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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 第28話
Name: SK◆eceee5e8 ID:9aa6d564 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/05/16 22:24
 騒がしかった修学旅行が終わり、平穏を取り戻した3-Aの生徒たちと担任教師。
 5日間に渡る長い旅行の疲れをいやそうと、修学旅行翌日の日曜日を皆が休んでいるそんな中、麻帆良女子寮、神楽坂アスナと近衛木乃香が暮らす一室で、同居人であるネギが一枚の古地図と向き合っていた。
 カリカリとペンの音を響かせるネギは自分の机に向かい、近衛詠春から預かった古地図を前に奮闘している。

 そんな寮の一室で、新聞配達明けの二度寝から明日菜が目覚めたときにはすでにお昼を過ぎていた。
 寝ぼけ眼で部屋を見渡すが、もくもくと書類に向き合うネギのほかに姿はない。
 木乃香の姿がないのは、買い出しにでも出かけているからだろう。

「なにやってんのネギ。帰ってきてそうそう」
「あっ、おはようございます。明日菜さん」
 二段ベッドから、ネギの部屋と化しているロフトにひょいと飛び乗ると、明日菜はネギの手元を覗き込んだ。
「はい。実は、長さんからもらった手がかりを調べていたんです」
 ネギが答えながら、明日菜に見せるそれは、修学旅行先で近衛永春からナギ探索の資料として預かっていた書類である。
「へえ、で結局なんだったの?」
「驚いてください。実は学園の地図の束だったんです!」
 興奮冷めやらぬといった体のままネギが言った。

「麻帆良学園の地図?」
 明日菜が大きく広げた地図を覗き込んでみると、言葉通りそれは地図の束のようだ。
 単純な麻帆良の地形図をはじめ、図書館島の迷宮路面図から地下施設の縦割りの側面分解図までと、麻帆良の多種多様な地図が机の上に広げられた。ところどころにある注釈は、明日菜には読めない言語で記されている。

「へえ、なにそれ。何でそんなのが出てくるよの」
 京都旅行の収穫としてはさすがに予想外だったそれに、明日菜が驚いた声を上げた。
「父さんが最後に研究していたものらしいんですが、暗号をいま解読しようとしていたところです」
「妙に張り切ってるわね、あんた」
「あ……えへへ。修学旅行は悪い人や強い敵とかもいて大変でしたけど、それにその……あの……、はい、いろいろあってですね。あっ、それに父さんの家も見れて手がかりも見つけられましたから。ですから、僕すごくやる気が出てきちゃってて」
「はあ、そうなの」
 明日菜が溜息を吐きながらうなずいた。

「見ていてください明日菜さん。今回のことでいろいろとやることができました。先生の仕事もあるし大変ですけど、できる限りがんばっていきますから」
「は、はあ……。まあ頑張んなさい」
 あきれ交じりの応援だったが、はいと素直にうなずくネギににこりと微笑まれれば毒気も抜かれる。
 急なテンションについていけない明日菜が生返事をしながらそのバイタリティに感心していた。

 そんな会話のなか、ネギと明日菜の二人の耳がインターホンのなる音を捉えた。
 来客のようだが、もちろん修学旅行あけの翌日に明日菜とネギのいる部屋に現れる面々がただの訪問客のはずがない。
 千雨同様、あまり女子寮内部で部屋鍵を重要視していない明日菜の部屋に飛び込んできたのは、修学旅行明けのテンションをそのまま維持しているクラスメイトの面々だった。

「お邪魔いたします。ネギ先生。せっかくの日曜日、お茶などご一緒いたしませんか?」

 と、最初に部屋に顔を出したのは雪広あやかである。
 ファッションドレス系のツーピースで決めている彼女の後ろには、あやかに便乗して、面白い騒動を期待しているらしい朝倉和美の姿がある。
 当然それだけで終わるはずもなく、ふふふ、と優雅に笑いながら扉を開く雪広あやかと朝倉和美の後ろから、さらに騒がしい声が聞こえていた。

「ネギくーん、遊ばないー?」
「今日部活休みなんだよねー」
「こんにちは、ネギ先生」
 そういって現れたのは、裕奈をはじめとしたまき絵、亜子、アキラがそろい踏んだ運動部の面々だ。
 動きやすそうなスポーティーな外着を見につけ、ぞろぞろと部屋に入ってきた。

「ネギ先生ー!」
「遊ぶですー」
 こちらは鳴滝史香と風香の二人。
 二人ともに遊ぶ気満々で、師匠役の楓もいないというのに忍者装束に身を包んだままに部屋の中に飛び込んでくる。

 そのほか、美沙を筆頭にチアリーダーたち三人が顔を見せて一騒ぎ。
 狭くはないが雪広あやかの部屋などと比べればそれほど広いわけでもない部屋がそろそろ飽和を迎えようかとして、ようやく来客がひと段落。
 そんなクラスメイトの姿に明日菜が呆れたように息を吐くが、彼女たちもどうやらネギだけが目的でもないらしい。
 鳴滝姉妹に遅れて登場したチアリーダーズの面々は、別のお目当てを探していた。
 その筆頭らしい柿崎美沙が、明日菜のほうを見ながら口を開く。

「アスナ。長谷川来てないの、長谷川。あいつと話したかったのに部屋にいなかったんだけど」
 部屋を見渡す美沙が千雨の所在を明日菜とネギに問いかける。
 なるほど、と一部来客の意図を悟った明日菜があきれるが、自分も先ほど起きたばかりだ。
 千雨どころか、昼食の買い出しに出かけているだろう木乃香の所在すら曖昧である。
 こういう時のごまかし混じりの対応ではネギは役には立たないし、木乃香に早く帰ってきてこの面々を取りまとめるのを手伝ってほしい。

「こっちには来てないわよ。部屋にいなかったのよね、携帯は?」
 当てが外れたという顔の美沙に向かって明日菜が聞く。
「それが繋がんないのよ。電源切ってるみたい。居留守じゃなくマジで留守だったしネギくんのところにいるのかと思ったんだけど……」
「来てないと思うわよ。ネギ、あんた知ってる?」
「いえ、ぼくも麻帆良に帰ってきてからはまだお会いしていません」
 恐縮したようにネギが言った。
 ネギはほぼ徹夜でナギの残した地図と格闘していたのだ。残念ながら連絡すらしていない。
 だがそんな美砂たちの話を聞いて、そのほかの面々が盛り上がった。

「えー、ネギ先生。こんなところで本なんか読んでないで、会いに行きなよー」
「そうですよー。千雨ちゃんさびしがってるかもですよ、ネギ先生!」
「え、あ、あの……」
「旅行あけそうそうに何言ってんのよ、あんたらは」
 勝手に盛り上がっていく来客たちに向かって、明日菜が突っ込んだ。

「いやいや、明日菜。そうでもないんじゃない? 長谷川はこういうとき自分からは来なそうだしさっ。ネギくんが構わないで自然消滅しちゃったらどうすんのよ!」
 あきれたように言う明日菜に苦笑しながら、なぜか美沙が口をはさんだ。
 その軽口にまんまと引っかかったネギが驚いたような顔をする。
「えっ。そ、そうなんでしょうか」
 そういえばカモミールからも修学旅行中に似たような忠告をもらっていたことを思い出しながらネギが美沙に詰め寄った。

「だってあの子ってどう考えても受け身系じゃん。ネギくんくるまでだって、うちのクラスでいっつも静かだったし、ほんともったいないったらないよ! 今日はその辺も含めてすごい話してみたかったんだよねっ。もーそういう話、うちのクラスだと全然できないしさあ、ほんとネギくんほったらかしてどこ行ってんのよ、あいつ!」
 ぐっと握りこぶしに力をためながら美沙が力説した。どうやら相当期待をしていたらしい。
 ここに来る前に、すでに美沙が千雨の部屋を訪問済みであることからもわかるように、実は彼女とはものすごく話してみたかったのだ。
 修学旅行直前にばれてから、ようやく遊べそうな時間が取れたというのに、当の千雨がネギとも合わずに行方不明では肩すかしすぎる。
 千雨が聞いたら逃げ切れたことに喜んだだろう。どう考えても千雨としてはうれしい話にはならなそうだった。

「明日になりゃいやでも会えるじゃない」
「甘い! 甘いよ、明日菜! 学校であって満足してどうすんの! つーか教室でとかじゃなくて、あいつからは一対一でじっくり聞きたいんだって!」
「学校じゃあ千雨ちゃんは話してくれなそうですねー」
「そうだよねー。このままだと、疎遠になってネギ先生が捨てられちゃうかもっ」
 見え見えの合いの手を双子がいれた。
 びくりとネギが震える様を笑っているところは、まさにクラスのいたずら娘の名に恥じない姿である。
「まーまー。それにネギくんも心配なら会いに行けばいいじゃん。やっぱり学校で会うのとは休みに会うのは違うっしょ! だからねネギくん。長谷川相手には押せ押せで迫ったほうがいいよ、絶対! わたしたちもついてってあげるからさ!」
 美沙が笑いながら言った。
 ついてこなくていいです、とは返答せず、ネギは思案顔でうなったままだ。

「だから、その千雨ちゃんがどこにいるかわからないんでしょーが!」
 記憶を失っている面々とは逆に、千雨の事情に通じている明日菜はそんな心配もしていないが、詳しい説明もできないとあってはどうにも対処しにくい。
 ただでさえ記憶の件で負い目を感じているから、修学旅行の話題すら避けたいくらいなのだ。
 そして、そんな騒動を眺めていた和美がククク、と笑いながら皆を落ち着けるように声をかけた。

「たぶんね、千雨ちゃんはさよちゃんと一緒だと思うよ」
 騒動を笑いながら見ていた和美からようやくでたそんな助け舟に、騒いでいた者たちが首をかしげる。
「なんか知ってんの、朝倉?」
「さよちゃんと? なんで?」
「さよちゃんから聞いたんだよ。わたしここ来る前にさよちゃんに連絡入れたからさ。今日一緒に遊ばないかって。でまあ、そしたら今日は千雨ちゃんと大事な大事な用事があるって断られたのよ。あの子、友達は大事にするから、すっごい恐縮されてこっちのほうが困っちゃうくらいだったんだけど、まあそういうわけ」

 だから千雨はいまごろさよと一緒に大事な用とやらを済ませているのだろう、と朝倉和美が肩をすくめた。
 それを聞いた一同もなるほどと頷く。
 何かと仲のよいさよと千雨。千雨が部屋にいないならとネギの部屋に的を定めたわけだが、さよのところなら十分にあり得るだろう。

「はー、なるほど。長谷川はさよちゃんにとられちゃったかあ」
「残念そうだねー、美沙」
 かなり本気で悔しがっている美沙に、笑いながら円が言った。
「だって実際のところ、話題になってるくせに全然情報がないわけじゃん。あいつのことって広まってすぐに修学旅行だったし、旅行中もなんだかんだで話題には出るくせに長谷川本人とは話できなかったし! つーか実際あいつとネギくんのデートから、なにも聞けないままもう一週間たってんだよっ。ありえないでしょっ!」
「そういえば、修学旅行中も話聞けなかったねー。なんでだっけ?」
「結構チャンスもあった気がするけど、なんだかんだと長谷川には逃げられちゃったからね。せっかく木乃香のうちに泊めてもらってたのに、なんであの時に聞かなかったかねー」

 桜子や円が笑いながら美沙の言葉に追従した。
 自分も美沙も部屋が違うくらいで夜の特攻をあきらめたりはしないだろう。ただでさえ木乃香の実家とやらにお邪魔して、大部屋でまとまっていたのに、千雨としゃべったという記憶はない。
 横で明日菜が冷や汗を流していることを除けば日常の光景だ。

「そうですか。わたくしも千雨さんとネギ先生のお話を改めて伺っておきたいと思っていましたが、そういうことでしたらしょうがありませんわね。まあそれはそれで構いませんわ。今日しか機会がないというわけではありません」
 と、あやかが他の皆の会話にうなずいた。彼女のほうも追求をあきらめる気はないらしい。
 意外にあっさりと納得しているあやかの姿にチアリーダー座の面々が首を傾げる
「それでは先生、今日のところはわたくしとお茶でもいかがでしょうか。こちらに京都土産の生八つ橋を用意させていただきましたわ」
「京都にはぼくも行ったんですけど……」
 と呟きつつも、ネギが好意に与り、いったん暗号解読を中断して席に着く。

「ねーねー、和美。さよちゃんと千雨ちゃんの用事っていうのはなんだったの?」
「わたしも気になりますー」
「聞いてないなー。さよちゃんから話さなかったってことはプライベートな用事なんでしょ、たぶん」
 そんなあやかたちのそばでは、人の部屋で忍者装束のまま暴れていた鳴滝姉妹が一旦騒ぎを中断して和美と一緒に話している。
「えー、和美聞かなかったの?」
「なんでですかー?」
「まっ、話しにくそうだったしね。しつこく聞き出しても悪いじゃない」
 双子の言葉に和美が笑って答えた。
 それにたとえさよから詳細を聞いていたとしても、さよがそれを口止めしていたら和美がこの場でばらすことはなかっただろう。

 どうにも周りからは勘違いされているが、和美は秘匿するべき内容は最後までその片鱗すら漏らさない。
 話せると判断した内容を騒ぎを起こしてネタにする報道部エースとしてのあり方。
 推測ならばしゃべれるが、真実だと知ってしまえばしゃべれないこともある。千雨ならいやいやながらも、和美に対するその辺りの信用を認めてくれるに違いない。

 広める内容は高らかに、逆に秘密にすべき内容はそれを得たことすら自分の中に鍵をかけてしまっておく。
 そのあり方から、周りには手に入れたねたを手当たりしだいばら撒いているように受け取られているだけである。

 そんな形で段々といったん収まったはずの喧騒が戻っていく。
 ネギに和美に双子と運動部にチアリーダー。
 制御できそうなあやかも、ネギの前でお土産を広げながらいそいそとお茶の準備をしているところを見ると、今回は役に立たなそうだ。

「ただいまーって、うひゃー、何やこの人数はー!?」
 そんな中、朝の買い物からようやく帰ってきた木乃香が部屋の喧騒に目を丸くして、お茶の用意に来客用の座布団にと早速に部屋の中を駆け回る。

 そして、帰ってきた木乃香が昼食の準備を後回しに、律義に客人であるクラスメートにお茶を用意するに当たり、ようやくそれを眺めていた明日菜が動き出す。
 どたどたと暴れる双子とそれを笑いながら見ている運動部。
 その横でチアたちと話す報道部や、そんな喧噪を笑顔で聞き流してお茶をネギにふるまう悪友相手。遠慮はまったくいらないだろう。
 というわけで、この辺りで、明日菜は勝手に上り込んで我が物顔で騒いでいた彼女らをまとめてたたき出すことにした。



   第28話


 さて、そうして朝の騒動から一時間ほど経過した後のことである。
 静かになった寮室で木乃香の作ってくれた昼食を食べた後、ネギは川べりを歩いていた。
 その隣には、千雨の代わりにとお目付け役を買って出た明日菜と、ネギの用事という言葉に興味津々と付いてきた木乃香の姿がある。
 ネギが用があるからと話を切り出し、それに明日菜や木乃香が便乗したためだ。

「で、用事って何よ? あんたが朝言ってた、いろいろやることってやつ?」
 朝方のネギの唐突な決意表明を思い出しながら、明日菜が問いかけた。
 そういえばあれほど決意いっぱいといった体で断言された割に、突然の来客に邪魔されて、その内容を聞いていない。

「んっ? なんなんそれ、やっぱり千雨ちゃんとも関係あるん?」
「いえ、千雨さんとは直接関係があるわけではないのですが……」
「でも千雨ちゃんもなんやらの用事があって留守にしてたんやろ? その関係やないん?」
「……あのねえ、木乃香」
 誰も詳細を知らなかった千雨とさよとの用事とやらに関係するのかと、木乃香が聞いた。
 最近の木乃香のアブレッシブさにさらされている明日菜が疲れたような声を出す。
 何でもかんでも千雨に関係はしないだろう。
 ちなみにさきほど千雨を探しに来た面々との話に一番花を咲かせていたのは木乃香である。

「千雨さんとさよさんとの用事というのはぼくも聞いていません。ですが、たぶんさよさんの腕を治されているのだと思います」
「あーそうやね。そういえばそんなん言うてたなあ」
 先ほどまでは皆がいたので口に出さなかった推測を話すと、木乃香がなるほどといった態で頷いた。
「そういえばそうね。千雨ちゃんの部屋でやってるわけじゃないんだ。そりゃそうか。朝倉みたいなのに見られちゃうかもしれないもんね。そういえば千雨ちゃんもエヴァちゃんに工房がどうとかいってたっけ」
 一人で納得して頷いている明日菜が修学旅行での千雨の言葉を思い返しながら口を開くが、改めて口にするとどうにもイメージがわかない。

 木乃香や明日菜にとっては魔術師や魔法使いというのは杖を振って呪文を唱える存在であって、場所に依存するような作業を想像できないのだ。
 ネギにしても、工房という概念は魔法使いにもないものだ。ゆえにその頭に思い浮かぶのは、そのまま作業場や資料室などのような一般的なものくらいである。
 魔法使いの研究に必要なのは広い実験場と豊富な資料。それさえそろえばどこであろうとかまわない。
 極端な話、スクロールや事象投影機に依存するような仮想空間ですら研究は可能である。
 荷物さえあれば十分で、場所は利便性程度にしか依存しない概念だ。

 対して魔術師の口にする工房という言葉は神殿などの領域地。施設というより陣地に近い。
 ルビーが調えた場とは、外部との区切られた占有地、つまるところ要塞の面すら持つ空間のことだ。
 資料置き場などとは一線を画すその概念。偶然の成功率を底上げし、思いつきの頻度を誘発し、自然の流れを干渉域の外から整える。
 当然ながら他者の手によって整えられた場所などは当てはまらない。工房はその主だけのものである。
 ゆえに、構えだけはエヴァンジェリン邸の中にあるものの、契約が交わされ、ルビーの手が入った千雨の工房には、すでにエヴァンジェリンですら容易に侵入できるものではない。

「じゃあ、今日の予定は?」
「ええ、修学旅行のことを学園長に改めて報告にいくつもりです。エヴァンジェリンさんの修学旅行の手続きを取ってくださったのは学園長だそうですので。それと改めて楓さんたちに修学旅行のことを話して、そのあとは時間があるようなら図書館探検部のみなさんに、地図を見てもらいたいと思っています。でもまずは、エヴァンジェリンさんのところに弟子入りを申し込みに行こうかと……」
「エヴァちゃんに弟子入り?」
「なになに、ネギくんがエヴァちゃんの弟子になるん?」
 明日菜と木乃香が驚いたような声を上げる。
 それにネギが改まってうなずいた。

「はい。今回のことでぼく、力不足を実感しました」
「で、なに? エヴァちゃんに弟子入りするの? 本気? エヴァちゃんはまだあんたの血をあきらめてないのよ」
「ええ。ですが、エヴァンジェリンさんが悪い人でないのは明日菜さんも知っているでしょう?」
 そういう問題ではない。
 明日菜としては対価に生き血を要求されることになるに決まっているだろう、という意味だったのだが、ネギもネギで自分の生死にかかわらない程度の血なら、それを交渉材料にするくらいの意義ごみである。

「はー、でもなんでエヴァちゃんなん?」
「はい。エヴァンジェリンさんはぼくが知る限り、一番強い人です。いま、ぼくは力がほしいんです。大切なものを守るための力が。今度何かあった時にぼくが守れるように」
 ネギが木乃香の問いに答えた。
 すでに自分の中では検討し終った考えだったのだろう。

「はあ……でも、前に千雨ちゃんに魔法を習ってたじゃない。あれは?」
「んっ、そうなん? 千雨ちゃんには習えへんの?」
「あれはあくまで魔法への参考ですし、それに魔術は戦闘などに特化しているわけでもありません。それにその、ぼくは……」
 ネギが口ごもった。

「どうかしたん?」
「いえ、あのう、ぼくは、その……力をつけて、……そのう、千雨さんを守れるようになりたいんです。だから、千雨さんに習うのはあまり意味がないというか……」
 カア、と赤くなったネギがそれ以上の言葉を濁した。
 さすがのネギもこのようなセリフを、同居人でいつも世話になっている明日菜や木乃香に向かって口にするのは恥ずかしかったらしい。
 だがその言葉に得心したように木乃香がうなずく。

「ああ、ネギくんは男の子やもんねえ。でもそういうことなら納得や。エヴァちゃんを説得するんやね。うちも手伝うわあ」
「はー、まあいいんじゃないの?」
 木乃香がいきなりネギの味方になったことに嘆息している明日菜は、一応エヴァンジェリンの回答を聞いてから考えようと、盛り上がる木乃香を横目に足を進める。

「でもいいの? その口ぶりだと千雨ちゃんに話してないんでしょう、あんた」
「それはそうなんですが、これはぼくの修行のためなので、ぼくひとりで進めないと……だから千雨さんの了解を取る必要はないというか……」
 うっ、と一瞬言葉に詰まってから口を濁すネギに明日菜があきれているが、ネギも木乃香も足を止める様子はない。

「いややなあ、明日菜。それは千雨ちゃんには相談できへんわあ」
 そんなネギの様子に木乃香が笑い、どうにも子供らしくわかりやすいネギの考えに明日菜は内心頷いた。
 ネギは言った。近衛木乃香を守れなかった。神楽坂明日菜を守れなかった。長谷川千雨を守れなかった、と。
 それは確かに本心だろう。
 だが、同時にそれは、修学旅行での最後の戦いでの出来事についての意味も含んでいる。
 遠く離れた場所からスクナと呼ばれる巨人を揺るがした光の斬撃。
 はるか遠くのかなたから、スクナに抗う光の巨人を生み出した千雨の力。

 千雨を守れなかったことを気にしているのも本心だ。
 だが、その以前よりネギの行動について、誰かがひとつ口にしたことがある。

 ――――釣り合うようにはりきっとるゆうか、千雨ちゃんにふさわしくなろうとしてるみたいやなあ

 と、そんなこと。
 だから、つまりそういうことなのだろう。
 修学旅行中は非常事態ということもあって、自分もネギも千雨の魔法に素直に感心していたが、こうして旅行から帰還して時間をおいたことで、ネギはどうやら一丁前にも、自分が千雨よりも“弱かった”ことを気にし始めているらしい。
 子供っぽいといえば子供っぽいというか。何ともコメントしずらい感情に明日菜はむずむずとこそばゆいような感覚を覚える。
 守れるようにと口にするのはまだしも、千雨にふさわしいほどに強くなりたいと千雨に対して宣言するのは恥ずかしいのだろう。
 そして、その相談相手がエヴァンジェリンというわけだ。

 正しいのかはわからないが、同行しないという選択肢はないだろう。
 どの道早々に千雨にだってばれるはずだ。
 だけどもねえ、と決意も新たに歩みを進めるネギと、それに便乗してやる気をあふれさせる木乃香の背を見ながら、意外に冷静さを失っていない明日菜は内心でひとりごちる。

 エヴァンジェリン・マクダウェル。
 ひねくれもので偏屈で、世界最強を自称する吸血鬼。
 ネギが彼女に弟子入りを志願して、それがそのまま受け入れられて話がまとまる。

 …………そんなことってありえるか?


   ◆


「あんっ? わたしの弟子だと。あほか貴様は」

 と、言うわけで当然のことながら、弟子入りしたいというネギの言葉を、闇の福音エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは一蹴した。
「一応貴様と私はまだ敵なんだぞ。貴様の父サウザンドマスターには恨みもある。戦い方などタカミチにでも習えばよかろう」
「それを承知で今日は来ました。タカミチは海外行ったりして学園にいないし、何より京都での戦いをこの目で見て、魔法使いの戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかいないと!」
 エヴァンジェリンの冷気漂う言葉を意に介さずに、ずずいとネギが詰め寄った。

「ほう、つまり私のすごさに感動したと」
 はい、とうなずくネギにふふん、と得意げにエヴァが笑った。
 その変わり身に後ろで見ていた明日菜が突っ込みを入れた気な顔をしている。
 同席していたら遠慮なく突っこんでくれたであろう千雨は残念ながら工房の中にこもっている。

「ん、オホン。だがな、言っておくが、私が弟子なんて面倒なものは取るのは、よほどのときだけだ。わたしは貴様を教えるほど暇じゃないんだよ。お前もわたしじゃなくて千雨にでも習ってればいいだろ」
 明日菜からの冷たい視線に気づいたのか、エヴァンジェリンが一つ咳払いをしてから改めて断りの文句を吐いた。
 何故かふてくされたようにプイと顔をそむけている。

「いややわあ、エヴァちゃん。ネギくんは千雨ちゃんのために強くなろうとしてるやから、千雨ちゃんには習えへんて」
「あ、あの木乃香さん、あまり大きな声でそう言うことは……」
 早速ばらした木乃香にネギがあわてて口をはさんだ。
「あん、いっちょ前に照れてるのか貴様。はっ、身の程をわきまえていて結構なことだ」
 木乃香の言葉を顔を赤らめるネギをエヴァが笑う。

「ん、どういうことなん。エヴァちゃん」
 それに首をかしげる木乃香に、あきれたようにエヴァンジェリンが息を吐く。
「お前らだってあの日のことを覚えているならわかっているだろ。坊やが言うように現状こいつと千雨が本気で遣り合ったら格闘だろうが魔法戦だろうが百回やって百回千雨が勝つ。実力不足ってのはこいつの言う通りなのさ」
 先ほどの明日菜の思考を裏付けするその言葉。
 空を飛ぶネギの姿に光の矢を10と並べるその力。
 そういうものと同様に木乃香や明日菜は千雨がスクナを打ち据えた空を割る斬撃を、光の巨人を生み出した姿を、そしてエヴァンジェリンが打ち破った姿を見ているのだ。
 なるほど、色々と健闘してはいたが、あれと比較されれば、それはネギに分が悪そうだ。

「でも、せやから強くなりたいんやろ?」
「は、はい。でもこのまま千雨さんに追いつけないままではいられません。千雨さんの技術は特殊ですし、後ろを追いかけても、千雨さんに追いつくことはできませんから」
「はん、いい具合に突っ走ってて結構なことだな。あいつらに聞かせてやりたいよ」

 改めて考えれば、楓やクーフェ、龍宮真名と、今回の戦いに関与したものは少なくないが、その中でもわかりやすい強さという面では千雨とエヴァンジェリンが飛びぬけている。
 その千雨に追いつこうというのだから、エヴァンジェリンに弟子入りを申し込もうとしているネギの選択肢は、これ以上ないほどに的確だ。

 しかし、その一方で、弟子には力量よりも性根を求めるエヴァンジェリンとしては別の見方もある。
 実際のところ、先ほどのエヴァンジェリンのセリフには誤魔化しが多分に混ざっており、千雨とネギが戦って千雨が勝つという言葉は、力量ではなく戦いにおける“思考”のことなのだが、逆にエヴァンジェリン自身も、意外に目端の利くネギがそのこともある程度視野に入れていることには気づいていない。

「そういや、千雨ちゃんは来てへんの? 工房っていうところにおるんやろ」
「来ているぞ。工房はここの地下にあるから呼べば出てくるだろ。もっともあいつとさよは昨日から泊まり込みだから、今は寝ているかもしれんがな」
「ああ、やっぱりさよちゃんの腕を治してるのね。明日は授業だし。じゃあ、もう治ったの?」

 明日菜がそう口にすると、エヴァンジェリンから、さきほどネギに向けたのと同じようなジトッとした視線を返された。
 土台となる知識がなければ、目算を立てられない典型ではあるのだが、さすがに楽観しすぎだろう、というエヴァンジェリンの無言の瞳。
 それを読み取ったのか、木乃香が首をかしげた。

「もしかしてまだ治ってへんの?」
「治ったもなにも現状は設計図の段階だ。取り掛かってすらおらんはずだぞ。治るのは……まあそうだな、千雨とさよ次第の目算だがおそらく2週間程度といったところだろう」
 さらりとエヴァンジェリンが口にしたのは、千雨ですらいまだに曖昧なさよの腕の修復に関する見立てである。
 このあたりは純粋に経験値の差だ。いまこの瞬間に地下室にさよと一緒にこもっている千雨ではかなわない。

「そうなんですか?」
「千雨がまだ技術をモノにしきれていないのもあるがな。石化した腕のほうも損傷が激しいから破棄したらしいし、ゼロから腕を作るならそんなもんだろ」
 あくび混じりと言った体で、めんどくさそうにエヴァンジェリンが解説した。

「そこら辺に関しては、魔法と違って千雨の使う魔術ってのは手間と時間がかかるんだよ、魔法を使えばあの腕を治して繋げることもその場で義手を作ることもできただろうが、魔術じゃ無理だ」
「魔法なら出来るの?」
 エヴァンジェリンの言葉に明日菜が首を傾げる。

「秘密だなんだと言っても魔法は魔法間では技術が公になっているからな。単純に手間暇をかけやすいんだよ。医者が手術をするときに必要なのは、外科医の腕の善し悪しよりも、手術室や機材といったものだろう? 魔法や魔術だっておんなじなのさ、周りのサポートがなければ大したことはできないわけだ。たとえば、魔法世界の闘技場なんかに設置されている医療院は、金さえ出せば一日と待たずに義手ができるし、腕が切れたらその場で治せる。まあくっつけるのは時間が経つとやりにくくなるから、すこし例外だが、まあどちらにしろ一日以上はかからんだろう。バックがしっかりしているからな。こういう対応を個人で動く魔術師がするのは大変なんだ」
「じゃあ今回はその魔法で治せばいいんじゃないの? さよちゃんは学校もあるし、わざわざ時間をかけなくてもいいじゃない」
 明日菜が言った。

「その言葉こそが、千雨たちが頑なに魔法を学ばない理由なんだよ。代案に魔法を示され続ければ、いつか奴らの魔術はこの世界の魔法に駆逐されるだろう。あいつら以外のこの世のすべての“魔法使い”のようにな」
 ふんっ、とエヴァンジェリンが鼻で笑う。
 そのままエヴァンジェリンが視線をネギに移して口を開いた。

「ついでにいえば魔法使いが千雨に弟子入りしたとしたら、そこで習うのは技術ではなく物事に対する捉え方というべきものになるだろう。あいつは魔法は使わんし、貴様らは魔術を習えんからな。魔術は純度が重要になる。魔法を含めた強さを求めて魔術を習えば、得られるのはもう千雨の言う魔術ではないものだ。だからまあ、もしお前が力を求めるのなら、その教師役に魔法使いを選ぶというのは間違ってはいないわけだが……」

 一周回って話題が弟子入りの話に戻ってきたことを察してネギが真剣な顔を向ける。
 その眼を見ながら、どうしたものかとエヴァンジェリンが頬をかいた。
 決意や思考はともかく、こいつらはなかなか頑固そうだ。
 無碍に断って変にさよや千雨に介入されるのも馬鹿らしい。
 ここは意固地になって断るよりも、適当に難題を吹っかけながら上下関係込みであしらっておくのがベストだろうと、エヴァンジェリンは一つ頷いてから、ネギに向かって口を開く。

「まあお前の言い分も分からんでもないが、先ほど言ったように私は弟子なんぞ作る気はない。それでもまだ突っかかるようなら、それなりの決意を見せてもらってからだ。お前は忘れているようだが、私は悪い魔法使いだぞ。悪い魔法使いにモノを頼むときにはそれなりの対価が必要なんだ」

 そういってこのガキンチョに一つ世間の厳しさを教えてやるか、と考えていたエヴァンジェリンが、いい事を思いついたとばかりににやりと笑う。
 久々に見るエヴァンジェリンの悪の顔に、うっとネギと明日菜が気圧された。
 そして、そんな二人の前でエヴァンジェリンは、椅子に座りながら組んでいたそのすらりとした生足を持ち上げて――――


   ◆


 と、そんな出来事の少し前、エヴァンジェリン邸地下の一室で、千雨が浅い眠りから起き上がっていた。
 ぼさぼさの頭を適当にくくって汚れ着をまとうありさまは、ちうと同一人物には見られまい。
 エヴァンジェリンリゾートがしまわれる部屋とは別の、ルビーから管理権が譲渡された長谷川千雨の魔術工房。
 他人が入らない場所であるということもあって、気を抜いているようだ。

「…………なんか騒がしいな」
「あっ、おはようございます、千雨さん」
 むくりと工房の隅で起き上がった千雨に声がかかる。
 声の主はこの魔術工房への侵入を完全フリーパスで許可されている唯一の人物。相坂さよ。

「ああ、さよ。おはよう。なんかあったのか」
 魔具は多いくせに生活用品が足りていないその部屋の片隅。
 毛布だけをかぶったまま仮眠をとっていた千雨が寝ぼけ眼で横にいたさよに問いかける。
 朝倉和美が捜していた相坂さよ。現状は千雨の助手兼被験者兼患者として、ちぎれた左腕の修復中だ。

「お客さんがいらっしゃったみたいです。上からエヴァンジェリンさんたちの声が……。たぶん明日菜さんだと思いますけど」
 意外に耳がいいさよが答えた。
 眠る千雨を無理やり起こすことも、千雨を一人残して上へあがっていくこともせずに、喧騒を耳にしながらも千雨の横で彼女が起きるのをずっと待っていたらしい。

「ふーん。じゃあ、小休止がてら上に行くか」
 さよが自分を待っていたということを理解した千雨が水を向ける。
 ふらふらと立ち上がる千雨をあわててさよが体を支えた。
「だ、大丈夫ですか、千雨さん」
「あー、サンキュ。まあ、ひと段落はついたけど、ちょっと疲れた。夕飯はレバーでも買うことにするよ」
「それじゃあ今日の夕食は私が作ります」
「感謝したいところだけど、その腕じゃ作れないだろ。平気だよ」
「じゃあ私は手伝いに回りますから、茶々丸さんにお願いしましょう」
「んじゃ、わたしからも頼んでおくかな」
 そんな会話をしながら、千雨は簡単に身支度を整えると、さよと階段を上がっていく。
 そして、地下工房から上がってきた千雨たちの目の前に現れた光景は、

「アホかーっ!? 突然子供相手にどんな要求してるのよ!」

 ちょうどよく、そんなことを叫びながらエヴァンジェリンを蹴り飛ばす神楽坂明日菜の姿だった。


   ◆


 とび蹴りを食らってソファーから転がり落ちるエヴァンジェリン。
 実にしょうもない光景だが、相手が魔道と体術を極めた生粋の吸血鬼だということを考えれば、実際のところ笑い飛ばすのも難しい。
 あまりのインパクトに千雨とさよは目がいっていないが、後ろでは自分たちと同じようなに目を丸くしている木乃香とネギがいる。

「あああ、貴様! 神楽坂明日菜! 弱まっているとはいえ、真祖の魔法障壁を適当に無視するんじゃない!」
 よほど衝撃的だったのか、千雨やさよの姿にも気づかずにエヴァンジェリンが叫んだ。
 なにやらエヴァンジェリンと明日菜がもめているようだと早速千雨が傍観態勢に入ったが、そんな千雨とは対称的に、千雨とさよに気づいた茶々丸が二人のほうへ寄ってくる。
 事情説明でもしてくれる気なのだろう。

「エヴァちゃん、ネギがこんなに一生懸命頼んでいるのにちょっとひどいんじゃないの!」
「あほかっ、頭下げたくらいで物事が通るなら世の中誰も苦労はせんわ!」
「でも、冗談にしても悪質でしょ!」
「冗談のはずがあるかっ。まじに決まってるだろうが! これくらいできんでわたしの弟子になどなれるはずがあるかっ」
「なんでそんなこと言うのよっ!」
「うるさい! わたしはいま弟子を取りたくない気分なんだよ!」
 明日菜とエヴァンジェリンが罵り合う。
 明日菜の顔が紅潮している原因は、怒りだけというわけでもなさそうだった。

 自分の技に自信と誇りを持つものは、それに引き継ぐに値しないものを弟子には取らない。
 技法の伝承において、実際のところもっとも苦労するのは、師を探す弟子ではなく、弟子を篩い分ける師の側だ。
 エヴァンジェリンは自分が不死ということもあって、見どころがなければ弟子入りなど認めない。
 そしてネギは素材はいいが、中身が甘い。
 最近はそこにいくらかの渋みも加わってきたが、現状のところエヴァンジェリンがわざわざスカウトして教えたくなるような姿は見せていない。
 素材の良さは面白いが、それでもまだまだだ。

 もっともそうは言っても、因縁のある男の息子。
 志は重要だが、以前千雨に断言したように意志だけで物事が成れば苦労はしない。素質だって重要で、ネギはその面に関しては十分だ。
 交渉のタイミングと文句を少し考えれば、エヴァンジェリンも一応ならばと頷いたかもしれないが、どうにもタイミングが悪かった。

 機嫌が悪いらしくネギに冷たく当たっているエヴァンジェリンだって、その実、彼の才能を全く認めていないわけじゃないのだ。
 技術などのいまだ秘められた才能はもちろんだが、単純に見た魔力タンクの量などのわかりやすい指針にしても、ネギはエヴァンジェリン以上のものを持っている。
 認識に依存するようなものと違い、そのあたりは数字の問題。ごまかしのきかないものなのである。
 だから結局この騒動はちょっと虫の居所が悪かったエヴァンジェリンが悪乗りしたのが原因なわけだ。

「なにやってんだ、いったい」
「あっ、千雨ちゃん。おはようなあ。さよちゃんの腕を治してたんやって?」
「ああ。作り始めりゃ時間も取れるが、設計図だけはさっさと描いちまわないといけないからな。昨日から泊まってるけど、このままなら明日くらいには目処がつくはずだ」
「こっちにお泊りしてたやってね。今日も泊まるん? なんや今朝は美沙たちが探してたみたいやったけど」
「そういえば、今日の朝に和美さんから電話がありましたよ。千雨さんも含めてみんなで遊ばないかって」
 ポンと手を打ってさよが言う。

「……ますます帰りたくなくなるな、それ。それより近衛たちは何しに来たんだ?」
「あっ、うーんとなあ……」
「ネギ先生がマスターに弟子入りを志願しにいらっしゃいました。それをマスターが一旦断り、その……悪乗りをしまして、このような次第に……」
 事情を聞いてきた千雨に、正確に今起こっている事象と原因を理解している茶々丸が答えた。

「はー、弟子入りですかあ。エヴァンジェリンさんは人に教えるの得意だそうですし、ちょうどいいかもしれませんね」
「……それ絶対ウソだろ」
 横から聞こえるさよの言葉に思わず千雨が呟くが、運の良いことにエヴァンジェリンの耳には届かなかった。
「そんなことありません。エヴァンジェリンさんは世界で一番すごい魔法使いだそうですし、魔術だって、魔術師の先生にもなれるくらいだって、ルビーさんもおっしゃってました」
「そうなのか? ああ、そういやさよはルビーとエヴァンジェリンからもなんか習ってたんだっけか」
 いったいどちらがルビーの弟子だったのかわかったものではないセリフを千雨が吐く。

 修学旅行の前日にルビーがエヴァンジェリン邸を訪問したことでもわかるように、ルビーが暗躍する際に使用していたのは千雨の部屋ではなくエヴァンジェリン邸のほうだ。
 さよはエヴァンジェリン邸に居候しているとあって、ルビーとエヴァンジェリンの会話などをはじめとしたそういう方面の情報も多いのだろう。
 ちなみに千雨は意外とそういう方面でエヴァンジェリンと関わることが少なかったので、思い出せるのはさよの体を作った時に、ルビーと話し合っていた光景くらいだ。

「私は習ったというよりも、ルビーさんやエヴァンジェリンさんのお話を聞かせてもらっただけでした。それに私は千雨さんに弟子入りしてますから、他の人の弟子にはなれませんわけですし」
 びしっ、と手を挙げてさよが言った。
「あ、ああそう。そういえばそうだったな」
「忘れないでください!」
 さよの頬が膨れた。
 忘れていたわけではないが、さよのテンションに千雨は若干引き気味である。

「おい、騒ぐな。いまはこの坊やの話だろうが!」
 そんな二人を見ていたエヴァンジェリンが怒鳴った。
「悪かったよ。弟子入りだろ、話は聞いてたよ」
 エヴァンジェリンから話を振られた千雨が平然とそう頷く。

「あっ、千雨ちゃんは反対せえへんのやね。千雨ちゃんもネギくんになんや教えてたんやないん?」
「よろしいのですか?」
「わたしは別にネギに魔術を教えてたわけじゃない。何度か見せたってだけだ。それに、私が反対してどうこうって問題じゃないしな。受けるかどうかはエヴァンジェリン次第だけど、エヴァンジェリンは世界最強なんだろ? 普通の知識と違ってこういう秘匿される技術ってのは教え方よりも知識量が重要だからな。いいんじゃないか。エヴァンジェリンの教え方が下手かどうかはともかく、知識は確実にあるだろうし」
「わたしもそう思います!」
 と横からさよが続いた。もちろん、自分もエヴァンジェリンの教え方は下手そうだと思ってました、と同意しているわけではない。

「つーか、なんでいきなり弟子入りなんだ?」
「えっ、はい。修学旅行ではぼくの力が足りなかった所為で、皆さんが傷ついてしまいましたから……」
 流石のネギでもここで、あなたを守るためですと断言するのははばかられたのか、言葉を濁した。
 揺れるネギの視線や、後ろで二人のやり取りに手に汗握る木乃香の姿には気づかないままに千雨が首をかしげる。

「いいだろべつに。あんだけ騒動があって、なんにも問題がなかったらそっちのほうが気持ち悪いよ」
 千雨がネットアイドルとしての経験を思い出しながら返事をした。
「で、ですが、ぼくがもっとしっかりしていれば、……怪我だって……」
 言葉を選びながらしゃべるネギに千雨があきれたように息を吐く。
「そいつに必要なのは力じゃなくて経験だ。ってか、うちのやつらの石化はちゃんと解けたし、さよの怪我はべつにお前がどうにかできたもんじゃない。お前が気にするような怪我なんて誰もしてない………………。あーっ、……いや、ちょっとたんま」
 つらつらとしゃべりながら、いまさらながらに千雨が口を止めた。
 そのほか、周りの皆も千雨の言葉に従って無言で手のひらをこちらに向けている少女の言葉を待つ。

 そんな視線にさらされながら千雨が思い返していたのは、修学旅行の二日目だ。
 修学旅行の自由行動日に起こった戦闘と、木乃香が本山にクラスメイトを集める原因になった誰かさんの怪我と気絶。
 怪我を軽く扱うなという問答と、自分の怪我を軽視する千雨が起こられた夜の出来事。あのとき自分はネギと何を話していたのだっただろうか。

「……あー、なんだ、思い出した。なんつーか怪我ってあれか。もしかして、わたしの……あのときのことか」
 赤くなった千雨が頬を掻きながら口にする。
 自分でこんなセリフを口にさせられれば世話はない。
 本山入りした原因となった戦いとその結末。自分の負った怪我の話。
 そういえば千雨が木乃香をかばって怪我をして、本山一室で目覚めた後に、ネギと二人きりでお互いの力不足を反省し、自己の未熟を認識し、そして今後の努力を誓い合った。
 そんな誰にも秘密の一幕があったのだった。

 そういえばそんな会話を交わしていたなあ、と思い返す。
 なんというかごたごたがありすぎて、普通に忘れていた。
 かあ、と同じように赤くなってうなずいたネギともども次の言葉を出せないままに黙りこくった。
 そりゃそうだ。
 皆さんなどと口を濁しても、ネギが自分のふがいなさを痛感した最初の一手は、あのときの千雨の怪我である。

「……おい、別にやるなとは言わんから、そういうのは隠れてやれ。はっ倒すぞ」
 何やってんだこいつらといった顔のエヴァンジェリンがあきれた視線を向けながら言った。
 ぐっ、と詰まった千雨が一歩ひき、逆にその言葉に頭を切り替えたネギは改めて、エヴァンジェリンに向きなおった。

「は、はい、すいません、エヴァンジェリンさん。あの。ですから、エヴァンジェリンさん。改めてお願いします。あのスクナを倒した魔法もそうですが、そのあとの戦いも含めて、ぼくはエヴァンジェリンさんほど強い人を知りません!」
 ずずいと再度ネギが詰め寄った。
 実際ネギの頭の中ではナギが最上位に位置しているのだろうが、教えを乞える立場のものとしては現状やはりエヴァンジェリンがトップだろう。

 そんなネギをふんと鼻で笑ってから、まあいいとエヴァンジェリンが息を吐く。
 どの道問答ではこの男は引き下がるまい。
 こいつの決意を確かめるために非常に有効かつ簡便なさきほどの試験を行うことも、いまはもうできそうにない。
 断るにも引き受けるにも相応の理由が必要だろう。

「まっお前は口で断ったくらいでは引き下がらんだろうしな。試験くらいはしてやろう」
「本当ですか。ありがとうございます!」
 ネギが喜ぶが、つまりそれは試験とやらに落ちれば、もうチャンスはないということだ。
 そしてエヴァンジェリン・マクダウェルが適当な恩情試験などするはずがない。
 そこら辺の認識がどうも甘いらしいが、辛気臭く受け止めるよりはよほどいい。
 だからエヴァンジェリンは最終的にネギ・スプリングフィールドに対してこう言った。

「そうだな、では今度の土曜にもう一度ここに来い。そこで改めて弟子にとるかどうかのテストをしてやる。内容はあとで伝えよう。合格すれば弟子入りを許してやる。ダメならそこで終わりとする。それでいいな」

 無難で妥当で適切だろう。
 その言葉に、ネギがありがとうございます、と頭を下げる。
 さすがにその結論には明日菜も木乃香も文句を言わず、この日のエヴァンジェリン邸への訪問は、それで解散となったわけである。


   ◆


「さきほどはありがとうございました。木乃香さん、明日菜さん」
「べつにいいわよ。というかわたしなんにもしてないし」
「エヴァちゃんもオッケー出してくれたみたいでよかったなあ」
「まだテストがあるらしいですから、油断はできませんけど」
「なんか機嫌悪そうだったしね。意地悪なのとか出されそうな気がするわ、わたし」
「ネギくんなら大丈夫やって!」
「ありがとうございます。木乃香さん」

 と、ほのぼのとした会話を続けながら、エヴァンジェリン邸を後にしたネギたち三人が、今度は学園のカフェを目指して歩いていた。
 まだ作業を続けるといって残った千雨は、言葉通りにさよと再度工房にこもっているだろう。
 次の要件は楓や真名、古菲といった面々に会うためだ。
 天気も良い休日とあって、学園の休息用の広場にはそこそこの賑わいを見せている。
 適当に先ほどのことを話しながら歩いていた三人だったが、広場一角の屋外カフェに座っている三人を見つけると、一旦話を中断してそちらに向かう。

「やあ、ネギ先生。こんにちは」
「あっ、はい。龍宮さん、こんにちは。楓さんとクーフェさんも今回の件はありがとうございました」
「はっはっは。そう気にせんでも構わんでござるよ」
「事後の話し合いも依頼の内だ。修学旅行のことなら、君が気にすることはないよ、ネギ先生」
「ウチはむしろ話を聞きたいと思っていたアル!」

 ネギの話というのを理解しているらしい真名や楓と対照的に、武における“気”はまだしも、理論立てられた魔法と、それを行使する魔法使いという分類を知ったばかり古菲が笑いながら言った。
 古菲からすれば、師から受け継ぎその研磨を続けていた自分の技術に風穴を開けるがごときその概念。
 格闘家としていつ相対するかわからないそれの体現者であるネギとの会談は、むしろ願ってもないことである。

 修学旅行中のいざこざのあと、皆が眠り記憶を失った。
 自分はその際旅館から離れて鬼人と争っていたこともあり、千雨にはあわなかった。つまり記憶を奪われなかったということだが、その反面、説明を聞く機会も与えられてはいなかったのだ。

 あの時は、千雨やさよの安否や他のクラスメートの無事を聞くだけで満足してしまったが、一夜が明けて帰宅して、それでもその好奇心を封じ込めるかと言ったら、そんなはずがあるわけない。
 楓や真名には何度か尋ねてみたのだが、二人からはこのネギとの話し合い場を設ける前に、あまり話さないほうがいいと情報を与えられていなかったのだ。

「そういえば話ってなんなん? やっぱり皆が忘れたこと?」
「はい。その関係です。少しだけお話はさせていただいたのですが、ドタバタしていましたし、できれば一度きちんとお願いさせていただきたいと思いまして……」
「ああ、伺おう」
 三人を代表して、ネギの言葉にうなずいた真名に向かってネギが口を開く。

「改めて今回のことを口外しないでほしいことを伝えに来ました。龍宮さんは学園とそのような内容についてお話されたことがあるようですが、楓さんとクーフェさんは今回の件が初めてと伺っていますので……。それにあの、ばれるとオコジョなのでぼくのことも……」
「わかっているよネギ先生」
「うむ。しかと承ったでござる」
「わたしたち口堅いアルよ」
 真名に続き、古菲と楓も同意する。
 それにネギがほっとしたような顔をした。

「あー、そうなの? というかそんな風に頼むだけでいいんだ」
「どうかしたん、明日菜?」
 そんな四人の横で、ちょっと納得がいかないかのように明日菜がぼやいた。
 彼女は記憶を消されたクラスメートに対して、いまだにもやもやとしたものを消せていない。

「だって、千雨ちゃんがみんなに忘れさせちゃったのは、勝手にやっちゃったことなんでしょ? それだったらみんなにも黙っておくように頼めばよかったじゃない。そりゃハルナや朝倉なんかはちょっと危なそうだけど……」

 明日菜が呟く。明日菜だって、もしこれがネギが原因で魔法についてばれてしまった、ということならもう少し異なる反応をしただろう。
 しかしあの日の出来事は全部が全部誘拐犯のせいなのだ。
 だが、意外にも真名が明日菜の言葉に首を振った。

「わたしはもともと関係者みたいなものだからな。楓や古も関わったというより手を貸した側だから強行はしにくいのだろう。長谷川の決断の早さは私も感心するところだが、あの日のあいつの行動は別段間違っていないさ」
「さよ殿や千雨殿のおかげで皆も取り乱したりはしなかったようでござるが、あのような記憶を持ち続ける必要もないでござるよ」
 ニンニンと楓が追従した。

「だがまあ長谷川も随分と思い切りがいいよ。敵対はしたくないタイプだな。もともと素人なんだろう? なにもんだあいつは」
「うむ、千雨殿には随分と借りができた。聞けば、さよ殿が我々を守ってくれた一件も、千雨殿があの奇襲を読んで、防御の法をさよ殿に渡していたのが大きいと聞いているでござる」
 楓が言った。彼女はその内容をさよから聞き、その詳細について千雨と言葉を交わしている。
 千雨自身も楓に隠すことはないと、大まかな争いの流れについては伝えていた。

 明日菜は安易に頷くことも、衝動で否定することもできずにその言葉を聞くだけだ。
 明日菜だって、魔法関係者から千雨の行動が一様にそう評価されているのは知っているのだが、今日の朝方の委員長の姿などを見るたびに、どうにも違和感が残ってしまう。
 だからといって文句を言える立場でもないため、明日菜としてはどうするべきかと悩むだけ。
 そんな明日菜の姿を見てひとつ頷くと、楓は言葉を続けた。

「あのときのさよ殿はあまりに眩しすぎた。弟子をみれば師を知れる。あのままであったら皆が皆、魔法使いを目指していてもおかしくなかったでござる」

 影響力の問題なのだ、と成績は良くないが決してバカではない楓が言った。
 あれほど師を愛する弟子の存在をみて、その道のまぶしさにあこがれずにいられようか。
 自分や龍宮真名、そして古菲のような、すでに己の進む道が定まったものしか理解できないであろうあの日の出来事。
 千雨の名を口にし、弟子だと自分を説明するあの誇らしげな相坂さよの顔を見れば、きっと彼女らの“これから”に影響してしまっただろう。

 幼少に正義の弁護士に助けられて弁護士を目指すことは否定しないが、友達が弁護士に助けられたらクラス全員で弁護士を目指すような展開に良好な未来図は描けないはずだ。
 さすがに長谷川千雨が了承しまい。
 そしておそらく、それが起こった後からでは、記憶を消すこともできずに、ネギが修正に苦労することになっただろう。

「拙者たちはすでに道が定まっているが、これから自分の進む方向を決めようとしている皆があの姿をみれば影響を受けざるを得んでござる」
 千雨は明日菜に、必要のない記憶だから忘れさせたと説明したが、楓たちの意見は少し違う。あの記憶は“影響力”が強すぎるから、忘れさせるべきなのだ。
 魔法使いを目指すのだって悪いとはいわないが、魔法使いというのは、道の一つである。
 決して唯一無二にして人として至高の道、などといったつまらない宣伝文句で歌われるようなものではない。
 職業に貴賤なしとは言うけれど、隠しルートというより裏コマンドじみたそれに正確な評価を求めるのは、あのシチュエーションで中学生に求めるのはコクすぎるだろう。

「ふむ、なるほど、たしかにあの時のさよはとてもかっこよかったアル」
 と、古菲がうなずく。
 こいつはこいつで、あやかとは逆の思考からそれでいて同じ解答を導き出せそうだと、欠片も揺れていない古菲の在り方に真名が感嘆しつつ呆れている。
 この娘なら、拳法を捨ててこれからは魔法使いになりますなどとは地球が百度まわっても口にはすまい。

「ああ、そういえば、ネギ坊主。聞くのを忘れていたアルが、さよの腕はちゃんと治るアルか?」
 と古菲が口を開いて、ネギたちに問いかける。
「あっ、はい。実は先ほどまでさよさんと千雨さんに会っていたんですが、さよさんの腕の治療については今進めているところということでした。見通しがまだ立っていないので、この休みはそれをごまかすための処理を行うそうです」
 修学旅行あけの休みに千雨が徹夜までした原因がこれだ。修学旅行の振り替えを含んだ二日の休み。この期間を使ったお膳立て。
 この間に直すのは不可能でも、体育やら日常やらとばれる危険のある学校生活が再開する前に見た目や触感程度まではごまかせるようにしておかないといけない。

「千雨の技は鬼と戦っていた時にちらりと見ただけアルが、あれほどの腕があってもさよの件は難しいとは、やはりなかなかに奥が深いアルね」
 古菲がうーむ、とうなる。自分でできることがあれば手伝ってやりたいが、特に何も思いつかない。
 これは自分の頭が悪いからというわけでもなかろう。

「千雨ちゃんかあ……。すごかったわよね」
「実はウチはちゃんと見てへんからなあ。なんや明日菜の話では空を割るくらいのビームを出したり、父様の山より大きい巨人を出したりしたんやろ? すごいわあ、でも見せてほしい言うてもきっと見せてはもらえんのやろうなあ」
「どう考えてもあれは秘儀だろうからな。近衛たちも吹聴はしないほうがいいだろう。古や先生なんかの技術は既知のものの延長だが、あいつの技術はそもそもの分類を通り越して、基点から隠れたものだ」

 見せるどころかあの技法の存在だけでも情報としては千金のものとなるだろう。
 実のところあれを行ったものの正体は西の本山衆にすら漏れていないはずだ。
 あんな大技もちが実は防御面はからきしの戦闘素人だと知られれば厄介なことこの上ない。

 千雨の技の特異性。
 魔素の過剰摂取で魔法使いが魔素中毒に陥るように、一般的な魔法使いの魔法とは、個人の魔力タンクに依存して運用される魔素が起こす現象だ。
 しかし、千雨の技法はそのあたりの特色を完全に無視している。例外事項や秘匿措置ならまだしも、全く別の技能筋。
 それでいてそんな技能を有する本人は直接襲われて怪我を負ったり、意識を取られたり、はては石化させられたりと、どうにも危なっかしいのだ。
 エヴァンジェリンくらいの力量をもつか、はたまた以前の千雨くらいに神経質に秘匿していてくれれば話は別だが、今のうちに手を打っておかないと、騒動が起きた時に逃げられまい。
 彼女はエヴァンジェリンの分類でいうところの固定砲台タイプ、コテコテの基礎能力依存型である。

「千雨ちゃんのことは秘密にしたほうがええってこと?」
「技術もそうだし、それにあいつの行動も含めて、今の長谷川が話題に挙がってよいことは起こらないだろうね」
 木乃香の言葉に真名が頷く。

「行動も含めて、ですか?」
「記憶を消したことを間違いだとは言わないが、誰にも知らせずに独断したのはやっぱりなかなかに問題なのさ。あいつはあのとき学園の決定を待つよりも自分の考え優先したということだからね。人のことは言えないが、あいつはそれをおおやけに示してしまった。一応気を付けたほうがいい。彼女の行為は、あいつが君のために学園の選択をまるっきり無視できる意志と能力があることを示している」

 そんなことを真顔で言う真名に皆がビビるが、本人としては忠告混じりの優しさである。
 こういうことを日常で常に考えておかねば、信念をもったままでフリーの傭兵稼業をこなすなどというマネはできないのだ。
 楓ですら考慮していない、もし自分が長谷川千雨と本気で敵対したら、というようなことを唯一真面目に考えている女でもある。
 千雨が聞いたらあきれるついでに、その用意周到ぶりにビビっただろうが、残念ながら雑談交じりに始まったこの話がこれ以上語られることはなかったのは、千雨にとっても幸いだろう。

「それに長谷川はなんだかんだ言って分類として戦闘を学んだものじゃないからな。本職の人間ならば、あの力におそれを抱くことはあっても、あいつとの戦いを恐怖するものはいないだろう」
「ん、そうなの? でも千雨ちゃんってエヴァちゃんと戦ってたわよ。それに千雨ちゃんって拳法とか、そういうのもやってると思ってたんだけど……」
 と、皆が思い思い千雨の話しているさなか、明日菜が真名の言葉にそんな疑問を口にした。

「そうなん?」
「いや、実際に戦ってたわけじゃないけど、木乃香も見たじゃない。鳥居の道でほら、あの犬耳の男の子とか、蜘蛛のお化けとかのときに避けろとか殴れとかそういうの……。それにエヴァちゃんとの時も千雨ちゃん普通に戦ってくれてたはずだし……」
 修学旅行中に千雨が負傷した時も、彼女はなすすべなく負けたというわけではない。
 千雨は自分で戦うのは苦手そうなわりに、人の戦いに口出しできるというよくわからない姿を見せていたはずだ。

「千雨がアルか? 歩法や体つきを見るに格闘は学んでいないと思っていたアルが」
「エヴァちゃんの時言うのはうちも知らへんけど、せっちゃんたちと父様のところへ向かったときに千雨ちゃんがなんや戦ってる明日菜やネギくんに声かけてたなあ。右とか左とか」
「戦いに外からアドバイスをしたということでござるか?」
「はい」
 ネギがうなずく。

「うーむ、たしかに、それなら肉体を鍛えずとも読みを研磨すればできるかもしれんが、それは計算ではなく場数の領分でござる」
「ほう……読心か未来視ってところかも知れないけどね。どちらにしろ本当に芸達者だな、あいつは」
「犬耳の男というのは楓と遣り合っていた我流の拳闘家アルね。隙はあるが、一撃の強さを研磨したタイプアル。技術の連携よりも個々の単技を磨いているタイプならあるいは……いや、それでもあのレベルに介入できるとなると……」
 ふむ、と三者三様の意見を述べて考え込んだ。各々の千雨像を修正しているようだ。

 実際に犬上小太郎とやりあっている楓や、それに立ち会った古菲からしてみれば、それはなかなかにとんでもないことだ。
 彼の技能に基礎となっていたのは、我流の使い手特有の一撃必殺の心得。エヴァンジェリン・マクダウェルがいう攻撃の大砲化とはまたべつの、格闘における鉄則というべきものを犬上小太郎は宿していたはずである。
 千雨では一撃受ければそのまま敗北してしまうだろう。

 究極的なところをいきなり目指せば、そこに小手先の技術はいらなくなる。
 小手先から入り究極へ至ったエヴァンジェリンは近接戦闘もこなせるし、ルビーは遠距離戦と近接戦の区別をつけず、単純に対応技能として、その技術を重視した。
 だが、犬神小太郎の技術はそれとも違う。彼は我流の常として、単発連結の当てる技能よりも一撃の必殺性を重視している。

「まあ、先読みは力よりも感覚器がよくないといけないんだが、逆に目と耳がよければ運動が苦手だろうとどうにかなるだろう」
「でも千雨ちゃんはメガネかけてるわよ?」
「いえ、あれは伊達メガネですよ」
「あーそうなの?」
 はいと頷くネギに真名が笑いながら訂正を入れる。

「いや、目というのは、単純に視力ではなく、洞察と読みのことだよ。耳ってのはそのままずばり悟りってやつだ。まあ、あのレベルに口出しできるとなると、やはり長谷川の”秘密”にかかわるのだろうけどね」
「それに千雨殿は筋力がないだけで、運動が苦手というわけではござらんよ」
「そういえば格闘もできるってエヴァちゃんもさっき言ってたわね」
 明日菜が楓の言葉に頷いた。
 柔道だって体のばねが必要な一本背負いならまだしも出足払いに力はいらない。そこに必要なのは目のよさだ。
 エヴァンジェリンはそれを実現する計算式を千雨が宿していることを知っているし、逆に楓は千雨自身の中にある純粋な素質を見抜いている。

「クーフェさんならあの男の子や千雨さんに勝てますか?」
 ふと出た質問だったのだろう。会話のさなか、ネギがそんなことを問いかけた。
 その言葉にふむ、と古菲が深く考え込んでから口を開く。
「そうアルね。……たとえば、わたしは銃弾を腹で受け止めることはできないが、銃を持った人間相手に勝てないとは思わないアル。同じように、千雨たちのやったことを真似できるとは思わないが、それでも面と向かって攻撃を決められないとも思わないアル。先ほど真名も行っていたアルが、中国拳法でいうところの返しの技法や当てる技能というのは、どのような技術に対しても共通の、戦いの基礎にして根幹を司るものアルよ。少なくとも私はそう信じているし、間違いだと感じたこともないアル。……っと、こんなところで返事になるか、ネギ坊主?」
「……はい。十分です。ありがとうございます。クーフェさん」
 そう答えて、ネギがふむ、と考え込む。

 一人で納得するネギの姿に、一部はにやりと笑って感心し、一部は首をかしげて不思議がる。
 修学旅行中のとある人物を思い出しながら、そんなことを問いかけたネギの真意。
 だが、残念ながら、この場でネギがその内容について口にすることはなく、その心を推し量ることはできなかった。
 このとき、ネギ・スプリングフィールドが何を考えていたかをこの場にいる者たちが知るのは、また少し先のこと。

 というわけで、この場はここでお開きとなったわけだ。
 場面は次の場所へ移ることとなる。



   ◆◆◆



「そういえばウチまだお祖父ちゃんに魔法習いたい、言う話をしてないんよ」
「そうなのですか?」

 と、刹那が木乃香の言葉に首を傾げていた。
 麻帆良学園女子中等部の学園長室へ向かう途中の学内通路。もちろん周りにはネギと明日菜の姿がある。
 カフェに残るという三人を置いて、今度は学園長室へ足を運んでいるのだ。

 途中合流した刹那が混ざっているのは、修学旅行の騒動を覚えている木乃香が連絡を入れたためだ。
 文字通り飛んできたかのごとく連絡後一瞬で現れた彼女が、実は朝方に木乃香が買い物に出かけた時から話しかけようかどうしようかと迷いながら、ずっとストーカーまがいの護衛行為を陰ながら続けていたということが木乃香にばれれば、刹那もこんなのんきな会話はできなかっただろう。
 黙っていてくれたエヴァンジェリンや四天王の面々には頭が上がりそうにない刹那だった。

「うん。修学旅行中はうちが魔法を覚えておくんかいう話ばっかりしてたしなあ。なんや解決した後も、みんな大変そうやったし。せっちゃんもいろいろ掟いうんに忙しくしてたんやろ?」
「は、はい。い、忙しくしてました……」
 千雨あたりに聞かれれば大笑いされるようなセリフで冷や汗を流しながら刹那が答えた。
 実はあなたにも秘密で皆のもとから去ろうとしていました……などとは語れまい。
 沈黙の価値を知る刹那は先ほどから木乃香の言葉にうなずいてばかりだ。
 結局、そんな会話が皆が学園長室につくまで続いた。
 そうして、入室の許可を経て部屋に入ると、そこには腰に氷嚢を載せてうんうんとうなりながら体を休めていた学園長の姿がある。

「おお、よく来てくれたの、ネギくん」
「大丈夫ですか、学園長」
「何の。木乃香が無事だったんじゃ、このくらい。今回は本当によくやってくれたネギくん。それに刹那くんと明日菜くんもの」
 寝転がりながらだが、深々と礼を述べられた
 そうして、いくらか言葉を交わしてから、学園長が本題を口に出す。

「まず、刹那くんのことじゃが、これは心配いらん。所属などを明確に決めて一部に通達、それ以外は緘口令という形で問題は起こらないように取り計らっておいた。刹那くんはすでにその辺は聞いておるじゃろう?」
「は、はい。伺っております」
 刹那が改めて頭を下げた。

「そうなん、せっちゃん?」
 驚いたように木乃香が言った。
 刹那を呼んだのは自分なわけだが、刹那のほうで十分に話は進んでいたらしい。
 心配をかけないようにと黙っていたのだろう。横で目を丸くしているネギや明日菜も知らなかったようだ。
 若干の申し訳なさを浮かべた刹那が困ったように沈黙しているのをみて、近右衛門が続けて口を開いた。

「それと、長谷川君のことじゃが、こちらについては解決したというより、問題が起こらないようにうちの息子が取り計らった、という形になっておる」
「はい」
 ネギが真剣な顔で答えた。
 自分の話題に困ったような顔をしていた刹那も、話題が変わったこともあって、姿勢を正した。

「瀬流彦くんが同行したことについては長谷川君から聞いているらしいの。彼はエヴァンジェリンから長谷川君へ伝わったといっておったが……」
「あっ、それは……」
「なに構わんよ。エヴァンジェリンが責任者なんじゃから一概に間違っているわけでもない。それに、どの道いつかは紹介することになっておったことじゃ。この学園の魔法使いについてはの」
 ネギが困った顔をするが、よいよいと近右衛門が笑って見せた。

「で。じゃ」
 そして、そんな雑談をしてから改めて近右衛門が話を戻す。
「記憶を消したことについては問題ない。行いとしても、結果としても。長谷川くんが行ったということは広まっておらんが、たとえ広まったとしてもどうにか処理できるじゃろう。問題はスクナを止めた技のほうでな。こちらも今のところは広まってはおらんが、こっちは一度広まると後々まで問題を残しかねんところがある」
 今のところは、という言葉を強調して近右衛門が言った。
 内容は既に他の者達からもさんざん聞いた話と変わらないが、一点新しい内容が混ざっている。

「スクナを止めた技が問題になるというのは、それが“魔術”だからということでしょうか?」
 千雨が魔術師であるということは近右衛門には正確に通達されているわけではない。
 だがネギはそれを本当に知らないままでいるとは考えなかった。
 同様に近右衛門も、ネギの口にしたその言葉に一つ頷いただけで、驚きなどは当然見せない。

「あー、ネギくんの云うておるのが、彼女の“技術”についてなら少し違う。そちらについては今回瀬流彦君まで伝わっておるし、以前からタカミチ君なども知っておる。まあこちらについても秘匿は必要じゃが、広まることはないじゃろうし、別段すべてものものが一括りでとらえているわけではない」
 魔法無力化空間に魔法無効能力者があっても、突風と鎌鼬を剣技に組み込む者たちがそれを恐れることはないように、千雨の魔術もそこそこに特異性を持って入るが、さすがに唯一無二として世界中が注目するような問題になるわけではない。フェイトたちがルビーの技術に注目したのとは理由が違うのだ。
 どちらかといえば、麻帆良においては長谷川千雨はネギ・スプリングフィールドとの恋人関係のほうがよほど騒ぎになるだろう。
 それを考えれば別段魔術のことなど、近右衛門がそこまで大きく問題視する必要はないのである。

「じゃが、自分の腕にそこそこ自信を持っておる魔法使いは、相手の技術の種類よりも、その強さの優劣が気になるようなものばかりじゃからの。長谷川くんについては、どちらかといえばスクナと渡り合ったという事実のほうに目が行くんじゃよ。先ほど問題になる、といったのは種類ではなく力量の問題という意味じゃ。あれと渡り合えるものはそうおらんし、その上名も知られていないというのは更に少ない。ただ、それについては最後に幕を閉じたのはエヴァンジェリンじゃから、それがカモフラージュになっている面もあるがの」
「そうなんですか?」
「うむ。まあなんというか、とんでもない事態じゃったし緘口令にも限度がある。話は広まっておるが、……そうじゃな、ぶっちゃけてしまえば長谷川くんよりもエヴァンジェリンのほうが問題になっておるから、長谷川くんは大丈夫だろう、というのがわしの考えじゃ。エヴァンジェリンの方は、知ってのとおりそんなもんちいとも気にしておらんし、好都合といえば好都合なんじゃがな」
 実際、そのあたりのしわ寄せは全て自分が処理しているのだが、さすがにその辺りを悟らせるほど近右衛門も愚かではない。

「そ、そうなん? うち、あんまり良くわからへんけど、エヴァちゃんが千雨ちゃんを助けてくれたみないな意味でええん?」
「そんなところで間違いないの。エヴァンジェリンには感謝をしておくとよいじゃろう」
 結構間違いがある気もするが、近右衛門はさらりと頷いた。
 実をいえばそこそこ気になる報告も上がってはいるのだが、説明して孫娘を不安がらせることもない。

 麻帆良や呪術協会本山の一次関係者や上層クラスには、隠ぺいが意味をなさないほどのレベルでスクナ復活とともに知れ渡っているだろう。
 いくら話題性の面でエヴァンジェリン以下だといっても、千雨が空を割ったとも巨人を産んだとも聞いている近右衛門である。
 むしろ本来ならばここで、ネギあたりに千雨についての詳細を聞いておかなければならない立場なのだが、孫娘がいる場でそのようなことを口にしてしまうと誤解される恐れがある。
 別段つかまって洗脳されるわけでも呼び出されて詰問されるわけでもないのだが、魔法とのかかわりがどうにも荒事じみていただけに、千雨側にも偏見があるのだろう。

「そうなんか。そういえば千雨ちゃんとエヴァちゃんはなんや仲良さそうやったし……。代わり言うんが気になるけど、エヴァちゃんってなんか有名人やいうてたな……。うちもいろいろ注意事とか言われたけど…………でもその分エヴァちゃんが割りを食った言うんは、ウチも聞いてへんなあ」
 ぶつぶつと思考をまとめるように木乃香がつぶやく。
「いや、そもそも、エヴァちゃんがあのスクナとかいう大きいのをやっつけたのが、なんで問題になるん? エヴァちゃんは千雨ちゃんと違ってもともとすごく強い魔法使いやって知られてるんやろ?」
 と、木乃香から思わずといった疑問が漏れた。
 答え方を間違えると厄介になりそうな質問だ。
 誤解を招かないように話を納めなくてはと、百戦錬磨の東の長としての思考を慎重に働かせる。
 が、そんな学園長の思考のすき間を先取りして、答えが返った。
 当然ながら、そんな主の疑問に何も考えないまま反射的に答えたのは、彼女の親友兼護衛役だ。

「リョウメンスクナを倒したことではなく、エヴァンジェリンさんが麻帆良の外でその力を振るったことが問題になったのではないでしょうか? エヴァンジェリンさんはこの学園には幽閉という形で力を封じられているわけですから」

「……いや、刹那くん…………」
 横で聞いていた刹那から入った合いの手に近右衛門が息を吐いた。
 さすがにそれはぶっちゃけ過ぎだ。
「えっ? あっ! いや、その……」
 自分の発言に気づいたのか、刹那がいまさらながらに戸惑うがもう遅い。
 当然木乃香が反応する。

「……せっちゃん、それどういう意味?」
「あ、いえ。その……リョウメンスクナは伝説級の鬼神です。エヴァンジェリンさんが一撃で倒したのは例外中の例外で、同レベルの技を示してしまった千雨さんは種類というよりも能力の高低の問題で危険視を……あっ、いえ、危険というか注目度という点でその……麻帆良に幽閉されているエヴァンジェリンさんと同程度に重大に見られることも、その……ありえるかな、と……」

 魔法使いについて詳しくない木乃香が首を傾げていたところへのフォローのつもりなのだろうが、その内容が物騒すぎる。
 孫娘の幼馴染にして護衛役の将来が心配になるが、心配している暇もない。
 思った通り、それを聞いた木乃香から鋭い視線が向けられている。

「……なにそれ。危険視ってどういうことなん? 幽閉ってエヴァちゃんが? 千雨ちゃんもそうなるいう意味?」
「えっ? い、いえ、一概にそういうわけではありませんが……」
「…………一概に?」
「いえ、その、もしかしたら可能性として千雨さんも同じような処置が起こるかもしれないという意味で……そ、それにもしその場合でも記憶を消去されるくらいだと思いますが……」
「………………記憶を? 修学旅行の時みたいに?」
「は、はい。あっ、いえ、でも、あの、千雨さんは前から魔法に関与していますから、一晩だけのことと違い記憶消去すると色々と日常に問題が起こりますし、その分そのような処置は取られないかと……せいぜいが監視がつくくらいかと……いえ、もしもの話ですけれど」
「……………………へえ、監視」
「あ、あの、お嬢様! あくまでも、もしかしたらということで、実際にそのようなことはおそらく、その、起こらないんじゃないかな、と私は思うのですが……」
「…………………………ふーん」

 嘘をつけない上に誤魔化しも下手くそな刹那によって、なぜかどんどん悪化している。
 交渉ごとに向いている性格ではない。
 煌々とした光をたたえ始めた木乃香の瞳にさっそくビビりが入り始めた刹那を尻目に、祖父として近右衛門声をかけた。

「う、うむ。刹那くんの言うておる通り、長谷川くんをとらえるようなことは起こらんよ」
 ちなみに藪蛇という言葉を知っているので近右衛門はわざわざ口にはしないが、もちろんこれは、刹那の言うとおり可能性の話。
 千雨がその異能を持って規範に反する行動をしなければ、という仮定の上だ。
 正しいかどうかの問題で言えば刹那が正しい。

 超鈴音がその行動と影響力により、学園の魔法先生方から捕縛を示唆するイエローカードが通達されているように、たとえ学園の生徒でも学園の考慮しない行動や、不利益となりかねない行動を無秩序に繰り返す場合は強制的にとらえられる場合もある。

 だが、エヴァンジェリンや超鈴音が特別なだけで、普通はたかだか自分の技法を隠している生徒程度に封印措置や記憶処理などといった大掛かりなことは起こらない。
 真名が口にしたように、千雨は力を示しそれでいて学園の基準を、自身の行動決定の最上位には置いていないが、それでもせいぜい学園側からとしては注意と行動制限がつくくらいだ。
 じい、とそんな内面を見透かそうとするかのように木乃香が視線を逸らさずに近右衛門の言を聞く。
 それに感化されたのか、明日菜やネギまでがじっとこちらを見つめてきた。

「そうなん……。じゃあエヴァちゃんの話は?」
「あやつについては少し事情が複雑でな。幽閉という言い方は悪いかもしれんが嘘でもない。じゃが、エヴァンジェリンを麻帆良にとどめておるのはかなり例外的な措置じゃ。これについては、長谷川くんに当てはめるようなことはないと約束しよう」

 この地へとどめているのはナギの技だが、力を封じているのは麻帆良の措置だ。学園長としても、ナギに頼まれた身としても、その責任が自分にあることは認識している。
 千雨はともかくエヴァンジェリンのことについては何一つ安心できないような回答だが、それもその貫禄でむりやり消化させてしまう。
 先ほどまでのは、孫娘と祖父の微笑ましいやり取りで済むが、ここで木乃香を納得させられる程度の貫録がないようなら学園長はつとまらない。
 なんだかんだと情けないような姿を木乃香の前で見せているようでも、実力で東を納めている魔法学園の長である。

「なに、気にせんでも大丈夫じゃよ。エヴァンジェリンも長谷川くんも、彼女らが麻帆良の生徒である限り、なにがあろうと、最後の責任はわしがとる。そのためにわしがいるわけじゃしな」

 細かい説明は抜きにして、麻帆良学園学園長が太鼓判を押す。
 うーむとうなったが、木乃香も納得したのか矛を収めた。
 その横で、自分ではどうしようも無さそうな雰囲気が払拭されたことを悟って、刹那がこっそりと安堵の息を吐いていた。


   ◆


「はー、じゃあ前に明日菜が言ってたエヴァちゃんとネギくんの喧嘩言うのは、ネギくんのお父さん絡みやったんかあ……。そういえばエヴァちゃんが魔法使いやって聞いてから、それ以外のことはあんまり話してなかったなあ」
「で、なんかトラブったみたいねー。千雨ちゃんは、その呪いだかを解くのを協力してるんだってさ」
 木乃香の言葉に明日菜が頷く。

「ふーん。それで幽閉ゆうわけやね」
「は、はい」
 何故か冷や汗を書きながら刹那が答えた。
 忙しない彼らが、次に向かいたいところがあるからと、そうそうに学園長室から退出した後に、その道すがらそのようなことを話している。
 忙しい一日だが、今度の場所は図書館島へ向かう道の途中だ。

 そのまますこし歩き、麻帆良の表の面でも裏の面でも一大施設である図書館島に到着した。
 雑多な用事も今日の分はこれで最後になるだろう。
 ネギが図書館島の休息室に入ると、すでにそこには早乙女ハルナ、綾瀬夕映、宮崎のどかがそろっている。
 木乃香が加わり、3-Aの図書館探索部のメンバーがそろった形になった。

「ふむ、それでネギ先生。見せたいものとは何ですか?」
 少しばかりの雑談を経てから、綾瀬夕映が話を切り出した。
「あっ、夕映さん。実はですね、修学旅行中にぼくの父さんの関係でこのようなものを頂きまして。……これなんですが」
 ばさりと広げられた図書館島の地図を皆が覗き込む。
 明日菜が朝方に見たものだ。

「なるほど、これは興味深いですね」
「ネギのお父さんが調べたんだってさ」
「へー、すごーい」
 感心したように夕映たちがじっとそれを眺めていた。
 図書館島から繋がる地下通路が学園全体に張っている側面図だ。

「なるほど、確かにこれはすごいですね。これが事実なら図書館島以上の秘密がこの学園にはあることになります」
「すごーい、ネギ君。こんな地図大学部の人たちも持ってないよ」
「すごいねー」
 ハルナが感心したように言った。
 のどかもほかの皆と同様にその地図に驚きの声を上げている。
 そのすごさをある程度把握している探索部だからこそ、驚き以外の声が出ない。
 最深部らしき場所までが示された地下迷宮の断面分解図。自分も図書館島探索部に所属していなければ、この規模の地図をすんなりとは信じられなかっただろう。

「でも本当にすごいね。文字は読めないけど……これってネギ先生のお父さんが描いたんですか?」
「おそらくそうだと思います。何を調べていたのかを知りたいのですが、この地図をはじめとして、図書館島のものが一番多かったので」
「ふーん。まっ、でも了解したよ。図書館島のことならうちらに任せて。探索中にこの地図のことも調べてあげる!」
 そういって笑うハルナにネギも微笑み返す。
 ハルナの言からもわかるように、探求者の常として探索図や得られた情報をあまり簡単に外には出さない。
 新しくゼロから調べなおすよりも内部の協力者がほしかったネギが、当の探索部の木乃香に助力を頼んだ結果だった。

 自分には彼女たちには明かせない秘密がある。
 一応両者の事情に通じる木乃香が窓口だといっても、秘めたまま図書館島探索部としての協力だけをお願いするのは、外から見ればあまり気分の良いものでもないだろう。
 ネギにも若干の申し訳なさがあるけれど、それでもさよの腕が石となり、鳴滝風香が石化して、そんなざまを見て血の気を引かせたという話は聞いている。
 それはさよによって取り払われたらしいが、あの時余裕のなかった自分ではきっと無理だっただろう。

 いや、今だって千雨やさよほどに振る舞えるとは思えない。
 それはまだ責任を負えないということだ。
 話せる日が来るかもしれない。来ないかもしれない。答えを出すまで時間がかかるその問題。最低限忘れずにいるだけだけど、それがいまのネギにできる精一杯だ。
 ネギは魔法をクラスメイトには話さない道を選ぶことになったのだから。
 そういうものを抱えながら進むこと。
 そういうものを自分は千雨から教わっているのだ。

 そして修学旅行あけ翌日の夕刻を迎えるまでを、予定を消化しきったネギたちは彼女たちとおしゃべり混じりの話し合いをして過ごすこととなった。
 夕日を浴びながらネギがひとつ息を吐く。

「ひとまず今日はこれくらいかな」
「お疲れさまだぜ、兄貴」

 魔法学園卒業資格を得るための最終試験。
 その過程がこうなるなんて、ここに来る前の自分は想像もできなかった。
 弟子入りから父親の暗号から千雨のことからと、まだまだ終わりの見えないこの道のり。
 その道を歩んでいく過程は、簡単な一本道とは行きそうにない。

 簡単に判断せずに、背負って歩く。
 そう、自分はまだ決意をしただけで歩み始めてすらいない若輩者だ。
 何を背負おうが、どれほどの道だろうが、自分でその道を決めた以上、歩みを止めてはいられない。

「……兄貴? どうしたんだ」
「ん、なんでもないよ」

 そう答えながらネギは少しだけ微笑んだ。
 まだまだやることはあるけれど、その歩みは焦らずに少しずつ。
 あの時、千雨に向かって言った言葉をこっそりと胸の内に浮き上がらせて、ネギはふと考える。

 さしあたって、まずは千雨とゆっくりと会う時間を取りたいな、とそんなこと。



――――――――――――――――――――



 全部カットしても問題ないくらい原作なぞった説明だけの話。
 リハビリ代わりで2章スタートになります。


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