頭をなでて抱きしめてあげますよ、と千雨さんはうっすらとした笑みを浮かべながら、ぼくにそういってくれた。
とても怒っていたのに、ぼくに対して失望していたのに、彼女は最後にはそういってぼくを送り出してくれた。
玄関から出て、すでに日も変わった深夜の廊下。人っ子一人いない場所で、ぼくは涙をぬぐった。
千雨さんにこれ以上失望されないように、ぼくは学園長室に向かった。
足取りは重かった。逃げたかった。だけど、千雨さんの言葉がぼくを縛る。
ばれることの償いはオコジョの刑。アスナさんを巻き込んだのはぼくの責任。
それは罰せられなくてはいけないことだという彼女の言葉。
それは、あまりにもっともだった。
幕話7
夜の寮。ぼくはアスナさんたちを起こさないようにこっそりと、学校へ向かった。
泣きはらしていたし、時間をおいてアスナさんに今回のことがばれるのは、余計に巻き込んでいるような気がしたからだった。
ぼくはほんの数日だけ住まわせてもらったアスナさんと木乃香さんの部屋を出る。
もう戻ってくることはないだろう。
もう戻ってくることは出来ないだろう。
もう帰ってくることはないだろう。
もう帰ってくることは出来ないだろう。
アーニャにはなんといわれるだろうか。
お姉ちゃんにはなんといわれるだろうか。
それを考えると心臓が痛くなる。逃げたくなる、泣きたくなる。
でも逃げてしまえば、その痛みはもっともっとひどくなる。
ぼくは痛みを振り払うように、ほうきに乗って夜の街を学校に向かって全力で疾走する。
学園はまだ所々の校舎に明かりが灯っていたけど、中等部に入るとほとんどの部屋の電気が消えていた。
目を凝らせば、そこは宿直室と学園長室だった。
誰もいないなんていう結末は否定され、ぼくの未来がそこにある。
ぼくは宿直を免除してもらっているので、宿直室には入ったことはないが、一応ばれないように足を進める。
隠遁の魔法は使わなかった。
誰にも合わずに目的の扉の前までついた。
息を一つはいて、体を落ち着ける。
もう後戻りは出来ない場所だ。
こんこん、とノックの音が廊下に響く。
数日前にアスナさんを伴って入った部屋。
入り口には大きく麻帆良学園の学園長室とある。
「失礼します。ネギ・スプリングフィールドです」
入室を許可する学園長の言葉を聞いて、ぼくは自分の罪を告白するために扉を開く。
◆
魔法使いであることの罪とはなんだろう。今まで真剣に考えたことのなかったことを考える。
千雨さんはいった。
アスナさんを巻き込み、そのまま惰性とアスナさんの温情で生きる罪についてを語られた。
納得は出来ない。でも理解は出来た。
正直なところを言おう。ぼくはいまだにそれがどれほどの罪なのかわからない。
メルディアナ魔法学校卒業生、ネギ・スプリングフィールドとして考える。
ばらしたことは罪だが、アスナさんが知ったことは罪ではないとぼくは習った。
だが千雨さんは違った。
もぐりの魔法使いであるとぼくに告白した彼女は言った。
ばらしたことではなく、アスナさんが知ったままでいることが許されない、と。
ぼくはアスナさんに魔法使いであることを知られてしまった。
千雨さんはアスナさんがそれを知ったままでいることをとてもとても重視していた。
でも、魔法使いが誰かにその存在を知られることは別段おかしいことではないのだ。
そのために広域に魔法結界が張られている。そのために魔法使いはまず隠蔽や人払いの魔法を習う。ばれたときにどうするかを習い、気づかれたときになにをするかを教えられる。
だから、本来は魔法使いであることを知った人がいた場合、それを黙っていてくれるならば許されるというのは道理に適ったことのはずなのだ。
だけど、千雨さんはそうは考えていなかった。
彼女は言った。魔法使いという力について、魔法という力について。
彼女は自分でも意識していなかっただろう。
彼女は自分が魔法使いであることをぼくに言った後、会話の中で言ったのだ。
――――魔法使いという化け物、と
そんな、生まれたときから魔法使いに囲まれていたぼくの価値観を覆す一言を。
人に正しいことを言われてもそんなことをいきなり真に受けて心が変わるようなことはない。
人間の心とはそんな単純ではないし、人の信念とはそんなにすぐに変わるものではない。
一晩二晩の問答や、一言二言の門言では人間は変わらない。
心に残る言葉も、心に突き刺さるような文言もそれが心を動かし続けることはありえない。
だけど知識と行動は別なのだ。
魔法薬を作り、騒動を起こし、魔力を暴走させて、騒動を起こし、迷惑をかけた。
それは事実。
ぼくがアスナさんを巻き込み、そのまま惰性でアスナさんを巻き込み続けている。
それも事実。
だから罰を受けなくてはいけないという道理もきっと事実だ。
ぼくは千雨さんの言葉を正しいと思った。千雨さんに言い負かされてぼくの愚かさを知った。
でもぼくの心はまだマギステル・マギという言葉にとらわれていた。
千雨さんの言葉に納得し、罰を受けに行くと決めた。
だけど、それでもただあの問答だけをしたならば、ぼくはぼくの未熟を悟っただけで終わっただろう。
ぼくはやっぱりマギステル・マギを無条件で尊いものと考えていただろう。
それが壊れた。
千雨さんの言葉で壊れた。
千雨さんの言葉で壊された。
彼女は何一つ甘い言葉を言わなかった。
僕ら魔法使いを嫌いだといい、僕ら魔法使いを化け物と呼称した。
薫陶を授けるようなことは一切吐かなかった。
すべては彼女の印象からつむがれる言葉で、すべては彼女の主観から語られる言葉だった。
だが、だからこそ、それはぼくの信念と心に残るものだった。
魔法使いを化け物と呼ぶ彼女と話し、ぼくは自分の持つ辞書の中、魔法使いについての項目に言葉を足した。
魔法使いはなにをしてもいい、なんて断言する彼女に言われ、ぼくはそのような考えが存在することを強く刻んだ。
それはほかの誰かに言われた言葉なら、無視してしまうようなことだった。
それはほかの状況で言われたなら、きっと聞き流してしまうような言葉だった。
だけど、千雨さんはそれを言いながら泣いていた。
怒りで震え、憤りで泣いて、誰にも話す気はなかったといいながら、人付き合いが苦手そうだとアスナさんに評された彼女は言った。
ぼくに対して話してくれた。
ぼくには正解がわからない。
ぼくの答えはぼくが決めるべきことだが、ぼくの立場はぼくが決めてはいけないことだ。
ぼくは未熟で、千雨さんもやっぱり未熟で、だからぼくにやるべき道を示しただけで、その行為を終えていた。
ぼくを怒り、ぼくの行動を怒り、ぼくの考えに怒った後、彼女はただぼくの行動だけをうながした。
だからその終着について、ぼくは学園長にゆだねよう。
扉をノックし、ぼくは部屋に足を踏み入れる。
責任を取れと彼女は言った。
それは正しい言葉だとぼくは思った。
だからぼくはそれを受け、こうして彼女のやさしさを無駄にしないためにここにいる。
間違ったことをするわけじゃない。ただ責任を取るだけだ。
それでぼくがどうなるのか。それはぼくがマギステル・マギになる道を閉ざすものかもしれない。
だけど、もうぼくは知ってしまった。
予防に腐心するのは善行だが、行為の隠遁に奔走すればそれは悪行。事態が自然と収まるまで身を潜めれば、それは怠惰と避責の罪となる。
このままではどの道千雨さんに認めてもらえることはないだろう。
大丈夫。罪があるなら罰を受けよう。報復ではなく償いのための罰ならば、それを受けてもう一度千雨さんに謝ろう。
終わったら話を聞いてもらいたい。抱きしめてもらいたい。頭をなでてもらいたい。そして、認めてもらいたい。
千雨さんはぼくに約束してくれた。
ぼくがこれから起こることに対する悲しみと恐怖に震えながらも、笑顔を浮かべていられるはきっとそんな単純な理由からなのだ。
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記憶の代わりにパンツを消す相手とまじめにFate的会話をするとこうなる。
ただ、Fateの基準で説教しても、ここのフィールドはネギまなわけで、ネギくんの主張もおかしいわけじゃありません。説教とネギくんの反省がずれているのも意図的です。
あと原作のゆるさや、コメディ的なところもネギまの良さなので、この話ではFateクロスだからって登場人物がまじめになったり、学園のシステムが変わったりしません。あくまでベースはネギま。ただ突っ込みがはいるのでこうなります。
あとネギ君はVIP中のVIPなので、ここからさきネギくん放浪編になったりもしません。今回はぶっちゃけると、未来にフラグを立てるだけの話です。
一応習作なので、勉強のため幕話はなるべく三人称で書くつもりなんですが、今回は妥協。というか今回も妥協。展開的なものもありますが三人称はやっぱり苦手です。