ゼロ魔の二次創作に登場するオリ主の使い魔として最も一般的なものは、やはり竜だろう。それも、オリ主との掛け合いが可能な韻竜だ。無論、ドラゴンというのが格好いい、というのもあるし、単純に強力である、というのもある。加えて、韻竜は人間形態に変化できるので、ハーレム要員を一人増やす事が可能だ、というメリットも存在する。 あるいは他の一例としては何やら格好よさげな猛獣であったり、まあ他にもいろいろあるのだが、小動物というのは滅多にない。 だが、メイジの実力に使い魔が比例するとは必ずしも限らない。現に、トリステイン魔法学院の校長であるオールド・オスマンの使い魔は鼠である。まあ、実は韻竜が鼠に化けているとか、そういう可能性だって否定はできないのだが。 ちなみに、我が父であるジュール・ド・モットの使い魔はというと、名前自体が分からない。ただ、これ以上なく、彼の本質を現す使い魔だと思う。何というか、ものすごく言いにくいのだが、その……一言で言うと“触手生物”。何か良く分からないが、無数の触手で構成された、非常に形容の難しい塊である。 無論、触手の半数はその先端の形状が明らかに男のナニであるし、他の触手の形もあからさまに卑猥だ。さらに言うなら、常に体表から媚薬効果のある粘液を分泌しているため、秘薬の材料にも事欠かない。加えて高レベルの感覚同調が可能であるため、趣味と実益を兼ね備えた、高レベルの使い魔という事ができよう。まあ、さすがに人前に出す事はできないのだが。 濁流のフェルナン/第五段「使い魔の召喚か……試してみるか」 深々と息を吸い込み、意識を集中させる。記憶を手繰り、必要な呪文を思い出す。「確か……宇宙の果てのどこかにいる我が僕よ!」 出来れば、チート並みに強力な代物が欲しい。たとえば、虚無の使い魔とかそういう感じの代物だ。だから、某ピンク髪の虚無メイジの呪文を流用する。「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 我は心より求め、訴える! 我が導きに、応えろ!」 僕の前に銀色の鏡が浮かび、その奥から、流れる水の音と共に人ではない何物かの気配が近づいてくる。果たして、鏡の奥から現れたのは、僕の想像以上の代物だった。 よくよく見れば、僕の前に浮かぶ鏡は二枚。複数の使い魔を召喚する、というのは二次創作ではよくあることだが、しかしそういう訳でもないようだ。二重になっているのだ。僕の前に浮かぶ鏡は、二枚が重なるようにして僕の前に浮かんでいた。そして、裏側に存在する片方にはこの地下修練場に満たされた水そのものが流れ込み、表側のもう片側から、そのまま流れ落ち、修練場の水面に飛沫を上げる。 一瞬、失敗か、とも思う。だが、飛沫の上がる水面から水柱が上がり、水柱はやがて、水で出来た人型の立像のような形状へと変形していく。 なんかよく分からないが……これは契約しておいても問題はないだろう。「我が名はフェルナン・ド・モット。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……!」 その刹那、僕の自我は砕けて溶けた。 流れ込んでくる。僕の知らないはずの知識、僕が持たないはずの知覚、力。『彼』に刻まれた契約のルーンを通じて、怒涛のように流れ込む。いや、『彼』そのものが、『僕』の中に流れ込んでくるのか。それを僕は異常だと判断。いや、異常だと考えたのは、『僕』か『彼』か。否、今となってはもはやその区別すら無意味、『僕』と『彼』はもはや一つだった。 僕が目を覚ますと、世界は恐ろしいほどに狭くなり、凄まじいほどに広くなっていた。先程まではむしろ心地よいくらいだったモット伯家の修練場が、今はむしろ狭苦しく見える。 いや、違う。僕の知覚領域が広がったのだ。そう、僕の使い魔によって。 僕の使い魔となったのは、ラグドリアン湖の水の精霊であった。そして、精霊に刻まれたルーンは「融合」の性質を持つもの。元々は使い魔とメイジの間の意思疎通能力を強化するためのものであったのだが、あまりにも効果が酷過ぎて失敗作となったもの。意志疎通効果が強力過ぎ、メイジと使い魔の自我が融合し、結果として一つの精神で二つの肉体を統御しきる事が出来ず、また異質な自我が反発を起こして廃人となってしまうのだ。それがなぜ僕の使い魔に刻まれたのかは謎。 だが、水の精霊に限っては話は別だ。元々、人間の体の大部分は“水”で出来ている。水の精霊と僕の肉体を物理的に融合させてしまえば、もはやそれはあくまで一つの肉体だ。加えて、水の精霊は肉体を自在に分割統合する事が可能だ。もはや僕が存在する事に何の支障もない。 今や『僕』の肉体は水の精霊と融合した存在であり、同時に水の精霊である僕自身の端末である。言い換えるなら、『僕』の肉体が破壊されたところで、水の精霊としての本体さえ無事であれば活動に何ら支障はないのだ。 加えて、水の精霊の膨大な魔力のバックアップを受ける事で魔法を使用するために必要な精神力が増大し、また、水の精霊としての先住魔法も使えるようになった。加えて、秘薬の材料である水の精霊の涙にも事欠かないようになったのだ。素晴らしい。 さて、我がモット伯家の城には様々な地下施設が存在する。まず一つ目はキャスターの技能を利用して僕が作った“神殿”。そして、モット伯家伝来の地下修練場と、そこに水を引くためのラグドリアン湖直通の地下水路。第三は、父が使い魔である触手生物を飼育している地底湖。 そこで、ひとまず地下修練場を拡張する事にする。キャスターの陣地作成スキルに“王の財宝”から取り出した宝具の補助を加えて、地下修練場をほぼ地底湖と呼んでもいいほどに拡張する。さらに、ラグドリアン湖に繋がる地下水路をも拡大して、水の通りをさらに良くする。別に僕自身が水に触れている必要はないのだが、ラグドリアン湖の本体とのコンタクトは、常に近くにあった方がやりやすい。 加えて、その地下水路を拡大し、トリステイン中に繋がるくらいに広げておこうと思う。数年後には僕もトリステイン魔法学院に通う事になるのだ。その時にラグドリアン湖の水と直接コンタクトできれば最高である。 あと、アイテムとしてアンドヴァリの指輪を入手した。ラグドリアン湖の底で水の精霊が大事に保管していた代物である。水の精霊は今や僕自身なのだから、僕のものであって何ら問題はない。ついでに、僕自身が水の精霊としての属性を手に入れたので、ちょっとした水の精霊並みに使いこなす事が可能である。 別に放っておいても数年後にはクロムウェルにパクられてしまうのだから、その前に僕が頂いておいても問題ないだろう。精神操作にネクロマンサー……果てしなく夢が広がるアイテムである。持っておいて損はない。 さて、夢が広がったところで問題だ。さあ、これからどうしよう。ぶっちゃけ、何をすればいいのかなんて特に思いつかない……いや、一つだけあった。手駒が欲しい。 別に腕の立つ配下である必要はない。だが、統率の取れた集団である必要はある。いや、それはアンドヴァリの指輪であれば簡単に用意できる。後は、ある程度の練度があれば完璧だ。 問題は、どこでそのような集団を調達するかである。さて、どうするか。「ご主人さま」 唐突に掛けられた声に僕が振り向くと、そこには半顔を隠した金髪の少女が立っている。「ん? 何だ、リーラか。何の用だ?」「お茶が入りました。一休みなさってはいかがですか?」 少しばかり心配そうな表情を浮かべてこちらを見る彼女を見て、僕は作業を切り上げて休憩する事にした。 魔力に満ち満ちた大神殿や修練場は確かに落ち着くのだが、ティータイムを楽しむのにはあまり向いていない。従って、僕はこういう時には自室で過ごす事にしている。 窓の外には青い空。わずかに白い雲が浮かび、ゆったりと流れている。絵に描いたような、それこそ下手な絵本のような青空だ。それをあえて絵本と異なる点を挙げるとするなら、空の色があまりに深く、広く、絵の具では表せないほどに澄み渡っている事くらいだろうか。 ことり、とテーブルにカップを置いて、テーブルの中央に置かれたスコーンに手を伸ばす。晴れた空から吹いてくる心地よい風が紅茶のティーカップの水面を撫でると、カップに広がる褐色の水面から薄っすらと立ち上る湯気が揺れた。さすがに一人で食べるのもあまり落ち着かないので、リーラとシャーリーも同席してもらっている。 言葉は交わされない。ただ、穏やかな時間だけが流れている。 スコーンの甘みが口の中に広がり、紅茶の香りを楽しむ。それで十分。くつろぐにはそれが一番だ。僕はとりあえずこの静寂を気に入っている。 久しぶりに街に出かけてみる事にする。 リーラもシャーリーも同席していない。まあ、何かあっても水の精霊の知覚力があれば大抵の相手はどうにでもなるので問題なし。 ぶっちゃけ、ここ数年屋敷に籠りっぱなしでロクに外出していなかったので、王都トリスタニアに来る用事なんぞ一度も無かったのだ。まあ、たまに父に社交界に連れ出されたりはしたが、それ以外で外に出る事など、ホムンクルス素体の素材狩りを兼ねた幻獣退治や、実験体の確保を兼ねた盗賊退治くらいだ。おかげで研究と魔法の鍛錬は進んだが、それ以外は何もやっていない。 ……非常にマズイ気がする。 ルイズとか平賀才人とかの原作主人公サイドはいい。というかぶっちゃけどうでもいい。連中の危険度は実質最低ランクだ。だが、敵キャラどもがヤバい。特に狂王と教皇。対策の立てようがない。よって、非常に焦っている。脅威は理解しているのに、対処法が思いつかない。いや、考えれば考えるほど打つ手なしという結論が出てくる。 まず、あまり目立つ事をしてはならないというのが一つ。目立つ事をすれば、両者に捕捉されるだろう。国家の重鎮になるとかもっと駄目だ。ジョゼフなら興味本位で暗殺者を送りつけてきそうだし、それが無くても、ジョゼフあたりはレコン・キスタを通してこっちの首根っこを掴んでおこうと考えるかもしれない。特に、こっちが変な力を持っているとバレれば可能性は高い。 次に、それなりに強い影響力を持っていなければ、狂王にも教皇にもいかなる影響も与えられないという事。これは非常にまずい。要するに、相手は王様だ。それなりの権力が無ければ、戦争とかでは原作通りの道しか辿れない。 もしこれで、原作通り話が進むと教皇の思惑通り聖戦が勃発して、ラストはルイズの虚無魔法発動でハルケギニアが消滅して、何も無くなった世界の中で才人とルイズが二人きりで立っている……的なエンディングだとしたら……イヤ過ぎる。そんなセカイ系のエンディングは嫌だ。 可能性としては限りなく小さいが、しかし原作者の脳髄をブチ割って脳波を読み取ったりしたわけではないのだ。他人の脳味噌の中身なんて分かるわけもない。「あー嫌だ嫌だ」 大通りの人混みに紛れてこっちのポケットに手を突っ込もうとしたスリを、水の先住魔法で操り人形に仕立てて道案内させる。しかし、これから先本当に、どうしたものやら……。 とりあえず気を取り直してトリスタニアの通りをぶらつく事にする。適当に歩いてみると、秘薬屋らしき店があったので、冷やかしついでに買ってみる。ウチで普段生産している奴よりもやや品揃えは多いようだ。まあ、ウチはエロ秘薬専門店なので当たり前なのだが。 まあ、それはそれとして、実家ではあまり触れる事の無い類の秘薬が色々。色々と思いつきが湧いてきたので、思わず衝動買いしてしまった。まあ、黄金律スキルがあるので金には困らないからいいのだが。 にしても、原作か……。 原作の登場人物ってのはどんなのがいたか。一人一人、状況を整理してみる。 ゼロのルイズ。どんな魔法でも派手な爆発に仕立て上げる、まさに「芸術は爆発だ」という格言をその身で体現するかのような漢……ではなく少女だ。そのため、魔法もロクに使えない駄目メイジと有名だが、その正体は伝説の虚無属性の使い手。 平賀才人。現代社会の日本から召喚されてきた一般高校生であり、虚無の使い魔ガンダールヴ。あらゆる武器を使いこなす事のできる異能者。武器を持つ事をトリガーに身体能力が向上し、装備した武器の使用法を解析して的確に扱う事が可能になる。 シエスタ。トリステイン魔法学院のメイド。ぶっちゃけどうでもいい存在だが、彼女の実家のあるタルブ村にはキーアイテムである“竜の羽衣”=ゼロ戦が置いてあるため、その部分だけは注意する事。あと、父はメイドさんハーレム自重。 微熱のキュルケ。ゲルマニアの貴族。ルイズのヴァリエール家とは国境を挟んで対立しており、代々ヴァリエール家の恋人や婚約者を寝取り続けるという、某種ガンダムの主人公すらも霞んで見えるほどの凄まじい性能を誇る家系だ。火のメイジ。 雪風のタバサ。元ガリアの王女。風属性の天才メイジであり、学生の身分でありながらガリアの秘密諜報部隊北花壇騎士団において暗殺などの極秘任務をこなす傍ら、父を謀殺し母を廃人にした下手人であるガリア国王ジョゼフに対して虎視眈々と復讐の機会を狙い続ける、それ何て厨二病的な経歴を持つ少女。クーデレ属性だが、僕にデレない限りはあまり意味無し。ちなみに、心を壊すエルフの毒薬だが、我がモット伯家の倉庫に同じものが、解毒剤付きで置いてあった。何かの交渉材料になるかもしれない。 青銅のギーシュ。土属性メイジ。キザナンパ野郎。原作一巻時点ではガンダールヴのカマセだったが、やがてギャグキャラ属性がつくようになり、さらには少しずつ成長しながら、やがては格好いいメインキャラの一人になる。色々と美味しい活躍を見せる上に顔がいい事も相まって、転生もののゼロ魔二次における人気転生先の一人。 ティファニア。巨乳属性を持つハーフエルフであり、アルビオンにおける虚無の担い手。父であるモード大公がブリミル教によって禁忌とされているエルフを愛人にした事もあって実家が取り潰され、現在では姉の仕送りに頼りながら孤児院に隠棲している。 土くれのフーケ。本名マチルダ・オブ・サウスゴータ。ティファニア絡みの騒動に付き合って没落し、盗賊をやりながらティファニアに仕送りを行っている。原作一巻時点ではミス・ロングビルという偽名を使い、トリステイン魔法学院における学院長付きの秘書として、マジックアイテム“破壊の杖”=ロケットランチャーを奪取すべく活動している。 閃光のワルド。風のスクエアメイジ。ルイズの婚約者かつトリステインの最強部隊である魔法衛士隊の一角グリフォン隊の隊長な完璧超人であるが、その正体はレコン・キスタのスパイ。ゼロ魔原作においてはおそらく最強クラスの戦闘能力を持つ。おそらくルイズの虚無属性に最も早く気がついたハルケギニア人であるが、現時点で彼女の秘めた虚無属性に気付いているかは微妙。おそらく気付いたのは原作一巻ラストでフーケに話を聞いたことから。さもなければ、二巻以降でやろうとしたように虚無であるルイズを自らに都合のいい駒に仕立て上げようともせず、原作二巻時点までずっと放置しておいた事の説明がつかない。 ……とりあえず、思い付く限りの登場人物を列挙してみたが、どうも何か忘れている気がする。さて、何を忘れていたのだったか…………ああ、思い出した。 そう、デルフリンガーである。インテリジェント・ソードであり、魔法吸収の能力を持つため対メイジ戦ではほぼ無敵の魔剣。まあ、僕はニアデスハピネスで消し飛ばせるからいいのだが。とりあえずこの魔剣、こっちで確保できないだろうか? デルフリンガーがどうしても必要な事態になったら才人に貸してやればいいし、そうでなくても、何の役に立つかは分からない、というよりもそもそも役に立つかどうか自体微妙だが、とりあえずこちらで確保しておいて損はないだろう。剣を貸し出す事で虚無の使い手であるルイズに恩を売ることも可能。 取引先の一つとして、父からビエモンの秘薬屋の所在は聞いた事がある。なら、武器屋も結構近くにあるはず。狙い通り武器屋を発見。シュペー卿の剣とか勧められたが、粗悪品なのは知っているから無視。デルフリンガーは店主をアンドヴァリの指輪で優しく説得した結果、たったの三エキューで売ってくれた。それもこれも、僕の普段の行いがいいからだろう。 なお、今回の指輪使用はアンドヴァリの指輪の使い方を覚えておくためだ。もし実戦で使えなかったら元も子もない。 でも、デルフリンガーは結局使わないんだろうな。 正直、どこへ行くべきかも思いつかず、僕はふらふらとトリスタニアの通りを歩く。 これで行きつけの店の一つでもあればそこへ行く事もあるのだろうが……とりあえずデルフリンガーは“王の財宝”の中へ放り込み、武器屋の隣にあった秘薬屋にでも入ることにする。 ビエモンの秘薬屋の品揃えは、それほど良いものではない。何に使うのかも分からない眠り薬、ちょっとした胃痛なんかを和らげるための鎮痛剤、あるいは魔法に使う精神力を回復させるための、水魔法の応用でちょっとばかり幸福感を味わえる薬物なんかが置かれている。珍しい所ではご禁制の惚れ薬とか。だが、そんなものを使うくらいなら、実家の研究室に置いてある秘薬を使った方が遥かにマシだ。 品揃えを見るからにここの商品の一部は我がモット伯家から卸したもので、普段から自分や父が自家用として使っているものと違って、アカデミーなどの成分分析を防ぐために薄めたりダミーの薬効成分を混入させたりしているので、少なくともウチで卸している秘薬に関しては、我が家の方が品質でも上だ。 とりあえず、店番をしている少女と話して幾つか秘薬の材料にする薬草を買い入れ、“王の財宝”の中にしまい込む。 グラモン家の伝手で東方から取り寄せたとかいう結構珍しい薬草だと、なぜか頬を赤らめて語る店番の少女を余所に、故に量産には向かないと判断する。興味は湧くが、正直、量産ができない以上、固定収入にはならないだろうな、と考える。 というか……ここでもギーシュか。まるで背後霊のように祟ってくるような気がして、何となく不気味さを感じる。 とりあえず、僕はそこそこの収穫を手に秘薬屋を出ると、少しばかり途方に暮れながら辺りを見回した。基本的に引き篭もりである僕は、昔からラノベを離れると何をしていいかも思いつかなかった。そんなところは、今も変わっていない。こういうときの原作知識だ、と考えるが、原作に出てきた中で覚えている店なんて、武器屋と秘薬屋くらいしか覚えていない。 いや……いま思い出したが、もう一つあった。確か店名が魅惑の……いや、魅了の、だったかな? とにかく魅了効果のある何とか亭だ。だが、あれは確か居酒屋だったはずだ。少なくとも、僕の乏しい知識で判断するにつけ、十一歳の子供が行くべき店でしかない。まあ、既にエロ秘薬専門店などに出入りした身で、何を言うかという話ではあるのだが。 結論……どないせいっちゅうねん。 そんな風に思いながら僕は武器屋に戻り、武器屋の親父から、デルフリンガーを買い取った人間の記憶……早い話が僕自身の存在を抹消する。 かりにギーシュが転生者であると仮定すれば、彼は現代知識だけでなく、原作知識を持っている可能性が高い。そうなれば、ビエモンの秘薬屋にギーシュの影が存在する、という事は、その隣の武器屋に置かれているデルフリンガーの存在に彼が気付いていない、などという可能性は低いだろう。 この剣、見た目はただのボロ剣だが、よく喋るため、よく目立つのだ。加えて、僕は貴族で、かつ子供でもある。貴族の子供が大剣を買う、というのは極めて奇異な話だ。 店主に顔を覚えられ、それが原作知識持ちのギーシュに伝わった場合、僕がギーシュの人物像を知らない以上、そのギーシュがどんな反応を見せるか予測できない。最悪、イレギュラーと判断されて、僕以上のチート能力を使ってこっちを排除しようと襲い掛かってくる可能性すら存在する。 そういう意味では、ギーシュの影に気が付く事が出来たのは幸運だった。少しばかり安堵の溜息をつき、僕は視界の隅に感じた違和感に、ふと足を止めた。 そして、僕は思わず凍りついた。 いや、そんなこと、情報としてはとっくの昔に知っていたのだ。だが、知識として聞かされるのと実際に目にするのとでは、情報としての重みが恐ろしいほどに違う。「あれ……は…………」 息が詰まる。鳩尾から膨れ上がって心臓を圧迫し、呼吸が詰まり、息苦しい。喉の奥から吐き気がせり上がってくるのを感じる。 この感情は何だろう。喜怒哀楽で言うなら哀か怒か。少なくとも喜か楽じゃない事は確か、そして僕は悲しみなんて上等な感情を抱くような人間じゃない。つまり、僕が抱いているのは怒りの感情なのだろうか。 テラスで談笑する男女。その少女の姿に視線が吸い寄せられ、僕はぼんやりとその少女を見つめていた。僕はその少女を知っている。 黒に近い濃い栗色の髪、アメジストのような深い紫色の瞳。何より、あまりにも苛烈なまでの心根の強さ。 その芯の強さが生み出す輝きはそのままに、彼女が幸福の象徴とも言うべき溌剌とした笑みを浮かべると、それこそあるべき人があるべき場所にいると、そんな風にも思われ、そして、侮蔑と自嘲の嗤いしか知らない僕が彼女の婚約者でいるなど、どれだけ分不相応なことかを、語らずして思い知らされる。 メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール────それが彼女だ。 そして、その対面に座っている男。僕の知らない男だ。そして、おそらくは彼がメルセデスの婚約者なのだろう。華やかさはないが、顔つきからも誠実さが伝わってくる、そんな男だ。僕とは違う。「っ糞、最低だ」 いつもいつもこの調子だ。何を見ても劣等感に苛まれる。それが僕だ。あいつから一番大事なものを奪ってやったのだ、と悦に入れればいいのに、できない。彼女の心は既に、僕が名前も知らないあの男の元にある。薬や魔法を使っても、僕ではそんな卑劣な手段を使わなければ彼女の心を手に入れられない、という事実に変わりはないのだ。結局どうしようもない。 近くの壁を殴りつける。怪我をするのが怖くて途中で力が抜けた。握り拳に血は付いていない。要するに、怒りや嫉妬でさえ小物なのだ。それが僕だ。「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ!! 最低だ! 最悪だ! 死ねばいいのに! うざい! うざいんだよ! 死ね! 糞! 何もかも!!」 涙は流れない。震えたのは声だけだ。 別に彼女が欲しいわけじゃない。ただ、妬ましいだけ。そういう人間なのだ、僕は。 僕が訳の分からない感情の暴走に震えていた時、ふと、背中に何かがぶつかってくる。何でもいいからメルセデスから意識をそらしたくて、僕は背後へ振り返った。 僕が振り向くと、僕の足元で、一人の少年が尻餅をついていた。マントを羽織っているところからして、おそらく貴族。ちょうど、容姿で言うなら金髪碧眼、今の僕と同じ程度の年齢か。僕は、その少年のこともまた知っている。「……ギーシュ・ド・グラモン」「ん? 知ってるのか?」 僕を見上げたその少年が驚いたような目を向けてくる。「グラモン家の神童だろ? 有名人じゃないか」「へぇ、俺って有名人なのか。それはそれで面倒だな」 深刻そうな表情で呟くギーシュの言葉に、僕は少しばかり興味を惹かれながら、それを悟られないように苛立ちを表に出した表情を作る。にしても、有名なのが、面倒事を招く可能性、か。「よく言うよ。アンタのやった仕事の結果だろ」「まあ、そうなんだけどな。死亡フラグってのは中々消えてくれないものでさ」「…………フラグ?」「あ! いや何でもない。こっちの話」 フラグ、というのは地球、正確に言えば現代日本独特の言い回しのはずだ。少なくとも、ハルケギニアで使われる台詞回しじゃない。それに気づいて、慌てて何も知らない風を取り繕った。とりあえず、不自然な間に気付かれはしなかったようだ。「そういえば、おまえ、名前は?」「……何で僕が名乗らなきゃならないのさ?」「お前が俺のことを知っているのに、俺がお前のことを知らないなんてフェアじゃないだろ。ほら、名前」「…………フェルナン・ド・モット」「モットって……あ、あのモット伯のか!?」 彼の言う「あのモット伯」がどのモット伯だか知らないが、どうせロクな評価ではあるまい。 コイツは、何もチートや後ろ暗い手段のような汚い手に頼らなくても何もかも上手くいき、汚い手段に手を染めれば、それはそれで有り得ないほど上手くいく、そういう人種だ。自分の思うままに生きれば人に感動してもらえる素晴らしい一生が出来上がるのだから、こいつにとって、僕のような人間は小物か汚物程度にしか見えないのだろう。 妙に親しげな笑みを浮かべたギーシュの態度を、僕は馴れ馴れしいと感じる。正直、いい加減話を切り上げて立ち去りたいが、話を切り上げるタイミングが掴めない。 仕方なしにギーシュの愚痴に付き合っているが、正直苦痛だ。 やれ他の女の子と仲良くしているとすぐにルイズが爆発する……だの、アンリエッタ(呼び捨てだった)が人前で露骨に誘いを掛けてきて困る……だの、事あるごとにヴァリエール公爵が決闘を仕掛けてくる……だの、ワルド子爵と模擬戦で戦ってようやく勝つことが出来た……だの、ぶっちゃけた話、本人は愚痴を言っているつもりなのだろうが、はっきり言って自慢話や武勇伝にしか聞こえない。 やたら幸せそうな表情で愚痴を言うギーシュの顔を見ていると、だんだんと吐き気を催してくる。 その苛立ちから、あのままメルセデスをじっと見つめ続けているよりはマシだったろうが、と思考が飛び、そしてメルセデスのことを思い出してしまう。結局、僕はこの程度の会話もできないような人間だ。それが婚約者など、分不相応にも程がある。「なあ、あの娘か?」「違う」 気が付けば、僕の肩に手を置いたギーシュが、親指でメルセデスを指差していた。何もかも見透かしたような態度に、僕は思わずギーシュの手を振り払っていた。「人の恋愛については何も言わないけど、あの娘はやめとけ。明らかに隣の男とラブラブって感じだろ?」「うるさい……放せ!」 ギーシュの体を突き飛ばし、足早にその場から立ち去ろうとする。 その時、さすがに騒ぎ過ぎたのか、こちらに気が付いたメルセデスと正面から目が合った。何か言葉を投げつけてやろうと思う。だが、気のきいた皮肉一つ思いつかない。口を開け閉めするだけで何も言えない。 慌てて立ち上がろうとするメルセデスを無視して僕は歩き出そうとして、腰の辺りに軽い衝撃を感じた。 ぶつかってきたのは、今の僕よりもさらに幼い少女だった。服装からして平民、仲間と遊んでいた最中だったらしく泥だらけの格好で、僕が羽織っていたマントの裾に、その泥が飛び散っている。「…………」「ご、ごめんなさい!」 少女は勢いよく頭を下げる。衣装に泥が付いたとはいえ、この程度は気にするほどのものでもない。普段の僕なら、普通に謝罪されたのであればそのまま落ち着いて見逃しただろう。だが、今はあまりにも間が悪かった。 何もかもがどうでもいい。とにかく、今の僕は、何でもいいから八つ当たりできる相手が欲しい。ゆるりと伸びた僕の手が懐に収めた杖に掛かる。 目の前では、おそらく少女の母親だろう女性が、少女を抱き締めて庇うようにして謝罪を繰り返している。その光景がいやに目について苛立たしかった。 どうする、と何度も何度も自問自答を繰り返す。 まず、自分の立ち位置を客観的に把握する。今の自分は、婚約者に振られた挙句、近くにいた平民の子供に当たり散らそうとしている貴族だ。余りにも馬鹿馬鹿しい。まったく、これで実行に移したら、最低だとしか言いようがない。 だが、よくよく考えると、それで僕がどうなるというわけでもない。そもそも、僕は元々最低の人間なのだ。ここで子供を見逃したからといって、ドブネズミがライオンになれるわけじゃない。僕が最低の人間であるという厳然たる事実に、何か変化が起きるわけでもない。 それとも、自分に迷惑をかけた子供を見逃す事によって、いい事をしたという気分に浸りたいのか。あるいは、自分の器の寛大さに酔いたいのか。ハッ、どちらにせよ偽善だな。本当に良い事をしたいのなら、今すぐ実家から財産持ってきて、目の前の少女に分けてやるべきだ。それをしないのは、要するに僕が最低の偽善者だという証明に他ならない。 ああ、つまり。 僕は懐に伸ばした手で、杖を掴み取る。そして。 その腕を、誰かが掴み止めていた。「ギーシュ・ド・グラモン……何のつもりだ?」「それはこっちのセリフだ! お前こそ何のつもりだよ? お前今何をしようとした!? 何様のつもりだよ!?」 僕の腕を押さえつけるギーシュの指がギリギリと腕に食い込んでいた。その瞳はまっすぐ僕の眼を睨みつけている。 何様と言われれば貴族様だ。そこの小娘をボコろうとした。魔法を撃ち込もうとした。所詮この世は弱肉強食、つまり強い立場にいる僕が弱い立場の平民を傷つけるのは当然の権利だ────幾つもの反論が頭の中から溢れ出してぐるぐるどろどろと渦巻いて沸騰するが、そんなものは一つも口から出てこない。こちらをまっすぐに睨みつけるギーシュの眼光が、それを口に出す事を許さない。「……関係ないだろ。貴族ってのは平民よりも強いものなんだろ? どうせそれがルールだ」「困っている、苦しんでいる相手を助けるのに、平民も貴族もあるもんか! そんなルールがあるなら、そんな幻想、俺の手でブチ壊してやる!」 駄目だ。こいつは本気で言っている。 コイツは馬鹿だ。本気で、何の関係も裏付けもない赤の他人を信じていやがる。こちらに責任も義理も利害も何も持っていない赤の他人が、どれだけ簡単に人を裏切るかを理解していない。あるいは、理解していてなお、信じ続けるのか。 なぜそんな事が分かるのか。 簡単だ。目が語っている。言葉の響きが伝えている。所詮表情なんてのは筋肉が作り出す凹凸に過ぎず、所詮言葉なんてのは声帯の振動が空気に伝わって発生する波に過ぎない。そんな下らないものに、感情という訳のわからない、形すら持たないものを込められるという異形。それがこいつだ。 馬鹿馬鹿しい。 平民と貴族なんてのは、根本的に違う生き物だ。魔法という隔絶した力を持っている存在を、何の力も持たない平民が受け入れられるはずがない。 もし受け入れられるとしたら、それこそ今の貴族のように力で押さえつけてしまうか、あるいは……セイギノミカタという名の、力の無いものに一方的に都合のいい奴隷モドキくらいのものだろうさ。僕はそんなものになる気力もないし、なりたくもない。 だからこそ、僕はこいつが不愉快だ。 僕は、こちらの腕を掴むギーシュの手を乱暴に振り払うと、その場を後にした。僕の目の前で僕を拒絶するように野次馬の人垣が割れて、僕はその中央を歩いていく。何もしなかったこいつらが勝ち誇った顔でこちらを見るのが不愉快で、それ以外の感情をこちらに向ける相手がいるのが不愉快で、つまり全てが不愉快だ。 一人でトリスタニアの表通りを歩く僕の背後で、どっと歓呼の声が上がる。打ちのめされるようだ。 いや、はっきりと認めよう。これは敗北だ。どれだけチートを振りかざそうが、人としての格で、僕はあいつに勝てない。絶対的にだ。「殺してやる。……殺してやるぞ、ギーシュ・ド・グラモン!」 近くの壁に拳を叩きつける。相変わらず、僕の手から血は流れなかった。 しかし、だ。この世界は果たして、僕の想定通りに進むのだろうか。第一、全ての要素が原作通りに進むような保証もないのだ。僕が対して干渉もしていないからか、現状では特に原作と乖離しているような要素も見られない。だが、不確定要素なんてものはいつだって存在する。 特に平賀才人。まず、原作通りに僕の知っている平賀才人が召喚されるとも限らないのだ。別の作品世界からクロスオーバーして変なのが召喚されてくる可能性だってあるし、同時に二人の使い魔が召喚される二次創作なんてのも結構あったから、平賀才人に追加してまた別の最強オリ主が召喚されてくることだって考えられる。 最悪、どこぞの究極至高神みたいのが召喚されてくる可能性だって存在するのだ。マーラ様とかヴィロウシャナ様とか……。もしそんなのが出てきたら……ああ、そうなったら本当に対抗手段が思いつかない。どうしたものか。 家に帰りついた僕は、はあ、と溜息をつくと、帰りを待っていたらしいリーラに外套を渡す。「ただいま、リーラ」「お帰りなさいませ、ご主人様」 少女は安心させるような笑顔を浮かべて迎えてくれる。何というか、今日もまた平和だ。こんな日々がずっと続けばいいと、そんな風に思う。 だが、と嫌な思考が頭によぎった。 平和など、本当に力のあるものの手に掛かれば、あっさりと打ち砕かれてしまうだろう。僕が今握りしめているこのわずかばかりの幸せだって、どうせ力尽くで奪い取られてしまうのだ。 ……何故だ? なぜそんな事を思うのか。 僕はどうして──── 不意に、頭痛。 ずきり、と脳裏を走る激痛に、続く思考が断線する。「あっ……ぐ…………」 断続的に激痛が走り、その度に思考が真っ白になる。なにもおもいつかない。わからない。そのまま僕の意識は失われ、そして────────=====後書き的なもの===== ……やってしまった。 いくら四話が考察に終始する話だからとはいえ、一度に二話分のストックを消費……やってしまった。 まあそれはそれとして、ギーシュはやはりテンプレチート。というか、内政ものでもそうでないオリ主ものでも、簡単に人を信じられるとか努力できるとか、そっちの方が色々な特殊能力よりもよっぽどチートに見える作者は末期。だがいくら末期でも某メイドインヘブンでラディカルグッドスピードなネギま二次の巨星には勝てないという。