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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 第29話
Name: SK◆eceee5e8 ID:9aa6d564 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/05/16 22:24
「教えを乞うというのは、その教えのもととなる“技”の伝承、その歴史の紡ぎ手たる任を引き継ぐということだ」

 と、エヴァンジェリン・マクダウェルは、夕食を食べている客人たちの前でふとそんなことを口にした。
 その唐突さとは裏腹の重々しい口調に、夕食に招かれていた客人であるところの千雨は、シチューを食べていた手を止めてエヴァンジェリンに視線を向ける。
 場所はエヴァンジェリン邸だ。外の日はすでに沈んでいる。

「道を伝えるものは、自身の強さの他にその伝統を後につなげる義務を課せられる。たとえ門戸を開いて弟子入りを選別なく募集するような真似をしても、もし自分の下に百人の門弟を揃えても、継承の糸を紡ぐ弟子の選択は、最後は師の責任のもとに行われるのだから」
 エヴァンジェリン・マクダウェルは言葉をつづけた。世界の神秘を語るように深い闇色をたたえた声だ。
 月謝をとって週二回。そんな現代の価値観からは隔絶された師弟観。
 稀代の吸血鬼から語られるそれを聞くものは無条件で背筋を正す以外にあるまい。

「ネギの……、あの甘ちゃんの坊やが、そのあたりをきちんと認識しているかは知らんが、弟子入りとは師の道を継承するということになる。あいつはこれまでに本当の意味での師を持たず、そして力量も含めて未熟だから、まず最低限師弟の在り方から学ぶべきなのは当然で、つまりこの場合、やつがわたしに弟子入りをした場合、それは魔法使いとしての魂の骨子、その生誕をわたしに任せることとなる」
 通常の弟子だの流派だの門下だのとは別の継承や“唯一弟子”と、その師匠の在り方については、各々が各々の考えを持っているが、その根幹にあるのは技の継承。それは魔術でも魔法でも変わらない。
 誰に語られている言葉なのか、それを聞くのは長谷川千雨と相坂さよ。従者である絡繰茶々丸はエヴァンジェリンの横に控え、その姉はエヴァンジェリンの横の椅子に座っている。

「そのあり方から恩や義理で縛られて非難されることはあっても、師とは弟子のあらゆる行動に責任を持つことが義務付けられる。だからこそ、そんな道理に逆ネジを食わらせるならば、それ相応の覚悟がいる。弟子入りを志願するというのは、その流派に入門することとは別物の覚悟が必要なのだ」
 そんなエヴァンジェリンの独白はまだまだ続くらしいが、だんだん背筋を正して聞くのもつかれてきた千雨がちらりと茶々丸に目配せを送る。
 返ってきたのは困ったような従者の瞳。
 そろそろ千雨にもこの吸血鬼がなにを言いたいのか、この話のオチがわかってきた。

「自分に弟子としての価値があることを見せ、その光を以って師匠側に弟子入りを欲させる。入口と出口が逆なのだ。弟子として認め、その入門にうなずいた瞬間から、すでにその許容が強制される。裏切らないことを躾けると同時に裏切ろうがそれの責をもつことが求められる。あとあとに己が弟子としたものへ不満だけを述べるのならば、そいつはすでに自分の歩んでいる道に対して、昔と未来への責任を裏切っているのだから……」
 と、すでにこのあたりですでに聞く気が半分なくなった千雨は、意識がだんだんと湯気の消えていくビーフシチューに移っている。さっさと食事を再開したい。
 従者はそんな千雨の姿をはらはらと心配そうに見つめているが、自分の世界に入った吸血鬼はそんなもの見てはいない。
 その横で相坂さよは律義にエヴァンジェリンの言葉に耳を傾けている。

「つまりそれほどに本来の意味でいうところの“弟子”とは厳しいもので、師弟という関係はそれほどに重要なものなわけだが――――」
 と、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはいったん言葉を止めた。
 シチューを眺めていた千雨とこちらを見つめていたさよに目を向ける。


「――――あのアホは、わたしに弟子入りを志願しといて、何をいきなり古菲にカンフーを習い始めたりしとるんだっ!」


 と、そんなことを大きく叫ぶ。
 ひゃん、とさよが椅子の上で飛び跳ねて、千雨がやっぱりこいつの言っているのはその件かと首肯して、茶々丸とチャチャゼロが主の怒りの原因を思い出す。
 それは先日ネギがエヴァンジェリンに弟子入りを志願しに来た日から、二日後の夜の出来事だった。



 第29話


「どんだけ一貫性のないやつなんだあいつは! さよを見習えさよを! さよなどわたしが教えてやろうといってやったのに断ったんだぞ!」
「……なんだそれ」
「あっ、その……実はそのようなことを……。以前ここで自主練習をしている時に、教えてくださるとおっしゃってもらったんです」
 その申し出は断ったらしい。
 というかあれだけなんだかんだと演説を打っておいて、自分はさよにアプローチをかけていたようだ。

「いいんだよ! わたしのはただの技術指南だろうがっ。ルビーもいなくなったし、ちょっとわたしからも手ほどきしてやろうってだけだ! 魔法ではなく、きちんと魔術を指南してやるといっただろ!」
「うっ、で、でもその、エヴァンジェリンさんの魔術も千雨さんと同じで、一応ルビーさんの系譜という形なので、千雨さんとは同格別種の位置づけになってしまいますから……」
「まっ、まあそれはそうだがな。でもまあ傍系の技なんだから、千雨が割りを食うだけだだし、べつにいいだろ、ちょっとくらい」
「全然よくねえよ。今までの話は何だったんだ……」

 他流派であろうとも、その教えを受ければ、それは確かに受け手の血肉となって伝承が行われる。
 それはそれで“あり”ではあるのだが、さすがにさっきのご高説を聞いていた身としては呆れるしかない。
 先程の長々とした話は、まるまる全部ただの鬱憤ばらしだったようだ。
 その横で、律儀に罪悪感から胸を抑えるさよが目を白黒させているが、これはさすがに言いがかりすぎる発言だ。

 ちなみにさよがエヴァンジェリンの申し出を断ったのは、魔術に関してエヴァンジェリンの技がルビーから継承したものだからだ。
 千雨がルビーの弟子だったりすればまたべつだが、ルビーから継承され、エヴァンジェリンが消化した技術はすでにエヴァンジェリンの魔術である。
 同様に千雨が使うものも、分類としては千雨の技法であり、エヴァンジェリンの技術と完全に同じではない。
 魔術師の師を複数持つことはさよの力にはなっても、千雨の教えに対する助けにはならないのだ。

「まあわたしもそんな器用じゃないから、他のものに手を出すなってさよには言ってあるしな」
「そ、そうですね。エヴァンジェリンさんがすごい人だというのは十分知っていますけど、わたしは魔法は習えませんし、魔術に関しては千雨さんから習うと決めてしまっていますから」
 むー、とエヴァンジェリンが膨れている。根に持っているらしい。どんだけさよを気に入ってるんだこいつ。

 一方で千雨のような抜け穴を使ったわけでもなく、そのままの意味で魔術を指南できるなどと口にできるエヴァンジェリンの性能は千雨から見てもとんでもないものがある。
 気に入っているからだの、千雨もいるからだの、そういう面を抜きにしてもエヴァンジェリンがそう口にした以上、本当に教えることが可能だということだ。
 能力を受け継いだ千雨と異なり、知識と情報を純粋に学び取ったエヴァンジェリンの自負と能力が見て取れる言葉だった。

 魔術師は、人の技術を自分の技術においそれと混ぜられない。魔術は回り道だろうがなんだろうが、最終的に目指すものをはっきりさせて進められるためだ。
 目的を持たない魔術師は存在しない。
 そこに近道のような技術を混ぜれば、目的とする根源が揺れてしまう。
 根源を目指していない千雨やさよはその限りでもないが、やはり魔法に手を出せば、いつかは魔術を使わずに魔法を使う羽目になってしまうだろう。

「でもネギは魔法使いだろ。両立できるようならつづけりゃいいし、ダメそうならやめりゃいいよ」
「あん? なめてるのか貴様は。なにを聞いていたんだ、魔法だの魔術だの関係なく、そんな信念で弟子入りなどさせるはずあるか。そんなことしてもどっちつかずになるだけだ」
「お前だっていろいろやってるじゃねえか。何でもできるとか豪語してたし。それにルビーだって、中国拳法習ってたわけだろ? そもそもお前が断りも許可もせず、試験をするとか言って引き伸ばしたのが原因なんだし、ネギもなんか色々と試してみたいんだろうよ」
 千雨がここにいないネギのために弁護をした。

「それとこれとは話が別なんだよ! ルビーや私は寿命に縛られていないってだけだ。自分自身に終端を持たないから継承の義務から外れている。生きつづけることがそのまま歴史を担っているから、自由に弟子をとろうが技を重ねて学ぼうが消化できるんだ!」
 エヴァンジェリンが断定するような口調で言う。
 その勢いに押されて反論を封じ込められた千雨がなんとなく頷いてしまった。
 時間に縛られないものは弟子を取る義務にもとらわれない、まあそれは道理だろう。

「それにルビーにいたっては完全に技術として学んでいるだけだ。あいつは自分が習ったという八極拳を便利な道具の一つとしてしか見てなかったんだぞ! 道も信念もくそもない。あいつの師も似たようなものだったらしいし、ただ技術を学ぶだけの弟子入りだと割り切るならまあそれはそれでいいんだ」
 武術をバッグにしまう折り畳み傘のごとく言ってのけるエヴァンジェリン。なるほど、これを古菲に聞かれれば、それは怒られることだろう。
 なるほどなあ、と千雨もだいたい言いたいことを理解する。

 たしかにネギは古菲から直々に中国拳法を習うわけで、その後、あなたから習った技術は予備なんですとは言えないし、ネギ本人も考えないだろう。
 エヴァンジェリンは、流派としての弟子入りと、技術取得としての弟子入りに明確な区分を持っているらしい。
 あまりそのあたりを真剣に考えたことのない千雨にはめんどくさいだけだが、それにかかわっているのがネギなので放置もできない。

「だがな、それはただの技術と割り切った場合だけだ! 古菲は皆伝位のはずだろう!? あいつもさらっと弟子入りを認めおって、何を考えてるんだ! というか、たとえ技術を学ぶための弟子入りだとしても普通片方に入門願い出しながら学ぼうとするか!? ありえんだろっ! 百歩譲っても入門は普通一つずつだろ!」
「……………まあ、お前の弟子入りはまだ決定してないし」
 自分でも言い訳になってないと思いながら千雨が口を挟む。
「だとしても、同時に学ぶのと、同時に学ぼうとするのは別もんだろうが! 通信教育だの駅前セミナーなどと間違えてるんじゃないのか!? 弟子入りだぞっ、弟子入り! それに試験をしてやるところまでは妥協してやっただろうが! せめて私の試験で失敗してから鞍替えするくらいなら可愛げがあるものを……」
 ぎりぎりと歯を鳴らしながらエヴァンジェリンが言った。相当ムカついているらしい。

「あー、なんつーかさ、あいつが古菲のやつに弟子入りしようとしたのって、修学旅行の件が関わってるんだよ」
 困った顔をしてフォロー代わりの言葉を吐きながら、千雨が頬をかく。
 エヴァンジェリンの言い分は分からないでもないが、さすがにネギがかわいそうになってきたからだ。

「あん? どういうことだ」
「いや、結構前に、ルビーが中国拳法だのを習ってたって話をしたことがあったんだけど、なんか修学旅行で石化の術を使う銀髪とやりあった時に、そいつもその中国拳法系の技を使ってたんだとさ。で、その対策込みでなんかやった方がいいと思ったらしい」
 ついでにいえば、そちらの技術については千雨がルビーからまったく引き継いでいないことも、ネギが決心した理由の一つなのだろうが、そちらについては千雨は全く気づいていない。

「あいつの……ああ、だから古菲なのか……」
「ネギの方も前から古菲の拳法には興味があったみたいだったけどな。まあわたしも、昨日の今日で弟子入りするとは思わなかったけど……」
 ちなみにネギはエヴァンジェリンが実は格闘も使えるということを正確に理解していない。
 そりゃあ中国拳法を隅から隅までマスターしているわけではないが、エヴァンジェリンは柔術から操糸術まで、近距離中距離遠距離すべてに対して一家言持ちである。
 考えこむようにエヴァンジェリンが黙った。

「……やっぱネギのことは断るのか?」
「ええっ、ダメですよ、そんなの!」
 ちらりとエヴァンジェリンがさよと千雨に視線を送った。

「……弟子入りの試験はしてやる。それは一度口に出したことだからな。古菲の件も業腹ではあるが“まだ”私に弟子入りをしていないあいつに文句をいうべきことでもない。理屈っぽいお前と同様あいつには中国拳法のほうがあっているかもしれんしな」
「へえ、意外に気前がいいのな」
「ふん。今ごろ気づいたか。だが、試験に関しては話が別だ。内容について遠慮はせんぞ」
 ふっふっふ、とエヴァンジェリンが笑った。怒りを弟子入りの試験にぶつけるつもりなのだろう。
 千雨はこれに関しては自分にはどうしようもないとわかっているので、一応成り行きを見守ったまま食事を続けた。あとでネギには情報のリークぐらいはしてやろう。

 そんな二人の姿に、さよが食事の手を止め、気もそぞろに不安げな顔を見せていた。
 ちなみに最近のエヴァンジェリン邸の食事はさよが片腕で取れるようなものでで統一されている。

「そういえば、その腕の見通しはどうなった」
 と、一旦怒りと話を中断して、千雨に問いかけた。
「来週あたりまでにはある程度治したいけど、まだ下書きの段階だな。状態を調べ終わったら設計図を引いて、予算を組んで、道具をそろえて、たぶん詳しく日程が組めるのはそのあとになると思う」
 割合あっさりと答えが返ってきた。
 自分の目算とそう違わない回答にエヴァンジェリンが頷く。

「まあそんなものだろうな。金で解決する部分はこっちでもってやるから、茶々丸に伝えておけ」
「あー、それは本当に助かる。というか正直頼む気でいたし……。遠慮無く世話になるよ。道具とかの見積りはだいたい終わってるからあとで一覧を作って渡す。それが揃ったら、今度の休みに一気に仕上げまで持っていく感じかな。慣らしが必要だけど、うまく行けば本格的なリハビリみたいなのは必要ないはずだ」
 気前のいい言葉を有りがたく受け取った。

 令呪にガンドと忘れられがちだが、千雨の基本となるものは宝石魔術。その宿命としてお金はどれだけあっても足りないような面がある。
 このあたりはネギに相談しても解決しないだろう。
 ときに金銭の貸し借りは色恋以上に面倒なのだ。
 というわけで、自分でも宝石の裸石くらいは入手できるようになっておかないといけないなどとこっそり思っていることなどは、むしろネギには秘密にさえしている千雨であった。
 というか、下手に話を漏らしてネギからいきなり宝石など送られようものなら、面倒ごとになるに決まっている。

 そんな懐事情を頭の片隅に、食後の紅茶を飲みながらちらりと視線をエヴァンジェリンに向ける。
 その視線の先には、ふっふっふといまだに悪の笑いを響かせながら、どういう試験でネギを苦しめてやろうかと考えているらしいその姿があった。


   ◆


「つーわけで、昨日の夜そんな話が挙がってたんだけどさ」
 千雨はそこまで語ってネギの前でお茶をすすった。
 場所は千雨の部屋。時間はすでに夕刻だ。

「そ、そうですか。エヴァンジェリンさんが……」
「どうするつもりだ? 今から古菲に断り入れてもエヴァンジェリンは試験を軽くしてくれたりはしないだろうけど」
「……いえ、僕はやっぱり格闘技については習っておきたいと思います」
 へえ、と千雨が内心唸った。

「エヴァンジェリンにじゃなく、古菲にか?」
「きっとエヴァンジェリンさんの弦糸術や体術も、ボクには及びもつかない高みにある技法なのでしょうが、それは古菲さんの技術も同様です。古菲さんへの弟子入りはボクなりに考えた結果ですから……それに一度決心して、すでに習い始めているんです。撤回はできません」
 もともとネギが古菲の技術に興味を持ったのは、彼女の技が修学旅行で見たフェイトの技法につながっているためだ。
 そいつが使ったという格闘技術。後塵を拝する技術というよりは、百戦無敗の心得だろう。
 撤回する気はないらしい。

「千雨さんは反対されますか?」
 少し黙ってからネギが聞いた。
 その言葉に千雨が笑う。
「言っただろ。エヴァンジェリンの言うこともわからないわけじゃないけど、技術の継承についちゃあ、わたしは師匠が師匠だからな。効率を重視することはあっても、信条については二の次だ」
 ここで反対したとしても先ほどの言葉を撤回はしないだろうが、千雨としては実際のところ別段文句をいう気はない。
 本来はネギが悩むようならエヴァンジェリンとの橋渡しでもしてやるべきかと思っていたくらいなのだ。
 それに、すでに習い始めた以上、エヴァンジェリンもネギが古菲の弟子を今更撤回するなどと言えば、それはそれで怒るだろう。
 やらないことと行動してから撤回することは別物だ。

「しかし中国拳法ねえ。ルビーがやってたのは師匠が使い手で習うのが手頃だったからとかいう理由だったっけか」
 本当のところは別にあったのかもしれないが、千雨が聞いているのはそれだけだ。
 改めて考えればなめた理由だ。遠坂凛。五大元素を操ったという天の才器。さすがすぎる。

「ボクはルビーさんの格闘技術については拝見したことはありませんね」
「才能一辺倒である程度使えるようにだけ学んでたらしいな。たぶん古菲のほうが上なんだろう。あいつ自身もそんなこと言ってたし。……わたしはあの銀髪については、どの程度のものかは知らないけどどうなんだ?」
「フェイトと名乗っていた少年ですね。正直なところ、彼や古菲さんの技術は二人ともに、今のボクでは比べることもできないほど高みにあります。でも、ボクは古菲さんの技術は彼に劣るようなものではないと考えていますから」
「まっ、この麻帆良で四天王を張ってるくらいだしな」
 千雨が笑った。

「彼とはまたどこかで会うことになるかもしれません。ボクは魔法については、少し理由があって危ないものも覚えているのですが、それを当てる技術については、ほとんど磨いてきませんでしたので……」
「ふーん、意外と考えてるのな」
「当たり前です!」
 深くは踏み込まず、軽口を返した千雨にネギが頬をふくらませた。

「冗談だよ。知ってるさ。うん、お前は頑張ってるもんな」
 千雨がポツリと呟いた。
 ふと漏れた千雨の言葉に、ネギが視線を向けるが、千雨は視線を手元の紅茶に向けたまま、その視線には気づかなかった。

 ネギの自分が進む道に対する行動力は折り紙つきだ。
 そして、そんなネギの頑張りを千雨は十分に知っている。
 修学旅行で言った言葉に嘘はない。
 彼は自分などよりも、よほど努力と決意を重ねているのだ。
 それは努力を積み重ねる胆力と同時に、努力を積み重ねるための自分の進むべき道筋を、ネギが明確に宿しているという意味である。

「…………あっ、それで中国拳法って何を習うんだ? もうなんか始めてるのか?」
「まだ本格的に習い始めたわけではありませんのでさわりの段階ですが、歩法や型など基本のようなものを習っています」
「ふーん、本格的になったら忙しくなりそうだな」
「忙しくても、僕も千雨さんも麻帆良にいるんですからいつでもこうして逢えますよ」
 話をそらすような千雨の言葉だったが、ネギは追求しないままに答えた。

「ま、まあそうだけど……」
 生返事をしながら千雨がお茶で喉を潤す。
 千雨も千雨でさよの件に“自分”の件にと、そこそこに忙しくなりそうなのだが、そちらはネギに頼るようなものでもない。ネギの負担にはならないだろう。
 それに自分の要件は修学旅行から始まった後始末や、自分を取り巻く状況の変化に対応するためのものにすぎない。

 未来を見据えているネギの行為を邪魔するのは気が引ける、そう考えて千雨は沈黙したままだ。
 実際には、ネギが教師として友人としてと、3-Aのメンバー相手に奔走し、旅行があけて父親のことや自分のことと問題ごとを抱え込んだのと同様に、千雨だってルビーがいなくなったことの影響で、個人的な道具の調達から修行法からといろいろと問題が噴出している。
 彼女は自分の努力に対する算定がどうにも甘い。

「千雨さん。千雨さんはなにか困ったことはありませんか? 僕に出来ることなら、何でも言ってくださいね」
 千雨が変に遠慮し始めたのを感じ取ったのか、ネギがそんな言葉を挟み込んだ。
「……ん、うん。わかった。まあ今のところは大丈夫だけど……唐突だな」
「でも、千雨さんはあんまりボクに頼ってくれませんし、一度ちゃんと言っておいたほうがいいと思ったんです」
 どうにも自分の苦労ごとは、自分で何とか出来ると考えている限り口に出さない意外と嘘つきの長谷川千雨。
 そんな彼女を気遣ったネギの言葉だ。

「そ、そうか?」
「はい。修学旅行中は忙しかったですし、あんまり千雨さんとゆっくりとお話しできませんでしたから」
「け、結構喋ってたと思うけど……」
「旅行中はたまの手すきにお話するでしたし…………なんというか、こういう普通のお話を二人きりでゆっくりとするような時間はほとんど取れませんでしたから」

 ネギが微笑む。
 ふわりとした、千雨に向かった愛情にあふれる笑みだ。
 たしかに、修学旅行中に木乃香の件もあり千雨とはほとんど一緒にいたが、ゆっくりとしたものだとは言いがたい。
 千雨の方もそんな言葉を改めて口にされて、ようやくネギの言葉の気遣いを理解した。
 たしかに付き合うだの何だの言っても、最初のインパクトが強すぎただけで、実際に二人が恋人同士として、じっくりと時間を重ねてきたのかといえば、そんなことはまったくない。

 しかし、なんでこいつはこういうことをさらりと言えるのだろうか。
 単純なただ二人きりの時間を共有することで育っていくそういうものに圧倒されて、千雨が少し押し黙った。
 だが、そういうぼんやりとした暖かなものを受け入れるには、長谷川千雨は経験値が足りなすぎる。
 どうして横の男は平然としているのだろうかと混乱しながら、ごまかすように千雨が口を開き、

「ま、まあそうだよな。うん。結構忙しかったもんな。こうして部屋で、二人っきりなのは――――」

 そして、そのまま言葉が停止する。
 自分で口に出して、自分でびっくりしていた。
 恥ずかしくなったのか、あー、っと視線を逸らして照れながら、


「――――あ、うん。そうだな。ほんと……ちょっと、ひさしぶり、かもな……」


 そのまま、カアとうつむいた。
 何故かいきなり千雨の顔が赤くなっている。
 この子はあほではなかろうか。

 なにを考えて暴走したのか、動悸を抑えて、続く言葉も発せないままに俯いている。
 いつまでたっても成長の見えない千雨と裏腹に、そろそろ千雨の上手に立ち始めたネギの姿。
 幾度目かになる繰り返しの光景だが、反省と改善の見えない千雨と違い、目の前の少年は優秀なのだ。

「…………千雨さんは、とっても可愛らしい人ですね」

 そんな恋人の姿を見ながら、手を取ることも、抱きしめることも、口付けることもないままに、お茶請けを一つ取り上げるほどの平静さをもって、ネギがさらりとそんな言葉を口にする。
 ビシリと千雨の動きが硬直した。
 ネギはそんな千雨の姿を微笑みながら眺めている。
 そんなネギと対照的に、千雨はショート寸前でグルグルと目を回すだけだ。

 飲み終わった紅茶のカップを置いて、ネギが改めて、千雨に視線を向けた。
 そして、ネギがにこりと笑い、そのまま硬直したままの千雨の手から紅茶がまだ残っているカップを、ひょいと取り上げて横に置く。
 なんで? そんなのきまってる。
 もちろん、カップを割れたら危ないからだ。

「抱きしめてもいいですか?」
「はい!?」

 限りなく、ひゃいに近い返事をして飛び上がる千雨を見ながら、改めてこの人はかわいいなあとネギは思う。
 さっそく体術家としての才能の片鱗を見せながら、ネギは体重を感じさせない歩法をみせてふわりと近づき、手をとった。
 そして、真っ赤なままの少女は、抵抗もできないままに抱きしめられてそのままに――――


   ◆


「――――おい、聞いているのか、千雨」
「えっ!? い、いや、聞いてなかった」

 ぼうっとしたままお茶を口に運んでいた千雨に、エヴァンジェリンから声が掛かる。
 学校帰りの喫茶店。
 茶々丸という家事も有能な従者を持ってはいるが、意外に安っぽいオープンカフェなどにも抵抗なく足を運ぶエヴァンジェリンである。
 時間はまだ夕刻前だ。

 千雨は帰り際にエヴァンジェリンに同行を申し渡されたわけだがその理由をまだ聞いていない。
 何か別の用事があるのかさよの姿はないが、エヴァンジェリンにつき従う絡繰茶々丸は主の後ろに立っている。

「ぼけっとするな。今日、ネギに弟子入りの課題を言い渡した」
「んっ、ああ。それで結局なにすることにしたんだ?」
 頭を切り替えた千雨が聞き返す。
「拳闘だ。奴が学び始めた中国拳法を使ってな。相手には茶々丸をあてる」
「はっ? 拳闘?」

 目を丸くした千雨が思わず視線を送ると、律儀にエヴァンジェリンの後ろに立ったまま控えていた茶々丸から目礼を返された。
 もちろん礼儀正しい従者である茶々丸は、たまたま同席していた佐々木まき絵に煽られて決めた試験内容であることなどは口にはしない。

 オープンテラスの一席で、エヴァンジェリンに並んだ椅子に座らされているチャチャゼロも、内心で笑いながら黙ったままだ。
 ここはまだ学内だし人気もある。それに黙っていたほうが面白そうだ。
 弟子入りなど本気で考えてもいなかったくせに、その相手が自分ではないものに気を取られてると苛つき出すのだ。
 この御主人は、変なところで肉体年齢に縛られた思考を克服できていない。

「えっと、技術試験ってことじゃないよな?」
「もちろん違う。古菲から学んだ武術を用いての純粋な格闘戦だ。道具は無し、魔法は……まあ自己強化くらいはありでもよいが、浮遊と飛び道具に関しては無しといったところだろう」
「魔法使いとしての弟子入り試験なんじゃないのか?」
「一度私とあいつはやりあっているんだぞ。あいつの魔法の実力は知っている。そもそも魔法を学びに来るための試験で魔法をテストしてどうするんだ」

 エヴァンジェリンが肩をすくめる。
 だからこそ普通は魔法のテストなのではなかろうかと千雨が首を傾げているが、エヴァンジェリンは全く気にした様子を見せずに言葉を続けた。

「古菲の弟子としてどの程度の技を学んだかを見れば、学ぶものとしての資質も見える。古菲への弟子入りについてはやつも取り下げる気はないのだろう?」
「ああ、撤回する気はないみたいだったぞ」
 協力するといった手前、ネギの弁護をしてやろうと思っていたのだが、なぜかエヴァンジェリンは、それでよいとばかりに頷いた。

「あれだけ厳しくするとか怒ってた割に結構甘いのな」
「そう思うなら、貴様もまだまだ未熟だということだ。勝利の基準とは何を見るかで決定する。わたしは強さを見たいわけではない。ぼーやの意外性を見たいんだ。単純に勝っても、単純に負けるようでも面白くない。同時に技術を学ぶなどというなめた真似すると宣言した以上、あいつがわたしの予想を覆すさまを期待してもバチは当たらんだろう」
「……なるほどな」
 試験官のくせに合格基準を定めていないらしい。採点方法としては最悪だ。

「ネギにはなんて言ってあるんだ?」
「ぼーやには茶々丸に一撃当てれば合格にすると言ってあるが、奴の技能からみて、一日二日古菲に習ったとしても茶々丸には及ぶまい。だが、だからこそ、勝つとすればわたしの予想を覆すはずだ。これはお前たちの思考だな? それに勝てないまでも、そこそこ食らいつくようなら面白い結果が見れるかもしれんしな」

 千雨がそれを聞いて、苦々しい顔をした。
 もちろん思い当たらないはずがない。
 百の時間で千の世界で万の場所で、そして無限の平行線をたどっても、必ず同じ結果を示すことは珍しいものではない。
 平行世界、鏡面世界、“可能性世界”における許容される“奇跡”の範囲。
 分岐があり得るか否かの演算思考。
 平行世界の数と種類の矛盾についてをルビーの弟子が理解できないはずがない。
 可能性を内包させる素質と、その可能性を引き寄せる器量を要求するそれは、たかだか弟子入り試験のハードルとしては高すぎるといっても間違いではないだろう。

「それで一撃当てたらか。……セオリー通り勝ったら合格ってのはしなかったんだな」
 エヴァンジェリンが頷く。
「一撃ならまだ“万が一”があり得るが、試合での勝利は絶対に不可能だ。勝利というのは意外に曖昧な基準だからな。基準ってのは甘ければ甘いほどひっくり返しにくいもんなんだ。一撃ってのはつまり一撃が勝敗を分ける実戦という意味合いが強いが、そもそも茶々丸に勝つのはそんな簡単なことじゃない。本当に勝利できればそれはそれで面白いとも言えるが、戦いならまだしも試合では、紛れも何もなく百回やって茶々丸が百回勝つ」
 エヴァンジェリンが断定した。
 意外性を許容できる条件とできない条件があるのだろう。
 殺し合いは始まるまでが本番で、極論毒でも使えばかすり傷が生死を分けるが、試合は準備よりも本番が重視される。

「どのみち一撃あてるなんて条件だろうが、一日二日じゃどうにもならんよ。失敗することが前提なのさ。合格基準なんてもっと低くてもいいくらいだ。どうせ変わらん。だからこそ、やつがなにを起こすかを見たいのだからな。ああ、そうだ。だからな千雨、お前は奴に手を貸すなよ。これ以上師が増えるのもそうだが、お前のような小賢しい思考をするタイプは今回の試験の“基準”を乱すからな」
 そういって、じろりとエヴァンジェリンに睨まれた。

 ネギも知っていることだが、自分の技法は錬金術師から派生する思考術。筋トレ以前の問題だ。
 速度もそうだが、計算用の蓄積された演算式が必要になる。
 ルビーからもらったものだが、それには当然のように対茶々丸用のものもあり、それを与えてしまえば、それはもうカンニングだろう。
 だがまあ、手を貸すなと露骨に云われた方が、変に両陣営に気を回さずにネギに接することができるわけで、ネギには悪いが、自分としては楽な面もある。

 千雨から作戦を与えられ、その上で勝利してもエヴァンジェリンは試験を合格とはしないように、この辺りは無知であることが流れを有利に進めるということなのだろう。
 テスト対策をとって高得点化だけを狙うような千雨のやり方をもって、ネギの地力を測るテストに横槍を入れれば、それはマイナス方面に作用する。

「手伝った上で絡繰に勝つってのはダメなんだよな」
「お前の技能を使うのは構わんが、お前から技能を継承するのはやめたほうがいいだろう」
 当たり前のようにエヴァンジェリンが答える。

「そもそも、あいつが自分で取り込むならまだしも、技法としてお前から継承すれば、それこそ本格的に軸がブレるぞ。お前と古菲で連立する気か? 魔法と拳闘ならまだしも、お前の格闘はカンフーともろに競合するだろ。私はまだしもお前や古菲はそこまで器用ではあるまい」
「うーん、やっぱそうか……」
 少し考えてから千雨が頷く。
 千雨としても文句の言い様がないからだ。


   ◆


 そして翌日。
 日も上がらぬ平日未明から、すでにネギはエヴァンジェリンのテストに向けて奔走していた。
 いつのまにか気力を充填したらしく、やる気に満ちあふれている。

「ネギ坊主。今日から私をくー老師と呼ぶがいいネ」

 と、学園の片隅で古菲の声が響き渡った。
 エヴァンジェリンに正式に弟子入りの試験を言い渡されて早速の対応として、早朝からネギが、エヴァンジェリンの試験に向けた稽古を始めている。
 まだ日も上がらぬ時刻であるが、試験はもう翌々日なのだ。早すぎるということはないだろう。

「ネギ坊主。達人相手に一本とることは二日間の修練では難しいアル。よって少々厳しい特訓になるが覚悟はあるアルか?」
「はいっ!」
 と元気よく返事をするネギの横に、一人の少女が立っている。
 それは千雨でも明日菜でもなく、麻帆良学園女子中等部3-Aに所属する新体操部の未来のエース、

「わ、なんか面白そー。私もやるよ。役に立つかも!」

 やる気に溢れる新体操部一部員、クラブ顧問からは未来を見据えて現状は評価据え置きの佐々木まき絵である。
 古菲がネギに中国拳法を教えると聞いて、興味半分に参加しに来たのだ。
 実はエヴァンジェリンに拳闘の試験内容を押し付けた張本人でもある。

 どのみちエヴァンジェリンの試験では身体強化の魔法くらいしか使えないため、中国拳法の修練ならばまき絵が参加しても問題無いということで、ネギともども古菲の朝練に参加している。
 そうして、ネギとまき絵の二人に対する体育会系風味の中国武術講座が始まったわけだが、逆さ吊りのまま丸木を避ける訓練から始まり、中武研名物とやらの木人形と続けていく。
 飛んでくる板切れに打ちのめされて、へばったところを叩き起こされ、もはやなんの特訓を行っているかもわからなくなってきた頃に、ようやく朝練は終了した。
 内容自体は古菲の悪乗り半分、基礎訓練半分といったところだろう。
 すでに上がりきった朝日に照らされて、ネギとまき絵がヘトヘトのまま地面に横たわっている。

「なんと、もうへばったあるか、情けない」

 古菲がやれやれとため息を吐く。
 まだ技の鍛錬にはとりかかってもいないのだ。
 へろへろのままネギとまき絵が返事をするが、さっそく続きを、とは行けそうにない。
 そんな三人に声がかかった。

「なにアホなことやってんのよ」

 その声に、古菲たちが振り向く。
 そこにいたのは桜咲刹那に神楽坂明日菜、そして近衛木乃香の三人だ。

「お、明日菜。配達は終わったアルか」
「うん、さっきね。わたしもちょっと刹那さんに教えてもらおうかと思って」
 答えながらはた目にはおもちゃのハリセンにしか見えないアーティファクトを振ってみせた。
 日課の二度寝を中止して、刹那に訓練を頼んだのだ。

「へー明日菜が? なんでー?」
 寝っ転がったままのまき絵が聞く。
「んー、ちょっと思うところがあってね。まっ、やって損はないでしょ」
 そんな明日菜の言葉にまき絵は首を傾げるが、刹那や古菲などはその動機の出処を感じ取っているために、特に文句は付けなかった。
 刹那が明日菜の鍛錬を手伝っているのも、そのあたりに理由がある。

「ふーん、明日菜がねえ……」
「まあいいでしょ。それ言ったら、まきちゃんだってなんで参加してるのよ?」
「あー、なんかネギ君頑張ってたからさー。わたしもなんか新体操の参考になるんじゃないかって思って」
 脳天気にまき絵が笑う。
 たしかに、彼女は中国拳法を使えるようになろうとは考えていない。
 殴られるのはもちろん、殴るのだって遠慮したいくらいだ。

 そうしてつつがなく朝練が終了したその日の放課後。
 さすがに少し本腰を入れることにした古菲が、半分のりで決めた朝の修行を謝罪して、ようやく本格的にネギに修行をつけ始める。
 なんとなく朝のノリを引きずって明日菜たちも同席しているが、別段一緒に中国拳法を学ぶ気はない。
 刹那と一緒に、朝と同じく剣術の鍛錬を始めていた。

「ニャハハ、朝はスマンかたアル。ここからはまじめにやるネ。ではさっそくネギ坊主。茶々丸に勝つ方法を考えるネ。こっち来るアル」
「はい」
「あっ、わたしもー」
 まき絵がふらふらとネギについてきた。

「ふむ、それでは……と、その前にネギ坊主。千雨はどうしたアルか?」
 素直についてくるネギに古菲が問いかける。
 今日の放課後も千雨はいつの間にか帰ってしまっていた。
 裏の事情を聞いているだけに、朝練はまだしも午後くらいは千雨も参加するものと考えていたのだ。

「あっ、実は今回の件は千雨さんの助力は禁止されているんです」
「助力って? くーちゃんみたいな? 千雨ちゃんも中国拳法をやってるの?」
「千雨さんの……先生のような方が中国拳法を嗜んでいたそうです。流派までは聞いていませんが。ただ、千雨さんの技術と言うのはまた少し別で、えーと……千雨さんから戦い方のアドバイスのようなものを受けるべきではないと言われているんです」
 まき絵の存在を考慮して少し濁した返事をした。

「ふむ、エヴァンジェリンがそう言ったアルか?」
「そのようです。昨日の夜に千雨さんから伝言を受け取りました。古菲さんに師事した以上、千雨さんから別途試験への対策を“技術”として受け取ってしまうべきではないと、」
 魔法を禁止したように、空を飛ばずにただ武術を使用する。千雨の技術も同様だ。
 これは古菲からの鍛錬を通して、ネギの弟子としての資質を見る試験なのだから。

「千雨の技術アルか……」
「はい。以前ボクも参考にさせていただいたことはあるのですが、くー老師に習いながら、千雨さんの技を勉強するのは、くー老師との間で師弟線が交錯するから、避けるようにと。あと、千雨さんからは、これまでにボクが身につけている千雨さんの技術の利用についても、今後は師であるくー老師に伺いを立てたほうが良いとも言われています」
「ああ、なるほど。……たしかに中国拳法の流派でもどっちつかずはいかんアルね。ただ、すでに持っている技術を封印して置く必要はないある。問題になるようならわたしから口を挟むが、もう学んでいるというのなら、そちらについてはあまり気にする必要はないアルよ」
 はい、とネギが頷いた。

「ふーん、流派とかはあんまりわかんないなあ。今やってるのは八極拳だっけ?」
 もともと中国拳法などは、公園でご年配の方々がたしなむ健康体操混じりの太極拳くらいしか知らないまき絵である。
 古菲が、むむ、と唸るが、自分と同じバカレンジャーのまき絵に百派を超える千々万変の中国武術の分類を講義するのは難しいだろう。

 そうしてその後、古菲はネギの指導をしながら、千雨の助力を禁止したというエヴァンジェリンについて考えている。
 古菲も古菲でエヴァンジェリンの助言とやらにこっそりと納得してもいるのだ。
 自分もいまだ修行中。
 別段ネギを生涯の弟子にしたわけではないし、そもそも弟子の育成についてを学んでいるわけでもない。自分の修練を参考に、技術を継承しているだけだ。
 自分もまだまだ精進の身。ちょうど魔法使いとやらと拳を交えてみたかったし、教えるだけでなく、ネギや千雨とはむしろ技を比べてみたいという気持ちも当然ある。
 エヴァンジェリンは師としてのあり方を重視していたが、魔法を知って、ネギの方から弟子入りを申し出られているものの、古菲はどちらかと言えばネギとは一緒に切磋琢磨するという面のほうが強い。

 彼女は以前から麻帆良四天王と呼ばれてはいたが、楓や刹那、真名たちのような、自分よりもさらに普通でない者達との差には気づいていた。
 だからこそ、彼女は修学旅行で魔法を知って、その技に感嘆するとともに、その技についての情報を欲していた。
 彼女は修学旅行で千雨の技を見て、その溝を埋める道を見出したのだ。

 思考から浮き上がり、目の前で自分の技を受け継ごうとしている弟子を見る。
 対茶々丸用にとカウンター技を中心に指導していたが、教えたものを教えた分だけ吸収している。すでに、ある程度のものになり始めたようだ。
 随分とまあ有望である。

 次の指示を与え、なぜか音頭を取っているまき絵が掛け声を上げて、威勢よくネギが返事をする。
 そんな二人をこらこらと明日菜が諫め、微笑みながら刹那がそんな同級生を眺めていた。
 そうしてその後、翌日の朝練に備え一旦解散となるまで、そんなかたちの訓練が続けられることとなった。



―――――


 繋ぎ回その二になります。
 次回は試験編。


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