ひゅう、と風が吹いた。 乾いた風だ。ざらざらした砂を含んだ風は暑くも寒くもなく、ただ荒涼とした物寂しさだけを含んでいる。破滅という現象に気配があるとすれば、それはきっとこういうものなのだろう。 見渡す限りの荒野。トリステインの中でも街道にほど近いこの地域は、BETA占領地域の奪還のために逐次投入された騎士団や傭兵団に踏み荒らされ、草木も残らない荒地と化している。「……嫌な風だな」 こんな光景を見ていると、そんな言葉が口を衝いて出る。「帰ってきましたハルケギニア……大した時間は経っていないはずなのに、随分と懐かしく感じるな」 それはきっと、色々なことが起こり過ぎたからだろう。 僕自身だけじゃない。この数日にも満たないわずかな間に、ハルケギニアは大きく変動していた。 濁流のフェルナン/第二十七段 さて、現状を確認しよう。 前回、『オーバーフロウ』の一環として僕が行った異世界侵攻による強化だが、順調である部分はそれなりに順調だった。『オーバーフロウ』未完遂の時点であるため天元突破ディノニクティスは使えなかったが、それでも無茶をしようとしなければ、案外できることはできるのだ。 まず、プランA。ARMSの世界ではジャバウォックの腕をかっぱらい、主人公達の最終決戦ではARMS『神の卵』ハンプティ・ダンプティを入手。色々あって主人公達にボコられて力を失ったラスボスは精神的にもボロボロであり、力を奪うのは容易かった。 しかし、あらゆるエネルギーを吸収するハンプティ・ダンプティは本来、殺した相手の魂まで取り込んで、支配しないどころか肝心なところで主の足を引っ張らせるという壮大過ぎる弱点を持ち、中ボスもラスボスもそのせいで自爆して死んでいったのだが。 そのための人類補完計画である。 魂ごと同化できるエヴァ世界の人類補完計画の力を使って吸収した魂を同化すれば、もはやそれによって足を引っ張られる恐れは存在しない。 同時並行してデス=レックスの力を使えば、魂など単なる燃料に成り果てる。 さらに、散布型などという形態が存在するARMSのナノマシンとペイルホースを合わせることにより、空気感染するペイルホースという言語道断な代物が出来上がってしまった。それにDG細胞と月光蝶システムが合わさったことにより、感染範囲も洒落にならない代物になってしまっている。 さらには禁書世界に行って、ハンプティ・ダンプティで攻撃を喰らいまくって吸収してきたため、技のレパートリーもかなり増えた。ハンプティ・ダンプティの技の一つである空間断裂攻撃のベースが超能力であったこともあり、ハンプティ・ダンプティは超能力系の技であればあっさりとラーニングが可能なのだ。魔法系は少し面倒なのだが。 一方、難易度高過ぎなプランBの方では少々苦労する羽目になった。終わクロ世界は色々と勝てる気がしないし、そうでなくともトールハンマー装備の期待外れババァとか、相性が悪過ぎるにもほどがあるし。 天地無用世界にも、異世界移動が可能で全能っぽい何かがいたような気がするし。というかよく知らないのだが、続編か何かに異世界の聖騎士?物語とかいうのがあったような気がするので間違いない。 と、いうわけで、作品世界にはできるだけ影響を与えず、目的のものだけかっぱらって脱出することを最優先。 九州の辺りに存在した概念空間に忍び込み、植物を一束刈り取って脱出。目的は植物の中にあるいは大気中に満ち溢れる、4th-G概念核である木竜ムキチ。水精霊としての本体それ自体の強化・能力付加の為に極少量の水を取り込み、4th-Gという滅びた世界の物理法則の小さな欠片であるところのそれを、複製障壁を通して何度も繰り返し増産すれば、あっという間にもう一つの概念核が出来上がる。 で、即離脱、次の世界へ。 一応、この世界には、獲物になりそうなカモがいたら逃さないように端末を逃しているが、基本的に不干渉なポジションだ。怖いし。 あとは植物としての多様性を確保し、同時に巨大な演算装置を取り込むために、緑の王の世界へと侵入。惑星一個分の植物を支配し、さらにその領域を無数の平行世界にまで広げ、あっという間に演算能力チートである。 こっちには他の世界とは違って色々と逃げ隠れる必要もない。 しかし、征服して思ったのだが、この世界の植物はぶっちゃけ異常である。植物間相互作用(アレロパシー)が紫外線やら何やらの作用によるマイクロブラックホールを媒介にすることによって無数の平行世界の植物と繋がり、超巨大なネットワークを形成する。 その力は時空を歪めて滅びた時代の生物を呼び込み、あるいは時空そのものを操作して平行世界から樹海そのものを召喚し、地球全土を植物で覆い尽くす。あるいは、自らの組織構造を変質させ、最新鋭の近代兵器すら圧倒する戦闘能力を持った巨大ロボットのような形態をとり、あるいは人工衛星や軌道エレベーターを形成し、異惑星のテラ・フォーミングに着手するほどの力を持つ。 正直言って、侵攻の容易さと相反する無体さだ。いくら何でもこれはない。まあ、あれだ。手に入れたのだから、有効活用させてもらうとしよう。 でもって、天地無用の世界。 実は、敵戦力的にはここの世界が一番ヤバかった。確か続編だか何だかで登場する異世界の聖騎士ナントカ物語とかいうので、主人公が何だか全能っぽい何かによって異世界に送り込まれてリア充の限りを尽くすという話があったはず……とかいうと、二次創作的にものすごくありきたりに聞こえるから不思議。まったく、ギーシュみたいだ。爆発すればいいのに。 そんなわけで、こっちは割とこそこそと活動することに。敵の注目に値する影響を及ぼさず、敵の注目に値する事態を発生させず、じっくりとゆっくりとこっそりと。正直なところ、事前調査とかも全くと言っていいほど行っていない。相手は全能者、調査という行為それ自体が相手の目を引いてしまう可能性があるというのを考えると、怖くてとてもじゃないが調査などできやしない。勝てるだけの力を手に入れたら、その時にこそ征服とか侵略とか考えよう。 目的は光凰翼とかいう超バリアの展開能力を持つ、皇家の樹とかいうのの細胞サンプル。奪取すべきは葉っぱ一枚、髪の毛一本。標的は、天地無用の世界の主人公の家のすぐ側に根付いている、それっぽい樹である。地面に落ちている葉の一枚が失われた程度では、この世界には何の影響もない。 後は、エヴァンゲリオンの世界に持ち帰り、クローン培養にて皇家の樹を培養し────失敗した。 いや、いくらクローン培養を繰り返しても、どれだけ頑張ってクローニングやっても、ただの木しか生えてこないのである。いやま、確かにDNA構造とかは地球起源のものでないだけあって通常の植物とは大きく異なっているものの、その性質はどこからどうやっても単なる植物である。 明らかにおかしい。 確か原作では何やらジュライ?とかいう母星の環境でないと能力を発揮できないという設定があったような気がするがうろ覚えだし、何より僕は原作の漫画で、地球の大地に植わった皇家の樹の精神体か何かが誰かと会話しているシーンを見た記憶がある。だというのに何もないということはさすがにないはずだと思うのだが……上手くいかない。 実際に稼働している皇家の樹を捕獲してくるべきじゃないのかとも思うのだが、そんなキリングフィールドに踏み込むのも怖い。というかディノニクティスが完全体に程遠い今、王様とギーシュ以外を敵に回すのは明らかに得策ではない。何より勝てるという保証もない。 まあ、高位存在が人間と同じような視点や精神構造を持っているかどうかは謎なので、その性質や嗜好によってはあるいは妥協や同盟、協力関係の構築が可能なのかもしれないが、他人という時点でぶっちゃけ信用できない。王様に切られた時点で、もうそんなにホイホイ他人を信じる気にはなれない。 だからどうにかして、今持っている能力と、今手に入る能力で、皇家の樹を稼働状態に持っていきたい。 そんな風に考えて、色々な手段を試してみる。 たとえばペイルホースやDG細胞を始めとした各種ナノマシンの投与、以前回収したランカ・リーの肉体を使用した歌による精神干渉、木竜ムキチの能力による生体干渉、その他諸々。 その内の一つが、皇家の樹をベースにしたホムンクルス素体の精製であった。仮にも、役に立たないクローン体であるにせよ、その細胞は皇家の樹のものであるのだ。生物学的な強度やエネルギーが足りないのであれば、生物学的強度それ自体を底上げしてしまえばいいという発想。 結果的に、それは思わぬ成果をもたらした。 ベースとなった細胞サンプルの主である皇家の樹「船穂」の人格、及び記憶・経験情報のサルベージに成功したのだ。 これが切っ掛けになって、皇家の樹が稼働できなかった理由が判明した。 その理由は主に二つ。 第一に、皇家の樹の母星である樹雷星の環境が再現されていなかったこと。 第二に、皇家の樹は種でしか繁殖できないこと。 とまあ、こんな感じである。 まず第一の理由である。細かい理屈やら何やらはさておくとして、皇家の樹というのは、光凰翼という超御都合主義最強バリアの展開能力とかを始めとして、知性すら持っているとかまあ色々とアレである植物なのだが、その弱点として、それらの特性はあくまでも樹雷星の環境でしか発現できず、宇宙船のコアに組み込む際には、宇宙船の内側に樹雷星の環境を再現する必要がある。 さもなければ知性すら保つことができないという、ある意味とてつもなく儚い種族だ。樹雷星が環境汚染されでもすれば、もしかしたら樹雷星の皇家の樹とか全部ただの樹に成り下がるんじゃないだろうか。 まあそんなわけで、地球に根を生やした船穂がその人格を保ち、あまつさえ皇家の樹として力を保つことができたのも、近くにあった宇宙船によってバックアップを得ているからである……なんて、知るわけないだろそんなこと。まあ僕の原作知識は酷く曖昧だから、仕方のない弊害ではあるのだが。 第二の理由については、何やら多次元に根っこを伸ばしてエネルギーを吸い上げているとか何とかで、要するにゼオライマーの次元連結システムや王様のリベル・レギスが保有する“無限の心臓”の同類だったらしい。多次元に根を下ろすのはあくまでも種特有の性質であり、だから大地に根を下ろすと、今まで多次元に刺さっていた分の根が引っこ抜けて、電源が切られた形になって能力や知性が消失する……のか? よく分からん。 まあ、とにかくとして、多次元世界に根っこを下ろす、というのは、要するにそれだけで一つの次元干渉である。そして当然ながら、多次元世界に対する干渉を行うためには、多次元から汲み上げた膨大な熱量を必要とする。 よって、皇家の樹の種は、母樹に実る際に、最初の次元干渉として多次元世界に根を下ろすための熱量と生る種火を、母樹から受け取っているのである。 だから、多次元に接続していない木っ端細胞から製造したクローンは、多次元世界に根を下ろすことはできない。 逆に考えると、次元連結システムやそこらで熱量を補ってやれば、根を下ろすことも十分可能で、それどころか電源が足りないだけで次元干渉のための生体器官は揃っているのだから、ディノニクティスあたりに接続してやれば、それだけで光凰翼が使えるはず……なのだが、現状、ディノニクティスが不完全な今、そっちにエネルギーを取られるのはキツい。 加えて言うなら、時限連結システムと違い、緑の王の植物共感ネットワークにそのまま取り込んで、無限の平行世界の可能性領域を展開することにより、それだけでディノニクティスのエネルギーゲインを伸ばせる、次元リアクターとしての皇家の樹は惜しい。 とはいえ、種が根っこを下ろすときにはどうやら母樹だかなんかのナビゲートを受けているのか、生成したクローンが次元世界に根っこを下ろすという行動それ自体に難航した。 ちなみに、その船穂の人格がホムンクルス化でサルベージできた理由であるが、それは純粋にホムンクルスという存在の特性による。 先程触れたとおり、皇家の樹は大地に根を下ろすと“皇家の樹の特性の一つである”知性を保つことすらできない。 だが、たとえば武装錬金の原作にもバラ型ホムンクルスがいたように、植物型ホムンクルスはそれ単体で知性を保つことができる。皇家の樹の特殊性に頼ることなく知性を保つことができるのである。加えて、ホムンクルスの人格は、基本的に素体のベースになった細胞の持ち主に依存する。たとえば、武装錬金に登場した鷲型ホムンクルスがいい例である。 つまり、皇家の樹型ホムンクルスを精製すれば、その人格は元の皇家の樹の物となるのだ。それを精製時点から僕の端末に変えてしまえば、その知識と経験は、当然ながら僕のものとなる。 そしてもう一つ物騒なことに気付いたりして。 皇家の樹は、何やら天地無用の世界における全能っぽい女神だか何かといった上位存在とリンクしているのである。女神とかいうがそんな高位存在に果たして性別などという概念があるのかどうか果たして疑問なのだろうが、まあそっちはどうでもいい、とにかく女神だという話だ。実はオカマだったりしたらどうするのだろうか。 まあ、これに関しては、ただの樹になっている状態ではリンクも途絶しているので問題なし。皇家の樹を復活させればそのリンクも復活するだろうが、そっちは皇家の樹それ自体を余さず端末化させて、こっちから通信を切れば問題はないだろう。 さて、理由も分かったところで対策である。 まず樹雷星の環境であるが、実際に樹雷星に赴いて現地調査を行うのは少しばかり怖くてかなわないので、船穂の記憶を基に似たような環境を作り出し、さらに緑の王の平行世界ネットワークを利用して無限のバリエーションを用意して、ローラー形式で実験を繰り返す。結果として、樹雷星と変わらず皇家の樹が力を振るえる環境を割り出すことに成功。 続いて種に関する問題であるが、これに関しては、要するに多次元世界に根を張らせればいいのだろうと結論し、強引にいくことに決定。皇家の樹のクローンを利用して種子を精製、こっちは何の変哲もないただの植物の種に過ぎないが、それを可能とするだけの生体スペックだけはあることは分かったので、次元連結システムを利用して、少々乱暴な手段になるが、無理矢理多次元世界に根っこを突っ込むことにした。 いくつかの平行世界が次元崩壊を起こして消滅したものの、こっちは緑の王の世界を制圧した時点で植物共感による平行世界ネットワークが届く限りの、無限に広がる平行世界群それ自体を領土に収めているのだ。平行世界の千や二千程度なら何の問題もない。ついでにそれだけの世界の内半分くらいに住んでいた人類も一緒に絶滅したが、そんなので痛む良心も持ち合わせてはいない。全く問題はない。 結果として、これ以上の天地無用の世界への干渉を行わず、独力での光凰翼の再現に成功。後は、複製障壁によって個体数を増やし、最終的には惑星を覆い尽くす樹海を形成する予定である。 そんなわけで、色々と考えた末、以前征服したエヴァンゲリオンの世界をテラ・フォーミング。と言っても、別に大したことをしたわけじゃない。「緑の王」の植物の力で平行世界から樹海を呼び出して、陸地を森で埋めつくしただけである。 『オーバーフロウ』の途中段階で火星に出現させた森も、この世界から呼び出したものだったりする。 森に植える植物の素体は皇家の樹を使い、さらにホムンクルス調整体の技術を使って共食いにより強化、加えてサイヤ人の成長因子を使って戦闘を繰り返させ、結果的に樹一株につき二枚の光凰翼を展開することに成功。 その上でそんな植物が生い茂った樹海それ自体をディノニクティス・アートレータ・アエテルヌムに組み込んだ結果、ざっと数えて三十六枚ほどの光凰翼を展開できるレベルにまで至る。平行世界の融合などといった荒業を使うのに必要なのが三枚から四枚程度、天地無用世界の絶対神や最強主人公どもが十枚ちょっとというから、その威力は推して知るべしである。 あと、テッカマンの世界はさほど苦労しなかった。力任せに侵攻して、ラダム樹を一株かっぱらってくるだけである。別に大した問題じゃなかった。今はその後、個人戦闘レベルに留まらない集団戦や戦争レベルの戦術思考と、魔力や気、超科学といった特殊能力に依存しない戦闘・非戦闘スキルを求めて、戯言シリーズの世界に侵攻中である。 一方、プランC。 目下最大の敵はギーシュである。ジョゼフ王に一撃で倒されたギーシュであるのだが、死亡確認が取れておらず、さらにヤツが保有するサイヤ人の生命力、アヴァロンの自己治癒能力と併せて、どう考えても死んでいるとは思えなかった……事実、生きていたわけで。 しかも、サイヤ人の最大の特性はその成長能力である。サイヤ人は戦えば戦うほど強くなり、その力は強い敵と戦った時ほど、そして死の淵から生還した時ほどに強くなる、はず。多分。少年漫画的な法則から推察して。 そして前回の戦いは、その双方に該当していた。間違いなく、以前よりも強くなっている。第一、奥の手こそ使っていなかったものの、ワルドと二人がかりでも倒せなかった相手なのだ。もうワルドはいないし、他の味方が助けてくれる可能性にも、正直期待はできない。 それでもあの時は王様を担ぎ出せば確実に勝てたかもしれないが、その王様ももう敵になってしまったし、そもそも王様の力を自分のものと勘違いするなんていうのは馬鹿のやることだ。 幸い、最大の障害であるアヴァロンはクリアした。次に厄介なのは────竜機神を出されなければだが────サイヤ人の圧倒的な基礎スペックだ。 幸い、サイヤ人の成長性を最大限に活用する手段は用意できる。したがって、僕はサイヤ人の細胞サンプルさえ用意すればいい。 まあ、そんな感じで、後は単純だった。ドラゴンボールの世界の地球に向かい、ガオウライナーで時間を遡り、少年時代の孫悟空の細胞サンプルを確保する。彼がどこで修業しているのかはよく分からないが、天下一武道会に必ず現れるのは分かり切っていたので、後はそこを捕捉すればいい。後は、細胞サンプルを確保して、さっさと逃げるのみ。全く簡単な仕事だった。 その後は火星に演習場のような空間を用意して、そこでサイヤ人の特性を組み込んだ雑兵級を戦わせる事によって超回復能力によるスペックアップを狙う。一匹がパワーアップすればその能力上昇は相似魔術によって他の個体にも反映され、戦闘の規模は大きくなるが、互角以上の戦いになることには変わりなく、相対的な仮想敵の弱体化によって獲得経験値が低下することもない。 さらにホムンクルス調整体の技術も利用してみた。サイヤ人やその他のドラゴンボール世界の住人がフュージョンとかいう妙な術やら何やらで融合合体して能力を爆発的に強化させる事に着目し、共喰い融合でホムンクルス蝶・生体となって強化される調整体の技術を利用し合体させる。融合して蝶・生体になったら複製障壁で数を増やしてまた共食い融合。 そんな地味な作業を繰り返し、通常では考えられない速度でスーパーサイヤ人になり、さらには3や4になっていく。 他にドラえもんの世界なんかを攻略してみた。タイムパトロールとか、未来技術で武装した治安維持組織を敵に回すと厄介っぽいのであまり表だった真似はしていないが、ドラえもんの四次元ポケット(中身付き)を複製させてもらった。 というか、ドラえもん隙多過ぎ。警戒レベルがそこらの三流転生者以下だとはいくら何でも予想外だった。近所の猫と仲良く昼寝している間にゲートオブバビロンの宝具の気配遮断で余裕でした。 何というか、あれだ。驚いたことにあの青ダルマ、能力のチートさ加減に反して、バトル系の世界の住人ならほぼ例外なく所持している気配察知や殺気感知のスキルを一切持っていないのだ。まあ、いくらひみつ道具に戦闘系のアイテムが大量に含まれているとはいえ、「ドラえもん」という漫画自体は決してバトル系というわけではないので仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。 あとはネギまの世界とか。どうしても欲しい技術が一つあるのでやはり色々暗躍しているのだが、どうもうまくいかない。 というか、いるのだ。 転生者が。 しかもたくさん。一匹見たら三十匹とはよく言ったものである。 僕が訪れたのは原作の十年くらい前の時期だったのだが、ざっと確認できたばかりでも千人単位。赤き翼やら完全なる世界やらいう二つの転生者軍団が猛威を振るい、地球と魔法世界を巻き込んだ大戦争を百年近くに渡って続けているのだとか。それ何という地獄絵図。 主人公の父親とか原作キャラの影がほとんどない……と思ったら、どうやら転生者軍団の片割れである赤き翼の内の、中の下くらいのところにいたらしい。まーあれだ、チート転生者の基準レベルから言ったら、原作強キャラの戦力なんて所詮そんなものだよな。 特に六百年ばかり前には大量の転生者が現れたらしく、色々な地域の歴史がおかしいことになっている。 とりあえず黄昏の姫君?とかいうやたら香ばしい名前の生物の遺伝子サンプルは確保させてもらったが、あのギーシュのチート能力の一つであるだけあってなかなか有用だ。とはいえ、目的の代物はどうしてもゲットできなかったので、ゲートオブバビロンの宝具やドラえもんのひみつ道具に何か代用できるものがないか捜索中である。 この分だとどうせリリカルな世界にもたくさんいるんだろうとか思ってちょっと覗いてみたら、やはりいるようだ。 管理局とかいう警察と軍隊と裁判所と国連とその他あらゆる政府機関を足して二で割らずに掻き混ぜたような微妙な組織を乗っ取って世界を支配した質量兵器信者の転生者達がニコポナデポで洗脳した美貌の原作キャラを侍らせながら質量兵器の正義に基づく絶対的な支配を行い、それに対抗する原作主人公アンチ系転生者達のテロが横行する、もはや治安も何もあったもんじゃない紛争系の世界である。 ちなみにこっちの世界では二次創作でアンチされやすい男キャラも、腐女子出身の転生者の手によってニコポナデポされて仲良く分けられていた。まあ不公平が出ないのはいいことだ。 そんなこんなでもはや原作の魂とかそこらへんのあれこれは綺麗さっぱり忘れ去られているらしい。まあこっちの世界の転生者どもは原作の世界観を破壊するようなチート能力を持ってはいないようなので、宇宙的狂気に浸食されまくっているウチのゼロ魔世界よりはよほどにマシだが。 こっちにはネギま世界と違って、それほど欲しい技術は存在しないので監視だけ。というか正直関わりたくない。さっさと滅びてもらうことも考えている。 反省点。 少し怯え過ぎた。 計算外の要素となったのは、あまり事を荒立てない場合、異世界の脅威度判定には、脅威となり得る存在の警戒度が大きなファクターとなり得るという点。 たとえば、ドラえもんなどは、その能力の源であるアイテムの大半が非戦闘系に傾いているとはいえ、正面きって戦いを挑めば、『オーバーフロウ』完了によって超全能級の力を手に入れる前の僕であれば相当に苦戦したことだろう。 あるいは、天地無用世界の全能っぽい連中などは、影も形も見せなかった。バトル漫画によくありそうな弱点であるが、攻防力、干渉力の強大さに比して知覚範囲が極端に狭いのかもしれない。たとえばいかにドラゴンボール世界におけるフリーザやセルが惑星破壊級の力を持っているとはいえ、その惑星の表面で行われている事を全て知覚している、あるいは気に留めているわけではないのと同じこと。 無論、それに関してはこちらの行動も大きく影響するということも忘れてはならないが。たとえドラえもんや天地無用世界の絶対神どもであっても、僕がエヴァ世界でやったように地球を赤い海に包もうとすれば確実に妨害に出てきただろう。やるならば、しっかりと準備をしてからだ。 一方、ハルケギニアの現状である。 BETAがガラヴェンタから解放されたことによって滅亡の危機に瀕していたハルケギニアの勢力図は、知っての通り大きく塗り替わっている。 まず一番分かりやすいのがアルビオン。クトゥルーを融合した挙句、リベル・レギス召喚の生贄となり、現在は大陸ごと超巨大鬼械神に呑み込まれている。以上。 大陸そのものが消えてなくなっているに等しい状態の為、大して述べることがない。 次にロマリア。こっちは、BETAの波に押し潰されてロマリアの吸血鬼が消滅。 吸血鬼の最大勢力となった、某少佐をリスペクトしたかのような外見の転生者吸血鬼が「私は戦争が好きだ」とか演説をした挙句、自らのチート能力、アニメ『スクライド』の、元素転換によって形成される装備型・肉体変化型固有能力であるアルター『ラディカルグッドスピード』を発現してBETAの波に全軍突撃をかましたらしいのだが、やっぱりBETAの物量攻撃に呑み込まれてあの世に旅立ってしまったようだ。 というか、キモピザ体型のラディカルグッドスピードとか、いくら何でもあり得ないと思う。 少佐は少佐だから格好いいのであって、別人が外見と口調だけ真似したところで、どう足掻いても単なるキモピザになるだけの話である。ましてやそれを世界三大兄貴の能力と組み合わせるとか、食い合わせが最悪と言わざるを得ない。元ネタのクーガーさんに土下座して謝れと言いたい。 ゲルマニア。 ギーシュに協力してロマリアに剣を、というかハルケギニア風に言えば杖を向けたものの、ガラヴェンタの最後の足掻きによってBETAのハイヴを大量に落とされ、さらにギーシュがそれを報告しなかったせいで対応が遅れ、国土の大半をBETAに占領されたのが少し前のゲルマニアの状況だった。 当初は転生者組織であった錬鉄竜騎士団が対処していたが、しかし主な対応役であったマサキ・フォン・キハラがガリアの陰謀によって戦死させられたせいでハイヴを攻略し得る戦力は既になく、もはやゲルマニアには抵抗の余地も再起の可能性も残されていない。つまりは何も変わっていない。 ちなみに、錬鉄竜騎士団といえば偽アーチャーがトリステインに来る前にコツコツ投影しまくって数を増やした某装甲悪鬼の“剱冑(ツルギ)”、早い話が飛行型のパワードスーツを装備した特殊部隊なんかも存在したのだが、こっちは善悪相殺の呪いとかで勝手に暴走して自滅したらしい。間抜けな話である。 でもってガリア。 一番厄介なところである。 ギーシュによって首都リュティスを消し飛ばされた余波で一時混乱が起きたようだが、ジョゼフ王は予定通りとばかりにアルビオンのロンディニウム=リベル・レギス艦橋部に首都機能を移転させ、国家機能を完全に再生。 そもそもの最初からロンディニウムへの遷都と共に、クトゥルー召喚術式のテストを兼ねてリュティス王城と融合召喚した邪神ダゴンを故意に暴走させることで邪魔なオルレアン派をリュティス諸共に踏み潰す予定であったらしく、暴れるのがダゴンでは無く、ダゴンを打倒したギーシュとなっただけで大した違いはなかったらしい。 トップであるカステルモールがいなくなり、その片腕(?)であったヴィルジールも既におらず、残りのオルレアン派も空に浮かぶ超巨大鬼械神の威容にあっさりと心を折られてしまう。 さらにトドメで、最期の抵抗とばかりにオルレアン派過激派の残党が兵を挙げたのだが、王様が神獣弾クトゥグァ&イタクァをフハハこれが余のメラだ的なノリで連射したため、王様自身も無能王の評判も返上と相成って、元オルレアン派どもはあっさりジョゼフ王に忠誠を誓ったのだった。 まあ、しょせん外様だから待遇は悪いが。旧オルレアン派は一人残らず爵位を一ランクから最大六ランク、酷いのでは大公位から最低位の男爵位にまで降格され、さらに例外なく膨大な賠償金をむしり取られた上に領地は根こそぎ没収。領地無しの法衣貴族として、宮廷から下賜されるなけなしの年金で生活していかなければならない。財布の紐すら完全に握られてしまったため、もはや逆らえば明日の食事すら食べられない有様。 それでも反抗らしき反抗が全くないのは、頭上のリベル・レギスが逆らっても無駄だという事実を全身全霊で訴えかけているからだろう。無論SAN値直葬的な意味で。そこら辺を考えると曲がりなりにもリベル・レギスの威圧に耐えて軍事行動を起こせたオルレアン派も、意外と大したものだったのかもしれない。まあ今となってはどうでもいいが。 ちなみに神獣弾クトゥグァ&イタクァってのはデモベ系魔術の一つで、魔導書『アル・アジフ』の記述を利用した奴だ。それぞれ炎と凍気を司る旧支配者であるクトゥグァとイタクァの力を借りて、巨大なエネルギー弾を発射する大技である。 一発一発が軽く核に匹敵する大技であり、本来なら鬼械神にでも乗ってから使うような超魔術であるのだが、あの王様、平然と生身で連射してやがった。 ところが、復活したギーシュとの激闘の際、ハルケギニアに対する被害を最小限に抑えるために、ジョゼフ王の『アル・アジフ』から借用した断章である時間制御呪法『ド・マリニィの時計』を使って再生したリュティスの召喚施設を流用し、ティファニアとシェフィールドがヨグ=ソトースの化身である『門にして鍵なるもの』を召喚、ヨグ=ソトースが超次元に続く巨大な扉として降臨し、リベル・レギスはギーシュの竜機神を伴ってヨグ=ソトースの扉の向こうへと消えた。 さらに、よりにもよって悪いことは続き、前回のアルビオン大陸直上戦でギーシュから振り落とされていたらしきアリサが、死亡したワルドの『セラエノ断章』を手にして復活、命を削りながらロードビヤーキーを召喚。 元々火属性メイジで風系の『セラエノ断章』との適合率の低いアリサは、そもそも術者としての格が規格外なティファニアのサイクラノーシュと、鬼械神としての格も高くトリッキーな戦闘をも得意とするシェフィールドのベルゼビュートに苦戦。 それでも異常な粘りを見せたアリサのロードビヤーキーは呪殺音波砲『神の歌(ソング・オブ・ハスター)』で一度はベルゼビュートを撃破するものの、異常な再生能力を持つベルゼビュートは一瞬で復活し、全力全壊の『ハスターの歌』で消耗したアリサは再びフルボッコモードに。 絶体絶命の窮地に堕ちたアリサは最後の手段として、ペルスランが執ったのと同じ手段を使用。自らの肉体を媒介に風属の邪神ハスターの化身である『名状しがたきもの』を召喚、もはやアリサの遺志など欠片も残さない邪神の器と化したロードビヤーキーは、それでもアリサの望みどおり、窮極の風で全てを薙ぎ払う破壊の化身として顕現。 でもって、 ロードビヤーキーinハスター vs サイクラノーシュ艦隊+ベルゼビュート のドリームマッチは、現在もフルパワーで続行中。 というか、アリサの能力というかスキル的に、ただでさえ色々な意味でコスト激高のデモベ系魔導書を扱えるとも思えないので、多分魔導書か邪神の奴隷みたいな状態だったのだろう。あるいはマクロス系の歌の交感能力で邪神と直結交信状態にあったのかもしれない。もしかしたら両方だろうか。 そんなこんなで、首都機能を搭載したリベル・レギス=アルビオンが超次元の彼方に飛んでいき、旧首都の跡地には一応閉じてあるとはいえヨグ=ソトースの扉が浮かび、さらに怪獣大決戦。 進軍すると巻き込まれて消滅するためBETAの侵攻こそ起きていないが、もはや国家機能など消し飛んでいる。 そしてトリステイン。名目上とはいえ元の我が国である。 ギーシュが放逐され、アンリエッタ王女が怪物と化して斃され、マリアンヌ大后とマザリーニ宰相が殺害され、ヴァリエールの求心力も地に堕ち、さらに領土のあちらこちらをゲルマニア軍残党に占拠された今となっては、もはや国家という体裁を整えることすら不可能。最強戦力と目されていた烈風カリンも既に亡く、ついでにヴァリエール公もBETAとの戦いでご臨終らしく、さらに事態は悪化している。 王家のスペアとなり得るヴァリエール家の三姉妹にしたところで、長女も次女も行方不明、三女は表向き魔法が使えない上にギーシュのハーレム要員であるため求心力としては問題外という現状では、王家の立て直しは不可能。 挙句の果てに、曲がりなりにもこの国において唯一、貴族たちの連帯を図ることが可能であった組織、ラ・ロシェール派にしても、この間の王女半魚化事件によって組織の構成員の半ばを失い、自然解散の流れとなってしまったとあってはもうどうしようもない。 完全なる政治的空白状態となり、立て直しも効かないとなってはもうどうしようもなく、生き残った貴族やゲルマニア軍残党が、細々と派閥を作りながら烏合の集団を形成しつつある。 そして、そんな派閥の中でもとりわけ有力なのが────我が家、モット伯家である。「何とも、これはまた…………」 思わず感嘆の声が漏れた。まるで別世界だ。 かつての王都であった荒廃したトリスタニアを抜け、馬車に乗って数時間。それだけで、随分と世界が明るくなった。 モット伯領に入ったのだ。 しばらく街道を進んでいると、やがて、以前見た時とは全く別物のように立派になった街が見えてくる。モット伯領の主都ともいえる場所でもあるので、トリスタニアと同じ命名法則でモッタニアとでも言うべきだろうか。これまでは“街”でも良かったが、難民を思う存分吸収して都市と呼べる規模の集落が増えてきた今となっては名前がないと少しばかり面倒だ。「タバサ、大丈夫か?」「……大丈夫。問題ない」 首を横に向けて話しかけると、僕の隣に座っているタバサは少し緊張しているように見える。緊張しているその表情もかわいい、などと惚気に走りそうになるが、やはり緊張は抑えられない。 父にタバサを紹介するのだ。父は……彼女を受け入れてくれるだろうか。おそらく、大丈夫だろうと思う。 そんなことを考えながら強固な城壁に囲まれた街の大通りに入る。久しぶりに見たモット伯領の街は活気に溢れ、馬車の窓から覗いてみれば、行きかう人々も表情も驚くほどに明るい。少し前に見たトリスタニアに比べると、これが元々同じ国の都市だったのかと疑問に思うほどだ。 我がモット伯領は現在、世紀末じみたこのトリステインにおいて、社会がまともに機能している数少ない土地の一つである。いつぞやの総力戦は全力ボイコットしたので領軍も無傷、さらにグラモン商会を再編成したラ・ロシェール商会が商業を上手く切り回しているおかげでインフラも万全、さらには地球から備蓄食料を大量に輸送して景気良くバラ撒いたために食糧事情も良好、と、ラ・ロシェールのダメージも皆無。 ちなみに地球産の食糧についてはギーシュが隠し持っていたものであるということにした。実際問題、トリステイン中の食糧を買い占めたのはアイツであるわけで、それを知っているトリステインの人々にとっては結構信憑性のある噂話であるようだ。 そして、アンリエッタ王女が半魚の怪物になって貴族を虐殺したあの事件以来、モット伯領は王家を中心とした国家の立て直しは不可能と見切りをつけ、素直に勢力の拡大を始めている。似たような感じで王家に見切りをつけた貴族もかなりいるようなのだが、勢力を拡大できるくらいに余裕のある領地などほとんどないし、あってもモット伯領ほどのスピードで兵力や資源を拡充できるような勢力など存在しない。 さらに、主にテッカマンとして強化改造されたコボルド型ホムンクルスによって構成されたモット伯領軍は複製障壁というチートによって兵力を大幅に増強し、現在、周辺のゲルマニア軍残党の占領地を奪ったり、経営破綻して領主に見捨てられた荘園を経済的に買い上げたり、兵力を失った土地の領主に保護と引き換えに忠誠を誓わせたり、と様々な方法で勢力を拡大している。 ホムンクルスをベースとしたテッカマン。テッカマンはどう見ても等身大ヒーローにしか見えない分際でスパロボ参戦するという暴挙を成し遂げたこともあり、宇宙戦闘可能、必殺技は反物質、とハルケギニアにおいては明らかに場違いな戦闘能力を保有している。しかもコボルドは普通に武器を扱える種族でもあるので、武装錬金も使用可能。もはやハルケギニアの軍隊ではどうしようもないレベルの戦力である。 本当は雑兵級を使った方が強力なのだが、雑兵級を運用しているのが僕であると対外的に知られるのは厄介なので、次善の策と言ったところか。 周辺の領主たちの多くが領軍を失っており、自分だけが軍事力を抱えているという状態、さらにはいくらでも増やせて絶対に反抗しない軍隊、と、官僚組織の形成さえ出来れば、中央集権化がこれほどやりやすい状況も存在しない。その官僚組織にしたところで全部洗脳してしまえば不正も汚職も起こさないため、まっとうな社会改革と比べても随分と難易度が低いことには変わりはない。 ラダムのマインドコントロールを力づくで捻じ伏せたスーパーテッカマンな赤いのと青いのとオレンジ色のが無双している戯言シリーズの世界とはえらい違いだ。某生涯不敗の人はテッカマン化どころか捕獲すらできないし、生身でテッカマンの一個連隊を圧倒するし。 しかもこっちはこっちでテッカマンの総指揮官をやっている狐面のテッカマンがこれまた無茶苦茶というかマジ考えなしというか最悪だし。何を考えているどころかそもそも何も考えてないし。 というか、某殺人鬼な一賊をテッカマン化させようとしたのが最初の間違いの元だった。単体でこそさほど脅威の無いレベルとはいえ、精神構造がブチ切れた相手がチート能力を手に入れるとどうなるかなど、王様の例で分かっていたはずだろうに、反省が足りなかったかもしれない。 さりとて赤青オレンジその他に加えて自分が獅子だという気はないが事実上獅子身中の虫である狐面が相手では、頭脳でも口でも勝ち目がないし、本当に、力押しで押し潰すしかやりようがない。 もういい加減、あの世界は黒歴史として放棄というか爆破処理した方がいいのかもしれない、というか、する。どれだけ力の差があろうが、巨大な魔力やたとえ全能の力を持っていようが、振り切れた存在は絶対に僕の思い通りにはならないし、それができるだけの力を得たら、何をおいてもこちらに噛み付いてくる。 だからもう油断はしない。宇宙ごとデス=レックスの顎で喰い尽くす。跡形も残さない。テッカマンが宇宙空間で生存可能なのが少し引っ掛かるが、戦いもせずに宇宙ごと消し飛ばせばさすがに死ぬだろう。きっと。 道中、トリスタニアや他の土地からモット伯領に移り住もうとする難民たちの姿を何度も見かけた。こういう難民の存在が一番厄介なのだが、これに関しては地球から持ち込んだ食料を複製障壁で増産することによって解決している。 ついでに、土地には元々環境制御用のナノマシンであるDG細胞をバラ撒いて環境を改善しまくったので、収穫は来年以降になるとはいえ農業の促進も期待できる。さらに緊急時には農業促進用のDG細胞を急速に増殖させて周囲の人間を取り込み、その人間をベースにDG細胞を侵蝕させたゾンビ兵を中枢ユニットとしてモビルスーツもどきであるデスアーミーを構築し、戦力にする事もできる。 後はラ・ロシェール商会を通じて開拓事業を中心に雇用を促進すれば、難民である彼らも立派な国力となる。資源・資金チートが猛威を振るうのは、やはりこういう局面だろう。 また、治安も悪くなっているらしく、モット伯領に入るまでは何度も盗賊に襲われたりした。盗賊の中にはモヒカンヘッドの火メイジがいて火炎放射しながらヒャッハーとか叫んで襲い掛かってきたりしたのは何かのネタ振りだったのだろうか? まあどうでもいいが。 まあ、そんな盗賊の横行もまたモット伯領軍が軍事介入する理由の一つになるので、こちらとしてはありがたい存在であったりする。 基本方針として、僕がジョゼフ王と敵対ルート入ったため、最終的には万全のガリアとも戦争できるくらいに戦力を整えておかなければならない。領地拡充は勢力拡大の基本である。 ぽくぽくと街道の上で馬車を進めながらタバサと会話する。意見を求めるため、というよりも、考えをまとめる為の独り言に近い。あるいは単なる雑談のネタか。「現時点で、テッカマンのコボルドホムンクルスで構成されたモット伯領軍を除外すると、主に歩兵・一般兵器に相当する雑兵級と、艦船・母艦に相当するカサブランカ級で構成されている。後は巨大戦力に対抗するための一般兵扱いの量産型エヴァンゲリオンと、マクロスギャラクシーをベースにした移動拠点である墨俣級、ってところだけど────」 ちなみに、カサブランカ級の元ネタは地球における第二次世界大戦におけるアメリカで生産されていた週刊空母「カサブランカ」に由来する。墨俣級の由来は豊臣秀吉の「墨俣一夜城」だ。「────洗脳地球人を利用した作戦参謀チームなんかからは雑兵級をベースに、機能を特化させた専門タイプを作るべきだっていう意見が出てきているわけなんだが、正直な話、雑兵級自体に機能特化の必要がないんだよな……」 ハイ&ロウミックスという言葉がある。 軍隊の兵器はコストパフォーマンスに優れた量産型の中に少数の上位機種を混ぜておくことでその性能を最大限に発揮できる。戦略・戦術・戦闘という三つの局面において、勝敗を決めるのは、量と質の天秤だ。ほぼ完全に量に傾いているその天秤を最大限味方につける為には、最低限の性能を保った兵力をメインに出来るだけ数を揃え、数を揃える為の量産機で対応しきれない事態に対しては、その中に混ざった少数の上位機種や特化機種が対応する。 だが、雑兵級にはそのような常識が通用しないのだ。 雑兵級は相似大系魔術によって増える。相似大系魔術の誇る複製障壁は、ノーコスト・ノーリスク・ノータイムラグで兵器を増産することができる。前にも似たようなことを言ったような気がするが、要するに、どんな兵器だろうが一瞬かつ無料で作れるのでわざわざグレードを落として早さと安さを稼ぐ意味がないのだ。 さらに、どれだけ扱いにくい兵器だろうがパイロットを僕の端末に変えた時点で無窮の武練スキルが使えるようになるので、使用者の熟練度を気にする必要もなし。残りの問題となる整備性も、一体を完璧に整備しておけば、後はそれに相似させることによって他の機体も完全なコンディションを維持できる。その上、気の遠くなるほどの時間を地下に埋まっていても問題なく完璧な整備状態を保つことができる∀とターンXのナノマシンシステムを取り込んだおかげで、その整備についても問題がなくなった。 まあそんなわけで、わざわざグレードの低い量産型を作らなくても、最強機体をいくらでも、いくつでも作り出せるのだ。わざわざしょぼい兵器でお茶を濁す必要なんぞどこにも存在しない。 そんな考えを、長々と話してみる。どれだけ独りよがりな会話であってもタバサは文句ひとつ言わずに聞いてくれる。有り難い恋人だ。 そんな長話にタバサは少し考える素振りをすると、一つ頷いて答えを返してくれた。「……なら、戦闘用以外の機能特化型を作ってみるのは?」「戦闘用……以外? たとえば情報収集用とか?」「ええ。それに、異世界侵攻用……環境改造とか、工作とか、集団洗脳とか、そういう作業を専門に行うタイプ。貴方にとっては便利だと思う」「なるほど……」 じっとこちらの目を見つめている深海の闇のような蒼い瞳と目を合わせると、脈絡もなく激しく動悸が高鳴ってくる。思わずタバサの肩に手を伸ばして抱き寄せると、タバサは寄り添うようにしてこちらの肩に頭を乗せて目を閉じた。 目から鱗が落ちた気分だ。なまじ自分の能力が万能過ぎるからこそ見落としていたが、確かにそれは有用だ。 少し考えてみるだけでも、かなり有用な案が浮かんでくる。 惑星侵攻用、指揮統制用、環境改造用のブラスレイター・ホムンクルス。ホムンクルス素体はラダム樹や皇家の樹をベースにハイブリッドを作り出せばいいだろう。 皇家の樹の機能を組み込むと同時に、そのエネルギーを受信するシステムを雑兵級に搭載すれば、光凰翼のチート防御力の恩恵を全ての雑兵級が享受することになる。王様に対しては気休めにもなりはしないが、ギーシュ辺りのレベルの相手には結構有効だろう。 さらに、雑兵級それ自体を量産する仕組みを内蔵させることにより、母艦として、あるいは生産拠点としての役割も期待できる。 それに月光蝶システムを搭載してラダムの能力を持たせたペイルホース+ARMS+DG細胞の新型ナノマシンを散布する仕掛けを用意すれば、かなり有用な代物になることは間違いない。 あるいは、恒星を丸ごと一個取り込んだ“ダイソン球”と呼ばれる巨大構築物を製造し、マクロス級に対する母艦として扱う。 少し古いが「サムライ・レンズマン」に登場したフリードマン・シェル辺りを参考にするのもいいかもしれない。構成素材は宇宙用の植物を利用し、それを補修、管理、あるいはゼロから再構築することが可能な、要塞拠点形成システム。 こういう、自分以外の視点からの意見というのは本当に貴重だ。特に僕のように他人とのコミュニケーション能力が欠落したような存在には。 僕は何人でも“自分”を生成して、ある意味究極のマルチタスクを単体で行うことができる反面、その思考ルーチンは自分一人のものに限られる。それはどれだけ他者の知識や魂を取り込んだところで変わらない。どこまで行こうが僕は僕、ただの僕なのだ。いくら強大なチートを獲得したところで、その制約からだけは逃れられないだろう。 だが、タバサは違う。 明らかに、僕とは違う存在だ。 僕が最初にシャルロットに洗脳を行った時には、僕は彼女をただ自分に都合がいい愛玩用の人形にするつもりだった。愛とか孤独とかそういう装飾を抜きにしてもしなくても、事実上、僕がやったことはそういうことだ。 だが、結果的にそうはならなかった。いや、それ以上の代物になってしまった。成り果ててしまった、というべきか。 後ろめたさやら偽善やら何やらで中途半端に手を抜いて本来の意志を曲げ切れない洗脳と、本当の本当にどうしようもない程にギリギリまで抑圧された彼女自身の精神状態と、そしてそれに気付かずに怠惰を貪っていた僕自身の計算ミスと、その他いくつかの要素が合わさって、シャルロットではない“タバサ”という怪物人形が産まれてしまった。 タバサと端末の違いとは何か。 考えるのだ。 それもこの世界のかなりの範囲を俯瞰できる僕とほとんど同じ視点で、だ。 その結果が今のタバサの存在そのものだ。もはや転生者やそれに準ずるチート存在に対する戦力の一つに数えられるレベルにまで鍛え上げられた彼女は、既に僕の半身と呼んでも過言ではない。それだけの存在なのだ、彼女は。 まあ、とにかく。 僕にとってタバサは何よりも大切で、何よりも愛しい存在である、ということだ。「ただ今戻りました父上」「おお、帰ってきたかフェルナン。色々と大変な事があったようだが、何はともあれ無事でよかった」 そう言って門扉の前で僕を出迎えたのは、我が父であるモット伯であった。若い頃はグラモン前元帥と並び称された色男だったとかいう噂もあるほどで、それなりに顔立ちは整っているのだが、しばらく見ない内に中年太りが悪化したらしく、ほんの少しだが横幅が広がっているようだ。「随分と……背が伸びたな。成長したか」 嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな笑顔を浮かべた父は、僕の隣に佇むタバサに視線を向けた。「それで、そちらのお嬢さんは……」「婚約者です」 言うと、タバサがそっと腕を絡めてくる。父の目がわずかに見開かれた。 本当は胸を張って妻ですと言いたいところだが、ハルケギニアでは正式に認知されていないので致し方なし。それに正式に結婚式を挙げてみるのもいいかと思うし。 ロマリアがあんなことやこんなことになってしまったせいでブリミル教も廃れてしまったのだが、それでも冠婚葬祭の機能だけは保っているので仕方ない。 その教会の現状はといえば、大都市部の教会を中心に地方ごとに纏まるもの、小さな教会が独立経営しているものと教会ごとにバラバラな状態であるのだが、地方によっては免罪符をバラ撒いてかなりの資産を溜めこんでいるような教会もあるようで、世の中こんな状態で終末思想流行りまくりなせいで飛ぶように売れているらしい。ラ・ロシェール商会もいくつかの教会と連携して免罪符販売に関わっており、かなりの利益を上げているようだ。 前世の倫理観を激しく引きずっているらしいギーシュがいたら免罪符など間違っても売らせなかった、というか潰しに掛かっていた公算が高いが、今いないヤツなんぞ考えていても仕方がない。 第一、免罪符が売れるのは買うヤツがいるからで、買うヤツがいるというのは欲しいヤツがいるという意味。そして欲しいヤツがいるというのは、必要としているヤツがいるということである……自明のコトワリだ。要するに、免罪符ってのは必要だから売れているんだ、ということ。未来が見えない、希望が持てない人々の心の空虚を埋めるために、免罪符に金を投げ込むという行為は非常に有効だったということだ。教会の腐敗など、副産物でしかない。というか僕の場合、教会ごと洗脳すれば腐敗が入り込む余地など存在しない。「そうか……そうか。婚約者か。そうか……」 父はどこか遠い目をして僕とタバサを見つめる。その表情は何か懐かしいものを思い出しているようにも見えた。 やがて、タバサが絡めていた腕を解き、意を決したように僕の前に進み出た。「フェルナン・ド・モットの婚約者、シャルロット・エレーヌ・オルレアンと申します。よしなに」 途端、父が吹いた。 それはもう、盛大に。 さて、ここでもう一度現状確認と行こう。主にガリアの。 まず、転生者というイレギュラーが集中豪雨のごとく降り注いでデタラメなことになってしまったこの世界でも、タイムスケジュールが早かったためなのか本来この世界が辿るべきだった歴史の通りにオルレアン公暗殺事件が発生する。 これにより、王家のスペアであったオルレアン公家は断絶。オルレアン公は暗殺され、オルレアン公夫人は発狂し、公女シャルロットが暗殺騎士に身を落とす。 同じ頃、転生者として生を受けた王女イザベラは、自らのチート能力の源泉である十冊の魔導書によって発狂し自滅。この魔導書はイザベラの原作知識ノートと共にジョゼフ王の手に渡り、後に猛威を振るう事になる。 生き残りの王族はただ二人。現王ジョゼフ一世と、そしてもう一人、秘密組織である北花壇騎士団に在籍するシュヴァリエであった公女シャルロット。 …………つまりタバサである。 暗殺者なんぞやらされていて扱いがクソ悪いにもかかわらず、この娘、王位継承権第一位なんてのを持っているのである。しかも対抗馬はゼロ。 あのジョゼフ王がたかだか寿命ごときで死亡するとは思えないが、それでもジョゼフ王が死ねば、確実に王位が転がり込んでくる立場にいるのである。 あの後、魂が抜けて前後不覚になった父を部屋に送った後、僕は自室に戻っていた。まだ二人で過ごすための家具などが納入されていないためタバサは別室に案内されており、ここにはいない。 周囲を見渡してみる。 ベッドや書棚が置かれている。それだけ見ればトリステイン魔法学院の学生寮と大して変わりはないのだが、学生寮の飾り気のない家具と比べると、やはり貴族の館らしく、華美なものから地味なものまで、やはり何らかの装飾が施されている。 耳を澄ませば、学生寮が常に生徒たちの活気に包まれていたのとは対照的に、どこか落ち着いた静けさが感じられる。 幼い頃から見慣れた部屋だ。それなのに、何かが違う気がした。 そして何より、部屋を広く感じる。 一人。 一人だ。 ここのところずっとタバサが一緒だった。 そのタバサが今は傍にいない。それだけでも、この静寂はどこか特別な気がする。 思えば、昔から、人と過ごすことが苦痛で仕方なかった僕も、タバサに……あるいは、タバサに出会う前のシャルロットに対しては、その感情を感じたことはない。 僕が人と接する上で何より苦痛に感じていたのが、会話するという事である。 彼らは当然のように会話する。会話するのが当たり前であり、特別な理由がなければ会話する。 僕は当然のように会話しない。会話しないのが当たり前であり、特別な理由がなければ会話しない。 今思えば、そんな感じだった。どうして自分がそんな性質を持っているのかは僕にも分からない。生まれつきなのか、あるいは後天的なものなのか。 ただ、はっきり分かるのは一つだけ。元々寡黙な性質であり、何も言わずにただ黙って傍にいてくれるタバサに対して、そんなものは関係ないということ。「ああ、なんだ、そういうことか」 要するに、始めからタバサは僕の好みというか、人間的欠陥に直球ストライクゾーンというわけだ。 倒れ込むようにベッドに転がって目を閉じると、ぼんやりとした眠気が広がってくる。世界の全てが自分から遠ざかっていくような感覚。意識は途切れず、しかし覚醒していない、そんなアンバランスな倦怠感。 今、タバサは父と話している。内容は何となく予想がつくが、だからこそ僕が割って入るものではないということくらい予想がつく。 だから、今少し、この時間だけは僕一人だ。 ────否。 僕の懐に収められていたブックホルダーから無数の魔導書の頁が舞い上がり、互いに重なり合って人のカタチを形成していく。 ────魔導書タバサ。 デス=レックスの捕食効果で無数の魔導書を浸食することによって形成された群体型魔導書。今やフェルナン・ド・モットの肉体の数だけ存在するその魔導書の一冊でもそこに存在するのであれば、それはタバサがそこにいるということ。「ずっと一緒」「そうだな」 タバサの身体を引き寄せて、膝の上に乗せて抱き締める。別にタバサの見た目が幼いから惚れたわけではないのだが、それでもこういうことができるなら、タバサが小さくてよかったと思う。「……フェルナン」「何だ?」 僕の腕の中に収まったまま前後に体を反転させたタバサが少しだけ身を乗り出すと、ほんの少し顔を下におろせば唇が触れ合いそうになり、甘やかな息遣いが唇の粘膜すれすれにか細い刺激を送ってくる。「…………お義父様に貴方のことを頼まれた」 タバサの方からついばむようにそっと唇を触れ合せてくる。どこか、胸の奥に暖かいものが生まれてくる。「言われるまでもない。フェルナン、貴方は私が守る。私が助ける。私が強くする。私たちは二人で一人。そうでしょう?」「ああ、そうだよな。僕たちは二人なんだ。もう僕も人の暖かさの中で一人だけ孤独のまま過ごしたり、誰も彼もが潜在的な敵でしかないって絶望の淵に沈んだりする必要はないんだよな……」 腕の中のタバサの柔らかさが何より愛しい。世界は何一つ変わっていない、相変わらず敵のままで、だけどもう何も恐ろしくない。戦える。 僕たちは一人ではなく二人。何ならタバサと二人でWになったっていい。 …………そういえば仮面ライダーWといえば……ガイアメモリって金出せば買えたよな。肉体の一つでも飛ばして大人買いに行こう。地球征服済み+黄金律スキル+フエール銀行の財力コンボを見せてやろう。「その顔……また悪い事を考えている」「分かるのか?」「分かる。貴方のことだから。私も知りたい。教えて」 断言された。予想外に胸を衝いてくる一方で、どこかこれくらい当然だと胸を張りたくなるような誇らしさがある。「ああ、それは……」 ちょうどそこまで言おうとした時だった。遠慮がちにドアがノックされる音が響いた。 相手の気配は一つ。殺気は感じないが、馴染みのない気配。ゆえに警戒は忘れない。タバサを膝から下ろし、ゲートオブバビロンに各種武装を待機させ、タバサとリンクして術式を組み立てる。「失礼します」 穏やかな声。 ドアを開けて入ってきたのは、一度も会ったことのないのは間違いなく、しかし僕の知っている誰かにそっくりな、それでいてその誰かというのが誰なのか思い出せない、そんな奇妙な既視感を抱かせる女性だった。「お初にお目に掛かります。私、モット伯爵家当主ジュール・ド・モット伯爵の許可を頂いて当館に滞在しております、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申します。……よろしくお願いいたしますわ」 ……なるほど。 理解。 似ていると思ったのが誰なのか。ルイズだ。 身体的特徴も鼻や口といった顔のパーツも、ルイズとほとんど同じ。しかしやや釣り目がちでなおかつ険呑なルイズとは対照的な垂れ目が穏やかな笑みと相まって、見る者に与える印象は真逆のもの。性的魅力よりも包容力を強調する豊満な肢体も、ルイズとは対照的なものだ。 僕も名前だけは知っている。そして、この世界においておそらく彼女だけが保有している、魔法とも戦闘能力とも違う、転生者のチート能力とは方向性を真逆にするその特異な“才能”も。 原作ゼロ魔においても危険度の高いキャラクターではなかったし、目の前の現実として僕としても目の前の女性にとりたてて敵意を抱く事もない。その才能にしたって、今さら見透かされたところで精神を弄ってしまえばどうにだってできる。だが、それ以上に微妙だ。 何故か。 目の前の女性がなぜこんなところにいるのか、などといった事情は調べればいいし、相手の脳内から引きずり出せば一発だから、そこのところは問題ない。王族が全滅しヴァリエール領が潰れてトリステインという国家自体が空中分解した現状では、厄介なバックを警戒する意味も半減している。 だが、目の前のカトレアの様子は明らかに不審だ。顔が蒼白を通り越してそろそろ土気色。唇に至っては紫色だ。「……大丈夫ですか? 顔色が優れないご様子ですが」「え、ええ。……大丈夫ですわ」 彼女の“能力”についてはよく知っている。その能力を一言で表すならば、それは絶対的な“人物眼”。善悪や強弱といった人の精神的な性質を一目で見抜く、あまりにも透徹した観察力。 その観察力が、彼女に一体何を見せたのか。「そうですか? 休まれた方がよろしいのでは? 元々丈夫な御身体でもないのでしょう?」「ですが…………いえ、申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきますわ」 カトレアは転がり出るように部屋を出ていく。 もう一度自問する。カトレアは一体何を見たのだろうか。 タバサの本性でも見たのだろうか。タバサが宿す狂気であれば、確かに一目見て恐慌状態に陥るのも納得できるが、「おそらく違う。彼女の視線は明らかにフェルナンに向いていた。恐れていたとすれば、それはフェルナンだと思う」「…………タバサ、いくら何でもそれはない。僕はどこぞのガリア王様や黒エルフじゃないんだから、いくらなんでも見ただけでSAN値減らすような物騒な精神構造をしているつもりはないよ」「フェルナンはもう少し客観的に自分を評価するべき。今のフェルナンはもう、ジョゼフ王やギーシュと並ぶ、力においてこの世界の頂点に位置する存在で、何より私の御主人さま。その程度はできて当然」 ……そうなのだろうか。 どうだろう。 どちらにせよ、今はカトレアには構っていられない。これからどうするかを考えるべき時だろう。「タバサも分かっていると思うけど────」「ええ、分かっている。現状のディノニクティスはどうしようもなく不完全な状態。肝心な部分が欠けている」 そう。 足りないのだ。 肝心な代物が。「その辺りの解決策が必要」「そこらへん、補填できそうなものといえば…………いや、一つあったな。すぐ補充できて、しかも欠点がない代物が」 それに、もう一つやっておかなければならないこともある。「じゃあタバサ、問題。今の僕たちにとって、可能な限り考えられ得る最悪の事態とは何だ?」「ジョゼフ王の帰還」 即答。だが、僕の考える最悪はそれ以上だ。「ディノニクティスの欠陥が埋まるよりも先にジョゼフ王とギーシュが和解・結託して戻ってくること。もしくは、ジョゼフ王・ギーシュのどちらかが勝利して、敗北したもう一方の戦力を吸収して戻ってくること」 特に、リベル・レギス。その奥義だけなら脅威とはいえ対処可能だが、“その上”まで持ち出されたら最悪だ。 ぱちくりとタバサの目が瞬く。……うん、かわいい。「…………いくら何でもそれはない。ジョゼフ王は利用価値のある貴方ですら排除しようとした」「だけど、その直前まで僕を利用していた。後で始末するか使い潰すかするつもりなら、相手が転生者だって、いくらでも利用するだろうさ」 そう。 僕はその事態を“在り得る”と思っている。 ギーシュに対して王様が共闘を持ちかける可能性。 そもそも頭の出来が違うのだ。あのキチガイ王様であれば、ギーシュを言いくるめて自分の味方につけるくらい容易いだろう。 たとえ、それが油断させて後ろから撃ち殺すつもりだったとしても、だ。「だから、僕たちのやるべきことはただ一つ────手を結ばれる前に、横から襲う」 夜の風はどこか湿気が強く、ひんやりと頬を撫でてくる。空を見上げれば薄白い月がゆっくりと流れる雲に半ばを隠されて、朧な輝きを地上に投げ掛けている。その下で夜空の月よりも明るく光を放っているのは、モット伯領首都モッタニアの街の灯である。 ここ数年で、モット伯邸の周囲も大分騒がしくなった。初めは田舎の荘園の小さな村だったのが、いつの間にか小さな街ができ、それが少しずつ大きくなって、気がつけばトリスタニアすら上回る大都会だ。 モッタニアの夜は遅い。 元々モット伯家の商売柄ということもあり、夜の産業が非常に盛んなのだ。貴族がヤクザ屋さんと結び付くのはハルケギニアではさして珍しいことではないが、娼館それ自体を経営するのは結構珍しいことで、モット伯家の経営する『水精霊の虜』亭が勢力を伸ばす事が出来たのにも、それは大きく関わっている。 貴族の資産を直接注ぎ込むことが可能だったため高級志向の娼館を経営することができ、、高級志向の娼館に高級志向の客が付くようになったがためにさらに資金が増えた、というわけである。 その『水精霊の虜』亭を中心に、秘薬関係の業者やら娼館の護衛の傭兵やら関連企業にも手を伸ばすようになり、手広く商売を始めるようになり、やがてグラモン商会を吸収したラ・ロシェール商会として、『水精霊の虜』亭の経済力は増大していく。 そして、それに伴ってモット伯領の経済も大型化し、この街モッタニアも大きくなっていった。 しかし、大きくなってもモッタニアは夜の街である。『水精霊の虜』亭は娼館であり、娼館を母体とした企業連合である以上、それらは往々にして夜の性質を帯びる。 だから街の夜は基本的に騒々しく、明るい。街の中心部にある巨大な繁華街にとっては、夜こそがその商売の本番だ。現に今も、街に充満した無数の人の気配が夜気を伝わってくる。 そんな光景をバルコニーから見下ろしている僕は、なかなか眠りに就けないでいた。今の僕の肉体にとっては眠れなくとも何の問題もないのだが、精神が高揚し過ぎている事は問題だ。「……いよいよ、明日だ」 明日、始まるのだ。 モット伯領軍がガリアに向けて進軍開始。宣戦布告は無し。奇襲だ。 そして、それと同時に僕とタバサは、今もヨグ=ソトースの門の下で怪物クラスの魔術師が戦闘を続けているガリア旧首都リュティスに侵攻。三つ巴の争いを続けているティファニア、シェフィールド、ハスターの三者に対して強襲を掛ける。「フェルナン……眠れんか?」「ええ。父上は?」 父と互いにグラスを傾けつつ話す。今回は、僕が飲んでいるグラスにもワインが注がれている。「正直、私も眠れんよ。考えてみよ、私が若い頃にはトリステインは盤石で、その平和は永遠に続くものだと思っていた。だが、今はこんな有様だ。吸血鬼、BETA、リベル・レギス…………始祖ブリミルでさえあんな怪物と戦ったことは一度も無かっただろうよ。そんなものどもにハルケギニアは蹂躙され、そして今、そんな化け物に戦いを挑もうとしている…………正直、悪い夢でも見ている気分だよ」「…………」 僕の対面に座ってワイングラスを傾けている父は嘆息して呟くように言う。口の中に流し込んだワインは、どこか苦味を強く感じた。 その原因の一端は、僕にもあるのだ。だから何も言えなかった。「フェルナン……勝てるか、ガリアに?」「勝てます。僕とタバサなら、全く何の問題なく、完璧に」 僕の答えを聞いた父は驚いたように目を見開いた。「……そうか。…………そうか。……本当に……大きくなったな、フェルナン」 声を震わせた父は何度も頷くと、昔を懐かしむように頭上を見上げた。「私も昔、恋をしたことがある……いや、愛と言ってもいいだろう。彼女のためなら、何をしても良かった。事実、何でもした。勘当されそうだった彼女を助けて、没落寸前だった彼女の実家を建て直して、な。いや、本当に、あの頃は、彼女の為ならどんなことでもできると思えた……」「それで、どうなったのですか?」 父はワイングラスの中身を一気に飲み干すと、深々と息を吐いた。「……何、権力と家名目当てで近寄った汚れた男と罵られてな。今でもそのままだ。なあ、フェルナン」「何ですか?」「良かったな、おまえは。愛する人と通じ合っている」 何とも言い難い沈黙が僕たち二人の間に落ちた。次の言葉を発せない。話せない。話してはならない。話す必要がない。言葉など必要のない、使ってはならない、ただ理解だけがそこにあった。 やがて沈黙が通り過ぎると、僕と父はたわいのない話をした。天気のこと。世界が荒れ果てる前の王都のこと。学院で出会った友人のこと。父が社交場で出会った友人のこと。それから女性の趣味のこと。 きっと、そんなどうでもいい時間の積み重ねが、かけがえのない思い出を造っていくのかもしれない。そんな風に思えた。「ふむ、少し、長々と話してしまったな。私はもう寝るよ。お前も、あまり夜更かしはしないようにするのだぞ」 父はそのまま背を向けてその場を去っていった。その場に一人取り残された僕は、眼を閉じて椅子の背もたれに背を預ける。「何ていうか……随分と、信じられないほどに遠くに来てしまったな…………。覚えているか、リーラ?」「……何を、ですか?」 脈絡のない問い掛けに答える気配が一つ。 僕の背後には、かつての名残のように垂らした前髪で傷跡の合った半顔を隠した少女が一人。「昔を、だよ。思えば、僕が全てを始めたのは、あの奴隷市場の頃からだ。君が、僕の一番最初の戦力だった」「…………懐かしいですね。何年か経ってシャーリーが加わるまでは、ずっと二人きりで……今では信じられませんね。貴方の戦力が、この館の地下に収まるくらいしかなかったなんて…………」 リーラは懐かしげに夜空を見上げる。かつてはあんなに明るく輝いていた星の輝きも、今ではモッタニアの光に掻き消されて薄れてしまっている。それ以前に、モッタニアという地名自体が存在しなかった。「……本当に遠くに来てしまいましたね。私も、貴方も。そして、貴方は随分と遠くに行ってしまわれたような気がします」「そうだな。そうかもしれない。本当に…………」 今の僕にはタバサがいる。だから、タバサを差し置いて目の前の少女を一番に想うことはできない。僕はもう戻れない。「……でも、それでいいんです。私も、シャーリーもサクヤもご主人さまの忠実な下僕です。だから、ご主人さまが望めば、ご主人さまの望み通りに、ご主人さまについていきます。だから、寂しいなんて思わないでください」「そうか。リーラ……本当に────」「? 何ですか?」「────本当にありがとう。この世界で最初に出会ったのが君で、本当に良かった」 眼を閉じると、街の灯も月の輝きも何も見えなくなって、どこか寂しげで、それでいて満たされた感覚が押し寄せてくる。「……ああ、少し眠くなってきたな」 まるで羊水の海に浸かっているかのように安らいだ感覚。「はい。では、お部屋に戻られますか?」「いや、ここでいい。ただ少し、ここにいてくれ」 僕が望むと、リーラは少し満足げに微笑んだようだった。「承知いたしました、ご主人さま。私たちはいつも、貴方の望みのままに────」 最後に感じた暖かさは、おそらくリーラの膝枕だったのだろう。それきり、僕の意識は薄れて消えた。 眼下にモット伯領騎士団が綺麗に隊列を作って行進していくのが見える。その周囲を固めるのはテッカマンに変身したコボルトホムンクルス達だ。 高らかに進軍ラッパが吹き鳴らされ、煌びやかな戦装束に身を包んだ騎士たちが規則正しく足音を立てて大通りを行進する。その中心を僕とタバサは進んでいた。 揃いの蒼黒のマントに身を包み、水竜を模したアクア・ゴーレムに牽引させたチャリオットに二人して乗っている。「タバサ、用意はいいか?」「大丈夫。忘れ物もない。完璧」 大通りの道端から、あるいは両脇の建物の窓から、街の人々が歓呼の声を上げて手を振っている。その人々の中にふと見覚えのある赤毛の少女の姿があったような気がして、僕は思わず振り返った。「……フェルナン?」「ああ、妹がいた。……泣いてたよ。泣きながら手を振ってくれていた。どうして泣いてたんだろうな?」 そして、その隣に何故かキュルケがいた。泣いている妹を慰めてくれていたようで、その合間にそっと手を振ってくれて、彼女のその行動に少しだけ安堵した。 タバサは俯いて、何も言わずに僕の手を取った。「フェルナン……離さないで。どこにも行かないで」「付いてきてくれるんだろう? なら、ずっと一緒だ」 ふわりと笑顔を浮かべたタバサの表情から、ようやく陰が消える。 もう、そろそろいいだろう。「タバサ」「ええ」 その健やかなる時も、病める時も。 喜びの時も、悲しみの時も。 富める時も、貧しい時も。 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り。 死すら断ち得ざる誓いをここに。 ────機神召喚。 蒼い輝きが空を埋め尽くす。ブルースチールの巨体をくねらせて空を泳ぐ鋼の魔魚。空間それ自体に波紋が走り波が立ち、空が海へと変化する。 人々の眼が一斉に空へと注がれる。 邪神に匹敵する圧倒的存在感は抑え目に、モット伯領民の精神が崩壊しない程度に。恒星どころか銀河すら押し潰す宇宙的巨体は質量を圧縮して通常の鬼械神サイズに。 だが、その力は決して減じない。 ティファニア、ギーシュ、そしてジョゼフ王。出し惜しみなどして勝てる相手ではない。シェフィールドは知らないが。「行こうか」 タバサが無言で頷くと同時、僕とタバサはディノニクティスの中枢に転移した。 鬼械神と合一する感覚は覚醒に似ている。 自分自身を分解して鬼械神という超巨大魔術機械のパーツに造り変え、自分自身だったそれを組み込む感覚。組み込んだことで鬼械神に取り込まれ、鬼械神そのものとして自分自身という領域が果てしなく拡張される感覚。 それを愛しい人と共有するという感覚。 タバサが同じ感覚を感じ取っているのが手に取るように体感できる。システムを通じてタバサの感覚が共有される。僕の感覚も共有される。超魔術的、超機械的融合感覚。 前を見据える。 青く、青く、果てしなく澄み渡った空の連なりが、蒼く、蒼く、果てしなく濁り切った魔水の海に呑み込まれていく。 その中で、笑ってしまうほど近い場所で、三種の鬼械神が戦いを続けていた。 『エイボンの書』の鬼械神サイクラノーシュ。 『妖蛆の秘密』の鬼械神ベルゼビュート。 『セラエノ断章』の鬼械神ロードビヤーキー。 どれもこれも、厄介な相手だ。 だから、まずは一番面倒くさそうな相手を片付ける。「ダゴン&ハイドラ」 海神への嘆願が呪術回路を疾走し、ディノニクティスの四本の腕に巨大なチェーンソーを顕現させる。一方通行、植物共感、I-ブレインと次元の違う演算機関を使っている事もあって、ディノニクティスの演算速度は他の機体と比べても限りなく速く、他の三機はようやくレレイの霧の海への防御術式の構築が終わるか終らないかというところ。 奇襲成功。そのままアナコンダアームを伸ばし、魔海に囚われたまずはロードビヤーキーの細い胴体をチェーンソーが一撃貫通、中枢術式を解体して行動停止。 現在、邪神ハスターに支配されたロードビヤーキーはティファニアやシェフィールドと交戦中で、敵の敵は味方ともいうが、残念ながらこの場合そうはなり得ない。ハスターは僕が主にその力を行使するクトゥルーとは対立関係にあり、そんな中でクトゥルーの神気をバリバリ垂れ流し中のディノニクティスなんぞが現れたら、それこそ某ドラゴン殺しの狂戦士ばりの執念で襲い掛かってくることは間違いない。 いかにロードビヤーキーが機体性能に比して堅牢とはいえ、それはあくまでも軽量高速型としては、という意味。重量パワー型かつ廃スペックなディノニクティスにチェーンソーを突き込まれれば、どう足掻いても物理的に耐え切ることは難しい。 その物理破壊から発生した術式の乱れに干渉、タバサに周囲警戒の全てを任せて鬼械神の魔術的側面に干渉し、その機体を形作る魔術構造それ自体を解呪。 バラバラに砕けたロードビヤーキーの機体が崩れ落ちるそばから光の粒子と化して崩壊、その奥から無惨にも変わり果てたアリサだったものが一瞬だけ出現し、すぐさまチェーンソーの回転刃に巻き込まれて切り刻まれ、ハスターの神気を撒き散らして消滅していく。 その様子を余所に、ようやくクトゥルーの海に対して防御陣を張り終えたティファニアとシェフィールドに機体を向けた。「やあティファニア、あとついでにシェフィールド。久しぶりだが元気そうで何よりだ」『……!? …………まさか、フェルナン・ド・モット……どうして生きて……』『冗談でしょう……?』 唖然とする二人は僕の言葉とは裏腹に酷く疲弊しており、機体の方も大きな損傷こそないものの消耗は中々激しいようだ。 当然だ。 アリサが呼び出したハスターの化身『名状し難きもの』は人体に憑依し、人体を改造して神の肉体へと変容させ、物理的に神を顕現させる。それがロードビヤーキーを動かしていたのだ。故に、今まで二人が戦っていたロードビヤーキーは、鬼械神のカタチを借りた邪神そのもの。 そんな代物と数日以上にも渡って戦い続けていたのだ。いくら二人が規格外の術者だとしても、消耗は相当なものになるに決まっている。現にティファニアは多少やつれている程度で済んでいるが、シェフィールドに至っては蒼白を通り越して土気色になった顔で浅い呼吸を断続的に繰り返し、画像越しに血走った眼でこちらを睨んでいる。『さすがはフェルナンさん……私が見込んだ以上の人でしたね。陛下の眼さえ欺くなんて……あの戦いからどうやって生き延びたんですか?』「別に大したことをしたわけじゃないさ。一つだけ、王様に全力で隠し通していたことがあってさ、僕自身に関してはいくらでも、自分の一部として複製を作り出せるのさ」『なるほど……根本的な前提の間違いが……。“ティファニア”をガリア、ロマリア双方にバラ撒いたのは、その能力を隠すための欺瞞だったわけですか……』「鋭いな。ま、正直、途中から思いついた方法だけれどさ。量産ティファニアを撒いたのは各勢力の間で混乱を加速させるためだ。それが、こういう効果があると気が付いて、それから隠すようになった」 かつて手を組んだ同士が、こうして牙を向け合っている。そのことに少しだけ皮肉を感じる。だが、そんなことはどうでもいい。「だけれど、今言うべきはそんな事じゃない。昔を懐かしむために来たわけじゃないんだからさ」『見れば分かります。貴方の欲しいもの……ヨグ=ソトースの召喚術式』「っ……全部お見通しか」 現在のディノニクティスは、どうしようもなく重大な欠陥を抱えている。『その圧倒を通り越して絶対的なまでの存在規模に比して、あまりにも乏しい熱量密度。挙句の果てには巨大過ぎる存在の中で足りない熱量が希釈化されて、さらなる能力低下を招いているのが分かります。その様子ではその機体が本来の力を振るえるのは召喚された一瞬だけ、後はいくら規格外とはいえ、リベル・レギスと同程度……今の私たちになら、勝ち目はあります』 お見通しだ。まあ、見抜かれると思っていた。 そう。 足りないのだ。 何がって、エネルギー源が、だ。 他に外なる神に関わる魔導書の記述が足りないことによる武装関連とかハルケギニアというかモット伯領に余計な被害を出したくないとか色々あるが、一番の問題はそれだ。 確かに、次元連結システムは非常に優秀なエネルギーソースだ。 空間操作できるとかクリーンだとか色々あるけど、何よりそのエネルギーゲインは無限大。 だが、足りない。 どうしようもなく足りないのだ。 確かに、次元連結システムのエネルギーは無限大だ。 だが、既にディノニクティスは無限すらも超越した高みに存在している。たかだか無限大程度では不足に過ぎる。 仮にシステムの頭数を増やしたとしても、それは増やした分だけリソースを喰われるということでもある。その分、武装や装甲やその他兵装が減るのだ。 さらに言うなら、極限まで巨大化したディノニクティスの機体を維持することができるだけの熱量を捻り出すには、それなりの頭数を用意する必要がある。具体的には無限大数とかその辺り。それは色々といただけない。 その辺、どうにかなりそうなエネルギーといえばイメージ的にはゲッター線とか螺旋力とか、あと負の無限力あたりだろうか? だがゲッター線と無限力は問題外だ。エネルギー自体が意志を持っているのだから、それはつまりエネルギーそれ自体を信用できないということだ。僕が信用するのはタバサと自分の人形だけだ。そこにエネルギーだろうが何だろうが例外はない。 残る一つの螺旋力にしたところで、少々問題がある。螺旋力ってのは要するに気合で出力を増して天元突破するわけだが、僕の性格上、螺旋力とは明らかに相性が悪い。『それを満たす事が出来るのは、私の知る限りにおいては陛下のリベル・レギスが持つ中枢術式“無限の心臓”くらいのもの。だからこそ、無限の心臓を欲した……といったところでしょうか? 存在の巨大さと保有している熱量の桁が明らかに食い違っていますし、見れば分かります』 現在のディノニクティスは、地球やエヴァンゲリオンの世界など、様々な世界に召喚した無数のディノニクティスにリソース限界まで次元連結システムを搭載させて、機体の維持に必要な分を除いた全熱量を送ることによって稼働している。 それでも、この程度。 この程度なのだ。 本来であれば王様のリベル・レギスすらも十体くらいまとめて一蹴できるほどの戦力を持ったこのディノニクティス・アートレータ・アエテルヌムが、せいぜいそれらと同じ程度の出力しか絞り出せないというこの現状。『でも残念でした。ヨグ=ソトースの召喚術式なんて、渡すわけがないじゃないですか。私と陛下の願いですもの、絶対に邪魔は…………させません!!』「面白い……やってみせろよ!!」 同時、ディノニクティスとサイクラノーシュが動き出す。 四本の腕にチェーンソーを構えたディノニクティスは、唸りを上げて回転する刃を花開くように展開したまま、渦巻く海流の中心に陣取って敵を引きずり込むようにクトゥルフの魔海の水圧を上昇させる。 渦潮に巻き込まれたサイクラノーシュが木の葉のように舞って引きずり込まれ、それに向かって過たずに振り下ろされたチェーンソーの回転刃がその装甲に突き刺さり、その装甲を内部機構ごと真っ二つに引き裂いていく。 一撃。 だが、勝利の快感など微塵もない。なぜなら。「後方から重力弾三つ!」 タバサの鋭い叫びと同時に背後に向かってチェーンソーを振り飛ばす。分厚い水の膜を貫通して放たれた漆黒の球体は回転刃に接触すると同時にその力を解放、重力結界『ン・カイの闇』を展開。周囲の水圧が数倍になると同時に、分厚いディノニクティスの装甲が軋みを上げ、その動きが一瞬だけ硬直する。 重力結界と分厚い魔水のカーテンを隔てて、こちらに無数の重力弾を射出してくる影が見えた。それはどれもこれも鬼械神サイクラノーシュ。それも、ニトクリスの鏡などの術式で構築される幻像などではなく、全てが全て、正真正銘の鬼械神。 ティファニアお得意の鬼械神の同時召喚と多重遠隔操作。本体であるティファニアが搭乗した本命の一機以外はすべて魔術によって構築された単なる特大の操り人形に過ぎない。 おそらく、長々と話し続けている間に準備していたのだろう、その数はロードビヤーキーを相手にしていた数十機を遥かに超える、数百体にも及ぶ超多数。 ティファニアは純粋に強い。それも、ワルドのような戦闘強者ではなく、恐ろしい程に純粋極まりない魔術師としての位階の高さ。 そもそも数十体にも及ぶ複数の鬼械神を同時に維持・制御し、複数の鬼械神を通しての同時魔術行使、さらにそれを部隊運用しての複雑な戦術の展開などという超多重マルチタスクなど、常人には到底可能な技ではない。そして何より、鬼械神を召喚するための「機神召喚」という呪法それ自体が、マトモな魔術師であれば生命を削るほどの負荷を術者に与えるものだ。術者の魂を燃料にする『アル・アジフ』の鬼械神アイオーンほど酷くはないにせよ、それがどれほどの荒業であるのかなど、論ずるまでもない。そんなものを事も無げに使いこなすティファニアが、おそらくは最大の怪物ということだろう。「同じく、重力弾多数。多数の鬼械神による極大儀式魔術、多重複合重力結界による拘束が狙いと思われる」 四方八方から撃ち込まれる重力弾が弾けて結界に転じ、ディノニクティスの動きを制限する。全身に超重力による負荷、ディノニクティスの骨格が関節がぎしぎしと軋み、機体の維持に熱量が喰われ、しかし。「つまり、こういうことだろう? こっちの動きを徹底的に封じるってことは、最後に必殺の一撃、大技が来る……!!」 十数体のサイクラノーシュが一点に集合して円陣を形成し、十数体がかりの魔力を収束して巨大な魔法陣を形成する。残るサイクラノーシュ達が円盤状の機体を複雑に変形させつつ魔法陣の中に飛び込むと、魔法陣を砲身とし、神の模造品たる鬼械神そのものを砲弾とした超巨大砲と化した魔法陣が砲弾型に変形したサイクラノーシュを射出する。 だがその程度──── 正面に転移障壁を盾のように展開、砲撃を受けると同時に敵の周囲に十枚の“出口”を展開、十発に増やした必殺砲撃をそのまま返却。「フェルナン、それも陽動────!!」「甘い!」 ────水域制圧呪法『忘却の波』。 渦巻く潮の流れ、魔海を形作るクトゥルフの魔水それ自体がが根こそぎ水中衝撃波に転じ、物理法則など完全無視して空間そのものを圧し曲げる圧倒的な一撃、何を仕込んでいようがまとめて薙ぎ払い、重力による拘束など空間ごと打ち砕いて脱出。「フェルナン、破って出てくる!」「それも甘い!」 衝撃波を貫いて飛び出してきたのはシェフィールドのベルゼビュート。分厚い幌を被ったような肉質の装甲で全身を覆い、それとは不釣り合いに巨大な、純白の石柱のような右腕を振りかざし。「ネームレス・ワンの腕────情報消去!?」 ベルゼビュートの異形の左腕に触れる傍からクトゥルフの魔水は消滅し、海それ自体を引き裂いて真空中を飛翔する。 リベル・レギスの中枢に存在する魔導書『無銘祭祀書』の鬼械神ネームレス・ワンの右腕をベルゼビュートの機体それ自体に移植してあるのだ。そこから繰り出されるのはネームレス・ワンの奥義『情報消去』。世界を構成する情報の中から対象の存在情報を消去して因果から遮断し、対象そのものを『なかったこと』にする事実上の必滅奥義。「……それも欲しいが……甘い!」 ディノニクティスの全身の装甲が展開し、その下から飛び出した青緑色の棘がミサイルのように射出され、ベルゼビュートに突き刺さり衝撃で吹き飛ばす。棘が突き立ったベルゼビュートの動きは明らかに鈍く、自慢の再生速度すらも鈍くなっている。 ────近接迎撃呪法『グラーキの棘』。 手札というものは必ず用意しておくべきだ。長々と話している間に色々準備していたのは向こうだけじゃない。 吹き飛ばしたベルゼビュートに向かってチェーンソーを突き込み、追撃。ダゴン&ハイドラの回転刃が突き刺さる寸前、ベルゼビュートの姿が消える。 ────時間制御呪法『ド・マリニーの掛け時計』。 機械動力に反応して時間を操る、便利過ぎる時間操作能力。その機能は加速・逆行・停止・スキップと多岐に渡り、非常に厄介な術式だ。こういう時、情報は非常に大事。「対策済みだからさあ!」 戦闘についてこない事から判断してサイクラノーシュに高速戦闘能力はないらしいと確認、そのことに安堵しつつも気は抜かずにこちらも加速。『────Attack-Ride. Hyper-Clock-up!!』 ディノニクティスが高速巡航形態に変形すると同時、ディノニクティスに組み込まれたディケイドライバーがハイパークロックアップを発動させ、時間加速して高機動状態にあったベルゼビュートに追い付いた。どちらも同じ高速戦闘能力、時間加速で等速ならば、純粋に機動力が高い方が速い。(────運動係数制御デーモン「ラグランジュ」常駐、複数脳による並列演算により知覚速度を一千二百不可思議倍、運動速度を八千六百那由多倍に設定) I-ブレインによる身体加速を併用しながら背部装甲を展開、フレイザー砲を転用したスラスターを全開に、ベルゼビュートの背後に回る────が、『お見通し……だ!』 ベルゼビュートの右腕は既に背後に回されており、それを起点に情報消去が発動、しかし。「それも対策済みだ」(────身体構造制御デーモン「ダーウィン」常駐、複数脳による並列演算により「絶対情報防御」展開)『────Attack-Ride. Seal-Fue-stle!!』 ネームレス・ワンの情報消去は王様との戦闘で既に喰らっている。当然、対策済みだ。I-ブレインで展開した情報障壁に攻性魔術まで付与して情報消去を防御。 同時に鋭い笛の音が響き渡ると同時に、ゴキゴキと音を立ててベルゼビュートの左腕、ネームレス・ワンから移植したそれが引き千切れ、チェスの駒のような形状に変形してこちらの手に飛び込んでくる。仮面ライダーダークキバの装備の一つ、シールフエッスル。怪人を捕縛し封印するための呪具の顕現。 再生されないように確保したネームレス・ワンの腕をゲートオブバビロンに放り込み、返す刀でチェーンソーを振るう。 しかし。「それまで止めるか」 たとえティファニアには劣っても、数日にも渡って神と戦い続けたのは伊達ではないということか。ダゴン&ハイドラを掴み止めたベルゼビュートの左腕は、純白の右腕とは完全に対照的な血色の深紅に彩られていた。「リベル・レギスの左腕────そっちが本命の武器か」 チェーンソーを手放して高速離脱、間合いを離しての中距離戦ならこっちに利がある。アナコンダアームを伸ばし、相手を近づけずに攻撃。アナコンダアームで牽制し、連続して魚雷を叩き込む。『ええい、鬱陶しい……!』 ちらりと視線を横に走らせるが、どうやらサイクラノーシュに高速戦闘能力はないらしく、この超高速戦闘に介入してくる様子はない。ならば、先にシェフィールドのベルゼビュートから墜とす。『そうはいかないわよ! ────バッドトリップ・ワイン』 肩口から失われたベルゼビュートの右腕の切断面から金属と屍肉の混合物のようなものが盛り上がり絡まり合って、先端にハンマーを配した太い腕に変化、おそらくは移植品ではない本来のベルゼビュートの腕。そこから毒々しい赤紫色の瘴気が噴出する。「どう見ても毒か……物騒な!」『……悪いけど、神経毒を使えるのはあなただけじゃないのよ。ジョゼフ様には指一本触れさせない!』 指一本……簡単に言ってくれるが、簡単なことじゃない。声の調子からしても、シェフィールドの身体はほとんど限界に達している。それでも負担の大きな高速戦闘を行ったのは、このディノニクティスに最も有効な武器であるリベル・レギスの左腕を付けているのがベルゼビュートだったから。 本来、『妖蛆の秘密』を扱う魔術師は自らを動く死者と化し、その血肉を妖蛆の苗床と化すことによって、ほぼ絶対的な不死能力を獲得することを可能とする。 だが、どういう理由があるのかシェフィールドはそれをしていない。いや……王様の前で、動く腐乱死体と化した姿を見せたくない……のだろうか。 だが、ハスターとの長期戦、そして負担の大きな高速戦闘、それによって、不死化を行っていないシェフィールドの肉体は相当に消耗している。今現在マトモな戦闘機動ができるのも、気力だけで持たせている、だけか。 正直言って、この女は凄い。 魔術師としての実力が、じゃない。いくらミョズニトニルンのルーンのサポートがあると言っても機神召喚が使える以上その実力は相当なものであるのは間違いないが、それ以上に凄いのが精神力。 ロードビヤーキーとの戦闘中、いかにその両腕に洒落にならない攻撃力があるとはいってもその攻撃を一撃も当てられず、ほとんどサンドバッグにされていたようなベルゼビュートを顕現させ続けていられるのも、それがあるから。いくらベルゼビュートの再生能力がとんでもないといっても、その能力はあくまでも再生、ダメージ自体は喰らっているわけであり、ダメージを受ける事自体と、そしてさらにそのダメージを回復させる事にも相応の負荷が掛かる。 何よりアリサの『神の歌(ソング・オブ・ハスター)』のように完全破壊寸前までいった損傷をハスターとの戦闘で何度も繰り返しており、それを高速再生で補ってはいるものの、鬼械神と術者がリンクしている以上、術者であるシェフィールド本人に掛かる負荷は繰り返し繰り返し致命傷を受けながら機神召喚を連続で行使しているに等しい。 確かにティファニアなどは鬼械神の複数同時遠隔操作などという術を気軽に扱うが、元々機神召喚は相当に高位の術者が命か魂のどちらか、場合によっては両方を削って行うものだ。それによってシェフィールドが受ける負担は、もはや想像を絶するものであるとしか言いようがない。 まったく、ワルドといいこいつといい、あるいはこの間の『屍食経典儀』の魔術師といい、王様の手下は命を削るのが好き過ぎて困る。 だが、それに耐えれば相応の対価を受け取ることができるのも事実。そして彼女はそれに耐え続けている。だから強い。とても強い。 だからこの女は、決して倒れない。殺すまでその心は折れない。「だけどシェフィールド、貴方は勝てない」 タバサが呟いた。『……何を?』「愛する人の為に命を捨てて戦う。その姿勢は強い。愛は間違いなく最強の力を持った感情。でも貴方の愛は所詮人間の愛に過ぎない。怪物にならずに怪物ばかりのこの戦場に飛び込んできた貴方は間違いなくすごい。だけど、怪物じゃない貴方はこの戦場にどうしようもなく場違い。何より────」 刹那、タバサとシェフィールドの視線が、音を立ててぶつかり合った、気がした。「────貴方は一人。私には勝てない。だからフェルナンにも勝てない」 飢えた獣のように血走ったシェフィールドの眼と、透き通った刃金のように研ぎ澄まされたタバサの瞳がその一瞬だけ交錯する。『っ……ふざけるな!』 ベルゼビュートがバッドトリップ・ワインの魔弾を連射。それ一発で鬼械神を丸ごと包み込めるほどの巨大な魔弾だ。それだけでどれほどの負荷が掛かっているのか、しかしそれでもシェフィールドは止まらない。その魔弾は陽動。ベルゼビュートが放った赤紫色の瘴気の後ろから、巨大な何かが撃ち出されてくる。漆黒の光輝を放つガス状の球体、無数の怨霊によって構成されたナニカ。 ────怨霊呪弾。 ベルゼビュートが孕む怨念、死霊魔術の力の源それ自体を砲弾として射出する、ベルゼビュート本来の必殺技。だがその程度────「タバサ!」「任せて!」 ────情報消去。 取り込んだネームレス・ワンの右腕がディノニクティスに組み込まれ、その機能を解放する。背中の中央、脊椎パーツから分岐するようにして骨格が展開、ディノニクティスの全長ほどにも巨大な腕が、剣とも砲身とも工具とも魔術師の杖とも付かないその形態を露わにし、その先端が、ベルゼビュートの放った怨霊呪弾に接触、そのまま存在の根底からその存在を否定、根源から抹消し、消滅させる。 だが、怨霊呪弾をさらに隠れ蓑に接近してきたベルゼビュートが至近距離で不可視兵器スターヴァンパイアを射出、こちらを取り囲むようにして放たれた不可視の自律砲台から伸びた触手がこちらの機体を拘束する。 引き千切るのは一瞬、だがその一瞬がまずい。こちらの動きが止まったということは、高速戦闘能力など関係ないということ。サイクラノーシュがこちらの存在を捕捉する。今までの攻防、シェフィールドの攻撃は全てこの状態を作り出すための布石。 さらに、ベルゼビュートも止まったままでは有り得ない。 だが。 呪法兵葬展開────オトゥームの顎。 ディノニクティスの甲冑魚にも似た高速巡航形態の機首が大きく展開、左右にクワガタのような大顎が展開、超高水圧のクトゥルフの魔水を削岩機のように渦巻かせながらベルゼビュートの胴体を捕獲。『っ……しまった!』 多数の触手のように変形したディノニクティスの下半身と、さらに機体側面から伸びたアナコンダアームがさらにベルゼビュートの機体を拘束し、その身に纏ったクトゥルフの魔水で潰し砕く。 近接格闘型呪法兵葬『オトゥームの顎』、それは高速巡航形態時のディノニクティスの頭部から展開される大顎と、そして下半身が変形して展開する十二本の触手、全てを表し、そして。 ベルゼビュートを捕らえたディノニクティスの大顎が、巨大なドリル、あるいは巻貝を思わせる螺旋円錐状に変形、無数の棘を生やした重金属の衝角が唸りを上げて回転を始める。 十二本の触手全てを展開して敵を捕獲すると同時に、周囲の海中から膨大な水を吸入し、全身のスラスターから放出、その機首を衝角状に変形させ、全身を高速回転させながら突撃し貫通する、ディノニクティスの最終奥義────「────カリュブディス・ヴォーテックス」 渦潮を起こし船を砕き喰らう海魔の名を冠したディノニクティスの奥義、その衝角の尖端がベルゼビュートの中枢を捉え、その操縦席を抉り裂き、機体を粉微塵に粉砕し────『…………捕らえた。終わりよ』 ディノニクティスの回転衝角に巻き込まれて半壊したベルゼビュートの中枢から身を乗り出したシェフィールドと、僕の視線が交錯しぶつかり合う。彼女の口から吐き出された血塊の中には無数の妖蛆が蠢いていた。 勝利を確信すると同時に、粉々に砕けたベルゼビュートの機体が再び寄り集まって再結合。あまりにも甚大過ぎる損傷に再生が追い付かず、復元できたのも上半身のみ、その上半身にしたところで全身の装甲は少しずつ剥がれ落ち、その装甲の内側から構造材である屍肉がどろどろと流れ落ちているような状態で。 だが、それだけ形を保ったなら十分過ぎる。 今、不死者に身を堕としたシェフィールドにとって、腕一本動かす事が出来れば戦闘続行には充分過ぎる。 そして、ベルゼビュートの左腕は、明らかにリベル・レギスから移植されたもの。おそらくは次元の彼方に存在する王様のリベル・レギスといまだに接続を保っているのだろう。それは王様がこの世界に帰還するための命綱になると同時に、ベルゼビュートの保有するその腕にリベル・レギス本体からの熱量供給が行われている事を意味する。 つまり。『跡形残さず、失せなさい。ハイパーボリア・ゼロドライブ────!!』 ベルゼビュートの左腕が魔力によって絶対零度の白い炎を纏う。単なる極低温の凍気ではない、時空間すら灼き尽くす負の無限熱量でもってあらゆる存在を根源から抹消する必滅奥義。現時点で、このハルケギニアにおいてディノニクティスを唯一破壊し得る最強にして最悪の一撃。 スターヴァンパイアの触手を引き千切って回避しようとした瞬間に動きが止まる。無数のサイクラノーシュがディノニクティスの機体に組み付き、その身体で以って動きを拘束。次から次へと飛び付いた無数のサイクラノーシュによって、ディノニクティスを中心核とする蟲球のようになったそれに向かって、ベルゼビュートが全力の手刀を叩き込む。「っ……ティファニアぁあああああああああああああああああ!!」 純白の業火に包まれ、拘束する無数のサイクラノーシュの機体ごとディノニクティスの機体が焼き尽くされ、そして──── ────神獣弾トゥールスチャ。 宇宙空間から飛来した腐滅の鳥が魔海ごと全てを薙ぎ払った。エメラルドグリーンの業火がベルゼビュートの機体に直撃し、その機体を一撃で再生不可能なまでに焼き払う。「僕が正面から戦うわけないだろ馬ぁ鹿」「ハルケギニア人の感覚において、世界とは大地そのもの。つまり大陸……宇宙の暗闇に浮かぶちっぽけな石ころの、その表面のほんの片隅のわずかな空間。だから、その外側からの攻撃は、奇襲としてとても有効」 相手の知覚範囲外、遠く離れた小惑星帯の内側から狙撃を喰らわせた僕は、魚にも似た形態を取ったディノニクティスの鼻先の砲門を閉鎖して、敵正面へと空間転移。 ディノニクティス・アートレータ・アエテルヌム。二体くらいなら今の勢力でも何とか維持できるのだ。 リベル・レギスの腕を逃してしまったのは痛いが、王様と繋がっているらしいし、何よりヤバい敵は潰せる時に潰しておきたい。『幾つもの策を用意して、幾重にも罠で包囲して、それまでは徹底的に戦いを避けながら常に相手を上回る戦力を用意して、初めて相手に牙を剥く……初めて見ました。それが、貴方達の本来の戦い方…………』 状況を見て最善を判断するのではなく、能動的に勝てる状況を作り出す。戦術ではなく戦略。「まあね。こういう時、油断しないようにしてるからな」「聞かれるまでもない」 残り一機にまで数を減らしたサイクラノーシュの正面にディノニクティスが浮遊する。 今ので事実上ネタ切れなのだろう、ティファニアも顔色は悪い。サイクラノーシュの鼻先にディノニクティスの鉤爪を突きつけると、抵抗するように楯か建造物にも似た脚の間から金属の触手を振り上げるが、それ以上の動きもない。「悪いが、渡してくれないかな、ヨグ=ソトースの召喚術式。あと君の『エイボンの書』も」『お断りします』 華開くような笑顔を見せたティファニアはサイクラノーシュの中枢術式それ自体に干渉、熱量を生み出す中枢を暴走させてサイクラノーシュの自爆プロセスを開始。「悪いけど予想済みだ」 ディノニクティスの指先に仕込まれた鉤爪が伸張し、サイクラノーシュの術式構造を貫いてティファニアに向かって術式を届かせる。 肉体そのものの同一性を起点に共感術的な経路(パス)を形成、そこから術式を発動。 相似大系魔術が一手────《掌握》。 それは相似大系魔術の基礎中の基礎にして最大の奥義たる《原型の化身》の応用。 《原型の化身》とは、人間は“神の似姿”ゆえ原型が同じであり全ては相似であるという観測から、人間の肉体に常に存在する相似関係を起点に、他者を強制的に術者に似せる技法。 そして《掌握》とは、その《原型の化身》を利用した脳神経制御による洗脳術を指し、その行使は絶望などの感情を抱くことにより脳神経の特定部位が相似になる事を起点に行なわれる。 それらの術は基本的に術者と対象を相似とする事によって発動するが、今回は違う。術者ではなくあらかじめ用意した大量の量産型ティファニアを相似の基点として、高速かつ精確な操作を実行。 とっかかりにするのはティファニア自身の『過去の記憶』。それを起点に“それ以外”を、『似ているものは同一物』という概念を媒介に高速で相似させていく。それは言わば人格それ自体の上書き保存。彼女それ自体の過去の破壊、これまでの人生それ自体の棄却行為。『っ……! ……最悪ですね』 自分自身の精神が書き換えられていく苦痛にティファニアが呻く。さすがに抵抗が強い。異界の物理法則を基にする異界科学である相似大系魔術に対して、ティファニアの扱うデモンベイン系の魔術は物理法則それ自体を改竄する性質を持つ。 だから本来であれば相性が悪い事この上ないが、高速かつランダムに物理法則それ自体を変動させ続けるティファニアの情報領域に対して、こちらも同じくデモンベイン系の魔術を起動、情報防壁それ自体を抑え込み、そこに楔を喰い込ませ、その周期的な情報変動を麻痺させる事によって書き換えを狙う。 そうすればティファニアは当然対麻痺術式を展開するのは目に見えている。ならばこちらは対麻痺に過剰反応して自己崩壊を誘発する情報爆弾……読まれた。こちら側の情報爆弾が向こう側のウィルスによって誘爆、こちらの神経系にダメージ。I-ブレインと魔術回路の内の一番から八番が発狂、自閉処理の後再生処置を開始するが、その間の演算効率はどうしても落ちる。 ならば向こうの脳回路をこっちのそれと同調させつつ減速を狙う……それも読まれた。先程の爆弾の自閉領域のシャッター部分に無限ループを形成された。その辺りは自爆処理を掛けて破壊しつつ再生処置。また演算速度が低下。 さっきからどうもこっちの戦術が読まれている。その辺りは経験の差か。「ったく……分かり切ってたことだけど、やっぱり強い」『当たり前です。私を誰だと思っているんですか?』 互いに術式を高速で組み替えながらの攻防。破壊力と破壊力による派手な激突は存在しないが、だからこそ熾烈な精神の削り合い。 精神障壁の構造がとんでもない速度で書き換えられていて、侵入が極めて厄介。こちらの方が魔力も演算速度も上なのに、それでも完全に抵抗を削り切れない。「悪いな。こっちも必死なんだよ、割とさぁ!」 コイツを生かしておけば、肝心なところで痛い目に遭いかねない。だからといって、エイボンの書とヨグ=ソトースの召喚術式は欲しい。 だからこその苦肉の策の精神操作なのだ。そうでなければさっさと後腐れなく殺してしまいたい……死んでほしい。 ────ねえフェルナンさん、私はこの世界が嫌いです。貴方は? ────僕もあまり好きじゃないな。転生して手に入れたこの力は気に入っているけれど、正直、こんな世界は滅んでしまえばいいと思う。 ────そうですか。私達、気が合いますね。 懐かしい景色を思い出した。一面の泥の海。泥と死体が積もり積もった、糞のような世界。そんな世界でも、きっと、決して、悪いことばかりでもなかった。 そんな記憶を振り払い、攻撃を構築。ティファニアの……敵の武器は技術と経験。なら、純粋に力で押し切るのが最善策。 全I-ブレイン、全魔術回路を総動員してウィルスを構築。数は無数に、全て構成を微妙に変えて。タイミングを合わせて、一斉に流し込む。 ティファニアの情報領域にクロック変調にノイズが走る。ウィルスの解体に演算能力を取られて、その速度が落ちる。今。 物理法則の触手を伸ばし、《掌握》の相似に絡め取る。相似起点は過去の記憶。ティファニアの……幸福だった時代。『舐めないで! 私はティファニア────ガリアのティファニアです!! 私は私だ、複製なんかじゃない!!』 激情が爆発する。ティファニアが杖を振るうと同時に、《掌握》を掛ける起点が消滅。ハルケギニアが虚無魔法の一手────忘却。自らの幸せだった過去の記憶を消し去る事で、《掌握》の起点となる脳神経の相似関係それ自体を破壊。「……嘘だろ?」『私を誰だと思っているのか、って言いましたよね。私は私、他の誰でもない、複製されたティファニアではない、このガリアで汚物の中を這いずるみたいに生きてきたティファニアこそが私です。だから……こんな記憶は必要ない……過去すらも必要ない!!』 ティファニアはさらに変容系の魔術を発動、美しかった顔が黒いヘドロのような流動体組織に融け爛れながら変容する。金髪も白い肌も全て黒いヘドロに溶け崩れ、最後に残った緑の瞳がぐちゃりと音を立てて潰れて消える。 《掌握》の相似関係、肉体さえもが崩れて潰れ、量産型とのリンクも消滅寸前。だが。「魂さえ残っていれば……!」 本来の相似大系魔術に魂の概念はほとんどないが、それでも僕が知覚できて相似点があれば発動には充分。とはいえ、これ以上ないほどに変容してしまったティファニアに対して、《掌握》は効き目が薄い。 こちらが相手を押し切るのが先か、相手の自爆が先か。時間との────何よりティファニアとの戦い。抵抗は強い。 ────刹那、急激に抵抗が弱体化。防壁の構築速度も攻性障壁の反撃密度も完全に低下。「っ────フェルナン!!」 タバサから警告が走り、事態を把握。 ティファニアの判断、抵抗に振り向けていた能力を余さず自爆に振り向けた。こちらもその分の全力を《掌握》に回すが、それでも間に合わない。 重力魔術『ン・カイの闇』。狂気の地底世界の闇が生み出す超重力が一点に収束、光すら逃さない重轟星(ブラックホール)と化してサイクラノーシュの機体を挽き潰していく。超重力に圧し潰されて、後には何も残らない。「これじゃ魔導書も何も残っていないな。一本取られた……か」 さよなら親友。 跡形も残さず消滅したサイクラノーシュが存在した空間を見つめて、僕は呆然と呟き、しかし。「そうでもない。目的の術式は回収した」 僕の腕の中で、蒼い少女は無表情ながらどこか嬉しそうに言う。「さっき、フェルナンが《掌握》を試している間に、私が探査術式を撃ち込んで記述をコピーした。穴だらけではあるけれど、目的のヨグ=ソトース召喚術式は手に入れた。召喚の術式だけでヨグ=ソトース自体に関する記述がないから今目の前にある『無窮の門』くらいしか呼べないけれど、目の前に何か手本でもあれば、何とかなると思う」 ……驚いた。 さすがタバサ、と褒めるべきなのだろうか。 だが。「ああ、そうだ。うん、嬉しいな。心の底から。だってさ────」 ────僕の及ばなかった部分をフォローされてしまったということは、だ。タバサがもはや人形以上の、対等の相手だということだから、だ。「私だけの力じゃない。貴方がティファニアと拮抗状態を作り出したから、私が動けた。だから、これは二人の勝利。私と、貴方の。私たち二人が作り出した、二人の勝利。それに……」 タバサの瞳が正面から僕を見つめる。湖水の瞳。僕を引きずりまわすような熱や激しさはない、ただ傍にある、そういう意志。 僕にはそれが、愛しくてたまらないのだ。「……対等じゃない。私は人形。貴方は私の愛しいご主人様。そういう関係」「なら、対等じゃなくて、半身ってのはどうかな?」「半身……半身…………」 呟きながら、体を抱き締めるようにしたタバサは、幸せそうに上気した顔で、体を密着させてくる。腕の中の小さな体の柔らかな熱が、僕の意識を支配する。「私は、貴方の半身。私の腕は貴方の腕。私の足は貴方の足、私の眼は貴方の眼。耳も鼻も命も魂も何もかもが貴方のもの。私の全ては貴方のもの。想いが足りないなら私が想う。願いが足りないなら私が願う。暖かさが足りないなら私が満たす。私たちは二人で一つ。私が貴方を完全にする。私は……貴方のそういう存在になりたいと思う」「なら、もうなってるよ。とうの昔にタバサはそういうものだ」「フェルナン……」 唇を重ねる。細い。柔らかい。暖かい。何より尊い。そして愛しい。「なあ、タバサ」「……何?」 空中に浮かぶ巨大な扉を睨み付ける。 ヨグ=ソトースの門はクトゥルーやハスターなど話にならないほどの巨大な威圧感を振り撒き、依然としてそこに浮かんでいる。 ヨグ=ソトースはヨグ=ソトースでも、あれは『窮極の門』の形態。僕が欲しいのは『無限の心臓』の形態なのだ。トゥールスチャの記述を形成した時のように観測を続けてもいいのだが、アレではせいぜい時空間移動能力になる程度、その程度の能力は既にあるし、あまり役には立たない。 それに、どちらにせよ、ギーシュと王様は斃さなければならない。 ここから先は地獄、悪夢の世界。遍くあらゆる人類の貧弱な想像力を上回るありとあらゆる異形が犇めく破滅の世界。 そんなところに飛び込まなければならない。恐怖は当然、ある。だが。「前に聞いたよな。あの答えをもう一度聞きたい。付いてきてくれるか?」「前にも言った。貴方とならば、どこにでも」 ああ、その言葉が聞きたかった。 タバサの手を握った手にわずかに力が入る。そして。 地獄などいくらでも踏破してみせよう。悪夢など何度でも蹂躙してみせよう。異形も破滅も二束三文の矢束に変えて、全て、全てを征服してみせよう。 大丈夫、タバサと二人なら、何だってできる。「ディノニクティス、高速巡航形態(エーテルライダー・モード)。当初の方針通り、ヨグ=ソトースの門に突入する。タバサ、どこまで行きたい?」『当然、何時までも、何処までも……!!』 そして、僕たちは戦場に赴いた。=====後書き的なもの===== ハルケギニアの後始末。最終決戦に向かって色々後始末の回。 リーラも久しぶりに登場です。というか最後かも。 最近はとうとうフェルナンも精神的に人外の領域に入ってきているけれど、いちばん強いのはタバサだったりなんかして。 シェフィールドさんの機体は魔改造ベルゼビュート。右腕はネームレス・ワンで情報消去が撃てる。左腕はリベル・レギスでハイパーボリア・ゼロドライブが撃てる。本来ならMPが足りないが、次元の彼方のリベル・レギス=アルビオンと愛の力でリンクしているため、そこからMPを引っ張ってこれる。色々とチートメカ。 そろそろ最終決戦。 あと二話くらいで終わりそうな気がする今日この頃。完結目指して一直線……だったらいいなあ。=====番外編:カトレア=====「……大丈夫ですか? 顔色が優れないご様子ですが」「え、ええ。……大丈夫ですわ」 明らかに顔色が悪いのを見て取ったのだろう、気遣うような表情を作って話す相手に、彼女は無理矢理笑顔を作って答えた。「そうですか? 休まれた方がよろしいのでは? 元々丈夫な御身体でもないのでしょう?」「ですが……いえ、申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきますわ」 さすがにこれ以上は無理だというのも、彼女には理解できる。元々、自分の身体の限界は自分がよく知っている。正直、限界だった。 濁流のフェルナン/段外段 あてがわれた部屋に戻り、案内役のメイドが退出したのを確認すると、カトレアは胃の内容物を残さず洗面台にぶち撒けて床にへたり込んだ。 立っているのも辛い。それほどに恐ろしかった。先程まで目の前にいた相手が、だ。 額にじわりと脂汗がにじむ。口の中に残る胃酸の味が気持ち悪い。だが、立ち上がる気力もない。 天性というべきか、この世界が本来辿るはずだった歴史において妹が召喚した使い魔の少年の善性を見抜いたように、カトレアには相手の外見や振る舞いに囚われず、相手の本質を見抜く能力を持っている。 役立たずのゼロと嘲られる妹以上に明確な欠陥品ともいうべき病弱な身体の代償とでもいうように備わったその才能を、彼女は恨む他なかった。家族を守ることも妹の心を救うこともできなかった、何の役にも立たないその才能を彼女は心の底から恨んでいた。 それさえなかったら、あの怪物にそれほどの恐怖を抱く事もなかっただろうから。 カトレアの目に映ったフェルナン・ド・モットという存在。それは間違いなく、カトレアが目にしてきた誰よりもおぞましい怪物であった。 フェルナン・ド・モットという生き物の人格をカトレア自身が一言で表現するのであれば「哀れ“だった”人間」とでもいうべき存在といえる。 カトレアの目から見れば、フェルナンという人間は決して、始めから怪物であったわけではない。ただ、ヒトを“人間”として成立させる肝心な要素が欠落していたに過ぎなかった。 つまりそれを、他者という。「人間」という単語が「人と人との間」と表現されるように、ヒトが人間として成立するには“他者”という存在が必要不可欠である。その上で、現在フェルナン・ド・モットと呼ばれている存在には、他者を人として認識するために必要な致命的な何かが欠落していた。 それは例えば人と共感するための先天的な感受性であったのかもしれないし、あるいは他人との交流を成立させるためのコミュニケーション能力であったのかもしれない。それは心理学やプロファイリングといった専門的知識や心理描写に秀でた小説家のような才能のないカトレアには上手く表現できないし、フェルナン本人にも理解できないことだ。 ただ、一つだけ。 人と人の間で人々が当たり前に笑い合えるやり取りが、当たり前のように限りなく苦痛になる。 人と人との間で人々が当たり前のように素晴らしいと思える存在に、当たり前のように価値を感じられない。 いかなる理由があるにせよ、それは彼が排斥されるには充分過ぎて、彼が他者を忌避するようになるには充分過ぎた。 他者との共感能力の欠落は、確かに彼を歪めただろう。 その欠落は間違いなく人間関係のトラブルと周囲の侮蔑を引き寄せただろうし、その欠落性ゆえに他者と交流できないフェルナン自身は人々の中でこそ最大の孤独を感じ、その孤独は彼自身が自覚するしないに関わらず多大なストレスを彼に与えただろう。 それでも、彼は彼なりに人との距離感を見出していく。 人とできるだけ関わらなければ、何も問題は起こらない。 会話もせず、笑い合うこともなく、愛し合うこともない。ただ、近づけず、近づかれれば距離を取る。声をかけられれば返事くらいはする。その時に軽い冗談は言うが、会話は最小限で切り上げ、自分からは決して話しかけない。たったそれだけで、彼の周りで発生するトラブルは大きく減少した。 それはただ、彼の周りの人間が大人になったというだけであるのかもしれない。ただ、彼はそのように振る舞えばトラブルを引き寄せないと、そんな風に学習した。 だからこそ、彼にはさらに大きな絶望が待ち受けていたことだろう。 人は一人では生きてはいけない。 この言葉は、希望ではなく絶望なのだ。少なくとも彼にとっては。 大前提として、彼は人間である。少なくとも、その頃は。 人間が人間として生きていくためには、社会という世界の中で生きなければならない。社会とは、人が集まることで構成されているものであり、その中で生きていくためには、当然人と触れ合わずには生きてはいけないということ。 人間は一人では生きてはいけない。 彼は一人でなければ生きてはいけない。 生物として絶対的に解決不可能な絶対矛盾。それは彼を絶望に追い込むのには充分過ぎた。 そして、転生という異常事態がさらにそれを助長しただろう。 前世において彼に多大なストレスを与えていた一切の人間関係の完全消滅、人と関わらなくとも生活できる貴族という身分、そしてそんな異常事態の渦中にありながら自身の強さを肯定できる転生者としての特殊能力。 それらもまた、彼を歪めたことだろう。 だが、それだけではフェルナンは「怪物」たり得ない。それだけではフェルナンはルイズや完全に変わり果てる前のギーシュといったカトレアの知る同種の人間と同様に、単なる「欠けた人間」に過ぎない。 決定的に彼を怪物たらしめてしまったのはつまるところ──── ────愛だ。 身分と異能力という分厚い殻で身を守るようにしてこの世界に放り出された彼の傍に、いつの間にか寄り添うようになったタバサという少女。 彼女こそ、フェルナンを完膚なきまでに怪物たらしめてしまった引鉄であり、同時にフェルナンを完膚なきまでに怪物たらしめる中心核である。 “タバサ”の基となったシャルロットという少女が元々抱え込んでいた多大なプレッシャーと中途半端な洗脳とが相乗効果を起こすことによって誕生した“タバサ”という異常な人格。 彼女の特異性は、フェルナン以外の存在に一切の価値を見出さないこと。 人間の精神というのは通常、それを構成するルールこそ単純でありながら構造自体は非常に複雑であり、基本的に非常に取り留めのない存在だ。 その特性は幾つもあるが、ここでやはり重要になるのは、“一つの事だけに集中できない”ということだろう。 たとえどれだけ強い絆に結ばれた恋人同士であっても、二人はあくまでも人間であり、その足元には個別の人間関係というものが存在する。質や程度の上での個人差はあれ、いついかなる時にも恋人に感情を向けていられるわけではない。たとえば友人や家族、学校の同級生、職場の上司や同僚、そういった恋人以外の相手との人間関係で悩みもすれば笑いも泣きもするし、時としてそれらが恋人以上の優先度を持つことすらある。 それは決して悪いことではない。 人間というのは、そもそもそういうものだ。 最高以外の誰かを、必ず必要とする。 人は多様な人間関係を持ち、誰かが誰かと関係を結び、その誰かが今度は他の誰かと別の人間関係を結ぶ。そしてその誰かがまた別の誰かと人間関係を結び、そのようにして人と人の繋がりは広がっていく。 だが、タバサにはそれがない。 彼女にとって、フェルナン以外の人間関係はまずフェルナンとの関係があってこそのもので、“シャルロット”の感情を引き摺ってこそいるものの、それらもかつてシャルロットの母を自ら手に掛けたのと同様に、フェルナンのためであればいくらでも切り捨てられる存在に過ぎない。 そして、フェルナンはそんな彼女を歪んだ精神の中心に据えて、自らの価値観の最上位に置いてしまった。本来他者を人として認識できないフェルナンが、だ。 だからこそ。 もはやフェルナンはタバサ以外を求めない。 そしてタバサもまた、フェルナン以外を必要としない。 それはそれ自体で完結した、どこまでも純粋でどこまでも異形な、本来人として在り得ない、己の尾を喰らう蛇のようにどこにも繋がらない閉じた円環。 全ての善意を唯一人の相手だけに向け、悪意と無関心だけを外に振り撒く狂気のウロボロス。 早い話、人間として終わっているのだ。 壊れて歪んだ人間と歪んで壊れた人間が出会うことによって、比翼の鳥が手を取り合うように、連理の枝が重なり合うように、最悪の狂気的怪物が誕生する。 そんな一切合財をカトレアは余さず洞察してしまった。理屈として説明できずとも、感覚として感じ取ってしまった。理解して悲哀や同情を感じる前に、本能が恐怖し拒絶した。 精神を構成するパーツこそ人と同一規格でありながら、そのパーツによって形作られる形質は全くの異形。人体を溶かして捏ね合わせて出来上がった精神的フランケンシュタインズ・モンスター。 それは誰よりも人の精神に対して鋭敏なカトレアにとって、何よりも生理的嫌悪を抱かせる怪物であった。 確かにそれは、フェルナンにとっては限りなく幸福なことだろう。 ウロボロスの輪の中で、タバサとただ二人だけで生きていく。 人の中で孤独に苦しむこともなく、人の中に閉じ込められて苦痛に呻くこともない。絶対的に満たされた、完全性を体現したかのような世界。 ただ、カトレアにとってはそれがどうしようもなく “きもちわるかった” 。 だが、逃げられない。 カトレアに逃げる場所は無いのだ。 故郷はBETAの群れに余さず蹂躙された。病弱な自分を守ってくれていた両親も既に亡い。 何より、共に逃げてきた姉の存在がある。 病弱なカトレアには、ある程度の力を持つ誰かの庇護がなければ生きてはいけない。BETAの波を逃れてヴァリエール領を抜け出してきたエレオノールが最初に理解したことだった。 当てのない旅の最初の夜に、路銀の節約のためにプライドを切り崩して泊まった貧民宿でカトレアが高熱を出した。慣れない旅と不衛生な環境、それらは病身のカトレアの身体にとって大きな負担になることはエレオノールとカトレアにも覚悟ができていたが、しかし実際に体感したその辛さなど、二人に想像できるはずもない。 生来プライドが極端に高いエレオノールがわずかなりともプライドを捨てる事が出来たのも、もう一人の妹の婚約者だった少年の影響によってわずかなりとも人に頭を下げるという経験を知っていたからであるが、結果的にそれはマイナスに働いた。 結果、高位の水メイジを雇い高価な水の秘薬を購入して、路銀の半分を失った。 いかにヴァリエールがトリステイン有数の名門貴族であったとはいえ、持ち出せた資産はさして多くもない。いかにメイジとはいえ若い女二人にできる事などたかが知れている。 だから高額の金を得られる仕事を探したエレオノールは、真っ先に騙されて体を売る羽目になり、処女を失った。エレオノールのプライドを叩き折るには十分どころか過分に過ぎた、あまりに高額な授業料。エレオノールが隠そうとしたそんなことまで、カトレアは見抜いてしまった。 彼女たちにとって幸運だったのは、エレオノールを騙した男たちから彼女の身柄を引き受けた娼館が、ちょうどモット伯領の人口増大に伴って経営規模を拡大している最中だった『水精霊の虜』亭であったという一点だろう。 だから性病に罹患することも無かったし、使い捨ての玩具のように使い潰されるような扱いもされなかった。 さらに幸運なことに、エレオノールはそもそもアカデミーの研究員にすらなれるほどの、トリステイン国内における最高級の教育を受けた身である。また、それだけでなく将来は領主としてヴァリエール家を背負うための帝王学も叩き込まれている。 かつてヴァリエール公爵夫人がスパルタで仕込んだそれらの教育の中には、貴族としての立ち居振る舞いやダンスの作法といった今となっては役に立たないようなもののみならず、実戦的な領地経営の技法や人の使い方といったものも含まれており、エレオノールが『水精霊の虜』亭の支店の経営を担うようになるのに、さほどの時間はかからなかった。 だが、それだけでは足りなかった。 頻繁に発作を起こすカトレアの病状を抑える為には常に高価な水の秘薬が必要で、そしてそれすら絶対ではない。 カトレアを守るためには、ただの娼館の女主人では手の届きようがない、多大な財力の持ち主が必要だ。少なくとも貴族。あるいは、それに匹敵する大商人。それも、縁もゆかりもない重病人に大金を投じることができるほどの。 大半の貴族が自分たちの保身で手一杯なこの状況下で、そんな余裕のある勢力は手の届く範囲においてエレオノールが知る限り、たった一つしか存在しなかった。 モット伯家。 幸い、モット伯家にはカトレアと歳の近い次期当主が存在し、そして王族に近いヴァリエール家の血筋は、モット伯家の統治に正当性を与える存在として非常に有用だった。 だからこそ、エレオノールはモット伯に近づいたのだ。 その頃になってカトレアは気付いたのだ。 姉の様子がおかしい。 プライドを砕かれた、確かにそれもある。だが、それだけではない変化が、そこにある。 カトレアがそんな事に気がついたのは、エレオノールがモット伯に取り入り、カトレアがフェルナンの帰還を待つべくモット伯家に逗留するようになってからのことだった。 いかにプライドを捨てたとはいえ、そこには必ず傷が残る。プライドを捨てたという事実に対する後悔や無力感が、影となって相手の行動の端々にこびりついて見えるのだ。 だが、カトレアが見たエレオノールの姿から、その気配は完全に失われていた。 まるで新しい誇りを手に入れたかのように。あるいは、誇りを持っていたという事実それ自体が根本から消え去ったかのように。 カトレアにはそれが理解できなかった。 確かに人は変わるものだ。だが、人が変化するためには、必ずそこに至るまでの因果関係が存在する。しかしカトレアがどれだけ目を凝らしても、姉がそこに至るまでの因果が一切見えてこない。 だからこそ、カトレアの脳裏にはある一つの可能性が浮かび上がってくるのだ。即ち──── ────エレオノールの精神は囚われた。 その理由も手段も分からない。 だが、カトレアにも一つだけ、分かることがあった。 エレオノールを捕えた者が存在するならば、そのものはいつでもエレオノールを切り捨てられるということ。 カトレアには力がない。 だから、エレオノールを正気に戻す事などできはしない。 それどころか、彼女の身柄を取り戻す手段すらない。 できたとしても、エレオノールと二人で生きていくことなどできはしない。 そして、エレオノールを捕らえた者が何者であるのかという推論。 元々、ラ=ロシェール商会の母体となっていたグラモン商会を支援していたのはグラモン家であり、元々、グラモン家とモット伯家は、以前、互いに神童と呼ばれていた両家の次期当主同士が決闘騒ぎを起こし、その騒ぎの結果が散々だったこともあり、友好的な関係というには程遠い。 だが、今のラ=ロシェール商会はギーシュではなく、このモット伯領の為に働いているようにも思う。事実、ラ=ロシェール商会はラ=ロシェールの事件で荒れ果てたトリステインの復興を社是に挙げているにもかかわらず、その利益が集中するのはモット伯領においてだ。 その辺りから考えて、ラ=ロシェール商会を操っているのはモット伯家、もっと正確に言うのであれば、先程会った怪物にも等しい存在──── ────フェルナン・ド・モット。 正直なところ、カトレアにはフェルナンという存在が恐ろしくて仕方ない。 今すぐにでも逃げ出したい。 姉のことさえなければ、カトレアは自ら命を絶ってでも、あの怪物から逃れたい。 だが。 カトレアは思う。 自分さえいなければ、エレオノールが体を売る必要などどこにもなかった。 それはカトレアの思い込みに過ぎないのかもしれない。 仮にもしこの世にカトレアが産まれておらず、エレオノールが一人で生きていたとしても、この同じ状況下で、エレオノールはやはり騙されて犯されることになったかもしれない。 仮にもしこの世にカトレアが産まれておらず、エレオノールが一人で生きていくことになっていたとしたら、同じように犯された状況下で、カトレアという精神的支柱を持たないエレオノールは自らの精神を立て直す事が出来ずに廃人になっていたかもしれない。 だが、そのようなことはカトレアには想像もつかなかったし、そもそも関係のないことだ。 姉が体を売る羽目になった原因の一端に自分がある。それだけでも、全てを捨てて責任を取るのには充分過ぎる理由だ。 だから。 姉を守らなくてはならない。 たとえこの身を犠牲にしても。 カトレアは覚悟を決めた。「はい。だから、貴方にお願いがあります」「……聞くだけなら構わない。でも聞き入れるとも限らない。だけど、貴方の提案がフェルナンの利益になるかどうか、そして貴方がフェルナンの害にならないかどうか、それ以外の一切の要素は考慮しない。善悪、家柄、人情、貴方の立場、貴方の生命、貴方の尊厳、そんなものは一切考慮しない。そして私が聞き入れたところで、フェルナンが私の進言に従うとも限らない。それでもいいなら、話して」 突然訪問してきたカトレアに、その少女、タバサは一切の動揺を見せることもなく対応した。それに気圧されそうになりながらも、カトレアは精一杯の勇気を振り絞って目の前の少女に相対した。「願いというのは一つ、私の力を使ってほしいという、それだけです」 タバサはカトレアの頼みに対して、少しばかり考える素振りを見せた後、呟くように答える。そのわずかな間が、カトレアにとっては何よりも恐ろしい。「……対価は?」 その言葉にカトレアは少しだけ逡巡する。自分の望みを正直に答えたものか、あるいは隠すべきか。だが、結局カトレアに選択の余地はないのだ。 カトレアの交渉能力では目の前の相手を騙し切れるとは思えないし、実際、タバサ自身の人物眼はカトレアほどのものではないがその代わりに心を読む手段ならいくらでもある。タバサに対して嘘はつけない。それに、カトレアには自分の望みを隠しながらエレオノールを守り切れるような交渉条件を思いつくこともできない。「……一つだけ。姉を切り捨てないでほしいのです」「貴方の姉を……そう。貴方の人物眼であれば、貴方の姉が変貌させられている事も分かっていると思う。それでも望みは、切り捨てないことだけ?」 救い出すことを望まないのか、という言外の問い掛けに、カトレアは拳をぎゅっと握り締めた。唇を噛む。それはとっくに答えが出た問いで、しかしだからこそ、カトレアにとってはどこまでも残酷な問い掛けだった。「それは…………はい。姉を救い出したところで、この世界に私たちが生きていける場所なんてありませんわ。だったら、少しでも生きる望みがある方を選びます」 諦観。屈辱。反発。様々な感情が胸の中を駆け巡って、しかしその感情の一つとして、満足に叶えることができない。それが無力なカトレアにとっての、この世界の現状だった。「そう。なら、貴方は……いえ、何でもない。了承した。貴方の人物眼は相応に役に立つ。少なくとも、貴方の才能は私たちの陣営には存在しない能力。だから、せいぜい役に立ってもらう」 タバサは頷くと、カトレアに一旦部屋に戻るように促した。その事に安堵の溜息を洩らしながら部屋を出るカトレアに対して、タバサは物品を見るような冷徹な視線にほんのわずかな感情を込めて見送っていた。 一つだけ、タバサがあえて口に出さなかったことがある。 カトレア自身も、エレオノールと同じになる、という可能性。この交渉によって、その可能性は『ほぼ確実』から『確実』の領域にまで引き上げられた。 タバサには、フェルナンを裏切りかねないような手駒を放っておくような慈悲深さはない。少なくとも、その可能性を削る事が出来て、それをしても問題が出ないのなら、容赦なくそうする。 数時間後には、カトレアにはほんの少し前に抱いていたフェルナンに対する本能的な恐怖心を一切失って、深い愛情と忠誠心を抱きながらフェルナンに仕えるようになるだろう。フェルナンが望めば、愛する姉や妹すら笑って売り渡すようになるだろう。そしてそのことに幸福すら覚えるようになるだろう。 そんな一切合財にタバサは何の感慨も抱かず、カトレアを見送っていた。=====後書き的なもの===== カトレア先生のチキチキ人物鑑定。 フェルナンの人格構造と、ハルケギニアの悲惨な現状。 カトレアにとっては量ではなく質的な意味でフェルナンが怖い。というかキモい。多分王様や黒エルフよりも。 カトレアがまともにヒロインになるためには多分、ラ・ロシェールの覚醒イベントの前に好感度上げとフラグ立てをちゃんとやっておく必要があったんじゃないかと思います。=====番外編:シャーリー=====「笑わないんですね」「……? 何の話だ?」 そんな話をしたことを思い出す。ちょうど、彼女がその屋敷でメイドとして働くようになって、三日ほど経った頃の話だ。「坊ちゃまです。村の弟と大して変わらない歳なのに、全然笑顔を見せてくれないんですから」「人前ではそんなものだよ」 その少年は、まだ幼かったシャーリーよりも大人びた、というよりもやたら捻くれた性格をしていて、それでいてシャーリーの目には、どこか彼が彼女の弟よりもよほど子供じみているようにも見えた。「もう少し、笑って見せた方がいいと思いますよ」「無理だよ。……笑う時、どんな顔をすればいいのか分からないんだ。鏡を見ても、無表情とイラついた顔以外は全部歪んで見える」「えっと、それなら、私が笑わせて差し上げます」 要するに放っておけなかったのだ。単純に彼女がお人よしだったという、それだけのこと。 濁流のフェルナン/段外段「そんなんじゃ、笑った内には入らないよ。だいたい、そんな事してメイド長に怒られても知らないぞ」「……坊ちゃま、酷いです」 その頃は、そんな下らない話で笑い合えていた。彼と彼女が幸せだった、たった一ヶ月。束の間の幸福。その時間が永遠に続いていられたらきっと幸福だった、そんな世界。「まあ、どっちみち…………」 こんな感じの感情が延々と続くのだろう、と吐き捨てるように彼は溜息を吐く。それがどうしようもなくやるせなくて、彼女は思わず彼の頬を張り飛ばしていた。「あ、またそんな顔して! 駄目ですよ。溜息をつくと、それだけ幸せが逃げてくんですから」 まるで姉が幼い弟にするかのように、そうやって言う。その頃は、まだ彼にも居たのだ。そうやって、負の感情の螺旋を止めてくれる人が。「もう。仕方ないですね坊ちゃまは。じゃあ、こんなのはどうでしょう」「何がだ?」 首を傾げた彼に向って、彼女は一つの約束を結ぶ。今はもう、その行方など定かではない、失われた約束を。「今は無理ですけど、でも、きっと、かならず、坊ちゃまを笑わせて差し上げます! 約束です」 そう言って、シャーリーは花開くような笑顔を見せた。貴族の女性が浮かべるような大輪の華ではないかもしれない。だが確かにその瞬間の彼女は花だった。 その頃の事を問われても、今の彼女には分からない。 そんな出来事があったことは覚えている。会話の内容も覚えている。その時抱いた感情も忘れていない。ただ、感情だけが思い出せない。 当然だ。 ホムンクルス。 その技術によって蘇る死者は、しかし死体の元の持ち主ではない。死体に宿る記憶も知識も経験情報もホムンクルスには完全に受け継がれるが────その精神だけは受け継がれない。それはホムンクルス素体になった生物のものだ。 最初期のホムンクルスであり、人間そのままに武装錬金の発動能力を保ちながら動物型の異形と特殊能力を保有するキメラ型ホムンクルスの精製技術が完成していない頃に生み出された獣人型ホムンクルス。そういう存在である彼女に、かつてモット伯家でメイドとして働いていた少女の精神は宿っていない。 その記憶に感慨はない。 その知識に感動はない。 その経験情報に感情など付随しない。 彼女の意志に、その約束が遺したものなどもうどこにもない。 だが、その約束だけはそこにある。 感慨はなくとも記憶として。 感動はなくとも知識として。 感情などなくとも経験情報として。 約束は受け継がれている。 だから、彼女はここに来た。「……何?」 シャーリーの目の前に立つ少女は、少し困ったように眉根を寄せてシャーリーを見る。おそらく、早くフェルナンのところに行きたいのだろう。だが、それはシャーリーとしては少し困る。「タバサ様、今ご主人さまのところに行かれるのは、少しお待ちいただけますか?」「……なぜ?」 少女の表情にわずかに険が浮かぶ。 シャーリーは、はっきりとタバサの行く手を塞ぐ意志を以って、廊下の中央に立っていた。手はその胸元に当てられているが、それが心臓と一体化した核鉄から武装錬金の斬馬刀を抜き放つためであることをタバサは知っている。 だからこそ、この造反のような真似に、殊更に不審を抱く。 フェルナンに挑むつもりなら、この場で叩き潰す。フェルナンに知らせるつもりはない。一旦人形が叛逆を行えば、フェルナンは人形すら信用できなくなる。それはタバサにとって最悪の事態だ。 そんなタバサの様子を、シャーリーは少しだけ大したものだと思う。 さすがに、よりにもよってあの極度の人間不信者であるフェルナンに唯一の伴侶として選ばれるだけのことはある。度を超えているし、超えていなければ意味がない。 綺麗な少女だと思う。顔立ちも人形のように整っているし、髪も瞳も一面に染まった蒼の色彩も美しい。だが、彼女の本質はその精神そのもの。 凶刃のように、猛毒のように研ぎ澄まされた、透徹した純愛。絶対悪にも等しい純然たる愛情。 それこそが、フェルナン以外のあらゆる存在を余さず客観的に理解する、冷酷なまでの現状認識能力に繋がっている。フェルナン以外、自分自身すら含めたおよそあらゆる存在を、器物同然に残酷に評価する。 ────かつてシャーリー自身だった少女が、ついぞ辿り着くことの無かった境地。 だからこそ、彼女に託すべきだと思う。 彼女にこそ、託さなければならないと思う。「別に、ご主人さまをどうこうするつもりはありませんよ。これは私たち、ご主人さまの人形の間の問題ですから。今、リーラさんが自分の感情に決着をつけるところです。ですから────」 少し待っていてほしいと、それだけ。「そう。なら仕方がない。私はここで待つ」「え……? いいんですか? そんなあっさり」 驚いて目を見開いたシャーリーに、タバサは溜息混じりに言う。「私が……貴方達のいるべき場所を奪ってしまったようなものだから。本当だったら、今私がいた場所は貴方達のものだったかもしれないから。だからといって本妻の地位を譲るつもりはないけれど、これくらいならしてあげていい」 本当に、よくできた人だ、と思う。つまるところこの少女は、自分さえも他と等価なのだ。フェルナン以外は。だからこそ、彼女はフェルナンのパートナーたり得るし、また、そう在るべきなのだ。「……いいえ。多分、それはなかったと思いますよ。どうあっても。確かに貴方がいなければ、ご主人さまに一番近い存在は私かリーラさんだったかもしれない。もしかしたら、他に誰かいたかもしれませんけど、でも……半身ともいえるほどに不可分の存在になれたのは、きっとあなただけです」「…………そう。そうだったらいいと思う」 それだけを呟いて、タバサは所在無げに窓の外に視線を向ける。その視線を追ったシャーリーは、彼女の目が向かっている場所を見て、そういえば、と思い出す。「タバサ様、その建物……」「……あれがどうかしたの?」 モット伯邸の庭の片隅に置かれた離れ。母屋よりも一回り小さなその建物には、フェルナンに少しだけ、しかし根深い影響を与えた原因が存在する。「あそこに住んでいらっしゃる方は……ご主人さまの事を知るために、存在だけでも知っておいた方がよろしい人です。正直、私たちにとってはあまり愉快な存在ではないのですが……御覧になります?」 タバサは少し逡巡してから頷きを返す。それを確認したシャーリーはタバサの前に立って歩き出す。その背中に、タバサはあまり意味を持たない疑問を投げかけた。「……あの離れに住んでいるのは、誰?」「ご主人さまの御母上です」「あら……シャーリー? それにタバサ様、そちらは……」 離れに通じる渡り廊下に入ろうとした二人を呼び止めたのは、濃茶色の髪の毛を硬く結った背の高い女性だ。美人といえば美人だが、人を惹きつける華やかさも、人を和ませる柔らかさもない、固木のような佇まいの女性。シャーリーと同じデザインのメイド服を纏っている彼女は、モット伯家のメイド長であるエマである。「ええ、分かってますよ。タバサ様が奥様に面会したいとのご要望ですので」「え……でも、奥様はその……いえ、差し出がましいことを申し上げました。申し訳ありません」 何か言いたげに口ごもるエマを、タバサは一睨みで黙らせる。エマがタバサに向ける目は、フェルナンを見るものと同様。圧倒的に優越した異端に対する恐怖と畏敬。最初はカリスマスキルに支えられて生じたそんな感情も、今では本当に彼自身に対して向けられるものとなりつつある。そして、それを共有しているのがシャーリーの目の前にいる彼女だ。 要するに、フェルナンの成長を共有しているのがタバサなのだ。フェルナンが歪むほどにタバサも歪み、フェルナンが壊れるほどにタバサも壊れ、フェルナンが狂うほどにタバサも狂い、そして、その度に強くなった。 短い渡り廊下を進むと、その先は頑丈な鉄扉で塞がれている。まるでその先にある何かを閉じ込めておきたいかのように。 歩きながら、タバサとシャーリーは呟くように言葉を交わす。「前から少し疑問に感じていた。私のような洗脳に失敗した存在ではなく、リーラや他の相手がフェルナンのパートナーに相応しいのではないかと」「むしろ、だからこそあなたが相応しいんだ、と私なんかは思っていますけれど。ほら、私たちの人格はご主人さまの思った通りの精神構造にしかならないわけですし」 シャーリーが言ったその言葉に、タバサは無表情の中でほんのわずかに目を見開いた。「意外だった……そういう考え方もあった」 その表情の変化に気が付いて、シャーリーは今さらながらに驚きを感じる。「タバサ様も……顔色を変えたりとかするんですね……」「する。いつも。フェルナンならすぐに分かる」 シャーリーの言葉に、タバサが不満そうな表情を見せる。少し見ただけなら普段通りの無表情にしか見えないその変化に気付いたことがシャーリーには嬉しかった。 扉の向こう側を警戒するように鉄扉を睨むタバサに、シャーリーは小さく笑いを漏らす。「気持ちは分かりますけど、別に警戒するほどの相手じゃありませんよ。少なくとも物理的には、いつでも殺せる相手です」 言いながらシャーリーが取り出したのは、鉄製の大きな鍵だ。鍵としては頑丈ではある。だが、あくまでも普通の鍵だ。人間の域を越えたタバサの目をもってしても、魔術的、超科学的要素が仕掛けられているようには思えなかった。 がちゃり、と音を立てて扉が開く。その向こうに広がっていたのは、やはりモット伯邸と大して変わらない造りの廊下であった。だが、そこに宿る気配は少し違う。 冷え切った空気。掃除は行き届いているにもかかわらずどこか埃の匂いが鼻につく、荒涼とした空間。もはや世界から突き離された、終わった場所。「気持ち悪いですか、この空間?」「興味ない」 人の事情とばかりに突き放した答えを返したタバサは、まるで意味が分からないとばかりに首をかしげて見せる。 それもそうだとばかりに頷きを返して、シャーリーはタバサと二人、廊下を歩き階段を上り、奥まった場所にある一室の扉を開いた。「……あら、どちらさま?」 首を傾げて二人を出迎えたのは一人の女性だった。 奇妙に虚ろな印象を与えるその瞳はこちらの姿を映しているが、しかしこちらを見ていない。自分たちに関心を向けていない。その女性を見たタバサはそんな風に直感し、そんな感覚を自身が抱いた理由がよく分からなかった。「こちら、ナディーヌ・オディル・ド・モット伯爵夫人……ご主人さまの御母上です」 薄黄色のドレスに身を包んだ茶色の髪の女性。歳の頃で言えば少なくとも四十歳を過ぎているようにも見え、彼女がまとう褪せた雰囲気はその年頃をさらに老けたものに見せてはいるが、しかしその女性の仕草や表情の端々に漂っている奇妙な幼さ────それも若々しさとか可愛らしさとかいった正の要素ではなく負の要素、たとえば幼稚さ────のようなものが、その年齢を言い当てることをさらに難しいものにしていた。「……こんな時間にどうしたのかしら、珍しいわね。あら、そちらの方は……実家からの使い? お父様もとうとう私を呼び戻して下さる気になったのかしら?」「いえ、こちらの方がご主人さまについて話を聞きたいそうなので……」 フェルナンへの態度とは対照的にとってつけたような応対をするシャーリーに対して、女性にはそれを咎めるどころか、それを聞いているような気配すらなしに、所在なく手元に広げた本の頁を弄んでいる。その頁に視線を向けたタバサは、その文章から物語の内容を思い出す。 ────イーヴァルディの勇者。 その事実に気がついて、タバサはなぜか、どうしようもなく不愉快な気分に囚われた。この女性の姿をどこかで見たような気がする。そして、だからこそ不愉快なのだ。許せないのだ。「……主人?」「はい。私のご主人さま……モット伯領次期領主、フェルナン・ド・モット様。貴方の御令息です」 言ったシャーリーに対して、女性の顔が汚いものでも見たように不快げに歪む。その目を見て、タバサには自分が目の前の女に対して既視感を抱いた理由に気がついた。 似ているのだ、オルレアン公夫人と。「あれは私の子供ではありませんわ。私の夫はアランだけですし、私の息子はエドモンだけです。…………あんな鬼子を私の子供だなどと……侮辱にも程がありますわ」「しかし、仮にもモルセール家を勘当されるところだった貴方を、旦那様────ジュール・ド・モット伯爵が拾われた……救われたのですから、それを……」「馬鹿な。あれはただ、モルセール家の家名が欲しいだけでしょう。そんな相手に感謝するなど……!」 当時、モルセール家に仕えていた若い平民の執事と許されざる恋愛関係にあった彼女は、その執事との間に子供を身籠り、そしてモルセール家を勘当される……ところだった。その身柄を引き受けたのがモット伯であった。それだけの話。「……別に、家名目当てという訳ではないと思いますよ? その頃、没落し掛けていたモルセール家を建て直したのは旦那様だと聞いています」 事実だ。 モルセール家の家格は確かに高いが、しかし当時、ナディーヌが政略結婚の縁談を破談にしてしまったせいで、モルセール侯爵はリッシュモン閥から見限られ、没落寸前となった。それをモット伯が自らの人脈を駆使して当時のヴァリエール公爵と顔を繋ぎ、モルセール家を新たにヴァリエール公爵の派閥に組み込んだからこそ、モルセール家はトリステインが崩壊するまで大貴族としての面目を保っていられた。 今に至るモット伯家とモルセール家の強い結びつきは、それゆえのこと。「それに、貴方が産んだ私生児は────」「黙りなさい! 穢らわしい獣の愛人などに返す言葉などありません! すぐさまこの場を出ていきなさい! 今すぐに!!」 錯乱気味に叫び声を上げたナディーヌを前にシャーリーは肩をすくめると、タバサと共にその場を立ち去る。 相変わらず荒涼とした気配を漂わせた廊下を歩くタバサは、前を歩くシャーリーの背中をじっと見つめる。この少女は人間ではない。自分と同じフェルナンの人形だ。だが彼女は、自分にはない何かを背負っている気がする……などと考えて、タバサは思考をやめる。 当たり前だ。 たとえ同じ人形であるとはいえ、タバサがタバサの生を生きてきたように、シャーリーにも同じものがあって然るべきなのだ。 タバサにタバサの大切な想いがあるのなら、シャーリーもやはり、同じようにシャーリーだけの何かを背負っている。「タバサ様」「何?」「知っていますか? 奥様の子供のこと。ご主人さまではなく、あの方が平民の人と作った子供のこと」 シャーリーは言う。 その子供は、モット伯の進言によりモルセール家の分家の当主として育てられたのだと。そしてモルセール家の本家の娘と恋仲になり、やがてフェルナンの婚約者を横から奪う形になる────あるいは、フェルナンが横から奪った形なのかもしれないが。 ラ=ロシェールの災厄でその男が死亡しなければ、二人は結婚していただろう。だが、ナディーヌの子はラ=ロシェールで死に、その恋人もタバサの手によって恋人の後を追った。 まったく馬鹿馬鹿しい話ですね、とシャーリーは肩をすくめた。 そんな話をしながら二人はどこか埃の匂いがする廊下を進み、ナディーヌの下を去ったシャーリーとタバサは来る時と同じ鉄扉を抜けて館の本邸に戻る。そうして、ようやく世界に音と気配が戻ってくる。あの荒涼とした別邸と比べると、この場所のどれほど暖かみがあることか。 案内が不要になったことでタバサの後ろに付き添う形になったシャーリーに、タバサは振り向いて向き直った。「一つ、気になることがある」「大体見当はつきますけれど……何でしょうか?」「さっきの女……確かにフェルナンとはそれなりに関係は近いけれど、フェルナンを知る上でそれほど重要な存在とも思えない。その上で聞く。貴方の目的は何?」 直球の問いに内心苦笑して、しかしそれを表に出さずにシャーリーは答える。別段、嘘をつく必要も、真実を隠す必要もない問い掛けだ。「昔々、一人の女の子と、一人の男の子が出会った頃のことでした。まあ、今の私になる前の私と、昔のご主人さまなんですけどね。ちょうどその頃、ご主人さまがお母様の事を知って、それで憂鬱になっていた頃に、シャーリーっていう名前の女の子がこの館に来て、それから少しだけ仲良くなった、それだけの話です」 正直、少し迷った。何をどのように伝えるべきか、何と何を、どうやって伝えるのか。実際、リーラのように頭がいいわけでもないシャーリーにとっては難しい問題だ。だから正面から体当たりで、というのが、リーラの出した結論だった。「で、まだ私じゃない私が、ご主人さまと一つ、約束をしたんです」「約束……? それは取引ではなく?」「はい、約束です。いつか必ず、ご主人さまを笑顔にする、と。だから聞きます。今の、貴方の前のご主人さまは笑われますか?」「貴方は、つまりそれが聞きたいから私の前にいるの?」「よく分かりましたね……さすがです。図星です。大正解です。……私の負けです」 でも、とシャーリーは続ける。「これだけは答えてください。貴方を傍に置いたご主人さまは……笑われますか? 一度でも、本気で、心の底から」 その答え如何で、シャーリーがこれからどうするのかが決まるのだ。だから。「当然。今まで何度も何度も私はフェルナンの笑顔を見たし、これからもずっと見続ける。私がいる限り永遠に」「……すごい自信ですね」 言い切りやがった。まったく、とんでもない相手だ。恐ろしい相手だ。さすがに、最古参の自分たちを差し置いてフェルナンのパートナーになっただけのことはある。「自信じゃない。私がフェルナンの傍にいる限り、それはフェルナンが私を傍に置く限り、それは当然の帰結。摂理」 胸を張ることもなく、しかし誇らしげにタバサは言い切る。その姿勢をシャーリーは、どうしようもなく眩しいものに感じた。 だから、シャーリーは決断を下す。「タバサ様、受け取ってくださいますか? 私が私になる前に交わされた、たわいのない約束を。いつか必ず、ご主人さまを必ず笑顔にすると」「……約束するまでもない。でも、貴方の約束は私が持っていく。私が必ずフェルナンを笑顔にする。……これも約束。私と、貴方との」「お願いします。必ず……必ず。絶対にですよ」 シャーリーは、自分よりも小柄な少女に向かって深々と頭を下げる。そうして────約束は受け継がれた。 記憶はなくとも契約として。 知識はなくとも盟約として。 経験情報はなくとも誓約として。 約束は今、受け継がれた。=====後書き的なもの===== 今までろくろく出番がなかったシャーリー編。そして多分これで最後。哀れ。 下手をするとリーラ以上にフェルナンとの因縁が深い、最古参組の片割れ。多分舞台が魔法学院に移動してしまったのが運の尽き。 ギャルゲ的にはシャーリーがヒロインになるためには多分「学院に連れていく」「学院に通わない」のどっちかで好感度アップと強化を続けていく必要があったんじゃないかと思います。 実はこの話、何気なく三回ほど書き直していたりします。 フェルナンと母親の関係が冷え切っている、という関係は割と最初から考えていた設定だったのですが、その私生児云々は書いてる最中に思いついたネタでした。結果的に、歳を喰ったメルセデスのような感じになってしまいましたが、それもそれでいいかもしれません。ある意味メルセデスよりヘビーですが……。