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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 第27話
Name: SK◆eceee5e8 ID:c2837d9a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/05/16 22:23
 リョウメンスクナがよみがえった夜が明け、朝日が昇る。
 その朝日をぼうっとした顔のまま眺めながら、関西呪術協会総本山、その屋敷の縁側で長谷川千雨が明け始める朝を感じていた。

 雪広あやかを眠らせて、記憶を奪い、その後ネギたちを待って話し合い。結局ほとんど眠れていない。
 だがそれでも、千雨はどちらかといえば軽いほうだったのだろう。こうして朝方にゆっくりできる時間ができたことがその証明。
 皆を眠らせ、委員長を眠らせ、ネギたちが帰ってきてからの一騒動、言ってしまえばそれだけだ。
 詠春やネギはもちろん、瀬流彦や本山の関係者たちはいまだに後始末に駆け回っているはずである。
 彼らは千雨とは異なり、人の責任を負う立場であり、そしてそれに見合うほどに有能だ。

 そしてもちろんのことながら、部外者の千雨はそれには関わってはいなかった。
 彼女は人がやるべきことには手を出さない。
 千雨は責任を取れる立場にない。どこまで行こうが、彼女は責任を取ってもらう被保護者なのだ。
 手伝えることと手伝うべきこと、そして手伝えないことは区別されるべきである。
 ただでさえ無断でクラスメイトの記憶を消している自分が手を貸せば、それはそのままネギたちの本来の仕事との軋轢を生むだろう。

「終わったようだな」

 律儀に不眠で夜を明かしながら、朝日を眺めていた千雨の背後から声がかかる。
 誰かなどすぐわかる。
 昨日の夜に現れたエヴァンジェリン・マクダウェル。麻帆良学園に封じられた吸血鬼。
 いま彼女がこうして京都の街にいる代償は、学園長が今現在も支払い続けているはずだ。

「誘拐はな。ネギたちはまだなんかいろいろ仕事してるみたいだけど、わたしは待ってただけだし」
 振り向かずに千雨が答える。
「坊やはお前の尻拭いをしてるからな。本来ならばこの件は近衛詠春や学園の仕事だ」
 そんな千雨の横に当然のことながら、声をかけたエヴァンジェリンが座った。
 その後ろには絡繰茶々丸と、相坂さよがつきしたがっている。

「ネギ先生はさきほどまで近衛詠春様とご一緒していました。そろそろ休息だとおっしゃっていましたので、こちらにいらっしゃるかと」
「お疲れ様です、千雨さん」
 そうして茶々丸がエヴァンジェリンの後ろにつき、さよが千雨の横に腰掛けた。

「ネギがねえ。やっぱりあいつが駆け回ってるのは、スクナとか言うのじゃなくて、わたしの件かあ」
「ふむ、やはり伝えていなかったか。お前やさよの昨日の件はさすがに学園側としても無視できんのだろう。お前の代わりに釈明に追われているはずだぞ」
 昨日の件と言うのが、攻撃術に関してなのか、それとも生徒に放った忘却術なのかはわからないが、どうやらネギはこっそりと自分のために立ち回ってくれていたらしい。
 昨日すこし話した限りではネギからはそんなそぶりは感じられなかったのだが、気を使われていたようだ。

 はあ、と千雨が自己嫌悪のため息を吐いた。
 千雨は魔法に関わりたくないからと逃げ続けているが、さよにネギに昨夜の件にと、ここまで勝手に振舞いながら、麻帆良学園内での魔法の事情に関わろうとしないのはもはや判断を通り越してただの逃げだ。
 なにしろ千雨は魔術の名やルビーについてを、いまだ正式に学園へ告げてさえいないのだ。
 ネギが気を使ってくれているのもあるが、自分から干渉しておいて相手の干渉から逃げつづけていては、以前ネギにした説教が丸まる自分に返ってくることだろう。隠すにしてもここまで借りを作ってしまったあとでは無様すぎる。
 あとでネギと話をしておかないとなあ、と内心で呟きながら千雨が口を開いた。

「じゃあ一応解決したのか」
「誘拐事件という点で見れば、すべて解決したと見ていいだろう。主犯はさきほど詠春に引き渡した」
「そりゃよかったけど、あの石使いはどうなったんだ?」
「あいつは逃げた。一応追っているらしいが、捕まえるのは無理だろうな。逃げ道を作られていたようだ」
「ふーん、お前でも無理だったのか」
 なんとなく千雨の口から漏れた言葉だったが、それにエヴァンジェリンがむっとした顔をした。
 この女はプライドに見合うだけの力があるが、それ相応になめられることを嫌っている。

「わたしは向かってくるやつは叩きのめすが、こそこそと隠れるやつを探すようなことはしないんだよ」
 へいへい、と生返事を返しながら千雨が肩をすくめた。
 嘘ではないのだろうが、この女がからめ手には弱いことを千雨はすでに知っている。
 まあ確かにあのスクナはエヴァンジェリン以外では対処できないものだっただろう。
 そのまま千雨は聞くことがなくなったのですこし黙り、エヴァンジェリンは尋ねるべきことを吟味するかのように同様にすこし黙ってから口を開く。

「で、あいつは消えたのか」

 何よりもエヴァンジェリンが聞くべきことで、なにを聞くまでもなくエヴァンジェリンも理解しているその事柄。
 そんな自明の問いかけを、ようやくエヴァンジェリンが口にする。
 さよと茶々丸がかすかに反応したが、千雨は問われるとわかっていた問いに律儀に驚くようなことはない。
 当然のようにうなずいた。

「ああ。あんま驚いてないのな」
「まだ生きているといわれれば驚いてもいいが、あいつのことは聞いていたからな」
「ルビーは死んだわけじゃないぞ」
 反射的に千雨が言い返す。だがエヴァンジェリンは頷かなかった。

「わかっているさ。あいつにとっては死ではない。事情を知る我々にとってもそうかもしれん。だが、この世界線から見ればあいつの帰還は死と変わらん。変にこだわって期待を持つな。とらわれるぞ」
 その断定にわずかに千雨がひるむ。
 ナギ・スプリングフィールドのことを思い出しているのか、エヴァンジェリンの言葉は淡々としたものだった。

 希望は持たなくては生きていけないものだが、すがってしまえば鎖になる。
 かつてどこかで行われていた聖杯戦争で、参加者が英霊の敗退を死と呼んだように、英霊の帰還は非可逆の現象だ。
 エヴァンジェリンはそれを理解している。

「死後の世界の有無に関わらず、帰還の伴わない離別が死と呼ばれるのだ。お前がさよを死んでいないと言い張ったようにな。相坂さよは消えなかったが、あいつは消えた。認識を改めろ。これはお前の言葉だぞ」
「……ちっ、まあな。覚えてたのか」

 肩をすくめるエヴァンジェリンに千雨がしぶしぶと同意する。
 この世界から消えた以上、追うものがいなければそれは死だ。そして、千雨は納得して別れたルビーを追いかけるほどに愚かではない。
 だが自分で言ったことながら、改めて断じられるとそれはそれで頷きにくい。

 エヴァンジェリンは黙った千雨に声をかけるでもなくそのままだ。
 千雨がさよの体を作ったときに自問したように、魔女は生死の境界に独自のものさしを持っている。
 そしてそれを押し付けることをしない代わりにその基準を譲らない。
 ルビーが再度この世界を訪問することはありえなく、千雨が世界を渡る力を持っていようと、千雨にはこの世界を離れてルビーを訪問する意思がない。
 つまりそれは再会の否定である。

「そろそろ消えることはあいつ自身も知っていた。最後に貴様に義理を果たせたのなら、あいつも満足だっただろう」
 もちろん貴様にとってもこれは“悪い”というものではなかったはずだ、とエヴァンジェリンは言葉を続けた。
 確かにその通りなのだろう。ルビーは納得して消えている。ならば悲しみはあっても、この結末を否定することは許されない。
 千雨の戸惑いの原因は、エヴァンジェリンと違って千雨が別れに慣れていないというだけだ。

「ではルビー様は……」
 エヴァンジェリンの言葉を聞いて、茶々丸が口を開く。
 それに千雨が頷いた。
「ああ“次”にいったんだと思う。座に戻ったのかもしれないけど、あいつの最終的な目的はシステムの構築だ。アイツの目的自体はもう半分終わっているところがあるからな……」
 呟く千雨の言葉に茶々丸とさよが首をかしげる。
 その二人にちらりと視線を送ると、エヴァンジェリンが薄く笑う。
 これ以上千雨が会話を続けたくないと思っていることを読み取ったのだろう。
 話題を変えるように口を開く。

「昨晩はぼーやたちに責められていたようだな」
「納得できたわけじゃないだろうけど、理解はしてくれたと思う。前にも似たようなことを話したし、ネギよりもむしろ近衛や神楽坂のほうがどうするべきか困ってたみたいだ」
 記憶を消したという話を伝えたときのことを思い返しながら千雨が言った。
 木乃香や明日菜はさよが魔法を説明した場に居合わせていない。
 帰還後に、魔法がばれたことと、記憶を消したことだけを聞かされれば、困惑して当然だろう。

「まあそうだろうな。ああそうだ。さよの腕はどうするのだ?」
「それは絶対に治す。でもやっぱり帰ってからだな。ここじゃさすがに無理だ。帰ったらまた工房を使わせてもらいたいんだけど、大丈夫か?」
「ああ、あのときのまま残してあるぞ。あの場所は契約に守られているからな。自由に使うといい。すでにルビーからお前にその権利が譲渡されている」
「そっか、助かるよ」
「えへへ、そのときはお願いしますね、千雨さん。」

 千雨が答え、さよが笑った。
 さよの腕。石化により機能を失った腕だが、もちろんそのまま放置する気はない。
 本当に純然たる事故による結果なら怪我を許容させる道もあったかもしれないが、この結果は魔法の事情だ。
 学園に帰ったあとはエヴァンジェリン邸の工房に通うことになるだろう。

「ですが、修学旅行中はどうするのでしょうか?」
「あっ、そういえばそうですよね。治るまではどうするんですか、千雨さん?」
 自分の腕のことながら、なぜか緊迫感のないままにさよが問いかける。
 そんなさよの横に立つ絡繰茶々丸のほうがむしろ心配そうな視線を向けていた。

「あいつらの記憶を消しちまったから腕は必要だけど、神経系に干渉すると後々余計に面倒だし、張りぼてくっつけて長袖と包帯で隠しておくのが一番いいとおもう」
 ひとつ頷いて千雨が答えた。
 魔法の要素が欠片も見えない回答だ。
 流石に令呪を包帯でごまかしただけのことはある。

「そうですか。あの、やっぱり気にされてますか? 記憶を消したことを」
 気遣うようなさよの言葉に千雨が笑う。
 どうやら自分のメンタルが危なそうなことはこいつらにとっては周知のことだったようだ。
 委員長といいこいつといい、なんとまあ仲間に恵まれていることだ。

「それ、ネギにも聞かれたな。大丈夫だよ。忘れはしないがシコリにのこすなんて無様はさすがにさらせない。いいんちょに怒られちまうだろうからな」
 千雨が肩をすくめた。
 その言葉に嘘はない。
 彼女は自分のした行為に対して痛みを感じることはあっても、悔やみをよどませているということはないのだ。

 しかしさよはその返答を聞いても難しい顔をしたままだった。
 だって相坂さよは、雪広あやかをはじめとしたクラスメイトに魔法をばらし、その説明をした当人なのだ。
 千雨がいると思われる大浴場に向かいながら千雨のことを話し、自分のことを話し、そしてほんのちょっとだけ魔法のことを口にした。
 千雨のすごさを語るさよに皆が微笑み、千雨を誇るさよに皆が関心を投げかけて、千雨を自慢するさよを皆が羨んだ短い思い出。
 みんなは忘れてしまったそのことを、さよが代わりに覚えている。

 記憶を消した当人よりも千雨を心配しているようなさよの姿に、改めて苦笑しながら千雨が庭に下りて伸びをする。
 ポキポキと骨がなった。知らず気を張っていたようだ。

 早朝の縁側で、昇る朝日を前にして魔女と吸血鬼が行う会談としては、どうにも殺伐としたものだ。
 そんな千雨を見ながらさよや茶々丸もそれぞれが今回の騒動の終焉を感じていた。

「…………んっ?」

 と、皆が黙っているそんな中、千雨が誰かの声を聞きつけて顔をあげた。
 耳を済ませれば、遠くからネギの騒ぐ声がする。
 いつものように誰かと騒いでいるようだが、こんな早朝からとは珍しい、と千雨が首をかしげる。

「ネギ先生と刹那さんのようです。掟がどうこうと……」
「おきて?」
 千雨の無言の疑問に茶々丸が答える。
 彼女の耳のよさは実証済みだ。聞き違いということはないだろう。
 だが、茶々丸の言葉の意味が取れなかったのか、千雨が首をかしげたままだ。

「ああ、刹那は鳥族のハーフだからだな。昨晩あいつが自前の翼で飛んでいただろう? ばれた場合は知ったものの前から立ち去らないとまずいらしいぞ」
 そんな千雨に、遠耳で騒ぎを聞き取ったのかそれともすでに知っていたのか、エヴァンジェリンが平然と補足した。
「はあ、そういや昨日飛んでたな。あの背中のって本物だったのか」

 戸惑うような千雨の視線にエヴァンジェリンが肩をすくめる。
 事情を何も把握していない千雨としては戸惑うだけだ。
 先ほどすべて解決したといっておいて、いきなり刹那が立ち去るなどといわれれば納得できるはずもない。

「そういうわけだ。あの翼は禁忌の象徴。鳥族の混じり物であるという証だからな」
「あん? いやいや、なんだそれ。鳥族も何も記憶は消しただろうが。桜咲のやつもしかして記憶を消したことを聞いてないのか」

 そもそも刹那が“混血”であることなどルビーからはるか以前に聞いている。
 混血が忌避されるのはわかるが、いきなり騒ぎ出すにはタイミングが不可解すぎる。
 昨晩の行為は帰ってきたネギたちにその場で千雨自身が説明済みだ。
 古菲や木乃香などの例外はあるが、彼女たちが記憶を残したのは近衛詠春をはじめとする上の立場のものの判断であり、刹那の責ではない。

「違う違う。刹那の場合は魔法使いにもばれたらまずいんだよ。お前も意外と詰めが甘いな。人格なんかと違って種族差ってのは結構でかいんだ。お前だってトラが街中を歩いていたらどれだけ安全を保障されてもいい顔はしまい。あいつが出て行くのは一族のルールであって魔法使いのルールではない。それくらい知っておけ。わたしの配下だろうが」
「だれが配下だ」
 あくび交じりにいう吸血鬼に向かって千雨が突っ込んだ。
 エヴァンジェリンも騒動の内容は聞こえているようだ。学園結界の束縛から逃れられている彼女は茶々丸以上の聴力を有しているということだろう。

「えっ、あの、それって刹那さんが転校しちゃうってことですか!?」
「騒ぎを聞く限り転校というより失踪の腹積もりかもしれんが、まあそんなところだろうな」
「何のんきなことを言ってるんですか、エヴァンジェリンさん!」
「さ、さよさん。落ち着いてください」

 いきなりヒートアップしたさよを茶々丸が宥めているが、エヴァンジェリンはたいした反応を返さない。
 エヴァンジェリンは遠くから聞こえるネギと刹那の声を聞くだけだ。
 つまりエヴァンジェリンにとっては、刹那の行動は許容範囲内なのだろう。
 エヴァンジェリンはそのような掟についての判断はかなり厳しい。
 一方で桜咲刹那が掟に反しようが、それが刹那の意思からの行動なら、それを許容するだろう。
 エヴァンジェリンが重視するのは自分で誓った契約だけだ。
 組織や土地にはびこる契約に関しての理解は示すが、それだけである。

「今回の件が解決したので、掟に従い立ち去ろうとした刹那さんをネギ先生がお止めになっているようです」
 黙るエヴァンジェリンの横で、茶々丸が口を開いた。
 今にも駆け出そうとするさよを止めながら、困ったような視線を千雨に向けている。助けを求めているらしい。

「近衛にも黙って立ち去ろうとしたってのか? お偉いさんらしいし詠春さんか学園長に一筆書いてもらえばいいだろ」
 さよと違い、いきなり駆け出そうとはしなかったが、さすがに千雨も呆れたように肩をすくめた。
 あれだけ活躍したのだ。それくらいは学園長だって断るまい。
 種族が違うといわれれば知らないままに反論できないし、掟といわれれば納得しないわけにも行かないが、それでもさすがに翌朝にいきなり決行しちまうのは急すぎる。

「刹那は不幸を許容するべきものだと考えているからな」
「だからってなあ、近衛にぶん殴られるぞ。あいつ」
 千雨が呆れる。
 刹那が失踪して木乃香がしょうがないと刹那をあきらめて話がまとまるとでも思っているのなら、木乃香に加えて明日菜やさよからもひっぱたかれることになるだろう。
 木乃香の意志がそれほど弱く、刹那の立ち回りがそこまで上手ならこのような事態は鼻から起こるはずがない。

「当たり前です! 早く連れ戻しに行きましょう!」
 あきれる千雨の横でようやく茶々丸から開放されたさよが頬を膨らませている。
 相坂さよは木乃香と仲がよいし、オキテや決まりに鈍感だ。刹那の行為は許せないのだろう。
 逆に千雨はどうするべきかを思案中だ。彼女はいつも考えすぎて初めの一歩に躊躇する。

「ふむ。それに思い至らないからアイツは面白いんだが。そうだな、さよがそこまで言うなら口ぞえのひとつでもしてやるか」
 千雨たちの表情を読みとったのか、エヴァンジェリンが立ち上がる。
 あの騒ぎの場へ行くようだ。
 エヴァンジェリンの言葉に千雨も後ろをついていく。
 まあ刹那としても幸運だろう。
 今回の騒ぎを終えた今も、魔法についての事情を記憶にとどめることになった近衛木乃香。
 刹那が勝手にいなくなったと知れば、どう考えても彼女は怒っただろうから。



   第27話



 エヴァンジェリン勢が騒動に参加し、その後十分もしないで、刹那の逃亡は未遂に終わることとなった。
 もともと交渉の才など欠片もない刹那だ。
 ただでさえネギの言葉に押されていたのに、弁の立つエヴァンジェリンや興奮して捲くし立ててくるさよをどうにかできるはずもない。
 あきれる千雨と、あくび交じりに刹那を翻弄するエヴァンジェリン、そして刹那をガミガミと叱るさよと、理詰めに刹那の行動を止めるネギによる取り成しの後、刹那はネギにつれられて近衛詠春のところへ行くことになった。
 ようやく仕事が終わったらしいネギには悪いが、千雨たちは簡単に事情を聞いたあと、刹那を任せて部屋に戻る。
 ここは呪術協会として機能する西の本山であるが、客人用の部屋数には事欠かない。
 修学旅行の班別に部屋を割り振られているのだ。

 その一室、第六班の部屋に戻ると、千雨は早速用事を済ませてしまうことにした。
 これからすこしすれば皆が起床となり、朝食を取ることになる。
 それまでに、片手の袖がぷらぷらと揺れているさよを何とかしなければならないだろう。

「じゃあ、さよ。準備はいいか?」
「はい、千雨さん」

 そう答えると、さよは肩口を浴衣をからはだけさせた。
 誰かに見られれば誤解を招きかねない仕草だが、その場には茶々丸とザジが雑談を交わしながら二人を見守っている。
 二人からしてみれば、いまさらこの程度の光景で驚くことはない。
 それにさすがに誤解はできまい。浴衣からあらわになるさよの左肩、千切れたそれが生々しい血の滴りをもって千雨の目の前にかざされているのだ。
 石化がとかれたことで、今のさよの腕は純粋に千切れた腕として存在している。
 石化を防御として使う術式があるように、見方によってはさよの腕は石化による止血が施されていたのだ。

「うーん、石化はもう大丈夫だな。やっぱあのガキ、事が終わったら石化呪は解除させる気だったみたいだ」
「そうですかあ、よかったです」
 うれしそうにさよが言ったが、千雨は渋い顔をしたままだ。
「じゃあ、止血処理してから義手を形だけ作る感じになるぞ。適当に治したり手を作っちまうと帰ってからもう一回切り取らないといけなくなるし」
「それはさすがに怖いですしね」

 ふう、と千雨が一つ息を吐く。
 石化解除と止血には呪術協会の術師に力を借りたが、ここから先は自分の仕事だ。
 なかなか大変そうだと思いながら千雨が自分の作った少女の体に目を走らせる。
「それじゃそろそろ始めるか」
 その言葉に、はい、とさよがうなずいた。


   ◆


 さて義手を作り始めてから小一時間。
 予想通りに朝食の時間には間に合わなかった。
 作業中に刹那は帰ってきたが、今はザジやエヴァンジェリンとともに朝食にむかっている。
 茶々丸はまだ残っていたが、これはエヴァの言いつけというよりさよを心配した茶々丸の行動だ。
 どの道彼女に食事は不要である。

 エヴァンジェリンは途中参加の第6班。千雨と同じ班に入ることになったと、説明されているはずだ。
 ちなみに班長は茶々丸のままである。
 茶々丸は複雑そうな顔をしていたが、エヴァンジェリンは特に気にしていないようだった。

「ご飯抜きですかあ」
「みんなと合流するのは最低限この手のごまかしを終えてからな。どのみち片手じゃ普通に食事は取れないだろ」
「じゃあそのときは千雨さんが食べさせてください」
「はいはい、今度やってやるよ」

 適当にあしらいながら千雨がさよの手をいじっている。
 もともとホテルと異なり呪術協会大本山での朝食だ。
 木乃香関係の私用だと適当に嘘をついているから追及されることもないし、あとで再度食事を取る機会を作ってもらうことだってできるだろう。

「その……でしたらいまのうちに片手で食べられるような軽食を用意してもらってきましょうか?」
「ん、そうだな。頼んでいいか?」
「うわー、ありがとうございます。茶々丸さん」

 あほな会話を続ける師弟に、茶々丸が言葉を挟む。
 もちろん、ようやくでた建設的な意見に、素直に千雨とさよはうなずいた。


   ◆


「おい、千雨。何をのろのろしている! 観光に行くぞ、観光に!」
 茶々丸を見送ったすこしあと、がらりと6班の扉が開あけはなたれて、朝食を終えたエヴァンジェリンが入ってきた。
 すでに食事を終えたようだ。
 エヴァンジェリンの背後には、千雨たちの食事を持った茶々丸がいる。
 急遽昨日の夜に合流したことになっているエヴァンジェリンも、今日の朝食はクラスメイトと一緒にとっていたらしい。

「千雨ちゃんいるー?」
「おはようございます、千雨さん」
 さらに茶々丸の背後からネギと明日菜、そして木乃香と刹那が入ってきた。
 そしてそのまま部屋の中を見て動きを止める。
 部屋の中では下着姿のさよが、千雨に抱きかかえられていたためだ。
 突然胸に抱えられて目を丸くするさよをかかえたまま、千雨が乱入者たちにあきれたような視線を向けていた。

「なにやってんの?」

 ポリポリと頬をかきながら明日菜が言った。
 ようやくフリーズから解除された千雨がさよから離れる。
 そうしてみると千雨の行動の理由は明白だ。
 抱きつく千雨の体で隠されていたそこには、肩から新しく伸びるさよの左腕があった。

「いきなり入ってくるなよ」
「おお、もう治ってるんやね。よかったわー」
「ずいぶん早いですね。学園に戻ってから治すと聞いていた気がするのですが」
 千雨が木乃香と刹那の問いに答えながら千雨が肩をすくめる。
「これは応急処置だよ。ダンボールを丸めてガムテープでくっつけた程度の代用品だ」
 言われてみればそれは完全に人工物じみた義手だった。茶々丸たちガイノイドの腕はおろか、市販の義手よりさらに三段は落ちる模造品である。
 神経どころか関節が存在しないそれがだらりと肩から力なく垂れ下がっていた。
 学園に帰った後、新しい腕をつなぐことになるはずだ。
 神経接続が行われる義手は、人形体であるさよにとっては腕の再生と同義である。

「バカをやってないで、さっさとさよに服を着せんか。もう終わっているのだろう」
「わかってるけど、いきなり入ってくるとはおもわねーだろ。あと、ネギ。てめーはじろじろ見てんじゃねえ」
「す、すいません。さよさん!」
 ドアを開けていきなり飛び込んできた光景に止まっていたネギがあわてて目をそむける。
 すでにある程度の処置は終わっていたらしく素っ裸というわけではないが、浴衣をはだけさせた女子中学生の下着姿だ。間違っても凝視してよい光景ではあるまい。

「いやー、ごめんね、さよちゃん。それに千雨ちゃんも」
「あはは、構いませんよ。それで皆さんはご一緒でどうされたんですか」
「あっ、それなんだけどね。エヴァちゃんが京都観光に行くっていっててさ。千雨ちゃんたちもどうかと思って」
「観光? エヴァンジェリンがか」
「何か文句あるのか、貴様」

 先ほどからイラついたように千雨をせかしていた幼女に視線を向ける。
 別に、と答えて千雨が肩をすくめた。
 見た目に似合わず、こいつは囲碁部に茶道部にと意外に東洋文化を愛している。

「で、みんなで行くってのか。」
「そのあとは近衛詠春がナギの書庫を案内するそうだな。お前はどうする?」
 その言葉に、ネギたちも千雨に目を向けた。
 だが、千雨はたいして悩むこともなく首を横に振った。

「さよのフォローをしないといけないからわたしはパスだ。ウチのグループについてくよ。それにあいつとちがってわたしは書庫に興味はないしな」
「さよさんのですか?」
 ネギが首をかしげた。

「きちんとしたのは麻帆良に帰ってから作るとして、形だけ用意しただけだから、吊っててもらうことになるからな」
「うーんやっぱり時間がかかるん?」
「治すのもそうだけど、治した後にリハビリじみたこともしなくちゃいけないだろ。今日は打ち身とでも言っておいてごまかすけど、肩からってのはかなりでかい。バランス取れないから歩くだけでもきついだろうし、わたしはさよについてってフォローに回ろうと思うんだよ」
 再度さよの手に視線が集まる。だらんと垂れ下がるそれに動く気配はない。

「結構地味ね。魔法でピカッと直すのかと思ってたわ」
「うちもやなあ。ガラスとか直したときは魔法ぽかったのに、さよちゃんの腕は駄目なん?」
「お前ら魔法使いになれすぎて感覚麻痺してないか? これでもさよの腕は人間の腕に比べたらはるかに簡単なほうだよ」
 千雨が呆れたように言った。

「じゃあ千雨ちゃんはザジさんたちとまわるん?」
「ザジもだけど、わたしらは宮崎たちに誘われてるからそっちとかな」
「ふーん、じゃあ千雨ちゃんはこれないのか。ちょっと残念ね」
「あー、うん。まあそうだな」
 明日菜の言葉に千雨が一瞬の逡巡を見せた。
 木乃香がそれを見て首をかしげる。

「なにかあるん、千雨ちゃん?」
「んー、さよのこと以外にも、記憶を消した分の誤差も一応見たほうがいいかなと思ってたんだ」
 すこし言いづらそうにしながらも、木乃香の問いにはっきりと千雨が答えた。
 その言葉にさよも頷く。
 千雨同様に彼女もナギの車庫についていくよりも、昨晩の記憶を失っているクラスメイトに同行したかった。

「そういえば、ほんとにみんな忘れてるみたいだったわね」
 明日菜が言いづらそうに口にした。
 聞いてはいたものの、やはり魔術師でもないものが見ればその光景に忌避感は免れまい。
 その横で木乃香も眉根を寄せているが、逆に刹那などは気をもめる木乃香に遠慮することはあっても、千雨の行動に疑問をはさむようなことはない。
 以前に自分の記憶を消そうとしたネギの姿、昨日説明を受けたときの千雨の視線、そういうものを思い返しながら明日菜や木乃香は文句を押し殺すだけだ。
 すこし気まずい雰囲気が流れるがそれが普通の反応である。

「あれって後で思い出したりはするの?」
 すこしだけ期待するかのように明日菜が言った。
「思い出すというより追体験させるようなもんだけど、戻すことはできる。でも自然には戻らない」
「じゃあ、いつか千雨ちゃんが戻すかもしれないってこと?」
 やはり思い出せるのならばそちらのほうが好ましい、と考えている明日菜らしい台詞だ。

「戻すわけないだろ。もうこんなことが起こらないようにするために記憶を奪ったんだぞ」
「でも気にしてたじゃない、千雨ちゃん」
「気にはしたけど、だからって戻すのに期待するのは違うだろ」
 結果ではなく行為の罪。
 それは以前にネギに対して千雨が責めた内容だ。言いだしっぺである自分が目を背けることなどできるはずがない。

「でも、わたしは覚えてるのに、みんな忘れてるなんて……」
 愚痴るような明日菜の台詞に千雨が霞のような笑みを浮かべた。
 やはり、ほんとにこいつは善人だった。
 実は最近の千雨は明日菜を一押しで気にいっていたりする。
「わたしも割り切ってなんていないさ。やることだけやって、それ以外のことを全部後回しにしただけだし」
「うーん、無責任すぎない、その言い方?」
 あわてたように明日菜が言う。
 だが、それは千雨の本心だ。撤回はできない。
 割り切るなんて、自分だって不可能なのだ。
 あやかの言葉に支えてもらい、魔術師としての使命感から何とか耐えているだけである。

 それでもやらなくてはいけないと思ったからやっただけだ。
 凡人は自分が正しいと思うことしかできないのだ。正しい行いを確信して進めるのは英雄だけ。
 もし間違っていると突きつけられたら、そのときに懺悔をし、それまでは責任だけを背負っていればそれでいい。
 ルビーの弟子として、千雨はやらずに後悔することだけはできないから。

 どちらが正しいかなんてわからない。
 やるしかないからやっただけ。
 選択権だけを抱え込んでたら、いつか動けなくなっちまう。
 後回しにして目を背け、それでも重荷は下ろさず抱え込む。


 ――――でかい悩みなら吹っ切るな。


 どこかの誰かの陳腐な台詞。
 胸に抱えて進めだなんて、そんなありきたりで、それでいてそれを聞いた誰かさんに決定的な変化を与えたそういう助言。
 それを本当の意味で本人から聞けるのは、きっとルビーくらいのものだろう。
 だけど千雨だけは、誰に言われないままにその言葉をその身に宿していても許される。

 適当に吹っ切るのは決断の放棄であり逃げである。
 自分の行いに即時の解答を求めないそういう思考。
 千雨の意志力。ネギが尊敬する、その強さ。

 結末まで知っている神様以外はどうすべきかもわからない道を歩むことのできる、小さな勇気。
 誰かが本当の魔法と呼称したその心を、ちゃんと魔法使い見習いの少女は持っている。
 そんな千雨の姿に、ああ、とさよとネギが息を吐く。

「あの、千雨さん」
「あ、なんだ? わりーが文句ならきかねーぞ。話は終わりだ。悩み相談に乗ってもらう気も、乗る気もねえんだからな」

 黙り込んだ千雨をじっと見つめていたネギが口を開き、それに千雨が突き放すような言葉を返す。
 話は終わりだと断言するその口調。
 悩みなど聞かないと言い放ちながら、人の言葉に耳を傾け、突き放すようなことを言いながら、その実、心の中では吹っ切れずに抱え続ける気質を持つ長谷川千雨。

「いえ、違います。そうではなくて……」
「んっ? なんかあるのか?」

 問答は終わりだと断言する千雨に、もちろんネギは質問など投げかけなかった。
 彼はどうしても言いたいことを言いたいと思っただけだ。
 彼はそういうところで躊躇はしない。
 だから言う。


「ボク、千雨さんのことを本当に尊敬します。だから、その……ボクもできるだけ努力していきたいと思いますね」


 千雨の姿を見て、そんな言葉を言いたかっただけなのだ。
 ネギは千雨のことがとても好きだ。
 だけど、その感情は好意だけでなく、そもそも一番はじめにネギが千雨に対して宿したのは尊敬の感情で、それはいまもほんの少しだって翳っていない。
 それをネギは改めて確認した。
 だけども、そんなネギとは対照的に、後ろに明日菜たちを控えたままにそんな台詞を口にされ、千雨は動きが取れなくなった。

「……………………」
「あ、あの、どうされたんですか?」

 千雨がうつむいて、手のひらで目を覆う。
 突然の千雨のリアクションに、あまりよくわかっていないらしいネギが戸惑ったような声をかけた。
 そして千雨は、そんな突然の決意表明に頬を止めようと歯を鳴らすだけだ。
 なぜいきなりそんな言葉が出てくるのだ。いつもながら脈絡がなさ過ぎるぞ、このガキめ。
 先ほどまでネギの言葉にウムウムと一人で頷いていたさよは、千雨の照れる姿に今度はフフフと微笑ましそうに笑っていた。

「……そういうのは口に出さずにしまっとけよな」
 どこから来たのかわからないむず痒さををこらえながら千雨が答えた。
 ネギの後ろから飛んでくる死ぬほど嬉しそうな木乃香の視線や、あきれ返ったエヴァンジェリンたちの視線が痛すぎる。

「あっ、はい。すいません、千雨さん。どうしても言いたくなってしまって……」
「いや……嫌だって言ってるわけじゃないけど……」
「ごめんなさい、千雨さん」
「……いや、まあ気にすんな」
「はい、ありがとうございます」

 そっけなく手を振る千雨に申し訳なさそうにネギが答えた。
 そんなネギの姿に、千雨が手で顔を覆ったままに息を吐く。
 いったいこの問答は何なんだ。
 千雨だって尊敬しているといわれて嬉しくないわけではないが、素直に笑ってネギの頭をなでてやるには木乃香たちの視線が怖すぎる。
 自分は人前では素直になれないのだ。

「まあ、お前も頑張ったらいいんじゃないか? 適当に」

 これがギリギリ。だからこれで本当に問答は終了だ。
 近衛木乃香が口を挟むより先に、さよがネギに同意しながらこちらに抱きついてくるよりも早く、千雨は話を打ち切るためだけに、本心ではないそんな言葉を口にする。
 さて、それではさっさと今日の予定でも決めて、動き出そう。
 修学旅行の残り時間だって無限にあるわけではないのだから。


   ◆


「それでお前らはナギさんの書庫とか言うのに行くんだろ」
「その前に観光だ。わたしは京都に来たばかりだからな」
「みんな元気よねー。お昼くらいまで休んでからにしない?」

 場を取り直すように千雨が口を開くと、それを感じ取ったのか、えらそうにエヴァンジェリンが言う。
 明日菜は明日菜で昨日の気づかれもあってそんなエヴァンジェリンに対して、ぐったりとした様子を隠せていない。
 浮かれているさまを隠そうともしていないエヴァンジェリンの言によれば、定番の観光名所をめぐる気らしい。
 その横で、すでに二日間の観光を終えているさよが申し訳なさそうに口を挟んだ。

「えっと、それでは、エヴァンジェリンさん」
「ああ、さよは宮崎のどかたちとだったな。わたしは初日の分から全部周るつもりだからな。わたしの観光にはこいつらをつき合わせよう」
 相も変わらずさよに甘いエヴァンジェリンの後ろで明日菜が文句を上げたが、そんなことにエヴァンジェリンが耳をかたむけるはずもない。

「マスター。わたしは……」
 茶々丸がそわそわと落ち着かなさ気にエヴァンジェリンに問いかける。
 それにエヴァンジェリンが苦笑いをしながら頷いた。
「ん、そうだな。まあいいだろ。お前もさよの世話をしてやれ。ナギの書庫にいくときに戻って来い」
 茶々丸が嬉しそうにうなずく。
 エヴァンジェリンは身内に甘い。さよにももちろん茶々丸にもだ。

 そうして、その後、茶々丸の運んだ朝食をとった千雨たちが、出かけの準備を整えるころ、だんだんと外も騒がしくなっている。
 修学旅行のスケジュール通りに他のクラスメイトも出かけようとしているようだ。
 さよと約束していたのどかたちも、千雨たちを誘いに部屋を訪ねてくる。

「それじゃそろそろわたしらも行くか?」
 部屋に来たのどかたちを迎えて千雨が言った。
「千雨さん。今日はどちらに?」
「んー、宮崎たちはなんか案あるのか? なければ土産店を回りたかったりするんだけど」
 すこし黙ってから千雨が答える。

「お土産ですか?」
「あー、そりゃそうだねえ。わたしも漫研と探索部に買ってかないとなー」
「ですね。木乃香さんもお部屋で休まれていたようですし、すこし相談して探索部は共同で買いましょうか。あと、わたしは児童文学研究会と哲学研究会のほうにも買っておかないといけませんし」
 千雨の言葉にのどかたちが頷いた。
 横で茶々丸たちも頷いている。お土産などに気を回しそうにない主人に代わって茶道部等にお土産を買う気だろう。
 社交性の高い彼女らは当然3-A以外にだって個人的な友人グループを有している。
 その横で、社交性は高くとも時間的な問題でまだまだ交友関係がクラスだけで限定されているさよが千雨にすがりついた。

「うー、でも千雨さん。わたしも千雨さんもサークル入っていませんよ? エヴァンジェリンさんとチャチャゼロさんもこちらにいらっしゃいましたし……」
「ん、まあそうなんだけど……」
 ポリポリと頬をかきながら千雨が言いよどむ。
 さよの生まれを考えると答えにくい言葉だったからだ。
 というかのどか達の前でさらっとチャチャゼロの名を出すのは控えてほしい。
 いつハルナあたりに聞きとがめられるかと千雨は戦々恐々だ。
 そんなさよにたいして、若干の申し訳なさを含めて千雨が言う。

「わたしはうちの家にちゃんとしたものを買っておこうかと思ってるんだよ。ちょっと思うところがあってさ」

 はあ、と息を吐くさよにはもう両親は存在しない。
 だが別段さよも気にするようなそぶりを見せず、人目のあるこの場で詳しく話す気もない千雨もそんなさよに対して感謝を返しながら微笑んだ。
 さて、それではようやく訪れた、気兼ねなく楽しめる最後の自由行動だ。
 明日菜たちには悪いが、楽しませてもらうとしよう。



   ◆◆◆



 そうして修学旅行の四日目が終わった最後の夜。

 最後の観光と土産物屋をぶらついた後、皆が西の本山ではなくホテルに戻り、当然その中には長谷川千雨の姿もある。
 すでに日も落ちかけていたのだが、途中で合流した委員長グループと千雨たちが騒ぎながらホテルに着いたときには、まだネギたちは戻ってはいないようだった。
 おそらくナギさんの以前住んでいたという別荘とやらで盛り上がっているのだろう。

 ようやく戻った日常の流れどおりに、千雨はホテルで羽を休めていた。
 さよたちは大浴場に行っているはずだ。
 実のところ千雨は温泉などの足が伸ばせる風呂が大好きだったりするのだが、いまは令呪があるためお預けだ。本山の大浴場で我慢するべきなのだろう。
 令呪を見られたくらいでクラスメイトの記憶が戻るようなことはないが、それでも見られてかまわないというわけではない。
 そうして、さよを茶々丸とザジに任せて、休憩所で休んでいた千雨の目に、いつのまにやらホテルに戻ってきていたらしいネギの姿が映る。
 ニコニコと微笑みながら歩くその姿は、聞くまでもなく今日の収穫を物語っていた。

「ん、ネギか。帰ってきたのか」
「あっ、千雨さん。はい。先ほど戻りました」
 軽く手を上げた千雨に、嬉しそうにネギが駆け寄ってきた。

「ふーん、そっか。なんか進展あったのか?」
「はい。西の長さんから父さんの昔の話を……」
「ああ、そういや昔チームを組んでたんだっけか。エヴァンジェリンがいってた手がかりってのは?」
「それについても長さんから、父さんがいなくなる前に調べていたという書類をいただきました。暗号化して書かれているそうなので麻帆良に帰ってから調べてみるつもりです」
 ニコニコとネギが答えた。進展があったことが嬉しいのだろう。
 千雨は知らないが、詠春から受け取った大きな巻物のことである。
 ネギはまだ中を見てはいないようだ。

「暗号か。そういうのはルビーが得意だったんだけどな」
 千雨はセキュリティ解析や電子方面では得意だが、流石に魔法使いが口にする暗号とやらを前に自信満々とは行かなかった。
「あ、千雨さん。ルビーさんのことは……」
「ん、あいつは満足していたと思うよ。そう気にしなくていい。……わたしが言っていい台詞かはわかんないけどな」
 苦笑しながら千雨が答えた。
 完全な実感を伴ってルビーを見送った自分と違い、ネギはやはり別れも言えずに消え去ってしまったルビーのことを簡単に吹っ切るとはいかないようだ。
 妹の救いを目標にしていた世界の旅人。
 彼女自身の目的は究極的には一つだけだが、それでも世界を渡る過程で彼女はその足跡を残している。

「まっ、ルビーは満足かもしれんが、エヴァンジェリンなんかは文句を言いそうだけどな。封印を解く手伝いとかしてたみたいだし」
「伺ってます。……千雨さんは封印については?」
「うん、わたしは聞いてないんだよ。ルビーはあんまりわたしにそういうことを話さなかったからな」

 さよのことネギのことエヴァンジェリンのこと、千雨以外の人のこと。
 さよのように千雨に頼まれた内容ももちろんあるが、エヴァンジェリンの封印やナギ・スプリングフィールドの捜索など、なんだかんだと口にしながら、そういうものにルビーは手を貸していた。
 ルビー自身はそれを千雨のためだといっていたが、彼女自身の善性から来ていることだって事実には違いない。
 だから千雨も、それをルビーから引き継ぐ必要があるわけだ。
 でなければ、今後彼女の弟子は名乗れまい。
 日常をかき回し、最後に責任の所在だけを千雨に任せっきりで出て行ったあの女。

 さよの体を作る技術はまだまだエヴァンジェリンの力を借りないと無理だろう。それにしたって千雨一人では維持や修復が精一杯。
 ネギの父親に関してなんて、千雨はほとんど知らないままだ。ルビーは独自に情報網を構築していたらしいが、それは千雨には伝えられずに彼女は消えた。
 エヴァンジェリンの封印も千雨はほとんど聞いていない。
 ルビーは自分の消失を知っていたからエヴァンジェリンに情報を残してあるだろうが、それを受け継ぐのは千雨の役目になるだろう。
 先日の超たちとの会話だって千雨はなにも知らないままで、あいつらの真意も不明のまま。
 それ以外に、ルビーが魔法世界で起こした騒動やら、あの白髪の誘拐魔やらと、彼女が弟子に残したものは様々で、千雨はその責任だけを押し付けられたようなものだ。

 だけど、それでも千雨に後悔なんて存在しない。
 いまの自分にはきちんと信念が残っている。やるべきことが決まっている。
 道を示してやることよりも、道を選択できる意思を宿させることを重視する、そういう指導。魔道の師匠は、弟子に知識だけを教えて勤まるものじゃない。
 遠坂凛は指導者としても優秀なのだ。
 だから千雨はルビーの消失を受けても、己を失うことはない。

「あのさ、ネギ」
「はい、なんでしょうか。千雨さん」
 ポツリと千雨が口にする。


「……わたしさ、やりたいことが出来たんだよな」


 脈絡なく唐突に呟かれるその言葉。
 それにネギは「はい」とだけ頷いた。
 ネギが千雨の次の言葉を待ち、千雨はそうして言葉を聞いてくれるネギに感謝しながら言葉を続ける。

「将来の夢って言うかな。そんな感じ。さよの腕を治したらまずはそれについてちょっと動いてみようと思う。お前がよければ、手伝ってくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。なんでもいってください」
 当たり前のように答えてから、一体何を手伝えばいいのでしょうか、とネギが問う。
 その順番に、やっぱりこいつはお人よしだなあと千雨が笑った。

「うん、わたしは魔術師になってみようかなって」
 あっさりと、千雨がそんな言葉を口にした。
 ネギが首をかしげる。
「魔術師ですか? でも、千雨さんはもう……」
「いや、いままでみたいに適当じゃなくだよ。わたしはもともとルビーが帰ったら最低限だけ残して手を引くつもりだったんだ。でも、いまはこれから先もすこし本気で続けてみたいと思ってる」
 ルビーと同じように、遠坂凛や間桐桜と同じように。
 ルビーは消えたが、ルビーの残したものは消えていない。ならばそれを残したい。
 まったく、長谷川千雨の言葉とは思えない。千雨は自分がそんな言葉を口にする事実に苦笑した。
 すこし二人とも黙ってから、やはり千雨が口火を切った。

「別に根源を目指す気はないが、少なくともあいつがいたという証を残せるくらいにはなっときたい。あいつがわたしを生き残らせるために放り捨ててしまったこの“剣”を、わたしは無駄にはしたくない。あいつが聞いたら捕らわれるなって怒るかもしれないけど、でもこの思いはこだわりなんてものじゃないと思う……わかんないけどさ」
「いえ、ボクもそれはとてもいいことだと思います」
「……うん、そうか。そういってもらえるとうれしい。でもやっぱな。そういうもんだとわかっても、なかなか難しいものもある。決心というか、お前にも、いろいろと……いや、理解してもらえるかもわからなかったし……」
 タハハ、と笑いながら千雨が口調を濁す。
 そうして一拍黙ってから、雰囲気を変えるように千雨は言葉を続けた。

「そういや悪かったな。昨日の夜は相談もしないで」
「千雨さんがそうすべきだと思ったのは、間違っていないと思います。相談されれば、やっぱりボクは記憶を残すべきだといったでしょう」
 やはりネギは終わってしまったからといって妥協はしていなかった。

「そうだよな。やっぱりいまもそう思ってるか?」
「はい。以前に明日菜さんの記憶を消そうとしたボクが言っていいことかはわかりませんけど。……きっと皆さんは千雨さんと記憶を共有したいと思っていたはずです」
 迷わず頷くネギの断定に千雨も黙った。

「さよさんがおっしゃっていました。千雨さんを迎えに浴場に向かったときに、皆さんがどれほど楽しそうにさよさんの話を聞かれていたか。どれほど茶々丸さんの語る千雨さんの話に勇気付けられていたのかを」
「ああ、わたしも長瀬から聞いたな。美化150%って感じだったけど」
 今日の散策中に出会った楓たちのことを思い出しながら千雨が苦笑した。
「そんなことはありません。楓さんたちもおっしゃっていました。あのとき、クラスのみんなが怯えずにいられたのはさよさんと千雨さんのおかげだったと」

 あの夜に麻帆良四天王を送り出した後、千雨を助けに向かったのは茶々丸たちを護衛としたクラス全員。
 結局さよ一人を送り出すなんてことには納得せずに、皆が千雨を助けに向かった。
 千雨もそれは知っている。彼女はさよが自分の石化を癒したときに、その場にほかの皆がいるのを見ていたのだから。

 あの夜、千雨を探す道すがら、さよは千雨のことを話していた。
 千雨が魔術師だということ。千雨が魔法を使って自分を生き返らせたこと。ネギが魔法使いだったこと。千雨が自分を慰めてくれたこと。ずっと一緒にいるといったこと。そしてネギと千雨がほんとに恋人だということまで。
 はっきり言って、一部気を抜かずに防衛を考えていたもの以外は、さよの話に興味津々と、ほとんどいつもどおりといっていいほどだったのだ。
 いくらなんでも石化された風香と泣き叫んでいた史伽はもう少し真剣な雰囲気を残していても良かっただろうが、のろけ続けるさよに突っ込み続けていれば気もまぎれる。
 記憶を消すよりも前に、彼女たちに笑顔を取り戻させたその行為。
 このあたりのことについても、おそらく楓たちが見れば、さよや千雨の功績であると判断しただろうが、千雨にしてみれば自分の恥部をばらされただけだ。
 だからまあ、千雨としては記憶をとどめておいてほしく内面もあるが、それを別にしても記憶消去はやはり義務だ。

「だけど、そんな理由で記憶を消さないなんてのはできないだろ。それはあいつらじゃなくわたしの都合だ」
「はい。だから、それが正しいかなんてわかりません。ボクにも、でも千雨さんにもです。どちらが正しいかなんてきっと誰にもわかりません。でもボクは、ボクの言葉で素直に千雨さんが納得するよりも、それは千雨さんらしいと思います」
「ん、そっか……」

 こういう台詞をはっきりと口にできるのがこいつの強みだ。千雨には一生かかっても得られなそうなスキルである。
 そのままそわそわとした千雨が周りをきょろきょろと見渡した。
 誰もいない。ホテルの片隅。
 すこし黙ってから、千雨が口を開く。

「そ、そのだな。ネギ」
「はい」
「えっと。わたしは魔術師だし、お前は魔法使いだ。だからかもしれんが、結構お前とは意見が合わないこともあるし、お前がやることが納得できないこともある」
「はい。わかります」
 いままさに行っていた話だ。
 神妙にネギが頷いた。
 千雨の赤くなった顔とは裏腹に、真剣な話だと感じたからだ。

「うん。お前は結構抜けてるし、直情型だ。何か問題が起こったときに、人がまず考えるべき内容から片付ける。それは個人ではいいことだろうけど、組織からは嫌われる。魔法使いとどうかは知らんが、行動の価値を未来でなく現在で決めるその思考は魔術師からは忌避される」
 そして、一番の問題はその場その場で最適解を出し続ける思考を、本人が駄目なものと認識しようとしないことが、魔術師には許せない。
 魔術師は自己の視点を確立し、長谷川千雨はそれに加えて客観的な意識を得手とする。
 ゆえに、あばたはあばたで、えくぼはえくぼ。千雨に限って恋は盲目ということはありえない。
 彼女はネギ相手だろうと、不満ははっきりと口にする。
 だが、思考の評価と行動の評価は別物で、彼女はネギの考えに納得できなくとも、絶対的に評価している点が一つある。

 千雨はもちろんネギに不満を持っているし、ネギもきっと盲目的に自分を好きだといってくれているわけではないだろうと思っている。
 彼女は温情から慰めを口にするのは苦手なのだ。
 そう、彼女の本音を溜め込む悪癖の元となった人のあり方。自分の心のままに糾弾し、自分の心をごまかすしかない思考法。
 そしてそれは、もちろんのことながら彼女自身にも向いていた。

「だからさ、ネギ」
「はい」
 彼女は人の悪事をなあなあで済ませない代わりに、自分の罪悪感を放り捨てることができないのだ。
 そう、つまり。

「その……お前はわたしなんかよりもずっと頑張ってると思うぞ」

 だから、千雨は顔を赤らめ、ネギへの文句を口にして誤魔化しながらこんなことを口にするはめになる。
 ネギは一瞬何を言われたのかわからなかった。
 朝の雑談。どうでもいいような会話の応酬。
 千雨を尊敬するといったネギの言葉。
 それに対して、人の目を気にして手を振って、たいした返事をしないままに逃げをうった今日の朝。

「えっ、と? それは……?」
「だ、だから、朝のことだよ。お前は十分頑張ってるよ。ちゃんと知ってる。わたしがお前に納得できないのは考え方の所為で、お前の所為ってわけじゃない。あ、朝はえらそうに頑張れとかいっちゃったけど……、な、なんつーか……その……」

 黙ったままにしておけばよかったそれを、わざわざ千雨が口にする。
 昨晩、あやかに律儀と称されたように、千雨は意外に義理堅く、自分の罪悪感から逃げられない。
 この娘はそっけない返事をネギがそのまま受け取ってやしないかと、ほんとに千雨がネギの言葉を適当に受け取っていると思われてはいないかと、実はこっそり不安がっていたらしい。
 まったくもってアホらしい。そんなはずあるはずないのに、それに千雨だけが気づいていない。

「……えへへ。はい。ありがとうございます。千雨さん」

 そんな千雨ににっこりとネギが微笑み、その笑みに千雨が墓穴を掘ったことを悟って真っ赤に染まる。
 やっぱり性根は可愛らしい人らしい。
 そんな千雨の葛藤を、千雨をよく知るネギはやっぱり気づいてしまい、千雨も千雨で自分の言葉にどうしたらいいかを縛られて黙ったままだ。

 もじもじと戸惑っている目の前のかわいらしい少女の姿。抱きしめたいなあ、とネギはこっそり思っているが、千雨が暴走しがちなので、最近のネギはこういうときに配慮することを覚えている。
 意外に知っている人は少ないが、実は千雨は照れ屋で乙女で恥ずかしがり屋で純情なのだ。
 目の前で微笑む、純真ではあるものの、意外に押しの強い少年とは対照的に。


   ◆


「あっ、そういえば、千雨さん」
 赤くなったままの千雨を哀れんだわけでもないだろうが、沈黙を破ってネギが口を開いた。
「ん、なんだ?」
「いえ、さきほどおっしゃっていた、千雨さんが魔術師になるのにボクが手伝えることという話ですが」
「ああ、そりゃもちろん魔術の……あ、あーっと、り、理論とか、その……。いろいろだよ。いろいろ」
 おそらくここで素直に理論だと断言すればこの問答は終わっただろう。
 思考が早すぎるのも困り者だ。この女は以前から高速思考法を役に立たない方向ばかりに使用している。
 予想に反して歯切れを悪くする千雨にネギが首をかしげた。

「どうかされたんですか?」
「いや、たいしたことじゃないよ。べつに」
「嘘ですよね?」
 なぜか即答された。そんな自分はわかりやすいだろうか。
 千雨としてはうなるしかない。

「う、うん、まあ嘘だけど」
「あの、ボクが知らないほうがいいことなんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
 すこしの逡巡の末、こういうときに嘘がつけない千雨がうなるように答えた。
「教えていただけませんか?」
 いつの間にか気配を変質させたネギに千雨が後ずさった。
 なにやら勘違いしているのか、無駄に鋭い視線である。
 自分はこういうネギに弱いのだ。
 ますます顔が赤くなったことを自覚した。

「なんつーか、ほら魔術ってお前も勉強しただろ?」
「はい、しましたけど……」
「わ、わかんないかな?」
 千雨はちょっと涙目だった。
 もじもじとした彼女を詰問するネギの姿は、傍目には新手の羞恥プレイである。

「す、すいません。ちょっとわからないです。あの、詳しく教えてもらってもいいですか?」
「いや、別にいいんだ。わかんなくても……。全然どうでもいいことだし……。うん。じゃあ、この話はもう終わりにしたいんだけど……」
 視線を揺らしながら千雨が口にするが、ネギは勢いを緩めない。
 彼は千雨の内に淀みを溜め込む悪癖を知っている。
 彼女が黙ったときは、すこし無理やりにでも聞きだすべきなのだ。
 だからここで引くわけにはいかないと考えるのも道理だろう。

 そして、千雨も千雨で、彼女は自分の信念に忠実だ。記憶を奪ったことに懺悔はしても、後悔はしなかったように。
 だから、彼女は自分の言葉は裏切れない。彼女がネギにきちんと頼ると口にした以上、ここで逃げ出すことはできないのだ。
 ゆえに彼女はここで口を割らされる羽目になる。

「あの、ボクに関係することなんですか?」
「そ、そういうこと聞くのか……。か、関係はだな、…………もしかしたら……ある、かもしれない。…………い、いや他意は全然ないけど」
「あの、よくわかりません。でも、ボクに関係することなら教えてほしいです」
 涙目で後ずさったあげく壁際まで追い詰められた千雨はもう半分泣いていた。

「そ、そう……あの、別にたいしたことじゃないし、わからないなら、もうわからないでもいいんじゃないかな、とか思うんだけど」
「教えて欲しいです」
「だ、だから、その、魔術は系譜で力を溜めるから、わたしが魔術師になるってのは……」
「というのは?」
 間桐家があり遠坂家がアインツベルンの家名があることでもわかる魔術の常識、魔術師の大前提。
 魔術刻印の性質と魔術のあり方。

 かつて千雨が口にしたその言葉。
 そうたしか、知ったかぶりの魔術師見習いが、クラスメイトの委員長相手に話したその言葉。
 魔術とは、血統に依存して子孫に向かって送られる。
 それを口にした本人が、その意味をきちんと考えておかなかったのだ。
 ならば、これくらいのバチはあたってしかるべきというものだろう。
 そう、つまり。
 長谷川千雨が魔術師になると決意したということは


「――――いつか、わたしの子供に継がせていくかもって意味なんだけど……」


 自分の言葉の意味を良く考えないから、千雨はいつもいつも自爆して、今回もこんな台詞を涙目で言う羽目になるのである。
 さらっと流せたなら話は別かもしれないが、ここまで溜めてからいわれたら、そりゃあネギだって動きも止まる。流石にこれをネギの所為だというのはかわいそうだろう。
 千雨も千雨で口にした瞬間に、ぐるぐる回った思考から適当に口にしたその言葉が、どれほどやばいものだったのかをようやく自覚したらしく、あわてたように口調を荒げた。
 というよりこの女はいつもいつも言い方とタイミングが悪すぎなのだ。

「――――ま、まあ、そんなのどうでもいいよな。つーか、べつに根っからの魔術師になりたいわけじゃないから、魔術の名が残ればそれでいいわけだし、弟子ならさよだっているし! あー、うん、それにそもそもそれ以前にわたしは両親に話をしなきゃだし、うん、だからそういうのは気が早すぎたよ。いやつーか、気が早いとかじゃなくて、ちょっと変に気を回しすぎたって言うか全然気にしなくていいんだけどていうかこの話は忘れてくれ! それじゃおやすみ!」

 口にし始めた瞬間から加速度的に恥ずかしくなり、口調を荒げて捲くし立てると涙目のまま千雨がきびすを返す。
 逃亡を図ったのだが、それは残念ながら失敗した。
 その場には顔を真っ赤にして思考を停止したままに、反射的に千雨の手を握ったネギがいる。
 そう。以前からわかっていたことだ。
 この少年は空気を読まないようで、こういうタイミングははずさない。

「あ、あの千雨さんっ、待ってください!」
「っ!!? っ!!」

 変な具合にスイッチが入ったネギが口を開き、変な具合にスイッチの入ってしまった千雨がおろおろとうろたえる。
 カップルだのキスだので騒ぐクラスメイトに見せてやるべきだろう。
 暴走しがちなこの二人は、深読みしすぎかと笑っているクラスメイトのはるか斜め上を突っ走っている。

 そして、ネギはなにやら決意を秘めた瞳のままに息を吸い――――



   ◆◆◆



「――――あの、茶々丸さん。お茶がこぼれてますけど」

「っ!? あの、すいません。その……」
「またか。懲りんな茶々丸」
「も、申し訳ありません。マスター」
「どったの茶々丸さん。なんか心ここにあらずって感じだったけど、なにかあったの?」
「いえ、明日菜さん。その……あの。なんといいますでしょうか。とくになにがあったというわけでもないのですが……」

「どうしたのかね、さよちゃんたち? あっ、木乃香。これお土産ね。お金は夕映に渡しといて」
「了解やー。ごめんなあ、買い物たのんでもうて」
「全然かまいませんよー。木乃香さんは先生のお仕事をお手伝いされたって聞いてますし」
「そういえば、千雨さんはご一緒されなかったんですね。二日目は千雨さんも先生をお手伝いされたと聞いてましたけど」
「んーと、千雨ちゃんは別の用事があってなあ」
「んっ? 千雨ちゃんは普通にうちらと一緒だったじゃん」
「あっ!? あ、あーっと、そ、そうやったなあ」
「どーいうことよ木乃香。あやしいなー。なんか隠してるでしょ?」
「い、いややなあ、ハルナ。そんなんとちゃうよー」

「しかし、当の千雨さんもいらっしゃらないようですが、なにかあったのですか?」
「千雨さんはお風呂に行くときに分かれてそのままですねー。お部屋に戻られていると思ったんですけど、散歩とかしてるのかもしれません」
「ああ、そうなのですか。ネギ先生もいらっしゃらないので、またご一緒しているのかと思っていました」
「ああ、そういえばネギ先生はどうされたんですか?」
「あー、ネギのやつなら瀬流彦先生に話をしておくって言ってたわ。すぐこっちに来ると思ってたんだけど。ちょっと遅いわね。なにしてんのかしらあいつ」
「なんか千雨ちゃんと会ってる気がする! 勘だけど!」
「ひゃ、ハルナさん。いきなり叫ばないでください!」
「そ、それとパル。木乃香さんが苦しそうだよ? それにお布団の上で暴れるのは……」
「木乃香さんはただ単に自分も話を聞きたくてじたばたしてるだけだと思いますよ、のどか」
「そ、そんなことより、ハルナさん! お嬢さまの上から退いてください!」

「どうぞ、みなさま。お茶を入れなおしました」
「なかなかうまい茶だ。やはり嗜好品は現地で調達するに限るな」
「あ、ありがとうございます。茶々丸さん。あの、エヴァンジェリンさん。なんか向こうで騒いでますけど」
「ああ、あれか。放っておけ。そろそろ元凶も来るようだしな」
「マ、マスター。元凶という言い方は流石に……」
「あ、あの。それってどういう意味ですか? ザジさんはわかります?」
「わかる」


   ◆


 と、いうわけで、転がりこむような勢いで部屋に飛び込んできた千雨は、エヴァンジェリンをはじめとした一群の呆れた視線と、茶々丸をはじめとした数名の同情の視線、そして、木乃香やハルナといった面々からの好奇の視線をもって歓迎して迎えられることとなった。
 真っ赤な千雨にさよが疑問符を口にして、ザジは無言。
 千雨はしどろもどろになんでもないと口にして、さよがそのうそ臭い言葉に情けをかけて口を閉ざす。

 きっとルビーが見ればそんないつもどおりの光景に笑っただろう。
 さよたちと揉み合う千雨の姿に、茶々丸とザジが生暖かい視線を送っている。
 そんな中、何があったのかと空気を読まずに尋ねる刹那に、しどろもどろに弁解する長谷川千雨。
 そんな様を見て、大体のところを察する早乙女ハルナ。
 明日菜やのどかたちは空気を呼んで黙ったままだ。
 そんな姿を人形の振りをしながら黙るチャチャゼロが内心で大笑いしながら眺めている。

 そんな騒がしげな日常を感じながら、体に剣を埋め込まれ、心に魔術師の性を植えつけられて、一年前には想像もしていなかった友人に囲まれながらに千雨は思う。
 ついうっかりと「聞こえてしまいました」と口にした茶々丸に飛びかりながら、千雨は今はもう答えない体に埋められた宝石剣に向かって語りかける。

 それはもう独り言のようなものだけど。
 だけど、その言葉はきっとどこか遠くでまた別の桜さんのために頑張っているルビーに向かう呟きだ。
 ルビーが満足していたのは理解できても、この現状がルビーの願い通りだったのかはもう千雨にもわからない。

 でもわたしがお前に抱く感謝の心は本物だ。
 いつかの誰かのその言葉。

 ――――わたしは桜を幸せにするのが目的だもの。

 うん。なにやらずいぶんと騒がしくなっちまったが、わたしは楽しくやれそうだ。
 だからさ、本当にありがとう。
 ルビー。いろいろ困ったこともあったけど、それでもお前が来てくれてよかったよ。
 そう、


 わたしはいま、お前のおかげで幸せだ。





―――――――――――――――




 ごめんなさいでした。そして第一部完です。
 ルビーによるネギま世界の桜を幸せにする旅路はようやくここで終わり。彼女は次の桜の元でいつもどおりにやっていくことでしょう。
 あといい話っぽく締めた振りをしてますが、このあとこの部屋には千雨においてかれたネギが尋ねてきます。



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