「すまない、アルバイトとして雇ってもらえないだろうか」
「はあ?」
骨をバケツに放り込んでいるゼブロのおっさんが、間が抜けた声を出した。
当然かも知れないけどな、普通はこんなトコでバイトなどせんわ。
メタモンのロデムにリザードンのイチローに変身させて、二匹交代で空路を行き、見事捕まりもしなければ注意もされなかった俺達。
まあ、ちょっと空気も凍りそうな高さで飛んだ為、横島が臍曲げたが今は問題ない。
むしろ今はご機嫌なモノだ、調子の良い奴め。
まあ、シルバとゼノはパドキア共和国から東ゴルドー共和国まで龍みたいな生物乗って移動してる訳だし、この世界に領空侵犯とか余り意味ないのかも知れん。
飛行船はあっても飛行機は見た事ないしなー。
戦争とかどうすんだろうね、この世界。
必殺ゾルディック家依頼で戦争前に片が付くのかも知れんけど。
「嬢ちゃん、嬢ちゃんみたいな若い子がするようなバイトじゃないよ。
そっちの兄ちゃんも止めなさいよ、ここが何処だか知ってるんだろう?」
観光バスに乗ってきたからには何処だか位は解ってるわな。
「いやー、静香ちゃんは決めたら動かないっすから。
説得は無理無理。あ、理不尽じゃないから、雇い主がダメだっての無理押しはしないっすよ。
とりあえず面接なりしてくれないっすかね?」
よく分かってるな、流石に。
「しかし…なんだってこんなトコで働きたいんだい?」
「試しの門をな、まともに開けられるようになりたい」
と、言い捨てて試しの門へ向かう俺。
あー…指輪どうしよ。
外さないと垂れ流し状態のオーラが一般人並なんだが。
まあ良い、纏状態でやれば良いか。
垂れ流しだと動かせる気が全くしないし。
「せいっ!」
ゴゴ…ゴゴ…
辛うじて動くが、一の門(2t×2)両方を開けるのは無理みたいだ。
「…ふっ!」
気を取り直して一の門の片方だけに両手を添え、押し込む。
ズズズズ…
引きずった音を発して、門が開いた。
限界まで開けた所で、バックステップ。
がんっと音を立てて、門が閉まった。
指輪を填めたままでも練で一の門は完全に開けられそうだな、感覚としては。
「片方だけとは言え開けるとは…大した嬢ちゃんだ」
「横島やって見ろ。相当重いぞ」
「へいへい」
どさっと大きめのリュック――飛ばされた俺の部屋から持ってきた戦闘服含む着替えから日常品など色々入ってる――を降ろし、門の前に立つ横島。
「ふんっ!」
当然、動かない。
「…もっかい!」
今度は片方だけに両手を添えて押し始める――が無理…! 不動…! 圧倒的存在感…!!
…アカギは鷲頭様にとどめさせたのかなぁ。
主観的にはもう4年以上前の事だけどさ、漫画で読んでたのは。
「ちょっと待てや! 静香ちゃんが動かせてなんで俺が動かせへんねん!」
おお、本気で焦ってる。
普通に纏無しなら横島>俺だしな、腕力なら。
戦闘能力となると練をやってどうにか互角と言った所か。
普段は恭也=横島=>(士郎+美由希)>俺な、ランク的に。
この半年で体力的にはあり得ない程伸びたし、隠れん坊的な能力も上がったが、根本的に戦闘能力となるとなぁ。
こんな事になると知ってればもちっと真面目に御神流修めてたのにな、後悔先に立たずだが。
「おかしいやろ絶対!」
騒ぎながら門を押す横島。
ただでさえ動かないのに焦りと苛つきで集中が乱れてたら無理だろ。
これが戦闘なら意識的に冷静な自分に切り替えてるんだろうけどな、その辺りは親父が徹底的に仕込んでたし。
「まあ、という訳で。
せめてまともに一の門以上開けられるようになりたいのだ。
頼めないだろうか?」
「数日待って下さい。執事邸の方へ連絡しますので」
やれやれ仕方ない、と言った態度ではあるが、請け負ってくれた。
これでお金稼ぎと修行を両立させられるな。
「ちっくしょーっ! 動かねえ!」
汗だくで、吐き捨てるように叫んだ横島が側に寄って来る。
この12月も終わりの寒空の下とは言え、本気で力入れて押し込もうとしたんだろうな。
半分は見栄とか殆ど意味もないプライドとかなんだろうけど。
まあ、男は見栄と体裁で生きる生物だからな、この程度なら可愛いもんだ。
「了解した。
麓の街で時間潰していよう。
携帯は持ち合わせていないので、三日後またここに来るという事で良いだろうか?」
「はい、それで構いません」
「では邪魔をした。失礼する――
ほれ、忠夫、行くぞ」
「どーすんすか帰り」
リュックを背負い直した横島の手を取って歩き始める。
どーでも良いけど履歴書とか用意させないのか?
住所不定流星街出身くらいしか書けないけど。
「歩け歩け」
「うへぇ」
たかだかバスで30分程度だから、歩いても2時間もかからんわ。
****
キング・クリムゾン!
過程は吹っ飛び! 結果だけがこの世に残る!
メイドインヘブンVSキンクリさんならキンクリさんが勝つんじゃなかろうか。
無敵のスタプラさんは足手まといのせいで負けすぎである、康一君とか徐倫とか。
まあそんなこんなで、横島と麓の街――通称ゾルディック街、誰だこんな名前付けたバカは――をぶらぶらしたり、自部屋から持ち出さなかった調理器具を買い足したり、恋人っぽい事したり、と色々して時間を潰していた。
流石に12月、しかも北半球にあるパドキア共和国の冬は寒いので野宿という訳にも行かなかったから、観光客用のホテルに泊まった。
まあ三日も泊まるなら、ラブホよりは安いしね、食事も付くし。
二日目の昼である。
明日の朝にはここを発って試しの門守衛小屋へ行く予定。
まあ断られるハズはないと思うけど、ゼブロのおっさん達の事情考えれば。
「…なんかなぁ」
「らぁい?」「めためたー?」
胡座座に座り、ライキを抱っこしつつロデムを頭に乗せている俺。
こいつらは下手に外に出すと未確認生物として捕獲されてしまう可能性があるのだ。
ライセンス取れば色々融通も利くだろうが、今の状態だと強引に持って行かれる可能性はある、地球の法律的には、だが。
というわけでホテルとかくじら島とかある種の隔離空間でしか出してあげられないのが辛い所だ。
「甘えたがりになってないか、俺」
「らぁい」
困ったものです、とか言いそうなライキの仕草。
「やはりか」
「らい」「めた」
ロデムは首筋が好きだな、こそばゆいんだが。
ライキは抱っこされたまま、俺の頭を撫でてくれた。
「思ってもみなかったな…こんなに人恋しい性格だったとは」
なのは達に逢いたいな…中学の制服可愛くてさ。
ユーノと一緒が良いからって公立行こうとしてさぁ、家族総出で説得したのも懐かしい。
聖祥はエスカレーターだが共学なのは初等部までだからな。
必然的にユーノは風が丘に通う事になったのだ。
ま、本来学校なんて通う必要はないんだけどな、ユーノは。
本格的に懐郷病だわ…
ライキのお腹に顔を埋める様にして、俯せにベッドに倒れ込む。
もふもふもふもふ。
「らぁいらい」
両の手で俺の頭を撫で撫でしてくれる。
ロデムはよく分からんが俺の首を回ってる、撫でてるつもりなのだろうか。
「…寂しいな…」
母さんの作ったシュークリームが食べたいな…
親父の淹れたコーヒーが飲みたい…
なのはとフェイトに料理教えてあげたいしユーノの背中におっぱい当てて遊びたい…
アルフのお腹ももふもふしたい…ザフィーラは毛が硬かった…
「なーに黄昏れてんすか」
「――っ!?」
俯せになっていた俺の身体、その腰の上に座って来た横島。
そのまま横乳に手を当ててきた。俯せになると乳が横からはみ出るんだよな…仰向けでもそうだが。
「どけバカ」
「はいはい」
「――くっ」
上から退くと同時に仰向けにひっくり返され、更にのし掛かられた。
うーん、ライキのお腹が枕状態。
そのままロデムごと俺の首を抱き寄せて腕枕状態に。
反対の左腕も腰に回って、抱きしめられている、向かい合って抱きしめている。
ライキも俺と横島のお腹の間にもぞもぞと移動し、挟まれてご満悦だ。
胸の下でもぞもぞ動くライキを感じながら、横島の肩口に顔を埋める。
買い物から帰ってきた横島の身体は、少し汗の匂いがした。
「大丈夫だって、なあ?」
「らいらい」「めためた」
横島の手は大きいな…
ポニーを解いて頭を撫でてくる横島の手が気持ち良い。
どうでも良いがポニー解くの好きなんだよなこいつ。
ふぁさってなるのが良いらしい…よく分からんが。
そのまま髪を撫でつけるように、横島の手が上下に動く。
頭撫でられて安心するなんざ、子供かよ全く…
「余計な事考える位ならゴンにでも電話してやったらどーっすか?」
「別に話す程の事なんてなかったし…」
「いや結構あったと思うんだけど。
俺とか死ぬんじゃねって位寒かったし」
しつこい男は嫌われるぞ、全く。
「独りでもんもんとしてる位なら吐き出すもん全部吐き出した方が楽だって」
「っ!?」
後ろ頭の髪を掴んで上を向かされる――と同時に横島の舌が口内に乗り込んできた。
最近の横島はすぐキスをしてきて困る。
キスが好きなのがバレてるのだろう、隙有れば舌を潜り込ませてくる。
あれ? 昔からだっけ? いやいやここまでキス魔じゃなかった気がするけど。
落ち込んでたり悲しんでたりすると問答無用でキスしてくるようになりやがって。
「独りでため込むのは静香ちゃんの一番の悪い癖だな。
何がしたいのか言ってくれれば、シてあげられるのに」
「忠夫に何が出来る」
文殊目当てにしてる女の言う科白じゃねーわ。
「静香ちゃんの為なら魔王だって倒せる自信がある」
お前にメルエム倒せるとは思えねーけどな。
つかアレはDB世界並の実力ないと無理。
でもこいつは――
「静香ちゃんはどうしたいんよ?」
アスタロトの野望をぶっ潰した、最強のワイルド・カード、だ…
分かってる、アレは漫画でここは現実で。
何もかも同じ訳でもない、それでも――
「――帰りたいんだよ!
嫌なんだよもう!
なのは達に逢えないのが寂しいんだよ!」
戦いたくなんかないし危険な目に遭うのも嫌だ!
家族に会えないのも友達に会えないのも嫌だ!
こんな世界で死ぬなんて絶対に嫌なんだよ!
「――帰りたいんだ…! 忠夫と一緒にだ!」
「俺が何とかする!」
目元にキスをして、涙を拭ってくる横島。
そのまま何度も顔中にキスの雨。
「だから、安心して、帰る方法を探せば良いじゃん。
大丈夫、何とかなるし何とかするさ」
涙が止まらない。
横島の胸元に頬寄せて涙を拭う。
「らいらい! らぁい!」「めめたー」
俺のお腹に顔を押しつけてぐりぐりしてくるライキに、うにょーんと横島の首に巻き付いていた体を伸ばして、頭を撫でてくるロデム。
カタカタとボールホルダーのモンスターボールが、つまりイチローが騒いでいる。
「ま、なのはちゃん達がいなくて寂しいのは分からんでもないっすけど、ライキ達だっているし、帰る方法だって見つかるさ」
「うん…」
独りじゃなくて良かった――
心から、そう思う。
そうこうしてるうちに意識が沈んだのだろう、次に気づいた時は朝だった。
****
バイト料は一日5000ジェニー+住居(おっさん二人と同居だが)と食事三回、買い出しは順番。
ボーナスとして襲撃者どもの財布と、ミケが食い残す貴金属の類を集めておいて、今までは二人で、これからは俺達含めた四人で山分けするとの事。
本物のプロハンターが喰われた場合、ライセンスカードは執事邸に送るらしい。
金銭的にはこれ一枚盗むだけで解決するが、出所が分かり易すぎてなぁ。
あと、銀行口座作ってもらったぜ、ゴトーさんに。
正確にはゼブロのおっさんが口座ない事知ったら気を利かせて作ってくれたのだ。
これは本当に助かった。
別に現金払いでも今は困らないが、天空闘技場に行ったら持ち歩ける額ではなくなる。
しかし戸籍も何にもない俺達ではハンターにでもならんと口座すら持てなかったのだ。
しかしゴトーさんどうやったんだろうか?
通帳を見ると住所がククルーマウンテンになってる辺り、何とも言えん気分になるが、気にしないでおこう。
そんなこんなで、俺達の修行が始まったのだ、精神的な意味でも。
アルバイトを初めて2日後。
自称プロハンターが観光バスに乗ってやってきた。
そしてソレをを見た、横島と一緒に。
「っぇぇぇぇっっうぇっ――」
「全部吐いちゃった方が楽っすよ」
森の木陰で飲み会の帰り道宜しく盛大に戻している俺。
四つん這いで吐いている背中を横島が摩ってくれている。
長いポニーの尻尾もちゃんと汚れないよう持ち上げてくれてる辺り、芸が細かくなったな…有り難い。
「お、前は平気なん――うぇっ…平気なんだな…」
「そりゃね。美沙斗さんに連れられて、恭也や美由希ちゃんと色々やらされたし」
一時期修行と称して香港に連れて行かれてたからな、こいつは。
きっと人も殺してるんだろうな、別に気にもならんが。
しかし自分がこうまで人の死に弱いとは思わなかった。
具体的には掃除夫として門の周りを箒で清めたり、見栄えの悪いトコに生えてる雑草引っこ抜いたりしてた時にやってきた、自称プロハンターの白骨死体だ。
確かにミケが咀嚼してる音にはちょっとキタが、それ以上にミケが外へ放り出した白骨死体の方が吐き気を催した。
グロ中尉とかいうレベルじゃなかったな、全く。
「ふう…流石にもう吐けん…と思う」
流石に門周辺で吐く訳には行かないので、練まで使って中に入り、道というのも申し訳ない程度の道から外れた、多少奥まった場所でリバースしたという訳だ。
「はい、口濯いで」
「ん」
横島の差し出したミネラルウォーターで口を濯ぎ吐き捨てる。
何回か繰り返してから水を飲み込んで食道を落ち着けて、鼻をかんで、と。
「気持ち悪いが、ちょっとは落ち着いた、な」
吐いた場所から少し距離を取って、適当な樹に寄りかかった横島の前に座り、横島の胸を、身体全体を背もたれにする俺。
抱きしめるように回ってきた横島の腕が俺の前で交差する。
横島の両の手に重ねる、俺の手。
「助かった。ありがとう」
事前にゼブロかシークアントか、話を聞いていたのかペットボトルやタオル、ティッシュなどを既に横島が持っていたから助かったのは確かだ。
「うい。俺達も最初はアレだったしね」
「迷惑かける」
「別に良いっすけど、こんなトコでバイトする意味あるんすかね?」
ちなみに俺達は原作のゴン達が来てるようなベストに腕輪に足輪を計50㎏付けている。
まずはこの程度という事だ。
大分辛いがそれでも動けない事はない。
纏無しでも普通に動ける、辛いけど。
ゴン達は2週間でこれ150㎏だっけ…こんなの絶対おかしいよ、全く。
どうでも良い余談だが。
修行に際して一番俺が困ったのが、胸だ。
ゴン達の修行の際にも来た重り付きのベストを俺が着用とすると、胸が潰れる、てか痛い。
試行錯誤の結果、胸の部分だけくりぬいた感じで、お腹、胸の下(肋骨周辺)を中心に重りを付けた。
見た目は重りの上に胸を乗せている感じだろうか。
なんにせよ無意味に胸を強調してるせいで、酷く居心地悪いのは確かだ。
そのうち慣れるだろうけどな。
「ゴンのおかしい程の体力とか、試しの門を軽々開ける化け物とか。
この世界はおかしいんだよ」
「ま、それはそうっすけど」
たまたまなー、シルバが帰ってきたトコに出くわしてさ。
軽々と7の扉開けて入りやがった。
なんなのあのパワー、変化系だから強化は比較的使えるとかそういう次元ですらないわ。
イルミの嫁にとか言われたらどうしようかと思ったがそんな事はなかった。
イルミとかヒソカとか恋人として最低の部類だと思うんだけど、トリップとか夢小説とかああいうのだと、クロロヒソカイルミの恋人率たけーってレベルじゃねーぞ、なんだよな。
本気で何処が良いのか分からん、レオリオとかの方がよっぽど良い男だと思うんだが。
クラピカならまだ分かるけどな。
まどうでも良い話だ。
「帰る方法の当てはあるんだ…だから、付き合ってくれ――ひうっ!?」
この野郎、耳にキスしやがって!
耳は弱いの知ってるだろうに。
「大丈夫だって。俺が静香ちゃん見捨てるなんて絶対ありえねーから」
俺を抱き寄せる腕に力が入る。重い。
「ん。頼りにさせてもらう」
「とりあえず身体動かすか。
当座の目標は150㎏来て自由に動き回れるようになる事」
「何ヶ月かかるんすかそれ…」
「大丈夫だ、問題ない」
ゴンで2週間なら最悪でも2ヶ月くらいでどうにかなるだろ。
****
なんつーか、夢小説とか最低系(このSSも分類はこれでしょうが)とかで「普通」に死体とかと接してたりすると凄いもにょりますね、個人的には。
戸籍もないのに天空闘技場のお金、何処の口座に突っ込んだの? とか。
前回のパスポートもそうですけど、トリップ系でそういう「当たり前」の事を「当たり前に出来ない不自由さ」を表現するのって大事なんじゃねとか思ったり。
リアルな小説は要らんけどリアリティのない小説はもっと要らん、と言った感じでしょうか。