季節は夏、普段は人気の無い山に無謀にもキャンプに向かう他所者の家族連れがそのまま戻って来なかったり、隣町にバイクを走らせてみれば平日昼間だというのにジャリ、もとい、クソ、もとい、うざ、もとい、無駄に活力に満ち溢れた子供達があちこちに溢れ返る時季。
そんな暑い季節、農家を営む人々、つまり俺を含む村の大多数を占める人々にとってはどういう時期か。答えは簡単、収穫の季節である。
無論、春だろうが冬だろうが秋だろうが大体年中収穫の季節ではある。
だが家で育てている野菜の大半は夏に収穫される野菜であり、更に言えば夏はあらゆる生き物の活動が活発になる時期でもあり、他の季節に比べて雑草の処理にやたらと手間がかかるのだ。
除草剤をまけばいいじゃないかと言われそうだが、総合的に見て俺と美鳥が超人的な身体能力で草むしりをやった方が時間はかからないので、節約の為にも除草剤の使用は控えている。
ささっと朝日が昇る前に作業を終えて、昼間に休憩の間に少しづつ残りの作業をするのが、日差しがきつくやる気が削がれるこの季節のお約束である。
日差し程度で体力を奪われるのかと言えば、当然奪われる。命を狙われている訳でもないのに、普段から身体を人間離れさせておくのは良くないのだとか。
まぁ、普段から楽をしていては人生も楽しくなくなってしまうだろう。
焼けつくような日差しから室内に逃れ、クーラーの恩恵に与る快感、安心感。日差しの熱さ(誤字ではない)を感じなければ味わう事は出来ないのだ。
話しを戻そう。つまり、今この季節は紛れも無く収穫の季節であり、農家にとってはかなり忙しい季節なのだ。
当然そこにある人手は家族でも使う。自分の指示に従う他人であるならなおさらだ。
「こっちの収穫は終わりましたわよ」
「アイヨー。おにーさーん、こっちは収穫しなくていいのー?」
「そっちはまだ小さいからしばらく放置。二三日もすればいい感じの大きさに育つから、帰って来てから収穫しよう」
今日も今日とて昼間から野菜の収穫、書き置きを残しておいたから、姉さんももうしばらくすればお弁当を持ってきてくれるだろう。
基本的に姉さんは夜更かしした次の日には昼ごろまで自然に眠りっぱなしだし、何も残さずに俺と美鳥だけで作業をすると、ハブられたと思って半日程いじけ続けるので、昼飯をお弁当にして持ってきてもらうという事で協同感を演出しているのだ。
上半身に熊とも鼠ともつかない可愛らしい怪生物、ボン太君のアップリケの縫いつけられた作業着(手作りらしい)を着、下には花柄のモンペ(近所の御婆さんのお下がりらしい)を穿いたフーさんが別々に積み上げられた野菜の山を指差し、こちらに顔を向けた。
「これらはどうして分けられていますの?」
「小さい方の山は家で食う分ですよ。形の悪いのが多いでしょう?」
「なるほど、形が悪くとも、味に変わりが無ければ美味しく頂けるわけですわね」
こちらのフーさん、今回は予想外の豊作で収穫に人手が必要であった為、臨時で俺の中から再出撃してもらっている。
今回は、というか、春の時も収穫の時に出て来ていた気がするし、時たま美鳥がバイト先のレジに立っている時に話し相手になっているらしい。
一応フーさんの死体と記憶情報は美鳥の中にも存在しているのだが、暇な時の話し相手として呼び出す、いや、蘇らせるのはいかがなものだろうか。
自宅に招いたりこそしていないものの、美鳥が集め無さそうでフーさんが気に入りそうなアイテムが美鳥の自室に飾られているのはその報酬なのだろう。
お陰で近所の人達に顔が知れてしまい、今ではフーさんの立場は『農業体験のついでに遊びに来る外人さん』というものになっている。
……実際、髪の毛の色があれで無ければフーさんの顔かたちは十分日本人で通るのだが、染めているという事にするとお年寄り受けが悪くなるので、日本人の血の入ったハーフかクォーターの人という設定にしてあるのだとか。
「見た目の美しさがどうなるかは些か気にはなりますけれど」
しかしフーさん、ただの可愛いもの好きの戦争狂かと思いきや、テーブルマナーなどにもそれなりに詳しく、食事のあれやこれやについても少々口うるさい。
もっとも、食事のマナーはフューリーの故郷での礼儀作法であって、そもそもフューリーが居ないこの世界の日本ではまるで役には立たない。
しかし、美的感覚は地球人と似たようなものらしく、
「まぁまぁ、別にフーさんが食うわけじゃねえから気にすんなって」
「それ、フォローになってませんわよね」
「フォローしてねぇし。当たり前じゃん」
「事実だしな」
農作業をフーさんに手伝わせる事は既に姉さんに伝えているが、それでも三人分のご飯や弁当を四人で分けるのは気に食わない。
姉さんの手料理を食べさせるには、俺のフーさんの対する友情度や愛情度や信頼度が足りないのである。
そんな事を考えていると、携帯にメールが届いた。姉さんからだ。
これからお弁当を持ってこちらに来るから、手を洗って待っていてね、といった内容だ。
俺は携帯を閉じ、フーさんに向き直る。
「そんな訳で、今回もお疲れ様でした。次は秋口に呼ぶかもしれないので、それまでお元気で」
俺の言葉にフーさんは人差し指を顎に当て、困ったような顔で首を軽く捻る。
「構いませんけど、私、貴方に取り込まれている間は死んでいるのですから、『お元気で』はおかしくありませんか?」
「たまに美鳥の相手をしている時くらいは元気でいてください、という事ですよ。この間、何か落ち込んでいたでしょう?」
言葉を終えると同時、手から触手を打ち出しフーさんの腹部に深々と突き刺す。
人払いは済んでいるし、念のために新しく作った端末に周囲を見張らせているので目撃者は居ない。
この場面を見られて『ひ、人殺し!』みたいな言われない罪を着せられるつもりは更々無いのだ。
「いえ、あれは──」
フーさんが何か言い終わるよりも早く、触手に取り込んでしまった。
美鳥に顔を向ける。何度かフーさんと雑談していた美鳥ならフーさんが何を言いたかったのか分かるかもしれない。
美鳥はきししと意地悪そうに笑い答えた。
「ありゃあれだよ、原作のスパロボJで自分の出番がすっげぇ少なかった事を知って落ち込んでただけ」
「ああなるほど、原作だと何度も出てこないもんなあの人」
そういう出番とか目だったかどうかを気にしている当たり、それほど純粋に戦争狂という訳でもないのか。
出番が少ないだけで、俺達が介入した時と同じように裏ではあれこれ手を回していたはずなのだが、意外にナイーブ人なのかもしれない。
軍手を脱ぎ、美鳥と一緒にタンクから出した水で手を洗いながら、フーさんの未だ隠れたままの趣味や正確に関する勝手な憶測を語らい、姉さんが来るまでの時間を潰した。
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そんなこんなでお昼ご飯の時間である。
ビニールシートを広げてパラソルで日差しを除け、外でみんなでわいわい食べるという事でお弁当の作りはピクニックっぽい内容である。
大量のおにぎり、味付け濃いめのから揚げ、胡瓜の浅漬けに、甘ぁい卵焼き、そして水筒にはキンキンに冷えた麦茶。
男らしい、というより、小学校の運動会の様な潔い内容である。栄養バランスは夕食で補えばいい! という激情が伝わって来るようだ。
おにぎりは昨日日本昔話を視た美鳥のリクエストでやたらデカく作られており、一つに付きご飯一合は使われているだろう。
具は無しで、薄めに塩がついている程度、他のオカズにとてもよくマッチする。
生姜や大蒜などで豪快に下味の付けられた唐揚げ、これもデカイ、握りこぶしの半分くらいある。
箸でつまみ齧ると外の衣はガリっと気合いの入った歯応えで、中の肉は柔らかく肉汁がじゅわっと溢れる。とにかく食べると力の湧いてくる味だ。
そして箸休めに胡瓜の浅漬け、これは縦に半分に切られた胡瓜を四センチ程の長さ毎に切ってあり、それほど塩気も無いのでこれを合間に挟むと唐揚げの油っぽさが流れ、さらに良く箸が進む。
塩辛い味に飽きてきたら卵焼きの出番だ。
お弁当に入れるという事でとろっとしてはいないが、それでも中身はしっとりとした舌触りで、砂糖と卵の甘さが優しく舌を癒してくれる。
一気に喰らい尽くし、〆は麦茶で流し込む。氷を入れ薄まる事を考え濃いめに入れてある麦茶は、食事が終わる頃になると温度と濃さが絶妙なバランスになっているのだ。
紙コップに入った麦茶をごくごくと飲み干し、溜息。
「満腹寺……!」
思わずして何時でも傍に居る素敵な誰かのその名を思い出さざるを得ない。
虚無に満ちた腹の内部空間が食欲の幸福に満たされ、一瞬にして意識が涅槃へと導かれる。
どこまでも白い空間に、荘厳な作りの柱が延々並び立っている。
外を見れば一面黄金色に輝く大豊作の小麦畑。
風にそよぐ黄金の稲穂の中を、呆けた古狸が若い変化の術の使えない狸を率いて踊り念仏の教祖に収まっている。
これが、ヴァルハラ……!
キツネやタヌキはともかく、変化のできないウサギやイタチは自力で姿を消せるのか。
消せる、消せるのだ。
ミラージュコロイドを搭載したイタチやウサギのサイボーグアニマルが自らの力で姿を消し、地上人の手の届かない地下世界、ラで始まりギアスで終わる感じの異世界に独立国家を建設した!
数十年ぶりに地上に戻ったキングサコミズ(捨てペットが野性化したフェレット、元の名はU-乃君)は人間文化にすっかり迎合した狸達に憤怒の情を覚え、砲撃とお話(戦意が無くなるまで繰り返し殴り倒してから耳元に怒鳴りつける感じのニュアンス)を司る邪神ナノルクルスの力を持って地上に破壊と混乱をまき散らそうと計画する!
「この羽根は、俺だ! 子供の頃の、俺達だ!」
俺の脳内にて絶賛放映中止中!
「卓也ちゃん、ごちそうさまは?」
「ごちそうさまでした」
トリップしていないのに脳内だけトリップしていたらしい。姉さんの笑顔で正気に戻った。
昔から笑顔で迫る姉さんには逆らえた例が無いのである。
しかし、こういう時の姉さんの有無を言わさない迫力、ゾクゾクするねぇ。
「さすがお姉さん、お兄さんの操縦がうまいなー、あこがれちゃうなー」
もっちゃもっちゃとおにぎりを咀嚼している美鳥が尊敬の眼差しを姉さんに向ける。
口を閉じおにぎり食べながらあそこまで普通に話せるのは、肉体の一部をスケイルモーターとスピーカーを融合させた特殊な発声器官として用いているからなのだとか。
その証拠に、今美鳥の首筋には細かい鱗のような物が薄く生えており、なんだか竜人属性無いのに少しドキドキしてしまう。
この鱗っぽい器官を指先でフェザータッチすると、擽ったそうにして逃げようとするから、最近は俺も姉さんも美鳥の首筋の鱗に夢中なのである。
お陰で最近は飯時以外は美鳥の笑い声というか嬌声が家の中を響き続けている。
そこまでされてその鱗っぽい副発声器官を引っ込めないあたり、本当は美鳥も俺と姉さんに触って欲しいのだろう。乙女心は不思議に満ちているらしい。
流石は生まれながらの総受け属性持ち。最近は俺と姉さんが意図的に鱗っぽい器官に触れないでいると、さりげなく此方に首筋を覗かせて、何気ない風を装いながらも頬をうっすらと染め、期待に満ちた視線をちらちらと送ってくるのだ。
趣味的過ぎて無駄な技術と思うなかれ、こういう技術の積み重ねが何時か素晴らしい新技術に生まれ変わるかもしれないのだ。
それに、こうして行われる家族の団らんというのは、姉さんと俺だけの家では中々出来なかった。姉さんもかなり乗り気なようで、最近は何故か融合する事も破壊する事も出来ない不思議拘束具を探している。
倉庫に上半身を突っ込んでその形のいい尻を振ってまるで此方を誘っているような姉さんを見ると、美鳥総受けで俺と姉さんの全力攻めというのも悪くないと思えてくるから不思議だ。
「うふふ、それほどでもないわ」
余裕の笑みで尊敬の言葉を受け取りながら、美鳥の口の周りに付いている米粒を取ってやり、空に放り投げる。
都合良く通りかかった小鳥がすれ違いざまに投げられた米粒を咥え何処かに飛んで行く。
このように姉さんの行動をフォローするかの如く時たま現れる小動物は姉さんのトリッパーっぽい特殊能力の一つ『何故か無意味に小動物に好かれる』が発動しているのだろう。
どこぞの下界にバカンスに来た聖人の片割れの如く、事あるごとに野生の獣が姉さんのフォローに現れないのは基本的に人徳で動物が寄ってくる訳では無いからなのだろう。
その証拠に、一見様の獣は姉さんから距離を取って観察を始める。
が、姉さんがその遠巻きにしている獣にニコリと微笑めば飼いならされた犬並みの忠誠心を得てくれる。
この世界の人間には効かないが、人間よりもやや精神耐性の少ない野生の動物や、トリップ先の現実よりも情報量が少なく構造も単純な登場人物達ならばその気になればいくらでも懐柔できるらしい。
噂に聞くニコポ、いや、ある種の洗脳というべきか。
俺がナノマシンを一服盛るという手間を掛けて行うそれを、姉さんは表情筋ひとつ動かすだけで完了してしまうのである。
全力で懐柔しようという意思を込めて微笑めば、姉さんの視界の中に居る全ての存在を洗脳できるという話も聞いている。
並みのニコポではない。通常のニコポは相手にその微笑みを見せなければ発動しないというのに、姉さんのニコポはその微笑みを向けられた、という事実が存在すればそれでポされてしまうのだ。
洗脳、いや、○○ポ一つとっても俺とまるで格が違う。
訓練付けて貰っている時に強化ジェネシスで火傷一つ負わなかったり、何の防御も無く核ミサイルの絨毯爆撃からの分身してのブラスターボルテッカ連打、数十体に分身した状態から絶え間なく放たれる烈メイオウと相転移砲を喰らいながら服(普段着にエプロンだけの私服)に汚れ一つ付いていないどころかスカート一つ捲れない時点で気付くべきなのだろうが、それでも凄いものは凄い。
早く俺も一人前のトリッパーになって姉さんを安心させたいものだ。
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……………………
…………
……
午後、農具を畑の脇の小屋に置き、収穫した野菜を持ち帰ったらお仕事は終了。
この時期に日が真上にある時間帯にわざわざ働く農家はMかモグリさんだけ、殆どの農家は日が昇る前にきつい作業を終わらせて、日が出ている間はそれほど苦にならない軽い作業をこなすのだ。
そんな訳で、居間でクーラーをガンガンに効かせてのんべんだらり。
いや、ただただゴロゴロと転がっている訳では無い。
「こうやってただ寝っ転がっているようで、今の俺から溢れる清浄なゴッドパワーがマイナスイオンもビックリな空気清浄効果を」
「溢れる、っていうか、漏れる、っていうか、滲んでいるっていうか……」
「しょっべぇごっどぱわぁ(笑)っすね」
そう、四月頃のネギま世界で取り込んだ大鬼神リョウメンスクナ、その力の源である神氣をどうにかしようとしていたのである。
不思議な事にこの神氣、直接相対した時の数万分の一も取り込めていないのである。
……まぁ、取り込んだ時点で大分弱っていたし、あの超電磁スピンを両手で押さえ込むのに神氣を割いていたせいで、取り込む頃には残りカス程度の神氣しか残っていなかったと考えるのが妥当なのだろう。
「まぁ、そもそもリョウメンスクナなんて神様としてはマイナーどころか頭に『元』が付いちゃうような妖怪もどきでしか無いもの。あれは神様系のとっかかりには丁度いいけど、あれから奪った神性だけで戦い抜いて行けるほどトリッパーの世界は甘くないわよ」
チョコチップ入りのスーパーカップを穿っていた木べらをふるふると前後に振りながらの姉さんの注意。
トリッパーの世界ではリョウメンスクナの神性も新ダンジョンの初期装備レベルの扱いらしい。
「ぬーべーにもゲゲゲにもうしとらにも出て無かったしなー」
美鳥がバイト先から買ってきた心霊現象カードを開けながら投げやりに言う。
ネギま世界トリップ後のアップデートで神氣を手に入れた事により霊体を知覚、接触できる様になったので、ホラー系のネタが多い季節の内に幽霊の類を触ってみたいのだとか。
今は心霊写真を見ながら、幽霊の当たり判定の割り出し作業をするのがマイブームらしい。
「お前のマイナーとメジャーの基準は分かるようで分からんなぁ」
うしとら基準だと下手な神様より九尾の狐の方が強そうだぞ。
しかし、姉さんの話ももっともだ。日本に転がっている神様というのは、妖怪とかの化け物との違いが曖昧なのだ。
地方の山の中にある古い社などの一部は、現代では妖怪として知られているような連中もいる。
逆に、妖怪もある程度の信仰を集めれば何時の間にか神様に格上げされていたような時代、あるいは世界観もあるのだとか。
その理屈で言えば、リョウメンスクナにあれほどの神性が残っていたのは奇跡と言ってもいい。
何しろ彼(彼女?)は悪神、というか、化け物の一種として討たれ、もはや信者など地元の飛騨含め、この世界のどこにも存在しない。
討たれてから千六百年の間しっかり封印されたことにより逆に力の消耗を抑え、大鬼『神』という冠を載せられる事で信仰とは逆属性のエネルギーを得る事が出来たのかもしれない。
「エネルギー密度として考えると、大仏の指先とか腹の一部とかの方が凄かったりするのがまた。あと台座」
起き上がり座布団に座り、神氣をリョウメンスクナの物から大仏の物に切り替える。
途端、先ほどまでの全身を薄らぼんやりとした神氣から、身体の極々一部と、俺の座る座布団に荘厳な気配が宿る。
「おお、お兄さんの座布団からさっきまでのお兄さんとは比べ物にならない程のゴッドオーラが」
「ふふふ、凄かろう」
この状態で何かしらの敷物に乗っていれば、ゴッドパワーとかアガペー的なあれによって、特殊な装置や能力無しで『光って浮く』程度の事が可能になるのだ。
「あんまりやると座布団が使命を帯びたような気合入ったデザインになるから止めてね?」
「うん」
俺の属性的にチクタクマンとかギアとか鈴の音が聞こえる長距離ビームライフル装備MSの下のアレみたいな座布団になりそうで期待度がウナギ登りだが、座り心地は悪そうなので神氣を抑える。
溜息。
最近は本業である農作が忙しかったとはいえ、せっかく手に入れた力の修練を怠ったのでは何時まで経っても強くなれない。
確かに、神鳴流はマスターした。ネギま最新刊までのネギが覚える魔法も闇の魔法の習得が前提となる物以外はすべて習得したし、咸卦法も、まぁ使いどころが無いが一応完璧にマスターした。
だが今さらそんな小技を覚えた所で大した戦力アップには繋がらないのだ。
必要なのは、今まで手に入れてきた力『科学の力』とはある意味で対極に存在する『神の力』だ。
神の力、神秘の力と言い換えてもいい。
自然発生したその力は、人類が英知を結集して作り上げ、金の力をつぎ込んで可能な限りの改造を施した科学の巨人をあっさり上回りかねない理不尽の塊。
トリップという理不尽、トリップ先に潜んでいる理不尽、トリップ先に待ち構える理不尽。
それらを踏み越え呑みこみ喰らい尽くす事の出来る、大理不尽の力、それを手に入れなければならないのだ。
考えこんでいると、頭をてしっ、と掌で軽く叩かれた。いつの間にか少し俯き気味になっていたらしい。
顔を上げる。姉さんが頭を叩いたのとは別の手でサムズアップしていた。
「だいじょうぶ! 卓也ちゃんのそんな悩みも、お姉ちゃんと美鳥ちゃんが選んだ次のトリップ先に行けばいっぺんに解決できちゃうんだから!」
バチコーンと効果音が飛び出そうな程美事なウインク、惚れた。既に惚れているけど、子供の頃から惹かれていたけど。
しかし、サムズアップ。
あの姉さんが、古代ローマにおいて『満足できる・納得できる』行動をした者にのみ与えられたと言われる仕草をするとは。
今度のトリップ先はかなり満足できそうな予感がする。
「それに今回は美鳥ちゃんの気合の入り方が違うから、かなりいい感じのトリップになると思うの。ほら、最近美鳥ちゃん特訓部屋に入り浸る時があるじゃない」
「あぁー、言われてみれば、なんか特訓部屋で髪色金に変えた分身と組手してたような」
しかも分身体は一人称を『あたし』から『あて』に変える徹底ぶり。能力も仮想敵と同じ程度の物に固定して。
毎回最終的に金髪の分身がズタズタのバラバラになって終わるんだよなあの組手。組手っていうか、なんか儀式じみている様な気もするが。
確かに、ズタズタになった自分の分身のグシャグシャになった金髪を掴み上げ首を切り落とし、生首を天に掲げてプレデター張りの雄叫びを上げる美鳥からは今迄に無い迫力を感じた。
あの気合いの入れようと来たら。今回のトリップ、一波乱起こりそうな予感もするぜ……。
「なになに何の話ー? なんか褒められてる気配がしたような気がするんだけどー」
重量感のある巨大なボウルと三本のスプーンを持った美鳥がこちらに早足に駆けてきた。
普段はこんな無邪気な美鳥が、自分とまったく同じ顔の分身を初期の筋肉マンの残虐超人も真っ青な残虐ファイトでズタズタにできるのだ。
全く持って頼もしい限りである。
「美鳥ちゃんはいい子だねー、って話をしていた所、ねー?」
「うん、美鳥は便利な奴だなぁと」
「うへへ、褒められてもこのボウルの中のゼリーが増殖するだけだぜ? DG細胞で」
がんばれドモンくんとは懐かしい。ていうか便利な奴も褒め言葉に入るのか……。
結局DGゼリーはそれぞれ5リットルほど食べた辺りで飽きが来てしまい、更にゼリーの増殖速度が加速し収集が付かなくなってしまったので、姉さんがどこからか引っ張ってきた宙に浮かぶ楕円形の銀のゲートに廃棄した。
なんでも形成されかけていたトリップ先の世界で、修理したてっぽいノートパソコンを抱えたツンツン頭の少年を追いかけていた設定魔改造召喚ゲートらしい。
ファーストキス(メロン味)から始まる一人と、多分30リットルくらいの恋?のヒストリー。
運命にかけられたのは魔法というよりも呪いの類だろう、召喚ゲートをくぐって現れたのが一分毎に2~5倍程に膨れ上がるプルプルした何かとか絶対に話が破綻するしな。
せめて食用になる際に封印された自己進化機能が復活してくれれば話は違うのだろうが……。
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ゼリーを召喚ゲートに流し込み、それからまたゆったりとした時間が流れる。
何だかんだであれだけ大量のゼリーを食べたからみんなお腹がいっぱいになってしまっていたので、夕飯はいつもよりも遅めの時間に食べ、消化がいい感じに終わった辺りでトリップの説明開始。
俺と美鳥は脇に荷物の詰められた鞄を置き正座で待機、姉さんは学帽にメガネに白衣、手には指示棒の説明スタイル。
前回の説明時は在庫の切れていた白衣を隣町の駅前にある白衣専門店で購入しておいたので、今回は完全無欠のフル装備である。
姉さんはフレームの小さいメガネ(伊達)を中指でくいっと持ち上げる。
「それでは、これから卓也ちゃんと美鳥ちゃんをトリップさせるわけだけど、その前にお姉ちゃんから言っておく事があります」
「うん」
「あいあい」
頷く俺と美鳥に、姉さんの指示棒が突きつけられる。
「二人とも、ちょっと悪事働き過ぎだと思うの」
「え?」
「ハハッ」
思わず聞き返してしまった。姉さんを指差しながら千葉ニーランドの黒ネズミっぽい裏声で短く笑った美鳥の頭は消し飛んで即座に再生を始めた。
『悪事を働き過ぎ』
何かの暗号かとも思ったが、姉さんはそんな回りくどい真似は嫌いなので恐らくそのままの意味だ。
多分前回のスパロボJ世界へのトリップでの事を言っているのだろうが、あれは多分に不可抗力という物を含んでいた訳で、決して好き好んで悪事を働いていた訳では無いのである。
姉さんは指示棒の先をくるくると回しながら続ける。
「確かにトリップ先の連中の生き死にだの幸不幸だの、そんな物は卓也ちゃんや美鳥ちゃんやお姉ちゃん達の人生になんら影響を及ぼさないわ。でもこれからの人生でたくさんトリップをする以上、いろんなやり方を覚えてもいいと思うの。同じことばっかりやってても飽きちゃう訳だし」
なるほど、確かに一理ある。
俺のこれまでのトリップは、何の先導も無い初心者トリッパーならばまずしないような選択の連続だ。
初心に帰って、訳も無く原作に介入するべきかしないべきか悩む素振りをしたり、苦心の末にストーリーに介入する決心をしたふりをしたり、とりあえず巨大な組織に対しては無闇にアンチ的な素振りで行動したりすべきなのかもしれない。
無意味に尊大な態度で相手を無駄に貶めて大した理由も無く自己正当化してみるのも捨てがたい。
「はいせんせー! それって例えば、やっぱり死ぬはずだったネームドキャラとか生き残らせてみたりすればいいんですかぁー?」
頭部の再生が完了した美鳥が元気よく手を上げると、姉さんは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「そ、まさにそんな感じね。そこで! 今回は原作では死ぬ筈だったネームドキャラを最低で『三人』救って貰います!」
「おお! いかにもトリッパーっぽい!」
俺の感嘆の声に姉さんはえっへんと得意げに胸を張りふんぞり返る。
強調される胸部、白衣を押し上げる胸!
ああ、今気付いたけど、白衣の下は普通のシャツとかじゃなくてワイシャツだと尚いいかもしれない。
姉さんの胸のサイズならほんの少しサイズの小さなワイシャツを着てくれればボタンとその周りの布の張りつめ具合が姉さんの魅力を更に引き出してくれるに違いない。
帰ってきたらワイシャツを用意して進言してみよう。
そんな事を考えていると、ふんぞり返っていた姉さんが元の姿勢に戻り、背後から一つの箱を取り出した。
「しかも今回のトリップ先はこれ、この通り死人がぞろぞろ出てくるから三人救うとかタイミングを選べば楽勝なの。トリップ自体はもう回数こなしてるのに典型的なトリップは初めてな卓也ちゃんにはぴったりね」
黒の筆字で雄々しくタイトルの書かれた木の箱、通販で予約を入れてまで手に入れた初回限定版である。
もう半年以上前にクリアしてしまったが、それでもその斬新な好感度システムと主人公の様々な変顔が記憶に残る名作である。
しかしなるほど、確かにこの作品ならやたら強い上に現役で信仰を集めまくり、しかもそれ自体に意思は無いから吸収も容易なとても都合の良いターゲットが居る。
それ以外にも特殊な剣術槍術、あるいは合戦礼法など魅惑の技術が盛り沢山。
しかも銃砲火器などの軍事技術はさして発展していないので、後々軍の基地を巡って兵器の収集をする手間が必要無いのだ。
「ふふふ、この作品は卓也ちゃんのお気に入りだから、向こうで何をすればいいかは理解していると思うから説明は省くわね。念のため言っておくけど、今回はスパロボ世界の時みたいに戸籍や身分が用意してある訳じゃないから、そこら辺は美鳥ちゃんと創意工夫すること」
「オッケー姉さん、俺、きっと立派な神様になって帰ってくるよ」
立ち上がり、姉さんとがっしりと抱きしめ合う。
たっぷり10分ほどくっ付いたままでいると、隣から視線を感じた、美鳥だ。
ぼけーっと口を開けた間抜け面でこちらを眺めていた美鳥は、俺の視線に気づくと目を輝かせながら期待の視線を向けつつ聞いてきた。
「キスしないの? ねぇねぇキスとかしないの?」
それに、姉さんが更に俺を抱き寄せながら答える。
「ふふふ、卓也ちゃんとお姉ちゃんは心で繋がっているから大丈夫なの、心で繋がってるからね!」
「おぉー、あたしはてっきり最近連日連夜肉体面で繋がりっぱなしだったから控えているのかと」
「歯に衣着せないねお前も」
互いに腕を放し、再び木箱に向き合う。
姉さんが軽く指示棒を振ると、木箱の表面におなじみとは言えないまでもこれまで二度お世話になった異世界転移魔法陣が現れる。
魔法陣に美鳥が駆け寄り、一度姉さんに振り替える。
「お姉さん、お土産は岡部の髑髏の杯でいいよね?」
「ええ、あとお姉ちゃんお酒駄目だから芋サイダーもよろしくね」
「よっしゃぁ任されたからケースで買ってくる! 行ってきます!」
美鳥が魔法陣に向かって頭からダイブ、俺は姉さんに向き直る。
姉さんは俺の視線を受け、少しだけ頬を染めそっぽを向きながらしどろもどろに応える。
「だって、ね? あの世界はそんなに行った事無いし、試しに飲んでみた芋サイダーが斬新で結構美味しかったけど自分で行くほどの物ではないし、ね?」
「うん、じゃあ俺も土産は芋サイダーでいい?」
背中を物凄い力で叩かれた。
少し前の俺であれば、平手から背に伝わる破壊エネルギーが肉体を駆け巡り細胞の一片に至るまで粉微塵に破裂させていたことだろう。
たたらを踏み、荷物を抱える様にして背中から魔法陣に接触、手を振り抜いた姉さんの姿。
「卓也ちゃんは、とりあえず自分の強化を第一に考える事。春先のネギまの時とは違って、今回はそっちがメインなんだから……」
呆れたような口調で、照れを含みつつもしょうがないなぁとでも言いたげな表情でこちらを見送る姉さん。
それでも、呆れつつも優しげな笑みで、こちらに手を振る。
「いってらっしゃい、土産話、楽しみにしてるわね」
後頭部から魔法陣の中に落ちる。
海の様な、宇宙の様な、何か不思議な物に満ちた空間。
最下級の上に元が付くようなものとはいえ神の視点を手に入れた今なら分かる。
この空間に満ちる不思議な何か、宇宙の元であり宇宙のなれの果てであり、ありとあらゆる可能性を秘めた空間と時間其の物のプール。
なるほど、こんな物を間に挟んでいる以上、元の世界と作品世界の行き来は並みの術理ではなし得まい。
根本的に、作品世界内部とは世界の理論が違うのだ。格が違うのだ。密度が違うのだ。
何の媒介も無く作品世界の存在がここを通りぬけようものなら、一瞬にして押しつぶされこの『宇宙の元』に還元されてしまうだろう。
空間に満ちるそれらに見惚れていた俺の手を、小さくやわらかな手が握り締める。
美鳥の手だ。
しかし、その美鳥もまた、ある一点を凝視して固まっていた。
遥かに下、作品世界への入口。
入口から、俺達を誘うように歌が聞こえる。
《生命よこの賛歌を聞け笑い疲れた怨嗟を重ねて》
《生命よこの祈りを聞け怒りおののく喜びを枕に》
頭にじくじくと響き渡る歌声、精神汚染波。
人の様で人で無い、生きているようで生きていない、そんな俺達だからこそこうして呑気に聞いていられる魔性の音色。
美鳥がこちらの手を更に強く握りしめた。
美鳥の表情は、今、喜悦に歪んでいる。
「いい、歌、だね」
「ああ」
正直、歌詞の内容はさっぱりと理解できない。
だが、この歌に乗せられた思い、これには少しだけ共感できる様な気がする。
最も、俺は既に手に入れている側なのでそんなおこがましい事を口にできる訳が無いのだが。
歌を聞いている内に入口が近づいてきた。
それほど高度は無く、青く節のある植物が生い茂っている。
てっとり早く言って竹林の中で、そこには何かで伐採された跡の様な広場、周りには伐採された竹が散乱している。
「今までのパターンから考えて、物語序盤に出るんだよな」
「いひ、最初からいきなり救済イベント発生の予感じゃね?」
鴨が羽根を毟られ臓を取り除かれ血抜きをされた状態でネギを刺され鍋に入れられて目の前に転がっている、といった処か。
目標を取り込みに向かう前に、一発人助けをしてからこの世界での活動を始めるとしよう。
俺と美鳥はゆっくりと、物音ひとつ立てる事無くその世界へと突入した。
つづく
―――――――――――――――――――
プロローグと第一話は分離します。
だって統合すると姉の出番がますます少なくなってしまうから……。
そんな第三部プロローグをお送りしました。
多分第三部は三話から五話程度の中できっちり納められると思います。思い付いたネタが少ないので。
ノリ的にはストーリー仕立ての第二部よりは本筋放置の第一部のノリに近い感じで。
大々的にストーリーの乗りこみはしないけど、時たまストーリーの一部に顔を突っ込んで少しだけ原作から筋を逸らす感じで行こうと思ってます。
やや一部寄りのハイブリッドと考えて頂ければ幸いです。
あ、でも暗闇星人さんが変顔で奇声を上げるシーンはちゃんとあるのでご安心ください。
なにしろ救済物ですから。
そんな訳で、第三部のテーマは『死者の数を少なくする』です。理由は本編で姉が言った通りマンネリ回避。
なんかこう、べたべたー、って感じの救済物を書けたらなぁと思うとります。
死人多いからチャンスは沢山ありますから、拾う肉には困らないという事で。
そんなべたべたを目指す第三部第一話である三十一話は、原作だと死にっぱなしの人が生き返って決め台詞言って悪人を倒す感じのありがちな話になります。
多分本題はしっかり書いても一万字前後で終わっちゃうから、暗躍する主人公達のやり取りで分量少し水増しかも。できるだけ早めに出せればいいなと考えております。
それでゅわ、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。