「…ふん…」
「どったん?」
「何でもないさ」
わざわざフェレットになってゲージに収まり、アルフと四匹で丸まって寝ているなのは達と。
隣に座って俺の横顔を眺めている横島を適当にあしらう。
新幹線の中、物思いに耽る俺。
女になってから、高町静香になってから未だ2ヶ月弱だ。
怒濤のような出会いとイベントをこなして今、東京への帰途についている。
男に戻れる、というのは魅力的だ。
正直、この姿で男性になると父士郎か恭也の双子状態になるのは目に見えてるから見た目の問題はどうでも良い。
今でさえ美由希よか美沙斗さんに似ている程だしな。
だが、もう既に中身も外見も「俺」じゃない。
外見は高町静香のモノだ、外見的特徴に「俺」だった頃の要素は日本人的共通項位しかない。
中身に関してだってそうだ、「俺」の自意識が最前面に出ているだけであって、むしろ無意識の領域は「静香」の部分が多い。
まあ融合率というか、「俺と静香の境」なんてもはやあってないようなものだが。
それでもこの身も心も「俺」独りのものじゃない。
更に言えば家族だ。
長女がいきなり次男になりました。
有り得ない話ではないだろうが、受け入れがたい現実である事は想像に難くない。
身内からしてみればなんでわざわざ、という考えるのが当たり前だ。
逆に俺自身の視点で見てみよう。
なのは(19)がいきなり男になって「ヤらないか」とか言い出す。
……ないわ。
全力でないわ。
殺してでも止めるね、俺は。
…これ、俺と家族の大戦争にならんか? 無理を通そうとすれば。
一対一の連続ならなら全員に勝てるだろうが、一対全員とか絶対勝てん。
正義の為なら鬼となるし、うちの一族は。
ずるいとか卑怯とかないんだよな、好き好んで使わないだけで。
それに高町母に睨まれたら何も言えなくなりそうだ。
つまり、男に戻るなら身内全部捨てて別の町で別の人間として別の人生を歩む訳か。
嫌だよバカ野郎。
折角家族なのに、なんで離れなきゃならんのだ。
ついでに言えば漸く女である事に慣れてきたというのもある、まだまだだろうが。
とは言えなぁ……男に戻れるなら戻りたいと思う程には未練がある。
未練はあるが家族を悲しませてまで必要か? と言われると微妙。
……女であるという事より家族なんだよなぁ……
いやここでさ、「男になるの? いいんじゃない?」とか軽く許可されてもそれはそれで微妙だけどさ。
「悩むな……」
「くーかー…」
太平楽に鼾かいて寝てた、隣席の横島。
……男になれば男から言い寄られる事はないんだよな。
ついでに不躾な視線に晒される事もないし同性から嫉妬と好奇の視線で見られる事もない訳で。
いやいや……うーん……
「忘れるか…な…」
受け入れるしかないよな、家族が大事なら。
個人個人の考えで言えば性転換だろうが好きにしたら良いとは思う。
だが家族を泣かせてまで選ぶべきかと言われればそれはNOだろう、少なくとも俺にとっては。
まだ2ヶ月とは言え、女である事に違和感を感じる事が少なくなってきた所だから、もし戻るなら今しかないのかも知れんが。
諦めるべぎだろう。
正直、なのは達に泣かれたらと思うとやってられん。
「ぐごぉぉ……」
横島の頭を軽く指で動かして鼾を止める。
何故か頭を動かしてやると鼾が止まるんだよな、理屈は知らんが。
悩みがないってのは羨ましいな、ホント。
いやこいつの現在の悩みは俺をどう堕とすかなんだろうが。
……こいつの行動のせいで無理矢理女を意識させられてるという面もなくはないんだよな…
堂々と覗くし、色んなモノを。
その点だけは尊敬に値するわ、少なくとも真似は出来無かったろう、俺が男の時は。
あーあ。
折角、男に戻れるチャンスなんだがな。
いっそ前世と同じく殆ど身内のいない世界だったら戻ってただろうか?
その前に元の世界へ戻る努力してたかな、それなら。
女として生まれたんだから――望んだ訳でないにしろ――女として生きていこう。
前世は前世、拘っても仕方ない、ハズだ。
これから先、拘らないで生きていける自信もないが。
豊かな自分の胸に手を添えると、ずっしりと重さが実感出来る。
自分のじゃなかったら最高だったんだけどな……
今更他の女の胸揉む気もないが。
ま、考えてても仕方ない。
頭を軽く振って、背もたれに身を委ねる。
ままならないのが人生と思いつつも、あの時聞いた神とやらの声を恨む位は許されるハズだ。
切り替えて帰った後の仕事の段取りを想定しながら、いつしか眠りに就いていた俺であった。
****
「あのな、忠夫よ。
人の胸を勝手に触るのは辞めてもらいたいんだが」
横島の頭にアイアンロックしながら説教する俺。
海鳴駅へ到着してからすぐこんな事をするとは思ってもなかったが。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!?」
「おっぱいなんて邪魔なだけだろうにねぇ」
アルフも呆れている。その科白が言えるのは俺達が巨乳だかららしいぞ。
全く……いや、油断してた俺も悪いのかも知れんが、普通は横で寝てる女の胸を揉まないだろ、恋人でもあるまいし。
いや恋人だって新幹線の中で揉んだりしないハズだ、多分。
……若い頃――もとい、前世で10代後半の頃はやってたような気もするな、当時付き合ってた彼女に。
……俺は横島と付き合ってる訳ではないのでこの怒りは正当なモノだ、うん。
「まあ良い。とっとと帰って一休みしたいしな」
「あ゛あ゛あ゛……あああ……脳みそが破裂するかと思ったわ。つーかまだ痛い」
手を離すと暫く呻いて地べたを這いずり回って、その後蹌踉めきながら立ち上がってくる。
「ほれ、持ってろ」
でかいのや量の嵩張るお土産は現地から発送済みだが、やはり手荷物は増えるもので、横島と人型に戻ったアルフの両手は一杯である。
まあ三匹のフェレットをケージごと運ばねばならないというのもあるのだが、これも立派なお荷物だよな。やれやれ。
「しかし、帰ってきたーって感じっすね」
「まあな」
やはり風の匂いも空気の温さも東京とは違うのがよく分かる。
人多いだけやはり東京の空気は濁ってると言わざるを得ない、嫌いじゃないけどね。
「フェイトも楽しんでたみたいだし、良い旅行だったさね」
「うむ」
色々と衝撃的だったけどな、俺限定で。
ホント死神に出会って巻き込まれなかった幸運を感謝したい、神以外に。
「人は少ないっすねー、東京に比べると」
「あそこは日本一だからな、色々と」
「でもあたしはこっちの方が好きだねぇ。
東京は人も多すぎるし、雑多なモノが多すぎる」
「野生の獣には生きづらいかもな」
ポケモンは進化してしまうんだろうけど。
つかベトベトンとか明らかに人の存在前提のポケモンだが、産業革命以前は存在したのかどうか疑問である。
あー、昔は毒沼とか限定だったのかな?
考えるときりがないけどさ。
旅の思い出というには色々濃かった気もするが、それぞれ体験した事を話ながら、未だ慣れぬ、それでも旅路で歩いた道の何処よりも慣れた道を歩く。
夕焼けで照りかえる静かな田舎の街並みを三人で歩く。
どうも、アレだな。
都会育ちの前世の割に、この空気が心地良い。
染まったというか、『高町静香』の要素がそう思わせるのか。
「さて、家に着いた訳だが」
「まずは荷物片付けと、ガキども起こして風呂にでも入れますか」
「お土産も山になってるねぇ」
玄関へ入ると案の定誰もいない。
勝手知ったる我が家である、居間へ向かうと端に送っておいた土産が山になっている。
従業員や友人連中、教師達と送る相手には事欠かないからな。
そして贈り物そのものも事欠かないのだ、スカイツリーのおかげで。
猫も杓子もスカイツリーである。
「ほれ、おきろ」
ケージから引っ張り出してテーブルの上に三匹並べると、ユーノが起き出して大きく伸びをし、なのはとフェイトの頬をちろちろと舌で舐めて起こし始めた。
字面にするとエロいが普通にフェレット同士だからな、むしろ可愛いもんだ。
「さて、横島は荷ほどきと片付けをしておけ。
アルフはガキどもの世話を頼む。
私は翠屋の方へ顔出してくる」
この時間が混むのはお約束だからな。
尤も休日の、GWの真ん中の日でどれだけ人が来るか来ないかは予測不能だが。
「了解ー」
「あいよ」
人間の姿になって未だ寝ぼけているフェイトとなのはをユーノとアルフがあやしているのを背にして居間を出て、外へ向かう俺。
どうもな、仕事人間な所があるな、俺は。
****
「いらっしゃいませー――おお、シズカではありませんか」
「ああ、ただいま、アルトリア。
店は――大分混雑してるな」
少なくとも平日の混み具合ではないな。
「ええ、どうもお客が多くて嬉しい悲鳴と――はい、ただいま参ります」
目線で挨拶をくれて客の方へ向かうアルトリア。
うーむ、メイド服っぽい制服が似合う事。
アルトリアは美人だからなぁ。
ちらりと視線を動かすと美由希もフロアで立ち働いていて、カウンターで親父殿が珈琲を淹れている。
それを無視して厨房へ。
「ただいま帰った」
厨房には母桃子と衛宮と松井さんが大回転中。
「あら、お帰りなさい。
もう一日くらい遊んできても良かったのよ?」
確かに休日は後二日ほど残っているが。
「余り遊びほうけるのも趣味ではないのでな。手伝うか?」
「そうね、お願い」
「では着替えてくる」
アンドーナツといい陽太といい、ああやってさ、一生懸命働いてる姿は良い。
ましてある意味、憧れの人達だからな、俺からしてみれば。
まあ料理人としての憧れの一番だった陽一が人間としてかなり駄目な部類になってたのは兎も角。
うむ、エプロンを着ると身が引き締まるね。
俺と母がタキシードっぽい服にエプロンに対して松井さんは白衣にエプロン。
厨房の外でウェイトレスの仕事もする俺と母に対して松井さんは厨房専門である。
衛宮も厨房専門なのでコックな格好で、現在は菓子類以外のハンバーグ等メイン料理担当。
悔しいが一歩上である、俺より。
「待たせた」
「下拵え宜しくね」
「うむ」
ちなみにウェイターの服は適当なワイシャツ姿にエプロンであるのに対し、現在のウェイトレスの服装はメイド服っぽい、横島の趣味が透けて見えよう。
まあ恭也とかたまにピートとか使う時は衛宮も交えて執事服っぽいのを着てやるのだが、横島が凄まじく対比用のショートホープになってしまうのが笑える。
高速撹拌~脳みそこねこねコンパイル~ぷよぷよの会社は潰れしてしまったのであった。
懐かしいね、アルル。
さて、卵を撹拌したらそのままスライドして母へ。
次は――生クリームが切れてるな。
ミキサーの類を使うまでもなく自力でやった方が速い自分が怖い。
次々に下拵えをこなす俺。
下っ端も下っ端だしねー、実は何とかの資格持ってる衛宮よか下っ端である。
…そういうのも調べないと駄目だよな、うむ。
しかしまあ、アレだわ。
母の手元を盗見つつ、仕事をしてるが。
何故同じ材料と同じ機材、同じ手順で作ってるハズなのに最終的な味が変わるのか。
技術の差というばそれまでだろうが。
あと手際が違う。これは年季の差だろうなぁ。
ま、そのうち追いつくさ。
こうやって仕事してるのが幸せなんだから、安いもんだな、俺も。
しかしアレだ、外でアルトリアが喰ってるんじゃねーかって位ケーキが捌ける捌ける。
後で聞いた話じゃ味皇が来店してからやたらと混んでるらしい。
東京の方で会わなかったと思ったらこんなトコに出てきやがって……
「閉店の時間ね、後少しよ」
ここからは店内に残っている客ではなく、明日の仕込みの時間だ。
俺のやる事は変わらんが、更に倉庫から足りない具材やガムシロなどを出してこないとな。
食い物を扱う作業を全て終わらせたのを確認して、追加の仕事がないか母に確認して、倉庫と厨房を往復する俺。
がちゃがちゃと椅子をテーブルに上げる音が店内から響く。
客が引けたらしい。
こっちはこっちで厨房の掃除開始。
「なのは達は?」
「アルフと横島に任せてる。今頃風呂から上がった辺りか、土産の整理しているトコか」
「そ。楽しかったみたいね?」
「それなりにな」
****
「お帰りフェイトちゃーん」
「た、ただいま母さん」
むぎゅっとプレシアの豊かな胸に埋もれるフェイト。
これで推定50~60だってんだからパネェ。腰も細いわ背も高いわ。
ミッドチルダ人は化け物か? いやうちの桃子母も変わらんっちゃ変わらんよな…
33歳で未だ大学生どころか高校生に間違われるからな……
さて、仕事も捌けて自宅に全員集まりただいまパーティ的な夕食である。
プレシアとオーフェン、リニスも参加し、玄関へ迎えに行ったフェイトがごらんの有様だよ。
「プレシア、続きは飯喰ってからにしてくれ」
フェイトを離してオーフェンの方へ背中を押すプレシア。
「はぁい」
……良いけどね、別に。この違和感感じるのは俺とユーノだけだろうし。
「オーフェンあのね、東京でね――」
「落ち着けって――」
しかし黒魔術士が幼女と手を繋いで廊下を歩く姿もシュールだ。
小説の挿絵のような戦闘服ではなく、普通にTシャツにジーンズ、ただし黒ずくめに首から竜の紋章にバンダナ。
……チンピラそのものだな、目付き悪いし。人の事は言えんが。
「シズカ、フェイトの面倒を見て下さってありがとうございます」
先に歩く三人の親子を見ながら、俺の隣のリニスに礼を言われた。
「大した事はしてないさ」
言葉通りである。
そうして玄関先まで出迎えた俺と共に居間へ向かう。
居間には恭也以外の家族が揃っていた。
恭也? お泊まりでデートだろ。
桃子母と美由希、ユーノ、アルフがテーブルに料理や酒を並べている中、なのはは父相手に色々と思い出話を語っていた。
「でね! ポケモンがいーっぱいでね!」
「ほうほう――」
「はやてって子と友達になったんだ。オーフェンにも会わせてあげるね」
テーブルに座りながらも話を辞めないフェイト。
「そりゃどうも」
適当だなぁ、特にオーフェン。
慣れてるのか気にもしないで、どちらかというと引っ込み思案なフェイトががんがん話し続けてる。
そんな様子を見ながら俺も料理を並べていた。
と横島はどうした?
「忠夫はどうした?」
「ご近所にお土産配ってもらってるわ」
「そうか」
それにしても一般家庭の食事風景じゃねーな。なんだこの豪華な夕食。
「さ、ユーノ君もアルフも座って」
「たでーまー。配ってきたっすよー」
「ほら、さっさと座れ」
大人連中にはアルコールも配って、と。
「では、いただきます」
「いただきます」×11
****
悩んで悩んで結局諦めました。
静香的には自分<家族なのですね。
それにしても入ると鳳凰や竜になれる泉というのは色んな意味で利用価値は高そうですが、単純に完全な性転換出来るというだけでも相当価値はあるでしょうねぇ。
そして大幅改訂。
今回のツッコミはぐさっと来ました刺さりました。
無論感謝してますけど! いやいや、精進が足りません。
短くなっちゃったし……まあ仕方ないので今後の糧とする事で納得します。
そして感想速いよ! ありがとう!