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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/25 11:06
もぞ、と布団を引き剥がし、小柄な少女が身を起こす。
しばしばと眠たげに瞬く吊り目がちの眼、首を傾げると同時に肩からさらさらと零れるやや癖のある金髪。乱れた髪から覗く耳は僅かに尖り、その少女に流れる蝦夷の血を控えめに主張している。
蝦夷。劒冑を鍛えるのに適した強靭な身体とやや短い寿命、褐色の肌に尖った耳を持つ大和先住民族。
一般的な大和人とは余りにも異なるその姿は差別の対象ともなり易く、全体ですら僅かな蝦夷達は大和でも貧しい生活を強いられる事が多い。
肌の色こそ大和人のそれではあるが、髪に隠されたその耳の形から察しのいい者は直ぐに彼女が蝦夷と大和人とのハーフである事に気付くだろう。
が、少女の寝室でもあるその部屋の調度品。それら一つ一つに残らず格調高さが見てとれる。
現在の大和の情勢から見て、大会社の社長か軍の高官でも無ければ使う事の出来ない高価な部屋。

「………………」

少女は身を起こし、しばし呆ける。
十数年味わう事の出来なかった、安眠という生物的には無防備になるその隙。
しかし、脳が破壊されんばかりの騒音に悩まされる事無く安寧に意識を沈める事が出来る幸福を、少女は目覚め切っていない脳で噛みしめていた。
立ちあがらず、布団の中で上体を起こした姿勢のまま外に視線を送る。
日は未だ昇り切っておらず、人々の声も遠い。
単純にこの時間帯に声を出している人間が少ないというのもあるが、それを差し引いても聞こえてくる声は何処かフィルタを通した様にはっきりとしない。
スイッチを入れる様に聴覚を研ぎ澄ませる。聞こえてくる声は朝餉の仕込みをする厨房の声、朝錬をする兵の掛声、丁度交代する警備の声。
昼夜問わず厳重な警備によって守られている普陀楽城は決して人の声が絶える事も無く、その会話内容に聞き苦しい内容が混じる事も多々ある。
が、それを差し引いても、この朝は少女にとって心地よい目覚めであった。
過剰な騒音に悩まされる事も無く眠りに着き、目覚める。
たったそれだけの事が、彼女にとっては堪らなく喜ばしい事実である事を知る者は少ない。
布団の上で身じろぎ一つせず、山の向こうから登る朝日をぼんやりと見つめる少女の名は茶々丸。
堀越公方竜軍中将、足利茶々丸である。

―――――――――――――――――――

あまり想像できないかもしれないが、足利茶々丸の朝は一般的な軍人と比べても格段に早い。
周囲数キロから十数キロ半径の人間が起床し言葉を発して活動を開始するのとほぼ同じタイミングで起き出す彼女は、まず十数分程睡眠の余韻に浸り、その余韻を味わい終えると即座に一日の活動を始める。
冷たい水で顔を洗い、自らの兵の朝の鍛練を見回り、昨日から持ち越した自分にしか処理できない書類の整理など、朝餉が出来上がる前に一通りの雑務を終わらせてしまう。
四公方の中ではちゃらんぽらんとした態度と何を考えているか分からない言動、遊び半分に生きているような性格、かと思えば時に身内すらあっさりと始末してのける容赦の無さからあまり評価されていないが、公方としてこなさなければいけない最低限の職務は迅速かつ積極的に処理している。
これは別に隠れた努力が好き、という訳でもなく、まともに眠る事も出来ずに起きている時間を有効活用していたかつての生活リズムが残っているだけなのだ。
基本的に公方としての職務は他にできる事の無い早朝に済ませ、昼から深夜にかけてはその日に発生した仕事、それを抜け出してのさぼり、更にさぼりの時間と偽っての悪巧みに利用されている。
いや、もう職務に関する事以外では悪巧みはあまりしていない。
悪巧み──緑龍会の最終目的である神降ろし、そしてその神の力を全て銀星号に取り込ませるという茶々丸の目的。
それらはもはや何の意味も持たない。何しろ、降ろすべき神はもはやこの世に存在しないからだ。
大和帝国相模玉縄、普陀楽城から地球中心部へ向けて一一五キロ。
今ではそこに神は存在していない。神の収まっていた場所は只の空洞、あるいは何の意味も無い詰め物が収められている。
何故、そんな事が分かるのか。その神が居ない事の証明を誰がなし得ると言うのか。
……実の所を言えば、神はそこに居ないだけで、確実に存在している。
知性無き、虫以下の意味の無い力の塊ではなく、人並み以上の知恵を、運用する理由を、欲を、希望を得て、地上へと解き放たれているのだ!

「なーんつって」

執務室に運び込まれた朝餉を前に、茶々丸は力なくケケケと哂った。
余りにも馬鹿馬鹿しい、ゴシップを中心に取り扱う新聞ですら、こんな記事を通そうとしたなら編集長が受け取った記事を丸めて頭を叩いて持ち込んだ社員に叩き返されるだろう陳腐な煽り文句。
人気の無い地方紙の連載小説だってもう少しまともなネタを取り扱うだろう。
そんな馬鹿げた話が、ニュアンスは違えど間違いなく現実に起こっているのだから笑えない。笑うしかない。

「どうかなさいましたか?」

朝餉を運びこんできた部下が茶々丸の突然の台詞に疑問符を浮かべる。

「んにゃ、なんでもねー。下がっていいよ」

それに茶々丸は手をひらひらと振り誤魔化し部屋から退出するように促す。
静々と頭を下げて執務室から退室する部下を見送り、箸を手に取り、思考を再開する。
神は解き放たれた。怪物として人に暴かれる事も無く、世間で騒ぎを起こす事も無く。
いや、正確に言えば騒ぎは起こしている。
鎌倉で起こった学生連続誘拐事件の犯人を殺害したのはその尖兵で、古河の領地で起こった銀星号事件の一部と目されていた、山間部に突如出現した巨大なクレーターはその神自身が手を下したものなのだとか。
結局前者は行方不明者の箱詰めされた腐乱死体が見つかっただけで犯人は不明のまま迷宮入り、後者は茶々丸自身が誰かに知らせた訳でも無いのでそのまま銀星号事件の一部として扱われている。
伊豆國は堀越御所に居る銀星号本人──湊斗光の元に出向いて確認してみたのだが、確かに本人はやっていない、という事らしい。

『劒冑とも生物とも機械とも付かず、それでいて強大な力の持ち主は近くに居た気がするな』

とは光の劒冑、二世村正の言だ。
因みにその時、光は理性を剥ぎ取られて思いのままに争い合う村人たちに夢中であった為、一瞬で現れ何処かに去っていった謎の反応の事は知らなかったらしい。
それも可笑しな話だとは思う。それだけの武を持つ武者(神らしいが)が相手ともなれば、喜び勇んで戦いに向かいそうなイメージがあるのだが。
そこら辺も、あの暴力的なまでに強大な神の力を効率的に運用すればどうにか小細工が出来てしまうのかもしれない。
──何故、ここまで地上に出た神の動向に詳しいのか。理由は実に単純。

《うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁっぁ!!!!!!》

「うおっ!」

味噌汁を啜っていた茶々丸の脳内に、突如として年若い少女の絶叫が木霊する。
その声を茶々丸以外の人間、あるいは人間以外の知性体が耳にしたのなら、それが茶々丸の声に非常に酷似している事に気が付いただろう。
完全に同じでは無く、少し違うのについつい聞き間違えてしまう様な、しかししっかり聞けば別人だと分かる絶妙なそっくりさん声。
ここ最近の茶々丸には、馴れたくも無いのに聞き慣れてしまった声だ。

「あち、あちちち」

しかしそんな声に構う余裕も無い。思わず取りこぼした味噌汁のお椀から飲みかけの味噌汁が零れ、軍服の胸元から腹にかけてを濡らしてしまっているのだ。
このまま軍議に出席しようものなら、罵倒を通り越して失笑を買いかねない程の醜態。
飯を食べ終わったなら風呂を浴びなければいけないと思い、茶々丸は眉を寄せて顔を顰める。

「糞ったれが、んだよ朝っぱらからギャアギャア騒ぎやがってぇ……」

ドスの利いた、しかし声量的に誰にも届かない様な呟き。やや涙声でもあるか。
しかし、その呟きに応える声が二つ。金打声にも似た響きの、茶々丸の脳内に響く声だ。

《おはようキンタ君、朝っぱらから家の妹が騒がしくてすまんね。俺も妹も反省はしないが形だけの謝罪、つまりは真に遺憾であるという言葉を慎んで送らせて貰う次第だよキンタ君。Oh! キンタ君!》

《……うぇぇぇう、おはようドMルスキー。こんな朝も早くから執務室に缶詰で朝食もそこでとか、ワーカホリックの真似事で真正の被虐嗜好を満たそうとするその欲望の権化ぶりは、まあ尊敬しないでもないぜー》

「あてはキンタでもドMでもねぇぇぇ! つーか、てめぇらが毎朝毎朝このタイミングで喋くりだすからこんなとこに引き籠ってんですが!? 多少なりともそこら辺に反省の色を見せるとかねぇのか!!」

外に声が漏れない程度の囁き声で喉が張り裂けんばかりに絶叫するという曲芸じみた真似をする茶々丸への脳内音声の返答は、余りにも無情極まりない内容だった。

《はん…………せ、い? ……おいィ美鳥、この金田は一体何を言っているんだ?》

《あの日、まぁ具体的に言っちゃうと生理が重くて気が立ってるんじゃねえかなと推測する次第だけども。でもそのリアクションはないわー》

《生理か、うん、ナプキン要るか? 姉さん愛用の横漏れしない羽根着きで寝相が悪くても夜安心なヤツのコピーが余ってるから、今なら格安で提供してもいいぞ。郵送するけど着払いの制度とかもう存在してたっけか》

《適当に窓から投げ込むとかでいいじゃん。恐怖新聞的にガシャーンって》

《六波羅の警備を乗り越えて更に窓ガラスを突き破り毎夜届けられる生理用品か、そりゃ毎度百日寿命も縮むわ》

「うっがぁぁぁぁぁぁーーー!!」

茶々丸はとうとうその場で頭を抱え叫び出す。
そんな主を、部屋の外に控えていた従僕は、何事かは分からないが何時も何時も大変であらせられるなぁと、のんびりと心配するのであった。
族が忍び込んだわけでは無い事は前回突入した時に確認済みで、一々入ってくんなとのお叱りも受けていた部下は、茶々丸様特有の何らかの精神的な持病の一種であると解釈し、深刻には受け取らない様にしていたのだ。
……つまるところ、この早朝に送られてくる怪電波、これが最近の茶々丸の悩みの種であり、日常の一部。

《あ、これ一応は神の言葉な訳だし、天声神言吾とか命名すると訴えられそうでいい感じかも?》

《後半が微妙に改変してある辺りは保険な訳だぁね。ノレパン的な》

《人から神変換で天声神語は誰か絶対やってそうだしなぁ。ナイアさんのバリエーションとかが新聞社に勤めてたら絶対そんなコーナー持ってるだろうし》

「どやかましいわぁぁぁーーーーーっ!」

堀越公方竜軍中将、足利茶々丸。六派羅百万騎の一翼を預かる武人。
最近の彼女の一日は、大体の場合こんな感じで始まる。

―――――――――――――――――――

足利茶々丸が所有する、この怪電波の発信源、神(兄)と神(妹)についての情報はあまり多くは無い。

《んでさー、辰気操作の練習だーとか言い出したお兄さんがあたしに見せた夢が何か分かる?》

「辰気で夢操れるってのがそもそも初耳なんすけど、そこは説明なし?」

《出来ないと思う?》

「あー……、うん、別に可笑しくはねぇか。やろうと思えば出来そうだ」

兄妹である事、更に兄妹で神としての力はあまり違わず、最大出力で兄が優れ、技のバリエーションでは妹が優れている事。
妹の方は『みどり』という呼び名を持っている事と、両者ともに普段は完全に人型であり、劒冑の探知能力を持ってしても見抜く事は不可能らしいという事。

《うん。でな、最初はいい感じの夢だったんよ。お兄さんがこう、人気の無い路地裏でいきなりあたしの服の中に手を突っ込んで『なんだ、もう興奮してたのか』とかいいながらそりゃもう、ええ、こんな所でそんなことまでぇ? みたいな感じでエロく進んでてさぁ》

「その夢の内容で『いい感じ』とか、まじ救えねード変態が居たもんですよ」

地球を一秒間に十回滅亡させる超絶パワー(自己申告なので真実かは定かではない)を持っているらしい事。
力を求めてこの地球にやって来たけど、開始早々に標的を手に入れてしまって割と暇を持て余している事。

《いやおめーも似た様な趣味じゃん。好きな人が出来たらそりゃもう道具の様に扱って欲しい系のドMルスキーなエロ願望持ちになるって》

「無いね、好きな相手が出来てもそんな事にゃあぜってーならねー。純情派なあてを手前みてぇな変態と一緒にすんな」

元々はあの地下の神とは欠片も関係が無かったが、所在を知っていてそのパワーが魅力的だった為に取り込んだだけである事。

《じゃーもしそうなったらドMは下の剃毛な。パイパンである事を存分に詰られてゾクゾクするがいいわ……! で話を進めるけど、路地裏で三回戦くらいやった後にラブホに担ぎ込まれる訳よ》

「手前はどんだけあてを変態にしたいんだよ……。らぶほ、は、あれか、えろい宿か」

そして、遠隔地にある劒冑の機能をある程度制御できる、という事だ。
今現在、茶々丸の聴覚に薄くフィルターが掛けられているのはその応用らしい。
劒冑に含まれる金神の粒子を遠隔操作する事で、劒冑が持つ『超』能力を制御する事が出来るのだとか。

《そそ、しかも休憩じゃなくて宿泊だからさー、もうどんな一晩かけてどんな事をされてしまうのかー!とか興奮する訳よ。分かるだろ?》

「わかんね。つうかもう止めね? まだ日も昇ったばっかなのに、何が悲しゅうて女二人で猥談せにゃならんのよ」

なるほど、と茶々丸は納得した。ウォルフ教授の書いた論文が正しいとするならば、劒冑の持つ異能は全て金神の欠片が原泉という事になる。
その欠片の持ち主ともなれば、本来想定していないだろうこの以上聴覚を封じる事も可能だろう。

《やめてもいいけど、残りの話は夜中寝る前にきっちり聞いて貰うよ?》

「わかった、わかったから続き」

金神の叫びを止めてくれた事と、煩わしい騒音を遠ざけてくれた事、この二つに関してのみ、茶々丸は心底からこの神を名乗る二人に感謝していた。

《うんうん、聞きたいならそういう素直な態度が必要だよねー。でな、連れ込まれた先、ムードのある部屋に連れ込まれて、妖しげな器具に身体を固定される訳よ。なんかまぶたもあけっぱなしにできる感じの器具までつけられてドキドキワクワク、もう心の中で観客総立ち拍手喝采》

(こいつ、何種類の異常性癖を……やはり変態……)

例え朝っぱらから数時間に渡ってこの神(妹)の無駄話の相手をさせられたとしても、騒音に襲われない安らかな眠りは何にも代えがたい幸福なのである。

《で、固定されたと思ったら、奥の部屋からお姉さん登場。あたしはあえなくお兄さんとお姉さんのピロゥトーク付きのラブラブチュッチュでストロベリィな遺伝詞交換(セッション)を被り付きで見せつけられた訳よ。数時間に渡って》

「うっわ、それは流石に……」

ここ最近の怪電波(妹)の内容から充分察する事が出来る程に、この神(妹)は兄の事を慕っている。当然家族愛含みつつの性的な意味で。
それは確かに使い潰してほしいとか愛して欲しいとか求めて欲しいとか、そんな複雑に歪んだ内容ではあるが、不純物の無い純粋な好意である事は間違いない。
茶々丸は話の内容から更に姉が居る事を脳内に密かにメモしながらも、神(妹)に密かに同情の念を抱いた。

《で、最終的にお姉さんとお兄さんが『美鳥ちゃんをハブるのも可哀想ねぇ』とか『日頃の苦労を労ったりもするべきかな』とか言い出して》

「ふんふん、それでそれで?」

話しの雲行きが怪しくなっても、半分右から左へと聞き流している茶々丸は気付かずに相槌を返してしまう。

《で、あたしに掛けられた拘束を一部分だけ解いた上で二人がかりで持ち上げられてー、前にはそそり立つお兄さんのオべリスクが、そしてなんと後ろにはお姉さんの股間から生えた不思議な巨大マツタケが宛がわれ──》

「ああうんもういい。それ以上は聞きたくない。つうか手前の兄貴はそんな夢をピンポイントで見せるのが趣味か! 遺伝か、遺伝する変態なのか!?」

《んにゃ、あくまでも夢の操作は練習だから、あたし好みのエロい夢を見せるってイメージで操ってただけで内容は知らないんだと。で、最終的になんかもう色々堪らんくなって、今朝の悲鳴に繋がるわけよ》

「あーはいはい素晴らしい夢オチでございますねー」

余りにもくだらな過ぎる電波に、茶々丸はぶくぶくと泡を作りながら湯船へと身を沈めていく。
現在茶々丸は味噌汁臭くなった服を洗濯に出し風呂場を貸切、朝風呂を浴びていた。
今日の仕事で他の公方に合う予定は無いが、そもそも身体から味噌の匂いを漂わせながらでは仕事をする気も起きない。唯でさえ仕事は気が乗らないというのに、だ。
完全に湯船に沈み込み、水の中から大浴場の天井を眺めながら、茶々丸は根気よく送られてくる電波を話半分に聞き流す。
このくだらない電波には稀に重要な情報が隠されていたり、唐突に真面目な本題に入ったりするから、完全に聞き流す訳にはいかないのだ。
事実、この電波の中で茶々丸は周囲の声を遠ざける術を得て、地下に眠る神の結末を知り、大鳥家の此方が知らない現状までもを知る事に成功している。
成功しているが、割合的には無駄話99パーセントに1パーセントの重要な話といった割合なので、場合によっては数日ひたすら意味の無い駄弁りで終わる事もある。
そういう事態があり得るからこそ、この電波に対して集中力を割き続ける、というのは至難の業なのだ。
もっとも、特に知略も腹の探り合いも必要としない無駄話を盗み聞きの心配も無く出来る、という意味で言えば、この怪電波も茶々丸にとっては一種の息抜きと言えるのかも知れない。
無論、本人にその自覚は無いが。

《あ、そーそー、御姫様のその後の容体はどんな感じー?》

「……っぷぁ。そーだなー、ほぼ寝たきりだってのに健康体、ってのもおかしな話だけど、単純に肉体面で見れば健康極まりないよ。最近は『熟睡してる』時間の方が格段に長いのに『起きてる』時の状態も悪くないし」

ここからはやや真面目な話だろうと予想した茶々丸は、ざぷ、と湯船から浮かび上がり姿勢を正した。

《ふむりふむり、お兄さんの処置もいい感じに効果が出てるみたいだね》

そう、伊豆の堀越御所に匿っている御姫、『銀星号』湊斗光の肉体の衰弱を解決してしまったのも、今電波を送ってきている連中の片割れ、今はどうしてか会話に参加していない兄の方の仕業なのだという。
湊斗光が『起きている』時期を狙って堀越御所に誰にも気付かれずに侵入、堂々と湊斗光の寝所に忍び込み、湊斗光の劒冑『二世村正』に気取られる事無く湊斗光と接触、本人の承諾を取る事も無く勝手に治療を施し、何か面白い品は無いかとあちこち物色した末に、やはり武者にすら見つかる事無く帰っていったのだという。
滅茶苦茶である。むしろ明らかに犯罪であり、ひっ捕えられても文句は言えない。
いや、仮にも厳重な警備が張られている堀越御所にほいほい侵入して何事も無く帰ってこれてしまうという事実が、この自称神達がそれなり以上の能力の持ち主である事の証明となっているのだが。
それでもこの電波の送り手が神、少なくともあの地下の化け物に手を出して、易々と手に入れてしまえるだけの怪物である事を認めたくないと思ってしまうのは、この自称神兄妹の会話の俗物っぽさが原因だろう、と考えていた。
正直、身元も不確かな連中なぞにいいようにからかわれるのは癪で仕方が無い。
が、他の音が遠ざかった代わりにこの電波だけはどうやっても遮断できず、軍議の最中まで垂れ流し、ピンポイントで笑いを取りに来るので無視する事もできないのだ。

「つーか、処置って何したんだよ。御姫の身体には特に手術の後も薬物反応も無いってのに、あの回復っぷりは異常過ぎて逆に不安になるってもんですよ?」

《あーっと、お兄さんが言うには──》

《ガウ・ラに積まれていた医療用ナノマシンを参考に、ペイルホースの機能を完全に肉体の健康維持と不備解消に充てた。キンタ──タイガーピアス君の耳で探れなかったのは、最大限の機能を最小時間で発揮させる為にナノマシン自体の寿命が短くなっていたから、だな。自己増殖する暇も無く寿命を終えたナノマシンの残骸は、たぶん汗腺から揮発する汗と同時に排出されたかなんかしたのだろ》

《あ、おかえりー》

「うおっ」

唐突に会話に加わったもう一人の声に驚き、つるっと尻を滑らせ湯船に頭から潜りなおしてしまう。
何の準備も心構えも出来ていない状態でも沈没であった為に、鼻の奥と肺に水が入り、げほげほと無様に咽る茶々丸。
が、咽ながらも電波の内容について考えてみる。
余りにも唐突に始まった長い解説、明らかに茶々丸が知らない単語が含まれていることを鑑みても、その説明の内容は重要なヒントだ。
咽て咳きこみながらも頭を使って思考を巡らせる。
ナノマシン、ナノサイズのマシンの略語で、意味合いとしては微小機械と解釈すれば──

「……もしかして、聖骸断片(らぴす・さぎー)?」

聖骸断片、地下に眠る金神の肉体の欠片。
劒冑の異能を生み出す力の源でもあり、濃度の差こそあれ世界中の水に微量ではあるが含まれているモノ。
その物質は目に見えぬ粒子一つ一つが力を持ち、巨大な塊を得れば不死に近い肉体すら手に入れる事が出来ると言われている。
機械、という表現は相応しくないかもしれないが、茶々丸の知識の中ではそれが一番正解に近い答えだった。

《神の正体を知ってた割にはその呼び方なのなー》

「他に呼び方も何もねーしな。で、どうよ」

そもそも金神の名前自体はそれなりに広く知られていても、それが実在する事やその肉体の一部が劒冑に超常の力を与えているなどという仮説は一般には知られていない。
極々一部のオカルト好きが収集した昔話の中に怪しげな夢の金属、或いは秘薬の類として伝承が残っている程度の話なのだ。
が、それを使った治療だと仮定するならば、やはり湊斗光の生命安全は保障されていない。

《惜しい、とは言えないな、その答えでは落第点だ。今回投与したのは純粋に科学技術、医療技術の粋を集めてちょちょいと捏造したただの医薬品の様な物なので、湊斗光が金属の水晶に変わってしまう、などという事は起こり得ないから安心するといい》

「医療技術に科学技術ねぇ……」

金神を取り込んだ、というのなら聖骸断片を無闇に使用した人間の末路を知っていてもおかしくは無い。
しかし、純粋な科学、医療技術ときたものだ。一応、堀越公方としての権力とコネを存分に使って最新最高の医療技術をつぎ込んで延命してようやく『あれ』だったのだが。
情けないやら、馬鹿馬鹿しいやら。いや、こいつらの能力については深く考えるだけ無駄だと割り切るべきなのかもしれない。
茶々丸はそう考えながら再び身体から力を抜き、頬の辺りまでゆったりと湯船に沈み込む。

「あぁ、そーだ。なぁ妹の方、結局御姫の容体を聞いたのは経過を知る為って訳じゃねーな? なんか面白い見世物でもあんだろ」

警戒するでもなく気を抜いた喋り方。
少なくとも湊斗光を害する存在ではないと理解しているからだ。殺すのが目的ならそもそも健康体に戻す必要はない。
そもそもこいつらが治療を施した理由こそ分からない(本人たちは『救済』の一環だと言っていたが、こんな連中が純粋な善意で人助けをするとは思えないのでブラフだろうと茶々丸は考えている)のだが、それこそ詮索しても意味が無い。
だが、少なくとも茶々丸お抱えの医師達の診断によれば、湊斗光は文字通りこれ以上無い程の健康体だ。
特に治療の類を施さなくても、そこらの健康体の人間よりも長生きできると医師全員に太鼓判を押させるほど。
当然銀星号として活動すればするほど体力は削られ寿命も短くなっていくのだろうが、それにしてもあと数回の活動が限界だった銀星号は、大和を滅ぼし尽くして残りの大陸全て制覇する事すら可能なのではないかという程の残り時間が与えられた事になる。
今すぐどうこうという話ではない以上焦る必要も無い。
お前達の警備、守りなど無駄だ、何時でも御姫もお前も殺せるぞ。というパフォーマンスをしておいて、こちらに何らかの協力を取り付けさせるのかもと考えたが、恐らくそれも無い。
まず純粋に能力の差だ。こいつらならば何かしらの目的を果たす時に、殆ど力技で解決してしまえるので協力できるところがない。
あるいは堀越公方としての、もしくは緑龍会の会員である足利茶々丸としての人脈を使いたい、という可能性も無いでは無いが、その可能性は限りなく低いだろう。
こいつらは基本的に、自分で行動したその結果を求めている。
誰かの力を借りてなどという婉曲な真似は好まない、というのでは無く、面白いイベントは特等席で見るのが信条なのだろう。
エンターテイナーかトリックスター気取り、さもなければ気まぐれで究極的に自分勝手な愉快犯。
面白そうだ、と思ったなら行動に移し、知りあいにその面白さを分けてやろう、などというお節介を焼き出す事もある迷惑型。
今すぐ起こりうる分かり易い害が無ければ、気を張るだけ無駄なのだ。

《もち。つうかこれはお兄さんの御誘いでもあるんだけど、ちょっと見逃せないイベントがあるからその誘いかな》

「なになに、また獅子吼が面白い事にでもなっ、っぷはははっ、ちょ、思い出し、あはははははっ!」

前回こいつらが電波で寄こした光景はそうそう忘れられるものではない。まさか大鳥の正当な跡取りを迎えに行った獅子吼が、国外に追放された大鳥の娘とあんな事になるとは……。
その余りにも不出来で喜劇的な飯事の様な光景を思い出し、茶々丸は問いかけを中断し、脚をばたつかせお湯をばしゃばしゃと跳ねさせながら腹を抱えて笑いだした。

《今回は前回のジョーク映像みたいな内容ではないぞ。今度、国内統一規格の大和グランプリが行われるのは知っているな?》

「そりゃ当然、鎌倉サーキットでやるあれなら特等席を取ってあるよ」

装甲競技の国内統一規格の大和グランプリ、このレースの優勝者と競技用劒冑は大和国内最速の栄誉を得る事となり、大和の装甲競技史上に永遠に名を残す事となるだろう一大イベントだ。
茶々丸自身も個人的に作らせた競技用劒冑を所有している。タムラのサンダーボルトの改造騎である上位騎、その名も『恐怖の運び屋』。
タムラの方で何だかんだあって採用されなかったが、そんないざこざが無ければ今度の大和グランプリでサーキットを騎航る筈だったのだ。
が、逆にそれが茶々丸をワクワクさせても居た。自分が作らせた自信作を蹴ってまでレースに出る機体とは如何程の物なのか。

「アプティマの最終型を持ってくるっていう翔京もだけど、一番の注目はタムラかな。こっちも面白い新型を出してくるかもしんないし」

その茶々丸の意見に同意する様に、いやそれだけでは無く、純粋に本心からの喜悦を含んだ神(兄)の声が脳に響く。

《ああ、タムラの新型な、あれは……、うん、いい、堪らない。見逃がしたら一生後悔するレベルで》

「……へぇ、そんな声も出せるんだ」

心の底から感動している様子の声に驚く茶々丸。
これまでこの兄の方からこういった生の強い感情を含んだ声を聞いたことが無かったからだ。
何を話すにしても軽々しい、というか、行動全てが娯楽混じりで、何もかもが時間潰しのお試しである様な雰囲気すらあった。
が、今の声は違う。芸術作品を前に涙を流している様な、如何し様も無く溢れ出す強い感情を感じる、不思議な艶やかさすら含んだ声。

《俺の声なぞどうでもいいんだよ。あの脳味噌裏返ってるとしか思えない造形美、機能美……、うん、他に何の用事が出来ても見に来るべきそうすべき》

「何の脈絡も無く唐突に英国が大和を制圧しようと攻めてきても?」

《そしたら連中の大陸ごとマッハで消し炭にしてやるから、来い。是非御姫も連れて》

とんでもない程の興奮ぶりである。これは、とんでも無い物にお目にかかれるかもしれない。
と、そこまで考えた所で違和感に気付いた。
何故、自分ですらその実態を掴めなかったタムラの新型をそこまで賛美する事が出来るのか。
自然に流していたが、そんな物はこの段階ではタムラの関係者くらいしか見る事は出来ないだろう。

《あー、言いたい事は分かるから先に言っておくけど、今お兄さん、タムラのスポンサーやってんだ》

「ははぁん、なるなる。それで一足先に新型の性能を確認した訳か」

もはや資金の出所だとか、唐突な投資にタムラから怪しまれなかったか、などと問い詰めるつもりはない。
そういうものなのだろうと割り切った上で感心してしまう、この連中の面白いものを見つけ出す嗅覚の様なものに。

《競技用劒冑としては明らかに異端だけどな、あれはそう、速度という概念を三次元化したとでも言えばいいのか、ああもどかしい、言葉じゃ説明しきれん。当日は絶対来い、絶対だからな!》

《ついでにキンタの運命の人もサーキットに観戦しに来る筈だから、しっかりおめかしして来いよー》

ぶつん、と、脳味噌の中に強制的に送られてきていた電波が途切れ、頭の中が急に静かになる。
此方の都合を考えない一方的な電波ではあるが、この殆ど何も聞こえない静寂は少しだけ違和感があった。楽過ぎるのだ。
茶々丸は自らの聴覚に被せられたフィルタを完全に取り除き、外から流れてくる忌々しい膨大な雑音に浸りながら考える。
今日は特に面白いイベントも無く、岡部の乱の事後処理で書類仕事が溜まっているだろう。
流石に普陀楽の中では堂々と仕事をさぼってぐうたら出来る訳もないので、昼間から真面目に仕事をするしかない。
が、楽しみも出来た。今度の大和グランプリは嵐が巻き起こるらしい。
御姫の音を聞いた感じでも、大和グランプリの日には外出が可能な筈だ。
形容し難い程の能力を秘めたタムラの新型、御姫との外出、運命の人。

「ま、せいぜい楽しみにしとくかな」

にふふと不敵笑みを浮かべた茶々丸は大きく伸びをし、書類整理で固まっていた身体をほぐし始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「はぁ、ふぅ……、み、操ちゃん、こっちもよろしく頼むよ」

「……は、はい……」

あまり清潔さを感じさせない弛んだ身体を剥き出しにし、自らの恥部を晒す中年男性が、手にごつごつとした棒を持ち扇情的な衣装に身を包んだ少女に急かす様に声を掛ける。
その中年男性──タムラの競技用劒冑部門へと資金援助を行っている会社の幹部役員の注文に、少女──皇路操は戸惑いながらも応える。
日常の中でもレースの中でも手にする事も無く、一般的に女性は好んで手にしない、性的な意味合いをも持つ棒。
恐る恐るそれを握る皇路操の手は緊張と嫌悪に軽く震えながら、決して取り落とす事も無く丁寧に扱う。
嫌悪の情とはまた別に、その行為に慣れてしまっている自分に居る事に気付く。
その行為に馴れ、やもすれば少なからぬ興奮も覚え始めてしまっている自分を自覚する事も無く、
彼女はその手に持った黒い棒──黒塗りの鞭を力強く握り、天高く振り上げ、中年男性の汚れた臀部に向けて、勢いよく振り下ろした。

「あ、あお、おほぉぉぉぉぉぉおおおっっっ」

革製の鞭が人間の柔らかい肌を打つ強い音が、暗い部屋に響き渡る。
顔を恍惚に醜く歪めた中年男性を見下ろす、扇情的な衣装──赤い本革のボンテージ衣装に身を包んだ皇路操は、困惑の表情の中に嫌悪の表情を滲ませている。
その表情を見た、鞭を振り下ろされたのとは別の中年男性達は息も荒く我先にと更なる注文を始めた。

「あぁ、操ちゃ、操様! わたくし共にもお情けを!」

「罵ってください!もっと、もっと踏み躙って!」

「鞭を、恥知らずな家畜に鞭を!」

周りを囲んでいた、両手両足を拘束具で固定された中年男性達──いずれもタムラに資金援助を行っている会社の役員達である──を一瞥し、しかし内から密かに溢れ出る嗜虐の快感に任せ、皇路操はそれらの注文一つ一つを丁寧にこなしていった。

―――――――――――――――――――

その光景を少し離れた位置から見ている皇路卓は、どんな顔をしていいか分からないといった複雑な表情のまま、妹に鞭で叩かれ恍惚の表情で悶える援助者達と、鞭を振るう腕に何処か義務以外の熱がこもり始めている妹を眺めていた。

「…………いや、うん。もともとこいつらの事など人間とは思っていない、し。家畜の世話をすれば汚れるのも当たりま──」

「ほら、犬が人間の言葉を喋っちゃ、だめ!」

「キャインキャインっ!」

「あ、あひ、あ、あひぃぃぃぃぃぃっっ!!」

「なに、を打たれて、喜んでる、の!」

「ワンっ! ワオォォ……!」

自分を誤魔化す様に口の中だけでぼそぼそと言い訳の様に言葉を紡ぐ皇路卓の前で、無情にも彼の妹は仄かに息を荒げながら、興奮気味に繰り返し鞭を振り下ろす。
その鞭に打たれる旅に援助者達は身を捩り濁った嬌声を上げる。
頬を染め地べたに身を横たえる援助者達をヒールで足蹴にし踏み躙る彼の妹は、振るう一撃毎にその興奮の表情をよりあからさまな物へと変えていった。

「…………」

「現実見よう、な!」

顔を片手で覆い、ともすれば妹に身体を売らせていた頃よりも余程苦しげな苦悩の表情の皇路卓。
その肩を手で軽く叩き、元気付ける様に話しかける男が一人。
一言で表現するならば、それは怪しい男だった。
爽やかさを演出しようとでもしているのか短く刈られた黒髪と、縁の丸いサングラスが異様な程に良く似合う、うさんくさいニヤケ顔。
パリッとしたスーツは人身販売の元締め、身なりの良いインテリヤクザ、百歩譲っても詐欺師にしか見えず、男の怪しさを強烈に助長している。
あえて無理矢理に既存の職業を当てはめようと思うのなら訪問販売員だろうか。
勿論扱う商品は幸せの壺と金が溜まる財布、存在しない金塊の所有権を売る場合もあるかもしれない。
現在まともに職務をこなさない警察でも、この男を見かけたなら即座に捕まえて職務質問を開始してしまい、もし取り逃がしたならば全国指名手配程度の事はしかねない程の怪しさを全身から噴き出している。
百年に一人の逸材と言っても過言では無い程の不審者。
だが肩を叩かれた当の皇路卓の視線は、彼がこの場に居る事が自然であるかの如きものであった。

「ああ、鳴無さんですか……」

疲れた顔色のまま、しかし柔らかい笑みを浮かべるその様は、資金援助を行っている会社の役員に向けるものとは比べ物にならない程の親しげな感情を含んでいた。
いや、親しげな感情、と一言で切って捨てるにはその感情は複雑過ぎた。
そもそも彼、怪しげな謎の男こと鳴無卓也と皇路卓の出会いは、資金援助を乞うていた会社の役員が、何時もの如く皇路操の身体を味わおうとやってきたその夜の事だ。
何故か会社の会長ではなく、彼、鳴無卓也に率いられてやってきた援助者達。
彼等が挨拶もそこそこに何時もの様に服を脱ぎ棄て、皇路操にのしかからんとするものかと考えていた。それを仕方が無い事だとも。
が、それが間違いであると即座に思い知る。
何時もの様に下卑た笑みを浮かべた援助者達は、その表情を崩さぬままに、地べたにひれ伏し、一般的には受け入れ難い特殊な性癖を一斉に自ら暴露し始めたのだ。
曰く、『娘程の若い女子に罵られたい』『美少女に踏まれたい』『詰られるだけで堅くなってしまう』などなどなど……。
そして、その援助者達の希望に応える内に、どんどんと内なる性癖が露わになっていく皇路操。

「お前の懸念も分からんではないが、むしろこの『営業』が始まってから、徐々にだがタイムが縮み始めているんだ。悪いことばかりでもない」

「ええ、そう、ですね。ははは……」

弱々しく頷く皇路卓。
少なくとも、この男が現れてから妹に掛ける負担が少なくなったのも事実で、少ない労力でより多額の資金援助を得られるようになったのも事実なのだ。
資金援助だけでは無い。開発中のアベンジは鳴無の齎した謎の新素材のお陰で更に速度を増す事に成功した。ユーツ鋼も目では無い程の圧倒的に優れた重量比強度。
更に言うならば、当然皇路卓にとっては認めがたい事実でもあったが、この営業を始めてから、いや、より正確に事実のみを語るのであれば、皇路操がこの営業にやりがいを感じ始める様になってから、明らかに彼女の騎航には迷いが無く攻撃的な物へと進化を遂げ始めている。
そして余分な機能を完全に排除し、今度こそ何の雑念も無く『速度』のみを追求した真アベンジを彼女が装甲する事により、間違いなく現状世界最速の装甲騎手が誕生する。
世界最速。国内グランプリ優勝間違いなし、世界への道は約束されたようなもの。
そう考えればあの『営業』で操の凶暴性、闘争心を掻きたてる事ができるのなら、世界への道を進む為ならば、些細な事ではないか。

「本当に、感謝しています。これで僕達は世界への道を歩む事が出来る」

「いやいや、本当は此方からもっと新しい技術を提供する予定だったのですがね。予想外に『逆襲』の構造が極まり切っていたせいか、装甲材程度しか提供できず」

「いや、貴方が居なければ、ここまで余裕を持って調整する事も出来なかった」

役員達の豹変、援助金の大幅な増額は明らかに彼が現れてから起きた事であり、貴重な鋼材の無償提供は会社すら挟まない本人からの直接提供だ。
特に以前に妹に強制させていた労働が無くなったのは大きい、あれが無いお陰で健康管理の面でも調整が行い易くなったのだから。
感謝してもしきれないとはこの様な場合の事を言うのだろう。
……ここまで考えた皇路卓の思考の中に、都合良く何もかもを調達してくれた鳴無卓也を疑うという思考は存在しない。
思えば皇路卓もタムラの他の社員も、驚くほどあっさりと、何一つ疑う事無く受け入れてしまっていた。
あまつさえ、もしもの時の為に切り札として用意していたアベンジのギミックすら見破られ、熱心な説得の末にそのギミックを排除してしまった。
普通なら技術や情報を盗みに来た、或いは妨害工作を仕掛けに来たスパイ(スパイと仮定するならばそれはそれでずさん過ぎる所もあるのだが)だと疑うべきなのに、どうしてかそう疑う事もできない。

「しかし、何故ここまで僕達への援助を? 返せるものなど、何一つ無いというのに」

初めて抱いた疑いすら援助に関する事のみ。鳴無卓也という男の、この怪しげな男の素性を疑う事すら出来ていない。
皇路卓もその他のタムラのスタッフも、一人残らず『認識を阻害』されている様な奇妙な状況。
鳴無卓也は味方である、という強い認識を抱いた上での疑問。
その何処かずれた疑問に、皇路操と資金援助を行っている会社の役員が楽しんでいる光景を嫌そうな眼で眺めていた鳴無卓也は、皇路操へと振り返り、満面の笑みを浮かべた。
常人が見たなら何を売りつけられるか身構える程の不審な笑み、しかし、皇路親子を含むタムラスタッフには何故か爽やかな好青年の笑みに見える表情。
人差し指だけを立てた右手を顔の横にまで上げ、ち、ち、ち、と数度振り、

「それは、秘密です」

あっさりとはぐらかした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ネコミミぃっ!」

にゃーん! と巨大な立体映像の擬音を背負った美鳥が高らかに叫ぶ。
その言葉通り頭にはご丁寧にカチューシャに偽装した黒猫猫耳が生やされ、そのまま臨気か激気でも放出しそうな気合いの入った猫ポーズと猫アクション(たぶん威嚇する感じのポーズ)を決めている。
因みに髪型を少し弄って顔の横の人間耳を隠す辺り含めて完璧。
更に尻にはスカートの上に留められたアクセサリーに偽装して、尻から衣服を貫通して生やされた黒猫尻尾を完備。
全身の骨格に獣っぽさが無いと興奮出来ないケモ属性の重篤患者はともかく、耳尻尾で満足できる軽度のケモ属性持ちに対しての効果はバツ牛ンだろう。

「あざとい」

動いて見えても問題無い厚手の黒タイツを穿いた状態でのスカート、全身ケモ耳尻尾のカラーに合わせた黒中心の小悪魔系コーディネイト。
可愛さアピール狙ってる猫手に招き猫アクションと、決してどや顔にはならない完全な顔面の筋肉制御能力による可愛こぶった表情。
見る者に与える心理的影響まで考慮された完全な猫耳娘っぷりである。
だがもう一度言う。

「あざといぞ、美鳥。それはあざとい」

「二度、三度も繰り返し罵倒された!?」

表情の制御を手放し驚愕の表情を形作る美鳥の顔面。
表情一つ崩れるだけで猫娘としてのバランスが崩れ、ただのかなり可愛いだけでやはりイタいコスプレイヤーの如き印象にまで落ち付いてしまう、
そのままガックリと膝を折り、地面に両手両膝を付き挫折のポーズへと移行する。

「ううぅっ、旅のしおりの『美女、美少女と見れば好きでも無いのに褒めまくってフラグを立てる』をコンプリートして貰おうってぇあたしの気持ちが、お兄さんには伝わらないと言うのか……」

「あー、あれって実際現実でやると空気読めて無い認定喰らうよな」

普通一般的なラブコメで、出会って間もない場面で相手の事を見て『う、美しい』とか『すっげえ綺麗』とか『天使みたい』とか言うキャラは、その褒められたキャラに一目ぼれして変態的(あるいは良い意味で馬鹿な)半ストーカーキャラとして定着するモノだと思うのだが。
しかし、そんな一般的な作品の常識にとらわれないのがトリップ先の世界の常識らしく、主人公補正さえあれば適当に褒めるだけで、『き、綺麗だなんて、からかわないでください!』でポッである。
あれは何ポと表現すればいいのか……、褒めポ? いや、古い表現だが褒め殺しでいいのか?

「まーそーだよねー。何処の誰とは言わないけど、超マンモス校に在籍しているやや頭の悪いアルビノ手羽先貧乳レズ女剣士とか、なんで翼を褒められただけで惚れるのよ、っと」

何事も無かったかのように猫の様に身軽な動きで立ち上がった美鳥が、ぷひゅうと呆れ気味な鼻息を噴き出す。
そう、相手の優れた肉体的特徴を褒める行為は必ずしも好感を得られる訳でも無いのである。

「言ってみれば、自分の巨乳にコンプレックスを持っている女性の胸を『母性溢れる良い乳ですね』とか褒めるようなもんだしなぁ」

「ちょっと違うと思うけどまぁいいか。でもそれ以前にお嬢様との和解以前は何言っても地雷臭いけどね」

「地雷か。面倒臭いな」

「ねー」

よくよく考えてみれば、今まで長期に渡って付き合いのあったトリップ先の人間は、ほぼ男女問わずそういった面倒の少ないまともな性格の人間ばかりだった気がする。
精神的にストレスを溜めに来るキャラなどは、ラブコメにトリップした場合に多くなるらしいが、スパロボJはラブコメに分類されないのだろうか。
思い出すに、鈍感な統夜がテニアの遠回しなアプローチをスルーし続けて、その度に脛を蹴られたり臍を曲げられたりといったラブコメアクションがあった気がするのだが。
……そういえば結局どっちとくっ付いたんだろうか統夜は。ラストバトルのサブパイはヒロインで固定だったと思うおぼろげな記憶があるからやっぱりカティアか?
出撃回数も圧倒的だったものなぁ、テニアもメメメも可愛いのに勿体ない。ギャルゲ主人公ならハーレムルート選べよと。一人奪っちゃったけども。
思考が逸れた。話を本題に戻さなければ。

「で、結局なんでそんなわざとらしい記号的で頽廃的で非文明的で思考停止した駄目萌え要素を自分に組み込もうとしたんだ。これで語尾に『にゃん』とか付いていたら間違いなくグランドスラムで念入りにバラバラにした上で時間固定して相転移させていたところだったぞ?」

「えぇと、お兄さんはケモ属性に恨みでもあるの?」

「恨みが無いとでも思っているのか……! という冗談はともかくとして、それぐらいあざとくて見ていて痛々しかったんだよ」

「うん、これには海より深い理由があってだね」

腕を組み難しい顔でうんうん唸り出す美鳥、どうにかして猫耳の理由を説明しようと考えているのだろう。
考えこみ過ぎて人間大の縮尺まで拡大されていた尻尾は最早原形を留めず伸長を続け、うねり絡まり合い、立体パズルの様になってしまった。
それでも耳だけは猫耳のまま、髪の毛に伏せられながらも時折ぴくぴくと動き、美鳥の感情の働きを露わにしている。
あざとい。
未だかつて人に話した事は無いが、俺は美少女にくっ付いている獣耳だの翼だの、分かり易い異形系萌えパーツを見ると、どうしようもなく引き千切りたくなって仕方が無いのだ。
もしも先日のネギま世界で翼展開済み手羽先女と出会っていたのなら、間違いなく手動でパージさせていた自信がある。
が、流石に何の失敗も間違いも犯していない身内、しかも仮にも妹的存在でもある美鳥の身体を溢れる衝動に任せて破壊する訳にはいかないのだ。
そう、そんな不躾な真似は、できる訳が──

「……散々あざといとかどうとか言っといて、なんで耳に触るかなぁ。いいけど、気持ちいけど」

「いやあえて弁解するが、これは本能を司る右脳主体の行動を理性の左脳が割と倫理的に許されるレベルにまで抑えた末の結果で、けっして俺の本心からの行動ではない訳であるからして」

そのまま指先で耳をホールドし、数分間無言で弄繰り回して玩ぶ。
この猫耳の感触ときたら、手の中で軟骨がしゃっきりぽん、いやコリコリと踊っているかのようじゃないか!
こんなうずうずする猫耳を、この手で引き抜いてやれないだなんて、引き千切る事が出来ないなんて残酷過ぎる。
なんちゅうもん生やしてくれるんや美鳥はん……。

「あ、頭が沸騰しちゃいそうだよぉ……!」

醒めた。一発で醒めた。
やはりというかテンプレというか、神経の通っている猫耳をコリコリと刺激され、そのもどかしい感覚に興奮し始めたようだ。
顔を赤らめて息を荒げている美鳥の猫耳から手を離す。

「あぅ、止めちゃうの……?」

潤んだ瞳で物欲しげに此方の掌を見つめる美鳥の、普段は愛らしいと思い抱きしめる程度の事はしても可笑しくない表情を見ても俺の心は揺らがない。
そういうのは猫耳外してからやってくれ。あざとい。

―――――――――――――――――――

俺と美鳥、二人分の足音を鳴らし階段を登りながら、話を最初の辺りまで巻き戻す。
美鳥は民族衣装とかを好んで集めはしても、変に制服を着たりして属性を付けたそうとした事は無かった。
なんでも自分はすでに『妹属性』と『献身属性』を保有しているので、『ナース』だの『女子高生』などの余分な属性を後付けで付加するのは積載量オーバーになり、見てるだけで胃が重くなってしまう可能性が高くなるのだとか。
そんなこいつが今更ケモ属性などという分かり易い代わりに独創性も糞も無いインスタント個性に手を出すからには何か意味がある筈なのだ。

「で、結局なんで猫耳なんだよ」

俺の後ろから着いて来ている美鳥(既に猫耳と猫尻尾は消滅させた)が、あぁ、と思い出したように口を開いた。
どうにも猫耳尻尾を諦めきれないのか、その口調もどこか不承不承といった感がにじみ出ている。

「だってさ、今日はなんかキャラ被ってる奴がここに来るじゃん。もうパクリ呼ばわりとかは諦めるにしても、お兄さんが見間違わない為にも、何かしらの差別化を図って置きたい訳よ」

「ふん、何を言い出すのかと思えば、そんな馬鹿な事を考えていたのか?」

「馬鹿な事と一言で言いきられるのは、流石のあたしも納得いかないなぁ」

不満そうな美鳥の反駁を聞きながら階段を上り続け、かつ、と足音を鳴らし立ち止まる。
階段はここで終わり、目の前には場内に密かに作った秘密の通路へと繋がっている扉が一つ。
ここを出た後にまでああだこうだと言いたくないし、人前で猫耳を生やされても面倒だ、ここできっぱりと言い含めておく事にしよう。
唇を尖らせてぶちぶち愚痴をこぼしている美鳥に振り返り、ややしゃがみ込んで視線を合わせる。
相手を説得する時は上から見下すように言葉をぶつけてはいけないとかなんとか。

「元の世界でもそろそろ丸一年、トリップ中の体感時間も合わせれば足かけ三年以上、毎日毎日顔を突き合わせて生活しているんだぞ? 今更美鳥と他の誰かを見間違える訳がなかろうが」

そう、確かに容姿も口調も声も似てはいるが、たかだかそれだけの事で美鳥と他の誰かを見間違うなど有り得ない。
俺と美鳥は一応数か月にわたりドイツの廃協会で数か月共同生活を送り、一年以上同じ戦場を駆け抜け、一つの機体のコックピットの中で数日を過ごした事もある。
元の世界でも居間でテレビをぼーっと眺めている時の独特の仕草も知っているし、村の商店のバイトでもどんな周期で気を抜いているかも把握している。
稀に俺か姉さんと同じ布団で寝る時も、寝付くまではぎゅうと強めに抱きついているのに、眠りにつくと控えめに袖や上着の裾を指先で掴むだけになるなど、本質的な所では一歩引いてしまう所があるのも知っている。
俺と姉さんの間にあるモノ程では無いにしても、そんじょそこらの他人が割って入れない程度の絆は存在しているのだ。

「あ、っと、うん」

俺の言葉にぽかんと口を開け、十数秒程の間を置いてから間抜けな返事を返す美鳥。
もにょもにょと何事か呟いて頭の中を整理しているのか、大口開けた間抜けヅラが次第にニヤケ顔に変わり始めた。

「うん、うん、そっかぁ」

にひひ、と少しだけ照れている様な笑顔の美鳥。
とりあえず納得はしてくれただろう。美鳥は自分を過大評価も過小評価もしない上に察しも良い、俺の言わんとするところは察してくれる筈だ。

「わかったならさっさと行くぞ。念のために関係者用の証明証も皇路さんから貰ってるけど、今日はあくまでも観客として楽しむんだからな」

「ん! 良い席とらにゃ勿体ないしね!」

嬉しそうに此方の手を取り、俺に先んじて扉に手をかけた美鳥を見ながら思う。
正直、万が一見分けがつかなかったら、一度偽物と本物の両方取り込んで、それから改めて本物の美鳥だけを作りなおしてしまえば万事解決してしまうのだ。
そして、俺がそんな身も蓋も無い解決法を考えている事をぶっちゃけてしまったら、美鳥がどんなリアクションをするか大変興味深い訳で……。

「ゾクゾクするねぇ」

「ねー」

此方の考えている事を知ってか知らずか、ドアノブに鍵を差し込む美鳥は無邪気に相槌を返してきた。
もし知った上でこのリアクションだとするなら、ますます頼りになる妹ポジションである。
まぁ、どれほど頼りになっても猫耳だけは絶対に許さないけどな。

―――――――――――――――――――

さて、ここ数日の塒として利用させて貰っている秘密の地下室だが、地上部分はれっきとした公共施設である。
鎌倉郊外に存在する国内最大級の装甲競技場、鎌倉サーキット場。
何だかんだで認識阻害魔法やブラスレイターとしての幻覚能力を応用した催眠術等を駆使してタムラレーシングチームへまんまと潜り込んだ俺と美鳥。
皇路操と皇路卓を救済する為にここ最近は色々とあちこちに手まわしをしたり、『逆襲』の最終調整を手伝ってみたりとしてきた訳だが、今日この日に至ってはもう俺と美鳥に出来る事など殆ど無い。
速攻でタムラに潜り込んで工作する為にスタッフ全員に催眠を強く掛けたお陰で証明証も手に入ったが、これを使うような事態にはならないだろうし、できればなって欲しくは無い。
気を取り直し熱気に包まれ始めたサーキット、一般客の座る観客席を見回すが、やはりどの座席も空いておらず、通路も大量の立ち見客で埋め尽くされている。

「ま、立ち見ってのもこういう場所だといいもんだけどな」

一番上の観客席の後ろの通路の壁にもたれかかりながら、売店で買っておいたカレーを食べる。
肉と玉ねぎなどの具材少なめのいかにもな売店カレーだが、このご時世に売店で売っている食べ物に過度の期待はするだけ無駄というものだろう。
福神漬けが下品にならない程度にたっぷりと乗っかっているのは評価できるが。

「あいや、一応座席の確保についてはそれなりの宛てがあるんだけど」

美鳥はもしょもしょとパサ付いた焼きそばを啜りながら周囲の観客席をきょろきょろと見渡している。

「予約できるような席はないだろ、この時代のサーキット場なんかに」

その手の知識は豊富ではないが、座席を買うのではなく入場料を支払ったら後はご自由に早い者勝ち、というのがこういうレース系イベントの定番だと思ったが違うのだろうか。

「違う違う、今日このレースを見に来るって言うからさ、ついでに二人分の座席確保をお願いしてた訳よ」

「ふぅん」

まぁ別に座った方が良く見える訳でもないのでどうでもいいが。
その席を取っている筈の人物を探しに行った美鳥を見送り、先割れスプーンをカレールーに沈んだウインナーに突き刺しながら、改めてコースへと目を向ける。
コース上を疾走する機影は一つ残らず競技用劒冑であり、どの劒冑を取り込んだとしても、俺の性能向上に欠片の役にも立たないだろう。
が、それよりも目を向けたいのはこれが劒冑を使った競争であるという事だろう。
パワードスーツでレースをするという発想は、劒冑よりも早い存在を知っている俺からしても斬新で興味深い。
実際問題、これまでに訪れたブラスレイター世界、スパロボJ世界、ついでにネギま世界で似た様な事を始めようとしてもここまで広まる事はありえないだろう。
なにしろ非効率的だ。人型の物をレースとして成り立たせる程の速さで飛ばす技術が存在しているならば、より航空力学的に正しい形状のものを競争させる方がいい。飛行機とか。
実際、スパロボ世界の技術力なら似た様な事が可能かもしれないが、そうなると今度はガンダムファイトとジョグレス進化してモーターボールの様な、より暴力的で刺激的な競技へと早変わりするだろう。
劒冑こそが最速であり、飛行機などが存在しないこの世界だからこその競技。
すこぶる魅力的である。

「あれ、貴方はもしかして」

「うん?」

コース上に広がる光景を眺めながら悦に浸っていると、唐突に横から声を掛けられた。
茶髪に糸目、やや高い背が特徴の多分高校生くらいだろうと思われる少年が少し驚いた表情でこちらに視線をよこしている。
そう、高校生くらいのこの少年、しかしこの少年が見ため通りの高校生ではなく、なおかつ間違いなく十八歳以上である事を俺は知っている。

「メディ倫審査済みだしな」

「相変わらずいい電波拾ってますねぇ」

このいきなり屈託のない笑顔で不躾な発言をしている少年の名は稲城忠保。装甲競技の選手を目指す、どこにでもいる普通の学生さんである。
本来この少年、担任教師に目を潰された上、達磨にされた好きな人を無理矢理アレさせられてしまった挙句に三世村正の陰義の応用で磁力線センサーを組み込まれたりする割と可哀想な運命を持っていたりする。
が、それも俺が何となく試しに生き返らせてしまった飾馬律の大活躍によって見事救われ、この世界では何事も無かった様に平穏な日々を過ごしているらしい。

「あぁ、今日も勿論アンテナ三本ガン立ちだ。もう少し、気持ち程度に追加で褒め称えていいぞ」

「いえ、慎んでお断りします」

真顔ですげなく断られた。この少年意外とセメントである。

「皮肉を言われてるんですよー、と伝えるべきか、強気な癖に微妙に謙虚な部分に反応するべきかひっじょーに判断に困るリアクションね」

そしてこの赤毛で背丈のやや低い高校生ぐらいでしかし決して十八歳未満でなく高校生でも無い少女が来栖野小夏。
今でこそ五体満足であるが、本来ならばダルマ経由で全身義体のバトルサイボーグへ改造されハニー原人たちとダイナミックなアリスゲームを繰り広げる茨の道を歩む少女である。
彼女をモデルにした超合金は関節部に磁石を内蔵している為遊びの幅が広いのが特徴であるが、迂闊に砂場に持って行って遊ぶと関節部を砂鉄がコーティングしてしまい、涙目でそれを取り除く羽目になる上級者向けの玩具でもある。
因みに少し前までは同居していた幼馴染の少年を関節技で起こすのを日課としていたが、その少年が近所の空き家を借り、親戚のお兄さん(面長)とお姉さん(でっかい)と同居を始めてからはその日課も行えず、寂しい思いをしているらしい。
俺が思うにそのお兄さんとお姉さんが一つ屋根の下でありながら殺し合いに発展していないのはその少年のお陰だと思うので、この少女には今後ともぜひ寂しい思いを続けて欲しい。
この二人とは再生飾馬律を通して少しだけ面識があるだけだが、町やどこかで会えば世間話をする程度には交流があるのだ。

「しかし奇遇ですね。鳴無さんも装甲競技に興味が?」

「一応ここ最近で一番注目を集めてるイベントだし、個人的に見届けておきたいチームもあるからな。装甲競技の熱烈なファン、って訳じゃあ無い。俺はあくまでもにわかだ、にわかファン」

「胸張って自分の事にわかって言う人も珍しいですけどねー……」

実際そんなもんだ。何度も見ていればその内武器使用許可のハードな展開を望みだしたりする事は目に見えている訳だし。
この装甲競技もその内数打ちの性能が向上するにつれ、モーターボールの様な戦闘主体の競技が派生で生まれる可能性だってある訳だし。
と、ここまで会話してようやく気付いたが、新田雄飛と飾馬律が居ない。
何時もの仲良し四人組での活動では無いのだろうか。

「今日はレースにかこつけてのデートか何か?」

「あっれ、もしかして僕たちそんな関係に見えちゃいます? いやぁまいったなぁ!」

「断じて違います。リツは空いてる席が無いか探しに行ってるんです。で、雄飛はこれ」

頭を掻きながら照れたようにハハハと笑う稲城を華麗にスルーし説明を被せる来栖野。仲が良いなぁ。
これ、と言われて指差されたその先には、真白に燃え尽きた新田雄飛が壁にへばりついて休憩していた。
連日の親戚のお兄さん(暗闇星人の生き別れの兄という裏設定があるらしい)とお姉さん(瞼を開けるとそれまで蓄積していた小宇宙が爆発するらしい)のギスギス空間に耐えたり身体を鍛えたりとで疲れが溜まっているのであろう。
今も周囲の人ゴミに紛れて人の良さそうな執事服姿の老婦人が隠れていたり、さりげなく六派羅の武者がこちらをセンサーで監視していたりするのもその延長だろう事は容易く理解できる。
そんな体力的にも精神的にも可哀想な少年は放置するとして、残りの一人である飾馬律だ。

「席探すっても、見ての通りのあり様だぞ?」

座席に座っている人数よりも立ち見客の方が多い程に大量の客が来ているというのに、今更空いている席を探すなんて無謀にも程がある。
そんな事をするくらいならいっそのこと、自分で折りたたみの椅子でも持ち込んだ方が余程ましというものだろう。椅子の持ち込みが可能かどうかは知らないが。
……むしろ問題なのは、この人混みを力尽くで掻き分けて座席を確保するだけの馬力が、今の飾馬律には間違いなく存在しているという事。
騒ぎになってレースが中止になるなんて事は無いにしても、せっかくの現代最速の競技用劒冑の晴れ舞台、可笑しな空気は作りたくない。
まぁ、変身した後ならともかく、平時においては無闇に好戦的になる様な調整は施していないから、いきなり座っている客を除ける様な真似はしないと思うが……。

「わたし達もそう言ったんですけど、人との約束もあるからって聞かなくて──あ」

「うん?──い」

──う、とは続けずに二人の視線の先へ顔を向ける。そこには人ごみの中に生まれた小さなエアポケット。
中心には見知った顔が二つ。
さっき人を探しに行った美鳥と、席を探しに行っていたらしい飾馬律である。

「うっわー、なんか見るからに険悪というか」

「既に肉体的にもぶつかり合ってるわね……」

そう、二人から放たれる闘気に当てられて周囲の観客が一歩下がる事により生まれる空白の中で、美鳥と飾馬がそこらのチンピラの如く方をぶつけ合って牽制し合っている。
爽やか極まりない満面の笑顔で、だ。正直近寄りがたい。
近寄り難いが、とりあえず音声を拾って実際にどんな理由で戯れ合いが始まったか程度は把握しておこう。
耳に搭載された高性能集音装置を起動し周囲の音を全て拾い、ピンポイントであの二人の出す音声のみを抽出──来た来た。

『なんで席の一つも取れませんかねぇこのデコ助が』

『あらあらサーキットの真下に住んでおいて人に席の確保を頼むなんて、流石に筋が通らないのでは無いかしら』

あはははは、とか、おほほほほ、とかの乾いた笑い声の後に、勢いよく肩と肩をぶつけ合う。
ドゴッ、と、とても年若い少女達の肉体が出したとは思えない音が周囲に響き渡る。
周囲の観客が更に後ろに退いた。空白地帯の直径はこれで3メートル。

『おいおいおい、それとこれとは話が別だろーが。頼まれて承諾した癖に失敗するとか、とんだ恩知らずが居たもんですよ』

『わたしが恩を受けたのは貴女の兄であってあなたではありませんのよ? そこのところ、ちゃんと弁えて下さらないと』

ゴツッ、ゴツッ、ゴッゴッゴッゴッゴ!
連続で角材を叩きつけ合う様な音が響き渡る。

『言うじゃねぇか、ゾンビ如きが』

『貴女程ではありませんわ、金魚の糞さん』

ミシィッ、という音が聞こえた。二人の足元にプレッシャーで亀裂が走っている。
闘気は膨れ上がっているが、双方ともに殺傷攻撃を繰り出す程のレベルでは無いらしい。
美鳥の身体は未だ戦闘形体へ移行していないし、飾馬の方はクリスタルを取り出す気配も無い。
いや、飾馬に渡したクリスタルはナイフとくっ付いてるから取り出すと騒ぎになるし、美鳥の方もこの程度の相手通常形体で楽勝だぜクハハ、みたいな考えがあるのかもしれないが。
なにやら貴賓席の方、黒髪ロングの深窓の令嬢っぽい人がチラチラと興味深そうに視線を送っているが、それも今直ぐどうこうというレベルの物では無い。
結論、放置しても問題なし。

『ケツから手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせ──』

『その命、神に返しなさ──』

集音装置を停止すると二人の声が途絶え、耳にサーキット場の喧騒が戻ってくる。
視線を二人から外すと、真顔の稲城と来栖野がこちらの様子を窺う様に顔を覗き込んでいたのに気が付いた。

「あれ、鳴無さんの妹さんですよね。どうしよう、止めるそぶりを見せておいた方が良いのかしら……。と葛藤しておけば言い訳は立つわよね」

「事情はなぁんとなく理解できるから、できれば止めた方がいいかなーなんて思わないでも無いです。と証言していたと記録しておいてください、後々の為に」

白々しい二人からの二票、燃え尽きた新田の無効票一。
あちらのグループは過半数超えで見捨てるで決定らしい。
俺も正直、高校生っぽい学生の仲良しグループの中に割って入るのは心苦しいので、美鳥の頼んでおいた席は無い方がいい。
利害は一致。顔を見合わせ頷き合う。

「じゃ、俺はこっちの方でレースを見るから」

「ええ、お元気で」

「さよーならー」

稲城と来栖野と二人に引き摺られている新田のグループと互いに手を振り合い、未だ戯れ合っている二人を置いてそれぞれ反対方向に遠ざかって行った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

警備員にしょっ引かれた美鳥がどうにかこうにか身分証が無い事を誤魔化して戻ってきた頃には、本予選は終わってしまった。
既にコース上に競技用劒冑の姿は無く、間もなくサーキット場もその門を閉ざす時間。
俺と美鳥は強化型ミラコロで姿を消し、サーキット場の外延部に立ちぞろぞろと名残惜しげに家路につく観客達を見下ろしていた。

「凄い熱気だねぇ」

「それだけ衝撃的だったって事だろ」

サーキット場から出た観客達の足は皆一様に遅い。まるでこのサーキットから離れる事に名残惜しさを感じているかのようだ。
だがそれも仕方の無い事だろう。
世界を制覇した横森鍛造のスーパーハウンド、その記録を容易く塗り替えた怪物、翔京兵商のウルティマシュールの出現が原因、という訳でもなく。
他に類を見ない強烈な個性を備えたタムラのアベンジ、その暴力的とも言える加速に魅せられた、という事でも無く。
いや、タムラのアベンジが原因である、という所は当たっているか。
観客を沸かせ、今なお熱を持たせている理由、それは──

「出ちゃったもんね、新記録。いや、理論上その程度の速度は余裕で出るのは分かってたけどさぁ」

「ああ、まさか何の出し惜しみのせずに初日でぶっちぎるとは思わなかった」

正式な記録なのかどうかは分からないが、作中で皇路操と皇路卓が固執していたコースレコード。
一分二五秒一三。
世界最速の男が叩きだした鎌倉サーキットでのこの記録に、なんと二秒以上の差を付けての記録更新。
明日の本選を待たずにタムラの優勝確定、世界へと羽ばたく皇路操、みたいな雰囲気になってしまったのだ。
無論、今日はあくまでも予選のようなものである訳で、当然明日の本選でこそ真の勝者が決まる。
予測不能のアクシデントもあるだろう、不幸な事故、運の悪い位置取りでアベンジの騎航が妨害される可能性もあるだろう。
運悪くウルティマシュールとアベンジが共にクラッシュし、大番狂わせが起こる可能性だって無い訳では無い。
少なくとも、眼下の観客達の一部はそう信じている。
そんな事態にはなり得ないというのに、だ。

「ああぁぁ」

そのまま後ろに倒れこむ。
観客の熱気に当てられて上がっていた体温に、秋の寒さを孕んだコンクリートの冷たさが心地いい。
熱が地面に奪われ、俺の精神状態と同じレベルにまで体温を調節する。

「……もう帰ろうかな」

「気持ちは分からないでもないけどさ、もうチョイ頑張ろうよ」

俺の頭を持ち上げ太腿の上に乗せた美鳥が、そんな事を言いながら髪の毛を撫でつけてくる。
……撫で方が少し姉さんに似てきたか、変な因子ばかり受け継ぐ。
身体を横に向け、困った顔でこちらを宥める美鳥から視線をずらす。

「頑張った結果がこれだろうがよ」

そう、今回の皇路兄妹救済計画には、それなりに力を入れたつもりだったのだ。
そもそも皇路卓が殺されたのは、レース中に行われた犯罪が原因である。
ならばそんな犯罪行為を行わなくとも済むようにと、調整中のアベンジの改造に一役買った。
騎手の体調をどうにかする為に枕営業を止めさせ、更にはレースで重要であるらしい攻撃性を増す為に軽い精神改造も施して、より先鋭的な騎航が出来る様に仕向けた。
はっきり言おう。アベンジは少なくともこの大会中に負ける事も、傷が付く事すらあり得ない仕上がりになっている。なってしまっている。
勝って当然。負けるのに努力が必要な程の力を持っているのだ。

「なんだろな、改造前とか改造中はアベンジの恐ろしいまでの思想を持った構造にワクワクしてた気がするんだよ」

「ん」

美鳥は相槌を返しつつも俺の頭を撫で続けている。
髪の間を抜ける指が心地よい。

「美鳥。お前、あのアベンジと皇路操のセットが明日のレースで勝って、感動出来るか?」

「んー……。あたしは無理かな、今のあそこにゃドラマが無いし」

苦笑いのニュアンスを含んだ美鳥の声。
裏事情を知らず、皇路卓が独力であそこまでの劒冑を作ったのだと思えたなら、純粋にその技術力に感動する事も出来たのだろう。
が、そこに俺が手出しをしてしまった事で全てが台無しになってしまった。
何と言うのだろう、人が一生懸命レベル上げ頑張っていたRPGのセーブデータでチートを使ってしまったような、そんな罪悪感。
彼等に純粋に速度を求める様に助言(思考誘導)しておいて、せっかくより純粋になった彼等の気持を汚してしまった。

「スパロボの時は、こんな気分には成らんかったのになぁ……」

「スパロボは公式で全滅プレイなんてチートがあるからじゃないかな」

「んんんん……」

そう、なんだかんだでスパロボは改造してナンボ、といった気風のあるゲームであり世界だった。
この世界は違うのだ。いや、俺がこの作品を気に入っているからこその感情なのかもしれないが。
これなら単純に皇路卓が斬られるシーンで割って入って、卵をチョッパった上で素直に二人とも逮捕されるように動くべきでは無かったか。
せめて鏡面化の機構を除去させて、内部構造を破損しにくくするだけにとどめるべきでは無かったか。

「なんかもう、『美しくありませんわぁ』って感じだなぁ」

何処となく二回目のトリップで出会った人工知能に鼻で笑われた気がした。
この世界ではありえない鋼材を与えるのは、流石に物語として美しくないというか。

「どうする? あたしは元からそれほど興味無いし、お兄さんが乗り気でないなら明日の本戦は見なくてもいいけど」

美鳥が気遣わしげに提案してきたが、レースを見ないからと言ってここを離れるのも問題がある。
皇路卓から報酬として貰っておいた銀星号の卵、これを明日一杯まではこのサーキット内に置いておかないと、明日のポリスチームの援護が無くなってしまう。
いや、援護が無くても今のアベンジなら余裕か。

「仕方ない、明日の本選は地下室で適当にDVDでも見て時間を潰して遣り過ごそう」

「うぃ。気晴らしも兼ねて、大画面で派手なの観ようね」

「ん」

お出かけ用に取り込んでおいたのが幾つかある筈だし、遅めに起きて二クールアニメを全話視聴すれば確実にレースは終わっているだろう。
卵はレース終了を見計らって砕いて、中の野太刀の破片だけ所長宅にでも投げ込んでおくのが無難か。
俺は美鳥の膝枕に顔を埋めたまま、今も熱気を放出し続けている観客を冷めた目で眺め続けた。

―――――――――――――――――――

翌日の大和グランプリ本戦、他チームの破壊工作を見事な機転で乗り切ったタムラレーシングワークスは、レース中の妨害を装甲材の強度に任せたラフファイトで乗り切り、呆気なく初代大和グランプリ王者の座を獲得した。
その翌日、俺はサイトロンの運んできた未来の情報を夢で見た。
その比類なき加速性と初期のホットボルトをも上回る頑強さを備えたモンスターマシンは、後年まで装甲競技の世界で長く語り草にされたのだとか。
皇路操とタムラレーシングワークスも見事に世界へと羽ばたいたらしいのだが、俺はそれ以上先を見る事は無かった。
今までサイトロンの運んできた未来の中では、最高に見所の無い予知だった。




つづく
―――――――――――――――――――

突如現れた美人の義姉候補とその元許婚との同居を始めた新田雄飛。
昼は日常を守る為に鎌倉の学校に通い、夜は大鳥の家を纏める為の英才教育と武者としての肉体造り。
しかも義理の姉候補とその許婚はどうしてかやたらと仲が悪くて家の中の空気は最悪!
肉体、精神共に疲労困憊の彼の元に、また新しい美少女が押し掛けてきて……。

次回、装甲当主ゆうヒ!
「今度は許婚!? 魅惑の姉妹どんぶり」
お楽しみに。

―――――――――――――――――――

──という、ウソ予告が成り立つようなストーリーが本筋とは関係無い所で発生している可能性も無いではないのです。暴走編的はっちゃけが必要になりそうですが。
無論、そんな事が起きていると断言できる訳ではありません。可能性が0でないというだけで。
ええ、現実的に考えてあの二人が雄飛さんが居るからと言ってまともに和解できる筈が無いとは思うのですが、香奈枝さんの過去回想で見れる若かりし頃の獅子吼の純情台詞(声も立ち絵も無い)に胸を撃たれたのが原因ですね。
今では名前変更できるゲームでは名前を大鳥獅子吼にする程大好きです。
爽やかで社交的な獅子吼、みんなのまとめ役獅子吼、文化祭で女装させられてしまう獅子吼……。
たまりません。
そんなこんなで第三十三話をお届けしました。

ラストで主人公が妙にナイーブになっているのは、まぁ作中で主人公が独白した内容で大体合ってます。
しいて言うなら、それなりに現実的な格闘技漫画にネギまの気の概念を持ち込んでしまった全てだいなし、みたいな残念な気持ちになっている訳です。
余計なことしたせいで詰まんない勝負になったなぁとか、そんな要らん気をもんでしまう程度には主人公は村正のこのエピソードがお気に入りだった、そう考えて頂ければ。
これまでの主人公の非道とか考えると間違いなく共感は出来ないでしょうけどもねー。


以下自問自答のコーナー。

Q、茶々丸の生活リズム。職務に対する態度。
A、作者の妄想です。原作で特に言及されてませんでしたよね?

Q、アベンジの改修?
A、スーパーロボットの装甲材って、まともに考えると超軽量ってレベルじゃないんですよね。水に浮く事もしばしば。

Q、今更そんな理由でナイーブになられても。
A、ナイーブ(笑)って感じですので、寝て起きたらすっぱり気持ちが切り替わってると思います。


多分次か次の次辺りで第三部はラストになると思います。
スパロボ編が無駄に長かったから、という理由では無く、特に書くネタが無くなったからというのが本当のところ。
次回で終わったらほぼ第一部と同じ長さですしねー。

では、誤字脱字の指摘や分かり難い文章の改善案や設定の矛盾や一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。


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