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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第二十九話「京の都と大鬼神」
Name: ここち◆92520f4f ID:bbe4acae 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/21 14:28
がたんごとん、がたんごとんと眠たくなるような速度で走る二両編成の電車の中、俺は窓の外をのんびりと眺める。
スパロボJの世界で一年以上戦場を駆け抜け、時にはメガブースター四つ装備のボウライダーで海面スレスレを飛び回り、スカイダイビングもビックリな超高々度から空中要塞目掛け重力加速踵落としを敢行したり、速さにかけてはかなりの体験をしたと思う。
更に言えば、軽く走っても電車どころか並みの新幹線より余裕で早いので、ガオガイガーのオープニング張りに追い抜けてしまう。
だが、それでも電車での移動というのは素晴らしいモノだ。
電車はレールの上を走り、一定の区間だけを移動する、ある意味では不便な乗り物だ。
当然途中で忘れ物をしたからといってUターンして戻れる訳でもないし、途中で行き先を変更できる訳でもない、急ぎたいからといって速度を上げる事すらできない。
そんな電車での移動中、親しい間柄の同行者がいればお喋りに興じ、駅の売店で新聞や週刊誌、ワンコインの文庫本を買うこともあるだろう。
自らの意思、自らの力の及ばない無為な時間をどのようにして潰すのか。
電車というどちらかと言えば公に分類される場所で、他人に迷惑をかけない範囲で恣意が交錯する。まさに人間という生き物の作り出す社会の縮図とも言える空間だ。
こうして電車の中でゆったりとしていると、トリップ中にいろいろやり過ぎて薄れてきた人間としての自覚という物が緩やかに再生していくのが良く分かる。

「卓也ちゃん、表情的に物思いに耽ってるのはなんとなくわかるんだけど」

「もぐ」

向かいの席に座る姉さんに、返事はせずに頷きを返す。
如何に姉さん相手とはいえ、口の中に物をいれたまま喋るのはマナー違反。
親しき仲にも礼儀あり。むしろこの世で最も親しい相手である姉さんに対してこそ、俺の礼節は最大限に発揮されるのだ。
頷きとジェスチャーで話を聞いているという意を伝えると、姉さんは分かってくれたのかうんうんと頷き返し、ビニール袋から紙パックを取り出した。
良く冷えた500mlの牛乳。

「頬袋一杯にままどおるを詰め込んだままじゃ、どうしたって恰好は付かないんじゃないかって、お姉ちゃん思うなぁ。はい牛乳」

「むぐ」

これにも素直に頷く。
しかしこの頷きは格好が付くとか付かないではなく、久しぶりに姉さんと電車を乗り継いでまで買い物に出掛けているにも関わらず、只管食べてばかりでまともな会話が無いというのは寂し過ぎるという事に関する頷きなのである。
口の中身を数度咀嚼し、手渡された牛乳を一口。
素朴な甘さの餡が牛乳と合わさる事によりまろやかさと滑らかさを増した。
呑みこむ、喉通りも滑らかで、口の中にしつこく味が残ったりもしない。この優しい甘みは全国販売のお菓子では中々有り得ない、誇るべき地元の味だと感心するがどこもおかしくはない。

「ほうぅ……」

「ふふ、おいしい?」

「うん、美味過ぎる……」

電車の中で人目も憚らずにヘヴン状態!
まぁ、こんな畑と田圃と山と川しか周りに無いような地方の路線、しかも平日の真昼間だから人目もくそも無いのだけども。

「戻ってからリハビリに忙しくて、殆ど遠出できなかったもんね」

「う、面目ない」

「いいのいいの、トリッパーにはありがちな事なんだから」

そう、リハビリである。
主観時間で一年半以上、というか、二年弱の戦争体験により、俺はすっかり農作業の基本を思い出せなくなっていたのである。
考えても見て欲しい。俺が高校を卒業してからまだ四、五、六年程度、トリッパーになってからの長期トリップはまだ二度目を終了したばかりだが、ブラスレイター世界とスパロボJ世界での活動期間は合わせると余裕で二年を超すのである。
実に元の世界での実労働時間の半分から三分の一近く、俺は全く関係無い事を行っているのだ。
この際だからはっきり言おう。元の世界では、ロボット操縦の腕がエースパイロット級でもクソ程の役にも立たないのである。
作業の遅れを取り戻す為、人数を増やして足りない労力を補おうとしてフーさんを作り出してみたはいいものの、当然ながら農業の従事経験なぞ欠片も無いので、本気で猫の手程の役に立たなかった。
まぁ、地球圏最強の部隊と戦わせてやるという約束はしっかり果たしたとはいえ、まさか農作業の手伝いをさせられるとは流石のフーさんも予測できなかっただろうから仕方がない。
では何故、戦争と可愛いものしか頭に無いようなフーさんを農作業の手伝いに駆り出す事になったかといえば、実のところ、ちゃんと人間の姿を保ったまま複製できるのはフーさんだけだからなのだ。
美鳥も量産出来ないでもないが、これは目撃者が出ると今後の生活に支障がでるので不可、いっそ下級デモニアックに農作業用の服着せて量産しようかとも思ったが、野菜を媒介にしてペイルホースが感染すると危険なのでこれも不可。
ぶつぶつ文句を垂れつつもきっちり作業をこなしてくれたフーさんには頭が下がる思いだ、ふんぞり返り過ぎて後ろ側に。
そういえば、年甲斐も無いフリフリ着たフーさんを見た姉さんが何ら大きなリアクション無しで、『金髪じゃないのね……』とか呟いていたのが気になるが、何か金髪に思い入れでもあるのだろうか。
とまれ、ジャガイモや玉ねぎ、春菊や長ネギなどの種まきも終わり、春キャベツの収穫が終わる頃にはどうにかこうにか勘を取り戻せたので、こうして姉さんとお出かけと洒落こんでみたのだ。

「まぁそこら辺は追々馴れるとして、さっきの店で何を買ったの? 店員さん、注文の品がどうとか言ってたけど」

「ん、姉さんの服の材料」

「お姉ちゃんの? 材料から作るの?」

「ん、これがまたかなりの自信作でさ、グレイブヤードで職人の技術を収集したのは話したよね」

「うん。お土産に凄いカッコいいお茶碗持ってきてくれたもんね。あと何故かフィギュアも」

因みに三人分作った姉さんフィギュア、姉さんは五月人形を入れるようなケースに入れ、大事に自室に飾ってくれている。
炊飯器に入れているのは俺の分の姉さんフィギュアで、美鳥はニンニク料理を食べた後などによく口に咥えたままテレビを見ている姿を見かける。作っておいてなんだが、実にシュールな光景だ。

「アストレイを読めば分かると思うけど、グレイブヤードは世間では見向きされなくなった技術の使い手が集まるコロニーな訳よ」

「うんうん、それでそれで?」

「で、あの世界の極東、つまり日本の宗家から追い出された異端の着物職人が、持てる全ての技術を費やして編み出した『異界の美と威を備えた窮極無敵のゴス和服理論』を俺が再構築して設計した和ゴス服が──」

「待って、ちょっと待って。それ、お姉ちゃんは何時着ればいいの? 夜一緒に寝る前とか、そういう、ひみつ一杯なプライベートな時? コスチューム『で』プレイ的なそんな」

「え、いや、姉さん最近自分の服買ってなかったし、お出かけ用にお洒落な服の一着や二着新しく用意してもいいかなって。ほら、ゴールデンウィークには千本桜が満開になるって予報あったしさ」

なにやら姉さんが指先をもじもじさせ赤面しながらエロい発言をしだしたが、神(たぶん顔が無かったり三つ目だったりするタイプ)に誓って俺はそんなやましい事は考えていなかった。
そう、今の一瞬で夜のワクワクタイムの為に脱がしやすく扇情的なデザインの再設計版が頭に構築されたが、それは姉さんが悪いのであって俺がエロい訳では断じてない。
とりあえず、最初に設計した和ゴス服の材料では二種類は作れない。
布の複製を作って、それで一旦美鳥をベースに試作して、それからオリジナルの布で姉さん用の完全版を作るのが妥当か。
再設計の時点で新しい種類の布が必要になるかもしれないが、まぁその時はその時だ。

「うー、千本桜って、あの川沿いのあそこだよね、出店とか出る。卓也ちゃんとか美鳥ちゃんならともかく、あそこはいっぱい知らない人が来るから、恥ずかしいかなって思うんだけど……」

「あ、そっか、けっこう観光客とか来るもんね。これはお蔵入りか……」

更に言えば、あの時期は都会に出ていった古い知り合いとかも花見をしに戻ってくる。
トリップ作業用の魔女っ娘服で慣れているとはいえ、知りあいの目の前でそういう服装というのは精神的に来るモノがあるだろう。
考えても見て欲しい、確かに姉さんはそのトリッパーとしての能力も相まってとてつもない若々しさだが、戸籍上は三十路越えなのだ。
世間的な目を気にした場合、その年齢の女性がフリフリひらひらの付いたアレンジミニ和服なぞ着るのは適切と言えるだろうか、過去同じ学び舎で過ごした学友に胸を張って会えるだろうか。
答えは否だ。三十路越えと言えば世間的には小学生くらいの子供が居てもおかしくない年齢、そんな服装を出来る筈がない。
確かに、そういった世間体を無視して本音を言えば着て欲しい。
せっかくデザインしたのだし、何度も再設計を繰り返して完成した自信作(まだ型紙の段階だが)だし、絶対に姉さんの魅力を十二分に引き出せる自信がある。
だがその服を作って送ったからといって、それを着るかどうかは姉さんの判断次第なのだ。
頼みこめば着てくれるかもしれないが、嫌々恥ずかしながら着て貰うというのはかなりそそるが気が引ける。
姉さんは俺の着せ替え人形では無く、確固たる人格を持った一個人なのだ。俺の趣味、欲望を満たす為だけに無理矢理に着てもらうなど言語道断。
という、毒にも薬にもならないような理屈でどうにかこうにか自分を誤魔化しておくのが一番平和的な解決法だろう。

「もう、そんなに落ち込まないでよう。ほら、えっと、知りあいとか人気の少ない場所でデートする時とかなら、お姉ちゃんもそういう服着てみてもいいし、ね?」

「姉さん……!」

思わず身を乗り出し、姉さんの手を両手で握り締める。
感激だ。なんとなく通じ合っているようでそうでないような微妙なシンパシーに喜びを感じざるを得ない。
電車の窓の外では、大きな川が太陽の光を反射してきらきらと光輝いている。
今の俺と姉さんを車内から見たらいい感じに俺と姉さんのシルエットが映って美しい一枚が撮れるだろう。
いやまて、これは少しばかり光量が強すぎるのではなかろうか。季節は春、日差しはぽかぽかと暖かくなる事はあっても、ここまでくっきりと影が出来そうな日差しは──

―――――――――――――――――――

同時刻、鳴無家。
耳にはイヤホン、手にはマウスを握りしめてPCの画面に齧りついていた鳴無美鳥が、ハッとした表情で顔を上げる。

「お兄さんとお姉さんの霊圧が……、消えた……?」

それはつまり、二人が自動トリップで異世界に飛ばされたということ。
そう確信すると同時、美鳥はPCからイヤホンを引き抜き、ボリュームを上げる。

『んほおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

途端、スピーカーから溢れだす女性の過剰なまでの喘ぎ声。その大ボリュームの喘ぎ声は家中に響き渡る。
PCの画面に映るのは、身体を殆ど隠せない程度の鎧を身に纏ったままベッドに押し倒されている金髪の女性。
世間的にはイグゥ!さ乙女などと言われる有名監禁調教作品だ。

「ふふふ、これで心おきなく、大音量でエロゲを楽しむことができるというもの」

人二人が消えても、それでも世界は平和だった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

次の瞬間、俺は普段乗る電車とはまるきりレイアウトの違う座席に、姉さんと並んで座っていた。
隣の姉さんは苦虫を噛み潰したような表情。

「ごめん、油断しちゃった。この導入、滅多にないから感知しにくいのよね……」

溜息一つ、衣装はトリップ用のモノに変化していないが、手のひらサイズまで簡略化された機械的な魔法の杖をその手の中で弄んでいる。
この車両、前に一度、いや二度ほど見かけた事がある。これは電車では無く、新幹線!

「新幹線の自由席って、また微妙な始まり方というか、ちょっと車内販売の弁当とか買ってきていい? いいね? いいぜ!」

「卓也ちゃん落ち着いて」

姉さんに真顔で宥められても止められない止まらない。
新幹線なんて高級な乗り物、中学校と高校の修学旅行の時に乗ったきりなので少しワクワクしてしまうのは仕方がないことだと理解して欲しい。
三百円ぐらいする詐欺臭い缶ジュースとか買う為に財布を取り出すと無駄に胸が高まれ高まる。
丁度車内販売のお姉さんが通路を通っている。財布の中を確認、いい生地を買う為に余分に金を財布にいれてある、これぞまさに天恵!

―――――――――――――――――――

そんなこんなで吊り目で雑魚い悪役顔の美人な売り子さんから弁当を全種類買占め、姉さんと二人でお昼ごはん。
少々出費がデカくなってしまったが、今やここは元の世界ではなくどこかは不明ながらトリップ先の異世界、多少ずるして金を増やす程度の事は許されてしまうのである。
その証拠に、先ほど車内販売の売り子さんに万札で支払ったが、それは手元の財布の中にある本物の万札の複製に過ぎない。
通し番号の数字を書き換える程度の事は造作も無いので、この世界から帰るまでは全部偽札で済ませてしまう事にしよう。

「うぅん」

弁当の器である益子焼の釜を掌で押しつぶすようにして取り込み、包み紙を丸めてビニール袋に詰め込み、唸る。

「どうかしたの?」

「いや、そういえばここは何の世界なのかな、と。多分魔法とかそんな怪しげな世界だってのは分かるんだけど」

「そうねぇ」

ブラスレ世界やスパロボ世界を体感した今だから分かるが、トリップ先の世界毎に細かい処でかなり違いがある。
スパロボ世界では重力は巨大なロボットに対して優しいところがあるし、ブラスレ世界は超人アクションに関して物理法則が気持ち緩めになっているような感じがするのだ。
そして、この世界の空気は、不可思議な現象、氣や魔力というものに酷く大らかな雰囲気がある。
大気中には意思を持った不可思議な何かが充満している。
この不可思議な意思を持った存在、ブラスレ世界やスパロボ世界で魔法を使う時に周囲に現れていた何か──つまり、精霊に酷似しているのだ。

「うん、卓也ちゃんもそういうのをしっかり認識できるレベルに達しているのね。偉い偉い」

母性溢るる笑顔を向けられ、あまつさえ撫で撫でされてしまった。
ここで常人ならば恥ずかしがったり照れたりしながら手を振り掃ったりするのだろうが、俺は断固としてそんな事はしない。
姉さんに褒められて甘やかされている。
この幸福な状況を自分から中断させるなどという愚行を犯すほど、俺は未熟では無いつもりだ。
全身全霊を持って、この状況に甘んじる!
とか決心した瞬間に撫で撫でが終わってしまった。馬鹿な事考えてないで姉さんの掌の感触に集中してればよかった。

「そうね、そこに気付けたのはいいけど、それだけじゃどういう世界か特定するには足りないわ。こんな感じで世界に精霊っぽいのが満ちている世界なんてさして珍しくも無いし」

「まぁ、現代の地球っぽい世界観で平気でぽんぽんファンタジーな技術を使う作品は少なくないしね、異能力バトル物とかそんな感じだし」

しかし、新幹線に乗るシーンがある、という条件が加わればそれなりに絞り込む事ができる筈だ。
更に言えば、この新幹線は大阪行きである事は確認済みで、時刻は午前。

「魔法関係のネタがあって、それでいて大阪行きの新幹線が登場する作品かぁ」

新幹線で真っ先に浮かんだのはマイトガインやヒカリアンではなく何故かグリーンウッドなのだが、あれは剣と魔法は外伝にしか登場しない。いや、マイトガインもヒカリアンもロボ物だが。
……まぁ、宇宙人だの幽霊だのが平気で存在している時点で魔法の存在も完全には否定できない訳だが、そんな事を言い出したら絞り込む事なんて出来る訳も無く。
更に言えば、大阪行きの新幹線とか、午前とかは余りに情報として細か過ぎて役に立たない。
うんうん首を捻って考えていると、姉さんがポッキーを一本差し出して来た。

「そんなに悩まなくても大丈夫だって、卓也ちゃんはもう生半可な異能力じゃダメージは入らないんだし、これからの展開を様子見しながらゆっくり──」

「コラーーっ、親書を返してくださーいっ!」

姉さんのセリフの途中で、背中に大きな杖を背負い、肩に白くて細長いユーノ君を乗せたスーツ姿の赤毛の少年が走り抜けていった。
姉さんはポッキーを差し出した姿勢のまま、俺はそれを受け取る寸前の姿勢のまま、しばし沈黙。
重々しく、口を開く。

「これ以上無い程のヒントが、つうか、答えそのものが目の前を横切っていったような」

続けて、姉さんが静止状態から復活した。

「まぁ、こんな事もあるのよ、うん」

この落ち着きよう、やはり天才……
此方に差し出していたポッキーを新幹線の通路に向け、仄かに頬を赤く染めほんの少しだけそっぽを向く。やや動悸が激しくなっているようだ、姉さんも少し動揺しているようで安心した。
ポッキーの先はかすかな光を帯び、しかし機械的に計測した限りでは魔術的、科学的に防壁の張られた大都市を一瞬で蒸発させるだけのエネルギーが宿っているように見えた。
強力でありながら並みの探知能力では察知できない程に存在感の希薄なエネルギー。
サイトロンから核分裂、バッテリーに至るまで、あらゆるエネルギーの探知に定評のあるスパロボ世界版次元連結システムのアッパーバージョンを搭載した俺ですら、目の前でエネルギーが収束する様を見なければ察知できない程のステルス性。
こんな物で攻撃されたら、自分が死んだという事にすら気付けずにこの世から消滅してしまうだろう。

「ここがネギまの世界、しかも修学旅行編なら話は早いわ。ええと、確か首謀者はメガネの吊り目女と白髪の子供よね」

ポッキーの尖端に集まった謎の力が、そこにあるのか無いのか、どんどん不安定な状態へと移行する。
スパロボ世界で見たボソンジャンプとも次元連結式のワープでもオルゴンクラウドでもない、かといってネギま世界の魔法でもない。
ポッキーの尖端に存在する力、それが存在する確率がどんどん低くなっているとでもいうか、もう俺に内臓されている観測機ではその存在を捉えきれない。
そう、誰にも観測出来ないが故に、どこにでも存在し得る。
あとは標的の存在する座標に確立を収束させるだけ。事実上どのような場所に存在しても、あの攻撃からは逃れ得ない。
射程距離無限の必中攻撃。

「こいつらを始末しさえすれば事件は終了、ささっと片付けてお家に帰──」

言いかけ、言葉を止める姉さん。
そのまま、人差し指と中指に挟んだポッキーを縦に振り、もう片方の手を顎に当て考え込む。
一つ頷きポッキーを大きく一振りすると、何処かに居る標的の二人に向け転送される寸前だった力をあっさりと消してしまった。

「どうしたの?」

「えと、よくよく考えたら、卓也ちゃんと二人っきりの時間とか、最近なかったよね」

「言われてみればそんな気もする」

何だかんだで姉さんは早起きできないのは相変わらずだし、そうなると早朝に畑仕事に向かう俺とは鉢合わせ無い。
昼間は農作業で家を開けるし、ご飯を食べる時は美鳥を入れて三人なので当然二人きりではない。
姉さん自身は昼間特にやる事も無いのでちょくちょくお昼ご飯用にお弁当を持って畑に来たりもするのだが、ここ最近は畑限定でカプセル怪獣の如くフーさんをこき使っているのでこれも厳密には二人きりでは無い。
せいぜい風呂の時間か、さもなければ美鳥が遠慮して他の部屋で眠った夜程度か。

「そのくせ、美鳥ちゃんはあっちで殆どずっと卓也ちゃんと一緒だったっていうし……」

ぽす、と軽い音を立てて姉さんが肩にもたれかかり、人差し指でこちらの胸元にのの字を書き始めた。
ううむ、これはいけない。姉さんを寂しがらせてしまったようだ。
確かに俺と姉さんでは互いに互いを愛でる時間に差異があったのは確かだろう。
何しろ俺の実睡眠時間は僅かに二、三時間程度。日が変わるか変わらないかという時間に姉さんと一緒に布団に入り、一瞬にして眠りに付き、丑三つ時かそれを少し過ぎた時間に起床する。
深夜に起き、すやすやと眠る姉さんの寝顔を見てほっこりしたり、眠りを妨げない程度の強さで寝顔や寝姿を愛で、早朝の農作業が始まるまでの時間で姉さん分を補給しているから、コミュニケーション不足に気が付かなかった。
つまるところ、姉さんはこのトリップを利用して久しぶりに二人きりの時間を作ろうと提案しようとしているのだろう。

「しかも向こうで金髪巨乳の十代の美少女を従順な雌奴隷に調教したっていうし……」

「お待ちなさい」

予想外の変化球。何処の誰の入れ知恵だ。

「でも、荷物の中に綺麗な金髪が入っていたもん。金髪のちぢれ毛にストレートパーマをかけてまで持ち帰ってくるほどお気に入りなんでしょ?」

「なんで素直に普通の毛であると判断できないのかがさっぱり理解できないのだけども」

フーさん見た時のリアクションはそれが原因か。
下の毛にストパを掛ける事ができるかどうかは知らんが、少なくとも毛の太さで分かりそうなものだろうに。

「だって美鳥ちゃんが、『お兄さんはその金髪巨乳の乗った機体を背後に庇って、見事に攻撃を一発も後ろに通さずにラストバトルを戦い抜いたんだよ!かっこよかったよ!』って、それなら間違いなくちぢれ毛をお守り代わりにするでしょ?」

「いや、公共の場でちぢれ毛ちぢれ毛連呼しないで、お願いだから」

美鳥め、最終決戦に関して、極限まで曲解した報告をしやがったな。
スパロボ世界で手に入れた能力とそれを用いた戦闘法の研究とかは結構したけど、俺からスパロボ世界での詳しい活動内容の報告をしていなかったのが仇になったか。
……いや、割と意図的に避けていた節もあるけども。多少の後ろめたさはあるし。
いくらサイトロン予知の予防の為とはいえ、女の子を薬ポさせるとか、姉さんに話して軽蔑されたら嫌だし、そこまでやって最終的には主人公達には勝てなかった訳だし、率先して話したい内容ではないと思う。
日常に関してももうちょい詳しく日記に書いておけばよかったか。自分で読み返してもいまいち何やってるか分からんものなあの日記。

「ああもう、京都までまだ少し時間があるから、まずはそこら辺の誤解を解く為にも掻い摘んであの世界でのあらましを聞いてくれ」

「卓也ちゃん駄目! そ、そんな、首を締めながらだとよく締るだなんて」

「人の話聞けよ」

エロゲ脳か、何もかもエロゲ脳が悪いのか。
桜色に染まった両頬に手を当て、いやんいやんと身体をくねらせる姉さんに突っ込みを入れ、俺はスパロボ世界での出来事を順を追って説明した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

新幹線を降り、四泊五日泊まる為の宿を借りる為に京都の市街を歩き始めた時点で、ようやくスパロボ世界でのあれやこれやを話し終える事が出来た。
何だかんだで基地に居る間は哨戒偵察ばかりの日々だったが、ナデシコでの日常生活なども含めるとかなりの情報量だ。誤解を解くのに必要な部分だけ話すにしてもそれなりに時間はかかる。
姉さん自身スパロボ系の世界にトリップした事はあったが、俺のように機械に対して相性が良い訳でも無いので主人公のチームについて行くこと自体そう無く、そういった主人公達の乗る戦艦での日常というのは少し興味があったらしい。
そんなスパロボ世界の話の中、姉さんがとりわけ強い興味を示したのはやはり金髪の少女──メメメの事。
姉さんと、あとオマケで美鳥というものがありながら主人公のヒロイン候補に手を出すとか意地汚いとか言われるかと思ったのだが。

「連れてこなくてよかったの? すっごく懐いてたんでしょ?」

そういった独占欲とでもいうべき感情に縛られるほど、姉さんも未熟ではないらしい。
正直、俺が姉さんの立場で、姉さんが姉さんに凄く懐いた、馴れ馴れしいイケメンとか連れてきたらファイアパターンの刻まれた覆面を装着して嫉妬の炎を滾らせるに違いない。
流石、姉さんは懐の深い大人の女性だと尊敬するべきか、俺が他の女としても気にしないという事実に凹むべきか……。

「姉さんは、俺が姉さん以外の人としても平気だったりするのか……」

俺の言葉に、姉さんはぷくっと頬を膨らませ唇を尖らせながら答えた。

「そんな訳無いじゃない。もう、卓也ちゃんはハーレムでも作りたいの?」

俺の言葉に少し怒っているのか、俺の手を握る姉さんの手の握力が強くなり過ぎてそろそろブラックホールが出来る危険性があるのでどうにか宥めたい。

「いや、だってほら、メメメを連れてきても良い的な事言っているし、多少なりとも嫉妬して貰えないと、なんか」

握力が弱まった。握り潰されてグシャグシャに潰れていた手を姉さんに悟られないように修復。
修復が完了すると同時に、姉さんが先ほどまでよりも深く、腕も絡める様な感じで手を握り身を寄せてきた。
良い匂いが香ってくる。かなり近付かないと気付かない様な微かな香水の匂い。
なんでも、肌の匂いや汗の匂いと交る事を考えて選んでいるのだとか。
不自然で無く、姉さんそのものの匂いも混じった香料の匂いは何処か蠱惑的ですらある。
そんな匂いを滲ませた姉さんが、こちらを悪戯っぽい表情で見上げている。

「だって、卓也ちゃんがお姉ちゃん以外に本気にならないって、お姉ちゃんは信じてるもの。卓也ちゃん、その子に迫られてもキスの一つもしなかったんでしょ?」

「いやまぁ、確かにそうだけど」

うう、大人の貫録だ。
ここで美鳥辺りなら空気を読まず『こないだまで三十路処女だったのに大人の貫録とかぷぷぷ』とか言いそうなものだが、当事者としてそう感じざるを得ない。
いや、そんなこと正面切って言ったら間違いなく泣かれるか、さもなければ冒涜的な角度のヒットマンスタイルから放たれる宇宙的怪異の如きフリッカーで念入りに殺害されそうな気もするが。

「お姉ちゃん的には、金髪巨乳ちゃんの本番無しの寸止めエロ撮影会付きなら全然オッケーよ!」

「いや、そういうのはいいから」

「むしろそんな泥棒猫には目の前でお姉ちゃんと卓也ちゃんが濃厚に愛し合ってる姿を一晩目をそらさずに見せつけて身の程を弁えさせてあげるのもやぶさかじゃないっていうか、わかるわよね!?」

「姉さんがエロゲのやり過ぎでエロ漫画の読み過ぎだって事はよくわかった。姉さんの脳の為にも快楽天の定期購読はそろそろ止めといた方がいいと思うから今度契約切っておくからね」

姉さんは世代的に調教SLG全盛期の人間だから、同じエロゲーマーでも最近の泣きとか燃え全盛の人間に比べて危険性がとても高い。
この際だから美鳥にもLOの定期購読を控えさせるべきか。

「ああん、そんな無体な」

「とりあえず、ここでそういうエロスな会話は控えようよ。仮にもここは天下の往来なんだから」

そう、大きなホテルは修学旅行の時期なだけあってどこもいっぱいいっぱいなので、学生向けでない穴場的な宿を探しているのだ。
京都、実は中学高校と修学旅行で行かなかったので産まれて初めてだったりするのだが、その生まれて初めての京都での会話が下ネタというのは頂けない。

「むー、もうちょっとそのメルアちゃんのお話聞きたかったなぁ。卓也ちゃん、学生時代はそういう浮いた話無かったじゃない」

モテませんでしたからね。ええ、モテませんでしたからね。
積極的に女子と交流してた訳でもないし、イケメンって訳でもないから当然ですとも。
……まぁ、クラスの女子とか見て、姉さん程可愛く無いなぁとか内心考えているシスコンがまともにモテる訳は無いのだけども。

「エロスを交えなければいくらでも話すよ。つってもそれ以外だと、餌付けしたとか餌付けしたとか餌付けしたとか、そんな話しかないけど」

ナノマシンを一服盛って、あとは餌付け餌付け餌付けの繰り返しだったから、人に話すようなエピソードとかは殆ど無い。
姉さんが繋いでいない方の手を上げ、指をくるくると回しながら何かを思い出す様な仕草をし、閃いたとばかりに顔を明るくする。

「そうだ! 美鳥ちゃんから聞いた話だと、ブレンパワードのエピソードに巻き込まれて雪山に行って、その時にそのメルアちゃんも一緒だったんでしょ? 吹雪の雪山で狭い小屋の中に若い男女が押し込められたならそれはもう……!」

「他にも四人ほど居たけどね」

美鳥の語ったエピソードだと統夜も伊佐美弟も電波も電波(オーガニック)もディスられているらしい。
とにかく、そういった細々としたエピソードを語ればいいなら、話すネタが無い訳でもない。
俺は次に狙っているホテルの位置を地図で確認しながら、姉さんにスパロボ世界での零れ話を語り始めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「おかしい」

「いや、こんなものよ実際」

結局、日が落ちるまであちこちホテルを探し続けたにも関わらず、ガイドマップに乗っている営業中のホテル、旅館は全て満室で、宿を確保する事すら出来なかった。
姉さんの話によれば、麻帆良の学生連中、つまり原作キャラの泊まっているホテルに行くと、何故か運良くキャンセルが入り泊まる事が出来るが、確実に原作のイベントに巻き込まれるのだとか。
当然、白くて細長くて犯罪者なオコジョとか、十歳の男の子の金玉をやわやわと弄ぶ手コキレズとかに因縁を付けられ、更には何故か翌日も同じ宿に泊まるはめになり、パイナップルみたいなパパラッチに付け回されたり、何故かラブラブキッス大作戦に巻き込まれたりといったイベントが始まってしまうらしい。
つまるところ、原作イベントは掠った時点で強制イベントに化けてしまうのだ。
姉さんや俺のようなトリッパーが、存在出来なかった主人公の代役であるが故の強制力のようなものらしい。
このトリップの目的が、姉さんと二人きりでイチャイチャする事を主眼に置いている以上、そんなくだらないものに巻き込まれるなどという事は当然あってはいけない。
それは分かる。何が悲しくて乳臭い中坊どものドタバタ騒ぎに巻き込まれて姉さんとの貴重な時間を浪費せねばならんのか、そう考えれば麻帆良の連中の泊まっている宿になぞ死んでも行きたくはない、むしろ宿ごと相転移砲で消滅させてしまっても構わない。
だが、だがしかし、だ。

「これは、無い」

「もう、原作に関わらないなら、本当にこれがベストな選択なのよ。ほらほら卓也ちゃんこのベッドすっごく弾むわよ! きゃー♪ 回る、回ってるー!」

「もう少しでいいから説得力を出すように努力してほしいんだけど……」

丸く、余裕で二人が眠れそうな、むしろ、激しい運動をしても転げ落ち無いような回転ベッドの上で姉さんがぽんぽん弾んで遊んでいる。
途中で脇にある各種スイッチを押してしまったのか、姉さんはエロチックな音楽と共に回り始めたベッドの上でキャーキャー叫びながら弾んでいる。
備え付けの冷蔵庫には精を付ける為かマムシドリンクや各種栄養剤。
バスルーム完備、部分的にくぼんだイスとか、妙にふかふかなバスマットとかも抜かりなし。
部屋は全体的に清潔に保たれ、随所に隠しカメラと盗聴器が設置されていた事を除けばそれなりに良い宿だと思う。

「だからって、ラブホテルは無い!」

そう、原作の流れにトリッパーを近づける為にかなり強い強制力の働く強制トリップだが、いくつか原作に近付かなくてもいい裏道がある。
そして、ネギまのようなラブコメで特に良く使える裏道が、こういったラブホテルなのだというのだ。
跳ねるのに飽きた姉さんが女の子座りでベッドに座り、真剣な顔を向けてくる。

「それが嘘でも冗談でも無くて、マジな話なのよ。私達が渡る世界は基本的に二次創作、つまりは何処かの誰かの妄想だから、原作キャラとか主人公専用のオリジナルヒロインとかとこういう場所に来て」

視界が回転する。
投げられた、武術の達人である東方不敗を取り込んだ俺が、技の入りすら見極められない程の速度と技量を伴った投げ。
くるりと回転し、姉さんの目の前に仰向けに落とされる。
落下のタイミングを認識できなかった為、無様に大の字に寝転ぶような形。
倒れた此方に覆いかぶさった姉さんが、妖しい笑みを浮かべる。

「こういう事をする、なんて流れも存在するの。本編なんてそっちのけで、ね」

ぷち、ぷち、と、もったいつける様に上着のボタンを外していく姉さん。
その表情も相まってとても扇情的なその姿に、思わず生唾を飲み込む。

「いや、ちょっと待って、ムード、それっぽいムードとか」

「そういうの、普通はお姉ちゃんが言うべきセリフだと思うんだけどなぁ」

姉さんはボタンを外す手を止めず、こちらのホールドも解かずに片足をベッドの端に伸ばし、スイッチを入れる。
何処かに設置されているスピーカーから、分かりやす過ぎる程エロチックな音楽が流れ始めた。

「はいムード完成」

「今壮絶な手抜きを見た」

「ああもう! お姉ちゃんだって実際に誰かと入るのは初めてなの! テンパってるんだからそういう突っ込み入れて意地悪しないの!」

なるほど、それで微妙に手が震えていたのか。
よくよく見れば頬の染まり方も欲情によるそれでは無く、羞恥によるものだと分かる。
もっとも、そんな細かい事に気付けたのは姉さんがテンパりだしたお陰で逆に冷静になれたからなのだが。

「安心した」

「……誰かと一緒に入った事があるんじゃないかって思った?」

「まさか。そういう事があったら、姉さんは自分から言ってくれるしね」

中途半端にボタンを外した姉さんを抱き寄せ、耳をぺろりと一舐め。
舌の感触にくすくすと笑い、擽ったそうに身を少しだけよじる姉さんに囁きかける。

「緊張してるのが俺だけだったら、男側としては恥ずかしいでしょ?」

俺の言葉に姉さんは一瞬キョトンとした顔をし、猫のようにニンマリとしたニヤケ顔になる。
可愛い。猫みたいだけど猫より遥かに可愛い。

「卓也ちゃん、男の子だ」

「姉さんも、女の子だね」

夜が更ける。
久しぶりの姉さんと俺だけの夜。
一日目の締めくくりとしては悪くないだろう。
姉さんと体温を交換しながら、そんな事を思った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夜が明け、トリップ二日目の朝。
いや、朝というのはかなり語弊がある、現在の時刻は昼過ぎ、あと二時間もしない内に昼飯をすっ飛ばしておやつの時間。
久しぶりに完全な二人っきり、翌日早起きして農作業をする必要も無いという事で、明け方近くまで張り切ってしまった。
血が出る様なプレイこそしなかったが、張り切り過ぎたお陰であの部屋のシーツは洗って再利用できるかどうか怪しいものだ。無人のラブホでなければ弁償しなければいけなかったかもしれない。
それはともかく、日もすっかり昇りきったこの時間にようやく二日目の活動開始だ。
原作に関わるつもりは欠片も無いので、今日は麻帆良の修学旅行生と鉢合わせ無いように場所を選んで京都観光、の前に、腹ごしらえをする事になった。
俺も姉さんも食事が必ずしも必要という訳では無いが、せっかく京都に来たのだからそれっぽい食事を頂いてみたいというのがある。

「っても、俺京都の知識とかお寺がたくさんあるとか、大仏様が実はラ・グースへの対抗策の一つで強力な法力を持ったお坊さん数人で動かす巨大戦闘用機動兵器である事しか知らないんだけど。あと生八橋がニッキ臭くて美味しいとか」

「そういう偏った知識もトリッパーとして重要ではあるけど、今のお姉ちゃんと卓也ちゃんに必要なのは京都グルメマップね。あと生八橋はニッキ臭いの以外にもチョコ味とかもあるらしいわ」

「チョコ味か」

「チョコ味よ」

そんな訳で本屋に入り、それっぽい本を購入。
移動に際してバイクでタンデムというのも考えたが、京都を観光するのには景観に合わず相応しくないということで徒歩移動。
相応しくないを通り越して変形後ガルムでの移動は一種のギャグとして通用しそうなので、何時か元の世界の京都ででも試してみる事を堅く心に誓う。
バスに乗り、更に数分歩いて目的の店に辿り着く。
店先にかかっている大きな草鞋が目印の店で、鰻や鰌を扱っているらしい。
煮込み雑炊がメニューに存在した事実にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。
俺と姉さんはガイドブックとメニューに誘われるようにして、ホイホイとその店に突入してしまったのだった。

―――――――――――――――――――

甘味屋ではないので季節限定ではなく、注文通りに雑炊が運ばれてくる。店員さんが言うには正確には煮込み雑炊ではなく鰻雑炊らしい。
つまり雑炊だ、そういう細かい所に気を使うのは少し気取り過ぎでは無いだろうか。鰻と鯰の店で雑炊を頼んで鰻が入っていないなんて誰も思わないだろうに。
そして肝心の中身だが、美味い。
白焼きにされた鰻と餅がメインで、更に人参や椎茸なども入っており栄養バランス的にも優れており、それらを包む卵の黄色も色合いに鮮やかさを加えている。
吸い物などもついていて、結構ボリュームもあり、値段設定も納得がいく。
納得がいくし、美味しいのだが──

「美味い、確かに美味いけど、なんかムカつくというか、遣り切れないというか」

「ブルジョア飯に対するアレルギーって、なかなか抜けないものよねぇ……」

姉さんと一緒にほんのり凹みながら、それでも美味しいので箸が進む。
卵でとじられた鰻の雑炊とか、今までの人生では食べた事の無い上品なメニュー。いや、雑炊が上品なメニューに分類されるのかは分からないが、上品だと感じてしまう。
何度も言うが、美味しいのにそれが逆に悔しい憎らしい。
悔しいので値段の高い方から幾つか追加で注文して、全部偽札で払ってやった。
今は本物との見分けがつかないが、俺達がトリップから帰る頃には『いっせんまんえん』の子供銀行券に変化する時限式のトラップを掛けておいた。
やってから気付くが、俺も大概やる事が小さい。
でもまぁ、大きな事をやれば良いというモノでも無いので気にしない事にする。

「次はどこに行く?」

会計を済ませ店を出て、次の目的地をどこにするか相談する。

「ちょい電車で移動すれば大阪か。OSAKAファン的には聖地巡礼と洒落こみたいところだけど」

「流石に、そこまで細かい地理は覚えてない?」

「うん」

残念無念、今度は小説版とゲーム版で登場した場所のメモを持って来たいものだ。
改めて地図を広げ直し、二人で覗きこみ現在地を確認。

「ここからだと、清水寺か三十三間堂ね」

「飛び降りるところと、走るところだったかな」

バイク移動ならともかく、徒歩移動の後にゆっくり拝観するならどちらか一方にしか行けないだろう。
まぁ、どちらか一方は明日にでも行けばいいとして、今日この時間に行くのがベストなのはどちらか。
拝観料は清水寺が三百円で、三十三間堂が六百円。三十三間堂一回で清水寺は二回入れるという事か……。
いや、幾らなんでもそこまでケチる必要は無い。拝観料の事は忘れよう。

「お姉ちゃん的には、やっぱり断然三十三間堂がおすすめかな」

「なんで?」

「近いじゃない」

あっけらかんと答える姉さん。単純すぎる理屈だ。
だが、確かに近いのは利点だろう。今から三十三間堂に向かって一時間ほど拝観しても四時半には見終わる。
これなら少し急げば清水寺に向かう事も出来るが、狙いはそこでは無い。三十三間堂の向かいにある京都国立博物館だ。
寺だのなんだのばかりが注目される京都ではあるが、この国立博物館も収蔵物の古さ渋さでは中々のものだし、野外展示の行われている二つの庭と二つのエリアはそこらのお寺の庭よりも見ごたえのある物なのだ。

「と、観光案内には書いてあるね」

「うんうん、まぁ当然メインは三十三間堂なんだけど、その後にどこに逃げこ、どこを観光するかも考えておいた方がいいじゃない?」

「追い出されるよりも早く外に出て博物館に駆けこめば問題にもならないしね」

既に問題を起こす事が前提というのが何ともあれだが、まぁここは元の世界ではなくネギまの世界、多少の馬鹿な行動には目をつむって貰うという事で。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

百メートル走や五十メートル走のランナーというのは、競技中の記憶が無い場合があるらしい。
銃声と共に走り出し、気がつけば競技は終わり、歓声も何もかもを後ろに置いてきぼりにするのだとか。
面白いし興味深い話だが、俺は短距離走者どころかスポーツマンだった事すら無い男なのでその感覚を味わった事は無いし、多分これから何時まで続ける事が出来るか分からない人生の中でも、そういった感覚を得られる確率は低い。
神経加速、例え百メートルを瞬き一つ分の速度で駆け抜けたとしても、俺の感覚では数分掛けてゆっくりと進んでいるように見える。
こんなインチキに頼るようではそういった極限の状態に達する事は難しいだろう。
現在、俺の身体性能はネギま世界無双が出来る程度(姉さんの目から見ると大体そんなレベルらしい)まで落としてある。
フルパワー程の馬力は無いが、当然の事ながら木張りの床で全力疾走などすれば床が砕け散る程度のパワーは備えている訳で、走りながらもそこら辺を気にしなければならない。
──地面を蹴る、一歩踏み出す毎に布の塊で木の板を叩いたような軽い音が響き、俺を前へと押し出す力を生み出す。
スパロボ世界から帰ってきてからの、流派東方不敗などの格闘術を自分専用の体術に組み替える修行で似たような事をした覚えがある。
パンチ一発にしても人体から繰り出す攻撃というものは奥が深い物で、拳から肩までの捻り、筋線維一本の動き、血流速度などの的確な組み合わせにより、無駄にまき散らされていた衝撃波を全て攻撃力、貫通力に変換する事が可能となる。
──腕を振る、空気を掻き、走行中の身体のバランスを調整する。物理的、空力的に正しい腕の動きを心がける。
それを走るという行為に適用しなければいけないのだ。
踏み出す力は緩めず、しかし床を粉砕するはずだった無駄な力を全て俺の身体を前に進ませる推力へと変換する為、リアルタイムでそういった動作を制御する。
修行を続ければそんな事を意識するまでも無く出来るらしいのだが、今の俺ではそこまでは出来ない。
──斜め前に少しだけ視線を向ける。姉さんが俺の数メートル先を走っている。素晴らしい肉付きの尻である。何時間でも鑑賞に耐えうる美尻。
身体能力は俺と同じレベルまで下げてくれているので、この数メートルの差は純粋な肉体制御能力の差が表れているに過ぎない。
身体能力を引き上げるのでは無く、地面を蹴るのに適した形状の骨格へ、筋肉の付き方もそれに適した分配に変えて対抗する。この程度の変化ならネギま世界レギュに反しないし、姉さんも似たような真似は出来るだろう。
だが、それでもこの数メートルの差が縮まらない。
──姉さんが一瞬此方を振り向き、クスリと笑った。
舐められている。現状に甘んじる訳には行かない、しかし、打開する策もやはり無い。

「いっちばぁーんっ♪」

姉さんが片手を振りあげ叫ぶ。少し遅れて俺もゴール。
結局、俺は121メートルを走る間に、姉さんにまるまる一秒以上の差をつけられてしまった。
肉体的には余裕だが、どうにもこうにも精神的に疲労感が漂っている。

「どうだった? 神の領域とか見えた?」

「姉さんの尻しか見て無かった」

三十三間堂を全力疾走で駆け抜けるロードランナーごっこは中々に面白い企画ではあると思うのだが、そこに能力上の制限やら施設破壊不可などの条件が付くと途端に難しい競技に早変わりしてしまう。

「はいアクエリアス」

「ありがとう」

一本のアクエリアスで互いの喉を潤す。実際に疲れている訳でも喉が渇いている訳でもないがそれでも運動後のスポーツ飲料はとても美味しく感じるものだ。
そんな感じで一息吐き、互いに手持ちの鞄の中から靴を取り出し庭に置く。
重力制御で体重を限りなくゼロにしてあるので足跡が付く事も無いだろう。
後ろ、三十三間堂レースのスタート地点からとてつもないオーラを放つ何者かが近づいてきているのが分かる。
振り向くと、手になにやら長年使いこまれた形跡のある錫杖を構えた、顔面に無数の傷のある極道も裸足で逃げだしそうな風貌のお坊さんが近づいてきていた。

「あらあら、今回のここのお坊さんは有能なのね」

「すげぇ、あの坊さんもしかしなくても孤月とか撃ってくるよね」

孤月の代わりに法力金剛弾を撃ってきた。
が、速度的には大したことが無いので即座に撒く事に成功。穿心角を持っていなかったあたり、顔が似ているだけの別人だったのだろう。ここネギまの世界だしね。
なんだか最初に出てきたお坊さんが他のお坊さんに数人がかりで取り押さえられていたので、あのお坊さんの独断専行だったのだろう。
よくよく考えてみれば東の使者が親書を持ってくるデリケートな時期なのだし、あのお坊さんも気が立っていたのかもしれない。
そんな事はどうでもいいとして、顔は姉さんの不思議な魔法で記憶されていない筈。
堂々と国立博物館に逃げ込み展示物を楽しみ、その後は夕飯を適当に済ませて最初に出たラブホテルでもう一泊する事にしよう。

―――――――――――――――――――

しかし、予想に反して今日の宿泊先は普通のホテルだった。
大きくも無いが小さくも無い、宿泊料金も高くも無ければ低くも無い極々普通の宿。

「あれ?」

昨日の説明を真に受けるなら、ネギ達の居ないホテルには泊まりようがない筈なんだけど、あれ?
頭からホログラムではてなマークを浮かべる俺に、姉さんが不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「ふっふっふ、昨日のあれは卓也ちゃんに強制トリップで発生する強制力の内容を理解して貰う為の誰でも出来る安全策、今日は多少力を身に付けたトリッパーならではの宿の取り方をレクチャーしようと思うの」

「あ、ここのホテルテレビ有料だ」

テレビの脇にコイン入れる追加パーツが。ちょっとレトロな感じ。

「このコイン一個入れる感が堪らないけど、まずはお姉ちゃんの話を聞いてね?」

「うん」

手提げカバンと元の世界で買った生地をベッドの枕元に置き、姉さんと正座で向かい合うと説明が始まって、終わった。総説明時間三十秒。
結局のところ種は簡単、ホテルを無駄に満室にしているお客の中から数人『不慮の事故』に会って貰い予約をキャンセルさせ、その空室に潜り込むというもの。
力技である。そこまでやるなら隣の県まで移動してそこでホテルを取るとかすればいいような気もするが、そこの所はどうなのだろうか。

「移動が面倒、という冗談はともかくとして、その手段はとれる場合と取れない場合があるからそうそう使えないのよ」

「存在しない?」

「舞浜サーバーとかメガゾーン23とか、そんな言い方で通じるかしら」

「なるほど」

姉さん曰く、ここは何処かの誰かの妄想した世界であり、その妄想が作品として形を成さなかった出来損ないであるという。
大概の場合は生み出され損ねた世界自身が自ら不足している要素を補おうとするのだが、結構な確率で物語の舞台となる都市や施設『だけ』が存在し、それ以外の場所に向かえない、箱庭のような世界になってしまう事があるのだとか。
その世界を産み損ねた者の想像力不足なのか知識不足なのか、それともただ単にそういった仕組みになっているだけなのかは分からないらしいが、そういった場合外に出ようとする行動は完璧に無駄になる。
この世界が、『修学旅行編のネギまの世界』なのか、『ネギまの世界の修学旅行編』なのかは分からないが、登場人物達が行った事の無い都市は存在しないものと考えるのが妥当だろう。

「そんな時間の無駄遣いはしたくないでしょ。それに、卓也ちゃんもこういう雑な解決法とか好きだと思ったから」

「楽だもんね」

「ねー♪」

不慮の事故にあった人達には悪いが、いや悪いか? 仮に悪いという事で話を進めるとして、バイク戦艦に轢き殺されたものと考えて人生を諦めてもらうとしよう。
結局今日はエロい事をするでもなく早く寝る事になった。
お約束として明日の夜にスクナを倒した直後に帰れる確率が高いので、明日は早起きして午前中からデートの時間にあてようと言われたのだ。
明日一日、しかも夕刻からは原作イベントに介入するのでそれまでの時間でどれだけの場所を観光できるかは分からないけど、せっかくの二人きりの時間なので大切に過ごそうと思う。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

深夜、ダブルベッドからゆっくりと這い出す影が一つ。
その影の名は鳴無卓也、彼はその体質故に一切の睡眠を必要としない。通常時の睡眠は擬態に過ぎないのだ。
だが、彼が夜中にベッドを抜け出す事は稀である。彼にとって姉との同衾は、姉と共に夢心地でまどろむ時間は何よりも大切な時間なのである。意味も無くベッドから抜け出す事はありえない。
姉を起こさぬようベッドから抜けだした卓也は、枕元に置いてあった紙の箱から、いくつかの生地の詰め合わせを取り出す。
その生地を暫く見つめ、更にもう一つ、その掌から紙型の束を生成する。
それらを見比べ、頷く。

「クロックアップ」

その一言が卓也の口から紡がれると共に、卓也の世界だけ時間の流れが変わる。
体内のタキオン粒子制御技術による時間制御、その加速倍率は過去のどのタイミングで行われたクロックアップよりも高く、通常の時間の流れの実に10万倍。
その倍率には何の意味があるのか、いや、確かにその倍率にする意味はある。
ダブルベッドに残された卓也の姉、鳴無句刻がベッドから抜けだした卓也に気付くのに1分と少し、それは卓也が事前に数回にわたって計測した結果であり、確かな目安でもあった。
農作業に行くでも無く、朝までゆっくりできる時に卓也が起きると、句刻は何事かと思い起き出してしまうのだ。
卓也の姉である句刻が起きてくるまで、卓也の主観時間で69日と数時間。
それだけの時間を掛けて、姉には秘密で作っておきたいものが、卓也にはあるのだ。

「さて、やるか」

静かに、しかし力強い決心を以て、その手から道具を作りだす。
グレイブヤードに追いやられた非業の天才が残した技術を、この世に顕現させる為に。
そして、姉の喜ぶ顔を見る為に。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

長い、長い夜が明けた。
まるで丸二ヶ月、一睡もせずに縫製作業に明け暮れていたような、そんな、というか、明け暮れていたのだけど、実際の時間の流れ的にはずうっと夜だったから明けても暮れてもいなかったっていうか……。
まぁ度々姉さんの寝顔を愛でたり、取り込んであった食べ物飲み物で心を潤したりしたとはいえ、たった一人で延々二ヶ月生地とフリルとレースに向き合うのは精神的にクルものがあった。
だがその苦労の甲斐もあって、完成品は素晴らしいものに仕上がった、きっと姉さんも気に入ってくれるだろう。
そんな事を考えながら向かいで朝食を取る姉さんに視線を向けると、姉さんも丁度此方を見ていたようで、ばっちりと目が合ってしまう。

「朝からニヤニヤして、何かいいことでもあったの?」

「ん、昨日はゆっくり姉さんの寝顔が可愛かったから」

約二ヶ月分もの作業の間、数日分は確実に寝顔の観察に充てていた。
これまでも寝顔を愛でる際にクロックアップで時間を引き延ばしたりはしていたが、一晩の間に丸数日姉さんの寝顔を眺めたのは多分初めてだろう。
姉さんは小鉢に入った納豆(関西人は納豆が嫌いというが、ホテルの朝食には出る事があるらしい)をかき混ぜながら、ほんの少しだけ唇を尖らせて拗ねたような口調で呟く。

「またそうやって誤魔化して、お姉ちゃんは卓也ちゃんをそんな隠し事ばっかりするような男に育てた覚えはないのに……」

「まぁまぁ、俺も成長してるってことで勘弁してよ」

今ここで何をしていたかばらしてもいいのだが、それではあまりにも詰まらない。
夕方からはトリッパーとしての仕事が始まる、その時に渡すのがベストではないかと思う訳だ。
トリッパーとしての活動中ならばそれなりに恥ずかしい恰好でも許容してくれるだろうし、あれを着て戦う姉さんというのも少し見てみたくある。
姉さんはまだ完全には納得していないようではあるが、それでもそんな問答で時間を潰すのは勿体ないと思ったのだろう、納豆ごはんを掻きこみながら、今日観光する場所の相談を始める事になった。

「当然だけど、太秦シネマ村は却下ね」

「このタイミングで接触しても原作ルートに巻き込まれるのか」

太秦シネマ村は実際の京都に存在する東映太秦映画村がモデルになっており、時代劇のショーや東映の特撮ヒーローのキャラクターショーも頻繁に行われており、時代劇風の街並みやコスプレに興味の無い人が訪れてもかなり楽しめる施設の一つだ。
東映系列のアニメにも観光地として度々登場していることから、その筋の人々の間でもかなりの知名度を誇っているのだとか。

「MOSAICの関わっていない平和だった頃の映画村を訪れるチャンスだと思ったんだけどなぁ」

ああ、俺のかちん太君が何処かに行ってしまう……。

「でもCD買ってたわよね、密林で」

「ああいう気が狂ったような曲は結構好きだけど、ああいうのは棲み分けが大事じゃないか。映画村であのマスコットが許されるなら、京都の街をマジンガーで練り歩いたって文句は言えなくなるよ?」

まぁ一応イベント限定のマスコットという事だが、あれが万が一定着したら笑うに笑えないだろう。
まぁ、時代に合わせるというのは分かるから、何処ぞのせんとくんのようなマスコットキャラではないだけましなのかもしれないが。だがまんとくんなら超許す。マジで許す。

―――――――――――――――――――

結局、原作キャラが通り過ぎた場所をたどるのが安全という事で、奈良県は奈良市が誇る鹿とパンチパーマの楽園、奈良公園へとやってきた。

「不味くない、けっして不味くないぞ!」

とりあえずお約束として鹿せんべいを食べてみる。
味付けしていないせんべい、穀物そのままの味わいとでもいうか、ご飯のおかずとか酒のつまみとかと一緒に食べれば意外と合うかもしれない。

「だめよ卓也ちゃん、せめて何か塗って食べなきゃ、はいこれ」

姉さんにピーナッツバターを渡された。意外に合うが、ご飯ですよとかのしょっぱい系も合うかもしれない。
因みにこの鹿せんべい、何時までも口の中に入れておくと米ぬかの味が出てきて酷い事になるので、何度も噛まずに適当なタイミングで呑みこむのがコツだろう。
奈良公園に来たのなら是非ご賞味いただきたい味だ。

「とかなんとか考えている内に鹿に包囲されているわね、近寄れて無いけど」

「我が歪曲フィールドの前には奈良公園の鹿など所詮は烏合の衆同然ですとも」

歪曲フィールド、もとい、ディストーションフィールドを解除し、残りの鹿せんべいを全て取り出し、鹿の注目を集めた所で周囲にばら撒く。
四方八方に鹿の群れが散った所で強行突破、更に新しい鹿せんべいを購入しに行く。
鹿の絵の描かれた包み紙に包まれた鹿せんべいは10枚百五十円というリーズナブルな価格、たった百五十円で鹿への餌付けを体験できる素晴らしく良心的な価格設定だ。
たとえ原材料費が馬鹿みたいに安かったとしても、そんな事を考えなければとても良心的に映るので問題はない。
当然、コンビニ売りの普通のせんべいの方が安いとかについても言及してはいけないのである。他所は他所、うちはうちという事だ。
そんな訳で新しい鹿せんべいで餌付け再開。

「卓也ちゃん、引き撃ちよ引き撃ち、ああもう何で自分から鹿の群れに突っ込むの」

華麗なムーンウォークで後ろに下がりながら鹿にせんべいを与えている姉さんに、

「戦時中の癖ががが」

無様に鹿に囲まれて身動きが取れないでいる俺。
スパロボ世界での戦闘の癖が抜けていないのか、ついつい鹿の群れに斬りこみながら鹿せんべいをばら撒いてしまう。
非殺傷の飛び道具(鹿せんべい)しか無いのであっという間に包囲され身動きが取れなくなってしまった。
鹿せんべいを構えた俺に頭から突撃を仕掛ける鹿、しかしその突撃は失敗する。

「残像だ」

鹿の群れをラースエイレムで一瞬だけ止めて素早く背後に回り込み、今度こそゆっくりと後ろに下がりながら鹿せんべいを渡す。
少し高い位置に鹿せんべいを掲げると、先頭の鹿がぺこりとお辞儀のような動作をした。
そんな鹿のしぐさに和んだ後は、公園内の甘味処で少し休憩。
基本的には甘味処だが、予想外に料理、というか、蕎麦のバリエーションが豊富。休憩だけでなく、飯時にやってくる客も多そうだ。
注文の品が届くまで少し雑談、姉さんは美鳥に暴れ鹿の角をお土産として持ち帰るらしい。
因みに奈良公園の鹿は国有なので、捕まえて持ち帰ったり傷を付けたりするのは犯罪だ。良い子は決してマネしてはいけないらしい。
因みにトリッパーで良い子というのは無理があるので問題ないのだとか。
俺も美鳥に何かしらのお土産を持ち帰ってやるべきか……。

「でね、ここはやっぱり甘味が魅力的だと思うの、このわざとらしい和の雰囲気が堪らないわ」

「まさに和スイーツかっこ笑かっことじ」

「西日暮里諸共甘味全般を馬鹿にしたような言い方なのに二つも頼む辺り、卓也ちゃんは根っからのツンデレよね」

「俺は好意を行動で示すタイプなの、クーデレなの」

六十年以上受け継がれてきた伝統のわらびもちは勿論だが、あんみつに使われている自家製の蜜というのも興味深い。

「この抹茶を混ぜて作られたほろ苦い寒天とか、実に興味深いね。姉さんも半分食べる?」

「じゃあお姉ちゃんの抹茶アイスも半分こね」

姉さんから分けて貰った抹茶アイスは玄米フレークの食感がいい感じ、でも少し甘すぎるかも。
抹茶アイス本体には黒蜜がかかっているが、これをプラス要素と見るかマイナス要素と見るかは人によって分かれるかもしれない。
抹茶を頼むべきかと迷ったが、抹茶は抹茶で羊羹が付くので意味が無い。
冬季限定のぜんざいとか凄い気になるけど、季節が違うなら仕方がないと諦め、会計を済ませ、一路大仏殿へ。

―――――――――――――――――――

「おぉ、でかい」

姉さんと並び、大仏を見上げる。俺達以外の観光客もかなりの数居るが、その内の大半は俺達と同じく口を開けて間抜け面で大仏を見上げている。
MSより少し小さいが、立ちあがればちょっとしたスーパーロボットよりも大きくなるだろう。
確かに積み重ねた歳月が重々しさを感じさせてはいるが、サイズ的には中途半端である。

「うーん、ダメか」

「駄目ね、仏像にそういったモノを求めるのは無粋だけど、残念だわ……」

サイズが合えば取り込んで巨大ロボットに着せて擬装用の装甲にしようと思ったのだが、この大仏に合うサイズのロボットが存在しない。
オーバーボディ奈良の大仏計画は夢と消え、ない。その無理、俺の道理でこじ開ける!

「そんな中途半端なサイズの大仏も、取り込んで拡大複製すればあら不思議、50メートル級ロボットの追加装甲に早変わり」

「そんなサイズならMAKEBONOだって鼻の穴を通れるわ、やったね卓也ちゃん!」

実際はそんなに大きくなる訳じゃないからMAKEBONOとかは無理だろうけど、元ラグビー部の新入社員程度なら通れるようになるかもしれない。
そんな訳でこっそり奈良の大仏コンプリート。大物を取り込むのはスパロボ世界以来なので数か月ぶり、昨夜の分を合わせれば半年くらいぶりか。
取り込んで見たモノの、これといって何か特殊な機構を備えていないただの仏像なので最適化も必要無し。
必要無い筈なのだが……。

「なんか違和感、もぞもぞする」

「補修が繰り返されているけど、これでも千年以上の時間存在し続けてる仏像だもの、多少なりとも神威的なものは宿ってるわ。本当に多少だけどね」

「なるほど」

観光案内によれば、最初に作られた部分で残っているのは台座、腹、指の一部だけなのだとか。
なるほど、その程度の量であれば不思議パワーが宿っていても最適化に手間取る事は無いという事か。

「魔法系世界のこういう歴史のある仏像って、完全な状態で残っていれば程度の低い邪神程度なら圧倒できる力を発揮したりするのよ。前にデモンべインの世界にトリップした時なんて、日本近海に出現した量産型ダゴン相手に、日本中の大仏が大迎撃作戦を──」

実に興味深い話だった。デモンべイン世界の日本はかなり怪しげな事になっているらしい。
アーカムとは別の意味で不可思議で、ある意味ではアーカムより豪奢かつ悲惨な発展を見せる魔界都市アキハバラとか、位階の高い魔術師にも匹敵する力を持つ英雄が複数存在するご当地都市アキタとか。
外部の都市の連中は知らないが、日本は日本でアーカムに突っ込みを入れられない程に奇怪な都市が多いのだとか。
特にアキハバラは凄い。二次元の存在がミラーマンばりの気安さで実体化しては二次オタを絶望させたり、路地裏のジャンク屋では極々自然に巨大ロボットのパーツが手に入るらしい。
もしトリップしたのなら、街を包み込む妄想(アクム)に立ち向かえる精神強度を手に入れてから一度立ち寄ってみるのもいいだろう。
そんなこんなで奈良公園を散策し、夕方まで時間を潰した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

時刻は深夜、まだ終電が出ていない時間帯。俺と姉さんはとある大きな神社にお邪魔していた。
生活空間もあり、つい先ほどまで人が活動していた気配もある。
しかし、ここには今生命の息吹が感じられない。空気に生き物の生み出す熱が存在していない。
人間が一人も存在していない、が、それでもこの風景は素晴らしい。むしろ人間が居ない分、その美しさを際立たせていた。
写真でしか見た事が無いような、見事な美しさを誇る桜。
一本一本がとても立派な幹を持ったそれらが、この神社の敷地内に所狭しと咲き誇っている。

「夜桜が綺麗ねぇ……」

「お酒でもあれば、って言いたいけど、俺も姉さんも酒はやらないもんね」

「桜と月をただ眺めるだけでも、十分風流というものよ」

「そういうもの?」

「そういうものよ」

そんなとりとめも無い会話をしながら、神社の廊下を歩く。
この神社は日本古式の陰陽術などを使う魔法使い達が所属する組合、関西呪術協会という組織の総本山である。
……日本を二分する組織の総本山の癖に、今現在は保有戦力を尽く石化魔法により無力化され、もう一つの大きな組織である関東魔法協会からの来客扱いであるネギ・スプリングフィールドに敵の追撃を任せている。情けない話だ。

「主人公を活躍させる為に周りを無能化させるタイプの話なら、大きな組織の力なんてこんなものよね、それだけは何回トリップしても変わらないわ」

「スパロボ世界の正規軍も戦力微妙だったしなぁ」

主人公ありきな話は脇を固める力が弱いのがお決まりのパターンという事か。
そんな事を言いながら廊下を歩いていると、廊下のど真ん中に細長いおっさんの石像が立っていた。
関西呪術協会の長にして、サウザンドマスターの親友にして戦友、近衛詠春その人である。

「この人が、神鳴流の達人(笑)か」

「関西呪術協会の長(笑)ね」

面白い人だ。初対面で既に石化しているとか随分身体を張ったギャグだと思う。
何気なくぺたりと石化したその身体に手を触れスキャン、その結果は驚くべきものだった。

「こ、これは!」

「ど、どうしたの卓也ちゃん」

凄い、これは、これを、このセリフを言える日が来るとは!

「良いか姉さん、この近衛詠春の石像! ぱっとスキャンした限りではアミノ酸がある! 細胞があるッ! 微妙ながら体温があるッ! 脈拍があるッ! 生きてるんだよこいつはッ!!」

「へぇー」

思いっきり熱弁してみたが、姉さんのリアクションがめちゃくちゃ薄い。

「姉さんが冷たい……」

確かに柱の男程の危険性は無いけど、所詮神鳴流の達人(笑)だけど、もう少し大きくリアクション取ってくれても……。

「あ、違うのよ卓也ちゃん、今までネギま世界で石化された被害者がどうなってるかなんて、余りにも興味が無いから調べもしなかったんだけど、実際知ってみても予測の範囲内で意外性が無かったっていうか、えぇっと、卓也ちゃんを責めてる訳じゃなくて」

その場で四つん這いになり落ち込む俺の背を撫でながら、姉さんがあたふたとフォローっぽい事を言ってくるが、実際は絶妙にフォローになっていない。
俺も姉さんもこういう時のフォローは結構苦手なのだが、フォローされる側になると途端に悲しくなってくる。
今度その手のフォローの仕方を覚えられる本でも買って一緒に勉強するべきかもしれない。

「いや、いいんだ、俺が唐突に第二部ごっこ始めたのが悪いんだから、早くここを済ませてリョウメンスクナの所に行こう」

「うう、ふがいないお姉ちゃんでごめんね」

涙目の姉さんに立ち上がりながらハンカチを渡し、指先から糸のように細い触手を無数に吐き出す。
その触手を近衛詠春の石像に向け伸ばし、全身が見えなくなるまでひたすらに巻きつける。
近衛詠春の石像が俺の細い触手にぐるぐる巻きにされ、糸の塊の様になった所で、一気に同化、中身の石像は消え失せ、周りには石像を取り込んだ糸のように細い触手が残る。
結果として新聞紙とコップのマジックの様に、石像を覆っていた触手がその場にふぁさ、という音とともに崩れ落ちる。

「なんだか宴会芸に使えそうよね、それ」

「今度の千歳さんの誕生日の余興はこれかな」

取り込んだ近衛詠春の脳から身体動作の記憶を検索、検索、検索、検索……、検索終了。
武術『京都神鳴流』の動作、技情報を取得完了。
取得した動作を戦闘時動作のパターンに組み込み開始、完了。
続いて魔術関連の記憶を検索、検索、検索終了。
魔術関連データベースの最適化完了まで、3、2、1、最適化完了。

「────、──ん」

「だいじょうぶ? 眠くない?」

「──うん、完璧。大した情報量じゃないからそれほど負担はかかって無いよ」

魔力の扱い方も氣の使い方も大分前に習得しているから、今回取り込んだ情報は少ない。
近衛詠春の身体は特に強い訳でもないのでそのままカロリーに変換かな。

「呪術関連の知識が思ったより多くないから、適当に術者を取り込んで保管しよう」

「その辺に転がってる巫女さんに触手を捻じ込むわけね、お姉ちゃんなんだか胸が熱くなってきたわ……!」

姉さんがじゅるりと舌舐めずりをし、口元をさっき俺が渡したハンカチで拭った。あのハンカチは後で洗う前に回収しよう。
しかし、姉さんの発想はおかしい。いくら全員ハンコで作った様に同じ顔の美人揃いの巫女とはいえ、相手は石像なのだ。
どうやってエロい事をすればいいかさっぱり分からな相手にどうやって興奮すればいいというのか。

「石像に欲情する趣味は無いなぁ」

「あれ、でもアストレイには興奮するのよね、ソースは美鳥ちゃんだけど」

「当たり前じゃないか、姉さんは可笑しな人だなぁ」

好きなロボットを目の前にして興奮しない男は居ない。極々自然な話ではないか。
因みに碌な使い方をしなかったがラフトクランズもヴォルレントも嫌いでは無かったんだよなぁ。
敵として戦っていた頃は一方的にぶっ壊してばっかりだったし、手に入った頃にはボウライダーに愛着が湧いていたし、掛け替えのない俺アストレイを手に入れていた。
まぁ、フーさんの戦いぶりがかっこよかったのでそれなりに満足したけど。

「え、あれ、可笑しいのはお姉ちゃんの方なの?」

「ははは」

姉さんは結構ボケボケなところもあるが、そこがまたチャーミングなのである。
そんな感じで下らない事を話しながら、無人の神社の中を巫女姿の石像を取り込んで歩きまわり、ついでに金になりそうな貴金属類を物色。
あらかた火事場泥棒も終った所で、姉さんが別行動を取る事になった。面倒な増援が来ないように根回しをするらしい。
手にはいつか見たトリップ作業用の魔法の杖、これからおじゃ魔女的ダンスと共にトリップ専用の作業服に着替えるのだろう。
渡すなら今しかない。

「姉さん、その変身ちょっと待った」

杖を構えて今にも踊り出しそうな姉さんが動きをピタリと止め、こちらに振り替える。

「え、なに、もしかして変身プロセスをゆっくり見たいの? 当然一瞬全裸になるけど」

「それはもちろん見たいけど、ちょっと姉さんに渡したい物があるんだ」

そう言い、俺は亜空間から一着の衣装を取り出す。
俺が手に持ったその衣装を見ると、姉さんは目をくわ、と見開いた。
そこにあるべきでない存在を見つけてしまったような、驚愕と疑惑と困惑の感情をないまぜにしたような、そんな今まで見た事も無いような姉さんの表情に、俺は内心でガッツポーズを決めた。
これは只驚いている訳じゃない、その証拠に、姉さんの目がきらきらと輝いている。

「う、美しい……、ハッ!」

姉さんの口から賞賛の言葉が零れ落ちる。
無意識のうちにその言葉を呟いたのか、姉さんが先ほどよりは軽いが確かな驚愕の表情で口元を押さえている。
写真に撮って『うそ、私の年収低すぎ……!』とか落書きしたくなる程の表情だ。

「姉さんの為に、夜なべして完成させたんだ。多分ネギま世界レギュの姉さんの戦闘になら耐えられる筈だから」

「卓也ちゃんたら、もう、お姉ちゃんにそんな、気を使わなくてもいいのに……」

姉さんが眼尻に僅かに浮かんだ涙を指で拭い、俺の差し出した衣装を両手で大事そうに受け取る。
姉さんは受け取った衣装を両手でぎゅう、と抱きしめ、次いで俺に向き直り、まっすぐな瞳を向ける。

「今日はこれから別行動だから、お姉ちゃんのこの服での活躍を見せてあげられないけど」

「うん、元の世界に帰ったら、その服でお散歩デートしよう」

互いに見つめあい、とびきりの笑顔で頷き合う。
これ以上の言葉は不要。あとはさっさとこの世界を片付けて、元の世界に帰るだけ。
姉さんは後ろを向き、改めて、威風堂々と、それでいて一シーン一シーンが目視出来る速度で変身シーンを再開した。

―――――――――――――――――――

変身を終え、更に二段変身で俺の用意した衣装に着替えた姉さんが何処かに転位するのを見送り、俺は神社の境内に移動する。

「そういえば、ああいう鬼と戦うのはこれでようやく二回目か」

魔法関係の世界は、最初のトリップ以来だ。
奇しくもあの時と同じくネギま世界だが、相手の強さは桁違い。

「あの烏族の人は、燃やした時にちゃんと生き物の身体が蒸発する臭いを出していたが」

一応生き物に分類されるのだろうか、漫画だとリョウメンスクナは凍結粉砕だったからいまいち死に様からどういう存在かを想像し難い。
仮に生き物と同じような構造だと考えて、返り血を考慮、する必要は無いか。
どうせ何を作っても完全防水だ、返り血程度で誤作動を起こしたりはしない。

掌から、腕から、肩から、只管に触手を生やし、無数の触手を隙間なく境内に敷き詰める。
広げる過程で編み込まれ、シンプルな絨毯の様になった触手から、俺はリョウメンスクナと戦うのに相応しい機体を生み出す。
鬼神に対抗するならこいつしか居ないだろう、だが、サイズが違い過ぎるので拡大コピー、更に、ただ単に倒すのが目的ではないので、それに合わせて各種武装も変更する。
元の約二倍ほどにも巨大化されたその機体の頭部に乗り込み、脚元に広がった触手の絨毯から更に追加装甲を作り出し、被せる。
ややサイズが合わず、動きも制限されるが構わない。正体を隠す追加装甲は戦闘中に敵の攻撃で剥がれおちるのがお約束なのだ。
触手の絨毯を乗りこんだ機体に拾わせてマントの様に纏わせる。

「サウザンドマスターですら封印しかできない超存在、か。インフレ起こした今のネギまだと雑魚臭いけど」

でもまぁ、設定上はとても強い魔法や何や関連の不思議系超存在、凄い妖怪みたいな分類ではあるが、名目上は神の一種ですらある。
取り込んで損には決してならないだろう。
触手のマントに隠された、真紅の翼を翻し、俺は一路リョウメンスクナの封印されている祭壇へと飛び立った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

S県麻帆良市、麻帆良学園上空。
地の喧騒も届かぬ空の果て、雲の上。月の光に照らされて、一人の女性が佇んでいる。
黒を基調とし、随所にアクセントとして白と赤があしらわれた和風のゴシックドレスを着たその人影は、口元に緩い笑みを浮かべ、眼下の学園都市を見降ろしていた。
いや、見降ろしてすらいない。眼中に入ってすらいない。
彼女はひとえに、自らの衣装を見つめ、撫で、感慨に浸っている。

「ふふ、卓也ちゃんたら、もうこんな物まで作れるようになったのね」

ドレスを触り、怪しげな、優しげですらある笑みを浮かべる女性の名は鳴無句刻。四桁を超え五桁に迫る異世界トリップを超え、今なお成長と強化を繰り返す超常の存在。
彼女の着る衣服、世間的には和ゴスと分類されるそれは、ある非業の天才の残した異端の技術と、姉である句刻を思う卓也の情念が生み出した、この世のもの成らざる装束。

「和ゴス、ふふふ、和ゴスだわ。これ以上無い程に、これ以外無い程に」

真の存在たる和ゴス。
無窮の和ゴス道を超え、衣服を超越し衣服の概念を覆し、遂にこの世に生まれ落ちた最も古く、最も新しき和ゴス。
真っ直ぐでありながら捻じれ狂い、縫い目の一つ一つに無限の並行宇宙を内包した、鳴無卓也の姉、鳴無句刻の身体を包み込む事だけを考え、無数の宇宙を生贄に作られた窮極にして再果ての和ゴス。
和ゴス、和ゴス、和ゴス!
あらゆる異世界、平行世界、無限/無量/無窮の宇宙から、無限/無尽/無垢の和ゴスを集めてもこれ以上の物が存在しえない、同等のものすら製造され得ない、唯一最強の和ゴスである。

「今の卓也ちゃんには、同じものは作れないでしょうね」

偶然と必然が合わさり、乱れ狂った時間と空間の捻じれが呼び起した鳴無卓也の未来の可能性。
時間の流れを歪めた状態での長時間の単純作業によりトランス状態になった鳴無卓也の脳に舞い込んだ、何時かの、何処かの、和ゴスを極めた鳴無卓也の力が生み出した到達点の一つ。
傍目にはとてもデザインの優れた和ゴスにしか見えないだろうが、特殊な感覚を得た者から見れば、これ以上無い程の和ゴス。
それを、自分の為に弟が作り出したという事に、鳴無美鳥は酷く感動していた。
流れるままに涙を零し、感情のままに笑い、その果てに、酷く落ち着いた心で持って眼下の学園都市に視線を移す。
ゆるゆると緩むに任せた笑みを、締まりの無い涙線を、鋭く引き絞る。
鋭利な刃物のような、切り裂く凶器としての力がそのまま美しさに直結するような、あらゆるものを切り裂き、破滅させる笑みを浮かべ、

「今、私、すっごく機嫌がいいの。そんな顔、してるでしょう?」

片手に、杖を構える。
優しげですらある、慈しみの感情すら感じられるような動作で持って、学園都市に向けられる魔法の杖。
杖を構え、静かに、誰にも聞かれぬままに宣言する。

「だから」

杖の先端には、あらゆるものを癒し、休める為の癒しの力。

「今回は、楽に終わらせてあげる」

あらゆるものを、永遠の安らぎへと誘う力が宿っていた。

「大回復」

―――――――――――――――――――

「な、なんだこれは!?」

麻帆良学園の学園長室『だった』場所で、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは酷く狼狽していた。
京都に居るサウザンドマスターの息子からの救援要請に応える為、一時的に呪いの精霊を誤魔化す術式を成立させる為に、学園長室に訪れていた。
しかし、術式を組み立てている最中に突如、彼女を除く周囲のあらゆるモノ、生物非生物を含むすべての存在が一瞬にして成長し、老化し、風化して消えうせたのだ。
辺りは一面、学園施設と学園内の生き物のなれの果てである真っ白い塵の荒野。
白、白、白、余りにも無垢で、生き物の生み出す穢れの存在しない純白の世界。何もかもが終わりを告げた、静寂なる世界の終点。
そして、そこに佇む自らの『十五歳程度まで成長した肉体』を見て、彼女は何が起こったのか、一瞬にして把握してしまった。
そう、『麻帆良学園都市は大規模大威力の過剰回復魔法を受けた』という、馬鹿馬鹿しい結論に。
だが認めるしかない。今の自分に起きている現象、おそらくこれは過剰な回復力を注ぎこまれたことにより、不死という概念すら超越して肉体が成長させられてしまったのだ。
不老にして不死である真祖の肉体が数年分成長する程の回復力を注ぎこまれ、有限の命しか持たない存在達は、自分が何かされた自覚を得る前に一生分の成長を終え、塵と化して消えた。
それが、そんな余りにも馬鹿馬鹿しい事実が、今ここで生きている異常事態の真相なのだ。
そして、はたと気付く。

「茶々丸、チャチャゼロ!」

二人の従者の名を呼ぶが、当然の様に返事はない。
二人、いや、二体の従者は主の様に何もしなくても永遠を生きられるような都合のいい存在ではない。
非生物であるため寿命は存在しないが、無機物であるが故に主のメンテナンス無しでは正常に存在し続ける事は難しい。
当然、今の回復魔法でもって、周りの建物と同じく物体としての寿命を使い切り、塵と化して消滅したと考えるのが妥当だろう。

「茶々丸、チャチャゼロ」

だが、認められない。
本当なら自らの手で修復を繰り返し、未来永劫共にある筈だった、自らの従者が、

「茶々丸、チャチャゼロ……」

こんな、馬鹿げた理由で、

「茶々、まる」

自分を置いて、消えてしまうなどという事が、

「チャチャ、ゼロ──!」

有り得て良い筈が、無いのだから。

―――――――――――――――――――

学園からの救援であるエヴァンジェリンを京都に来させない為に学園長を老衰で殺害しようとした句刻は、眼下の純白の塵の丘を見て、自らの魔法が失敗してしまった事に気が付いた。

「あら、あらあらあら」

口に手を当てて大仰に驚く。
常のトリップならばしない失敗、常のトリップならばしないオーバーリアクション。
要するに、簡単な大魔法すら失敗し、そんな些細な失敗に心を動かしてしまう程、句刻の心は浮ついていたのだ。
愛する弟の手作りプレゼントを着ての初の作業、彼女の精神を高揚させ、過剰に魔力を使わせてしまうには十分過ぎる出来事だった。
そして、この失敗談は弟との話の種になるだろう。弟はどんなリアクションをするだろうか、姉さんでもそんな失敗をするんだなと驚くか、プレゼントをそんなに喜んでくれたのかと喜ぶか。
元の世界で留守番をしている妹的な存在ならば遠慮なく腹を抱えて爆笑するだろう。こちらを指差しながら笑い転げるだろう。
少々気恥かしいが、それはそれで自分と弟の間には無かったリアクションであり、新鮮で良いと思う。
自らの失敗談を語り、それを誰かに笑い話にしてもらう、それは基本的に孤独であるトリッパーという人種にとって、得難い幸福なのである。

「っ────ぁ────ぁぁああああっっ!」

そして、このちょっとしたアトラクションもまた、句刻にとっては土産話の一つにしかならない。
足首まで伸びた美しい絹の様な金髪をなびかせ、空気を爆裂させながら迫る十代半ば程度の外見の少女に笑いかける。

「貴様が、貴様がぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!」

そんな句刻の笑みとは対照的に、金髪の少女──エヴァンジェリンはその美しい相貌を般若の如く怒りに歪め、咽喉は張り裂けんばかりに怒りの感情を声へと変換する。

「どうしたの、子猫ちゃん。そんなこわぁい顔をしていると、可愛い顔が台無しよ」

杖をだらりを下げ、優雅さすら感じさせる口調で問いかける。
その軽口に答えず、エヴァンジェリンはその手の先に生み出された半透明の刀身を句刻の心臓目掛け突きつけられる。
エクスキューショナーソード、その刀身に触れたあらゆる物体を強制的に相転移させる極低温の刃。
学園が消滅した事で学園結界から解き放たれ、登校地獄の呪いも消滅し、成長分だけ魔力も向上し、全盛期を遥かに上回る魔力で持って生み出された絶対攻撃の刃。
今までのエヴァンジェリンの人生では無かった、これ以上の速度と力で振るわれた事の無い文字通りの渾身の一撃は、何の変哲も無いように見える句刻の服に触れた瞬間、薄いガラス板の様にあっさりと砕け散り、素の魔力へと還元されてしまう。

「な、が、ぐぅぅううっ」

必殺の意思を持って放たれた攻撃を防がれるでもなく無効化された。
怒りと驚愕で我を忘れそうになったエヴァンジェリンは、感情に呑み込まれる寸前、自らの唇を噛み切り、痛みと血の味によって正気を保つ。
あれほどの大規模魔法を使う、あれほど常識はずれな都市破壊攻撃の使い手がそんなに容易く殺されてくれる筈も無い。
そう思いなおし、従者を殺された怒りを全精神力を投入して押さえつけ、情報を引き出す為にエヴァンジェリンが頭を巡らせ始めたところで、句刻の方が口を開いた。

「そんな温い、情報量の少ない、存在の薄い攻撃が、この卓也ちゃんの愛の詰まった和ゴスを傷つけられると思ったの? ふふ、控えめに言って貴女、馬鹿じゃないかしら」

泰然とした笑み。
句刻のその表情を憎らしげに睨みつけながら、エヴァンジェリンは思考を巡らせる。
全盛期の力を取り戻した自分の目を持ってしても、あの女の着る衣服が何故自分の攻撃を防げたのかが理解できない。
いや、どことなく理由は分かる。あのドレスは、見たままの印象では測りきれない。蟻の視点では人間の世界を理解できない様な、存在としての規模が余りにも巨大すぎる。
何処かの国には神木とリンクした聖剣が存在し、その聖剣を砕く為には神木を砕くのと同等の力が必要だと言うが、あれも似たようなものなのだろう。
余りに巨大すぎるが故に、違和感を覚える事すらできない。そして、そんな物に身を包んでいるせいか目の前の女の実力も測りきれない。

「でも、仕方がない事よね。貴女達と私達じゃあ、存在の密度が違うもの」

「存在の、密度、だと?」

「ふふ、うふふふ、あは、は」

くるくると、ドレスの端を摘まみ上げながらくるくるとその場でステップを踏み踊り回り始める句刻。
気のふれたような句刻の振る舞いに、エヴァンジェリンは嫌悪や疑惑ではなく、身を震わせるような恐怖の感情を得る。
喚起された感情を、湧きあがる恐怖を、従者を殺された怒りで持って無理矢理に押しつぶし、震える脚を押さえつける。
ガチガチと打ち鳴らされる歯を食いしばり、相手に聴こえない様に詠唱を開始する。

「ト・シュンボライオン・ディアー・コネートー・モイ・へー・クリュスタリネー・バシレイア……」

自らの使える魔法の中では最大の威力を誇るこれならば、あるいはあのドレスの防御を抜き、ダメージを与える事ができるかもしれない。
女子供は殺さないなどという自分の信念は、この敵を前にしたら何の意味も持たない。この必殺の一撃を持ってしても、殺せるかどうかは望み薄なのだ。

「エピゲネーテートー・タイオーニオン・エレボス・ハイオーニオ・クリュスタレ!!」

句刻が笑いの表情のまま氷漬けにされる。
氷属性の高等呪文、『えいえんのひょうが』は150フィート四方の広範囲をほぼ絶対零度にし凍結させる。
だがこれでは終わらない、まだエヴァンジェリンを支配する恐怖の感情は消え失せていない。

「パーサイス・ゾーサイス・トン・イソン・タナトン・ホス・アタラクシア・コズミケー・カタストロフェー!」

『えいえんのひょうが』で凍結した敵を粉砕する追加呪文、『おわるせかい』が炸裂する。
砕け散る氷柱、だが、エヴァンジェリンはまだその身を恐怖に侵されたまま。
未だ、敵は健在である事を、吸血鬼としての本能が告げていた。
そのエヴァンジェリンの背後に、巨大な、余りにも巨大な気配。

「其は安らぎ也、ね」

振り返る間もなく、首を鷲掴みにされた。
エヴァンジェリンの首を掴む、たおやかな手指。傷一つ、汚れ一つ無い和風のゴシックドレスを身に纏った鳴無句刻の姿が、圧倒的な存在感を従えそこに存在していた。
自らの首を優しく掴むその手が、首の骨に半ばまで食い込んだ肉食獣の牙である様な錯覚を覚え、エヴァンジェリンの戦意は跡形も無く砕け散り、消えた。
積んだ。もはや、どうする事も出来ない。600年の戦闘経験が告げている、自らの命を狙いにきた身の程知らず達、命を投げ捨てた雑兵と同じ立場に、自分は遂に立たされてしまったのだと。
自分の番が来てしまったのだ、自分の立場が変わったのだ。命を奪う側から、命を奪われる側に。
不死の身体を押しつけられ、もはや永久にやってくる筈の無かった人生の終焉。
かちかちと歯が打ち鳴らされ、内腿を生暖かい物が伝う感触。腹の底が重く、冷たい何かを詰め込まれた様な怖気を振るう感覚。
この時、エヴァンジェリンは恐怖に、絶望に支配された。
これが、これが、これが死の恐怖!
ぶるぶると雨に濡れた子犬の様に身を震わすエヴァンジェリンに、句刻の慈愛すら満ちた微笑みが向けられる。

「私、最高に機嫌がいいのよね。だから」

首を掴む手から流れ込む膨大な回復魔法の魔力。
不死者すら成長させる圧倒的な癒しの力が与える快楽に、エヴァンジェリンはその身を仰け反らせる。
脳が、記憶が、心が、真っ白に塗り替えられていく。
六百年の孤独が、その果てに見た光が、絶望が、怒りが、何もかも塗りつぶされて消えていく。

「──────────っ!」

声の形を成さない絶叫。
そして、身体に始まる異変。
エヴァンジェリンの身体がどんどん成熟し、凹凸のある成人女性の姿に、色気のある熟年女性に。
成長を続ける、吸血鬼にならなければ辿ったであろうその成長の道筋を、不死となった筈の身体がなぞる。

「だから、これで貴女の旅は御仕舞にしてあげる。だってほら、私、今凄く優しいから」

六百年ぶりの成長、その余りの快楽に、エヴァンジェリンは気付かない。
自らの身体が成長を終え、老化を始めたという事実に。
瑞々しい肢体は見る間に枯れ木のようにやせ細り、絶世の美貌は皺くちゃの老婆の姿に変って行く。
それこそが正常。運命を歪められたエヴァンジェリンの、本来あるべきだった、人間としての死への道程。
エヴァンジェリンの、魔法世界を恐怖に陥れる吸血鬼の真祖『だった』老婆の口から、とぎれとぎれに擦れた声が漏れる。

「わ、たしは、死ぬ、のか」

「ええ、貴女のお話はここで終わり。長旅は疲れたでしょう?」

エヴァンジェリンの、一人の老婆の、暗い、暗い瞳から、涙が、

「ああ、そう、だ、な。少し、疲れた」

「ええ、だから、お休みなさい」

零れ落ちた。

「あ、ぁ、おや、すみ、なさい、『──』」

聞き取れないようなささやかな声量で誰かの名前を呼び、静かに眼を閉じる。
同時に、ふっ、と。エヴァンジェリンの身体から力が抜ける。
流し続けられる回復魔法により、その遺体がどんどんと風化していく。
六百年の歳月を駆け抜けた吸血鬼の、余りにも呆気ない最後。
後には、他の人間のなれの果てと変わらない、白い塵が残るだけ。

「夢はただ、夢と散り逝くのみ、ね。どこの誰ともしれないオリ主もどきのダッチワイフになるよりは上等な終わりじゃない?」

手に付いた塵を叩き落とし、白い荒野に一瞥もくれず、リョウメンスクナの封印された祭壇へ向け転移した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

リョウメンスクナが封印されている祭壇での戦闘は、既に一つの区切りを迎えようとしていた。
大量に召喚されていた妖怪達は3-Aからの増援の獅子奮迅の活躍によりその数を見る間に減らされ、今回の事件の首謀者である天ヶ崎千草の共犯者である神鳴流剣士の月詠と犬神使いの小太郎も足止めされ封殺されている。
そして、大鬼神リョウメンスクナの封印を解く為の魔力タンクとして浚われていた近衛このかは、自らの秘密、忌み嫌われる純白の翼を持つ烏族と人間のハーフである事を明かした桜咲刹那によって救出された。

ネギ達の戦力を考えれば十分過ぎる戦果であったが、それもここまでが限界。
近衛このか救出に桜咲刹那を送り込む為、天ヶ崎千草に雇われていた西洋魔術師である白髪の少年を足止めしていたネギとアスナ、その二人の奮闘ぶりを脇から見ていたカモミール・アルベールはそれを痛感していた。
この場において最大の火力を持つネギの最高威力の魔法は、リョウメンスクナの肌に傷一つ付ける事無く散らされ、更には今目の前に居る白髪の少年にすら、ネギとアスナの連携で一発当てるのに成功した程度、しかも当然の様にダメージは入っていない。

「や、やったの……?」

拳を振り抜いたネギに、恐る恐る声をかけるアスナ。
度重なるギリギリの戦闘、その果てにこのかは救出され、今まで一度も攻撃が届かなかった敵に対して初めて攻撃が通った事による、ここまでやったんだからなんとかなるかな、という思いから出た言葉。
だが、まだ何も終わってはいない。ネギに頬を殴り抜かれた白髪の少年がゆっくりと振り返る。

「……身体に直接攻撃を入れられたのは……初めてだよ」

アスナの魔力完全無効化能力により障壁を破られたからとはいえ、彼からしてみれば現時点では格下も良いところのネギに直接身体に攻撃を入れられたのは予想外であり、屈辱の極みだったのである。

「ネギ・スプリングフィールド」
ネギに向け、白髪の少年が完全に振り返り、拳を打ち出す。
ボッ、という空気の壁を突き破る音とともにネギに迫る。魔力の切れた今のネギが喰らえば、一撃で身体を貫通し、拳の進路上に存在していたネギの身体の内容物を吹き飛ばし撒き散らす痛烈な一撃。

「ネギッ!!」

今まさに力を使い果たしたネギはその攻撃に対応できない。
そばにいるアスナも同じく力を使い果たし、そしてこの距離では全快状態であってもフォローは間に合わない。
奮闘空しく、ネギの命運はここで尽きてしまうのか。

「っ!」

だが、白髪の少年の拳がネギに届く事は無かった。
拳を止め、慌てた様子で白髪の少年が何かを避ける様に後ろに飛び退ったのだ。
だが、そんな白髪の少年を、轟音と共に飛来した巨大な赤い壁の様な物が打ちすえ斬り飛ばしていった。
赤い、いや、紅い壁のように見えた何かは白髪の少年を吹き飛ばすと、そのままの勢いでまた空の彼方へと飛んで行く。

「な、なにあれ。エヴァちゃん、じゃないわよね」

真祖の吸血鬼といえど巨大化はできない。
そして、その紅い壁が徐々に速度を落とし、空のある一点で静止、巨大な人影の背にドッキングする。
紅い壁のような物の正体は、巨大な悪魔の様なフォルムの翼だったのだ。
そして、自分達の目の前を通り過ぎていった時の翼のサイズを考えれば、あの巨大な人影の尋常では無い大きさである事が理解できる。
その人影が、見る見るうちに大きくなっていく。

「え、え、えぇぇぇぇええぇぇ!!」

その巨人のシルエットに、その場で成り行きを見守っていた全ての者が戦闘や作業を中断して驚愕する。

『聞こえますか、麻帆良からの救援の代理で来ました、魔法協会の方から来た救援の者です。これより大鬼神リョウメンスクナの討伐を開始します。現地の皆様は至急祭壇から離れ、泉の湖の端まで避難してください』

その巨人からであろう念話の内容すら理解できない。
それ程に意外過ぎる、いや、ある意味では妥当過ぎるのに、どこをどう好意的に解釈しても無理がある救援。
背に赤い翼があるという差異を除けば、その姿は紛れも無く──

「エヴァちゃんが巨大化してパンチパーマに!」

「ちげーよ姐さん、ありゃ日本の筋者だよ!」

いや違う、イメチェンしたエヴァでもなけれな、巨大ヤクザでもない。
裸体に死体から剥ぎ取った衣服を継ぎ接ぎして作られた糞掃衣と呼ばれる布を巻き付け、頭はマーラの誘惑に打ち勝つための、長大な髪の毛一本一本を渦巻き状にして巻きつけた螺髪。
あらゆる煩悩を消し去り、遍く全ての人類を解脱へと導く聖人。
人々が想いを馳せ、人でと物資を集めて作られたその似姿。

「だ、大仏!?」

そう、全高50メートルはありそうな、巨大な大仏。
背には紅い翼を生やし、手には仏教とは欠片の関係性も見出せない実用一辺倒の飾り気の無い両刃の剣を携えた大仏が、皆の注目が集まる中、完全に封印から逃れた大鬼神の目の前に着地。衝撃で津波が起きる。
同時、落下の勢いのままに振り下ろされた大仏の手の中の剣がリョウメンスクナの腕の一本を切り落とす。

「──、────!」

空気を、水面を震わせる。
そのリョウメンスクナの絶叫と共に乗せられた霊的、物質的な攻撃力を秘めた波動が、対峙する巨大仏像へと直撃する。
その破滅的な神氣を備えた波動は、千年以上もの間祀られ、信仰の力により霊的強度の高められた銅と、その力を阻害しないために選ばれたオーガニック的に正しいアンチボディの体組織で形成された複合装甲を、一撃でヒビだらけにしてしまった。
動くたびに装甲が剥がれ落ち、見るからに動きの鈍った大仏に、事の成り行きを混乱しつつも見守っていた天ヶ崎千草が冷や汗を拭いながら高笑いを始める。

「フ、フフフ、アーッハッハッハ! 空から大仏なんて何事かと思たけど、こけおどしもいいとゴビェ」

高笑いを始めた天ヶ崎千草を、大仏の殻を突き破り飛びだした黒金の拳が叩き潰す。
タイヤに潰された田圃道のカエルの様な天ヶ崎千草の死体は、拳の発する熱により一瞬にして水分を蒸発させられカラカラに干上がり、その拳が発する謎の振動により粉々に砕け、空にばら撒かれた。

術者を失い、文字通り完全に解き放たれたリョウメンスクナ。
無敵ともいえる大鬼神が、その大仏を突き破り産まれてきたモノを相手に、『一歩後退した』
気押されているのだ、京都の街を恐怖のどん底に陥れた悪の化身が、偉大な魔法使いであるナギ・スプリングフィールドですら封印するしかなかったリョウメンスクナが。

大仏の顔が割れ、隙間からその真の姿が垣間見える
対峙するモノを睨みつける鋭すぎる黄の眼差し、自らの位を現すような銀の冠。
胸にはその背に負う翼にも似た紅い胸当て、全身は悪魔の如き禍々しいフォルムの漆黒。
禍々しく、それでいて何処か神々しさすら備える巨人。
しかし、リョウメンスクナと同じく見る者に畏怖の感情を湧き立たせるそれは、大仏ともリョウメンスクナとも明らかに違う存在。

「あ、あれは……」

「わー、かっこええなぁ。あれもせっちゃんのお友達なん?」

念話による警告を受け、泉の淵まで飛んでいた桜咲刹那が唖然とし、それに抱きかかえられている近衛このかが無邪気に喜ぶ。

「ありえません、あんなサイズのあんなものが、あんな機敏に動くなんて、いやそうではなく、そもそも存在自体があり得ません!」

「西洋魔術師の連中はあんなもん隠してたんか! 西洋魔術師もなかなかやるなぁ!」

「あれも魔法とかいうものに関係しているのでござろうが、それにしては余りにもダイナミックなデザインでござるな」

泉の隣の林で事の成り行きを見守っていた三人、未だ世界の裏側と表側の中間に居る綾瀬夕映が混乱し、犬神小太郎は年相応の子供らしくキラキラと目を輝かせ、長瀬楓は呆れながらも違和感を感じ、この世界に存在しない真実の欠片を言い当てる。

「最近の技術は凄い物だな、超ならばああいった物も作れるのか?」

「アイヤー、日本の自衛隊はこっそりロボ作てるいうのはホントだったアルか!」

「あの太刀筋、ちょぉっと手合わせしてみたいですけど、あんなおっきいの相手にしたら、ウチ、ウチ、壊れてしまいますぅ♪」

天ヶ崎千草が死んだ事により召喚されていた敵が帰ってしまい、手持無沙汰になった龍宮真名が静かに感嘆の声を上げ、古菲は間違った日本への偏見を披露し、月詠は勝手に妄想を巡らせていやんいやんと身を捻じっている。

「すごいの来ちゃった……」

「うわ、うわぁ! カモ君! アスナさん! やっぱり日本にはあるんじゃないですかほらぁ!」

疲労困憊で祭壇から逃げる事の出来なかった二人と一匹、突っ込む気力すら湧かないアスナと、そんなアスナと肩の上でふるふると身を震わせるカモに向けて興奮気味に騒ぎながら大仏の中身を指差すネギ。
そして、しばらく身を震わせ──突っ込みを入れる為に体力を振り絞っていたカモが、今信の突っ込みを、腹の底から解き放つ。

「それ、巨大ロボットじゃねぇかあぁぁっ!」

―――――――――――――――――――

「その通り!」

聞こえていたとも、大仏アーマーのせいで碌に視界が確保できなかったが、地上の連中のリアクションは大気の振動を拾って全て把握していたのだ。
この世界が誰かの妄想で、俺がここには居ない主人公になれなかった誰かの代わりなら、原作キャラであるあいつらの大きいリアクションを狙いに行くのは至極当然の話だろう。
地上の連中のリアクションに大きく頷き、気を取り直して目の前の二面四臂の巨人に向き直る。

「お初にお目にかかる、剣と魔法の世界の鬼神よ。機械巨人と破壊光線の世界から、鉄の魔神を束ねる皇帝がまかり越したぞ!」

外部へのマイクはオフにしてあるので俺のこの声は聞こえないだろう。
だが相手は仮にも神の称号を冠する存在。眼前に居る俺の目的を解する事が出来ないとは思え無い。
が、とも、ご、とも聞こえるリョウメンスクナの叫び声を伴う拳打。
手に構えたカイザーブレードの腹で受け、しかし叫びの破壊力は砕けかけの大仏アーマーを、粉微塵に粉砕した。
余波で下の本来の装甲すらビリビリと震えるが、こちらにダメージは入らない。
まともな殴り合いで打ち負ける程、超合金ニューZα製の装甲は軟な作りをしていないのだ。
完全に砕け散った大仏アーマーの下から現れた姿に、更に地上のギャラリーが湧き発つのが分かる。
全高50メートル程まで巨大化させたマジンカイザー、その威容が露わになったのだ。巨大ロボットの存在しない世界の人間が驚かない筈が無い。
カイザーブレードを拳で抑えるリョウメンスクナの腕に、光子力ビームを放つ。
焦げ目こそ付いているが、熔けも貫通もしない。
今使っているこのマジンカイザー50は20段フル改造、俺のパイロットステータスも射撃値は悪くない筈なのに、ダメージは殆ど入っていない。
この世界では魔力だの氣だのの不思議パワーが優遇されているだけあって、中々ダメージは入らないらしい。
だが、それがいい。そうでなくては取り込み甲斐が無い。
腕を焦がされ、怯んだ様に後ろに下がるリョウメンスクナ。
ダメージはそれほどでもないが、それでもこんな機械と鉄の塊にダメージを貰うとは思っていなかったか。
しいていうなら煙草の火を押し付けられた大型肉食獣の様なもの、次の瞬間には怒り狂って襲い掛かってくる。
だが、だがその怒りこそが侮り、驕り。
表の技術は、表の存在は自分達に敵わないという、この世界のありとあらゆる裏の存在が潜在的に心に持っているどうにも拭いがたい偏見のコレクション。
肩からもう一本のカイザーブレードを取り出し、構える。
先ほど取り込んだ京都神鳴流を使えば楽勝だろう、大仏から取り込んだ神氣を限界まで高めれば楽勝だろう、次元連結システムで似たような不思議エネルギーをどこからか取り寄せれば楽勝だろう。
俺はこの大鬼神を殺し切る超常の力を幾つも備えている。やろうと思えば一撃で殺し切る事も可能だ。同じ土俵で戦って圧倒するなど造作も無い。
だが、気が変わった。
こんな獣同然の木偶の坊にまで嘗められるなんて、オリジナルの持ち主にも申し訳が立たない。
コイツは機械の力で、科学の力で、完膚なきまでに叩き潰す。
お前らが裏の世界の力には裏の世界の力で無ければ対抗できないなんて考えているなら、まずはその幻想をぶち殺す!
気合を入れよう、頭には甲児の被っていたモノと同じ、趣味の悪いデザインのヘルメット。
口調も合わせる。この魔神を駆るならば、丁寧な言葉使いなどしてはいられない。

「相手が大鬼神ってんなら、こっちは神にも悪魔にもなれる魔神皇帝様だ! 兜家秘伝の科学力を受けてみやがれ!」

息を吸う。腹の底に力を溜め、声にはドスを効かせ、あらん限り声量で叫ぶ。

「マジーン、ゴー!」

俺の発した伝統的な掛声と共に、京都は封印の地で、二大巨人の決闘が始まった。

―――――――――――――――――――

巨大化したマジンカイザーとリョウメンスクナが向かい合う。
マジンカイザーはカイザーブレードの二刀流。だが、何かしらの武術の構えを取っている訳では無く、ただただ相手の攻撃に備え、何時でも斬りかかれる様に、という二つの事しか考えていない我流の構え、邪道の剣。
オリジナルのマジンカイザーを操る兜甲児も、何かしらの剣術を納めていた訳では無く、似たような我流の使い手だった。
だが、コピーカイザーのパイロット、鳴無卓也の構えは違う。
彼の剣理、それを支えるのは剣術、剣を振るい人を切る技術を極めた男、剣術家『蘊・奥』が生涯を掛けて磨き上げてきた操刀技術の集大成。
蘊・奥の死体の脳から取り出した剣術理論が、そのまま生かされているのだ。
それは刀が剣に、一刀が二刀に変わったとしても適用される。
その中から、一番重要である基礎の基礎、刃筋を立て、まっすぐに振るという部分を残し、その他の体捌きは流派東方不敗なども合わせ、卓也の戦闘理論に合わせて原形を留めないアレンジを加えられた上での我流なのだ。
剣の扱いを知らない者の我流と、剣を理解した上での我流、この違いは大きい。
無論、そこまでの技術があればただの力任せの戦いしか出来ない木偶の坊相手ならば一瞬で蹴りが付く。
しかし、動けない。
卓也の操るマジンカイザーは、リョウメンスクナを前にして、アストレイ世界最高の剣術理論を持ちながら、攻めあぐねている。

(隙が、無い)

対峙するリョウメンスクナ、腕を切り落とされ、四本の腕は三本となり、しかしその手はもはや無手ではなかった。
その三本の腕にはそれぞれ、鉾、斧、錫杖が握られ、そしてそのどれもが達人級の使い手の空気を纏っている。
飛騨の山中に潜むまつろわぬもの、大鬼神リョウメンスクナ。
その正体は、かつて飛騨の国に文化を、人々には知恵をもたらし、かの地で暴れまわっていた悪龍を討ち滅ぼした大英雄である。
本来のリョウメンスクナは知恵無く暴れまわる化け物では無く、真に知性を持ち、神性を纏った神の一柱なのだ。
時の朝廷により鬼の烙印を押され、その無念により陰の氣に取り込まれていたリョウメンスクナは、封印から完全に解き放たれ、術者を失うと同時にその感情に任せて暴れまわる筈であった。
しかし、突如目の前に現れた自らと変わらぬ体躯を持つ鋼の魔、その驚異を前に、自己防衛の為にかつて振るった武術の理を一時的に取り戻したのである。
この時点で、原作の様に結界でもって封じ込め、大魔術で一撃、などという勝利は望めない。
結界弾はかの大鬼神に届くまでも無くその身から発される神気により込められた術式を崩壊させ、大魔術はその手に持つ斧に構成を叩き切られ、或いは錫杖を振るい放たれる術により無効化させられる。
事ここに及んで、リョウメンスクナと戦う事が出来るのは、同じ体躯を持つこのマジンカイザーだけとなったのだ。

じり、と双方が一歩足を横に踏み出すと、足下にある水面に大きく波が生まれる。
その波が湖の端に辿り着き、返す波がマジンカイザーとリョウメンスクナの脚に衝突し、崩れる。
同時、弾ける様に二体の距離が詰まる。
マジンカイザーは向けられる鉾の先端を弾き絡め取り、振り下ろされる斧の一撃を真っ向から受け止める。
大質量の斧による振り下ろしの一撃を受け、ズシ、とその場に沈み込むマジンカイザー。
だが、リョウメンスクナの攻撃はそれだけでは終わらない。
リョウメンスクナは残る一本の腕に錫杖を構え、人間には発音し得ない神性言語による口結を唱える。
かつて悪龍を滅ぼす際に使われた、今なお受け継がれる陰陽術よりも更に古い、神々のみが扱う原初の魔法。
原始的な構成でありながら人間の脳では理解する事すら叶わない程の緻密さを備えたそれが、大鬼神の有り余る魔力──神氣を込められ、一撃必殺の威力を備えた攻性魔法を作り上げる。
矛と斧は相手を押さえつける為だけに使われる、捕縛用の武装に過ぎないのだ。
リョウメンスクナの本命は相手を抑えてからの大威力術法攻撃。
四本の腕、二面の顔は西洋魔術師における魔法使いと従者の関係を一人でこなす為のギミックなのである。
錫杖を中心に空間を軋ませる大神氣が収束する。
フル改造のマジンカイザーといえども、直撃すればただでは済まない。神の称号に相応しい人智を超えた大魔術。
しかし、それは本来の性能を完全に発揮しているとは言い難い。
リョウメンスクナは本来、二面『四』臂の大鬼神なのだ。
本来なら存在していた筈の四本目の腕、術の発動を補助するもう一本の六角の杖は、腕ごと切り飛ばされて手元に存在しない。
自然、術の発動は遅くなり、隙は大きくなり、マジンカイザーがその状態から抜け出す事も容易になる。
ガシャ、という金属の重なる音、マジンカイザーの口元が開く。
カイザーブレードが封じられているのならば、それ以外の武器を使えばいいだけの話。
ルストトルネード、超酸性の液体を含む竜巻が、術を発動寸前のリョウメンスクナにぶち当る。
光子力ビームとは比べ物にならない威力、しかも光線では無く強酸、身を焼かれ溶かされ、尚身体の表面に残る酸性の液体にもがき苦しみ、思わず詠唱を中断してしまう。
爆音を立て、双方の武器が地面に落ちる。
リョウメンスクナはその身体に走る激痛から、マジンカイザーはその武器が最早使いものにならない事を理解しているが故に。
湖に落ちた斧、鉾、錫杖、カイザーブレードは、ルストトルネードによりボロボロに錆び、数合打ち合うまでも無く折れ砕ける程に強度を落としてしまっているのが目に見えて理解せきる。
当然、そんな攻撃を至近距離で放ったマジンカイザーも無事では済まない、前面の装甲を醜く爛れさせ、深紅のブレストプレートは跡形も無く融け崩れてしまっている。
この状態ではファイヤーブラスターも撃てなければ、真のカイザーブレードも抜き放つ事ができない。
決め手に欠けるのだ。神を人の力で打ち砕くには、科学の力で打ち破るには、一撃必殺の決め技が必要不可欠。
だがマジンカイザーは、マジンカイザーのコックピットに居る鳴無卓也は、

「これだ、この状態、この状況が凄く良い!」

にやり、と、口元に笑みを浮かべていた。
マジンカイザーの腹部、本来ならばギガントミサイルの搭載されている箇所が開き、内部構造をさらけ出す。
それは、マジンガーの系譜とは全く別の理論で構成された機械群。
光子力エネルギーを操る魔神とは異なる、超電磁エネルギーで動く巨人の力。

「超電磁ぃ、タ・ツ・マ・キィィィィィィィッッッ!!!!」

その在り得ざる機械より生み出される、電磁力の嵐。
常人ならば近づいただけで体内電流を乱され即死必至の竜巻、未だ酸の齎す激痛にもがいていたリョウメンスクナは、呆気なく巻き込まれ、その身体を張りつけにされる。
如何に神性を帯びていたとしても、この世界に物質として存在している限り逃れる事の出来ない物理法則。
自らを固定する磁界から逃れようと足掻くリョウメンスクナを前に、マジンカイザーがその両手を合わせ、超電磁ギムレット──クリスタルカッターへと変形させ、身体全体を回転させ始める。

「超電磁ぃぃぃ……」

そう、このマジンカイザーは只単にマジンカイザーを巨大化させた訳ではない、
衆人環視の中、戦闘中に、力のほとんどを残したリョウメンスクナを自らに取り込む為の武装を搭載した、魔改造を施されたマジンカイザー。
『超電磁ロボ・マジンカイザー』なのである。

「スピィィィィィィィィィ──」

強力な磁界に磔にされたリョウメンスクナの腹に、マジンカイザーの超電磁スピンが炸裂!
しかし、一撃では貫通しない。
封印からも術者による制御からも抜け出し、真の力を取り戻した大鬼神の皮膚は、肉体は、その表面を徐々に削られながら、しかし完全に貫かれる事も無く堪えている。
ギギ、という、骨を筋肉を軋ませる音を鳴らしながら、リョウメンスクナの両腕が磁界から逃れ、自らの腹部を削る超電磁ギムレットを両手で無理矢理に押さえつける。
回転するダイヤモンドの刃に掌を切り刻まれながらも、しかし徐々にスピンの速度が落ちる様を見て、リョウメンスクナの口元が吊りあがる。
この攻撃を防ぎきれば、この鉄の人形に打つ手は無くなる。そんな余裕の感情を滲ませた笑み。
それが、苦痛に歪められた。

「────────ッ!!??」

ダイヤモンドカッターを掴んでいた掌が、手が、一瞬で血と肉の霞みに変えられたのだ。
マジンカイザーの超電磁スピンの回転速度が一気に跳ね上がり、手を、腕を次々と削り卸して、遂に腹部を突き破る。
この両者の戦闘を極々間近で見れる者があったなら、削られたリョウメンスクナの肉体が回転運動を続けるマジンカイザーに吸い寄せられている事に気付く事ができただろう。
そして、マジンカイザーのボディに接触すると同時に、早送りの様にその動きを速めた事も。

「この超電磁スピンもフル改造済みの威力だったのだが、流石は大鬼神だな。でも俺は、科学の力はもっと、もっと、もっと! 更に高みに存在しているっっっ!!」

そう、今のマジンカイザーは、通常の時間とは別の時間の流れの上で活動している。
クロックアップ、それこそが、超電磁スピンの回転速度上昇の種だったのだ。

「では改めて。超・で・ん・じぃぃ……」

加速した時間の中で、マジンカイザーの生み出す回転の力が、貫通したリョウメンスクナを体内から引き裂き、巻き込むようにしてその残骸を取り込んでいく。
臓を、骨格を、筋肉を血管を神経を脳髄を、まとめて引き裂かれ呑みこまれていくリョウメンスクナ。

「スピィィィィィィィィンッ!」

突き抜けた。
後にはリョウメンスクナのガワ、姿形だけの残りかす、抜けガラだけが残される。
満身創痍で、しかしどこか神々しい氣を纏ったマジンカイザー、そのコックピットの中で、

「クロック・オーバー」

戦闘の完全終了が告げられた。

―――――――――――――――――――

祭壇の上空、リョウメンスクナが弾け飛び、キラキラと輝く粒子が舞い落ちる。
リョウメンスクナの抜け殻に残されていた神氣のカス、その最後の煌めきである。
その煌めきが、リョウメンスクナを撃破したロボットを照らす。

「た、倒しちゃった」

その鋼鉄の威容を、上着を無くし胸元を手で隠したままのアスナは複雑な表情で見上げていた。
担任のネギが赴任してきてから数か月、魔法の存在を知ってからの生活は無茶苦茶で余りにも現実離れしていたが、この巨大ロボットに比べればまだしも現実的だ。
先のリョウメンスクナの戦闘、だれが魔法関係の事件の締めに『巨大怪獣とそれを倒す巨大ロボット』などという無茶苦茶な落ちを持ってくるなどと考えるだろうか。
そして、あの白髪の少年を倒した事に関しても。
あれだけ苦戦した相手が、一撃で叩き潰されてしまった。巨大ロボットの攻撃だから仕方ないと言えば仕方ないけど、それにしてもあんまりな決着だ。

「すごい、すごいけど、凄いのはわかるんだけど……」

こちとらあの少年に二回も脱がされたのだ、『こんな物があるなら最初からこれを出してれば良かったじゃないの』などと考えてしまうのは仕方の無い事ではないか。
勝利に喜べばいいのか、余りにも余りな、荒唐無稽なデウス・エクス・マキナにどう反応すればいいか迷っているアスナを横目に、ネギはその目を輝かせて巨大ロボットを見上げていた。
先ほどまでの疲労は何処へやら、いや、興奮のあまり精神が肉体を一時的に凌駕しているだけだろう。
それほどまでに、『英雄』という存在に憧れる少年にとって今の光景は衝撃的だったのだ。
傷だらけで、しかしあの圧倒的な大鬼神を、悪のシンボルを打倒した正義のシンボル。
みんなのあこがれ、でも、物語の中にしか登場しないとたかをくくっていたスーパーロボット、実在した、正義の味方!

「兄貴、見てくだせぇ!」

ネギの肩の上に乗っていたオコジョ妖精、カモがその短い前足でロボットの頭部を指差す。
頭部近くに浮かぶ女性、手に杖を持っている事から魔法使いだろう事は分かるが、細かい表情までは見て取れない。
頭部のコックピットらしき部分が開き、中からヘルメットを被った男性が現れると、その女性が勢いよく抱きついた。
ロボットのパイロットの恋人だろうか、熱烈な抱擁である。
女性に抱きつかれた男性がコックピットから身を乗り出し、空中へ身を投げ出す。
ゆっくりとした落下、魔法で速度を調節しているのだろう。

「降りてきやすぜ」

「ど、どうしようカモ君、僕、スーパーロボットのパイロットに会うのなんて初めてだよ。なんて挨拶すればいいんだろう」

「いや、そんなのに会った事のあるヤツそうそう居ないから」

慌てふためくネギに、額に特大の汗を浮かべて呆れるアスナ。
二人の目の前に、巨大ロボットのパイロットと、その恋人らしき女性が降り立つ。
手にいかにもといった風のヘルメットを下げたパイロット、まだ二十代前半程度の、全体的に素朴な作りの顔つきで、しかし眼差しは異様に鋭い男性。
手には部分部分機械化された魔法の杖を下げ、和風のドレスを着た同じく二十代前半程度の、おっとりとした顔つきの女性。
なるほど、と思わず納得してしまう程のプレッシャーを備えた二人に、思わずネギもアスナもカモも姿勢を正してしまう。
そんな二人と一匹の態度を気にした風も無く、パイロットの男が軽く手を上げ、ネギとアスナを準番に指差していく。

「ええと、そっちのちっこいのがネギ・スプリングフィールドで、そっちのトップレスの娘」

男は言葉を途中で区切り、羽織っていたジャケットをアスナに投げ渡した。

「あ、ありがとうございます」

ジャケットを受け取り、自分の格好を自覚して赤面、急いで着こんでから頭を下げるアスナ。
そんなアスナに手をぱたぱたと振る男性。

「いやいや構わん構わん。で、お前さんが神楽坂明日菜でいいんだよな」

「ぷっ」

「え、はい。私が神楽坂明日菜ですけど」

男性の隣で女性が面白がるような表情で噴き出した事に疑問を感じつつ、しっかりと返答するアスナ。
そんな畏まった風のアスナとネギに、男性がその両手を差し出した。

「噂は聞いている。西洋魔法使い期待のホープと、その従者。お会いできて光栄だ」

「えぇ!? あの、その、僕はそんな大した者じゃあ……」

「私だって、巻き込まれて必死でやって来ただけで、そこまで言われる様な事は何も……」

謙遜しつつ、しかし差し出された手を受け取らない訳にも行かず、ネギはおずおずと、アスナはぶっきらぼうに、『二人同時に男性と握手を交わす』
そして、ネギとアスナ、二人の意識は、この世から永遠に消滅した。

―――――――――――――――――――

地面に落ちたジャケットを拾い、羽織りなおし、掌をじっと見つめる。

「ふむ」

ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜、二人を取り込んだ両手を数度握り締め、二人から取り込んだ有益になりそうな能力を検索する。
ネギは成長率が半端無く、魔力も馬鹿みたいに多いし、噂に聞き及ぶチート能力『開発力』が中々に魅力的だ。
神楽坂明日菜は色々不明な点こそあるものの、魔力完全無効化能力はとても魅力的だし、黄昏のなんちゃらの記憶を掘り出せば『咸卦法』とやらの使い方も引き出すことができるだろう優良物件だ。
更に先ほどマジンカイザー50越しに取り込んだリョウメンスクナ、これも凄い。なにより、これで神様系の属性をも取り込んだ事になる。神秘がどうとか言う連中にも対抗できる可能性が上がってきた。
ネギま世界の、と注釈は付くとはいえ京都観光を楽しんだ上にこれほど見事にパワーアップを済ませる事が出来るとは、いやはや姉さんの提案は素晴らしい。
とか内心でさりげなく姉さんを褒め称えているにも関わらず、姉さんは隣でまだ腹を抱えて笑っている。

「何、俺何かおかしい事した?」

立ったまま自分の膝を叩き、引きつけを起こしたかと思うほど笑い続けている姉さん。
やっとの事で笑いが薄れてきたのか、笑い顔の涙目でこちらを見ながら途切れ途切れに口を開いた。

「だ、だって卓也ちゃん、あの喋り方、ぷふぅぅー! なに、あれカッコいいの? カッコいいベテランパイロットってあんな喋り方するものなの?」

「癖なの、あれはロボ乗ってる時のキャラ作りなの!」

実際、普段の自分を知っている姉さんの目の前であの喋り方をするのは結構恥ずかしいのだが、こうもあからさまに笑われると余計に恥ずかしい。
思えばこんな感じの喋り方で洗脳メメメ辺りを誑し込んだのだと考えるとうわぁァぁもうだめだぁぁぁぁあ!!
なに、なんなの、主人公の兄貴分で料理が上手でヒロイン一人掻っ攫うとかどこのオリ主人公なの!? 安全確保の為とは言え何やってんの俺!?
俺は恥ずかしさのあまり、姉さんは笑いのツボを刺激された為に、全くベクトルの違う理由でその場で転がりまわる。
暫く恥ずかしさを消す為に転げまわり、少し落ち着いた頃、遠目に此方を見ていた桜咲刹那と、3-Aからの助っ人組が異変に気付きこちらに近く姿が見えた。
此方の状況を完全に把握したら間違いなく戦闘になるだろう。
だが、そうはならない。

「ひぃ、ひぃ、もう駄目お姉ちゃん死んじゃう、って、あら、もうタイムリミットみたいね」

まだ笑いのツボから逃れていないらしい姉さんが呟き、次いで俺と姉さんを包み込むように空間が輝きを帯び始める。
買い物途中の電車で見た不自然な光。この粗雑な作りものの世界と元の世界を繋ぐゲート。
リョウメンスクナを倒したことによるクリアか、それとも主人公二人を消してしまった事によるゲームオーバーか。
どちらにしても、あと一分もしないうちに俺と姉さんはこの世界から消え失せる。
残った連中が何を思おうが、正直な話知った事ではないのである。

「あ、美鳥のお土産、買うの忘れてた」

一応、関西呪術協会に向かう途中で八橋とかキーホルダーとかペナントとかは買ったが、姉さんの暴れ鹿の角みたいな受け狙いのジョークお土産を買っていない。
そんな俺の言葉に、姉さんは笑顔で答える。

「美鳥ちゃんは、卓也ちゃんのお土産なら鹿の糞でも喜ぶから大丈夫じゃない」

「それは余りにもおざなりすぐるでしょう……」

最近偶に姉さんが酷い。
今この場で何か、土産になりそうなものは……、あった。
白いオコジョがずりずりと引きずって逃げようとしている土産物候補を拾い上げ、オコジョを指でつまみ上げ適当な方向に投げ飛ばす。
姉さんに向き直り、その土産物を見せ確認する。

「これ、京都土産になるかは分からないけど、トリップ土産には良くない?」

姉さんは首を捻り、数度唸った後頷いた。

「うーん、正直、家の物置に何本か同じのが転がってるんだけど、いいんじゃないかしら。卓也ちゃんが拾って来たって意味ではダブりでは無い訳だし」

「よぉっし、お土産完了!」

これで心おきなく帰れるというものだ。
その場からマジンカイザーを遠隔操作で塵に変化させ、姉さんと帰った後の事を話し合いながら帰還待ちをしていると、後ろから怒気のような感情の流れが感じられた。
振り向くと、さきほど放り投げた白いオコジョ──カモがこちらを睨みつけている。

「よくも、よくも兄貴と姐さんを! てめぇらは、てめぇらは、いったい何モンだ!」

姉さんと顔を見合わせる。
改めてそんな事を聞かれるとは思わなかった。

「俺たちか? そうだな、俺達は──」

感覚的には帰還まであと二十秒も無いし、あのセリフしかありえないだろう。

「通りすがりの、押し込み強盗(トリッパー)、かな」

「覚えておかなくて構わないわよ。もうここのお宝は必要ないから、ね」

姉さんのセリフが終わり、眼を焼かんばかりの光が溢れる。
トリップ終了の合図、あるいは元の世界へのゲートが開いた証。
その光景を見ながら、あの世界での最後の言葉について少しだけ考える。
そう、俺や姉さんの様なトリッパーを他の何かに例えるなら、押し込み強盗か通り魔の様なもの。
姉さんが言っていたトレジャーハンター、遺跡荒らしという自称も頷ける。
その世界に深く関わらず、やりたい事だけやって帰って行く俺達トリッパーなんて、所詮はそんなものだ。
トリッパーが通り過ぎる物語は、けっして英雄(ヒーロー)の物語にはなりえない。
残されるのは、無残に荒らされた、あるいは綺麗に整理整頓された世界だけ。
そんな者を深く記憶に残す必要はないし、少しでも気を許す方が間違いなのだ。

因みに、元の世界に帰った後、トリップした時と同じ場所に放り出された為に川に落ちたり、駅がある処までずぶ濡れの服を着たまま徒歩で移動する羽目になったり、数日家を開けたら美鳥が寂しさのあまりぐずぐずと泣いていた為に宥めるのに時間がかかったのは、完璧に余談である。




おしまい
―――――――――――――――――――

気付けばこれまで書いた話の中でも最長の48600字オーバーの読み切り短編、『ネギま最後の日! 京都観光地獄編』な感じの第二十九話をお届けしました。

ネギま? ほとんど原作キャラが登場しない上に原作主人公二人とも死んでるじゃねえか! と、憤っているそこのあなた!
ごめんなさいとは言いません、だってこの話の主要素はネギまではなく、以下の三つだからです。

・其の一『主人公を姉といちゃつかせたい』
これは簡単ですね。そもそもこの作品自体が世のロリ、妹偏重の気風に逆らってお姉ちゃんの魅力を描きたい、という所にあるので。
拙いなりに姉と主人公のいちゃつきを掛けて満足満足ぅ。
・其の二『京都に行きたい』
凄く行きたいんです京都。
でも自分が住んでいる場所からだと遠いので、ネットや旅行カタログを眺めながら文章に起こし、主人公達に代わりに京都を堪能してもらいました。
所々描写が薄いのは資料の少なさゆえですから勘弁するか自分に京都行きの新幹線のチケットをください。
京都に行きたい、死ぬまでに一度でいいから行ってみたい。
・其の三『身も蓋も無い展開をしつつ、トリップの設定を説明したかった』
ブラスレ編は中途半端に、スパロボ編はストーリー仕立てで来たので、こんな感じのただただ主人公達が遊んで、原作キャラ達がその割りを食う話が書きたかった訳ですね。
この物語では、トリップ先の世界はそれこそネズミや猫の子供のようにぽこぽこと量産されているわけですね。その分出来損ないも多い訳ですが。

まぁつまり、第二話あとがきで書いた、もし書いてもこんな感じだよー、的なネギま読み切り編のアレンジバージョン。
原作キャラにフラグ立てるかも、みたいな有り得ない期待を寄せていた人、ざぁんねぇんでしたぁ(ギアスのロイドさん風に)
すいません、本編見て無いくせにPSPごとロストカラーズ買ってプレイしてたら、なんかロイドさんの粘っこい喋りにハマってしまって……。

以下、自問自答の代わりに本編で不明瞭な部分の設定晒し。


・『ネギまの世界』
今回の話の舞台。
実のところ、本編内で姉が語ったような不出来な世界では無く、それなりに設定の詰められた極めて現実に近い世界。
この世界の欠点は、スクナ戦でエヴァンジェリンが出撃出来ない事。麻帆良襲撃は無駄足だった訳ですね。
実はこの世界のオリ主になれなかった存在がフェイトもスクナも倒してTUEEEポする予定だったり。
微妙にアスナが畏まっていたのもそのため。ロボで無く生身で倒すと好感度が一気に跳ね上がりフラグが楽に立つようになる予定だったのです。
・『元オリ主』
実は生きている。
原作知識有りの現実からの転生体という設定のオリ主だったが、付加された能力のお陰で原作にはかすりもせず、それなりに満ち足りた生活を送っている。
その能力は【厄介事完全回避能力】とでも言うべき代物であり、本来ならばこの能力を用いて原作のトラブルを尽く片付けていく予定だったが、原作の事件にかかわる事自体が厄介事であるためストーリーに関われず物語が破綻、晴れて主人公から脱落した。
主人公の姉が麻帆良を塵と化した修学旅行三日目は、大学のゼミの研究旅行で友人や恋人ともども県外に逃れていた為に死なずに済んだ。
言うなれば、常時不幸に対してのみ発動するラッキーマン体質。
戦闘能力は高く、ありとあらゆるモノを投げ飛ばす程度の異能を持っている。
登校地獄の呪いやリョウメンスクナや千の雷や雷天ネギなど、速度的にも威力的に物質的にも本来触れる事すら出来ない存在すら投げる事が出来、戦闘があれば当て身投げ無双が出来る筈だった。
当然、そういった厄介事を完全にスルーできてしまうので使いどころは欠片も存在しない。
多分、今現在この世界で一番幸せ。
・『真・リョウメンスクナ』
術者が制御している時は術者の技量に合わせて弱体化しているんだよ!
とか、
実は遥か昔に悪神として封印された時に善の属性を封じられて知性を失ってた分パワーダウンしてたんだよ!
みたいな弁護がしたかった。
1600年前に一国で神様なんてしてた超存在が、たかだか600歳の吸血鬼なんぞに殺されるとか絶対弱体化しているんだからね!みたいな変な意地が具現化した二次創作的設定魔改造。
魔改造の果てにちっさい踏み台からおっきい踏み台に進化した。
実は法術メインのインテリ派。
・『宿に予約を入れていた一般人・千草・麻帆良の皆さん・ネギ・アスナ』
犠牲になったのだ、古くから続く犠牲、その犠牲の犠牲にな……。
・『白髪の少年』
フェイトは、粉微塵になって、死んだ。
などという事実は無く、エンディングまでに肉体を再生できなかっただけ。
ネギが居なくなった為、何事も無く計画を発動させる事ができる。
※八月二十九日追記
と、思ったら計画の要らしいアスナが主人公に食われた為難しいかもしれない。
代案くらいは用意していそう。
・『農作業を手伝うフーさん』
カプセル怪獣。
普段着は軍服からふりふりレースのドレスへ変更。
主人公が四人分のご飯を作るつもりが無い為、作業終了後すぐに再び取り込まれる。
レギュラー化の予定は一切無い。
・『和ゴス』
発音的にショゴスに似ているが反逆したりはしない。
色々と大仰な説明が付いているが、別に邪神が封じ込まれている訳でも無ければ輝いている訳でもない。
その正体は、クロックアップで過剰に時間が加速され、どこか違う、何時か辿り着くかもしれない主人公の和ゴス職人としての可能性を拾い上げて作られたコズミックホラー設定な衣装。
でも姉のトリップ作業着である魔女見習いっぽい服には性能的に一歩も二歩も及ばない。
帰還後にサポAIにも同じような物が譲渡されるが、こちらは至って一般的な和ゴス服。
ただし、それでも異端の技術が用いられた窮極の和ゴスである事には変わりないため結構高性能。
醤油をこぼしてもカレーうどんのつゆを零してもシミにならない。丸洗いOK。雑に丸めておいても皺にならない。色落ちしない。糸がほつれない。縮まない。
頼れる主婦の味方である。
・『大仏アーマー』
バーコードファイターと仏ゾーン、どちらのアーマーを思い浮かべてもいい。
自由とはそういうものだ!
バーコードバトラー全五巻、仏ゾーン全三巻、全国の古本屋にて好評発売中。
自分も男の桜ちゃんが好きです。むしろ男だからこそ逆に興奮するのです。
携帯で読み取るバーコードを見て『バイオバーコードだ!』とか思った事のあるそこの彼方はきっと自分と同期の桜。ふたなりは滅び小学五年生男子妊娠が始まるのです。
あとユンボル始まりましたね。ウルティモともども今度こそ打ち切りにならずに完結して欲しいものです。
プリンセスゲンバーとかプリンセスダンスタンとかマジ勘弁な。
・『マジンカイザー50』
オリジナルより20メートルほど大きくなったマジンカイザー。
光子力エネルギーを一度超電磁エネルギーへと変換してから使用している為、オリジナルよりも馬力は落ちる。
取り込むのに必要なさそうな武装、ファイヤーブラスターと真・カイザーブレードは最初からオミットされていたため、ブレストプレートが溶けても戦闘行動に支障が出ない。
超電磁竜巻が耳からでなく腹から出るのはアレンジの時に主人公が思いついた一捻り。
リョウメンスクナを取り込む上で一番重要な機能であった為、剥き出しの耳では無くギガントミサイルの格納されていた頑丈なスペースに収納されることになった。
大仏アーマーが壊れるとこの形態になるため、一度だけ撃墜される事が可能。
・『名前が出てないけど調べると何処か分かる京都の名店』
京都行きたい。京都で美味しいもの食べたい。
京都行きたい。
・『トリップ土産』
なんか頑丈な木の杖。落ちてた物を拾ってそのままお土産にした。
魔法発動体ではあるらしいが、サポAIも主人公も身体そのものを発動体にできる為あまり実用性はない。が、主人公が持ち帰った土産である為にサポAI自身は結構喜んだらしい。
現在はサポAIの手により解体され、主軸は物干し竿に、サイドの出っ張りは孫の手に改造されている。
喜ばれてはいるが、サポAI的にはいかにもなペナントや安っぽいキーホルダー、生八橋の下あたりの扱い。
・『生八橋』
食べたい。
因みに主人公はチョコ派、姉はカスタード派、サポAIは抹茶派である。


とかなんとか書いている内に50000字をオーバーしてしまったので、今回はこれでおしまいです。他にもネタを紛れ込ませてあるので間違い探し的な楽しみ方をして貰えると嬉しいかもしれません。
それではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想などなど、心よりお待ちしております。






予定は未定で例によって見切り発車な上に他作品へのトリップになる可能性をも秘めた第三部予告。


「踊り続ける様に、土を掘り、地下へ潜る。
見えぬ叫びと共に、このショベル、全て込めて」
地上のいざこざ何のその、目指せこの世の不思議の秘密。
言うなれば原作放置ルート、互いに頼り、互いにかばい合い、互いに助け合う。
一人が二人の為に、二人が一人の為に。だからこそトリップ先で生きられる。
兄妹は恋人、兄妹は家族。
──嘘を言うな!
情欲に歪んだ暗い瞳がせせら笑う。
あたしも、あたしも、あたしもっ! だからこそ、お兄さんの為に死ねっ!

次回、第三部プロローグ兼第一話

『蘇生騎』

お米サイダーは実際に売られていたが、芋サイダーは未知の味。
お楽しみに。








なお、この予告編の内容は本編とあまり関係有りません。ざぁんねぇんでしたぁ。


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