「いやー! 修行の後の酒が旨いっすね! 兄さん」
「うむ、ビール最高っ!」
「静かにせい、全く」
男三人、場末のうらぶれた酒場に腰掛けて思い思いの肴を相手に杯を傾けている。
「けどいいんすか? 姐さん放って飲んでて」
色白な顔を赤く染めて、ビールを煽るサダソ。
「別にいいって。静香ちゃん酒弱いし、男心のよく分かる出来た嫁さんだからっ!」
静香の根が寂しがり屋な事をよく知っている横島は、そう頻繁でないこの飲み会を好んでいた。
酒が旨く感じられるようになったというのも一因だが、根本的には静香が可愛いからだ。
静香は頭が良く理性的で、独善的な言い方をすれば『分ってくれる』女性である為、飲み会がキャバクラだろうと別に文句言う女ではない。
しかし本心は飢えると言って良い程寂しがり屋である静香は、我慢してるだけで寂しがるのは間違いない。
そしてその寂しがりな心につけこむのが横島の快感だ。
帰ると口では何を言おうと甲斐甲斐しく世話してくれるし、翌朝も出来る限り側にいようとする。
常より強く求められるのは、横島のような男の本能だけで生きてるような男にとってはそれだけで快感であるし、何より可愛いのだ。
とは言え横島としては男同士の付き合いも十分楽しめる物であるのは間違いない。
幾ら愛してあっているとは言え、始終顔を突き合わせているのはお互いの精神活動に良い事ばかりではない。
高校の頃はひたすら女の乳尻太ももを追いかけていた横島も、極上の美女を手に入れた事によって男性同士の付き合いを楽しめる程には成長していたとも言える。
「まーそれは認めますけどねー。
姐さんの料理めちゃウマだし、お茶とか差し入れとかの気遣いも絶妙だし」
静香の料理の足元にも及ばない乾き物を口に放るサダソ。
というより、サダソとしては天空闘技場界隈で静香が作った物より旨い食い物を食べた事がないのだが。
「確かにシズカの心遣いというか、男を分かっている態度は見事だな。
ああいう女は滅多におらんよ」
ある意味男心を熟知している静香としては、褒められたとしても嬉しくないであろう。
「おっおっ! 先生に褒められっと嬉しいねぇ!
おっちゃん生チューもー一杯!」
「しかし兄さんが羨ましいなー、姐さんみたいなのどっかに落ちてないっすかねー」
「落ちてたら怖いわ」
ふへへへとだらしない笑みで枝豆を剥いて皿に貯める横島。
「ま、おぬしらの年で色恋に現を抜かすなとは言わんが、節度は守る事じゃな」
「いやーうちは静香ちゃんがそういうの厳しいっすからだいじょうぶいつー! なんてなーっ!!」
完全にできあがってる横島であった。
「せんせー、俺はいつ使えるようになるんすかー」
ぐでぇっとテーブルに突っ伏すサダソ。
やはり一人念が使えない状況というのは辛いらしい。
使えなかったハズの横島が1週間で精孔を開き、極度に集中してる時なら――つまりエロい事考えてる時など――即座に纏出来たのも堪えたのだろう。
一方サダソは未だ精孔を開ききっていない。辛うじてオーラは感じ取れる程度だ。
ヒソカの練、つまりオーラを受けて欠片も感じなかった当初に比べれば格段の進歩ではあるが、赤ん坊が寝たきりから寝返りうちましたというレベルなのは否定できない。
「ふむぅ…余り焦ることはないんじゃがな。
まだ20にもなってない若造なんじゃ、先は長いぞ」
「そうは言ってもぉ姐さんも兄さんも出来て俺だけ出来ないって辛いっすよー」
「焦ると碌な事がないぞ、特にお前は才能がある方じゃないしな」
「ひどっ!」
「まあ最終的に強くなれるかどうかは努力し続けられるかどうかじゃ。
才能というのは究極的には足の速さの差であって、何処まで行けるかは自分次第。
努力し続けられる才能こそ最も重要と心得よ」
「それはそれとして楽したいっす」
「気持ちは分かる!」
「貂蝉と一晩同じ部屋で過ごしたら考えてやる」
「せ、先生は鬼やー!」
「キツいっす!」
たんっと空になったジョッキをテーブルに置く横島。
「あ、梅酒ロック追加ー」
カウンター越しに店員へ頼む。
「貂蝉っていやあ、なんであんなの弟子にしたんすか?
悪い奴じゃないのは分かるっすけど、正直最近一人の時間が欲しいっす!」
サダソを一人にさせないのは、新人潰しが未だ戦っていない横島の星を狙って仕掛けてくるかも知れないという静香の気遣いからなのだが、サダソがそれに気付くことはあるまい。
常にいるのが貂蝉では余計な気遣いだと怒るのが関の山である。
「常に念能力者の側にいる事は精孔に良い影響を与える、はっきり言えば知覚しやすくなる。
我慢のしどころじゃ」
水と1:1に割った常温のウィスキーを傾けるシン。
実際、精孔を開く段階で修行を投げて、手っ取り早くムリヤリ起こして事故死するケースも相当数ある。
また精孔を開いても纏で留められなければ意味ないが、ゆっくり起こした人間とムリヤリ起こした人間とでは纏の習得期間も大分差が出る、無論ムリヤリ起こした方が纏を習得しづらい。
原作のゴンキルのような状況でない限り、ムリヤリ起こすのを好む師範代はいないのだ。
またムリヤリ起こして纏を習得出来てしまうと調子に乗って、それこそ原作のゴンのように無茶をして壊れてしまうケースもある。
ムリヤリ起こすのは誰にとっても良い事ではないのである。
「まあ貂蝉に関してはちゃんと釘を刺しておくから心配するな。
それにアレでアレは一途じゃからな、洒落でからかう事はあっても本気ではないよ」
「先生に?」
「いや、50人近くいるハーレムの主、じゃったかな?」
「殺す!」
「手伝うっすよ兄さん!」
「……サダソはまだしもタダオはアレだけの女がいて何が不満なのだ?」
「不満なんてちっともないけどハーレムとか男の夢やってん!」
「そーっすよ!」
「やれやれ…」
「の割には余り他の女には色目使わんな?」
「いやあ、昔はよくやってさー、静香ちゃんによお怒られて。
でさー、最近は怒られるどころか悲しい眼で見られるようになってん。
アレは無理無理ー」
大分酔いが回ったのか標準語と関西弁が適当に回っている横島。
「ちくしょー! やっぱいいなーっ羨ましいなーっ!
ウーロンハイ追加で!」
「先生はそういうのないんすか? もう良い年だし惚れた腫れたの一度や二度はあるっしょー、渋いし」
男を褒められる程度には精神的に成長したんだなあと静香がいれば感慨に耽ったかも知れない。
「ふむ、あったな。苦い、思い出がな…」
「どんな?」
「兄さん、それ訊きますか普通」
「まあ、ワシが間抜けだったというだけじゃ、誰が死ぬという話ではないわ…」
遠い目をするシン。
風貌と相まって、とても絵になる。
「昔からワシは強くなりたかったし楽したかった」
「よく分かるっす!」
「まあだからあんな能力を作った訳だが」
「アレ便利っすねー」
一つの布団に枕は二つというベッド他を具現化する能力で、ビスケの桃色吐息と似たような効果を発揮する。
「単純に武器だのを具現化するより、よほど使い出があるでな」
「っすねー。好きなだけ寝られるし寝なくても良いし。
まさに夢のベッドだわ」
「戦闘に使わない・使えない念能力の方が強力な能力を有する場合が多い。
これは覚えておくべき事じゃぞ。
子供の念能力者が結構多いのはこれに由来する」
「子供がこんなん覚えちゃうんすか?」
「うむ、『これがしたい』という情熱や欲望が強く有り、その上で念能力の才能が人一倍ある子供は目覚めやすい」
原作でのネオンがこれに相当する、恐らくクロロやメレオロンも。
というか特質系ってこんなのばかりな気がするがいかがな物だろうか。
クラピカも『必要な能力を恨み節全開で望んだ結果』絶対時間を手に入れたと言えなくもない。
そして絶対時間自体は戦闘を左右する能力ではない。
あくまで強化系能力が向上する故に戦闘力が高まるだけである。
クラピカの強さは旅団限定の恨み節という精神性だろう。
証拠の一つに、原作では蜘蛛と初めて相まみえた時、蜘蛛と気付くまでは口には出してないがスクワラやバショウ同様、恐怖していると受け取れるように描かれている。
「まあ子供に限らんが、具現化系は特に深層心理に関わってくる系統じゃ。
欲しい物・必要な物を夢に見れないなら具現化するのは難しいと言われる」
「ふーん」
酒が入りまくってる事もあって聞き流す阿呆ども。
「で、話は戻るけど先生の恋ってどんなんよ?」
「兄さんストレートすぎっす」
「うむ。20位年下の娘に恋してな」
「このペド野郎!」
立ち上がろうとした所を杖で制される横島。
ここら辺は年季の差か、肩先を抑えつけられただけなのにぴくりとも動かせない。
サダソも、動きを止められた横島本人ですら止まってから漸く杖で止められた事に気付いた程だ。
「落ち着け、ワシが60過ぎ、向こうが40過ぎの頃じゃ」
「老いらくの恋って奴っすか!」
サダソや横島ほど若いとなかなか想像も付かないだろうが、人に惚れるのに年は関係ないのだ。
成就するのにはある程度年齢も関わって来ざるを得ないが。
「うむ、こっぴどく振られたがな。
そもそも向こうも若いのが好きだというし、なかなか前途多難であったわ」
「そりゃまあ男だって女だって若い方が良いって言やあ良いに違いないわ」
くびぐびと梅酒を飲み込む。
「そもそも惚れ込んだ理由がアレじゃ、実年齢にそぐわぬ若さだった訳だが。
なんせ見た目だけで判断すれば10歳から15歳位の少女じゃった」
「実年齢40過ぎで見た目10代って……」
「それも念っすか?」
「ああ。ワシも見た目は50代位に言われるが、実際は80も過ぎとる。
念を覚えるだけで若さは保ちやすいが、アレはそういう能力だったんじゃな」
「先生の見た目が40後半だとしても、見た目10代はねーわ、犯罪っしょ」
「結婚に年齢制限付けてない国も結構多いっすけどね」
「あ、そうなん?」
「当人同士、或いは家族同士の話っすから」
「ふーん」
「しかしのー、あいつの好みが若い男でのー、なかなか苦労したわ」
「その言い方だと上手く行ったん?」
「うーむ、それなりに上手く行ったんだがのぅ。
あいつがなぁ…じゃあホントの姿を見せるとか言って…」
「ホントの姿?」
「…あー、念で変身とかしてたかというオチ?」
「変身というか若返りというか…どうも念能力で極端な若返りが出来るらしくてな、あいつの場合。
ホントの姿を見た瞬間に思わずなぁ…「ゴリラ?」と口に出してしもうた」
「…は?」
「……つまりだ、10代の少女が目の前で貂蝉のようなの女に化けた、いや元に戻ったというわけだ」
「…………詐欺?」
「それは先生じゃなくても……」
「…まあワシとて本気でそう思った訳ではない。
ではないがあの時の衝撃は思わず口に出てしまっても仕方ないじゃろ。
貂蝉を美人、というか美形? な女性にしたような女になってしまったんじゃぞ、目の前で、見た目10代の少女が」
「身長も?」
「うむ、アレは3m近かったな」
「先生は小柄っすからますますでかく見えたっしょ」
「うむ」
と、残り少なくなったグラスを干して、追加を頼むシン。
「まあ、向こうが怒るのも無理はないと思う。
普通、例え見た目がそうであっても口に出して良い言葉ではないと今なら思う。
じゃが言い訳するつもりはないがアレは正直、なぁ…」
「ん? じゃあなんで貂蝉なんて弟子にしたんすか?」
「そりゃ慣れる為じゃ。アレで慣れれば大概の筋肉お化けなど恐るるに足らず」
「…あー、諦めてないんだ?」
「おぬしだってシズカにもフラレたら、諦めるか?」
「んーな訳ないっしょー。世界を敵に回しても奪い返す!」
「姐さんが兄さんと別れるっつーのもなかなか想像つかないけどなぁ」
「まあベタ惚れじゃな、アレは。
こいつの何処が良いのかいまいち分からんが」
「ひどっ!?」
「…つーか先生はロリコンだった訳っすね」
「いや昔から人と変わった女性の好みをしててな。
念能力で性別を女性に変えた男とかに惚れたりもしたぞ」
「それはそれは……」
「別に中見がどうだろうと見た目が美人ならイケるって」
誰も気付けないだろうが横島が言うと説得力がある言葉である。
「アレに惚れたのは見た目に似合わぬ腹黒さと強さ、そして口が悪い癖に情に脆かったり腹黒い割に誠実だったりと。
なかなか飽きさせない女でなぁ」
二人して趣味わりーなーと思ったかどうかは定かではない。
「先生の恋が叶うと良いっすね」
「老いらくの恋にかんぱーい!」
「やかましいわ」
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酒飲みに話の脈絡とか期待しちゃダメですよ。
あと作中のシン先生が惚れた相手は原作のあの人です、アレ。
シン=シューザンの能力
一つの布団に枕は二つ(
ダブルベッド、枕二つ、目覚まし時計、コース名を記した札とメモ帳をセットで具現化する能力。
疲労回復コースと熟睡快眠コースがあり、それぞれの札をベッドにセットする事で切換が可能。
疲労回復コースは睡眠による疲労効果と超回復の効果をほんの少し高め、1時間の睡眠を1分間に短縮する。
ただし睡眠欲が解消される訳ではないので、起きると疲れは取れたが滅茶苦茶眠いという状況もあり得る。
熟睡快眠コースは快眠出来て『ある程度自由な夢』を見られる。
普通に睡眠欲も解消されるが特殊な回復効果はない。
見たい夢はメモ帳に『単語』を書いて破り、枕の下に置いて眠るとその単語に由来した夢が見られる。
ただし本人の希望する形であるかどうかは運。(食料と書くと嫌いな食べ物が夢に出る場合もある)
制約:平穏で安眠出来る環境でない限り具現化出来ない。
『眠る人が自分で』目覚まし時計に起床時間をセットしない限り、特殊効果が発揮されない。
(単純に寝ただけになる)
ダブルサイズなので、1度に二人まで使用可能。
その場合のコース選択と起床時間は二人とも同じものとなる。