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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第三十二話「現状確認と超善行」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/25 09:51
────ジュースの話をしよう。
ジュースとは100パーセント果汁或いは野菜汁で構築され、添加物などを使用せずに製造されなければならない。
糖類は入れてもいいと告げられた。
食塩を入れても許されると。
その言葉に、頷いた。
果汁100パーセント未満の煮え切らなさ、そして不自然さを知っていた。
だから屈した。
決断をした。
…………しかし。
やはりそれは、間違った決断ではなかったか。
糖類を入れてもいいなら、保存料を入れてもいいと熱弁を振るうべきではなかったか。
食塩を入れてもいいなら、他の素材も入れるよう、勧めるべきではなかったか。
何故それができなかったのか。
味の安全性を放棄してしまったのか。
────罪はここにある。
────敵はそこにある。

そう。
ここにある。

“これは美味しくない”
“美味しくはできない”
“この飲料はまともに飲んではならない”
“あなたは──”
“飲み物ではなく、罰ゲームとして。
この飲料を広めてあげて”
“約束して……”

―――――――――――――――――――

「──ってのが、ν下僕の店のおばちゃんが聞いた世間様の評判なんだと、この芋サイダー」

「サイダーな時点で添加物バリバリでジュースじゃないにしても、それ言った奴はマジで敵だな」

じゅわじゅわぶちぶちと音を立てて泡を生み出す白濁したゲル状の飲料をすすりながら憤慨する。
口に入れた瞬間のゼラチンの分量を間違えた崩れかけのゼリーの様な奇怪な食感。
やもすれば口の中で小さな虫の卵が孵化し続けている様にも感じられる弾け方の炭酸。
極めつけは、どこをどう間違えたのか、大量生産の安いスイートポテトをそのまま液状化させているような、素朴と言えば聞こえはいいが結局のところ雑過ぎる甘味。
全てが全て未知の感覚で、余りにもショッキングな味である。炭酸飲料の革命と言ってもいい。
しいて名前を付けるならば、ふるふるシェイカー芋味。馬鹿にしている訳では無い。
元の世界でも戦っていけるレベルの飲料だ。
多分500mlボトルが三本で百円とか、そんな感じの販売方式で長く百円ショップの売り上げに貢献できるだろう事はもはや明白。

「まぁ、日常的に飲み続けたいかと聞かれれば絶対に首を横に振る自信があるが」

呑み終わった紙パックを折りたたみごみ箱に入れる。もう暫く飲む必要は無いな。

「たまーに味を忘れた頃にうっかり呑む分には悪くないかもねー」

そう言う美鳥が新たに鞄から取り出した紙パックは一つ。
ただ独つ。
新しき味覚の境地を切り開いた飲料が、そこにある。
だから。
飲むべきはただ、このサイダーのみ。
心底、覚悟して。
心底、感謝して。
そのストローを突き刺す。
完全な貫通を行う。
伸ばされたストローは紙パックのストロー差し込み口を破壊する。

──故に。
絶対の戒律(ルール)が、発動した。

「ほらほらお兄さん紙パックに炭酸飲料なんか詰めるから結構な勢いでねちょねちょした白濁色の液体がストローを逆流するはめに……!」

「何度見てもノイローゼになりそうな光景だな。ていうかそれはお前開けたんだからお前が飲めよ?」

「え?」

「『え?』じゃない」

ストローからどぴゅりごぼりと飛び出し、あっという間に紙パックをぶっかけ状態にした机の上の芋サイダーを押し付け合う俺達の前に、ゴンッと割れかねない勢いでお冷の入ったコップが置かれる。

「お客さま」

顔を上げればそこには笑顔のウェイトレスさん。
未だ学校に通っていてもおかしくない年齢にも見える、綺麗というよりは可愛らしいといった印象の小柄なお嬢さんだ。
童顔から高校生程度に見られるが来年には成人する年齢で、今は実家の飲食店を継ぐ為にウェイトレスをしながら厨房の方でも修行を続けているらしい。
明るく活発で気立ても良く、ちょろちょろと厨房とテーブルの間を行ったり来たりする姿は小動物的な愛らしさを秘めており、若い男性客には度々声をかけられるこの店自慢の看板娘なのだとか。
その看板娘さんの笑顔、若干米神やら口の端がヒクヒクと引き攣っているが顔面の筋力トレーニングでもしているのだろうか。

「お客様、ご注文は、お決まりでしょうか」

一言一言区切るように力強く問われる注文。心なしか怒気を孕んでいるような。
なるほど、よくよく考えてみればこの店に入ってから一時間以上、注文もせずに安く仕入れた芋サイダーをすすりながら駄弁っていたような気がする。
いくら昼のピークを過ぎた時間で碌に客が居ないとはいえ、これではただの迷惑な客だろう。
特に心惹かれるメニューが存在しないので『水』とか『キャベツの千切り』とかを注文してお茶を濁してもいいのだが、それをやると若い店員さんはブチ切れて怒りのハイパーモードに突入してしまう事はスパロボ世界で実験済みである。
俺と美鳥は会話の場所を確保する為に、大人しく適当な料理を注文する事にした。

―――――――――――――――――――

互いに向き合い食事を摂る。
何時ぞやのスパロボ世界の基地近くの食堂と違いさほど通っている訳でもなく、店員がいきなり隣に座ろうとしてこないので落ち着いて食事をする事ができるのはいいのだが、いかんせんメニューが少ない。
食料規制と併せて布かれた食糧増産計画で普及した玄米と芋類のおかげで幾つか生き残れたメニューもあるが、それでも置いてあるメニューは大半にバツの書かれた侘びしいラインナップとなっている。

「芋サイダーと大学芋ってのは、ちょっと凄過ぎる組み合わせだな……」

「玄米カレー少し食うか?」

「うぃ、ありがと」

大学芋の盛られた美鳥の皿に、俺が注文した肉が気持ち程度に入っている芋と豆の玄米カレーをよそってやりつつ考える。
今の大和は六波羅幕府の布いた食糧規制政策によって、外食産業が華やかに活動できる程の余裕が無い。
鎌倉の市街を歩いても軒並み暖簾を下ろして休業中の店ばかりで俺達が少し飯を入れていくような場所がなかなか見つからないのだ。
無論、俺達の食事は殆ど形だけのものなので無理に食べる必要はないので、ここで言うちょっと飯入れていく場所とは、これからの予定を立てる為に適当に話し合いのできる場所を指す。
金神を取り込んでいた地下でやればいいじゃないかと言われるかもしれない、だが待って欲しい、それは健全な人間の行い足り得るだろうか。
そもそもおめぇら人間じゃねぇっ! などというくだらない岩の妖精染みた揚げ足取りはこの際放置して話を進める。
まともな精神の持ち主であれば周りに土しかないような場所に一週間以上缶詰めして、さてようやく外に出られるという段になって、話合いをしたいからまた暫くここに詰めようねー。などと言われ、首を縦に振る事が可能であろうか。
答えは否。あの地下空洞は割と娯楽に溢れたフューリーの母艦でもなければ、それなりに面白い情報が大量に蓄えられている火星極冠遺跡でもない訳で、そうそう長い間閉じこもって居たい所では無いのだ。
恐らくこういった感情以外にも、地下から外に出たがっていた金神の原始的な本能が中途半端に俺の精神に影響を及ぼしているのだろう。
不景気、というか、わざわざメニューの大半が現在休止中な食堂に飯時を過ぎた時間に入ってくる客も居ないが、念のために何時ものように認識阻害の結界を張っている。
こうすれば、厨房で椅子に座ってぼんやりしている店員の娘さんには話の内容は聞かれないし、いきなり別の客が滑り込んできても内容を知る事は出来ない。

「うー、口の中が芋しかないよう」

「芋に芋を重ねる馬鹿が居るか、素直に玄米系のメニューを頼まんからだ」

舌を出し顔を顰めた美鳥にさりげなく複製した缶のお茶を渡すと、美鳥は緩慢な動作でプルタブを開け啜るように茶を口に含み、数度濯いだ後に呑み込んだ。

「なんか玄米メインだと自然食臭くてさあ、気取ってるみたいで気に食わないんだよねー」

「今現在のこの国の情勢だと玄米出すのが普通だし、ここは元ヒッピーがやってる店でもなければテーブルもぺとぺとしてないからな?」

むしろこの時代だと人工の調味料の方が貴重なのではなかろうか。
そんな俺の言葉を聞いた美鳥が傍らに置いた鞄から小冊子を取り出し、パラパラとページを捲る。

「えーと、お兄さんの今の発言で『賢しらにトリップ先の世界情勢を語る』はクリアー、わーいおめでとー」

「お、当たり引いたか」

美鳥が取り出した小冊子は姉さん自作の旅のしおり。
この小冊子には、一般的なトリッパーがトリップ先で行う行動について纏められており、この冊子の通りに行動していけば姉さんの言う初級トリッパーっぽい行動をトレースする事が可能な優れものなのである。
美鳥に習い鞄から旅のしおりを取り出し、空になった食器を脇に除け、机の上に広げる。
外に出たいというのは俺と取り込んだ金神の記憶の残りカスが理由だが、話合いはこの旅のしおりにある項目にチェックを付ける為なのだ。
ぺらりぺらりと旅のしおりのページを捲り、目的のページを開く。
そこには初心者にも分かり易い簡易な説明文で、初級トリッパーの基本的な行動方針が書かれている。
やれ『死ぬ筈だった原作キャラを助ける』だの、『主人公が倒す筈だった敵を横取りする』だの、『原作で誰ともくっつかなかったキャラを篭絡する』だの。

「あ、このページのネタ、全部スパロボ世界でコンプリートしてるね」

「なんという事だ。何の指導も受けずに知らぬ間に初級トリッパーに相応しい行動を取っていたとは、帰ったら姉さんに報告せねば」

しかも既に図らずもこの世界の中ですら二つコンプリートしてしまっている。
ええと、再生怪人飾馬律が装甲教師をぶっぱしたから連鎖的に新田雄飛が助かって、結果的に洗脳したから飾馬律は篭絡できたものとして扱えるから、

「いやでも解釈次第では敵を横取りしたのは飾馬律で、新田雄飛が生きているのも飾馬が勝手に鈴川を殺したからとも言える訳で」

「どっちもお兄さんがあの下僕を改造しなけりゃ起きなかったことじゃん。はいはいこの三つはしゅーりょー」

「ぬう」

なんとなく不満が残る結果である。
ここで言う『死ぬ筈だった原作キャラを助ける』って、リリカルな世界で言えばプレシアだのリィンフォースだのを持前のチート能力で無理やり救済!って感じのネタで、『主人公が倒す筈だった敵を横取りする』ってのも、ネギま的に言えば空気を読まずにヘルマン(ゲルトマニアではない悪魔)をスライスする感じのネタだろうに。
これ、結果的に成功してるけど、『物は試しで作ってみた使い魔が原作のトラブルを勝手に解決してました』みたいな話なんだよなぁ。
飾馬律は死んでるのを蘇生したから該当するかは微妙だし、ううむ。

「そんなに不満なら後で自分で改めてこの項目のネタをやればいいじゃん、別に二度同じネタをやっちゃいけないなんて言われて無いんだし」

「う、ん、そうだな、迷えるラム肉は大量に転がっている訳だし」

ここがあまり救いの無い世界で良かった。中途半端に救いのある世界だと救済もクソも無いからな。世界規模の不幸のお陰で今日も今日とて飯が美味い。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる的方針で、適当に不幸そうでかつ不幸をまき散らしそうな奴の後ろにへばりついていれば勝手に救いを求める連中が見つかるだろう。

「じゃー気を取り直してチェックを続けるよーう」

「おいさ。で、肝心の次のページのネタは『意味も無く現状の確認をする』か」

成程、これは盲点だったかもしれない。
トリップして介入行動を取ろうとする連中は、トリップ先の連中には無いアドバンテージ、原作知識をとろうとする。
スパロボ世界で俺と美鳥がやった事だが、これはこの項目を見なければ自覚する事すらできなかったかもしれない。
何しろ、この世界で取り込むべき第一目標はすでに取り込んでしまったので、あとはエンディングまで適当に見たことあるキャラに似ている人を救って行けばいいかなと緩く考えていたのだ。
もし今後確認するにしてもせいぜいストーリーの進行具合程度のものだろう。

「んー、これはここで適当に振り返っておけばコンプリートだよね」

「だな。思いつく限りの、介入とか救済活動に必要そうな情報を書きだして一通り目を通せば十分だろ」

鞄に突っ込んだ手からレポート用紙の束を複製し、一枚剥がしてテーブルの上に置く。
シャーペンを手にした美鳥が向かいの席から俺の隣の席に移動し、俺達は思いつく限りの重要なネタを書きこみ始めた。

―――――――――――――――――――

主人公とラスボスについて
・主人公『湊斗景明』は普通の家で普通の育てられ方をした善人。
・『湊斗景明』は呪いの劒冑『三世村正』を装甲し、各地で全滅事件を引き起こしている『銀星号』を追っている。
・『銀星号』を追う中、『湊斗景明』は『善悪相殺』の呪いにより望まぬ殺人を繰り返す。
・十銭玉を三枚縦に積み重ねる事が出来る。
・『銀星号』の正体は呪いの劒冑『二世村正』を装甲した『湊斗光』
・『湊斗光』は『湊斗景明』の妹であり、鉱毒病に罹り闘病生活の内に精神を破壊されている。
・現在の『湊斗光』は夢遊病のような状態で動き回っている夢で、『湊斗光』の願いを叶える事だけを考えている。
・『銀星号』である『湊斗光』はその命を削って力にしているので、放っておいても衰弱して死ぬ。
・十銭玉を縦に十枚積み重ねる事が出来る。

呪いの劒冑『二世村正』と『三世村正』について
・悪(敵)を殺すと善(味方)も殺さねばならなくなる『善悪相殺』という戒律が設定されている。
・『二世村正』は引辰制御、つまりとてつもなく応用が利く重力操作能力を備える高機動格闘型。『三世村正』のお母さんに当たる。
・『三世村正』は磁流制御、そのまま磁力を操作する能力を持つ汎用白兵戦型。『二世村正』の娘に当たる。
・双方ともに人間の精神を支配する『精神汚染波』を操る事が可能。
・『精神汚染波』は劒冑を纏った武者には効かないが、『精神汚染波』の結晶である『卵』を植え付ける事で汚染が可能。
・『精神汚染波』の塊である『卵』を植え付けられた武者は、『卵』の孵化と同時に『卵』を生み出したものと同じものに変質する。
・『二世村正』『三世村正』共に隠しコマンドに『褐色美人への擬人化』『足コキ』を備えている。

救済するならかなり重要なネタ
・第四章までのゲストキャラは大体全員死ぬ。三章で一人行方不明扱いだけど怪我の具合から考えるに後々死んでる。
・江の島の景観バランスがキックにより破壊される。江の島丼を食べたいなら阻止するべき。

更に姉さんの言に寄れば、ストーリー分岐のある作品世界の場合、特別な場合を除いて真エンディングへ向かうのだとか。
その条件を当てはめると、今トリップしている世界は魔王編を経由して悪鬼編へと進み、最終的には武帝が誕生するルートになるのだろう。
そう考えると、以下の事が分かる。

魔王編と悪鬼編の場合
・ネームドユニットはヒロイン二人と稲城忠保と来栖野小夏、署長と陛下、雪車町一蔵を除いて大体死ぬ。
・このルートのみ『銀星号』が『金神』を取り込む事でパワーアップ、衰弱死しなくなる。

つまり、魔王編に入った時点で適当に誰を救っても大体救済という事になるのだ。
村正のインストールされたPCは複製を作り出せるので何時何処で誰が死ぬかはカンニングが可能だし、これはかなり好条件だろう。
更に魔王編に向かうのならオマケでこんな事も書くことができる。

魔王編に入らないと分からない足利茶々丸についての裏情報
・堀越公方竜軍中将『足利茶々丸』は『湊斗光』大好きで『湊斗景明』にベタ惚れ。
・『足利茶々丸』は人と劒冑のハーフ『生体甲冑』である為、自らの仕手、しかも自分を道具の様にして扱ってくれるような仕手を必要としている。
・『生体甲冑』の特殊な感覚により其処ら中の音を拾ってしまい、そこら中から他人の声を拾ってしまい、更に地下で外に出たい外に出たいと騒ぐ金神の叫びにも日頃から悩まされている。
・割と破滅願望持ち。

―――――――――――――――――――

「と、こんな所だな」

ずらずらと本編のネタばれ文章が補足のメモと共に箇条書きされたレポート用紙を手に取り頷く。
これだけ振り返れば『意味も無く現状の確認をする』はクリアしたと考えてもいいだろう。

「雑魚様に触れてない辺り割と穴がある気がするけど、大体振り返るべきところは振り返れた感じだねー」

レポート用紙を覗きこむ美鳥が片手で手元のしおりにチェックを入れる。
これで合計四つの項目にチェックを入れる事が出来たわけだが、この初級トリッパーの行動方針チェックシート、全ての項目をクリアーする必要はない。
これはあくまでもメジャーなトリップ先、すなわちそこら辺の人が脳内で二次創作を思いつく程の人気作にトリップした場合の行動方針であり、マイナー作、一般的ではない作品へのトリップでは達成できない行動もあるからだ。
例えばそう、エロゲギャルゲの筈なのに男女比率で圧倒的に男の比重が多く、しかも片手で数えて指が余るほど少ない女性キャラは揃いも揃って超地雷持ちのヤンデレ属性、みたいな作品にトリップした人間にこの旅のしおりを渡したとしよう。
そんなトリッパーに『原作レギュラーのネームドキャラでハーレム作る』みたいな項目を制覇させる事は出来るだろうか。
あれやこれやとチート能力の多いトリッパーの力でなんとか数少ない女性キャラを全員陥落したとしても、その後に待ち受けるのは本当の地獄だ。

「そういった理由で、次のページの『適当に説教かます』は不可と」

「だね、この世界だと説教には公開凌辱か足コキが必要になってくるし、保留でいいっしょ」

文字通り体で分からせる必要が出てくる辺り、この世界の連中は偏屈である。
暫くチェックできる項目は無いようなので、気を取り直して箇条書きされた情報に目を通す。

「しかし、適当に書き連ねた割には情報の整理に役立ちそうなメモになったな」

「うん、この世界に来てから死人一人蘇らせただけなのに、もう大分前提条件が変わってきてるのがよく分かるよ」

先ず銀星号、湊斗光はこのままだと神と合体する事が出来ないので衰弱死する。
次に足利茶々丸、もう金神は完全に俺が取り込んでしまったので、聞こえるのは周囲の人の声だけ、毎夜気が狂いそうな騒音に悩まされる事は無くなった筈だ。たぶん。
更に第一章で死ぬ予定だった飾馬律と新田雄飛が生き残った事により、ここには書かれていないでっかい中尉の動向も大きく様変わりするだろう。

「んぅ、今回のお兄さんの強化は終わったから、あとは救済の方に力を入れてみるにしても、あちこち手を出せる場所が多くて迷っちゃうね」

「各章ごとのゲストを一人づつ生き残らせるだけでも目標人数は十分達成できるのだよな。ゲストは複数人数居るから多少助け損ねても問題無いし」

姉さんから託された宿題は三人の命を救う事だが、それ以外に何かやってはいけないという事も無いだろう。
折角救済という大きな目的がある訳だし、エンディングを迎えるまでの時間潰しとしてそれに沿う形で何かしてみるのもいいかもしれない。

「少なくともまだ第三章は始まって無い、か。第二部はどうだ」

レポート用紙を折りたたみつつ美鳥に問う。
つい先日、というよりも今日ようやく完全融合を終わらせる事が出来たところだから、外の出来事とかさっぱり分からないのである。
美鳥が芋サイダーを買い占めた時に店番の飾馬律から貰った昨日の新聞によれば、大和初の装甲競技国内統一選手権までまだ暫くの時間があるのだとか。
更に言えば、新聞には未だ会津猪苗代で始まった岡部頼綱の反乱は未だ治まっておらず、六波羅も戦の真っ最中との事。
昨日の夜に再プレイして確認した所によると、第二章では岡部の乱の最中に長坂右京が赤い武者、つまり村正と装甲した景明との戦闘の後に増援を要請したという童心坊の発言もある。
つまり、少なくとも未だ第三章は始まっていない。
今から急げば第二部の犠牲者、ふきとふなの褐色長耳姉妹の命を救って姉さんの宿題完全コンプも夢では無いのだ。

「あー、少なくともあの村の全体的に細長くて髭面の安い悪党面の代官がどうこうなった感じは無かったよ、まだ強制労働やってたし。あれが良く似た別の悪党だってんなら話は別だけど」

「あんな絵に描いたような悪党面がそう何人も居てたまるか、いや、たまりそうだが」

俺は金神の強大なエネルギーを次元連結システムのちょっとした応用で見つけて即座に融合を開始してしまったが、何度も地下空洞と外を行き来していた美鳥は金神が地下に眠っていた山の周辺の様子を良く知っている。
遠目で確認した程度だが、ゲームの立ち絵の顔がそのまま人相描きとして使える程度には似た人物が偉そうに踏ん反り返り、村の住人に穴掘りをさせていた光景を何度も確認しているらしい。
そもそもあんな辺鄙な土地の山を村の住人を借り出してまで発掘作業させるような酔狂な輩はそうそう居ないだろうから、この小悪党面の代官は第二部ボスの長坂右京で間違い無い。

「じゃ、一旦関東拘置所を覗いて暗闇星人の所在を確認して、それからあの山に向かうって事で」

美鳥が伝票を手に立ち上がる。
さりげなく手には未開封の芋サイダー、おそらくあの店員さんにチップと称して押し付けるつもりなのだろう。
認識阻害を掛けながら渡せば、芋サイダーを渡された事に疑問を持つ事など不可能なのだ。たとえどんなに不味くても受け取らざるを得ない。

「ああ、あと冷やしたぬきを出す店を探しながら、鎌倉観光を挟みつつ、決して走らず、急いで歩いて行こう」

俺も椅子を引き立ち上がる。
褐色長耳姉妹の救済も重要だが、この時期に冷やしたぬきを出す馬鹿な店に一言文句を言いに行かなければならない。
冷やしたぬきというのは、カンカン照りのお天道様の下で食ってこその値打ちのものなのだ。
それを流行りものだからといって、こんな秋も半ばを過ぎた寒い季節に店に並べて悦に浸るなど、天が許してもこの俺が許さない。神的立場から見ても絶対に許さないよ!
そんな馬鹿な商売をするから冷やしたぬき否定派がつけ上がると理解できない奴は、俺が直々に熱くしてやるぜ。

「うん、ついでに装甲競技をやるサーキットを見学してから、そして早くダークエルフっぽい外見のエロシーンが無いのが悔やまれる姉妹を助けにいかなきゃな」

財布からお金を取り出し、無気力極まりない表情で店内を眺めていた店員さんの元に歩み寄る。
途中忍び込んだ金持ちそうな家で複製したお陰でこの時代の通貨は大体複製可能、迷惑を掛けてしまったお詫びに本当にチップをあげるのもいいかもしれない。
店員に少し多めに食事の代金を払い、俺達は助けを求める子羊の元へと向かい始めた。
徒歩で。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

そして市街を散策し、途中にバス移動を挟みつつ第二章の舞台となる鎌倉近郊の寒村へと足を踏み入れた時、俺達は少しばかり自分達が出遅れ気味である事を自覚した。

「村の人達、鉱山に居ないね」

「つうか、村に居たっていう六派羅の連中の姿もまるで見えないな」

装甲競技のグッズ(皇路操の等身大ポスターや有名チームの競技用劒冑のフィギュアなど)や鎌倉土産(ペナントや根性の文字が入った置物など)が詰め込まれた紙バックを両手に提げた俺達の前を、冷たい一陣の風が吹き抜けていく。
おかしい、確かに多少鎌倉の街で冷やしうどんをやっている店の店長の全身の関節を外して身長を伸ばしてあげて、しばらくは店を営業出来ないようにしてやったりもした。
美鳥の意見を聞いて行ったサーキットではレースこそ行われてはいなかったものの、競馬場や競輪場競艇場の如く売店に人気レーサーや人気の劒冑のフィギュア、人形、ポスターなどが並べられており、思わず色々と手に取ってじっくり確認しつつ結局大量に買い込んでしまったりもした。
少しはしゃぎ過ぎたので適当にホテルに入って一泊して、翌日そのまま貸し衣装を美鳥に着せたり脱がせたり着せたり脱がせたり着せたり剥いだりで追加で二日目を丸一日潰したりもした。
ふと思い立ってミラコロ状態で猪苗代湖上空まで飛んで、美鳥と二人並んで芋サイダーをすすりながら竜騎兵が入り乱れる戦場を見学して三日目を見事に消費したりもした。
四日目、今度こそこの村に向かおうとバス停を探していたら登校中の飾馬律に見つかり、お礼だの神への捧げものがどうだの世間話だのをする事になり、それを目撃した他の三人に飾馬律が語った偽の事情を話したら三人からお礼を言われたりなんだりで時間を潰されたりもした。
更にああだこうだと久々の外出と鎌倉観光を思う存分楽しんでいる内に、合計で一週間ほど経過していた。
しかし、たかだかその程度の予定のずれで、ここまで見事に第二部導入部を見逃すなどという偶然があり得るのだろうか。

「これは間違いなくレジデント・オブ・サンの陰謀……!」

「実写版だと宇宙人に浚われたキバヤシが超能力を身に付けたりすんだよな。あんまり覚えてないけど似せようという努力の跡すら見えない配役だった気がする」

まぁ、当然ながら謎の組織が裏で手を回している訳では無く、俺達が鎌倉観光を思いっきり楽しんでいる間にストーリーが進行してしまっただけの話なのだが。

「いや、諦めるにはまだ早い。村は滅んでいないし、銀星号が来ていないなら最低でも長坂右京は生きている筈だ。まだ挽回できるレベル、だと、思いたい、なぁ、と」

「すっげぇあやふやでふわふわ意見じゃん、ていうかそれもう意見つうか希望じゃんお兄さんの」

「あーあー聞こえないー。つーかここはがっかり美人か代官のどっちかを殺せれば自動で一人は救えるからいいだろうが。難易度的には第三章と第四章のネームドゲストキャラ救済のが楽なんだからここは失敗しても問題無いんだよ」

ジト目の美鳥の追及を手で耳を塞いでかわす。
救済相手の母数が多いから多少の救済失敗は許容されてしかるべきなのだ。別に善意の行為では無い訳だし。
俺は土産物の入った紙袋をラースエイレムで固定し、スパロボ世界で使用した黒ボウライダーなどが格納されている異次元空間に収納すると、周囲の空間に意識を伸ばした。
スパロボ世界に一年以上滞在する事で、俺は携帯機スパロボの俯瞰型マップを脳内に描き、建物の向こうで息を潜めている敵の位置までも確実に把握する事が可能となっている。
そのマップに更に金神の能力を付加する事により、金神の新陳代謝で本体から剥離した身体の一部、それを鉄の鎧、鍛冶師の肉体と混ぜ込んで生み出した分体とも子孫とも呼べる劒冑の所在地を如実に俺に伝えてくれるのだ。

「なんか見えた?」

意識を辺りに広げている俺に美鳥が問いかける。
今回は金神を取り込んで直ぐ活動を始めたので、美鳥には未だ金神の性質は含まれていないのである。

「ん。川のほとりに、半壊の数打ちが一領。山の中に装甲済みの数打ち一領と、装甲済みの真打ちの欠片。少し離れた空で真打ちが二領、片方の真打ちと同型の劒冑が二領……」

因みに脳内マップ表示では青軍の反応二つに赤軍の反応四つ、俺達の位置に黄軍のユニットが二つで写っている。
……確かに善悪相殺なんて七面倒臭い呪いの持ち主の味方になぞなりたいとは思え無いが、その場合俺達を青表示にするべきでは無いだろうか。
俺達が黄軍で表示される辺りには、不慣れな金神の感覚では察する事の出来ない世界の悪意的なものを連想せざるを得ない。
多分無貌で燃える様な眼が三つある神様の仕業だと思うので、その内頑張って殴れる程度には神様としての格を上げておきたいものだ。
いや、必ずしも殴る必要は無いのか、展開次第では味方になる可能性もある訳だし、黒髪美人の時におっぱいにビンタを入れる程度で済ませるのが穏便でいいかもしれない。
もしも黒人アナゴ声だったら指輪を全部駄菓子屋のプラ指輪に入れ替えるとか。黒人メガネメイドならアイスを全部わさびアイスにすり替えるとか。

「つまり、最後の戦闘シーンには間に合ったと見て良いわけだ」

「む、山の中でひっそりと陰義を使い続けているのが羽黒山と湯殿山で間違いないだろ」

パッとマップを見たところ、青い表示の村正が月山に滅多打ちにされているところから見ても、まだ戦闘開始からそれほど時間は経っていない筈。
俺は身体の内部構造を組み替えながら全身から煙の様にナノマシンを噴き出し、ブラスレイターと同じ変身プロセスを経て簡易式等身大戦闘形体へと移行する。
基本的にブラスレイターかつテッカマンブラスレイターであるというだけの簡易な戦闘形体だが、俺の肉体は今まで取り込んできた機械の能力を強化状態で使用する事が可能。
更に生身でDG細胞汚染済みガンダムファイターを遥かに上回る身体能力を備え、俺自身の戦闘経験、流派東方不敗の体術、蘊・温爺さんの剣術、あとついでに京都で手に入れたなんたら流の術理を振るう事も出来る。
というか、いざとなればいくらでも装備や能力の組み換えは出来るから、あくまでも戦闘形体は形だけのものとも言える。
主人公にしか倒せないラスボス補正を備えるラスボスだとか、滅多なことでは死なない主人公補正持ち主人公相手でなければ俺に負けはそうそう有り得ないのだ。
……ここの主人公は主人公補正とかほぼ皆無どころか結構な確率で死ぬので戦う時には殺さないように注意が必要だし、下手をすればこちらが殺されかねない激強いラスボス補正持ちがこの村に近づいている事も考えれば決して油断は出来ない。
念のために村には近付かず、月山か代官を殺したら村から離れた場所に逃げるのが一番だろう。

「美鳥、お前は川のほとりの雪車町の数打ちを回収したら一旦鎌倉まで戻って、こないだ泊まった駅前ホテルの予約とっとけ」

「あいあい。お兄さんは?」

「月山と村正の方が位置的に近い。村正がステルスの秘密に気付く前に即効で月山沈めてくる」

ステルスに気付いてから月山の撃墜までは速攻だ。
二度続けて自分以外の誰かに野太刀の欠片を回収されれば、第三勢力の存在を疑い始めさせてしまうかもしれない。
それに代官との戦闘前には一条さんのフラグイベントが発生する。
正直、臓を武器にする女性との親密な付き合いなど御免被りたいし、あの娘は悪党センサーとか内臓してそうだから正直近寄りたくない。
例え長いスカーフの片方がパンツに入っちゃってスカートがめくれ上がっていたとしても、忠告する事無く素通りする程度には関わりたくないのだ。
掌の章印から十分の一程度にスケールダウンした太刀型、いや長さ的には大太刀型というか、そんなグランドスラムの複製を作り出し、美鳥へ一度振り返る。

「そこまで武装しなくてもいいんじゃないか?」

美鳥はブラスレイター形体への変身を済ませ、前に俺が作ってやったシステムボックスを手で弄んでいた。
夕日に照らされ紅く光るクリスタルを、美鳥のデモナイズしても尚細い指が柔らかい手つきで撫ぜる。
もう美鳥も自力でクリスタルを形成できるはずなのだが、あのクリスタルやクリスタルの生み出すアーマーとブースターのデザインが余程気に入ったのだろうか。

「いいじゃん、羽黒山と湯殿山はあたしが食ってもいいんでしょ?」

「後で統合な」

言い捨て、重力を中和。
ふわりと宙に浮かびブースターを吹かす。停止状態から一瞬で超音速へ、周囲の木を衝撃波で薙ぎ倒し空へ駆け上がる。
刀の振り方モノの斬り方モノの怪の斬り潰し方は知っていても、空中剣術なぞテッカマンの知識以外では聞きかじりでしか知らない。剣劇なんて面倒臭い真似はせず、一撃で片を付けよう。
一瞬にして地球の重力を振り切り、大気の層を全開で突き抜け、更に加速加速加速。
宇宙の真空の冷たさと衝突する暗黒物質を全身に感じ、地球を背に駆ける。
加速を続け、ようやく『天に』青い地球を仰ぎ、地に足を付ける。
かつてしばしの塒として用い、頼もしい元仲間達と力をぶつけ合った思い出の場所、月の大地を踏みしめ、しかし加速は止まらない。
一分かけずに月面へと到達する程の速度を、エネルギーをしっかりと脚にとどめ、更に月を蹴り跳び上がる。
本来なら月すら貫通、あるいは砕きかねない速度。しかし、足を付いた月面は砂一つ浮かび上がらず、反作用の力を純粋に速度に積み重ねる。
ディゼノイドとペイルホースにより限界まで加速された神経を、更に違う流れの時間へと移動させる。
それでも速い。理論上は無限に加速が可能なブースターで月⇔地球間往復の距離を加速に費やしたのだから速いのは当たり前。
まだ見えない、いや、見えた。見えざる敵に翻弄される赤い劒冑。
その周囲を飛びまわる、金神の欠片、劒冑の反応、月山従三位、丸見えだ。
サイトロンによる未来予測、未来位置予測完了、相対速度合わせ。
ブースターを切り重力推進に切り替え、手に提げたグランドスラムを両手で上段に構え、そのままぐるりと前転。
超々高空からの降下突撃、加速によりエネルギーを高めつつ接敵し、前転により打ち下ろしの太刀に威力を乗せる荒技。

「見様見真似、吉野御流合戦礼法“月片”が崩し──」

太刀を持って繰り出して初めて気付いたが、昔の戦隊ロボットの必殺剣と動作及び理屈が同じ馬鹿げた術技。

「魔剣」

しかし、威力はこの世界のラスボスが幾度となく証明している!

「天座失墜──────小彗星!」

―――――――――――――――――――

「なっ──」

「何、あれ……」

巨大な、盆地。いや、クレーター。
つい先刻までいくつもの山に囲まれていた土地が、跡形も無く更地になっている。
完全な円形ではなく、一方向に向けて楕円に伸びたクレーターが眼下に存在している。
小さな村程度ならそのまま収まってしまいそうな巨大なクレーター。
村正は、村正を装甲する湊斗景明は、直前まで自分が一方的に攻撃を受け続ける絶対的な劣勢に立たされていた事も忘れて、呆然とそのクレーターを見つめていた。
何者かから絶対的な命令を下されたかのような錯覚を受ける程の強制力が、その光景から目を離させない。
景明は、未だ土煙を上げ続けるクレーターの中心部から目を離す事無く、自らの劒冑に問いかけを送った。

「村正、これは」

《──、み────っ──》

が、帰って来たのは村正の声ではない。
いや、村正の声こそ混じってはいるが、強すぎるノイズに上書きされ意味を持った形を作れずにいる。
そして、そのノイズを更に上書きする様に、聞いた事の無い声が響く。

《──い─、──する─だった──────》

ノイズを混じりのその声は、変声機を通したかのような、劒冑の金打声の様な何処か金属的な響きを持つ男の声だった。
その声色に似合った落ち着き払った口調に、人間臭さがにじみ出すどこか芝居がかっている様でもあり、この状況を面白がっているようにも感じられる音程。
ごう、と、一際大きな風が吹き、クレーターの中心部を覆っていた土煙が晴れる。
晴れた土煙の向こうに立つ姿を目に入れ、

「────あ──」

息が、止まる。
夕陽を浴び紅く染まる甲鉄は、しかしその色を留める事無く絶えず複雑にその色彩を変化させている。
単純に堅牢さを追求した劒冑では決して出す事の敵わない繊細さを備えているようでいて、しかしその輪郭は決してそれが芸術品の類ではないという現実を叩きつけてくる。
いや、果たしてそれは劒冑(ツルギ)なのか、同じ響きを持つ剣(ツルギ)に等しく攻撃的でありながら、それは景明の知るどのような劒冑とも共通項を見出す事が出来なかった。
渦の様な、河川図の様な、邪神を地に降ろす魔法陣の様な、複雑怪奇にして精緻、神聖にして冒涜的な紋様が全身に刻まれたそれは、兵器であり武器である劒冑とは一線を画した存在である様に見える。
見える? いや、感じるのだ。
村正の全甲鉄を震わす金打声が、様々な光を放つ装甲、しかして余りにも【虚ろな相貌、燦然と炎え滾る三つの眼】が、それが異質でしかない事を知らせて──

《──『』──》

─────────ペタリと、何かが張り付けられる音が聞こえた─────────

──いや、ともかくその奇怪な劒冑を纏った武者は、身の丈よりも大分長い野太刀を傍らの地面に突き刺し、その手に拉げた鉄の塊を持ち首を傾げている。
拉げ、土埃に塗れてはいるものの、それは紛れも無く先ほどまで相対していた風魔小太郎の劒冑の欠片。
爆散するよりも早く弾き飛ばされた事で、残った劒冑の破片は未だその命を留めていた様だが、一度大きく震えると粉々に砕け散り小さな欠片を残した。
鍔、村正の失われた野太刀の欠片だ。
しばし手の中で野太刀の鍔を弄んでいた武者は、その鍔を一度深く手に握りこむと、村正を装甲した景明に視線すら向けず、無造作な動きで軽く放り投げた。
軽く放り投げられた野太刀の鍔は、劒冑の騎航能力無くして届かない空の高みにいる景明の手に過たず収まった。

「…………」

何かを言うべきだと思い、何を言うべきかが思いつけない。
鍔を受け取った。こちらの窮地を救ったのも恐らくあの武者なのだろう事も理解できる。
だが、あの武者に関わろう、という気を持つ事が出来ない。
無関心でいる事を強要されている様な不可思議な感覚に、しかし疑問を感じる事もまた不可能。
天と地に分かたれ、両者を決定的なずれが更に隔てる。
沈黙を破ったのは、空から降ってきたと思われる所属不明の武者。
先の呟きよりもノイズの幾分少なくなった声。しかしその言葉もまた景明に向けられたものでは無い、中に融ける呟き。
余りにも軽い口調、小遣いの数を数える様な気安い声音。

《減速にやや難あり、と。いやはや、どうしてこうして本家程巧くはいかん》

地面に突き刺していた野太刀を引き抜き肩に担ぐと、その武者は空を飛ぶ景明に視線を向け、今度こそただの呟きで無い言葉を告げた。

《呆けている暇があるなら急いだ方がいいですよ。急げばまだ間に合うかもしれませんし、ね?》

言われ、慌てて坑道の方角に振り向く。
そう、風魔小太郎との激戦に気を取られていたが、今現在坑道では弥源太老が代官と戦っている。
呆けている時間など無い、一刻も早く山に向かわなければ。

「村正!」

先ほどから一言も発さない自らの劒冑に呼びかける。
先ほどまでのノイズは、初めから存在しなかったかのように綺麗に消えている。
数瞬の空白を挟み、村正の声が返ってきた。

《──ごめんなさい、急に意識が》

「構わん、今は坑道へ急ぐ」

《ええ》

合当理を吹かし山へ向かう寸前に一度振り返ると、そこに武者の姿は影も形も存在せず、ただただ巨大なクレーターだけが残されている。
その事に村正も景明も疑問を抱く事無く、一直線に弥源太と代官の居る坑道へと騎航を開始した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

急ぎ坑道へと向かった景明と村正を待ちうけていたのは、一眼で致命傷と分かる刃傷を負った弥源太とそれを庇う綾弥一条、それに斬り掛らんとする六派羅代官長坂右京。
既に息絶えた弥源太はその場に置き、綾弥一条を救出、すぐさま舞い戻り、劒冑に植え付けられた『卵』が孵化寸前だった代官を陰義による一撃で殺害し、この村での村正と景明の戦闘行動は終了。
三世村正の仕手である湊斗景明は、恩義を感じていた弥源太を殺した憎い仇、六派羅代官の長坂右京を殺害した。
悪の命を一つ断ち切った。

「……」

幾度も修繕を繰り返した跡の見える、古い百姓家の中、手には太刀を提げた赤い劒冑の武者が立ち尽くしている。
くうくうと安らかな寝息を立てる蝦夷の少女ふき、その妹である幼子のふな。
布団を並べて眠る二人の少女の前で、しばし逡巡するようなそぶりを見せ、

「──」

太刀を逆手に持ち換えて、その切っ先を幼子──ふなの心臓の上に向ける。
赤い武者──景明の脳裏に、この百姓家に匿われていた数日の間の出来事が駆け巡る。
凶刃に倒れ、治療を受けた際に、幾度となくお話しをせがまれた。
鎌倉の町の事を聞かれ、その人の多さに歓声を上げて喜ぶ姿が瞼の裏に蘇り──

「……ッ」

突き降ろす。
赤い花が、一輪。
咲いた。
老人と孫の三人が暮らす平和な家。
蝦夷の家族が暮らす平和だった家に、今はもう、一人だけ。
幼い孫は弥源太老人の後を追わされ、残る孫は頼れる相手も無く一人取り残される。
立ち尽くし、静かに大輪の赤い花を見つめる。

《御堂》

「……大丈夫だ。俺は狂ってなどいない。狂いなどしない。そんなところには逃げない」

《そう。でも、違う。まだ終わってない》

「……?」

「……けふっ。こほっ、けふっ、けふっ!」

心の臓を突かれたふなが目覚め、血の混じった咳を苦しげに始めた。

「!!」

息を呑みたじろぐ景明に、その声にどこか責める様な色を含んだ村正が言葉を重ねる。

「見当を見誤ったようね。……顔を直視したく無かったのでしょうけど、首を刎ねていれば良かったのよ」

「……う……あ……」

咽喉が引き攣っているような、悲鳴の一歩手前の様な音を漏らし、脚を一歩、後ろに、

「そのお陰で、あの子は苦しんでいる」

下げる事すら出来ない。
善悪相殺の呪が、もう一人の確実な犠牲を望み、その脚を縛りつける。
顔を逸らす事も出来ない。
目の前で、ふなが苦しみ悶えている。
血の咳を吐き、貫かれた胸を掻き毟るように身を捩り、その度に、肌蹴たチョコレート色の肌に刻まれた刃傷から、とくりとくりと赤い血が溢れ、

「けほっ、えほっ、えぇっ……ねーや……いたいよ……ねーやぁ……じっちゃ……」

苦しむ。助けを求める。

「ひ……ひっ、ひぃ……」

劒冑の甲鉄の下で、景明の顔が醜く歪む。
自らの罪を目の前に曝け出され見せ付けられる恐怖に、如何し様も無く。
目を逸らす事すら無く。

「早くしなさい!」

村正の叱咤。
このまま出血多量で死んでしまえば、善悪相殺としてカウントされず犠牲者を増やしてしまうからか、それとも、早く苦しみを断ち切ってやれという事か。

「ひ……あぁ……」

どちらにしても、やらなければいけない事に変わりは無い。
やらないという選択肢は存在しない。
村正の呪いが、景明の意思が、劒冑を動かす。
太刀を振りかぶる。
痛みに苦しみ喘ぐ幼子の顔を確と見定めて──
目が、合った。

「!!」

「えほっ、けほっ! にーや……!」

しかし、痛みで混乱し、自分がどのような状況に置かれているかすら理解できないふなは、目の前で太刀を振り上げる武者に、手を伸ばす。
涙でグシャグシャに濡れた顔を、潤む眼を向け、無垢なままに助けを求める。

「たすけて……にーや……にーやぁ……」

その一言毎に血を吐き、しかし力の限り縋り付く。

「いたいよぉ……にーやぁぁ…………」

「あ……ひぃ……ッ」

その願いに、湧き出る声を耐えきれず、

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!」

刃を、振り下ろした。
苦しみも痛みも縋りも願いも、呆気なく刎ね飛ばされた。
ごろり、と転がり、しかしその不完全な球形故に長くは転がらず、止まる。
残ったのは、蹴飛ばされた掛け布団を被り、びく、びく、と痙攣を続ける小さな身体。
それもやがては動きを止め、二度と苦しみに悶える事は無い。
そして、何時の間にか目を覚まし、呆然と赤い武者を見上げる、ふき。
呆然と、いや、恐怖に歪み、怒りに歪み、悲しみに歪み、しかし疑問に満ちた表情。

「お武家、さま……」

何故殺したと叫ぼうとし、だが恐怖に凍り付き喉はうまく動かず、声は正確に形を成さない。
怒りの表情でありながら眼には恐怖からか悲しみからか涙が浮かび、気丈に振舞おうにも座る蒲団からは暖かな湯気とアンモニア臭が漂い。
しかし、その視線は複雑に混濁した感情を含んだまま、決して赤い武者から逸らさない。
罪人への糾弾。
しかし、その視線に射抜かれても、もはや景明は何も返さない。
叫ぶでも弁明を並べるでもなく、村正と景明は静かにその場を立ち去った。

―――――――――――――――――――

その光景を、隣の部屋から覗き見していた雪車町一蔵は、自分がやはりまだ夢を見ているのではないかと感じていた。
余りにも現実味の無い光景。
代官と風魔小太郎を殺してきたと思しき警察の武者が、泣き喚きながら、守る対象であった筈の蝦夷の娘の片割れを殺し、何処かへと去っていった。

(へ、へ……ひでえ、夢……)

余りにも道理が通らない。荒唐無稽な悪夢。
結局のところ、誰ひとりとして救われていない。
警察の武者の行いは、その武者本人すら納得せぬままに、意味も無く人を殺して終わり。
後にはただ、何も残されていない蝦夷の少女が一人。

(こいつがもし、夢じゃァなかったら……)

泣き腫らした目で、妹の半分を膝の上に抱えた蝦夷の少女が、ぼんやりと窓から差し込む月の光を眺めている。
表情にはもはや怒りも無く、虚ろで、どこかを見ているようで見ていない。
ただただ、膝の上の妹の頭を撫で、髪の毛を梳いている。
その光景を見つめていた雪車町の耳が、カシ、カシ、と、軽い金属のぶつかり合う音を捉えた。
遠くから響く金属質の足音。武者の様な重く重ねられた金属鎧の音ではないそれが、どんどんとこの民家へ近づいて来ているのだ。
その足音が、戸の前で立ち止まる。

「ふ、ふ、ふ。これはこれは、まったくまったく、見事に如何にか成ってしまって!」

戸は開けられる事無く、しかし蝦夷の少女の目の前にはいつの間にか怪しげな人影が悠然と佇んでいた。
映画のフィルムのコマ落としの様に唐突に屋内に侵入した人影。
武者。それも先の侵入の手妻から推察するに何らかの陰義を持つ真打ち。
月の光を浴び白銀に輝き、その白銀から目まぐるしく色彩の変化する虹色の光彩を放つ不可思議な材質の甲鉄。
装甲の表面には古代人の描いた線画の如き紋様が刻まれ、ある種の宗教の偶像の様でもある。
通常の武者に比べ、数打ちと比較しても痩身と言ってもいいほどそのシルエットは人間の物に近く、しかし壊れる姿を想像する事すら出来ない。
壊れる、破損するという概念を何処かに置いてきたかの如き佇まい。
少女の顎を指先でつまみ持ち上げ、まじまじと顔を覗きこみながらの呟きは劒冑の統御機構の様な機械的な響きの声。
しかしその声はどこまでも自然体で軽薄で泰然として愉悦に満ちた、如何し様も無い程の人間臭さを含んでいる。

「ううん、これはまさしく救われない終わり方だ。このままでは少女は復讐に取りつかれ、新たな悪鬼へと変じてしまうやもしれん」

芝居がかった口調のセリフと共に少女の顎からぱっと手を離した武者が、背に手を廻し身の丈を超える程の長さの長大な杖を取り出した。
機械の臓を引きずり出し繋ぎ合せて作られた鉄と油の匂いを持つ杖。
蜂巣砲(ガトリングガン)にも似たシルエットを持つそれを武者特有の剛力で軽々と振り回し、武者はその杖の先端を蝦夷の少女に向けた。
人差し指を引っ掛けている引き金を絞ると杖の先端に魔法陣が現れ、カメラのフラッシュの様に弾けて消える。
泣き疲れ、怒りに引き攣り、そのどちらもが付き果てた虚の表情で月を眺めていた少女が、その場で浮き上がる程に身を撥ね、しばしの硬直の後にくたりとその場に倒れこんだ。
つい先刻、妹が斬り殺される寸前までと同じ、安らかな寝息を立てている。

(……どうしたもんですかねぇ……)

一部始終を目撃していた雪車町一蔵は、先程の警察の武者の凶行を目にした時に湧き発った暗く熱を帯びた感情とはまた別の、戸惑いにも似た感情を目の前の光景に感じていた。
いや、それはまさしく戸惑いの感情なのだろう。
突如現れた武者の行動全てが彼の理解の範疇を超えていたのだ。
いや、玉虫色の武者は未だ目の前ではよく分からない行動を続けている。
巨大な機械杖を背中に背負い直し(背負った時点で既に背後に杖の形は見てとれなくなっている)、血が飛び散り放題の室内へ人差し指を向けくるりくるりと指先を廻し始めた。

「くるわ、くるくる」

その呪句と指の動きに呼応する様に全身に刻まれた紋様がうっすらと光を放ち初め、室内に飛び散った血液が浮き上がり指先に集まり、その血の塊がぶくぶくと泡を噴き出し、小さなビー玉程にまで凝縮されてしまった。
最早先ほどの凶行を知らせるのは蝦夷の幼子の死体と、室内に充満する濃厚な血の香のみ。
そして武者は大きな鞄を取り出すと、その鞄の中に蝦夷の幼子の体を寝かせ、その身体の首の上に、姉が取り落とした頭部を乗せ、

(おいおいおい……)

ここまでくれば、何をどうやっているかは分からなくとも、何をしようとしているかは筋者の雪車町には簡単に察しが付く。
証拠隠滅。
ここで行われた事を、無かった事にしようとしているのだ、あの武者は。
ただ凶行の痕跡を消した程度では隠ぺいのしようも無い、恐らくあの先ほどの杖による一撃、それが自分を除く唯一の目撃者である蝦夷の姉妹の姉への何らかの処置だったのだろう。

(いやいや、何が起こっているやら……)

だが、そこまで察する事が出来たとしても、自分では今何かをする事も出来ない。
何か出来たとしても、自らの身の危険を顧みずに行えるほど、雪車町一蔵という男には義侠心の様なものは備わっていなかった。
目の前の不可思議な武者にも確かに興味をそそられる。この武者は恐らく、心底自分の今の行動に満足し、全力でこの行動を楽しんでいる。
誰も彼もが今日を生きるのに全力なこの時代には珍しい、楽しむためだけに楽しむ、真面目に不真面目な行い。
珍しく興味も引かれるが、しかし、雪車町の心を占めていたのはやはり先の赤い武者、警察の武者の行いへの疑問だ。
最早夢だったなどとは思えない。
あの武者が証拠を消した、という事実が、あの光景により真実味を与えていた。
赤い武者へと思いを馳せる雪車町に、

「善悪相殺」

唐突に機械の響きを含む声が掛けられる。

(!!)

布団に蝦夷の姉妹の姉を横たえ、鞄にその妹の死体と衣類全般と布団などを詰め終えた武者の視線が、障子戸の隙間から覗く雪車町の視線と重なっていた。
気取られた、いや、当然と言えば当然か。もはや意識は完全に覚醒し、驚きのあまり気配は駄々漏れ。
それ以前の問題として、目撃者へ何らかの『処理』を行っていた武者が、この家の中の探査を怠る筈も無い。
今の自分には劒冑は無く、逃げようとした瞬間にあの武者に捕捉されて終わり。
ここはどうにかこうにか口八丁で乗り切らねば、などと考えている内に、

「村正と善悪相殺で調べてみな。ちょっと劒冑に詳しい坊さんにでも聞いてみれば一発だ」

いつの間にか武者が構えていた杖、そこから発せられる光に、呆気なく呑み込まれた。

―――――――――――――――――――

鞄を背負い、すやすやと眠るふきに掛け布団を掛け直し戸に振り替える。
片手で構えた魔法の杖を一度、二度振り折りたたみ、背後の異空間へと収納する。
前この杖でガンスピンの練習したら暴発して酷い事になって姉さんに怒られたから、今現在では派手なアクションも挟まずにこうして地味に格納する事にしている。
まぁ、そもそもこの杖を使わなければいけない時は見せる相手が居ないから、そこまで恰好を付ける必要は無いからいいのだけど。

「うむ」

何はともあれ正義完了。
こうして姉のふきは無事生き残り、目の前で憧れの感情を抱いていた人による妹の斬首ショーを見せつけられて精神面で不安があったが、それもさっきの魔法でフォロー出来たと見ても良い筈。
明日の朝からは祖父の事も妹の事も綺麗さっぱり忘れて、一人でも何の不自然も感じずに暮らす事が出来る筈だ。
ここに生き残りが居る事を知れば銀星号事件唯一の生き残りという事で何時か参考人として呼ばれるかもしれないが、そんなところまでアフターケアをする義理も無いだろう。
そもそも雪車町を鎌倉の適当な空家の中に転送したのだって過剰なアフターサービスなのだ。理屈の上で言えば、あの後雪車町に浚われて景明いじめの材料に使われても救済完了したから気にしない!ってやっても良かった訳だし。
そんな訳で、今後この娘がどうなろうと、取り敢えずはこのタイミングで死ぬという運命は変えるのに成功した訳だから、間違いなく救済完了。
俺の脳内シゴック先生も盛大にお喜びになられているし、これで姉さんの宿題もあと一人救済すれば終わり。
残りの時間は適当に原作の修羅場を眺めたり、思いついた救済系トリッパーっぽい行動を試してみるのもいいだろう。

「ふふん。なんだ、簡単じゃないか」

「今、すっげぇ失敗フラグが立った気がすんだけど」

いつの間にか屋内に侵入していた美鳥の突っ込みも何のその。
そもそも次の救済では特に変身したり斥侯を作り出したりする必要すらないのだから失敗も糞も無いのである。
適当に札束ビンタかまして趣味の悪い金翼クルスをきゅっとしてどかんしてやれば呆気なく三人目を救う事が出来るのだ。
後々の第四章での救済も楽と言えば楽なのだが、こういうのは早いうちにやっておけば後は遊び放題、夏休みの宿題と同じなのである。
戸を両手で開け放ち、後ろ手に戸を閉めると同時にテックセットとデモナイズを解除する。
金神の力が侵食したお陰か、全身を覆っていたアーマーは砕け散る様にして解除され、その破片は輝く塵となり風に融けて消えた。
金神パワーで新機能盛り沢山、色々と実験してみたいが、今はそれよりも、

「さぁ、ホテルに戻って夕食だ! なんでも好きなもの頼んでいいぞ!」

「やったねお兄さん! 明日はホームランだ!」

ふなのつまった鞄を背負い直し、月に照らされた夜道を、鎌倉へ向けて歩く。
銀星号との遭遇も避けられて、見事に人一人の命を救って、今日ほど御目出度い日もあまりあるまい。
ああ、善行を積むのって、気分がいいなぁ!




続く
―――――――――――――――――――

本当はこの後、鎌倉市内でこそこそと買い物をするふきと景明が出くわして、以前と変わらぬ態度で『お武家さまー』とかひょこひょこ張り付いて景明くんの精神を傷めつけたり、
別パターンでは人間二人分の記憶とそれに関連する人格を形成する記憶を主人公の手で雑に消去されたせいでワールドエンブリオのロストリバウンド的に廃人状態になったふなが署長の計らいで秘密裏に信用のおける病院に収容されて景明と再会、
辛うじて覚えていた『お武家さま』から連想ゲーム的にふなとじっちゃまとの日常を断片的に思い出して、虚空を掴みながら『もう──(ふなの記憶消されてるから名前部分は空白)ったら、お武家さまにまた迷惑かけて……』とか虚ろな目で呟いて景明くんの精神を傷めつける展開が入るんですが。
そんな文章を書く技量とガッツが足りないので、省略に省略を重ねた第三十二話をお届けします。

まぁ、あれです。
書きたいシーン優先で話を進めたは良いものの、実際そのシーンが近づくとそのシーンにつなげるまでが大変で挫折して、それ以外のネタで話を進めてしまったりするのは、SS書いてれば良くある事だと思うのですよ。
ええ、当然説明した二つのシーン、最終的には景明君が精神的に追い詰められて変顔で絶叫するシーンが入る訳です。結果的に半分嘘予告に。
いい感じにそこにつなげるシーンを思いついたらさりげなく追加する可能性も無きにしも非ずという事で。最後のシーンに直で追加しても不具合は発生しないと思いますし。
もともと自分はそういうストーリー仕立てとか苦手なところあるので、仕方無いですね。何が得意なのかと言われると返事に困りますが。

でも実際、直接的に責められないとか、自分を罰するべき相手が自分の犯した罪を丸ごと忘れ去っているって、結構精神的にクル物があるとおもうのですよ。
しかも何事も無かったかのように慕われるとか、割と拷問じゃないですか、自罰的な思考の景明さん的には。
とかなんとか言い訳をするなら実際にそのシーン書けって話なんですけどねー。
本当に、湊斗景明さんのもがき苦しむシーンとか絶叫とか期待してくださっていた方には申し訳ない事をしたなと反省しております。

久しぶりに、突っ込まれる前に自力で突っ込むこぅなぁ。

Q、刀を持ってるのに天座失墜・小彗星?
A、主人公がそれ以外に思いつかなかった的な。月片そのままって訳でも無いですし。あくまでも崩し。

Q、月山相手にオーバーキルじゃないの?
A、主人公の趣味です。あと地上に出られた金神のテンションにやや引っ張られている的な。

Q、三つ眼が通る! 唐突な。
A、検閲されました。本格的外宇宙からの驚異な神を取り込む事で一つ上のオトコへ……!

Q、ふな、何故殺たし。
A、二択だし。ぎりぎり同じくらいの好感度だったから割と選択出来たけど、ふきなら一人でもどうにか生きて行けそうな雰囲気だったから。

こんなところですかね。
ところで、大鳥香奈枝ってどこら辺からが景明さんを疑ってのストーキングでしたっけ。
復讐編のセーブデータをやり直しても、そこら辺の詳細がいまいち分からないのですが、もしかして雄飛の事が無くてもスパイとして景明について行ったりします?
ゲーム本編のこの辺で詳しく解説してるぜ、などのアドバイスお待ちしております。
なお情報無しの場合、香奈枝さんは雄飛さんを巡るお家騒動で妹や許婚の部下とてんやわんや的な理由で欠席となります。
居なくても割と進行に支障ないですし。

ではいつも通り、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。





☆気分次第で変更と化ありありの次回予告。
ある日、唐突に地下から響く怪物の雄叫びが聞こえなくなり、浅い眠りながらも安眠する事が出来る様になった足利茶々丸。
しかし、ある日を境に怪物の雄叫びとはまた異なる音に悩まされる事となる。
起床時間の訪れと共に優しく語りかける謎の声。
「キンタ、キンタや、起きなさい、キンタや」
「あてはキンタじゃねぇぇぇぇっっ!!」
睡眠の妨げにはならず、しかし笑ってはいけないシリアスな場面をピンポイントで狙い笑いを取りに来る幻聴は、とうとう視界の隅に獅子吼×童心の濃密なBL幻覚を映し始める。
未来科学で合成された濃密な二人の絡み映像、突如恐ろしいまでの健康体へと変化した湊斗光の肉体。
彼女ははたして、無事に湊斗景明と運命の出会いを遂げる事が出来るのか。

次回、
「文明堂のカステラは何処へ消えた?」
お楽しみに。


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