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No.13866の一覧
[0] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:36)
[1] 濁流のフェルナン0 転生直前[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:48)
[2] 濁流のフェルナン01 奴隷市場[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:54)
[3] 濁流のフェルナン02 約束[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:00)
[4] 濁流のフェルナン03 舞踏会[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:42)
[5] 濁流のフェルナン04 長々と考察[ゴンザブロウ](2009/11/12 21:59)
[6] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方[ゴンザブロウ](2009/11/12 22:04)
[7] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:37)
[8] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:43)
[9] 07終了時における設定など覚書[ゴンザブロウ](2010/03/17 22:25)
[10] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 13:03)
[11] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 14:55)
[12] 濁流のフェルナン ルートA10 新生[ゴンザブロウ](2010/02/26 12:18)
[13] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】[ゴンザブロウ](2010/02/26 19:07)
[14] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性[ゴンザブロウ](2010/02/26 16:22)
[15] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険[ゴンザブロウ](2010/02/28 16:58)
[16] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか[ゴンザブロウ](2010/03/03 20:37)
[17] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉[ゴンザブロウ](2010/03/09 00:27)
[18] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:20)
[19] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:24)
[20] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟[ゴンザブロウ](2010/03/21 10:07)
[21] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:34)
[22] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石[ゴンザブロウ](2010/10/11 20:45)
[23] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】[ゴンザブロウ](2010/10/15 23:47)
[24] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:00)
[25] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン[ゴンザブロウ](2010/11/09 14:28)
[26] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末[ゴンザブロウ](2010/11/10 13:22)
[27] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ[ゴンザブロウ](2010/11/20 14:26)
[28] 濁流のフェルナン ルートB23 この冒瀆された世界の中で[ゴンザブロウ](2010/12/01 23:54)
[29] 濁流のフェルナン ルートB24 世界が壊れていく音が聞こえる[ゴンザブロウ](2010/12/18 17:14)
[30] 濁流のフェルナン ルートB25 ロクデナシのライオンハート[ゴンザブロウ](2011/03/27 23:19)
[31] 濁流のフェルナン ルートB26 OVER/Accel→Boost→Clock→Drive→Evolution→[ゴンザブロウ](2011/04/13 13:25)
[32] 濁流のフェルナン ルートB27 決戦前夜 【加筆修正】[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:12)
[33] 濁流のフェルナン ルートB28 おわりのはじまり、はじまりのおわり[ゴンザブロウ](2011/07/14 01:31)
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[13866] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:210a3320 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/09 14:28
 硬い大理石の感触、それでいてどこかぬかるんだような、肉にも似て生々しい質感。
 毛足の長い最高級の絨毯の左右で薄桃色の大理石の床が、シャンデリアの光を反射しててらてらと輝いている。
 ガリア、プチ・トロワ小宮殿。
 ガリア王ジョゼフ一世の居城。
 一歩踏み出して足が赤い絨毯に沈み込むたびに、原始的なヒドロゾアの触手に絡みつかれているような感触。
 かつて歩いた廊下をもう一度歩く。不愉快ではあるものの、かつてのような恐怖は存在しない。対策は十分に練ってあるから、さほど恐れる必要はない。
 絡み付く触手の感触を踏みにじるようにして、僕は足を踏み出していく。やがて、僕は少し前に歩いたのと全く同じ道程を辿り、全く同じ鉄扉の前に立っていた。



 濁流のフェルナン/第二十段



 さて、と。
 これからどうしようか。

 今まで、視野が極端に狭くなっていた。恐怖が視野を狭め、劣等感が顔を俯かせて、何も見えなくなっていたんだ。それを彼女が気付かせてくれた。

 今になってみれば、随分と視界がクリアになって見える。
 あれもこれも、何もかもができるはずだ。


「おお、随分と様変わりしたようじゃあないか、フェルナン・ド・モット」
 彼は、前回と同じように鷹揚に笑って僕を迎え入れた。
「簡単な話ですよ。気付いただけです」
「ほう、何にだ?」
 それこそ簡単なことだ。
 地獄の底を這いずってこそ、初めて見える光が在る……だそうだ。僕もその通りだと思う。僕は今まで、その光に目を取られすぎていた────



「────地獄の底がこんなにも幸福な場所だということですよ」



「何だ、今さら気がついたのか? その程度、俺は初めから知っておったぞ」
「ははっ、貴方自身を比較対象にしないでくださいよ、この偽無能王」

 あっはっは、と、僕と王様は二人して空々しい笑いを上げる。
 ややあって、ジョゼフ王は真面目な表情に戻ってこちらを向いた。

「して、何用だ?」
「報告に上がりました。トリステイン軍は完膚なきまでに潰しましたので、もうこれ以上、総力戦などという寝言は吐けません」
 まあ、それ以外にも理由はあるのだが。
 ありていに言ってしまうと、今の自分がこの怪物と対峙して、どれだけ落ち着いていられるかを確かめたかったからだ。

「うむ、知っておる。随分と派手にやったようだな。……話に聞いていたお前の能力とはかなり違うようだが」
「隠していましたからね」

 ジョゼフ王に油断は無い。楽しそうに笑っている彼の視線はこちらから片時も外れていないし、だいいち目が笑っている。この王様は、笑っている時が一番恐ろしい。

「ふん、それくらいはしてみせるか。で、お前は他に何を隠しているんだ?」
「色々と。素直に教えはしませんよ」

 ジョゼフ王は余計に笑みを深め、同時にこの部屋を包み込む瘴気が一段と深いものになる。まっとうな人間であれば呼吸困難に陥り、感受性の高い詩人や彫刻家ならそれだけでも狂気の世界へ堕ちても不思議ではあるまい。
 これは、彼の纏うこの力は、要するにそういう存在だ。
 思わず背筋が寒くなる。だが、必要以上の恐怖は不要なだけだ。手を硬く握り締める。五指の間を擦り抜けていく蒼い髪が脳裏をよぎり、次いで抱き締めた少女の柔らかさが蘇る。

「知りたいのであれば、調べてみたらいかがでしょうか? まあ、できたらの話ですが」

 逆に挑発を返す。
 声も震えなかった。
 行ける、と判断する。


「────複製能力」


 心臓が止まるかと思った。

「いや、量産能力と言った方がいいか。もしかしたらある程度の制限があるのか、あるいは本当に何の制限も無しに無限の複製を繰り出せるのか、それは分からんが……圧倒的な物量を体現する力、それがお前の切り札だな?」
「さて、どうでしょうか? もしかしたら本当に切り札が他にあるかもしれない」

 どうにか表情だけは繕ったが、その程度の動揺などとうの昔に見抜いているだろう。さすがは王様、まさかこうも簡単に僕の切り札を読まれているとは思いもよらなかった。どういう思考の経路を辿ったのかは分からないが、他の事も色々と見抜かれている可能性を考えなければならないだろうか。
 僕と彼の視線が、音を立ててぶつかり合う。
 ぎしり、と空気が歪む。この流れは殺し合いかな、と判断し、見せても問題ない能力を脳裏でいくつかピックアップする。
 逃げる算段は完全無比にできているので、生き残る分には問題なし。できればきっちりきっぱりと始末しておきたいところだが、そう簡単に殺されてくれる相手とも思えない。

 だが、先に目をそらしたのはジョゼフ王の方だった。
 決して競り勝ったわけではない。おそらく、見逃してくれたのだろう。……“今後”のために。

「フェルナン・ド・モット。ガリア北花壇騎士としてアルビオンに赴き、レコン・キスタに協力してアルビオン軍を殲滅、アルビオン王家を打倒せよ。ああ、また七号を連れていっても構わんぞ」
 下された命令はある意味予想通りといえるもの。そして、想定の内では一番厄介なもの。
 まあ、タバサを連れていけるので多少は楽になる……気分的には。戦力的には……まああまり突っ込まないことにしよう。


 始末しなければならない相手が増えた。正直勝てる気がしない。だが、倒す手段はどこかにあるはずだ。そう祈りたい。
 少なくとも、自己増殖能力の存在までバレる前に始末しないと。


 プティ・トロワ小宮殿の鉄扉がゆっくりと開き、外の空気が流れ込んでくる。
 左右の番兵などには目もくれず、僕は外気の中に歩み出た。相変わらず薄暗い王都リュティスの曇り空には、解放感など欠片も存在しない。分厚い雲に覆われた鈍色の空は重厚な鉄の天井を思い起こさせ、その閉塞感が見る者にストレスを与えてくる。
 その曇天を背後に置いてタバサが立っていた。蒼の瞳、蒼の髪、白い肌、小柄な体躯、その全てが僕の目に焼きつけられるようにして見える。暗澹とした世界の中でも、なお鮮烈に美しい。

「フェルナン」

 彼女の呼び掛けに我に返る。いつの間にか見蕩れてしまっていたらしい。少女は普段なら感情に乏しい顔に、薄っすらと笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
 その笑顔は、最初に会った頃の笑顔とは決定的に違ってしまっている。トリスタニアで再会して、同盟を結んでから少しずつ変わってきて、そしてついこの前のラ・ロシェールで、どうしようもないほどに違ってしまった。
 影だったものが闇になってしまった。触れれば砕けてしまいそうな弱さだったものが、鋭さと禍々しさを孕んだ凶気に豹変してしまっている。そして、だからこそ彼女は美しいと、僕は感じている。

「用事はもう済んだのか?」
「ええ。それほど時間をかける作業でもない」

 二人して王宮前の広場の噴水まで歩く。曇天の暗鬱な圧迫感が人を追い立てるのか、あるいはジョゼフ王の巨大極まりない気配を誰もが無意識の内に感じ取っているのか、見渡してみる限り人の姿は見えない。

「思ったより早かったな。もう少し時間をかけてもよかったと思うけど」
「いい。大した用事でもないから」

 大した用事でないわけがない、と僕は内心で否定するが、彼女はそれこそどうでもいいことであるかのように微笑んでいる。その事実こそが彼女がどれだけ変わり果ててしまったのかを何よりはっきりと示している。

 いくら幼い頃の面影をとどめていないとはいえ、自分の母親、どうして不要になったのかは分からないが、かつての心の拠り所を自ら破壊するのだ。それはつまり、もはやどこにも戻る意志はないということ。
 その恐ろしいまでに苛烈な精神こそ、彼女の美しさの源なのだろうか。いや、別に何でも構わない。変わり果ててなお、あるいは、変わり果ててしまったからこそ。彼女は美しいのだ、と思う。
 要するに、僕はタバサが好きだ。それで充分。

 転生者は世界を変える力を持つ。しかしそれは、より良く変わることを意味しない。僕は以前、そんなことを言った。
 思う。この世界は変わり果ててしまった。そしてタバサもまた同じ。変わり果ててしまった。僕は、それが正しいことだとは思わない。

「なあタバサ、後悔しているか?」
「いいえ。貴方の側にいられるなら、他には何もいらない。名誉も、誇りも、家族も、友達も、命も、魂さえも、貴方のためなら必要ない。この腕に貴方を抱き締めることができるなら、私は人形でいい。この唇が貴方に触れられるなら、私は“タバサ”でありたい。人間の“シャルロット”はいらない」

 そういえばタバサという名は、元は人形の名前だった。なら、彼女が名乗るのにこれほど相応しい名は他にない。

「ああ、そうだ。僕も同じだ。たとえもう一度やり直す機会があったとしても、たとえそれがどれだけ悲惨な破滅に繋がっていたとしても、僕はまた同じことをする。やり直すことは正しいかもしれないけれど、それはきっと正しいだけだ。僕は、今の君に会うためだけに、何度でもシャルロットという女の子を壊して殺す」

 これは予測でも感慨でもない。意志だ。
 この愛しい人形のためであるならば、僕は何度でも罪を犯そう。この冒涜的にまで歪み切った世界の中で、彼女のために世界の全てを凌辱しよう。
 タバサの白い手が僕の差し出した手を握り、腕を絡ませるようにして寄り添って歩く。これが今の僕たちの距離だ。
 杯から闇の中に流れ落ちていく赤い葡萄酒。風の中に舞い散っていく蒼い髪。そんなものが、僕の脳裏を横切って、しかし何の感情も呼び起こさずに立ち消えていく。過去の情景は何の感情も呼び起こさない。全ては、もう不要のものだ。側にタバサさえいれば、何もいらない。

「行こうかタバサ。次の目的地はアルビオンだ。行けるか?」
「ええ。どこまでも貴方についていく。だから────」

 だから、もっと。

 僕の耳元に寄せられたタバサの唇が、甘い吐息と共に囁きを落とした。もっと、私を壊して、と。



 アンドヴァリの指輪をフル活用して洗脳した人間の持つ情報ネットワークはそれなりに広い。
 だから、僕が見知った一行を乗せたフネがラ・ロシェールに程近い小さな港町から出立したのを知ることができたのは僥倖だった。何といっても、心の準備ができる。
 ギーシュ自慢の甲鉄艦隊ではない。そんなものは先日のラ・ロシェール攻防戦でとっくに壊滅している。彼らが乗ったのはグラモン領としては旧式、ハルケギニアとしては標準的な木造船だ。
 したがってさほど速度が出るとも思えない。ギーシュがサイヤ人の膂力でフネを抱えて自力で空を飛んでいく、とかそういった手段を取らない限りは、だ。
 まあ最悪の事態を想定して動くべきだと思うので、ギーシュが既に到着していて、戦況が致命的なまでに悪化している、下手をすればギーシュの元気玉一発でレコン・キスタが消滅している可能性まで頭に入れて動くべきだろう。


 さて、現在の世界情勢の確認と行こう。

 レコン・キスタの叛乱に苦しむアルビオン軍の救援に向けて総力戦を行おうとしていたトリステイン軍は、軍を集結させていた港町ラ・ロシェールを襲撃した謎の怪物の群れ(まあ僕の軍隊なわけだが)に襲われて壊滅。
 ギーシュに守られる形で生き残ったマリアンヌ大后、アンリエッタ姫、ヴァリエール公爵家令嬢の三姉妹が数少ない生き残りの一部だ。

 また、雑兵級の目的が殺戮ではなかったこともあり、ホムンクルス・ブラスレイター相手はともかく、二次災害相手に身を守ることができたため、貴族たちも三分の一程度は生き残った。でもって、そいつらの恨みがどこへ行くかといえば……ギーシュだ。何よりギーシュを名指しに宣戦布告したのが効いているらしい。
 普通は号令を出したマリアンヌ大后とかアンリエッタ姫が槍玉に上がるところなんだが、王族をアレしてコレするのは少々恐れ多いらしい。それにどうせ、奇抜な発想はギーシュの特産品、とか思われているようでもあるし。
 まあ、ギーシュを排除すればあわよくば自分が、って願望が入っているのが少々アレだが。

 あわよくば何かって? ああ、妙齢の美しい姫君を悪のギーシュの手から救い出す王子様、って役回りだ。説明するまでもない。
 小学校の学芸会でもヒロイン役の顔次第では人気のポジションだろう。相手が原作サブヒロインの一角が務まるほどの美貌の持ち主ならなおのこと。ついでにトリステインの次期国主の権威と権力というオマケまでついているという。まあ、どっちかといえばオマケがメインの食玩みたいな雰囲気はあるが。

 実はグラモン領騎士団が炎に包まれた街を走り回って命がけの救助活動やら避難誘導やらをやっており、生き残りの貴族たちの中でも少なくない数が彼らに救われていたりするのだが、そんな事実は都合よく無視されているらしい。
 これがなければ、現在の反ギーシュ派の総人口も半分になっていたことだろう。ざまぁ。
 まあ、あれだ。僕の血縁上の妹を始めとした『水精霊の虜』亭の面々なんかもこいつらに救出されているのだが、そこらへんはギーシュではなく、救助活動を指揮していたサクヤの手柄であるので、ギーシュに感謝する必要はないだろう。

 しかし、そんなアンチギーシュの動きとは裏腹に、ギーシュはアリサやルイズを含むわずかな手勢と共に、アルビオンに向かって出立していた。
 反乱軍レコン・キスタによるアルビオンの蚕食は留まるところを知らず、アルビオンの王党派はかなりの数が削り落とされているようで、レコン・キスタの軍は王都ロンディニウム目前まで迫っており、そろそろニューカッスル籠もりましょ、といったところである。



 そんなこんなで容赦なく自重なく空間転移を使いまくってアルビオンに向かった僕とタバサを出迎えたのは、僕自身も顔だけは良く知っている少女であった。

「初めましてフェルナンさん。私がレコン・キスタ総司令のティファニアといいます。よろしくお願いしますね。タバサもお久しぶりです。元気にしていましたか?」
「ええ。元気」

 僕たちがティファニア率いるレコン・キスタと合流したのは、アルビオンの王都ロンディニウム郊外に築かれた野戦陣地だった。

 一目見て異常だと感じる。異様なほどに静まり返っているのだ。
 人はいる。気配はある。人の息遣いは感じる。ゲートオブバビロンの宝具で耳を澄ませば心臓の鼓動だって聞こえてくる。だが、声だけがしない。
 いくら規律の行き届いた軍隊とはいっても、声の一つも聞こえないというのははっきり言って異常だ。

 その中に、一般兵のそれとはやや趣を異にする少しばかり豪華な天幕が張られている。そこがティファニアの今の居城らしかった。

「総司令専用と言っても、大したものは置いてないんですけどね。シェフィールドさんは少なくとも見た目だけはよくしておいたほうがいいっておっしゃるんですけど、どうしても兵隊の皆さんに悪くって」

 言いながら彼女は質素な白磁のティーセットを持ち出してくる。この異常な空間の中で、異様な状態に置かれている兵士たちが日常の中にいるかのように話す彼女は、やはりどこか異常なのだろう。
 もはやこの世界は原作の『ゼロの使い魔』ではない。

 おそらく錬金で作られたであろうティーカップは、造り込みこそいい加減であるが職人の腕だけはよかったらしく、平民が手にするには少々高い買い物になるだろうが、下級貴族の水準からすればさほど珍しい代物ではなかった。
 使えれば何でもいい僕や、質素なようでいて最近さりげなく身の周りに気を使っているらしいタバサともまた違ったセンスだ。予算の中でギリギリ安いものを選択するのがティファニア的センスということだろう。

「ああ、それからこれ。ジョゼフ王から預かった荷物だ」

 ティファニアの傍にいた額にルーンを刻んだ女性に、頑強な鎖で幾重にも拘束された巨大なトランクを手渡す。プチ・トロワ小宮殿と同質の毒々しい気配を放ち続けているそれから手を離したことで、僕はようやく安堵の溜息をついた。
 女性、おそらくはジョゼフ王の使い魔シェフィールドであろうルーン女がクソ重そうにトランクを抱えて部屋を出ていくと、僕はティファニアからティーカップを受け取って、カップの中の琥珀色の液体を口に含む。

 トランクの潮臭い気配の残滓が残った空気の中では紅茶の味なんて分からないが、あのトランクの毒々しい気配がこの場を去った後の紅茶はとにかくやたらと美味かった。


 弓を扱うことがほぼ皆無といっていいギルガメッシュには元来弓兵としての適性はほとんどなく、ギルガメッシュがアーチャーのクラスに収まったのは、蔵に収まった宝具をミサイルランチャーのように投射しまくるためであった。
 当然、ギルガメッシュが保持する弓兵としての基礎能力は、ギルガメッシュ自身の割と高い基礎スペックに比してさほどでもなく、僕自身も宝具や諸々の補助も無しにはエミヤの方のアーチャーがやったように遠く離れた橋梁のボルトの数を数えるような芸当はできないのだが、それでもこの野戦陣地からハヴィランド宮殿を視認する程度の遠視能力はある。

「にしても、ぞろぞろいるな……」

 王党派、総数二万。こっち側、レコン・キスタの総軍が三万なのでこっちの方が数の上では有利だが、決して油断していい相手でもない。
 もしあのまま総力戦体勢でトリステインが合流していたら、もしかしたら数の上でさえ負けていたかもしれない。

 ギーシュが合流するには、おそらくまだ一日か二日程度の余裕がある。
 その一日二日の猶予が勝負を決める。そんな確信が、僕の中には存在した。


「さて、それじゃあ行動を開始しますか」


 ゲートオブバビロンから蒼と黒を基調とした玩具のようなデザインの大型拳銃を取り出す。ディエンドライバーだ。前回の事件から使っているが、このアイテム、使ってみると中々に使い勝手がよく、とりわけこういった戦場では結構便利なのだ。
 指先に引っ掛けたディエンドライバーを手首のスナップで頭上に投げ放つ。放り上げたディエンドライバーは回転しながら落下、その途中で複製障壁をくぐって二挺に増加したディエンドライバーを両手で一丁ずつ掴み取る。ディエンドライバーの二挺拳銃である。
 手にしたディエンドライバーの機関部を両手を振った遠心力で展開、ゲートオブバビロンから射出されたライダーカードをセット、銃口をぶつけ合わせて機関部を閉じ、引鉄を引き絞れば、無機質な電子音声が響き渡る。


『Kaijin-Ride. Giga-Zell!』
『Kaijin-Ride. High-Dragoon!』
『Kamen-Ride. Ryu-Ga!!』


 二挺のディエンドライバーの銃口から射出された閃光が無数の幻影へと変化し、幻影が重なり合って二種類の怪人によって構成された集団が出現する。
 ミラーモンスターと呼ばれる怪物の一種。仮面ライダー龍騎に登場する、鏡の向こうの悪魔である。
 どちらも、原作のライオトルーパーと同じく複数の個体を召喚するカードである。

 片や、レイヨウを模したギガゼール。その姿はレイヨウを模したメタリックカラーの怪人と形容すれば分かりやすいだろうか。正確にはギガゼール種ミラーモンスター達によって構成された群れであり、ギガゼールだけでなくオメガゼール、マガゼールなどの同系統のレイヨウ型モンスターも含まれる。

 片や、トンボを模したハイドラグーン。その姿は実際のトンボに近く、人に似た両腕もミサイルのように射出するための砲弾に過ぎない。これらもやはり、無数のハイドラグーンによって構成された群れである。

 そして最後に、駄目押しで龍騎系の仮面ライダーの中で唯一ミラーワールド内部での行動に時間制限を持たない仮面ライダーリュウガを指揮ユニットとして召喚。
 黒のボディスーツに銀色の胸甲と仮面を装備した軽装の騎士。だが、その基礎スペックは龍騎系列のライダーの中では最高クラスに位置する。

「さあ、行っておいで」
 僕は手鏡を取り出すと、モンスターの群れの中央に向かって放り投げた。モンスターたちは吸い込まれるようにその鏡に向かって殺到し、鏡の中に向かって飛び込んでいく。
 ディエンドライバーを手にした僕には、常人には見通すことのできない鏡の向こう側の世界を喜び勇んで走り去り、あるいは飛び去っていくモンスターたちの姿が見えた。
 最後に、リュウガが自らの相棒である契約モンスターの黒龍と共に鏡の中に飛び込んでいく。

「さて、次はこいつらだ」
 ゲートオブバビロンからカードを給弾し、再びディエンドライバーの引鉄を連続して引き絞る。装填にゲートオブバビロンを使用した釣瓶撃ちは、元々のディエンドライバーよりもはるかに楽でいい。閃光が連続し、いくつかの幻像が人型の影となって実体化する。

『Kaijin-Ride. Cassis-Worm!』
『Kaijin-Ride. Uca-Worm!』
『Kaijin-Ride. Scorpio-Worm!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm-Clipeus!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm-Dimidius!』
『Kaijin-Ride. Gryllus-Worm!』
『Kaijin-Ride. Formicaalbus-Worm!』
『Kaijin-Ride. Aracnea-Worm-Rubor!』
『Kaijin-Ride. Lampyris-Worm!』
『Kaijin-Ride. Verber-Worm!』
『Kaijin-Ride. Worm-Chrysalis!』

 連射。連続して放たれた閃光は無数の影と化して結像し、人型をした異形の蟲の影を出現させる。
 ワーム。仮面ライダーカブトに登場する悪役であり、不可視の加速能力クロックアップと記憶すらも奪い取る擬態能力によって人類社会を侵食する怪物だ。
 ほとんどがクロックアップ能力を持たないサナギ体ではあるものの、その分指揮ユニットとなる成虫どもはそれなりのスペックを持つ連中を揃えてある。

「でもって駄目押し」

 ディエンドライバーに続いて取り出したディケイドライバーのスリットに一枚のカードをくぐらせる。

『Attack-Ride. Ga-Oh-Liner!!』

 召喚されるのは、先頭車両の先端に鰐か恐竜のような凶暴な頭部を持つ巨大な列車だ。妙ちきりんなことに列車が空中を走る傍から何もない虚空に線路が出現するので、ほとんど空を飛んでいるのと変わらない。
 喰った存在を歴史から抹消する、などと、洒落にならないほど物騒な能力を持つタイムマシンであるが、今回はそこまではやらない。
 ただ、ワームどもを乗せていってやるだけだ。
 幹部級どもに誘導に従って、ワームたちは意外と従順に列車の中に入っていった。
 ワームたちを一匹残らず収容すると、列車はそのまま空の彼方に向かって疾走し、空中に出現する光の中、どこか訳の分からない時の砂漠と呼ばれる異次元空間へと走り去っていった。
 仮面ライダー電王に登場するタイムマシン「時の列車」の一両であるこのガオウライナーという乗り物は、原作中においても複数存在する時の列車の中で、唯一好き勝手な時間に移動可能な能力を持っている。それを利用すれば、ワームを満載したガオウライナーが時間線の外、時の砂漠に離脱後、すぐさま全く同じ時刻に別の場所、今回はアルビオン軍の陣地に出現するというセコい離れ技が可能になるのだ。
 まあ、だからといって陣のド真ん中に出現したら大騒ぎになる。時の列車には、時の砂漠で下車すると、適当な扉を媒介に通常空間に脱出できるという特性がある。よって、今回はこっちを利用する。ついでに言うと乗車もできるのだが、今回はあまり意味がない。

「後はどうするか……レコン・キスタに陽動でもかけてもらおうかね」

 正直、一見チート大爆発でフェルナン無双に見えるのだが、世の中早々甘くはない。
 あと一日二日もすればギーシュがやってくる。スーパーサイヤ人の基礎スペックを他のチートで大幅に増幅したアイツが、だ。
 そのときその場に敵の足枷となるアルビオン軍がいなければ、ギーシュは容赦なく躊躇なく満遍なく大技を使ってくるだろう。そうなったらレコン・キスタなど風の前の塵と一緒だ。ああ無常。
 あいつは僕と同じ複数能力、しかもよくある複数能力所有者とは違って、ほとんどの能力が相乗効果を起こし、加算ではなく乗算となって性能を強化している強敵。しかも僕とは違って単体戦力に特化した、殺害手段が思いつかない怪物だ。
 宝具やキャスターの魔術は歯が立たないし、アヴァロンのおかげで相似魔術すら届かなかった。あんなの一体どうしろと。

 故に、僕のやるべきことは唯一つ。
 まず第一に、ギーシュが参戦しようがもはや立て直し不可能な規模にまでアルビオン軍を痛めつけること。第二に、ギーシュの到着までアルビオン軍に形を保たせること。


「何という微妙な匙加減……本当にどうしろと…………」


 正直、対抗策が思いつかない。最悪だ。


 正直な話、戦力差は歴然としている。
 確かに一見、現在の僕とギーシュの戦力は拮抗しているように見える。僕は現状ギーシュを打倒する手段を持たないが、ギーシュは僕の軍隊を阻止することができない。

 甘過ぎる。コレはそんな甘い話ではない。
 この拮抗はあくまでもギーシュに守るべきものがある状態でのみ成り立つものだ。戦闘の目的が相手の殺傷であるなら僕にはどうしようもないし、そうでなくともギーシュの大技一発で有象無象の軍隊なんて瞬殺されてしまう。

 あるいは、発想の転換。アルビオン軍がレコン・キスタを破ると同時に、疲弊したアルビオン軍内に潜んだワームとミラーモンスターが一斉蜂起……却下。
 ギーシュが保護した国王やウェールズ王子がアルビオンに残留し、レジスタンス組織となって足を引っ張る可能性がある。ワームやミラーモンスター程度ではギーシュには勝てないので、その防護を越えてギーシュに勝つことは無理無茶無謀。



 ……いや、待てよ?



 そんなわけで、僕はティファニアとシェフィールド────ガリア側から参戦した黒幕組と向かい合っていた。

「────そんなわけで、レコン・キスタの全軍を捨て札にする」
 要は、ティファニアとシェフィールドさえ残ればいいのだ。レコン・キスタの看板でありレコン・キスタが本物であることを示すティファニアと、アンドヴァリの指輪を使えるシェフィールド。この二人さえ残れば、一般兵などいくら死んでも問題はない。
 二人ごとレコン・キスタを消し飛ばされるくらいなら、適当にいい勝負を演じて相討ちに持ち込みつつ二人を生かし、その後でレコン・キスタを再構成する。
「私は構いませんけど、問題はないんですか?」
「ええ。軍なんてアンドヴァリの指輪があればいくらでも作れますし。むしろ問題は、その投資に見合う利益があるかどうか、というところですが」

 ティファニアとシェフィールドが割りと外道な会話を交わす。というか、予想通りというか何というか、ティファニアもしばらく見ない内に酷い具合にこっち側に染まっていたらしい。

「利益ならあるだろう? 元々この作戦は、王様の計画の要になるアルビオン浮遊大陸から邪魔になる存在を根こそぎ排除するのが目的だ。よって、レコン・キスタが消滅しようが、その後の計画には差し支えない」
「おやおや、そこまでお見通しとはねえ……まあいいわ。陛下のためになるのなら見逃しておいてあげるわ。その代わり陛下を害するというのなら────」

 ────殺す、か? あいにくだが、僕はおそらく、大半の転生者に輪をかけてさらに死ににくい。

「そう簡単に殺せるとか考えないでくれ。これでも生き汚さには定評があってね。それでどうする? 僕はあなた方がこの作戦を採用するかどうかを知りたいんだが」
「ええ、それでいいわ。貴方のことは気に食わないけれども、向こう側についた転生者に対応しないわけには行かないものね。というか、その転生者引き込めないの?」

 賛成の答えを返したシェフィールドは、心底迷惑そうに顔をしかめて、聞くまでもない根本的な問いを投げて寄越した。

「無茶言わないでくれ。ギーシュは性格というか行動方針からして引き込めるとは思えないし、アリサ姫はガチでアルビオンの王族だろうに。まあ姫様相手ならその指輪で洗脳すればいいとは思うけれど」
「無意味ね。洗脳しても役に立たないわ。だからこそわざわざトリステインまで行って戦力を連れてきたんでしょうけれど」

 はあ、と二人して溜息をつく。
 目下、最大の問題はギーシュである。それさえなければ、アルビオンなんてあっさり潰してしまえたんだろうが。




 さて、だ。
 その間、無数存在する他の肉体も決してぼんやりとしていたわけではないのだ。
 肉体の大半がシナリオ『オーバーフロウ』に従事している。そして、その中のセクション『アンピトリテ』には二大ライン『スキュラ』『カリュブディス』が存在する。
 『カリュブディス』は主に「雑兵級」と呼ばれる基本的なラルカス型ホムンクルスや、それらの特殊発展型であるカサブランカ級などの基本戦力の内、それらの肉体そのもの、すなわちハード面を研究している。
 そして『スキュラ』は主にそれら基本戦力の連中が使用する手持ち兵装や追加オプションなど、肉体機能に依存しない外部取り付けが可能な兵装についての研究を行う。
 そして、それら二つのラインは現在、一丸となってある物体の解析と実用化を進めていた。

 頑丈な特殊合金のシェルターの上に幾重にも結界を折り重ね、さらには無数のホムンクルスがあらゆる状況に備えて待機する。
 そのシェルターの中央に、一人の“僕”が一冊の本を抱えて立っていた。
 しばらくして、その“僕”が本に力を込め始めると、本はひとりでに表紙を開き、ページがめくれ始め、やがて本からページが切り離されて空中を飛び回り、“僕”の制御に従ってその力を解放する。
 空中で幾重にも折り重なったページの合間から膨大な水が噴出し、やがてその水の合間から巨大な影が出現し────

「駄目だな」

 その様子を見守っていた他の“僕”は容赦なく断定を下す。
 今の状況でアレを直接使うのは御免こうむる。負担が大き過ぎる。特に脳味噌と精神に対する、だ。
 現に、先ほどまでアレを使用していた“僕”は既に廃人だ。もはや再利用は不可能だろう。仕方ないので、相似魔術で近くの“僕”と分割思考ごと相似させて直す。
 今ある力さえ使い切れていないこの状況でさらにアレを持ち出しても、正直使いこなせる自信がない。
 原作の似たような存在の最終的なスペックが現状のギーシュのそれすら凌駕するのでちょっとばかり期待はしていたのだが、さすがに難しい。
 やはり、そうそう簡単にはいかないということか。正直、この土壇場で大物がゲットできたので少しばかり舞い上がっていた面もあるのだが、人間落ち着きが大切。アレは確かにハイリターンだが、少々ハイリスクに過ぎる。
 ここは初心に帰って、アレの原作でも参考にしてみることにしようか────




 さて、それでは戦場はアルビオンに戻る。
 そんなこんなで、ワームどもはアルビオン軍に潜伏中。ミラーモンスターどもは、鏡の前で一人か二人になったアルビオン兵を鏡の中の世界に放り込んで大絶賛食事中。
 それからワーム達には、アルビオン軍の陣地の中で、多数の行方不明者が出ているという噂を流させている。無論、行方不明者の真犯人はミラーモンスター達である。敵軍の士気を下げるための嫌がらせだ。もっとも、これに関しては正直期待していない。一週間とかあるならともかく、たかが一日やそこらで噂が広まるわけはない。こういうのは長期戦だからこそ効果を発揮するのだ。
 ついでにペスト菌でも流してやろうかとも思ったが、さすがにそれは自重。こっちに感染したら面倒だ。
 さらに、ワーム達にはもう一つ、後々のための仕込みもやってもらわなければならない。ワームの負担が大き過ぎる気もするが、それも仕方ない。適当に捕食しているしか能がないミラーモンスターたちとは違って、十分な知能があって便利な能力を持ち過ぎている彼らは便利に使い易過ぎるのだ。



 僕とタバサに宛がわれた宿は、一般兵よりも多少豪華な、士官専用の天幕だった。ご丁寧にも同じテントである上に、寝床も一つしかない。
 軽く杖を振って、テントの内側を照らしていた照明のマジックアイテムの効果を解除する。明るかった室内は一瞬で闇に包まれた。

 タバサの柔らかい体を背中側から全身で抱き締める。僕よりもさらに小さな肢体であっても、タバサのそれには女性らしい柔らかさが存在した。抱き締めただけでも折れてしまいそうな、繊細なガラスの肢体。

 他の転生者を警戒してここまで連れてきたわけだが、こんな場所までつれてきたのは少々無茶だったかもしれない。モット伯家には多分監視がいるだろうし父もいるので論外ではあるのだが、だからといってギーシュの目の前に出せば、それは僕の存在を明かすことに他ならない。

「タバサ、明日辺り、ギーシュが来る。カードはもう使えるか?」

 タバサは裸の胸元でシーツを抑えながら体を起こす。相変わらずの無表情だが、わずかに細められている目はうっすらと笑みの形を見せている。

「……大丈夫。戦える」
「いや、タバサが戦う必要はないよ。僕たちは敵に存在を気付かせてはいけない。気付かれたら、負けだ。だから、もしタバサが戦うことになったのなら、それは僕たちが負ける時だ」

 実際問題、もし仮に僕の存在がギーシュに見つかったとしても、それは失点にこそなれ致命的なダメージではない。際限なく肉体を増やすことができる僕にとって、自分の生命とはいくらでも替えが効く消耗品に過ぎない。
 たとえ消耗品の一つや二つを破壊されたとしても、致命的なダメージにはなりえない。
 そんな僕にもし替えが効かない存在があるとすれば、それはタバサに他ならない。だからこそ、タバサの存在に繋がる手掛かりになりかねない僕自身を隠蔽しなければならない。

「…………」

 タバサはどうやら何か考えているらしく、それきり、口を閉じて黙りこくっていた。


 一晩寝て過ごした。
 目を開けると、タバサを抱き締めたまま朝になっていた。タバサも目を擦りながら体を起こそうとして、どうも動けないらしい。僕が抱き締めているから。
「……フェルナン」
「ああ。今離す」
 少々名残惜しいものの、タバサの体に回していた腕を解き、立ち上がる。
 天幕の外には既に朝日が昇り切っている。よく晴れているようだ。


 ひとまず、ギーシュが出てきた場合の対策は用意してある。空に分厚い雲を用意してしばらく待機。伏せカードはしっかり用意した。後はカードを表返すだけ、だ。

 王都ロンディニウムを前にして、大きくアルビオン軍の防衛線が広がっている。そして、その正面に陣を構えているのが我らがレコン・キスタ軍である。
 都市の郊外に大きく広がった平原は軍の陣地を構えるのにちょうどいい。

 びゅう、と音を立てて平原に風が吹き、短く生え揃った下草が大きく波打った。その下草を踏み潰すようにして総勢三万にも及ぶ軍隊が行進していく。

 彼ら軍隊は一様に異常だった。雰囲気からしてあからさまにおかしい。まるで全員揃って熱病に冒されてでもいるかのように目に意志の輝きはない。それでいて足取りはどこまでも確かで、それが明らかに異常な雰囲気にその場を包んでいく。

 それも当然だった。今のレコン・キスタでは普段の光景でしかないことだが、出撃に即してシェフィールドがアンドヴァリの指輪で、全軍の兵士から士官、果ては将軍に至るまで、一人残らず洗脳してしまったのだ。これで、たとえ死ねと命令しても逃げ出すヤツはいない。実に便利なアイテムだ。
 士気は万全。そして数もこっちが多い。
 だが、それだけで勝利は決まらない。戦争は基本的に質と量、それに頭と時の運だ。


 恐怖を知らない狂った兵士ばかりで構成された、相手を上回る数の軍。それを最大限に生かすことができるのは、一切の余分な策の存在しない単純極まりない方形陣だ。
 角笛が大きく吹き鳴らされると同時、数に物を言わせて大きく作った巨大な陣形がゆっくりと移動を始める。
 先頭の重装歩兵部隊が盾とパイクを振り上げて行進し、その背後から歩兵部隊が激突に備えてスピアを構え、騎兵隊は突撃のタイミングを見計らう。後衛では弓兵隊が弓弦を打ち鳴らし、銃兵は狙撃対象を探して睨みを利かせ、メイジはとにかく呪文を詠唱する。

 後方でアンドヴァリの指輪を嵌めたシェフィールドが指を鳴らすと同時に、陣形の最前列に並んだ槍兵隊が、自身の傷も厭わずに前に進み出て、ある者はメイジの放つ火炎に焼かれて火達磨になりながら、またある者は敵が構えた槍を腹に突き立てたまま、自らの腹を敵の槍で貫き通そうとするかのように無造作に前進し、黙々と、気合も喚声も上げず、表情一つ変えることもなく、正面の敵を槍で突き刺して回る。
 その行動のあまりの異様さに、思わず敵前衛の隊列が浮き足立った。そして、混乱。その乱れた隊列を喰い破るように、剣を構えた兵が躍り掛かった。戦列に開いた小さな傷は、まるで蟲の群れを思わせる無感動の兵士たちによって一気に押し広げられていく。


 勝った。思わず確信する。


 そのタイミングでどっと喚声が上がった。
 恐怖ではない。
 歓喜。希望。そんな正の要素を孕んだ、力のある声。
 一瞬、こちらの、レコン・キスタの兵達のものかとも思った。押しているのは間違いなくこちらのはずだ。
 だが、違う。アンドヴァリの指輪の力で洗脳されきった彼らが、そんな声を上げるはずがない。

 では、誰か。

 気付く。声を挙げているのは、アルビオン軍の兵士たちだ。待ち望んでいた誰かの到来に、歓呼の叫びを上げているのだ。
 その叫びに答えるようにして、戦場に声が響き渡った。



『アルビオン軍の皆、助けに来たぜ!! 騎兵隊の到着だ!!』



 その言葉が響き渡ると、まるで別物のように敵軍の士気が上昇していた。どうやらギーシュが到着したようである。道具作成スキルで作った通信礼装を渡しておいたワーム達の報告によると、どうやらギーシュの演説でアルビオン軍の士気がハイパーモードになったらしい。さすがチート。この世界がギーシュを中心に構成されているという話も、あながちガセではないのかもしれない。
 それもしても、面倒なタイミングで到着してくれたものだ。……まあいい。たとえギーシュがやってこようが、こちらのやることは変わらない。

 ギーシュのパーティ内容は、ギーシュ、ルイズ、アリサの三人。さすがにアンリエッタ姫はいないようだ。もしいたらドサクサにまぎれてこの戦場で抹殺してやるんだが。トリステインの王権がギーシュのために行使されるってのも厄介だし。

 喚声を上げるでもなく黙々と機械的に接近してくるレコン・キスタ兵に対してアルビオン兵も最初は怯えたものの、ギーシュの声が響き渡ればそれだけで士気は完全回復し、アルビオン兵は我先にこちら側へと突貫してくる。


 で、だ。
 問題は一つ。ギーシュは何をやっているのか、だ。陣の後方にいて何やら用意をしているらしいが、その正体がよく分からない。どうも野外ステージか何かのように見えるのだが……歌わせるのか、アリサに?

 まあいい。
 ワームの内の数体にやらせている仕込みも十分に機能しているようであるし、このまま行かせても問題はあるまい。
 このまま混戦に持ち込ませる。僕は通信礼装を通じて、ミラーモンスターと仕込み用を除くワーム全てに指令を送り、同時に上空の雲の中に転移障壁を形成、無数のホムンクルスを出撃させる。
 アルビオン軍の兵士たちの一部がワームの姿を取り戻し、クロックアップしながら縦横無尽に暴れ回る。剣や鎧などの鏡面からミラーモンスターが出現し、兵士たちを鏡の向こうへと引きずりこんでいく。
 火竜とミノタウロスを合成した金属の巨獣が咆哮を上げながら舞い降りる。一頭が炎を撒き散らせば、その後に続く数十頭が腹部からミサイルを解き放ち、その後ろの数百頭はレーザーを乱射、さらに背後から続く数千、数万にも及ぶ巨大な化け物が牙を剥く。


 その時、歌が始まった。


 アリサ・テューダー。彼女が歌っているのだ。
 版権こそ完全に無視しているが、それを差し引いても確かに素晴らしい歌だ。巨大なコンサートホールや、あるいは公共の電波に乗せて歌っても十分に元が取れるほど。しかし、それだけだ。
 確かに戦争序盤の頃には歌に心を打たれて戦闘を放棄する兵士もいたらしいが、シェフィールドが兵士たち全員にアンドヴァリの指輪を使用するようになってくると、もはや彼女の歌には何の力もなかったのだ。

 その彼女が歌っている。

 意味がないことは今さら証明されているはずなのに、今さら何をするつもりなのか。
 アリサの隣にルイズが立ったのは、ちょうどその疑問に、一つだけ無茶苦茶な仮説が立ったところだった。
 朗々とルイズが唱えるその呪文を、僕は知っている。僕が一番よく知っている虚無魔法。アリサの歌に合わせて広がっていく、これまでないほどの規模で行使されるその呪文、それは────


 ────『世界扉』。


 刹那、空に紫の閃光が走った。中空に、紫の光が魔法陣にも似た複雑な幾何学紋様を描き出す。紋様はゆったりとした速度で回転し、その内側から現れるナニカ。

 全体的な概観は、深紅の装甲で全身を覆った甲殻類。蟹ではなく、海老でもなく、地球、ハルケギニアのいずれの進化系統樹からも外れたシルエットは、どこか人のそれにも似通っている。
 背中には巨大な角状の器官と同時に四枚の翅が展開し、おそらくはそれによって飛翔しているのだろう。

 その後に続くように、雨が水面に生み出す波紋のように、空に幾重にも紫の紋様が描き出され、そこから現れるのは同様の甲殻類が無数、少なくとも数万体。


 バジュラ。


 マクロスFに登場する、怪獣のような宇宙航行種族。
 その身体性能・生態武装は宇宙戦闘機や宇宙戦艦といった未来兵器、それも作品世界における最新鋭兵器に匹敵し、また群れ全体でフィードバックする自己進化能力を持つため数回使用された兵器はすぐに無効化されてしまうという、非常に厄介な特性を持つ種族である。

 アリサの能力の正体が、そしてギーシュのやったことが、何となく理解できた。
 つまりはこういうことだ。
 アリサの能力の正体は、要するにマクロスFの歌姫だ。バジュラの存在しないこのハルケギニアではただの歌の上手い少女に過ぎないが、ルイズの虚無魔法で世界扉をマクロスFの世界と繋げてやれば、その歌声は宇宙の彼方のバジュラに届く。


「……やってくれる」


 やられた。こっちの長所である物量を完全に封じられた。


=====
後書き的なもの
=====

 アルビオン戦役編。
 今回は長いので前後分割。ついでに今回は番外編無し。
 フェルナンに天敵登場。ランカ・リー+世界扉でバジュラ召喚。フェルナンの物量への対抗手段として結構最初の方から考えていたネタ。とはいえ、この作戦も完全無欠というわけではありませんが。
 原作をよく見るかWikiとかよく読むと分かるかもしれませんが、思いついた後からじっくりとネタを考えてみると、実は酷い欠点が見つかったりして。


 というかティファニア。
 最初は普通のティファニアの予定だったのにいつの間にか黒化ティファニアに。悪いのは全て電波です。
 ど う し て こ う な っ た 。


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