プロローグ
少女は走っていた。その服は泥で汚れてしまっているが質の良いドレスで、一目でその少女の身分が高いとわかる。何度も転んだらしく、その膝は擦りむけて赤くなっていた。それでも追いつかれなかったのは、何故か少女の背を押すように追い風が吹き続け、追っ手のほうには向かい風が吹き続けていたからだ。不思議なのは、どんなに風に吹かれようと、その帽子が取れない事であった。
少女は走り、突き当たりを左へ曲がる。少女の目に入ったのは家と塀に囲まれた何もない空間だった。行き止まりに来てしまったのだ。少女は泣きそうになりながら足を止める。乱れた息を必死で整え、来た道を戻ろうとすると無骨な男達が少女の行く手を阻んだ。
「もう逃げられないぜ、お嬢様。……お前も化け物の仲間なんだろう? だったら何したって構わないよなぁ?」
下卑た顔で男は言う。男達は笑いさざめく。
「助けて……はぁ、助けてください、はぁ、魔術師様」
少女は祈るように言う。
その言葉は、聞き届けられた。
「ハーッハッハッハ! いいだろう!」
男とも女ともつかぬ声に少女がはっと見上げると、ローブに顔全体を覆う仮面という奇妙な服装の者が屋根の上に立っていた。その両手には美しい銀の鎖がゆったりと嵌められており、肩には鉄の棒を担いでいる。仮面は貴族が仮面舞踏会に使う声をごまかす事のできる特殊なものであり、声から男女の判別は出来ない。ただ、口調と体格から男だと推測できた。ローブの豪奢な刺繍が、身分の高さを示していた。胸の辺りには割れた卵の中から緑の苗が出てくる刺繍がしてあり、仮面の左側には竜を示す文様が描かれている。男は一階建ての屋根から飛び降り、盛大に転んだ。
「痛い痛い痛い」
男は転げまわると、自分の体に手を当てる。その手が淡く光り、やがて男は立ち上がった。
「あ、あの……大丈夫ですの、魔術師様?」
少女が駆け寄って、戸惑いがちに聞く。男達はざわめいて何事か囁きあった。
「もちろん大丈夫だとも。私は魔術師協会のアインスだ! 双方、来てもらおうか。両方の言い分を公平に聞くので、安心するがいいぞ!」
男が名乗り、仮面の右側の無地の部分に触れると一の数字がぼんやりと白く浮き上がった。
「やっぱりアインスか! ちっだとすると護衛がいるな」
男達は周囲を見回す。
「護衛などいなくても私は戦えるぞ! 何故なら! 私は正義の味方だからだ」
アインスは鉄の棒を持って、どんと地面をつく。
「さあ、おとなしくついて来るんだ」
胸を張って言ったアインスに、少女は顔を青ざめさせた。
「護衛を連れてきていませんの? いえ、私が言えた事ではありませんけど……」
少女は、アインスを庇う位置に立ち、震えながらも男達を一喝した。
「私を連れて行くなら連れて行きなさい! アインス様、お逃げください」
少女の言葉に、アインスは気を悪くしたように言った。
「私だって治安維持の仕事ぐらいできるんだ! 下がっていろ」
少女は青ざめた顔で首を振る。男達は、にやにやとしながら少女とアインスを取り囲む。
「アインスを捕まえれば、俺たち億万長者だぜ」
男達は刃物を閃かせる。
「ひっ……」
先ほどまで粋がっていたアインスは、刃物を見て腰を引く。しかし、鉄の棒をしっかりと持ってぐいと顔を上げた。
「に、逃げないぞ! 逃げないからな」
「ああ、逃げられないように足を切り落としてやるよ」
男達はアインスに切りかかる。少女が両手を開いてアインスを庇うように男達に立ちふさがったが、あっという間に突き飛ばされてしまう。
その時、静かな、よく通る声がした。
「武器、放す」
アインスはいきなり鉄の棒を放り捨てた、
「投降かぁ? いい子だな」
男達がアインスに詰め寄る一方で、その内の一人が突如聞こえた声に訝しげに振り返って声の主を確かめた。
男は驚愕に顔色を染め、警告をしようとする。
警告は間に合わなかった。何故ならその瞬間、空は晴れているのにも関わらず、にやついた男達に雷が襲いかかったからだ。男達はことごとく倒れた。
「魔術師協会、ツヴァイ」
褐色の肌の仮面にローブの女が、男達の後ろに立っていた。ゆったりとしたローブの上から辛うじてわかる胸が、その魔術師。ツヴァイが女だと教えてくれる。ツヴァイもやはり銀鎖をしていた。ローブはその胸の紋章以外は無地で、仮面も無地だった。ツヴァイが手を仮面に添えると、青く光る二の数字が浮かび上がる。
「アインス、襲う、重罪」
ツヴァイは歩きながらロープを取り出す。男達を縛って連行するつもりなのだ。
「ツヴァイ……! な、何しに来た。私一人でも出来たんだからな」
喜色を滲ませた声で名前を呼び、アインスは我に帰って強がりを言う。ツヴァイはそれには答えず黙々と男達を縛る。アインスが更に口を開いた時だった。少女は、魔術師に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ツヴァイ様。アインス様も、助けてくださりありがとうございます」
「う、うむ。わかればいい。ほら、治療をしてやろう」
アインスはしゃがみこんで少女の膝に手を当てた。
柔らかな光と流れ込んでくる温かい力に、少女は目を閉じる。温かい力が途切れ、名残惜しく目を開けると、そこには綺麗になった膝があった。
「アインス様……ありがとうございます」
少女は熱を込めた瞳で、アインスを見る。
「ハーッハッハッハ! いい子じゃないか。君は風を操ることが出来る子だろう? この領地に一人で来たという事は魔術師協会に入会しに家出して来たのかい?」
可愛らしい少女に感謝をされ、すっかり機嫌を取り戻して得意げに話すアインスに、少女は目を見開いた。
「すごいですわ……。アインス様は、何でもお見通しなのですね」
「それほどでもある。しかし、それだと魔術師教会が悪者になるからな。ご両親には納得した上で魔術師協会に入ってもらわないと」
少女の言葉に、一旦胸を張ったアインスだが、すぐに考え込んだ。アインスの予想が正しいのなら、それは魔術師協会が少女を浚った事になりかねないからだ。
「あの人たちは私が魔術師だと知りませんわ。あの人達は私に何の興味も持っていないのですわ。それに、あの人達、魔術師は化け物だって。私も魔術師とばれたら殺されてしまうかもしれませんの」
少女は、暗い瞳で言う。その言葉に、アインスは考え込む。
「アインス、回復」
男達を縛り終えたツヴァイから声がかかり、アインスは慌てて男達の前でしゃがみこむ。呻く男達に両手を当て、目を閉じるとアインスの両手が淡く光った。それと同時に、ぐったりとしていた男達が目を覚ます。
「ちっ化け物が。礼は言わないからな」
男達は治療をしてもらったにも関わらず、はき捨てるように言った。
「くそっ何だってお前らみたいな化け物をヒーラー様は優遇してるんだ」
そうだそうだと、男達は声を上げる。
「魔術師なんて皆、殺しちまえばいいんだ。おっと、お前は閉じ込めて有効利用させてもらうがな」
その言葉に、憎しみを含んだ視線に、アインスは不敵な笑みを浮かべる。
「嫉妬か? 自分が何の力も持たないから」
突き放すようなその言葉に、男達は目を見開いた。
「な……」
アインスは、立ち上がって男達を見下ろす。腕を組んだその様は、仮面で見えなくとも勝ち誇った表情を想像させる。
「領の為に力を尽くす有能な魔術師と、貴族の少女を誘拐しようとするような害にしかならない貴様ら。ヒーラー様はどちらを選ぶかな」
愉悦を含んだその声音。それは、男達の憎しみに油を注ぐには十分だった。
「何だと、お前!」
男達は怒り狂って縄で縛られた体でなんとかアインスを殴ろうと蠢いた。
「何故わからない。魔術の素晴らしさを。これぞ燃えであり萌え! 格好良くて便利。ファンタジー万歳! ああ、全くかわいそうに思うぞ、なんの力も持たずに生まれてきた貴様らを。この夢のような世界に生まれて、唯一残念な事は価値観が違いすぎることだ。だが、それもこれまでだ。貴様らの価値観全部塗り替えてやる。ああ、塗り替えてやるとも私色に。魔術師なくしては生きていけない体にしてやるのだ」
罵声を浴びせつついっそう暴れる男達と、高笑いを始めるアインスに、ツヴァイはため息をついた。
「アインス、この子」
言われて、アインスは少女との会話を思い出す。
「う、うむ、そうだな。いつものようにヒーラー様が養子に引き取ればいいんじゃないか? 問題は身分か……」
考え込むアインスに、天使のようなかわいらしさで少女は告げた。
「それならば、良い方法がありますわ。私を娶ってくださいまし、アインス様。いえ、トランスマイグレーション公爵ヒーラー様。私は第十二王女、ウィンディですわ」
その言葉に、少女以外の者は動きを止めた。
「アインスがヒーラー様だと!」
「王女様が何故こんな所に!」
口々に騒ぎ立てる男達。
アインスは、狼狽して言う。
「ウィウィ、ウィンディ様? 私は婚約者がいるのですが……」
「知っています。ダークエルフの少女でしょう? ダークエルフの少女を娶ろうというお方ですから、私の夫はアインス様以外にないのです。黒い肌でないといけないというのなら、側室でも構いませんわ」
少女が恐る恐る深くかぶった帽子を取った。その耳は、人間では有り得ないほどに細く尖っていた。
「エルフ? エルフなのか。ツヴァイ以外にエルフがいるなんて。しかも王女様?」
「……結婚、すればイイ。ツヴァイ、盗賊。身分違い」
ツヴァイの言葉に、アインスは焦る。
「待て、ツヴァイ! 私が愛するのはお前だけだ。ほ、ほら、人質に取られているミュウの事を忘れたのか。私と結婚しないとミュウを食べてしまうぞ」
渾身のアインスの脅しを聞き、少女は驚いたように口元に手を当てた。
「まあ、アインス様が人を食べるという噂は本当ですの? 大丈夫ですわ、アインス様。私、アインス様のどのような趣味でも、受け入れて見せますわ。ですから、アインス様。結婚してください」
ぐっとこぶしを握り、決心した顔で言う少女。
「構わない。アレ、食べるモノ」
二人の少女の言葉に、アインスは頭を抱えた。
「私はツヴァイに愛されていないのか? その上、エルフ耳の可愛い少女。正直心が揺れる……。いやいや、私はツヴァイ一筋だ!」
なにやら勝手なことをぶつぶつと呟くアインスの首根っこと男達を縛った縄を、ツヴァイは引っつかむ。
「それより、政務する。皆、アインス、探してる。王女、アインス、正体、ばらした。鞭打ち、十回の刑」
少女の可愛らしい悲鳴が、晴れた空に響いた。
どうしても作品が最後まで書けないのと、小説を応募したら落選したので、今までの作品を削除して真面目にプロットを書いてから書いてみる事にしました。
周囲に読んでくれる人がいないので、どうかお力添えをお願いします。
せめて一次審査は通過する程度に上達したいです。
厳しい意見でもお待ちしています。
無数にあった欠点で特に直したい所
細かい所がいい加減。
文章から状況を想像するのが困難で、日本語がなっていない。
主要キャラクターが多すぎて読者が混乱する。
キャラが掘り下げが足りない。
起承転結が平坦すぎる。