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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/21 01:00
────そして、目を覚ます。
唐突な目覚め。なにしろ眠りについた記憶も無いのに、俺はパジャマを着た状態で布団に潜り込んでいたのだ。
これを持って唐突な目覚めとしなければ一体他の何が唐突な目覚めと言えるだろうか、いや言えない。反語。
今は無きミスター塩沢を偲びつつ、上体を起き上がらせ部屋を見回す。分厚いカーテンが朝の陽ざしを遮り室内は薄暗いが、それでも部屋の内装は良く見える。
そこに見えたのは二年半かけて親しんだ洋風のアパートの一室、ではなく、どこか元の世界の実家を思わせる様な、日本では極々一般的な中途半端な広さの個室。
二次創作デモンベイン世界における鳴無家、その二階に位置する俺の部屋である。

「くぁ……」

欠伸をしつつ立ち上がり背を伸ばし、布団を畳む。
不思議な事に布団はつい昨日干したばかりであるかのようにフサフサ、もといフカフカである為、畳んで押入れに入れておくだけでいい。
伸ばした触手で押し入れを開け布団を放り込み、朝日の光を遮っていたカーテンを開く。
窓から見える外の風景も、電信柱が木製である事、千歳さんの家や駐在さんの交番が無い、むしろこの家以外に民家も道路も畑も無い事を除けば大体元の世界と一致している。

「って、どこが一致してるんだそれは」

しいて言うなら空と空気と大地がある事だろうか。
どうにも人生初逆行という事で脳味噌が混乱しているらしい。
本来のスペックを全て出し切ればこの現象、しいて命名するならそう、逆行酔い(逆行後一ターン行動不可となる)にかかる事も無いのだが。
だがこれも人間らしさを忘れない為には必要な事だし、このもどかしい感覚も嫌いではない。
何はともあれ、無事に何事も無く栄えある二周目初起床を済ませる事に成功したのだ。
ここは堂々と二周目初洗顔と二周目初歯磨きと二周目初朝風呂を済ませ、二周目初朝ごはんをみんなで頂く事にしよう。
俺は朝風呂を浴びる為に下着を持ち、洗面所へ向けて移動を開始した。

―――――――――――――――――――

洗面所に行くと、パジャマ姿の美鳥が顔を洗っている所だった。

「おはよー」

「おはよー」

軽く挨拶を交わし、洗面所が塞がっているのでまず風呂に入ろうとした俺の視界に飛び込んできたのは、洗濯かごに入れられた女性モノの下着だった。
ブラのサイズを見て、タオルで顔を拭いている美鳥の胸元を見て、再びブラを見る。
──サイズ的に見て、間違いなく美鳥の物では無い。
だが、ここで姉さんの下着であると考えるのは早計である。
何しろこの世界は這い寄る人のテリトリー、ここで何の脈絡もなく新原さんや銀髪あほ毛美少女や黒髪胸元どばーんな美女が風呂から登場し『やあ、何を隠そう私です』などとのたまい始める可能性も無いではないのだ。
いや、それならまだしも、万が一風呂場から出てきたのが地球皇帝であったのならば恐ろしい事態になりかねない。彼は這い寄る人の一形態である為、唐突にここに現れないとは言い切れない。
魔術師は通常、魔導書が無ければ殆どただの人になり下がってしまうという、テッカマンと似た様な存在だ。
が、しかし。逆十字程の魔術師ともなれば魔導書を物理的に持ち運ぶ必要はなく、空間を切り裂いて取り出したり、光の粒が集まって魔導書になったりとカッコいいエフェクトでもって魔導書を召喚できてしまうのだ。
するとどうなるか。俺は朝っぱらから全裸の黒人神父と向き合い戦わなければならないのである。
何しろこの最悪の予想が当たっていた場合、バリトンヴォイスの黒人神父はその衣装の下に、大きめのブラジャーを装着しているという事になる。
そして、胸元に手を当てながら『守られている感じがしますね』と爽やかな笑みで決め台詞。白くキラリと輝く歯。
恐ろしい話だ。もしそうなら俺の心と世界の平和の為に戦わなければならない。
勝てるかどうかではなく、戦わなければならないからこそ戦うのだ。戦わなければならないからこそ戦いは産まれるのだ。
勝つか負けるかはともかく、真っ先にブラジャーは事象の地平の彼方へと消えて貰う事になるだろう。
そもそも家に上がりこんでいて欲しくないし、姉さんがいる時点で家には上がれないと思うのだが、万が一という事もある。
ここまで考えるのに僅か千ミリ秒。
生唾を飲み込み、俺は遂に意を決して、風呂場に向けて確認の声を放つ。

「姉さーん、そこに居るのー?」

「ここに居るよー」

風呂場から姉さんの間延びした声が返ってきた。
良かった、本当に良かった……!
その場でフローリングに膝を付き、この世界では間違いなく天に居ないであろう善性の神に向け、感謝の祈りを捧げる。
やはり平穏はここにあった。青い鳥は何時だってスタート地点裏手に存在するのだ。
スターと地点からすこし下がると崖から落ちてゲームオーバーになる様なファミコン初期の某横スクロール格闘アクションの様な罠こそが希少であり、通常出発点に存在するのは無上の平穏と無償の温もりなのである。
となれば、これから俺はいかなる行動をとるべきか。
まず気付いたのだが、洗顔と入浴では顔を洗うという行為がダブってしまう。
美鳥は既に顔をタオルで拭き終えている為、風呂に入る代わりに顔を洗うだけで済ませるのも一つの手だろう。
だが待って欲しい。あの風呂場には今、姉さんが入浴している。
そう、あの曇りガラス一枚の向こうには、眩しい眩しい夢があるのだ。
常日頃から姉さんの裸体を見る機会は多くあるが、姉さんがこの時間帯に起きて朝風呂を浴びているというのははっきりと異常事態だ。
その珍しさときたら、しいて言うなら惑星大直列だとかグランドクロスだかが並行する数億の異世界で同時に発生する程に珍しい。
いや、少し言い過ぎだが、とにかく珍しい事態なのだ。
そして、家の風呂は換気扇もあるが窓もある。
ほんのり暗く、しかし窓から差し込む朝の柔らかな日差しが、入浴中の姉さんを照らす。
──素晴らしい。入らない訳にはいかないだろう。
姉さんは一度風呂に入るとそれなりに長い時間湯船に浸かっている為、今から俺が途中入場しても十分な時間一緒に風呂に入る事が出来るだろう。
全く、二周目開始早々こんな望外の幸運に恵まれるとは、一体何処の冒険が挑戦を連れてきたのだろうか。
ともかく、これで洗顔と入浴のどちらを取るか、という問題は解決した。
風呂が俺を呼んでいる。そしてそこには産まれたままの姿の夢の様な姉さんが居るのだ。
ここで風呂に入るという選択肢の他にも、確かに正解はいっぱいあるだろう。
だが、俺はここで姉さんと風呂に入る、という以外の選択肢は存在しない物として扱って構わないだろうと考えている。

「美鳥も一緒に入るか?」

俺は瞬時に服を脱ぎ棄て、何故かジト目の美鳥に向けて一応の確認を取った。

「……この数秒の間にお兄さんの脳内でどんな会議が開かれていたかはなんとなーく予想が付くけど、風呂桶のサイズを考えて遠慮しとく」

―――――――――――――――――――

何事もなくごくごく一般的な風呂場での姉弟の触れ合いを楽しんだ後、朝食。
二周目最初の朝食は大量のコロッケ、すなわち、いっぱいコロッケで幕を開けた。
冷蔵庫の中に、昨晩造られたとおぼしきコロッケのタネが大量に放置されていたからだ。

「一体、俺達がトリップする前に誰がこのコロッケを仕込んでおいたのか解き明かす必要があると思う。思うけど」

「不思議ともっともっと食べたくなるね」

朝から揚げ物、というのもいかがなものかと思っていたが、これなら毎朝食べても飽きないかもしれない。
何処となく昔食べた事のある味の様な気もするが。

「たぶん、千歳のイメージのせいね」

「なひて?」

姉さんの答えに、美鳥がコロッケを加えたままで問い返す。

「千歳はいっつも家にジャガイモを置いて行くでしょ? そうすると、千歳の中には『いっつもジャガイモ押しつけてるから、常日頃からジャガイモを余らせているに違いない』って思いこみが生まれるの」

「ふむふむ」

「で、そういった細かな思い込みが千歳の頭の中で構成されたこの世界に混入していて、この世界にあるこの家と関連付けが行われた、と考えるのが一番自然ね」

なるほど、無意識レベルでの思考が二次創作世界を構成する材料に使われる訳か。

「じゃあ、ジャガイモが残らずコロッケのタネになっていたのはー?」

「千歳の好物だから、かな」

「そこはあやふやなのか」

まぁ、千歳さんがルー濃い目の辛口カレー以外でまともに美味しく食べられる唯一のジャガイモ料理だし、カレー以上にジャガイモを大量消費できる料理なので仕方が無いといえないでもない。
大皿の上に乗っていたコロッケを一つ箸で摘まみ、齧る。
ジャガイモの割合は市販のコロッケに比べて少なめで、ミックスベジタブルや玉ねぎ、ひき肉などの分量が多いのも間違いなく千歳さんの好みによるものだろう。
言われてみれば、昔千歳さんの家で食べた事がある味のような気もする。
無意識レベルでの思考がストーリーとは関係無いこういった造りこみの部分に反映されるのなら、この世界のアーカム以外の土地は千歳さんの趣味や偏見によって構築されているに違いない。
……まさか、地球のあちこちではアーカムに関わりない部分でガンダムファイトが行われていたりするのだろうか。
いや、宇宙にコロニーを作って移住するにはこの世界は人間に厳し過ぎるし、デモンベインの二次創作と姉さんが注文したからには流石にそういった露骨なクロスオーバーはおこなわれていないだろう。
とはいえ、ストーリーに絡まない部分では他作品からのクロスオーバーキャラにしか見えないキャラが紛れている程度の事は考えられる。
一週目で欲しい物が結構手に入って余裕があるし、二周目はそういったレアなキャラを探してみるのも面白いかもしれない。

―――――――――――――――――――

さて、無事に何の脈絡もなくループに成功し、この世界にトリップした時と同じ日に戻ってきた訳であるが、今直ぐにアーカムに渡りミスカトニックに入学できる訳では無い。
陰秘学科は外に対してどころか、同じ大学の生徒にすら秘されている為、入学願書を送って試験を受けたら即入学とはいかない。
前の周の大十字九郎=覇道鋼造の推薦で入学できる大十字九郎はともかくとして、基本的に陰秘学科に入学する連中というのは邪神眷属や魔術結社絡みの事件に巻き込まれてどうにか切り抜けたか、自ら世界の裏側を知る機会を得たかの二択となる。
変則的な例では、考古学の実習中にうっかり邪神眷属の神殿に踏み入ってしまったから転科しただとか、不可思議な遺体の解剖実習中に、うっかり死体から変容した怪異と遭遇、どうにかこうにか切り抜けてから転科こそしないものの関わり始めた、なんて話もある。
とりあえずの戸籍こそあるものの、海外の学校に対するコネなぞ欠片も持ち合わせていない俺達が陰秘学科に入ろうと思うならば、積極的に各地の邪神眷属の拠点を潰して回りながらミスカトニックからの接触を待つか、さもなければ偶然学術調査中の教授とエンカウントするのを待ちながら暴れまわるしかない。
が、それも前の周までの話に過ぎない。
今の俺達はトリッパー兼逆行者、トリッパー兼『逆行者』なのだ。
それはもう、原作知識があっても普通は知り得ない様な事だって、前の周で体験済みである為に知っている。
俺達は前回と同じく、例の神殿に教授が来るタイミングを見計らって暴れれば良いだけだ。

「まぁ、教授があの神殿に踏み込むまで一月くらい時間がある訳だが」

「あのルルイエ異本の写本程度なら完全に制御できるから、わざわざ取りに行くうま味も少ないんだけどねー」

「美鳥ちゃん、『うまあじ』じゃなくて『うまみ』ね」

「えぇ? だってとしあき達が」

「喰いタンでも読めば自然と読み方が分かると思うけどな」

うまみー! とは叫んでも、うまあじー! とは叫ばないのが普通だ。いや、普通はどちらも叫ばないが。

「無理やり話を戻すけど、前とは別のルートで行けばいいんじゃない? お姉ちゃんね、前すごくパチモノ臭い魔術師を見つけたの。エア魔導書を使う姉弟なんだけど、その姉の方が人間にしては恐ろしく腕っ節が強くて──」

「鳴無さーん、郵便でーす!」

気を取り直した姉さんの提案が、郵便屋さんの威勢の良い掛け声で遮られた。
遠ざかるバイクの排気音を聞きながら、三人揃って玄関の方を向き、首を傾げる。
前周のログを漁ってみても、このタイミングで、というか、この家を出てアーカムに移住するまでの短い間、一度たりとも客人や郵便物が来た記録は無い。
思い当たる節があるとすれば……

「あみあみだろうか」

「バレモンかしら」

「メロンブックスも捨てきれないね」

全員心当たりがあるようだが、少なくともここは元の世界では無いので注文の品が届く訳が無い。
そして、少なくともこの世界においてこの時代のこの付近は未開拓にも程がある森の中だ。
並大抵の相手であれば、郵便物を届けようという気にもならない。というか、無事にあの郵便屋さんが辿りつけたこと自体が奇跡と言ってもいい。
一体、どこの酔狂な輩が何を送りつけて来たのやら……。

―――――――――――――――――――

郵便受けにねじ込まれていたのは、二つの分厚い封筒だった。
大判の、それこそ設定資料集が余裕で収まってしまう程の大きさの封筒の宛名は、『鳴無卓也』と『鳴無美鳥』の二つ。
少なくとも爆発物でも魔術的なアーティファクトでも無いのは確認済み。
いや、むしろ既に開封済みなのだが、その中身が問題なのだ。
美鳥がおもむろに封筒の中身を取り出し、内容を読み上げた。

「『捕大作』」

「もっともらしい表情で大ウソを吐くな」

まともに読み上げ無かったので自分で内容を確認する。
封筒の中身はミスカトニック大学の入学願書一式と、一通の手紙。
手紙の内容は、いくつかの条件を呑めば学費免除、更に生活費付きでウチの大学に入学できますが如何か、という様な内容であった。
差出人はミスカトニック大学の学長だが、話の裏にもう会えない元先輩の影が見え隠れしてしまうのもご愛敬。

「卓也ちゃん、どうするの? せっかくだから誘いに乗ってみる?」

「うぅん」

正直な話、気のりしない。
こういう話が出てくるとい事は、元先輩が少なからず俺の有用性の様なものを見出して援助してくれるという事なのだろう。
実際、俺がした事と言えば、手を出さなくてもいいところで手を出して、自分が居なければどうなっていたかとか思わせただけに過ぎない。
何しろ、俺が居なかったこれまでのループでもどうにかこうにか最終決戦に持ち込めている筈、いやむしろ、全ての元凶である黒幕の目的が達成されるまでは、どう足掻いたところでリタイアすら許されない。
そう、先輩、大十字に対するフォローというものは、実はトリッパーはする必要性が皆無なのだ。
やはり姉さんから聞いた言葉の通り、トリッパーはトリップ先の存在にとって、何より先に天上の神に似たものであるらしい。
第一に歓喜を語るに良い、第二に不平を訴えるに良い、第三に、居ても居なくても良い。
現実定住型トリッパーにこのジョークを言うとドッカンドッカン湧かせる事が出来るというのは姉さんの言だったか。閑話休題。
さらに言えばこの話、俺にもあまりメリットが無い。

「正直な話、秘密図書館にはあんまり用事が無い。あそこの虎の子のラテン語版はもう持ってるし」

「それに、こういう特別待遇で入学すると舐められたりするものねぇ」

「前回は最初からシュリュズベリィせんせのお墨付き貰ってたからねー、戦闘だけは」

そう、前回はそれが大きかったのか、ある程度の実力が無ければ参加も許されないような学術調査に何度か誘われた事があるのだ。断ったが。
だが姉さんのいう通り、そういったイベントも無しで特別扱いで入学したりすれば、学術調査に誘われる事も無くなってしまう可能性が高い。
極上の魔導書の記述が手に入った今、俺達が身に付けるべきは魔導書の実践的な運用理論だ。
そして、それを学ぶのに最も適した教師はシュリュズベリィ先生を置いて他には居ない。
俺は二つの封筒を手に取り、中身の願書と手紙ごと真二つに引き裂く。
更にその真二つに裂かれた封筒二つを重ね、もう一度引き裂き、最後にプラズマジェットで燃やした後にマイクロブラックホールに放り込み消滅させた。

「遠くアメリカからやって来た書類は、配達事故で俺達の所には届かなかった、という事で。姉さん、超人姉弟の話の続きをお願い」

「つうか、この世界で妖怪変化の類と共存なんてできそうに無いけど、そこら辺の思想とかはどうなってんの?」

「うん、その姉弟は揃って魔術による肉体改造をしてるんだけど──」

―――――――――――――――――――

◆月◆日(激動の一か月終了!)

『二周目開始からの一月は、それなりに慌ただしい物となった』
『大学からの誘いの手紙を見なかった事にして、一周目のとは違うルートで日本の怪しげな遺跡を攻略しつつ、未知の魔導書やアーティファクトを手に入れていく事になったのだが、一周目とはまた違った様々な困難が俺達を待ち受けていたのだ』
『出発から三週間ほどした頃には、姉さんの言っていた魔術師の姉弟も確認した。この世界で妖怪に該当する存在のエグさから色々と嫌な予感はしていたのだが、その嫌な予感は杞憂に終わった』
『今なら凄腕の魔術師という姉さんの言にも頷ける。その姉弟は心も体も人間の範疇から外れており、そのお陰で人間の魔術師では越えられないハードルも軽々と乗り越えられてしまうのである』
『しかし、外道の術により超人と化した姉弟ではあるが、彼等は時折現れる怪異などから檀家の人々を守り抜く正義超人だったのだ』
『なお、モデルとなったと思われる姉弟は弟の死により姉のみが超人と化していたが、この世界では姉弟揃って超人と化していた』
『と、いうのも、弟はただ死んだ訳ではなく、この世界特有の術式を組み込んだ即身仏になっていたらしい。ティベリウスの様な発酵系の不死ではなく、乾物系の不死を得る為の儀式だったのだとか』
『が、姉はそれを知らされておらず、超絶的な魔術の腕前を持つ弟ですら死んでしまうのだと恐怖を感じ、弟とは別の方法で自らの身体を不死身の超人へと変じさせたのだ』
『そんな美女と乾物の姉弟魔術師とは、不幸なすれ違いにより最初は敵対関係になってしまい、空飛ぶ船型鬼械神VS魔術理論搭載ボウライダー黒のデスマッチが開始された』
『しかし、そこはVSもののお約束(戦隊モノのVS物とか、真ゲッターとネオゲッターとか)、直ぐに共通の敵がやってきて、戦いの中で和解する事に成功した』
『巨大な下級邪神との戦いを経て、最後には超人姉弟のお手製残虐ラーメン(材料は麺のみドイツ製らしい。すごくおいしい)をみんなで食べてスタッフロールとエンディング』
『スタッフロールが流れる脇で、別れた後の俺達と超人姉弟の日常とかが流れに流れ……』
『気が付くと、一周目にシュリュズベリィ先生と出会った神殿付近の港町へと辿り着いていた』
『しかも、シュリュズベリィ先生が件の神殿に現れる二日前に』
『これにはさしもの水瓶座の俺もセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない』
『たとえ、すっかり忘れそうになっていた『トリッパーは対策を施さない限りイベントに引き寄せられるの法則』のお陰であるにしても、だ』
『前回俺と美鳥が神殿に蔓延る〈深きものども〉へ、大好きな殲滅戦を仕掛けたのは三時のおやつを食べ、三人で大きなベッドでゴロゴロ昼寝をした後、つまり夕飯前くらいの時間だった』
『が、少なからぬ世界のぶれによって、シュリュズベリィ先生の来訪が早まったり遅くなったりする可能性も無いではない』
『今日の所は早めに眠って、明日は朝ごはんを食べたらすぐ仕度を整えて出発、何時間かかけてゆっくりと〈深きものども〉を皆殺しにしに行こう』

―――――――――――――――――――

そんな訳で、始まりの朝である。
仮にもここは近場に海系の邪神の神殿がある港町である為、インスマンスの如き魚面の住人達が夜中に仕掛けてきたりもした。
しかし昨日日記を書き終えた時点で既にこの宿屋の住人は分子レベルで分解された後にトイレに流されている。
厨房も厨房に繋がる食堂も綺麗にリフォームされており、怪しげな宗教に嵌まっているだろう魚面の料理人や他の客はもう居ない。

「今お兄さんが、『お陰で俺は、安ホテルの朝にも関わらず姉さんの手料理に舌鼓を打つという至福の時を迎える事が出来たのだ』とか考えている気がする……」

「人の心を読むのはマジやめろよお前」

因みに、俺の表情筋や身体を覆うオーラの揺らめき、これまでの俺の言動パターンのデータベースからの類推によるサトリごっこが美鳥の最近の密かな趣味であるらしい。
言動のサンプルが無い初対面の相手の心を完璧に読み取れる様になるのがひと先ずの目標であるとか。
あえて読心系の能力を開発するのではなく、莫大なシミュレートなどの科学的な手法で結果を出す、という辺りに拘りがあるらしい。

「朝から家族間コミュニケーションが活発なのは良いけど、出撃の準備はできたの? 造り出した武器や防具は、装備しないと意味が無いからね?」

「大丈夫だよ姉さん、俺達の身体は全身これ狂気、もとい凶器。つまり武器腕とか武器内臓胴体とかだから」

両腕ブレードとかかなり伊達や酔狂の武器だと思う。
因みに、姉さんも最近は改造ラブプラスの修羅場編(三人分のクリアデータを作らずとも、恋人にするまでの過程で幾度も修羅場が発生する特別仕様)を、主人公のコンテニュー無しで生き残らせる方法を模索している。
ちなみに、ゲームのデータを改造してもセーブデータを改造しない、主人公有利な設定を作らないのが拘りなのだとか。

「一応、今回は野良魔術師設定で押して行こうと思うから。魔導書に、バルザイも持った」

「魔銃使っていいかな。クトゥグア二丁で火力無双か、イタクァ二丁で誘導弾無双したいなー」

「だめよ、美鳥ちゃん。あんな大層な魔術理論を使ってる癖に使用者がインスタント魔術師でも発動する様な武器使ってたら腕が落ちるわ」

「ちぇー」

一応、その場で生成する以外の武装を皆でチェックしつつ、考える。
これから何度ループするか正確な所は分からないが、今がループ三桁台である事は確認済みなので、原作通りの最後に突き進むのだとすれば、あと最低でも二千回以上はループしなければならない事になる。
これからも同じ期間をループし続けるのだとしたら、ざっと四千年以上はこの世界に居なければならないという訳だ。
カブのイサキの続きが気になるのに、それを見る事が出来るのはずうっと先の事。
元の世界から持ってきた娯楽ではとてもではないが暇な時間を潰す事はできない。ひたすら魔術の研鑽に時間を費やしたとしても限度があるだろう。
もしかしたらその内、生き足掻く人間の営みを見て滑稽だとか言って娯楽にしてしまう時期が来てしまうのだろうか。
そんな世に飽いたラスボスみたいな事を口走るのは御免被りたいので、俺も新たな趣味に目覚めてみるのもいいかもしれない。
……リリアン編みとか、どうだろうか。止め方知らないから何時までも続けられるし、作った分は異次元に放り込んでおけばいい。
とりあえずの目標は鬼械神が着れる巨大セーター作成で、次に地球人全員で一緒に首に巻ける長さのマフラーとか……。

「卓也ちゃん、大丈夫?」

ミレニアム単位で飽きない趣味の構想を練っていると、何時の間にか姉さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「あ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと毛糸について考えてただけだから」

「いやいや、ダンジョンアタック前に毛糸に思いを馳せる理由がわかんねぇし。マジで大丈夫なん?」

「大丈夫よ」

美鳥の疑わしげな声に、俺では無く何故か姉さんが答えた。
そんな姉さんと顔を合わせ力強く頷き合い、いぶかしげな美鳥に笑いかけ、窓の外を見る。
魚面の住人がのそのそと働く陰気な街。だが、日の光が照らす海は一時的に真夏の様な照り返しを見せていた。

「そう、大丈夫。なにせ俺達」

待ってるから、大好きな殲滅戦が待ってるから──

「トリッパーですから」

「上手く纏めたつもりでも第二部はでねぇよ」

「第一部完の文字は編集部が勝手に入れたものなのよね、たしか」

別に構わない。バスケと言えば俺の中ではボンボンでやってたやたら頭身低い子供が主役のバスケ漫画だし。
タイトル覚えてないけどな。

「それじゃ、はい」

コントが一区切りついた処で、姉さんが俺と美鳥に布でくるまれた箱状の──端的に言って弁当を渡してきた。
弁当箱の中身は食べる寸前まで見ないという曲げることのできない大宇宙の法則に乗っ取り透視こそしないが、包みの中には弁当だけではなく小さな包みが入れられているのに気が付く。
重量的にみて焼き菓子か何かだろうと思われる。

「とりあえずお昼の分に、簡単なのだけど三時のおやつも入れておいたから」

「つまり、夕飯までには帰って来いってこと?」

「ん。卓也ちゃんが帰ってくるまでお姉ちゃん夕飯食べるまで待ってるからね?」

そう言われては遅くなる訳にはいくまい。一人飯も悪くないと思うが、できれば家族が揃っている時は団欒を楽しむべきだと思うし。
とりあえず、シュリュズベリィ先生が五時頃までに神殿に来なかったら、この周はミスカトニックでの勉強は諦めよう。
間に合ったら、適当にミスカトニックに入れる様に未熟な魔術師的アクションで気を引いてみるという事で。

「じゃ、いってらっしゃい」

「うん、いってきます」

「ます!」

姉さんに見送られ、美鳥を伴い、俺は神殿のある沖合の孤島を目指した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

小さな島の地下に建造されたその神殿は、本来祀る神とは縁も所縁もない神道系の建築物──神社を置き、その存在を巧妙に隠していた。
いや、その神社は只のカモフラージュの飾りではなく、餌の役目も果たしていたのだ。
表側の神社目当てにやってきた異教の輩を捕え、神への供物としてささげ、またある時は繁殖の際の苗床として利用する。
その餌場としての機能こそが、邪神狩人ラバン・シュリュズベリィがこの神殿の所在を掴む切っ掛けとなったのは当然と言えば当然の結果だった。
ルルイエ異本が日本の何処かに存在しているかもしれないという情報だけを頼りに各地を転々としていたシュリュズベリィは、怪しげな漁港と行方不明者が多い神社の噂を聞きつけ、遂に秘密の地下神殿を発見する。
しかし、そこで待ち構えていた光景は、彼の想像とは少し違うものであった。

―――――――――――――――――――

整備された地下洞窟の闇の中、サングラスと掛けた一体の蛙と魚を掛け合せた様な顔の類人猿がしゃがみ込み、周囲に倒れている別の魚人の身体に触れている。

「ダディ、ここにも死体しかないよ」

そのサングラスの魚人の懐から、年若い、いや、幼さを残す少女のくぐもった声が響く。

「ああ、分かっているとも、レディ」

それに頷きながら、サングラスの魚人は立ち上がる。
明かり一つ無い洞穴の中を見渡しサングラスを外すと、自らの首元に指を差し込み、顔の皮をずるりと剥ぎ取った。
いや、その顔の皮は精巧に作られたマスクであり、首から下にも似た様な材質のボディスーツを着ているだけの様だ。
ひゅる、と一陣の風が吹き、身体を覆っていたスーツが微塵に切り刻まれ、遂に全身が露わになる。
壮年を通り越し、初老の域に足を掛けた老人。しかし、その全身からは覇気と、警戒心がにじみ出ている。

「どうやら、私達よりも早くここに辿り着いた、『同業者』が居るらしい」

老人──邪神狩人ラバン・シュリュズベリィが見渡した洞穴の奥に通じる道には、無数の〈深きものども〉の死体が延々と積み重ねられていた。
シュリュズベリィの懐から無数の紙の束が噴き出し、一人の少女の姿を形どる。

「同類であるかはわからないけどね」

魔導書『セラエノ断章』の精霊ハヅキが、いくつかの死体を視界に入れてから呟く。
通路に横たわる無数の死体、その状態から、殺害方法は斬殺と撲殺の二種類である事は分かる。
斬殺死体は、切断面が炭化、もしくは凍結しており、魔力の残滓も見てとれる。
恐らくは何らかの魔術的アーティファクトで殺害されたのだろう。
問題は撲殺死体の方だった。
こちらの死体には、一切の魔術的痕跡が残っていないのだ。
それだけではない。殴打された個所の反対側が吹き飛び、内容物の尽くを噴出させている。
そして、いくつかの原形をとどめている死体には、人間の物と思われる拳の跡が存在した。
粉砕された部位は構造的に脆い部分もあれば、頭蓋、心臓の上の胸骨など、高い強度を誇る部位もあった。
これらの死体から分かる侵入者の特徴を纏めるとすれば、こうなる。
魔術を使える、もしくは魔術的なアーティファクトを使いこなせる知恵を持ち、更にはなんら魔術的な要素を含まない単純な殴打で頑強な〈深きものども〉の肉体を力任せに粉砕せしめる、人間の様な手を持つ何か。

「やれやれ、これなら〈深きものども〉の魔術師が待ち構えている方がまだ分かり易いな」

撲殺死体からは、死体が元から持つ水妖の気しか感じる事は出来なかった。
何処かの軍隊が軍用パワードスーツの開発に着手したという話も聞いた事があるが、それならば打撃部分を人間の拳型にする理由も無い。

「ダディ、こいつら」

「ああ、どうやら、殺されてからまだ時間はそれほど経っていないらしい」

つまり、この奥にはまだ、〈深きものども〉を惨殺した未知の存在が居座っている可能性が高い。
シュリュズベリィはその事に対し気を引き締める様にサングラスを掛け直すと、ハヅキを伴い、ゆったりとした歩調で歩き出す。

「先客と出会ったらどうするの?」

一歩後ろを歩く魔導書の上目使いの問いかけに、老賢者は肩を竦めて答えた。

「まずは話が通じる相手かどうか、だな」

こつりこつりと足音を立てて歩く彼等を止められる生者は、この洞穴の通路には存在しない。
常の学術調査ではありえない状況に少なからぬ緊張と、未知の出来事への知識欲を刺激されながら、シュリュズベリィは洞穴──神殿の最奥部へと足を進めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

〈深きものども〉をのんびり歩きながら片端から片付け、もとい散らかしながら神殿の奥地に辿り着いた俺達が見た光景は、やはり二年と少し前に見た物と全く変わらない光景だった。
ダゴンを模したと思しき石像を天に、その下には生贄を捧げるなどの様とに用いられるのであろう祭壇。
そしてその中間程に位置する神棚の様な場所に安置されていた、最早複製を作り出すまでもなく一文字一句逃さずに暗記済みのルルイエ異本日本語写本。
インスマンス近くの神殿の様に、祭壇に続く巨大な階段状のピラミッドがある訳では無く、広間といっても小学校の体育館ほどあるかないか程度の広さしかない。
が、階段の代わりとでも言う様に円環状に置かれた石柱は、何かを召喚する、もしくは何処かへ繋がる門を作成する為の、魔術的に正しい配置にある。
あちらこちらに落ちている骨は〈深きものども〉のものとは違う、極々一般的な構造の人骨。
恐らくは旅行中に拉致され、〈深きものども〉の子供を孕まされた観光客の女性だろう。
あとは、少し前まで暴れていた〈深きものども〉のバラバラ死体。
ここにはそれしか無い。この光景を見たのは二度目だが、本当に直ぐに飽きてしまう光景だ。

「分かっていた事だけどさ、ここの連中ってすっげぇ時化てるよね」

愚痴をこぼす美鳥はうんざりした様な顔で、切り飛ばした〈深きものども〉の肉片がこべりつくバルザイの偃月刀を、魔力を込めながら一振りする。
すると、偃月刀に込められた灼熱の魔術が起動し、強度の問題で通常の金属では得られない様な熱を帯びた刀身が、こべりついた肉片や血液を灰にしてしまう。
そして、脚元に転がる〈深きものども〉の死体を、綺麗になった偃月刀の先端でいじり始めた。
最初の内は〈深きものども〉の身体の構造をフューチャーだー! とか、理解不能のハイテンションで綺麗にパーツを腑分けしていたのだが、それも三体四体と捌いている内に飽きてきたらしい。
もう美鳥は手持無沙汰の時に髪の毛の先を弄る程度の感覚で〈深きものども〉の死体に刃を付きたて切り裂き、その感触のみを楽しんでいる。

「景気がいい連中なら、態々こんなアメリカ視点で辺境の島国に流れてこないだろ」

日本語写本の出来からして大陸経由か海路だろうし、元の生息地域から考えればとんでもない長旅だったに違いない。
俺は美鳥をぼうっと眺めながら適当に答えた。
先ほどまでは無尽蔵なのではないかと疑いたくなるほど湧きだしていた〈深きものども〉はぴたりとその姿を消し、何処へともなく消えていってしまった。
小説版的な展開だとすればここでクトゥルーの捕食用触手が現れてくれてもいいのだが、連中が消えて十分程経過してもそんな気配は微塵も無い。
せめてあのダゴンの石像をよりしろにしてダゴン君が出てきてくれてもいいのだが、残念な事にあの儀式をここの粗悪な劣化コピーのルルイエ異本で再現するのは至難の業だ。
そうでなくとも、シュリュズベリィ先生が早く来てくれてもいいと思うのだが、いったいどこで道草を食っているのやら。

「だいたいなにあの環状石柱、並びも石のサイズも成分も無茶苦茶、おまえら奉仕種族の癖にまともに『門』も作れねぇのかよっていう」

死体を突いていた美鳥のいちゃもんは遂に神殿内部の呪術用具にまで及びだした。
唯でさえ地域間の情報の流れが速く正確になるにつれて真っ先に淘汰されそうな連中にそんな期待をしても、などとは俺も思えない。
それだけ、ここの神殿としての価値は低い。邪神を崇めている形跡はあるが、それが身を結んだ事は無いのではなかろうか。
精々、観光客を拉致して自分達の子供を産ませたり、意味もなく祭壇の上でそれっぽい生贄の儀式『ごっこ』に精をだした程度か。

「だな。シュリュズベリィ先生辺りが見たら鼻で笑うんじゃないか?」

俺達も二年程度の短い時間とはいえ、ミスカトニックの陰秘学科に在籍していた事のある魔術師だ。
更に言えば、他に研究者の居なかった魔導応用科学を研究していたから贔屓されていた可能性を加味したって、秘密図書館にある程度自由に出入りさせて貰える程度には良い成績を維持していた。
この世界の目玉とも言える鬼械神を召喚出来ない様な有象無象とはいえ、力ある魔導書の類は山ほど読んだ。常人なら千度頭が狂って死んでも可笑しくない量だ。
完全な機神招喚ができる日を夢見て、邪神の召喚の術式に目を通した事もあるし、姉さんの監修の元で幾度か実験した事もある。
その経験から言えば──

「まずは」

並び立つ石柱目掛け、バルザイの偃月刀を投擲する。
ギャオ、と音を立てて飛んで行った偃月刀は、狙い違わず俺の狙っていた数本の石柱を切り倒した。
ブーメランのように戻ってきた偃月刀をキャッチし、剪定前よりも幾分こざっぱりした環状石柱を指差す。

「あの材質のまま行くなら、あの辺は真っ先に切除するべきだろう」

「うーん、でも深海にゲートを開く目的から考えればこうじゃない?」

美鳥が自前の偃月刀を投擲せずに、投げやり気味に振り回す。
振るわれた偃月刀の軌跡の延長線上に、電撃を纏った巨大な斬撃が走り、進路上の数本の石柱を砕き、そのまま神殿内部の壁に激突した。
神鳴流決戦奥義の収束版の余波で、不安定な神殿内部がぐらぐらと揺れ、天上からはぱらぱらと細かい水滴や石が落ちてくる。
当たった所で痛くも痒くもないが、服がぬれるのは気分が悪いので、偃月刀を傘に変化させて頭上に広げる。

「ほら、石柱だけじゃなくて、地面に引いたラインのお陰で門を開くという意図が強調された」

同じくちゃっかり偃月刀を傘に変化させた美鳥が環状石柱を指差す。その表情は何処か得意げですらある。
だが、俺とて大学での二年間を無為に過ごしてきた訳では無い。
美鳥のこの改造には荒がある。

「ラインも良いが石柱を潰し過ぎだ。ここまで簡略化したら、開門するのにそれなりの魔術師が必要になるだろうが」

効率だけを見た設計だから、門を開けるのが誰であるかをまるで考えていない。
ここの施設を利用するのが魚どもである以上、まともに頭を使わせるのは問題外なのだ。

「元の材料だけで考えるならこんなもんじゃねーの?」

「いや、そもそもここまで大規模改修するなら」

念動力で神殿内部の壁を崩し、適当なサイズまで崩したら風の刃でカッティング。
増幅の意味を込めた魔術文字を透かし込みで入れ、出力を抑えたレーザーで魔力を通り易くする為の風穴を開ける。
この工程を数度繰り返し、環状石柱の中に割り込ませた。

「ほら、ここまで弄ってやれば、最悪魔導書の内容の意味を理解できなくても発動できる」

新たに手を加えられた環状石柱を見た美鳥は渋い顔をしている。
苦虫を77回咀嚼させられています、みたいな顔だ。

「何そのどや顔。大体、新たに材料追加していいなら──」

―――――――――――――――――――

──そして、数度の改造が繰り返された。
辛うじて残った『追加素材は神殿内部のものだけ』という暗黙のルールに従い、神殿の内壁、祭壇、ダゴン像、更には人間や〈深きものども〉の死体までが超空間ゲートの材料に使用され、神殿内部は最初の面影を影も形も残してはいない。

「いやー、いい設計した」

「劇的なビフォーとアフターの差が美しいよね」

美鳥と互いの健闘をたたえ合う。
そう、神殿内部の何もかもを犠牲にし、遂に俺達は太平洋深海へのゲートを完全な物に仕上げる事に成功したのだ!
まぁ、新米ではないけど未だ達人級にまでは届かない魔術師の設計である為、クトゥルフの全身を招喚できる様なサイズでは無いが。
しかしこの大きさのゲートなら、間違いなく捕食用の触手程度なら十本近く通れるだけの大きさになっていることだろう。
このゲートの凄い所は最終的に僅か数分の間にこの状態に持って来られたことと、クトゥルフさんの気分次第で全自動でゲートを開いてくれるところか。
しいて言うなら、かつて教授が攻め落としたペルー大峡谷に存在する物と同じレベルにまでは持って行けた筈だ。
これ以上の改良を望むのなら、三、四周ほどかけて本格的に招喚魔術の修行や研究を行わなければならないだろう。

「それはともかく」

「うん」

「これ、なんで改良始めたんだっけ」

「余りにも出来が悪かったから、ついつい修正を始めちゃったんだよね。お兄さんが」

「そうか、許せ」

「たとえこの世の誰が許さなくても、あたしはお兄さんを許すよ。姉に誓って」

「ありがとう、お前は最高の相棒だ。ところで美鳥、神殿の内部が水浸しになりつつある」

「そりゃ、もうゲートは開いてるから当たり前やね」

ここまで繋がったゲートから入り込んできた〈深きものども〉のエルダーとか普通の魚とかを眺めながらの淡々とした会話。
お互い、何だかんだで改良された環状石柱に視線は釘付けだ。
まぁ、見なくとも鼻を使わなくとも、互いに冷や汗を掻いていることだけは察する事が出来る。
のそのそと未だ地面に引っかかって動けないエルダーを、ゲートから飛び出した蛇の顎の様な物が噛み砕いた瞬間、俺達の心は一つになった。

「逃げよう」

「うん」

入学の鍵となるルルイエ異本の写本だけは忘れずに、一目散にその場から逃げだした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

シュリュズベリィは思う。今回ばかりは生徒を置いて一人で来て正解だったと。
数分の間に幾度となく神殿の奥から破壊音が響いたかと思えば、決壊したダムのように水があふれ出し、おぞましい水妖の気があふれ出し始めた。
数年前に生徒を連れて来た時も似た様な状況に陥った事はあるが、今回は調査では無く魔導書の探索なのだ。
危険だからと引き返すわけにもいかず、かといって生徒全員を守る事も難しい。

「やれやれ、先客が何事か起こしてしまったかな?」

言いつつ、既に膝上程にまで達した水の上を、風に乗り滑るように駆ける。
こう狭くてはバイアクヘーも使えず、機神召喚も洞穴を利用したこの神殿を崩落させる危険があるので使用できない。
もどかしいが、奥にあるだろう魔導書を確保しなければならない以上あまり無茶は出来ない。
結果、普段あまり用いる事の無い生身での飛行魔術を使用して移動しているのだ。

「ダディ、何か近付いて来る」

シュリュズベリィの飛翔を補助する為に魔導書形態に戻り懐にしまわれていたハヅキが声を上げた。
その声にシュリュズベリィが顔を上げると、成るほど、確かに人型の何かが全力疾走している様な動きで近付いて──出口の方に向かって走っているのが分かる。
典型的な、それこそ秘境を攻める探検隊の様な格好の二人組は、その背に魔力を帯びた刀剣を背負い、大きい方の人影が手に持っている年季の入った本からは微弱ながらも水妖の気が感じられる。
目標の魔導書、ルルイエ異本だ。そのプレッシャーの微弱さから察するに、出来の悪い写本だろうか。
更によくよく観察すると、彼等は『水の上を何のトリックも無しに走り抜けて』いる事に気が付いた。魔力の欠片も行使されていないのだ。
魔術も使わずにこの非常識、素手で〈深きものども〉を手並みに通じるところがある。まず間違いなく彼等が先客だろう。
一瞬、この水妖の気もこの二人組のせいかと思ったが、件の魔導書から感じられる気配は余りにも弱い。ここまでの術を行使できる様な上等なものでは無いだろう。
魔導書を持ち出した時に発動するトラップか。もしくは、あの二人組にどうにかされた元の魔導書の持ち主が殺される前に最後の賭けに出たか。
もっとも、直接事情を聞かない限りはどこまで行っても予測にしかならないのだが。
あっという間にすれ違い出口の方面へと向かって行く二人組に、シュリュズベリィは空気の足場を蹴り方向転換。
二人組の全力疾走も並みの車を遥かに超える速度が出ているが、水面という悪い足場である為か一定の速度が出ていない。

「問題は無い!! 十五キロメートルまでならば!!!」

二人組の大きい方、目つきの鋭い青年が美しい短距離走者のフォームで走りながら、自らを鼓舞するかの如く叫ぶ。

「やめろよーう、この状況で負けフラグを立てるのはやめろよーう」

二人組の小さい方、青年と似た様な目つきの少女が平坦な口調で青年を非難する。
割と余裕がありそうな二人組に追い付くのに、シュリュズベリィの足で十秒も必要無い。
先ずは挨拶。それから、この状況と彼等がどのように関わっているのか。そして、この事態を切り抜けたら、あの魔導書を渡して貰う為の交渉だ。
シュリュズベリィは簡単に現状を問う為の幾つかの言葉を頭に思い浮かべ、二人組の背に声をかけた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ダディ?」

肩を揺すられ、自らの魔導書──ハヅキの声を耳にしたところで、シュリュズベリィは漸く自らがまどろみの中に居た事に気が付いた。
椅子から起きあがり、サングラスを掛け直す。

「……む、すまんね。どうやら眠ってしまっていたようだ」

ここは極東の〈深きものども〉が潜む神殿ではなく、覇道財閥からシュリュズベリィの学術調査隊に『動く拠点』として貸し出された巨大空母の一室。
学生の現時点での習熟具合を考慮し、なおかつ早急に手を入れなければならない怪しげな遺跡を一通り周り、半年ぶりにアーカムシティへと帰還している最中であり、決して迫るクトゥルフの捕食手から逃げている最中ではない。

「疲れてる?」

「問題児の『お守』も大変という事さ、レディ」

心なしか心配そうな雰囲気のハヅキの頭に掌を乗せ、口元に濃い苦笑を浮かべる。

「でも、居なければ居ないでもっと疲れるんだよね」

「そうだ、レディ。彼等は問題児でもあるが、そこらの学生よりは確実に優秀でもある」

だからこそ、最低限目の届く所に置いておき、なおかつ生徒には荷が重く、自分も手が離せない時は彼等に任せる場面も多くなるのだ。
彼等が何か起こさないか目を光らせる労力と、彼等が居る事で省かれる労力は差し引きで考えれば決して悪い方には傾かない。
ミスカトニック大学陰秘学科の学術調査において、彼等の存在感は良い意味でも悪い意味でも強い。

(しかし、あの二人も出会った頃に比べれば随分とましになったものだ)

先ほど見ていた夢を思い出す。
二年と少し前まで独学で魔術を学び、実践と修行の為に〈深きものども〉の巣穴にたった二人で突撃していた鳴無兄妹。
その危ういまでの行動力を危惧し、何時かの科学者の若者の様な道に走らぬ様にとミスカトニックに半ば囲い込む様に招き入れた。
彼等が一度大学側から招待を推薦を受けていた事は後で知ったが、知らぬ内に確保する事が出来たのは幸運と言っても差支えないだろう。
彼等のもともとの能力を見極めた後は、人類側の抵抗者としての心構えを説き、彼等の長所を伸ばす為に積極的に学術調査に同行させてもいる。
そのお陰かどうかは知らないが、彼等にもそれなりの協調性の様なものが見え始めてきたのだ。
これから三年、四年と学年が上がり後輩が出来れば、その傾向はさらに強くなるだろう。
自らが教え、導いた教え子の成長を想い、シュリュズベリィは、

「そうそう、タクヤとミドリからの伝言、『そろそろ姉さんが近付いてきたから早退します』『お兄さんがアネルギー切れ起こしそうだから付き添いで一緒に早びけー』だって」

「またか……」

シュリュズベリィは額に手を当て、深く溜息をついた。
アーカムが近付いて来ているとはいえ、まだ陸地が目視出来る距離でも無い。
まぁ、彼等──ではなく、鳴無卓也の姉に対する超感覚は今更としても、この海のど真ん中から彼等はどうやってアーカムに向かったのか。
搭載していた上陸艇を使用した、というならまだいいが、それは早く姉に会いたいと思っている彼が選ぶ筈もない選択肢だ。
同じ理由で海面を走って行ったという選択も無い。
では、以前開発し学術調査中も改良を続けていた魔導バイクか。
バイアクヘーには速度で及ばないまでも、シャンタク鳥の記述を搭載し、並みの戦闘機を軽々と凌駕する速度と圧倒的なコーナーリングに定評のあるあれならば、彼等も満足のいく速度が出せるだろう。
学術調査の役に立つからと乗せて、実際に幾度となく他の学生の命を救いもしたが、もしかすればこの時の為だけに積みこまれた可能性もある。
まぁ、色々問題はあるものの要領も良いし、空飛ぶバイクが見つかって騒ぎになる様な事も無い筈だ。
とはいえ、アーカムに戻ったからと言って現地解散とはいかないのがこの学術調査であり、許可も無く早退されるのは少々困る。

「大丈夫だよ、ダディ。なんだかんだで二人ともレポートは欠かさず提出するんだから」

「そうだな、そう考えれば、勤勉な生徒だと言えるか」

ただ少しだけ、そう、ほんの少しだけ家族愛が深すぎるだけで、それを除けば善性の人間なのだ。
だが、他の学生達の手前、何のペナルティも無しとはいかない。
シュリュズベリィは窓の外、アーカムの方角に顔を向けながら、早退した二人への罰を考え始めた。

―――――――――――――――――――

○月×日(特に書く事は無いかも)

『月日はクラッシュイントルードの様に流れ、二周目も終盤。これまで色々な事があった』
『シュリュズベリィ先生の紹介でミスカトニック大学に入学した直後は、破り捨てた入学願書について色々と聞かれ』
『同じ学年の気のいい連中と飯を食いに行き、気の良くない連中を酒に酔った勢いに見せかけて酒瓶で殴り倒し』
『講義では率先してディスカッションに混ざり、魔導書で理屈が分からない部分をシュリュズベリィ先生に質問し、学術調査では思う存分身体を振りまわして奉仕種族を嬲殺しにし尽くした』
『もっとも、最初は加減もせずにミンチにしていたせいで『これでは標本も作れないし解剖も出来ないだろう』とシュリュズベリィ先生に苦笑いされてしまったのだが、今となってはそれもいい思い出だと思う』
『こうして二周目を通しての活動で分かった事がある』
『それは、魔術師は魔導書以外から教わる事は余りにも少ない、という事だ』
『当たり前と言えば当たり前だが、これは思いもよらない盲点だった』
『なまじミスカトニック大学という教育機関がある為に、師を得て学ぶ物と考えてしまう』
『しかし、だ。この世界、デモンベインの世界における魔術という物には決まり切った絶対のルールが存在しない』
『このデモンベイン世界の魔術は世界のルールを書き換え改竄する。つまり、元からあったルールも新しいルールで上書き出来てしまうのだ』
『しいて例えるなら、小学生が鬼ごっこなどで行う『バーリア! もう触れませーん』『バリア無効ですー、はい触った。今触ったよこれー』みたいなやり取りを超高度な域で行っていると考えればいい』
『休み時間が終わって教師が教室に入場すると何もかもおじゃんになる=アザトースが目覚めると何もかもおじゃんになる。とか考えると更に分かり易い。正に諸行無常』
『……言い過ぎか。まぁそんな訳で、魔術を使う魔術師同士の戦いは、ゲームのネット対戦で互いにリアルタイムで改造コードを新たに打ち込みながら対戦している様なものだと考えれば分かり易い』
『ともかく、このミスカトニックで学べるのは魔術においてほんの触りの部分だけであり、それなりの位階に上ろうと思ったなら魔導書から自力で学びとるしかない』
『今しばらく、あと二、三周くらいは機神召喚の現場を観察する為にもミスカトニックに入学させて貰うつもりだが、それ以降は自力で魔術の研鑽を行うのが効率的だろう』
『我ながら気の長い話だ。その度に学術調査の為に姉さんと数カ月単位で離ればなれになるのも正直言って辛い』
『しかも、平気で二、三周とか言ってるけど、今までのトリップ先の世界で過ごした時間を遥かにオーバーしているんだよな』
『姉さんが同じ世界に居るからホームシックはありえないにしても、向こうの知り合いを思い出してふと寂しくなったりするのだろうか。イメージしてみよう』
『……すまない、隣町に住まう高校時代の同級生の横田君。君に塵骸魔京を貸せる日は、俺の主観時間で最低でもミレニアムが四回ほど訪れた後になってしまう。7で動くかは分からないし、古いOSの安いPCは用意できただろうか』
『大学卒業後に見事大手企業に入社し上京した葉山君。餞別として渡した、お姉ちゃんに命令されて眠れないCD、大事にしてくれているだろうか。きっと気に入ってくれるだろう、彼はMだった筈だし』
『隣の県に引っ越した我が同士、俺と同じく法に触れるレベルの近親好きの鈴木さん。君はもうお兄さんに押し倒して貰えただろうか、それとも押し倒せただろうか』
『なるほど、即座に思いつくだけでもこれだけ出てくるか。もうこの世界に来てから四年の月日が経過したというのに』
『意外と長期のトリップでもどうにかなるのかもしれない。心おきなく修行に励ませて貰うとしよう』

―――――――――――――――――――

そう、暫くはじっくりと学術調査で撃墜数を稼ぎながらの修業の日々になる筈だった。
しかし、現実はどうだ。今俺が居るのはどこだ。
そう、ミスカトニック大学秘密図書館だ。ぶっちゃけ、もうほとんど見る所の無い場所だ。

「つうか、まだ魔導書の閲覧許可も貰ってない気がするんだが、なんで司書代理なんだ?」

しかも、破損の激しい魔導書の修復作業まで任されるというのはどういう事だろうか。
俺達、今周は素性の知れない野良魔術師上がりの学生だよ? 書を持ち出されるとか、悪用されるとか思わないの?
つうか、仮にも力ある魔導書の癖に紙魚に食われてるんじゃあ無いよお前ら。紙魚もこんなもん食うんじゃないよ。
変な方向(エロゲヒロイン的な意味で)に突然変異起こしても知らんぞ。そうなる前に駆除するが。

「一応、一度は大学の方から招待されているしねぇ。援助を頼みこむ時に、何か言い含めてたんじゃないの? ほら、複製作ったり修復できるって知られちゃってるし」

俺の隣で作業をこなす美鳥が気だるげに答えた。
流石に、一度取り込んで内容も完全に記憶している様な魔導書を、只管分解して破損部分を継ぎ足して組み直す作業は堪える物があるのだろう。
俺はそんな美鳥の推理に納得しかけ、首を振る。

「……いや、その理屈はおかしい。あの時点で魔導書の修復が出来たからって、入学する前からそういう事が出来たとは思われないだろ」

「だからぁ、そういう方面の素質があるって思われてるんじゃないかって話ぃ」

組み立て直した魔導書の背表紙をばしばしと叩きながら、美鳥の言葉はしりすぼみだ。
いや、そうなるのも頷ける。この作業、正直言ってかなりだるい。
これが読み物として優秀な本であればまだいいのだが、残念な事にここにある魔導書は全て手元にあり、この二年で読破済み。
更に言えば、修復が必要な魔導書は記述の信頼性が低く、既に完全制御が可能なレベルの魔導書ばかり。読みなおす事で得られる物も少ない。
豆を皿から皿に移すだけの刑と本をひたすら写し続ける刑の小話があったが、これは本が関わっているにも関わらず豆系の罰則だろう。

「素質ねぇ……。そんな訳のわからんもんの為に、俺の貴重な放課後の時間が削られるのは納得いかんなぁ」

大十字九郎が覇道鋼造になった時点で、世界は幾度となくループしているものだと気が付いているのだ。
ならば、放っておいても鳴無兄妹はミスカトニックに来るものと思うだろう。
いや、そう考えればそもそも入学させる為に学長に推薦書を書かせる必要も無いのだ。
やはり完全に何もかもがループしているとは思え無かったのだろうか。

「早く帰って、姉さんとちゅっちゅしたいなぁ……」

天下の秘密図書館も二十四時間営業という訳では無いので、一応は定時になれば帰れる筈だ。
だが、今の時刻は四時少し前。今日の講義が午後一番の講義で終わって、それから一時間半程が経過した事になる。
これで利用者が来ればびしっとできるのだが、生憎と秘密図書館は並大抵の生徒では入る事は叶わない。
何しろ、ミスカトニック大学の中でも限られた人数しか居ない陰秘学科、その中で更に成績優秀なものにしか秘密図書館での魔導書閲覧の許可は下りない。
それこそ、そこらの大学、さもなければミスカトニックの秘密ではない図書館の方の様に、時間が出来たからちょっと寄って行こうか、なんて気軽に立ち寄れる場所ではない。
よって、俺達は今外出中のアーミティッジ博士からの言いつけを守り、宛がわれた魔導書の修復を黙々と続けなければならない。
そして、俺は修復する魔導書が無くなり、机の上に倒れこむ。
ここからはもうただ暇なだけの時間が始まる。取り込んである娯楽の品を取り出してもいいのだが、未だ美鳥はのんびりと魔導書を修復している最中だ。
別に何時までにやっておけというノルマがある訳でも無いが、手伝ってやるべきか。

「ん?」

「んーん」

また一冊の本を仕上げ終った美鳥が、俺の視線に気付き疑問符を浮かべ、俺はそれに首を横に振って『気にするな』と答える。
首を傾げながらも魔導書の修復を再開した美鳥の横顔を、久しぶりにじっくりと観察する。
こうして美鳥の顔だけを見つめるのは何時ぶりだろうか。
幾度かのアップデートを越え、やや成長が遅い高校一年生程度にまで身体を成長させた美鳥。
幼さから抜け出しそうで、やはりどこかあどけない印象を残す目鼻立ちは、しかし確実に女性としての形を主張し始めている。
うっすらと色づく頬に、形の良い耳、ふっくらとした唇、切れ長の眼、毛の生え際からうなじへかけてのきめ細やかな肌。
姉さんに似ている、という一言だけでは表現しきれなくなってきたその造形は、それでも何故か俺の心を擽るものを持っている気がする。
視線を手元に移す。昔は子供の手と一言で言い表せていた手指は細くしなやかに。本を分解する一つ一つの動きは、観察すればするほど艶かしさを見出せる。

「? なに?」

気が付けば俺は立ち上がり、図書館の出入り口の方、いや、美鳥の方へと歩き出していた。
作業スペースを確保する為に椅子一つ分を開けて座っていたのだが、それではだめだ。

「あれ、あたし何か間違ってた?」

すぐ隣の席に座った俺に、まさか自分の作業手順が間違っていたのではないかと慌てる美鳥。
わたわたと手元の分解された魔導書のパーツをひっくり返す姿は、やはり愛らしく──

「いや、そうじゃない」

そうだ、そんな事は問題では無い。
この距離でなければ、美鳥の身体に手が届かないから、俺は距離を詰めたのだ。

―――――――――――――――――――

「へぁ?」

お兄さんからの想定外の接触に、あたしは思わず間抜けな声を上げてしまった。
任された分の修復のノルマをこなして時間を余らせていたお兄さんが、隣に座ったと思ったら、脇の下に両手を廻し、一息にあたしを膝の上に移動させてしまったのだ。

「お、おにいさん?」

あたしの声に答えず、お兄さんは脇に差し込んだ手を滑らせ、あたしの身体に這わせる。
右手はお腹に、左手は胸に。
身体のラインを確かめる様に手で、指先で、服に皺も出来ないほどの柔らかな手つきで、お兄さんはあたしの身体をなぞっていく。
鳩尾からか肋骨に移る手。その指に少し力が加わり、薄い肉に覆われた肋骨を一本一本確かめながら、下に降りて行く。
左手は胸のふくらみに宛がわれ、やわ、やわと、柔らかさを確かめる様に指を押し込んでくる。

「んぅ……」

もどかしい手付きに、思わず身を捩じらせる。
でもお兄さんの腕の中に、膝の上に居るこの体勢から、あたしは積極的に逃げるという考えを持つ事は出来ない。
こうして全身でお兄さんの体温を感じるのは、随分と久しぶりな気がする。
お腹に移動した手が、シャツを捲り潜り込んできた。
じっとりと汗ばんだ肌を、お兄さんの指先が触れるか触れないかの微妙なタッチで撫ぜる度、あたしは電流でも流されたかのように身を撥ねる。
お兄さんの手に触れた個所が、熱い。焼けた鉄を押し付けてもこうはならないだろう。
それでも、お兄さんの手は決定的な場所には決して触れず、執拗に、優しさすら感じる手つきで、あたしの身体に熱だけを籠らせていく。
何分、十何分、何十分? 何時までも終わらないんじゃないかと思えるほど、時間が長く感じる。

「っ……は、ぁ」

吐息が漏れる。呼吸なんて必要ないのに、息が苦しい。
酸素なんて必要ないのに、酸素が頭に回っていない人間みたいに、頭がぼうっとする。
耳元で、しゅる、という、小さな紐が擦れ合う様な音が聞こえたと思ったら、髪を掻き分けられた。
お兄さんの触手だ。うなじに触れる先端の感触がこそばゆい。
この触手で、何をされてしまうのだろうか。どこに触れて貰えるのだろうか。
何本も何本も束ねられたこれを入れられて、子宮の中を掻き混ぜられてしまうのだろうか。
細長いこれをお尻につぷつぷと出し入れされるのも好きだ。くにくにくにくに弄られて、開きっ放しになったら、指で更に広げておねだりしたくなってしまう。
エロゲとかで勉強して、とびっきり下品な惨めでいやらしい挨拶を考えてきたのに、きっとうまく言えなくて、舌っ足らずにしかお願いできないかもしれない。
お兄さんの事だから、いじわるして聞こえないふりとかしてくれるから、そしたら行動で示そう。
お尻を指で弄くりながら、口だけでお兄さんのを気持ちよくしてあげるんだ。
臭いも味も無くなるまでしゃぶったら、いっぱいいっぱい出してくれるかな。頭を掴んで、おもちゃみたいに扱ってくれるかな。
それでそれで、お腹の中がちゃぷちゃぷ言うまで呑ませてもらえたらいいな。

「え、へぇ……」

お兄さんが、あたしを徹底的に玩具にして遊んでくれる。
そう考えただけで、あたしはもうとろとろになっている。
今すぐ、あたしのお尻の下で堅くなってるのを入れられても大丈夫なくらい、いや、入れられたらきっと駄目になるくらい、それくらい準備万端。
でも、お兄さんは相変わらず大事なところには触れてくれなくて、

「ゃ……ぁ」

掻き分けられた髪の毛の下、うなじに、耳に、何度も何度も優しくキスを落としてくれる。
それが終わると、掻き分けられた髪に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いできた。
大丈夫かな、さっきからずっとカビ臭い古本ばっかり弄っていたから、埃っぽくなってないかな。
いや、そんなことよりも大事なことがある。
それを伝えたいのに、あたしはお兄さんのなでなでと、これまでの妄想でもう呂律が回らなくなる処まで来ていた。

「お、おにぃ、さ」

身を捻りお兄さんに顔を向け、声を出そうとしても、途切れ途切れにしか言葉にならない。
目が霞んで、口の端からはだらしなく涎が垂れてしまっている。
そんな、下品極まりない表情をしているのに、あたしを見るお兄さんの顔は優しい。

「どうした?」

囁く様な問いと共に、胸から手を放し、あたしの口元から垂れる涎を指で拭い、半開きの口をこじ開けて指を侵入させる。
あたしは思わず、口の中に入ってきたお兄さんの指に舌を絡めた。
汗でほんの少しだけ塩辛い指を何度も、舌全体で包み、しゃぶりあげ、すする。
直ぐに塩辛さは抜け、お兄さんの指の、肌の味が口の中に広がる。
お兄さんも指を動かし、爪で舌を掻くように擽る。

「ふぅ、ふぅ……」

嫌だ、これじゃ、こんなのじゃ、満足できない。
こんなのは、やさしすぎる。
あたしは、あたしはもっと、

「どうして欲しい?」

「ふぇ……?」

口の中から、指が引き抜かれた。
ふやけた指に付着したあたしの唾液が、つぅ、と銀色に輝くアーチを作る。
そのいやらしい輝きに喉を鳴らし、息を整える。
お兄さんの手の動きも止まっている。落ち付かせるだけの間を貰い、慎重に考える。
どうすれば、もっと『して』貰えるのかを。

「お、お兄さんは、どうし、ひあぁああ!」

唐突に、胸を強く絞りあげられた。
握りつぶされるのではないかという程の力で、胸の肉を掌で潰され絞られ、先端を人差し指と親指で千切れそうな程捻り上げられる。

「──っ、────っ!」

突然の、待ちに待った、不意打ち気味の強い刺激に、お腹の底から熱い何かがせりあがって、声が出せない。
パンツの中で、ぷし、ぷし、と音を立てて暖かい液体が噴き出したのが分かる。
もうぐしゃぐしゃだったけど、これでズボンまで駄目になった。
濡れたズボンで帰らなきゃならないのかな。ぞくぞくする。

「なぁ美鳥、もう一回だけ教えてくれ。どうして欲しい? 何をして欲しい?」

「あ、あぅ……」

とびきり意地の悪い顔でお兄さんが笑っている。
お兄さんの指が頬に触れ、何かを拭う。いつの間にか涙をこぼしていたらしい。
優しい。でも、あたしが答えに迷っていると、お尻にぐり、と、硬く、熱いモノを押し付けてくる。
ぐり、ぐりと押し付けられる度に、ズボンの中がぐちゃぐちゃと音を立てて、こんなの、生殺しだ。
ごくりと唾を呑む。
言えば、して、貰えるんだ。

「お、お兄さんの……で、あたしの、ここ」

腰をくねらせ、場所を教える。

「いっぱい、虐め──」

「おーい、アーミティッジの爺さーん、居るかー?」

入口の両開きのドアが立てる大仰な音と間の抜けた呼び声。

「なんだ、居ないのか? 不用心だな……」

小さな呟きも静かな図書館の中だとよく響く。
こんなんで大丈夫なのか、警備とかしなくていいのか、そんな呟きもはっきりと聞こえてくる。

「……まぁ、次の機会ということで」

お兄さんは苦笑と共にあたしをホールドしていた腕を外し、隣に座らせ直した。
さっきまでの桃色の空気は綺麗に吹き飛び、あたしの中の熱が消えていく。
いや、熱は違う形で残っている。
脳をじりじりと焼く炎が燃えている。
でも、燃え盛るだけじゃない。あたしの中の冷静な部分が、その熱に指向性を持たせている。
理性で感情を乗りこなし、昂る魂を魔力と融合させ、精錬、精製する。
そう、これこそ魔術、これこそ力の顕れだ。

「そうか……」

あたしは乱れた着衣を瞬時に直し、声の主の居る方へと歩き出す。
右手に剣を、左手には魔導書を、瞬時に生成する。
今まで生きてきた中で最速かもしれない。
でも、いまはどうでもいい。
そうだ、いまかんがえるべきは、そんなことじゃあない。
そうだろう?

「これが、怒り……、か……!」

大十字、九郎!

―――――――――――――――――――

○月○日(あなたは大十字のニトロ砲を輪切りにしてもいいし、切れ目を入れて縦に裂いてもいい)

『無論、事件に発展しても自己責任であり、俺は何一つ責任を負う事は出来ない』
『あの日は大変だった。美鳥が半べそ掻きながら大十字に切りかかり、今後の展開に必要ない部分を切り落とそうとしたのだ』
『流石に出会いがしらに自分と息子を泣き別れにさせた相手は印象が悪いだろうと思い、ギリギリの所で止めに入っておいた』
『……美鳥の剣を受けた俺のグランドスラムレプリカ(魔術理論応用版)が一瞬にして腐食し、ぼろぼろの刀身から何故か蛆やら毒百足やら何やらがわらわらと湧きだしたあたり、美鳥の本気さ加減が窺えると思う』
『後で思いついたのだが、あそこはあのまま斬らせてやっても良かったのかもしれない』
『あんな腐食性の高い魔術を使われたら、生身の人間なんて生きたままグズグズのゾンビに成り果てて一巻の終わりだ』
『そうなれば、いつもにこにこ大十字のことを観察できる位置に這い寄っている何者かが時間を巻き戻して、文字通り『無かったこと』にしてくれた筈だ。そうでもしないと無限螺旋終わらないし』
『まだ『ド・マリニ―の時計』を本格機動した事も無かったし、手本となる本格的邪神パワーを見せつけて貰うのもいいだろうと思うのだが、それはしっかりと魔術の基礎を固め、大十字を斬り損ねた時に敵にまわりそうな教授をどうにか出来るようになってからでいいだろう』
『今回は少しばかり暴力的な出会いになってしまったが、どうにかこうにかそれなりに友好的な位置に立てたと思うので、巻き起こる騒動をポップコーンでも食べながら見物させて貰う事にしよう』

追記
『帰り道でも美鳥がぐずぐず泣いていたので、姉さんと一緒に一晩かけて慰めてやった』
『三人でのプレイは初めてだったが、面白い具合に美鳥が総受けに収まる事で何もかもうまく行ったのは、予想通りと言えば予想通りだろう』
『いかに家族とはいえ不純かとも思ったが、何時も俺とする時は出さない様なSっぷりを美鳥相手に遺憾なく発揮する姉さんも素敵だったので気にしないでおく事にする』

追記の追記
『三人でエロい事してる間に、大十字は初の巨大ロボット戦を体験し終えてしまったらしい』
『今回も初期機体はアイオーンとの事だ。先は長いようなので気楽に行こう』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

南極近海、デモンベイン専用輸送艦。

「あー……」

俺は口に煙管を咥え、うろんな目つきで空に佇む巨大な門を眺める。
声と共に二酸化炭素を吐き出し、酸素を取り込むために息を吸い、ついでに煙管も吸う。
苦い煙の味、ではなく、すーすーとしたハッカの味が口いっぱいに広がる。

「これ、ラベンダー詰めたらいけるかな……」

どうでもいい事を呟きながら、先ほど全工程が終わった二周目の事を思い出す。
思い出す、思い出す、思い出──
ええと、ほら、なんかあったよ、一周目との違い。学術調査以外で。
さっきは大十字に気の利いた事が言えない代わりに芋サイダーやったし、それ以外にも、ええと。

「アイオームかっこよかったなぁ」

顔以外は。
前回は何だかんだで楽勝だろうとあんまり巨大戦は見て無かったから、かぶりつきで見るのはこれが初めてだったんだよな。
アイオーンの偽物に、奪った記述やらそこら辺から盗み出した魔導書やらで魔導兵装も使いこなせるとか、デモンペインよりも厄介なんじゃないだろうか。
正直、二周目の感想はこれに尽きる。というより、それ以外に特に印象に残った場面が無い。
ダゴンとか破壊ロボとかは一周目の時点で楽勝だったから特に修行の成果が出せた訳でも無いし、イベントも一周目で見た様なのばっかりだから新鮮味に欠けるし。
そもそも、アル・アジフが来てからは魔術の修行もシュリュズベリィ先生が居ないから魔導書を読みながらの復習しかできなかった。
しいて収穫を挙げるとすれば、姉さんとの夜のあれこれに更にバリエーションが増えた事だろうか。
美鳥という第三者が居る事により新鮮味が増したというか、これから増えて行きそうな特殊プレイとか想像すると自然と心が春色夢気分というか。
見られながらという新たなシチュエーションで姉さんが恥ずかしがるのもいい感じだ。
なんかもう其れだけで千周くらいは持ちこたえられそうな予感がする。

「はぁ……」

そこまで考えて、溜息。
懐に忍ばせていた文庫魔導書を取り出し、ぱらぱらと内容を流し読みする。
暗唱できるどころか、何ページの何文字目は何? と聞かれても完璧に答えられる自信がある。
内容もしっかりと理解している。一つ一つしっかりと人に教える事が出来る自信もある。
なのに、機神招喚が上手く発動しない。
魔導書が悪い訳でもない筈だ。
実際、他の記述はほぼ全て完全に制御できるし、姉さんはこれのコピーで500メートル級の神々しいアイオーンを鼻歌混じりにダース単位で招喚してみせた。
そこまで非常識な真似ができる様になりたいとは言わないが、そろそろまともに招喚できるようになってもいいんじゃないか?
特にアイオーンとか、才能無くても命を削れば招喚できるのが売りだと思うのだが。
本当にもう、合計で四年以上も修行してるのに召喚出来ないとか、一周目と二周目とはなんだったのか。

「いいや、帰ろ帰ろ」

姉さんと美鳥を掃除機の上に待たせっぱなしだし、これ以上ここに居て何か得る物がある訳でも無い。
先は長い。それこそ、この四年間が霞んで見えるくらいの時間がある。
もう六年、五周目まではミスカトニックで、シュリュズベリィ先生の元で頑張ろう。
それでも駄目だった場合は……、その時に考えるという事で。




三周目以降へ続く
―――――――――――――――――――

よく来たな、読者の人達……、待っていたぞ。
読者の人達よ……読み終えた後になるが一つ言っておく事がある。
貴方達はこのSSの作者がややエロいシーンを書くには何かしらの理由や設定のこじつけが必要だと思っているかもしれないが、別に無くても書く。
そして本番のシーンは投稿するとXXX板行きになってしまうので、本編から切り離してPCの秘密フォルダに格納しておいた。
後はこのどうでもいい後書きを読んでうっへりしたり読み飛ばしたりするだけだな、ははは……。

そんな感じで、ダッシュで二周目を終えた第四十一話をお届けしました。
別に打ち切りになる訳ではないので誤解の無きよう。

最近気が付いたんですけど、自分二週くらいかけて一話書くじゃないですか。
するとですね、前半書いてた時に『あーこれどうするかな。いいや、後書きで補足するから書いちゃえ』みたいな事を考えていた筈なのに、書き終える頃にはすっかり忘れてるんですよ。
今回も例によって例の如くです。
なんか前半の内容で言っておくべきことがあった気がするんですが、すっかり忘れてしまいました。
で、二、三話くらい経って読み直して『あ、これ説明しなきゃだめじゃん』みたいな気分になるんです。
でも偶に思い出せない場合もあるので、何か疑問があったらどしどし指摘お願いします。

保険としての自問自答。
Q、最後らへん、主人公とサポAIは図書館の中で何をしている?
A、絢爛舞踏祭スレを参考にして考えるならば、あれは間違いなくポーカーです。
Q、なんで主人公は唐突にサポAIに手を出したの?
A、なんとなく。早急にお姉ちゃん分を補給する必要があったので手元の予備で済ませたとか、最近かまってやれなかったから開いた時間でとか、むらむらしてついついとか、理由はご想像にお任せします。どれを選んでも酷いのは気のせい。
Q、エロくないね。描写がワンパターン。
A、エロ好きだけど苦手です。直接描写無しルールで更に難易度増してるし。
Q、シュリュズベリィ先生とかハヅキとかとの交流は?
A、どうせ三周目四週目五周目と同じ事やるから省きました。ミスカトニック大学初期修行編ラスト、多分次か次の次の話でやると思います。
Q、ラスト、いきなり南極戦後だけど、飛ばし過ぎじゃね?
A、むしろ飛ばさなさすぎだと思います。下手するとスパロボJ編以上の長丁場になりかねません。一度読んだ部分は高速スキップを計画的に利用しましょう。

しかし我ながら思うのですが、相変わらず原作キャラの影が薄いSSですよね。
どうにかしてシュリュズベリィ先生とかもっと喋らせたいんですが、実は彼のキャラが掴み切れないというか。
ハヅキも同じく。公式でのキャラ露出が少ないというか、生徒相手に講義以外の時にどう喋るかとか分からないというか。
色々ありますが、頑張りますのでできれば見捨てないで下さいませ。

ああ、それにしても、隠語連発伏せ字ぼかし無しのエロ話書きたい。
もちろんサポAI総受け主人公と姉のダブル超ドS責めでボロボロ泣きながらおねだりする感じの。
皆さん覚えてますか? もともとサポAIはエロシーンを書く時の汚れ役も兼任していたことを。
まぁ、健全SS書いてる作者がXXX作品に手を出すのは死亡フラグなので意地でも直接描写はしませんが。

今回もそんな感じで。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、
そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。

次回予告は予定の変更により検閲されました。悪しからず。


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