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No.14098の一覧
[0] 【習作】マリア様がよそみしてる(マリみて 祐麒逆行・TS)[元素記号Co](2011/03/15 17:55)
[1] その一・たぶんお釈迦様もよそみしてる[元素記号Co](2010/07/28 20:55)
[2] その二・昔取った杵柄[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[3] その三・いつかきっと[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[4] その四・後悔しない選択[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[5] その五・過大評価[元素記号Co](2010/07/27 00:48)
[6] その六・契りを結んだ人[元素記号Co](2010/07/27 00:49)
[7] その七・性格の悪い友人たち[元素記号Co](2010/07/27 00:49)
[8] その八・薔薇と会った日[元素記号Co](2010/07/27 00:52)
[9] その九・悪事でなくとも千里を走る[元素記号Co](2010/07/27 00:50)
[10] その十・薔薇はつぼみより芳し[元素記号Co](2010/07/27 00:40)
[11] その十一・知らぬは本人ばかりなり[元素記号Co](2010/07/28 21:24)
[12] その十ニ・遠回りする好意[元素記号Co](2010/09/14 18:21)
[13] 後書き(随時更新)[元素記号Co](2010/09/14 21:09)
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[14098] その三・いつかきっと
Name: 元素記号Co◆44e71aad ID:6e257435 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/27 00:47
 四角に区切られた緑のコート。
 サーブレシーブのために、低い姿勢でラケットを構えた少女が写っている。その真剣な瞳は、写真に切り取られた景色の向こうに立つ、対戦相手を見据えているのだと分かる。
 まばたきをする間に、少女の顎を伝う汗が流れ落ちていたとしても、祐麒は驚かなかっただろう。
 一瞬か、数分か。写真に目を奪われていたことに気付いた祐麒は、ゆっくりと顔を上げる。蔦子さんが祐麒を見ていた。その顔は、思いなしか満足そうだった。
「これ……」
「地区大会の個人決勝。応援へ行ったときに撮ったのよ」
 そう答える蔦子さんの声は硬い。確かに、これを祐希に見せるのは躊躇するだろう。なにしろ祐希は、もう競技としてのテニスをプレイすることは、できないのだから。
 出来が良ければ良いというものではない。さっきの表情は、自分の写真に力――迫力とか、魅力とか、そういうものがあることを確信したからだろう。けれど、蔦子さんの顔はすぐに無表情へと取って代わった。力があるからこそ、それは祐希を傷つけるものだと理解したのだ。
「ごめんなさい。やっぱりその写真は処分するわ」
 蔦子さんが祐麒に向かって手を伸ばす。その手から隠すように、祐麒は封筒と写真を胸にかき抱いた。小さく首を振る。
 二年前の四月、自分に対して野球をしていた時の写真を差し出す人がいたら、祐麒は間違いなく怒っただろう。もしかしたら写真を破り捨てたり、それを撮った人に手を上げたりしたかもしれない。
 けれど、今ならば違う。吹っ切ったわけではない。忘れたわけでもない。ただ、野球をしていた自分と、野球ができない自分に、折り合いをつけることを覚えた。今ならば、太陽で熱せられたグラウンドに、バッターを前にした緊張感に、思いを馳せることができる。
 だから、この写真を燃やすわけにはいかない。今は祐希にとって毒にしかならなくても、時間がこの写真を宝物に変える。
 祐麒はこっちの世界に来て初めて思った。今ここにいるのが自分で良かったと。
 写真を抱いたまま動きを止めた祐麒に、蔦子さんが心配そうな声をかける。
「祐希さん、大丈夫?」
 うなずきを返し、笑顔を作ってから、祐麒は前を向く。
「大丈夫。ねえ、蔦子さん。この写真、もらっても良いかな」
「もちろん。……けど、良いの?」
 蔦子さんが少し不安そうな顔をする。
「ありがとう。今はまだ辛いけど、ずっと辛いわけじゃないから」
 祐麒の言葉に、蔦子さんは眼鏡の奥の目を丸くした。
「祐希さんって、見た目よりも大人なのね」
 その一言に空気が緩んだのを感じる。重い話題は、ここまででおしまいだ。
「それってもしかして、私の外見が子どもっぽいと言いたいのかしら」
 ことさら僻みっぽく言うと、蔦子さんはけらけらと笑った。
「まさか。祐希さんはとても可愛いと、そう思っているだけですわ」
 わざとらしいお嬢様言葉は、狙ってやっているのが丸分かりだった。こういうのが女性の会話の間合いなのだろうか。
「私みたいな子だぬき顔を捕まえて、何を言っているのやら」
 軽口を叩きながらも、祐麒は写真を封筒に戻し、大事に鞄の中へしまった。
「そうだ」
 蔦子さんが、思い出したというように口を開く。
「私が言えた義理じゃないってのは分かってるけど、一応忠告。善意の慰め攻勢がかかるかも知れないから、注意しておくといいよ」
「善意の?」
 慰め攻勢ってどういうことだろうか。思考の海に沈もうとした祐麒は、がたんという物音に引き戻された。
 見てみれば、桂さんが帰り支度を終えて立ち上がったところだった。
「あ、桂さん。ごきげんよう」
 先手必勝とばかりに祐麒は挨拶をする。覚えた名前はどんどん使って、早く自分のものにしなければならない。
「……ごきげんよう」
 桂さんは低くつぶやくと、早足で教室を出て行った。
 祐麒の隣で、同じように桂さんを見送った蔦子さんは、うーんと唸った。
「杞憂だったというか、なんというか。祐希さんって結構大物だわ」
 言葉の意味が分からなくて、祐麒は首を傾げる。たぶん、顔の周りにはてなマークが浮かんでいただろう。
「気にしないで。また良い写真が撮れたら見せることもあると思う。じゃあ今度こそ、ごきげんよう。祐希さん」
「う、うん。ごきげんよう蔦子さん」
 蔦子さんは自分の席から鞄を取り上げると、またねという風にひらひらと手を振って教室から出て行った。
 気がついてみれば、教室に残っているのは祐麒を含めても五人といない。祐麒もまた、家路につくことにした。



【マリア様がよそみしてる ~その三・いつかきっと~】



「ただいまー」
 夕方近くになって、祐巳が学院から帰ってきた。花寺の入学式はリリアンよりも一日早く行われていたので、今日からもう通常授業なのだ。
「おかえりー」
 そろそろ夕ご飯だからと自室から下りてきていた祐麒は、座っていたソファーから体を起こして、リビングに入ってきた祐巳へ目を向ける。
 自分の性別もそうだが、ある意味それ以上に祐巳が兄であることに違和感がある。ビデオに映した自分を外から見ている感覚、とでも言えば良いのだろうか。ふとした言動が元の世界の自分と重なって、たまに驚く。
 祐巳は祐麒の隣にどさりと腰を降ろすと、うあー、なんて唸り声を上げてテーブルに突っ伏した。
「もうご飯らしいから、先に着替えてきたほうが良いと思うよ」
 制服が皺になるし。まあ、購買で焼きそばパンを手に入れようと思い立ちでもしたら、皺どころではすまない喧騒に巻き込まれるのだが。
「疲れている兄としてはもう少し優しい言葉が欲しい」
 祐巳がぼそぼそと呟く。どうやら同い年の妹である祐希に対して、格好をつけるという発想はないらしい。兄と弟の違いだろうか。元の世界で祐麒は、姉である祐巳に余裕ぶることの方が多かった気がする。
「疲れたって、何かあったの? 体力測定でマラソンとか」
「いや、ちょっと変わった先輩に目をつけられた。あと、聞いてた以上に派閥間の空気が悪い」
 目をつけられたというのは、たぶん柏木先輩だろう。祐巳は関所破りなんかしていないと思うのだが、どこで目に留まったのやら。というか、しっかりと祐巳に目をつけるあたり、あの人は本当にこのたぬき顔が好みなのかもしれない。……やめよう、冗談にならない。
「私の方は、そういう苦労が出てくるのって明日以降だしなあ。今日のところはがんばれ、としか」
 本当はすでに女言葉とか立ち居振る舞いとか、嫌になるほど苦労しているのだけれど、それを表に出すことはできない。自他共に認める大根役者である祐麒のアドバンテージは、女の子の中身が別世界の男子高校生だ、などとは想像すらしないという、世間の常識そのものである。
「ところで、派閥って何?」
 ふと、祐巳が源平どちらに所属したのか気になって尋ねてみる。運動部という柄ではないはずなので、たぶん平氏だろうとは思うけれど。
「体育会系と文化系。花寺だと源氏と平氏、って呼ばれてる」
 祐麒の質問に答えながら、祐巳はようやく机から体を起こした。胸ポケットから覗く生徒手帳には、紅のカバーも白のカバーもかかっていない。
「部活動に入る気ないって言ったら、なんか両方から弾かれた」
「えっ」
 予想外の台詞に、祐麒は驚きの声を上げた。自分も経験したことだからこそわかる。それは茨の道以外の何ものでもない。
「あんまり活動してない緩めの部活に、とりあえず籍を置くとかすれば良いんじゃないの?」
 祐巳にいらない苦労をさせるのは忍びなくて、祐麒はつい妥協案を提示してしまう。しかし、祐巳は首を振った。
「最初からそういうつもりで入部するのは、ずるいと思う」
 妙なところで律儀な祐巳に、祐麒は呆れながらも納得する。この兄は間違いなく、姉である祐巳と同じ思考回路をしている人間だ。
「それに緩いって言っても、それなりの時間を拘束されるのは間違いないと思うから」
「何か他にやりたいことがある、ってこと?」
 生徒会とか、と言いかけて、それは無いかと否定する。基本的に一般市民である福沢姉弟にとって、巻き込まれでも――例えば前任者の妹になるとか、前生徒会長が嫌がらせのごとく指名していくとか――しない限りは縁のない世界だ。こちらの祐巳も同じだろう。
「父さんの事務所で雑用アルバイトでもしようかと思って」
「ええっ?」
 再び予想外な返答だった。祐巳は少し照れたように笑う。
「興味があるから、今のうちに色々見ておこうと思って」
 姉だけでなく、兄というのも計り知れないものであるらしい。祐麒が高校一年のとき、明確な将来の指針となるようなものを思い描けていたかと考えると、否としか言えない。
「ご飯できたわよー」
 目を丸くして祐巳を見ていると、台所から母さんの声がかかった。
「やば、着替えてこなきゃ」
 慌てて立ち上がった祐巳は、どたどたと足音を鳴らして階段を駆け上がっていった。

 明日の準備を万端整えて、後は眠るだけ。そこでようやく、祐麒は鞄から茶封筒を取り出した。
 封筒の中から写真を抜き出して、一枚ずつ目を通す。
 スポーツ雑誌に載っているようなボールを打つ瞬間、というものは無いけれど、どれも良い出来だった。
 コートチェンジの休憩でベンチに座り、静かに集中している写真。取れなかったボールを見送ったのか、悔しそうな表情をした写真。おそらくは勝利の瞬間を捉えたのだろう、満面の笑みを浮かべた写真。
 蔦子さんはテニスのプレイを写したのではない。写したのは、ずっと先まで残しておきたいと、残さないのはもったいないと感じた祐希の姿、なのだ。
 真剣に写真を見つめていた祐麒は、ふと我に返る。傍から見たら、ナルシストが入っていて危ない絵面かもしれない。
 小さく笑って、祐麒は茶封筒を手に取った。
 時間が経っても消えないように、ボールペンを使って丁寧に文字を綴る。

『祐希へ
 二、三年経ったら中を見てくれ。それまでは、開封厳禁!
                       祐麒より』

 この体に入ってしまってから二日。元の世界に戻れる気配はまったくない。こっちに飛ばされる前兆も特に無かったので、明日いきなり戻っている可能性もあると言えばある。
 これを祐希が目にするのはいつになるのだろうか。そもそも、祐希が祐麒と入れ替わっているというのも憶測に過ぎないのだけれど。
 ……考えても仕方のないことか。それに、やらないよりは良いはずだ。
 封筒の中にしまうため、机の上に広げていた写真を集める。
 その内の一枚、試合を終えた祐希がチームメイトとハイタッチしている写真の中に、あるものを見つけた。さっきは祐希にばかり目がいっていたから気づかなかったが、喜びの表情で彼女を囲むチームメイトの中の一人は、間違いなく桂さんだった。
 どうしたものかと、祐麒は目を泳がせる。
 あのとき蔦子さんは結構大物と祐麒のことを評した。だが、まだ辛いと言ったその口で、かつてのチームメイトにあの態度では、むしろ図太いとか無神経とかいう評価の方があっている気がする祐麒だった。

   <いつかきっと・了>




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