僕の望みは、安楽に暮らすことである。……などというとあからさまなテンプレなのだが、ぶっちゃけると、波乱万丈とかには多少程度の興味はない。あくまでもそれはブラウン管やページの向こう側にあるからこそ楽しめるもので、生と死のギリギリのスリルとかにはあまり興味はない。俺TUEEEE!のように、最低でも自分にとって絶対的な優位が約束されている事が絶対条件だ。 まあ、それはそれとして。 僕が安楽に暮らす事に関しては、二つほど問題がある。問題……言い換えるなら、死亡フラグだ。 それはガリアとロマリア、言い換えるのなら、狂王ジョゼフと教皇聖エイジス三十二世だ。どちらも、頭のネジの肝心な部分が吹っ飛んでいる癖して、片方はハルケギニア最強の大国の宗主、もう片方はハルケギニアの精神的な支柱、と巨大過ぎる権力を手にしている点。しかも、よりにもよって両方がチートな虚無魔法の使い手に、チートな虚無の使い魔まで憑いているときた。馬鹿にハサミどころかガトリングガンと核爆弾に宇宙戦艦まで持たせている状態だ。 濁流のフェルナン/第四段 まず、ヤバいのはジョゼフ。あれは言わば、行動理念の無い怪獣だ。基本的に彼の行動理念はゲーム、つまりは行き当たりばったりであるため、何をやらかすか分からない、という点。これは酷い恐怖だ。 自分が暮らす世界が、誰かの気紛れであっさりと崩れ落ちてしまうような脆いものでしかない、という確信。それこそが最大の恐怖。 ジョゼフほど巨大ではない、だがそれとよく似た恐怖を、僕は覚えている。あれは僕の生前、小学校でいじめが始まった日だ。ほんの一瞬前まで屈託なく雑談していたような友達が、次の瞬間にはこちらを侮蔑の目で見下すようになって、気がついたら、いつの間にか周囲のどこを見回しても敵しかいなくなっていた。それ以来、僕は人の顔と名前を覚えられなくなった。相手を“人”と認識してさえいなければ、僕を裏切ったとしてもそれは単なる“物”でしかない。僕はそうやって、今までずっと自我を保ってきた。そうするしかなかった。 そしてだからこそ、その恐怖は、僕の心の奥底へと刻まれている。自分が足を乗せている世界がどれだけ脆い足場であるのか、僕は理解している。理解してしまっている。 ……と、少し落ち着くべきだ。何の話だったか、ああ、そうそう、ジョゼフ王だ。 たった一人が暴走すれば、いとも簡単に国家というリヴァイアサンが暴走してしまうという喜劇。それこそが、専制政治の恐ろしい点だ。専門家ではないので細かいところは分からないが、無論、専制政治には民主主義にはない美点がたくさんあるのだろうが、この一点だけでも民主主義の方がまだマシである。特に、僕の手に力が握られていないという点が最悪だ。 もっとも、まだオルレアン公暗殺事件は起きていないので、まだ最凶最悪の無能(笑)王は誕生していない。これについては、多分後一年や二年もしない内に起きるだろう。無論、これに対する対策なんぞ思いつくはずもない。 次に教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ。虚無の力にジョゼフ並みの陰謀スキルがある癖に、聖戦さえ成功すれば世界が平和になって皆の暮らしも豊かになってその他のありとあらゆる問題も解決して皆が幸せになれるなどと信じている、頭にお花の咲いた、頭のかわいそうな人。一番バカバカしいのが、彼が『善意でやっている』というところだ。 というか、政権交代さえすれば何もかも上手くいくと主張してやまなかった某野党と同レベルの頭の出来だ。というか、戦争を起こさない分、向こうの方がまだマシである。 ブリミル教と、そして地球に存在したキリスト教は、表面上は瓜二つなようでいて、実のところ、本質的な部分で異なっている。 イエス・キリストは、貧しい大工の息子として生まれ、戦わず、武器も持たず、軍馬にも乗らず、弱い人々のために奇跡を起こし、弱い人々と共に泣き、笑い、社会の構造すらも無視して世界の最底辺の人々の為に生き、最後には惨めな罪人として裁かれ、そしてそのどん底から復活し、今に至る。本当に科学的に死体が起き上ったのかどうかは不明だが、ただ逃げ回るしか能がなかった彼の仲間たちが、ある一点を境に聖人の群れと化した……かどうかは知らないが、少なくともその時代に既に、後に全世界を席巻する最大最強の宗教勢力となる組織という土台を築いてしまった、これは事実。だからこそ地球の最大宗教、今のキリスト教がある。 始祖ブリミルの生まれは良く分からないが、軍を率いて異種族を侵略し、彼らの土地を略奪し、武器を取り、戦い、貴族に魔法という武器を与え、貴族が平民を支配する構造の基礎を作り出して後のハルケギニア社会の在り様を確定させ、最後には栄光ある指導者として無数の信奉者に囲まれて終わる。軍事的指導者としての有様を大いに強調されたその在り方は、キリストというよりはムハンマドに近い。ブリミルの偶像もイエスと違って顔が描かれない辺り、やはりイエスというよりはムハンマドに近いだろう。 早い話が、ブリミル教というのは始祖ブリミルが築いた貴族制という社会構造を肯定する、早い話が「貴族が魔法で平民を支配する」ことを正当化するための理念なのだ。この社会が平民ではなく貴族の為に存在するように、その厳然たるバックボーンとしてブリミル教が存在する。無論、それは気に食わないとはいえ悪いとは言わない。 だが、ブリミル教の理念というのは、窮極的には圧制や重税、弾圧すらも肯定する。平民はどこまでいっても貴族の所有物であり、誇りや道徳といったものは貴族の間だけで通用するものなのだ。平民の解放など問題外、所有物を殺そうが犯そうが絞り取ろうが、それが自身の所有物であるのなら咎められることもない。 要するに、ゴミ箱を受精させる勢いで消費されるティッシュと一緒なのだ。いくら父モット伯が変態という名の紳士(自称)であっても、ティッシュに恋愛するような事はしないし、当たり前ながらティッシュに人権なんて認める方がナンセンス。それが貴族社会。 僕は、少なくとも知識の上では平民も貴族も同じ人間であるという事は知っているし、リーラとシャーリーのことはそれなりに大切に思っている、と思う。だが、それでも、それはあくまでそれなり程度だ。彼女達の為に命まで懸けられるか、と訊かれたら、やはり黙り込まざるを得ない。 だというのに、彼は“貴族の”為に存在するブリミル教で、“平民も”纏めようとしている。ブリミル教に従うのならば、貧民が飢えて死に、悪徳司祭が私腹を肥やすことこそが正しいのだ。無論、んな事やってたらその内ロマリアは財政破綻するので、彼の政策も正しいと言えば正しいのだが。平民は生かさず殺さず、それに尽きる。しかし、“貴族の”ためのブリミル教で“民を”率いれば、いずれ彼は破綻する。 いや、それとも、平民はどうでもいいのだろうか。確かにこの世界における不幸の大半は貴族が生み出しているものだ。故に、ブリミル教の教えにおいて全ての貴族が改心して、“彼が考える”ブリミル教が世界を支配すれば、世界の不幸の大半は解消される……ように見える。 まあ、例え教皇の理想が体現されたとしても、どっちみちそれほど時間が立たないうちに、名前を変えた今までどおりの不幸と、新しい社会に特有の新しい不幸が蔓延する、表向きホワイトで内実ブラックな社会が出来上がることだろうよ。 まったく、理想なんて持つだけ無駄だって分からないのだろうか。 ……語っている内に論点がズレてきたな。修正修正。 まあ、実際本音を言うと、彼の改革が成功すると今までのように贅沢ができなくなって面倒になる、というだけなのだが。 実際、かつての地球においても、中世のカトリック教会において通称反宗教改革といわれる自浄活動が始まる前は、聖職者とは名ばかり、少し上位の聖職者なら沢山の教区の司教を兼任して、そこからの収入で働かずに遊びまくって楽しいニート生活ができたらしい。 こっちの世界で宗教改革とかされて、そっちの余波が貴族の生活にまで回ってきたら、今までどおりの生活ができるとは思えない。 実力が正当に評価されたりとかするとね、ほら、僕の取り分が減るじゃないか。 それはさておき、彼は戦争にどれだけの金が掛かるのか分かっちゃいない、という事。もっとも、僕自身もそんな事、分かったものじゃないのだが、彼の頭の中にあるのは少なくとも十字軍級、下手をすれば民族大移動級の大スペクタクルだ。それでエルフさえ滅ぼせば全世界がブリミル様マンセーになって全てが片付くと勘違いしている。 エルフを倒すという行為自体の実現性の低さをさておくとしても、戦争が終わって残るのは聖戦の莫大な消費によって労働者が根こそぎ消滅し、耕す者のいない一面の荒野となったハルケギニアだ。そんなセカイ、確かにブリミル教の教義の下に教皇が全てを支配する似非共産主義の世界を構築するには好都合かもしれないが、共産主義ってのはあくまでも、皆で幸せになる為に、皆で不幸になりましょうというだけの話。根本的な考えそれ自体が、根源から矛盾している。不幸になるのならお前らだけでやっていろ、といった感じだ。僕を巻き込むな。 ……というか、まさかそれこそが真の狙いか? 正直、僕の乏しい原作知識からすると、そこまできっちり計算されていそうで怖い。 だが、ともあれ、そんな馬鹿馬鹿しい馬鹿騒ぎに付き合ってはいられない。というか、伯爵家の財産がスッカラカンになるくらいの被害はあると思う。 第一、彼が欲しがっている四人の虚無の使い手が集まったところで、どれほどのものになる事やら。お偉いブリミル様でもSEIFUKUできなかったんだろ? 被害が大き過ぎるし、僕が死ぬのも御免である。 と、いうわけで、この二つをどうにかしないといけないのだ。といっても、ぶっちゃけた話、どうすりゃいいのかなんて分かるわけもないんだけど。まあ、何だ? ヒキオタニートが原作キャラに対抗しようとか考える方が、無謀だったという訳だ。「はぁ…………」 深々と溜息をつく。原作キャラの壁は厚い。 ここは一つ、考え方を変えてみるべきだろう。たとえばこうだ。聖戦が発動されたところで、黄金律スキルがあるから、財布は空にはならず、むしろ潤う結果になるだろう、とか。それでも戦場に出されたら怪我するかもしれないし、痛いのは勘弁だが。 他人が苦しむのはどうでもいい、あるいは相手によっては大歓迎だが、自分が痛い目に遭うのは絶対に嫌だ。 次に、もう一つの懸案について考える事にする。「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……大貴族ヴァリエール公爵家の令嬢であり、魔法が使えない……通称“ゼロ”。魔法が使えず、使おうとしても全て爆発してしまう事から、強いコンプレックスを抱えている」 ……おおむね原作通りだな。次。「アンリエッタ・ド・トリステイン。トリステイン王家の血を継ぐ唯一の後継者であり、現時点においては水系統の魔法を使うラインメイジ。政治には携わっていない、と」 こちらはあまり情報を調べられなかった。基本的に、周りから見て重要度の低いルイズと比べ、王女のガードは固く、あまり嗅ぎ回るわけにもいかなかったのだ。だが、やはり僕の知っているゼロの使い魔との相違点も、少なくとも目に見える範囲では存在しないようだ。 そして、一番の問題点、か。「ギーシュ・ド・グラモン。名門グラモン家の四男にして、土系統の魔法を使うスクエアメイジ、通称“鋼鉄”。加えて、ルイズ及びアンリエッタ王女の幼馴染みでもある。グラモン家の“神童”であり、輪作や三毛作、窒素系肥料の製造などの農地改革や、味噌・醤油などの新種の調味料の製造や取引によって、傾いていたグラモン家の経営を立て直し、さらに大きく発展を続けている、と」 他にも、『運命/夜に残留』や『戦国槍』、『とある魔法の禁書目録』、『灼眼のシャーナ』などの、明らかに何かをリスペクトしたような小説を書いて大ヒットを飛ばしたりもしているようだ。 ある程度の知識はあったが、しかし改めてみると本当にすごい。 どう見ても内政チートです。本当にありがとうございます。まあ、これも黄金律スキルの影響なのか、女好きのグラモン家の当主や、あるいはギーシュ以外の息子たちが景気よく水の秘薬に注ぎ込んでくれるおかげで、かなりの額がモット伯家に流れ込んでくるのだが。 さらには、エロに注ぎ込み過ぎたせいで金に困って秘薬の代金が払えなくなったグラモン家の三男坊の手によって、グラモン家の様々なノウハウがモット伯領に流出してくれているため、こちらとしては非常に助かっている。農業力も上がったし、醤油や味噌もこちらで自給可能。いや、本当にありがとうございます。まったくありがたい限りだ。四男以外とは末永くお付き合い願いたいものである。 そしてもう一つ、目を付けていたポイントにギーシュが姿を現しているようだ。「タルブ村のゼロ戦……彼が回収したのか」 “場違いな工芸品(オーパーツ)”を実用できる、というような様子を見せると、どこぞの教皇や狂王に目を付けられかねないと判断して、バレないように相似魔術で複製を作るだけにして放置していたのだが、ギーシュが回収したようである。一応、監視だけはつけておいたのだが、どうやらそれに引っ掛かった様子である。「固定化までかけて、しかも研究までしているとはな。まったくご丁寧な事だ」 タルブ村のゼロ戦の存在を知っているのは、原作知識でもなければ不可能だ。加えて、ゼロ戦の実用性に気付くには、現代人の視点が無ければコルベール並みの、それこそ中世の暗黒時代に数百年の時の流れをキング・クリムゾンして最低十九世紀並みの発明品を生み出すような頭脳が無ければ無理。 あの魔力付与どころか羽ばたくための器官すらついていない、金属製の「竜の羽衣」が空を自由に飛び回るなんて、ハルケギニア人には誰も想像がつかなかったのである。アレが空を飛ぶ姿を創造するためには、現代人か、もしくはそれに準ずる文明レベルの発想が必要である。 確かに、この世界のギーシュがそのような天才である可能性もある。農地改革も醤油や味噌の発明も、その万能の天才としての才能のなせる技だ、という可能性だって十分に存在する。だが、ここまであからさまであれば、もはやこれは現代知識と原作知識を併せ持つ転生者であると考えた方が無難だ。「そして転生者であるのなら、転生なんて非常識な事態を起こすような手段がそうそう幾つもあるわけがない。僕と同じような方法で転生したと考えるのが一番可能性が高い。となれば、僕と同じようにチート能力を持っていると考えるのが無難、か」 だが、情報戦ではこっちが一歩先んじた。勝率は十分にある……と考えて、ふと思う。 どうして僕は戦う気になっているのだろうか。別に転生者同士で殺し合う必要など、どこにもないのでは……否、と首を振る。僕がその気だろうが、向こうから仕掛けてこない必然性などどこにもないのだ。暴力とは、常に一方的に、理不尽に振るわれるものだ。前世においてもそうだっただろう? なら、警戒しておいて損はないはずだ。 それに、だ。相手の行動が僕の障害にならないなんて保証はどこにもないのだ。例えば、虚無は世界に四つしか存在せず、アイツはその虚無の一つであるルイズを既に確保している、と見ることもできる。もし何かあって虚無の力が必要になった時に相手に頭を下げても、素直に力を使わせてもらえるとは限らないのだ。「ギーシュ・ド・グラモン……やはり邪魔になる……か?」 だが、戦いを挑むとして、勝てるのか。僕の持っている切り札は確かに強力ではある。だが、強力ではあっても、必ず勝てるとは限らないのだ。例えばギルガメッシュは原作においてセイバーに敗北しているし、必殺の『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』でさえ、惑星すら破壊するZ戦士のエネルギー波にはさすがに勝てないだろう。 恐ろしい。何より恐ろしいのは、僕以外の転生者だ。果たして、僕は生き残れるのだろうか……?「やれやれ、だな。ここは、まず気分転換といこうか」 呟いて、僕は研究に戻る事にする。 とりあえず、現在試している課題は、肉体の一部のみのホムンクルス化だ。これを人型ホムンクルスに行う事で、人型ホムンクルスであっても動物型の特殊能力を手にする事ができる、という事。 人型と動物型のホムンクルスにおける最大の相違点は、人型は武装錬金という強力な武器を持ち、動物型はホムンクルス素体の段階で獲得できる特殊能力がある程度分かっているという事。武装錬金は、別に怪物すらない多少鍛えた人間が持つだけで、というか高校生が学生生活の傍ら、数カ月の訓練課程を経るだけでもホムンクルスと互角に戦えるほどの強力な武器だ。しかし、その能力は個体差が大きく、戦闘向けの武装錬金とそうでない武装錬金の間で、能力差が激し過ぎるのだ。製品としては品質が安定していないという事。これは、人型ホムンクルスが兵器としての量産には向かないという事であり、また、武装錬金の原作において核鉄が量産されなかった理由でもあろう。 加えて、この研究のメリットはそれだけではない。この実験では、肉体の一部とはいえ、人間のままホムンクルスの力を手にすることも可能なのだ。物は使いよう、というわけだ。 もっとも、人間にできる事は全て人型ホムンクルスにも可能であるわけで、そうなるとホムンクルスにならずに人間のままでいる事にどれだけのメリットがあるものか、あまり思いつかないのだが。 強いて言うなら、よく漫画の主人公サイドが語っている人間マンセー思想に沿った行動を取る時くらいだろうか。まあ、それでも僕には人間マンセーに必要不可欠な言わば『人間としての格』が絶対的に欠落しているわけで、だ。能力が多い方が強くなれて得だと思うのだが。「実験体一号は失敗、右腕から先に寄生させたホムンクルス素体が暴走し、オーク型ホムンクルスとなった右腕が本体を絞め殺して死亡、と」 正確には、人間のままの本体の頸骨がほとんど握り潰される感じだった。かなりグロかった。「実験体二号も失敗、両足に寄生させたホムンクルス素体が暴走、薔薇型ホムンクルスの下半身に絞め潰されて死亡、と。同じく三号、四号も、似たり寄ったりの暴走で死亡、か」 やれやれ、と溜息をつく。いかに人間にホムンクルスの器官を移植しようとも、ホムンクルスはホムンクルスで、人間は人間だ。ホムンクルスが創造主以外の人間に従うはずもない。故に、二号から四号までは、その性質を人間に融和しやすくする方向性で実験を続けた。「実験体五号、やはり失敗。左腕に移植したホムンクルス素体からの意志の剥奪には成功、ただし器官の制御が行われなかったため、狼型ホムンクルスのパワーの反動に耐えられずに重要器官が破損、死亡」 暴走こそしなかったものの、狼型ホムンクルスの左腕が生み出すパワーに人間の肉体が耐えられずに死亡してしまったというわけだ。試しに腕を目一杯に振ってみたら、腕を支えていた肩が遠心力で引き千切れ、ボディが反動で実験場の壁に叩きつけられてアウト。ホムンクルスの腕は反動で吹っ飛んで反対側の壁に見事に突き刺さった。直接の死因は全身骨折と内臓破裂で、壁には左腕の無い人型にべったりと血の跡が残り、後片付けが大変だった。アレは酷かった。 これについては、人型ホムンクルスをベースとする事で、ホムンクルスのパワーに耐えられる肉体を用意する事が可能だろう。後は、サーヴァントのスペックを持った僕の肉体でも同じことが可能だろうと思われる。「実験体六号、右腕に蛇型のホムンクルス素体を移植し、右腕のみホムンクルス化。これにはリミッターを付けて能力を制限し、結果として延命に成功。ただし、免疫による拒絶反応によって実験体は一週間後に死亡」 加えて言うならば、実験体はリミッターで人間が耐えられる程度のパワーに抑え込んだ結果として人間と同レベルのパワーしか発揮できず、ホムンクルスの肉体の防御力を差っ引くとしても、再生する頑丈な盾程度の意味しか持たず、兵器としての価値はせいぜい七割減だ。「実験体七号、六号と同様の処置に加え、免疫抑制剤を投与。結果として一カ月の延命には成功するも、無菌室から出した際、免疫抑制の結果として各種感染症を併発、一週間後には病死」 要するに免疫不全、エイズで人が死ぬのと同じ理屈だ。 これは問題外だ。無菌室から引っ張り出したら免疫抑制剤を投与しなかったのと大して変わりがない、というのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。「実験体八号、六号と同様の処置を行う。ただしホムンクルス素体を、実験体自身をベースとした人型とする。免疫の拒絶反応が起こらず、術後の経過も良好」 ただし、この場合は動物型の機能を付与する事はできないため、兵器の機能としては疑問が残る。ただ腕が頑丈になるだけなのだ。これならば、腕だけでなくて、素直に全身をホムンクルス化してしまった方がよほどに効率がいい。 まあ、ともかくこれにて、人体の部分ホムンクルス化の研究はいったん幕を閉じる事にする。この研究はとりあえず行き止まりだ。 技術革新が必要だ。二つ以上の生物をベースにホムンクルス素体を生み出す“キメラ型”の技術――――これを開発してみる事にしよう。 前に一歩を踏み出す。薄く水の張られた床を踏んだ足先から、水面に波紋が立つ。かすかな水音が静かな石造りの部屋に清澄な気配を漂わせる。 モット伯家の修練場は地下にある。薄く水の張られた石造りの部屋。部屋は周囲の音を遮断し、張られた水が冬は暖かく、夏は涼しく過ごせる秘訣である。この水はラグドリアン湖から直接地下水路で引かれており、水魔法が特に発動させやすくなっているのだ。 ちなみに、この修練場が地下にある理由は、あまり表に出す事が出来ない魔法の練習をするためだ。さすがにエロ魔法を表で堂々と練習するわけにはいかない。そのため、代々のモット伯家の次期当主は魔法の鍛錬の際には常に地下に篭もっていたのだ。「イル・ウォータル・アクア・ウィターエ……」 軽くタクト状の杖を振ると、水面に大きく波紋が走り、水が獣の形をとって踊る。獣のモデルはハイエナ。僕が最も自分に近いと感じる獣のイメージ、屍肉喰らい。だが、だからこそハイエナの顎は骨すら噛み砕く程に強い……僕もまた、そのように在りたいものだ。色は透き通った水晶の色から、錬金の水バージョンである練成の魔法で変成され、異様な銀色へとその色彩を変える。水銀だ。水の十倍以上の重量を持ち、水より沸点が高いため、火に対する耐性もやや高い。 モット伯家オリジナル魔法、アクア・ゴーレム。早い話が、土魔法のゴーレムを水魔法で再現したというただそれだけの魔法。元々は水魔法でお手軽に異種姦スライムプレイを再現するために開発された魔法であるのだが、使ってみるとこれがまた、戦闘では意外なほどに有効だったという、凄いんだかアホらしいんだかコメントしづらい魔法である。伝統では通常のスライムバージョンの他に、触手バージョンや犬バージョンが存在する。それぞれの用途については……まあ、察しろ。 アクア・ゴーレムはその性質上、武器を装備するのがどうしても苦手であるため、戦闘用のアクア・ゴーレムは爪牙を備えた獣の形を取る事が多い。僕は好んでハイエナの形状を再現する。アクア・ゴーレムは水で出来ているため、その性質上単純な物理攻撃が効かず、そのため、同じ大きさのゴーレムとアクア・ゴーレムが戦えば、アクア・ゴーレムが勝つ。もっとも、アクア・ゴーレムを維持するためにはゴーレム以上に精神力のコストがかかるのだが。 僕はアクア・ゴーレムを解除すると、練成し直して変化した物質を水に戻す。銀色が比重の差で水面から下に沈んでいき、底に触れたあたりで水銀を水に再練成、銀色が消えて透明に戻る。 僕の魔法は既にスクエアレベルに到達している。ずっとそればかりやってきたからだ。この世界にやってきて、魔法を習い始めた最初は、もう、本当に楽しくて仕方なかった。始めから型月世界の魔術や相似体系魔術の素養があったからか、それとも元から魔力が高かったからか、修得も結構速く進んだ。だが、当然、飽きてくるのだ。この世界で貴族として暮していれば、魔法などあって当たり前のものになってくる。だからいい加減、別の事をしたくなって、そして、そこで現実を思い知らされた。 僕は元々ヒキオタニート予備群で、自殺まで試みた人間だ。加えて、周りの人間とは精神年齢まで乖離しているのだ。そんな人間に、友達や恋人など作れるわけがない。前世がそうだったように、だ。だから、今までずっと、引きこもって魔法の研鑽に費やしてきたのだ。元々の素質に加え、努力と呼べるのかどうか知らないが、ずっと続けてきた魔法の練習、それらを合わせて、僕の魔法は最上位であるスクエアに到達した。 だが、結局僕は何も変わっていない。ジョゼフと教皇、二つの脅威の存在を理解していて、なお何もすることができていない。「僕の引き出しが少な過ぎるのが悪いのか……」 むしろ、ここまで強力な“手段”を持ちながら、それを活用できていない、という事なのだろう。初期条件が僕よりも劣るオリ主などいくらでもいるのだから。その理由などたった一つだ。「やり方でも変えてみるかねぇ……」 発想の幅を広げてみる事を考える。例えば、今までホムンクルス素体の材料には、領地の中で撃退した亜人などをベースに使用していた。だが、もっと簡単に強力な幻獣を調達する事が可能なのではないか。「使い魔の召喚か……試してみるか」 深々と息を吸い込み、意識を集中させる。記憶を手繰り、必要な呪文を思い出す。「確か……宇宙の果てのどこかにいる我が僕よ!」 出来れば、チート並みに強力な代物が欲しい。たとえば、虚無の使い魔とかそういうものだ。だから、僕が知っている虚無系統のメイジの呪文を流用する。「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 我は心より求め、訴える! 我が導きに、応えろ!」 僕の前に銀色の鏡が浮かび、その奥から、流れる水の音と共に人ではない何物かの気配が近づいてくる。果たして、鏡の奥から現れたのは、僕の想像以上の代物だった。