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No.13866の一覧
[0] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:36)
[1] 濁流のフェルナン0 転生直前[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:48)
[2] 濁流のフェルナン01 奴隷市場[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:54)
[3] 濁流のフェルナン02 約束[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:00)
[4] 濁流のフェルナン03 舞踏会[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:42)
[5] 濁流のフェルナン04 長々と考察[ゴンザブロウ](2009/11/12 21:59)
[6] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方[ゴンザブロウ](2009/11/12 22:04)
[7] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:37)
[8] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:43)
[9] 07終了時における設定など覚書[ゴンザブロウ](2010/03/17 22:25)
[10] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 13:03)
[11] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 14:55)
[12] 濁流のフェルナン ルートA10 新生[ゴンザブロウ](2010/02/26 12:18)
[13] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】[ゴンザブロウ](2010/02/26 19:07)
[14] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性[ゴンザブロウ](2010/02/26 16:22)
[15] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険[ゴンザブロウ](2010/02/28 16:58)
[16] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか[ゴンザブロウ](2010/03/03 20:37)
[17] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉[ゴンザブロウ](2010/03/09 00:27)
[18] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:20)
[19] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:24)
[20] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟[ゴンザブロウ](2010/03/21 10:07)
[21] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:34)
[22] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石[ゴンザブロウ](2010/10/11 20:45)
[23] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】[ゴンザブロウ](2010/10/15 23:47)
[24] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:00)
[25] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン[ゴンザブロウ](2010/11/09 14:28)
[26] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末[ゴンザブロウ](2010/11/10 13:22)
[27] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ[ゴンザブロウ](2010/11/20 14:26)
[28] 濁流のフェルナン ルートB23 この冒瀆された世界の中で[ゴンザブロウ](2010/12/01 23:54)
[29] 濁流のフェルナン ルートB24 世界が壊れていく音が聞こえる[ゴンザブロウ](2010/12/18 17:14)
[30] 濁流のフェルナン ルートB25 ロクデナシのライオンハート[ゴンザブロウ](2011/03/27 23:19)
[31] 濁流のフェルナン ルートB26 OVER/Accel→Boost→Clock→Drive→Evolution→[ゴンザブロウ](2011/04/13 13:25)
[32] 濁流のフェルナン ルートB27 決戦前夜 【加筆修正】[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:12)
[33] 濁流のフェルナン ルートB28 おわりのはじまり、はじまりのおわり[ゴンザブロウ](2011/07/14 01:31)
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[13866] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:210a3320 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/20 14:26
 嵐と呼ぶにも少しばかり凄惨に過ぎる戦禍の通り過ぎたアルビオンは、現在ガリアの支配下にあった。
 ニューカッスル城を大人気なくティファニアの虚無魔法「エクスプロージョン」で消し飛ばし、塵一つ無くなったところで、元々の予定通り待機していたガリア両用艦隊が登場、レコン・キスタは一斉砲火で殲滅され、見事、アルビオンは見事な漁夫の利の図式によってガリアの手に落ちた。
 これこそまさにジョゼフ王の完全調和(パーフェクトハーモニー)というヤツである。

 そして現在、あまりにも無体な乱入に抗議の声を上げるゲルマニアやトリステインの声を空耳よろしく聞き流し、惜しみなく国庫から膨大な投資を行って、ジョゼフ王はアルビオンの復興事業を行っていた。


 あるいは、復興事業の名を騙った、別の何かを。



 濁流のフェルナン/第二十二段



 そして現在、雇用政策と題して、アルビオンの七箇所で都市の復興作業が行われていた。現在、僕がいるのはその内の一つ、某マチルダさんの生まれ故郷で有名なシティオブサウスゴータである。
 だが、その都市の構造は人間の生活する都市としてはどこか違和感を感じさせるものであり、その中心に配された庁舎や城に至っては、そもそもユークリッド幾何学どころか既存の物理法則に立脚しているかどうかも怪しいような異常に捩じくれた不可解な代物だ。

 今現在、僕はその街の片隅の酒場にいるのだが、その酒場の建物自体も、どこか建物の構造そのものが奇妙に歪んでいるような違和感がある。
 軽く鼻を鳴らすようにして空気の流れを探ってみれば、浮遊大陸であるアルビオンにはあるまじき、リュティスと同様にどこか血液に似た臭いが薄っすらと漂っている。

 アルビオンに来る時に僕が運び屋を務めたアレの正体を知って以来、こうなることは大体予測が付いていたが、あまり見て楽しいものでもない。

「そうでしょうか? 私としては正直、あれが出来上がるのが待ち遠しくてならないんですけど」
「だからといって、楽しむようなものか、あれが? 正直、この場にいるだけでも正気度が削れる気がするんだが」

 僕の対面に座るのは、分厚いローブを着てフードを深々と被った女性だ。そのフードから長く伸びた金髪が零れているが、それだけで個人を特定できるわけでもない。
 ティファニアである。つい先日までレコン・キスタの総司令を務めていた彼女だが、現在は名前を変えて、アルビオン復興事業の主導者代行となっている。

 同様にガリア王の手先であり、また精神によく似た歪みを抱えた僕とティファニアだが、だからといって決して完全なる味方同士というわけでもない。
 僕自身もジョゼフ王の計画に便乗して狙っているものがあるし、相手だって同様に信用できるとも限らない。最悪、僕を排除に掛かる可能性だって想定しておくべきだ。
 第一、歪みの度合い、というか、人格的な強さではティファニアの方が遥かに上だ。多分。

「にしても、実際にこれを実行に移すということは、原作的に考えてアレ以外に魔導書が最低もう七冊ある、って事か?」
「ええ。私も一冊持ってますし」

 ほら、とティファニアはローブの襟元に指を引っ掛けて引き下ろし、豊かな乳房の間に収まっている古書を示して見せる。
 ラテン語の題名を確認し、僕は思わずうんざりした気分にさせられた。ギルガメッシュの宝具による翻訳効果で、一応とはいえラテン語は読める。正直、読めないほうが幾分か幸せだっただろうが。

「そんな無防備にしてると、しまいには襲われるぞ」
「心配要りませんよ。大抵の相手はどうにでも出来ますし、それに」

 貴方は小さい方が好きでしょう、とくすくす笑って続けられる。まあ僕の愛する人が小さいのは見ての通りの事実ではあるのだが、それは置いておくとして、

「僕は大きいのも小さいのもどっちでも行けるぞ、一応」

 中途半端なのには興味が湧かないが。基本的に大きいか小さいかの二択。ただし巨乳ロリは邪道かつ外道。

「わ、怖い。じゃあ私、襲われちゃいますか?」
「襲わない襲わない。正直、君に勝てる自信がない」
「ふふ、そうですか。お利巧です」

 目の前の相手は思っていたよりもはるかにヤバい相手らしい。その戦闘能力は下手をすればギーシュと同等、下手をすればそれ以上。

 そしてこれだけは間違いない。見下されている。



 そして場所は移る。
 眼前には果てしなく青い海が広がり、背後には果てしなく赤い荒野が広がる。シナリオ『オーバーフロウ』の中心地だ。
 ラグドリアン湖から場所を移したこの地は、僕の新たな新天地に他ならない。

「『オーバーフロウ』の進捗率も決して悪くない。特にセクション『オケアノス』は第一段階を完了、第二段階も終わりは決して遠くない。『ポントス』だってちゃんと進んでいるし、『アンピトリテ』だってここのところ立て続けに大物が入っているから、強化だってしっかり出来ている。問題は────」

 どさり、と地面に腰を下ろす。
 海辺の荒野とはいえ、その感触は砂浜などとは程遠い。荒れた土は固く、座り心地もあまりよろしくない。大気も寒冷で、魔術をフルに使用して障壁を張っていなければ凍えているところだ。

「────ティファニアか」

 ギーシュ攻略の糸口が見えたと思ったら、今度はティファニアか。
 転生者以外にあんな手駒を用意していたとは、ジョゼフ王も恐れ入る。加えてシェフィールドも似たような力を持っているはずだ。
 もはやチート能力は転生者だけの所有物ではないのだと思い知らされた。
 正直、前回のアルビオン戦でもギーシュにはティファニアをぶつけるべきではなかったか、と少々後悔している。

 一応、アルビオンで入手したアレの使用法はどうにか確立している。アレの原作を参考にはしてみたが、まさかあの偽一方通行の脳髄があんな風に役立つとは、さすがに予想外だった。
 欲を言えばもう少し高レベルな演算機関が欲しいところだが、あまり無理を言うべきでもないし、そろそろ実戦レベルでの試験運用もやっておくべきだろう。

「マクロスFの宇宙……」

 向こう側……ゼロ魔世界の地球とも違う、もう一つの宇宙のことを考える。あの世界の産物は、ギーシュやティファニア、そしてジョゼフ王を相手にするために、どうしても欲しい。
 それに、あの三人は僕が知っている限りで最強クラスの人間ではあるけれど、しかしゲルマニアやロマリアにはもっとヤバい相手がいないとも限らないのだ。
 できればもっと他の宇宙、できれば相性がよく攻めやすいスパロボ系の世界にも行きたいのだが、現在の量産型ティファニア達のスキルでは行きたい世界を特定するのが難しく、危険度が高い。最強なスパロボ系の世界に行こうとか思ったら行き先がデモンベインの世界で、這い寄ってくる混沌な人と鉢合わせしてSAN値直葬などという事態は怖い。
 そんなわけで、今は有用な技術や能力やアイテムが存在して、それを奪取することが可能で、なおかつ今の僕が侵入しても問題なさそうな作品世界を、地球の秋葉原辺りを中心に検討中である。

 とりあえず、前回ルイズの世界扉によってこの世界と繋がれたあの宇宙は、バジュラがアルビオン軍を攻撃したことから判断して、マクロスFの物語が終了する以前であることは間違いない。
 群単位での意思疎通の必要を持たないバジュラにとって、一つ一つの個体が全く違う意志を持つ人類という生物は理解不能であった。だから唯一意思疎通が可能なヒロインを人類の中から救出しようとしていた……というのがあの話の物語序盤の粗筋だったはず。それが、人類が一個体ごとに別の意志を持つということを理解したのが、原作最終回の話だった……はずだ。正直、前世の記憶は薄れていて、色々と忘れている事があるので僕の知識は正確さに欠ける。

「さてと……バジュラか。バジュラねぇ……」

 僕はそっと手を空に向かって差し伸べる。色の薄い、気の抜けたような空の半ばを掌が覆い隠す。その向こうに相似の銀弦が伸びていき、行く手に巨大な転送障壁が形成される。
 同時、水平線の近くで何かが跳ねた。大きい。
 色は黒。シルエットはおそらく鯨。しかし、地球最大のシロナガスクジラですらせいぜい二、三十メートル前後であり、対する全長五百メートルを超えるその威容は、明らかに生物の域を超えていた。
 これこそが僕の軍隊の、雑兵級と対を成すもう一方の主役、兵員輸送・対拠点破壊型ブラスレイター・ホムンクルス、カサブランカ級。
 本来であれば人間、というか人型生物であるミノタウロスを使うところを、マッコウクジラを素体に使用して製造された巨大兵器。鯨らしく超音波を操る能力を持つ他、地球の攻撃艦艇にハルケギニアのフネの飛行能力を組み込むための技術を利用して、飛行能力まで獲得している。
 コンセプトの主軸に空母のシステムを組み込んでおり、体内に千数百体の雑兵級を休眠状態で内包し、複製障壁を利用した永久機関方式によって無限に兵士を吐き出し続ける怪物である。

 それが、数千頭。群を為して空を泳ぎ、転送障壁の内側へと入っていく。行く先は当然、マクロスFの宇宙だ。前回ルイズが開いた世界扉を通して流し込んだ水精霊の一部は氷塊となって宇宙空間を漂い、向こう側の宇宙空間の座標情報をこちらに伝えてくれる。
 今回のカサブランカ級の内側には、通常の雑兵級だけでなく、僕の肉体のストックもいくつか内包されている。陰謀を企む為には、雑兵級だけでは不都合。頭脳となる指揮ユニットが必要なのだ。
 さて、こちらの計画も実を結んでくれればいいのだが。

 で、だ。
 あっちはあれでいいとして、問題は向こう。ロマリアである。

 現在、ギーシュはロマリアへと向かっているんだそうだ。
 彼のお供はルイズとアリサ、そしてトリステイン王軍で唯一再編成が終わっていた魔法衛士隊の一角、マンティコア隊である。
 何というか、アレだ。

 要するに、簡単な帰結である。

 数年前、ギーシュの元から奪われたティファニアを誘拐した時に陽動として僕が使ったのは、無数の火竜の大群だった。

 そしてその後、北花壇騎士団の任務においてタバサに同行していたティファニアがギーシュに遭遇した際、僕はギーシュに対して、ティファニアと同行していたのがロマリア教皇の使い魔であるジュリオ・チェザーレであるかのように偽装した。
 原作知識を持つ者であれば大抵は知っているであろうが、ジュリオ・チェザーレは虚無の使い魔ヴィンダールヴとして幻獣を使役することができる。

 でもって、ラ・ロシェール殲滅戦の時に大量の雑兵級を召喚してトリステイン軍とラ・ロシェールの市民を虐殺した僕は、ロマリア教皇の顔の映像を目一杯に上空に投影して犯行宣言をした。

 そして、さらわれたティファニアが総司令をやっているレコン・キスタの増援として現れたのは、ラ・ロシェール殲滅戦で出てきたのと同じ雑兵級であった。

 これだけ材料が揃っていれば、一連の事件の黒幕がロマリアであると判断するのも仕方ないといえるだろう。
 まあ、敵同士で潰し合ってくれるのは大歓迎だ。せいぜい消耗してくれ。
 でも絶対に監視は怠らない。それだけは忘れないようにしないと。



 一方、ハルケギニア側、トリステイン魔法学院に起居するもう一人の“僕”は、一人の男と面会していた。

 ヴィルジール・カステルモール。
 ガリアの正規軍たる東薔薇騎士団の一騎士であり、現在では反国王派ともいえるオルレアン公派の纏め役であるバッソ・カステルモールの弟。
 コイツが近い内に接触してくることは、ある程度予想していた。コイツが所属しているオルレアン公派にとって、タバサに付いた監視であるオリオールが姿を消した今以外に、ジョゼフ王の目を盗んでタバサに接触できるチャンスはない。
 だが、それを飛ばして僕に接触してきたということは、だ。要はタバサが洗脳されていることを理解しているというわけだろう。

「ふん、よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないか? 最近どうも耳が遠くなっていけない」
「まともに話を聞く気がないのですか貴方は? 何度も言っているように、そろそろシャルロット殿下を返せと言っているのですよ。もう十分堪能したでしょう?」
「馬鹿馬鹿しい。いつからタバサはお前らのものになったんだよ、ええ?」

 語調は穏やかだが、その実言葉は正面から敵意を叩きつけるだけの罵倒の応酬だ。事実、僕と目の前のカステルモール弟は、それこそ憎悪の塊を叩きつけるかのように睨み合っていた。

「簒奪者の犬め、お前たちが洗脳の手段を持っていることは分かっている。その洗脳を解けと言っている」
「……馬鹿馬鹿しい。言われて従う馬鹿がどこにいるものか。第一、お前らにとって、タバサは捨てたオモチャだろうが。本気であいつを助ける気なんざ端っから無い癖に偉そうな口を叩くなよ」
「…………何だと?」

 互いに互いの逆鱗を殴りつける暴挙。
 すっと場の空気が冷え込み、冷酷なまでに暴力的な静寂が満ちる。相手から放たれている殺気の濃度が爆発的に膨れ上がる。
 だが、弱い。足りない。
 絶望的なまでに、こいつは、こいつらは弱い。あの怪物、ジョゼフ王に立ち向かうのに、この程度の強さではどうしようもない。本当にどうしようもない程度の脆弱さ。
 向こうにとって、今までタバサを助けられなかったのはそうするチャンスがなかったからに過ぎず、彼らはずっとタバサを助けるチャンスを窺っていた……つもりだったのだろう。
 だが、それも所詮は過去の話。タバサは既に僕のものだ。お前達になど渡すものか。

「…………まあいいでしょう。互いに建設的な話をするとしましょう」
「その話なら、大体見当がついている。僕にガリアを裏切れ、そして洗脳を解除しろ、せいぜいそんなところだろう?」

 他に、こいつらが僕に目を付ける理由がない。
 だが、正直下らない。僕がこいつらに肩入れする理由があると思っている、それこそが下らない。

「ガリアを裏切れとは言っていません。我々こそ正統なガリアですから。ですが、我々の革命が成った暁には、貴方にも相応の地位を約束しましょう。それに、貴方もシャルロット殿下とは親しいのでしょう? なら、シャルロット殿下に自由意志を取り戻して差し上げることこそ、彼女の為になると理解できるはずです」
「相応、ねえ。惨め臭い騎士爵の位だけ寄越してハイさようなら、って感じか? それとも、戦闘中に後ろから撃ち殺して終わり、か? まあどちらでも構わないけど、現実的に考えてお前ら如きがあの怪物国王に勝てるとは思わない」

 口に出しては言わないが、何より、だ。
 僕にとっては以前のシャルロットと今のタバサを別人だ。つまり僕の立場からすれば、タバサの洗脳を解くという行為は、自分の恋人をこいつら如きの為に屠殺しろと言われているようなものだ。
 そんな真似をするくらいなら、僕がお前たちを潰してやる。
 まあ、僕が惚れているのが「洗脳されたタバサ」という存在であるなんて、そんなことはさすがのこいつらも予想外なんだろうけれどさ。というか、それ以前に、僕の手の内に解除の手段そのものが存在しないんだが。

「まあ、貴方と話した時から、そうなるだろうと予想はしていましたよ。まあ、そうなった時のための手段など、貴方とこうして向かい合っている時点でいくらでも存在しますがね」

 ヴィルジールは芝居がかった仕草で両手を広げると、右手を振り上げてその右目を押さえつけるようにして隠す。
 そのタイミングで、相手がやろうとしていることが何となく理解できた。故に、対策を講じることにする。

「ヴィルジール・カステルモールが命じる────」

 勝ち誇った顔で右手を打ち振る。その右の瞳に赤い楔形の紋章が輝き、ヴィルジールの言葉と共に紋章はその両端を不死鳥の翼のように羽ばたかせる。
 同時、僕は全身の骨格に仕込んだ杖としての機能を解放、杖を振るう動作の代わりに、僕はわずかに身じろぎした。


 ────練成。


「────命令に、従え!!」


 ふう、と僕は唇から呼気を漏らす。予想通りの能力で本当にありがとう。こっちの手札を一枚も見せていないこの状況で仕掛けてくるとは思わなかったが、それさえも、実に、楽でいい。


「イエス・ユア・ハイネス!!」


 小気味の良い返事が響く。
 そして、思わず自らの口を押さえていた。僕ではない。ヴィルジールが、だ。
 ヴィルジールの能力はコードギアスの「絶対遵守のギアス」。
 あそこまで分かりやすい前フリをしてくれたのだ。敵の能力さえ分かれば、いくらでも対策は立てられる。

 僕は再び練成を使用して、水銀に変化させていた眼球表面の水分を元に戻す。肉体の水分が水精霊だから水銀の毒性は浄化できるし、眼球の痛覚だって遮断できるが、あまりいい気分ではない。出来ればもう二度とやりたくない。
 自分自身の目を鏡面に変えることで自らの視覚を遮断してギアスを防御、同時に目を合わせていたギアスを使用するためにヴィルジールは鏡面化した僕の目を覗き込み、跳ね返ってくるギアスの光情報を正面から浴びることになる。

「馬鹿め。その程度の能力を馬鹿正直に使うだけで、本当に自重しない転生者をどうこうできるわけがないだろうが」

 正直、絶対遵守のギアスという能力は弱い。制約は多いし、使いにくいし、効果だって比較的有り触れている。一見それが強力極まりないように見えるのは、あくまでも原作の使い手と使い方が強力だからに他ならない。
 ギアスという能力はそれ単体だけで全てを制することができる能力ではないのだ。能力がゲーム版のヤツだったら多分喰らっていたが。

「そんな……馬鹿な……」

 震える声でヴィルジールは後ずさる。
 その姿を見ながら、そういえばこいつはギアス以外の能力を持っている可能性もあったな、などと考えて、しかしこの様ではその可能性もないだろう、と相手の姿を見て考え直す。
 というか、多分それ以外がないから、先手必勝で一発ブチ込むしかなかったんだろうね、とか、相手のことを少し再評価してみる。

「さて、こういう時は何て言うんだったか……えー小便は済ませたか神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて……お祈りを……じゃなくて何だっけああ忘れた。ま、どっちにせよその様子じゃ心の準備もできてないだろうけど、死ね」

 足元の床に伸びた僕の影が大きく膨れ上がる。その影の色も不自然に黒い。夜よりも暗い宇宙空間の暗黒をそのまま切り取って持ってきたような底知れない奈落のような闇色だ。
 長く伸びた闇色の影はそのまま大きく伸びてヴィルジールの体を呑み込み、次いで、ヴィルジールの体がずるずると影の中に引きずり込まれ始める。

「ま、待て、何だこれは!? 何なんだ、お前の能力は一体何なんだ!?」
「うるさい黙れ。鳥じゃないあんたが囀ったところで求愛行動にもなりゃしないんだ。せめて死ぬ時くらいそのピーチク五月蝿い口を閉じたらどうなんだ?」

 影の領域が一気に膨れ上がり、その内側から鰐に似た巨大な顎が出現する。影の中に潜んでいる何物か────否、影の中に何かがいるのではなく、顎は影そのものから伸びているのだ。

「さ、くたばるといい。世界美化の為に」

 バリボリと音を立てて顎はヴィルジールの体を噛み砕く。悲鳴など上げさせない、うるさいから。後の掃除のことも考えて、血も飛び散らせないように気を使った。


 にしても、オルレアン派ねえ。
 今度ウチの陛下に、足元のゴミぐらいしっかりと掃除するように言っておこう。うん、そうしよう。


 さて、ヴィルジールが早漏だったおかげで少々時間が空いてしまった。空いた時間をどう使おうか。

 そんなことを考えながら、一冊の大型の本を手に取る。僕がアルビオンに向かう時に運ばされた代物の正体である。
 頑丈なトランクの上から封印の術式を刻み込んだ鎖を幾重にも巻きつけて、またトランクの内側にも頑強な鉄の箱と強力な封印で封じ込めてあったその本は、もはや空気に剥き出しで僕の手の中に存在した。

 とはいえ、あくまでも安全に取り扱えるようになったというだけで、完全に使いこなせるわけではない。下手をすればハルケギニアの水魔法や先住魔法の方が効率がいいほどだ。
 だが、使いこなせればその力は下手をすればギーシュすら上回る……可能性がある。正直、僕はこの書の性能限界をあまりよく理解してはいないのだ。だが、そんな僕にすら、この書を使ってできそうなことがいくつか思い浮かぶ。
 もっとも、そのどれもが今は不可能ではあるのだが。

 僕は手に魔力を集中させると、書の記述に刻み込まれた膨大な情報を骨格として魔力の肉を纏わせ、そこから力を引きずり出す。そうやって呼び出されるのは、掌に乗る程度の水の塊だ。
 普段僕が操る水魔法の水と比べると遥かに魔力的負担も、脳に掛かる負荷も、そして精神的なダメージもはるかに重い。これ一つでスクエアスペルと同等のエネルギーを消費するのだ。
 この水の分子一つ一つが異質な魔力、あるいは膨大な瘴気を孕んでおり、迂闊に触れれば岩を砕き鋼を捻じ曲げ、耐性の無い人間であればそれだけで人間というカタチから外れかねないその力が、操作性を悪化させる要因にもなっている。
 その上、キャスターの魔術スキルを使用すれば一応補助にはなるのだが、この水が孕んだ巨大な概念それ自体が完全に異質であり人間が理解できるものではなく、僕の中に存在するキャスターの知識や経験がそれらを否定し、そのためさらなる負荷を掛けられる羽目にもなっている。
 どうにかこの程度の術を仕えるのも、僕が水メイジと水精霊の融合体であり、水という存在を操り慣れているからでしかない。決定的に、絶対的な能力が足りていないのだ。

 能力不足をカバーするために取るべき手段は、大きく分けて三つ。
 まず一つ目は、単純に努力を重ねること。これははっきり言って不可能だ。僕という存在は昔から「努力をする」という行為に対して致命的に適性がないし、何より、そんな悠長な真似をしている時間はない。
 分身を利用してある程度の研鑽は積むにせよ、『オーバーフロウ』にもいくつものラインが存在するし、ジョゼフ王の計画もギーシュの暴走も僕を待ってはくれない。
 二つ目は、最初から諦めて他の道を模索すること。だが、この書ほどの力が危険を冒さずただで手に入ることが、この先何度もあるとは思えないので論外。
 そして三つ目は、たとえばドーピングなどの別の何かを利用して能力を底上げすること。これについては、一つ案が存在する。とはいえ、すぐさま実行に移せるほどの案ではないし、何よりこの案を実行するためには何よりもジョゼフ王の計画に成功してもらわなければならない。

「もっとも、その計画が成功して無事でいられるための土台作りはどうしても必要になってくるんだけれどな」

 僕は気を取り直すと、再び掌の上に水を生み出す。今度は、もう一つ、別の案を試す。背後の空間に波紋のように揺らぎが走り、ゲートオブバビロンが展開する。その内側から一つの宝具を取り出し、ランスロットの力で支配下に置きながら書に接続。


 ────刹那、手の上の水塊が爆発的に膨れ上がった。



 さて、モット家地下、大神殿。
 僕にとっても割と慣れ親しんだこの地下空間は、拡張に拡張を重ねた結果として、もはやトリステイン王城やガリア宮殿よりも巨大なものとなっている。
 かつて最深層に存在した大危険度重要物保管庫は、度重なる拡張の末、大神殿の内部においても割と浅い位置に存在する結果となっていた。そのため、現在では空間そのものを実空間から切り離し、魔術によって無理矢理定義した“存在しない空間”の中に封じることによって、その存在を隠蔽している。


 この大神殿を管理する“僕”の肉体が転生者由来の超金属で鍛造されたその扉を押し開けると、停滞した空気の中に、これまで僕が獲得した中でも危険度が高いと思われる存在が幾つも封じられている。それは特に理由がなくとも転生者どもを引きつけると思われる厄介な原作キャラであったり、あるいは死亡した転生者が遺したアイテムのオリジナルや、貴重な能力のオリジナルとなった転生者の遺体そのものであったりもした。
 能力次第ではたとえ仮死状態にしたところで復活してくるだろうし、主人公補正などが絡みそうな奇跡的な何かの事故で復活してもこの世界では別に驚くには当たらないだろうから、冬眠・仮死状態のものなど存在せず、一人残らずきっちり殺してある。水精霊の力ならゾンビ人形としていくらでも蘇生が効くし、ホムンクルス用の細胞サンプルは死体からでも十分に採集できる。


 その一角に、保管庫と同じエリアに併設された大型の研究施設が存在した。保管庫に収蔵された超重要物を研究するための施設である。
 その中に、大型の培養槽の立ち並んだ一角が存在した。この場こそ、シナリオ「オーバーフロウ」におけるライン『カリュブディス』の中心の一つであり、雑兵級のハードとして製造される生体部分の開発機関であった。
 中心には少し前までいくつかの転生者の細胞サンプルから培養されたホムンクルス素体が存在し、最重要の研究対象になっていたものの、今現在、その中心を占めるのは二つの培養槽だ。その中身は、ある転生者から採集された、雑兵級の生体ユニット次期主力基幹データとなるサンプルと、そして巨大な脳髄だ。

「ご主人さま、いかがですか?」
「……リーラか。ああ、割と良さそうだ。アルビオンの戦いでこいつの有効性も証明できたしな。後は実用レベルにまで持っていくだけだ」

 脳髄の収められた培養槽のガラスを軽く叩いて言う。
 元々この脳髄はアルビオンの戦いで実戦投入するつもりだったのだが、実際問題、当初の予定とは違い、思ったより使い物にならなかったのだ。
 確かに、サイズを肥大化させてニューロンの密度を高めただけあって、オリジナルを上回る演算効率を発揮することはした。脳髄を複数個並列使用して演算することで、それ以上を求めることだってできる。だが、要求された能力を行使する事も出来なかったのだ。

「これが完成していたら、鑚心釘に頼る必要もなかったんだが……」

 だが、まあいい。あの鑚心釘が切り札だと思ってくれれば幸運、それでなくても、殺し方は分かっているのだ。次に殺す事が出来ればそれでいい。
 それに。


「これでもう、完成したわけだし、な」


 僕の手の内に現れるのは豪奢な装飾が施された一本の釘。僕はその釘を、手首のスナップを効かせて一息に投擲する。狙いは培養槽に収められた巨大脳髄だ。
 煤色の閃光と化して放たれた釘は空間にその形を溶け込ませ、十一次元に至る次元跳躍を経て────僕の心臓に突き立っていた。
 胸板に突き立った釘をずるりと引き抜くと、釘に開けられた穴は一瞬で塞がって消滅する。これでいい。全ての要素は、僕の手の内にある。




 さて、デモベ系魔術の強化案も比較的上手くいったことだ。魔術系基礎スペックはどれだけでもカバーできる。後はメンタル面をどうにかしないと、発狂してしまう。
 それについての方策は前々から用意していたものの、実行に移す決意だけは付かなかった。

 ────精神力が足りないのなら、精神の方をどうにかしてしまえばいい。

 だからこそ、問題があるのだ。
 精神とは要するに僕自身、存在そのものだ。力を得るために己の存在を造り替える。それはいい。だが、精神を造り替えて力を手にしたとしても、力を手にした“その存在”は、果たして“僕”なのだろうか。


 ふと、脳裏に聞き慣れた声の囁きが蘇る。もっと私を壊して、と囁く愛しい声が。


「……タバサ」


「フェルナン?」
 そっとドアが叩かれ、タバサが入ってくる。いつも通りの無表情だが、その無表情の中に浮かんでいる感情の動きが、今は何となく分かる。いつも通りの平静な無表情の中に、ぱっと嬉しそうな色が浮かぶ。ヴィルジールを殺害した時には血飛沫の欠片も飛ばしていないので、いつも通りの僕の部屋だ。戦闘があったことすら気付いていないのかもしれない。
 タバサはベッドの上に腰掛ける僕の隣に腰掛けると、いつも通りに分厚い本を広げる。僕も本棚から適当な本を取り出して広げると、タバサは頭を僕の肩に預けるようにして体を寄り添わせてくる。
「フェルナン」
「何だ?」
「…………何でもない。呼んでみただけ」
 僕の片腕を抱き締めるようにして腕を絡ませ、タバサはもう片方の手で本の頁を手繰っている。白い頬はわずかに赤く染まり、その視線は一見変わらず本の頁に向けられているようであるが、それでいて視線の向きが動いていない以上、彼女の目は本の文面を追っているわけではない。
 じっと見つめていると、こちらの視線にも気が付いているのだろう、変わらず平静を装っているその頬が少しずつ赤くなっていき、最後には耳まで真っ赤になる。
「タバサ」
「何?」
「キスしよう」
 思いついたように言ってみると、愛しい少女は硬直し、少しの間をおいてから、こくりと頷いた。
 タバサの背中に腕を回して抱き寄せて、反対側の手をその頬に添える。彼女はその動きに逆らわず、そっと身を寄せてくる。リーラとかシャーリーとか妹とか量産型ティファニアとかで昔から慣れ切っている動作であるはずなのに、相手が彼女だというだけでどうしてこうも違うのだろうか。緊張してぎゅっと閉じられた瞼や、白くて艶やかな手触りを返してくる頬や、僕の知っている誰よりも幼いのにそれでいて妖艶な体の線が、とにかく愛おしくて仕方がない。
 少女の瑞々しい唇を貪るようにして唇を重ね、しばらく弄ぶようにして舌を絡めていると、タバサの表情がとろんと緩み、蕩けるような笑顔を浮かべて体を寄せてくる。この、清楚と妖艶とが入れ替わる瞬間が、いつ見てもたまらないと思う。
「フェルナン、今日は“どう”する?」
 耳朶を甘噛みしながらタバサが囁いてくる。
 最近、互いの身体を求める時に、タバサに精神操作を掛けてから行為に及ぶことが多い。昨日は感情以外の全ての記憶を封じてみたし、一昨日は四肢の動きを封じてみた。その前は故意に性欲を暴走させてやったし、さらに前は自分を犬だと認識するようにしてもみた。
 僕一人の趣味ではない、というよりも、どちらかといえばタバサの方から求めてくることが多い。自分が人形であることを再確認するかのように、何度も何度も繋がりを求めてくる。
 そういえば、と思う。

「タバサ、君は“自分自身”ってものを、どう思っているんだ?」
「……?」
 タバサはきょとんとした表情で首をかしげる。
「精神というのは、要するに“自分自身”だ。自分という存在を想定し、判断し、操縦し、運営する、その基準となる内部法則。それが精神であり、自分自身であると僕は考えている。じゃあ、タバサ、自ら狂い、変質し、壊れていく君は、何を以って自分を“タバサ”であると定義するんだ?」
 タバサは、少し考える素振りを見せた後、かつての“シャルロット”がついぞ見せなかった満面の笑顔を浮かべた。

「……前にも言った。私は“タバサ”。“タバサ”は人形の名前。貴方の為に生きる、貴方の為の、貴方を愛する人形。だから、私が貴方を愛していれば、それがどんな私であっても、それは“私”」

 不覚にも心を奪われた。愛されている。全身全霊で。
 それは正しい愛の在り方ではないのかもしれない。多くのものを巻き込んで破滅に向かう愛なのかもしれない。あるいは、最も純粋な邪悪が愛にこそ似ているというのなら、それは愛に似た邪悪でしかないのかもしれない。
 だが、たとえ邪悪であったとしても、それは至純の邪悪だ。それは至高の愛に等しい。僕はその想いに応えたいと思う。
 腕を伸ばして、両腕で少女を抱き締める。柔らかい。暖かい。細い首筋に顔をうずめると、嬉しそうに跳ねる頸動脈の脈動がどくどくと伝わってくる。

 見つけた。

 自分自身を定義する方法を。たとえどれほどおぞましく忌まわしく禍々しく変質したとしても、それこそ自分だと主張できる自分自身を。
「タバサ」
「何?」
「……愛してる」
 僕は、これから自分自身を造り替える。異形の魔術を行使するのに最適の精神構造へと、己そのものの精神を改造する。自分を自分だと定義づける核が見つかった以上、もはやそれ以外は必要ない。
 既にこの肉体はヒトのものではない。そして精神もヒトでなくなる。僕はそれでいい。それがいい。タバサが傍にいれば脆弱な被捕食者でしかないヒトである事など必要ない。むしろ邪魔だ。
 だから。

「僕は人間をやめるぞ……ってね」
「……フェルナン?」
「タバサ、ほんの一週間でいい。引きこもるから、付き合ってくれ」
「分かった」

 僕の言葉に少しの不安を見せながらも、欠片の躊躇もなくタバサは頷いてくれた。




 数日後、僕はトリステインの貴族として呼び出しを受け、トリステインの王城を訪れていた。王権を盾にした命令なので拒否権がない。
 こういうイベントがあると、僕の所属はガリアではあるけれど、表向きにはまだトリステインの貴族であるのだと、あらためて気付かされる。
 『オーバーフロウ』さえ完成すれば貴族や国家なんてものに意味はなくなる。正直、こんな繋がりなどさっさと潰してしまいたいが、今の立場は表向きのカモフラージュとしては結構重要なのだ。
 あの書を扱えるようになるために、無理をし過ぎた。副作用で今も頭の調子が悪い。少し気を抜くと、思考が物騒な方向に飛びそうになる。イアイアとか叫びたくなる。
 魔力が巡り過ぎだ。全身に魔力と瘴気が荒れ狂っている。おかげで正常な思考が難しい。王城を見上げたら反射的に毒水の大津波でもブチまけたくなる。
 これでも大分マシになった方だ。
 学院にはダミーを設置して引きこもり、まる三日間タバサと抱き合って過ごした。最初の内はそうでもしないと自分が保てなかった。それもタバサのおかげで少しずつ改善されてきて、あと一週間もすれば完全に復活できそうだ、というところで、この呼び出しだ。まったく、迷惑極まりない。
 いくらでも予備があるフェルナン・ド・モットの肉体ではなく、本体である水精霊それ自体の、中枢の精神構造を変質させているため、予備の肉体で出向くとかそういう意味がなく、改造中の不安定な肉体と精神で出向くしかなかった。これに関しては、できるだけ気をつけるしかないだろう。
 確かに貴族としての身分はカモフラージュとしては有用だが、それはあくまでも表向きのものでしかない。表向きの見せ掛けが、本来の目的に干渉するような事があってはならない。そうなる前にいっそのこと────危ない。もう少しで衝動に流されるところだった。
 ぎり、と唇を噛めば、痛みよりも先に口の中に血が溢れてくる。血液の味は潮に似て、それでいて濃厚な瘴気が混じっている。その瘴気に意識が押し流されそうになるのを、タバサの体温を思い出してどうにか耐える。
 握り締めた掌に嫌な感触を感じて、手を開いてみる。掌には青いガラス質の鱗が浮かんでおり、生物的でありながらどこか金属にも似た鈍い輝きを放っている。

「……まだまだ、制御が甘いな」

 キャスターの高速神言を併用して脳裏に術式を展開、魔力の流れを調整すれば、掌の鱗は溶けるようにして皮膚の内側に沈んでいった。


 トリステインの王城はガリアのそれと比べると、あまりもみすぼらしく感じられる。
 とはいえ、あれはどちらかというとガリアの国力が異常だったのであり、ガリアという国家を比較対象に論じること自体がまず間違っている、はずだ。
 魔法衛士隊の最後の生き残りであるマンティコア隊がギーシュに同行している以上、そこを守るのは魔法が使えない銃士隊のみ。銃士隊はグラモン領でガチガチに鍛え上げられているため兵士としてはそれなりに有能なんだが、やはり単なる人間の域を出ない。核の一発でもブチ込めばコンクリとかにいい感じで人型の染みを焼き付けることができるだろう。ってなわけで、今ならあっさりとトリステイン王城を攻略できそうな気がする。
 そんなことを考えながら、僕は謁見室へと足を踏み入れた。

 厳重に人払いが行われた謁見室で僕を出迎えたのは、僕と同じ年代の一人の少女だった。
 少女。正直な話、それだけとしか言いようもない。僕が彼女に抱いた印象が、たったそれだけなのだ。
 顔立ちも整っているし、人の目を惹きつける華もある。だが、それだけ。存在に重みがないというか、所詮普通の人間でしかないというか、要するにその程度。ジョゼフ王やらティファニアやらと正面から顔を合わせてきてしまったせいで、この程度の相手では何の感慨も抱けなくなっているのかもしれない。

「お初にお目に掛かります、フェルナン・ド・モットと申します。アンリエッタ姫様におかれましては、謁見の誉を頂けて光栄に存じます」
「フェルナン・ド・モット……モット伯家の次期当主ですか。ギーシュ様と同じ転生者だと聞いてはおりますが、こうして顔を合わせるのは初めてですね」

 深々と頭を下げて跪き、臣従の姿勢を示す。不愉快な相手のハーレム要員なんぞに頭を下げるのは、ハーレム所有者に向かって跪いているようで正直不愉快極まりないのだが、体内の水分を操作して無理矢理気分を落ち着けて耐える。そうでもしないと、目の前のこの女をすぐさま叩き潰しそうだ。いずれは“そう”しても構わないが、今は駄目だ。

「今回、私が貴方をお呼びしたのは、貴方に折り入って頼みたいことがあるからです」

 ものすごく、嫌な予感がした。この上なく、これ以上なく、最低なほどに。

「ラ・ロシェールの一件でトリステインの軍事力は大きく削がれました。そして、その機に乗じて、国益を考えぬ身勝手な者たちが実権を握り、国家の重臣であるグラモン卿を追い落とそうと策を巡らしています」

 ……というか僕もある意味その一人なんだが。トリステイン自体、ガリアに売る気満々だし。
 何というか、馬鹿だ。
 仮にもギーシュのハーレム要員であるし、またギーシュ自身も最初の頃はそれなりに功績を挙げているから仕方ないのかもしれないが、この女、頭の中でギーシュの存在と国益をイコールで結んでいやがる。
 たとえかつての功臣であろうが、今のギーシュは暴走して国家を消耗させるだけの危険人物でしかないのだが、この女はそれが分かっていない。まあ主人公補正があればそんな危険行為も最終的にはプラスとなる結果を導き出せるのかもしれないが、ギーシュに主人公補正が働いているのかどうかは結構微妙なところだ。

 とはいえ、無能といえば無能なんだろうが、ゼロ魔原作のアンリエッタが登場した時の行動は明らかにあからさまにアレだったし、時代的には今が原作本編の一年前という以上、あるいは無能なのは仕方ないといえばそうなのかもしれないが……。

「そこで、貴方にお願いがあります。同じ転生者として、ギーシュの力になって頂けませんか?」

 あー、こいつアリサ以下だ。ってか、未満だ。報酬は、の一言もない。
 それが意味するのは、それがお願いの形を取った命令であるということ。
 封建社会ハルケギニアの貴族にとって、王族のお願いは命令に等しいのだ、と理解しているのか。理解しているんなら殴り殺してやる。
 理解していなくても不愉快だが。自分のお願いが聞いてもらえるのが当然とか思っているってことだから。

 さて、どうやって断ろうか。
 僕はギーシュを排除したいが、この話に乗った上でギーシュを排除したら、守れなかったとか何とかで絶対恨みを買う。
 かといって、この話を断ることはできない。王族の命令は絶対である。退路は完全に塞がれている。
 こういう時ウチの陛下なら物騒な策略で切り抜けるだろうし、ギーシュなら本音でぶつかって……いや、アイツなら普通に協力しそうだな。
 ジョゼフ王もさっさとトリステイン滅ぼしてくれないだろうか。

 僕はその場で深々と溜息をついた。こういう時こそチートだ。
 ちょうど、上手い具合に配置されていた配下に命令を下す。サクヤ経由で行われていたグラモン組織乗っ取り計画は、驚くべき部分にまで効果を現しているらしい。アンリエッタの銃士隊はグラモン領軍とよく合同で訓練を行っていたため、その時に洗脳の犠牲者が増えたらしい。
 慌しくドアを開けて入ってきた銃士隊の兵士達が、一斉にアンリエッタを取り押さえる。生き届いた洗脳による完璧なコンビネーション、さすがサクヤ、見事な采配だ。今度何かご褒美でも上げよう。


 さあ、外道タイムだ。



 そんなわけで、無事その場を切り抜けた僕は、王都トリスタニアを後にしたのだった。
 別に大したことをしたわけでもない。ただ、王女の記憶を改竄して、実験がてらちょっとした小細工を仕込んだだけ。正直、サクヤくらい使える部下なら別だが、ギーシュのハーレム要員なんぞ、洗脳する気も起きなかった。


 にしても。

 ルイズは劣化した。
 ティファニアは邪悪に染まった。
 そしてタバサは僕の愛しい半身になった。

 挙句、アンリエッタはこの様。

 ハルケギニアは、「ゼロの使い魔」という物語は、こんなにも変わり果ててしまった。もはや誰もが原形を留めていない。
 この狂った世界で、もはやあるべき流れに落ち着くなどという期待が持てるはずもない。運命という岩が一体どこへ転がっていくのか、そんなことが誰に分かるだろうか。

「歴史の流れはまるで濁流のごとく、その行き先は神のみぞ知る……なんてな」

 それっぽいことを言って嘆息してみせる。そういえば、僕達を転生させたのもそれらしい存在だったのだから、さほど間違ったことは言っていまい。




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番外編:マクロスFの宇宙
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 転送障壁から出たカサブランカ級の体内で、僕は思わず溜息をついた。
 あらかじめ水そのものの本体を流し込んでおいて良かった。行き先が宇宙空間だと理解していなければ、今頃真空で窒息しているところだった。あるいは凍死か。まあ水魔法でどうとでもなるのだが、魔法を発動させる前に凍ってしまったらヤバい。
 まあどうにかなったのでどっちでもいい。
 さっそく複製障壁を展開してカサブランカ級の増産を開始する。同時に、ゲートオブバビロンの宝具を飛ばして周囲の状況をサーチ。
 さすがに宇宙空間のド真ん中ではゲートオブバビロンの宝具にも使えるものは少ないのだが、出発前に手足であるホムンクルス達にバジュラの要素を加えて、次世代型にアップデートしておいたのが功を奏したらしい。
 生身で宇宙航行を可能にするバジュラの感覚器官は、すぐ近くに惑星の存在を感知した。ちょうど、どこかの惑星の割とすぐ傍のようだ。

 …………などと思ったのが数分前のこと。そんな能天気な感想は、もうとっくに忘れました。

 今現在の僕が漂っているのは、とある惑星の近く。
 でもって、その惑星がどんなのかというと、海があって陸があって緑がある、典型的な地球型惑星である。目立つ特徴として、その地表、赤道直下の辺りに、何やら渦巻状の模様が浮かんでいるのが見える。

 はい、どう見てもバジュラ母星です。よくよく考えたら、僕が侵入したあの世界扉は、そもそもバジュラを呼び出すのに使われたものだ。バジュラを呼び出すのなら、バジュラの近くに開くのが道理というもの。
 まあ、確かに探す手間が省けたといえばその通りなんだが、その結果として、バジュラの感覚に引っ掛かってしまったらしく、この宇宙に突入して一分も経過しない内に、無数のバジュラに取り囲まれていた。
 そんなわけで、慌てて認識阻害の魔術を使用して逃走。どうも相手はSF世界の生物らしく魔術やなんかの不思議系の効果に対して耐性がないようで、今のところ見つかる様子はないものの、結構面倒であることには変わりはない。
 正直、まだ無数のバジュラが辺りを哨戒していて、うっかりすれば見つかりそうで怖い。どうやらこっちが消えた原因を光学迷彩か何かだと思っているらしく、向こうの警戒度がものすごく高いのだ。
 仕方ない、と判断して色々と策を巡らせることにする。

 ひとまず、欲しいのはバジュラそのもの、そしてこの世界、この時代の技術だ。
 以前最強議論スレのまとめで見かけたプロトデビルンとかいう種族にも興味はあるが、色々と問題があるのでひとまずは無視するとして、問題はバジュラをどうやって攻略するかということである。

 フェルナン・ド・モットとしての肉体はともかくとして、水精霊としての僕の本体は科学的に検証してみればどこからどう見てもただの水、H2Oである。
 ゆえに、ただの水としてバジュラ母星に潜り込めばどうにかなるんじゃないだろうか、とか思うんだが、残念ながらこの巨大な真空の壁、宇宙空間そのものが邪魔をする。
 何の小細工もせずに真空の中を水の塊が飛んでいけば、そりゃバジュラだって不審に思うに決まっている。
 どうしたものか。


 沈思黙考の結果、実は空間転移魔術で移動すればいいことに気がついた。
 フォールド航法などというどう見ても空間転移というかワープ航法にしか見えない現象を扱うバジュラの目の前で空間歪曲などという現象を起こせば、バジュラに気付かれてしまう可能性もあるだろうが、相似体系魔術の空間転移は、基本的に相似関係を利用した物体の入れ替えであり、転送障壁を使いさえしなければ、空間を歪めたり曲げたりというような真似は一切やらないのである。

 とはいえ、惑星間規模での魔術行使は初めてである。地球とハルケギニアの間での複製障壁展開は既に『オーバーフロウ』で実用化されているので何とかなると思うが、とにかく物は試しだ。


 でもって、どうにかバジュラ母星に本体を送り込むことに成功した。
 と、いうわけで、ひとまずバジュラクイーンを探すことにする。あの巨体である。すぐ見つかるはずだ。

 見つかった。
 あの巨体、白鳥にも似た四枚の翼、間違いなくバジュラクイーンだ。
 さすがに空間転移とかすれば絶対に気付かれるだろうから、とりあえず、普通の水を装いながらじっくり時間を掛けて近づくことにする。



 一方、残りのカサブランカ級艦隊は小惑星帯付近に隠しておくことにする。さすがに直接アステロイド帯にワープするとデブリにぶつかって痛い目に遭いそうなので、近くまで空間転移してから慎重に入っていくことにする。

 が、その時。
 カサブランカ級の感覚器官が妙なものを捉えた。
 無数に浮かぶ小惑星から少し離れた辺りに浮かぶ巨大な質量。ゆっくりと二つに分離しようとする赤紫色の巨大構造体。概観からして明らかに人口物。
 分離していく片方は全長六キロメートルを越える巨体を、できるだけ小惑星の隙間に潜り込ませるようにして姿を隠そうとしている。


 ……獲物発見。


 どう見てもマクロスギャラクシー船団です。本当にry)ってなわけで、こっちを先に捕獲することに決めた。手元にあるカサブランカ級に搭載された雑兵級を根こそぎ放出、複製障壁で無数に増殖させながら雨霰と降り注がせる。

 僕の基本戦力である雑兵級とカサブランカ級は、素体こそミノタウロス・メイジとマッコウクジラという違いこそあれ、どちらもホムンクルス・ブラスレイターである。当然ながら、ブラスレイターとしての機能を保有しており、こと機械の類と接近戦をする時にはめっぽう強い。

 ギャラクシーも謎のモンスターの襲来に気付いて反撃を仕掛けるものの、その反撃も届かない。
 戦闘機と互角以上なバジュラをホムンクルス化とブラスレイター化の重ね掛けで強化している以上、僕の操る雑兵級の基本スペックはエース級のスペシャル機すら上回る。その上、内蔵式ディケイドライバーでアタックライド・クロックアップなんぞを発動すれば、マトモな手段で攻撃が当たるわけがない。
 たちまちの内にギャラクシーはブラスレイター・ホムンクルスに融合され、少しずつその機能を奪取されていく。
 だが、それだけではまだ勝利とはいえない。食べ物は噛み砕いて呑み込んでから、消化して初めて栄養を摂取できるのだ。



 余裕綽々。スイーツ。そんな調子でカサブランカ級の一隻を、マクロスギャラクシーから分離しようとしていた可変ステルス攻撃宇宙空母バトル・ギャラクシーの艦橋へと融合同化させる。
 そのカサブランカ級の内側にいた僕が掌を軽くナイフで切り裂くと、その傷口からどす黒い霧が噴き出し、カサブランカ級の内部スペースが黒い霧で溢れ返る。まるで闇の中のようだ。

 その霧に満たされたカサブランカ級と、分離したギャラクシーの艦体をそれぞれ相似の銀弦が繋いだと同時、マクロス・ギャラクシーの船内が漆黒の霧で満たされる。

 当然、ただの霧ではない。ブラスレイターの能力の源であるナノマシン・ペイルホースは、空気に触れると分解してしまうという弱点を持っている。そのため、僕の本体である水精霊の水を霧として展開し、その内側にナノマシンを大量に混入させるという方法で弱点を補っているのだ。
 霧が黒く染まっているのは、ランスロットの宝具化能力の魔力の副作用として煤色に染まったナノマシンが大量に混入しているためである。

 ナノマシンの霧で満たされたマクロス・ギャラクシーの住人は、瞬く間にナノマシンに感染し、デモニアックへと変容していく。宝具化能力によって僕の統制化に置かれたデモニアックは僕の意志に従って、マクロスギャラクシーの中枢部分であるコンピューターシステムを目指す。
 自動化された警備システムはデモニアックを融合させて支配下に置き、システムにコントロールされた兵器の類は融合によって支配するか、時に雑兵級を転送して力ずくで破壊する。

 最終的に、マクロスギャラクシーは完全に僕の支配下となった。
 マクロスギャラクシーはランカ・リーの歌の何やらでバジュラに干渉できるらしく、バジュラから攻撃を受けないようだ。マクロスギャラクシーを乗っ取った僕も同じである。
 そんなわけで、マクロス・ギャラクシーのメインランドは『オーバーフロウ』の中心地に送り、バトル・ギャラクシーのみ連れて、空間転移まで使用してさっそくバジュラ母星に向かう。



 ところ変わってバジュラ母星。
 バジュラクイーンの支配は、マクロスギャラクシー連中が企んでいたのと同じく、グレイス・オコナーの全身義体を介して行うことになった。成功することが分かっているのだから、それをやらない理由はない。
 というわけで、当初の予定通りサクサク接続。バジュラクイーンを支配したら、後は水精霊の本体を浸食させて端末化を完了する。

 だが、ここで一つ問題が発覚した。



 バジュラという生命の形態は、僕という存在に極めて似通っている。
 この世界の可変型戦闘機に極めて似通った生態を持つ通常種や、戦艦・空母に相当するナイト・ビショップ級、圧倒的な能力を誇るバジュラクイーンなど、肉体となる無数の甲殻類が存在するが、その実それらに脳は存在せず、腸内で繁殖するウィルスがニューロンのようにネットワークを形成して思考する。
 また、それらバジュラはウィルスを本体として全個体がおそらくフォールド波通信によって巨大なネットワークを形成し、精神・思考を共有する超群体生命体。

 その姿は、人間と精神を融合させた水精霊という本体を持ち、そこから手足となるフェルナン・ド・モットの肉体や、雑兵級・カサブランカ級といったブラスレイター・ホムンクルスを使役する僕に極めて似通っている。


 つまり何が言いたいのかというと、だ。


 水精霊による浸食では、バジュラは完全に同化できないのだ。ウィルスは水で侵食できない。
 いや、マクロスギャラクシーの技術があれば使役こそできるんだが、それは必ずしも支配下に置いたという扱いにはならない。支配下に置いたはずの生体の中に別の思考回路が存在しているとか、ちょっとばかり洒落にならない。
 さりとてウィルスによる思考回路は少しばかり魅力的ではある。ウィルスに感染した人間がフォールド波を発生させられるという事は、ウィルスそのものがフォールド波を操れるということだから侮れない。
 さて……一体どうしたものか。




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番外編:エヴァンゲリオンの宇宙
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 まあそんなわけで、問題なく侵入でき、問題なく技術・能力を奪取できそうな世界の第一号として選ばれたのが、このエヴァンゲリオンの宇宙である。何が出てくるのか分かったもんじゃない新劇場版ではなく、単なるアニメ版である。
 世界扉から抜け出したカサブランカ級艦隊が見たものは、ザザーンザザーン音を立てる真っ赤な海────ではなく、単なる大宇宙である。そのド真ん中には当たり前のように地球が存在している。
 ただの真っ赤な海には用はない。何が悲しくてスパシンなんていう化物を相手にせにゃならんのか。並みのスパシン程度ならどうにか切り抜ける自信があるが、下手をすれば僕が瞬殺されかねない連中とぶつかる可能性だってある。そんな博打を試すのは正直勘弁してほしい。
 とりあえず、艦隊を構成するカサブランカ級の一体を衛星軌道に飛ばし、もう一体を大気圏に空間転移させて情報収集を開始することにする。情報収集のメインになるのは衛星軌道に飛ばした方のカサブランカ級だ。カタパルトから雑兵級を射出して、ブラスレイターの能力を駆使して宇宙空間に漂っている通信衛星や監視衛星に融合させ、監視衛星やネットから情報を収集させる。

 一方、大気圏に突入した方のカサブランカ級は、内側から僕自身の肉体を複数射出、いつぞや地球でやったように各国の首脳を洗脳していく。
 それをやっていく内にしばらくすると、秘密結社ゼーレとかいう連中が釣れたので、人類補完計画は僕が引き継いでやることにする。とりあえず、連中が発掘していたロンギヌスの槍とか、どう見てもただの人間にしか見えない第十七使徒の肉体とかは僕が有り難くもらってやることにしよう。

 ちなみに、現在の時系列はエヴァ初号機が第四死徒とかいうイカっぽい巨大怪獣を倒したところである。いや、死徒じゃない、使徒だ。死徒じゃ型月だ。
 とりあえず細胞サンプルは採集しておく。雑兵級の能力にATフィールドが追加されたのはその日の内のことだった。

 さて、結晶体みたいな第五使徒とか、魚みたいな第六使徒とか、二体に分裂する第七使徒とかが現れたのだが、既に似たような力を持っているためあまり意味はない。とりあえず細胞サンプルの採集だけはやっておく。
 その過程で二重スパイらしい無精髭の男は洗脳し、そいつが運搬していた胎児のような形態の第一使徒“アダム”は美味しく頂かせてもらった。

 その一方で、もう一つ他の作業も並行して行われていた。量産型エヴァンゲリオンの開発である。ウナギみたいな頭をしているために“ウナゲリオン”などと間抜けな名前で呼ばれるのだが、実はその装備は通常型のエヴァンゲリオンよりも明らかに強力である。S2機関は搭載しているし、ロンギヌスの槍は持ってるし、飛ぶし。ついでに、あのクリーチャー然とした外見も好きだ。あの優美な飛翔の姿に比して醜悪で、人を模していながら獣的な冒涜的なデザインもたまらない。
 そんなわけで、量産型の開発を始めている。洗脳効果で各国が足並み揃えている上に、それぞれで資金を融通し合っていたりするので、開発速度はきっと原作よりも早いはずだ。しかし、問題が幾つか。
 ロンギヌスの槍は既に持っているからいいとして、S2機関の取り込み方はいまだ不明だ。元の世界のどこかで何か言及していたような気がするのだが、思いつかない。仕方ないので原作沿いストーリーの進行を待つべきか、などと考えながらエヴァ参号機を製造してネルフに送りつける。ディラックの海はまあ役に立たないこともない。

 ちょうどそこがターニングポイントだった。
 実はこのエヴァ参号機、始めっから水精霊の端末化して送り込んだのだが、それが使徒に取りつかれた。第十三使徒バルディエル、とかいう名前だった。使徒ごと水精霊で融合して乗っ取ったら、S2機関が付いた上に、腕が伸びて溶解液が出せるようになった。
 キタコレこれで勝つるとか思いながら参号機は返却してもらう。実験してすぐ自分らの手を離れていった参号機に、ネルフメンバーも唖然としていた模様。とりあえず、参号機をベースに相似魔術で、量産型どもも使徒融合バージョンにする。
 これで量産型にもS2機関が搭載された上に、腕が伸びて溶解液が出せるようになった。基本的に量産型エヴァは僕の端末なので、毎日うにょーん、とか腕を伸ばして遊んでいる。

 そんなこんなで第十四使徒。エヴァ初号機が暴走して使徒を喰ったことにより、S2機関は喰って取り込めばいいことが判明。さっそく量産型に喰わせると、エヴァ本体の分と融合している使徒の分とでダブルS2機関。もはや初号機など問題にもならない超高出力。
 続いて精神汚染使徒、融合使徒と続いて人間っぽい使徒なので、端末化していない複製を適当に送り込んでおく。その間、零号機パイロットが自爆して三人目になったり、弐号機パイロットが廃人になったりと、色々な出来事があった。
 とりあえず、第十七使徒の動きからネルフ地下に埋まっている第二使徒の位置を確認したので、空間転移で水精霊の水を流し込んで端末化してやる。

 んでもって、最後に劇場版ラスト、戦略自衛隊のネルフ侵略である。
 ……ところがぎっちょん、ただの戦略自衛隊ではない。ペイルホースをバラ撒いて戦略自衛隊を心ゆくまでデモニアック化、反応速度と肉体の耐久度の向上により、本来の人体の限界を無視した異常な機動ができるようになった戦略自衛隊は、エヴァ弐号機のストンピング程度ならギリギリ回避できるのだ。
 ついでにいえば、洗脳効果で日本の防衛などガン無視した文字通りの全軍である。ついでに、こんなこともあろうかとアメリカや中国、EUなどの各国からも軍隊を編入させているので、文字通りの多国籍軍。
 何やら人体の限界を超越したトライデントとかいう巨大ロボ兵器もあったので、それも含めて出撃させる。でもって、戦闘経過。

 三体のトライデントを中核とする戦略自衛隊がエヴァ弐号機から逃げ回る。文字通りに逃げ回る。三方に分かれてバラバラに。
 当然弐号機は追いかけようとするのだが、一隊を追い掛けると残りの二部隊から砲撃の嵐が来るので、慌ててATフィールドを張って防御する。そうすると、追いかけていたトライデントはいつの間にか手の届かない場所に逃げている。仕方ないので他のを追い掛けようとすると、やっぱり逃げ回る。
 基本的にこの繰り返し。でもってその隙に別動隊がネルフ本部の要塞都市の地上に残っているミサイル砲台とかエヴァ発進用のエレベーターなどを壊して回る。さらに歩兵隊の下級デモニアックが群がって、エヴァ弐号機の背中に刺さっているコンセントを破壊した。さすがにコンセントまではATフィールドも守れないらしく、楽勝だった。
 まさに楽勝ムード。

 とか楽観していたら、世の中そうそう甘くなかったでござる。やっぱり弐号機は強かった。
 背後二方向からの集中砲火を背中越しのATフィールドで弾き、ケツまくって逃げるトライデント三号に向かってリストカットにちょうどよさそうなエヴァサイズのカッターナイフを投擲、トライデント三号の脚部が撃ち抜かれてバランスを崩す。
 そこで真横に転がって湖の中に潜り、トライデントたちが相手を見失ったところでいきなり姿を現して水上に浮かんでいた巡洋艦を投擲、直撃を喰らったトライデント一号が撃破。
 足が破壊されたせいで位置が固定されている三号の砲撃に対してATフィールドを展開してその攻撃を防御、二号の攻撃は普通に回避しつつ接近、肩のニードルガンをおとりにヤクザキックをかまして二号を撃破。
 最後に満足に動けない三号を潰して勝利。

 ────何というかね、弐号機舐めてた。

 まあ、最終的には勝たせてもらうがな、とか考えながら、試験型陽電子砲を発射。結晶体よろしくな第五使徒を撃破したこの砲撃兵器は、出力次第ではかなり強力なATフィールドでも撃ち抜ける。光の筋が、咄嗟に展開されたエヴァ弐号機のATフィールドを紙切れのように貫通し、エヴァ弐号機の半身を抉り飛ばす。
 電力は、原作にも登場したジェットアローンとかいう直立二足歩行する人型巨大原子炉があったので、それを使った。

 あるぇー?
 量産型エヴァを投入せずに弐号機に勝ってしまった。こんなはずじゃなかったのに。ぼくのかんがえたかっこいいりょうさんがたえう゛ぁんげりおんの出番は? あるぇー?
 まったく、世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ。本当に。嗚呼本当に。

 そうこうしていると、ようやく登場したエヴァ初号機が駆け付けてくる。なにやらパイロットが、エヴァ弐号機に乗っていたらしいヒロインの名を連呼しているようだが、無視。
 陽電子砲onジェットアローンによる狙撃は基本的に一発ネタ、次は絶対かわされると思うので、やらない。というかそろそろ量産型エヴァ使いたい。
 それに、少なくともこのエヴァンゲリオン初号機の操縦者は、上がれば上がるほど強くなるシンクロ率が最高値である400%に到達することができる超危険物である。トライデントやジェットアローンごときじゃ相手にならない。

 この量産型エヴァンゲリオンは、エヴァ二次創作によくある通常の量産型エヴァンゲリオンとは違い、ゼーレと各国のネルフ支部が総力を結集して作り上げた最強のワンオフ機を、雑兵級と同じように相似魔術の複製障壁で増やしたものである。従って、その基本スペックは初号機すら上回る。それに加えてダブルS2機関搭載による超スペックや、各使徒の細胞サンプルを基にした能力、さらには雑兵級の技術を生かした生体強化や機能拡張までもが行われており、その基本性能はまさしく通常のエヴァの比ではない。ネギまで有名な吸血鬼娘すらも上回っている自信がある。
 ただ、問題はシンクロ率である。僕がこのエヴァを使用する場合には、エヴァにシンクロするのではなく、雑兵級やカサブランカ級と同じように端末化して動かしているので、常にシンクロ率400%の動きができる。ただ、それと同じ領域に到達しているのが初号機なのだ。妙な逆襲とかされないように注意したい。

 そんなわけで、戦闘再開。

 数千体がかりで初号機をぐるりと包囲した量産型エヴァは、空から地上から衛星軌道から一斉にロンギヌスの槍を投げつける。さらには荷粒子砲や精神汚染ビーム、急速成長させた体組織を切り離して射出する質量爆撃など、とにかくエヴァや使徒に可能な飛び道具を一斉発射。
 それを、恐ろしいことに初号機は身のこなしだけであっさりと回避する。しかも、空中に身を置いている間に、飛んできたロンギヌスの槍を掴み取って、だ。しかもこの槍、ゼーレの技術で模造された単なる劣化コピーではなく、相似魔術の複製障壁で増やされた正真正銘の本物の槍だ。さすがにヤバいと判断して、相似魔術の空間転移で初号機の手の内から回収させてもらう。
 仕方がないので前衛の数百体が一斉に襲い掛かる。それを飛び下がって回避した初号機が拳を構えると、今度はその足元の地面の下から数百本の腕が突き出し、初号機の脚を腕を全身を絡め取り、溶解液を分泌してその一万二千枚の特殊装甲を崩壊させる。
 筋肉剥き出しの巨人といった異形の姿を曝したエヴァ初号機とシンクロしていたパイロットが痛みに絶叫し、動きが止まる。そこに向かって無数のロンギヌスの槍が放たれた。今度は手加減抜き、相似魔術でゲイボルグに相似させることによってゲイボルグと全く同じ能力を獲得したロンギヌスの槍が、因果の逆転を伴ってエヴァ初号機のコアを一斉に貫通する。どっちも赤い槍なので、非常に相似させやすかった。多分ゲイジャルグでも同じことができるだろう。
 割と瞬殺である。チートで自重しなかったからか、何というか、弐号機よりも弱かった気がする。

 まあいい。そういえば、人類補完計画が残っていたので、数千体の量産型エヴァを総動員し、ノってきたのでさらにはもっと数を増やして数億体がかりで、何かそれっぽい効果を発動する。ロンギヌスの槍もたくさんあるし、さほど苦労せずに発動することができた。膨大なアンチATフィールドの真紅の輝きが地球を包み込み、ATフィールド、個と個の壁を崩壊させていく。自我という存在の壁を砕かれればあらゆる生命はヒトとしての形すら保つことができず、生命としての最も基本的な形である生命のスープへと還元され、混じり合う。
 だが、それによって起こるのは融和ではない。次元の壁を越えて流し込まれる膨大な水精霊としての僕の本体と触れた瞬間に、LCLに還元された全ての生命は僕の一部となり、僕に統合され、僕の力と成り果てる。

 実験成功だ。これこそが僕が欲しかったこの世界の力。人類補完計画の力である。万物は成り果てて溶け崩れ、ただ静寂なる赤い海が全てを支配する。それは第二使徒やエヴァパイロットですら例外ではなく、この世界は完全に僕の手に落ちたのであった。
 めでたくなし、めでたくなし。


 ちなみに、人類補完計画だが、ハルケギニアで発動させると、耐え切った化け物クラスの転生者その他に一斉に反撃を喰らって潰されそうなのでやらない。
 本当にめでたくない。



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後書き的なもの
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 黒化ティファニア怖い。
 ルルーシュリスペクトは転生者の中では比較的ザコ。性能的にも、性能の活用的にも。

 ところで、イザベラがいないこの世界に、オルレアン公派の存在意義はあるんだろうか? ガリアの王位継承者がタバサしかいないというこの現状。

 マクロスFの世界。フェルナン無双。さりげなくヒロインがデモニアック化されています。悲惨。




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番外編:メルセデス
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 かつて、街があった場所。そこには見渡す限りの瓦礫の山が広がっていた。
 ラ・ロシェール。
 土メイジが魔法で一枚岩から削り出した無数の建物が建ち並び、頭上には世界じゅうの枯木から建造された巨大な桟橋から何隻もの船が発着する。それが、一週間前のこの場所の姿。
 今は単なる瓦礫の山だ。
 マゼンタの装甲に覆われた異形の魔獣の大群に襲われ、業火に覆い尽くされたこの街も、今では完全に鎮火し、黒く煤けた瓦礫の山と化している。
 元々一枚岩で構成された建物は、あまりにも強い衝撃を受ければ、軋むことも撓むこともなく、ただ砕け散る。そんなこともあって耐震性や耐衝撃性に非常に脆い性質を持ち、一度でも亀裂が走れば劣化を繰り返してそこから崩壊しかねず、そして一度崩れれば中にいた人間は岩石の重量に押し潰されてまず助からない、そんな現代日本人から見れば最低最悪の欠点を持った建築ではあるのだが、そもそも地震という自然現象自体にほとんど縁のないハルケギニアにおいてそれは決して致命的なものではないため誰も気付いていなかったものの、つい先日この街を襲った災厄に対しては、建物の中に隠れようとした人々の多くを死に追いやるという皮肉な結果に繋がっていた。
 おそらくその死者たちは、まだこの無数に積み重なった瓦礫の山の下に眠っているのだろう。そんなことを考えると、辺りに転がる瓦礫が墓石か何かのように見えてくるから不思議なものだ。
 その山の一角が、がらがらと音を立てて崩れる。かつては誰かが暮らしていたであろう建物の一部であったそれは、今ではただの石礫だ。それが崩れた拍子に、瓦礫の中に混じっていた木製の看板が軽い音を立てて地面に倒れた。
 半分炭化して読みづらくなったその看板に向かって、血か炎の色彩に赤々と染まった夕日が、赤色巨星のように不安を掻き立てる重厚な色合いの光を投げかける。その光に照らされて、看板に描かれている文字も薄っすらと見えた。

 ────『水精霊の虜』亭。

 かつては夜中でも煌びやかな輝きが絶えることがなかったその店も、今は他と等しく瓦礫の山だ。
 
 その瓦礫の中を、一人の少女が彷徨っていた。



 濁流のフェルナン/段外段



 ひゅう、と乾いた音を立てて、冷え切った秋の風が吹き過ぎていく。黒に近い栗色の髪が、風になびいて揺れた。ぞくり、と寒くなった背筋に、少女は思わず体を抱き締めた。寒い。
「寒い……エド、どこにいるのかしら? 風邪引いていないかな?」
 はあ、と吐き出した溜息は、白い蒸気となって夕暮れの大気の中を束の間ぼやけさせる。
 今日もあちらこちらの瓦礫を素手で掘り返していた。おかげで綺麗だった掌には血がにじみ、体中傷だらけだ。魔法を使うための杖は一週間前の業火の中を逃げ惑う内に無くしてしまった。
 かつては強い意志の輝きを湛えていた紫水晶の瞳は、今は虚ろに見開かれて曇っており、今やかつての輝きなど見る影もない。


 ────メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール。


 メルセデスは再び溜息をつくと、再び瓦礫を掘り返す。彼とはぐれてしまったのもこの辺りだった気がする。なら、この辺りを探せば見つかるはずだ。
 一抱えほどもある瓦礫に手を掛け、力を込めて持ち上げる。ぶち、と嫌な音がして、手首から血が流れた。どこかで引っ掛けたのだろうが、まあ、大して気にならないので大したことはないだろう。それよりも彼だ。
 メルセデスは再び腕を動かし始める。皮膚が裂けようと血が流れようと爪が剥がれようと大したことではない。それよりもまずは、彼を探さなければ。
 そう考えたメルセデスは、しかし傷だらけの腕を瓦礫から引き抜いて立ち上がった。背後に現れた人の気配を感じて振り返る。


「申し訳ありません。エドを知りませんか? 私の婚約者なのです」
「ごめんなさい、分からないわ」


 そこにいた女性が申し訳なさそうに首を振るとメルセデスは、それだけ聞けば用はないとばかりに、再び元の作業へと取り掛かろうとして、しかし彼女は現れた女性へと向き直った。
 よく見れば、その顔は知っている。確か彼女は────

「ヴァリエール公爵家の……」
「ええ。エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。エレオノールでいいわ」
 そう言って儚げな笑顔を見せた女性は、父親であるヴァリエール公爵と同じ金髪をかき上げると、藍色に染まり出した空を見上げて溜息をついた。
 その姿が、メルセデスにはどこか自分と似ているように見えた。
「あの、エレオノール様も、どなたかお探しでいらっしゃるのですか?」
「……いいえ。もう、探してはいないわ」
「そうですか。では、お探しの方はご無事だったのですね。よかったです」
 メルセデスがそう言うと、エレオノールは憂鬱そうに溜息をついた。
「そうね。生きているし、生きているから、良かったわよね。……いい、事なのよね。生きてさえいれば」
 自分に言い聞かせるようにして呟くエレオノールを見て、メルセデスはわずかに首を傾げた。
「…………ルイズを……妹を探しに来たのだけど、もう別の場所に行ってしまったと聞いたわ。行き先はアルビオンですって」
 ラ・ロシェールが壊滅していなければ、メルセデスやその恋人を含むトリステインの全軍がそこにいたはず。そう考えると、忌まわしい記憶以外の何物でもないラ・ロシェール壊滅も、少しは良かった気がする。
 自分達が味方するはずだったアルビオン王党派は、一人残らず虐殺されたらしいから。もしそうなっていれば、自分も今頃恋人が生きているかもしれないというわずかな希望に縋ることすらできなかった。



「不安なのよ、あの子の恋人。カトレア……もう一人の妹は彼の事をあまり気に入っていなかったみたいなんだけれどね、私も、あの子が後戻りできないところに行ってしまう前に、もっとはっきりと、あの男に近づかないようにルイズに言っておかなかったから……」

 本当は、気付いていたのだとエレオノールは言う。魔法が使えないルイズにも優しかったあの男には、自分も最初から違和感を抱いていた。最近になってその違和感の正体に気がついたが、気が付いた時にはもう遅過ぎた。
 仮にも恋人であるはずのルイズを見る目が、平民のメイドを見る目つきと同じであるというのは、いくら何でも異常過ぎるというものだろう。
 ルイズは仮にも貴族の令嬢である、というだけならまだいい。いや、貴族でありメイジであることに高いプライドを持つエレオノールにとってはルイズが平民と同列に扱われる、というのも気に入らないのだが、問題はそんなものではない。仮にも恋人であるルイズが、他の女、しかも同格ですらない使用人と同じ扱いというのはどういうことなのか。

 それでも可愛い妹が本気になっているのだから応援してやろうと思って大目に見てきたのだ。不審に思って人に素行調査させた時にも、浮気などをしている様子もなかったし。確かに色目を使っている女はやたらと多かったが、それらになびいている様子もなかった。
 だからカトレアに相談された時も、もう少し長い目で見てやるように半ば無理やり説き伏せた。
 だが、今にして思う。あの時、カトレアの話をもう少し良く聞いておくべきではなかったか。いや、それ以前、ギーシュ・ド・グラモン云々の話よりも前に、厳しく鍛えようなどと考えずに、もう少しルイズに優しく接してやるべきではなかったか。
 あるいは、十年前、モンモランシ領で起きたあの事故の時から、手を打っておくべきだったのかもしれない。
 だが、それももう遅い。今のルイズにそんなことを言っても、もはや聞く耳は持たないだろう。今のルイズには自分の言葉も、母の言葉も、そしてカトレアの言葉すらも届かない。自分は無力だ。どうしようもなく。

 だからせめて、ルイズには幸せになって欲しいと思う。
 どんな形でもいい。狂気と偽善に塗れた奈落の果てでも構わない。今さら彼女に、自分達が祝福してやれる将来など訪れるとは思えない。
 ただ、彼女がその世界を幸せだと感じてくれれば、それでいい。それだけでいい。



「…………なんて、こんな事、貴女に言っても仕方ないか」
「あ……い、いえ、申し訳ありません…………」
 メルセデスが頭を下げると、エレオノールはその顔にすまなそうな笑みを浮かべる。
「いいのよ。私が勝手に、貴女に愚痴を聞かせただけ。むしろ、私の方が貴女に礼を言わなければならない立場なのよ。……その、ありがとう。貴女の恋人、見つかるといいわね」
 エレオノールはどこか寂しげな笑顔のまま、その場から立ち去っていった。

 エレオノールが去ると、メルセデスは再び瓦礫の山を見渡した。自分も、早く恋人を見つけなければ。エレオノールの妹もちゃんと生きているのだ。自分の恋人が生きていたって、別に不思議ではないはずだ。



「……いいえ、貴女はここで終わり。恋人には天国で会うといい」



 とす、と、あまりにも軽い、しかし絶望的なほどに致命的な音が響く。自分の胸元に、あまりにも鋭く凍てついた氷の矢が突き立っている。
 全身から力が抜ける。へたり込むようにして崩れ落ちたメルセデスの身体から、冷え込んだ地面が熱を奪い去っていく。
 振り向いたメルセデスの背後に、今まさに沈んでいこうとする夕陽を背に、一人の少女が立っている。
 小柄な少女だ。もしかしたらメルセデスの胸くらいまでの背丈しかないかもしれない。その小さな背丈よりもなお長い、大振りの杖を携えている。鮮やかな蒼い髪が夕日の紅に浮かんで酷く場違いにも見える。

「どう……して…………」
「フェルナンが貴方を見ると、フェルナンの顔が歪むから」

 フェルナン、という名前を聞いて、メルセデスはそれが誰であるのかも分からなかった。だから、自分がどうして殺されるのかも理解できなかった。
 無論、かつて婚約者と引き離されかけて、それでも再び愛する人と愛し合うことが許された、という記憶は、恋人との愛をより大きく燃え上がらせたという意味では忘れられない思い出だ。だが、その直接の原因となった(とかつてメルセデスが思っていた)のがモット伯家の長子であることは覚えていても、その個人がフェルナン・ド・モットという名前を持つことまでは全く記憶に残っていなかったのだ。
 まして、彼女にとってはどうでもいい存在でしかないフェルナンがタバサという名を持つこの少女にとってそこまでの影響力を持つことなど、メルセデスに理解できるはずもない。

「フェルナンが私以外に意識を向けるのは仕方ない。でも、貴女を見てもただフェルナンが傷つくだけ。それは許せない。絶対に」
「う……あぁ…………」

 あまりにも理不尽なこの結末をメルセデスは理解できず、ただうわごとのように声を漏らすことしかできない。
 別に、タバサとしてもわざわざメルセデスを殺しにきたわけでもないし、フェルナンがメルセデスとの間に抱えている因縁を知っているわけでもない。
 ただ、フェルナンがラ・ロシェールを滅ぼす前にメルセデスを見て表情を変えていたことを覚えていて、ラ・ロシェールを滅ぼした後のフェルナンがジョゼフ王の元に報告に赴いているわずかな間に、今のラ・ロシェールというどこで誰が死体になっていても不自然ではないこの状況でメルセデスの姿を見かけて、ちょうどいいから殺しておこうと判断を下したに過ぎない。タバサがフェルナンに抱いているのはあくまでも愛情であって、熱狂ではないのだ。
 だからたとえば本当はギーシュ・ド・グラモンやその取り巻きとてメルセデスと同じ理由で真っ先に殺したい相手であるのだが、彼らと事を構えるのは得策ではないと判断して何もしない。
 それはメルセデスにとってあまりにも理不尽で残酷な判断で、しかし恋人共々ヒトとして歩むべき道を外れ、ヒトとして在るべき形を粉々に破壊してしまったこの少女に、その程度のことは躊躇する理由にもならなかった、ただそれだけのこと。
 フェルナンの手駒の中でもおそらく暇を抱えているであろうシャーリー辺りに頼んで洗脳調教してもらえばフェルナンへのいいおみやげになったかも、などと考えはしても、メルセデスが生命と尊厳を持つ一個人であるなどとは考えもしない。あるいは考えたとしても、その生命と尊厳は粉微塵に打ち砕くもの程度にしか思わない。
 もっともハルケギニアには基本的人権という発想すらまだ生まれていないのだが。


 タバサが杖を下ろすと、メルセデスの心臓を撃ち抜いた氷の矢の尖端が突き立っていた背後の瓦礫が砕け落ち、メルセデスの身体は瓦礫の中に抱かれるようにして倒れ込んだ。
 瓦礫が崩落したせいか、瓦礫の中に埋もれて死んでいた誰かの手が突き出し、ちょうどメルセデスの手と互いを握り合うような形で触れ合った。
 タバサがそれを見届けることなくその場に背を向けたその刹那、今まさに沈んでいこうとする夕陽が、偶然によって結ばれたメルセデスと誰かの手を赤々と照らし出す。
 その光を反射して、二つの手に嵌められた指輪が一瞬だけ、鮮やかに赤い光を放つ。その指輪が全く同じデザインをしていたのは、果たして偶然だったのだろうか。



 偶然だったのだろうか。





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後書き的なもの
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 最近ますますヤンデレに磨きが掛かってきたタバサ。素で洗脳調教なんて考えが浮かぶ辺り、フェルナンに毒されまくっています。実質上大した違いはないとはいえ、立場が「手駒」ではなく「恋人」である以上、暴走する時には暴走します。

 エレオノール。比較的マトモな姉だったが、やはりあまりいいところがない。暖かく見守ってやろうとするのはいい姉かもしれませんが、相手がギーシュだったのが運の尽き。カトレアも今回名前だけ初登場。相談相手がエレ姐ではなく烈風カリンとかヴァリエール公爵辺りなら話は別だったかも。

 メルセデスは結局死亡。最初は19話で覚醒したフェルナンにゲートオブバビロンで宝具ハリネズミにされて死亡する予定でした。




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