2月の上旬、神楽坂アスナは朝から機嫌が悪く新聞の配達の直前にも、とある魔法使いの少年に対して、愚痴を口走っていた。「あのガキ、本当にムカツク」「…おはよう、アスナちゃん。朝からイラついてるね」「おはようございます。てっ、何で朝からいるんです、横島さん?」夕刊の時にしかいない横島がいるので、不思議に思ったアスナが尋ねていた。そして、アスナから見た今日の横島は、慣れない朝の配達のためまだ眠いのか覇気がないように見えていた。「大山君が風邪引いたんで、代わりを頼まれたんだわ」「何か疲れてます?」「ああ、考える事があってな…ちょっと相談のってくんね?」「いいですけど。私なんかで大丈夫ですか?」横島の予想外の願いに驚いたアスナは、不安を顔に出していた。今まで同級生からの話なら聞いた事はあったが、年上しかも男性の相談を聞くのが、本当に自分でいいのか、率直に尋ねると、「大丈夫。アスナちゃんと、同じ年頃の子について聞きたいから。今日学校終わってから、時間ある?」「ありますけど。でもそれなら、朝倉とか大河内さんに聞けばいいじゃん」アスナの意見は的を得ていたが、無意識に口にした名は鋭いナイフのように横島の精神を抉ってきた。横島は「うっぐ」と呻きながら、胸を押さえ搾り出すように声を発した。「…その子達について相談なんだわ」「ふーん。そういえばね、その二人と長谷川さん何だけど、最近元気ない…んだ…よ …ね」アスナの声は最後には途切れ途切れになっていた。アスナが見ている前で、横島の顔色がどんどんと悪くなっていったためである。何か感ずいたのかジト目になりながら、「もしかして、原因は横島さん」「…うん、俺の所為であってる。だからお願い、相談のって」肩を落とした横島は、あと少しでも心に衝撃が走ったら、泣いてしまっていただろう。ちなみにその一押しは「茶々丸」というフレーズであったが、幸いな事にアスナと茶々丸はそれほど親しくはなく、最近やっと会えば二言三言話す間柄であったために、茶々丸の微妙な変化など気づいていなかった。アスナは、しょうがないかと思いながらも、「わかりました、今日の放課後にスタバか何処かで待ち合わせしましょ」アスナが「ねっ」と優しくいいながら締めくくると、横島にはアスナがまるで自分を導く聖母のように感じ、目から一滴の雫が自然に落ち、「ありがとう、本当にありがとう」「いいからいいから、さっさと新聞配達行きましょ」「うん」アスナは、まるで年下の弟を慰めるように背中を優しく撫でた。どちらが年上なのか判らなくなってきていた。ちなみにその日の放課後、補習のためアスナが待ち合わせに来ることはなかった。横島は閉店までずっとスタバでコーヒーを飲んでいたが、途中から涙の味しかしなかったらしい。約束の事を寝る前に気が付いたアスナが、すぐに電話をかけると横島は店の前でずっと待っていた。さすがに横島も、相談相手を間違えたかもしれないかと思ったが、タカミチでは後が怖く、裕奈はある理由により論外であった。やはりアスナが頼みの綱であった。一言言うなら、その綱は細い。そして、次の日の放課後アスナが、前日と同じ待ち合わせ場所に到着すると、周囲に不幸のオーラを撒き散らす横島が既にいた。愛想笑いをしながらアスナは、横島の前に来ると胸を握りこぶしで叩きながら、「あ、あはは、お待たせ横島さん。さあ、どーんと任せてよ」横島は「頼むよ」と言いながらも、昨日約束をすっぽかしたアスナに不信な目を向けたが、藁をも縋る思いで口を開いた。「実は、10日ほど前からなんだが…」横島が、アスナにポツリポツリと事情を説明しだしていった。千鶴に逆ナンされてからずっと外に出る事もなく部屋の隅で布団を被り、ガタガタ震え意識があるのかすら怪しい横島がいた。横島の傍らには、心配しているのか茶々が寄り添って寝ていた。そして、答えが出たのか唐突に横島の震えが止まり布団を跳ね上げ、立ち上がると開口一番に、「ああ~腹減った。何か食お」答えを出した訳ではなく、あまりの空腹に正気に戻っただけであった。横島は腹をさすりながら「何か生で食えるもんあったかな」と、呟きながら冷蔵庫の中身を見ると、「…? 何でこんな入ってんだ」冷蔵庫の中には、上から下までぎっしりと調理済みの食料が保存されていた。横島が、最後に見たときには、調理前の食材しかなかったと、記憶していたために首を傾げた。しかし、空腹だったために特に考えず、いくつか皿を取り出しレンジで暖めた。そして、その時間を利用し擦り寄ってくる茶々を撫で、猫缶を開けてそのまま下に置いた。自分の食事を温め終えると、すぐにテーブルに座りがっつき始め、口の中をご飯で一杯にしながら、「うまいうまい、この味付けはアキラちゃんか。おっ千雨ちゃんも上手になったな~」その姿は、味わっているようにはとうてい思えない食べ方であったが、横島の舌はしっかりと作った本人まで特定していた。そして、自身のために作られた料理を全て平らげ、何気なしにテーブルに置いてあった携帯を覗くと、電源が切れており画面が暗くなっていた。携帯の充電をはじめ、電源を入れ画面を見ると横島はギョッとした。「なんじゃこりゃ、着信82件、メール35件…いたずらか? ん、2月4日?」横島が覚えていた日付は、1月31日だったのだが、その日から既に数日経過していた。横島は、逆ナンされてからの数日間の出来事を、必死になり思い出そうとしたが、「そういや、誰か来た気もするけど、どうだったかな?」思い出さなければならない気もしたが、思い出すのが何故か嫌だと横島は感じていた。判断が付かないまま携帯を操作し、着信履歴を見ると「明石裕奈」の名前がずらりと並んでいた。実際には「高畑・T・タカミチ」と「新聞・バイト先」からもかかって来ていたが、裕奈に全て上書きされていた。そして、嫌な予感しかしない横島が、恐る恐るメールの受信BOXを開くと、やはり「明石裕奈」からであった。一番古いメールから確認する事し開くと、『あんた、アキラに何した』という短く素っ気無いが、逆に怒りを押し殺した気持ちが、伝わる文から始まった。最初はアキラの名前だけだったが、次第にメールの内容に「千雨」・「朝倉」と名前が増えていった。一向に電話に出ない事に切れたのか、中盤のメールの内容は横島に対する罵詈雑言のみであった。それにも反応がないとわかると、最後の数件は全て同文であった。内容は、『さっさと電話に出ろ』『ごくり』と生唾を飲み込んだ横島が、「まずい、まずい、俺何したんだ!」と言っていると、握っていた携帯が震え始めた。『ビクリ』と体を震わせた横島は、嫌な予感しかしないため、着信者を調べたくなかった。そして、画面を見る勇気が湧かなかったために、誰か確かめないまま通話ボタンを押し、「…もしもし」『あっ横島くん、高畑だけど。体調でも悪いのかい?』「タカミチさんか…ほっ、体調はいいですよ…精神的にきついですけど」『そっか、でも心配したよ。警備の仕事には来ないし、電話しても出なかったから』「あ~すみません、以後気をつけます」『ああ、気をつけてくれ』タカミチは笑いながらも、横島を心配したが仕事はしっかりするように、たしなめた。横島は、電話の相手がとある少女ではなくタカミチで安心したのだが、この男の人生がそんな甘い物ではないらしく、『僕の話はおしまい。君と話したい子がいるから変わるよ。明石君、校内だから手短にね』「…え?」『こんにちは横島さん、明石です』「こ、こんにちは、裕奈ちゃん」『話があるので、世界樹前広場に直ぐに来てください。では失礼します』「まっ『ピッ・ツー・ツー』…切られた」訳がわからない横島であっが、電話越しでも裕奈の逆鱗に触れたことには気づいたため、指定された世界樹に全速力で向かった。世界樹前に裕奈よりも早く来た横島は、上を見上げ呆れた風に、「相変わらず、非常識にデカイ木だな。たしか270mだっけ?」横島の素朴な疑問に答える者は、もちろんいなかった。正式名称「神木・蟠桃」、非常識の塊の男に、非常識認定されてしまったかわいそうな木である。世界樹の大きさに圧倒され見上げていた横島は、背後に気配を感じ振り向くと、『バチン』思い切り頬をビンタされた。突然の衝撃に呆然とした横島だったが、腕を振り切った態勢の裕奈と目が合うと、「痛いやん、急に何「見ろ」…」いきなり叩かれた横島は、抗議の声を上げたが、冷ややかな目を向けた裕奈が、最後までその言葉を聞くことはなく、冷たい声と共に携帯の画面を横島に向けた。横島が画面に目を向けると、ベットの上に座り手の平で顔を押さえるアキラが写っていた。泣いてるようにしか見えないアキラに、さきほどのビンタ以上の衝撃が横島の心に走ったが、まだこの程度は序の口であった。「な、何でアキラちゃんが…」「知らないとは言わせない! あんたの部屋から帰ってきたら、アキラは泣いたんだよ。それに、アキラだけじゃあなく、千雨ちゃんも朝倉も落ち込んでるよ」「お、俺が泣かしたのか」アキラを泣かせた犯人だと言われ、目を白黒させながら呟いていたが、その呟きは裕奈の怒りの炎に油を注ぐだけであった。『バチン』再び頬に平手を喰らっていた。普段のこの男なら、簡単に避けられたであろう攻撃も、動揺の為か避ける素振りすら出来なかった。そして、下を向いた裕奈は、拳を握り震えながら不本意そうに、「ココまで落ち込ませれるのは、あんたしかいない。あの子達、何言っても『大丈夫』しか言わない。だから…」一旦言葉を切った裕奈は、顔を上げ横島を睨みつけた。横島も気まずそうな顔をしたが、目を背けづ裕奈の言葉を待った。「悔しいけど、でもあんた位しか、元気つけられる人を思いつかなかった。だから、お願いします。あの子達を元気にしてください」裕奈は、友人達の事を想い本当は絶対に頭を下げたくない相手に、頭を下げ懇願した。そして、裕奈は言いたい事を終えると、横島を見る事さえせず走り去っていった。これ以上横島を見ていると、殴りたくなってしまうためだった。裕奈が去るのを見送っていた横島は、叩かれた頬を押さえると、「…いてえな…」ただ一言、声を発するのが精一杯であった。ただのビンタであったが、横島の心に美神の折檻以上の傷を負わせていた。その日から横島は、記憶から忘れていた数日間を、思い出すのに数日を費やした。千鶴にナンパされた公園に立ち寄ったり、布団を被り同じ行動をしたりした。そして、ぼんやりとだが思い出すことに成功した。錯乱していたため、誰に何時何を言ったかまでは、思い出せていなかったが、「くそ、言った。たしかにあの子達に向けて、言っちまった」横島の脳裏には『来ないでくれ』『近寄らないでくれ』と言ったときの、彼女達の悲しそうな顔が思い出されていた。正確には初日にアキラ、2日目に千雨、3日目に朝倉、4日目に茶々丸の心に残る傷をつけていた。思い出すと横島は、急いで携帯を使い電話をかけたが、「うう、誰も出てくれねえ」『謝りたいから、電話に出てくれ』とメールを送っても、誰一人として返信して来る者はいなかった。そして、アスナに相談する事になった。「あ~ごめんなさい。ちょっと所か大分私には荷が重いかな」横島の話を聞き終えたアスナの素直な意見であった。さすがにこの相談に乗るのは無謀と思ったアスナは、逃げ出そうとしたが横島に手をつかまれ、「た、頼む、何かアドバイスをくれ」「無理、私には無理です!?」「逃がさん、ここでアスナちゃんを逃がしたら、もう頼る相手が居らん」半泣きになりながら逃げようとするアスナを、必死な形相で横島が捕獲していた。実際には相談相手候補には超もいるのだが、あまり印象が良くないため思い出されることはなかった。彼女に相談したら、茶々丸以外の少女たちが切り捨てられる可能性が高いので、相談を持ちかけなかったのは、正解かもしれない。逃げる事を諦めたアスナが、椅子に座りため息をつきながら、「はぁ~一応考えますけど、期待しないでくださいよ」「大丈夫だ、最初からあまり期待してないから」「よ、横島さん、私に喧嘩売ってるの?」アスナは、引きつった笑みを浮かべたが、諦めるとと悩みながら、「そういえば、茶々丸さんとも仲いいんだから、彼女に仲介お願いしたら?」「言ってなかったけ、茶々丸ちゃんにも、他の子達と同じような事言ってるって」「うわ、最低」「しっとるわい!」横島は、叫ぶと近場にあった木に頭をぶつけながら、「ワイは、ワイは最低じゃあ」と 涙を流し悲痛の咆哮をあげた。周囲を歩いていた人は、横島の奇怪な行動に引いていたが、アスナは気にする事無く近づき、「周りに迷惑でしょ『ドゴン』」「…はい…すみません」アスナは、横島の後頭部に肘鉄を叩き込み沈黙させると、襟首を掴みテーブルに引きずって行った。店員が『出てけ』と目で訴えてきたが、アスナは図太いのかそれとも気づかなかったのか、そのまま椅子に座ると、次の案を出した。「そういえば、猫の世話お願いしてるんですよね。世話しに来たときに謝ればいいじゃん」「あの子達、俺のスケジュールほとんど把握してるから、俺がいない時間を狙ってくるんだ」「無理じゃん、残念だけど諦めなよ」「いやじゃあ~~あの子達とこのまま別れていくのは、絶対イヤだ!」横島は、駄々っ子のように地面に寝転ぶと手足をばたつかせた。アスナは、同席している男の行動に恥ずかしくなったが、気になることがあり問いかけた。「横島さん、何処かに行くんですか?」横島は、動きをピタリと止め、「今すぐじゃあないけど…そのうち」「私たちが卒業してからですか?」「わからないな。明日かもしれないし、何年もいるかもしれない」「そっか」「ああ、だからあの子達とは、いい関係でいたいんだ」寂しそうに笑う横島の願いを聞くため、アスナは腕を組み「ん~」と呻きながら無意識に、首を一回転させると、菓子店の前のポスターが目に付きニッコリと笑い、「だったら、日ごろの感謝を込めてバレンタインに何か送ろうよ」「バレンタイン? アレって女性から男性に、じゃあないの?」「ふっふふ、その考えは古いですよ。今では逆チョコと言って、男性があげるのも珍しくないですよ!」「そうなんか! じゃあ、何あげればいいかな? チョコ?」「…さあ?」自信満々だったアスナだが、プレゼントまでは判らず首をかしげお手上げのポーズを決めた。そして、横島とアスナは数分無言になるとアスナから、「今から何か見に行きます?」「すまん、今日は夕刊の配達があるから、明日じゃあダメ?」「じゃあ明日休みだし、ショッピングモールにでも行きましょう」「すまんが、頼む」こうして横島とアスナとのお買い物が決まった。ちなみに、この会話を聞いていた散歩部の、双子姉妹がいた。「お姉ちゃん、聞いた?」「おう、史伽」「アスナが明日デートだって、どうしよう」「う~ん、朝倉に教えてやるか」風香がいたずらぽく笑いながら、パパラッチに情報を教えると言い出した。それを聞き慌てた史伽が、「ええ!? それじゃあアスナがかわいそうだよ、お姉ちゃん」「いいか史伽、最近朝倉の元気ないだろ、だからこの情報を教えたら少しは元気になるだろ」「そっか、お姉ちゃん優しい」双子もしょうんぼりとしてるクラスメートのためを思い、朝倉に連絡を取った。可哀想だが、元気のいいアスナはクラスメートに売られたのであった。クラスメート達に活気がないと認定されている四人(茶々丸だけは極少数に)は、現在横島宅にいた。四人はうな垂れながらも、茶々の世話と言い訳しながら、横島宅に足を運んでいた。そして千雨が、「なあ、誰か連絡取ったか?」誰にとは言わずとも、脳裏に横島の姿を思い浮かべた、他の三人は静かに首を振った。「…何を話していいか、わからない」アキラが、横島からのメールを見ながらみんなの意見を代弁した。その時、和美の携帯が震えだした。和美は、横島からかと思いドキドキしながら確認すると、落胆しながらも一応電話に出た。「何のようよ、風香」『おっす、相変わらず元気ねえな』「切るよ」『わぁ、待った待った! 面白い情報があるんだよ』「ふぅ、どんな?」『何とアスナが明日デートするんだと』「へえ、そうなんだ」『反応薄いぞ、何か男のほうが明日で、麻帆良からいなくなるみたいだから、プレゼント買うんだって』…色々情報が錯綜していた。『その男の写メ送るから切るな』「はいはい、じゃあね」和美が携帯を耳から離すと、普段どうりに見える茶々丸が、「どうかしたのですか?」和美は肩を揺らし、「アスナが明日デートなんだって」「彼氏がいたのですか」「でもその男、明日ココから出てくみたいよ『ブブブ』…あっ来た。さてどんな男かな」和美が、一応メールを確認するとやはり風香からだった。そして添付されてきたデータを見ると、目を見開きストンと腰を落としボソボソと、「…よ…し…さん?」「なんか言ったか?」「明日でいなくなるの…横島さんだって」和美が、ノロノロと携帯の画面を他の面子に見せると、「「「えっ」」」その後、情報を処理出来ず茫然自失になった4人は、どうやって帰ったかもわからず、気がついたら自身の部屋に居た。