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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/18 05:27
強化ECSを展開、周囲の大気を操り俺の身体が発する音を消し、慎重に奇怪なフォルムの建造物の間を縫う様に移動する。
地に足は着いていない。周囲の大気を誤魔化せても、地面から伝わる振動で察知される可能性が高いからだ。
無論、今更普通の振動センサーや達人級の使い手に察知されるような雑な足運びをする訳も無いのだが、それでも消しきれない、通常では察知しきれないレベルの振動は残ってしまう。
そして、今の相手は間違いなくその振動をしっかりと察知しきれてしまう強敵。
石版からメモリースティック、あるいは人類ではそれが記録媒体だと理解する事すら出来ない様な奇怪な形式の図書、果てはUMDまで納められた本棚の影に潜み、脳内にマップを思い浮かべる。

(堂々としたものだ)

スパロボ式俯瞰マップ。
これは通常、物理法則いや、世界法則にしたがっている程度の相手にしか通用しない。
全く異なる法則を持った世界を十や二十程度体験した相手であれば、あっさりとこのマップから抜ける手だてを思いついてしまうだろう。
が、敵は真正直にこのマップに映り続けている。
時折ふらりふらりと気まぐれに移動を繰り返してはいるものの、標的がマップから姿を消す事は無い。
打てるものなら打ってみろ、当てられるものなら当ててみろという余裕があるのだろう。
確かにこの戦いの主旨はそれだ。
俺の攻撃を届かせる事が出来るか、今現在の俺の最大級の攻撃を撃ち込み、その実際の威力を確かめる。
その為、基本的に敵は此方の攻撃を回避しないし防御もしない。
その上、敵は戦闘形体ですらない。サンレッドで言えばTシャツ装備であり、バトルスーツの着用すら行っていない。
対する俺は強化型ブラスターテッカマン形体、強化型次元連結システム起動済み、金神の力も全開放、クロックアップ済み。並の主人公補正持ちやラスボス補正持ちならば力技で潰し切れる超本気モード。
が、しかし。この状態ですら俺はあの敵にダメージを与える自信が無い。それだけの覆し難い実力の差が、俺とあの敵の間には横たわっているのだ。

御釈迦様と孫悟空、などというレベルですらない。
この思考すら読まれている、完全に予想されている可能性だってある。
当然、読心術を使う相手への防御手段として、この思考を含め、俺の脳内の思考は全て火星遺跡とガウ・ラのメインコンピュータの演算能力を駆使し複雑な暗号化が行われており、金神の持つ超能により思考防壁も形成している。
が、それらの手妻とは関係無い部分で俺の思考は読まれる可能性があるのだ。
そして、俺が繰り出すであろう攻撃を予測した上で防御する必要が無いと考えている。
力の差を考えれば仕方が無いのかもしれないが、少しばかり悔しいものがあるのも確かだ。
多くの(他人の)犠牲の元、屍を踏み越え喰らい(無許可)ながら今日まで自分を強化してきているのだ。
これでも少なからぬ矜持という物が無いとはっきり言いきるには難しいのではないかと頭の隅をよぎる程度には存在しているかもしれない。
どうにかして、少しでもいいからダメージを与えてみたい。

そこで翻って考える。俺の最大威力の攻撃とは何か。
候補その一、プラズマ火球。
基本装備であるプラズマ発生装置は、俺がバージョンアップする毎にその性能を上げている。無限熱量とまではいかないまでも、洒落抜きで太陽の中心核程度の温度のプラズマ球を連射する事が可能だ。
余り捻りの無い攻撃ではあるが、それ故に単純な威力に優れ、何より初期装備であるが故の高い信頼性がある。
候補その二、烈メイオウ攻撃。
原子を破壊し消滅させる問答無用の大量破壊攻撃。処刑用BGMがどこからか流れてきかねない超威力。本編中で防がれた事は一度も無い。
このフィールドでも異次元との連結は問題無く可能であり、全方位攻撃なのである程度接近した状態からならば確実に当てて行く事ができる。
候補その三、ブラックホール攻撃。
マイクロブラックホールによる高重力の渦と、ブラックホール蒸発によるガンマ線バーストの二段構えの攻撃。

これら三つの攻撃の内、俺は三つ目を担当する手はずになっている。
マップを確認、光を屈折させて敵の位置を視認する。やはり移動していないし何かしらの防御を行おうとしてもいない。
再びマップを確認する。
マップのほぼ中心に位置する赤いマーカーと、それから少し距離を置いて赤いマーカーを囲い込む、俺を含んだ青いマーカー、クロックアップで最大倍率まで加速し、全ての精神コマンドを発動した、完全戦闘モードの俺の集団。気力は一人残らず150。
一人残らず美鳥と完全融合し、文字通りの全力全開。
一人一人の俺が常に思考を同期する事によりこれ以上無い程の完璧な連携が可能なのだ。
……もっとも、間違いなく防御も回避もしないような敵相手には無意味な連携なのだが。

一番手、敵の固定を担当する俺が突撃、少しだけ遅れてプラズマ火球担当の数人の俺が追う。
固定担当がランダム転移を挟みながら接近し、敵の手首足首の辺りに何かを噴き付けると、噴きつけられた空間が黒ずみ、空間に固定される。
超高重力による限定的な時間停止、金神の超能を科学の力で制御する事によって初めて成功する技の一つ。部分的に時間の流れが止まり固定されている為、無理に動こうとすれば固定された部分が切断されるというオマケ付き。
ラースエイレムの様に、時間停止中でも破壊可能という訳のわからない止め方では無く、時間停止している部分は理論上破壊する事が不可能だが、その分強度は折り紙つき。
しかしこの時間停止というある意味では絶対の枷も一瞬の時間稼ぎにしかならない。経験上、この敵は時間も空間も因果律も無視しようと思えば幾らでも無視出来る。
それでも僅かばかりの時間稼ぎには成り得た。敵は少しだけ目を見開き驚きの感情を顕わにしている。
そして、その驚きの表情を薄い笑みに変え、離脱しようとしていた固定担当の俺に『時間の静止した空間を引き裂きながら』掌を伸ばす。
固定担当はその掌から逃れる事が出来ず、掌が触れた瞬間、ナノマシンの一欠けも残さず爆散、消滅した。
今の俺ではあの敵が繰り出す戯れの様な一撃にすら耐えきれない。どのような攻撃だったのかも知覚不能。
不屈と愛の中のひらめきを抜いたなら、覚醒にも似た技能を用いて精神コマンドを掛け直す前に三度攻撃したか。
……正直、そんな小難しい理屈抜きでただそれらの守りを力技で貫いた、という可能性が一番高い。
が、これも想定内だ。固定担当を爆散させた敵は、既に五人のプラズマ火球担当俺に囲まれている。
直径二メートル程の小型太陽が合計五つ、敵の身体に叩き込まれる。
自分で生み出した複数のプラズマ火球の熱の余波を受け、しかし不屈とひらめきの効果で無傷の五人の俺。その後方に控える数十のメイオウ攻撃担当俺。
しかし、後方に退避途中のプラズマ火球担当五人が一瞬で縮退し消滅した。何らかの特殊能力を使った訳では無い、おそらくは握撃の一種だろう。
ブラスターテッカマンより数倍頑丈な俺を空間ごと握り潰す程の握撃。余波でメイオウ攻撃担当が半分に減った。
残った半分の俺が時間差烈メイオウを発動する。フィールドが原子消滅の光に包まれる。
全方位攻撃なので余波が来た。ひらめきで回避、続いてきた第二波を不屈でしのぎ、精神コマンドを掛け直しながら突撃する。
突撃の最中に追い抜いたメイオウ攻撃担当は残らず息絶えている。これは本当に死因が分からない。事細かに描写しようとすればSAN値ががっつり減りそうな有様だ。
SAN値-9程度の頭の狂った天才彫刻家が作り出した前衛芸術の様な自分の死体を見て、これまでのトリップの情景が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

燃える村を遠くに望む山中で腕を切断され覚醒、初めての殺し合い、砕かれる身体と再生する身体の立てる音、鳥肉の焼ける臭い、砲撃で吹き飛ばされ、欠損を埋める為に魔物の肉を取り込み、姉さんに抱きしめられた。

廃教会を改装したねぐら、食事の席のジョセフの仏頂面、バイト中のエロゲショップにこっそりと入店してきたマレク少年、ゴミ捨て場でPCのジャンクを漁っていたヨハン少年、布団に潜り込んでいた初期美鳥、無改造ボウライダー、赤い地球。

目を離した隙に他の二人のナノマシン入りお菓子を半分ずづ食べていたメメメ、車田飛びして頭から地面に直撃するサイサイシー、MSのジャンク、葎の仮面コレクション、美鳥バージョンアップ版(変更点:とにかく強くなった)、途中まで弟分だった統夜、報われ無さそうな薬用石鹸、お菓子をねだるメメメ、こっそりふりふりドレスを試着するフーさん、俺の攻撃で砕け散るスーパーロボット軍団、黒いボウライダーのコックピットにブレードを突き立てた統夜の少しだけ辛そうな表情。

駅弁、ラブホ、鰻の雑炊、鹿の群れ、三十三間堂チキンレース、和ゴス姉さんの太ももと尻のライン、なんか妙に強かったリョウメンスクナ、少し畏まったツインテのおさる、白くて細長い卑猥な生き物。

死体蘇生、金神との接触、何時の間にか解決してる装甲教師事件、白濁した芋臭い炭酸飲料、見様見真似天座失墜(偽)、死体回収、早朝ろくはらじお、魔改造、フーさんとの別れ、ラスボスとのガチバトル、文明堂のカステラ、蜘蛛正のおしり、治療、正気を取り戻した素の湊斗光。

最後に、少しだけ成長したラスボス臭い衣装を着こんだロン毛のメメメが笑顔でおいでおいでしている光景が浮かんだ。
何故かメメメが川の向こうに居たり、川原で子供が石を積み上げているとか、不思議な幻覚だ。深く考えない方がいいだろう。
十三階段を全力で駆け上がる死刑囚の心地。
ランダムワープを繰り返し、敵の懐に潜り込み、接触するかしないかといった距離へ。

「この距離ならバリアは張れないな!」

無論、ここまで敵はバリアどころか防御すらしていない。いわゆる強がりである。
敵の腹部──エプロンのポケットに接触した拳から肘までを構成するナノマシンを切り離し、一つ残らず重力崩壊させ、素早く位相の違う空間に逃げ込む。
物理干渉が不可能な位置から、元居たフィールドの光景を覗きこむ。
一瞬黒い渦で満たされた後、爆発。
何処の宇宙のものとも知れない本棚や書物は頑丈な物を覗き消滅し、後にはほとんど何も無い更地のみ。
敵の姿は見えない。

「やったか?」

ダメージは入らなくとも、回避行動を取らせる事ができたなら大躍進で──

「残念、それはやってないフラグよ」

背後から響く声、敵だ。
即座に振り向いた俺の目に飛び込んだのは、指打ち──デコピンの形を取る細くしなやかな指と、傷一つ無い敵──姉さんの笑顔。
次の瞬間、姉さんのデコピンにより、俺の頭は綺麗に吹き飛ばされた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「もう少し行けたんじゃない?」

「無茶言わないでよ姉さん……」

「あれが現状できる最大攻撃だと思うけどなぁ」

殆ど更地になった訓練室を出て、美鳥と分離してシャワーを浴び、昼食を採りながらの反省会。
姉さんはあと一歩で身体に届いたと言うが、そもそも姉さんの着ていたセーターやスカート、エプロンに至るまでかすり傷一つ付いていないというのが、今の俺と姉さんの実力差を如実に物語っている。
いや、全くダメージが無い訳では無い。俺には見分けが付かなかったが、腕二本を犠牲にしたマイクロブラックホール・クラスターの直撃を受けて、エプロンのポケットの糸が少し解れたらしい。
……言われてみれば、少しだけ端の方の糸が切れている気がするが、言われなければ気付かない程度のダメージだろう。しかも姉さんの本体ではなく、姉さんが着ているだけの普通の服だし。

「むー、でもお姉ちゃん、攻撃法とかもうちょっと工夫できたと思うの。最後の〆にしても、もう少し広範囲にばら撒くとか」

「そりゃ、普通にMB(マイクロブラックホール)の高重力か蒸発時の爆発でダメージが入る敵ならね。姉さん相手に単発のMB弾を撃ち込むとか、牽制にもならないし」

「分体数人丸ごとMBの材料にすればまた違ったかもしんないけど、お姉さんの防御力考えれば焼け石に水ってやつかな?」

流石に、糸が解れた程度のダメージをエプロンのボタンが一つ取れた程度のダメージにする為にそこまで力を振り絞る気にはならない。
これまでのトリップ先を散々食い物踏み台にして強くなっている筈なのだが、どうにも姉さんには指先すら引っかからないのが現状だ。
大分下を作ってきたつもりだが、上を見れば切りが無い、と。
が、そんな俺と美鳥の現実的な意見に、姉さんはサツマイモの天ぷらを摘まんだ箸先を左右にちちち、と揺らし否定する。

「二人とも、そんなネガティブな考えじゃだめよ? かけた水で砕ける焼け石だってあるわ」

「むぐ」

そんな返し方をされるとは思わなかったが、咀嚼している最中なので言い返す事ができない。
だが考えてもみて欲しい、ここで言う石は姉さんであり、水は俺の攻撃である。
力の差からそれぞれのサイズと量を考えれば、焼け石は山ほどもあるサイズのヒヒイロカネで、かけられる水の量はせいぜい子供用の象さん如雨露程度だろう。
こういう時に助け船を出すべき美鳥はにやけ顔で蕎麦を啜りながら俺と姉さんを眺めている。こっち見んな。
最近の姉さんは少し厳しい気がする。そりゃ、模擬選のラストは目標のレベルを下げてしまったけど、敵の強大さを考えればそれは仕方の無い事ではなかろうか。
姉さんは自分の火力と装甲と速度と諸々のステータスの異常さについて少しだけ考えなおすべきだと少し思う。
俺が口の中の物をつゆで流し込むのを見計らって、姉さんの追撃。

「大体、神様属性を手に入れたら作る予定だった奉仕種族とか眷属とかの話はどうなったの?」

「いや、それは──」

答え難い質問だ。目を逸らしつつ、平静を保つためにもう一口つゆを呑む。
うん美味い。美味いけど、少し物足りないな。卵と大根おろしでも入れてみるか。

「奉仕種族の材料の管理を任せた眷属候補に顔を会わせ辛いんだと思うけど、気にし過ぎじゃないかなーってあたしは愚考する次第だよ」

「ごふッ!」

現実逃避の最中に美鳥が俺の代わりに答えてしまった。
驚きで胃から逆流した麺つゆが気管に入った、咽る。

「え、その眷属候補ってあれ? 卓也ちゃんが薬盛って餌付けして飼い慣らして誑し込んで騙して使い捨てた金髪の女の子?」

「イエェェス、金髪淫乱巨乳の三大要素が盛り込まれたみんなの○ナペット。あ、一応材料管理と秘密の演算とか任されてるから捨てた訳じゃないと思う」

「ぶっ」

会話の内容の酷さに鼻から勢いよく蕎麦が一本飛び出た。少し痛い。
姉さんの言葉はともかくとして、美鳥の意見は頷けない。
金髪巨乳はともかく、淫乱だったかは確認していないし、そもそもみんなのという枕詞を付けるにはメメメの薄いエロ本に対する普及率は、同シリーズの銀髪クマパンや自爆機能付きダッチワイフに比べかなり低い。
専門で描いているマニアックな所を除けば、精々がスー○ーボ○ッボ大戦とかぐらいではなかろうか。残り三ページです。
無論これは自分で調べた訳では無く、スパロボ世界から帰ってきてすぐの頃に美鳥が調べて俺に見せてきたのだが、美鳥の調査能力から考えてもそれほど間違ったデータでもないはずだ。
咽に咽まくって復旧できずにいる俺を見て、姉さんが口元に手を当ててにやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。

「え、あれ、もしかしてもしかして、卓也ちゃん照れてる? やっだもう女の子洗脳して肉奴隷とかトリッパー的に見たら若気の至りで済む話なのに、卓也ちゃんかわいー」

フォローしつつからかっているが、それはぶっちゃけトリッパー的に見ても黒歴史確定という事ではなかろうか。
姉さんの笑みを小憎らしいと思ったのは産まれて初めてかもしれない。
でも可愛い、可愛いのが小憎らしい愛らしいこのアンビバレンツな感情をどうしてくれよう。
しばらく咽たままでいると、美鳥が背中を擦り出してくれた。

「お兄さん、一回身体の中を全部潰して再構成すれば一瞬で復旧できるよ」

言われて気付く。戦闘時ならともかく日常の中だとやはり人間臭い失敗をしてしまう。
まぁ、それがなくなったらいよいよまともな社会生活が送れるか怪しいので、好ましいといえば好ましいのだが。
体内を再構成し、息を整える。
動揺してはいけない。俺がしたのは洗脳と餌付けまでで、あそこまで懐いたのは想定外の出来事、もちろん意図的に誑し込んだ訳では無いし、あそこまで便利に使うつもりもなかったのだから。
そもそも最初の予定ではあれ以降ナデシコの連中と接触する予定は無かったのだ。洗脳メメメの意思をはっきりと聞いたのもガウ・ラの中が初めて。
ほら、俺がハッキリと悪い事をしたのは洗脳と経歴詐称と裏切りとかつての仲間殺しと、あとは違法コピーなどの細々とした小事だけじゃないか。
それをなんだ、姉さんも美鳥も、まるで俺が18禁調教SLGの主人公張りの鬼畜エロス男の様な言い方で、曲解も甚だしい。
俺は融合捕食的な意味で女の子を食べた事は二、三度ある(死体含む)が、性的な意味で食べたのは姉さんと美鳥だけだ!

「ふふふ、卓也ちゃんが何を考えてるかなんて、お姉ちゃんには丸っとお見通しよ。あえて突っ込まないけど」

「うん、突っ込み入れると話がループするからここまでにするべきだぁね」

「俺としてもここで話題を変える事に関してはどちらかと言えば大賛成」

正直な話、メメメと材料どもは全力で放置しておきたい問題でもある。
肉体をサイトロンに適合させるのに使われたナノマシンを除いても、メメメの脳内に残留するナノマシンは俺への好意を増幅させ続けるには十分な量なのだ。
そして下手をすれば、ナノマシンが脳の構造そのものを完全に改造しているかもしれない。
そうするとどうなるか。ナノマシンに依らず、脳の一部に組み込まれた機能により、只管に俺への好印象が増幅され続け、最終的にどうなってしまうのか。
……再びあの世界にトリップした時、姉さんの言を信じるならば、あの世界では二、三年程度の時間が流れているらしい。
ヤンデレている程度ならまだ可愛い方だろう。もし仮に、思考が正常なまま好意が増幅され続けているなら、
いや、想像すると現実になるというし、この思考は無しだ。

―――――――――――――――――――

昼食を終え、三人で食器を洗い、再び居間でくつろぐ。
俺は朝の早い時間帯に仕事を終えたので時間は有り余っているし、美鳥はバイト先が臨時休業である為に暇を持て余し、姉さんはいつも通り一日中自宅警備。
三人ともてんでバラバラに好き勝手時間を潰しながら、居間のそれぞれの定位置でリラックスしていた。
暫く何をするでもなくテレビを眺めていると、カーペットの上で座布団を折り曲げ枕にして寝転び漫画を読んでいた美鳥が口を開く。

「そーいやさー、今日の訓練室は一体どこがモチーフだったん?」

「あ、それは俺も思った。図書館が舞台になる作品?」

なんかそんな作品があった気もするが、俺は話に聞いただけで読んだ事が無い。
原作知識を用いて事を有利に運んでパワーアップする以上、メインで活動する俺か美鳥が知っている作品であるべきだと思うのだが。
ああ、そういえば最近流行りの東方でも図書館がステージになる事があったか。
だがあの作品は設定に自由度があり過ぎるせいで、酷い時は自重しない黒歴史設定U-1ですらまともな戦いにならない場合があるらしいし。
かと言って変に自重した設定だと今度は取り込む旨味が無い。
……正気度や魂を削ったりしないライトファンタジー系の魔法なら、ネギを取り込んだから魔導書さえ手に入ればどうにでも習得できるし、こっそり図書館に忍び込む程度なら面白そうだが。

「んーん、一応次のトリップ先で出てくる場所だけど、実際にあそこで戦う事は無いと思うわ」

ソファにだらしなく伸びながらノートPCを弄っていた姉さんがモニタから目を離さずに応える。

「なんでそんな場所をステージに?」

今までは一応戦場になりそうな場所を舞台に片端から練習した。
が、それでも戦場になる可能性の低い場所は、これこれこういう地形よ、という説明だけで済ませていたのだ。
俺の問いに、やっとモニタから目を離した姉さんが瞼を閉じ、目元を指でほぐしながら答える。

「いっつもビル街とか採石場とか地下大空洞とか密林とか市街地だと飽きるでしょ? 卓也ちゃんも美鳥ちゃんももう地形適正は全部Sになったも同然だし、気分転換よ気分転換」

「ふーん」

そういうものだと納得しておこう。経験しておくに越した事は無いのは間違いない。
考えてみれば、物陰に息を潜めて隠れて戦うなんてシチュエーション自体希少だった訳だし、いい経験だ。

「で、結局その戦場にならない図書館はどこよ?」

「えっと確か、プレアデス星団の──」

姉さんが美鳥の問いに答えようとしたところで電話が鳴った。
こんな真昼間に掛かってくる電話と言えば保険か宗教か通販か不動産関係と相場は決まっているが、流石に無視する訳にもいかない。
姉さんはソファ、美鳥はテーブルを挟んで向かい側、ソファの対面にはテレビがある。
俺から見て姉さんの座るソファは右手側、テレビは左手側。
姉さんの座るソファから見て、電話はテレビの左側に設置されている。
ここでクエスチョン、一番早く受話器をとれる位置に座っているのは誰でしょう。
※ヒント、俺から見て左側から喧しい音が響き続けています。

「と、考えている間にも23秒が過ぎてしまった」

無論、この二十三秒の間に受話器を取る為に動こうとした者は俺含め一人も居ない。

「これで切らねぇんだから気合入ってる勧誘だよなー」

既に美鳥の中ではこの電話の主は勧誘で確定してしまっているらしい。

「卓也ちゃん、よろしく」

「うぃ、むしゅ」

ムシューは男性への敬称だったかと思ったが、細かい事なので気にしないでおく。
斜め後ろに手を伸ばし受話器を上げる。
そしてすかさず落とす。

「間違い電話という事にしておこう。この家の没交渉ぶりは皆も良く知っているだろうし」

「さすがお兄さん、凄い決断だ……。だけど、嫌いじゃないわ!」

「まぁ、これでキレる相手なら知り合いに欲しくないわね。心は猪苗代湖の如く広く持たなきゃ」

三つの心が一つになった瞬間である。
今の俺達なら間違いなく研究チーム以上戦闘チーム未満の戦闘能力を発揮できる筈だ(当社比)。
でもゲッター線の意思だけは勘弁な。

「で、プレアデス星団のどこ?」

「そうそう、一言でプレアデス星団って言っても結構広いし」

少し目の良い人間でも、肉眼で25程度の恒星が確認できるプレアデス星団。当然実際の数はそれ以上だし、その恒星の数倍の惑星が存在するのだ。
正確な場所を知りたいとは言わないが、せめてどの恒星の第何惑星か程度の情報は欲しい。
戦う予定が無いとは言うが、予定は未定が世の理。座標を覚えておけば万が一の事態にも対処しやすい。

「だいじょぶだいじょぶ、ちゃんと恒星の名前も覚えてるんだから。確か、セラ──」

と、雑談を再開して直ぐに再び電話が鳴りだした。
即切りされても再び掛け直してくる辺り、この電話の主は少々粘着質なのかもしれない。
仕方ないのできちんと応対してみる事にする。

「はい鳴無ですが」

「あ、卓也君? ウチよウチー、ひっしぶりー」

女性としてはやや低めで渋みのある声でありながら、声質に実にマッチしないどこか脳天から声を出して居る様な印象を与える明るく軽い口調。

「なんだ、チトセさんか」

独逸人ハーフの千歳・アルベルトさん。
そういえばそうだ。新聞配達のバイトと実家の農作業の手伝いと同人活動で日々を過ごしているこの人も、この時間帯に暇を持て余している内の一人だ。
姉さんの同級生で、俺と姉さんの両親が生きていた頃から家ぐるみでの付き合いがある。
この人は朝早くに新聞配達を終え、そのまま畑で農作業をし、この時間帯はまだ眠っていてもおかしくない筈なのだが、一体どういう風の吹きまわしだろうか。

「なんだって、相っ変わらずひっどいリアクションね。句刻からの頼まれごとで徹夜までしたってのに、ウチってば報われないなー悲しいなー」

「姉さんの?」

「そ。てな訳で、ウチ、いま、すっごく眠たいから、結果だけ言うから伝言の方、よろしくー、っね」

チトセさんが受話器の向こうで何らかのポーズをとった事だけは感知できた。
少なくとも『ねっ☆』ではなく『っね』である事から溝ノ口発の真っ赤なヒーローが関係していない事だけは理解できたがあえて突っ込まない。
徹夜明けの人間特有の変なハイテンションはスルーするのが一番単純かつ現実的な対処法なのだ。

「じゃあ伝言いくよー、『一晩で現実来訪型デモベ最強オリ主成長SSなんて作れる訳無いだろこのダラズがっ』って、事で、おっやすみーっ」

ガチャンと一方的に電話が切られた。
この人も相変わらずのマイペースである、電話を一度一瞬で切られた事に関しても完全にスルーだったし。

「千歳から?」

「ん、『一晩で現実来訪型デモベ最強オリ主成長SSなんて作れる訳無いだろこのダラズがっ。て、事で、おっやすみーっ』だって」

しかし、頼まれる方も頼まれる方だが、姉さんはなんで態々チトセさんにこんな無茶な頼みごとをしたのだろうか。
チトセさんは安直なエロ本だけではなく、即売会では珍しい純粋文字媒体の同人誌、つまり小説でも頑張っている職人だ。
ジャンルはオリジナルSFから二次創作まで手広く扱っており、それらはコアな層からの熱烈な支持を得ているのだとか。
プロットを練りに練って、一話作るのに数百の推敲を重ねるというその凝り性ぶりから来る話の作りこみは精妙の一言、同人ゲーのシナリオを担当したりもすれば、一時期は有名作家のゴーストライターを務めていた事があるとか無いとかいう噂すらあるほどだ。
そして姉さんがそんな彼女に出した依頼の内容を鑑みる。
最強でありながら成長可能で、クトゥルフ神話体系御馴染の精神的な部分の問題を解決でき、しかもその主人公を現実から持って来なければならない。
無茶だ。現実にそんな人間が居るとしたら、俺や姉さんや美鳥、あるいはまだ見ぬ他のトリッパーでも連れてこない事にはどうにもならない。
きっと身寄りの無い苦学生とか、まだ病院に収容されていない精神病患者とか、そこら辺をどうにか加工して主人公に仕立て上げようと四苦八苦した筈だ。
……当然、凝り性なチトセさんが一晩でそんな無茶なSSを書き上げる事が出来る訳も無く、どうにかしてプロットを纏めようとして敢え無く破たんしたのだろう。
姉さんも酷なお願いをするモノだ。後で何かしら労いの品を送らせて貰おう。

「何その馬鹿みたいなお願い。ていうか、千歳さんはなんでそんなあっさり承ったわけ?」

呆れた様な美鳥の問いに、姉さんがノートPCを閉じながら、不敵な笑みを浮かべて応える。

「これまでの掛けポーカーやら掛け桃鉄のツケを全部チャラにしてあげるって言ったら一発よ一発。さ、卓也ちゃん、美鳥ちゃん。出掛ける準備をしてね? 軽い身支度程度でいいから」

電源を落としたノートPCを小脇に抱え立ち上がる姉さん。
余りにも前後の脈絡が無いその言葉に、俺は思わず問い返した。

「出掛けるって、いったい何処に?」

「『狩り』に行こうと思うの……、一緒に来てくれる?」

久しぶりの姉さんの上目使いのお願いに、俺は無言で頷く事しか出来なかった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

『狩り(ハンティング)に行こう!』

と、改造学帽を被った真顔の美鳥が、題字の様な物が描かれたスケッチブックを胸のあたりに掲げている。
因みに現在地は隣町の路地裏、ここまで珍しく大人しくしていたと思ったらこれだよ。

「……何してんだ美鳥、また頭が可笑しくなったか?」

「美鳥ちゃんの頭は基本的に常時可笑しいと思うけど」

「二人が何を言っているか分からないけど、今あたしが虐められてんのだけは理解できる。……で、この店で狩りをするの?」

スケッチブックを鞄の中に戻し学帽を投げ捨て、何事も無かったかのように目の前の店に向き直る美鳥。
俺達は今、隣町の駅前の路地裏、少し前までは本当に古い小さなビルと安いアパートしか無かった筈の場所に突如として現れた怪しげな店の前に居る。
怪しげだ。何しろ、先日まで工事していた気配すら無かったというのに忽然と現れ、しかも建物自体にそれなりの年季が入っているのだ。
が、まぁそれ自体は別に説明できない事も無い。最近は古い家屋から外壁を持ってきて新築の素材に使い事もあるというし。この店もその類なのだろう。
窓から内装を覗き見るに、おそらくは昔ながらの古本屋だろうか、古びてはいるものの妙に迫力のある雰囲気を醸し出すハードカバーが数多く陳列されている。
なるほど、こういう品を扱うのであれば、店の外見にもそれなりにハッタリを効かせたいというのも頷ける。
しかし、しかし、だ。

「姉さん」

「なぁに?」

「ここでトレジャー(レアなエロ本)をハンティング(物色)するのは少しばかりハイリスクローリターンというか」

見つかっても70年代アイドルのグラビアとかそんな、別の意味でのトレジャーしか手に入らないような気がする。
もしかしたら設置されているかもしれない投げ売りコーナーには旬の過ぎた芸能人の出演するAV程度は置いてあるかもしれないが、そのトレジャーには欠片たりとも用は無い。

「?」

可愛らしく小首を傾げられてしまった。
しまった、ボケが通じないせいで俺にダメージが反射してきた。
美鳥が肩を慰める様に叩いて同情の視線を向けてきた。お前はいいやつだ……、一緒にトレジャー探そうな。
気を取り直して、再び姉さんにここに来た理由を問いかける。

「結局、ここで何をハンティングするのさ」

「それはぁ、次のトリップの、そ・ざ・い♪」

パチンという音(幻聴)と共に、姉さんのウインクからハート(幻覚)が放たれ、避ける間もなく心臓を射抜かれた。
とんでもない不意打ち、俺は思わず『トリップ先は決まってたのに、その原作を持っていなかったのかよ』という突っ込みを中断してしまった。

―――――――――――――――――――

怪しげな古本屋に入店し、姉さんと俺達は別行動をとる事になった。
俺達も付いて行こうとしたのだが、どうにもその獲物を手に入れるには姉さんの単独行動の方がやり易いのだとか。
姉さんと別れてから暫く店内を歩き数分の時間が過ぎた頃、美鳥が本棚の中の本を何冊か引っ張りだしながら口を開いた。

「実際問題さぁ、ここにトリップ先に相応しいような作品が置いてあると思う?」

「さて、正直な話、無いとも言い切れなくなってきた、とは思うが」

「だね」

この古本屋、怪しげなのは外装だけでは無い。
外から計測した店舗の大きさに比べて、店の内部空間が『異常に広大に』なっているのだ。
外見の印象よりもずっと中が広い、などという生易しい話ではない。この内部空間を収めきれる店ともなれば、ここら一体の雑居ビルを一纏めに撤去しなければ建設する事など不可能だろう。
常人の目では、思ったより広い程度の印象しか得られないだろうが間違いない。
何よりも、試しに放ったネズミベースの隠密強化端末から情報が送られて来ない。
ネズミ捕りに引っかかるような間抜けでも無い。知能もそれなりに強化しているし、非感染型のペイルホースで強化もしてある。
トリップ先でならともかく、元の世界ではそうそう遅れをとる様な軟な作りはしていない筈なのだが。

「お兄さん、これ」

美鳥が本棚から取り出した数冊の本を差し出してきた。
その内の一冊を手に取る。

「学研の『魔導書ネクロノミコン完全版』か」

極々一般的な装丁のハードカバー、この町の図書館にも置いてあるし、本屋でも見かけた覚えがある。
昔、ニトロの切り開いたクトゥルフ神話の新境地を目撃した後に、興味本位で探した事もある。
そして更に二冊手渡された。ページを開き、内容を流し読む。

「これは」

「ん、こっちは『ソロモンの大いなる鍵』に『ソロモンの小鍵』、両方とも出版社が学研になってるけど」

内容を確認し終えてから本を返し、頷く。
ルルイエ異本同封のネクロノミコン完全版を除き、美鳥の言った二冊は、学研から出版された事実が存在しない。
しかもこの渡された三冊は共に、大真面目に魔術に関する理論を解説している。
有り得ないのだ。俺は以前に図書館で学研版ネクロノミコンを読んだ事があるが、間違いなくこの様なマニア向けを通り越してジョークアイテムにしかならなそうな、それでいてジョークとして扱うに真に迫り過ぎている内容では無かった。
そしてなにより、この三冊の雰囲気。霊的視覚で見ればはっきりと分かる、この暗色の気配。
精霊として活動する程の格ではないが、間違いなく『本物の』魔導書。
この世界では有り得ない存在。

「『何かお探し物でも?』」

唐突に、背後から声を掛けられる。
外観を維持したまま完全戦闘形体に移行し振り向くと、そこにはメガネをかけた、背の高い美人が居た。
胸元が大きく開いた扇情的なデザインのスーツに、形の良い足を強調する細いスラックス。
顔には妖しげな笑みを浮かべ、片手には簡素な造りの冊子を開いている。

「『はは、僕の悪い癖でね。ちょっとばかし無節操に集め過ぎちゃって』」

後頭部の高い位置で髪を纏めたその女性は、台本でも読んでいるような芝居がかった口調で言葉を重ねる。
いや、これは文字通りお芝居なのだろう。
女性が手に持っている冊子の──台本の表紙には『無限螺旋──来訪者【】の旅行記』というタイトルが記されている。

「『この中から目的の本を探すのは大変だろ。協力するよ……っと失礼。挨拶がまだだったね。僕はこの店の店長で、名前は……』」

「ナイアルラトホテップ……!」

……つまり、これも強制トリップの形なのだろう。
ゼロ魔なら光る鏡、型月なら第二魔法、リリカルなら次元漂流、汎用で光に包まれてやラベンダーの香りを嗅いで、などなどなど。
ここで捕まれば、俺達は呆気なくこの人が管理している世界に飛ばされてしまう。それも姉さんの庇護も無く、神殺しも割と当たり前に行われるインフレ上等な世界に、だ。
抵抗、できるのだろうか。
姉さん程の力があれば別だろうが、俺はまだ強制トリップの前兆すら掴めず、何時の間にかトリップしているという体たらく。
しかも相手は神の一柱。俺も一応神に数えられる存在を取り込んではいるものの、あれは力だけは強いものの、優れた智慧など望むべくも無い力の塊。
神の力を応用し、こういう搦め手の相手に対抗する手段も考えてはいるモノの、まだまだ未完成でこの場で使えるようなモノでも無い。
次元連結システムで逃走は、できない。他次元との連結に失敗してしまう。何度試しても変わらない。
ここは封鎖されている。今の俺と美鳥ではどうしようもない理屈を持って。

「……いけない、いけないな。まだ僕の科白の途中だっていうのに割り込むだなんて。あんまりせっかちだと、女の子に嫌われちゃうよ?」

手元の台本を閉じ、額に白く長い指を当て、やれやれと頭を振る女性店主姿の混沌。
その妖しい美貌に笑みを湛え、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。

「まぁ、いいか。何しろ僕らはこれから、ここから、長い、とても長ぁい付き合いになるんだ」

逃げられない。いや、目の前のコレから逃れても意味が無いのだ。
先ほどまでは、どこまで歩いても確実に窓の外が確認できたのに、何時の間にか四方が何所までも続く長い通路と本棚になっており、自分達がどこから来たのかすら分からない。
マップも機能しない。当然だ。ここは既に敵の腹の中。いや、ここにはそもそも時間や空間の概念が存在するのかすら怪しい。
美鳥が此方の手をぎゅうと握っている。強く握り返した。

「向こうに着いてから、ゆっくりと」

俺と美鳥に向け伸びる手、その向こうに見える、ただただ憎らしいだけの笑みを浮かべる顔が──

「ゆっくりと、どうするつもり?」

その背後から伸びてきた手に頭部を掴まれ、ぼきごきと音を立てて、180度ほど回転した。
首を有り得ない角度に捻じ曲げられた混沌はギクリと身体を強張らせる。
あくまでも仮の姿である以上、あの姿をどう破壊されても問題無い筈の這い寄る混沌、ナイアルラトホテップが、だ。
バシッ、という、精電気が弾ける様な音が響くと、首を捻じ曲げたままのナイアルラトホテップが、どさりと身体をくず折れ倒れこむ。
同時、空間のねじれが消え去り、異常な雰囲気の古本屋は何も無い廃墟へと様変わりしていた。
薄暗い廃墟の中、ナイアルラトホテップの首を捻じ曲げた女性──姉さんは埃を払う様に手をぽんぽんと叩き、倒れこむナイアルラトホテップの身体をサッカーボールでも蹴る様に足蹴にする。
肉を叩く重い音。見降ろす姉さんの視線は物理的な作用すら及ぼしそうな絶対零度の冷たさを湛えていた。

「私の卓也ちゃんをどうにかしようなんて、身の程を知りなさい、この膨れ女が」

(胸が)膨れ女って、誰が上手い事を言えと。
しかし姉さん、ベリークール……。思わず俺のキャン玉がきゅんと引き締まる。思わずして新境地に目覚め掛けてしまう所だった
まぁ、何はともあれ、

「助かったぁ……」

美鳥ともどもその場にへたり込む。

「加齢臭がきつかったぁ……」

先ほどまではシリアスに特攻仕掛けてしまいそうだった美鳥もボケる余裕を取り戻したようだ。

「卓也ちゃん、あとついでに美鳥ちゃんも、だいじょぶだった?」

「いや、本当に危ないところだったよ。姉さんが来てくれなかったら一体どうなっていた事やら」

姉さんの差しのべてきた手を借り立ち上がり応える。
少なくとも容易に時間を巻き戻されて消滅なんて自体には成り得ないにしても、何の準備も無しに超危険世界にトリップさせられる所だったのは間違いないだろう。
単純に魔導書の力で戦う程度の魔術師になら対抗できるが、デウスマキナや向こうのそれなりに格のある神威や怪威と戦う事になれば苦戦は必至、下手に照夫様辺りに目をつけられたらリアル人生オワタの大螺旋に陥るところだ。

「ほら、美鳥ちゃんも」

「うー、腰が抜けた……」

「腰が無くても気合いで立つのよ。浮きなさい、さぁ!」

「そんな無茶な」

姉さんが美鳥に立ち上がる様に促している。姉さん割と美鳥にはスパルタなところがあるなぁ。
未だに俺の手を掴んだままの美鳥が、ぐちぐち言いながらも俺の手を支えに立ち上がり手を離し、尻に付いた土埃を掃い始めた。
そういえば、美鳥が取り出した三冊は、未だ消滅せずに美鳥の足もとに落ちたままだ。
少し屈み、地面に落ちた三冊を拾い上げる。
やはり間違いない、古本屋は消えた筈なのに、この三冊は依然として本物の魔導書として存在している。
いや、本物といってもそれなりに出来の良い写本レベルの代物なのだろうが、この世界で出版されるジョークアイテム的な魔導書ではないというか、しいて言うなら、実用本としての魔導書。
怪し過ぎる。これまで数度のトリップで、ここまでおあつらえ向きに力の方から俺の方に近づいてきた事があっただろうか。
何の代償も無く力を与える典型的な神様トリップでもあるまいに。

「卓也ちゃん、それはまだ見ちゃだめ」

試しに最初のページから少しだけ順々に読んでみようとした処で、姉さんから待ったがかかった。

「? 今さら魔導書を読んだ程度で俺のSAN値は下がらないと思うけど」

一応は俺もラダムや遺跡やアンチボディ、更には金神の取り込みで大幅な精神の拡張・強化が行われている。
常人では知った瞬間発狂する知識も、見た瞬間目を抉り出してしまう様な醜悪邪悪な邪神の姿も、俺の精神に及ぼす影響は少ない。
金神の原始的な精神を取り込む事により気付いたのだが、ラダムの知識には邪神の様な超存在の知識も断片的にではあるが含まれているし、火星の遺跡にも少なからぬ記述が存在していた。
取り込んだアンチボディの本能はナイアを見た瞬間に足を竦ませつつも抗戦の構えを取ろうとしていた。
……いや、これらの知識や反応がスパロボ世界にクトゥルフ的コズミックホラーが存在していた証明にはならない。これらの知識や反応は金神を取り込み、外宇宙からの超存在という要素を加えられた事により追加された設定なのかもしれない。
分類の出来ない断片的な知識の中から、そういう存在であると無理矢理に解釈できないでも無い物をこじつけているだけなのかもしれない。
それはともかく、金神自体どちらかと言えば魔導書に記述として記される側なのである。
魔導書に記される様な邪神が、魔導書を読んで発狂するだろうか、答えは否だ。
だが姉さんは首を横に振る。

「それがどこから出てきた物か、まさかもう忘れちゃったの?」

「あ」

そうだ。これはナイアルラトホテップが俺と美鳥を何らかの手段でトリップさせる為に作りだした小道具の一つ。

「実はそれもナイアルラトホテップの一体だ、なんて事もあり得るでしょ?」

「あー、そのまんまトゥーソードもどきである可能性もあるのか」

「あたし達だと、寝返ったりしてくれなさそうだしねー」

あれは擬態していたナイアルラトホテップも思わず答えてしまう様な眩しいものだったからこそ起こった出来事であり、何の補正も無い俺達が起こし得る奇跡ではない。
補正云々以前に、混沌すら憧れてしまうような黄金の精神を備えていないのがいけないのだろうが。

「俺達が寝返る事ならあり得るけどな」

俺達の興味が向くのは種族や主義主張や邪悪か正義かではなく、新しい力。
どっちに何が現れるか未知数であれば、どっちに所属していても裏切る十分に可能性はある。
姉さんは俺の拾い上げた三冊を取り上げ、肩から下げていた鞄の中に仕舞い込んでしまった。

「そんな訳で、これもお姉ちゃんが預かっておくね」

「これ『も』?」

他に何か持っているのだろうか。
そういえば、ここでトリップの素材を手に入れるとかどうとか言っていたが、それ関連の本か何かだろうか。
邪神の持ち物に入る書物なんて、どんな作品であれ碌でも無い世界な気もするが……。
いや、あのデザインのナイアルラトホテップの持ち物ってことは作中作とかに分類されるのだろうか。
少しだけ廃墟と化した店内を見回す。何か拾っておいて特になる様なものは残っていないものだろうか。記述の断片とかでも構わないのだが。

「あれ、お姉さんも何かここで──」

俺と同じ疑問を感じたのか、俺が口にしなかった疑問を言いかけ、美鳥が硬直する。
何事かと思い振り返り、美鳥の視線を追うと──

「な、な」

「なんかはみ出てるじゃないかーっ!」

先ほど三冊の魔導書をしまい込んだ姉さんの鞄から、スラックスに包まれた形の良い足が、ずるりとはみ出ていた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

結局、鞄から脚をはみ出させたままでは電車に乗れないという理由で、帰りの道のりは空間転位での移動となった。
隣町の廃墟の中から家の玄関まで直接移動し、靴を脱いで一旦それぞれの自室に戻り、再び居間に集合する事に。
部屋着に着替える為に自室に戻る途中の俺と美鳥に、姉さんが声を掛けた。

『これからトリップするから、二人ともぱぱっと準備済ませちゃってね?』

表情こそ春の日差しを連想させる眩い笑顔だったが、肩から提げたバックからは相変わらずだらしなく痙攣し続ける脚が覗いていた。シュールだ。
部屋に戻り、すっかり見慣れた旅行鞄にお気に入りの着替えなどを詰め込み、部屋中の娯楽作品を身体に一旦取り込み吐き出し、オリジナルを元の位置に戻す。
ついでに軽く部屋の掃除を済ませ、机の中に隠しておいたドーナツを食べて片付ける。
部屋を出る直前、ふと思い立ってここ最近の俺の記憶のバックアップを残しておく事にした。
今度のトリップは長丁場になりそうだし、こっちでの生活やら知り合いやらを忘れてしまうのはまず過ぎる。
脳チップ型のメモリーカードを机の上に置き、俺は慣れ親しんだ自分の部屋にしばしの別れを告げた。

―――――――――――――――――――

旅行鞄を持って居間に向かうと、既に先に用意を済ませていた美鳥と、今までのトリップで見た魔女っ娘服ではない、落ち付いた服装の姉さんが居た。
一般的に女性の方が外出の準備には手間取る物なのだというが、どうやら姉さんも美鳥も例外に分類されるらしい。

「それじゃあ、今回の説明を始めるね」

俺が到着したのを確認した姉さんは、鞄から生えた脚の足首を掴み、ずるりと引きずり出した。
中から現れたのは、やはりというかそれ以外あり得ないというか、当然の如く古本屋の女店主ナイアさんモードのナイアルラトホテップ。
白目を剥いた首は180度螺子曲がり、服は所々破れ、全身から焦げくさい臭いが漂っている。
正直な話、これが邪神の一種でなければ確実に死んでいると思いこんでしまいそうな姿。

「今回のトリップは、どちらかと言えば強制トリップに分類されるの」

「そりゃそうだ」

「思いっきり作品内のキャラクタが出てきちゃってるもんね」

姉さんの言葉に頷く俺と美鳥。
姉さんが能動的に何処かの世界に送る場合、作品世界の要素は基本的にこの世界に現れる事が出来ない。
姉さんの力でトリップする場合は、媒介となる本やゲームソフト、DVDやブルーレイなどの完成した世界の中に直接出向く形になる。
逆に強制トリップの際に送られる世界は、外から人を招き入れる為に、少なからず外の世界、つまりは今のこの世界に干渉する力を持つのだ。
先に思い浮かべた召喚のゲート、次元振、もしくは今目の前に転がされている様な、世界を渡る設定の超存在でもいい。
これらの、外から何かを招き入れようとする動きが出来るのは、不完全でパーツの足りない未完成の作品のみであるという。
それはそうだ。既にそれ自体で完成している完結作品が、外からの不確定要素を必要とする筈が無いのだから。
が、そうすると疑問がわき出てくる。
全能殺しやら常時全能攻防やらが当たり前の姉さんですら、ある程度の力ある世界の強制トリップから逃れるのにはかなりの労力を必要とするし、全ての力を出し切っても絶対に逃れる事が出来るとは言い切れない。
それが強制トリップの恐ろしいところなのだ。
だというのに何故、今回はこうも簡単にトリップの原因を仕留める事が出来たのだろうか。
俺の疑問を見透かしたように姉さんが口を開く。

「そうね。でも、今回のトリップは今までのトリップとは訳が違うわ。これは──物語の冒頭に胡散臭い神様が現れる系のトリップよ!」

「なん……だと……!」

姉さんの衝撃発言に、美鳥の顔面が一気にオサレ色に染まってしまった。
だが、そう言われてみればここまでの全ての事に納得がいく。

「なるほど、訳の分からない古本屋内の広大な空間は神様がいる真っ白な空間、ナイアさんのあの口調は俗っぽい神様のフランクな口調、三冊の魔導書は神様が何故かくれる他作品の力、それぞれのメタファーという事か……」

しかも姿形は自由自在なので老人から幼女、長身痩躯の黒い肌の男にも物理学者にも成れる。
力をくれるのも狂言回しとしての悪ふざけか、さもなければアザトース宇宙を開放する為の何かの布石と考えれば違和感も無い。

「ふふふ、卓也ちゃんも大分察しが良くなってきたじゃない。お姉ちゃんもなんだか鼻が高いわ」

「伊達にトリッパーになってからそろそろ一周年じゃあないよ」

思えば去年の今頃、姉さんの魔女見習服もどきを見たのが全ての始まりだった訳で、そう思うと感慨深いものがある。
体感時間では一周年どころの話では無い程の時間が流れてしまっているのだがそこはご愛敬。
ああ、そういえば、この世界での美鳥の一歳の誕生日が近付いてきた訳か。スケジュール的に祝えそうにないなぁ。

「まぁ、あの魔導書はやっぱり長期的に見て持ち主の正気を奪って行く機能があったんだけど、それも与える神がこれだという事を加味すれば、むしろ軽すぎる対価ね」

「もともとそういう分類のアイテムだしねー」

内容が真に迫ったものであればあるほど強力かつ持ち主を強く蝕む様にできてるしな。
いや、それでもやはり晴れない疑問が一つあった。

「でも姉さん、なんで強制トリップの始まる古本屋の場所を知っていたの?」

そう、あの時俺達は、姉さんのハンティングに行く発現を受けてわざわざ隣町にまで足を運んだのだ。
しかも迷う事無くあの古本屋に辿り着く事が出来た。
実際に強制トリップが始まる前に、そこまでの情報を手に入れる事が出来るものなのだろうか。

「それはね、僕らの世界を作らせたのが、君のお姉さんだからだよ」

と、先ほどまで目を覚ます気配すら無く倒れていたナイアルラトホテップが起きあがり、何事も無かったかのように自然に会話に割り込んできた。
なるほど、姉さんが一撃で沈める事が出来たのは、何故か何の力も無いトリッパーに良いように暴力を振るわれる神様という概念の応用。
そして、ぼこぼこにされた筈の神が何事も無くトリップの説明を再開するのもそのまま。
……それをするのが、ひげを蓄えた爺さんやらロリっ娘ではなくナイアルラトホテップだというだけで裏を勘ぐってしまうのは俺の警戒心が正常に働いている証拠だろう。
むしろここで裏を勘ぐらないのは余程の自信家、いや過信家か、さもなければ邪神信奉の気がある変人に違いない。
しかし、姉さんが作らせたとは──なるほど。

「チトセさんの言ってたあれか」

「だぁいせいかぁい。君には賞品としてネクロノミコン新訳の文庫版をあげよう」

「あ、どうも」

ナイアルラトホテップが胸の谷間から取り出した文庫本を受け取る。
文庫本に残る人肌の生暖かさが微妙な気分にさせてくれるが、美鳥が憎々しげな視線であの谷間を睨みつけているので、リアクションは控える事にした。
少し中身をパラパラと確認してみる。先の三冊に比べて内容が薄い、わざとライトな乗りにしているというか、初心者向けの参考書の様なものなのだろう。
まぁ、参考書というには少しばかり信用できるのか怪し過ぎる内容が多いのだが、初めて魔導書のオーナーになる人向けだと考えれば悪くは無いのかもしれない。
……巻末のおまけページに恋占いが乗っていたのは見なかった事にする。

「そう、千歳にわざと作品として完成させる事の出来ない、それでいてお姉ちゃん達、というか卓也ちゃんの修業に都合のいい設定の未完作品いや、未開始作品を作らせる。極々身近な知り合いから生まれ、トリップ前の導入部だけをあらかじめ教えて貰っていれば、強制トリップといえども出がかりを抑える事は十分に可能なの」

つまり今回のトリップ、強制トリップでありながら、一から十まで姉さんの『計画通り……!』という訳だ。

「しっかしあれだよね、ここまで壮絶にネタばれされて置いて、よくもまぁナイアルラトホテップさんも平静でいられるよなー」

「そこはそれ、僕らは元々──つまり、君等の言う原作でも一人残らずうたかたの夢だからね。今さら『君達は人の妄想から生まれた代物だ』なんて言われても、だからどうしたって話になっちゃうわけさ」

美鳥の呆れを含んだ声に、ナイアルラトホテップは肩を大仰に竦めて応えてみせる。
この神のノリ、何だかんだで仲良くなれそうな気もするが、それは一先ず置いておいて、姉さんに向き直る。
ここまで聞いて最初に浮かんだ疑問は全て解決したが、今度は新しい疑問が浮かび上がってきたのだ。

「姉さん、なんでわざわざそんな面倒臭い手順を踏んでまで強制トリップに拘ったの?」

そう、家にはデモンべインはアニメ版のDVDと漫画版を除き、小説とゲーム版、市販されているビジュアルファンブックまで全て揃っているのだ。わざわざ強制トリップが起こる様に仕込む必要はあまり無い。
仮に今家にあるデモベ関連グッズを全ての新品でそろえたとしても三万円にも届かない筈。
因みに、姉さんがチャラにしたチトセさんの借金は二十五万六千八百三十一円、明らかに金の問題でもない。
姉さんはいつの間にか手に持っていた教鞭の先を天に向けくるくるとまわし、悪戯っぽい表情で唇に人差し指を当て、内緒のジェスチャー。

「それは、行ってみてのお楽しみ♪」

そしてもはやテンプレと化したこのやり取り一つで、俺はあっさりと誤魔化されてしまうのであった。

―――――――――――――――――――

なんやかんやと三人で戸締りや冷蔵庫の中の賞味期限、忘れ物のチェックなどを済ませた所で、部屋の中が暗くなる。
暗視が利かない所を見るに単純に部屋を暗くした訳では無く、そういう設定のステージなのだと推測できる。
ガシャンという音、天上からスポットライトの光が降り、胸の開いたスーツにスラックスの女性を照らし出す。
スポットライトの光源の高さ、照らされた脚元の木製の床を見るに、もう既にトリップは始まっているのだろう。

「さてさて、卒爾ながらここからは僕が君達のナビゲートをさせて貰うよ。はい拍手ー」

スポットライトに照らされた女性、ナイアルラトホテップ(以下ニャルさん)の合図とともに、三人分のぺちぺちぺちと気の無い音の拍手の音が鳴り響く。
広い観客席(音の反響からの推測でしかないが)に座る俺と姉さんと美鳥に満足げにお辞儀をするニャルさん。

「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。それでは始めましょう。始まる事すら出来なかった物語、可能性すら与えられなかった物語。御代は観てのお帰りだよ」

おどけた口調のニャルさんが、片方の腕をステージ中央に向け伸ばす。

―――――――――――――――――――

登場人物

ヒーロー:不在
ヒロイン:不在
ともだち:不在
ライバル:不在

ナレーション:□□□□□□□□□□(友情出演)

観客:鳴無 卓也(招待客)
   鳴無 句刻(スペシャルゲスト)
   鳴無 美鳥(児童割引)

―――――――――――――――――――

ステージ全体が証明で照らされる。
が、そこには見事に全て空席のキャストの席があるだけ。
ステージ端のニャ、ナレーションが大仰な素振りでかくんとこけてみせた。

「失礼、どうやら、演者は全員ボイコットのご様子」

客席、俺達以外の場所から失笑。
再び照明が消え、舞台は暗闇に包まれる。

「でもご安心を、今日は代役の皆さんをお招きしております」

―――――――――――――――――――

登場人物

旅人:鳴無 卓也(代役)
恋人:鳴無 句刻(代役)
従者:鳴無 美鳥(代役)

ナレーション:□□□□□□□□□□(友情出演)

観客:誰も居ない(沢山居る)

―――――――――――――――――――

気が付けば、観客席では無く、照明に照らされるステージの上、出演者の席に座っている。
眩しい、照明に照らされたステージなんて高校のクラス対抗合唱大会以来だ。照明の熱で喉が渇く。
目の前の長机の上には、花束、水の入ったグラス、そして台本。
水を一口だけ口に含み、台本を開く。
内容は実にシンプルな全編アドリブの無限軌道自由形。
知識利用救済型や精神改造ハーレム型に比べれば得意種目だ。
隣の姉さんと美鳥を脇目で覗くと、誰も居ない観客席に居座るNO BODY達に笑顔で手を振っている。愛想笑い、営業スマイルと言い換えてもいい。
試しに客席に向け会釈。

『──────!!!』

客席が湧いた。
万雷の拍手と滝の様な歓声。いい演出だと感心してしまう。
しばし間を置き、客席が静寂を取り戻すと舞台暗転、俺達三人にスポットライト。

「従者には主を。恋人には恋人を。欠員には代役を。では旅人には? 旅人には何が必要?」

ナレーションにスポットライト。
大仰な素振りで叫ぶ。

「そうだ!『世界』だ! 旅をする為の『世界』が必要なのだ!」

舞台が明るく、目が焼ける程の光に包まれ、ここでは無い何処かへと切り替わる。
──それが、これまでで一番長い、気の長くなる様な時間を掛けた小旅行の始まりだった。





続く
―――――――――――――――――――

メメメは可愛いなぁ。可愛いから、もうずっと放置でいいよね?
そんな作者と主人公の心情が明らかになる第四部プロローグな第三十六話をお届けしました。

あ、でも一応主人公がメメメを迎えに行くシーンは思い付いているんです。必要なのはあくまでもメメメではなく奉仕種族の材料なんですが。
問題があるとすれば、これまで思いついたシーンをそのままに書く事に成功した試しが無いという事くらいで、ええ。
一応忘れないようにメモしておくんですが、話が進むにつれて整合性とか取ろうとして立ち消えたり、そこに至るまでに思いついた要素を足されて見る影も無い程変更されたりするのがお約束なんです。

次回からのお話に関係無いキャラの話ばかりというのもあれなので、こっそり続けている『次回トリップ先の明言は早くともその部のプロローグのあとがきから』というマイルールにのっとり、ここに宣言します。
斬魔大聖デモンべイン編、始まります。
ええ、手元にPS2が無いのでPC版ですとも。
別に触手凌辱シーンとか断片屈伏シーンとかはXXXじゃなくても書けるんだって事を証明してみせようと思います。嘘ですが。
でもここで嘘ですがといって触手シーンと3P屈伏シーンとか書いたらこの嘘が嘘という事になってしまうので、未定でお願いします。
設定資料集はうまくいけば台風が日本列島を抜けた頃に取りに行ける。小説外伝は三冊とも手元にある。
ほらほら、この機神胎動、207ページの端っこが折れて変形している。伸ばすとはみ出る変形機能!
それらを駆使しつつ、本編スルールート、原作主人公達に張り付いて行動する本編見てるだけ(場合によってはいろいろ盗む)ルートとかやって行こうと思います。
とりあえず、暫くはエンディングなんて欠片も見えない修行編と出会い編が続きますので、のんびりまったり進行で行きましょう。
因みに、真っ先に登場するのはミスカトニック大学の皆さんかもしれません。ストーリーの流れ的に考えて。
だから魔導探偵とロリ古本コンビの出番は恐ろしく遠いです。ざぁんねんでしたぁ(ねっちょりとした口調で)
西? 秘密です。でもきっとわかりあえる。ひとはわかりあえるいきものなのだから……。

もう何度繰り返したか確認するのが面倒臭い自問自答コーナー。

Q、ナイアルラトホテップの扱いが軽くね?
A、導入だけなのでご勘弁を。主人公達の世界では作品世界の存在は極端に性能が低下する設定が忘れ去られていそうだけど存在するのです。

今回は一個だけ。
色々穴だらけというか、なんじゃそりゃ見たいな設定ばかり説明していた回なので、これは突っ込まざるを得ない、みたいな部分があれば感想で。
今回は導入だからそういう事でもなければ特に書く感想とか無いでしょうし。
なにせ今回の話の流れ、
模擬戦ぼろ負け→昼食反省会→第一種接近遭遇→お持ち帰りぃ→いざトリップへ!
だけですしねぇ。薄い薄い。
まぁ、次回以降に濃くなるかどうかは未知数なんですけどね。

ではいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くてもナアカル語でも機械言語でも血液言語でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。


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