Trrrrrr
「はい、もしもし」
Trrrrrr
「……はい、もしもし」
Trrrrrr
「…………はい、もしもし」
第10話
携帯電話が鳴った。
「はい、先生。どうしたんです?」
「ああ、千雨さん。実は今日で、課題が終わったんです」
「そうなのか。そりゃお疲れさん」
「ありがとうございます」
「一ヶ月近くのお勤めも、これでようやくってところか。じゃあ、これで円満に解決なのか?」
「いえ、それを学園長に報告に行ったら、新しく課題が出たんです」
「あ? なんだ、それ。おかしくないか?」
「いえ、この間の件ではなくてですね……実はボク、4月から麻帆良で本教員として採用してもらえることになるかも知れないんですけど、そのための課題らしいんです」
「はー、課題か。でも先生はべつに先生になりに来たわけじゃないんじゃないのか? あの雑用だって、三学期で先生とお別れだからあんなに短期間に詰め込まれてたんだろ」
「そ、そんな寂しいこといわないでください、千雨さん」
「んな声だすなよ。三学期だけよろしくって初日に言ったのは先生じゃん。あと一週間でお別れなんじゃないのか?」
「そ、そんなっ!」
「だからなんでお前が驚いてんだよ」
「でっ、でも、もともとボクは学校の先生をやるようにという卒業試験中なので、学園長先生から合格が出るまでは先生を続けないといけないんですっ。だからそんな簡単にお別れなんて言わないでくださいっ!」
「わかったわかった。もう言わないよ、落ち着けって」
「は、はい」
「で、先生がその課題に合格すれば正教員になるってことか?」
「はい、そうですっ。そうしたら千雨さんとも……あっ、いえ、皆さんともまだ一緒にいられますね!」
「元気いっぱいなのは結構だけどさ、戻るときどうするんだ、それ。教育実習生ならまだしも、正規の教員じゃあばれないように出て行けねえだろ。一生教師をするわけでもあるまいし」
「えっと、それはたぶん学園長先生が何とかしてくれるんだと思いますけど。皆さんの卒業と同時にボクも……とか」
「卒業試験なんだろ? どんだけいるきだよ。相変わらず適当だなあ」
「そうでしょうか」
「うーん、まあいいや。で課題ってなにするんだ? ドラゴンの鱗でもとってこいってか」
「いえ、2-Aが今度の期末試験で最下位を脱出できたら、合格ということで……」
「なんだそれ」
携帯電話が鳴った。
「ああ先生。どうしたんだ」
「はい、実は先日の課題の件で」
「ああ、今日もなんかやってたな。だけどな先生、いくらあんたが男だからって教え子に野球拳はないだろ」
「ち、ちがいますよっ。あれはあの、ああいうモノだって知らなくて……」
「ジョーダンだよジョーダン。さすがにそんなやつじゃないってことは知ってるさ。でもほんとにどうするんだ。言っちゃあ悪いがウチのクラスはわりと成績悪いぜ。今日の授業見る限り先生も事情をばらす気はないんだろ?」
「はい。ボクの課題でみんなを強制するわけには……」
「逆だと思うがなあ、むしろ委員長なんかは率先して協力してくれると思うぞ。そのまま挑んで失敗したらアホみたいじゃねえか」
「でも、そういうのはボクの力ではないので……駄目だったらそれはボクが未熟ということでしょうし……」
「まじめだなあ。それに変なとこでいさぎいいし。じゃあどんな手を考えてんだよ、まさかノープランで文句だけ言ってるわけじゃないよな」
「はい。いろいろと考えています。三日間だけ頭がよくなる禁断の魔法というのもあるんですが」
「おいおい、それをかける気かよ。いいのかそんな手で」
「ただその魔法は副作用で一ヶ月ほど頭がパーになってしまうんです」
「……」
「でもアスナさんに怒られてしまって」
「ああ、そりゃよかった。わたしがはったおしに行く手間が省けたよ」
「えっ? なんですか千雨さん」
「なんでもない。それで?」
「あ、はい。それで、やっぱりボクはまだまだ魔法に頼りすぎだったのかなあと……」
「まあ当たり前だな」
「はい、アスナさんも勉強してくれたみたいですし、ボクは改めて自分がまだまだだと思い知りました。なので今回の課題は魔法を封印することにしてですね……」
「封印?」
「はい、来週の月曜日まで魔法を封印したんです。エヘヘ」
「……で、試験対策は?」
「えっ?」
携帯電話が鳴った。
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの千雨さんですか?」
「まあわたしの携帯電話ですからね」
「さっきはすいませんでした」
「べつにいいです。それで何か考えましたか?」
「うっ……いえ、まだです。一応明日の授業計画をしっかりと……」
「試験は月曜日だぞ。頑張るにしても一日だけじゃああんまり変わらないと思うけど」
「でも言われたのは昨日なので……」
「あーそうだったな。学園長もなに考えてるんだか」
「でも、学園長のことですから何か考えがあるんだと思います」
「あのじいさんはそういうところは割りとノリで適当に遊ぶタイプだと思うけど、まあそういうことなら委員長たちにばらすことも考えたほうがいい……と、思いますよ。本気で時間がありませんし、ウチのクラスはわりとダントツで最下位ですから」
「は、はい。頑張ってみます。ありがとうございました」
「はいはい。どういたしまして。相談だけならいくらでものると約束しましたからね」
携帯電話が鳴った。
「なんだよ……こんな時間に。はい、もしもし」
「あ、千雨さん。ボクです、ネギです」
「あー。はいはい。それでどうしたんです?」
「試験対策についてなんですが、実はこれから図書館島に行くことになりました。頭を良くする本を探しに行くんです」
「……はっ?」
「実は図書館島の奥には頭のよくなる魔法の本があるらしくて、アスナさんたちがそれを探しにいくみたいなんです。ボクもそれについていくことになりました」
「はあ……」
「バカレンジャーの皆さんと一緒です。これで5人の頭がよくなればきっと最下位からは脱出できますね」
「はあ……」
「あっ、それじゃあそろそろ出かけます」
「はあ……あの、明日は学校ありますけど」
「大丈夫です。明日の学校までには帰ってこれる予定ですから」
「はあ…………まあ頑張れ」
「はいっ!」
◆
「つーわけで、お約束どおり行方不明か」
鳴らない電話を持ち上げる。
来週の月曜日に期末試験を控えた三月中旬の金曜日。
ここのところ日毎になっていた携帯電話は昨日の夜中から沈黙を保ったままだ。
わたしは友達から頻繁に電話がかかってくるような人間ではないし、ここ最近は先生との専用電話みたいなものだったのだが。
教室の中では、図書館探検部の早乙女と宮崎が先生とバカレンジャーが行方不明になったと騒いでいる。
当然わたしは理由を知っている。図書館島に魔法の本を探しに行ってそのままなにごとかのトラブルに巻き込まれたのだろう。
ちらりと視線を走らせる。
ルビーから要注意人物であるといわれている魔法関係者を観察する。
すると、そこにはたいして驚いてもいないような面々の顔があった。
ネギ先生を狙っているらしいエヴァンジェリンあたりは、本気で行方不明ということならもう少しアクションを起こすだろう。やはりこれは茶番劇の一環か。
「何ですって!? 2-Aが最下位脱出しないとネギ先生学クビに~!?」
突然上がった叫び声に視線を向ける。
委員長が椎名に詰め寄っていた。
ふむ、どうやらばれたらしい。
ネギ先生からはばらしていなかったようだが、まあこれで委員長たちも野球拳などと言わず本気で勉強をするかもしれない。
「とにかくみなさん! テストまでちゃんと勉強して最下位脱出ですわよ。そのへんの普段まじめにやってない方々も!」
「ゲッ……」
委員長に指差された。
とばっちりかよ。
まあおおむね予想通りだが、わたしが勉強を頑張るくらいはべつにいい。
それよりも、と鳴らない電話を思い出す。
「みんなー大変だよーネギ先生とバカレンジャーが行方不明にっ!」
つまりこういう展開だ。
教室に飛び込んできた宮崎と早乙女の姿を見ながらわたしはさてどうしたものかと考えた。
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フラグをこつこつためるのではなく、全力で一本釣りする千雨の話と、その後の展開でした。
正直前回の話はそこまで重い話ではなかったはずなんです。雰囲気に流されました。
あと第10話は本来幕話のつもりだったので短め。展開が進むので一応本編にしました。
ネギの労働は描写しても詰まんないので全カット。いきなり一ヶ月近く時間を飛ばしたのは、正直先に進みたいからです。
あと千雨は別にネギの仲間になったわけではないので、図書館島などの参加型のイベントにはかかわりません。あくまでスタイルは関係ない一般人です。なのでもう撫でたり抱きしめたりはしません。でも相談にだけはのります。
次回も一週間後に更新したいと思います。それでは。