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No.14323の一覧
[0] 【習作】ネギま×ルビー(Fateクロス、千雨主人公)[SK](2010/01/09 09:03)
[1] 第一話 ルビーが千雨に説明をする話[SK](2009/11/28 00:20)
[2] 幕話1[SK](2009/12/05 00:05)
[3] 第2話 夢を見る話[SK](2009/12/05 00:10)
[4] 幕話2[SK](2009/12/12 00:07)
[5] 第3話 誕生日を祝ってもらう話[SK](2009/12/12 00:12)
[6] 幕話3[SK](2009/12/19 00:20)
[7] 第4話 襲われる話[SK](2009/12/19 00:21)
[8] 幕話4[SK](2009/12/19 00:23)
[9] 第5話 生き返る話[SK](2010/03/07 01:35)
[10] 幕話5[SK](2010/03/07 01:29)
[11] 第6話 ネギ先生が赴任してきた日の話[SK](2010/03/07 01:33)
[12] 第7話 ネギ先生赴任二日目の話[SK](2010/01/09 09:00)
[13] 幕話6[SK](2010/01/09 09:02)
[14] 第8話 ネギ先生を部屋に呼ぶ話[SK](2010/01/16 23:16)
[15] 幕話7[SK](2010/01/16 23:18)
[16] 第9話[SK](2010/03/07 01:37)
[17] 第10話[SK](2010/03/07 01:37)
[18] 第11話[SK](2010/02/07 01:02)
[19] 幕話8[SK](2010/03/07 01:35)
[20] 第12話[SK](2010/02/07 01:06)
[21] 第13話[SK](2010/02/07 01:15)
[22] 第14話[SK](2010/02/14 04:01)
[23] 第15話[SK](2010/03/07 01:32)
[24] 第16話[SK](2010/03/07 01:29)
[25] 第17話[SK](2010/03/29 02:05)
[26] 幕話9[SK](2010/03/29 02:06)
[27] 幕話10[SK](2010/04/19 01:23)
[28] 幕話11[SK](2010/05/04 01:18)
[29] 第18話[SK](2010/08/02 00:22)
[30] 第19話[SK](2010/06/21 00:31)
[31] 第20話[SK](2010/06/28 00:58)
[32] 第21話[SK](2010/08/02 00:26)
[33] 第22話[SK](2010/08/02 00:19)
[34] 幕話12[SK](2010/08/16 00:38)
[35] 幕話13[SK](2010/08/16 00:37)
[36] 第23話[SK](2010/10/31 23:57)
[37] 第24話[SK](2010/12/05 00:30)
[38] 第25話[SK](2011/02/13 23:09)
[39] 第26話[SK](2011/02/13 23:03)
[40] 第27話[SK](2015/05/16 22:23)
[41] 第28話[SK](2015/05/16 22:24)
[42] 第29話[SK](2015/05/16 22:24)
[43] 第30話[SK](2015/05/16 22:16)
[44] 第31話[SK](2015/05/16 22:23)
[45] 第32話[SK](2015/05/16 22:50)
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[14323] 幕話11
Name: SK◆eceee5e8 ID:89338c57 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/04 01:18

「うっ……、うぅ。ぐすっ……それではネギ先生。また明日、学校でお会いしましょう」
「は、はい。あの、大丈夫ですか。いいんちょさん?」
 ハンカチを目元に当てながらあやかが言った。
 ネギが心配そうな声を上げる。

「ほら、本気で泣いてんじゃないわよ。あんたは」
「泣いてなどおりませんわっ!」
「ほらほらー。ネギくんも困ってんじゃん、いいんちょー」
 明日菜の言葉にあやかが怒る。
 そんな二人をなだめながら、円があやかに声をかけた。

「もう少しお待ちなさい。釘宮さん。……コホン。それではネギ先生。千雨さんは少々誤解されやすいところもありますが、とてもよい方ですから……。どうか彼女をよろしくお願いいたしますね」
「は、はい。わかっています」
 うるうると眦を潤ませるあやかが言う。
 それにネギがうなずいた。

「アスナは知ってたの、やっぱり?」
「う、うーん。……じつはね。最初はもっと軽いのかと思ってたんだけど、ネギがかなりマジみたいでさ。あんまり茶化すのもどうかと思ってたんだけど」
 かなり本気で泣き始めたあやかを横目に、円の言葉に明日菜が答える。
 二人の視線の先では、ネギは泣くあやかを不器用に慰めていた。
 まるで娘を嫁に出す父親のようだった。
 いろいろと間違っているような気がしてならない。

 そんなネギたちの横で、千雨の周りにはほかの者たちが集まっていた。
「……相坂、大丈夫か?」
「千雨さん、今日はすいませんでした」
「ゴメンなあ千雨ちゃん。こっそり覗いてもうて」
「あの……違うんです。ごめんなさい。木乃香さんについてきてほしいって頼んだのはわたしなんです……だから……」
「ええって、さよちゃん。ちょい悪ふざけしてたんはうちのほうやし……」
 木乃香が申し訳なさそうに言った。

「いや、べつにかまわないよ。わたしもちょっとアホだったし。……それに正直近衛たちがいて助かった。わたしだけだったらちょっと大変だっただろうし……」
「まっ、いいんちょもあそこまでマジだったとはねー」
「逆じゃない? わたしはネギくんのほうにびびっちゃったけどね。ホントはもっとそーゆーことを千雨ちゃんと話してみたかったけど、流石に今は無理かなー」
 ポリポリと頬をかきながら美砂が言葉を続ける。

 全員が合流してから、こうしてベンチの周りで話しているが、たいしたことは話していない。ほとんどが雪広あやかとそれに答えるネギだけだ。
 千雨たちはその周りで成り行きを見守っていた。さすがにいろいろとぶっちゃけた話が出来るような雰囲気でもない。
 美砂も美砂で最初はチアの面々と悪乗りしていたが、こうしてわりと真剣な話になった以上、無駄に騒ぐこともなくそれならそれと受け入れている。
 自分は彼氏持ちであることを隠しているわけではないが、そりゃあ千雨の立場におかれればこうなるだろう、ということを把握しているのだ。

 そんな中、話がついたのかよろよろと芝居がかったいつもの仕草であやかが千雨にもとに来る。
 うっ、と気おされた千雨が後ずさった。

「千雨さん。たとえ先生が納得していたとしても、それをただ見守るだけなんて、わたしは耐えられませんわっ。先生と千雨さんのことは、今後もきちんと見極めさせていただきますからねっ!」
「あっ、ああ……そりゃありがと」
 びしっ、と指を突きつけてくるあやかに千雨が答える。
「なんですの、それは。お礼を言われることではありませんわ」
 不満を言われると思っていたのだろう。頬を膨らませて、ふいっとあやかがそっぽを向いた。

「もー、素直じゃないんだからいいんちょは」
「そうだ、じゃあこれからカラオケでも行こうよ。おごってあげるからさ」
「そうそう。ここはパーッとね」
 チアリーダーズがあやかを取り囲む。

「アスナたちはどうするー?」
 円が気を利かせたのか、問いかける。
「えーっと。どうしよっか、木乃香?」
「そうやねえ。これ以上邪魔するのもなんやし、うちとアスナはこっちいこか。それと……さよちゃんはどうするん?」
「あっ、わたしは……えっと………………」
 木乃香の言葉にさよがゆっくりと首をかしげた。

「……相坂。お前はわたしに付き合え」
 さよの反応を見た千雨が反射的に声をかける。
 いいのか、という木乃香の視線に千雨があごを引いて無言で答える。
 ほかのものもそれに口を挟んだりはしなかった。

「うん。それじゃさよちゃんは千雨ちゃんに任すわ。よろしくなあ」
「じゃあ、明日学校でねー」
「まっ、事情を聞いた以上、わたしらも協力するからね」
「ほらっ、いいんちょ。いこうよー」
「それでは名残惜しいですが、ネギ先生に千雨さん、今日のところは……」
「はいはい。わかったから、さっさと行くわよ。それじゃ、また明日ね」
 ひらひらと手を振りながら、明日菜があやかを引きずっていく。

 さよと千雨とネギ。三人が残り、三人とも少し黙った。
 沈黙を千雨が切りさく。
「じゃ、帰るか。こっからどっかいける雰囲気でもないしな。先生。神楽坂のアクセは加工しておく。明日、先生から神楽坂に渡してくれ」
「は、はい」
「ほら、相坂。お前もきな」
 駅に向かって歩き出し、うつむいたままのさよの手を千雨がとった。
 千雨がその手を引っ張ると、さよは無言でついていく。

 電車に揺られ、小一時間。ほとんど無言の三人が、言葉少なに会話を交わし、ほとんど何もないままに麻帆良学園の寮につく。
 そのまま千雨が先導するように歩き、千雨の部屋の前でたちどまる。

「相坂。ちょっと先に入っててくれるか」
 ちらりとさよが千雨を見て、その後、部屋に入っていく。
 寮の一室。長谷川千雨の部屋の前で、少しだけ千雨とネギが二人きりになった。

「それじゃ、先生。今日はごたごたしちまったが、また明日な。…………相坂はわたしに話があるみたいだから」
「はい。それではまた明日」
 ちらりと部屋に入ったさよのほうに視線を飛ばし、千雨が言った。
 それだけ言って千雨は部屋に入ろうときびすを返す。
 この場にネギがいても意味はない。
 さよの様子に気を揉んでここまでついてきてしまったものの、それをネギは知っている。

「…………千雨さん」
 ネギが部屋に入ろうとした千雨に声をかける。
 千雨が振り返った。
 ちらりと後ろを向いた千雨を見つめるのは、ネギの真剣な瞳だった。

「……あの、相坂さんのことですけど……」
 まったくさすがというべきか。ネギは言うべき言葉を間違えなかった。
 ふっ、千雨が笑う。こくりとうなずき、後ろ手を振りながら千雨は部屋に入っていった。

 雪広あやかにばれたそのデート。
 神楽坂明日菜が驚くその逢引。
 釘宮円が苦笑したその逢瀬。
 椎名桜子が心配するそんな関係。
 柿崎美砂が驚愕したそういう二人。
 そして、近衛木乃香と相坂さよが見続けた二人の事情。
 今日一日のそういう話。

 ネギにもわかった。千雨にもわかった。
 木乃香たちも気づいていた。

 今日一日のそんな出来事に立ち会ってそれを見て、この話の結末に一番動揺していたのは委員長でも千雨でもなく――――


 ――――きっと今日一日ほとんど口を利かなかった、相坂さよであるのだ、と。



   幕話11


 部屋に入った千雨が相坂さよに向かって座布団を渡す。
 じっと部屋の中で考え込むようにうつむくさよが、それを受け取る。
 だが彼女はそれに座ろうとしなかった。

 ポリポリと頬をかく千雨が促して、やっとのことで腰を落とす。
 まるで、本当に“人形”になってしまったかのようなその動作。

「で、相坂。話って何なんだ?」
 千雨はその姿に少しばかり真剣な顔をして今日一日いやに口数の少なかった相坂さよに問いかけた。
 帰り道、戸惑いながら話をしたいと申し出た相坂さよ。
 それを聞いて、二人きりの話し合いを望んでいたことがわからないはずが無い。

 さよは座布団に座り、それでもまだ無言のままだ。
 テーブルの前で、無言でうつむいている。
 さすがに茶化せる雰囲気ではない。

 千雨はお茶を入れよう、と口にして台所へ向かった。
 茶々丸が置いていった紅茶の葉を適当に入れる。
 ルビーか茶々丸任せでたいして腕はないけれど、それでも紅茶の入れ方を知らないというわけじゃない。
 添えものを用意するのも面倒なので、ストレートのダージリン。
 だが、やはり疲れとあせりで、どう考えても濃すぎるお茶が出来上がった。
 舌打ちを一つしながらも、作り直すのもバカらしいと、そのままそれをティーカップに注いだ。
 気心の知れた相坂相手なら、これくらいは許されるだろう。話を聞くのが先決だ。
 ちょっと失敗したと口にしながら、相坂にもカップを渡す。

「うぇ、ニガ……」

 一口だけ口をつけて、そのままティーカップを置いた。
 口の中に苦味が残る。
 さよは手をつけない。いまだに黙ったままだ。
 千雨はさすがに困った顔をしながら、もう一度さよに問いかけようとしたが、その直前にさよが口を開いた。

「ばれちゃいましたね……先生と千雨さんのこと」
「ん、あ、ああ。そうだな」

 げんなりとした口調で千雨が答える。
 そんな千雨にさよは“悲しみ”の混じった苦笑を向けた。
 雪広あやかと、麻帆良チアリーダーズの柿崎美砂、椎名桜子、釘宮円。神楽坂明日菜と近衛木乃香、そして目の前にいる相坂さよ。
 エヴァンジェリンと茶々丸、当事者の千雨を入れれば、実にクラスメイトの三分の1である。

 相坂さよは知っている。長谷川千雨の素直じゃないところを知っている。
 だから、嫌がってはいても、決定的にこの状況を、あの出来事を、ネギ・スプリングフィールドに対して悪意を持っていないことが分かってしまう。

 初めて二人のことを知ったとき驚いた。
 それでもまだそれがどれほどのことなのかがわからなかった。
 だから、さよは今日一日、先生のあとを千雨の後を、デートを楽しむ二人の後を追いかけた。どうしても知りたかったから、どうしても確認したかったから。
 だから悪いことだと知りつつも、彼女は二人のデートを覗きみた。

「………………あの、千雨さん」
「ああ、なんだ」

 何を言うべきかなんて、明白すぎるほど明白で、告げるべき言葉など、心の中でなんど練習したかわからない。
 それなのに、この言葉を出すのに相坂さよは勇気を振り絞らなくてはいけなかった。
 びくびくと震えながら、おどおどとおびえながら、改めて相坂さよが口を開き。


「わたしとパクティオーをしてください」


 そんなことを千雨に告げる。


   ◆


「…………なんでだ?」
「駄目ですか」
 相坂さよの言葉と、その真摯な口調に千雨は怯んだ。

「ダメというか、わたしらは魔術師だぞ。やっぱりまずいんじゃないのか? んな契約」

 だって、いま仮契約することに意味はない。
 相坂さよは、長谷川千雨がそうであるのと同様に魔術師で、そして魔法は学んでいない。
 ここで仮契約をしても、それは相坂さよの目的とは合致しないだろう。
 おぼろげに“その意味”を理解しつつも千雨はこれは言うべきことだと首を振る。

「そうですか……そうですよね……わたしは魔術師を目指しているんですから」
 だがその答えにさよが悲しそうな視線を返す。

「っ! ちょ、おい、相坂!?」
 千雨が驚いて声を上げる。
 当たり前だ。
 千雨が断ってそして相坂さよが形だけの笑顔で納得したその瞬間に、その頬に涙がつたる。
 ぽろぽろと相坂さよの瞳から涙がこぼれる。
 大粒の涙がポロポロと止め処なく流れていく。

 駄目だった。耐えようとした相坂さよの一瞬の努力は何の意味もなかった。
 微笑む顔をそのままに、涙はまったく止まらない。
 当然返されるべき当然の返事を千雨から受け取って、その予想通りの言葉を受けただけで相坂さよは泣いていた。

「ご、ごめんなさい……わたし、泣く気なんてなくて。あっ、なっ、なんで。……ご、ごめんなさい……ごめんなさい、泣くつもりなんてなくて」

 ごめんなさいごめんなさいといい続け、それがだんだん言葉にならなくなっていく。
 千雨はおろおろとしつづける。

 さよがどうにも自分とネギのことで思い悩んでいることは気づいていた。
 さよの様子がおかしいことは知っていた。
 だけど、こんなあからさまな動揺を見せるとは千雨はかけらも思っていなかった。

 彼女はどうにもわかっていない。なぜこんなことになっているのかも、相坂さよの言葉の意味も、なぜ彼女が泣いているのかもわかっていない。
 さよの目の前に置かれた紅茶から、一度も手を付けられていないままに湯気がだんだんと消えていく。
 さよは千雨に迷惑をかけたくないからと涙をとめようとするけれど、そんなことも出来ないままに、子供のように泣きじゃくる。
 長谷川千雨の目の前で、魂の篭ったヒトガタが涙を流す。

 不器用ながらにさよを慰める千雨の目の前で、長谷川千雨に造られた体に篭る一人の少女が泣いていた。



   ◆◆◆



 ――――相坂さよは幽霊だった。


 相坂さよは死人だった。
 相坂さよは人と関われない少女だった。
 彼女はすべてをあきらめていた少女だった。

 たとえ千雨が彼女の死を“死”と判断していなくても、彼女にとっての日常は、生きながらに死んだモノクロの世界だったのだ。

 物を食べることも、ベッドで眠ることも、人と話すこともなく日々を過ごし、毎日のように泣いていた。
 涙の流れないその慟哭。誰にも気づかれないその悲観。終わりのないその苦痛
 死後の生活。生者に関われない死の世界。
 そんな日々を過ごしていた。そんな日々を過ごさざるをえなかった。

 相坂さよは、そういう毎日を過ごしていた少女だった。

 だけどいま、彼女はまどろみの中で朝日を浴びて、ベッドの中で目覚まし時計に起こされる。
 絡繰茶々丸、チャチャゼロ、そしてエヴァンジェリン・マクダウェルと挨拶を交わし、朝ごはんを食べて学校に行く。
 登校ラッシュの人ごみに揉まれて、肩をぶつければ謝って、困った人がいたら手を差し伸べて、困っていたら当たり前のように誰かが声をかけてきてくれるのだ。

 感謝の言葉を言われ、感謝の言葉を言って、そんな毎日を日常として過ごしている。

 はじめから最後まで、幽霊のままならきっとまだ耐えられた。
 幽霊として自分を見える人がいて、それくらいの幸せに妥協できたままなら耐えられた。
 きっとこの日常を、本当に実感できずにいたままなら耐えれた。
 こうして“理解”せずにいたままなら耐えられた。

 だって、相坂さよのはじめの願いは、人としゃべれれば十分だった。
 そんな些細なことだけが、相坂さよの全てだった。
 人形の体を持って、限られた事情を知る人とだけしゃべれるだけでも十分であるはずだった。

 でも相坂さよは知ってしまった。
 理解してしまった。
 生の喜びを感じてしまった。
 またこうしていられる幸せを思い出してしまった。

 大食いなのかと長谷川千雨は笑ったけれど、数十年ぶりのケーキの甘味に自分がどれほど感動したか、数十年ぶりのベッドの柔らかさがいったいどれほどの至福だったのか、それはきっと自分にしかわからない。

 こんな風に学校に通って友達と話して、たわいもないおしゃべりをするだけで、わたしは時々泣き出したくなるほどに幸せなのだ。
 放課後に部活動を見学にいって、友達から相坂さよだと紹介されるだけで、どれほど幸せだと感じているのかを、きっと誰もわかっていない。
 歩いていて、急いでいるさなかに目の前にティッシュを渡されようが、チラシを十、二十と配られようが、後ろからぶつかられたあげくにたとえ邪魔だと罵られたって、それがいったいどれほどの悲しみを生むだろう。

 相坂さよは、そんなことにほんのわずかだって悲しいだなんて感じない。

 すべての人に声をかける熱心なビラ配りだろうと、自分だけは無視された。
 不良だろうと、すり抜けられて無視された。
 ほかに幽霊なんて存在せずに、喋った言葉に返事が来ない、そういう生活。
 それに比べて、今のわたしはいったいどれほど幸福なのか。

 そこらへんのことを、鋭いようで意外に抜けてる長谷川千雨は分かっていない。
 ぜんぜんちっともほんの少しも、相坂さよがどれほどの幸福を感じ、どれほどの感謝を彼女に捧げているかを分かっていない。
 始まりのあの日、復学一日目の自己紹介で、相坂さよは言ったじゃないか。


 ――――わたしは、千雨さんを世界で一番尊敬しているので。


 そんな台詞を言われておいて、千雨はさよの気持ちが分かっていない。
 60年間誰にも気づかれずに、独りっきりの孤独を体験した幽霊少女。

 60年だ。七百ヶ月で、二万日。十二支十干、干支が一回りするほどのその時間。
 それだけの時間を彼女は一人で耐え続けた。
 死に際のことさえ忘れ、人として生きた常識すら磨耗して、二万を超える日月を碌に会話もできずに過ごしていた。
 休日だろうと放課後だろうと、彼女は一人で泣き続け、この世界に存在し続け、ただひたすらに待ち続けた。
 たった一人、教室の片隅で、誰か友達になってください、なんて、そんなつまらない願いをつぶやき続けた。

 10年たてば、孤独を悲しむ感情すら麻痺していた。
 誰でも良かった。
 罵られようが、悪霊と呼ばれようが、人と関わってみたかった。

 20年たてば、もう期待することの悲しみさえ感じなくなっていた。
 しゃべってくれるだけでも存外の幸福だと考えた。
 もうそのころには、人としての年のとり方など忘れていた。

 30年で死に際を忘れ、40年で生きることを忘れた。
 50年目には人として生きた15年の記憶のほとんどが霞の中に消えていき、60年たって自分の望みさえ磨耗した。

 生前から数えて70と幾年。
 もう普通の人間の一生分の時間この世界に存在し、最後まで残った執念の中、友達がほしいだなんて、そんなささやかな望みだけを燃やし続けて、彼女は麻帆良学園中等部の端席にしがみついた。

 ――――麻帆良学園中等部3-Aの教室にはいわく付きの席がある。座れば寒気がするその席は通常座らずの席なんて呼ばれてて……

 過去に学校新聞の記事にもなったその話。
 相坂さよが高等部まで出向いて見に行ったその話。
 相坂さよの奮闘が、簡潔にまとめられた数多の記事に埋もれる怪談話。

 ふん、笑いたければ笑えばいい。
 ひと時の時間つぶしに使われたってかまわない。
 あなたたちはいいだろう。そういって小さな会談の一つとして笑っていればそれで良い。忘れられるよりははるかにましだ。
 怖がって、キャーキャー叫びながらその席に物見遊山を決め込んでもかまわない。
 でもその席を奪うことだけは許さない。
 相坂さよにとって、そんな小さな出来事が絶対に譲れない一線だった。

 誰にも見られずとも、自分の姿を見れる人を探すために外にでるときがあろうとも、自分の居場所はそこだった。
 たとえ誰だろうと、そこだけは譲れなかった。
 人が来れば、その子をどかしてまで意地を張った。
 たった一つのよりどころにしがみつき、ただひたすらに耐え続けた。

 そんな意地を張り続けて我慢し続けて、そんな行為が日常だった。
 そう、そんな救われない日常だった。
 ほんの少し前までは。


 そんな救いの無い日常の中、相坂さよの目の前に一人の少女が現れた。


 彼女は幽霊を見る事が出来た。
 彼女は幽霊に触ることが出来た。

 そんな彼女が相坂さよに声をかけた。
 放課後の教室で、さよの姿に戸惑いながら、声をかけた。
 戸惑いながらも、その行為自体は当たり前のように、平然と。

 ――――なあ、幽霊。あんたいったいなにもんだい?

 そんなバカみたいな台詞をわたしがどれほどの驚愕を持って聞いたのか、きっと千雨さんにはわからない。
 平然とこちらを見つめるその姿。二年間だけ一方的に一緒にいた同級生に、どれほどの驚きを覚えたか、きっと千雨さんには分からない。
 当たり前のように話を聞いて、当たり前のようにわたしに触れて、当たり前のように友達になってやるといわれたときに、わたしがこっそりと、それでいてどれほどの安堵と感謝をしたか、きっと彼女は永遠に分からない。

 師匠である存在から秘密にしろと言われていたのに、彼女はその日のうちに声をかけ、幽霊少女と友達になってくれた。
 死を経て、幽霊を見れるようになったその少女。
 彼女は人の温度を忘れた少女の手を握ってくれた。
 彼女は温かさを感じないその体を抱きしめてくれたのだ。

 60年。自分の死因すら忘れている中に現れたその存在。
 友達になってくれといきなり言われ、それを了解した挙句、彼女はお師匠様を説得し、彼女の体を作ってくれた。
 苦手だと言っていた吸血鬼の知り合いのところに出向き、お師匠様からまだ早いと言われていた技術を用い、彼女は友達の幽霊のために頑張った。
 それを彼女は見ていたのだ。相坂さよは見続けたのだ。
 未熟な魔術の行使は肉体を傷つけて、それでも彼女はそんなそぶりも見せずに幽霊少女と遊んでくれた。
 それを彼女は知っている。

 お師匠様と共に大きく頑張り、一人の時に小さく頑張り、少しずつ、少しずつ、でも決して諦めずに頑張った。
 ルビーが現れれば人形を作り、それ以外の時を修行に当てた。
 それを相坂さよは知っている。

 かつてネギが断じたように、千雨は弱音を吐くものの、決定的なところでは無言を貫く。
 だけど相坂さよは彼女が頑張ったことを知っている。
 彼女はそれを口にせず、さよはそれを問いただせずにいたままで、だけどそれはれっきとした事実なのだ。

 千雨はなんでもないと笑ったけれど、それは簡単なことじゃあ有り得ない。

 当たり前なのだ。とんでもないほどに高度な技術だとルビーははじめに言っていた。
 さよ側に100年の修行が必要で、世界レベルの人形遣いが必要だと、最初の日に言われていた。
 さよは百年どころか、修行などなにもしていない。
 でもいま自分はこうしている。

 世界レベルの人形師が必要だといわれ、それを当たり前のように自分が代行すると申し出た千雨が全ての責と労をおったのだ。
 そしてわずかに数ヶ月。
 たとえルビーの力を受け継いだといっても、これはさすがに早すぎる。
 その現象の回答を、相坂さよは知っている。

 その差を埋めるために、千雨は工房にこもり、ヒトガタの部品に眉根をひそめ、それをひたすらにくみ上げた。
 魔術を習うと承諾してルビーに頼り、苦手としていたエヴァンジェリンに頭を下げて、魔術の行使で体を痛め、授業をサボり、それでも何一つそんなそぶりを見せなかった。
 それを相坂さよは知っている。

 過去に千雨は言っていた。
 人形遣いのルビーを憑依させ、彼女がさよの体を組んだと。
 魔術を習った長谷川千雨が、その体をくみ上げたと。

 だけど千雨が魔術を習うなんて、それだけで本来はおかしい出来事のはずなのだ。
 魔術を習う気がない少女は、エヴァンジェリンに魔術を習うように促されたが、それで彼女が習うなんてありえない。
 たしかにエヴァンジェリン・マクダウェルは、千雨にいった。
 ルビーが千雨を助ける力を失ったと。
 だから、魔術を学んでおけと。

 そんな言葉を口にした。
 だけど、千雨がそんな言葉で魔術を習うなんてありえるか?

 ルビーに出会い、そして間桐桜の夢を見ながらも、彼女は自衛の手段に魔法を求めようとはしなかった。
 彼女はいまさら努力をしても、ほとんど意味が無いことを知っていた。
 エヴァンジェリンに相対し、魔術師として生きた少女の夢をのぞき見て、そんな行為をしたところでたいした意味が無いと考えていたはずなのだ。
 だってあのときの彼女には、やっぱり最初の日にルビーから魔術の教えを断ったときのように、今後も魔術に関わる気はなかったのだから。
 そんな彼女がいきなり魔術を求めたその理由。
 強制でも惰性でもなんでもなく、真摯に取り組んだその原因。
 それが戦うための力であるはずがない。

 エヴァンジェリンと相対し、千雨が死んだその翌日。
 相坂さよとであったまさにその日に、ルビーは思った。
 長谷川千雨が魔術を習おうとする姿を見てルビーが思った。
 その結果を幸運だと評価した。

 それはなにに対してか。
 千雨が生き返ったことか?
 いや違う。
 ルビーの力を受け継いだことか?
 当然違う。
 あれは相坂さよと出会ったことに対してなのだ。

 だって、長谷川千雨は、相坂さよと出会わなければ、きっと魔術を真剣に習おうなんてしなかっただろうから。

 魔術を習う気がないといったそばから、彼女は魔術を習いはじめ、乗り気でないそれにどれほどの力を注いだか、彼女がどれほど努力してその技術を行ったか、その理由を相坂さよは知っている。
 そうだ。魔術が嫌いといい続け、そしてルビーの力を継承してさえ魔術を嫌った長谷川千雨。
 彼女が魔術を習うきっかけはエヴァンジェリンでもルビーでも、もちろん自分自身でもなく、相坂さよの為だった。
 それを相坂さよは知っている。

 あのとき、長谷川千雨がなにをしたかをしっている。
 ただ相坂さよの体のためにルビーをせかし、
 ただ相坂さよの体のためにエヴァンジェリンに懇願し、

 ただ相坂さよという友達のためだけに、あれだけ躊躇していた魔道に手を染めて、相坂さよのヒトガタを作りあげたその行為を知っている。

 そんな光景をずっとずっと見せられて、そんな行為の果てに、自分はこうして幸せを甘受して、なのに長谷川千雨は何一つそれを相坂さよに貸しとして見せなかった。
 彼女は恩を着せるどころか、恩があることを口にせず、エヴァンジェリンとのいざこざに関しても、結局さよは彼女は頼られずに全ては終わった。

 挙句の果てに、千雨はさよが千雨に懐くのを、すりこみだなんだと口にする始末だ。

 さよは思う。
 そんな千雨のことを考えて、そんな千雨に思いを募らせながら彼女は思う。
 心の底から考える。
 本当に、わたしは千雨さんのことは大好きで、本当にすごい人だと知っていますが、ちょっとだけ言わせてほしいことがある。
 千雨さん、あなたはちょっとおバカさんなんじゃないかと思います。

 そんなの、あまりにひどすぎる。
 そんなの、ちょっと信じられないくらいにずるすぎる。
 あまりにひどいことである。
 あまりにひどくて、あまりにずるくて、あまりにも、


 ――――あまりにも、罪作りすぎる女性じゃないか、と相坂さよは思うのだ。


 ずっと悲しんでいたことを、突然あらわれて解決してくれたそう言うヒーロー。
 英雄だなんて生ぬるい。友達だなんて光栄すぎる。
 声を聞くだけでうれしくて、手をつなぐだけでうれしくて、お話できればそれだけで一日が幸せだった。

 さよは頼ってほしかった。さよは千雨のために何かできることをしたかった。
 恩を返すとかそういう感情を超越して、千雨との間になにかを感じていたかった。
 彼女と別れてしまうことなんて、絶対に、それこそ“死んでも”ゴメンだったのだ。

 それが漠然とした不安から、ネギと千雨の一件で顕現した。
 初めて知ったその瞬間はまだその現実に耐えられた。
 一日たって冷静になってみれば、その現実にいやな予感がし始めて、
 二日も立てば疑心暗鬼で動けなかった。
 長谷川千雨とネギ・スプリングフィールドの交際を、最初のわたしは祝福していたはずなのに、なぜこんなにわがままな子になってしまったのだろう。

 千雨はネギと笑っていた。
 千雨のことは好きだ。でもべつにネギ先生のことだって嫌いじゃない。
 だからはじめ二人が笑いあう光景に、むしろさよは喜んでいたのだ。
 人の幸せを自分の幸せとして取り込める、そういう基質。
 それが相坂さよだった。

 それなのに。それなのに、それが相坂さよの考えだったはずなのに。


 ――――ずるいです、酷いです。うらやましいですっ! あの、今まで勇気がなくていえませんでしたけど、わたしだって千雨さんともっと仲良く――――


 ネギと千雨の関係を知ったとき、さよは言った。
 笑いあう二人が、絶対的な繋がりを持ったのだと知ったその瞬間。
 きっかけがなく、ただこのまま幸福が続くことを信じて押し殺していたことを口にした。
 自分は千雨が幸せな姿を見るのが好きだった。だからそれは喜ぶべきことのはずだった。
 だけど、実際に見てしまえば、そんなことなんていえなくなった。

 置いてきぼりにされたような、そんな悲しみ。
 それはまるで、相坂さよが一人死の世界に取り残されたときのようなそんな恐怖を伴って、


 ――――相坂さよは“また”独りぼっちになるのだろうか、と恐怖した。


 そんなはずがないと考えつつも、その恐怖が払えずに、
 そんなことあるわけないと信じていながら、さよは考えずにはいられない。

 だからさよはほしかった。絶対的な絆がほしかった。
 これから先、ネギの姿を見ても、千雨の姿を見ても、たとえ、長谷川千雨の姿を“見れなくても”安心できる絆がほしかった。
 パクティオーをして、そこから産まれるカードを心のよりどころにしたかった。
 本当に、ただそれだけの望みだったのだ。


   ◆◆◆


 千雨は泣く相坂さよの頭をなでながら話を聞いた。
 苦いだけの紅茶を口に運び、その苦味と、自分の迂闊さに頬をゆがめる。
 考えたつもりでいた。
 想像したつもりでいた。
 相坂さよの悲しみを、相坂さよの苦しみを。

 だけど、かつて千雨が断じたように、理解するとはそういうことではないのだ。
 当事者以外には分からない。相坂さよにしか分からない。そういう苦しみを長谷川千雨はいまやっと知ることができた。
 理解できるだなんてとてもいえない、その悲しみ。
 慰めなんてとても口に出来ない、そういう孤独。
 60年間つづいた、そんな絶望。

「千雨さん、わたしは前にいいました。好きとか嫌いとかじゃなく、わたしは世界で一番千雨さんを尊敬していると」
「…………」

 当たり前だ。そんな言葉を聞き流していたというのだから、千雨も自分自身にあきれはてる。
 ただのジョークとでも思ったか? 軽口の一種とでもとらえていたか?
 たとえ学園結界の影響があったとしても、そんな台詞を戯言で口にはしまい。
 それは友情を超え、愛情を超え、もはや信仰とさえいえるものだ。

「わたしも手をつなぎたかったんです。さよと呼ばれたかったんです。キスをして、仮契約をしたかったんです。やっぱりそんなのいやですか? こんなのやっぱり気持ち悪いでしょうか? どんなことでも受け入れます。これ以外もうわがままなんていいません。お願いします、千雨さんに迷惑はかけません。わたしはネギ先生のことが嫌いというわけじゃないんです。でも千雨さんと離れるのだけはいやなんです」
 数十年の幽霊生活。

 生理現象どころじゃなく、男女差どころじゃなく、交友問題どころじゃなく、人に関わるあらゆる問題から離れていたその少女。
 そんな少女の前に、一人の英雄があまりに突然現れて、全ての孤独が取り払われた。

 エヴァンジェリンやネギに話を聞いた。
 神楽坂明日菜にパクティオーのことをきいていた。
 ルビーから仮契約のことを聞いていた。
 相坂さよは知っていた。その上で彼女は不思議がっている。
 ねえ、アスナさん。ねえ、先生。ねえ、千雨さん。

 パクティオーが魔術の妨げになるのは分かるけど、なぜキスを戸惑わなくてはいけないの?

 同性愛とかそう言う概念。友情と愛情のそう言う区別。
 なぜ皆がキス程度で、ここまで潔癖な考えをするのかが、相坂さよには割と本気でわからない。
 だってパクティオーをするということは、相手を信愛しているということだ。
 そんな行為を恥ずかしがるなんて、そんなの意味が通らない。

 千雨自身なんども実感していたことだ。
 相坂さよは、幽霊でいつづけて、人の暮らしとは異なる暮らしをし続けた。だから年齢も性も倫理観がちょいとずれているのだと。
 アメリカ暮らしが長ければ、家族にキスくらい当たり前のようにするだろう。

 べつに体を重ねろといっているわけじゃない。
 握手をして、抱き合って、別れ際にキスをする。
 さよにとって、女同士でのキスだって、実際はその程度の感覚なのだ。
 常識に縛られているから、千雨はその程度すら考えられない。
 自分自身が魔術師としてキスなど戸惑うものではないといっておいて、それを相手も考えることを想定しない。
 千雨とネギが付き合っているのだって同様なのに、さよには律儀に背徳感を当てはめていれば世話はない。

 相坂さよは長谷川千雨を好いている。
 その彼女がルビーと出会い、そして魔術と魔法と、そして仮契約について聞きかじった。

「エヴァンジェリンさんのとき、おかしいなって思って、そうしたら本当に千雨さんが先生とお付き合いしていて、千雨さんがよろこぶことは嬉しいです。でも、わたしは千雨さんが必要なのに……」
 さよが泣く。

「幽霊でいたときは、手をつなぐだけで幸福でした。この体を頂いて、抱きしめていただいたときはそれ以上に幸福でした。本当に、本当に、これ以上ないほどに」
 さよが泣く。

「手をつなぎたいです、おしゃべりをしたいです、キスをしたいです。嫌われるのだけはいやでした。…………でも、こうしてわがままを言うわたしがいやだというなら、もうわがままも言いません。もしわたしが嫌いだというのなら、わたしは千雨さんに近づきません。でも……。だから――――」
 泣きながらさよが口を開き、


 ――――せめて、わたしの前から居なくならないでください。


 そんな願いを口にする。
 そんなつまらない願いから、さよは仮契約を申し出た。
 黙ってさよの独白を聞いていた千雨が口を開く。

「だから仮契約をしたかったってか?」
「は、はい……」

 千雨の言葉にさよがうなずく。
 そんな願いに対し、長谷川千雨が出来ることなど決まってる。
 当たり前すぎるほどに当たり前。
 そんな問いに返せる答えなど、たった一つしかありえない。


「――――あのなあ、相坂、それってちょっとおかしくないか?」


 あきれたように千雨は否定の言葉を吐く。
 決まりきったその返答。当たり前のようなその言葉。
 千雨は当然のように相坂さよの言葉を否定した。
 あまりにはっきりとしたその断定にびくりとさよが震えた。

「魔術師として勉強している今、わたしもお前もそんなことするのはマイナスだ。エヴァンジェリンが言ってただろ。魔法に頼れば魔術師の足かせになる。そもそもな、そんなのなんの意味もないんじゃないか?」

 無駄だといわれた。
 そんなわけないのに。
 わたしはどれほど長谷川千雨という名の彼女との絆を必要としているかを、彼女は分かっていないのだろうか。
 きっと絆が出来るはずなのにとさよは泣く。
 カチカチと歯を鳴らし、恐怖で震えるその体。

「あ……あの……でも、カードがほしくて……だから仮契約をすれば……」

 必要ないと断じられ、もう碌に声も出せないさよが震える声を絞り出す。

 千雨がそんなさよを見る。
 泣いて震えて、おびえている小さな体。
 どうにも“勘違い”しているらしいその矮躯。
 こいつは本当にあほだ。しんじられない。
 そう。どれくらいアホなのかといえば、きっとわたしと同じくらいだろう。

「あのな、相坂…………」

 あきれたようなその声にさよの心が凍る。
 なにを言われるのかと、どう思われてしまうのかと、そんな恐怖で体がこわばる。
 だけど、千雨はあまりに軽く震えるさよの手をとって、

「――――お前が言い出したことなんだから、文句は言うなよ」

 さよの手がぎゅっと握られた。
 反射的に顔を上げるさよの目の前、眼前に迫る千雨がいて、腕をとられたさよはベッドの上に押し倒される。
 ベッドの上に横たわる相坂さよ。
 その長い髪が白いシーツの上に大きく大きく広がった。
 そうして、その手をさよの頭の上で固定して、千雨はその体に覆いかぶさり、


「――――――っ!?」


 そうしてそのまま長谷川千雨は、ベッドの上で、驚愕に目を見開いたままに横たわる相坂さよにキスをした。


   ◆


 魔法の儀式、仮契約。魔術と異なり、口づけという行為によって、世界に登録されたアイテムを引き出す契約の儀式。
 魔術の契約。魔法と異なりキスという行為そのものではなく、体液を交換するという儀式によって行われるパスの開通。魔術のシステム。

 そのどちらでもなく、千雨はさよにキスをした。
 親愛の詰まったその口付け。
 思考の止まるさよがそれを呆然と受け入れる。

 口を離して、千雨が口元をぬぐう。
 合意も何もあったもんじゃない。
 一歩間違えれば……いや、そのまま直球で犯罪か。
 おでこかほっぺたで妥協しておけばよかったが、パクティオーにこだわっていたこのアホたれにはこっちのほうがいいだろう。

 ぼうっとするさよは呆然としたままだ。
 いやに扇情的に赤い唇。
 もちろんカードは出ない。あの小動物も居ないし、魔術のパスが通ることもない魔法的にも魔術的にもはなんの意味もない行為だ。
 だが、こうして相坂さよは泣きやんだ。
 本当に意味がないわけじゃない。

 いや、そもそも逆なのだ。
 意味がないまま行われる行為だからこそ意味がある。

 呆然としたまま動かないさよの口元をぬぐって、千雨はだまりこむ。
 ぽかんとしたまま動かない相坂さよの目に、顔を真っ赤にしたままの長谷川千雨の姿が映っている。

 千雨は無言。声がでない。
 そりゃそうだ。いったいこの場でなにを言えというのだろうか。
 彼女は自分からこんなことしたことない。
 だが、ここでさよを突き放せないということは分かる。いや、突き放すとか突き放さないとか、そういう問題ですらない。
 ただどうにも誤解している自分と同じくらいアホたれの、元幽霊に真実を教えればそれでいい。

 だから千雨はキスをしたのだ。
 流されるタイプのヘタレである千雨のぎりぎりがこれだった。
 自分は相坂さよの体を知っている。隅々までその感触からさわり心地までを知っている。
 でも改めてキスをして、そのやわらかさに頬が真っ赤で、その行為で首筋までが赤色で、それを自分からしてしまったということに、唇を奪った少女に目もまともに向けられない。
 なんだこれ、わたしはどれだけ変態なんだ。

 なにが起こったのかわからずに相坂さよが目を丸くして、千雨は照れて口ごもる。
 無言が続き、耐え切れなくなった千雨が口を開く。

「仮契約をする必要はない」

 そんな言葉を、いまだに顔を赤くして千雨がいった。
 いったい誰の影響か。なにを言えばいいかわからずに、どうでもいいことを一番最初に口にするその姿。
 それをさよがぽかんとした顔のまま見つめている。

「わたしもばかだけど、お前も相当に大馬鹿だな。わたしにとってお前が特別じゃないとか、そんなわけあるか。絆がないとかカードがほしいだとか、アホらしすぎる。わたしはお前のスリーサイズどころか、ほくろの数まで把握しているんだぞ。忘れてんのか? おまえ自身のその体はお前のもので、そして同時にわたしの“もの”だ。わたしがおまえの前から居なくなるもなにもねえだろ」
「…………」
 早口で先ほど衝動的に行った行為に言い訳を捲くし立てる。

「お前はカードがほしいのか? それとも仮契約がしたかったのか? 違うだろ」


 ――――相坂さよは長谷川千雨との間に繋がりを感じていたかっただけのはずなのだ。


 いまこの場でパクティオーをしてどうなるというのだろうか。
 仮契約の果て、カードを手に入れ、それで終わりか?
 それで全てが解決なのか?
 その挙句、相坂さよは、カードだけをよりどころに、長谷川千雨が自分のそばから離れても大丈夫だと、自分を誤魔化し続けるのか?

 ふざけんな。
 そんなの長谷川千雨が許容できるはずがない。

 かつての日。
 エヴァンジェリン邸の空き部屋で千雨は相坂さよの体を作った。
 ルビーの指示で、エヴァンジェリンの協力で、習いたくも無い魔術を身に着け、知りたくも無かった知識を頭に刻み、人の部品をくみ上げて、全裸どころか、素材の段階から人の体を創造した。
 足を、腕を、指を、眼球を、髪を、爪の先にまで気を配り、それをつくった。
 肝心なところは千雨の体を操ったルビーが行ったものの、ルビーはもう消えかけで、当然それ以外の部分には千雨の力が入っている。

 人の部品と、その組み上げ。
 なんど弱音を吐こうとしたか覚えていない。
 それを誰にも気づかせず、一人胸のうちに秘め、彼女は相坂さよのヒトガタのために頑張った。

 動きを止めたまま相坂さよが千雨の言葉を聞き続ける。

「べつにパクティオーなんてする必要ないだろ。つーかなあ、どいつもこいつもカードのためとか、パスを通すためとか、適当すぎだ。キスだぞ、キス。お前の唇こうして奪っておいてなんだけど、もうちょっと大切にしろ。ファーストキスだろうが。というかだな、相坂。お前もあんだけ恥ずかしいこといっておいて、カードのためにわたしとキスしたんじゃ本末転倒だ」

 かつてネギ・スプリングフィールドにキスを当然の行為だと答えたように、こうして冷静になれば、その行為は千雨にとって陰を落とす類のものではない。
 それでもさすがに相坂さよの言葉にはうなずけなかった。
 納得し遭えば魔術のキスもいいだろう。理解しあえばパクティオーもありえるだろう。
 だが、逃避からキスを迫るようじゃ救われない。
 最後の思い出にキスをせがむなんて、そんな展開を長谷川千雨は許せない。

「あのな、相坂。わたしはお前のこと好きだよ。流石にキスしたがるのはどうかと思ったけど……まあ、それでも……なんだ……お前がホントに望むならキスくらい全然できるよ」

 赤くなりながらも、当たり前のように千雨が断じた。
 その言葉をさよは呆然と聞いている。

「だからさ、相坂。お前ももう変なことをいうなよ。お前ちょっと気にしすぎだぞ。先生の件を秘密にしたのはまあわたしが悪かったけどさ」
「……」
 さよは言葉も返せない。
 なにを言っているのかはわかるのに、なにが起こっているかもわかるのに、さよはこの出来事が信じられずに動きが止まる。

「初めの日に言ったはずだ。その体を作る時にだって言っただろう。わたしがお前の責任取るってさ。エヴァンジェリンがあいつの立場からお前を助けられなかったのと同様に、わたしだって適当にお前に約束したわけじゃない。わがままだろうが愚痴だろうがなんでもきくさ。それに怒ることがあっても、わたしがお前から離れることはない。だから」
 呆然としたさよの頬に手をあてて眦から涙をぬぐい、先ほどまで泣いていた少女に千雨は言う。


「――――だから、おまえはもう少しは溜め込まないで発散しな。わたしはお前のわがままくらいならなんでもきくよ」


 かつて、エヴァンジェリンが相坂さよの霊体に声をかけなかったのは吸血鬼としての矜持からだが、同様に千雨が相坂さよに声をかけたのも長谷川千雨の根底を担う信念からだ。
 だから、なにが起ころうと、それを裏切ることだけはありえない。

「…………じゃあ、これからもお話してくれますか? ずっと一緒に居てくれますか?」
 呆然としたさよが口を開く。
 なにが起こっているのかも把握できないままに、さよはただ最初に思ったそんな願いを口にして、


「――――ああ、いいよ。ずっと一緒にいる。当たり前だろ」


 平然と、当たり前のように、長谷川千雨がそんな言葉を口にする。
 かつて友達になるとさよに答えたときのように、さよが最も求める言葉を口にする。

 あらためて相坂さよは考える。
 この無自覚に自分の不安を取り除く少女を前に考える。
 本当に、この人は、罪作りなんてものじゃない。
 ヒーローでアイドルで、そして魔女であることはしってたけれど、この人はホントのところ、悪魔の類ではなかろうか。

 もうどうしたって、この先わたしはこの人から離れられなくなっていく。
 恋人が居るくせに。
 愛し合う人がいるくせに。
 同性で、友達で、わたしの体の創造主で、そんな彼女がわたしにこんなことを口にする。

 ひどい人だ、
 ずるいひとだ。

 本当に、


 ――――この人は、ちょっとずるすぎる。


 ほろりと、ようやく泣き止んでいたはずの相坂さよの目から涙が落ちる。
 ほろほろと流れるそれに千雨がビビる。

「う、ううぅ……」
「えっ!? おい。相坂。な、泣くなよ」

 おろおろと千雨がうろたえる。彼女は正直対人スキルが足りてない。
 やっぱりキスはまずかっただろうかと、何かまずいことをいっちまったのかと、見当違いにあわてている。

 ふるふるとさよが首を振った。相坂さよは嬉しくて泣いている。
 自分がどれほどの幸福を感じていたかを千雨が気づいていなかったように、自分がどれほどの恐怖を感じていたかをわかっていない。
 本当に本当に怖かったのだ。

 そんな恐怖を彼女は、初めてさよに声をかけた日のように、当たり前に打ち砕く。
 さよは泣く。
 恐怖でも、絶望でもなく、うれしさをこらえきれずに涙を流す。

「千雨さんっ!」
「へっ!? おい、ちょっ!?」

 飛び掛るようにさよが千雨の体に抱きついた。
 ワンワンと泣くさよの姿。
 困りきった顔の千雨が、おずおずと手で髪の毛を梳いてやる。
 なんでこいつは泣いているのか、そんな問いの解答を、おぼろげに感じ取って千雨は頭をなで続ける。

 長くキレイな髪である。
 わたしはその一本一本のくせまで知っている。
 自分より10センチ以上小さいその体。
 すっぽりと胸元に入るその体。
 体の作成時点で身長は149センチ、スリーサイズは上から77、56、79。そういうところを知っている。
 だけど心の中なんて知りようもなく、こいつがここまで思いつめていたなんて考えてもいなかった。

 抱きつかれたまま千雨があきれたように天井を見上げた。
 目を瞑り、おずおずと背中に手を回し、頭をなでるその仕草。
 言葉なんてかけられるはずがない。
 いまこの場で、自分が彼女にしてやれることなんて、こいつが満足するまで抱きしめてやるくらいしかないのだから。


   ◆◆◆


 ベッドの上で、ようやく眠った相坂の頭をひざに乗せ、長谷川千雨は息を吐く。
 涙ながらに千雨に抱きついたまま、その不安を吐露したあと、さよと千雨はすこしだけ話をしたが、すぐに相坂さよはしゃべりつかれて眠っていた。
 どれほどの心労を溜め込んでいたのかと千雨があきれる。

 涙のあとに手を添えて、ほっぺたに手を伸ばす。
 自分はその柔らかを知っていた。だってこいつの体は爪の先まで自分がつくったものなのだ。
 あのガキに負けず劣らずやわらかいそれを人差し指でぷにぷにとつついた。
 その感触にむずむずと体を震わせたさよが、千雨のひざに乗っていた頭をごろりとまわして、千雨の体に抱きついた。
 腰に手を回して、腹にがっちりと抱きつく少女の姿に千雨は笑う。

「ガキか、こいつは」

 そんな言葉とは裏腹に、さよをなでる手には優しさが満ちていた。
 絶対に放すまいとする、親に抱きつく赤子のようなそんな仕草。

 生後70年というべきか、それとも十二歳とでも言うべきか、はたまた生後数ヶ月と評するのが正解か。
 そんなことすら分からない。
 だけどその心のあり方は子供のまま停止して、そしてその感情のあり方は生まれて間もない子供のままであることだけははっきりしてる。
 そんな少女の可愛い姿。
 さらりとした髪の毛が千雨の手の中で梳かれていく。
 千雨はそんな彼女を眺めながら、後ろに流れる髪を束ねてやった。

 泣いて喚いて、感情を発露させたその少女。
 未熟な肉体にひきづられているということはない。
 それなら魂の定着も無かったはずだ。
 だからこれはさよの本心だったのだ。
 魂を外気にさらし続け、心の衝動に忠実なそういう少女。

 修学旅行中に爆発することが無かっただけ僥倖か。こうして涙のあとを残しながらも微笑みながら眠るさよをベッドに寝かせ、その横でこうして微笑んでいられるのなら結末としては最善だろう。

 明日は学校で、チアや委員長たちとの楽しい授業。
 明後日から始まるのは、四泊五日の長めの旅行。
 その後に続く、夢いっぱいの学校生活。
 だけどそんな日常に浸るのは、担任教師と恋人の、衝動で友人にキスをするくらいいかれちまった魔術師見習いの中学生。

 これから先の日常が平穏のうちに済んでくれればいいのだけれど、そんな儚い期待を持って、彼女は祈る。
 これから先の生活が、平静として進むようにと神への祈り。
 魔法使いがいるのだから、神様だってきっとどこかにいるだろう。
 まあもっとも、

 それは苦笑と共に行われる、かなうだなんて欠片も思っていない、そういう祈りだったけど。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ガチンコ浮気編。さよは友情度がカンストしてるだけです。でもカンストしていると言うのはこういうこと。こいつらキスはするくせに仮契約しないなあ、という話でした。
 次回は本編18話になるはずだったんですが、次回も幕話にするかと悩み中です。というよりこの話も幕話じゃない気もします。というか前回も前々回も話が進む以上本編に分類されるべき話でした。でもまあどうでもいいことなのであまり気にせず進めていきたいと思います。



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