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No.13866の一覧
[0] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:36)
[1] 濁流のフェルナン0 転生直前[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:48)
[2] 濁流のフェルナン01 奴隷市場[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:54)
[3] 濁流のフェルナン02 約束[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:00)
[4] 濁流のフェルナン03 舞踏会[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:42)
[5] 濁流のフェルナン04 長々と考察[ゴンザブロウ](2009/11/12 21:59)
[6] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方[ゴンザブロウ](2009/11/12 22:04)
[7] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:37)
[8] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:43)
[9] 07終了時における設定など覚書[ゴンザブロウ](2010/03/17 22:25)
[10] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 13:03)
[11] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 14:55)
[12] 濁流のフェルナン ルートA10 新生[ゴンザブロウ](2010/02/26 12:18)
[13] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】[ゴンザブロウ](2010/02/26 19:07)
[14] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性[ゴンザブロウ](2010/02/26 16:22)
[15] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険[ゴンザブロウ](2010/02/28 16:58)
[16] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか[ゴンザブロウ](2010/03/03 20:37)
[17] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉[ゴンザブロウ](2010/03/09 00:27)
[18] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:20)
[19] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:24)
[20] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟[ゴンザブロウ](2010/03/21 10:07)
[21] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:34)
[22] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石[ゴンザブロウ](2010/10/11 20:45)
[23] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】[ゴンザブロウ](2010/10/15 23:47)
[24] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:00)
[25] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン[ゴンザブロウ](2010/11/09 14:28)
[26] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末[ゴンザブロウ](2010/11/10 13:22)
[27] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ[ゴンザブロウ](2010/11/20 14:26)
[28] 濁流のフェルナン ルートB23 この冒瀆された世界の中で[ゴンザブロウ](2010/12/01 23:54)
[29] 濁流のフェルナン ルートB24 世界が壊れていく音が聞こえる[ゴンザブロウ](2010/12/18 17:14)
[30] 濁流のフェルナン ルートB25 ロクデナシのライオンハート[ゴンザブロウ](2011/03/27 23:19)
[31] 濁流のフェルナン ルートB26 OVER/Accel→Boost→Clock→Drive→Evolution→[ゴンザブロウ](2011/04/13 13:25)
[32] 濁流のフェルナン ルートB27 決戦前夜 【加筆修正】[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:12)
[33] 濁流のフェルナン ルートB28 おわりのはじまり、はじまりのおわり[ゴンザブロウ](2011/07/14 01:31)
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[13866] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に
Name: ゴンザブロウ◆27d0121c ID:2e94587a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/09 02:00
 ラ・ロシェール。

 非常に特異な景観を持つ港街である。

 空を見上げれば世界樹の枯木から建造された、フネが発着するための巨大桟橋が存在し、また、その下に広がる、メイジがわざわざ一枚岩から作り出した街並みは、普通に家建てた方が早いんじゃないかという疑問を呼び起こさずにはいられない。

 てか、ぶっちゃけ石造りの家というのは、昼は暑いし夜は寒い。しかも建設する時にはわざわざ高い金払ってメイジを呼んでこなければならないため、平民にとっては無駄に金が掛かる。ついでにいえば建設するメイジの技量によっては、砂っぽくて快適とは程遠い。
 そんなわけで、このラ・ロシェールで生活しているのは基本的に金を持っている貴族や商人であり、貧乏な港湾労働者やら何やらはベッドタウンとして肥大した周辺の街からわざわざ歩いて通勤するか、フネの持ち主や人材派遣業の元締めである商人が経営している寮で寝泊まりするか、あるいは路上生活を営むのである。僕の実体験が入っているわけではないのでよく分からないが、通勤はかなりしんどいだろう。
 また、そんな土地柄だから貧乏人に手の届くちょっとした酒場なんてものはほとんど存在せず、寮暮らし組と路上生活組は基本的に、休みの日には周辺の街にある酒場に通うのである。

 そんなラ・ロシェールであるのだが、この街の夜の人口密度は、今回に限っては非常に増大していた。それもそのはず、ギーシュとその取り巻き(という名のハーレム)の手によって始められた、トリステイン軍の総力戦のためである。



 濁流のフェルナン/第十九段



 と、いうわけで、今のラ・ロシェールは非常に賑わっていた。
 赤とか青とか緑とか紫とかの色とりどりの軍装を纏った兵士たちが歩き回り、貸切にした宿屋の門前には各領地の騎士団の紋章が掲げられ、あるいは街角で軍楽隊が勇ましい軍歌を奏で、正直僕には騒音公害にしか聞こえない。
 見ているだけで眼が疲れそうな華やかな軍服を纏った若者たちが自らの腕を競い合い、まだ立ててもいない手柄を思って皮算用を垂れ流し、あるいは軍を率いる立場として実際に軍に同行している王女や王妃を勇敢だとか褒め称え、その陰である程度現実が見えている中高年は、将来の不安を思って溜息をつく。

 トリステイン諸侯の擁する騎士団の大半が、このラ・ロシェールに集まっているのだ。いくらトリステインが弱小国とはいえ集まればそれなりの数にはなるし、それは街一つの機能が飽和寸前になる程度には十分な数だ。
 必ずしもこの場に集まった貴族たちの全てが総力戦の是非に賛成しているわけではなく、また一定額の供出金を払えば別に参加する必要はないのだが、かといって誰もがそこから逃げられるわけではない。
 まず軍の中核となるヴァリエール家とかの大貴族は、まあヴァリエールは基本的にギーシュの味方として主戦派だから置いとくとしても、アンリエッタ王女とマリアンヌ大后が軍を率いる立場として参戦している以上、それを置いてのんびりしていたとなれば、大貴族としての体面が保てない。
 対して、軍の大部分を占める中小貴族はというと、その大半が、某クルデンホルフさんのとこがいい具合に繁盛する程度には金に困っているため、供出金なぞ払うゆとりはない、というのが正直なところ。

 でもって、我がモット伯家はというと、逃げ場を失うような御大層な家格は無し、さりとて金に困っているわけではなく、優雅に金を払ってボイコットである。

 この度の総力戦、正直なところ、国家戦略としては決して間違っていない。
 僕が毎度毎度わざわざ強調して言っている通り、トリステインは弱い。それこそスペランカー並みと言っていいほどに。当然ながら、レコン・キスタがアルビオンを掌握し終わってからトリステインにやって来られたら、正直勝ち目はない。原作ゼロ魔と違って、ウチの王様がなぜかマジで勝ちに来るつもりでいるらしい事からしても、これは明らかだ。
 となれば、アルビオン王党派が潰れ切っておらず、それと手を組んで勝ちを狙える今の内にレコン・キスタを倒しておく、その判断は間違っていない。
 しかし、だからといってホイホイ総力戦なんぞをやらかすと、国内の防衛戦力がげっそり減ってトリステインの防御力は紙装甲だ。具体的に言うならば、某砲撃でお話な冥王の相方がマントとスカートを脱いでソニックフォームになったくらい。だからといって機動力が上がるわけでもないが、まあ、そうなれば、様々な勢力が紙装甲になった国土を齧り取りに来るだろうことは言うまでもない。
 だからこういう時こそ同盟国に援助を要請して背後と脇を固めておくのだが、だが甘い。この間のジョゼフ王の布石、偽一方さん乱入事件が効いていて、現在トリステイン・ゲルマニア間の国際関係は一時的に悪化状態にある。ゆえに、ゲルマニアからのバックアップは受けられない。レコスタ黒幕の最大容疑者であるガリアはさすがに論外だし、鬼畜国家ロマリアは論じることそれ自体がもはや問題外なレベル。

 ついでに言うなら、今回の戦争の大義名分は内乱で領土を失ったアルビオンの領土回復なので、ぶっちゃけた話、戦争に勝ってもトリステインに得るものはない。領土も利権も、全部アルビオンのものである。せいぜいレコン・キスタから賠償金が貰えるくらいだろうが、そんなものは貰えてたかが知れている。


 では、どうして僕がそんな場所にいるかといえば、当然ながら仕事である。
 モット伯家としての細々した用事に加え、我が直属の上司であるジョゼフ王に命じられた「レコン・キスタ側と内応して、何としてでもトリステイン総力戦を失敗させよ」という任務を果たさなければならないのである。
 やれやれ、面倒だ。



 そんな中にあるのが、『水精霊の虜』亭のラ・ロシェール支店である。
 戦闘前で気が立っていたり、あるいは気が大きくなっている貴族たちのお陰で、娼館を利用する客数が何十倍ほどになって、とてもじゃないが現行のシフトでは追いつかないので、自家用の大型竜籠(動力ホムンクルス)を使ってトリスタニアやモット伯領から増援を連れてきたのだ。
 で、仕事のシフトの割り振りも済んだので、僕はやることが無くなって、ぼんやりと水入りのグラスを傾けている。といっても、そもそも僕の仕事は見ているだけで、実際に仕事を割り振ったのは娼館のまとめ役である女性たち辺りであるのだが。

 まあ、そんなわけで、僕達は今、この『水精霊の虜』亭に宿を取っている。したがって、ラ・ロシェールにいる間、僕達はこの『水精霊の虜』亭ラ・ロシェール支店を拠点として活動することになる。

 酒場のカウンター席からぼんやりと見渡しても、そこでクダを巻く客のほとんどが軍関係者であることがよく分かる。
 香を焚き染めた煙が漂う中で、ガタイのいい中年の騎士たちを三人ほど引き連れて赤毛の少女が階段を上っていくのが見えたので、誰かと思って見てみたら、この間の偽ディケイド事件の時の情報提供者である血縁上の妹だった。
 先程まで僕に同行していたタバサ相手に何やら話していたようだが、客が来たのでそちらに移ったようだ。

「まったく、変な……それに嫌な街だ」

 言いながらグラスを傾けて、気が付けばグラスが空になっていたのに気付き、テーブルの中心に置かれていたポットを持ち上げると、グラスにまた水を注ぐ。酒はあまり好きではない。味が。味覚が子供だから。
 あらためて水を入れ直したグラスを持ち上げると、薄暗い店内を照らす暖色系の灯りがグラスに反射して、どこか気だるげな光を放つ。その光の中に、今では見慣れてしまった、それでも感動が薄れるなどという要素の欠片もない、澄んだ光が混ざり込んだ。

 蒼。

「……タバサ」
 僕は同じカウンターのすぐ隣の丸椅子に座っていたはずの少女に向かって振り返る。隣でグラスを傾けていたはずの少女は……少しばかり大変なことになっていた。

 表情こそ普段と変わらない無表情であるものの、顔が紅い。まるで林檎。目も潤んでいるし、吐息にも熱いものが混じっているようだ。思わずテーブルの上を確認するが、彼女が飲んだのは普通のワインのようだし、量も一本と半分。華奢な外見に似合わずザルであるタバサが、この程度で酔うはずもない。

「……フェルナン」

 ぼんやりと顔を上げた少女は、普段の無表情を崩して夢見るような表情でこちらに身を寄せると、こちらの首に腕を回してくる。今にも口づけを交わすような距離で、僕とタバサは見つめ合った。熱のこもった吐息が顔に掛かり、蕩けた目がまるで欲情を示すようにして、こちらを誘っているようにも見える。
 明らかに酔っている。何故だ。そんな風に彼女が酔うような要素はこの場には……あ゛。

 先程からずっと店内に漂っている香の煙。一見雰囲気作りの小道具に見せかけて、実はモット印の媚薬の一種である。
 最初の内は純粋に酒場として酒を飲むつもりでここに来ても、適当に酒を飲みながら、店内を行き交う肌も露わなお姉さんなんかを見ている内にそれっぽい気分になってきて、その内に注文を取りに来たウェイトレスさんに見惚れている内に、いつの間にやら一名様ご案内、という仕掛けなのだが。
 そういえば、耐性のある僕や、対抗策を装備しているお姉さんがたは別として、タバサはここ数時間、僕と一緒にこの店内で仕事の進みを見ていたわけで。

「フェルナン……その、お願い…………」

 つまり、タバサは酔っ払っているわけではなく……いや、広い意味では酔っているに含まれるのではあるのだろうが。

 そんなわけで、僕は慌ててタバサを抱き上げると、大至急部屋に向かって駆け戻った。



 そんなこんなであれこれを終えると、いつの間にか陽が落ちて、外は死人のように蒼褪めた藍色の薄闇に包まれていて、窓から入ってくる光も随分と弱くなっていた。
「いつの間にやらこんな時間か」
 溜息をつきながら立ち上がり、窓から外をうかがってみれば、遠く地平線の辺りが赤く染まっており、まるで世界の果てが燃えているようにも見える。

 劫火。

 夕闇が死人の顔なら、この世界はまるで地獄だ。死してなお咎人を呪い続ける地獄の業火。ある意味間違ってはいないだろう。
 転生者ってのは基本的に死人だ。死んだはずの魂が、生まれてくるはずの魂といつの間にか擦り変わって生まれてくる、ゾンビの変種。ならばハルケギニアは死後の世界、ならばこの地上は地獄の底か。

「……こんな可愛らしい恋人がいて、世界が地獄ってことはないと思いますけれど?」
「っ……!? 何だ、君か」

 血縁上の妹が開いたドアの隙間から、いつの間にか興味深そうにこちらを窺っていた。妹は遠慮なしに部屋に上がり込むと、ベッド脇の椅子へと腰掛ける。そんな一つ一つの仕草も、相変わらず下手な貴族では太刀打ちできないほどに洗練されていて、それでいて嫌味の一欠片も感じさせないのが逆に憎たらしいくらいだ。

「ほんと、いい子ですよねタバサさん。お兄様にはもったいないくらい」
「自覚しているさ、それくらい」
「……自己嫌悪も、ほどほどにしておかないと卑屈に見えますわよ。お兄様に欠けているのはそういう部分ですわ」
「知らないのか? 増長は死を招く。特に僕にはね」

 半分呆れ顔の妹を無視して、ベッドに横たわって気持ちよさそうな寝息を立てているタバサの頬をそっと撫でる。タバサの表情が幸せそうに緩み、むにゃむにゃと嬉しそうな寝言を呟いている。そのまま指をそっと唇に滑らせて、ふわふわとした唇の感触を楽しんでみる。

「……フェルナン」

 眠ったままのタバサが微かな声で僕の名前を呟いた拍子に、唇の感触をなぞっていた指が彼女の口に滑り込んだ。途端、指先が暖かな感触に包みこまれる。指先に舌が絡みつき、柔らかく包み込まれるような感覚と共に、指が根元まで吸い込まれる。
 ぞくり、と背筋に寒気がして、衝動的に眠ったままのタバサの身体を貪りそうになって、その衝動を力ずくで押さえつける。

「まったく、どんな夢を見ているんだか」
「おおかた、お兄様と愛し合う夢ではありませんこと? どう見ても」
「……まあ、そうなんだろうけど」

 指にタバサの吐息と舌とが絡みつく度、僕の背筋にぞくぞくとこそばゆい快感が走る。このままではまずい、と判断して、タバサが息苦しくなったのか指先から口を離した瞬間を狙って、彼女の口から指を抜き取った。
 抜き取った指はタバサの唾液がねっとりと絡みついたままで、まだ彼女の熱が残っている。本当にまずい。正直、どうにかなりそうだ。
 仕方なく僕は立ち上がって、その場を後にする。

「外に行く。頭冷やしてくる」
「あら、大丈夫ですか? 欲求不満なら私が相手をしてもよろしいですが?」
「いらないよ。……タバサの前だぞ」
「そうですか。少し残念ですわ。変わった……わけではなくて、タバサさんが素敵なだけですわね」

 まったく、よく分かっている。さすが妹。



 『水精霊の虜』亭を抜け出すと、僕は少し、街中の様子を見ることにした。陽が落ちた後であるにも関わらず、街の活気は止むことがない。
 フネに弾薬や補給物資を搬入する作業は全く終わってすらいないし、各地から買い入れた補給物資は、まだ続々とラ・ロシェールへと到着しており、それらの受け入れ作業も必要だ。
 さらには、各地からやってきている諸侯の騎士団も指揮系統の編成を行っている最中であるし、やるべきことはいくらでもあるのだ。

 そんな街の中を、僕はどこへ向かうともなしに歩いていた。
 魔法の力によって建設された奇妙な景観は、僕の眼から見ればどこか作り物めいて、現実感を感じさせない。だがそれ以上に、僕にはこの街の景色が、どうしても遠く離れたところに置かれたものに見えて仕方がなかった。
 別に、今に始まったことではない。昔から……それこそ前世から、そんな違和感はいつだって僕の周りに付きまとっていた。
 早い話が、本当に遠いのだ。物理的なではなく、精神的な距離が。
 昔から、周りと、他の人間と趣味もノリも合わなくて、だから人の中に入っていけなかった。
 他の誰かが、人の笑顔を見ることで幸せになれると言った時、人の笑顔と幸せがイコールで結ばれる方程式がどうしても立証できなくてずっと首を捻っていた。
 他の誰かが、理由がなければ人と話すのが当然であるのと同じ程度に、理由がなければ人と話さないのが当然だった。
 そして、人を鬱陶しいと思う一方でどこか羨ましいと思い、しかしそれ以上に、結局人が鬱陶しかった。要するに、面倒臭い人間だったのだ。そして今でもそうだ。
 前世の世界はどうしようもなく僕から遠くて、結局僕はそこにいることができなかった。今もそうだ。この世界だって、同じ。
 同じではない理由はただ一つ────

「────チートがあるから、だな」

 たとえ人と溶け合うことができなくても、人の意志など簡単に思い通りにできる。僕にはそれだけの力があって、そして────その程度でしかない。チートなしでは何もできない。

 タバサだって同じことだ。

 僕の掌に、抱いた少女の暖かさが蘇る。それすらも、転生者としての、自分のものでない、自分で努力して手に入れたものではない、虚像に過ぎない。

 いや、だからこそか。
 僕が努力したところで、手に入れられるものなどたかが知れている。何をやっても、手元に残るのはゴミクズばかり。大切なものは何一つ手に残らない。


 はあ、と溜息をついてその場を離れようとする。よく分からない場所にまで来てしまった。幸いにして、来た道は覚えている。こんなところにいても、何が分かるというものでもない。
 そんな風に決めた時だった。
 どさり、と目の前で、何かが倒れる音が響く。人だ、と思って振り向くと、案の定、人が倒れていた。まだ若い、女性のようだ。顔は見えないが、シルエットだけなら美人に見える。周りの男どもが下心も露わに駆け寄っていく。
 だが、それよりも早く女性に手が差し出され、女性はその手を掴んで立ち上がる。おそらく恋人であろう、どこかで見たことがある気がする相手。その拍子に、女の顔が見えた。

 かつてと変わらない、黒に近い栗色の髪。
 アメジストのような深い紫色の瞳は、意志の強さはそのままに、より洗練されて角が取れ、より落ち着いた柔らかなものとなって、その魅力を深めている。

 そう、僕はその女を知っている。
 メルセデス・エミリエンヌ・ド・モルセール。かつての僕の婚約者だ。あくまでも元、だが。
 元々は金に困ったモルセール侯爵が、資金工作のダシ代わりに押し付けてきた婚約に過ぎないし、メルセデス本人に対しては、さして含むものがあるわけでもない。だが、その婚約を潰したのがギーシュであるとなれば話は別だ。

 ぎり、と奥歯が嫌な音を立てる。

 奪われた。
 奪い取られた。
 まるで漫画の悪役に対してするように、正義の名の下に、それが予定調和のハッピーエンドであるかのように、つまり僕が奪われることが当然であるかのように。

「ああ糞、本当に、相変わらず、あの女とは毎回毎回どうしようもなく嫌な場所で出くわすな……!」

 僕は思わず裏路地に隠れるようにして、地面に吐き捨てるようにして苛立ちを叩きつける。自分が邪悪であることは自覚している。だが、だからといって苦痛が無くなるわけでもない。
 ぎりぎりと、肋骨を締め付けるような憤怒の情が噴き出してくる。最悪だ。
 いや、やめよう。
 あんな女のことに囚われていても、いいことなんて一つもない。それくらいなら、王様の任務を果たす方法を考えた方がよほどに建設的だ。
 はあ、と溜息をついて、路地裏の壁にもたれかかる。王族や貴族を迎え入れるための清掃は、こんな裏路地まで行き届いているわけがない。その壁はとても清潔とは言い難いが、羽織ったマントは相似魔術や何やらで汚れを拒絶することができるので、僕には関係ない話だ。

 薄暗い路地裏から、じっと外を眺める。こんな時間であっても表通りには規則正しく間隔をおいて松明が灯され、光が絶えることはない。その光の中を、揃いの軍装を身に纏った恋人に手を引かれて、幸せそうに笑うメルセデスが歩いていく。
 それを、僕は路地裏の暗がりからじっと見つめる以外に何もできなかった。

 これが正しい世界だ。良い人間は正しく報われ、外道が割って入ることは許されない。努力したから、苦労したから、人格が立派だから、正当な理由があるから、下種を踏みにじることが許される世界。
 ああそうだ、それは確かに正当だ。人が人であるための、絶対的な理によって保障された、当たり前の理屈。向こうが正しい、こっちが悪い。
 それはそうだ。
 それで?
 それで僕の苦しみが少しでも軽くなるとでも? 悔しかったら努力すればいい? それは努力できた人間の言葉だ。努力するにも才能が必要である以上、その言葉は、結局自分や仲間の才能を誇る言葉に他ならない。

 結局、前世からそんな感じだ。転生してチート能力を手に入れて。それでいてこの有様。馬鹿は死んでも治らない、とは本当によく言ったものだ。
 僕は光に背を向けると、暗い路地裏の奥に向かって歩き出す。別に行き先の当てがあったわけでもない。だが、明るい世界を視界に入れたくなかった。
 喉の奥から乾いた嗤いが込み上げてくる。衝動に流されて笑い出したくなるほどに惨めな気分だ。もう、いい。もう何もかも壊れてしまえばいい。こんな街、こんな世界、何もかも────

「フェルナン?」

 背後から伸ばされた腕が、僕の体を抱きしめていた。

「……タバサか?」
「ええ。私」

 背中越しに、僕を抱きしめた相手の暖かさが伝わってくる。体が冷えているわけでもないのに、その暖かさがどうしようもなく心地よい。
 振り返れば見慣れた少女がいつも通りの無表情で、それでも今にも泣き出しそうな、それでいてどこか安堵したような表情で僕を出迎えた。

「……タバサ、どうしてここが?」
「貴方の妹に貴方を追い掛けるように言われて、それからずっと街中を走り回っていた。貴方を見つけられたのは本当に偶然。貴方を見つけられて、本当に、よかった…………」

 タバサはそう言って、僕の背中に顔をうずめた。



「まあ、そういうわけで、僕達はこの総力戦を阻止しないといけないわけだが────」
 しばらくして僕達は、誰もいないところに場所を移して、あらためて二人で話し合うことにした。『水精霊の虜』亭ではない、別の場所だ。

「軍事行動を阻止したいのなら、まずは兵站を破壊するべき。蓄積した兵糧を焼き払うのが一番有効だと思う」
「……いや、それは、ギーシュという人間を甘く見過ぎだ。あいつなら兵士だけをアルビオンに送って、兵糧くらいなら集め直す。代価としてゲルマニアにトリステインの国土を半分割譲する、とか、本気でやりかねないぞ?」

 肩をすくめながら頼りなく揺れる足場を歩く。ランスロットの身体能力を得ているこの肉体は、こんな状態でも重心一つぶれることはない。
 眼下を見下ろせば、そこから見えるのはラ・ロシェールの夜景。原始的な照明が線を描いて街の輪郭を描き出し、港湾都市が深夜になっても眠りに就いていないことを示す。前世の自分であれば高所恐怖症でパニックの一つでも起こしただろう高さだが、空も飛ぶことができる今の自分にとって、高度は何ら恐ろしいものではない。

「……冗談?」
「本気だ。あいつなら本当にやりかねない、って、君も分かるだろう? でなければ、こんなタイミングで総力戦なんて無茶苦茶な真似ができるはずがない」

 それではここはどこなのかといえば、だ。
 簡単な謎掛けだ。このラ・ロシェールに、そんな高さを持った建造物なんて一つしか存在しない。今僕たちが立っているのは、フネが発着するための大桟橋だ。
 しかし、ちょっとした高層ビルほどの高さを持つ大桟橋に貨物を運び込むためには、当然ながらそれなりの労力を必要とする。それを一気にコンテナごとフネに運び込もうとすれば、それに掛かる労力は想像を絶する。いくら作業に魔法を導入できるといっても、これだけの高度を、それなりの重さを持つコンテナで踏破しようとすれば、いかにレビテーションがコモン・マジックであるとしても、精神力の消耗は壮絶なものだ。したがって、この桟橋の随所には、運搬される貨物を一時的に置いておくための物資集積場が建設されている。
 僕たちが立っているのも、そんな大桟橋の中程に設置された物資集積場の一つの、その屋根の上であった。

「でも、そう簡単にそんなことができるの? いくら彼がこの国の実権を握っているとしても、実際に主権を持っているのはマリアンヌ大后のはず。それを飛び越えて領土割譲のような真似ができるとも思えない」
「別に不可能な話でもない。ちょうど一週間前の話なんだが、ああ、その、何だ? ………………その当人、マリアンヌ大后が、ギーシュのハーレム要員に堕ちたらしい」
「…………」

 滅びてしまえそんな国。
 王室親子丼とか。この国は本当に腐っている。
 タバサが唖然として目を丸くしているのを横目に、僕の脳裏に不愉快な記憶が蘇る。

『主人公は、彼、ギーシュさ。ここは転生オリ主であるあのギーシュを主人公とした、ゼロ魔二次創作の世界なんだよ。だから僕たち転生者は脇役として、彼の物語を正しく運営する義務が────いや、使命がある』

 本当に……主人公ってやつは、何をやろうとしても思い通りになるようにできているらしい。
 僕も昔は、そんな連中に憧れていたように思う。テレビのブラウン管の向こうで、小説の文字の羅列の彼方で、あるいは網膜の反対側で、いつだって格好良く悪を倒して人を助ける正義の味方。だが、そんな憧れを抱きながら生きていると、その内に気がつくのだ。

 自分は、向こう側だ。

 格好良く戦い傷つき立ち上がるヒーローではなく、それに助けられる善良な一般人ですらなく、それに押し潰され顧みられることすらない一介の卑劣な悪人こそ自分の姿だ、ということに。
 彼らが美しく尊く強く格好良くあるほどに、自分の低劣さが立証される。そうして、僕の似姿を踏みにじることで、世界はあるべき幸福を手に入れて行くのだ。

『やめておけ。この世界の流れはギーシュを中心に構築されている。そして、もし君がギーシュの流れを壊すというのなら、それは最高の最善に至る流れを破壊するというのと同じことだ。もしそうなったら、君はそれによって不幸になる多くの人々に対して、どう言い訳をするつもりだ?』

 大桟橋の上から見下ろすラ・ロシェールの夜景の輝きは宝石を散りばめたような透明度はない。だが、だからこそ、一つ一つの輝きには生命が宿り、暖かい熱がこもっている。────僕を置き去りにして。

 その熱の、輝きの一つ一つが、僕に言うのだ。

 お前には生きている意味がない。この輝きに加わる価値を持たない。
 だが、もしお前がこの美しい輝きの生贄になるのであれば、そのためにのみ、お前が存在することを許してやる。

 ふざけるな、と思う。
 ふざけるな、と思う。
 ふざけるな、と思う。

 ふざけるな、と思った。もし僕が踏みにじられることしか認めない世界であるのなら────この世界は僕の敵だ。
 こんな世界、今度こそ何もかも砕けて燃えて滅びて潰れて────────

「フェルナン?」

 涼やかな声が僕の思考を切り裂いた。
 気がつけば、タバサがじっと僕を見つめていた。いつの間にか、思考に浸ってしまっていたらしい。

「なあタバサ、君は、自分が洗脳されたことを、どう思っている?」
「……フェルナンは、私を洗脳したことをどう思っているの?」

 問い掛けは、新たな問い掛けという予想外の答えによって返された。しかし、僕は目の前の少女に誘導されるままにその問いの答えを考えていた。

「生きていくために必要な行為。そうだな……一言で言えば、僕の習性っていうことになるのかもしれないな。人は一人で生きていはいけない。だけど人間なんて信用できない。善人は善人だから僕を裏切る。悪人はそもそも信用できない」

 別に、世界の全てが善と悪に二分されるなどと、厨二病めいたことを考えているわけではない。
 だが、“他者を自分より優先する人間”と、“自分のために他者を踏みにじる人間”と考えてみればどうだろう? そしてそのどちらもが、僕にとっては最終的な敵になる。もし相手が善人であるのなら、他者を自分より優先するなら、他の大勢の誰かのために僕を犠牲にする道を選ぶ。

「君だって同じだ。あの時僕が洗脳しなかったら、君が僕を愛することはなかった。その感情は所詮造り物だ」

 僕はタバサに背を向けると、屋上の縁に直立して、ラ・ロシェールの夜景を睨みつけた。

「つまり世界は僕の敵だ。世界の全てが僕の敵だ。この世界に、僕の味方は一人もいない────」

 視界の先で輝いているラ・ロシェールの夜景に向かって手を伸ばし、爪を立てるようにして拳を握り締めた。ぎり、と骨格が音を立て、指が軋みを上げる。爪が掌に突き刺さり、夜闇の中に滴っていく。



「────違う」



 今、彼女は何と言ったのか。
 否定した。違うと。それは間違っていると、僕の知っている、いちばんきれいな存在が、そう言ったのだ。
 タバサはそっと握り締められた僕の手を取ると、一本一本その指を伸ばして、僕の手を開いていく。まるで魔法のようだ。たったそれだけで、僕の手から力が失せていく。

「違う。それは違う。洗脳されていない私が貴方を愛さないとするなら、洗脳された私は、貴方を愛している私は、そうでない私とは別物のはず。“洗脳されていないシャルロット”と“洗脳されたタバサ”は別人のはず。もう私はシャルロットでは────お父様とお母様の娘ではいられない」

 そう言って僕の手を胸に押しつけるようにして抱き締めて、タバサは泣き出しそうな表情で微笑んだ。熱い。焼けそうなほどに。掌から、タバサの体温と、そして心臓の鼓動がドクドクと音を立てて伝わってくる。

「たとえ洗脳されていようとも関係ない。この感情が作られたものであっても、今の私はシャルロットとは別人で、今の私が貴方を愛している。それだけでは、不足?」

 不足か、とは?
 要するにそれはどういうことなのか?
 つまりかつてのシャルロットと今のタバサは別人であるからして、洗脳されたかどうかは関係ない。そのタバサは、僕の味方だ。そういうことなのか?

「もうシャルロットで有り得ない私は“タバサ”でいたいと思っている。私は、貴方を愛している。フェルナン……貴方の居場所は、ここにある」

 ああ、そうだ。
 そうか、そういうことか。
 何もかもそれでよかったのか。

 一瞬で、完全に視界がクリアになった。脳を満たしていた耳障りなノイズが掻き消え、解き放たれた僕を祝福するようにして澄み渡った静寂が押し寄せてくる。

「くくっ、……はははははははははっ!!」

 喉の奥から嗤いが漏れる。憎悪や屈辱ではない。それとは違う、完全に違う、別の何かだ。

「ふふっ、ふふふははっ、あはははははあっはははあ、はーっははははっははははははははっはははっはは!」

 何も考えなくても喉の奥から嗤いが噴き出してくる。自分が完成していく快楽。
 てんで噛み合わずに空回りを続けていた歯車がガシガシと音を立てて接続し、咆哮を上げて回転する。狂気を熱量に変えてその中に流し込み、高速高圧の理性を演算、極大限の狂気を生み出していく。
 魂とはささやかな感情を回転させる回路に非ず、それは炉心だ。核爆発して荒れ狂う超高圧の狂気を沸騰させて恒星のように白熱し、銀河のように星海のように膨大な熱量を産み出すのだ。

「くぅははっははははっはははははっ、はははははっあはははっははははははははっはははははははははははははふふはははああはははははははははははははははっははははははは!!」

 簡単な話だ。
 世界がどれだけ敵に回ろうと、それは所詮は世界に過ぎない。そんなものは最初から根こそぎ燃やして焼き尽くして、その後で新しい世界を作ればいい。僕の居場所は此処にはなく、僕の居場所は其処にこそある。世界とは、嗚呼世界とは、こうも単純で簡単な代物だったのか。

「なあ、タバサ」
「何?」

 タバサの顔をじっと見つめる。夜空に溶け込むような藍青の髪。月光を吸ってどこまでも深く輝く蒼の瞳。その闇の中で何よりも明るく輝く雪白の肌。蒼い月を背にして立つタバサは、まるで月の妖精のようだ。
 綺麗だ、と思う。それ以外の感想を考え付かない。
 だから、欲しいと思った。目の前に立つ、タバサという名のこの美しい少女の肉体から精神から魂の一欠片に至るまでの全てを、己のものにしたいと思った。
 だからこそ────

「僕は少し、堕ちるところまで落ちてみようと思っている。だからさ────」

 寄り添うように身を寄せてくるタバサの身体を抱き寄せる。抱き締めた少女の身体は、そのまま力を込めればそれだけで砕けてしまいそうなほどに華奢で、それでいて全てを受け入れるかのように柔らかい。
 口づけを交わすような距離でじっと見つめ合い、吐息だけが熱を帯びて絡み合う。


「────付いてきてくれないか? 地獄の底の、その下まで」
「ええ。貴方とならば、どこまでも」


 タバサは躊躇い一つ見せずに頷いて僕を受け入れた。
 自分の中の何かが吹っ切れたような幸せそうな顔で僕を見上げるタバサを、僕は素直に綺麗だと思う。幼さを残していながらも女性らしい艶やかな丸みを帯びたその身体を、僕は奪い取るように抱き締めて、その白い頬に手を添える。

「……愛してる」
「ええ、私も」

 健やかなる時も、病める時も、これを守り、これを愛し。かくして二人は一体となる。
 まるで婚姻の誓いを交わすように、僕たちは唇を重ねる。貪るようにして味わったタバサの唇は、まるで猛毒のように甘かった。



 それでは、さあ、戦争を始めよう。
 既に上空は分厚い雲に覆われ、先程までの満天の星空など一欠片も残しはしない。まるでこのラ・ロシェールに集合したトリステイン軍の未来のようだ。
 背後にゲートオブバビロンを展開、内側から射出されたディエンドライバーが僕の手の中に向かって落下する。軽く振って機関部を展開し、そのまま頭上に放れば展開した複製障壁を抜けた拳銃は二挺に増殖して僕の手の内に収まった。
 弾丸となるカードはバビロンの宝物庫から射出されて装填され、引鉄を引き絞ればそれだけでその場に幻像が飛び回り、僕の兵隊が召喚される。変則的な二挺拳銃からステレオで響く無機質な電子音声によって告げられる名は、この拳銃で召喚できる中では最強の手駒の一つ。


『『Kamen-Ride. Decade!!』』


 無数に飛び交った幻像が収束して出現する、それぞれマゼンタの装甲を身に纏う二体の戦士。
 元々はディケイドライバーのカードホルダーに格納されていたそのカードは、ディエンドライバーでも共通規格で同じカードが使用できる事は原作のBlackで証明済み。ディケイドライバーでディケイドに変身できるカードをディエンドライバーに使用すれば、ディケイドを召喚できる事は当然の理だ。

 二体一組のディケイドは肩を並べて疾走し、目の前に展開した複製障壁に躊躇なく飛び込むと、その頭数を増やしながら街中に転送される。
 ツーマンセルを組んで転送されたディケイドは街中に出現すると、一体がもう一体に向かってファイナルフォームライドを発動、ジャンボディケイドライバーに変形させてから、カメンライド・ジェイのカードで、巨大化能力を持つ仮面ライダーJの姿に変身、ジャンボディケイドライバーを装着し、ウルトラマンのバッタものを思わせる巨大な仮面ライダーディケイド・ジャンボフォーメーションへと変身する。
 そうやって、ラ・ロシェールの街に無数の巨大ディケイドが出現した。
 加えて、上空に垂れ込めた分厚い雲の帳の中には既に無数の雑兵級が待機し、それらが続々と街の中へと舞い降りる。さらには、ラ・ロシェールの街並みのそこかしこに地割れが走り、そこからも数え切れないほどの雑兵級が湧き出してくる。
 たちまちの内に悲鳴が上がり、その後を追うかのように雑兵級の咆哮が響き渡る。雑兵級の背部に展開したミサイルポッドから一斉にナパーム弾が射出され、タイミングをずらして炸裂したナパームがラ・ロシェールを業火に包み込む。
 以前まではブラスレイターの黒地に群青のラインが走った装甲を纏っていた雑兵級であるが、今は内蔵式にしたディケイドライバーとディエンドライバーを実装した新型が実装され、仮面ライダーディケイドと同じく全身に左右非対称のマゼンタの装甲で全身を覆っている。

 トリステイン軍の総力戦を阻止するためには、兵站を潰すだけでは足りない。兵糧を焼き払い、移動手段であるフネを潰し、兵士たちを根こそぎ皆殺して、初めて阻止といえるのだ。
 それだけなら、反物質爆弾の投下一発で事足りる。カオシック・ルーンの機界カードによって召喚される空中要塞フォルケン・バスターから投下される反物質爆弾は、相似魔術によって量産され、既に雑兵級の戦略爆撃装備に実用化されている。
 そうでなくとも、いつぞやの増水トラップで取り込んだ万華鏡写輪眼を使えば、ラ・ロシェールを雑兵級の視界に捉えた時点で消火不可能な漆黒の炎で丸焼きにできる。
 だが、やるなら徹底的にやるべきだ。この際だ。表舞台にギーシュを引きずり出して、その手札を曝してやる。

 一般市民や一般兵が悲鳴を上げて逃げ惑い、立ち向かうメイジ貴族はガトリングガンの一連射で、その背後に守られていた幼い子供ごと無惨なミンチを作り上げる。魔法によって一枚岩から削り出された家並みは高周波チェーンソーの一閃で切り裂かれ、あるいはランチャーから放たれた無数のマイクロミサイルによって焼き尽くされていく。
 見た目ほどの死者は出ていないが、それでも被害は大きい。大桟橋の物資集積場は最優先で火をつけたし、大桟橋から離れようとするフネは真っ先に雑兵級の餌食だ。

 さあ、早く来いよギーシュ・ド・グラモン、早く来ないと、お前の大事な総力戦が灰になってしまうぞ? さあ、来い。来い、来い、来い、来い────来た。


 暗澹の夜空の下にあってなお強烈な光輝を放つ黄金の戦士。全身に黄金に輝くオーラを纏い、炎のように渦を巻き頭上に向かって吹き上がるオーラが髪を逆立て、荒れ狂う絶対的な力を体現し、その威圧感を層倍にもしている。
 両手にはそれぞれ違った意匠をあしらった大剣。漆黒の装甲で全身を覆った人型の巨人の頭上に立って、両腕で剣を振る度に、その剣から放たれるエネルギー波が数百、数千の雑兵級を駆逐していく。

「あんな馬鹿でも勢力を維持できる以上予想はしていたけど、強いな。というか……もしかしなくてもあれはエクスカリバーか?」

 僕の中にあるギルガメッシュの知識が教えてくれる。アイツが振るう剣の内の一振りは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。人々の“こうであって欲しい”という想念が星の内部で結晶・精製された神造兵装であり、“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”。
 単純な美しさであれば上回る剣などいくらでもあるが、その刃は美しいのではなく、ただひたすらに“尊い”。神話や偉業によって鍛え上げられるのではなく、ただただ純粋に純然たる人々の願いの結晶であるが故に、その剣は空想の存在でありながらも最強たりえるのだ。

 ────つまりは、僕の敵。人々の願い、想い、そういった、僕の敵である存在の象徴たる剣。

 所有者の魔力を収束変換して光と為し、放たれる一撃の色彩はただただどこまでも強烈な黄金。まさしく“強さ”という概念を何より具体的に体現した色だ。


 そして敵の能力はそれだけではない。セイバー・アルトリアの能力であろう最強の聖剣と対になる聖鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』 の絶対防御こそ、アイツの最も厄介な力だ。何となれば、平行世界のトランスライナー、すなわち同一物という最高の相似関係からの魔術干渉すら遮断するその防衛力は、相似の銀弦すら届かない高みに存在する。
 正直、突破手段が思いつかない。こっちの最大火力である乖離剣エアがアヴァロンに弾かれる以上、それに及ばないゲートオブバビロンの他の宝具ではかすり傷一つ付けられる自信がない。
 さりとて相似魔術は完璧に役に立たないし、他の能力だって似たようなものだ。


 さらに性質の悪いことに、相手は複数能力持ちの転生者だ。少なくともセイバーにあんな黄金のオーラを纏って空を飛ぶ能力なんてなかったはずだし、加えて言えば、魔力ではない膨大なエネルギーを保有して黄金のオーラを纏い空を飛ぶ能力に僕は心当たりがある。

 ────スーパーサイヤ人。

 悟空だか悟飯だかべジータだかトランクスだかは知らないが、厄介なことに変わりはない。最初の形態で惑星破壊級の力を持つフリーザの最終形態を簡単に圧倒する攻防力を持つ以上、スーパーサイヤ人の単純火力と防御力は惑星破壊級を軽く上回る。
 その力はまさしく圧倒的、僕が最も苦手とする手合い、一切の理屈も原理も存在しない、単純極まりない純然たる絶対暴力の存在強度。
 ただでさえガイア最強主義で惑星破壊級の武具武装が存在しない型月宝具では、たとえアヴァロンを突破できたとしても、かすり傷一つ与えるのも難しいだろう。

 加えて、アイツの足元に立つ巨大ロボ。漆黒の装甲に覆われたその機体は、どうやら魔力で駆動しているらしく、見た目通りの超科学の産物ではないようだ。そいつが放つのは光速度を越える弾速を持った漆黒の光弾、その性質の正体は収束した重力波、その能力が重力制御であるのなら、こっちの空間・時間操作系能力も無効化される可能性がある。
 さらにその機体はまるでスピーカーのハウリング現象のようにギーシュの持つセイバーの魔力炉心から供給される魔力を受け取って増幅して送り返し、それを受け取ったギーシュがその魔力を増幅して再び漆黒の巨兵に供給する、相互強化の関係にあるようで、それによって増幅された魔力は、おそらくは“気”と呼ばれるものであろう黄金のオーラにも匹敵するエネルギーを保有する。

 さらにアイツが振るうもう一本の剣、僕はそれにもまた心当たりがあった。身の丈ほどもある長大な片刃の大剣、それに付随して起きている現象こそ、そのヒント。漆黒の兵器によって増幅された莫大な魔力が、膨大な黄金のオーラと融合して膨れ上がり、重轟星にも匹敵する超大な熱量となって顕現する。
 その現象を加味して考えるなら、そいつはさらに厄介な能力を秘めている可能性が高い。

 そして、今までギーシュが曝した能力が四つであり、僕が元々五つの能力を保有した転生者であったことを考えれば、相手はさらに少なくとも一つ以上の能力を保有している可能性を念頭に入れるべきだろう。そうなると────

「……一体全体、あんなのとどうやって戦えと?」

 アヴァロンの突破手段に関しては一つ心当たりがある。それに、相手もまた全能ではないというのは、目の前の光景が証してくれる。

 確かに、ギーシュは強い。その双剣が打ち振られる度、何百、何千という数の雑兵級が消し飛び、そしてこちらの攻撃は傷一つ付けられない。だが、所詮はそれだけ。
 ただの一撃で何百、何千が潰されるのならば、こちらは同じ手間で何万、何億の数を戦場に押し込める。何となればこちらの最大の力は物量であり、そして無限に生成されるその物量に限界はない。
 無限の複製を生成できる相似体系に、ハイ&ロウミックスなどという戯言は通用しない。やるのならハイ&ハイミックス、最高性能のものを一つ出したら、それを無限に複製するだけで無敵の軍隊が出来上がり。グレードを落として量産型なんぞという行為は無駄以外の何物でもない。際限なく相手に叩きつけられるのは、常に最高性能の群体だ。

「問題は、その最高性能がよってたかって傷一つ付けられないっていう現状なんだがな。タバサ、何かいいアイデアはないか?」
「……さすがに無理」

 タバサは顔を青くしてふるふると首を振る。気持ちは分かる。あれは僕と同じ複数能力持ちの転生者、それも汎用性と物量に特化した僕とは違い、狂的なまでに圧倒的な単体性能を追い求めた最強戦力。

 強いて言うなら、アイツの弱点はあの無尽蔵のエネルギーを単純な攻防力以外に転用できないところだろう。多重影分身や対軍規模の広域破壊魔法などを用意されれば、さすがにこの物量でも勝てる気はしないが、そんな技があるのなら、とっくの昔に使っているはず。
 無論、相手がそんな大規模攻撃を放ってこないのも、眼下の一般市民どもを巻き込まないためだろう。またロボの足元にはルイズやアリサ、アンリエッタといったハーレム要員が守られているようで、容赦なく飛び掛かっていく雑兵級もロボの裏拳一閃で粉々に砕けて飛び散らされる。スーパーサイヤ人の気に匹敵する膨大な魔力量のフィードバックは、漆黒の巨兵にも還元されているのだ。

 黄金の超戦士と化したギーシュが縦横無尽に空を駆け回り、黄金の閃光を連射して無数の雑兵級を薙ぎ払っていく。そしてそれ以上のペースで雑兵級が出現し、空間を埋め尽くしていく。

 これこそ、僕とギーシュという二人の転生者の間に存在する絶対的な戦力差。僕はギーシュを倒せない。ギーシュは僕を倒せない。
 僕は圧倒的な戦闘能力を持つギーシュを打倒できないが、ギーシュは圧倒的な物量を持つ僕を阻止できない。そして、その差は絶望的な奈落となってギーシュの前に立ち塞がっている。一見拮抗しているように見える両者の戦力差は、その実時と場合と戦場によっていくらでも変動し、そして今は僕の方が強い。

 眼下の都市の一角、燃え盛る炎に包まれた家屋を粉砕して雑兵級が現れる。その姿を見て腰を抜かして地面にへたり込んだのは、十歳になるかならないかといった年頃の幼い少女だ。
 その少女に向かって雑兵級は両腕から展開した巨大なチェーンソーを振り上げ、そして────黄金の閃光がその身体を貫いた。閃光によって貫かれた雑兵級がナノマシンの霧になって分解し、それを吹き飛ばすようにして黄金の超戦士と化したギーシュが着地する。
 大丈夫かと声を掛けてギーシュが差し伸べた手を、少女がおずおずと取ろうとした瞬間、少女の背後で一際激しく炎が揺れて、一枚岩で構成されたラ・ロシェール特有の家屋の残骸が落下、少女の頭蓋を打ち砕く。灰桃色の半液体の脳漿が沸騰するように弾け飛び、砕け散った頭蓋の間から、まだ形を保ったままの眼球が飛び出して、ギーシュが差し出していた掌の上に転がった。
 訳の分からない叫びを上げたギーシュは掌の上に飛び込んだ眼球を地面に叩きつけ、人外の膂力で叩きつけられた眼球が弾けて地面の染みになっても狂ったように何度もそれを踏みにじり、雄叫びを上げたギーシュは再び空に飛翔すると、両手の剣を縦横に振るって雑兵級を薙ぎ払っていく。
 だが、無数に存在し、無限に増殖する雑兵級を押し止めるには、とてもではないが足りない。その程度の力しか振るえない現状では、僕の物量は止められない。

「戦闘力と軍事力の間に存在する絶対的な戦力差────ギーシュ・ド・グラモン、個人にはできることとできないことがあるってことを教えてやるよ」

 僕が軽く指を鳴らすと同時、雲の合間から無数の雑兵級が出現し、渦を巻いて一斉に大地に向かって飛翔する。ジェットエンジンの噴射炎を引いて疾走するその姿は、まさに大地を席巻する魔獣の軍勢だ。無数の噴射炎が巨大な螺旋を描き、ディケイドライバーを搭載した雑兵級の装甲色も相まって、その勢いはさながらマゼンタの竜巻だ。
 ギーシュはそれに向かって片刃の大剣を振りかざし、刀身から放たれるエネルギー波で迎撃する。荒れ狂う黄金の竜巻は僕の呼び出したマゼンタの竜巻と激突し、そして勝利したのは黄金だ。マゼンタの渦を呑み込んで黄金の業火が迸り、雲を貫いて星空へ向かって飛翔する。
 だが。

「フェイクに決まってるだろ、馬ぁ鹿」

 ギーシュの使役する漆黒の巨兵の足元が轟然と爆発し、地面を砕いて噴き上がった爆炎がルイズやアリサといった面々を薙ぎ倒す。幸いにも重傷者はいないようだが、それもいつまで持つか。
 どうやら、ギーシュはともかく、アイツの操る巨大ロボの方は決して絶対不可侵とはいえないようだ。そっちの方をまず狙った方がいいのかもしれない。
 だが、どちらにせよ、これ以上同じ戦法を狙うつもりはない。奇策が通じるのは一度きり、二番煎じの戦術は対策されて終わり。
 それにどうせ、いつまでも続けるつもりもない。『水精霊の虜』亭にはあらかじめ指示を出しておいたとはいえ、妹の安否も少しだけ心配だ。どの道、破壊と殺戮はそろそろ十分だし。


 そろそろよかろう、と判断して、僕は上空を飛び交う雑兵級の群れを通じて、キャスターの魔術を展開する。単純な魔術行使であればセイバーの直感に魔力の流れを辿られて僕の存在を見つけられたかもしれないが、雑兵級もまた僕の一部であり、その雑兵級が魔術行使を行う限り、その可能性は皆無。
 無数に存在する雑兵級から放たれる魔力が大気に干渉して自然光を歪め、上空にスクリーンを展開するようにして巨大な映像を作り上げる。
 同時に大気の振動を制御して、ラ・ロシェール全域に響き渡るようにして音声を流す。

『聞こえているか? 見えているか!? ギーシュ・ド・グラモン、我が怨敵よ!!』
「お前は……お前の仕業なのか!? どうしてこんなことを!?」

 名指しで名前を呼んでやる。この災厄はアイツが招いたものであると、アイツがいたからこんなことになったのだと、これを聞くものが誤解するように。

『知れたこと。アルビオン王家を助けられては困るのだよ。我等がもたらす世界の救済の邪魔をされては、な』
「何が救済だ! お前のやったことは何だ!? お前がもたらしたのは、ただの破壊と惨劇じゃないか!! そんな救済なんて俺は認めない! 絶対に……絶対にだ!!」

 空に浮かぶギーシュが映像に向かって、喉を枯らして絶叫する。
 上空に映し出されているのは僕の顔ではないのに、無駄なことを。大気のスクリーンに投影されて、口からデマカセを連打しているのは、何を隠そうロマリア教皇の顔だ。
 ギーシュなんぞマトモに相手するだけでも時間の無駄だ。こういうのは、人に全ての責任を押し付けるに限る。

『貴様が何をしようと無駄なことだ。あと三ヶ月もすれば、我が世界の救済は完了し、我がロマリアが絶対の救世主として光臨する。それまで、貴様がこの世界に対してできることはない』
「ふざけるな! 救済などと言いながら、お前がしたのは皆を傷つけることばかりじゃないか!! お前は悲しみをもたらすものだ。嘆きを、破壊を、絶望を振りまく存在だ!! そんなヤツが救世主だと!? そんなものを世界は絶対に認めない!! お前みたいなヤツが、この世界に存在してはいけないんだ!!」

 どこまで本気か知らないが、ノリだけでここまでの啖呵が切れるとは、本当に全く、愉快なヤツだ。何より、つい先ほどまで僕が考えていた事と見事に符合しているというのが、馬鹿馬鹿しくて仕方がない。

『世界が我を認めないというのであれば、我自らがこの世界に滅びの神罰を下し、救世主ではなく真なる世界の創造主として降臨するのみ。それを妨げることは何者にも出来ないと覚悟せよ。そう────』

 だから言おう。言ってやる。
 これだけは出任せではなく、心の底からの本当に本当の宣戦布告を。



『────我こそ、世界の敵である!!』



 黄金のオーラを纏ったギーシュの拳が大気のスクリーンの中心に突き刺さるが、それよりも早く僕は映像と音声の魔術を解除していた。
 アイツには何もできない。させはしない。世界の全てはアイツの掌から零れ落ちろ。そしてその跡に、僕とタバサの世界を作り上げる。そのための計画、そのための『オーバーフロウ』だ。

 クロックアップを駆使してギーシュの攻撃から生き残っていた巨大ディケイドの一体に命令を送る。巨大ディケイドはその命令に忠実に従って剣を一閃。いかに巨大な世界樹も、同様に巨大な仮面ライダーの手に掛かっては、所詮は単なる材木に過ぎない。あっさりと斬り倒された大桟橋が、限りなく殺伐としたこの場には似つかわしくない、酷くのんびりとした速度で、しかし次第に加速して、やがて街の岩盤を打ち砕くのに十分な威力で以って、地響きを上げてラ・ロシェールの街に倒れ込んだ。
 その轟音が轟く頃には、僕とタバサは空間転移でその場から離脱している。逃走手段があるというにも関わらずあんな大破壊に巻き込まれるほど、間抜けではない。
 ラ・ロシェールの郊外に存在する小高い丘から、タバサと二人で炎上する都市を見つめる。炎に抵抗するかのように飛び回る黄金の輝きも、この距離から見てみれば酷く弱々しいものでしかない。
 僕はタバサの腰に手を回し、細い体を持ち上げるようにして抱き寄せる。夢を見ているような艶美な表情で、タバサは僕に微笑んだ。

「フェルナン、これが終わったら、私はお母様を殺す。シャルロットでない私にとって、お母様の存在は貴方を愛するのに、邪魔だから」
「……そうか」

 そう言ってタバサは、いつもの無表情が嘘のように晴れやかな表情で笑う。その表情はまるで蕩ける毒のように甘く妖艶で、それでいて、血の滴る凶刃のように鋭利で鮮烈だ。どうしようもないほどに邪悪に穢れて、それでもなお、いや、それだからこそより一層、彼女は美しい。何より、これが僕のタバサだ。その事実が、僕にとっては何より尊い。

 やがて、虐殺を終えた雑兵級の群れは、朝日が昇ると同時に空間転移でラ・ロシェールから消え失せる。そして、その場にはナパームの油に塗れて未だ炎上を続ける破壊された街並みと、助けを求める無数の難民たちが残されていた。
 崩壊したラ・ロシェールの瓦礫の上で、僕たちはもう一度、口づけを交わした。




=====
番外編:ペルスラン
=====

 火。
 炎。
 焔。

 炎上。
 湖畔に建つその屋敷は、劫々と燃えていた。
 質素でありながら十分に金と手間の掛けられた、しかし時間の流れにさらされて、それでもなお廃墟になり果てないのが管理人の実力を示している、穏やかな佇まいの趣味のいい屋敷。かつては無数の花の咲き乱れていたであろう、しかし今となっては手入れが行き届かず、かろうじて生き残ったわずかな花が雑草の合間で苦しげに息をつく花壇。掃除こそ欠かしていないものの経年劣化が進み、嫌な軋みを上げるようになってしまった床板。
 木材をちろちろと舐める焔の舌、がらがらと崩れ落ちる瓦礫の悲鳴。熱で炙られてゴトリと落ちてくるのは、百合の花を象った紋章が彫られたレリーフの金属板だ。
 そんな空間の中に、その部屋は存在した。この部屋もまた例外ではなく、炎に包まれていた。床に、壁に、天井に、赤々と燃える炎が走り、埃の匂いが染み付いた空気の中にも、赤く輝く火の粉が混ざっている。

 その炎の中に、一人の男が倒れていた。髪も髭も年齢を重ねて白く染まり、もはや老人と呼ぶべき年齢である。
 その身は氷の槍に深々と腹を抉られ、落ち着いた執事服の白いシャツを生々しい赤色に染めている。その顔も土気色に染まり、立ち上がろうにももはや膝に力も入らず、動くことすらままならない。

「……奥様」

 男が見上げた先には、一人の女が座していた。眠るように安楽椅子に身を横たえたその身体は、ブレイドの呪文を纏わせた杖に心臓を貫かれ、既に息絶えているだろう。
 かつてオルレアン公夫人と呼ばれていたその女も、もはやその肩書で呼ばれることはない。夫であるオルレアン公が謀殺され、自らも娘を庇って毒を呷り、精神を壊された身となっては。

 挙句、この様か。

 男は自嘲する。女が毒に狂わされ、その娘は母を救うために自ら危地へと身を投じ、そしてそれが最悪だと思っていた。

 ────これ以上の惨劇が起こるとは露とも思わず、安堵していた。

 どだい、少女が持てる程度の力で母を救う事など不可能なのだ。方法もおかしい。いくらメイジとして大成したところで、その程度の力ではあの狂王には勝てない。本来、それを理解できない男ではない。だが、安堵がその眼を曇らせた。
 そのツケが今、やってきただけのこと。
 無理な状況に無理な目的、その上に無理な方法が重なり、その皺寄せはすべて少女に雪崩れ掛かった。狂気に蝕まれた母親は少女の救いになどなり得るはずもなく、この世界に少女の味方など誰一人存在しなかったのだ。
 それを誰より理解できたはずの自分が、誰よりも目をそらしていた。だからこそ、今の状況がここにある。

「申し訳ありません……お嬢様」

 男は理解していた。自分はここで死ぬ。
 腹部を貫通したジャベリンの氷槍は背後の壁にまで深々と突き刺さり、男の身体を壁に縫い止めていた。その氷はこの業火の熱気の中でさえ溶ける気配もなく、峻厳な冷気を纏わせたまま存在し続けている。
 槍が存在している限り傷を治療することができず、そして氷の槍が溶けない以上、男の傷は癒える事がない。そしてそれを考慮の外に置くとしても、それは間違いなく致命傷。男の命が未だ保てているのは、膨大な冷気を纏った氷の槍が傷口の周囲の組織を冷却し、流血の勢いを鈍化させているからに他ならない。
 それはもはや、トライアングルメイジの領域ですらない。並みのメイジはラインかドット、トライアングルまで到達すれば十分優秀、スクエアまで到達できるのは限られた一握りの天才でしかなく────そして、天才と呼ばれた父の血を引くあの少女も間違いなく、その一握りの一人であったわけだ。
 だが、それだけでも、単なる魔法がここまでの力を持つのは異常。執事としてかの天才オルレアン公の魔法を知っている男は、少女が使用した魔法が、父であるオルレアン公の使ったそれを遥かに凌駕している事が理解できた。その原因も、男はよく理解していた。
 メイジの力は精神力に起因する。つまり、少女がこれほどにメイジとして大成したのも、父の死が、王の力が、母の狂気が、味方のいない世界そのものが、どれほど彼女を追い詰めていたかを表していた。

 無念。

 救えなかったのも全て自業自得だ。安堵に逃げて全てを失った愚かな道化、それが自分だ。
 起きてしまった事実にやり直しなど不可能。いかに後悔しようと、過去を変えることは不可能。ならばせめて────


「お嬢様、せめて、どうか健やかに────」


 男はこの期に及んで祈ることしかできない己を呪い、神を呪い、運命を呪い、世界を呪う。少女を追い詰めた何もかもが憎らしい。だが、結局、今の己には何もできはしない。
 がら、と瓦礫の崩れる音が響き、天井が崩落して女が座っていた安楽椅子を押し潰し、結局、女は娘と思い込んだままのただの人形を抱いて、炎の中に姿を消した。これが結末か、と思うと、男は吐き捨てるようにして表情を歪めた。
 そして、男の身体に影が落ちる。とうとう迎えが来たか、と男はわずかに目を開く。そこに立っていた人影を見て、男はまるで天使だと思った。
 炎の熱気に煽られて煌めく柔らかな金髪は黄金というよりも陽光に近く、笑みの形に細められた両の瞳は春の新緑だ。
 だが、限りなく天使のそれに近い容姿でありながら、少なくともそれは天使ではない。ブリミル教の聖典に書かれているところによれば、時に悪魔は御使いの姿を以って人を欺くという。少女の顔の両側で左右に伸びた、悪魔の角のように尖った両耳は間違いなく────


「────エルフ」


 つまりは悪魔だ。
「……悪魔が何をしに来た?」
「お久しぶりです、執事さん。あ、別に危害を加えに来たわけではありませんから、安心してください」
 そう言って頭を下げる少女を、男は知っている。かつてシャルロットという名を持っていた少女が、北花壇騎士団の任務において仲間として戦っていた相手。一度、この屋敷にも訪れたことがある。その時にはその両耳はエルフのものではない、普通の人間と同じものであったが、おそらくは幻影か何かで形を偽っていたのだろう。
 あの狂王ジョゼフ一世の配下にならば、エルフが存在しても別に不自然ではない。
 だが、その時の彼女は決して今のような、人としての何かが決定的に壊れきった忌まわしい何かではなかったはずだ。

 エルフの少女は優しげな笑みを浮かべながら口を開く。騙されまいと、男はその深緑の瞳を睨みつけた。その瞳の内側は、陽光の輝きを思わせる色彩でありながら、どうしようもなく何かが壊れた狂気の世界だ。それが今のこの少女の本質なのだろう。

「ねえ執事さん、もう少し、生きたくはありませんか?」
「……何?」

 敵愾心に満ちた男の視線と、穏やかに微笑む少女の視線がぶつかり合い、男は少女と視線を合わせたことを心の底から後悔した。その瞳は、見るものを引きずり込む超重力の泥沼だ。見るものを捉えて離さないどころから、狂気の底に引きずり込んで圧壊させる。

「今まで生きてきて後悔したことは? やり直したいことはありませんか? 決定的に間違いを犯してしまったと思ったことは? いえ、もう少し単刀直入に言いましょうか。あとほんの少しの時間があれば、やっておきたいと思うことはありませんか?」
「……その代償は何だ?」

 少女はその顔に浮かぶ笑みをさらに深いものにした。
 やめろ、聞くな、と男の理性が絶叫する。だが、そんなことは不可能だ。少女の話を受け入れない、そんな選択肢など、始めから男には残されていない。


「あら、分かりませんか? 悪魔と契約する代償なんて、昔からただ一つ────」



 そして男は、魂を売った。






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後書き的なもの
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 パ ソ コ ン が 壊 れ た 。
 データだけはどうにか吸い出せたものの、感想返事と十九話のデータだけ狙ったように消滅してしまったため、一から書き直し。地獄。

 そんなわけでネット環境が致命的に悪化したので、これ以降更新速度が低下します。あと、感想返事ももう少し待ってください。


 今回、フェルナン覚醒の回。どっちかというとフェルナン激情態。強いて言えばチート使用に容赦と自重がなくなります。元々のフェルナンがバッドステータス:恐怖Lv100くらいだったとすると、激情態フェルナンは恐怖Lv30くらい。

 ギーシュのチート能力はルートAとは別物に纏まりました。フェルナンとは違い、単純な基礎スペック強化に特化した形。現在、四つまで設定して、残る一つを考え中です。四つのうち二つははっきり名前は出していないけれど、分かる人には分かるかも。

 今回の番外編はよりにもよってペルスラン。脇役中の脇役だけれど、これでもれっきとした原作キャラです。
 最初タバサの視点から描くはずの番外編が、回り回って大変なことに。その上、電波神様の介入によってなんかとんでもない事態になっていたり。
 悪いのはすべて電波です。


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