白刃が煌めき、鋭い斬撃が幾度となく迫る。常の俺ならば反応出来ずに真っ二つにされているだろう超高速の斬撃。絶え間なく襲いかかってくるそれを避け、拳で逸らし、捌く。ひたすらに捌き続ける。
斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避、刺突、回、掠った、というより抉れた。首筋、常人なら動脈が切り裂かれて致命傷。常人ならば、の話だが。
「――なるほど、これは厄介よな」
血は出ない。当然だ、扱い慣れた形ということでヒト型を保持しているが中身は別物、そんな分かり易い急所は今のこの身体には存在しない。すでに斬られた跡も無い、再生速度も絶好調。
一歩動く度、敵の攻撃を眼で追う度、避けきれない斬撃をいなす度、この身体への理解が深まる。圧倒的な性能が自信になる。自信が過信に繋がっても負けないだけの性能がある。動きは大胆かつ精密になっていく。
小細工は要らない、というか無駄。こちらが相手に勝っているのは純粋な肉体の性能のみ、戦闘経験で圧倒的に劣るこちらの小細工は通用しない。
単純に回避と防御と攻撃を繰り返すのみ、それがベストな選択だが、攻勢に出れない。回避に専念し続けている。
「そらそら、避けてばかりではここは通れぬぞ!」
言われなくても分かってる!という言葉は呑み込む。声に出す余裕もあまりも無い。それに、最初から回避ばかりしているわけではない。
――通らないのだ、攻撃が。
こちらの攻撃も決して軽い訳ではない。だが、烏頭の斬撃を避けながらでは力の溜めにも限界がある。そして軽い攻撃は刀でいなされ逸らされてしまう。
かといって力を溜めた一撃を放とうと回避の動きを緩めたり距離をとったりすれば――
「ソォラ、ボヤットシテルトツブレチマウゼェッ!!」
迫る横薙ぎの一撃、鉄塊のような悪魔の剛腕、咄嗟のガードも意味を成さない。防御の姿勢のまま吹き飛ばされ、全身の骨が砕け散る。
空中を吹き飛んでいる間に全身の骨格を素早く再生、着地を狙って斬りかかる烏頭の顔面を蹴り、後ろに大きく跳躍。
烏頭にダメージ無し、俺にもダメージ無し、悪魔は言わずもがな。立ち位置は俺と烏頭が向かい合い、烏頭の後ろに悪魔。
「ふむ、千日手というものか。どうした?押し通るのでは無かったのか?」
「イヤ、ケッタイナカラダシテンナァ。コンナナンベンモカラダヲクダイタノハ、ニーチャンガハジメテダゼ」
近距離で烏頭の攻撃を避け続け、こちらの軽い攻撃は無効、俺と烏頭との間が空けば悪魔が拳で潰しに掛かり、吹き飛ばされた俺を烏頭が追撃、それを回避して振り出しに戻る。さっきからその繰り返し。
――なにが「勝ちにも行ける」だ!「負けはない」だけじゃ意味がないだろうが!
などと激昂しても意味は無い。この身体も大概インチキだが、怒って新機能が追加されるほど融通は利かないのだ。
切っ掛けが要る。恐らく、制限・封印されていた機能を使うには何らかの切っ掛けが必要なのだ。眠っている機能を呼び起こす強烈なショックが。
腕を切断されるという日常では起こりえないダメージにより、再生能力の制限が解除されたように、戦う為の力が、攻撃力が必要だと思わせるようななにかが必要。
怪力も超感覚も持久力も戦う為の機能ではない。この機能で戦えない訳ではないが、これらは現時点の危機的状況から逃げ出す為に解放されたもの、こんな怪物達と戦うには何もかもが不足すぎる。
攻撃の為の機能は間違いなく存在する。だが、機能が解放されない限りはどんなものかもどのような切っ掛けが必要なのかも分からない。
と、烏頭と悪魔の雰囲気が変わる。どこか楽しんでいる雰囲気が消え、辺りに張りつめた空気が漂う。
「……ふむ、刻限が迫ってきた。悪いが、次の一撃で極めさせて貰う――!」
「アンマジカンクウト、ホンライノケイヤクガハタセネェカラナ。ワルクオモウナヨ?」
動きを止め、構える烏頭と悪魔。距離がある、動きも無い。絶好の機会に見えるが、今ここで突っ込んではいけないという予感がする。
全力で殴りかかったとしてもこちらの今の攻撃力では一撃では倒しきれない。備えなければならない、最悪のピンチを最高のチャンスに変える為に。
烏頭が刀を振りかぶる。手にした刀がバチバチと帯電を始め、白刃に眩い稲妻が纏わりつく。刀の間合いからは離れているが、距離を無視できる技か。
「いざ――」
悪魔が両拳を撃ち合わせる。激しく撃ち合された拳の間から炎が溢れ、両の腕を紅蓮の炎が覆い尽くす。こちらも同じく遠い。しかし、なんとなく何をやるか分かった気がする。
「コイツヲクラッテ――」
そして俺は、防御の体勢――
いや、『攻めの体勢』を取る。これが反撃のタイミング、刺し違えることにはならない、こいつらの武器が纏うものを見て確信した。勝つ、勝てる。
「雷光の剣を受けよ!」
「ケシズミニナリナァッ!!」
――文字通りの必殺技。極大規模の雷が、超高温の炎弾が俺の身体を襲う。全身の神経を焼き切らんとする雷撃、再生の時間を与えぬまま灰にせんとする超熱量。
「――やったか?」
「イヤ、ヨウスガオカシイ。ナァンカ、イヤナヨカンガスルゼ……」
これがいい、とてもいい、かなりいい、すごくいい、すばらしい!
御誂え向きの攻撃、全身を駆け巡る雷が眠っていた機能を呼び起こす。身を焼く炎は攻撃力のイメージを強烈に喚起させる!
これが、これが!これが俺の!攻撃のイメージ!!!
―――――――――――――――――――
「ヤベェ!ヨケロアイボウ!!」
遅い無駄手遅れ。もう懐に潜り込んだ。この距離なら悪魔は手出しできない。
「――ぬぅうっ!」
回避が間に合わず逸らし切れないとみるや刀で防御の構えを取る。先ほどまでなら防御に専念されたらこちらには打つ手も無かっただろう。
しかし前は前で今は今、その防御はもはや意味をなさない。構えられた刀に対し鉤爪のように折り曲げた指先を叩きつける。指先から迸る新たに発現した力。
受け止めた烏頭の刀は、ジュッ、という音と共に一瞬にして刀身半ばから『焼き切られる』
そしてがら空きになった烏頭の顔面をもう片方の手で鷲掴み、頭蓋ごと脳を『蒸発させる』
断末魔の声を上げる暇もなく絶命し、力無くその場に崩れる烏頭の死体。まずは一体。
「テメェ……、ソンナカクシダマモッテヤガッタノカ」
「いや、今思い出した。ギリギリだ、ギリギリ。あんたらの必殺技が無ければ出せなかった」
指先から突き出る光の爪、その正体は雷と炎の与える今までにないショックにより発現した『プラズマ発生装置』により指先から噴出するプラズマジェット。
プラズマクローとでも名付けるか。見た目的にはまんまガリィのあれだが、機甲術は使えないのでザパン寄りか?しかし残念ながらプラズマ火球を飛ばせるほど器用では無い。
烏頭も肉体を何らかの方法で強化していたようだが、防御にはあまり力を入れていなかったのか、なんの抵抗の無くぶち抜けた。
いや、防御を重視した強化であってもそうそう防げはしないだろう。数万度の超高温プラズマの奔流だ。耐えられる生き物の方が珍しい。
仮にこいつらが古式ゆかしい妖怪変化の類でなく、イマジノスボディの怪物だったなんて超展開が起こったとしても問題なく焼き切り溶かすことが出来る。
「さぁ、どいてくれ。烏頭が居ない今、鈍重なあんたは大きいだけの的。見逃して俺を行かせてくれるなら殺す必要も無い」
残った大柄な悪魔に言う。聞きとり難い喋りをする奴だが、ここで意地を張るほど非合理な考え方をするタイプではないだろう。
というより、そうしてくれた方がありがたい。こちらの手札は割れている、倒せない相手では無いが時間がかかるかもしれない。時間をかければそれだけ姉さんを見つけるのが遅くなってしまう。
「ソノヒツヨウハネェナ。テメェハココデオシマイダ」
その悪魔の一言と共に、虚空から新たな異形が湧き出る。巨大なもの小さいものヒト型のものそうでないもの、ゾロゾロと霞の如く湧き出し続け、辺り一面を覆い尽くすほど。援軍か。
「アイボウガヤラレタナァオドロイタガ、コンダケノカズヲアイテニシタラ、ドウカナ?」
――これはまずいか?いやいや、冷静に数えてみればせいぜいが50か60そこら、やってやれない数じゃない。そう自分に言い聞かせ、萎えそうな心をそう奮い立たせる。
やれなくてもやるしかない。ここを切り抜けて姉さんを探す、その為の障害物が増えただけ。なんとしても片付ける!
指先だけでなく手のひら、肘、膝、つま先、踵からもプラズマを出せるように体を組み替え、今出せる最大攻撃力の手数を増やす。低く深く身体を沈め、獲物に跳びかかる直前の獣のような体勢をとる。
こちらが構えるのを見た悪魔が仲間に目配せ、それに合わせ一気に仕留めるべくこちらを取り囲む異形の群れ。
一触即発、こちらもあちらも動こうとした、その瞬間。
麓の集落から放たれた極太の破壊光線により、俺達はまとめて吹き飛ばされた――。
―――――――――――――――――――
自分のピンチに、父親は必ず助けに来てくれる。そう信じながら幼い少年は日々を過ごしていた。
そんなある日、村は悪魔の群れに襲われる。村にはそれなりに腕の立つ魔法使いが多く居たが、どこからか召喚された悪魔達はそんな魔法使い達の魔法をものともせず、次々と村人を石に変えていく。
――ぼくのせいだ、ぼくがピンチになれば、お父さんが帰ってくるなんて思ったから――!
「とか、そんなこと考えてそうな顔してるわねぇ」
目の前には女性と老人の石像の前で泣きながら初心者用の魔法の杖を構えて、必死にこっちを威嚇している幼児。
「杖を向けるのはいいけど、うざったいから泣きやみなさい。目障りだわ」
この現状、周りの状況から考えるに『ネギま』の世界。この状況には何度も出くわしたから確実。
うろ覚えだけど、この石像になったお爺さんと女性が悪魔からネギを庇い石化、次に現れた悪魔にネギが潰されそうになり、颯爽と最強キャラであるナギが登場!という場面なんでしょう。本来なら。
でも、未だにナギ・スプリングフィールドは現れていない。原作の世界ではナギに拳を片手で受け止められて瞬殺される運命にある悪魔は、すでに私の後ろで寸刻みの細切れ肉になっている。
距離が近すぎたのか、処分する過程で少し盛大に血を浴びてしまった。よくよく考えれば眼前のネギ少年が異常に怯えているのは私が血まみれなせいかもしれない。どうでもいいことだが。
――いらいらする。こんな十把一絡げのイベントに関わっている暇があるなら、今すぐにでも卓也ちゃんを探しに行くべきなのに――!
だけど、そうもいかない。これはお仕事、今後も卓也ちゃんと私が暮らしていくために必要である以上、責任は放棄できない。
たぶんここは『ナギが間に合わずにネギが悪魔に殺されてしまう世界』だ。
どれほど遅れてやってくるのかわからない、しかし、無事にネギ少年をナギに引き渡すまではここを離れられない。
私もこうしてただネギ少年と向き合っている訳ではない。睨みをきかせて余計な事をしないようにしているだけに見えるかもしれないが、ここら一帯の悪魔の掃討もついでにやっている。
すでに半径200メートルほどの範囲に生きている悪魔は存在しない。新たに現れた悪魔もすべて、原型を留めないほどに切り刻まれ潰されねじ切られ焼かれ腐り弾けて死んでいく。
どのような技で悪魔どもを処分したか、と聞かれてもいまいちわからない。体が覚えている技を片手間に放っているだけなのだから、いちいちどの技を使ったかなんて考えたりはしない。
鋼糸やら単分子ワイヤーやらピアノ線やらで、範囲内の人間以外の動くものを片っ端から切り刻んではいるが、それが死神執事からコピーしたものか元天剣からコピーしたものか不気味な泡からコピーしたものかは考えていない。
合間合間で範囲魔法も撃ってはいるが、ディスガイア系かサモナイ系かDQ系かFF系かリリカル系かそれ以外のものか実は魔法ではない何かも撃っている気がするが、やはりいちいち考えていない。
何十何百何千という異世界の技の細かい違いなど覚えていない。そんなことをいちいち気にするのは精々トリップした世界が十数種類までの初心者だけだ。
数を重ねるごとにそんな誤差みたいな違いは気にならなくなる。魔力というエネルギーを効率的に運用するための技術云々だろうがアカレコに至る為の云々だろうが大気中のナノマシンに働きかけて云々だろうが関係ない。
適当にぶっ放して敵をまとめて吹き飛ばす。人質を避けて敵だけ叩き潰す。魔法やそれに準ずる技と相性がいいから使っているだけで、なんならバズーカでも狙撃銃でもなんでもいい。
――そう、私こと『鳴無 句刻』は多重トリッパーだ。それも最強系と呼ばれるカテゴリに分けられるタイプの。
小さいころから一方的に異世界に召喚されてはチート能力を与えられ、戦いながらその世界で日々を過ごし、またある日元の世界に送還される。そんな日々を過ごしていた。
召喚された先の世界には何かしらの不備があり、それをなんとか修正して辻褄を合せるのが、私が異世界トリップする理由らしい。もちろん報酬はある。
この修正が上手くいけば送還までのロスタイムでその世界ではやりたい放題だ。送還への時間もそれなりに融通が効く。
まだイベントの発生していないダンジョンなり何なりに潜って本筋には関係ないお宝は奪い放題。お家にお金を入れることができるし、他にもいくつかの特典が付く。
話がそれた、つまりなにが言いたいかというと、この世界では私はどのような役目を負っているかということ。
いつものパターンなら適当に時間をナギがくるまで時間を稼いでおくというのが通例なのだけど、遅すぎる。
これだけ時間を稼いでもナギが来ないということは、時間を稼ぐだけでなく、更に悪魔を殺し尽くしてネギ少年を安全な場所まで運ばなければいけないのかもしれない……。
「――あんた、何者だ?」
考え事をしている間にようやく主人公の父親が現れた。遅れて来た割には無駄に偉そうな聞き方。いや、少年誌の主人公タイプの人間なんてこんなものね。血迷って攻撃してこないだけまだマシかも。
まぁ、こちらにも誤解される要因は無いではないし仕方ない。血まみれで過剰装飾気味な仕事着(全体的に尖ったデザインの魔法少女服)で、しかも自分の子が杖を向けている。
それでも攻撃してこないのは、私の魔法や糸がここら一帯の悪魔を処理し続け、なおかつネギ少年や周りの石像まで壊れないように見てあげていることに気付いたからこそでしょう。
「あら、私がいなければ今頃この子、ペシャンコの潰れたトマトみたいになっていたのよ?遅れて来た分際でありがとうの一つも言えないなんて、礼儀がなっていないのね」
言いながらもワイヤーを回収して立ち去る準備をする。早く卓也ちゃんを探しに行かないと。
「あ、あぁ悪ぃ。ってどこ行くんだよアンタは!」
「あなたが来たなら私がこの子を守る必要は無いわ。私は私で探さないといけない人が居るのよ」
それだけ言い残し返事も聞かずにその場を飛び去る。卓也ちゃんの反応は山の中腹、卓也ちゃんの体のことを考えれば死ぬ心配だけは無いけれど、万が一を考えて急いだ方がいいかもしれない。
飛びながら考えていると、ネギとナギの周辺に大量の悪魔が再び現れる。しかし腐っても原作最強キャラが居るのだ。なんの心配も無い。
ほら、今も原作のワンシーンを再現するかの如く、悪魔の拳を遮り、超威力の砲撃っぽい魔法、を……?
「卓也ちゃん!!」
馬鹿が放った魔法は悪魔を消滅させ、そのままの勢いで山に直撃した。よりにもよって卓也ちゃんのいる辺りを巻き込んで、だ。
万が一の可能性が見事に的中してしまったかもしれない、私は飛行魔法の速度を上げ、高速で魔法の着弾地点に向かった。
―――――――――――――――――――
――これは、流石に死んだか?
謎の破壊光線に巻き込まれ、周りの悪魔も全員死んでいるのか瀕死なのかもわからないレベルにまでダメージを負ったようだ。
俺も、腕が切断されたとかそんな生易しいレベルのダメージではない。とっさに飛び退いて回避しようと抵抗したが無駄だった。
脚は無い、というより下半身が存在しない、では内臓がはみ出ているのか? 残念なことに内臓も無い、辛うじて肺が少しだけ残っているかいないか。
そう、胸から下はほぼ消滅してしまった。心臓も無いというのに動いていられるのは不思議だが、それも長続きはしないだろう。
再生するにもパーツが足りない。これで生命?を維持できるかとなると流石に望み薄だろう、年貢の納め時か。最後は姉さんの膝枕が良かったなぁ……。
だんだん目も霞んできた、あぁそうだ、姉さんの安否も確かめられないまま、というのが無念だ。せめて一目でも姉さんの無事を確認したかった。
だめだ、もう、いしきが、うすれて……、
じぶんが消えていく、くらい、くらい場所にしずみこんで、ばらばらに崩れていく。
これが――死か――
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
どこだ、ここは。
死んだのなら、天国か地獄か。
ぞる、ぞる、ぞる、ぞる
みち、みち、みち、みち
ごきん、ぼり、ぐし、がしゅ
ぶち、ごり、ずりゅ、ぐぢ
ぎち、ぎち、ぎち、ぎち
ひどい音だ、地獄かもしれない。今まで正直にそしてそれなりに誠実に生きてきたつもりだが、死に際に正真正銘の化け物になんかなるから、死後は地獄で働かされるのかもしれない。
いや、地獄で責め苦を味あわされるよりは責め苦を与える方がマシか。さぁ、今日も朝から血の池地獄をひたすらかき混ぜ続けるだけの仕事が始まる……。
そうなると上司は閻魔様か。某ヤマザナドゥみたいに可愛らしければ働く意欲も増すのだがどうだろうか。とりあえず最低限「シャクを奪われて仕事ができん!」 みたいな粗忽者でなければ文句は無い。
――なんて考えるが、自分が死んでいないことはとっくに分かっている。この気持ち悪い音の正体もだ。嫌な予感というか確信がある、この音を出しているのは俺の身体だ。
正直に言おう、見たくない。目の修復はとっくに終了しているので瞼を開ければ簡単に見られるのだが、気遅れしかしない。
とはいえ、見ないわけにはいくまい。意を決して瞼を開ける。
「……うぇ、ひっっっでぇ…………」
予想通りで想定内で何のサプライズも無い光景、見るも無残な地獄絵図。
まずは見渡す限りの破壊痕。森の木々はほぼ残らずへし折れ砕け散り地面は無残に抉られ、俺と悪魔どもを吹き飛ばした謎の破壊光線の威力を物語っている。
そしてそこら中に散らばっている悪魔の死体。大方の死体は元の悪魔の数がわからないほどバラバラ。大型のものはある程度形を残しているが、それでも無事な悪魔は一体たりとも存在しない。
いや、最初に現れた大型の悪魔が動いた。しかし明らかに瀕死、身体の半分を吹き飛ばされ立つこともできないでいる。その悪魔が、嗤う。
「ハッ、オレモツクヅクウンガネェ。サイゴノサイゴデコンナオチタァナ……」
「…………」
瀕死の悪魔に、悪魔どもの破片に、無数の触手が絡みついている。先ほどから聞こえる異音の正体はこれだ。『俺の身体から伸びた触手』が、悪魔の死体を食らっている。
肉片の海を這いずり、悪魔の肉を、血を、骨を、臓腑を、余すことなく貪り尽くそうと蠢き、啜り、噛み砕き、飲み干す。目の前の、まだ生きている悪魔さえ。
「……テメェ、ドコノバケモンダッタンダ? サイゴニ、ナマエクレェオシエロヨ」
「さぁ? 教える義理も無いだろ、そんなの。それも、今すぐ死ぬような相手に」
俺の返事を聞き、何がおかしいのか笑い出す悪魔。しかしその笑い声も次第に小さくなり、消えた。
触手の侵食が脳に達したのだろう、笑い顔のままの顔はぐじゅりと崩れ、俺の肉体の一部に組み換えられる。
これで話すことのできる相手も居ない。辺りに散らばっていた死体と触手は最早元の形を失うほどに混ざり合い、俺の身体の欠損した部分に纏まりつつある。
戦いの興奮も覚め、冷静になった頭で考える。今まで考えずに済んでいたことを。
俺は烏頭を殺した。ヒト型で会話もできる相手を殺してもなにも感じない。死体を、先ほどまで話していた相手のそれを喰らって、なんの嫌悪感も抱かない。これが当然の機能だと納得してしまう、それに恐怖すら抱けない。
俺の身体は人間のものではない。ここの戦いで理解した。だが、頭の中身まで化け物なら、俺は何者なのだろうか。
化け物の身体と精神、これでも俺は、姉さんの弟だと胸を張って言えるのだろうか――
「――――卓也ちゃん」
後ろから声が掛けられた、姉さんの声。最後に見た時と同じ衣装を、何かの血で真っ赤に染めた姉さんが、空に浮かんでいる。
顔にも髪にも服にも、乾いた血を大量にこべりつかせたまま、こちらにゆっくりと降りてくる。あれは姉さんの血では無い、見ただけで分かってしまう。
俺の方はどうだろう、服はズタズタ、身体の欠損部分の修復は未だ終わらず、あちこちが歪なままの姿で座っている。こんな姿を見ても、姉さんは何も言わない。
知っていたのだろう、この身体の事を。いや、多分俺よりも深く知っている。俺が化け物であることを、化け物になっていたことを。
「姉さん、俺、俺は……。」
何を言うべきか、言うべきことも言いたいことも山ほどあるのに舌が回らない。頭の中もぐしゃぐしゃに混乱して考えが纏まらない。目の前の光景が滲む、どんな顔を向ければいいのか。
――不意に、抱きしめられた。乾ききっていない化け物の血の臭い、そして、何時もと変わらない、姉さんの体温。
「帰りましょ? 私たちのお家に」
「あ……、ねえ、さん……?」
抱きしめられ、子供をあやすように背中をぽんぽんと叩かれる。緊張の糸が解れ、身体から力が抜ける。
「帰って、休んで、それからお話しよ? ……お姉ちゃんね、大事なお話があるの」
肉体的な疲れが無くとも、精神的な疲労が溜まっていたのだろうか。安心したら急に眠気が襲ってきた。
「ふふ、眠たい?いいわよ、後は帰るだけだから。おやすみなさい、卓也ちゃん……」
ありがたい、もう意識を保てる自身が無い。姉さんにもたれたままというのが情けないが、今は少し眠らせてもらおう。
「ねえさん、おや……す……」
そうして俺は、意識を保つ努力を投げ出した。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「という、夢を見たんだ」
「夢じゃないわよ?」
目覚めと同時、俺の布団の隣に座ってこちらを見つめていた姉さんに夢オチを希望するが無慈悲にも一瞬で却下されてしまった。おぉ、無残無残。かくして俺の儚い希望は打ち砕かれたのであった。
因みにここは寝室。姉さんはすでに風呂に入って着替えたのかラフな普段着、俺も眠って(気絶して?)いる間に洗われて着替えさせられたようだ。
あの服は割とお気に入りだったが、もう襟元がわずかに残っているだけの襤褸切れ同然だったので処分されたのだろう。
「……」
「……」
無言で見つめあう俺と姉さん。なんとも言えない沈黙が流れる。
そういえば沈黙が流れるという表現はどことなく『そこには「誰も居ない」がいる』に通じるものがある気がするが、ここは矛盾都市では無いのでただの無音。
なら『誰もいない』が存在するようにあの都市なら『沈黙』というBGMでも流れてくるのだろうか。
意表をついて、擬人化された沈黙が空中をふよふよと流れていく間抜けな光景が拝めるかもしれない。
思考を本題から逸らしまくっていると、姉さんの方から口を開いた。
「ねぇ卓也ちゃん、具体的にどの辺りが夢なら良かったの?」
「…………最後の辺り。」
二十歳もとうに過ぎた大の男が家族の前で目ぇ潤ませた挙句に抱きしめられて安心、そのまま眠ってしまう。これは酷い醜態を晒してしまった。
「初めてならそんなものよ。全然恥ずかしいことじゃないわ」
「……姉さんは、慣れてそうだよね」
なにやら卑猥な会話に聞こえるかもしれないがそれは考え過ぎだ。「童貞とベテラン」とかAVみたいなタイトルを付けてはいけない。
「お姉ちゃんは大ベテランだもん」
「それだ! 今回のこれはいったいなんだったのさ」
歪んだ部屋、飛ばされた先、悪魔(一部妖怪あり)の集団やら、姉さんが空を飛んでいたことやら、聞きたいことは山ほどある。あと謎の破壊光線も。
「え?聞きたいのはそこ?卓也ちゃんの身体についての秘密とかは?」
「いやそれはもう大体わかった」
この身体の由来やらなにやらはわからない。しかし今現在の大体の性能やら機能やらは使いながら覚えた。
というより、そうでなければあの悪魔やら妖怪やらとの戦いを切り抜けてここに居られるはずが無い。
「さ、そんなことはいいからキリキリ説明してくれ」
「そんなことって卓也ちゃん……。はぁ、まぁいいかな。分かりやすく話すとね――」
……………………
…………
……
「――というわけなの」
「はぁ、そりゃまたなんとも……」
異世界トリップにチート能力、荒唐無稽な話だ。しかし、あれだけの体験をしたのだから信じないわけにはいかない。
しかしあの砲撃が例の魔法先生パパの魔法攻撃だったとは、我ながらよく生き残れたものだと思う。いや直撃していたら終わりだったか、身体の半分以上が消滅していたのだし。
「でも、それって隠し通すこともできたよね? なんで教えてくれたのさ」
「ん、ここからが本題なの。心して聞いてね?」
姉さんのこれまた長く微妙に分かり辛い説明が始まった。
かいつまんで言えば、今回の件がきっかけで俺は姉さんのトリップに巻き込まれて異世界に飛んでしまう体質?になってしまったらしい。
今までは騙し騙しなんとかやっていけたが、こうなってしまっては隠し通しようが無い。こうなったらトリップ先で不自由しないように、事情を説明して鍛えてあげようと思ったらしいのだが……。
「卓也ちゃんを鍛えてあげたいのはやまやまなんだけど、今のその体だと鍛える鍛えない以前にもろ過ぎるのよねぇ」
「もろいって姉さん、俺もそこそこやれてたと思うんだけど……」
「そこそこじゃ駄目よ。はっきりいって今回のトリップは難易度としてはかなり低い方になるわ」
それこそナギの魔法みたいなレベルの攻撃を、けん制として大量にばら撒いてくるザコ敵が腐るほどいるとのこと、次元が違い過ぎる……。
「足手まとい一直線かよ……」
「今は、ね。だから卓也ちゃんには強くなってもらうわ。お姉ちゃんらしいやりかたでね」
無力感にガックリとうなだれる俺に、姉さんは不敵に微笑み、告げる。
「修行の旅(トリップ)よ!」
―――――――――――――――――――
俺の部屋に移動し、姉さんは改めてこちらに向き直る。
「さて、卓也ちゃんはその身体のことを『大体わかった』なんて言ったけど、その身体で強くなるために一番重要な機能を理解できていないの、なんだか分かる?」
「わかったらこんな問答にはならないってことだけは分かる。教えてくれ姉さん」
「だーめ、少しは自分で考える努力をしなきゃ。ほらほら答えはー?」
断られてしまった。とはいえノーヒントという訳でもない、ネギま世界での戦いの中でこの身体が発揮した機能がヒントだろう。
超再生ではない、これは基本的な機能でしか無い。重要というか、ダメージを気にせず大胆に動けるのは利点の一つだが、強くなるという点ではあまり関係ない。
持久力に怪力に超感覚は間違いなく違う。ではプラズマ発生装置?これも違うか。
もしかして『アレ』か?……微妙だ。あれは多分弱った相手にしか通じない。そうでなければ戦闘中に目覚めてもよさそうなものだし……。
「降参?もう答え合わせしちゃう?」
姉さんが嬉しそうに急かす。自分で考えろと言ったくせにめちゃくちゃ教えたそうにしている。ええい、破れかぶれだ!
「もしかして、触手?」
自信が無い。しかし可能性としては一番高いような気もする。戦闘用の機能でも無いし、わざわざ相手を捕食するだけなら触手なんて出す必要が薄い。多分俺の知らない機能がある、かも。
あ、触手が自分でも知らない機能を発揮ってなんだかいやらしい!
ヌメヌメした液体が出てきたら倫理面でアウトだなこれは。『姉さん、なんだか触手がムズムズするんだ……』『あらあらうふふ♪』みたいな。
「惜しい!正解は……って、どうしたの卓也ちゃん変な顔して」
「ごめん変なこと考えてた」
「あらあら。でも今は真面目な話だから、ね?」
「ん。で、答えは?」
優しくたしなめられてしまった。気を取り直して答え合わせ。
「触手はこの機能の補助でしかないの。答えは『融合捕食』、聞いたことあるでしょ?」
「なんと。ここでアプトム!」
融合捕食!そういうのもあるのか。そうかそうか、そうなると話は違う。このエロ目的にも見えていた触手がバトルクリーチャ―のステイタスとして立ち上がってくる。
「そうアプトム。卓也ちゃんはこれから仲間の敵とか言いながらいたいけな少年とその友人をストーキングしたり護衛したり、あちこちで裸体を曝したりツンデレしたり、『もう分かってる筈だぜ』とか自分に問いかけたり、雪が降る度に『心配するな……』とかロマンチックになぎゅっ!」
「ネタ振っといてなんだけど話が進まないから止めるよ?」
「あぅ、ひどい……」
長くなりそうなセリフを頭部へのチョップで中断、涙目で抗議してくる姉さんだが、すぐに立ち直り説明を再開した。
「ま、まぁつまりはそういうことね。適当に悪魔なり妖怪なりを融合していけば、対象の能力を取り込み強化して強くなれる」
「定番だね」
となると、あの烏頭やらでかい悪魔やらの必殺技も使えるということか。名前も知らない有象無象の悪魔の力も。
「この能力を自覚した以上は問題なく捕食した相手の力を使える筈よ。ネギま世界の悪魔を取り込んだわけだし、基本的な魔法なら使えるんじゃないかなぁ。」
「…………うん、分かりやすいのなら大体は大丈夫」
例えば認識阻害は使いようだろう。悪魔が使う魔法だから人が使う魔法とは大分様式が異なるようだが内容は似たようなものだ。
「で、ここからが重要なんだけど、卓也ちゃんの身体は魔法寄りの能力よりも、科学寄りの能力との相性が良いの」
「相性?」
「そ。例えば魔法の矢を撃った場合、元の性能が1として、卓也ちゃんが取り込んで強化して撃てば1.1くらいになる」
ポテトチップスの期間限定増量みたいに煮え切らない倍率だな……。
「でも、例えばジムを取り込めばガンダムに、G3マイルドを取り込めばG4に、数打を取り込めば真打に匹敵するほどに強化できる!」
「おお!」
最後のはわりとファンタジーっぽくなかろうか。だが凄い!
「そんなわけで、私が卓也ちゃんをそれっぽいのがある世界に送るのには媒介――、つまり原作が必要なのよ。ドラマでもゲームでもアニメでも小説でも漫画でも」
因みに姉さんは任意で他人をトリップさせることもできるらしい。今では死体がある程度残っていれば蘇生もできるとのこと。さすが、トリップ回数四桁は伊達ではない。
「ああ、それで俺の部屋」
「うん、私の部屋にも無いじゃ無いんだけどね」
難易度がねぇ……と苦笑いを浮かべる姉さん。姉さんはでかくて派手な破壊力過剰作品を割と好む。初めてトリップするには巨大ロボ系は難易度が高い。
流石にガンバスターや真ゲッターの世界では何か取り込む前に死ぬだろう。ゼオライマーも同上。
となると、できれば今の俺でもどうにかできる、等身大の変身ヒーロー系が好まれるのだが……。しかも中盤から終盤で巨大とは言わないが中ぐらいのロボが出てくると次に繋げ易い。
「じゃあこれ?」
と言いながら先日密林がら届いた十周年記念作品の木箱を見せる。筆字で書かれたタイトルがいかにも勇ましい。
これの主人公は意外とお茶目で、同会社の某アンドロイド主人公に次ぐ萌え主人公かもしれない。賛成意見があるかはわからないが。
「――卓也ちゃん、ここでボケはいらないわ」
「ごめん」
しかもまだ途中までしかプレイしていない。剣術もできないので永遠に保留。これはヒーロー(英雄)の物語でも無いしね。
「そっちじゃなくて……、これよ」
と言いながら見せてくるのは、未来の独逸を舞台に主人公が雑魚相手に無双したり眠ったりチャンプがビッチに騙されたり主人公が眠ったり医大生が恋人を失ったショックで裸足になって諸国漫遊をしたりする変身アクションモノ。
最終的には3D酔いしそうな空中戦が増えてくるあたり修行にもうってつけ。雑魚の多さでは平成仮面ライダーに勝るとも劣らないので相手にも事欠かないだろう。
「これの雑魚なら今の卓也ちゃんでもなんとか無双できそうじゃない?」
「……刺し違える覚悟でいけばなんとかなるかもだけど……」
「『刺し違えても問題ない』のよ。刺し違えられて問題があるのは刺されて死ぬヤツだけ、卓也ちゃんは刺されてもまったく問題ないでしょ?」
「なんだかんだでけっこう痛いんだけどね……」
しかし雑魚を取り込めば主人公にもラスボスにも変身できる可能性がある。痛いだけで一気にラスボス級へのステップを踏めるならありかもしれない。
「ウインナー美味そうだしなぁ。飯食うシーンないけど」
「お土産忘れないでね?ジャガイモ以外で」
行ったら観光もしてくることが前提らしい。ストーリーの流れ的に潜伏期間も長いので時間的に余裕がある。
「あ、じゃあこっちから入ろう」
小説版。時間的余裕と、あとは潰しても現地人に発見されにくい雑魚がいっぱい居るとくればこれだ。原作のプレ編みたいなものだがそんなに昔の話でもない。
せいぜい原作開始の数か月前か。ここで雑魚を取り込んで用意を整えておけば中盤から終盤にかけてロボを取り込む余裕が出てくる。
「……ぁあー、あったわねぇそんなの。微妙に設定が違う気がするけど」
「どうせ些細な違いだよ。本筋は変わらないし、これから始めれば軍資金も手に入る」
というより、小説版で用意を済ませれば原作の序盤は完全に見物だけで済む。ぶっちゃけ観光というか食い歩きができるし、原作キャラの死がどうとかは気分が重くなるから関わりたくない。
「じゃあ、これにする?」
「どれ選んでもケチが少しもつかないなんて話は無いしね」
「そうね、じゃあ、旅の準備をしましょうか!」
「カバンどこにしまったかな……」
これから異世界トリップだというのに生々しい話だが、数か月も家を離れて旅をするのだ、着替えにある程度の路銀と生活用品、念のために寝袋の類も入れておく必要がある。
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いろいろと大量にあった荷物がなんだかんだで旅行鞄一つに収まるのだから不思議だ。この収納術はトリッパーならずとも旅行者や冒険家には必須スキルなので戻ってきたら教えてくれるとのこと。
着替えも終えて旅支度は万端。机の上に積まれたDVDと小説の前にはいかにもそれっぽい様式美溢れる光輝く魔法陣。
これを通って異世界――作品世界にトリップする。帰りは最終回の途中辺り、最終回ラストまで待つと『―そして5年後―』に巻き込まれるから妥当なところか。
ちなみに、トリップ先とこの世界の時間が流れる速度の差ははまちまちだが、大体こちらの世界に原作がある世界は時間の流れが速く、トリップ先での数か月がこちらの世界の一~二日程度らしい。
「機械の類は卓也ちゃんが身体に取り込んでしまった方がいいから、向こうでもそうしてね。ハンカチ持ったよね?」
「うん」
一緒に準備した筈なのに妙に心配してくる。ハンカチは持ったか、なんて聞かれるのはいつ以来か。いつもならハンカチでなく手ぬぐいだ。
「……ごめん。お姉ちゃんね、卓也ちゃんに酷い事してるって分かってるの」
「……」
うつむきながらの謝罪。唐突だが、何を言いたいかは分からないでもない。
確かに酷いことかもしれない。トリップ先で何かを取り込む度に俺の身体は人間離れしていく。いや、実際は既に人間では無いのだが、より『人間らしさ』からは遠ざかっていくのだろう。
「いいよ、別に」
でも、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。
「よくないよ!そんな身体にしちゃったのはお姉ちゃんで、なのに『もっと強くなれ』だなんて言って……!」
姉さんは落ち込む時はとことん落ち込む癖がある。ここでどうにかしないと落ち込みっぱなしの姉さんを放置して向こうで何か月もやきもきし、帰ってきても落ち込んだ姉さんの顔に出迎えられる羽目になる。それはつらい。
姉さんには笑顔の方が似合うし、しばらく会えない(俺視点での話だが)のだからできれば笑顔を記憶しておきたい。
それに、そんなことを負い目に感じては欲しくない。たとえ人間で無いのだとしても、それが不幸に即繋がるわけじゃない。少なくとも俺にとっては。
「どうでもいいよ。俺は姉さんの弟で、姉さんは俺の姉。俺にはそれだけで充分」
「卓也ちゃん……」
ガキの頃の事故以来、姉さんはどんな状況でも俺に対しては『お姉ちゃん』という一人称を使う。文字通り何時でもどんな状況でもだ。
中学のころに子供っぽいし恥ずかしいと抗議したこともあるが、『お姉ちゃんは卓也ちゃんのお姉ちゃんなんだから』とごり押しされて直してもらうのは諦めた。
考えてみれば理由は分かる。けじめのようなものだろう。俺を人間ではなくしてしまったことに対しての。
どんなことがあっても俺の姉であると、俺がどんな化け物になっても姉さんは姉さんでいてくれるという誓い。
極端な話、俺が仮にゲッターロボやバスターマシンになっても姉さんは姉さんでいてくれるだろう。七号になったら弟でなく妹だろうという意見はひとまず置いておく。
だから俺は、安心して強くなれる。レベル的にまずは目指せコオネ・ペーネミュンデ。やることはアプトムか狗隠かってところだが。
「…………」
姉さんはまだ俯いている。今のは慰める言葉としては不適切だったか?仕方ない、向こうで美味いやら珍しいやらのお土産をたくさん買ってそれで慰めてみるか。
「じゃあ姉さん、行ってきます。お土産楽しみに待っててね」
言い、魔法陣の外枠?に手をかける。魔法陣を通り抜けた指先の感覚が不気味だ……これに頭を突っ込むのは意外に勇気がいるかもしれない。
魔法陣に頭から入るか足から入るかで迷っていると、不意に肩を引かれ振り向かされる。至近に姉さんの顔、そのまま更に接近し――
激突。前歯に衝撃が走る。
「~~~~~~ッッッ!」
地味に痛い。手足を切断されたり全身を砕かれる痛みとは違う、不意の一撃。
目の前には口元を押さえて涙目で苦笑いの姉さん。前歯と前歯の激突で唇を切ってしまったのかもしれない。…………前歯と、前歯?
「いたた~、失敗しちゃった……。」
顔をほのかに紅く染め、舌をちろりと出しながら誤魔化す姉さん、そのまま後ろに――魔法陣の中に突き飛ばされる。
「いってらっしゃい、卓也ちゃん。おみやげ、楽しみに待ってるね♪」
魔法陣に落ちる寸前、笑顔でこちらを見送る姉さんの姿が見えた。いける、これなら間違いなく数か月は頑張れる。
――頑張ろう。期待を裏切らない強さを手に入れて、それでいて土産も忘れないように。
落ちる。水ではない何かに満ちた、海のような空間を落ちていく。上に自宅側の魔法陣、下にもうひとつ、作品世界側に開いている魔法陣が見える。そしてその向こう側の風景も。
さびれた郊外、空気も治安も悪そうな地域だと一目で分かる。いかにも何かしら出てきそうな雰囲気。
――というより、もう出ている。俺の最初の標的、金属質の装甲で身を覆った動く屍。肩慣らしと経験知稼ぎ、そして鎧にも武器にも脚にも化けてくれる恰好の素材!
珍妙なデザインの(言っておくが断じて日本車では無い)バイクを引いた血色の悪い青年を狙いにじり寄っていた。
「小説版のまさに最初のページかな?」
口元がニヤけてしまう。これぞ絶好のチャンス。3匹もいるなら1、2匹いただいても支障はあるまい、やもすればそれで暫く分の目的は達成できてしまうのだから。
さて、ぼうっとしてるわけにはいかない。屍どもの注意を惹かねば、目の前のバイク野郎なんか無視して、こちらをまっしぐらに目指してくれるように。
生身でなく、機械でもなく、それでいてどちらでもあるこの身体。人を襲い、機械を取り込みたがるお前らには分かるだろう?どっちが美味しい餌か!
スイッチ、スイッチ、スイッチ!身体の作りを単純かつ強靭に、不要なパーツを溶かし潰し、戦闘に適した身体と心へ移行させる!
変わる、替わる、換わる、人間『鳴無 卓也』から、貪欲に力を求める一個の怪物へ!
――そして、作品世界の魔法陣に触れる。準備は万端、凄い俺落ちながら変態完了した――!!
出現地点は高度にして20メートル、浮遊感とともに湧き上がる止めどない高揚感は憧れの異世界への期待からか目の前(下?)の力への欲求からか。
「―――――――――――――――――っ――――――っ!!!!!」
声にならない歓喜の絶叫とともに、俺のトリップは幕を開けた。
次回へ続く
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あとがき
やった!ネギま編完!ブラスレ編始まります。
因みに『召喚された悪魔とか妖怪って致命傷受けると消えるんじゃないの?死体が残るはそれを取り込むは、このおバカさぁん!』という突っ込みがありそうな予感がするので弁明。
原作でネギがアスナに過去を見せた話、ナギが悪魔の首をへし折るシーン、ナギの下に大量の悪魔の死体が積み重なっています。
これ確認する為に古本屋巡りをして該当シーンが載ってる単行本を探し、結局見つからずにネカフェで確認したので間違いありません。
京都編で大量に召喚された妖怪どもとは召喚魔法の形式が違ったのではないかなーと勝手に判断しました。でもネギま原作でその辺の設定とかフォローされてるなら情報お願いします。全巻を端から端まで読み込んだわけではありませんので。
正直主人公がピンチになって覚醒して吹き飛ばされて瀕死になるのに最適なシチュだったから村襲撃の話にトリップしたわけで、よっぽど気が向かない限り再びネギま世界に行くことはありえません。
ネギまといえばハレムぅとか原作キャラとのカップリングが無いと話にならないしなぁ。主人公はガチシスコンの変態さんなのでよく知りもしない中学生相手にラブ米とかできません。
やっても一回二回他の世界挟んで強くなった辺りで京都編途中あたりにトリップして、生八橋食べつつ京都観光、ついでにスクナ相手に無双してエヴァの出番を横取りしてスクナを取り込んで颯爽と帰っていくとかそんなんだと思う。
で、簪とか姉にお土産で買って帰ってイチャイチャほわほわ。いったい誰が得をするっていうんだ……。
ちなみにこの作品、百合、TS、不遇な原作登場キャラ救済、ありません。原作キャラの綺麗どころ捕まえてしっぽりとかも無いです。テーマは原作キャラクターとの上っ面だけの交流とかすれ違うだけの物語とかそんな。
それでも「暇つぶしに読んでさしあげてもよろしくてよ?」または「構わん、続けろ。」という愉快で寛大なお方は、作品を読んでみての感想とか、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイスとかよろしくお願いします。