第一回大和グランプリから暫し。
時間は深夜。場所は鎌倉市内、鎌倉警察署署長宅、寝室にて。
《最近、妙な視線を感じるの》
「……」
頭の中に響く自らの劒冑、三世村正の金打声に、湊斗景明は沈黙を持って返答した。
くだらない話題故に返答の価値を見出せず、無視の形を取った訳では無い。非常に返答に窮する話題だった為だ。
最近妙な視線を感じる。
人間であればそのままの意味で捉えてしまっても問題は無いのだろう。不審者から視線を向けられている、誰かに尾行されている、色々と理由はあれど、原因は言葉通りのものであると考えて良い。
だがこの言葉を言ったのが劒冑の制御機構であれば話は大きく違ってくる。村正ともなればなおさらだ。
村正は隠密行動において他の劒冑から頭一つ以上抜きんでた性能を誇る。
その村正に視線を向け続ける事が出来るともなれば、それは当然武者や劒冑の探査が可能である武者か、独立形体での単独行動が可能な真打の仕業である可能性が高い。
が、当然その様な話であれば『最近妙な視線を感じる』などという周りくどい言い方をする必要はない、はっきりと『他の劒冑に捕捉された』とでも言えば済む話だ。
つまるところ、三世村正はこう言いたいのだ。
探査に引っかかった訳でも隠業に失敗した訳でもないが、それでも誰かに見られている気がする、と。
《覚えが無い訳じゃないでしょう》
「……ああ」
そう、三世村正に向けられているという視線に、景明は心当たりがあった。
いや、明確に誰の視線であるか推測が出来る程ではないが、そういった視線を向け、しかし自分たちに尻尾を掴ませない存在と幾度となくすれ違っているのだ。
連続行方不明事件を調査中に、自分たちに先んじて寄生体を潰し、野太刀の柄をそのままに消えた謎の真紅の武者。
姿を見せない風魔小太郎を一撃の元に叩き潰し、自分たちに野太刀の鍔を投げ渡した、複雑な光を放つ特異な装甲を持った謎の武者。
そして、自分達が全貌を掴む前にサーキット場のどこかにあった卵を砕き、村正にも気取られずに翌日の夜に景明の枕元に置いて行った謎の人物。
七つに砕かれた野太刀の欠片を含む卵の内、既に三つまでもが自分たち以外の武者によって破壊されているのだ。
単純に、極限まで好意的に捉えて考えてみれば、善意の協力者であると考えるのが妥当だろう。
だがこれまでの自分達の行いを考えれば、その様な都合の良い存在が自然と現れる訳が無い事だろうという事は湊斗景明も三世村正も自覚する所であった。
「俺達の先回りをしている連中と視線の主が同じであるとは断定できない、が──」
《少なくとも、現時点で私達を害するつもりは無い、か》
敵では無い、とは断定できない。恨まれる筋合いは少なく見積もってもこれまで殺してきた人数の倍以上あると考えて良い。
が、復讐者であるならば、サーキット場でその相手が手に入れた野太刀の刀身の欠片を景明の元に届ける際に殺さないのは不自然過ぎる。
現時点では敵か味方か、第三勢力か見極める事すら難しいのである。
しかもその敵は、卵に寄生された武者を倒した時に現れる野太刀の欠片が村正のものである事を知り、自分と村正の関係を知り、自分達の所在も知っているという事になる。
所在も正体も知られている以上、この署長宅をこれ以上拠点にして活動するのは危険かもしれない。
景明は新しい拠点を用意する事が可能か考えながら眠りに付き、村正は今も見られている様な気味の悪さを感じながら一日を終える事となった。
―――――――――――――――――――
鎌倉市内のホテルの一室、ネズミや雀、虫などを軽く改造して作った端末越しに、俺と美鳥は真紅の甲鉄を持つ大蜘蛛、三世村正を眺めていた。
ソファの上、何故か正座で目を瞑り端末から送られてくる蜘蛛正の映像をじっくりと鑑賞する。美鳥に至ってはカーペットの上で全裸ネクタイで正座である。
「いいなぁ、蜘蛛正」
「蜘蛛正いいよねぇ」
小動物視点だと視力の関係であまり鮮明な映像を手に入れる事は出来ないのだが、脳改造や肉体改造を施す段階で既に視力の辺りも弄っているので、かなり鮮明な村正──蜘蛛正の姿を見る事が出来る。
今も屋外で探索を続ける蜘蛛正を、上空からは鳥型の端末が、地上からはネズミ型蛇型ゴキブリ型ネコ型犬型の端末が、さりげない動作でしかし全身を舐め回すかの如き執拗さで持って観察している。
「……ごくり」
「……じゅるり」
頭胸部最前に配された頭部、の何処か愛嬌のあるギザギザ口、その真下から生える鋭角円錐状の突起物に、脚と見紛う程の大きめな鋏角。
頭部よりもやや幅の狭い胸部の天側には小さな窪みがあり、ここにふななどの小さい子を乗せる事が可能なのだろう。
付属肢は自然界の蜘蛛に比べシンプルな作りであり、どちらかと言えば古い工業機械の内部パーツを伝統工芸風にアレンジした様にも見え、その付属肢の下に格納された武者形体時の肩当てが逆に生物的な複雑さ、余分さを演出している。
合当理を内部に搭載した腹部は樽の様な丸みを帯びながら、曲線と直線をどちらも含む自然界には在り得ない外骨格。
自然の蜘蛛ならば糸疣や生殖器、肛門などもあの腹部に存在する筈なのだが、やはり蜘蛛正もそれらに値するパーツがあそこに存在しているのだろうか。
「おにいさん、あたしアレ欲しい」
「俺も欲しいけど涙を呑んで我慢しよう、そして創作活動に励もう」
俺は美鳥の素直な欲望を肯定しつつもやんわりと流す。
俺達はもはや蜘蛛正の魅力的なボディラインにメロメロ、昼夜を忘れてその造形美に見蕩れ、ある程度形状を記憶しては独自に小型の複製を作り動かして遊んだり自律回路を組み込んで動かしてみたり簡単な知性を分け与えて互いに遊ばせてみたり金神の欠片を与えて簡易な劒冑にしてみたり時たま味を確かめてみたり脱走をその愛らしさから度々見逃がしてしまったりして、その欲求を発散していた。
だが、美鳥はそれでも飽き足らず、できる事ならば蜘蛛正オリジナルのボディを弄びたいらしい。
正直、できる事ならば俺もそれが理想的であると思う。
「やだやだやーだー! 蜘蛛正の糸疣をマイナスドライバーでぐりぐりしたいー!」
「こらこら、キャラ崩壊も劒冑虐待もやめなさい。せめてアルコールで湿らした脱脂綿とか棉棒で優しく内部形状を確かめるべきだろう」
もはや端末との通信を切り、全裸ネクタイのままでカーペットの上で手足をばたつかせる美鳥。
美鳥がここまで何かを欲しがり駄々を捏ねるのは珍しいので、日頃の働きに報いる為にもどうにかしてやりたいし俺も合当理や糸疣をいじいじしたいというのが本音ではある。
だがしかし、それには結構な問題がある。
別に主人公を丸腰にするのは気が引けるとか、俺は景明×村正にどちらかと言えば大歓迎であるとか、そんな理由ではもちろんない。
「大体、善悪相殺の呪い持ちの劒冑とか、愛玩用以外に明らかに使い道が無いだろうが」
そう、これまでに数打と古めの真打を取り込み、現在最速の競技用劒冑の構造をコピーしたからこそ断言できるが、もはや俺が劒冑を取り込む事で得られるうま味紳士──もとい旨味は無いに等しい。
それほど試してはいないが、作中で出てくる陰義は全て金神の力で再現が可能であるし、肉体強化に関してもそれほど目覚ましい効果が得られる訳でもない。
挙句、もしも善悪相殺の呪などという面倒臭い縛りが生まれたらまともに戦う事も不可能になってしまうだろう。
善悪相殺の戒律が呪いでは無いだのなんだの説明はあるが、何だかんだで人やら人以外やらをこれからも殺す可能性がある以上、そんなリスキーな真似は不可能と言っても良い。
そんな俺の説得に、美鳥はカーペットの上に胡坐をかき、頬をふくらませ唇を尖らせた不機嫌顔で反論してきた。
「だからぁ、適当にひっ捕まえて遊んだら記憶をちょちょいのちょいして持ち主に返せばいいじゃん。壊すわけじゃないんだし」
……余りにもヤクザ臭すぎる。俺は額に手を当て天を仰いだ。
昔そこら辺のモラルの有無を説いたアンチ魔法使いSSを読んだ気がしたが、万が一もう一度ネギま世界に行ってもそこら辺を言及する事が出来なくなってしまいかねない暴論である。
いや、正直なところを言えば、記憶を云々脳味噌を云々思考形態を云々する事に関しては俺も人の事を言えた立場では無い上に、モラルがどうこうにも余り興味が無いのだが、これを承認してもいいものだろうか。
成るべく早く結論を出した方がいいだろう。何しろ今回のトリップでのメインターゲットは手に入っている、つまりここから帰還までの時間はオマケの様なもの。
美鳥は俺の補助を優先する必要が無く、他の目的があれば完全な自由意思で動くことが可能なのだ。放置したら勝手に村正を持ってきかねない。
仮に蜘蛛正──村正を奪取、あるいは一定時間自由にするとして、これからのエピソードで村正を浚って大丈夫な話は存在しただろうか。
……あった。あっさりとそのエピソードを思い出した俺は、カーペットの上で座り込んでむくれている美鳥に向き合い、そのエピソードが始まるまでは村正に下手に手出ししない様に言い聞かせた。
―――――――――――――――――――
さて、どうにかこうにか説得されてくれて、ついでに服もちゃんと着てくれた美鳥と、大学ノートと旅のしおりをテーブルの上に乗せて向かい合う。
大学ノートにはとりあえず村正を再プレイしてチェックした大まかなイベントの発生時系列が記されており、旅のしおりは相変わらず初心者トリッパー行動チェックのページが開かれている。
以前と明らかに違うのは、チェック用ページの最後のページ、一つだけカラーで太字の項目にチェックが入れられている事だろう。
その項目名は『原作登場ネームドキャラの命を三つ救う』、つまり姉さんの出した宿題だ。
これまでに俺達は『新田雄飛』『ふき』『皇路卓』の確実に失われる筈の命を繋ぎ、もしかしたら失われるかもしれずこのルートだと確実に失われていた筈の『皇路操』と、一度死んだ『飾馬律』を蘇らせた。
更に言えば、本来レース中の事故で死ぬ筈だった『来馬豪』の命もさりげなく救っていたりもする。
死んでから生き返らせた奴や死なない可能性もあった奴や立ち絵が装甲時の物しか無い奴も含めれば、何と当初の予定の二倍の六人の命を救っているのである。
これはもう、完全に初心者的トリッパーと言い切っても良いのではあるまいか。
救済方法も『死んでるのを生き返らせる→ついでに戦闘能力強化』とか『資金提供とか暗躍』みたいなテンプレを踏んでいる辺りも完璧。
だからどうしたという訳では無い。帰ったら姉さんが『よくやったわね卓也ちゃん、これで立派なトリッパー初心者の仲間入りよ』とか言いながら撫で撫で褒め褒めしてくれるのが心底楽しみなだけである。
それはともかく、一つの問題が発生した。
「まぁまぁまぁ、そんな訳でどうにかこうにかお姉さんの宿題は完了したわけですがぁ、まぁだまだ帰れそうにありませーん」
机の上に上半身をだらしなく伸ばした美鳥が、やる気無さげに現状を端的に説明した。
「まぁ、正直途中失敗する事とか考えてたり、金神の取り込みにもう少し時間が必要だと思ってたもんな、トリップの前は」
そう、金神を驚くべき短期間で取り込んでしまい、最初の方から万全の態勢で救済活動とかに励んだお陰で、予定よりも数週間早く全ての目標を達成してしまったのだ。
本来なら第一章には間に合わず『飾馬律』『新田雄飛』は救済失敗、第二章時点にも微妙に間に合わず『ふき』『ふな』死亡、第三章で漸く皇路兄妹を救済して二人、第四章で漁師のガキを救えれば丁度三人、程度の考えだったらしい、旅のしおりによれば。
大学ノートに書かれた予定表と照らし合わせると、帰還可能になる時機までそれなりに暇な時間が出来てしまっているのだ。
「たぶん魔王編の途中くらいで帰れると思うんだけど、それまでは自由時間という名の暇つぶしをしなければならんのです」
「つっても俺、一月二月程度なら適当に時間潰せるぞ」
スパロボJ世界終盤のガ・ウラ内部缶詰期間の事を考えれば、その程度の時間は余裕で消化できる。
勿論あの時とは違い娯楽だけで時間を潰すつもりはない。
姉さんに格闘系技術の効率的な修業方法を教えて貰ったから、その修行に時間を充てるのも良いか。組手の相手は元の世界と同じく美鳥が居るから何も問題は無い。
美鳥は姉さんから受け継いだ因子の中に格闘術が多く含まれているから、今まで行った事の無い世界の技をこっそり教えて貰う事も出来るかもしれないし。
元の世界で美鳥から教わろうとすると、姉さんが怒るんだよなぁ。カンニングはいけません的なノリで。
ぶっちゃけ、流派東方不敗の技も刀の扱い方も、取り込んだ二人の脳味噌からカンニングしている様なものなのだが。
……ついでに言えば、『あれ』の開発の為に色々と知識を詰め込ませたい。
「うん、あたしもその程度なら余裕だけどさ、もうちょいこう、トリップ中にしか出来ない事とかで時間を潰すべきじゃないかな」
机から身を起こした美鳥の言葉の内容に思考を巡らす。
トリップ中にしか出来ないこと。
ここが剣術上等の村正世界である事を考えれば、やはりここでしか味わえない剣術理論の取り込みだろうか。
「吉野御流なら、今度湊斗光が起きている時を見計らって脳味噌からデータだけ取り込む事も可能だな。六派羅柳生とかも最終ルートだとバルトロメオさんが居るから直接取り込めるし」
銀星号は所在が割れているからいいとして、バルトロメオはどうやって見つければいいのだろう。やはり普陀楽かとも思うが確証が無い。
まったく、あれだけ強いなら専用の真打の一つや二つ持っててくれてもいいだろうに、生身で直接面識の無い人物とか、探すのが面倒臭過ぎる。
いざとなればどうにかして茶々丸から聞き出すのがベターかもしれないが、何を取引材料にするべきか……。
「いやそういう物騒なのでなくて」
ぱたぱたと手を横に振る美鳥の表情は苦笑い。
どうやら殺伐とした世界観のせいで思考が少し攻撃的になっていたらしい。
正直俺も蘊奥爺さんの剣術で充分だと思っているので余り気乗りしていなかったのでありがたい。
何しろ実体剣でビームを斬れる剣術で、しかも場合によっては生身でMSを叩き斬れる様になるのだ。
もしも全盛期のスパロボJ世界の蘊奥爺さんが村正世界に来たら、生身でもそれなり以上の活躍が出来てしまいそうではないか。
しかし、それではトリップ中にしか出来ない事とは一体何の事なのか。
「元の世界だとさ、何だかんだで毎日細々仕事があるじゃん?」
美鳥の言う通り、農家なんて仕事をしていると一年中休む暇はほとんどない。
季節によっては殆どやることが無いなんてところもあるが、家はそれなりに手広く育てているので比較的仕事が無い時期でも毎日細々とした仕事があり、家を空ける事はそうそう出来ない。
偶に休めても連日休むと畑が荒れるし、せいぜい隣町に繰り出して買い物をするとか、日雇いのバイトをするとか山で猟をする程度の事で精一杯。
ワープするなり空飛ぶなりすれば日帰りで日本中どこでも行けるのだが、元の世界でそういう非現実的挙動は控える様に姉さんに堅く言いつけられているのでそれも不可能。
と、ここまで考えて、美鳥の言いたいことが理解できた。
「あぁ、つまりどっかに旅行に行きたい、と」
そう、逆にトリップ中であればワープしようが空飛ぼうが乗用車で『歩道が空いているではないか』とかやろうが誰も文句を言わない。
更に日帰りではなく五泊六日とかそんな海外パックツアーみたいなそれなりの日数を使う事も、時間的には十分可能なのである。
「そうそれ! で、ついでにチョロチョロッと原作イベントとか見て、ついでに旅のしおりのチェックを埋めていければなーって考えてるわけよ」
我が意を得たりと頷きながら、旅のしおりと大学ノートを興奮気味にばしばし掌で叩く美鳥。
そんな美鳥の微笑ましい挙動を眺めながら、顎に手を当て考える。
よくよく考えてみれば、スパロボ世界から元の世界に戻って以来、旅行どころか隣の県にすら行っていない。
俺や姉さんにとってはそれで当り前な訳だが、これまでの人生の半分近くをスパロボ世界で暮らし、あちこち移動して過ごすのが当たり前になっている美鳥にとっては少し窮屈なのかもしれない。
正直、帰還するまでひたすら鎌倉に缶詰で修業三昧設計三昧というのも案外きつそうだし、ここは一つ美鳥の提案に乗ってみるのも面白い。
どうせ美鳥の事だ、行き先はもう目星を付けているのだろう。
「で、結局何処に行きたいんだ?」
俺は鼻息も荒く此方を見つめる美鳥に、行きたい場所を聞くことにした。
美鳥は目をキラキラと輝かせ、椅子から立ち上がりながら大きな声で宣言する。
「江ノ島丼!」
「せめて丼を抜け」
食品名が返ってきた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
江ノ島に存在する幕府直轄の漁業研究所。
秘密裏に危険性の高い兵器の開発をしているというそこに送られた調査員が消息を絶った。
調査員が最後に寄こした報告は只一言。
『銀色の化け物を見た』
更に江ノ島周辺で起こっている連続失踪事件。
これらを関連付けて、六派羅幕府が非人道的な兵器実験を行っている、あるいは非確認虐殺犯『銀星号』の関与が疑われ、迅速な調査が必要とされている。
が、現時点での大和には調査行動に適した人材が多いとは言えず、進駐軍総司令部は大和国内務省警察局に対して協力を要請した。
──という建前の下、何らかの罠が張り巡らされている可能性は高い。
八幡宮の戦力である赤い武者──湊斗景明の存在を嗅ぎつけ、戦力を削る為に罠を張っているのか。
それとも、湊斗景明──赤い武者の存在そのものが疎ましい理由があり、直接的に排除しようとしているのか。
確実に何らかの罠があると理解した上で、湊斗景明とその付添達は江ノ島調査の協力要請を受けた。
『銀色の化け物』
事件の裏に銀星号が潜んでいる可能性を、彼は無視する事ができない。
自らの妹でもある銀星号を自らの手で討伐しなければならない、と考える彼にとっては、例えそれが罠であったとしても、銀星号の手掛かりのかけらでも手に入るのならば行かない理由は存在しないのである。
そして、そんな景明の使命感とは異なるものの、この任務に対してやはり並々ならぬ熱意を持って当たっている少女が一人。
「そうですか、ありがとうございます」
小柄と言っても良い背丈に凹凸の少ない身体、短く切り揃えられた藍を含む黒髪、可憐で幼くも見える顔立ちに、その造形に対して獰猛さを秘めたまっすぐな瞳。
人の溢れ返る浜茶屋で『銀色の化け物』や『連続失踪事件』について、一人一人聞きこんでいるこの少女の名は綾弥一条。
とある事件の折に村正を装甲した景明に命を救われ、それ以来部下として景明と共に銀星号事件の調査を行っている。
義務感では無く、平和を脅かす銀星号を一刻も早く討伐しなければないらない、六派羅の支配を何とかしなければいけないという正義感で持て動く彼女は、普段見せないような営業スマイルの様なものを浮かべ、丁寧に聞きこみを行っていた。
が、如何に丁寧な聞きこみを行っていたとしても、聞きこんでいる対象が必要な情報を持っていなければ、その努力が報われる事は無い。
(ここまで、碌な情報は無し、か……)
全く無い、という訳では無い。
無責任な憶測を垂れ流す観光客はともかく、聞き込みに対する地元民の嫌そうな、聞いて欲しく無さそうな反応を見る限り、間違いなく何かが起こっている。
そして、聞き込みをしているのは自分だけでは無い。自分が有力な情報を得られなかったとしても、他の三人が手がかりを見つけているかもしれない。
だが、たとえそうであっても、彼女は何かしらの有力な情報を欲し、それを手に入れられない自分に不甲斐無さを感じていた。
(仕方ないか、そろそろ合流場所に戻って──)
一向に有力な情報の集まらない聞き込みを切り上げ、ひと先ず景明や進駐軍大尉と合流しようと思い立った綾弥の視界に、奇妙な光景が映った。
いや、映ったというのは適切では無いかもしれない。
彼女の感性が、綾弥一条という人間を形成する重要な何かが、捨て置けない何かの気配を察知したとでも言えば良いか。
ともあれ、彼女の理屈では説明のしようの無い感覚、それに従うままに顔を上げた綾弥の視線の先、観光客の賑わう浜茶屋の中では違和感を覚える様な光景が存在した。
浜茶屋の隅、きっかり六畳分ほどのスペースを、たった二人の男女が悠々と独占し、周りの喧騒などどこ吹く風でのんびりと飲み物を啜っているのだ。
合い席上等で客を詰め込むほどではないが間違いなく人がにぎわい入れ替わりの激しいこの店内、急かされるでもなく、そこに何時までも居座っているのが当たり前とでも言いたげな雰囲気。
全体的に穏やかな作りの顔に似つかわしくないほど目つきが鋭く、がっしりとした体形の男。その逞しい体つきは肉体労働者の証か。
同じくやや吊り目がち、鍛えているのか、しなやかな体躯の少女。こちらはどことなく先日サーキット場で見かけた金髪の少女に似ている気がする。
顔面の細かい造詣、髪の毛の癖などから見るに兄弟だろうか。如何にも観光客といった雰囲気の服装。
彼等は暫く楽しげにだらだらと雑談を続けていたが、自分達を呆っと見つめる綾弥を確認すると、楽しげな緩い表情から、何かに驚いたような表情へと顔を変化させた。
二人組の片割れ、妹に見える少女が綾弥を指差し、兄と思しき男に向かって何かを喚き出す。
「ほら! ほら! やっぱ旧スク水じゃないじゃん! 邪悪、邪悪だよこれは!」
それ見た事かとでも言いたげな少女の言葉に、男の方は綾弥を訝しげに見つめた後、溜息を吐きながら首を振る。
「馬鹿、あれでいいんだよ。そもそも学校とは言っても、全員十八歳以上の学生が通う学校なんだ。18歳以上の女性がスク水を着ている方が可笑しい」
「何を言ってるんだあんたらは」
こめかみを引き攣らせ、思わず素で突っ込みを入れてしまう綾弥。
先ほどまでの聞きこみ専用の人当たりの良い態度とはかけ離れた態度に、しかし少女も男も気にした風も無い。
男も少女も気を取り直したように綾弥に向き合い、話を聞く態勢に入った。
この二人以外の店の中の客には全員聞き込みを終えている。その聞きこみの光景を見ていて、自分が聞き込みをしている事は分かっているのだろう。
そう綾弥は自分の中で結論付け、改めて本題に入った。
当然、何も知らずに観光に来ている人達に『銀色の化け物について何か知らないか』などと聞ける訳も無い。
質問の内容は当然、江ノ島周辺の異常気象についての物となる。
今現在の綾弥の服装は、先ほど少女が指摘した通り学生用の水着、それの上からジャケットを軽く引っかけているだけ。
秋も終わりに近い季節でありながらこの服装、しかしそれを不自然だと指摘する者は存在しない。この服装がこの場では正しいからだ。
江ノ島周辺の温度は、夏日などという区分では分けられない程の猛烈な暑さに包まれている。
この異常気象の原因は一切不明、という事になっている。
原因が分かっても、誰もそれを口に出して言う勇気が無い、というのが本当のところなのだが。
それらについて二人に尋ねた時、正直なところ、綾弥はあまり期待していなかった。
見たところ地元民ではないようだし、観光客の証言はどれも根拠の無い憶測ばかり、今回も情報とも呼べないような噂話を一つ追加して終わりだろう、と。
が、その二人組が観光の最中に目撃したという内容は、根拠の無い話と断じるには余りにも具体的過ぎた。
江ノ島から流れる、海が煮え立つ程の暖流。
深夜に警備の薄くなる長磯。
何かに群がるように溢れ返る魚の群れ。
そして、唸り声を上げる銀色の化け物。
最後の最後で当たりを引いたのだ。
綾弥は『何一つ疑う事無くその証言を信じ』、意気揚々と合流地点へと向かった。
……景明が全く同じ情報を持ってきて、自分の聞きこみが無意味なものとなった事に項垂れるのは、実に数分後の出来事である。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
深夜、江ノ島、灯台へと続く道。
一般に知られる美しい景観が売りの江ノ島とは違うが、外周では過剰なまでに生い茂っていた植物が、島内部へと進むにつれて枯れていく様は中々に類を見ない光景であり、これはこれで面白い景色となっている。
そんな光景に包まれた山道を、ザクザクと足音を立てて地面を蹴りながら、周囲の景色を楽しみながらゆっくりと歩く。
「いやぁ、まさか認識阻害の結界を無視するとはねぇ」
俺も美鳥もスパロボ版ECSを起動し、不可視状態で山道を歩きながらの雑談。
会話は通信機を使っての小声でのものなので、余程近くに武者が居なければ気取られようも無い。
そして肝心の会話内容は昼間の浜茶屋での出来事。というよりも、一条さんについての話だ。
「やっぱ普通じゃないよなぁ。流石メインヒロイン兼ラスボスなだけの事はあるよ」
真っ二つになっても戦い続けた上で、結局主人公を殺してエンディングまで生き残る辺り、大尉よりも扱いは上と考えるべきなのだろうか。
それとも、やはり一条の名を持つ者は違うということなのだろうか。
作中ではそんなシチュエーションは無かったが、やはり直径六キロを吹き飛ばす爆発で無傷の装甲にダメージを与える攻撃で、眼に見える程派手な外傷が残らない長野県警の一条さんの様な人間離れした肉体強度を備えていたのか。
それだと電磁抜刀で切断できるか微妙だが、そこが真っ二つにされても生きていた理由なのかもしれない。
斬れたのは顔の表面だけで実は頭蓋骨は切断できていなかった、とか。
「だよねぇ。なんか変なセンサーでも搭載されてんじゃないかな、あの女」
「正義印の悪党センサーとかか?」
「んー、まぁ、あの時の会話内容もあれだったしねぇ。しかも、普通の会話してる時は見事に認識阻害に引っかかって、最後のこっちの証言もあっさり信じさせられた、と」
「なんか、マジで搭載されてそうで怖いな悪党センサー。これだからどこか突き抜けた人は……」
くだらない会話を続けながらも足は止めない。
先ほど子供ばかりが乗っている小さな漁船が、俺達と入れ替わりに現れた六派羅の兵に捕まっていたので時間は稼げているだろうが、できる事なら早いうちに灯台へと到着しておきたい。
明日の夜は少しばかり騒がしくなるので、できるなら今日の内に済ませておきたいのだ。
「で、昼間の会話の続きなんだけどさ」
「ああ」
昼間の会話──綾弥一条の登場により中断された話。
その内容は、『あれ』の開発具合である。
「結局、これまでに手に入れた劒冑作りのノウハウだけじゃ作れないんだよね」
「うむ、あれから色々考えたんだが、どうにもこうにもデータが足りない」
作成中の『あれ』──専用の劒冑。
金神の力を制御するに至って気付いたのだが、やはり何かしらの道具か技術でそのエネルギーを収束させた方が、陰義もどきの超能力を使う上では効率的なのだ。
俺の力はこういった科学技術とは無関係な能力を増幅するには向かないので、既存の技術で可能な限り強化しておきたい。
理想としては、陰義を使える程のポテンシャルを誇りながら、陰義自体は持たない劒冑。
鋼材は最高の素材が幾らでも思い付く。足りなければ複製すればいいし、金神の一部と合成して組成を作り替えても良い。
そして劒冑を鍛える鍛冶師、劒冑を構成する上で水の次に重要な生体部品。これは鍛冶師としての技術のみを頭に蓄えた、雑念を持たない純粋無垢な質の良いもの。
そう、物を知らない蝦夷の幼い子供であれば素晴らしい。
幸いにして、というか、事前にちょっとした実験をするつもりで鍛冶師の『材料』を拾って、そのまま確保してある。
蘇生し、劒冑を打つのに必要な体格へと急成長させ、不必要な記憶を消し去り、これまで手に入れた鍛冶技術も頭に刷り込んである。そんじょそこらのクローンで作る数打ちとは訳が違う。
江ノ島に来る前に一度試しにその鍛冶師の複製に作らせた劒冑は、大業物と言って差し支えない程の劒冑になった。
陰義を使用可能なポテンシャルでありながら、しかし一切の陰義を持たない大業物。
陰義を、『超』能力を仕手に依存する、仕手である俺や美鳥の中の金神の力に指向性を与え易くする銃身。
が、肝心の劒冑そのものの作りに不満が残るのだ。
「これまで手に入れた劒冑、参考にするには今一つだったもんねぇ」
真打ちは羽黒山、湯殿山の二領だけ。数打ちも六派羅のやや型遅れの代物で、おまけとばかりに競技用劒冑のアベンジ。
数打ちを除いて、碌に曲がらない劒冑ばかり。設計思想にアベンジの加速性を取り込もうとしたのもいけない。
あれでは劒冑というより、人間型のライフル弾だ。
電人ファウストにそんな感じのが居た気がするが、ぶっちゃけ用途としては同じものに分類されてしまうだろう。
どうせ造るのであれば、きちんと双輪懸の出来る劒冑にしたい。実際に双輪懸をするかは別にしても、だ。
「正直、真改さんとか手に入ってればもう少し早く完成したと思うが」
まぁなんだかんだ思いつくのだが、專用の劒冑を作るという企画自体思いつきである以上、後悔しても仕方ない。
大阪正宗がダメでも、それに匹敵するどころか変な部分で突き抜けている本家様のデータを手に入れればいい。
「ま、それで完成させたら上は目指せなかった訳だしさ。より良いサンプルで最高の劒冑を作れると考えれば」
「そういう事、と」
ザク、と乾いた土を踏みしめる。
林の中の山道を抜け、海岸の灯台へ到着した。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
海岸の灯台の中、びゅうびゅうと吹く風に、壁に立て掛けられた鎧櫃の蓋ががたがたと音を立てて揺れている。
丁寧に掃除されている訳でもないコンクリート敷きの地面には砂やほこりが降り積もり、その上には二種類の材質のガラクタが転がっている。
片方は、上半分が粉々になった鎧櫃の破片、その周囲には木片がばら撒かれている。
そして、もう一つ。鎧櫃と壁の間に落ちている、巨大なカミキリムシの玩具の様な、大小様々な金属の塊。
蒼く鈍い輝きを秘めた金属の節足。
その上に無造作に置かれた、複眼から光を失った頭部。
そこには、全身を罅割れさせ、バラバラになった真打劒冑の姿があった。
「なんてこった……、こりゃあ、こりゃあ……正宗さんの死体だ!」
美鳥はもはや見回りの兵士に聞こえないように配慮する様子も無く、叫んだ。
俺は声も出さずに、もはや金神の粒子の欠片も感じられないその金属の山をながら立ち尽くす。
数十秒か数分か、しばらく正宗さんの残骸を眺めた後、大げさに騒ぐ美鳥に視線を移す。
「で、なんか釈明はあるか?」
俺の言葉に、美鳥は両腕を組んで暫く考えこみ、そっぽを向きつつ口を開いた。
「後悔はしていないが反省はしている。すまなかったな、許してくれ」
絶対に許さないので脳天にチョップを入れておいた。ごぎゅ、という音と共に首の骨が拉げ、美鳥の鼻の下までが胴体に陥没する。
人体の構造を模倣しつつ素材だけを単純に超合金に入れ替えると、こうして強い力を加えると間接部分から破損する。
無論、そういった構造的な欠陥も、例えば生物的特徴を持つアンチボディの構造を参考にすれば解決する。
もっとも、戦闘時はそもそも人間とはかけ離れた内部構造をしている場合が多いので弱点には成り得ない。
俺も美鳥もナノマシンのようなものの集合体だ。
俺達の身体は極端に言えば力学的に理想的な構造の粘土の塊であり、打撃、斬撃などの物理的な攻撃は致命傷になり得ない。
つまりこれは暴力では無く、家族的肉体言語による触れ合いツッコミ編なのである。
「ふご、むご……!」
何やら不満げな視線を送ってきているが未だ口が胴体に埋まりっぱなしなので抗議の声を上げる事すら出来ない。
腕をぱたぱた振って暴れてるが、何を言いたいのかはさっぱり分からない。
暫く放置して眺めていると、両手で頭を鷲掴み力任せに上に持ち上げて、ぎゅぼ、という音と共に胴体から首を引き抜いた。
顔の骨格も皮膚も破損した様子はなく、首に巻き込まれて乱れた襟元を正しながら、恨めしげな視線を寄越してくる。
「あのタイミングでボケたあたしも悪いとは思うけどさ、仮にも見目麗しい可憐な美少女たるあたしにあの仕打ちは無いんじゃない? さっきのビジュアルは発禁モノだったよ?」
「姉さんに似て可愛いのは認めるが、自分で言っちゃあ御仕舞だろうが」
「もう、お兄さんはつれないなぁ」
ぷぅ、と頬を膨らます美鳥から、地面に無残にもその屍を晒している正宗さんに視線を移す。
どう見ても劒冑の機能は残っていない鉄屑にしか見えないが念のため、もう一度だけ金神の感覚で全部のパーツを確認してみる。
…………やはり何の反応も無い。完全に御臨終である。
「お前なぁ……」
ジト目を美鳥に向け、首を横に振る。
俺達の目的はあくまでも正宗の鍛冶鍛造技術であり、正宗を破壊する意図は欠片も存在していない。
ぶっちゃけその記憶を探るにしても、機械的な存在に近い金属生命体の亜種である劒冑は俺達に対してかなり好意的になる。技術を聞き出す程度の事は朝飯前の筈だ。
それが、どこをどう間違えればこんな、内部から崩壊させるような事態になるというのか。
俺と美鳥だと、どちらかと言えば美鳥の方が口がうまいので美鳥に任せて外で見張っていたのだが、仕事の分担を間違えたか。
「いや、大丈夫だって。発狂して死ぬ前に鍛冶技術の記憶は引っこ抜いておいたから」
俺の視線に美鳥は慌てるでもなく手をひらひらと振りながら半笑い。
でもそうか、もう必要な情報は手に入れていたのか。それならボケるよりも先にそれを言って欲しかったのだが。
しかし、さっきの美鳥のセリフの中で気になった部分がある。
「なんで発狂させた? 俺の印象だと適当に正義を掲げた感じの言葉で誘導すれば口を割りそうだと思うんだが」
「いやぁ、それが以外と頭が固くてさぁ。ちょおっと頭を柔らかくして貰おうと思って英雄編のエピソードをちょちょいと改造して幻覚で追体験させたら、うーうー唸りだして」
ぼん、と言いながら握りこぶしを開く美鳥。
なるほど、おそらくはその魔改造英雄編では、一条さんが正宗の自壊を止められない展開なのだろう。
で、信念が間違っていたのかとか、我の正義は云々とかで崩壊寸前の精神から無理矢理鍛冶鍛造関連の記憶を引きずり出した事で、精神の拠り所である正義と鍛冶師であるという誇りを失い、完全に崩壊してしまった訳だ。
自我の薄くない劒冑の欠陥だな。何かしらの強い目的のある劒冑だと、それが果たせない、もしくはそれと反する状態になったとき、その甲鉄を維持できなくなる。
自我が薄くなるのは金属生命体に変化する上での副作用の様なものの筈だが、それが劒冑の統御機能としては最適な状態なのかもしれない。
うん、この事を踏まえて、完成品の俺達の劒冑からは統御機能は除去してしまおう。どうせ邪魔になるだけだし。
「で、これはどうしようか。あたしはこのまま放置して帰ってもいいと思うけど」
美鳥は正宗に対して、もうほとんど興味を失っているらしい。
必要なデータを全て手に入れているからというのもあるのだろうが、元からこういう暑苦しく偏執的なタイプの人格とは相性が悪いのだろう。
このまま正宗が死んだままだと、江ノ島から抜けだしたGHQの兵隊が市民やら警察の人達やらを虐殺してしまい、それを止めにいった一条さんも当たり前に死ぬ。
昼間に立ち寄った浜茶屋に江ノ島丼が無かった。その浜茶屋も店主ごと潰されるだろう。
あんな品揃えの悪い浜茶屋の店主など無残に殺されてしまえ、という美鳥の内心も分からないでは無いのだが。
「ふむ」
目の前の元真打劒冑、現鉄屑の正宗を前に、考える。
正味の話、もう正宗に利用価値は存在しない。
俺達に必要だったのは正宗の鍛冶鍛造技術だけであり、純粋な戦闘能力には価値を見出していないのだ。
七つのからくりは奇抜と言えば奇抜だが、それもあくまでもこの村正世界での話。
現在判明しているからくりにしても、その全てを元から持っていた技術で再現可能であり、態々修復して手に入れる必要性は薄い、というか、欠片も存在しない。
が、しかし。それはあくまでも実利的な部分での話だ。
「これはあくまでも趣味の問題なのだが」
「うん」
「臓を武器に戦う女の子、というのは、それなりにエンターテイメント性が高くて素晴らしい」
見世物としては十分の出来ではないかと思う。リョナ好きには堪らないだろう。
それに、下手にここで菊池署長やら一条さんやらが死ぬと面倒な事になる。
こういった分岐のある世界は、何事も無ければトゥルーエンドとかに向かうように出来ているが、それはあくまでも『何もしなかった場合』の話だ。
物語の重要な小道具である正宗が退場した場合、全くの別ルートに入る可能性もある、というか間違いなく別ルートに入ってしまうだろう。
そうなれば魔王編には辿り着けず、動けない蜘蛛正を好き勝手弄ばせるという美鳥との約束も反故になってしまう。
「どうにかして直したいってのはわかったけど、どうすんの?」
「ああ、まずは正宗の記憶をこっちに寄こせ」
美鳥の声に頷きながら、掌から触手を伸ばし、灯台の内部に張り巡らせる。
触手に覆われた室内の時間を、タキオン操作で加速。一分が数週間にもなる程の強加速。これで時間制限は無いも同然。
次は肉と鋼の混じった触手で埋め尽くされた室内に、劒冑を鍛造するのに必要な器具を次々と複製する。
通常の刀や鎧の鍛造に必要な器具はグレイブヤードのから回収したデータからでっち上げ、そこに湯殿山や羽黒山から取り込んだ舞草鍛冶の記憶を元にアレンジ。
しかし、この施設では恐らく元の正宗にはとても及ばない不出来な劒冑しか作れないだろう。
そこで正宗の記憶が必要になってくる。
「んー、打ち直すなら打ち直すで良いんだけどさ、流石に人格まではどうしようも無いよ? 手に入ったのはあくまでも鍛冶鍛造関連の記憶だけなんだし。代用品を使うにしても『あれ』を統御機能に使うのは流石に違和感あるし」
俺の手を取り、手と手を融合させて正宗の鍛造技術のデータを転送しながら首を傾げる美鳥。
確かに、俺と美鳥専用の劒冑を作らせる予定の鍛冶師は、統御機構にするには色々と不都合がある。
元より俺達専用の劒冑が完成したら、装甲状態で内側から取り込む予定であった為、統御機能については特に考えて無かったのだ。
俺達が統御機構の仕事を自分で負担するので問題は無いのだが、並みの人間では統御機能無しで劒冑を扱うのは難しいどころの話では無いだろう。
「何を言っている。俺達には、まだ頼りになる強い味方、便利な手駒が居るじゃないか」
そう、ロボットでの戦闘から農作の手伝い、美鳥の暇つぶしのお供までなんでもお任せのあの人!
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…………
……
そんな訳で、脳内に鍛冶師としての知識を詰め込んだ助っ人を作成して、劒冑の打ち直しを始めて、時の加速した灯台の中では数週間が経過した。
思った通りというか何というか、予想通り、自分が劒冑の一部になる事に何の抵抗も示さなかった。
普通の人間、しかもこの世界の鍛冶師でも無い人間だったのならば普通は生きたまま武器の一部になるなんて事は拒絶して当然だろう。
だが、この人は違う。
世に戦乱の嵐吹き荒れ、内外に敵を抱え込むこの国。劒冑に生まれ変われば普通に生きるよりもよほど多くの心躍る戦いに挑める。
ただそれだけの理由で、頼むまでも無く現状を理解して自分から劒冑になってくれるらしい。
流石、俺が見込んだだけの事はある。オーブで拾っておいた甲斐があったというものだろう。
「ふふふふ、血沸き肉躍る、とはこの事ですわね」
まだ見ぬ戦いへの期待から悦びに蕩けた笑みで、鎖で天井から吊るされた少しだけ正宗に似た意匠の鎧を嬉々として炉に降ろす助っ人──フー=ルー・ムールー。
炉の発する熱さから既に上着は脱ぎ棄てており、上半身は肉体にぴったりと張り付くスポーツブラの親戚のようなフューリー独特のボディスーツ。
引き締まった筋肉が眩しい戦士の腕に珠の汗が浮かぶ。体を鍛えている女性は新陳代謝が活発であるが故に肌が綺麗だと言うが、それは異星人でも変わるところでは無いらしい。
フーさんの脱ぎ捨てたフューリー聖騎士団の上着を抱えた美鳥は、そんなフーさんを呆れた表情で見守っている。
いや、美鳥だけではなく、実際に頼んだ俺も今のフーさんの喜びっぷりには少々呆れている
ここまでノリノリで劒冑を打つ鍛冶師というのは、この世界に存在するのだろうか。
しかも、劒冑になっても良い理由が完全に自分の趣味である。
鍛冶師が劒冑の統御機能として組み込まれる際、炭素生命から金属生命へと進化する副作用として自発的な意思が弱くなる、というのが公式の設定であるが、間違いなくフーさんは仕手を戦に進んで駆りだそうとする迷惑極まりない統御機能になるのだろう。
……基本的に本編の重要な劒冑の大半がそんな感じじゃあないか、とか言ってはいけない。物語の主人公の周りには個性の度合いが変態的な連中が集まるのが様式美なのである。
くだらない事を考えている間に、作業の工程は最終段階に突入する。
滑車の鎖をフーさんが力を入れて引っ張ると、ガラガラと言う音と共に赤熱した鎧が炉から引き上げられる。
少しだけ正宗に似た意匠と言った通り、正宗っぽいパーツは余りにも少ない。というより、メカっぽい。明らかに劒冑のデザインでは無い。
何処となくフューリーの機体に似ている。武者ラフトクランズ、いや、ヴォルレントか?どちらにも似ている様でいて、もう少し鈍重そうなイメージのシルエット。
ここまでアレンジしておきながらも一応劒冑としての体裁は保っているようで、種別としてはオリジナルの正宗と同じ重拡装甲(おうぎづくり)に分類されるだろう。
からくりの性能はかなり大人しくなっているが、甲鉄の隙間にはそれを補って有り余る程の大量の火器が覗いている。
刀自体はオリジナルの正宗の物より格段に刀身が短く、より取り回し易い長さに摺り上げられ、完全に予備の武装か、懐に潜り込まれた時のことしか考えていない補助武装扱いだ。
露骨なまでの遠距離仕様。はっきり言ってこの世界の通常の武者には相性の悪い劒冑だ。
だがこの劒冑、良くも悪くもフーさん色に染め上げられている。
「随分と趣味的ですね」
俺の言葉に、フーさんが炉から引き上げた鎧から、真っ赤に焼けた籠手を素手で持ち上げながら振り向く。
じうじうと音を立てて焼け焦げるフーさんの手。文字通りの身を焼く熱にもフーさんに怯んだ様子は欠片も存在しない。
確かにスパロボ世界で回収して蘇らせた時点で多少の改造は施したが、決して痛覚が完全に無くなる様な調整をした訳でもない。
彼女の顔には相変わらず艶然とした笑みが浮かんでいる。
両腕に籠手を装着し、自らの腕が焼け焦げる匂いを嗅ぎながら、フーさんはその籠手を誇る様に此方に見せ付ける。
「素敵なヨロイでしょう?」
フーさんはそう呟きながら、嬉しそうな、懐かしむような視線を吊り揚げられた鎧に向ける。
「うん、いいと思うよ。見るからに強そうじゃん」
美鳥はその劒冑になる鎧を見て、面白がる様に称賛する。
強そう、というか、ゴツゴツしていて堅そうなイメージ。移動要塞というか空中砲台というか、とにかくフーさんのイメージには合っていない様な気もする。
いや、仮にも空を飛んで銃で戦う訳だからフーさんらしいといえばらしいのか? 感じた違和感は細身のラフトクランズのイメージが強いせいか。
「何か、思い入れでも?」
フーさんは次々と赤く燃える鎧を身に纏いながら答える。
「フューリーの本星で内戦をしてた頃、まだひよっこだった頃にお世話になった機体ですわ。これに乗ってた頃は私、被撃墜数ゼロでしたのよ?」
なるほど、一応ゲンを担いではいるらしい。
ラフトクランズの時はパイロット歴数か月の実験体に撃墜されたものな。
疑問も晴れたので、俺はフーさんに最後の指示を出しておく事にした。
「いいですか、これから人相の悪い筋者がここに来ますが、彼に求められても決して装甲しないでください。その鎧、その劒冑、貴女を使うのは──」
「学生服を着た気の強そうな女の子、ね。ええ、ええ。仮にも主の命令ですもの、しっかりとやらせて頂きますわ」
ひらひらとフーさんが手を動かす度に、鎧の隙間から黒い何かが零れ堕ちる。
精神的な部分がどうあれ、そろそろフーさんの身体の方が持たないだろう。
赤熱した籠手が、ゆっくりと兜を持ち上げ、フーさんは兜を被った。
被ると同時に顔面が焼かれた筈だから声を出す事も出来ないのだろう、フーさんが道を開ける様に美鳥に手を振り指示する。
美鳥が頷きもせずに退くと、その向こうには地面を掘って作られた簡易プールと、なみなみと注がれた光輝く水。
半透明金属になるかならないかのギリギリの濃度にまで調節された金神の水だ。
ここに鎧を纏った鍛冶師が入る事で金属生命体へと生まれ変わり、金神の子、劒冑がこの世に生まれ落ちるのである。
がしゃ、がしゃ、がしゃ、と、ゆっくりと金神の水のプールに向かって歩く鎧、フーさん。
一歩一歩が重そうで、これまでの戦いを思い出しているようで、これからの戦いを想う様で。
その冗談みたいな在り方に、平和とは縁の無い欲求に、血生臭い生き様に、決して似つかわしくない穏やかな歩み。
「じゃあね」
「良い戦いに恵まれるといいな」
美鳥と俺の言葉に、軽く片手を上げて応え、金神の水に足を踏み入れる。
じゅわ、と立ち込める蒸気の向こうへと消える、鎧とも機動兵器とも付かない独特なシルエット。
それが、俺と美鳥の見たフ=ルー・ムールーの最後の姿だった。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「しかし、あれが最後のフーさんとは思えない。この世に戦争がある限り、きっとまた、第三第四のフーさんが俺達の前に現れないとも限らないのだ」
第一のフーさんはスパロボJ世界で死んでいるのでさっき劒冑になった彼女は第二のフーさんなのである。
さらばフーさんⅡ。貴女の事は忘れないと思う。多分。
「次は米の収穫の頃に見れそうだぁねー」
美鳥の言葉に頷く。人手はあって困る物では無い、今年はそれなりに豊作気味なのだ。
いい加減、人力じゃない稲刈り機買わないとな……。
「で、これからどーしよぉぉぉー、お、お、お」
折り曲げた座布団を背に敷して背骨を伸ばす美鳥。身体を撥ねさせてぼきぼき音を鳴らして遊んでいる。
そう、ここはすでに灯台でも江ノ島でも無い、何の変哲も無い質素な和室である。
無事に正宗もどきをでっちあげた俺と美鳥は続いて木箱をでっち上げ、その中に劒冑へと変じたフーさんを押し込み、室内にまき散らされた木片や、打ち直す上で使わなかったオリジナル正宗の残骸(9割程残っていた)を掃除し、クロックアップを解除して灯台から脱出。
無間方処の咒法でひたすら迷わせていた雪車町さんを解放し、何事も無かったかのように江ノ島を脱出、民宿に泊まってくつろぎタイムへと突入したのだった。
開け放たれた窓からは江ノ島が見えるが、それ以外は特に見るべきものが無い安宿だ。
ここ意外に営業している宿が無かったからここにせざるを得なかったというのが理由だが、食べモノもその他必要な道具も全て複製できるので不自由は無い。
「ん、んー」
ジンジャーエールの瓶を傾けコップに注ぎ、ストローで啜りながら生返事を返す。
正宗の技術を手に入れたから、改めて俺達専用の劒冑造りを始めるのもいいかと思うのだが、どうにもこうにも欲が出た。
先刻見たフーさんの劒冑、偽正宗を思い出す。
現行の劒冑の技術だけでは無い、フーさんはフューリーの技術を鍛冶師の技術で再現し劒冑に応用した。
あの劒冑、見た目を似せただけではない。心鉄の近くには原始的な作りのオルゴンエクストラクタが内蔵されており、仕手の熱量の他に僅かながらオルゴンエネルギーを利用する事も可能な筈だ。
そのエネルギーを利用すれば、あの偽正宗は仕手が無くとも自律稼働が可能だろう。
……更に言えば、フーさんの肉体にはデモナイズ出来ない程度の量ではあるが蘇生専用のペイルホースが含まれている。
フーさんの事だ、仕手が死んだら肉体を操る為に躊躇無く投与して蘇生するだろう。
エネルギー効率に優れ、即死した仕手を蘇生させる事すら、その身体を乗っ取って戦い続ける事の出来る劒冑。
少し妖甲臭いが、フューリーの技術と俺から分けた技術だけでもここまでの劒冑が作れるのだ。
ならば、もう少しだけ他の劒冑のデータを集めるのも良いのではないか。
で、サンプルにしたい劒冑といえば真っ先にあれが思いつく。
「銀星号、二世村正ってさ」
「んー?」
美鳥は相変わらず座布団を背中に敷いたまま寝転んでいる。
が、相槌を打っているところから一応話を聞いているようなので注意はしない。話を続ける。
「重拡装甲だっけ、単鋭装甲(やじりづくり)だっけ」
「えー、っと」
ごろんと転がりうつ伏せになった美鳥が掌からにょきにょきと一冊の本を複製する。
装甲悪鬼村正ビジュアルファンブックだ。
中身の表紙は和風でカッコいいが、外側のカバーは少し恥ずかしいデザインなので、実家暮らしの人は親兄弟の目に触れない場所に保管しておくのが妥当かもしれない書物である。
カバーを乱雑に外し、ページをぺらぺらと捲る美鳥。
後半の劒冑のページを開いているところからして、劒冑の特集ページを参照しているのだろう。
「んー、どっちでもないね。分類不能って事でいいんじゃないかな」
「ん、手間かけさせたな」
「いやいや」
ふむ、村正一門の劒冑を取り込むのは御免被りたいが、どちらの形式にも分類できない二世村正の構造自体は気になる。
そういえば、キンタ、堀越公方足利茶々丸も劒冑としては生体甲冑という分類で、重拡装甲でも単鋭装甲でも無かった気がする。
この世界で最初に改造した風間も、便宜上生体甲冑とはしているが、あれはただ単にテッカマン・ブラスレイターに金神の欠片を与えただけ。
あの時は生体甲冑だと思っていたが、よくよく考えてみれば甲冑、劒冑の要素は欠片も存在していない。
では、実際の生体甲冑とは如何なる存在であるのか。
劒冑というものをファンブックの記載を元に考えれば、鎧を纏った人間が金神の水によって生まれ変わった不完全な金属生命体だと定義できる。
通常、普通の人間が金属生命体に生まれ変わった場合、生体的原動力の殆どを失い、自発的意思も薄れてしまう。
これが、鍛冶師の生まれ変わりと言っても良い真打劒冑が自らの主を求めて自発的に動き回らない理由である。
しかし、生体甲冑である虎徹、足利茶々丸は人間としての生活を自発的に行っている。
このように虎徹が茶々丸として自立稼働する事が可能なのは、虎徹が打たれた当時に母親の子宮の中に存在していた茶々丸の生命体としての自発的意思と生体的原動力が、そのままの形で虎徹に組み込まれているからなのだろう。
茶々丸が劒冑の造形に深いのも、無意識レベルの部分で虎徹を打った鍛冶師、つまり茶々丸の母親の極僅かに残された記憶や自発的意思との融合を果たしているからに他ならないと言ってもいい。
そう考えれば、彼女を安直に劒冑と人間の相の子、と表現するのは短絡的ですらある。
仕手と劒冑と統御機能、彼女はたった一人で三位一体を果たしている。どこぞのマザコン騎士かぶれなどよりも余程効率的ではないか!
そして、甲鉄を欺瞞して人間形体になっている村正とは違い、彼女は人間としての機能を確実に有している。
その事を踏まえて考えれば、彼女は劒冑以上に金神の正当にして正常な子孫、地球上で初めて生まれた完全な金属生命体、いや、金属生命体の機能を完全に有した半金属生命体と言っても良い!
そう、生まれながらの半金属生命体、半分が金属、半分が機械……ウォーズマン? いや金属生命だからドラゴンパーティーか。
危ない、盛大に思考が逸れた。
まぁともかく、そういった生体甲冑、金属生命体という特異性を抜きにしても、劒冑として茶々丸、真打劒冑、二十八代目虎徹入道興永の構造はとても興味深いものがある。
結縁して仕手に装甲された状態での統御機能が茶々丸である事から、恐らく鍛造技術を手に入れる事は不可能だろう。
が、その構造を外側からスキャンする程度の事なら十分に可能だ。
高レベルで纏まった性能、レーサークルス、ウルティマシュールに迫る真打ち劒冑としては破格の旋回性能。
よくよく見なおしてみると分かるのだが、この虎徹の合当理の母衣(ほろ)、他の劒冑の母衣とは違う機械的な構造こそが秘密だと思うのだが、それを確認する為に時間を費やすのは十分に価値のある時間の使い方だろう。
「銀星号と、できれば虎徹の構造も見ておきたいな」
「伊豆の堀越御所で張ってればどっちも見れるんじゃない? 虎徹は、まぁここまで散々銀星号の治療で貸しを押し付けてるし、変形時の苦痛を和らげられれば見せる程度の事はしてくれんじゃないかなぁ」
「それが妥当だとは思う、思うのだが、できれば銀星号の戦闘中のデータを採取したい。辰気障壁を解いた本気モードでのデータ、それも相対する敵としての視点からの物を」
俺の言葉に、美鳥は驚いたような表情で勢いよく起き上がる。
美鳥は俺の顔を真剣な眼差しで見つめたまま口を開く。
「お兄さん、正気?」
「せめて本気と言え」
だが、美鳥の言いたい事は良く分かる。
スパロボJ世界で、俺は主人公達を遥かに上回る戦力を持ちながら、最後は通常であれば致命傷と言っても過言では無い攻撃を受けてしまった。
『主人公は最後には必ず勝利する』
これは、スパロボの様なヒロイックな作品では当たり前に主人公に備わっている自動発動型の特殊能力、主人公補正だ。
連中から盗み出した技術で完全に圧倒するという俺、ラスボスの勝利条件は満たされる事無く、鳴無卓也を殺害するという連中の、主人公の勝利条件は数多くの偶然が重なる事で、形だけとはいえ達成されてしまった。
多くの批評、二次創作内部で論われるこの主人公補正。恐ろしいところは、俺の行動、思考すら部分的にこの補正によって捻じ曲げられていたという所にある。
もし俺の掲げる勝利条件が単純な主人公達の殲滅であったならば、開始と同時にクロックアップ発動、最大攻撃力の武装に精神コマンド全部掛けで呆気なく決着が付いていただろう。
あるいは、ボウライダーのブレードを電動鋸型に差し替えた時、旧ブレードを消滅させていたのなら、ベルゼルート改をそのまま放置せずに回収していたのならば。
更に言えば、オーブ戦の時に相手に合わせずさっさとアル=ヴァンを殺害しておいたなら、派手な戦いをせず、史実通りの順番でフューリーが襲来していたなら。
言いだしたなら切りがない程に、主人公に立ちふさがるラスボスには、着々と敗北条件を満たす為の修正が加えられていると言ってもいい。
「正気を疑いたくもなるよ。いーい? ここは、ニトロ+作品の世界、中ボス風味の獅子吼の戦闘ですら大量の死亡エンドが存在するんだよ? 『主人公補正』は存在しないか、極々薄くしか存在してない。あたしの言いたい事、お兄さんも分かるでしょ?」
「一応な」
──そう、逆にこういった暗く、選択肢一つで平気で主人公がぽんぽん死ぬ世界の場合、全く逆の属性の補正が存在する。
『ラスボスは主人公以外には殺されない』
悪の組織の大首領は、仮面ライダーにしか倒せない。軍隊警察は役に立たない。主人公を引っ張ってきた最強のなんたらとかそんな設定持ちの兄貴分がラスボスには手も足も出ない。
これらの原因の一つとして挙げられるのがラスボス補正である。
単純な技量、才のきらめきでは湊斗光に匹敵する今川雷蝶の手に寄り、英雄編で銀星号は母衣に傷を付けられ、しかも復讐編ではあっさりと鍛造雷弾で死んでしまう。
が、銀星号がラスボスとして据えられている魔王編では、このどちらもなされていない。
このルートでは、ラスボスとしての力を十二分に発揮し、ラスボスとしての威容を示している。
更に言えば、古代の封印などで弱体化している筈の魔王が最盛期の力を取り戻しているとかも、ラスボスを強くする為のラスボス補正である。
俺は今回のトリップの副題である救済活動の一環として、気まぐれに湊斗光の肉体の治療を行った。
恐らく俺のこの行動もラスボス補正、肉体的に超健康体である銀星号の現在の戦闘能力、推して知るべしという処か。
「別に俺もラスボスを倒してみよう、なんて思ってる訳じゃない。蹴りだのなんだのは置いておくとしても、ブラックホール攻撃は防げるか分からないしな」
一応、不屈を使えば最小限のダメージで防げる筈だが、それでもこういった世界でのラスボス補正持ちとかと全力で戦うのは危険である。
しかも相手は善悪相殺の呪持ち、倒してから死体を取り込むのも危険であり、危険を冒して最後まで戦うのは割に合わない。
「引き際は弁えているから心配するな」
例えば英雄編。
雷蝶は辰気障壁を貫き銀星号の甲鉄(はだ)に傷を付けたにも関わらずブラックホール攻撃──飢餓虚空魔王星を使われずに敗北した。
八幡宮上空での二世村正対三世村正の戦いから考えるに、景明以外の相手であれば、あの段階ではそれほど力を行使する事は無い。
俺の狙いはあくまでも銀星号の劒冑としての構造の理解だけが目的であるが故に
その程度の推測は美鳥も可能な筈だが、どうにも心配であるらしい。
真剣な眼差しの瞳は少しだけ潤み、両手は俺の両腕の裾をぎゅうと力強く握りしめている。
「でも、うぅ、どう説得すれば」
「なぁに心配するな、俺は不可能を可能にする男だからして、帰ったら一緒に何処かに買い物にでも行こう。そうだ、銀星号のデータを収集したらお祝いに何か豪勢な食事でも取るか。ステーキとかパスタとかパインサラダとか。デザートにはパインケーキもいいな」
「やーめーろーよーぅ! それ全部死亡フラグじゃんかよー!」
涙目でこちらの胸をぽかぽかと殴りつけてくる美鳥。
ふふふ、相変わらず愛いやつだ、姉さん程では無いが。姉さんと猫を除けば、これほど愛らしい生き物はそうそう存在すまい。
涙目で俺を止めようとする美鳥をからかいつつ、俺は銀星号との戦いに思いをはせた。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
江ノ島の上空、通常の劒冑では到達する事の不可能な超高高度にそれは存在していた。
銀。白銀。流星。
大和を騒がせる銀色の魔物、二世村正と湊斗光は、空の彼方、天上の月を目指すように騎航していた。
何の事は無い、先の江ノ島の戦闘の余韻を残したまま、昂りに任せるままに空を駆けているだけ。
多くの戦いを経て、心を削る殺人を重ね、しかし心を折らずに自らに迫る最愛の肉親、湊斗景明の姿に、戯れる様な戦いに心を躍らせた。
戦い終え、しかし未だ持って身体に、胸に残る熱が消えない。
有り体に言ってしまえば、彼女は戦いへの欲求を持て余していたのだ。
不作法、不器用な騎士(クルセイダー)との戦いを経て、景明とぶつかり合った。
己を求め我武者羅に突き進む様は湊斗光を高ぶらせたが、しかし未だその力未熟、昂奮の熱量を使い切るには遠く及ばなかった。
故に、白銀の星は夜闇を切り裂き、駆ける。
《御堂》
「何か」
唐突に響く二世村正の声にそっけなく答え、
《『何か』が近付いておる》
「うむ、ああいや──」
騎航(あし)を止める。
呼び止められた時点で気が付いた。何か、そう、他の何にも形容し難い何かが近付いている。
いや、少しだけ違う。村正の言葉は間違っている。
「おれ達が近付いていたらしい」
そう。それは最初からそこにあり、距離が近付く事で初めて此方から補足する事が出来たのだ。
天に座す、ヒトガタ。
月を背に負うその姿は奇しくも銀星号と同じく銀。
いや、それも正しくない。ヒトガタを覆う甲鉄は、虹色の光輝を放つ刃金色。
劒冑という存在を模した歪なヨロイには、ペルーはパンパ=コロラダやパンパ=インヘニオの地上絵を彷彿とさせる紋様が刻まれている。
劒冑ではない、武者でもない。恐らくは人ですら無い。
何者とも知れぬ奇怪なヒトガタ。
だが、はっきりとしている事が二つ。
「淑女に舞を申し込むならば、名を名乗るのが礼儀であろう?」
ガシャ、と、鋼が打ち合う音と共に刀を構えるヒトガタに、返事を期待するでもなく声を掛けながら、構える。
ヒトガタの型は無形。唯刀を手にだらりと下げ、しかし間違いなく臨戦の型であると分かる。
目の前の存在は、自分との戦いを望んでいる。強く、強く闘争を望んでいる。
《……一手、馳走》
期待していなかった返事に、湊斗光は装甲の下で僅かに目を見開く。
手に下げられていた刀が構えられると同時、目の前の虹色の輝きを持つ刃金の甲鉄がギュルギュルと金属を捻じ曲げる様な音を立て変色する。
刃金色から変じた甲鉄は、夜の闇を吸いこんだ様な黒。
光沢の無いその甲鉄は二世村正の知識にあるどの鋼材にも似ず、しかし湊斗光に強い確信を抱かせていた。
強い。その闘志に違わぬ力強さを秘めている、このヒトガタは。
間違いなく、この疼きを止める事が可能なのだ!
「いざ、来ませい!」
銀の流星と、黒い人型。
未だ人類の手の届かぬ地球と宇宙の境界線で、二つの強大な力が激突した。
続く
―――――――――――――――――――
正宗さん、死亡確認!
装甲大義正宗は開始前に終了、次回より装甲戦鬼フー=ルーをお届けします。
そんな感じで相変わらず説明臭い第三十四話をお届けします。
あ、因みに次回の冒頭、戦闘から始まるかどうかは決まっていません。
次回で一応第三部村正世界は最終回になりますが、オチの関係上湊斗光は死なせる事ができませんので、戦闘描写をわざわざ挟む必要性があまりないのです。
でも多分気が向いたら戦闘シーン書くかもしれません、レイディバグを力技で攻略するシーンとか浮かんだんで断片的になるかもだけど。
以下、自問自答。
Q、端末?
A、古い魔法使いの使い魔的なイメージ。ブラスレイター化して弾丸の様に飛びながら敵の肉を食い破ったりする肉食ゴキブリとかそんなバリエーションもあるかも。
Q、專用の劒冑?鍛冶師?
A、金神パワーを更に繊細に制御する為の鎧とかそんな言い訳でパワーアップ。鍛冶師は複線回収したいから。小さい子の方が物覚え良いって言うよね?
Q、正宗ェ……
A、ギセイ!
Q、さよならフーさん……
A、次は多分三人目だから。代えが利くから身体張りますよ。
Q、フーさんのひよっこの頃の機体。
A、毎度おなじみオリ設定。あんまり大きくない泥臭い火砲支援型の咽る系パワードスーツだったとかそんな妄想。本篇に関わらないのでスルーしても何の支障も無い。
相変わらず突っ込みどころ満載の第三部も次回でラスト。
名残惜しくもありますが今回はこれでお別れ。それでは誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。
次回、装甲悪鬼村正編、最終話。
「いいことしたなぁ」
お楽しみに。