ教授の鬼械神の運用の為、投下用の爆弾を搭載する空母が必要となる。
この覇道財閥から貸し出された空母を現地への足とする為、必然的に空母で近くまで向かえる場所が調査の場所になり、結果として海の者、〈深きものども〉の相手をする回数が多くなるのだ。

「た、助かった。ありがとう!」

「いえいえ、どう致しまして」

半分に分割した〈深きものども〉に捕まりそうだった青年──ミスカトニックの院生──からの礼にお座成りな返事をしながら、卓也は再び太刀を横薙ぎに振るう。
弱点である鰓を、その上の頑強な鱗ごと叩き切り、刃に血が纏わりつくよりも早く振り抜く。
斬り裂く段階で刃を差し入れる角度を調節し、返り血が掛からないように死体の倒れる向きを調節する。
卓也はそれを無感動に眺め、場を仕切り直す様に一度太刀を振るった。
その刃が決して届かぬ程度の距離を置き、〈深きものども〉が卓也を取り囲んでいる。
いや、取り囲んでいる訳では無い。近づこうとして、しかしその剣気に本能的な部分を無意識に刺激され、脚を止めてしまうのだ。

「ふぅん」

自らを取り囲む〈深きものども〉の取る距離に感心した様に鼻を鳴らし、卓也は明後日の方向に首を曲げ呼びかける。

「せんせぇー! あなたの生徒が化け物に囲まれて大ピンチなんですが、何か思うところは無いんですかねぇ?」

その呼びかけに、群がる〈深きものども〉を蹴散らしつつ他の生徒の面倒も見ていた先生──シュリュズベリィ教授は、不敵な笑みを浮かべた。

「そうだね、君や君の妹の相手をさせられる彼等には同情を禁じ得ない、と言ったところか」

「嘘でもいいから、ご自分の生徒を心配する素振りくらい見せて下さいな」

卓也は肩をすくめ、太刀を構える手とは反対の手を懐に潜りこませ、一冊の文庫本を取り出した。
一見何処にでもある文庫本だが、それは通常の書物ではありえない程の濃密な『気配』を溢れださせている。
ぱらぱらと片手で捲るその文庫本のページには多くの書き込みがあり、白い部分が殆ど存在しないあり様である。

「仕方ない、助けもあてにならないし、ささっと片付けようか」

その文庫本のタイトルは『ネクロノミコン新訳』ネクロノミコンの祖であるアル・アジフの、最も新しい子孫とも言える魔導書だ。
魔導書から質量を持つ程に濃密な魔力が溢れ出し、術式の型に乗っ取り世界の法則を捻じ曲げる。
何が起こるか理解できないまでも、何かが起こる前に阻止しようと〈深きものども〉が本能からの制止を振り切り突撃し──
あっさりと、全ての〈深きものども〉は殲滅された。

―――――――――――――――――――

さて、無事に魚人の群れを殲滅し、あたし達は覇道財閥から貸し出された空母の中、食堂でご飯を食べている。
流石はニトロ世界というかなんというか、やはり主食となるのはパンでは無くライス、すなわち米食で、なんと週に一度はカレーも出る。
別段海軍でも何でもないのだけど、このカレーを出される日を基準にして週の感覚を忘れないようにしているらしい。
生体機能としてではない、文字通りの体内時計を備えるあたしとお兄さん的にはそういった気遣いは無用なのだけれど、週一で美味しいカレーにありつけるのは本当にうれしい。
学術調査とは言っても、実際に邪神眷属群などの活動拠点を潰したり、持ち主の居なくなった拠点の調査を行う時間よりも、やはり移動の時間の方が長くなってしまうのだから、移動中の嗜好品はあって困るものでも無い。
あたしは、船と言えば一年近く乗り続けていたナデシコが印象深いのだけど、普通に海の上を進む船というのは、移動にかなりの時間を必要とする。
だからこそ、こういった移動中のメンバーのメンタル面でのケアは重要になる。
このカレーには、そういった船員や学生達の精神面を安定させる効果も含まれているのだろう。

「ねぇ、ミドリ、まだ?」

「まだまだ」

あたしはそんな事を考えつつ、中腰でこちらに臀部を向けているハヅキに、先ほどから何度も繰り返している返事を返した。
突きだされたパンツを穿いているようで穿いているのかどうかいまいち分かり難い尻肉を見つめ、手に持ったカレーからスプーンで一口分カレーライスを掬い、口に運ぶ。
うん、美味い。ナデシコよりもヨコハマ基地近くの食堂を思い出す味だ。
素朴というか、ガテン系っぽいがっちり系の盛りというか。
そして、ハヅキの尻を見る。
丸い。と一言で言いきるには惜しい尻だと思う。
ハヅキの背丈というか、外見の年齢は育ちの悪い小学校高学年程度だと思うのだけど、尻から太腿にかけての肉の着き方は何と言うか、ニトロクオリティというのだろうか。
お兄さんが言うには、バージョンアップを重ねる前の初期のあたしの身体もこんな感じだったらしい。
もしそれが本当なら、もうチョイ押せ押せで行けばお兄さんもぐっと来てくれたのではないだろうかとハヅキのエロさを称えるふりをしつつ自画自賛してしまいそうになってしまう。
つまり、いい尻だ。なんでこの娘にはエロパートが存在しないのだろうか。
細マッチョ老人と幼女の組み合わせがニッチ過ぎるからだろうか。もったいない。
あたしにレズビアンの気は無いけど、この尻が無茶苦茶にもみしだかれたり何度も何度も掌でぺしんぺしんと叩かれて真っ赤に腫れ上がる所なんて、想像するだに素晴らしい光景じゃないだろうかと愚考するしだいだ。
仮にアクセサリーを付けて貰うとしたら、取っ手の所がハートマークになったアナルパールを限界まで差し込んでしまうべきだと思う。
んで、異物感に身を捩じらせる度に尻穴から覗く小さなハートマークがぷらぷらと揺れる。
最高じゃなイカ……。いざとなれば触手をうならせても構わないと思わないでもない。
そんな想像をすると、それはもう食が進むの何の。スプーンが皿と口の間を何度も何度も行ったり来たりしても仕方が無い事じゃなイカ。

「うぅ、ミドリ、もう勘弁してよ。カレー食べ終わるまでじゃないの?」

「ちょっと待て、今いいところなんだから」

頬を朱に染め、困ったように眉をはの字にさせたハヅキの歎願なんて聞こえない。
だけど、もうそろそろカレーも底を尽きる。興奮に任せてついつい食べる速度を上げてしまったのがいけなかったのか。
仕方が無いので、あたしは懐の魔導書から、ある術式を起動させた。

―――――――――――――――――――

比喩表現では無く、文字通りの意味でハヅキちゃんの尻をオカズにしてカレーを食べている美鳥から少し距離を置き、俺とシュリュズベリィ博士は食後のコーヒーを啜っていた。

「君の妹は、なんというか、本能に忠実だね」

「そこはマジで申し訳ない」

仮にもハヅキは魔導書の精霊、しかも実体化にはシュリュズベリィ先生の魔力に依存するらしいのだが、美鳥はハヅキちゃんの尻を眺め続ける為、特殊な魔術装置を用いて自分から実体化に必要な魔力を送っている。
そもそも、美鳥が一方的にハヅキに尻を差し出させているのも、先日の戦闘でシュリュズベリィ先生が手を貸してくれなかったからであり、そもそもクトゥルーの戸口となる超空間ゲートを潰す作業をしていたから、別段美鳥自身は苦労していなければ助けも必要として居なかった。
が、何故か数分に渡る美鳥の熱烈な説得により、シュリュズベリィ先生ではなく、何故かその魔導書がペナルティを負い、美鳥が一方的に得をするような形になっていた。
魔術の研鑽にばかり目が行っていて気付かなかったけれど、ミスカトニック大学での九年にも及ぶ学生生活で、言葉に説得力を乗せる力も身に付いていたらしい。
思い返せば前の週のラスト、南極大決戦でも一周目よりもスムーズに援軍に加わる事が出来たし、そのお陰で最終決戦直前のデモンベインを取り込む事も出来た。
更に言えば、姉さんも最近はマンネリ回避の為の少しだけ特殊なプレイにも恥ずかしそうにもじもじしながら控えめにこくりと頷いて『そういうの、馴れて無いから、卓也ちゃんがリードしてね』とかうあわあああああ姉さん可愛いいやっほぉぉぉぉぉぉぉおおおおうっ!

「大丈夫かね?」

「俺の頭は何時になく絶好調ですが、何か?」

学術調査に出る前日の姉さんとの一夜の回想を経て翼を得た俺の妄想は力を押し上げる螺旋も使わず空へ、空へ!
見事に大気圏を突破した俺の妄想は、宇宙空間のダークマターを蹴りその反動で更に加速。
只管に宇宙空間を駆け抜け、遂には作中で唯一と言っていい程にレアな名前付きの宇宙からの侵略兵器を相手取り涙目になりながらも必死で戦い続ける世にも珍しいツインテ凸ツンデレCVパクロミのヒロインの変身する宇宙戦争の英雄のなれの果ての顔の脇辺りに到着。
『見てる。俺も見てる。姉さんも見てる。君は何のためにここに居る!』
無論、俺と姉さんの茶飲み話のネタにする為に居る事は間違いない。あれほどまったりと落ち付いて見られるSF?も珍しい。リメンバー九十年代NHKアニメ。あーのそらをふふーふふーん。
姉さんが行った事があるのはアニメ版の方だけらしいが、やはりおでんパンは美味しくないらしい。
因みに、姉さんが珍しく空気を読んでストーリーに手出ししてショートカットさせなかった貴重な作品でもあるとか。

「いや、鼻血の事なのだが」

なるほど、この鼻から垂れる熱く赤い液体を、どうやら先生は鼻血であると誤認してしまっているらしい。
だが、それは勘違いも甚だしい。これはもっと抒情的で夢(ロマン)に溢れた物なのだ。

「先生、これは鼻血ではなく、愛です。俺の姉さんへの堪え切れない愛が、俺の肉体という未だもって卑小なる器から零れ落ちているのです。赤は情熱の赤なのです」

「ふむ、気の毒な教え子には腕利きの精神科医か脳外科医を紹介したいと思うのだが、どうかね?」

「俺、人間の精神を弄繰り回す事に関してはそこらの町医者より余程回数こなした自信がありますよ。脳味噌はインプラント系のが得意なんで、外科手術はあんまり経験無いですけど」

魔術耐性の無いスパロボJ世界だと認識阻害無双しまくりだったし。
フーさんも魔術要素入れて発狂してから、治るまでは何度も作り替えて失敗して殺して取り込んで作り替えての連続だったし。
ああ、でもインプラント系も回数こなしてないな。メメメはオーバードーズだったし、飾馬のはインプラントしたって言うより間違って混入したってのが正確だしな。
ううむ、そう考えると人間の脳味噌、いや、人間の肉体ってのはかなり研究し甲斐がありそうじゃないか。
幸いにして、超人系なら死にたての東方不敗の死体も作り出せるし、常人でもアーカムなら身寄りも無く戸籍も無い人間なんて幾らでもいるし。

「……毎度思うのだが、君達は何故わざわざミスカトニックに入学を?」

「二年に上がる段になって、いや、もう二年生か。二年生になってまでそんな事を問われるとは思いませんでした」

実際、そういった疑問を持たれるのも仕方が無いと思う。
今までなら魔術の研鑽の為に、と即答する事も可能だったかもしれないが、生憎とこの周の俺達はそこまで建設的な理由で入学した訳では無い。
科学と魔術の融合がどうのと活動しては居るが、それも今までの流れで続けているだけの事。
しかも、これまでの周で学んだ事を吐き出しているだけなので、実質大学では魔道機械を弄るか講義を聞いて何度も同じテーマで書いたレポートを提出するだけ。
今回の俺達は、ミスカトニックで何一つ益を得ていない。

「何、実際に君達の腕前の程を見て、改めて疑問に思ってね」

ちらりと、シュリュズベリィ先生が美鳥とハヅキの方に目(目?)を向ける。
カレー一杯を食べ終える寸前だった美鳥が、まるでビデオの巻き戻しの様に口からカレーライスをスプーンで掻きだし、皿に盛りつけていく。
何も人間ポンプの真似事をしている訳では無い。あれはアル・アジフから取り込んだ記述の一つ、『ド・マリニーの時計』による時間逆行魔術。
戦闘で使えるレベルかどうかはともかく、こういった日常の一コマで使える程度には制御できるようになった術式の一つだ。
ハヅキちゃんが魔力が動く気配を察知して振り向き、美鳥に対して憤慨しているが、美鳥は何事か言いながら、どこ吹く風といった具合に受け流している。
カレー一杯を食べ終えるまでハヅキの尻を鑑賞し続けていいという約束だったが、カレーを反芻してはいけないというルールも存在してないとでも言っているのだろう。
シュリュズベリィ先生は、美鳥がカレーを吐き出しているという事実を完全にスルーし、今発動した魔術にのみ着目している。この人も大概だよな……。

「あれほどの魔術を行使できるのであれば、ミスカトニックではあまり学ぶことが無いのではないか?」

「そりゃ、見解の相違ってやつ、でも無いですね。ええ、実際問題、俺も美鳥も今後ミスカトニックを出るまでに、何か有益な知識を得られるとは思って無いです」

何しろ、今周は自己の強化は忘れてひたすら遊び倒すと決めているのだから。
本当なら海に最高濃度の金神エキスを垂れ流して劒冑技術の発展を促したりしてもよかったのだけど、たったの二年でそれをやるのは無理があるので諦めた。
この世界はもうジェット戦闘機があるから、劒冑じゃ空の王者にはなれないしな。
俺の返答に、シュリュズベリィ先生は手に持ったコーヒーカップを揺らし、思案顔になる。

「ううむ、では何故ミスカトニックに? 言ってはなんだが、ここはあくまでも知識を得て学ぶ場所だ。魔術の研鑽を積むのであれば、独学の方が上手く行く事だってある」

そんなシュリュズベリィ先生の言葉に、その言葉の内容に、俺は思わず顔をほころばせてしまう。
あぁ、この人は俺達の事を本気で案じてくれている。声に込められた感情が分かる。伊達に九年以上この人の生徒をやっていない。
俺達がミスカトニックで無駄な時間を過ごしているのではないかと心配してくれている。
一年中世界を飛び回っている様な人だけど、それでもこの人は立派に教師として成立している。

「長い長ぁい人生、寄り道だって必要でしょう。それに、ミスカトニックには恩師の様子を見に来てるようなもので、入学して講義を受けているのはおまけの様なものですよ」

「恩師? 君達の魔術の師がミスカトニックに居るのか」

俺はシュリュズベリィ先生の問いに、手に持ったコーヒーカップに注がれた液体(もちろんミルメークのコーヒー味だ)の揺れる様を見ながら、少しだけ考える。
薄茶色の液体の水面には、これまでのループでの回想シーンが映し出されそうな気分。

「ええ。もっとも、あちらは俺達の事を覚えておられないでしょうけどね。それでも、俺達が一端の魔術師に指が届きそうな場所に来られたのもその恩師のお陰ですから、遠くから一目だけでも、と」

遠くも無いし、覚えていないというのも語弊があるが、意味合い的には変わらないだろう。
これまでの四周でのシュリュズベリィ先生はそれぞれ別人としてあつかうべきだし、目の前の五周目のシュリュズベリィ先生と混同するのも間違っている。
だが俺と美鳥にとって、それが何回目のシュリュズベリィ先生であったとしても、魔術方面での恩師である事に変わりは無いのだ。

「ふむ」

「……なんです?」

これまでの周のシュリュズベリィ先生の事を思い出していると、今の周のシュリュズベリィ先生が興味深そうな顔、というより、面白そうなでこちらを見つめて(目は無いが)いた。

「いやなに、君達にそこまで言わせるのであれば、余程優れた魔術師なのだろうが──」

「ぶっ、く、あははは」

シュリュズベリィ先生の言葉に、俺は思わず噴出し、次いで耐えがたい衝動に駆られ、のけぞって笑ってしまった。
知らないから仕方が無いとはいえ、この人の口からここまで直接的な自画自賛が聴けるとは!
多分、シュリュズベリィ先生は『ミスカトニックにそこまでの魔術師が居たか?』という疑問を覚えているのだろうが、駄目だ、笑える。
これは偶然にしても出来過ぎている。堪えられない、笑い過ぎて涙が出てきた。

「……おかしな事を言ったつもりはないのだが、もしや、実践的な魔術師ではないのか?」

「ひぃ、ひぃ、あー、いや、モロに実戦派の人ですよ。俺が知る限りの話ですけども地球上の魔術師の中でもバリバリ最強NO……、2か3か4位にはランクインできそうなレベルで」

どうにか笑いが収まってきた頃に、一応の訂正を入れておく。
ミスカトニックでそんな条件に当てはまる講師はそうそう居ないのだけど、まぁ、そこら辺は深く追求してくるほど無粋な人じゃあ無いだろう。
今回はミスカトニックからの招待を受けての正面からの入学だし、身元を怪しまれる様な事もしていないしな。

その後、美鳥がハヅキちゃんの尻を視姦するのに飽きるまで、俺とシュリュズベリィ先生は他愛の無い話を続けた。
学術調査を終えた後だから見る事の出来る、平和な一コマである。
―――――――――――――――――――

▽月▲日(お前は虎だ!虎になるのだ!)

『虎にはなれんが、バクゥやラゴウにならなれないでもない。変わり種じゃ見せ場も無く死んだDG細胞改造ラフトクランズ赤とかもあったか』
『しかしここで言う虎とは物言わぬ四足の獣の事では無く、白いマットのジャングルを縦横無尽に駆け巡る虎仮面の事だ』
『まぁ、何が言いたいかと言えば、偶には慈善事業なんていう非生産的な行為に耽るのも悪くは無いじゃないか、という話だ』
『もちろん、ブラックロッジに目を付けられたくないので、アーカムシティの街中に突如としてちびっこランドを建設する訳にはいかないのだが、恵まれないジャリガキの頭に金塊落としてやる程度の事はやぶさかじゃないというか』
『色々と手続きが面倒なので、適当にメダル状に加工した純度ほぼ百パーセントの金貨三十枚をユダ張りに教会の中に投げ込んでおいた』
『罪悪感と負い目とおっぱいが服着て歩いている様なあそこのシスターなら、あの金で人生狂うなんて事も無く上手く活用してくれるに違いない』
『本当はあそこの魔術の素養に優れた少女は食べておきたい(捕食的な意味で)が、今周は出来る限り非生産的な行為に明け暮れると決めているので諦めよう』
『今回あの教会に入り浸ってガキやシスターと微妙に親交を深めたのは、あくまでも寂れた教会で子供と遊ぶという非生産的な行為が目的なのだから』
『べ、べつに折笠声の褐色肌の子供が邪神の分霊じゃないかって疑って、確認のために通い詰めた訳じゃないんだからね!』
『でも、米屋さんの乱入ありおままごとを教え込む事に成功したのは間違いなく生産的な行為だと思う。不倫の子や修羅場を生産する的な意味で』
『あのガキどもが成長するまで見届けられたら、成長し女になった女の子を取り合う昔からの親友の二人の熱い友情的なパートも見れたんだろうになぁ』
『悔しいから女の子ナノポして『一人の幼馴染の女の子を無二の友人と取り合っていたら、今まで女の子とのイベントなんて欠片もクリアしていなさそうな年上の男性に横から寝盗られた』というトラウマ経験をさせてやろうかなぁ』
『ロリコンとか非生産的だけど非生産的なのが今のテーマだし、どうせループすれば無かった事になるから、ポさせるだけなら面白いかな。姉さんと美鳥に相談してみよう』

―――――――――――――――――――

唐突だが、アーカムシティにおける鳴無句刻は、極々普通の主婦という事で通っている。
別に自分でそういう設定を付け加えた訳では無く、普段の立ち振る舞いや言動、街の市場で見かける人々が勝手にそう判断しているのだ。
金遣いが荒い訳では無く、一般的な家庭が消費する分だけ食材や生活必需品を買う姿や、時折同年代の男性と腕を組んで歩いている姿から、新婚夫婦か何かと思われている。
しかし、その同年代の男性が彼女の実の弟である事を知るものからすれば、彼女への評価はがらりと変わる。
実の弟とそこまで親密に振舞い、それに何ら不自然さを感じていない所から、彼女は重度のブラザーコンプレックス持ちの、いわゆる残念な美人という評価になり、敬遠するようになる。
最も、ここはあらゆるものが集まる街、アーカム。
彼女のその特殊な性癖を知りつつ、しかし避ける事無く知人としての付き合いを続ける者も多い。

「あらあらまぁまぁ、じゃあ、弟さんも妹さんも暫くはアーカムに?」

孤児院を兼ねた教会でシスターをしている、ライカ・クルセイドは、その奇特な人間の一人だ。
様々な事情で唯一の肉親である弟と敵対し、周囲の知人たちにも弟が居る事を知らせていない彼女は、弟、姉と弟という類の会話に対し非常にストレスを感じてしまう。
だが不思議な事に、鳴無句刻との会話においてはそういったストレスを感じずに居られるのだ。
……もっとも、それは異世界からの来訪者、いわゆるトリッパーである鳴無句刻の持つ多くの特性の内の一つである『悩みを感じなくなる雰囲気』『異様に癒される雰囲気』に無意識の内に絡め取られているからなのだが。
これはその世界において重要な役割を背負い得る、業子力学で言う『強いカルマ値を持つ人物』に対して強く作用する力である為、極一般的な人生を送る人々にはあまり効果が無いのだが、それは今のところ関係の無い話だろう。
そんな訳で、ライカはかつての自分と弟──リューガ・クルセイドの関係を鳴無句刻と鳴無卓也に重ね、彼等の楽しげな日常の話を聞く事を最近の楽しみとしていた。
夕食の材料を買いにきた返り、同じ理由で市場に来ていた鳴無句刻とばったり出会い、今日も今日とて世間話と共に彼女とその弟、ついでに妹の話を聞いていたのだ。

「どっちかって言うと、今回の学術調査の方がイレギュラーだったもの。これ以降はずっと大学と家の往復ね」

そして、ライカと話す句刻も多少の硬さはあるものの、彼女との会話を楽しみにしていた。
何しろ、トリッパーとしてここと同種の世界に来た事は幾度もあるが、今回は弟と一緒なのだ。
唯一人でひたすらに無限にも思える様なループを繰り返すのでは無く、最愛の弟との生活を何時までも続けて居られる。
その生活の中で感じた幸せを弟や妹以外にも話したいという欲求は、トリップ先の住人に対し諦めにも似た感情を持っている彼女をして、通りすがりのシスターとの会話を求めさせる程のものであった。

「ふふ、これからまた、弟さんとの甘い生活の話を聞けるのねー」

「それを何気なく受け流せるあなたって、以外と大物なのかしら……」

ライカはさりげなくスルーしているが、姉弟での生活を甘い生活、と言い切るのは一般的な価値観ではありえない。
句刻はそんなライカを懐が深いのか余り何も考えていないのか、表面上からは読み取れない彼女の本質に首をかしげる。

「じゃあ、私はこれから夕食作らなきゃだから、またね」

止めていた脚を動かし、家族の待つアパートに帰ろうとする句刻。
そんな彼女の背に、ライカは声をかけた。

「句刻さん、弟さんに、『ありがとう』って伝えておいて!」

句刻はその言葉に振り向かず、肩越しに手をひらひらと振って了承する。
背を向け、ライカの側から見えない句刻の表情は、
嘲笑の形に歪んでいた。

―――――――――――――――――――

□月◆日(大学で二年の時を過ごしたという事は)

『入学から考えれば、その時点で三年生な訳である』
『いや、まだこの周では二年生な訳だけども、一応これはメモしておくべきかと思っただけで特に意味は無い』
『ともかく、俺達はミスカトニックに入学するまでの微妙な空き時間を合わせても、合計で二年と少しでループする』
『で、その中でまともに講義を受けると、自然と二年までのカリキュラムしか消化できないという事になる』
『そこで前の周までの俺は、ある程度三年四年の講義にも顔を出して、単位にはならなくとも講義の内容を学習していた』
『といっても、本当に講義室の後ろの方で大人しく講義を聞いていただけなのだが、これは中々為になった』
『今周は非生産的な周にすると決めているので積極的に上の学年の講義を聴きに行く必要もないと思っていたのだが、よくよく考えると一度聞いて完全に記憶している講義を改めて聴きに行くというのは非常に非生産的な行為ではなかろうか』
『どうせ上の学年の講義をこっそり聞きに行くだけだから講師の人には質問もできない』
『それを踏まえた上で、真面目に講義の内容や講師の発言を一字一句聞き逃さずにノートに写し、後で見直しても分かり易いノートを構築する。後で見直す必要もないのに、だ』
『素晴らしい無駄……。美鳥は嫌がるかもしれないが、こんな非生産的な行為であればやってみる価値はあるだろう』

―――――――――――――――――――

五周目を初めて、もう一年と半年程になるか。
こうしてみると感慨深いものだと思う。何しろ、端数を切り捨ててももうすぐこの世界に来てから十年の時が流れようとしているのだから。
大学の講義にしてもそうだ。陰秘学科の講義は一通り受けたし、その内容も全て把握している。
だが、俺が把握していたのはあくまでも講義の内容だけであり、講義に出席している同じ学科の連中の顔まで全て覚えている訳では無い。
更に言えば、出席する学生が依然と全く同じ席に座るとも限らないのだ。
カオス理論だったか量子論的揺らぎだったか、ラプラスの魔が存在出来ないとか、つまりはそういう理由らしい。
そんな訳で、以前も受けていた記憶のある講義に、前の周まででは居なかった筈の大十字が現れ、遅れてきた大十字が俺の隣に座り、図々しくもノート見せてくれ、などとのたまい、同郷という事で話が弾んで、帰り路を共にしてしまうのも仕方が無いことなのである。
前の周でこいつから得られる発想は絞り出し尽くしたから積極的に交友を深める必然性は無いに等しいのだけど、この周は非生産的な行動をしていくと決めたから仕方が無い。

「……って訳よ」

「アハハハハハハハ! つ、佃煮じゃあるまいにっ、ぶはははははは」

まぁ、笑いの壺もなんとなく抑えているから、こうして思いっきり笑わせられるのも気分がいい。
ブラックロッジとの魔術闘争に巻き込まれない程度の適度な距離を保ちつつ、知り合い以上友人未満の関係を続けてみよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ミスカトニック大学での講義が無く、資料整理室からの依頼も一切無い休日。
俺と姉さん、そして美鳥は、アーカムから遠く離れた、元はアボリジニの集落があったと思しき土地に居た。
この五周目は息抜きの為に非生産的な事を重点的に行おうという方針を定めはしたが、それでも多少魔術の研鑽を積んだりはするのだ。
機神招喚の練習は断固として休憩中なので、姉さんの提案で今までどうにも上手くいかなかった術式の練習をする事に。
勿論、大学の方に許可は取っていないので、後をつけられていないかを姉さんに確認して貰い、監視の目が無い事を確認した上での実験だ。
時刻は夕暮れ時、列石は用意してあるし、太陽の位置も完璧、イヘーの護符も準備万端。

「イア・シュブ=ニグラス。大いなる黒山羊よ、我は汝を召喚する者なり」

その場に跪きながら、詩句の読み上げを続ける。

「汝の僕の叫びに応えたまえ、力ある言葉を知るものよ」

片手でヴーアの印を結び、更に詩句の読み上げを続けながら考える。
この術式も今までまともに発動した試しが無い。
そもそもシュブ=ニグラスを信奉している訳では無いから仕方が無いし、この術式が必要になる事もそうそう無いから別に構わない。
だがこれも招喚の術式である事に間違いはない。この術式を上手く発動出来たら、オーストラリアに白くて大きな家を建てたんだ♪
などというたわけたことを抜かす変態を握り潰す勢いで喜べる。
何しろ、この世界でも有数の力を持つ神の招喚だ。
成功させる事ができれば、そこらの魔術結社なら幹部になれる程の位階には登れたという証明になる。
そうすれば、今後の修業の難易度もいろいろと考えやすくなるだろう。

「我は印を結び、言葉を発して、扉を開ける者なり」

キシュの印を結び、詩句の読み上げを続けながらも、俺は脳味噌のどこかで『こういうのを取らぬ狸のなんとやら、って言うんだよな』などと冷静に考えていた。
今回も、以前この術式を発動しようとした時と同じような感覚を得ている。

「ザリアトナトミクス、ヤンナ、エティナムス、ハイラス、ファベレロン、フベントロンティ、ブラゾ、タブラソル、ニサウァルフ=シュブ=ニグラス」

燃える炭の中に薫香を投げいれ、ブラエスの記号を刻み、力ある言葉を述べながら、俺はこの術式がまた失敗するのだろうなと奇妙な確信を得ていた。
この第六感に触れる巨大な力の感触が、今までの失敗の兆しだ。

「ガボツ・メムブロト」

そして、招喚の術式を完成させた。
この術式が成功していれば、俺の目の前には吠え猛る千匹の角あるものどもが現れる筈、なのだが、

「────」

目の前には、デフォルメされた可愛らしい山羊が大量にプリントされたパジャマを着て、今まさにパジャマのズボンを脱いでいる途中のニグラス亭の店主、シュブさんが現れていた。
捻じれた角の様な物が隙間から見える髪の毛は寝ぐせでぼさぼさ、眼もどこか眠たげで、しょぼしょぼと瞬きしながらこちらの事をぼんやりと見つめている。
そういえば、最近疲れ気味だから今日は店を休むとか言っていた気がするし、今時間まで眠っていたのだろうか。
そんな事を考えていると、後ろで儀式を見守っていた姉さんが、俺の方をポンと叩きながら言った。

「凄いわ、今の卓也ちゃん、まるでラブコメの主人公みたいよ」

「いつの間にか統夜のギャルゲ主人公属性に感染してたのかもなー」

姉さん、正直この世界だとラブはラブでもラブクラフトになるから勘弁して欲しい。
美鳥、それは幾らなんでも発病に時間がかかり過ぎだ。
そんな事を内心で思いつつ、俺は高速で思考を巡らせた。
いかなる理由からか、シュブ=ニグラスの招喚術式は失敗し、手違いからシュブさんが呼び出されてしまった。
愛称は似ているが、仮にも多くの邪神を産み落としている大手の邪神と大衆食堂の店主を間違えるとは何事だろう俺。
これでこの周にシュブさんを招喚してしまったのは都合三回目、一度目は閉店後にお風呂に入っていた所を浴槽ごと、二度目は就寝中の所をベッドごとだった事を考えれば、余計な付属品が付いていないだけ術の精度は上がっていると考えて良いのだろうか。
しかし今はそんな事は問題ではない。
仮にも妙齢の女性を、しかも着替えの最中に外に放り出してしまったのだ。

「────、────?」

見れば、シュブさんも寝ぼけていた頭が回り始めたのか、眼を驚きで丸くし、パクパクと口を開け締めしながら、どんどん顔を赤く染め始めている。
──さて、一般的な成人男子はこの様な場合、一体どの様に対処するのだろう。
パッと見、俺の置かれている状況はギャルゲエロゲではありがちなシチュエーションだろう。
違いがあるとすれば、部屋のドアをノックも無しに空けたか、招喚術式の失敗で呼び出してしまったか、それと、俺が思春期の男子学生ではなく、成人し、農家として収入を得ている一端の社会人であるという点だ。
前者は、どちらの場合であっても俺が一方的に悪くなってしまう。ここは後々平謝りするしかない。
だが、後者は違う。思春期の男子学生であれば慌てふためくところであろうが、俺はこれでも二十代半ば、もっと落ち着いた対応を取る事ができる。
どもったり失言したりする様な未熟者ではないのだ。
遠き元の世界の天で見守るお父さんお母さん、見ていてください、誇ってください。
貴方達の息子は、こういった難儀な状況すら軽々と乗り越えて行ける立派な男になったのだと──!

「シュブさん」

「──ッ、───」

涙目になりこちらをぷるぷると震える指先で指差しているシュブさん。
俺は宥める様に、意識して落ち付いた声色を作り、シュブさんの格好を見て咄嗟に頭に思い浮かんだ言葉を口にした。

「パジャマ着る時は、できればパンツ穿いた方がいいで──」

「────────────────────────ッッッッ!!!!!!!!!」

思ったより毛深くないシュブさんのシュブさん(比喩表現)をちらりと見ながらの一言は、シュブさんの咆哮の様な悲鳴とともに放たれた一撃により、言いきる前に中断された。

―――――――――――――――――――
○月■日(俺が保有するラブコメ主人公と同じ能力は、一瞬で怪我が治る回復能力だけだ)

『鈍感なども含まれないのか、などと言われてしまいそうだが、俺は人からの好意に気付かないのではなく、気付いても気にしない、もしくは気付いても不必要なら無視するだけなのでなんら問題は無い』
『それはともかく酷い目にあった……。まさかシュブさんのアッパーカットが人体を成層圏近くまで打ち上げる程の超威力を持ち合わせていたとは』
『あそこで殴られたのが俺だからよかったモノを、並みの人間なら打ち上げられる前に身体が衝撃で破裂していたところだ』
『邪神を招喚しようと思ったらこれだよ。なんかもう、あの術式は成功させる自信が無いし、金輪際使わないようにしよう』
『しかし、あの状況での正しい対応はボケる事で間違いないと思うが、女性に対してパンツの有無の指摘は少々不躾だったかもしれない』
『でも、何だかんだで許してくれたのはありがたい。あれで気不味くなってニグラス亭出入り禁止とかなったら軽くノイローゼになるところだった』
『なにやら胸元に飾っておいたイヘーの護符をちらちらと見ながらの不承不承の許しだったような気がするけど、まさかオシャレアクセに免じての許しという訳でもあるまい』
『それにしても、その後シュブさんが姉さんが何故か用意していた服に着替え、姉さんのリクエストによって店が休みであるにも関わらず食事を御馳走してくれたのは一体どういう事なのだろう』
『姉さんが夕食を作る労力を消費せずに済んだのはありがたいが、姉さんは何かシュブさんの弱みでも握っているのだろうか』
『姉さんは終始これ見よがしにイヘーの護符を見せびらかしていたし、何か護符に対して嫌な思い出でもあるのかもしれない』
『いや、逆にイヘーの護符が欲しくて欲しくて堪らないシュブさんに、姉さんが『これが欲しければ、分かってるわよね? ん?』みたいな事を言い含めていたという可能性もあるか』
『ともあれ、休日はシュブさんも交えてこの集落後で魔術の特訓とキャンプをして過ごす事に決まりそうだ』
『明日はシュブさんも秘蔵の山羊肉と秘伝のバーベキューソースを提供してくれるらしい。いい休日になりそうな予感がする』

追記
『ふと気付いたのだが、姉さんがここまで作品世界内の人に懇意にするのは珍しいのではなかろうか』
『今日も何事かをシュブさんに耳打ちしていたし、もしかしたら何か秘密があるのだろうか』
『実はニャル様の分身の一つとかいうオチだったら流石に意外性が無さ過ぎるし、隠れた凄腕魔術師なのかもしれない』
『そこら辺の事を姉さんに尋ねたら、『あの店主とは親しくしておくといいかもね』と言っていた』
『俺に若妻属性は無いと断ったら、友人としての付き合いでも十分御利益があるとかどうとか、なんのこっちゃ』
『親しくするならニグラス亭に姉さんも一緒に来ればいいのにとは思ったが、山羊肉は好き嫌いが分かれる味だから仕方が無いか』

―――――――――――――――――――

○月○日(ループ系の世界では)

『時報、という概念が存在する』
『例えばデモンベインと同じようなファンタジー作品から挙げるとすれば、真っ先にフリーのカメラマンが思い浮かぶだろう』
『幾度ループを重ねてもほぼ同時刻に発動するイベントの事を指してそう呼ぶ訳だけども、この世界では一体何が時報なのだろう』
『ループに囚われている大十字辺りが時報に相応しい行動を取ってくれるかと思われがちだが、実際一番変化があるのは大十字だ』
『なにしろ、一度ループする度に確実に前回の大十字とは違う存在に変化するのだから、毎度毎度同じ行動を同じタイミングで取るとも限らない』
『同じ理由で記憶を引き継ぐ大導師どのとその犬、毎度毎度前回の周の書き写しによって生まれ直している可能性のあるアル・アジフも却下、デモンベインは自発的に行動しないのでこれも省く』
『時報に適した存在とはつまり、ループを重ねても変化の無い存在、つまり無限螺旋から離れた位置にいる人になる』
『何が言いたいかと言えば、そろそろ毎度おなじみシュリュズベリィ先生がアーカムから旅立つ』
『船では無くバイアクヘーで直接移動する本気モードだった為にいままでまともに見送れなかったが、今回のループではもう一度会えたらいいなと思っているので、まともに見送る予定だ』
『今までの四周で、シュリュズベリィ先生が何時何処でバイアクヘーを招喚して旅立つのかは確認済みなので、都合が合えば大十字も誘ってやろう』

―――――――――――――――――――

ある日の夕暮れ時、邪神狩人であるラバン・シュリュズベリィは自らの魔導書が変じる飛翔機バイアクヘーに乗り、太平洋の上空を駆け抜けていた。
ミスカトニック大学への短期の滞在期間を終え、再び世界中の邪神眷属や奉仕種族、悪の魔術結社の拠点への攻撃を開始に行く為に。
一年の大半を戦いに明け暮れ、時に大学で後進の育成に力を注ぐ、それがシュリュズベリィのライフワークだからだ。
時に後進の育成と邪神眷属の拠点へのアタックを同時にこなすため、自らの教え子を同行させる事があるが、今回は単独での戦いになる。
ブラックロッジの台頭により活動を活発化させてきたより強大な勢力との戦いにおいて、未だ一端の魔術師に届かない教え子たちを連れて行くのはシュリュズベリィにとっても教え子たちにとっても危険だからだ。
今までに学生達と向かった邪神眷属の拠点とは訳が違う。魔術師ラバン・シュリュズベリィが周囲への被害を考えずに、完全な状態で戦える様でなければ対抗が難しい者たちを相手取る事になる。
だというのに、だ。

「今回は学生の同行は許可していないのだが、どこまで付いてくる気かね」

そう言い放ち、それなりの高度を飛翔するバイアクヘーに『並走する』一台のバイク、その搭乗者に対して、シュリュズベリィは額に手を当てて溜息を吐く。
物理法則を無視し、空中を踏みしめて疾走するバイクに乗っているのは、彼の教え子の鳴無卓也だ。

「いやいや、恩師であるシュリュズベリィ先生の見送り位させてくれてもいいじゃないですか」

「恩師は別にいるのでは?」

「今俺の目の前に居る先生も、俺にとっては恩師という事ですよ」

「君が私から何か学べていたのなら、有意義な講義が出来ていたようで何よりだ」

シュリュズベリィは教え子の言葉に、密かに安堵していた。
この無茶な教え子の事だから、同行させてくれ、などと言い出すのではないかと少し心配だったのだ。
通常の学術調査を基準に考えれば戦力的には申し分無いが、回る予定の遺跡や神殿、拠点の内のいくつかには、鬼械神が無ければ厳しい場所も存在している。
機神招喚が可能な位階に達していないまでも、この歳でここまでと感心してしまう程の位階には達しているこの教え子を連れて行く事は、シュリュズベリィにとっては躊躇われる事なのだ。

「本当は大十字とか美鳥とかも見送りに来れたらと思ったんですが、このバイク一人乗りなんですよね。ヘルメットも人数分ありませんでしたし、二ケツするのもはばかられますし、代表で餞別をば」

そんなシュリュズベリィの内心を知ってか知らずか、卓也(ノーヘル)はバイクのタンデムに乗せていた鞄の中から小さなビニールパックを取り出した。
並みの戦闘機よりも早く飛んでいるにも関わらず、そのビニールパックに包まれた赤い果物は風圧で潰れる気配も無い。

「実家で作ってる苺で、『シュリュズ・ベリー』と言う品種です。良かったら休憩のときにでもハヅキちゃんと食べて下さい」

「もしかしなくてもそれを言う為だけに来ただろう」

自らと似た名前の果物を受け取り苦笑するシュリュズベリィは、教え子の乗るバイクが少しづつバイアクヘーから離れている事に気が付いた。
空を掛ける二台のマシンが離れると、途端に轟々と叩きつけられる風の音により聴覚が封じられる。

「それだけじゃないんですけど、言うべきか言わざるべきか……」

しかし、空気では無く、空間の字祷素を震わせる発声法により放たれた卓也の声は、確実にシュリュズベリィの耳に届いた。
珍しく言い淀む教え子に、シュリュズベリィは鷹揚に頷きながら先を促す。

「言ってみたまえ、次に大学に戻れるのは何時になるかわからんのだからね」

ぐんぐんと離れていくバイクと飛翔機。
バイクに跨った卓也はしばし考え込むような表情を浮かべ、軽い、軽い口調で尋ねた。

「もしも、もしもの話なんですが、もし先生の教え子が魔術を使って悪の道に走ったりしたら、先生は止めに来てくれますか?」

「ふむ、私の教え子からそういう者は出て欲しくないというのが本音だが……」

教え子の、物の例えを口にした程度の軽い口調の中に含まれる僅かに試すような響きを、シュリュズベリィは聞き逃さなかった。
その上で、獰猛な笑みを浮かべ力強く頷く。

「万が一そのような真似をする学生が出たのなら、この世の果てからでも駆けつけよう。教師としての責任を果たす為に」

シュリュズベリィのその返答を受け、卓也は口元に深い笑みを浮かべ、バイクを倒す様に進路を変え、バイアクヘーから離れた。
互いの姿が豆粒ほどのサイズに見える距離にまで離れた頃、シュリュズベリィの耳に卓也の声が響く。

「その答えが聞けたなら来た甲斐がありました! シュリュズベリィ先生、『またお会いしましょう』!」

一気に離れ、地平線の彼方へ飛んで行くバイクを見送る。
苺の入ったビニールパックを手に卓也の消えた方角に顔を向けていたシュリュズベリィに、今まで黙っていたハヅキが声をかけた。

「ダディ、タクヤはなんであんな質問したのかな」

「さて、私としてはあの質問に意味が無い事を祈るばかりだよ、レディ」

予感とも言えないような不明瞭なもやもやとした感覚を胸に仕舞い込み、シュリュズベリィはバイアクヘーの進路を最初の目的地へと向け直した。

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○月×日(時の歯車、裁きの刃!)

『やっぱりアイオーンはカッコいいなぁ』
『大十字が召喚するとアズラットのアイオーンよりもヒロイックな見た目になるんだけど、それはそれでありな気がする』
『なんというか、ほんの少しだけデモンベインに似ているというか、膝アーマーと鶏冠の無いデモンベインというか、ぶっちゃけて言えばアズラッドのアイオーンのマイナーチェンジっぽい感じだ』
『そもそもアイオーンの3Dモデル自体デモンベインを元に作られているらしいから仕方が無いと言えば仕方が無い』
『今回もかぶりつきで見たけど、細部がまんま原作のデモンベインなんだよな……』
『今はデモンベイン自体が毎周毎周未完成状態だから分かり難いけど、今後どんどん完成度が上がるにつれてさらにアイオーンとデモンベインの姿は似てくるだろう』
『何が言いたいかと言えば、今回もようやく大十字とアル・アジフが出会った訳だ』
『我ながら毎度毎度、二年近くも良く待てるものだと感心してしまう』
『しかし色々とブラックロッジ側のあれこれやら大十字のカリキュラムの消化具合とかあるから、何処にどう介入してもスケジュールを早める事が出来ない』
『ボソンジャンプでの長間隔での時間移動は字祷子宇宙の物理法則との兼ね合いが悪く不安定だから、わざわざそんな事の為に使いたくないし、ここは素直に諦めるしかない』
『でもその内魔術の修業をあらかた終えたら、金神式の力技時間移動でヒヤヒヤドキンチョのモーグタン☆してみるのも悪くないかな』
『運が良ければ『覇道鋼造のデモンベイン修復の歴史』みたいな時代に辿り着けるかもしれないし、人類以前の偉大なる先史文明と接触を図れるかもしれない』

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○月▲日(消化期間)

『ギャルゲの共通パートの様な、大分見慣れて見飽き初めてきた日々を過ごす』
『今回は非生産的な事を楽しむため、今までにやった事の無い行動をとってみたりもした』
『まず初めに、ニトクリスの鏡イベントが起きなかったので一肌脱ぎ、ナノポで洗脳済みのアリスンに命じて他のジョージ、コリンと共に三人でお医者さんごっこをさせてみた』
『アリスン攻めでたじたじの少年二人、というのも愉快な光景かと思ったが、あの年頃の少年たちはむしろ何かされるよりも何かしたい傾向があるので、アリスン患者役、ジョージとコリンが医者役になった』
『恥ずかしげに服の裾をまくりあげ、パンツも幼い胸の膨らみも曝け出すアリスンに、理由も分からずそんなアリスンに興奮を隠しきれないジョージとコリンの二人』
『白い肌にうっすらと浮かぶあばら、なだらかな胸の膨らみに、桜色の小さなぽっち』
『息を荒げ、一度ごくりと唾を呑みこみ、ふるふると緊張に震える指先を伸ばす少年二人』
『恥ずかしげに顔を背け、こちらに視線を寄越してきたアリスン(洗脳済み)に微笑みかけると、安心したように微笑み、再び少年二人に淫靡に誘う女郎の様な表情を向けるアリスン(洗脳済み)』
『無論、決定的な何かが起こる前に世界意思によりシスターライカが登場して御破算になった』
『まぁ、途中までの映像は手に入ったし、その内写真集にして出版して時間を潰そうかな』

追記
『なお、教会に住まう少年少女は全員十八歳以上であるだろう事をここに明記しておく』
『メディ倫様マジぱねぇ』

―――――――――――――――――――
×月×日(テリオン様マジ時報)

『大導師様、マジで記憶持ち越してるのか?』
『一周目から死ぬタイミングが全く変わらないし、逆十字の反逆に対する驚き方も変わって無い』
『いや、原作でも迫真の演技だったけど、それに輪をかけて驚いている様な、悔しがっている様な』
『なんかのフラグかもしれないが、今は目先に迫った五周目メインイベントが楽しみなのでこの思考は保留しておこう』

―――――――――――――――――――
……………………

…………

……

「汝(なれ)、そこで何をしておる」

覇道財閥所有のデモンベイン専用輸送艦『タカラブネ』の格納庫。
デモンベインのコックピットの中で少しだけ小細工をしていた俺に、アル・アジフの不機嫌そうな声が掛けられた。

「何って、最終調整」

さっきまでは西博士の改造講座をがっつり見物していたのだが、本格的にデモンベインがドラム缶に改造されそうだったので、チアキさんと共に西博士とエルザを簀巻きにしたお陰で中断。
更に毎度おなじみ南極大決戦でのボウライダー無双によってそれなりの信頼を獲得、ソフト面も弄れるという事で、チアキさんが西達を見張っている間にデモンベインの調整を任せて貰っているのだ。
ナノポを使うまでもなく、ネギま魔法でも多少好意的になって貰う程度の事は容易い。
まぁ、デモベ世界の魔術に対する耐性も無さそうだったけど、身体への悪影響の少なさから考えればネギま世界の魔術だって捨てたものじゃない。
お陰で、次のループへの仕込みもこうして堂々と行う事が出来るというものだ。

「どけ」

「どきません。せめて大十字先輩が来るまで待っていたらどうです?」

因みに、下で西やらチアキさんやら他の整備員さんやらが吹き飛ばされたのは確認している。
俺が魔術で吹き飛ばされないのは、魔導書単体の攻撃魔術よりも、俺の発動する魔術障壁の方が頑強だと、今までの交流でアル・アジフ自信が理解しているからだろう。
それはそうだ、何しろ厳密には人間でない俺は魂がすり減る心配をしなくていい上に、持っている魔導書はアル・アジフの記述を全て備え、なおかつ様々な魔導書の記述を移植して統合したハイスペックなゲテモノ魔導書。
どれくらいゲテモノかと言えば、仮に魔導書の精霊が出現した場合、瞬時にモザイクが掛かってR-18とR-18Gのタグが付けられてしまう程のゲテモノぶりである。
なんというか、複乳複根複玉で全身ピアスの薬漬けのダルマ(グロい意味で)みたいなのが出てきても正直驚けない程のゲテモノ。
そろそろ全記述を圧縮言語に置き換えなければ、全ページの白い部分が消えてしまう程の情報量のそれを起点に作る障壁は、並みの魔導書に刻まれた防御魔術の記述とは訳が違う。
そんな俺をコックピットから退かせる事は、今のアル・アジフには事実上不可能と言っていい。
それを理解しているのか、アル・アジフはなんとか俺を説得しようと口を開いた。

「頼む、妾(わらわ)を行かせてくれ。これ以上、ここから先に九郎を巻き込む訳にはいかんのだ……」

苦しげな、苦々しげな、悲しさを含んだ絞り出すような懇願。
そんなアル・アジフの声をBGMに、俺は黙々と作業をこなす。
どうせなにがどうなろうと、アル・アジフだけが門をくぐるという結末は用意されていないのだ。
そんな戯言につきあう暇は無いし、今は初めてのデモンベインへの介入で忙しい。
……やっぱりデモンベインに覚えさせておくのが一番手っ取り早いけど、確実性を求めて紙媒体にしておくのも一つの手か。

「汝、聞こえて居らぬのか!」

「聞く価値が無いと思っただけですよ。アルさんだって、大十字の気持ちは知っているんでしょうに」

傍らに置いておいた鞄の中から取り出すそぶりをしつつ、死角に入った手の中にA4の大学ノートを作り出し、それに必要な情報を高速で書きだしていく。
大十字の気持ち、と言われて言葉に詰まるアル・アジフに、俺は高速でペンを動かしながら言葉を重ねる。

「魔術師の扱う魔導書は生涯一冊、なんて決まりは存在していないんですが、俺の中では大十字先輩の魔導書と言えばあなたなんです。貴女が居なくなった後の大十字先輩など想像もつきません」

俺の言葉に、アル・アジフは首を横に振りながら弱々しく応える。

「もはやそういう次元の問題では無い。あの門の向こうは、人間が立ち入れるような甘い戦場ではない。妾は、そんなところに九郎を連れて行きたくはないのだ。頼む…底を退いてくれ」

ふむ、レムリアインパクトの記述は、ノートに纏めるには少し文章量が大きすぎるな。
断鎖術式とか、全身の構造とかなら簡単なんだが……。
仕方が無い、再現可能そうな部分だけ残して、残りはデモンベインに覚えていて貰おう。
俺はノートを閉じ、振り返り、ボールペンを弱々しく頭を下げていたアル・アジフに付き付けた。

「貴女こそ思い違いをしている」

「汝も魔術師のはしくれなら、いや、汝程の位階の魔術師であれば、あの門がいかに危険な代物か理解できない筈が無い」

「理解していますよ。あの門の事も、その先の事も、この勝負の結末も、次に始まる再戦の事も、その再戦の結末も、また始まる日々の事も、その時の今の先輩の事も、新しい大十字先輩の事も」

面倒臭い古本である。
普段押せ押せの実力行使に出てばかりの癖に、こういう場面になるとグダグダと喚き始める。
普段からもっと口車の使い方を勉強するべきだろう。もう生きている間にはかなわない事だろうが。

「なんだ、汝は、汝は一体何を言っておる」

俺の言葉に面白いほどうろたえるアル・アジフ。
因みに、大十字は美鳥の誘導により格納庫に向かっている。あと数分もしない内にここに到着するだろう。
どうせアルアジフはループで持ち越しが不可能、ここで色々と謎の人物っぽく振舞っても問題はあるまい。

「良いですか、これから貴女方は──」

「おっと、これ以上は流石に見逃せないかな」

瞬間、世界のあらゆるものが静止した。
まるで、読み進めていた小説に栞を挟んで一旦休みを入れるかの如く。
身体の構造が切り替わる。
こういった、世界規模のデバック機能とでもいうべき能力は、存在としての基幹が世界の外にあるトリッパーならほぼ確実に対処できてしまうのだ。
困惑の表情のまま固まっているアル・アジフと俺の間に、白く、可愛らしい猫の様なヌイグルミの様な姿の獣が降り立った。

「ダメだよ。これ以降の情報を与えたら検閲の対象にしちゃうからね」

白い体毛に覆われ、赤い目をした猫。
その頭部側面に手の様な羽根の様な耳の様なものが生え、その先端は桃色の体毛に包まれ、その謎の器官の半ばには金色のリングがはめられている。
イメチェンだろうか、喋っても口が一切動かない所とか、全体のデザインが魔法少女物にマスコットとして出られそうな程可愛らしいだけに不気味極まりない。
恐らく新原さんの累計のバリエーションであろうその獣に、俺は肩を竦めて見せる。

「正直、あそこで俺が何か言うよりも早く、大十字のセリフで遮られたと思いますがね」

デモンベインのコックピットから覗く格納庫の入口には、丁度格納庫に辿り着いたと思しき大十字の影が見えた。

「それでも、さ。用心するに越したことは無いし、君もこれから始めるメインイベント前に変なトラブルは起こしたくないだろ?」

灼える様に赤い瞳の白い獣の口調はあくまでも明るく爽やか。
俺は、そんなケモ──めんどいから仮にQBとしておく、何故QBかは知らない──QBに対し、いくつかの技術の覚書が記されたノートを振ってみせる。

「こっちは見逃してくれますか?」

「うん、そっちは僕としても歓迎かな。君達の世界の記録だと、それがある方がゴールに近付き易くなるんだろ?」

「それはもちろん」

「なら歓迎するよ。じゃあ、くれぐれも、変な事は言わないようにね」

QB(仮)は去り際に少しだけ時計を逆回しに回し、その場から霞の様に消えてしまった。
静止していた世界が動きだし、目の前のアル・アジフが口を開く。

「汝も魔術師のはしくれなら、いや、汝程の位階の魔術師であれば、あの門がいかに危険な代物か理解できない筈が無い」

ああ、つまり先を知ってる云々からして最早抵触していたのか。
意外と厳しい検閲作業に精を出すQBに感心してしまう。
当たり障りの無い答えを口にしながら、占領していたコックピットから立ち上がる。

「俺が分かるのは、これから貴女と大十字先輩の塗れ場が始まりそうって事だけですよ。大十字先輩が来たら退きますんで、後はごゆっくり」

―――――――――――――――――――
……………………

…………

……

いつの間にか朝陽は東の地平より頭を現し、黎明の空は澄んだ白に染め上げられていく。
何処までも透明で新鮮な大気の中を、朝の輝きにその装甲を煌めかせるデモンベインが、鋼の翼をはためかせて駆け昇っていた。
日の輝きですら照らす事の出来ない超狂気を内包する、ヨグ=ソトースの門を開き、その向こうへと消えるデモンベイン。
その雄姿を、クトゥルフとの総力戦を生き残った艦隊の者全てが見送っていた。

「……行きましたわね」

デモンベイン専用輸送艦『タカラブネ』、そのブリッジでは、デモンベインが突入すると同時にヨグ=ソトースの門が消滅するのを確認し、覇道財閥の若き総帥、覇道瑠璃が、疲労と安堵から溜息を吐いていた。
祖父から託されたデモンベインは、その祖父の遺言通りに見事に邪神の脅威を打ち払い、見事に世界の平和を守ったのだ。
多大なる戦果だ。だが、その戦果に辿り着くまでには長い長い道のりがあった。
祖父である覇道鋼造がそれを建造するまでの長い長い年月とは比べ物にならないにしても、覇道瑠璃もまた、デモンベインの操縦者に相応しい実力と精神の持ち主を探し当てるまでの相当の労力をつぎ込んでいる。
……実際のところ、覇道瑠璃には両親や祖父の記憶はあまりない。
両親は幼い時分にブラックロッジの逆十字の手に掛かり亡くしているし、祖父もそれを追う様に老衰で死んでしまっている。
だが、教育係も兼ねていた前執事長から祖父の偉大さと功績は飽きる程に教えられ、自らも統治者としての教育を受ける事で、祖父の偉大さは理解出来るようになった。
その祖父から託されたデモンベインの操縦者探しと、覇道財閥の総帥という自分の役目。
アーカムはこれから復興作業に取り掛からねばならないだろうが、それでも先ずは一段落。
端的に言って、瑠璃は重い重い肩の荷が下りた様な感覚を得ていたのだ。

「貴方にも、何とお礼すれば良いものか」

瑠璃はブリッジに備え付けられたモニターに映る、目元以外は穏やかな顔の造りの青年に声を掛けた。

「いいえぇ、こちらも大学の先輩の手助けに来ただけですので、お気になさらず」

あくまでも慇懃な態度を崩さない青年の名は、鳴無卓也。
大十字九郎や彼の師であるラバン・シュリュズベリィの様に鬼械神を招喚することこそ出来ないものの、彼自身優れた魔術師であり、魔道工学の実践者でもある。
南極での決戦に、自作の機動兵器を駆り突如として助太刀に現れた彼は、それまでに目立つ功績こそ無いものの、九郎と同じミスカトニックの学生である事が既に大学へと問い合わせて判明している。
デモンベインの援護をし、ダゴンや〈深きものども〉に襲われて沈みかけていた多くの戦艦を救い、更にはデモンベインの最終調整にまで手を貸した彼は、デモンベインと大十字九郎程では無かったが、艦隊の人間たちからは感謝の念を向けられていた。

「ここまで助けられて、そういう訳にも行きません。と、言いきれないのが悲しいところですわね……」

実際、覇道財閥には余裕が無い。
ブラックロッジの齎した破壊の傷痕は、邪神の脅威が一時的に去った今ですら、生々しく世界に痕跡を残しているのである。
これから拠点であるアーカムを中心に立て直していくにしても、全世界の被災地に救援を送るのを怠る訳にもいかない。
そんな状況で、復興よりも先に急遽現れた助っ人である彼に、どれだけの報酬を渡す事が出来るかと言えば、首をひねらざるを得ないのだ。

「んー、じゃあ、ですね。少しばかりお願いがあるのですが、それが報酬という事で如何でしょう」

「ええ、出来得る限りの範囲でお応えしましょう」

少しばかり困ったような顔で一瞬だけ考えた卓也は、画面の中でぴんと人差し指を立て、瑠璃はそれに対し、表面上はにこやかに対応する。
ここまでの対応から考えるに、そう無理難題を吹っ掛けられる事も無いだろう。

「ありがとうございます! じゃあ、──貴方達、全員纏めて、滅びてください」

「……え?」

卓也の言葉を、その言葉の内容を、一瞬理解しかね、瑠璃は首を可愛らしく傾げる。
その思考が一巡、二巡、三巡し、言葉の意味を理解するよりも早く、覇道瑠璃は、人類の総戦力とも言える艦隊は、文字通りの意味でこの世界から消滅した。

―――――――――――――――――――

ボウライダーと融合し、荒れ狂う海原を見下ろし、対照的に晴れ渡る空を見上げる。
強化型次元連結システムから発動したメイオウ攻撃により、周囲数十キロから数百キロ程の範囲を纏めて消滅させたのだ。
射程内部の海水、海底は消滅し、海底の更に奥底に眠る地下の火山が噴出し、そこに周囲から海水が流れ込む事により、海は煮えたぎりながらうねり狂う。
空は単純だ。空を覆っていた雲や大気を消滅させた事により、空から降り注ぐ太陽を遮るものが無くなっただけの話。
だが、単純に空が晴れ渡った訳では無い。
ここら一体の大気もまた消滅している為、周囲から猛烈な勢いで大気が流入してきている。
その為、並みの台風では味わえないような猛烈な強風が吹き荒れているのだ。
壮大な光景だ、まるで神話の一ページの様な、自然の偉大さを教えてくれる景色。

「さぁ」

ボウライダーの手から、足から、背から、頭から、腹から、ありとあらゆる場所から、無数の人型が溢れ出す。
適応確立0パーセント、感染すると同時に本能のままに動くだけの獣になる悪性の人体改造ナノマシンを満載した、機械天使『テッカマン・ブラスレイター』の群、群、群。
蝗の如く溢れ出し、世界中にばら蒔かれる異形。
億にも上る程の数を吐き出した処で一息。

「地球最後の日だ!」





続く
―――――――――――――――――――

姉との朝チュンだったり、姉弟妹の戯れだったり、ミスカトニック武者軍団だったり、ハヅキの臀部だったり、シュリュズベリィ先生との和やかな会話だったり、原作キャラと珍しく会話する姉だったり、オリキャラとのお約束的使い捨てラブ(クラフト)コメだったり、シュリュズベリィ先生との再会の約束だったり、僕と契約して、魔法少女になろうよ! だったりした第四十三話をお届けしました。

もうチョイ日常面での描写とかを練習するべきかなぁとは思うのですが、どうにも上手くいきませんでしたね。まぁそこら辺は要練習という事で。
そんな訳で、今回は日常回です。ええ、今回は日常回です。大事な事なので二度言いました。
稚拙ながらも地元の人々とか恩師とかとの交流に重点を置いて書いてみたのですが、如何だったでしょうか。
本当はネス警部とかストーン君とか出したかったんですけど、武装警察と絡むネタとかいまいち思いつかなかったんですよね。
パロネタとかも少なめでしたし、地味な話ですいません。

しかし、誰が予想できたでしょうか。無限螺旋を舞台にしながら、七話も掛けて未だに十年ほどしか作中時間が経過していないなどと。
次回は全編バトルパートなので話は進みませんが、一応次回でミスカトニック大学編は一区切り、次の次からは大学以外での活動をメインに行いつつ、微妙にリクエストがあったような気がするキャラに焦点を当ててみたりする可能性を追求する所存です。
作中時間の紅王症候群の発症率は、それから一気に加速すると思います。
もう平気で十周二十周、いや、二百周とかバンバン飛ばして行きますよ!

自問自答コーナーは、次回を早く書きたいので今回も省略です。なんか疑問があったら感想板にでもお願いします。

それでは、今回はここまでです。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、疑問質問、ばっちこいです。
そしてなにより大切な、作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。


次回、第四十四話

「機械の神」

お楽しみに。


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