<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14323] 第25話
Name: SK◆eceee5e8 ID:89338c57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/13 23:09
 修学旅行3日目の夜。
 畳敷きの大広間に、大きな大きな長机。
 関西呪術協会総本山、その中に建つひときわ大きな屋敷の中、3-Aの生徒が騒いでいる。
 木乃香の父親である詠春から許可を貰ったとあって、全員に遠慮がない。
 わいわいと騒ぐ彼女達の姿を、ニコニコと見守りながら本山付きの巫女が働いていた。

 そんな宴会場から離れた別室にて詠春は今日起こった話を思い返しながら瞑想を続けていた。
 長谷川千雨という名の少女を呼びたいと願った娘の言葉。
 魔法使いを恐れた木乃香の言葉。
 それに頷いた決断は間違ってはいないだろう。
 娘が魔法について知ってしまったというのはすでに連絡を受けている。
 精々が嫌がらせだと考えていたのだが、やはり木乃香の力を利用する気らしい。

 詠春はばれてしまったのは必然、むしろ僥倖だと見ていた。
 義父から不甲斐ないと怒られたが、近衛詠春は優秀だ。下を纏め、彼自身も腕がたつ。
 このクラスには詠春からみても腕の立つ生徒がいるようだし、本山の結界がある以上ここはいま西で一番安全な場所なのだ。
 ここで駄目ならどこでだって駄目だろう。
 そう、もしもここにすら襲ってくるというのなら、それはもはや西と東の問題を超越したこととなる。
 暗い部屋。その中で人を待ちながら近衛詠春が一振りの刀を前に目を瞑っていた。

 そんな詠春の耳には遠く離れた宴会場から木乃香のクラスメイトが騒いでいる声が聞こえる。
 日は沈んでいるが、まだまだ本来の就寝時間にすらなっていない。
 ただでさえ夜更かししようとたくらんでいた我らが3-Aの面々がおとなしく眠っているはずがなかった。
 だが、その裏側ではまだ何一つ終わっていない。
 親書が関係しないというのなら、明日がある、明後日がある、麻帆良に帰ってからの日々がある。
 ただでさえ、修学旅行3日目はまだまだ長い夜を残しているのだから。



   第25話


 近衛詠春が気を利かせて、つまみやら飲み物などを用意している。
 ポテトチップスから、料理人の手が入る間食用の料理まで。
 自由行動日で少し遠出していたために、皆からは少し遅れて風呂に入っていたチアリーダーズが部屋の皆に合流したころには、大広間の雰囲気に圧倒されていた3-Aの面々はすでにいつもの調子を取り戻していた。
 合流したチアたちが、いつもどおりの面々に笑いながらその中に参加する。

「おっきいお風呂だったねー」
「ホントホント。夕飯もおいしかったし、木乃香さまさまだねー」
「すっごいよねー。木乃香のお父さん。なんかの会長さんだっけ。大きすぎでしょー、いいんちょ並だよね。巫女さんが出迎えてくれたときは何事かと思ったよー」

 からからと笑いながら喋っている。
 ホテルに戻らず本山に入った面々は寝巻き代わりに借り物の浴衣を身に着けていた。
 こんなサービスを受けていいのかという思いもあるが、まあ先生公認だ。本来の予定などに遠慮することなくくつろいでいる。
 他の面々も似たようなものである。

 料理を食べているもの、おしゃべりを楽しんでいるもの、それぞれが大広間で小さなコミュニティを形成して、各自がそれぞれ楽しんでいた。
 あやかなどはさすがに年頃の乙女として間食は避けていた。逆に、楓や古菲などは遠慮なく料理を平らげている。
 その横で千雨のところから戻ってきていたハルナが料理を前に葛藤していた。
 のどかの見立てではそろそろ陥落するだろう。

「いやー、おいしいでござるなあ。ジャンクフードも嫌いではないでござるが、こういう本格的なのはやはりなかなか」
「む、これも美味しいアルな」
「ほほう、では拙者も一口……」
「う、うーん。くっそー、どうしよっかなあ。楓さんさー、なんでそんなパカパカくってその体型なのよ」
「はっはっは。拙者は食べても太らない体質なのでござるよ」
「というかパルは楓さんやクーフェさんと違って運動しないからでしょう」
「今度拙者と一緒に山篭りでもするでござるか?」
「ぐぬぬ……くそー、どーしよっかなー。山登りとか絶対ゴメンだけど……まあ一口くらいなら」
「おっ、ハルナも食べるアルか」

 ひょいと古菲の箸が動き、ハルナの口へ未来の脂肪を押し込んだ。
 悔しそうにハルナがうなる。
 忌々しいことに非常に美味い。うん、もう一口だけ食べよう。
 そんな意志薄弱なハルナの横で、楓は変わらず箸を動かしている。

 ちなみに楓はなぜかチャイナ服を着ていた。観光中に連絡を受け、この本山に来る前に一度ホテルで荷物を回収してきたからである。もちろん服以外のものも持ってきているのだが、それに気づいているのは少数だ。
 そんな横で、ハルナを見捨てたのどかが夕映に話しかけていた。

「ね、ねえ夕映。これって……」
「ん、どうしたのですか、のどか」
「あのね、あそこのテーブルにおいてあったんだけど」
「ほう、これは……実に興味深いですね。丁度水筒の中身も乏しくなっていたのです。一杯頂きましょう」

 テーブルに軽くつまめるものと、多種多様の飲み物がある。
 そんな二人の横で、すでにその飲み物を口にしていた双子と美空のトラブルメーカーが騒ぎ始めていた。

「よーし、今日も騒ぐよー」
「いやー、ラッキーだよねー。こんなおおっぴらに騒げるとは思えなかったよー」
「えー、ばれると怒られる中で遊ぶのがいいんじゃん。ここまでおおっぴらなのはそれはそれで駄目だよー」
「お、お姉ちゃん。なんかふらふらするですぅ~」
「どうしたの、史伽ー。もう酔っ払っちゃったー?」
「あはは、いやー酔っ払ったとかは口に出さないほうがいいと思うよ。いいんちょに聞かれたらまずそうだし」

 顔を真っ赤にする史伽に美空が笑う。
 触れてはいけないことだ。きっと般若湯か何かだろう。
 3-Aのいたずら好き筆頭の三人組が赤ら顔で笑っていた。
 美空はそれなりに事情を知る魔法生徒であるため、この場についても多少の知識はあるが、いたずらをするのが好きなのであってトラブルに巻き込まれるのが好きなわけではない。
 さすがに関西呪術協会の総本山で暴れようとは思わなかった。目をつけられたくはない。
 どちらかというと双子の騒ぎを止めるように声をかけている美空の姿に回りの事情を知らない人間は不思議そうな顔をしていた。

 そんななか、美空がいうようにきっと文句を言うであろう3-Aの委員長、雪広あやかは6班の面々と話していた。
 内容は先ほどハルナが体調の回復を報告した長谷川千雨のことである。
 彼女も結構千雨を心配していたのだ。ハルナが言い出さなければあやかが千雨の様子を見に行ったことだろう。
 千雨とネギはまだ戻ってきていない。

「千雨さんは湯浴みかしら」
「まー、起きていきなり夕食はきついだろうしね」
「しかし気がつかれてよかったですわ。わたくしもシネマ村で連絡を受けたときから心配で心配で」
「わたしらがこっちきたときも、まだ木乃香は顔真っ青だったしね。なんか死にそうな顔をしてたし」
「そうそう。貧血で気絶しちゃっただけでしょ? 軽くもないけど、そこまで危なくもないと思ったけどね。重い子なんじゃないの?」
「いやいや、そしたらお風呂は遠慮するでしょー」

 あはは、と裕奈たちが笑った。
 たいして心配をしているように見えないが、彼女からしてみれば、木乃香やあやかはちょっと心配性すぎる。
 もう目が覚めているということだし、過剰反応がすぎるだろう。
 まあ、こうして自分たちが呼ばれたのも、気を失うほど体調を悪くした千雨が発端ということもあるので、ありがたくもあるのだが。
 そんなことを考えながら間食をつまんでいた。

「そーいえば、さよちゃん達は長谷川についてなかったんだよね」
「ええ、シネマ村でお会いしましたわ。こちらに向かっていたのは、先生と千雨さんと木乃香さん、それに桜咲さんだけだったようですわね」
「ちょっと意外だよね。さよちゃんっていつも千雨ちゃんにべったりなのに」
「そっかなあ、べったりって感じはないんじゃない? 仲はすごくいいみたいだけど」
「復学初日にさよさんがおっしゃっていた、命を助けてもらったという話ですわね」
「あー、言ってた言ってた。たしかにあのころはべったりだったよね。変な関係なんじゃないかって噂もあったし」
「……そんな噂あったの?」
「あったよー。アキラ知らなかったの? いまはなんか落ち着いてるね。はなれていても心は通じてる熟年夫婦みたいな感じに見えるよね」

 裕奈の言葉にわかるわかると頷いているクラスメイトにアキラが頬を引きつらせる。
 先生とのスキャンダルから最近の話題性ナンバーワンの長谷川千雨と、三年に上がると同時に現れた復学生。
 二人の親密度は単純な仲のよさからは外れていた。
 千雨はいまいち実感していなかったようだが。その社交性で初日から3-Aに溶け込んでいたさよは、新しくできた友人と数分の雑談をすれば、その中に必ず千雨の名をだすほどの娘だったのだ。
 ネギと千雨のデートがばれた日、さよを気にした木乃香の気持ちも推し量れるだろう。
 つい先日から始まった木乃香と刹那の中を応援しようとする勢力しかり、邪推好きの3-A生徒はいろいろと想像をめぐらせているのである。

 そんな裕奈たちの視線はこっそりとさよたちに向けられている。
 千雨が目を覚ましたという報告がハルナから届き、ようやく気を緩めてくつろいでいるが、つい先ほどまでは顔色が優れずに宴会の空気からも外れていたのだ。
 ほんのり頬を赤くした夕映とさよが杯をあおっていた。

「ほわ~、おいしいです」
「あの、夕映ちゃん、顔真っ赤だけど……」
「おいしいですねー、これ」
「さよちゃんまで……って、ちょ、ちょっと、木乃香、これって」
「あはは、らいじょーぶらいじょーぶ。お酒とちゃうよ~」
「それに木乃香さんのお父さんが出してくれたのだから、大丈夫なんじゃないですか?」

 真っ赤な顔をしたさよと夕映、そして木乃香の姿に首をかしげていた明日菜が、驚いたような声を上げる。
 さよは杯を傾けたままだ。
 自分の体はそこそこアルコールには耐性があるが、それを抜きにしても近衛詠春だって、ここでそこまであからさまなものは出さないだろう。
 なにせまだまだ修学旅行は中盤なのだ。
 そんなさよの横からひょいと手が伸びて、テーブルの上からお猪口を持ち上げる。
 褐色の長身姿。龍宮真名のものだった。半数以上が浴衣や寝巻きの仲、彼女だけは外着のままだ。
 彼女は自分自身に気を抜いて休息をとることは許しても、慢心して油断することは許さない。
 しかしそんな彼女の信条と、その懐にある小さな膨らみに気づくものは、離れた席で刺身を食べながら杯を傾ける楓だけだ。

「ふむ、これはなかなか高級品だな」
「ふえっ? あっ、龍宮さんわかるんですか?」
「わかるというほど詳しくもないが、ある程度はね。それにこれは相坂のいうとおり、近衛たちのための掃愁帚だ。玉箒には毒素がない。悪酔いはしないさ」
「龍宮さんまでいつの間に……。というかなにそれ?」
「こいつは長谷川を心配して落ち込んでいる近衛や相坂のために用意されたということさ。彼も人の子。ついでに不浄払いではないのは気を使ってくれているのかもしれないな」
「?」
「飲んでも害はないということだよ。初日の二の舞にはならないだろう」
「そうそう。おいしーで明日菜」
「千雨さんが来たら一緒に飲みましょうね」
「あのねえ、木乃香、いいの? あとで長さんのところにいくことになってたでしょ。それにさよちゃん。千雨ちゃんはこういうの怒りそうじゃない?」
「フフフ、まあそう怒るな神楽坂。飲ませてあげるといい。彼女たちも気を張っていたようだからね」

 薄く笑みを浮かべながら真名が唐茶をあおる。
 その顔は笑う木乃香をほほえましそうな視線を送っていた。
 さきほどハルナが千雨が目覚めたという報告を送ってくるまで随分と気を落としていたのだ。
 今の状況やこれまでの出来事から照らし合わせて、それに“想像”がつくだけに、真名としては木乃香には同情していた。
 やはり3-Aの面々に気落ちした顔は似合わない。
 そう。つい昨日の夜のように、やはり彼女らは騒いでいなくては駄目なのだ。
 部屋の端で、車座になって演壇を打っている朝倉和美をはじめとする面々のようにである。

「それでさー。昨日は千雨ちゃん、屋上で超りんたちと話してたんだって」
「へーネギくんと逢引してたわけじゃないんだ」
「というか超さんと仲良かったんだ千雨ちゃん」
「ハッハッハ、仲がいいどころか、実はお互いの心臓を握り合うほどの間柄ヨ。というわけで残念ながら千雨との話をここで言ってしまうわけには行かないネ。それに昨日の夜千雨と話をしていたのはどちらかといえば葉加瀬のほうヨ」
「ふーん。ハカセちゃんもいえないの?」
「えっ、いや、その。えーっと、そうですね。わたしもあまり話すわけにはいかないんですけど……ああそうですね、そういえば、行動心理学や相対性精神学についてをいろいろと……」
「えー、ネギくんの話をしてたんじゃないの?」
「うっ!? そ、そのですね。まあ、その話も聞いたといえば聞いたんですけど、喋るなと念を押されていて」
「エー、なにー。やっぱりネギくんの話をしてたの?」
「いやー、そのー。あはは。それは千雨さんに聞いてください。わたしが勝手に喋ってもまずいですから」
「あいつが話すわけじゃないじゃん。ちょっとだけ教えてよー。絶対秘密にするから!」
「いやー、あはは。絶対秘密にですか…………絶対嘘ですよね、それ」

 先日のホテルの出来事。夜に始まった千雨探しに、その結果屋上に通じる階段から転げ落ちてきた千雨を取り囲んだ大騒ぎ。
 その顛末は朝倉和美が主体となり、長谷川千雨が生け贄となったが、千雨が屋上にいた理由であったらしい葉加瀬と超に疑問が寄せられないはずがない。
 昨日は千雨をからかうので忙しかったが、いい機会だと葉加瀬が詰問されていた。
 こういうときの対応には抜群の性能を誇る超は、皆の質問を切り抜けて、すでにからかう立場のポジションを確保している。
 その超の横では、葉加瀬が脂汗を流している。
 正直なところ、ハカセだって交渉自体は苦手でない。むしろこういう闘いに関しては、素の千雨よりよっぽど上等だ。
 それなのに、この場でここまで彼女がうろたえているのは、昨日の夜のことが原因である。

 自分自身は科学の子。優先するのは恋愛よりも研究だ。そう公言している身であるが、中身は14歳の女の子。順列が違うだけで、そりゃやっぱり興味はある。
 ああ思い出して顔がまた赤くなる。和美や亜子や、その後ろでやはり微笑んでいる千鶴に夏美。さらにはその他の面々までこの紅潮を誤解して笑っている。
 違うのだ。昨日の夜には本当に色恋沙汰なんて話していない。いろいろと口止めされただけである。
 でも、だけど。長谷川千雨があれほどあけすけに愛を語って、それを非意図的に聞いてしまった茶々丸から報告されて、ああくそう。もう駄目だ。恥ずかしすぎる。

 宮崎のどかの告白と、それに連鎖された千雨の言葉。
 誰にも聞かれていないつもりだったから紡がれた千雨の本心。
 正直な話、昨日のネタについては思い出すだけで聡美は顔が火照る。なんだったのだろうか、あの乙女。

 でもそんなヤブヘビな言い訳も言えなくて、聡美はうろたえるばっかりだった。
 さすがに話すわけには行かないし、誤魔化すにも限度がある。あの、超さんに五月さん。笑ってないで助けてください、とそんな懇願。
 だがそんな聡美の助けは届かない。聡美は千雨が来るまで耐え忍ぼうと決意する。

「そういえば千雨ちゃん、まだこないのかな」
「ふふふ、だめよ夏美、そういうこといっちゃ」
「へ、なんで、ちづ姉?」
「わざわざネギ先生が一人で看病しているんだもの。お邪魔になっちゃうでしょう?」
「……前から思ってたけどさ、ちづ姉って意外とそういう話大好きだよね」

 さて、そんな生徒がにぎわう宴会場をかねる大広間。
 その障子ががらりと開いて、ネギ・スプリングフィールドが顔を出した。
 意外に早い帰りにハルナが驚く。

「もう帰ってきたの、ネギくん?」
「はい。お待たせしました。あ、あとハルナさん、先ほどはありがとうございました」
「いいよー、べつに。千雨ちゃんは?」
「先ほどまで長さんとお話をされてましたけど、いまはお風呂に入ってくるとおっしゃられて。汗が酷かったですし」
「おいおいー、一緒に入ってくればいいじゃん。あははー」
「いえ、千雨さんはお一人で入りたいそうですから。それに長さんから木乃香さんたちを呼んできて欲しいといわれてきたので」
「……あ、ああ、そうなの。結構素で返すわね。ハルナお姉さんもちょっとびっくりしちゃったわ……」


   ◆◆◆


「ふう、いい湯だ」

 千雨がつぶやく。本邸にある大浴場に一人きり。
 たった一人で風呂場に入っているというのに、千雨はやはりいつもどおりに伊達メガネはかけたままだった。
 誰もいないくせに律儀に面倒くさい女である。
 髪を一括りに後ろにまとめているが、かなり長い髪が一部湯船に浸っていた。

 ふう、と体を温めたところで半身を外気に晒し、半身浴の形をとる。
 すでに挨拶は済ませたものの、風呂上りにはもう一度近衛木乃香の父親に合いにいく必要があるが、それでも今日はつかれたこともあり、ゆっくりと風呂を楽しみたかった。
 近衛詠春もゆっくりするよう言ってくれたし、他のクラスメイトも宴会場のほうで楽しんでいるようだ。
 自分が行ってもいい宴会のネタになるだし、遠慮なくゆっくりしていきたい。

 湯船に浸っていた腕を持ち上げる。肘から流れた雫が指まで歩いて滴り落ちる。
 ぽちゃんぽちゃんと波紋を広げる水滴を見ながら千雨はフウと息を吐いた。
 昼の戦いで自分が気を失ってから、ここにたどり着くまでの間、誘拐犯は襲ってこなかったらしい。
 気絶した自分を背負って本山に向かうネギたち一行はさぞ襲いやすかっただろうに、どういうことか。
 自分の魔病がそれほど後を引いたのか。
 それとも何か別の目的があるのだろうか。

 そこまで考えて、全然ゆっくりと体休めができていないことを自覚する。
 明日菜やネギにはえらそうに切り替えろといったが、自分もちょっと真剣みが増せばこの様だ。
 ここはもうすでに本山なのだ。
 今日は出払っているそうだが、明日には護衛職の本業が帰ってくるそうだし、心配する必要はないだろう。

 大浴場に一人きり。そんなことをつらつらと考えながら、自分の体に視線を這わす。
 腹にある傷はすでに痣がうっすらと残るだけだ。
 流石に外傷を負ったまま風呂に入る気はない。それにもともと昼間に負ったのは内腑の傷だ。

 といっても、大怪我でもなければ魔術の治療に頼るわけでもないので、初日に負った膝小僧の擦り傷はまだ残っているし、擦り傷などもそこかしこに負っている。
 うまく隠していることもあって言及されていないが、このレベルの小傷まで魔術に頼るのは、魔術ではよくないどころか明確に忌避される行為である。
 正直、傷がついてもネギがそれを理由に自分を嫌うとは思っていない。そんなやつではないだろう。
 だが、べつに傷を残したいわけでもない。
 この程度で済んでいるのは助かった。

 何でもかんでも魔術を使えばよいというわけでもないのだ。
 使うべき場以外で使うことは、魔術の理と離反する。
 たいした意味もないのに念話で会話をすること、治る傷を無理やり癒すこと、意味もないのに魔術の纏力を張り巡らせること、そういう行為は日常への離反となる。
 この辺はさよにも徹底させていることだ。
 携帯電話を持っているのに、念話を使う必要はないように、魔術を使わなくてすむなら使わないほうがいい。
 千雨としては、さよは魔術よりも常識を身につけて欲しいというところもある。
 魔術も含めだんだんと矯正していきたいところである。

 そういえば、昨日もさよに不覚を晒してしまったことを思い出して、千雨が風呂につかりながら息を吐いた。
 あいつが本気でないことはわかっているが、ハルナのようなキャラに育っている気がして、恐ろしいところがある。
 千雨はああいうキャラは苦手なのだ。

 いや、嫌いなわけでもないのだけれど、と考えて千雨の顔が赤くなる。
 というより実際はむしろ逆だ。
 人に好意を示すのが苦手な千雨は、あのように積極的な人間に助けられる面が多い。
 と、そこまで考えて、昨日しこたまさよに胸をもまれたことを思い出した。
 嫌いではない。だとしても昨日のアレはやりすぎだ。

 思い出して千雨の顔が赤くなる。
 思い出すことで千雨の吐息が艶をまとって、思い出して千雨の血流が早くなる。
 そう、なんのことはない。
 あのときのさよにはよこしまな考えなんて本気で皆無だった。彼女は千雨に嘘を口にしない。
 さよが悪意なくそれを望み、無垢な心で「楽しみたいから」といったならそれはそのままの意味である。
 だからそう。本来はあの時、千雨が拒んだことこそが、千雨自身がさよ以上に、そちらの方面に溺れているとすらいえるのだ。

 と、そこまで考えて千雨は笑う。
 正直あのまま続けられていたら、自分のほうがやばかった気がする。自分はあそこまでタガが外れやすい人間だっただろうか。
 というかさよがいやに手馴れていた。恐ろしい女である。
 そんなことを考えながら、千雨は自分の体に視線を落とした。
 方から肩甲骨のくぼみに指を這わせ、そのまま指を胸元に。
 ムニュリと、自分で胸を揉んでみる。
 ン、と鼻にかかる吐息を漏らす。
 同年代にしてはそこそこで豊満である胸にネットアイドルとして自分でも気をつけているプロモーション。
 ネギやさよは褒めてくれるし、自分でもかなり自信はある。
 さよやネギに好き勝手にされているが、この体型を保つには結構苦労しているのだ。

 遠く外からは虫の歌声、露天風呂でないが、外が見渡せる構図になった大浴場。
 そこに一人でつかりながら、千雨は自分の顔から赤みが引かないのを自覚する。
 熱い湯につかってるからのぼせているに違いない、そう考えながら手を離して体育座り。
 そのまま自分の体に腕を回し、湯船の中に口元までを沈めて、ぶくぶくと息を吐く。
 ああ、自分は変態か。なにやら思考がそれてボケている。

 そういえばネギともここんとこ――――

 と、流石にそこで思考を止めて、真っ赤になった千雨が湯船に沈む。
 髪の毛が湯船に浸っていた。マナー違反だが、のぼせた千雨にはそんなところに気を回す余裕はない。

 そもそも、この状況でそんなことを考えるのは不謹慎すぎるだろう。
 というか14歳と10歳だ。最近も何もないだろう。
 いつぞやエヴァンジェリンから受けた説教は正直助かっている面もあるようだった。
 ネギのためにも、そしてもちろん千雨のためにもだ。

 そのままブクブクと数十秒。湯から跳ね出た千雨が大きく息を吐いて頭を振る。
 纏めていた髪が濡れてしまった。
 パン、と頬を張り、千雨は頭を振りながら風呂から上がる。

 もちろん、水を桶で一杯ほど頭からかぶっておくためだ。
 それくらいしておかないといけないだろう。
 今日からも気を抜かずに頑張ろうとネギに言っておいてこの様では無様すぎる。
 自分が気をはらなければいけないほど、ここの結界もゆるくはないだろうと思っていたが、流石に気を抜きすぎである。


   ◆


 水をかぶって落ち着いたあと、千雨は再度湯船に使って、今度は真剣にこれからのことなどを考えていた。
 といっても、戦闘や木乃香たちのことではない。
 その思考を占めていたのはルビーのことである。
 先日超となにを話したのかは知らないが、それでもその雰囲気は察せられる。
 最近の休眠の多さに、ルビーから直接つげられる数々の言葉、それらがパズルーのピースのように組み合っている。

 今日の白髪頭が驚いていたように、彼女はここではない世界から来た存在だ。
 つまり彼女には基盤がない。唯一この世界に存在するアンカーは自分なのである。
 さよと仲がよいし、エヴァンジェリンとも親密だ。だがアイツの本質を長谷川千雨が間違えることはない。
 つまり、簡単な話なのだ。終わりとエピローグとその前後。
 彼女が来たことには目的があり、カレイドルビーと名乗る遠坂凛の英霊体は世界との契約により、ただ消えることが許されない。
 そう、そこだけは間違えてはいけない。彼女は迷い人などでは決してない。
 目的を持つ旅人だ。
 そう、それはつまり。

 あいつは“きっかけ”を求めているというその事実を指し示す。

 と、そこまで。
 思考を切り上げ、千雨が目を開ける。変わらぬ湯船と窓から見える夜景色。
 そうして、流石にそろそろ上がるかと考えたその瞬間に千雨の動きが止まった。
 ピシと軋音が頭に響いたためだ。ルビー特性の警告術。

 昼に感じたものと同種であり、それは予断を許さないということである。
 千雨は即座に全ての思考を中途で切り上げると、ざばりと風呂の中で立ち上がる。
 なんだったのか、と千雨が気配を探るがリターンはない。そもそもそういうスキルは低いのだ
 すでに直感は過ぎ去った。だがそれが残したものが千雨に行動をうながしている。
 探れと動けと、思考せよ、と。

 自分は本山の結界を信用した。
 誘拐犯は本山に入れないからこそ、親書という依頼を達成させないことを目的にしたからこそ、道中を狙ったはずだ。
 だから、いまわたしは宝石の一つすら持っていない。
 素っ裸で風呂に使って伸びをして。何も身につけずに思考にふける。
 それはそう。
 いまの千雨はまるでもう全てが安心であるかのように、のんきに構えていたけれど。

 ――――本当に?

 関西呪術協会総本山。
 親書を渡した送り手は関東魔法協会からで、その内容は親交と関係強化。
 親書がわたった以上、もうやつらに手はないはずだ。
 だってそれでは前提が狂ってしまう。
 やつらが親書を渡した後にでも、行動できるというのなら、もっと他にやりようがあったはずではないか。

 ――――本当にそうなのか?

 そう。おかしい。
 目が覚めた長谷川千雨はネギ・スプリングフィールドに対し、今後も気を抜かないように言っていた。
 それはもちろん木乃香の“誘拐”がこの先も起こりえると考えたからである。
 最初は親書の強奪が狙いだと聞かされた。
 だが蓋を開けてみれば、やつらが親書を狙ったのなど、行きの電車での一件だけだ。
 その後やつらは何のために動いていた?

 ――――もしも、親書の妨害よりも誘拐が敵の目的の上位にあるのなら

 そう、はじめの晩、そのときすでにあいつらは親書よりも近衛木乃香を誘拐をもくろんでいた。今日の昼もおんなじだ。
 つまり、まだまだ近衛木乃香の身が安全というわけではない。
 桜咲刹那だって言っていた。近衛木乃香の魔力を利用したのではないか、と。
 その言葉通りに事が起こっている以上、少なくとも、学園に帰るまでは誘拐の危険性は付きまとう。
 学園に帰れば、それはいつもの日常だ。木乃香の安全は確保される。それは学園の絶対的な安全性のためだ。
 しかし、木乃香の安全はここ、西の本山でも保障されているはずなのだ。
 だから千雨は気を緩めるなといいながらも、今日何かが起こるとは考えていなかった。
 起こるのなら、明日か明後日。だって、ここに攻め込めるはずがない。
 大結界に近衛詠春の二人が常時存在するこの場所は、学園都市と同じく、手出しが出来ないはずのポイントなのだ。

 ――――もしも、あいつらの本当の目的が“嫌がらせ”などとは隔絶したものであるのなら

 はかったように腕利きが全員出払っているという総本山。
 結界の強さから絶対的な防衛力を持っているが、もしもそれを抜けられたなら、その先は3-A生徒に非戦闘員の群れである。
 そう、あの白髪の少年が、もしもこの大結界を突破できるとでも言うのなら。
 もしそれを許容する度量が相手の首謀者にあるのなら。
 関西と関東の二大組織を敵に回すほどの決意をあの首謀者が持つのなら。
 それになにより、

 ――――もしも、やつらが近衛木乃香を得ることで“後始末”を考えずにすむほどに、このパワーバランスを崩せるというのなら

 親書の狙いが当初嫌がらせ程度と予想されていたのは、本当に東西から問題視されれば下手人が罰せられるからに他ならない。
 だが、全てが終わったあとにいいわけすら必要ないほどの力を得られるならばその前提は崩れるだろう。
 交渉を絶対的強者の位置から行えるほどの力を得られるのならば、その前提は無駄である。
 いたずらや妨害程度なら黙認されるから、相手もその程度しか行わない。行えない。そのはずだ。
 その程度だから、とネギ・スプリングフィールドが任された。
 でも、蓋を開けてみれば、それは真っ赤な嘘だった。

 うっすらとあった不安が、脳内に響く警告で具現する。
 あるはずがないと思っていた。
 ありえないと考えていた。
 自分もネギも、近衛木乃香の父親も、まさかこの本山に、と思っていた。
 だが、しかし、この世に絶対なんて存在しない。

 千雨が顔が引きつった。
 今のわたしは素っ裸。
 宝石の一つも持っていない。
 おいおいおい。これはもしかしたらちょいとまずいんじゃないのかい?

 そうして、焦る千雨が手遅れになる前にと、風呂の外に向かいその足を踏み出して――――



   ◆◆◆



 巫女の詰め所。
 久しぶりの大勢集まった客人に対して料理を作り、それを運ぶ。
 かわいらしい女の子の集団だ。
 彼女らの顔には笑みがある。

 木乃香お嬢さまの帰宅に伴う大宴会
 東の地へ送られた愛すべきお嬢さま。彼女が近衛老のもとで友人に囲まれ、あれほど楽しげに笑っていたという事実が、本山で働く彼女達にも笑みをもたらしていた。
 報告は聞いていた。心配ないとも言われていた。
 しかしこうしてその笑顔をきちんと見られることが、彼女達にまで笑顔を広げている。

 友人方と楽しむその喧騒。時々あがるその嬌声。
 今日はお嬢さまが皆を呼んだと聞いている。
 われわれもここで一つ頑張って、ご学友の皆様にたいしてお嬢さまの株を上げておかなくてはならないだろう。
 そう笑いながら軽食や飲み物の用意をする巫女姿の女性達。
 そのな幸福であまれる、そう言う日常。
 喜びであふれるそういう空気。
 そして、

 そして、そんな談笑図を消し飛ばす“それ”が来たのは窓からだった。

 誰一人気づかなかった。
 煙が吹き込む。
 霧かと疑い、その人工的な動きと魔力を含む密度に戦慄する。
 戦慄して、対策もとれずそれで終わり。
 一人がまず犠牲になった。

 たまたま。本当にたまたま窓際に寄っていた一人の女性から犠牲となった。
 その煙を見て、驚愕に顔色を変え、皆のもとを振り向こうとしたそのままに石になった。
 ねじった腰に、口元に当てられる着物の小袖もそのままにその体が停止する。
 木乃香お嬢さまとその友人達の笑顔をほほえましく思い返していたはずの表情が苦悶に歪み、その表情が固着する。
 ゆらりと動く髪の一房までが完全に固定される。
 石の呪法。石化の呪い。
 生物から非生物への転身を強要されるそれに、周りの皆の理解が遅れる。

「――――――――えっ?」

 と、それを見た誰かが驚きの声を上げ、さらに一拍の時間が無駄になる。
 その隙をつかれ煙が進み、さらに三人が石化する。
 木乃香嬢のこと以外にも事件があるからと、腕利きが根こそぎ出払っている総本山。
 いま、この瞬間に、その煙に敏感に反応できたものはいなかった。

 窓の遠くに、入り口のそばにいた者たちもようやく気づく。
 ありえるはずのない敵襲と、この石化による攻撃というその事実。
 全てのものが理解して、しかし荒事の専門家でない彼女達にできることなど知れていた。
 ただ出口に向かい、逃げ惑う。

 扉を開けて、一人が外に出れるかとした、その瞬間。
 逃げなくては、と彼女がふすまに手をかけた、その瞬間
 お嬢さまを逃がさなくては、この存在のことを知らせなくては、と彼女が廊下に飛び出そうとふすまを開ける、その瞬間。
 お嬢さまに、ご学友に、なによりも近衛詠春さまに伝えなくてはとその喉を振るわせようと息を吸う、その瞬間に全てが終わる。

 ああ、わたしはなんとしても――――


「悪いけど、騒がれると困るんだ」


 ―――侵入者が現れた、ということを誰かに伝えなくてはいけないのに。

 そんな願いはかなわない。
 遅かった。気づくのが遅かった。逃げ出すのが遅かった。
 もう全てが遅かった。
 逃げ惑うものが石となり、長を呼ぼうとしたものが石になり、木乃香とその友人を逃がそうと走り出したものが部屋の外に向かって手を突き出したまま石になる。
 誰にも、なにも伝えることが出来ないままに全てのものが石化して、つい数瞬前まで嬌騒にあふれていた部屋はすでに沈黙に浸っている。

 そうして、虫の鳴き声と遠く大広間から騒ぎ声が漏れ聞こえる関西呪術協会本山大結界内部。
 大屋敷の一室で石像に囲まれたままフェイト・アーフェルンクスはつぶやいた。

「さて、まずは――――」

 すでに石化した巫女達には目もくれず、当たり前のようにつぶやいた。
 近衛木乃香の身柄を狙い、邪魔するものを排除する。
 何の気負いも見せず、何一つ不安を見せず、いつもと変わらず無表情に彼はその足を屋敷の奥へ向かって踏み出した。



   ◆◆◆



 ――――足を一歩踏み出して、そこでその気配に気づかされた。

 千雨が風呂場からでようとして、ただ一歩。
 その瞬間にいきなり来た。
 振り返る千雨の視線の先にたたずむ白髪の詰襟姿。

 なんでこいつがここにいる?

 その問いに答えるものは何もない。
 関西呪術協会の総本山。
 その風呂場に誰にも気づかれずにいるこの男。
 長谷川千雨が恐怖を覚えたその瞬間に、背後にそいつが現れた。
 銀髪に無表情。そしてぶち抜けたその戦闘力。

 思考をすべて戦闘用にシフトして、風呂場の中から飛び出した。
 手をついてその場に止まり、後ろを振り向く。
 口を開こうとして千雨はそれを閉じざるをえなくなった。
 交渉もなにもなく、千雨を追うフェイトが手から煙を放ったからだ。

 その眼光が何も語ることはないと告げている。
 その煙が、自分に何も語るなと告げている。
 魔法の力を含む人工煙。爆発するように広がって、千雨の身を狙って襲いかかる。
 毒だろうが、麻痺だろうが、石化だろうが、まともにくらえば千雨は終わりだ。
 煙が走る。流動性だが加色であるのが救いである。
 反色や不可視の術式、視認性の光速術ならここで終わっていた。
 一瞬の先読みと、自前の足による跳躍で稼いだ距離は10歩と少し。
 たとえ爆発的に広がる煙でも、ほんのわずかに猶予がある。
 稼いだ時間はなんとか三秒。

 強化の魔術に走って逃げるか? それは無理。瞬動を使うこの世界の人間に瞬発力で勝負は出来ない。
 転移術でここから跳ぶか? 当然不可能。そんなもの媒体なしでは三十秒あっても組みあがらない。
 ここは風呂場で自分は裸。宝石など持っていない。
 千雨が毒づく。だからここを狙ったのか、変態め。
 まずはこの煙を何とかしなければ、その場で積みだ。

 最初の一秒。千雨の腕から放たれる風をまとった攻勢魔術。
 突風が吹き荒れる。質量を持った風が煙に向かって飛んでいく。
 飛んでいく。
 飛んでいき、そしてその風が煙にぶつかり、それで終わった。
 煙を揺らさず、フェイトもとまらず、それは当たり前のように受けられる。
 煙を素通りし、そのままフェイトに向かった風が、ばしりと振り払われて、それで終わり。
 宝石によるブーストがない以上、精神・システム干渉に位置する魔術と違い、物理現象系はこの程度だ。
 気休めにもならなかった。

 歯噛みをした千雨が二秒目に無理やり後ろに飛んだ。半秒と時間を稼げない愚かな一手。
 だが戦うことは出来ない。
 一手目で気づかされた。こいつにはわたしでは勝つことどころか足止めすら出来ないだろう。
 宝石があればもう少し足掻けただろうが、素っ裸じゃ無理がある。
 止めることもできないならこれしかない。
 くそ、なぜわたしは宝石を持ち歩かなかったのか。本山の大結界という肩書きに油断した。

「テメエ、いきなりすぎるだろ! 昼間は――――」

 そう。昼間と同じだ。ここまで差が開いているのなら、そこで選ぶべきは交渉だ。
 千雨が叫ぶ。
 会話を期待して、この煙を止めてくれることを願って、相手の昼間の甘さにつけこんで。
 だがフェイトはまったく表情を揺るがさない。

 彼にとって千雨の技術は知っておくべきものであるが、それは知らなければいけないものではない。
 そう、べつに必須ではないのだ。
 宝石を受け取り、その技術と対面し、その使い手と会話した。その結果、彼女の技術は自分たちの目的とはあまりに方向性が異なることを理解した。
 自分達が道を変えない以上、千雨の技術は邪魔になっても利用は出来ない。
 彼女の技術は必要ない。
 そう、フェイト・アーフェルンクスはもうすでに理解した。

 つまり、べつに千雨の技術がなくとも“自分達の目的”は達することが出来るのだ。

 そんな当たり前のことに、あまりの異能に曇っていた目では気づかなかっただけのこと。
 知っておくべきだと感じた。あまりに重要だった。
 だがそれは計画への妨害に関してであって、利用ではないのだ。
 すでに行動が決まっているこの場で私情を挟むことはない。
 ゆえに、フェイトは無表情のまま千雨の言葉を断ち切った。


「うん。昼間引くことを提言したのはボクだからね。義理は果たしておかないと」


 ゆえに今は近衛木乃香の誘拐を優先すると彼は言う。
 交渉の余地のないその断言。
 あまりにあっけなく千雨の交渉はそこで終わった。いや、始まりすらしなかった。
 その言葉に千雨が止まり、最後の三秒目がそれで終わる。
 石化の呪法が千雨の元にたどり着く。

 宝石がないとここまで弱い。
 ルビーはわたしを評価した。その魔術を評価した。
 使い魔を放ち、病魔を撃ち、思考を高速化することさえ可能となった。
 人形を作り、さよを作り、宝石に魔力を加工した。
 ルビーは、今の長谷川千雨は宝石に頼らずとも無敵だといってくれたはずなのにこの様だ。
 だがそれが意味を成さない。戦闘に特化した“魔法使い”と魔術師の魔法戦。

 魔術師はここまで魔法使いに対して無力なのか。
 気づいていたはずだが、実感が遅かった。
 危機感を持っていたはずが、それはあまりにも温かった。
 自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 体がだんだんと石になる。煙に触れた瞬間に足が石化し、瞬き一つで腰まで登る。
 千雨にできることなどいったいなにが残っているのか。

「君相手に後手に回ると厄介そうだ。きみはここで“止まっていて”もらうよ」

 そしてその言葉が終わるより早く首までが石になる。
 魔術の石化とはシステムが異なる魔法の力。
 あまりの無様さに歯噛みする。裸の女を襲いやがって、このガキめ。
 油断ならないやつだとは知っていた。強いやつだと気づいていた。
 だがこれほどまでとは思わなかった。
 考えろ考えろ。こいつはまずい。もう念話の一つで限界だ。

 こいつの言葉、こいつの行動。それはまだ近衛がさらわれていないことを意味するはずだ。
 まだ騒ぎにすらなっていないということだ。
 最速で回路を回し、念話を起動させて、繋がっているものたちにアクセスを。
 千雨は最後に一言だけ念話を送る。
 さよとネギに警告を投げつける。


 ――――さよ! ネギ! 近衛が狙われてる! 侵入者だ、昼間の銀髪が石化の呪煙を――――


 そんな言葉をパスを通してただ一言。
 たったそれだけ。
 長谷川千雨に出来たのはそれだけだった。
 動くことも出来ず、避けることも出来ず、防ぐことも出来ず、一言だけ。
 叫ぶだけで限界だった。
 千雨は悔やむ表情をそのままに石になる。
 そしてそれで終わりだった。

 石像と化した千雨が止まり、そしてフェイトの姿はそれよりも早く次の標的に向かって消えていた。
 そんなあまりにあっけない幕切れだった。



   ◆◆◆



 大広間・宴会場。

 騒ぐ3-Aの生徒の中、さよが突然立ち上がった。
 周りに座っていたハルナたちが驚いたような顔をする。
 そんな視線を受けながら、動揺を隠しきれていないさよが辺りを見渡す。

「あの、ネギ先生は……」
「なにいってるの? 木乃香たちと一緒に長さんのところに行ったじゃない」
「い、いえ。そうですよね。千雨さんは……」
「まだお風呂でしょ。終わったらこっち来るってネギくん言ってたし」

 千雨の元から帰ってきたネギは、すでに明日菜と木乃香、そして刹那と一緒に近衛詠春の元へ行っている。
 それは魔法関係であると知っている。だが、これはどういうことか?
 ネギの元へも今の言葉が飛んだのか?
 さよとネギにパスはつながっていない。
 パクティオーカードについても念話が使えるのは明日菜とネギの間だけ。
 念話が通るのはさよと千雨、千雨とネギ。
 ネギとさよの間にパスはない。

「……繋がらない」

 真っ青になったままさよがポツリとつぶやいた。
 焦ったさよが千雨へ言葉を飛ばしているが、それに返信が戻らない。
 自分は千雨の式である。だから千雨が生きてはいることはわかる。それは確実だ。
 念話からの言葉を素直に受け取れば千雨も石化されたのか? いや、まだわからない。
 魔術や魔法とは究極的に極めれば“なんでもあり”だ。
 生きていることと無事でいることはイコールでは繋がらない。

「どうしたのさよちゃん?」
「い、いえ。あの皆さんが遅いなと思って……」

 焦るが、それでも決定的に取り乱したりはしなかった。
 さよにはわかる。千雨はまだ死んではいないのだ。ならば彼女なら絶対にそのままリタイアなんてしないはず。
 だからここで自分がするのは取り乱すことではない。
 思考し、行動し、千雨のいない穴を埋めることである。でなくては自分が千雨に師事していることに価値がなくなる。
 さよはそんなことを許さない。
 千雨から送られた言葉はなんなのか。それはさよに行動しろといっていた。
 動揺をクラスメイトに覚られないように話をあわせる。

「でもさよちゃんの言うとおり木乃香たち遅いよね。やっぱりまだお父さんのところなのかな?」
「まー、久しぶりっぽいしね。里帰りとかもしてなかったんでしょ」
「でも、明日菜たちも一緒なんでしょ。身内の話とかするかなあ」
「まあここも複雑そうだしねー。巫女さんばっかりだしさ。木乃香のお母さんもいないみたいだし」
「そういえば、あの巫女さんたちもいないねー。なんかジュースとかもらってこよっかー」
「あっ、お姉ちゃん。わたしも行くです」

 鳴滝姉妹が立ち上がる。
 二人がとてとてと入り口に近づき、その瞬間。
 がたりと茶々丸をはじめとする数名が立ち上がった。
 同時にさよが二人に向かい声を出す。
 ただの直感。
 だが他の荒事になれた生徒と同様にさよの体は“いやな予感”を明確に感じ取れる。
 慌てたようにさよが鳴滝姉妹を引き止めた。

「まっ、待って下さい。この部屋から出ないでください!」
「さよっちどうしたの?」

 そう叫んでさよが二人に手を伸ばす。
 姉の後を遅れてついていこうとしていた史伽の襟をつかみ、あまりに真剣なさよの言葉に風香が止まり、振り返る。
 腕を引かれ、驚いたような顔でさよを見上げる史伽を横に、さよが思考をめぐらせる。

 そして、風香が立ち止まる。
 そう、入り口の前で立ち止まり、さよのほうを振り返る風香の背後。
 わずかに開いたその襖。

「――――離れてっ!」

 さよの叫びが響いたが、その言葉はもう遅い。
 入り口から白い煙が噴き出して、鳴滝風香が驚いた顔のままその煙に飲み込まれた。

 龍宮真名も、長瀬楓も、超鈴音も、そのほかの全てのものの上をいき、隙をさらって行われるその技術。
 この本山に完全に無音で潜入し、千雨を排し、詠春を倒し、そしていま、帰りがけの足止めにと放たれたそれに、彼女達ですら虚をつかれた。
 いくら彼女達が優秀でも、その両手に守るべき友人を抱え込めば、もう刀も銃も振るえまい?

 そんな手を縛られた状態で、銀髪の石使い、彼をあなどるべきではない。
 その力はいまなおこの場で“手加減”が出来るほどに他を超越するものであるのだから。


   ◆


 石化の毒は存在に作用する。無機物にすら作用するそんな呪い。人にかければ服も影響を受けるが、畳や空気までが石になるわけではない。
 つまりそれは選択性と指向性を有するということだ。
 拡散するわけでなく、這うように逃げるものを追うように部屋の中に流れ込む。

 非戦闘員を傷つけないための石化だが、別段非戦闘員だけを狙っているわけではない。
 その煙に楓や真名などが反応する。
 相手の技量と殺気がないその攻撃に初手を許してしまったが、それでも対処できないわけじゃない。
 だがまだ、その白煙の力の質がわからない。眠りの霧か、意思混濁の毒なのか。
 眠りならここは引くべきだ、麻痺毒ならば助けるべきだ。
 その煙が殺気を含まない以上毒ではない。
 それでももし害があるものだというのなら、この屋敷を半壊させてでも煙を根こそぎ吹き飛ばす必要があるだろう。

 すでに先手を取られているのだ。多数の実力者は反射的に動く愚を知っている。初手を選ぶ大切さ。
 だが、彼女らも別段呪術に特化しているわけではない。抱えて逃げるには人数が多すぎる。
 他の生徒はもちろん、さよや風香を見捨てる道は論外だ。
 無理やりにでも部屋ごと吹き飛ばすかと一瞬の思考。

 そしてそれよりも早く、千雨の警告を聞いてからずっと宝石を握り締めていたさよが動いていた。
 全ての覚悟は終わっている。
 戦うものとしての常識から反射的に動かずに一瞬の思考を行うほかのものたちと違い、さよの動きに、焦りによる空白はあっても策略から来る遅延はない。
 つまりそれは衝動に駆られるということ、反射的な決断を良しとしてしまうということ。友が傷つき、自分に何か手があるならば、そのカードを切らずにはいられない。
 切り札の温存なんてばかばかしい、必殺技は初手に打て、切り札ははじめの一手に使用しろ。
 奥の手をはじめから考えないその思考。それはきっと愚かと呼ばれるものだが、さよはその愚かさの強さを知っている。

 そしてそう、なによりも、
 さんざんさよが言われていたことがある。


 相坂さよは魔法の秘匿に関しての禁忌が薄い。


 茶々丸はまず解析を試みた、真名は敵の気配を探り、楓は煙の意思を読もうと試みた。超は腕を裾に滑り込ませ、葉加瀬は驚きのまま茶々丸に視線を向ける。その他の“対応できる”ものたちも、それぞれが次の一手を模索した。
 行動の道は多数にあっても思考の向きは一定だった。彼女達は3-Aの全ての人間を助ける道を模索していた。
 そして、達人ぞろいの生徒の中で、一番最初に動いたのはさよだった。

 なぜなら彼女は知っていた。
 千雨からの念話があった。
 この煙が“石化”だとさよはすでに聞いていた。
 ルビーからゴルゴンの話を聞いたことがあった。
 エヴァンジェリンから、鉄火場における迷いの危険性を聞いていた。
 そして彼女は闘いに関しては素人だった。

 殺気をまとっていない呪煙に対してどの反応を返すべきかを一瞬思考した他者とは対照的に、己の実力不足を知っている彼女は反射的に、そして持てる限りの全力で相対する。
 初手に渾身の切り札を選ぶその精神。
 だが、今回はさよの一手が正解だった。

 風香が煙に呑まれているのだ、ここで戸惑ってどうするのか。
 さよは煙の中に左腕を突っ込み、風香を引っ張る。
 煙に触れた瞬間から、執拗なほど対呪防壁が施されているはずの自分の腕が重くなるのを自覚する。
 石化は通常の身体汚染と異なり、防壁が強いほど外傷を与える術式だ。皮膚にヒビが、血に石晶が混じるのを自覚する。
 だが感触を失ってはいない。
 煙にまみれた風香の腕をつかみ、その感触がすでに固くなっていることに歯噛みした。
 そのまま引き出し、今度は逆の腕で宝石を投げる。

【――――二番石・小結界】

 術式が起動を始める。
 さよの力では不可能だ。だがこの宝玉の力を利用すればその防壁が破られるということはない。
 煙のなだれに対抗するように掲げられる紫黄玉。
 煙は晴れない。だが煙を結界が区切っていた。

 彼女は高速・分割の思考術を身につけていない。
 だけど彼女はこの煙がゴルゴンの呪いをまとっていると知っている。
 そうしてようやく、その背後。
 突然のさよの叫びに首をかしげていた他のクラスメイトの表情が凍りつく。

 もちろん、その理由は彼女達の視線の先。
 石化した風香と、ボロボロと破砕していく、灰色に染まったさよの左腕があったためである。


   ◆


「ぐっ……宝石を……治さないと……」

 驚愕しているものが7割、治癒術について思考をめぐらすものが約2割、その他が1割。
 だが、その視線は石化した風香とさよの二人を追っている。
 首をかしげたカタチのまま畳敷きの床に転がる鳴滝風香、その石像。

「お、お姉ちゃんっ!」

 史伽の絶叫。
 さよを押しのけ風香の体にすがりつく。
 理解できない現象を無理やり消化し、ようやく気づいた。
 この石像が姉であると。
 信じられない、理解できない。だが無視するにはそのこの現実はあからさますぎる。

「史伽さん、風香さんから……少し離れてもらっていいですか」
「で、でもおねえちゃんが、お姉ちゃんがっ!?」

 そんな史伽にさよが声をかける。
 さよが懐から二つ目の宝石を取り出した。
 黄金色のスファレライト。治癒効果を持たせた閃亜鉛のジンクブレンドである。
 さよ自身も左腕の感覚がほとんどない。耐魔法作用が煙に直に触れなかった部分への石化を防いでいるが、その分すでに石化してしまった左腕との乖離が酷いようだ。

「うぐ……あの、風香さんなら大丈夫です」
「な、なんでっ!? なにこれ! お、お姉ちゃんがっ! お姉ちゃんが!?」

 続く言葉が出てこない。史伽の狼狽はすでに恐慌の域に達している。
 そんな史伽を落ち着けるように、息を切らせながらも、さよが安心させるようにいう。
 取り乱した史伽の絶叫にさよが落ち着けるように笑顔を向けた。

「わたしが治します。これでも魔法使いの見習いですから」

 あまりに当たり前のようにそういった。
 ためらいなど欠片も見せず、言い淀みなどありようもない。
 秘匿を破ることへの罪悪感など欠片も見えない。
 本心から友人を助けたいと考える力強さを持つそんな笑顔である。

 はっ? と疑問符を投げかける鳴滝史伽。
 聞き違いかと視線を送る周りにたたずむクラスメイト。

 そんな皆の視線を受けながら、さよが腕を翻す。
 その手に持った千雨から“こういうときのため”に渡されていた宝石が金に輝く。
 光り輝く宝石を押し当てて、ただ一言【戻れ】と呟く。
 さよは未熟だ。だがその体は長谷川千雨の特製で、彼女の宝石の力を十全に引き出せる。
 そう、宝石があるかぎり、さよは限定的にルビーや千雨の力を行使できるのだから。

 つまりこの技術は自分を救い出した英雄の力と同等なのだ。
 それが風香を治せないはずがない。
 風香の石化を解けないなんてあるはずない。
 これまでずっと、あの人はこういうときに願いを裏切ったことはない。

「――――っ? 史伽? あれ、ボク……さっきまで……」

 さよの治癒術。
 傍目にはほんの一瞬の動作で鳴滝風香の石化は解けた。

「お、お姉ちゃんッ!」
「……史伽?」

 史伽が風香に抱きつき、涙を流す。風香は状況がつかめないようであたりを見渡していた。
 そんな姿を見ながらさよが息を吐く。
 石化は解けた。千雨の宝石の力もあるが、この石化術は開錠コードが設定されていた。解けることがすでに式に組み込まれた精霊利用術。
 追撃が来ていないこととあわせて考えれば、これはむしろ非戦闘員の無力化が目的かもしれない。
 つまり、わたし達の攻撃は敵の本来の狙いではない。
 千雨の言葉通り、狙いは木乃香だ。そう考えるとここで倒れてもいられないと、さよが顔を上げた。

「って、さよっち! その手どうしたの!」
「えっ? あ、この手ですか……石化は止まってますけど、やっぱりちょっといやな感じですね……痛みはないんですけど」

 風香が片腕が石化したさよの姿に悲鳴を上げる。
 あまりの事態に頭がついていっていなかったそのほかのクラスメイトも、風香の叫びにようやく視線をさよに向けた。
 彼女達は風香が石になった姿を、それを治したさよの力を見ているのだ。
 そうして、全てのものが自分の返答を待っていることを知り、さよがあまり心配をかけないようにとできるだけ平静を装うが、それはどう考えても失敗だ。
 強張った顔の千鶴がさよに向かって口を開いた。

「さよちゃん。なにが起こっているの?」
「あっ、千鶴さん。……あのですね、木乃香さんを誘拐しようとしている人がいるんです。その人たちが魔法使いで……それでこの煙もその人たちの仕業です。たぶんですけど」
「魔法…………そう、これは魔法なのね?」
「はい。本当です。信じてくれるんですね」
「当たり前です。じゃあさっきのは?」

 顔色を青ざめさせながらもまったく声を震わせずに断言した千鶴が頷く。
 強張った顔をしながらも、その思考は現実逃避などとは無縁のものだ。

「誘拐犯ですね、たぶん。本当はこのお屋敷は結界が……えっと、悪い魔法使いは入れないようになってるはずだったんですけど」
「……この場所が? それに誘拐って……」
「木乃香さんが誘拐犯に狙われているみたいです。魔法を使う誘拐犯に。この石化は足止めのようですね。さっきチラッと見えましたけど、なんかわたしが結界張ったらどっかいっちゃったみたいです。たぶんここはもう大丈夫でしょう。わたしはちょっと特殊なので、結構ひどいことになってますけど、この石煙に毒性はほとんどありません。たぶんわたしたちを石にして……えっと、終わるまで動きを止めておきたかったんでしょう」

 あまりにあっさりとさよが喋った。腹芸とは無縁のその性格は、ここで誤魔化すということを選択肢に含めていない。
 腕を掲げながら、安心するようにと呼びかけているが、そこにあるのがボロボロと壊れていく腕では説得力はない。

「木乃香さんが狙われているの?」
「はい。木乃香さんは初めの日の夜に襲われました。魔法については木乃香さんも浚われかけるまで知らなかったみたいですけど、そのとき事情を説明されたそうです」
「事情……ネギ先生たちはご存知なのね? そして、わたしたちを守るためにここに呼んだ」
「そうですね。本当は皆さんに危険が向かわないように、ってことだったんです。木乃香さんを責めたりしないでくださいね」
「……ええ、大丈夫よ。そんなことはいわないわ」

 さよの言葉に千鶴が頷く。
 ここ数日様子のおかしかった近衛木乃香のその周辺。
 それを思い返し、混乱する頭を必死に沈めて状況を理解しようと考える。
 その横で腰を抜かしかけ、千鶴にすがり付いていた夏美が戸惑ったような声を上げる。

「ちょ、ちょっとちづ姉、信じられるの? ま、魔法なんて」
「この状況で取り乱してはいられないでしょう。それにさよちゃんは嘘なんてついてないわ。……さよちゃん、あなたの腕は大丈夫なの?」
「だいじょうぶです。わたしはある程度以上の痛みは感じません」
「い、痛くないゆうても……へ、平気なん? ボ、ボロボロになって、ゆ、指とかも……」

 亜子がカチカチと歯を鳴らしながら言った。
 血を見ているが気絶していない。
 鼻血を見るだけで気絶する亜子がそれをこわばった顔のまま凝視していた。
 灰色の腕。砂の血液、石の爪。退魔防壁が過剰に働き、傷をつけないための石化術を進行させまいと、体の欠片を撒き散らす。
 ボロボロと、ばらばらと、皮膚の破片が、指の破片が、腕の欠片が、そしてその中より“歯車”が。
 きっと3-Aの生徒達も、石化していなければ、その光景に耐えられなかっただろう。
 石であるからこそ現実味がなく、生々しさが存在しない。老朽化した構造物が徐々に崩壊するがごときその欠損。
 石化したさよの腕が割れ、そこから歯車が転がり落ちた。
 人形の定義式、空を飛ぶのにホウキがいるように、人形の動力はゼンマイと歯車から得るものだと“決まっている”。
 人型は機械要素の常識がそのまま依代となるのだ。

「えーっと。あはは、大丈夫ですよ。実はわたしの体はヒトガタなんです。幽霊出身ですから」

 隠すことは出来ないだろう。
 砕ける手を持ち上げて、さよが言う。
 思考が真っ白になった生徒達を代表して、最初に冷静さを取り戻したのどかが聞いた。

「ゆ、幽霊ですか?」
「はい。復学するまで座らずの席にずーっとですね。それである日、魔法使いさんが現れてこの体をくれたんです。黙ってましたけど、もう隠せませんね」
「あの、さよさん、その魔法使いって言うのは」
「あっ、……と。ごめんなさい。それは一応わたしからは……」
「あ、いえ。たぶんわかります。あの、千雨さんですね?」

 のどかは顔を青ざめさせながらも、その口調には力があった。
 絶望を撥ね退けるその胆力。希望を理解するその意志力。
 ちょっとだけ苦笑してさよが頷く。

「ええ、やっぱりわかっちゃいますか? 千雨さんは抜けてますもんね」
「い、いえ。最初の日に世界で一番尊敬してるってさよさんおっしゃってましたし……それに千雨さんに命を助けられた、と」
「あっ、じゃあ、わたしからですか? そ、それはまずいです。千雨さんには言わないでください」

 途切れ途切れののどかの言葉に、場違いなほど明るくさよが笑った。
 そして、そのまま少しだけ笑い、口調を改めて真剣なものに戻す。

「ばれちゃいけなかったんですけどね」
「ね、ねえさよちゃん。じゃあ、今日ちうちゃんが怪我したってのは」
「はい。なんでも今日、木乃香さんが誘拐されそうになって、それでそのとき、木乃香さんを守ろうとして、千雨さんが誘拐犯に傷つけられた、と」

 それで全てのものが理解する。
 皆をこの山に集め、顔を真っ青にしたまま、千雨が倒れたと伝えていた近衛木乃香。
 千雨の身を案じ続けるネギをはじめとした数名のその真意。
 千雨が目覚めたと伝えに来たときの木乃香たちの安堵の表情とその意味を。

「で、でも木乃香を誘拐って……そ、そんなの……でも……だ、だれか……警察とか……」
「はい、夏美さんが思っているように、警察とは別にですが、そういう組織はあります。でも木乃香さんはあまりに重要な人物でした。彼女に適当に手を出せば、日本のパワーバランスが崩れてしまうほどにです。だからいろいろとあって……こんな状況になっちゃったわけですね。木乃香さんは、その魔法使いさんの中でも……」
「……さよさん。今の状況を教えていただけませんか? 千雨さんやネギ先生は? それに木乃香さんも。わたくしたちを襲ったこれが“ただの片手間”であったというのなら、他の皆さんはどうなのです? それにさよさんの腕もそのままではまずいでしょう。魔法使いなどの説明は結構です」

 さよの言葉をさえぎり、疑問を渦巻かせていた他の生徒達を代表して、委員長が断じた。
 彼女の思考は個人ではなく、全体に向いている。
 そう。この場にはまだ数名が足りていないのだ。
 安全を確保するだけでは委員長の責務は果たされない。
 あやかの言葉にさよが感謝の笑みを見せた。ここで最も重要なのは、冷静さだ。
 あやかや千鶴をはじめとする数名の意志力が、恐慌に陥りかけているクラスメイトを踏みとどませている。

「木乃香さんのお父さんは専門家のはずです。大結界を抜いてもネギ先生や刹那さんがいます。……千雨さんはたぶん石化されたのでしょう。狙い撃ちされたんだと思います。あの人は誘拐犯からも特別に見られていたらしいですから。でも、さっきの攻撃を見る限り、たぶん無力化されただけだと思います」
「さよさん。あなたの腕は?」
「これは他のことに比べればたいしたことは……」
「ないはずがありませんわ。答えて下さい」

 絶対に譲ることのないあやかの視線。
 それに負けてさよがいいづらそうに口を開く。

「わたしの腕も同じなんです。石化の魔法を受けて石になっただけですから」
「石なっただけなどと……。それは、やはり、その、ま、魔法? なのですか……」
「はい。この煙は石化しちゃうみたいですね。話に聞くゴルゴンの瞳ほどじゃないですけど、ちょっと厄介です」
「……治るのですね?」
「うーん、心配させちゃいますけど、この腕がそのまま治ることはありません。もう手遅れみたいです。人間の体だったら別だったんでしょうけど、やっぱり人型はヒトガタですから。一応有機物にカテゴリされてるんですけどね」

 気落ちせずにそんなことを平然と言うさよに、他のもの達の言葉が止まった。
 さよがその重苦しい雰囲気を感じ取り、言葉を続ける。

「えっと、ほんとに皆さんは大丈夫だと思いますよ。わたしの体は幽霊をつめる人形みたいなもので、魔法防御用に加工されているんです。それで、そのぶん齟齬が……えっと、スポンジよりもプラスチックのほうが冷凍庫では割れやすい、みたいな?」
「そ、そんな言い方は……。その、人形だなんて……」
「大丈夫です。自棄になってるわけじゃありません。むしろ逆ですよ」
「ぎゃ、逆?」

 さよが控えめの胸を張った。
 皆の視線を受けながらも、そこに怯んだものは何もない。
 むしろその笑顔からは自慢げな感情すら見て取れた。

「わたしはこの体に誇りを持っています。この体は千雨さんがわたしのために作ってくれたんです。わたしのために、わたしだけのためにですよ。だからわたしは、この体にどれだけのモノがこめられているかを知っています。人には人の人形には人形の誇りがあるんです。たとえ見知らぬ神様が降りてきて、この体を本当の人に取り替えようといわれても了解は出来ないように、この体にはわたしが何よりも大切に思う人との絆がある。だからわたしの体のことは気にしなくても大丈夫です。腕だって、千雨さんに何とかしてもらいますから」

 誇りを持つということは、たとえどう思われようとその信念を貫けるということだ。
 彼女は本当に自分の体に一切の負い目を持っていない。
 それは気落ちどころか暗い雰囲気を一蹴するほどに明るい声だった。

「……ね、ねえ、千雨ちゃんとか木乃香たちはほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「で、でも」
「大丈夫です。千雨さんたちはすごいんですよ。ネギ先生も明日菜さんも刹那さんも千雨さんも本当に本当にすごいんです。特に千雨さんは本当の本当に”魔法使い”になれる人なんです。ご自身でもわかってないみたいですけど、あの人が本気になったら、解決できない問題なんてあるはずないくらいに千雨さんはすごいんです。ちょっとお間抜けさんですから、いまは石になっているかもしれませんけど、この程度の石化なら千雨さんが間に合わないはずがない。だから今回も絶対に大丈夫にきまってます」

 さよが言う。なにが起こっているのかと、不安がるクラスメイトの心を照らすかのようなその断定。
 さよは一片も疑っていない。このまま木乃香がどうにかなるなんて、このまま千雨が止まったままだなんて、このままネギがリタイアするだなんて、そんなことを露ほどにも思っていない。

 ちらりとあやかが視線をめぐらし、さよの言葉に血の気を取り戻すクラスメイトの姿に、頬をかすかに緩ませた。
 あまりにいろいろと起こりすぎて、血の気を引かせていたクラスメイト。彼女達を元気付けるのはたとえ自分や先生だって無理だっただろう。
 そんなクラスメイト達が、さよの底抜けに明るい言葉と、不安を蹴散らし皆を勇気付けるそんな断定にかすかに血の気を取り戻している。

 なるほど、日ごろのさよの振る舞いも納得できるというものじゃあないか。
 幽霊だったという少女に、その少女からこれほどまでに慕われる魔法使いとやらの同級生。
 人の信頼。一片の曇りもないその感情。
 この状況で、それはここまで明るく人を照らし、ここまで心強いものなのか。
 いまこの状況で、それはどれほどまぶしく光るものなのか。

 あやかの笑みを千鶴が汲み取り、それがだんだんと3-Aの面々に伝播する。
 そう、彼女達は今の状況に不安がっていても、魔法使いとやらに恐怖しても、さよや千雨に恐怖はしてない。
 3-A生徒として過ごした同級生にほんのわずかだって不信感をいだいていない。
 さよが信じる千雨を信じ、絶対に大丈夫だと断言するさよの言葉を信じている。
 力がこもる、血の気の引いた顔に赤みが戻る、その顔には笑みがある。

 ああ、今この世の全てのものに自慢したい。全てのものに見せ付けたい。
 この誇りをこの絆を、そしてこの信頼を。
 そうだ、まさにそうなのだ。

 雪広あやかは改めて、このクラスが、このクラスメイトたちがどれほどすばらしいものなのかを自覚する。

 自分は、雪広あやかはこのクラスが、このクラスメイトがやっぱり本当に大好きだ。
 こぼれる笑みをそのままに、この状況下であっても冷静さを失わずにあやかが口を開いた。

「……さよさんが千雨さんと仲が良かったのもわかりますわね。ではネギ先生や明日菜さんたちも?」
「わたしは千雨さんとの間にパスが通っているんですが、ネギ先生のほうはちょっとわかりません。こんなことならほかに連絡手段を持っておけばよかったんですけど」
「千雨さんがたは携帯電話を置いたままのようですしね。まあ無理もありませんが、それでも、皆さんは誘拐犯が来るとわかっていたのでは?」
「もともと千雨さんや明日菜さんは木乃香さんの件を聞いていたわけではなかったそうです。たまたまそれに関わって手を貸した、と。ネギ先生も木乃香さんが狙われているということは知らなかったそうですし、ここに着いたことで油断した所為もあるのでしょう」
「明日菜さんもですの……あの方らしいですわね、それは」
「はい、本当に」

 その言葉に全員がかすかに笑う。
 神楽坂明日菜に長谷川千雨。なるほど、なるほど。本当に彼女達らしすぎる。
 そうして、ようやく落ち着きを取り戻したことを確認して、さよがあやかに手を伸ばした。

「それでですね、いいんちょさん。これを持っていていただけますか?」

 懐から取り出された手には光り輝くアメジストが握られていた。
 首をかしげるあやかにさよが右手を伸ばし、その手に宝石を握らせる。
 美しく、中に光源でも入っているかのように輝くそれは、すでに半稼動状態であることを示している。
 さよの持つ千雨の宝玉。その最後の一つである。

「……さよさん? これは?」
「お守りです。石化を治したり防いだり出来ますから。たぶん大丈夫だとは思うんですけど、もしまた何かあったときのために、それを持っていてください」
「もっていて、とは? さよさんのものでは?」
「わたしは千雨さんか木乃香さんたちと合流します。千雨さん相手ならパスから魔力を送れますから、会うことができればそれがなくても治せるでしょう」
「で、でもさよさんはどうするんですの?」
「あの力量を見る限り、わたしが正面からぶつかったらそんな宝石では気休めにもなりません。それは守りに使うべきでしょう」
「そ、それならその腕は? 治せるというのなら」
「わたしの腕はいま治してしまうと余計に危なそうですから。それにわたしは千雨さんと違って未熟なんです。千雨さんからもらったその宝石がないと力が振るえません。それが最後の一つですから、わたしの腕は後回しにします」
「そ、それは……」
「わたしはこれからここを出ます。ゆえに、皆さんは篭城を。あの、茶々丸さん、守りのほうをお願いしても?」

 腕を石にし、その上で彼女の口からは逃げの手は出なかった。
 その燃えるような瞳から見える宝石色の輝きは、まさに彼女が千雨の弟子であることを示している。
 いままで無言でさよの姿を凝視していた茶々丸が頷き、その頷きにおぼろげながら周りのクラスメイトがその関係を察する。
 数名が止めようと息を吸うが、魔法使い相手にそんな言葉を口にすることが正しいのかすらわからないままに、それは無音の吐息に代わる。
 この状況下で、魔法使いに助言できるのはそれに比類するものだけなのだ。

 そうしてさよが無理やり立ち上がろうと床を掻く。
 がりがりと畳をむしり、息を荒げてその体を持ち上げる。バランスが取りづらい。
 特に腕の石化が厄介だ。完全に停止しないだけましだが、過剰な対魔法加工がさよの行動をしばっている。
 だが、いま動けるものは少ない。最低でも千雨から頼まれた木乃香の身柄だけでも、とさよが足掻く。
 そうして、無理やり立ち上がろうとするさよの肩が、ぽん、と軽くたたかれた。
 一人きりで頑張るものを勇気付ける魔法なんて唯一つ。
 叩かれた肩にさよがその顔を上げ、その視線がその人物で固定される。

「ふむ。さよ殿。そう無理はするものではござらんよ」
「え?」
「木乃香殿のクラスメイトはなにもさよ殿と茶々丸殿だけではないであろう? 拙者もここは助太刀いたそう」
「あ、か、楓さん? それに――――」
「近衛のことは任せておけってことさ」

 そこにはいつものように読めない表情を浮かべた楓と真名が立っていた。
 そして彼女達からつむがれる言葉は、あまりに雄弁に彼女たちの立ち位置を語っている。
 自然と全員の視線が固定された。
 木乃香と一緒に席をはずす桜咲刹那と名を並べる、麻帆良学園都市の四天王。
 なるほど、元幽霊に、魔法使いがいるのだ。それなら忍者や仕事人がいたっておかしくあるまい。
 ただ普通に立っているだけでそれがわかる。この二人の本当の力というものが。

「わたしも奪還に回るとしよう。報酬は近衛詠春が払ってくれるだろうしね。ここまでコケにされて黙っているわけにもいくまいさ」
「さよ殿のおかげで何とかなったようでござるが、まかせっきりでは名が廃る。この不覚を拙者たちにも挽回させて欲しいでござるよ」
「ワタシもいくアル! さよや風香にあんなことして! 絶対に許せないアルよっ!」

 真名に続いて古菲も立ち上がった。
 そんな彼女たちを見ながら、さよは千雨の言葉を思い出した。
 ウチのクラスの魔法事情。
 さよ自身は絡繰茶々丸に桜咲刹那、それに時点でザジ・レイニーディ、とそれくらい。それくらいしか“実感”を持っていなかった。
 それは知りすぎるなといわれていたためだが、それでも真実の片鱗が得られないわけじゃない。
 彼女たちの肩書きのそれの意味。さよがその意味を改めて理解する。

 その力強さが力を戻し、その覇気が気力を戻す。
 ようやく調子を取り戻し始めていた3-Aの皆をよみがえらせる。
 木乃香も千雨も明日菜も刹那もネギも、誰一人欠けることなく、修学旅行を終えるというその未来。
 龍宮真名がふっ、と霞むような笑みを綻ばす。
 この麻帆良学園女子中等部3-Aが、いったいなにを悲観していたというのだろうか。


「うちのクラスは変わり者ぞろいなのさ。もう隠すもなにもないだろう。他のものたちにディフェンスと相坂の看病は任せよう。近衛たちのことはわたしたち三人に任せておきな。伊達に四天王なんて呼ばれてないよ」


 このクラスには悲観も失意も絶望も、そしてなにより諦めなんて、そんな言葉は似合わない。



――――――――――――――――――――



 本来はこの半分の量で後編まで入る予定だった修学旅行三日目夜の前編。
 この時点でフェイトさんは最強。余裕をかけてる状態。でも宴会場で深追いしなかったのはさよに気づいたから。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026882886886597