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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 第31話
Name: SK◆eceee5e8 ID:9aa6d564 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/05/16 22:23
 女子寮のとある部屋の中。
 明かりを付けずに薄暗い中で、千雨の手が手入れの行き届いた白い肌の上を滑った。
 何かを確かめるようなその動きは、もちろん傷跡が残っていないことを確認するためのものだ。

 修学旅行での騒動を経た末に、そこには様々なものが残り、奪われていったが、これもそのうちの一つである。
 傷が残り、行動を縛り、彼女はそれが癒えるのを待っていた。
 長谷川千雨は傷を心配する者たちをだましだましに快癒を待って、ようやくそれが果たされた。

「…………治ったかな。もうちょっとかかるかと思ってたけど」

 千雨の呟きが部屋に響く。
 じっと傷跡があった場所を見つめている。
 千雨はもう一度傷が治りきっていることを、改めて確かめてから微笑んだ。

 それは修学旅行で起こった取るに足らない小さな問題。
 クラスメイトにばれないように絆創膏でだましだまし、ファンデーションで誤魔化し誤魔化し、怪我があることを隠し続けた、ドンパチの末に負った擦過傷。
 ネギのサポートもあってかもう傷は癒えている。

 当然ながら、それは修学旅行で大怪我を負った相坂さよのものではなく、
 当然ながら、女子中学生が、自分の負った怪我に無頓着なんてことは有り得なく、
 当然ながら、部屋の中には自分の肌を眺めながらの千雨が一人。

 そしてもちろん、それを千雨がこっそりと確かめている理由はただひとつ。
 誰にも見られないように暗く閉じこもった寮の部屋。
 誰にも見せないよう閉じこもり、それ以外の皆に見せつけるための設備の揃った千雨の私室。
 千雨は自分の怪我が治っていることを確認すると、

「うん。それじゃ――――」

 暗い部屋の中で立ち上がる。
 暗い部屋に、照明に、レフ板に、
 レオタード風のインナーに、ブラックのフリルがついた小さなシャツと頭の上に耳をつけ、厚い布地に装飾過多のスカートをくるりと巻けば、そこに立ってカメラに微笑むのはすでに千雨ではなく、ネットアイドルちうである。
 ふわりと身を翻す彼女に引っ張られたスカートが浮き上がり、
 そして


「オッハロー! みんな元気ー?(*・∀・*)」


 ニッコリと、クラスメイトやネギにさえそうそう見せない笑顔を作る。
 久しぶりの趣味のこと。日記の更新はしていたけれど、サイトの本分を忘れてしまえば、今まで培ってきた影響力も薄れてしまう。
 だから、千雨は自分を待っているファンのため、当然の責務を全うしようと衣装に身を包んだままに、くるりとカメラの前に振り返りながら笑顔を見せて、

「ちょっと最近新作が遅れちゃってゴッメンネー(>△<。) かわりに今日の新作は張り切っちゃったから みんなー 今日もよろし――――」

 その瞬間、バタンと部屋のドアが開かれて、


「おい、千雨。ネギとさよについて昨日のことでちょっと話があっいやわたしはちょっと用事が出来たからあと30分ほどしてまたくるからそれではな」


 次の瞬間、バタンと部屋のドアが閉じられた。

「――――くだぴょん…………」

 千雨は泣いた。



第31話



「――ありがとうございました」

 と、店員の声を背中に、買ったばかりの品をしまい込みながら長谷川千雨が店を出る。
 自分の事情が入っているものなので、かなりの店をはしごすることになったが、それなりに満足の行くものが買えた。

 先の悲劇的な事故からすでにもう数時間。
 なんとか立ち直ったらしい千雨が、さんさんと照りつける5月の太陽の中、一人で買い物にでかけている。

 もちろんこれは、いつものコスプレ関係のものではない。
 というより午前中の出来事を無視して、ネトア関係の趣味物を買いに走れるほど、長谷川千雨は豪胆ではない。
 これは趣味というより義務のもの。
 すでにバッグの中にしまわれている片手で隠れるほどの箱に入ったそれは、落としたら泣くに泣けない高級品。
 宝石の裸石なのだ。

 ルビーがいなくなったために、以前から考えてた裸石の入手を決行しているわけだが、別段ご禁制のものでもないので、普通に商店まわりをしただけだ。
 ただ、目利きの自信が安定していなかったのと、価格にビビって保留していただけである。
 ツテや経験がなかったので行くタイミングを逃していたが、部屋にこもっていると延々暗い思考を続けそうになっていたので、外に出てきた。
 衝動的な行動は、マイナスの精神状態からも発生するのだ。

 ちなみに今回購入した宝石は通常のストックではなく、それは、ルビーの秘儀を受け継ぐためのかなり大きな宝石である。
 単純な宝石のストックならまだそこそこに残っているが、これは千雨が自分を魔術師として保つための意志の象徴。
 ルビーがただひとつの宝石を媒体に、自らを旅させていたように、今はルビーの形見となった宝石と対をなすためのガーネット。
 でかくて値もはるわりに、指輪でもネックレスでもない裸石。
 ちなみに価格は6桁に届いている。

 原石で宝石を買おうとするなんてのは、だいたい鉱物コレクターか、加工先にコネのある人間くらいのものだろう。
 すくなくとも千雨のような年若い学生が買うものではない。
 店に入った時の場違い感もひどかったが、購入後の訝しげな視線はあまり体験したいものではなかった。
 三つ編みに制服で来るようなことはしていないし、身分証が必要なわけでもないが、自分は雪広のように気品やオーラでごまかしたり、長瀬や龍宮のように見た目で誤魔化すのも難しい。
 店の格にあった礼儀を重んじる丁寧な対応であったが、それでもその感情が漏れてくるほどに、一人で宝石を買物する姿には違和感があったようだ。
 自分のようなのが、いったいなんのために買うのかと勘ぐられたに違いない。

 だがまあ、その程度の視線など実害がないなら大して問題でもないだろう。
 だってつい数時間ほど前なんて―――

 と、またぞろ精神にダメージを負いそうになった千雨が、空に上った太陽の光を浴びつつ、精神の安定をはかりながら、頭を振って気持ちを切り替えた。
 時計を見ればすでに昼過ぎ。
 午前中に部屋に現れたエヴァンジェリンたちによって与えられた精神的なダメージもそろそろ癒えてきている。
 すでに正午を回っているし、そろそろどこかで昼食でもとるとしよう。

 天気のいい麻帆良から離れた郊外の街の中。
 そんなことを考えながら、千雨が店の外であたりを見回す。
 あまり立ち寄らない区画ということもあり、正確な地図が頭にあるわけではないので、適当に歩きながら食事処を探すことにした。

「さて、それじゃ適当にお昼でも――――」

 まずは駅前にでも行ってみるかと足を向け、そしてそのまま視線を動かした千雨が少しだけ目を見開く。
 そして、そのまま歩みを反転して逆方向に早足で戻り始めようとした。
 もちろん嫌な予感から逃げようとしたらしい千雨だが、残念ながら失敗だ。
 背中から声がかかり、強制的に足が止まる。

「やっ、ちうちゃん、奇遇だねえ」

 ぐぐ、と唸りながらこのまま走って逃げようかとも思いつつ、なんだかんだと人の干渉を無碍にできないお人好し。
 この辺りでも対人経験値の足りなさを悔やむところだが、そんな内面の葛藤に悩まされている千雨に軽々と追い付いたクラスメイトがそのまま千雨の肩を叩く。
 意外そうな顔を見せている朝倉和美。

「朝倉か」
「朝倉かっていい方はないでしょ。何してんの?」
「買い出しだよ。お前は用事あるんじゃないのか? わたしのことは放って置いていいぞ」
「あはは、そう邪険にしないでよ。まっ、わたしは一応報道部のエースだからね」
「取材かなんかか?」
「んーん。後輩に連絡取って聞き込みしたら、ちうちゃんらしき子がここの駅で降りたって情報をもらったからさ」
「意図的じゃねえか!」

 なにが奇遇だ、このやろう。
 報道部ははチンケな街中情報誌や食べ歩きマップよりよほど上等な情報を提供するとあって、その中でも自分自身で言うようにエースを張る朝倉和美の行動範囲は意外に広い。
 だがそれを踏まえても、和美が奇遇だと口にしたのは、おそらくこの場が関係している。
 ブティックや画廊が並ぶ高級区画。
 雪広あやかあたりならまただしも、千雨がいるのはなじまない。

「ちうちゃんは買い物? ……ちうちゃんが寄ってたのって、あのお店?」

 和美の視線の先にあるのは、千雨が出てきた宝石店。
 ビルの片隅に賃貸営業しているようなチンケな店ではない。アーケードの一角に店舗を構えるそこは、ウィンドウショッピングなどが気軽できるような店ではない。
 本当の目的でもなければ、足を踏み入れることすら憚られるだろう。
 だが、和美の言葉には半ば以上の確信があった。
 店のロゴが付いた買い物袋をぶら下げるほど抜けてはいないが、歩調を読まれたらしい。
 変なところで芸達者なやつだ。

「へー、なに? ネギくんとの婚約指輪でも買ってたの?」
「…………」

 にまりと和美が微笑みながら言った。
 こういうところで適当なアオリを入れるさまは、まさに3-Aのメンバーであるが、これで自分が本当に頷いたらこいつは一体どうする気なのだろうか。
 いや、もちろん婚約指輪などを買うつもりはないのであるが。
 と、そんな無駄な思考を回して口を閉じていた千雨に和美が目を丸くする。

「え、えっ? ウソ、ごめんっ。 もしかしてまじだったりするの? うわー、やばいコト聞いちゃったわ。秘密にするって約束するから――――」

 とまあ、からかいがド本命をヒットすると罪悪感を感じてくれる当たり善人ではあるのだろう。
 普通に動揺しているらしい。
 そのくせ、こいつは面白そうなネタには首を突っ込まずにはいられないのだ。
 こういうところは無難にこなしそうなやつだと思っていたが、意外なことに勝手に自爆している。

「んなわけねえだろ。勘ぐってんじゃねえよ。買ったのは本当に私用のもんだ」
「あっ、そ、そうだよねー。いや~びっくりしちゃったよ-」

 助け舟代わりに説明する。
 あははと、冷や汗を流しながら和美が笑った。

「でも、私物で宝石なんて買ってるの? やっぱ意外におしゃれにも気を使ってたり?」
「そもそもこれは装飾品じゃないよ」
「ふーん。…………まあ、それは置いておいてあげるけどさ。えっとね、ちうちゃん」
「なんだ?」

 千雨はネックレスもブレスレットも指輪もピアスも装飾品はつけていない。
 つけるのはコスプレをするときくらいである。
 聞きたそうな雰囲気ではあったが、話題を変えてくれるらしい。 
 追求のセリフは来なかった。
 千雨の表情を読んだのか、ここでじゃあなにを買ったのかと追撃をしてこない選択肢を選べるあたりがこいつの数少ない美徳だ。
 
「あのね、朝方さよちゃんにあったんだけどさ」
「…………ああそう」

 訂正しよう。
 あまり美徳には思えなくなってきた。
 代わりにあまり楽しくない話題を降ってきた和美に内心愚痴る。
 心に傷を追った朝の出来事が頭のなかに浮かび上がるが、なんとか平静を保ったまま返事ができた。

「今日ネギくんのところに結構たくさん集まっててさ。やっぱ昨日の件で結構怪我しちゃってたみたいだし。で、わたしはそこそこで帰っちゃったんだけど、途中でさよちゃんに会ってね。ネギくんところに行く途中だって。ちうちゃんはいなかったけど」
「…………まあな」
「ちうちゃん結局今日はネギくんのところにいってないよね? なんで来なかったのか聞いていい?」
「逆だ。人が集まってそうだから行かなかったんだよ。他のやつもいそうだしな。それに昨日のことは、あいつになに言っていいかわからん」

 説明ついでに、ぽろりと千雨の口から本音が漏れた。
 昨日の夜にネギの姿を見て、現実逃避気味に朝方から趣味に走っていた千雨であるが、若干反省しているらしい。 
 ついでにいえば千雨は雑多な人混みを苦手とする。知り合いだろうと、多数の人間が集まる場は基本的に遠慮したい。

「へえ、なんか倦怠期のカップルみたいなセリフだね」
「なんだそれ」
「いやー、なんか表情と雰囲気がさ。どう、悩み相談ならのろうか?」
「お前、自分の評判を聞いたことがないのか、報道部」
「へっ?」

 きょとんと和美が目を丸くした。
 そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
 和美はとくに気負いもせずにカラカラと笑った。

「あはは、報道部としてじゃなくて、友達としてだよ。修学旅行の時に言ったじゃん、友だちになろうってさ」
 はっ? と一瞬虚を疲れたように言葉に詰まり、千雨の顔が赤くなる。
 ムズムズとした感情が湧き上がり、千雨は思わずうつむいた。
 打算も何もない、言葉通りの友人同士で行うようなあっけらかんとした態度をサラリと出せる同級生。
 くそう、こいつずるくないか?

 修学旅行において魔法関係の記憶を奪ったけれど、それは修学旅行がまるまるなくなったわけではない。
 思い返せば修学旅行の初日に、長谷川千雨はそんなことを口にされた。
 ほかの皆だって、金閣寺を見物し、清水寺を観光し、大仏殿の柱の穴に挑戦し、それをちゃんと覚えている。
 しかも、こいつは修学旅行中にさよとも友人になったらしく、かなり頻繁に連絡を取り合っている。

「そういえば、今日もさよちゃんにはふられちゃってさあ。さよちゃんはネギくんのところからはすぐ帰っちゃったし、ここに来る前もさよちゃんに電話してみたけど、つながらなかったんだよね」
「知ってる。エヴァンジェリンのところに行ってるんだろ。あいつんちは地下室あるしな。電源切ってるんじゃなくて普通に電波が届かないってだけだと思うぞ」
「ああそうか。修業ってのに付き合ってるのはわかるけど、地下室でやるんだね。古ちゃんみたいに外でやるもんだと思ってたよ」

 和美が頷く。
 そして、ふと千雨に問いかけた。

「そういやちうちゃん詳しいね。ネギ先生のところには寄ってないっていってたのに」
「ああ、さよはエヴァンジェリンと一緒に今日の朝方、私の部屋に来ていたからな」



   ◆



「――――さて千雨。壮健そうで何よりだ。お前結構図太いな」

 きっかり30分後に再度千雨の部屋を尋ねたエヴァンジェリンは開口一番そんなことを口にした。
 なかったことにしてくれる気はないようだ。こいつはなんのために、時間を置いていたのだろうか。
 だが、エヴァンジェリンとしても、少々気になっていた千雨の様子見ついでに足を運んだ身としてあのざまでは肩すかしすぎる。
 泣きはらした目であらわれるほど可愛らしいやつだとは思っていないが、なぜフリルのついたスカート姿で出迎えられなくてはいけないのだ。
 ちなみに、エヴァンジェリンの隣には、いつものように茶々丸と相坂さよの二人がいた。というかさきほどの件もバッチリみられている。

「別にいいだろ。こいつらにはお前の性癖はバレてるわけだし」
「性癖とか言うなてめえ!」
「いえ、千雨さんっ、髪を下ろしたお姿も素敵です! 先ほどの格好もお似合いでしたよ!」
「あれは先日日記で予告していた新作の衣装ですね。わたしも楽しみにしておりました」

 飛びかかろうとした千雨を止めながら、フォロに-なっていないフォローをするさよと茶々丸にぎりぎりと歯を鳴らす。
 ちなみにここで一番の正答は、いうまでもなく褒め言葉ではなく無視である。
 よほど叩き出してやろうかとも思ったが、いろいろとした問題でそれはムリだろう。
 エヴァンジェリンへの怒りを抑えて、しぶしぶと招き入れる。

「ったく。はあ、まあいいや。入れよ。用があったんだろ。お茶でも入れるよ」
「あっ、千雨さん。ここはわたしが。今日は修学旅行土産のお茶請けを持参しております」
「…………うん。まあ、ありがと」

 お茶を入れにいって時間を稼ごうかと思ったが、茶々丸が申し出たために断念する。
 本来はエヴァンジェリンへのお土産だったものだろう。彼女が旅行の後半から合流したために、ストックがそこそこにあるらしい。
 洋風で揃えたエヴァンジェリン邸で振る舞われるのは主に紅茶だが、茶々丸のマスターであるエヴァンジェリンは茶道部に入っているため、日本茶にもなかなか詳しい。

 ちなみに千雨も定番のお茶請けを幾つか土産物として購入しているが、それらは別段配ったりも自分で食べたりもせず、実家の方へ送ってしまっている。
 その関係ですこし千雨からもさよたちには話があったのだが、気力値が下に振りきれている現状と、別段急いでいる話でもないということもあり、千雨はとくに自分から話を振ったりもせず沈黙したままだ。

 そして、茶々丸がお茶を振る舞う。
 お茶を飲んでゆっくりと人心地を付けるような雰囲気でもなかったが、一応刺々しい千雨の雰囲気は収まった。

「で、なんのようなんだよ。アポ無しで突撃してきやがって」
「坊やが正式に弟子入りしたからな。そのことでお前と話を詰めておこうかと考えた。お前は昨日は話せるような雰囲気じゃなかったしな」
 一応の冷静さを取り戻した千雨が話を振ると、あっさりと真面目な返答が戻ってきた。

「ネギの件か?」
「正確に言えばさよの件だ。坊やの修行の間はどうするかと思ってな。同席させてもいいが、わたしはちまちまと坊やに修行をさせる気はない。“あちら”を使う気だ」

 首を傾げる千雨にエヴァンジェリンが言った。
 ちなみに“あちら”というのはもちろん時間を歪めるエヴァンジェリンの秘蔵の施設。エヴァンジェリン・リゾートのことだろう。

「ああ、そういやそんなのあったな」
「うむ。場所見せと対価の取引をまとめるためにも、この後帰りにネギを連れ帰ろうかと思っている。今日は坊やだけでも良いが、修行中は茶々丸とチャチャゼロも連れて行くぞ」

 エヴァンジェリン邸に住むさよ以外のメンバーである。
 さよが一人になるのを気にしているようだ。
 あいも変わらずさよのことには過保護な吸血鬼に千雨がジト目を向けた。その気遣いをこちらに分けてほしい。
 さよがエヴァンジェリンと千雨の間で視線を揺らしている。

「ええっと…………どうしたほうがいいでしょうか?」
「さよはわたしの弟子だからな。入るのはやっぱりやめといたほうがいい気もするけど……。でもまあ、あそこに入るなってのも、ルビーのいない今となっては、ただのゲン担ぎみたいなもんだから……うーん。さよはどうしたい?」
「やっぱり一度みてみたい気もしますけど、そこまでこだわりがあるわけでもありません。それに千雨さんと一緒でなければ、わたしのほうは一日が伸びても修行ができませんから、むしろ中に入ったほうが時間が空いてしまいます。それに外から見れば一時間か二時間ですよね。外で待ってましょうか? それでも別に構いませんけど」

 宿題を持ち込んで勉強をする手もあるが、さよの言葉通り、そこまでしてスキルアップを図ろうとする意志は千雨やさよにはない。
 外で待つのだって、まる一日と言われたならもう少し悩んだだろうが、外面時間は一時間。精々が本を呼んで電話をして料理の一つでも作っていれば終わる時間だ。
 あっさりとさよが妥協案を口にする。

「それが妥当かねえ。一回くらい経験積むために入っておくのはいいかもしれないけど、入り浸るのはやっぱり辞めたほうがいいだろうな」
「まあ坊やの修行はそこそこ長く続けるつもりだから、入りたくなったら入ればいい。さよも、千雨もな。中に道具くらいなら用意しておいてやるよ」
「いつか頼むかもしれないけど、わたしのほうは当面その予定はないよ」

 千雨が答える。
 一度中を見るために入るくらいはありえても、中で魔術の儀式をするということはあるまい。
 そもそもこの程度の話し合いで心変わりをするのならば、さよの腕を治すのに使っていただろう。
 彼女の腕は魔法の治療もエヴァンジェリン・リゾートの使用も拒否した代償として、未だにつながってはいないのだ。
 千雨の思考をとらえたのか、エヴァンジェリンが話題を変えた。

「そういえば、さよの腕なのだがな」
「そろそろ治るよ。言ってなかったっけ?」
「いや、そちらではなくごまかしの方だ。怪我ということにしているが、お前魔術で認識をずらしているだろ」
「なにかまずいのか?」

 さよの腕は隠すように三角巾で吊っているが、転んでほどけたところに人形の腕が出てくればさすがにまずい。
 それでなくても接続もされていない人工物である腕は、硬さや動きの違和感から逃れられないのだ。
 保険の意味も込めた阻害の魔術は修学旅行中からかけ続けている。

「あれは注意をずらしているだけだからな。魔法の人よけに類似している面もあるし、そこそこ腕の立つ連中には気づかれる。さよはもともと立場が微妙だし、一度学園に顔見せをした方がいいという話が出ているぞ。実は今日はそれを伝えに来たってのもある」
「……だれから?」
「ジジイからだ」
「学園長? ……そんな話してるのか」

 自分のことがでかい話題になって学園内で議論されていることを改めて言われると、覚悟をしていてもそこそこビビる。
 もともと侵入者用の結界管理などを任されている上に、学園長とは個人的な知己であるエヴァンジェリンだ。意外に情報通らしい。
 自分のこと以外はからっきしの千雨とは偉い違いだ。今までそういう方面をルビーに任せっきりにしたつけが出始めた。

「お前らの話はあのタヌキ爺のほかだとタカミチと修学旅行についてきた幾名か、それくらいしか正確には伝わっていないからな。バレる前に情報を小出しして学園内に浸透させておきたいんだろう」
「そうなのか? いや、そう考えれば、わたしのことって意外に回っていないのか?」
「お前らどころか坊やのことでさえ、別段特別に通達されているというわけではない。女子中等部に直接関係しない輩には、教職組の魔法使いにさえ正式な形ではまわっていないだろう。この学園の魔法使いは、学園内では人助けとやらにしか魔法は使わんからな。侵入者もわたしが結界探知を兼任しているから大事にはならんし、不審者対策なんてのも基本は祭り事の時だけで、学園内の魔法使いの役割は、対敵索敵用の見回りというより、単純な巡回程度がおおいんだよ」

 身内事の情報交換と、任務遂行における情報連絡は別物だ。
 侵入者関係はあまり意識していなかったが、そういえばカモの時にはこいつが出張っていたのだったかと、千雨が以前のことを少し思い返した。
 同時にこの学園の体制についても若干の誤解があったらしい。

 学園内で誰かが困ったときに現れる魔法少女の魔法オヤジ。そういう噂の元を推測するに、対侵入者用の結界なんてものを管理するエヴァンジェリンのほうが特別なのだろう。
 魔法には関係しない鬼の新田先生あたりのほうが、単純な生徒事情に詳しいということは当然あり得る。

「だがまあ、ずっと無視するわけにもいかなくなったのだろう。お前は少し目立ちぎたしな。連絡が来ることを覚悟しておくことだ。顔見せ程度だとは思うが、お前には意外に厄介なコブが付いているからな」
「どちらかといえば、わたしがネギについたコブだって思われてんじゃないのか?」

 はあ、と陰鬱につぶやく千雨をエヴァンジェリンが意地悪く笑った。
 おそらくだが、千雨の問題をネギの面通しと同時に解消しようという案なのだろう。
 学園内の事情からみても学園外の事情からみても、自分がネギよりも優先されることは有り得ない。
 ネギは自分のようなぽっと出と違って学園に来た瞬間から注目されていたはずである。
 だがまあどちらにしろ、どう考えても平穏な結末では終わらなそうだと、千雨が頭を掻いた。
 変に話を広めないよう、言葉を選んで返答する。

「できればさよの腕が治ってゴタゴタが終わってからにしてほしいな。あんまり魔術のことで突っ込まれたくないし、変に干渉されて動きに制限をかけられるのは面倒そうだ」
「学園の魔法使いさんですかあ。結構うわさにはなっていますよね。魔法少女とか魔法おじさんとかが」

 さよはもぐもぐと団子を口に運びながら、千雨とエヴァンジェリンの話を興味深そうに聞いている。
 自分も魔術師ではあるし、バレるのはいけないというのも千雨から聞いているが、だからどう動けばいいのかと言われるといまいちピンとくるものがない。
 そんなさよの様子に毒気を抜かれたのか、まあいいかと、千雨も問題を棚上げすることにした。

「まあわかったよ。覚悟はしとく。ほかにはなにかあるか?」
「ん…………よし。そうだな、では、一つ」

 面倒な話は終わらせておこうと千雨が話を振った。
 ちなみにこういう時、彼女はたいてい墓穴を掘る。
 ルビーなら、そういう呪いの血統なのだと断言してくれるだろう。

 そしてそんな彼女の目の前にいるのは、長年の麻帆良ぐらしがこじれて大抵の暇つぶしに手を出し尽くした吸血鬼。
 部屋には趣味が講じたアンティークドールが飾ってあるし、新作のテレビゲームはだいたいチェックをしている。
 彼女は暇つぶしのネタを前に相手を慮って見逃すようなことはない。
 だから、今回も例に漏れずエヴァンジェリンがニヤリと笑った。

「さっきのお前の衣装だがな、わたしもお前の服をコーディネートしてやろう」

 こいつはいきなりなにを言ってるのだろうか。
 さっそく後悔しはじめた千雨とは裏腹に、何故かずっと期待していたらしい茶々丸がエヴァンジェリンの後ろで立ち上がる。
 なんてこったと千雨がため息を付いてもきっとバチは当たらないだろう。


   ◆


「さよちゃんはエヴァちゃんや茶々丸さんと仲いいもんねえ。食事の用意とかも茶々丸さんといっしょにやってるらしいね。茶々丸さんにはかなわないってさよちゃんはいってたけど、ちうちゃんは食べたことある? ちうちゃんもエヴァちゃんとは結構仲良さそうに喋ってるし、羨ましいよ。いやー、一度エヴァちゃんのところも行ってみたかったけど、どう見てもわたしはエヴァちゃんに歓迎されなくてねえ。まっ、そういうわけで今日は、ちうちゃんに会いに来たんだよ。ちなみに、このお店は前に名店紹介の特集組んだ時に報道部内で紹介してるおすすめ店ね。ここのお店のカツサンドは女子側にも男子にも評判いいんだよ」

 と、そんなセリフを一息で吐きながら、和美はパクリと厚手の衣に包まれたカツサンドを一口かじる。
 駅前のカフェテリアの一席で、千雨と和美が昼食を取っている。

「どったのちうちゃん? 冷めちゃうと美味しさ半減だよ?」
「ああ、いただくよ。せっかくのお前のお勧めだしな」

 和美のトークに圧倒されていた千雨が、手に持ったカツサンドをパクリとほおばる。
 衣はパリパリとして肉汁が滲み出る、和美の情報に違わない味だった。

「どう、美味しいでしょ?」
「うん、うまいよ。こういうのにお前さんの情報はハズレがないな」
「でしょー」
「カロリー高そうだけどな」
「わたしはスタイルは特に気にしなくても大丈夫な体質だからね。ちうちゃんこそ、サンドイッチ二切れじゃあ少ないんじゃないの?」
 いんちき臭いスタイルの中でも特別目立つ大きな胸を逸らしながら和美がいった。
 さよもわたしの胸などではなく、こいつの胸でも揉んでいればいいのだ。友だちになったらしいし、と逆恨みしつつ千雨が睨む。

「いいんだよ、少なめで。わたしは運動しないからそのぶん気をつけてるんだ」
「前にうちでも特集組んだことあるけど、ダイエットは制限しすぎると吹っ切れたときに暴走して食べ過ぎちゃうらしいよ」
「んなマヌケな真似するわけねえだろ。そもそもわたしは痩せるためじゃなく普段から気をつけてるから平気なんだよ」
「かっこいいセリフだねー。わたしはあんまり考えてないな。運動してないわけじゃないけど。それに脂肪なら胸にも尽くし」
 綾瀬夕映や宮崎のどか辺りから刺されそうなセリフだった。
 千雨としても納得いかないが、文句も言えない。
 千雨は黙ってかつサンドを口に運ぶ。

 和美もケラケラ笑ったまま残りのカツサンドをペロリと一息で食べきった。
 無駄に男らしい。
 そのままナプキンで口元を拭っていた和美が、早速切りだす。

「で、どうするの? 本当に悩みがあるなら言ってね。取材抜きで力になるから」
「…………お前こういうときは意外にいいやつだよな。いつもそうしてたほうがいいぞ絶対」
「そりゃどうも。ちうちゃんもいつもそうして素直な方が可愛いよ」
「女相手に口説いてどうする気だよ。ちなみにわたしの忠告は結構まじだからな」
 ため息混じりに千雨が言う。

「ただ今回の件は別に具体的にどうこうじゃないからあんまり話しても意味ないよ。まわりが騒いでたから、ちょっと引きずられたってだけだ」
「ちうちゃんは自分から騒ぐって感じじゃないしねえ。ああ、もしかしてその関係? ネギくんはこの間の古ちゃんの件とか、いろいろやってるみたいだけど、それにくらべて恋人の自分は……みたいな」
「うーん、それもないと思いたいけど」
 かなり素直に千雨が答える。

 それに別段そういう方面で嫉妬しているというわけではない。
 千雨の心の淀みは、ネギが成果を出しているためではなく、それに自分が関わっていないこと、いうなれば置いていかれているような寂しさからくるものだ。
 エヴァンジェリンの説教は的を射ている。
 魔法関係ということもあり、和美の申し出はありがたいのだが、事情が説明できないので、相談しにくいのだ。
 義理の関係で無下にもできないし、好意を無下にしているような、嫌な感覚である。
 と、そんな千雨の葛藤を汲み取ったのか、和美がお気楽な口調を保ったままに口を開いた。

「んもう、可愛いなあ、ちうちゃんは」
「……ふん、そんなの知ってるよ。今頃気づいたのか」
「そうそう。だってちうちゃん、教室じゃあツンツンしてばっかりじゃない」

 千雨の軽口に乗っかった和美が明るい声を出した。
 この辺りの社交性は報道部のエースとしてのものなのだろう。

「まあその可愛らしさに最初に気づいたのが、ネギくんだってのが悔しいけどね。二人して一目惚れでいきなり付き合ったってわけじゃないんでしょ? わたしらにバレる前からもそこそこ話はしてたみたいだし、そう考えたら今の状況なんて別に深刻に考える必要ないでしょ。ネギくんがあんな子だから古ちゃんのこと込みで今は騒ぎになってるけどさ」
「…………意外にガチで踏み込んできたな、朝倉」
「だってねえ。対応がわからないままに下手に干渉して破局ってんじゃあ、わたしらも後味が悪いじゃん。からかうのって意外に難しいのよ?」
 ニヤリと笑った。悪意と善意の意味を正しく認識している報道部としての笑みだ。

「最後のセリフがなければ感心してたよ」
「まあでもさ。細かいこと抜きにはたから見てても大丈夫だと思うよ。ネギくんとちうちゃんは。あんまり真剣に考え過ぎないほうがいいよ、きっと。ネギくんだって責任感は人一倍ありそうな子だしさ」
「責任感で付き合ってるわけじゃない」
 反射的に言い返すと、なぜか和美が首を傾げた。

「へっ? いや付き合ってる方じゃなくてさ。継続というか区切りというか、そのー、あれだよ。あれ」
「あれ?」
「えっ、いや、ほら、修学旅行のさ…………」
「修学旅行? なんかあったか?」

 修学旅行はいろいろありすぎて心当たりがパッと思い浮かばない。
 だが、最終日を含めて、こいつにこのような言い方をされることはないはずだ。
 こいつからは修学旅行中の魔法関係について記憶を奪い、そして、千雨は魔法関係込みでいろいろと溜め込みすぎた。
 その差異から千雨は心当たりが浮かばない。

「そのー。そのさ、ほらっ、えーと」
「なんだよ。らしくねえな。さっさと言え」

 その一方で、和美は、なぜ目の前の少女は“あの出来事”を忘れて自分にここまであけっぴろげに問いかけられるのかと言葉を濁す。
 どれだけ自分が、我慢しながら先ほどまで話していたか気づいていないのだろう。
 大きく踏み込んだら千雨がパンクしてしまいそうなので、軽口で流すつもりだったのに、なぜこんな自分から地雷原に走りこむ真似をするのだろうか。

「じゃあ言うけど、えーっと、そのさ」

 顔をほんのり赤らめて、いつもの活発な姿に似合わずに可愛らしい姿を見せる和美に千雨が首を傾げた。
 だって、そりゃそうだろう。
 責任もなにも、千雨とネギのことなんて、修学旅行の直前にバレてから、いままで話題にはなってもそこまで深刻に。
 と、ここで千雨の脳裏にフラッシュバック。

 ――――あっ、そういえばさ。ちうちゃん、ネギ先生と

 そういえば、修学旅行のあの時にこいつから。
 えっ? いやちょい待って。
 眼の前に座る朝倉和美。
 魔法関係の記憶は消したが、日常の雑談はそのままで、そして彼女と自分が交わした修学旅行の一会話。
 ああ、そうだ、そういえば

「……………そ、その…………エ、エッチなこととかもしちゃってるわけじゃない? ネギ先生とちうちゃんって」



   ◆



「ふははははは! どうだ。なかなかわたしの手腕も捨てたものではないだろう。こういうのも可愛らしいじゃないか!」

 千雨の部屋の中で、何故かテンションの上がっているエヴァンジェリンが高笑いを上げた。
 その前では、ゴスロリに着替えさせられた千雨と、なぜか同じように着替えさせられたさよと茶々丸がいる。
 特に羞恥心を感じているわけでもないらしいさよがその技巧の施された裁縫に感嘆したように服の裾をつまんでいた。

「どうでしょう。似合いますか?」
「お似合いですよ、さよさん、千雨さん」
「お前もな。なんか慣れすぎだろ」
 千雨が茶々丸にジト目を向けた。

「実はマスターはご自分の少女趣味を、たまにこのように発散されることが」
 言葉の途中でぐにりと頬をつねられた所為で、茶々丸の言葉の後半はフガフガと聞き取れなかった。
 頬をつねりながらもエヴァンジェリンは自分の作品を満足そうに眺めている。

 くるくると未だに鏡の前で回っているさよ然り、照れて恥ずかしがっている奴がいないのがせめてもの救いだ。
 当事者としては単純に恥ずかしがられるよりはマシだが、なぜこいつらはこんな簡単に順応しているのだろうか。

 そして千雨も千雨で一旦諦め混じりに受け入れてしまえば、どこからともなく取り出された質のいい衣装に内心唸っている。
 自分のネトア活動はコスプレが主体ではあるが、大概にして二次キャラが現実の衣装を着ないということは有り得ない。
 ゴスロリキャラだって星の数ほど存在するし、自分だって手を付けたこともある。

 だが、ゴシックファッションというのは一歩間違えると雑多になるし、あっさりさせると安っぽさが目立ってしまうしと、なかなかこの布地の重厚感を出すのは難しい。
 自分も手がけたことがあるからこそ、その出来栄えに負けて着せ替え人形にされる現状を受け入れてしまっている。

 以前、茶々丸からはちうの部屋の存在を知られた時に受けた衣装作成の申し出は、遠慮していたのだが、実はかなり本格的だったようだ。いや、あの時の決断が違っていたとはつゆほども思わないが、それでも一旦着てみてしまえば、これはかなりのレベルである。
 部屋に趣味物のアンティークドールを飾っていることといい、趣味には金を惜しまないらしい。羨ましいことだ。

「うーん、実は千雨さんのホームページを見てから、わたしもやってみたかったんです」
「そうだったのですか。おっしゃっていただければ、衣装は準備出来ましたが」
「いえ、千雨さんは私がいるとやってくれないんですよ」
「……当たり前だろ」

「この服すごいですねー。すごく軽いですし、肌触りもちょっと信じられないくらい細かいです。高いんじゃないですか? それにエヴァンジェリンさんもコスプレっていうのをしたりするんでしょうか」
「千雨さんのようなコスプレではありませんが、マスターは趣味の一環として、このような装飾も嗜んでおられます」
「……だったらあいつの家でやれよ」

「エヴァンジェリンさんがですかあ。そういえば大人の姿になったときはドレスを着てらっしゃいましたね」
「おや、ご存知でしたか?」
「……その話今ここでしなくてもいいんじゃないか?」

「ルビーさんから前に見せてもらったことがありますよ」
「そうですか。あのようなマスターが成人体をとられる時に身につける服は幻体ですので、マスターが以前から気に入ったものを収集されているそうです」
「……わたしの話聞いてるか?」

「そういえば千雨さんのHPでやってるのは、アニメのキャラクターとかをもとにしたのが多いですね。魔法少女とか」
「千雨さんはすでに魔法少女ですが、魔法を使われるときに変身はされませんから、その代わりかもしれませんね」
「……聞いてないな。別にいいけど」

 むっつりと千雨がつぶやいた。
 そんな横で、さよが着慣れない服にはしゃいでいる。
 以前は制服を24時間365日着用していた身の上だが、だからこそ、おしゃれごとには興味がある。

「いえ、聞いてますよ。そういえばさきほどのは、ちうの更新だったんですね」
「えっ、あー、そのだな…………。そ、そうだな。そんな感じかな」

 前言を撤回するので、やはり自分を無視してしゃべっていて欲しかった。
 ぐさりとえぐられたが何とか耐えて、返事をする。こいつはなぜエヴァンジェリンが時間を置いたのかを理解していなかったのだろうか。
 そういう質問は結構本気でしないでほしいのだが、さよはその辺の暗黙の了解という概念に疎い。
 せめて面白そうに眺めているエヴァンジェリンだけでも出て行って欲しいが、残念ながらその気配はない。

「そうなんですかー。実は茶々丸さんにお願いして日記はちゃんと読んでるんですけど、千雨さんの写真は久しぶりですよね。今日とったわたしの写真とかも是非載せて下さい!」
「ぐっ! ……そ、そのだな。ネットっていうのは身元がバレるのは問題だからな。あー、その。私一人ならまだしもさよは眼鏡とかもかけてないし、髪型もそのままだよな。そういうのはだな、あまり良くないというかなんというか」
「そういえば、ネギ先生のこととかも日記には全然お話されませんものね」
「そ、そうだな。まあうん、そうなんだよ」

 ぐさりぐさりと胸に突き刺さるネタを連撃された。
 さよには千雨の奥深くにある重要な部分を自分の言葉がグサグサずたずたと刺してまわっていることに気づいてもいないだろうが、千雨は自分の運命と後ろでケラケラ笑っているエヴァンジェリンを心のなかで呪っている。

 当然ネギのことなど書くはずないし、書けるはずもないのだが、そういう不文律を理解しないさよは首を傾げたままだ。
 正直千雨個人としては、最近のイベントは大きすぎて、最悪は一時閉鎖だろうと視野に入れているくらいなのだが、どのみち本当にやめるのか、などとなればやめられる気はさらさらない自分自身の正直なところがあけすけに見えるのだから、自分のことながら業が深い。

 こういうときにネットの人格と素の人格が乖離していると辛いのだ。
 悶えながら転がりまわりたいが、余計に恥をかくだけなので、むりやり取り繕って我慢する。
 どこぞの剣闘士上がりの筋肉系魔法使いなら、内心で転がりまわる千雨の心情を見通して、きっと闇の魔法向きだと評してくれたに違いない。

 千雨は平穏を愛する割に、思考に趣味に生業にと、触れられただけでダメージを受ける弱点が多すぎる。


   ◆


「も~勘弁してよ、ちうちゃん! 本当にからかうとかじゃないんだって! だからね、ちうちゃんが、そこまで進んでるわけだし、ネギくんだってそれはわかってるってことを言いたかっただけだよ!」
「じゃあ話を変えろよ! 今年の流行服とか高校の工学部が生徒会に査察を受けたゴシップとか世界樹広場の先に新しく出来たパスタの専門店とか色々話を振ってやっただろーが! 素直にそれにのればいいだろ!」

 二人の少女が、駅前に新しくオープンした美味しいカツサンドやクラブサンドを提供するとそこそこ噂になっている、隠れた名店の中で口論をしていた。

「んもー、それじゃあ、そういえばさ! その服似合ってるね!」
「ああ、ありがとな!」

 叩きつけるようにどうでもいい話を降ってきた。
 千雨が同様に力強くどうでもいい話に返答する。

「まっ、おしゃれって言うより、大人っぽく見せるって面が多そうだけどねっ。まあいつもの三つ編みが野暮ったすぎるってだけだけど。ていうかいつもの三つ編みはもうちょっとどうにかしたほうがいいんじゃないの?」
「うるさいな。いいんだよ、これはこれで。変装込みだ」
「変装って、誰に対してよ。それって、やっぱり宝石店なんてのによるつもりだったからなの? やっぱり中学の制服じゃあ、声かけられちゃいそうだもんねえ。長瀬とか龍宮さんならいけそうだけど。そういえばネギくんもいつもスーツだね。そういえばネギくんは修学旅行中も休日もスーツだったけどさ、ちうちゃんと会う時なんかは……」
「話が戻ってんじゃねえか! はったおすぞ!」
「うぐっ! だ、だって…………だってどうしても聞いてみたいんだもん!」

 握りこぶしを両頬に当てて可愛らしく言った。
 千雨が嫌そうな顔をする。

「なにがだもんだ。キャラが合ってねえんだよ!」
「いーじゃん! だって興味あるじゃん!」
「逆ギレすんな!」
「記事とかじゃないって! 約束通り誰にも喋ってないし、記事にもしないよ! 二人だけでそういう話をちょっとするだけでいいから!」
「ぜってー嫌だ!」
「そもそも最初に話を持ちだしたのはちうちゃんじゃん! わたしはマジで今日だって自重する気だったのに、あんなふうに話振ってくるから抑えられなくなっちゃったんでしょ! 諦めてよ!」
「だったらそのまま自重してろ! アホかてめえは!」
「ケチ!」
「ケチで結構、だれが話すか!」
「あの時、脅迫も言いふらしもしなかったでしょ! わたしもおどろいて黙っちゃってけど、まだゴタゴタしてたから遠慮してたけど、そろそろ騒ぎも落ち着いてきたし、改めて聞きたいんだって! ガールズトークだよ、ただの!」
「んな生々しいガールズトークがあってたまるか!」
「生々しくないガールズトークなんてあるはずないでしょ! うちのクラスに馴染んでひよってんじゃないの、ちうちゃん!」

 クラス外にも友人が多い和美が叫ぶ。
 当然千雨はクラス外など友人どころか知り合いすらいないが、ネットに引きこもっている身として、当然そのような遠慮のない女性関係についても理解はある。
 だが理解があるのと許容できるのは全く別だ。
 せっかく麻帆良の3-Aに所属しておいて、わざわざそんな茨の道を歩みたいとは思わない。

「誰が日和ってんだ、誰が! お前こそ3-Aに所属してるんなら、委員長とか四葉とかをもっと見習え!」
「うっ!? ま、まああの二人はそれぞれ両極端に器がでかいけど。いやっ、そもそもそんなのちうちゃんにだけは言われたくないってのっ!」
「わ、わたしは、最近は委員長とも話すようになったし! それに、あいつのことは見習おうとも思ってるからいいんだよ。うん…………」

 しどろもどろに千雨が言った。
 雪広あやか関係のことはどうにも強く出れないのだ。
 殊勝な千雨の態度に、和美も少しだけトーンを落とす。

「うっそくさいなあ。はあ…………そーいえばさ、最近仲いいよね、ちうちゃんといいんちょって。いつの間にいいんちょと仲良くなってんのよ」
「あん? それはだなあ。わたしも改めて雪広がこれまで世話を焼いてくれたことに感謝しているというか、普段の頑張りというか凄さに気づいたというか、そんな感じだ」
「さらにうそ臭いね、それ」
「べつにいいだろ!」
「嘘だって言ってるんじゃないよ。まあ、そりゃいいんちょはネギくん関係でどうしたってちうちゃんと絡むだろうし、いいっちゃいいんだけどさあ。どうも、わたしの思ってるよりも修学旅行で印象が変わってるんだよねえ。前日にいいんちょがちうちゃんのデートに遭遇したってのもあるんだろうけど、それにしてはちうちゃんからの対応も、修学旅行を境に変わってる気がするんだよ。別件で何かあったでしょ?」
 そんなもの話せるはずがない。
 千雨が言葉を濁す。

「ま、まあ、何もなかったとは言わないけどさ…………」
「それ以外だって、さよちゃんはいつのまにか怪我をして未だに腕を吊ってるし、楓さんたち四天王組からの付き合いもできてるよね? それに木乃香は理由も言わないまま実家にクラスメイト全員呼んで、旅行明けから刹那さんにべったり。あと最近は明日菜と刹那さんが朝方に剣術稽古。で、今回のネギくんの弟子入りだ。さよちゃんも明日菜も理由を教えてくれないしさあ。そのわりに修学旅行全体のイベントというと大して思い浮かばないから、取材をするなら個人個人を対象にするしかない。さすがにわたしもどこに焦点を絞っていいか、わかんなくてね」
「ま、まあそれぞれの事情だしな。あんまり詮索すんなよ」

 というかこいつは動きが早すぎである。
 恐ろしいやつだ。クラスメイト全体の空気とその動向を、図らずとも総合的に認識できているらしい。
 企みというより素質が偏っている。麻帆良の報道屋というアダ名は伊達ではない。

「そうそう、そういえば、さよちゃんの腕さ、あれほんとうに大丈夫なの? まだ吊ってるけど、全然動かないって結構まずくない? どこのお医者さんに見せてるの? 通院してないよね、あの子」
「あー、それはエヴァンジェリンが手配してるとかで、その…………あと一、二週間くらいには治る……らしい」
「治るってなんで? いまだって殆ど動かせないみたいなんだよ。なんで分かるの? 手術とか?」
 あまりツッコまないで欲しい内容だが。これに関しては完全に善意からなので、対応しにくい。
 時には悪辣非道な相手のほうが、話は進めやすかったりするのだ。

「朝方にだな、そんな話をしたんだよ。言っただろ。エヴァンジェリンとさよが来てたって。だから、その…………エヴァンジェリンが知ってるんじゃないか? わたしはよく知らないかな」
「…………ふーん、そうなんだ。でさ、それってさ、本当にちゃんとしたお医者さんなんだよね? ほんとのほんとに大丈夫なの? さよちゃんこのことあんまり話したくないらしくてさ、問い詰めるのもどうかと思って聞いてないんだよね。だけどちょっと心配でさ」
「そういう気遣いをわたしにもしろよ!」

 思わず千雨が突っ込んだ。
 魔術での違和は多少鋭い人間には気づかれる。
 といっても、あの腕が実は取り外しすら可能な本物の義手であることは、常識的な認識による判断も手伝って、まだ気づかれてはいないらしい。

「ちうちゃんはほら、結構図太いでしょ。だから遠慮無くね。相手を選んでるわけよ」
「選ばれた方はたまったもんじゃないだろ、それ」
「いやいや、気のおけない親友ってことでいいじゃない。ほら」
「…………まあ、いいけど」
「あっ、いいんだ。嬉しいね。そういや、昨日のこと聞いたらしくて、ネギくんのところにいいんちょも顔出してたよ。弟子入り試験で頑張ってたって話。ぜひ協力したかったとか言ってたわ。あれでいいんちょも結構喧嘩が強いしね」
「お前さっきネギのところからは、すぐ帰ったとか言わなかったか? なんでそんなに詳しいんだよ」
「だって耳に入ってきちゃうんだもん」
「そういうのをさらっというのが怖すぎるんだが」
「まあまあ、それでね、そのいいんちょのことだけどさ。ちうちゃんの意見はどうなのよ?」
「…………まあ、雪広なら他の奴らの手綱もとってくれるだろ」
「納得するんだ。うーん、仲が良くなったのもそうなんだけど、そういうところなんだよね。あやしいのは。いいんちょは普通だったのに、ちうちゃんだけなんか意識してる感じ。そんなイベント起こってないはずなのに、なんだかんだ言いながら、修学旅行前と後だと、いいんちょにすごい配慮するようになったよね。なーんかハブられてる感じ…………」

 ジロッとした目を向けられた千雨が縮こまる。
 そりゃあの夜を越えて、雪広あやかに暴言を吐けるわけがない。
 ちなみに、和美は責めるような視線を送りながらも、内心では千雨から親友という言葉に文句が返ってこなかったことをこっそりと本気で喜んでいる。

「でもまあ、いいんちょにもバレたってことじゃないだろうしね。ああ、そういえば、いいんちょがネギくんの師匠になりたがってたよ。雪広流柔術を継承する権利をかけて古ちゃんに勝負を挑む勢いだったみたい。今日のお昼に古ちゃんがネギくんのところに来た時にね。まあ、ネギくんがとりなして実現しなかったけど」
「あれって委員長のなんちゃって流派じゃないのか? そもそもさらに師匠を増やすのは無理だろ。エヴァンジェリンが許さない」
「おろろ。驚いてないね」

 千雨が朝方の出来事をもい返しながら相槌を返す。
 今日の朝方に自室を訪れた顔ぶれは、エヴァンジェリンに相坂さよに絡繰茶々丸、かててくわえてもう一人。

「古菲は朝方に私の部屋に来てんだよ。師匠云々の話も少しな。古菲はさよたちと一緒だっただろ。いいんちょのことは予想外だったけど、なんとなく想像つく」

「古ちゃんもちうちゃんの部屋に? ああ、あれってちうちゃんの部屋から直接来てたんだ。意外な組み合わせだね」
「さよとエヴァンジェリンが来てる時に、古菲は飛び入りで参加したって感じだ。昨日のことを聞きたいって私の部屋に直接な」
 朝方のことを思い返しながら千雨が言う。

「へー、そうなんだ。意外とアクティブ。ちうちゃんの話か。ちうちゃんが実は拳法ができるかもって、そういう話?」
「お前どんだけ情報溜めてんだよ。ったく、私はさわりだけな。少しネギにそんな話をしたことがあるってだけだ。そんときに、わたしも古菲に勝負を挑まれそうになった。…………面白い話じゃないぞ」
「それかなり面白い気もするけど、まあいいや。というかこんなの秘密でもなんでもないでしょ。周りの話を聞き流さなければ、それで仕入れられるレベルだよ。ちうちゃんのほうこそ、もうちょっとまわりに注意したほうがいいんじゃない? 秘密はそれを隠そうと常に動いてでもいない限りバレるもんだよ」
 ニヤリと笑いかけられた。

「変に沈静しようと手を出して、やぶ蛇食らうよりマシだろ」
「それも度が過ぎればただの思考放棄だと思うけどなあ。当人が黙ってても、まわりがしゃべるなら意味無いじゃん、それ。ちうちゃんのこともさ、ちうちゃんの周りの子ってあんまり周囲に気を使えるような子じゃないでしょう?」
「それだれのことだよ」
「いまちうちゃんが頭に思い描いた子のことかな。あとで後悔しても遅いんだよ、そういうことは」

 無垢と慢心と環境で、それぞれさよにエヴァにネギといったところだろう。心情的にも未来の希望的にも簡単に納得したくはない話だ。
 だが、未だネギだって致命的にバレているわけでもないのをみれば、隠し通すのだって不可能ではない。
 そう考えながら、お茶を飲む。

「だからかなり不思議だったんだよね。うちのクラスがその辺おおらかといってもさ、なんだかんだで未だに雰囲気すらバレてないみたいだし。それにネギくんとちうちゃんも意外に自重してないっぽいしさ。ああ、さよちゃんにはバレてるっぽいけど」

 お茶を吹いた。

「でさあ、その、エッチな事ってどこでしてるの? まさか部屋じゃないよね? も、もしかして、二人でそーういう場所に行ったりとか?」
「いきなり戻すなよ! いまいい感じで普通の会話になってただろ! なに考えてんだこの変態! しまいにゃ泣くぞ!」
「うっ……でも、しょうがないじゃん! ちうちゃんのことを話そうとすると、どうせさよちゃんかネギ先生が絡んでくるんだから! 自分の生活態度をうらめばいいでしょ! ここまでノリよく話したんだから、ついででちょっとだけ話してよ! 代わりに私の恥ずかしいコイバナとかも話してあげるから!」
「いるかそんなもん!」
「ちょっと! そんなもんっていい方はないでしょ! これでも私だってそこそこにドラマをだね――――」

 白熱した二人がテーブルを挟んで口論を続けていく。
 ここに至っても脅迫しようなどという気配が全くない和美や、そんな和美の考えを全く疑わない千雨は、きっと傍目に見るよりもずっとお互いに心を許しているのだろうが、

「――――あの、お客様。恐れ入りますが、他のお客様の御迷惑になりますので…………」

 やっぱりここは店の中なので、店員から当然のことを注意された。
 周りに目のいっていなかった二人がびっくりして振り向く。
 お昼を少し過ぎてもまだまだ客の多い駅前の喫茶店。

 ごめんなさいと二人揃って頭を下げるまで、ものの一分もかからなかった。


   ◆


「ふむ、それで千雨たちがドレスを着ていたアルか」

 ゴスロリ姿の千雨たちの前でそんな言葉をはいたのは古菲だった。
 千雨がさよたちにいじめられている中に現れた来客である。
 千雨としてはせめて着替えさせて欲しいが、客人が古菲だったこともあり、もう開き直ったのか、千雨はゴスロリのまま古菲の言葉に頷いた。

「だが、エヴァンジェリンも千雨に会いに来ていたとは好都合ある。実はネギ坊主の修業の件で二人に話があったアルよ」
「なんだ、お前もなんかあったのか?」
「授業配分の話だろ。坊やの修業には、わたしは特殊な場所を使うからな。夕刻から2,3時間アイツを貸せ。ほかは適当にお前の修練に当てて構わんぞ」
 偉そうにエヴァンジェリンがいった。自分が譲歩する気はないようだ。

「うーむ。魔法使いの修業アルか。興味もあるが、わたしもそれで構わんアルよ。もともとはエヴァンジェリンに弟子入りを志願したことが発端と聞いているアル」
 古菲が頷く。
 別段後回しにされていい気分でもないが、修学旅行の様子を思い返すにネギの本命は魔法の修業だ。
 自分の修業もエヴァンジェリンの入門試験がらみだったわけで理解はある。

「ふーん、それで古菲は修業の話にきたのか?」
「うむ、それと実は千雨にも話があったアル」
「話?」
 嫌な予感がバリバリだ。
 ぐっ、と興奮した古菲が顔を寄せてきた。

「実は千雨と一度立ち会ってみたいと思っているアル!」
「んなもんわたしがボコられて終わりだろーが!」
「いやいや、実は千雨は格闘もこなせると明日菜たちから聞いているアルよ」
 予想に外れず物騒なセリフが聞こえてくる。

「きゃー、素敵です千雨さん。応援しますね!」
「応援するより、訂正入れろドアホ!」
 千雨が叫んだ。
 ここで誤解されたまま変に買いかぶられて、古菲に本気で殴られたら死んでしまう。
 壁を一撃で砕ける古菲とは対照的に、千雨はりんごを握りつぶすこともできないし、50メートル全力で走ったら素でバテる。
 ちなみに体力はないものの、ネトアで一線級を張っている身として腹筋程度ならやっているが、それは当然だれかに殴られるためではない。

「はっはっは。そこまで言われて無理やり挑むのは礼を逸する。機会を待つことにするアルよ。だが立ち会いに関してはおいておくにしても、千雨はネギ坊主になにやら先読みの技術を指南をしていると聞いているアル。そちらについて聞くのは大丈夫アルか? 秘伝であるなら遠慮するが」
「んっ? いや、それは問題ないな。でも、あれはだな。なんというか方法を軽く教えてるだけだ。というかそれもわたしの師匠の技をそのまま伝えてるだけで、わたし自体はほんっとうに弱いぞ。まじで」
「だが千雨のような拳を学んでいないものに戦いの読みを学ばせるというのは、生半なものではないアル。寡聞にして千雨の師のことは知らないあるが、現に先日の茶々丸との試合で“ネギ坊主が使った技”を見た以上、軽く受け止めることはできないある」
 ぽかんと千雨がマヌケな顔を晒した。

「…………はっ? えっ!? そ、そうなのか? ネギが?」

「はい、先日の立会のときに先生の肩口に計算代行用の小妖精が……。千雨さんもお気づきかと思っておりましたが」
「なんだお前気づいていなかったのか?」
 あっさりと横の二人からも肯定の言葉が返ってきた。

「へー、そうだったんですか」
「…………あいつが」
 軽く驚くさよと、呆然とした千雨の呟きが重なる。

「なぜ千雨が驚いているアルか? 千雨が伝授したもののはずアル」
 古菲が首を傾げる。
「い、いや。そこまで本格的にはわたしも使ったことがないし…………。へえ、ネギが…………そうなのか…………」
 ネギの試験中に彼の肩口に隠れるように肩口に控えていた計算用の精霊。

 エヴァンジェリンは千雨の助言は禁止したが、千雨の技を禁止したわけではない。
 エヴァンジェリンは言った。
 千雨から教えを与えることを禁止する、と。

 ボケっとしていた千雨は気づいていなかった。
 エヴァンジェリンの言葉の本質がわかっていなかった。
 ただ古菲の技だけを学んで終わりにするか、そこに貪欲さを求めるか。
 千雨などは茶々丸との戦いと聞いたときには裏ワザ方面で思考を巡らせていたが、ずいぶんとまっとうな方法でもネギはネギで準備をしていたらしい。

「思考を外付けで代替制御したのか。普通にすげえな。そっか、わたしから…………いや、ここまでくるとあいつの自力か……」
「はえー。すごいですね-、ネギ先生」
「まあ適性の問題だろう。もともともルビーはあの技にはそこまで興味を持っていなかったようだし、ルビーは近接戦はからっきしだったからな」
 面白そうに話を聞いていたエヴァンジェリンが言った。

「そうなんですか? でももともとはルビーさんの技なんですよね?」
「別にあいつも戦いのために覚えたわけじゃないぞ。もともと千雨がそこそこやれるようにするために、どこぞの世界から引っ張ってきたというところじゃないか?」
 エヴァンジェリンの言葉に、千雨すらも若干の驚きを見せた。

「そもそもルビーは戦闘用の技能なんてものは殆ど持っておらん。付け焼刃に中国拳法もやってはいたが、あれもわたしどころか古菲や茶々丸の足元にすら及ばんものだったしな。もともと魔術師というのは、戦いなんてものに興味は持たないんだよ。奴はまぎれもなく天才だったが、五大要素を骨幹としていたことからもわかるように万能ではあるが特化ではなかった。どのようなものでもある程度は学べるが、必要のない技術を極めようと考えるのは時間の無駄だと切り捨てたのだろう」
 喋りながら、ちらりと視線を千雨に向けた。

「ああいうタイプは習えば才覚を見せるが、先が見えすぎて見切るのも早い。ゆえに、こういうものはむしろ才能がないほうが最終的には上に行ったりするのだ。まあ、ルビーに限って時間の制限による修練の放棄はないが、それでもそれは無駄を許容できるという意味ではないからな。まあ、才能がないなら才能がないものの技がある。それは剣術も魔術も体術も変わらないが、やつは無い才能を補うよりも才能があるならその才能を伸ばすべきだと考えた」

 淡々と言葉を続ける。
 ぶち抜けた天才であるがゆえに、自分が目指すものは頂点のみ。
 だが、とエヴァンジェリンが意地悪い笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「まっ、もちろん同じ時間を同じように学べば才覚があるものが上に行くのが素質というやつの残酷さだがな。お前やさよも格闘の才はなさそうだが、学んでみるか?」
「んな話の振り方されて学ぶ奴がいるはずねえだろ」
「わ、わたしも遠慮します」
 なにが言いたいんだという目を向ける千雨にエヴァンジェリンが笑った。

「なに、お前は自分の得手を磨くのはいいってことだよ」
「…………んなこと知ってる」
「うむ、だからわたしが確認してやったのさ。どうだ、ためになっただろう?」

 あっけらかんとエヴァンジェリンが話をまとめた。
 ぽかんとしたさよと古菲の視線を受けつつ、どうやら慰められたらしいと気づいた千雨が赤くなる。
 先日からこればっかりだ。
 しかし、気を落ち着けて改めて考えてみれば、自分でも意外なほどに、さきほど事実に動揺してしまっている。
 エヴァンジェリンに気を使われるほどの目に見えた動揺。自分からそんな感情を引き起こすほどのネギの才覚。

 ネギの才能は知っているし、あいつがルビーの技をすでに実戦に利用したという事実には単純に感心もした。
 当たり前のように称賛の念を感じることができた。
 しかし、同時に、それに対して千雨が動揺を見せてしまったのは、ネギが自分が伝えたはずの技を、自分の想像を飛び越えて身につけているという事実に、悔しさよりも寂しさに似たものを感じていたためだろう。



   ◆



「いやー、恥かいちゃったねー」
「恥かくならまだしも、聞かれてたらどうすんだよ。あー、もうあの店には二度と行けねえ……」
「大丈夫でしょ。騒いだからだって店員さんもいってたし、わたしらも、ほら、そのー……わたしらも直接的な表現を使ったわけじゃないしさ」
「結構使ってた気がするが」
「そ、そう? 結構遠慮してたんだけど、ほら、その非常に親密なね、夜のね、そういうのはさ、言い回しがね…………」
「その言い方が余計にいかがわしいんだが」
「ま、まあほら、それはなんというかね。しょうがない面もあるというか、さ、さすがにね」
「…………まあいいけど」
「そ、そうそう。いいじゃん。いやわたしはちうちゃんと違って実はそこまで経験ないから、ちょっと恥ずかしくて。あっ、そういえばさ、ちうちゃんは二回目とかは」
「ここでさっきの続きしようとしたら、わたしはここにお前を置いて一人で帰るからな」
「あっ、うそうそ! 冗談です! やめました! ここまで来て別れるのも何だし、寮まで一緒に帰ろうよ。仲良くさ。ほらほら、食後にゆっくりってわけにもいかなかったし、あそこの自販機でなんか飲もうか。おごるよ。なにかのむ?」
「……………………冷たい紅茶で」
「オッケー」


「じゃあ、遠慮した話題を出すけど、んー、そうだなあ。そういえばさ、四葉さんところがまた新商品出したらしいよ。あそこ安いし種類も多いしどれも美味しいしでいいんだけど、放課後遅くなると先生連中も寄ってくるから寄りにくいんだよね-。でも新田まで贔屓にしてるってのがすごいよねえ。そういえば、ネギくんは知ってるのかな。帰りに寄ってみようか?」
「よらない」
「まあ、ご飯食べちゃったしね。しょうがないか。ああ、そうそう。そういえば、パルたちがなんか面白いものを手に入れたらしいよ-。それでね、今日はなんかどっかに行ってるんだって。本屋たちと一緒に。そういえば本屋といえば、前からネギくん狙いだと思ってたんだけど、修学旅行中から雰囲気変わったよね。ちうちゃんと何かあったんでしょ? ネギくんの関係?」
「知らない」
「まあ教えてくれないよね。本屋も教えてくれなかったし。そういえばさ、柿崎とこの間いろいろ話したんだってね。やっぱりあいつも彼氏持ちだけあって興味あるらしいねえ。どうだった? やっぱネギくんの話とかしたの?」
「してない」
「それは多分嘘だよね。じゃあ聞かない。あー、そういえばさ、さよちゃんっていい子だよねえ。やっぱずっと休学してたからか、すっごい純だし。この間遊びに行ったんだけどさあ、面白いこと聞いちゃったよ。聞きたい?」
「聞きたくない」
「…………ちゃんと答えてよ-、ちうちゃんっ!」
「ひゃあああんっ!?!!? 」
「わあお。意外にいい反応」


「て、て、てめ、てめえ! てめえいきなり何しやがる! この変態! ひ、人の胸をいきなりもんでんじゃねえ!」
「おっ、やっとまともに返事してくれたねえ。まあまあ、うーん、実にお手頃な大きさだねえ。いやー、わたしはさあ、自慢じゃないけど結構あるから実はちょっと重たくてねえ。わたしもこれくらいの大きさが良かったよ。やっぱ肩こりがさあ」
「どうでもいいんだよ、んなことは! 放せ変態! 色魔!」
「いやあ、それはこっちのセリフでもあるというか、いきなりあんなエロい声を上げないでよ。うーん、形もいいし、これはネギくんも……」
「ッ……、んぁ……っ。ひゃんっ……。っ! だ、だから離れろ!」
「ほえっ? なにその素敵な反応。……ん? あっ! うわっ、やばい! なんか変な気分になってきた!」
「死ねっ!」


「――――イタタ。ちうちゃん、頭がすっごく痛いんだけど」
「そうか。手加減しすぎたかな」
「あれよりきつかったら頭が割れてる気がするわ」
「だから手加減しすぎたってことだろ……じゃあ私は帰るから」
「えっ!? ちょっと待ってって! 一緒に帰ろうよ!」
「いやだ。わたしは一人で帰る。ああ、そうだ。あと朝倉、お前もう明日からはわたしの半径20メートル以内には近づくなよ」
「それ教室はどうすんの? それにそんな胸元押さえたまま離れられると傷つくなあ」
「当たり前だろうが。警察を呼ばなかっただけありがたく思え」
「まあまあ、さよちゃんもやってたんでしょ?」
「………………」
「そんなまじめに驚愕した顔しなくてもいいよ」
「…………さよからか?」
「えー、なに? さよちゃんが怒られる流れ? 困るなあ、そういうのは。違うって。修学旅行の2日目でしょ? しかも木乃香と明日菜にも見られてたみたいだし、話聞いてりゃそれくらいわかるよ。だから言ったじゃん。バレたくなかったんなら口止めとかはした方がいいって」
「…………そうか。適当に聞いてたよ。お前の忠告はためになるな。肝に銘じることにする」
「そっか。よかったよ。あと、さっきはちょっとやりすぎちゃったわ。ちゃんとあやまるよ。ゴメンね、ちうちゃん」
「あ? ああ、素直に謝るんならいいんだよ。よし、じゃあ反省するなら許してやるから…………」
「うん。だから、ちうちゃんもわたしの胸を好きなだけ揉みしだいていいからね」
「…………」
「あれ? どったの、ちうちゃん、なんか目が座っちゃっててこわいなあ」



   ◆



「皆さん。今日はありがとうございました」

 と、ネギ・スプリングフィールドが頭を下げた。
 神楽坂明日菜と近衛木乃香の部屋の前。
 そんな騒動の中心人物。ネギ・スプリングフィールドが、彼女たちの師となったエヴァンジェリン・マクダウェルと古菲を後ろに、昨日の試験の傷を慮った面々に声をかける。

「うん、じゃーね、ネギくん」
「ネギくんも特訓がんばってね~」
「はい、ありがとうございます。まき絵さん。明石さんたちも今日はどうもありがとうございました」

 まき絵と一緒にネギの部屋を訪れた明石たち運動部の面々がそれに笑いながら答える。
 昨晩のネギの奮闘を思い出し、その上でネギを祝福していた。

「エヴァンジェリンさん。千雨さんに挨拶してから行きたいのですが」
「そうですね。そうしましょうか。エヴァンジェリンさん」
「千雨か、放っておいたほうがいい気もするが、部屋にいるか?」

 部屋から離れ、エヴァンジェリンの後ろに追いつきながらネギが言った。
 明日菜や木乃香も入っていない。
 部屋には魔法に関係しない面々が揃っていたこともあり、あの二人を許容すると、他の面々もなし崩し的についてきそうなので、今回は師匠である古菲のほかはエヴァンジェリン邸に住む者たちだけである。
 エヴァンジェリンが茶々丸に視線を送る。
 少しだけ黙ってから茶々丸が答えた。

「いえ、千雨さんは出かけられたようですね。部屋にはいらっしゃいません」
「そうなのですか?」
「はい。先ほど外出されました。…………いまは駅に向かわれているようですね」

 さらりと怖いことを茶々丸が言った。
 いくらなんでもここから千雨の部屋や、駅前の音は拾うことはできないだろうが、どうやってか位置情報を掴んでいるらしい。

「駅ですか。どうしたんでしょうか。千雨さん」
「気分転換代わりにでも街をうろつく気なんじゃないか? あいつらしくないようにも見えるがな」
「気分転換アルか?」
「そういえば特訓の時から千雨さんの様子が変ですねよ」
 古菲が反応する。
 さよがその言葉に頷いた。

「変というかなあ、あれはただの嫉妬だろ。説教が効きすぎたな。なかなか可愛いところがあるよ」
「嫉妬アルか?」
「千雨さんがでしょうか?」
 エヴァンジェリンがネギの部屋から連れだした面々に視線を送る。
 茶々丸にさよに古菲にネギ。なんとも繊細な感情とは無縁そうな面々である。

「千雨と坊やでは、どうにも立場が異なるからな。いっちょまえに意識し始めたというところだろう」
「意識ってネギ先生をですか?」
「坊やがルビーの技を使ったという話をしただろう。自分で身につけようと決意した矢先に、横で自分の技を上回れれば人は平静ではいられんさ」
「で、でもあれはもともと千雨さんのものですけど……」
「もともとあいつのものの技を、あいつに習わずお前が使った。理屈では納得できても、いろいろと溜まるものもあるんだろう。ルビーの件も消化できるほど時間がたっているわけでもないしな。色々起こりすぎてパンクしてるんじゃないか? 自分で整理がついてないだけだろ。放っておけばどうとでもなるよ」

「で、でしたら、今日は千雨さんも呼んだほうが良かったんじゃ…………。気分転換をお一人でしても…………」
「事情を知っている我々がなにをしたって気分は変わらん。放置しておけばいいんだよ。これで潰れるほどやわじゃあるまい。あいつはそういうのだけは神経質だから、気分転換と考えながらだと余計陰鬱になるぞ。それとな、さよ、お前もルビーの技の継承の一端を担っているんだ。千雨のことを心配するのもいいが、自分のことも心配しろ」
「わ、わたしですか?」
「師を失ったという意味では、さよもそうだろ。決断を間違えると同じように置いていかれるぞ。お前ら揃いも揃ってそういう方面が苦手そうだしな」

 まわりから疑問をもった視線が飛んだが、突き放すようにエヴァンジェリンが言った。

「あいつは自分でもわかっているよ。発散のしどころがないだけだ」
「この件は千雨さんがご自分で解決されるということでしょうか?」
「違う。だから言ってるだろ。これは解決というほど大したものでもないんだよ。それに誰かが手を貸すか、アイツが適当に紛らわせて終わりなんだ。あいつはこういうことの発散が下手くそだってだけだろう。趣味がアレだし、そもそもあいつは友達少なそうだしな」

 エヴァンジェリンにだけは言われたくないセリフだっただろうが、残念ながらこの場にそんなことを突っ込める人物はいなかった。
 しかしそのセリフに不満気なさよの顔をちらりと見ると、しょうがないとため息を吐いてエヴァンジェリンが言葉を続ける。
 ったく、なんで悪の吸血鬼であるこのわたしがこんなくだらん講義をしなくてはいけないんだ。

「つまりだなあ。例えば、さよ、ネギ。お前たちもそこそこに苦悶したことの一つや二つがあるだろう。そういう時はどうやって対応していた?」
「えっ? そうですね、わたしはやることがなくて、ペン回しの練習をしてみたりコンビニまで散歩に行ったりしてただけですし……」
「ボクはそういうときはたいてい図書館で本を読んでましたが…………」
「…………そ、そうか。いや、別にそれでも構わんが…………」
 エヴァンジェリンがドン引きしていた。こいつらどんだけ闇の魔術向きの性格をしているのだ。
 千雨を筆頭に暗すぎる奴らである。
 あるていど予想はしていたが、それを超える回答だった。しょうがないのでもう一人の師匠役に話を振る。

「……では、古菲。お前はどうだ?」
「わ、わたしアルか? わたしはそういうのはよくわからんアルよ。いろいろこんがらがった時は美味しいご飯を食べ歩いて良く寝れば、それでまた修業を続けられたし、さよやネギ坊主のようにあまり深くかんがえたりはしたことないアルが……」
「いや、それが正解なんだ。それでいいんだよ。それで。まあ一般的な対応といったところだろうな」

 あははと古菲が面目ないといったていで笑ったが、エヴァンジェリンが期待していたのはむしろそのような回答だ。
 横でなるほどといった顔で頷いているネギとさよと同様、千雨では思いつかないのだろう。
 悩んだときに、遊んで美味しいものを食べて、寝ておくのが一番いい。不眠不休で悩むのは誠意を伝える材料としては役に立つが、実利の方面では意味が無い。
 講義するのがアホらしくなるほど当たり前すぎる内容だが、わかっていないやつが意外におおいのだ。
 幽霊だったさよはまだしも、ネギは暗すぎるし、千雨はいびつすぎる。
 休むことができるのは才能である、と実は旧式から最新型までゲーム機を始めとした娯楽にはたいてい目を通しているエヴァンジェリンが偉そうに口にする。

「はあ、なるほど、そうやって発散すればよいのですか」
 未だに人生経験が3年に達していない茶々丸が横で頷いた。
「まあな。あいつは性根が暗いし、本来はルビーがそういう役目を担っていた。それがなくなったってのもあるんじゃないか? 今日だってなんだかんだでストレス発散をしてたわけだろ」
「く、暗いということはないと思いますけど」
「ネトアでストレスを発散しているような奴が暗くないはずがあるか。いいんだよ、それもひとつのやり方だ。あいつも自分で納得してることなんだから。自覚があるんだから問題ないだろ」
 かなり偏見にまみれたことをエヴァンジェリンが言ったが、残念ながらそれに反論できるほどの胆力を持ったものはいなかった。

「ネトアってなにアルか?」
「ん、あー、それは千雨に聞け。でだな、やつは一応の継承を済ませはしたが、その分決意が先行して浮いてしまっているんだ。ゴールだけを認識して、その困難さをだんだん意識している矢先に、ネギの一件だろ。奴がなんのために力を求めるかといえば、それがそもそも曖昧なんだ。現状はルビーの意思を継ぐという形になっているが、それも今後に別の指針ができなければ、やはりそれはそれでパンクするだろうな。人の意志を継ぐのは意外にキツイぞ」

 きわどい古菲の言葉を流しながら、エヴァンジェリンが軽い口調のままに、さらりと実感のこもった言葉を口にした。
 人の意志とその継承。千雨がルビーの意志を継ぎ、魔術師を目指すことは聞いているが、それがどれほどの苦労をかけるかを正確に予見できているのはエヴァンジェリンだけだ。
 千雨もさっそく苦労し始めたようだが、あんなものは序の口である。なにせ彼女はルビーの弟子なのだ。
 それでいて、長谷川千雨は意思が強い。意地っ張りとも頑固とも言えるが、彼女のような挫折ができない人間は、一旦背負い込むとそれを下ろせずに苦労する。
 ネギに似たような心配をかけていたようだが、エヴァンジェリンからすればどっちもどっちだ。
 ネギと千雨、どちらも意地っ張りで頑固者すぎるのである。

「マスターが最近千雨さんを気にかけていらっしゃルのは、それが理由ですか?」
「ルビーからの最後の願いだからな。それくらいはしてやってもいい。それに千雨だってそんなにつまらん女じゃないよ。すでにあり方がゆがんでるんだ。騒動からは逃げられん。あいつは未だに平穏無事な日常とやらを夢想しているようだが、どう考えても無理だろ、そんなもん。むしろ騒動の中で成長させりゃあいいんだよ。面倒くさい禅問答で精神を鍛えるなんてアホらしい。ダメそうなら、適当に様子を見てやればいい。潰れるようならそれまでだ」

 身も蓋もない事をエヴァンジェリンが言った。
 修学旅行前にも似たようなことを言っていたこと茶々丸が思い出している。
 一方、まだ納得はしていないさよやネギなどは話を続けたいようだが、エヴァンジェリンがそれを断ち切る。

「まっ、無駄話はおしまいだ。お前らだって暇ではあるまい。あいつも繊細なフリして意外と図太い。わかっているさ」

 エヴァンジェリンの言う通り、千雨の話はここまでだ。
 これからエヴァンジェリンリゾートに向かい、ネギの鍛錬の始まりである。
 千雨のことを手助けするならまだしも、ネギは明確に自分の修業に力を割かなくてはいけないし、さよは事情を知りすぎているがゆえに安易に慰めをかけられない。
 どのみち、ルビーにネギにと、彼女の事情を知ってしまっている身としては、彼女に無理やり踏み込めない。
 ネギとさよがエヴァンジェリンに続き、見学させてもらおうと古菲がさらにその後ろにくっついて、
 そして、最後に、茶々丸がちらりと後ろをうかがった。

「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません」

 主にそう返答し、そのまま茶々丸を引き連れて、全員が立ち去った。
 そして、エヴァンジェリンが一群を引き連れ立ち去ったその後、茶々丸が視線を送った先、お昼を前にすでに幾人かの女子生徒が集まる麻帆良女子寮の休息所。

「どったの朝倉?」
「んー、なんでもないよ。ネギくんたちが出てっちゃったみたいだねえ」
「ああそうなんだ。そういやいつのまにか静かになってるね。さっきいいんちょも帰ってたみたいだし。にしても、いいんちょもいい声してたわ」
「ありゃドアを開けっ放しだったほうが悪いだろうねえ」
「あの部屋の騒ぎは日常っぽいしね。あれでここの誰も興味を示さないってのがまたおもしろいよ」
「最近の話題は3-Aがかなり幅を利かせて独占してるからね。慣れちゃったんじゃないの?」
「それすっごくありそうだわ」

 そんなことを笑いながらしゃべる二人の生徒。
 お昼前の休息時間を日常会話に使っていた友人同士。
 そこに座る朝倉和美と柿崎美砂の姿があった。

 そして、そんな他愛もないおしゃべりに戻る間際に、和美はちらりと視線をもう一度そちらに向けた。
 昨晩のネギの立ち会いとその結果。そして、その結果を経て集まった友人たち。
 美沙と雑談を続けながら、平行して思考を回す。
 遠くはなれていてもたかだか廊下の先だ。
 全ては聞こえなくてもある程度は聞こえてしまうし、聞こえた言葉を朝倉和美は雑音として聞き逃さない。
 そう、たとえば、

「…………ちうちゃんが、ねえ」

 部屋から立ち去る者たちから漏れ聞こえた、その名前。



   ◆◆◆



 ――――そして、その後の和美と千雨の二人であるが、

「だからさ、そもそもネギがわりーんだよ。なんなんだあいつは。才能があるってのは知ってたけど、万能すぎんだよ。そのくせなんだかんだで苦労もしてるから責めにくいしで、付き合ってるとすごい困る」
「くくく、なんか結構溜まってるねえ、ちうちゃん」

 とまあ、いつのまにやら、随分と仲良くなっていた。

「でもさ、そこらへんもネギくんがちうちゃんを意識して頑張ってる分もあるかもよ?」
「あん? それもお前の情報網か?」
「さあ、どうだろうねえ」
「てめえ、わたしにさんざん話させておいて、誤魔化す気か」
「だって、ちうちゃんには秘密ねって言われてるんだもん」
「いや、バラしてから言うセリフじゃないだろ」
 千雨が突っ込む。
 和美としてはこんなものはどう考えてもバレると思っているので、秘密にこだわる気はない。というより情報ソースの木乃香からして、たいして秘密にこだわってはいなかったのだ。
 というわけで、笑いながら和美が会話を続ける。

「ふふふ、でね。これもホントはちうちゃんには秘密の情報なんだけど、ネギくんはちうちゃんに釣り合おうといろいろ頑張っているらしいよ」
「さらっと続けんな。あとそれは昨日の古菲とネギの試験で実感したよ。ったく、なにが釣り合うだっての。教師が言うセリフじゃねえだろうに」
「ちうちゃん。それ自爆してるからね。そもそも二人が教師と生徒なことが……」
「だから本当は秘密にしてたんだろうが!」
 言わずもがな過ぎたので、千雨が怒鳴った。

「なんでわたしに怒るのよ! 最初にバレたのってちうちゃんがデートしてたのを見られたからでしょ!」
「てめえがストレス発散に付き合うっていったんだろうが! おとなしく怒鳴られてろ!」
「理不尽すぎるよ、それ!」
 半分笑い混じりにそんな話をかわしながら、千雨と和美が麻帆良の駅前を歩いている。
 駅から女子寮に帰る途中の道。

 仲よさげに歩いている眼鏡の少女。長谷川千雨の顔に浮かぶのは、特に気おらないままに友人に愚痴を言う歳相応の少女のものだ。
 ごちゃごちゃを絡まれて、怒り疲れて、最後には、まあいいさと、千雨も根負けして気にしないことにして、いまこうしてしゃべっている。
 話してみればこいつは意外に秘密を大事にするし、わたしは自分で思っていたよりもオシには弱かったらしい。
 こいつは口止めだけして、そのまま変に配慮しないほうが仲良く出来る。
 こいつだってそうそう“友人”を売ったりはしないだろう。

「修学旅行が終わって、またぞろ構われだしたからな。まあ直接わたしのところに来る奴はお前や早乙女と、あとは柿崎くらいだったけど」
「彼氏談義をしようって言われたんだってね」
「ああ、聞いてたんだったな。柿崎もそのへんがなあ。アイツは彼氏持ちだけど、わたしと話せるようなもんじゃねえだろ。あいつもあいつでなんかネギを彼氏というより男として捉えてないみたいだし」
 千雨が頭を掻きながら言った。

「ああ、言ってた言ってた。ネギくんみたいな美少年と戯れるのは別腹らしいね」
「イケメンになるだろうネギを育てるだの、ガキだからこそいいだの、ありがちっちゃあ、ありがちなネタだったけどな」
「それを有りがちだなんて捉える当たり、ちうちゃんも業が深いねえ」
「それはお前もな。お互い様だろうが」
 ぎろりと睨んだ。

 ちなみに業の深さでみるならば、ハルナがその最たるものだ。
 彼女はあらゆるネタを内包する同人描きの現役だ。
 千雨とネギのネタを最も早く消化して、厄ネタから単純なからかいの種という考え方にシフトさせた一人である。
 未だに千雨とネギのネタを恋愛事として消化するべきなのか、スキャンダルとして黙秘しつつも身内で騒ぐべきなのか、はたまたただの仲間内の恋愛事と割り切って、笑いながら今後繰り広げられる自分の恋物語の参考にすればよいのだろうかと迷っている。

「3-Aの子たちは意外にそっち方面では疎い子が多いからね」
「だからわたしが助かってる面もあるんだけどな。なんだかんだと本気で聞き出してやろうってやつはいないしさ」
 その最有力候補が朝倉和美だったわけだが、それを棚に上げて千雨が言った。
「深刻そうだねえ。まあ、どっちにしろ、話を聞きたいってのはおおいんじゃないの? 参考にするってんならそれこそ柿崎に聞いたほうがいいだろうけどさ」
「それだよそれ。うちのクラスはそんなの興味ないような奴ばっかだっただろ。わたしとしては、あとすこし立てばもう沈静化すると思ってんだが、どう思う?」
 最近自分の見立てが信じられなくなってきている千雨が聞いた。

「まあ、興味あるなしにかかわらず、ネタにはされても、わざわざ話をしに来るようなのはなくなるだろうね。でも、それはちうちゃんがこのまま燃料を投下しなければの話だけど」
 ぐっ、と詰まった。燃料の種には事欠かない身だ。
 その表情を読んだのか、和美が笑う。

「ちうちゃんは意外に抜けてるからねえ」
「呪われてんだよ。先祖代々な。……はあ、散々がなったらおなかへった。おい、なんか食べてごうぜ」
「いいねー、あっ、クレープでも食べる?」
 和美が視線を送る。クレープ屋の屋台があった。
 千雨が頷く。

「チョコクリームとラズベリー。重ねたやつで」
 そのまま道端のクレープ屋で立ち止まると、千雨は表看板を一瞥して即座に注文した。
 彼女はこういうことにだけは、判断が早い。
「うーん、わたしはなににしようかなあ。ん、これはなに? おじさん」
「あー、ゴーヤクレープかい? 通好みで結構美味しいと思うんだけどね、リピーターがつかなくて新作のかぼちゃクレープと場所変えちまおうかと思ってたんだ。在庫も少ないし食べるならサービスしとくよ、どうだい? よっと、はい、そっちのお嬢ちゃんにはチョコとラズベリーね。お先にどうぞ」
「ゴーヤかあ。食べる気がムンムン湧いてくるなあ。どうしようかな。じゃあ話の種にでも食べておくべきかな」
「いやー、いいねえ。その好奇心旺盛なところ。よし、じゃあ、ゴーヤ行くならサービスで半額でいいよ。どうするんだい?」
「よしっ、決めた。わたしはそのゴーヤクレープでお願いね、おじさん」
「はいよ!」
「じゃあ、わたしはチョコレートストロベリークリーム。そっちの大きいサイズで」
「うっそ、もう食べ終わったの!?」
「いいだろ、べつに」

 クレープを受け取りながら千雨が答える。
 和美が呆れながらクレープにかぶりつく千雨を眺めた。
 一旦たがが外れると暴走しやすいのは、ネギのことを初めて問いただした時から気づいていたが、いつかこれがとんでもない問題になりそうである。
 そんなことを考えながら和美も和美で、ゴーヤクレープにかぶりつき、その常識はずれの味が報道部のネタに使えるかどうかを考えていた。
 
 そして、千雨が三つ目のクレープを食べおえ、和美がネタとしては小規模な上にすでに旬も逃しているクレープについては小ネタ扱いでストックする程度にとどめておくことを心のなかで決心した後、和美と千雨が仲良く女子寮までの道を歩いていた。

「ふう、ちょっとスッキリした」
「愚痴ならまた聞いてあげるよ」
「それより、それが起こらないですむように協力してくれ」
「あっはっは。オッケー、オッケー。起こる前なら協力するよ」
 真顔のまま深刻そうに言う千雨に笑いながら和美が頷く。
 ちなみにこれはスクープが起こったら、報道部として行動するということである。
 朝倉和美は人の頼み事に適当な誤魔化しはしないのだ。
 それを今日身に染みて実感した千雨もしぶしぶ頷く。

「それとだな、朝倉。改めて言うけど……」
「わかってるって。今日のことについては黙っておくよ。約束だしね」
「ん、……頼む」
 散々赤裸々にぶっちゃけたくせに、歯切れが悪い。
 いまさら照れ始めたのか。若干顔を赤らめて千雨が言った。

「んもう、かわいいなあ、ちうちゃんは!」
「抱きつくな!」
「いいじゃーん。ちうちゃんが仲良くしてくれると嬉しいんだよねー。普段冷たいからさー。さよちゃんの気持ちがわかるよ、ほんと!」
「冷たくされたくねえんなら、その態度を改めろよ!」
 恥ずかしがった千雨が無理やり和美を引き剥がす。
 ネギやさよと違って自分より大きい相手なので、非力な魔術師には少々つらい。
 無理やり引き剥がした後にふうと千雨が息を吐いた。

「ったく、ねぎとさよといい私の周りのやつはセクハラばかりを……」
 ぶつぶつと千雨がつぶやく。
「えー、ちうちゃんだって、さっきはわたしの胸を揉んだじゃない」
「その無駄にでかい胸をもう一回もまれたくなかったら黙ってろ」
「うん? ハマっちゃったの? いいよ、ちうちゃんなら、いくら揉んでも。はい、どうぞ」
 ぐいを胸を突き出された。
 変態である。
 そんな和美の姿に嫌そうな顔をした千雨が口を開こうとしたところ、

「――――あんたら、天下の往来でなんの話してんのよ」

 と、横槍がはいった。
「お、柿崎?」
「げっ、柿崎…………」
 教室で見知った顔だ。
 ジーンズにワイシャツとジャケットを合わせて、背中にはギターらしきものを背負っている。
 いまこの場では会いたくない人物としてかなり上位に入る女である。

「ちょっと千雨ちゃん。げってことはないでしょ、げってことは」
「いや、あまりにいいタイミングだったからな」
 どこからみられていたかが問題だ。
 全く悪くないはずの自分が免罪と誤解を受けかねない。
 と、嫌そうな顔をしながら千雨が自分本位のことを考えている。

「まあいいけど。ずいぶん仲いいね。千雨ちゃんネギくん捨てて女の子に走ったの?」
「残念だけどそれは無理そうだね。浮気相手として誘惑中かな。わたしらは普通のデートだよ。あんたは?」
「わたしはでこぴんロケット関係でね。これから駅前」
「…………突っ込みなしかよ」
 思わずつぶやいた千雨に美沙が笑った。
「うそうそ。ジョーダンだよ。二人で遊びに行ってたの?」
「まーね」
「こいつに巻き込まれただけだ、むりやりな」
 ぶすっとした顔で千雨が言うが、内容とは裏腹に意外にトゲのない口調に美沙が内心で驚いている。
 先程の言葉は半分軽口だったが、なにやら本当に仲がいい。

「へー意外な組み合わせだわ。千雨ちゃんのカッコも意外だけどさ。今日は髪の毛おろしてんのね」
 千雨と違ってまともな女子中学生である美沙が見逃さずに突っ込んだ。
 千雨が軽く髪の毛に手をあてる。
 いつもの三つ編みを解いて後ろに流しているくらいなのだが、どうやら意外に自分のいつもの格好はクラス内に浸透していたらしい。

「あーまあな。ちょっと用があったから……ネギ関係じゃないぞ」
 適当に答えながら、途中で誤解されないように、千雨が余計な一言を付け加えた。
 そういうのセリフをわざわざ言ってしまうあたり、フォローしきれるかが心配だ、と和美が内心思った。
 この子は自分をかなり賢いと考えているが、意外に抜けてる部分が多いのだ。

「すっごいセリフだねえそれ。じゃあなんでおしゃれしてんの?」
「だからいったじゃん。わたしとデートだったって。仲良く遊んでたんだよね」
 カラカラ笑いながら和美が言った。
「それも違えよ。別に休日にわたしがどんな格好しててもいいだろ」
 和美の軽口に一瞬便乗しようかとも思ったが、それはそれで変な流れになりそうなので、千雨が口を挟んだ。

「へえ、で、朝倉とねえ。勇気あるね、千雨ちゃん。いや、わたしも友達だとは思ってるけどさ。ネギくん関係とかもあるでしょうに」
「おまえもそれかよ。いいんだよ。こいつ相手に誤魔化すのは諦めた」
 頭を掻きながら千雨が言った。
「ひっどいなー。わたしは結構口は堅いんだって」
 そう口にする和美は特に傷ついた様子も見せていない。
 弁護も異議も口にせず、ふん、と千雨がそっぽを向いた。
 一度信用し始めた以上、改めて疑い直すのもアホらしい。もう遠慮はやめている。
 秘密抱え続ける根性がない、というよりは、適当にバレた人間と適切な距離を測り続けるのが苦手なのだろう。

「ふーん、いや、改めて意外だわ。ほんとに仲いいのね、二人って」
「いやあ、ちうちゃんの信頼が重いねえ。照れちゃうなあ」
「朝倉、うるさい」
「ふーん、じゃあ朝倉、ネギくんと千雨ちゃんのスクープは狙わないわけ?」
「スクープかあ。まー、噂が広まったらニュースにするかもしれないけどね。そもそも報道部は情報は集まるけど報道部からの噂は流れにくいんだよ。なんだかんだとサークルだからこその制約ってのもあるし、わたしだって麻帆良新聞を出してるけど、うちの中等部でもうわさの拡散で一番名前が売れてるのはハルナでしょ?」
「たしかに報道部のニュースは騒ぎの後ってのが多いわね」
 美沙が頷く。

「そういう認識されるのもそれはそれで悲しいんだけど、どうしてもね。一旦生徒側にソースとして知られたら、それが噂で流れちゃうし。ハルナとまで行かなくても、うちの中等部は部活が盛んだからクラスの外とも結構絡んでるし、中身をまとめて裏とって紙媒体で配るまでには時間がねー。だからなんだかんだいっても報道部のメインは、噂の裏付け調査だったり機関誌扱いの記事だったりするんだよ」
「あー、なるほど。そういやわたしらも文化祭のライブとかは報道部にお願いしてるね」
「必要とされるのは嬉しいんだけどねー」
 はあ、と和美が方をすくめて見せた。

「でもあんたはいつもスクープだの騒いでるじゃん」
「それはまあ、報道部にとっては世間を揺るがすスクープってのはロマンだからね。それにぶら下がりの報道だけじゃあ、サークルとして消えちゃうしさ。わたしがスクープを狙ってるのは、もっと望みが大きいの。巨悪を討ってみたり、世界的なスクープに関わったりとかね。ただのウワサやネタのために友達をなくすようなことをする気はないよ」
 麻帆良は趣味人がおおいので、各サークルが個別にサークル誌を出したりしている。報道部としてのアイデンティティを保つためにも、学園内のニュースを探す必要があるわけが、それはそれだ。
 外にはなかなか伝わりにくい、しがらみやら誇りやらがあるらしい。
 そこまで語ってから改めて和美が千雨と美砂に向かって笑ってみせた。

「まっ、そういうわけで、わたしがスクープを狙うってのは、わたしが好きでやってるからだしね。ネギくんやちうちゃんのことを報道部で秘密にするってのは相反しないわけ」

 それが言いたかったのだろう。
「ふーん、何でもかんでも秘密を知ろうって感じじゃないんだ」
「そういう面だって全くないとは言わないけどね。……って、なんでちうちゃん、そんな変な表情しているの?」
「いや、なんでもない」
 美沙が感心している横で、すでに理解していた千雨は万が一和美が、ネギや自分の本当にまずい秘密に触れても、それが守られることを願っている。
 だってこいつの言葉をそのまま受け取れば、世界のスクープは友情に優先されるという意味である。
 こいつにとっては友達へのサービスだろうが、魔術師には恐ろしすぎる宣言だ。

 と、立ち話がてらにそんなことを話してから、駅前のライブハウスへ向かうという美沙と別れ、そのまま寮の入り口で、千雨と和美が立ち止まった。
 基本インドア派の人間にはイベントがありすぎた。
 そんな千雨の心を汲みとったのか、和美が手を上げて一言だけ、

「じゃあね、ちうちゃん。また明日!」
「…………ん、じゃあな」

 と、千雨が律儀に返事をして、彼女のいやに長い一日がようやく終了した。



   ◆◆◆


 
 女子寮の一室。長谷川千雨は部屋にはいると着ていたジャケットを脱ぎ捨ててベッドの上に転がった。
「……………ホントつかれた」
 思わずひとりごとが溢れる。
 気晴らしにはなったが、その分体力の消耗が激しい。
 ルビーの残した仕事を消化しようかと考えて、軽い気分転換がてら外に出て、思わぬ人間に捕まってしまった。
 すでに夕刻に近い時間だ。

「あー」

 特に何か行動を起こす気力も起きず、意味のない声を発してゴロゴロと転がる。
 傍から見たらただのアホだ。

 今日は朝から昼からと疲れることばっかりである。
 そのままと怠惰な姿を晒していた千雨が、ちうの部屋に行くような気力は当然起きないし、このまま寝るには早すぎる。
 千雨がなんとはなしの気まぐれで、ベッドのそばにおいてあった紙の束を手にとった。

 学園の地図の束。図書館島を中心にしたそれは、3-Aの図書館島探索部の面々にネギがわたしたものと同じ、ナギ・スプリングフィールドの残した資料のコピー。
 のどかたちにも配ったはずだが、この資料で探索でもしているのだろうかと自問しながらそれを眺める。

「………………」

 以前にのどかに案内を受けて、図書館島内の開放区域に足を踏み入れたことはあるが、彼女たちが語ってくれる探索域とやらは全く知らない。
 休息用の公園水辺に緊急避難用のシールド付きの隔壁通路。いろいろと施設が整っているらしい。
 そして、そんなのどかたちの冒険憚と並んで、あそこはルビーですら侵入に手間取った場所であるはずだ。

「………………」

 宮崎のどかはあそこに足を踏み入れたことがある。早乙女ハルナや綾瀬夕映、近衛木乃香といった面々も同様だ。
 同様にルビーが本気で侵入して、追い返され、そのご侵入をあきらめているという事実もある。
 資料を探しに忍び込み、たしか得体のしれない管理人に追い回されたと言っていた。
 一般人の探索域と、至高の魔術師の挑戦場。それが混在する麻帆良が誇る大魔境。
 手に持った資料をボウと眺めつづけ、

「………………んっ?」

 ふと、その地図のある一点に焦点が合わさった。
 あまりにあっさりと書かれているので見逃しかけた。
 細かい図面に走り書きされる読めない文字、それに混じった読める文字。

「なんだ、これ? デンジャー? いや、それに…………」

 古ぼけた地図に、見知らぬ文字に日本語が混じっている。
 記号かと勘違いしかけるそれはアルファベットに日本のカタカナ。そして似顔絵。
 そこに書いてあるその文字は、


「――――『オレノテガカリ』?」


 ポリポリと千雨が頬を掻く。
 誰の似顔絵かはわからなくとも、この地図の出処を考えるとこの言葉は無視できまい。
 そのままそれを眺めつつ、千雨はどうしたものかと思考を回し、
 そして、その数十分後。

 昼前にはさよやエヴァンジェリンと話しあい、昼には朝倉和美と街中をまわり、午後はそのまま朝倉和美と遊びに出かけ、そしてようやくさきほどに、彼女のいやに長い一日がようやく終了したはずではあるが、

「なにやってんだろうなあ、わたしは。ほんと」

 終了したはずの一日を延長し、自問自答するように呟く長谷川千雨が、図書館島の前に立っていた。

 

――――


 日常編のようなそうじゃないような感じの話。



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