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No.13866の一覧
[0] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:36)
[1] 濁流のフェルナン0 転生直前[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:48)
[2] 濁流のフェルナン01 奴隷市場[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:54)
[3] 濁流のフェルナン02 約束[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:00)
[4] 濁流のフェルナン03 舞踏会[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:42)
[5] 濁流のフェルナン04 長々と考察[ゴンザブロウ](2009/11/12 21:59)
[6] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方[ゴンザブロウ](2009/11/12 22:04)
[7] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:37)
[8] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:43)
[9] 07終了時における設定など覚書[ゴンザブロウ](2010/03/17 22:25)
[10] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 13:03)
[11] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 14:55)
[12] 濁流のフェルナン ルートA10 新生[ゴンザブロウ](2010/02/26 12:18)
[13] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】[ゴンザブロウ](2010/02/26 19:07)
[14] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性[ゴンザブロウ](2010/02/26 16:22)
[15] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険[ゴンザブロウ](2010/02/28 16:58)
[16] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか[ゴンザブロウ](2010/03/03 20:37)
[17] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉[ゴンザブロウ](2010/03/09 00:27)
[18] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:20)
[19] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:24)
[20] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟[ゴンザブロウ](2010/03/21 10:07)
[21] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:34)
[22] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石[ゴンザブロウ](2010/10/11 20:45)
[23] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】[ゴンザブロウ](2010/10/15 23:47)
[24] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:00)
[25] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン[ゴンザブロウ](2010/11/09 14:28)
[26] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末[ゴンザブロウ](2010/11/10 13:22)
[27] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ[ゴンザブロウ](2010/11/20 14:26)
[28] 濁流のフェルナン ルートB23 この冒瀆された世界の中で[ゴンザブロウ](2010/12/01 23:54)
[29] 濁流のフェルナン ルートB24 世界が壊れていく音が聞こえる[ゴンザブロウ](2010/12/18 17:14)
[30] 濁流のフェルナン ルートB25 ロクデナシのライオンハート[ゴンザブロウ](2011/03/27 23:19)
[31] 濁流のフェルナン ルートB26 OVER/Accel→Boost→Clock→Drive→Evolution→[ゴンザブロウ](2011/04/13 13:25)
[32] 濁流のフェルナン ルートB27 決戦前夜 【加筆修正】[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:12)
[33] 濁流のフェルナン ルートB28 おわりのはじまり、はじまりのおわり[ゴンザブロウ](2011/07/14 01:31)
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[13866] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】
Name: ゴンザブロウ◆bda2737d ID:b7407015 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/15 23:47
 あの一方さんリスペクトの襲撃事件から数日が経過。僕たちは一息ついて、つかの間の平和を満喫していた。
 だが、僕たちの周りにはあからさまに不穏な空気が蠢いている。
 生徒たちの間にも不安が蔓延しているようであり、少し世間話に耳を傾ければ、あちこちで不穏な噂話を耳にする事ができる。当然だ。数日前にあんな出来事があったのだから。

 だが、その裏ではまた別の動きがあるようだった。ギーシュだ。
 トリステインからアルビオンを救うための軍事派遣のために、色々な根回しを行っているようなのだ。それも、今回のそれはトリステインからすれば総力戦とも呼べるほどに大規模なもの。

 アリサ・テューダーがどうやってアイツを誑かしたのかは分からないが、あそこまで上手くいくとは驚きだ。普通、他国の救済のための総力戦なんぞ、考えるほうがおかしいというものだが、ギーシュはやってしまった。
 戦争は膨大な税金を消費し、そしてその税金は国民の懐から供出されているのだ。つまり、アルビオンのための総力戦なんてものは、自国の民に、赤の他人のために飢えて死ねと言っているようなものだ。
 全く、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。



 濁流のフェルナン/第十八段



「で、その結果が御覧の有様、ってわけか」
 王城の方からやってきた募兵官とやらが、何やら総力戦のために優秀なメイジを募っているとのことだ。
 教室の窓から見下ろせば、何やら募兵官らしき人物の周りに人だかりができているのが分かる。その内のほとんどが男子生徒のようだ。
 まあ貴族の女性は基本的に結婚すれば生活は保障されることが多いので。

 例外があるにせよ領地を継ぐのが長男だけである以上、貴族の子女であるこの学院の生徒の内、次男や三男に該当する連中にとって、出世とは軍でするもの。
 よって、今回の総力戦は彼らにとってチャンスなのだ。戦争で国そのものが疲弊してしまうという点に目をつぶれば、の話だが。

「へぇ……ねえフェルナン、貴方は参加するのかしら?」
「しない。あいつらの背中を守るのも、守られるのもぞっとしない」

 キュルケの問いにそっけなく答える。
 まあ、世の中ままならないことはいくらでもあるということだろう。

「あら、愛しいタバサの世界を命を賭けてでも守ってみせる!とか言ってみたりはしないの?」
「馬鹿馬鹿しい。タバサはガリアの出身だろ? トリステインが潰れたところで痛くも痒くもないだろうに。第一、そんなことになるんだったら僕はタバサだけ連れて逃げる」
「随分と消極的な愛の逃避行ねえ」

 僕の答えが気に入らなかったらしく、キュルケは溜息をつく。
 まあ確かに、愛しい人を守るというのは立派な理由だ。つがいとして雄が雌を守るというのは生物学的に正しい行為でもあるわけで。

 それに比べれば、他のトリステイン貴族達の、国家に対する忠誠とかそういうのは、正直理解不能だ。
 特にアンリエッタ王女とか所詮は他人のハーレム要員、清純アイドル気取っていても、どうせとっくの昔にギーシュに股開いて純潔も消費済みだろうに。ギーシュに略奪愛でも仕掛けるっていうなら別だが、そうでもないなら正直不毛だ。
 たとえ僕にとって生命がいくらでも補充の効く消耗品でしかなかったとしても、そんな下らない理由で無駄に生命を消費したくはない。
 ましてや国家総力戦なんて言語道断。

 もっとも、そこまでやったところで、それが実を結ぶかどうか、というのは微妙なところだ。
 確かに、トリステインとしてここで総力戦の選択肢を取るのは決して間違ったことではない。もしレコン・キスタがアルビオンを食い尽くせば、次の標的はトリステインだ。ガリアのバックアップがついたレコン・キスタに、トリステイン一国で対抗できるか否か、と問われれば、かなり無茶があると言わざるを得ない。
 そうなる前に攻撃をかければ、まだ全滅していないアルビオンと手を組むことができるし、アルビオンが戦場になればトリステインは戦争で国土を荒らさずに済む。

 しかし、だ。正直、トリステインは弱い。伝統こそガリアやアルビオンと同じ程度にあるものの、逆に言うならそれだけだ。伝統で腹が膨れたら誰も苦労はしない。

 でもって、現在のトリステインには、原作ゼロ魔のようにゲルマニアのバックアップもない。現状のトリステインとゲルマニアの国際関係は、原作ほど密着したものではないのだ。なぜなら、アンリエッタ王女が結婚したがらないから。何しろ彼女は、ギーシュのハーレム要員だから。
 つまり、始祖の血筋目当てのゲルマニア皇帝は今のトリステインを助けてくれないのだ。
 妙なところで転生者の弊害が出たケースである。
 ついでに言うなら、前回の偽一方さんの一件でトリステインとゲルマニアとの溝はまた大きく広まっている。この程度の騒ぎで起きる断裂はあくまで一時的なものに過ぎないだろうが、総力戦を始める直前というタイミングが悪過ぎた。


 そんなこんなで、僕が窓際で溜息などついていると、袖口をちょいちょいと引っ張られる。妙に可愛らしいな、とか思いながら振り向くと、タバサが何かの封筒を手に、上目遣いでこちらを見つめていた。
 確かに可愛いが、封筒を持っている時点で大体見当がつく。

「で、また任務、か」
「そう」

 タバサが持ってきた手紙には、前回のように単語一つしか書いてない、ということはなく、普通に任務の内容が書いてあった。読み終わると爆発したが。

「にしても、厄介な任務だな……」
 任務内容「レコン・キスタ側と内応して、何としてでもトリステイン総力戦を失敗させよ」だそうだ。

 ここでトリステインの軍を潰しておけば、次にレコン・キスタがトリステインを橋頭堡とする際には占領が非常に楽になる、はず。

 しかし、だ。はず、というのは、そうそう上手くいくわけがない、という意味である。第一、空になったトリステイン領をゲルマニアが放っておくわけがないのだ。
 第一、前回のテロだって、あの程度でゲルマニアの干渉を防げるわけがないのだ。ゲルマニアの立場からすれば、最悪、人道的支援とか言って無理矢理軍事派遣してしまえば、トリステインにマジになったゲルマニアの干渉を拒むほどの力はないわけであるし、トリステインのほうが積極的にゲルマニアを受け入れる可能性だって存在する。

 ガリア軍がゲルマニア国境近くで演習を行っていたりするせいでゲルマニアの軍も国境近くに集まっていて、ゲルマニアはあまり大軍を動かせないはずだ。
 だが、ガリア自体にはオルレアン公派という潜在的な敵対勢力が存在する上、キチガイ国家ロマリアが背後に存在するのだ。ガリア軍も決して全力を割けるわけではない。したがってガリアを警戒するゲルマニア軍も決して全軍を警戒に振り向ける必要はないのだ。まあ、ゲルマニアにしたって諸侯そのものが潜在的な敵のようなものなので、難しいといえば難しいだろうが。


 と、なるとジョゼフ王は何を考えてアルビオン占領を企んでいるのだろうか。
 ふと、以前ジョゼフ王の隣に立っていたのを見かけた、銀髪オッドアイの少女の姿が頭に浮かんだ。
 確かにアレをああやって使えば、対転生者用の最終兵器としては最上だろう。だが、本当にそんな真似ができるのか? ジョゼフ王ですらそんなことが可能かどうか怪しいくらいだ。アレは、そういうものだ。
 いや、逆に考えて、制御することを考えなければ?
 あるいは、まさか。
 考えて、以前に目にしたジョゼフ王の姿を思い浮かべる。あの怪物が、制御に失敗? まさか。僕は思わず首を振って溜息をついた。最悪、アレをすらあっさり制御しかねない、それがジョゼフ王だ。
 原作のジョゼフ王の性格から考えると、容赦なくやりそうな気がするが、さて……?


 まあ、どちらにせよ、総力戦が始まるまでには少しの間がある。
 そしてこのタイミングでこんな任務が入ったということは、逆に言えば、総力戦が終わるまで、まず新しい任務は来ないということだろう。そう考えると、少しは落ち着けるだろうか。
 にしても、どうやってトリステインを負けさせればいいんだろうか。



「あいつと、接触していたやつがいる!?」
 王都トリスタニアの酒場の一角で、僕は思わず叫びを上げていた。
 思いもよらぬ事実に叫びを上げた僕の声は、酒場の喧騒に呑み込まれて消えた。


 まずは、ここがどこであるかという説明から始めることにする。

 我が実家であるモット伯家は、代々エロ魔法の奥義を探求する求道者の家系である。その血統にはエロ魔法に対する志向が深く刻まれているのかどうかは知らないが、とにかくその主な収入源は、エロ魔法専用の秘薬の販売である。

 秘薬の主な購買先は、まず第一に、爛れた性生活を営むトリステインの貴族たちである。そしてもう一つのお得意先が、その道のプロ、娼館であった。

 この御時世、トリステインの裏社会においては、基本的にヤクザ屋さんには貴族のパトロンがつき、金を出してもらう代わりに、表立って行えないあんなことやこんなことを行うための私兵としての役割を負っていた。
 そして娼館も大抵はヤーさん達のショバになっているのだが、ここ数代のこのモット伯家はそれだけに飽き足らず、さらなる経営発展を目指していた。
 ヤクザ組織自体とは別系統で、モット伯家自体から娼館に出資して設備や人員の向上に努めさせ、あるいは貴族の血を引く娼婦たちにはモット伯自らが手取り足取りエロ魔法を教え込み、逆にこっちからは情報収集や、メイドさん達のあっち方面における訓練施設としての役割なんかを請け負わせている。

 でもって、娼館がモット伯家に対して請け負う最大の役割が、秘密裏の談合などを行うための密会施設としての役割である。接待の場としても娼館は単なる酒場の分際を越える接待が可能。キャバクラとかそっち系の役割も兼ねているのだ。

 当然ながら、娼館を接待の場として利用するのは、我がモット伯家の人間だけではない。商人とか貴族とか、結構色々な連中が出入りしているのである。

 その中でも、最も大規模な娼館が、王都トリスタニアに存在する『水精霊の虜』亭であった。
 なんかピンポイントで狙っているような感じで嫌な店名であるが、これでも数世代前から続いている由緒正しい娼館であり、王都トリスタニアの娼婦ギルドを牛耳っていたりもする。モット伯家は、実は割とすごいのだ。
 人に言えない後ろ暗い部分ではあるのだが、あるとやたらと便利な施設であり、この間グデーリアンと会った時もこの場所を利用していた。

 ちなみに、モット伯家の人間はモット系列の娼館であればタダで利用できる。僕もだ。

 でもって、僕の目の前にいるのが、件の情報を持ち込んだ娼婦である。
 燃えるような赤い髪をした少女である。高級感を漂わせた品のよい、しかし体の線を浮き彫りにする絶妙な露出のドレスを纏っている。年齢は、僕と同じか一つ下くらいか。
 これでも立派に現役の娼婦であるが、もう五、六歳ほど年下の娼婦だって少なくない数が存在することもあるし、さして驚くことでもないのだろう。
 端正に整った、下手な貴族よりも貴族的な顔立ちの中で、やや垂れ目気味の目が、ともすればきつくなりかねない表情の印象を和らげている。

 いや、そこまではいい。だが、問題はそこにはない。

 問題は、よほど関連付けようとして見なければ分からないとはいえ、少女の垂れ目気味の目の辺りのつくりが、僕の父親によく似ているということである。
 当然だ。この少女の遺伝子学上の父親は、僕の父親であるところのジュール・ド・モット伯爵その人なのだから。
 モット伯家のメイドが退職した場合、モット伯家が新たな働き口として、モット系列の娼館を斡旋することがある。また、モット伯家の人間の愛人に子供が生まれた場合も、同様にして娼館に預けられる。
 でもって、預けられた子供の末路が、この少女のような純粋培養の娼婦である。世の中無常、南無。
 まあ他の貴族が良くやるようにわずかな手切れ金を押し付けて追い出すよりもよほど人道的なのかもしれないし、食事も衛生観念もその他の福利厚生もしっかりしているため、下手な普通の平民よりもよほどいい生活をしているのであるが。

「で、それは一体どういうことだ?」
「どういうことも何も、そういうことですわ、お兄様。あの人、あんな外見だから目立つし覚えやすいでしょう」
 嫣然と笑う少女は、下手な貴族よりも洗練された口調でもって僕の言葉に答える。貴族らしい立ち居振る舞いが売りの娼婦だ。
 トリステイン魔法学院の制服を着せれば、そのままあの学院に放り込んでも誰にも気付かれないだろう。ついでに言うなら魔法も使える。父親メイジだし。


 つまりこういうこと。
 あの偽一方通行に、作戦決行を三日後ではなく一日後にするように、と示唆したヤツがいる、ということ。
 その光景を、この『水精霊の虜』亭の娼婦たちが目撃したらしい。
 ちなみに、その男はトリステイン魔法学院の制服を着ていたらしい。偽装か?

 逆に言うなら、そいつはガリア北花壇騎士団の動向を把握している人間である、ということだ。
 あの一方通行テロ事件の裏を知る手段は、主に二つ。
 まず一つは、ガリア北花壇騎士団内部の人間であること。だが、北花壇騎士団には基本的に横の繋がりが存在しないため、もし僕たちの行動予定を知ることができる者がいるとするなら、それは相当高位の人間であるということは間違いない。
 ぶっちゃけ、ジョゼフ王くらいのものだろう。だが彼の仕業だと考えると、やることが妙にみみっちい。ミョズニトニルンの場合はもっと別ベクトルに酷そうな気がするし。
 そしてもう一つは、付かず離れず僕たちを監視している人間であること。これに関しては、以前僕が警戒したタバサの監視者が該当する。他に、他の転生者勢力に属する転生者たちも含まれるが、こちらの動きを都合よいと思う連中があんな真似をする理由はなく、逆に都合が悪い連中による妨害にしてはやる事がしょぼい。

 ちなみに、後者の可能性が該当するのであれば、トリステイン魔法学院の制服を着ていたことは偽装ではなく単なる馬鹿であった可能性も結構高い。監視するのであれば、同じ学校にいることはこれ以上ないほどのアドバンテージだ。

 目的という視点から考えると、やることがいかにも中途半端だ。だが、逆に目的など存在しないと考えればどうだろうか。
 嫌がらせ。
 ただ単にこちらが気に入らないだけの、感情だけの無思慮な暴走。

「これこそ、一体どうしたものか、だな」



「はあ、やれやれ、だ」
 考えることが多過ぎて頭が痛い。このまま考え続けていたら息が詰まってしまいそうだ。帰りがてら、少し散歩でもしてみることにしよう。

 いつぞやタバサと二人で来た森の中を、たらたらと歩く。空はよく晴れていて、小鳥が楽しそうに囀っていたりするのが、今の自分にとっては酷く鬱陶しい。
 少しの苛立ちを抱えながら歩いていると、ふと、耳に聴き慣れた音が届いた。水音だ。
 音の源を辿りながら歩いていくと、道から少し離れた場所に小さな空き地があった。その中央に泉がある。

 空き地の場所にだけ木々の枝葉がないため、泉の上にまるでスポットライトでもあるかのように陽光が降り注いでいた。
 手を伸ばしてみると、水は驚くほど冷たく澄み渡っている。
 ガラスのように透き通った水は泉の中からどこにも流れることもなく、ただ底から湧き上がっては底に消えていく。

「こんなところに泉なんてあったんだな」

 僕がその気になれば水音なんていくらでも聞き取れるはずだ。それにもかかわらず泉の存在に気付かなかったのは、要するに余裕が無かったということだろう。
 伸ばした手を水に浸してみると、掌から体に篭った熱が焦燥と共に抜けていくのが分かって、僕はまた深々と溜息をついた。


 ────刹那。


 脳裏で無窮の武練スキルが警報を上げる。僕が慌てて飛び退った瞬間、僕の耳元を掠めて、一発の砲弾が背後へと着弾、盛大な爆炎を噴き上げる。

「ったく、何だって言うんだ!?」

 ランスロットの動体視力が捉えた砲弾は、間違いなく水面から射出されていた。
 だが、僕の水メイジとしての感覚は、それとは正反対の事実を告げている。曰く、水中には“何も”いない。
 擬態とか気配遮断とかそういうレベルではなく、水の質量がみっちり詰まっていて砂と石とわずかな植物以外、本当に何も存在していないのだ。

 だが、実際に砲弾はあの水面から飛んできたのだ。
 僕は思わず舌打ちして、ゲイボルグを構える。だが、敵の姿が確認できない。水中に敵はいない。
 水メイジと水精霊の融合体である僕は、それが水であれば、ある程度触覚の延長であるかのように水の流れを知覚できる。
 砲弾が通過した反動は、確かに水面に波紋を刻んでいた。だが、水中を砲弾が走ったことによる水流への影響は皆無。
 その水の流れそのものが、そこに何もないことを示しているが、しかし確かに質量のある砲弾が水面から放たれた、それだけは間違いない。

 放たれたのは水中ではなく、水面────すなわち、鏡面。
「この間の、鏡の中の襲撃者……」
 しかし、僕の眼からは、水面に何かが映っているようには見えない。あるいは、特定条件を満たさなければ“鏡の中の異世界を知覚できない”とかそういうノリか。
 仮に敵が複数能力ではないとして、鏡の中から砲撃を行い得る能力に、僕は一つ、心当たりがある。
 なら、どうするか。

 敵は鏡から攻撃してくる。それだけ分かっていれば話は簡単だ。僕の能力はチートだけじゃない。
「────『練成』!!」
 どろり、と泉が鈍い銀色に染まる。水を水銀に変換された泉の水面が鏡としての機能を喪失し、“鏡の中の異世界”に繋がる窓が消滅する。
 鏡の向こうの異次元が現世との接続を断たれ、こちらに向けられていた殺気が消滅する。
「まあ、こんなものか。僕の判断力も決して捨てたものじゃないな」
 溜息を吐くと、ぱちぱちとやる気のない拍手が背後から響いてくる。

「あっはっは、まさかゾルダにあんな方法で対処するとはね。さすがに驚いたよ」
 木々の枝葉を掻き分けて現れたそいつのことを、僕は知っている。
「ジュリアン・レオポルド・オリオール。やっぱりあんたが監視者か」
「へえ、まさか僕のことを知っているなんてね。タバサの援護を名乗り出るだけのことはある。いや、それとも陛下が教えたのかな?」
「それに答える義理はないな」
 答える義理はないが、ネタバラしをしてしまうなら、手品の種は二つ。
 まず、オリオールの容姿が、『水精霊の虜』亭で目撃されたものと一致したこと。
 そしてもう一つが、タバサ以外でガリアからの留学生はこいつを除けばヴィルジール・カステルモール一人であり、カステルモールといえばオルレアン公派の筆頭と同じ姓だ、ということ。
 チート能力こそ監視役にうってつけとはいえ、存外に頭が悪い。まあ、バレること自体もジョゼフ王の計算の内なんだろうが。

「それで、何の用だ? 下らない用事なら、もう帰って寝たいんだが」
「あっはっは、そうつれなくするなよ。こっちには用があるんだ。────死んでくれないか?」
 オリオールが指を鳴らすと同時に、木々の間からいくつかの人影が姿を現す。

 カブトムシをモチーフにした深紅の軽装甲を纏った無手の戦士。
 片手に鋭い針を装備した、スズメバチに似たシグナルイエローの装甲の戦士。
 刀を手に、サソリを思わせる紫の装甲に身を固めた戦士。
 トンボを模した銃を構え、空色のケープ状の装甲に身を包んだ戦士。
 湾曲した双刀を構え、クワガタをモチーフにした青く輝く装甲で身を覆った双角の戦士。
 さらに上空には、銃を手に孔雀に似た翼を広げた臙脂色の戦士と、バックパック状の飛行ユニットを背負い蒼いラインが走る純白の装甲の戦士が滞空し、頭上の退路を封じている。

「本当に殺す気らしいな。嫌な編成だ」
 おそらく、隠れている間に召喚しておいたのだろう敵の手駒たちを見回して、僕は深々と溜息を吐いた。

「まったく、君には本当に迷惑を掛けられたよ。よりにもよってサブヒロイン役のタバサを無理矢理犯すし、ギーシュに君の正体を教えてやっても仲間になろうともしないしね。挙句の果てにはあの偽一方通行の時も失敗しなかったし。脇役なら脇役らしく、脇役転生者の役割に徹するべきだと思うな」

 得意げに鼻で哂うそいつに、またどこか鳩尾の辺りからどろどろと嫌なものが湧き上がってくるのを感じる。

「物語の主人公にでもなったつもりか? 馬鹿馬鹿しい。僕たちみたいなナマモノがいる時点で、この世界は既に物語でも何でもないと思わなかったのか?」

 言いながら、脳裏で戦術を模索する。現状から推定される敵の能力なんてものは一つしかない。なら、どうやって戦うか。
 こちらの戦力。水魔法。水精霊。異形の兵士。ゲートオブバビロン。相似魔術。型月魔術。敵戦力に対しては……それなりに有効だと信じたい。

「ははっ、冗談だろう? 僕が主人公だなんて恐れ多い。主人公は僕じゃない」

 オリオールは我が意を得たりとでも言うかのように満面の笑みで両手を広げる。今すぐに笑い出しそうに、相手の口が三日月状に吊り上がった。それに気圧されたかのように、森の木々がざわざわと音を立てる。

「主人公は、彼、ギーシュさ。ここは転生オリ主であるあのギーシュを主人公とした、ゼロ魔二次創作の世界なんだよ。だから僕たち転生者は脇役として、彼の物語を正しく運営する義務が────いや、使命がある」

 背筋が、頭が、しんと冷え切った感覚。毒々しい熱がスイッチを切り替えるようにして冷気に変わり、脳裏に取るべき作戦目標が表示される。


 すなわち────コイツ殺す。


 そんなことにも気付かずに、オリオールは話し続ける。
「何、心配することもない。君にだって立派な役割がある。幸い、君の人格はアンチ対象、自分を主人公と勘違いして愚かな行動を取る似非オリ主キャラに実に相応しい。だから、まず君はそれに相応しい行動を────」

「────アクア・ボム」
 撃ち出された水弾は蒼いクワガタの戦士が振るった双刀に叩き落される。あいつらの反応速度は、素で光速を超えるのだ。単なる水魔法で勝てる相手でもない。
 だが、それで十分。これはあくまで、意思表示のためのものでしかない。
「いい加減、その良く回る口を閉じるといいよ。お前の御託は本当に、心の底から不愉快だ」
「人の話を遮るとは────無礼な男だね!!」
 オリオールは懐から取り出した拳銃型のツールの銃口を頭上に向けて構えると、その側面を展開、内部のカードリーダーに一枚のカードを挿入する。


『Kamen-Ride. De-END!!』


 オリオールが引金を引き絞ると同時、拳銃型ツール、ディエンドライバーから無機質な機械音声が響き、オリオールの周囲に都合十枚の人型の幻影が出現、それらがオリオールの体に重なるようにして同化して黒銀のボディアーマーへと転化し、最後に十枚の蒼いプレートが出現、プレートが折り重なるようにしてアーマーの頭部に突き刺さってボディが青く染まり、変身が完了する。
 仮面ライダーディエンド。それが、敵の持つチートだった。


 ディエンドというのは、非常に特殊な仮面ライダーだ。その最大の能力であるカメンライドは、別作品に登場する仮面ライダーを、性能をそのままに召喚・使役することを可能とする。
 そのため、大抵の敵に対抗できるだけでなく、その上、本体が弱くなりがちな召喚・使役系の能力であるにもかかわらず、本体の防衛能力も高いという特異な存在である。
 この前出てきた鏡の中から鞭、というのも、鏡の中に潜行可能な仮面ライダー龍騎に登場した鞭使いのライダーでも召喚したのだろう。


 ディエンドが指を鳴らすと同時、彼に従う仮面ライダーたちが一斉に襲い掛かってくる。
 赤いカブトムシの戦士であるカブトが、スズメバチの戦士であるザビーが、サソリの戦士であるサソードが、トンボの戦士であるドレイクが、クワガタの戦士であるがタックが。
 保有する特殊能力であるクロックアップを発動させ、一斉に姿を消す。時間の流れを流離させ、別の流れに入り込むことによって、実質上の超々加速状態へと突入したのだ。

「っ糞、最悪だ!?」

 カブト系の仮面ライダー五体によるクロックアップによる高機動は、英霊の反射神経と技量があってすら、反応するだけでも至難の業だ。
 さらには、狙い済ましたように上空の二体、純白の装甲を持つサイガと、孔雀の翼を持つギャレンが銃撃を加えてくる。
 どうにか防いでいられるのは相似魔術による多重展開型の減衰障壁の恩恵だ。僕の相似魔術の原典であるグレン・アザレイは、光速戦闘の世界で射撃戦ができる相手に勝った経験すら持つ。
 だが、減衰障壁だろうと破れるときには破れるのだ。それも、単なるビームとか爆発の力押しで、だ。油断はできない。

 目の前の相手に、正義と平和の守護者たる仮面ライダーを名乗る資格なんぞ有りはしないだろう。だが、その精神がいかに卑劣邪悪であろうとも、その力だけは間違いなく真性の仮面ライダーのそれ。
 能力なんて道具に過ぎない。それを扱う人格がどれだけイカレていようが、そういう能力でない限り、基本的には性能劣化に繋がらない。
 そんなことは、僕自身が誰よりも理解している。


 だが、僕は知っている。
 仮面ライダーディエンドには、致命的な欠陥があることを。


 軽く杖を振れば、僕の手元に水の塊が出現、その水塊を敵の手元の拳銃ディエンドライバーと相似の銀弦で接続し、概念魔術で無理矢理相似させて水塊を拳銃型に整形、次いで空間転移魔術を発動させ、水塊をディエンドライバーと入れ替える。
 変身ツールを奪われてディエンドの変身が解除、力を奪われた敵の手元で水塊が爆散、吹き飛ばされたオリオールは吹き飛ばされて地面をバウンドしながら転がり、背後の樹に叩きつけられる。
 同時、彼に使役されていた他の仮面ライダーたちも、蜃気楼のように空気に溶けて消えてしまった。

「まったく、酷い侮辱だよ。あんなヤツの引き立て役の噛ませ犬になれだって? …………死んでも御免だな!!」
 僕の手元には、転移させた水塊と入れ替わりで、敵が手にしていたディエンドライバーが握られている。
 仮面ライダーディエンドの欠陥というのはこれのことだ。
 原作でも、何だか戦隊物の世界で敵の怪人にディエンドライバーをあっさり奪われて変身解除された上、敵がディエンドに変身するという無茶苦茶な事態に陥ったのだ。個人認証機能くらいは付けておけ、と声を大にして言いたい。
 盗難対策として体内のナノマシン・ペイルホースを起動、ブラスレイターの能力を生かしてディエンドライバーを肉体の一部として融合させていく。

「き、君は……なるほど、思ったよりもやるようだ。だが、次は僕も本気を出させてもらうよ!」
 オリオールは顔を憤怒で赤く染めると、懐からさらに、中心に黒いスリットの入った白い箱型のツールを取り出した。
 ……いや、ディケイドライバーまで持っていたのか。
「変身!」


『Kamen-Ride. Decade!!』


 今度のオリオールは、ディケイドライバーを下腹部に押し当てると、そこからベルトを伸ばしてドライバーを装着、ディエンドと似通ったデザインをしたマゼンタの仮面ライダーへと変身する。
 他の仮面ライダーに変身する能力を持ったインチキライダーその二、仮面ライダーディケイドである。しかも、額の部分が紫色になっているところを見ると、どうやら究極を越えていることで有名な劇場版らしい。

「っ、舐めるな!」
 僕はブラスレイターのナノマシンで手に融合させたディエンドライバーにカードをセット、先ほどのオリオールと同様に仮面ライダーディエンドへと変身、さらに腰のカードホルダーから複数のカードを取り出して、まとめてドライバーへ挿入する。

『Kaijin-Ride. N-Dagba-Zeba!』
『Kaijin-Ride. N-Gamio-Zeba!』
『Kaijin-Ride. Albino-Joker!』
『Kaijin-Ride. Ark-Orphenok!』
『Kaijin-Ride. Cassis-Worm!』
『Kaijin-Ride. Makamoh-Dorota-Boh!』
『Kaijin-Ride. Utopia-Dopant!』

 ディエンドライバーから再び機械音声が響き、僕を守るようにして多数の怪人たちが出現するが、アレが劇場版のディケイドであれば、これだけ揃えても不安が残る。
 現に────

『Form-Ride. Faiz-Accel!』
『Attack-Ride. SpadeNine-MachJaguar!』
『Attack-Ride. Hyper-Clock-up!』
『Final-Attack-Ride. Fa-Fa-Fa-Faiz!!』

 ディエンドライバーと同質の電子音声と共にディケイドが違う姿へと変形し、加速能力の多重発動によって通常のクロックアップすら追いつけない超々光速で加速、僕を守る怪人たちの群れを一体残らず瞬殺する。
「やめておけ。この世界の流れはギーシュを中心に構築されている。そして、もし君がギーシュの流れを壊すというのなら、それは最高の最善に至る流れを破壊するというのと同じことだ。もしそうなったら、君はそれによって不幸になる多くの人々に対して、どう言い訳をするつもりだ?」
 うるさい黙れ、誰が不幸になろうと知ったことか。僕だけが幸福になれればそれでいい。
 怪人たちの死骸は緑や青といった鮮やかな爆炎に包まれて砕け散り、その背後から飛び出したオリオール=ディケイドが剣を振り下ろす。
 速い。
 余裕めいた言葉を垂れ流すだけのことはある。
 僕の速度ではもはや対応しきれない圧倒的な攻撃速度。先ほどと同じ手段でツールを奪おうとしても、さすがにこの速度には対応しきれない。

 だが、それでも戦い方はいくらでも存在する。
 たとえば、速過ぎるのであれば、相手の動きを止めればいいのだ。

「Atlas!」
 僕が持つ宝具やあるいは転生者との戦いの戦利品の中には、敵に重圧を掛けることのできる代物などいくらでもある。それをキャスターの魔術と併用し、敵を重くすることで相手の動きを鈍らせる。
 さらに、周囲の空気を地面と相似させ、相似魔術で自分が呼吸する分を残し、土のような質量を備えさせる。石や金属なら割ったり砕いたりすればそのまま出られるかもしれないが、粒子の塊である土は割れることも砕けることもない。空気中にいながら、地面に埋まっているも同然の抵抗を受けるといい!!
 必殺技を出そうにも土化した空気が邪魔をして、カードの使用を阻害する。相手に行動の自由はない。
「貰った!」
 快哉を叫びつつ手元に水塊を生み出し、相似の銀弦を繰り出そうとする、刹那。

 土化した空気が粉微塵に砕け散った。ディケイドが何のカードも使用せずに、自前のパワーだけで相似魔術の拘束を粉砕したのだ。
 考えてみれば当たり前だ。仮面ライダーと呼ばれる連中は、自律稼動するタイプの奴であれば変身ツールだけでも独力で地面を掘り進むのだ。サソードゼクターとか。
 当然、ライダーが変身ツールよりも弱いなんてことは有り得ない。
 完全なる計算ミスだ。ゲイボルグ使えばよかった。

「まあ、落ち着いて考えてもみたまえ。この世界は元々ギーシュのものであって、我々はそこに間借りしているだけに過ぎない。ならば、家主であるギーシュに対して対価を払うのは、当然のことではないかな?」
「いいから黙れ、そのよく滑る口をいい加減に閉じろ! そして死ね!」

 僕はゲートオブバビロンから絶世剣デュランダルを抜き放ち、真名解放と共に叩きつける。白光に包まれたデュランダルと赤光に包まれたディケイドの剣が激突して繰り返し火花を上げるが、やはり力は向こうの方が強い。
 デュランダルから太陽剣グラムに切り替えて真名解放を炸裂させると、ディケイドはとっさに飛びのいて回避、流れるような動作で数枚のカードをドライバーに読み込ませる。

『Attack-Ride. Machine-Decader!』
『Attack-Ride. Machine-Tornader!』
『Attack-Ride. GX-05 Kerberos!』
『Attack-Ride. Illusion!』

 ベルトから響く電子音によって召喚されたバイクに跨ってディケイドが一気に距離を離すと同時、ディケイドの乗ったバイクがサーフボード状に変形し、複数に分身しながら巨大なガトリング砲を構えて弾丸の嵐を降らせてくる。
「っ!」
 僕は減衰障壁と共にキャスターの魔術による魔力障壁を展開、ガトリング砲を防御する。魔力障壁は雨のように降り注ぐ弾丸の前にあっさりと砕け散ったが、減衰障壁はそうもいかない。こちらは無傷。
 だが、クロックアップを解いたのは明らかに不手際だ。僕にとって、露出した変身ツールを外してしまえば無力化できるライダーなど、何の脅威にもなりはしない。

 分身を行ったのはツール強奪攻撃の命中確率を減らすためかもしれないが、甘い。似てさえいれば対象にできる相似魔術にとって、同じ姿をした分身なんてものは、何もせずともまとめて潰せる的にしか過ぎない。
 速過ぎて認識できないクロックアップの方がよほどに脅威だ。

「終わりだよ」
 相似の銀弦が分身したディケイドをまとめて捕らえ、ディケイドライバーを空間転移で奪い取ると、入れ替わりに送り込んだ水塊を炸裂させる。変身を解除されたオリオールは、先ほどの焼き直しのように地面に投げ出され、あっさりと倒れ込んだ。
 最後に、僕は露出したオリオールの顔面に向けて、ディエンドライバーの銃口を向ける。オリオールは、笑みの形に顔を歪めて、呪いじみた言葉を言い放つ。
「無駄だよ。僕を殺したところで、この世界は依然としてギーシュのものだ。所詮、君はギーシュを引き立てるための脇役に過ぎない」
 最後まで言わせてやる義理はない。僕が引き金を引き絞ると、オリオールの頭部は無造作に砕け散った。
 人の命に重さなんてない。グラムいくらの力であっさり死ぬのが人間というものだ。まるで出来損ないのマネキンのように地面に転がるオリオールだったものの死体を見て、余計にそう思う。
 その体からディケイドの強化アイテムである携帯電話型のツールを回収すると、僕はオリオールの死体を処理して、その場から立ち去ることにした。


 何とも不愉快な事件だった。
 どうも腹の辺りに嫌なわだかまりが残る。
 人を殺したからといって今さら何も感じはしないが、どうにも、あいつの言葉が呪いのように頭の隅にこびりついて離れない。
 いまいち、後味が悪い。



 暗い部屋の中に円卓が一つ。その卓に座しているのは僕一人。二重の意味で、だ。卓上には、本来席に座っていて然るべき人影の代わりに、墓石を思わせる立体映像が浮かんでいる。墓碑銘は当然『Sound Only』。
 何故こんな場所にいるのか。そんなことは決まっている。わざわざこんな空間を用意して、やるべき事など一つしかあるまい。
 ひとまず、いつまでも時間を引き延ばしても時間を喰うだけで意味などあるまい。
「さて、それじゃ会議を始めようか」
『了解』
『了解』
『了解だ』
『問題ないよ』
『そうだね』
 同じ声が口々に同じ意味の発言を重ねる。当たり前だ。“同一人物”なのだから。転送障壁を介して立体映像を送受信するのは、それぞれ全てが同じ意識を共有する僕自身だ。
「さて、知っての通り、議題はシナリオ『オーバーフロウ』について。それじゃあセクション『ポセイドン』から報告を頼む」


『了解。こちらセクション『ポセイドン』。まず、インターネット上の情報統制については、機界カード『サーキット=ウォーカー』を手に入れたことで完全に解消した。『サーキット=ウォーカー』を大量に複製して必要とあればいくらでも情報操作が可能だ。これによって地球の掌握はほぼ完了と見ていいだろう。ハルケギニアに運び込む予定の資源なんかは既に蓄積を開始してる』

 僕の意識構造は少々特殊だ。まず頂点である水の精霊の下に、従属演算機関である各端末の脳髄が存在し、そこでも僕の意識を演算している。ちょうど、各脳髄に分割思考を一ライン割り振っているような状態である。
 これによって、たとえ精神攻撃を受けたとしてもその部分の端末だけが破壊され、水精霊の本体にまで精神攻撃は届かない。
 一つ一つの脳髄が個別に疑似的な精神活動すら行うとはいえ、無論その本質は分割思考であるので、その意志は統一され、精神は一つのままである。全であり同時に一でもある、それは既に人間とはいえない存在なのかもしれない。

「じゃあ次。セクション『アンピトリテ』の報告について」
『OK。それじゃ、まずは二大ラインの内、ライン『スキュラ』から。かねてからの懸案だった対転生者用兵装についてだが、「転生者に命中する」兵器を求めて各国の科学者を集めた末、実用レベルのレーザー機銃が完成した。後は量産するだけだ』
『おお、漫画兵器だ』
『ただし、レーザーの進行速度はあくまでも光速だ。光速戦闘が可能な転生者を捕捉するのは不可能に近い。通常速度と等速の飛び道具なんて普通に考えて当たらないからな。これについては、さらなる強化プランを考える必要がある』

 現在、地球で活動している人間型、フェルナン型端末は五十八体。半分はセクション『ポセイドン』で活動しているが、残り半分はそれぞれが独自の行動を行っている。無論、全てが一つの存在であるため、情報は相互に共有される。このような会議は半ばお遊びに過ぎない。
 組織と同等の活動はできても、思考体系は一人分しか存在しないのだ。それは意志の統一され画一化された組織の弱点でもあり、同時に僕のような存在にとっての最大の弱みであると思う。

『次に、ライン『カリュブディス』からだが、例のアレの血液サンプルが回収できたことは最大の成果だ。結果として、アレの能力を持つホムンクルスが完成した。ひとまず性能はせいぜいオリジナルの80%といったところだが、こっちは量産も強化もできるからな。実験でも特に問題は見られなかったから、既に雑兵級、カサブランカ級の全てに組み込みが始まっている』
『同じくライン『カリュブディス』について補足だ。アレの能力についてだが、僕たちがメインで使う水魔法、及び本体である水精霊そのものの強化に使える可能性が高い。現在研究を続けているが、これも問題はない』

 逆に、画一化された意志を持つ組織というのは最強の群体でもある。いくらでも使い捨てと補充の効く無限数の怪物というのは、ある意味最も対処の効かない力押しだろう。それをどう扱うかは僕次第。まあ、力押しは色々な意味で肌に合わないのだが。

「次、セクション『ネレイス』な」
『こちらセクション『ネレイス』だ。『アンピトリテ』から報告があった通り、『カリュブディス』の技術開発でアレが完成、通常戦力全てに組み込みが始まっているが、このペースで行くとそろそろ総兵力が現状の施設での収容能力を超過する。セクション『ポントス』の完成を急いでくれ』

「それじゃ次に行こうか。セクション『オケアノス』」
『『オケアノス』だ。まあ説明するまでもないが、こっちはようやく水精霊の成分調整を完成に漕ぎ着けたところだ。あと一週間もあれば本来の作業に入ることができると思う』
「よし了解。一番遠大な作業なのに報告は少ないな。じゃあ次はセクション『ポントス』行ってみようか」

 報告は進むが、全員にとって分かり切ったことばかり。体裁を繕う以上の意味はないというのは、少しばかり間抜けな話だ。

『セクション『ポントス』、ライン『ポルキュス』だ。現在、既に全域に相似魔術による光学迷彩フィールドを展開した。肝心のネプチューン・フォーミングだが、元手が足りないせいで大してせいぜい琵琶湖レベルくらいしか進んでいない。『オケアノス』が完了すれば速度も段違いで向上すると思うんだが、さすがにこれはどうしようもないな』

『同じくセクション『ポントス』、ライン『タウマス』だ。大型宇宙要塞『フォボス』と『ダイモス』を開発中だが、まあこれの稼働は少なくとも数ヶ月間は掛かるはずだ。また、平行して付随する大規模送電衛星システムやレーザー防衛システム、惑星・恒星間戦略級マスドライバーなんかを開発中。まあ空間転移もあるし、最後のはあまり急ぐ必要もないだろうな』
『『ネレイス』から補足な。これに際して、主戦力となる全てのホムンクルスには宇宙空間活動能力を、特にカサブランカ級には大気圏突入能力と大気圏離脱能力の付与を行っている。これに関しては既存のスペースシャトルの技術を組み込むことで何とかなりそうだ。大気圏突入・離脱能力だけなら空間転移でも賄えるはずだが、MPが惜しい』

『おお、とうとう僕らにも宇宙戦争の時代が!』
『戦う相手がいないけどな。さすがに宇宙まで出てくる転生者は……どうだろ? いるのか?』
『サイヤ人とか?』
『あー、確かにあれはやばい』
 同じ人間が何人集まろうが、不安なものは不安なままだ。難儀なものである。

『同じくライン『クレイオス』だ。現在、極大規模障壁の展開パターンを研究中だが、これについては『ポルキュス』が終了しない限り意味がない。速く片してくれ』
『……前向きに善処する』

「ふう……」
 一通りの会議が終了した後、僕は深々と溜息をついて椅子にもたれかかった。通信先の椅子でも半分くらいの僕は似たような疲れきったようなポーズを見せている。残り半分は机に突っ伏している。
「疲れた。そして不毛だった。分かり切ったことを報告するだけの会議なんてやるんじゃなかった」
 やれやれだ。癒しが欲しい。




=====
番外編:サクヤ
=====

「レコン・キスタがアルビオンを支配したらトリステインに攻めてくる。アルビオンが負けるのは戦力的にも確定だから…………」
 陽光が差し込む部屋の中で、少年は今後の方針を検討し、策を巡らしていた。

 アルビオンを呑み尽くしたレコン・キスタにトリステイン一国で対抗するのは不可能だ。
 いかにアルビオンがハルケギニア五国の内で下から二番目の弱小国とはいえ、トリステインはさらにその下に位置する最低位、さらにはガリアの援助を受けずとも両者のその国力はそれこそ絶望的なまでに差が開いている……などということは彼のつたない国際感覚では理解しておらずとも、『ゼロの使い魔』と呼ばれる小説におけるトリステインの総力戦がゲルマニアの援助によって行われていた事は少年も記憶していた。

「それに、アリサも救済してやらなきゃいけないし、そうすると、やっぱりアルビオンに援軍を出すしかないのか。そうなると、ゲルマニアの援軍は……無理か。アンリエッタは大事なハーレム要員だし…………」



 濁流のフェルナン/段外段



 長期休暇を前に久々に実家に帰ってきていた少年を、彼女は普段と同じように彼の後ろに控えながらじっと観察していた。
 まったく、お気楽なことだ、と思う。ここまで自分の縄張りを侵蝕されておいてお気楽に過ごせるなんて、彼女からすれば正気を疑わざるを得ない。
 まあコイツの神経は本当にどうしようもなく鈍いから仕方ないのかもしれないが……などと考えて、彼女は相手に見えないように薄っすらと嘲笑を浮かべる。

 短く切り揃えられた銀髪に、冷めた光を放つ蒼の瞳。細くしなやかな肢体に似合わず、出るべきところがやや必要以上に突き出した豊満さを備えている。
 その体を包むのは質素なメイド服、トリステイン魔法学院のものと比べても装飾が少なく、実用性だけを追求した、貴族の館の使用人としてはきわめて異例。。
 彼女はサクヤ・アデライド・ド・アングラール。フェルナン・ド・モットの下僕の一人。
 あるいは────悪魔に魂を売った魔女。もしくは奪われた、か。

 だが、悪魔の方が勇者よりも千倍も慈悲深いように感じられるのは、彼女が悪魔に精神を書き換えられてしまったからだろうか。
 あらゆる負の感情を残して、サクヤの感情記憶は全て削除された。もはや彼女がギーシュをどう感じていたかなど、思い出せない。
 そのことに一抹の寂しさを覚えるだけなのは、その感情がきっと、フェルナンを対象としていないからだろう。

 無論、そのこと自体をサクヤの精神は微かな喜びと共に受け入れている。彼女の主にとって、洗脳というのはそういうものだ。無機質な人形に変造するのではなく、主人以外を愛さぬように偏向させる。
 だからこそ、そこには絆が生まれる余地がある。いや、確実に生まれてしまうのだ。そしてそれだからこそ、彼女の主はある意味、最も恐ろしい転生者といえるのかもしれない、と評価を下す。
 それも彼女にとっては恐怖の欠片も含まない賛辞でしかないのだが。


 ギーシュに聞こえない程度にふっと笑みを漏らし、サクヤは踵を返して部屋を出る。ドアの閉じる音に続いて硬質な足音が響く。
 歩く廊下は綺麗に掃除が行き届き、塵一つ落ちていない床には装飾の壷や花瓶一つ置かれておらず、ともすれば使用人の服まで必要以上に華美に飾り立てる傾向のある貴族の館としては異様なまでに殺風景だ。
「まったく、少しは装飾でもすればいいものを……」
 ギーシュの現代知識を用いた内政チートによって豊かになっているグラモン領であるが、その割に内装は質素を通り越して殺風景だ。ここに来た当初は何の感慨も抱かなかったものだが、今になってみると寒々しさを感じずにはいられない。
 少女は不快げに舌打ちすると、ギーシュの主導で数年前にグラモン邸に新築された、別棟になっている半地下の建物へと向かう。



 製鉄用の高炉の実験を行っているその建物の中には、真夏の砂漠もかくやというほどの熱気が籠もっていた。製鉄場、正確にはその実用化のための実験施設である。

 この場所を主な活動拠点にしている仲間は、よくもまあこんな暑さに耐え切れるものだと、サクヤは思わず嘆息した。
 暑さだけではない。金属のぶつかり合いや蒸気の噴出による轟音や、その中でも聞こえるように大声で放たれる指示と応答の叫び声が交錯し、長時間かつ長期間この場所に留まれば、聴覚に障害を受けることは間違いないだろう。

 がやがやと人が動き回る中心で、精力的に指示を飛ばしている人影が存在する。サクヤはその人影に向かって大声で呼びかけた。

「リゼットさん!」

 大部屋の中央、大型の試作溶鉱炉の前に立っていたその人影は、サクヤの声に反応して彼女に向かって駆け寄ってくる。

 少女だ。燃えるような赤い髪を無造作に背後で束ね、吊り上がった目つきが負けん気の強さを強調する。リゼットと呼ばれた少女は、身軽な動きでキャットウォークを駆け上がり、サクヤの隣まで走ってくる。

「呼んだかい?」
「ええ。この施設の掌握状況を報告してください」

 このリゼットという少女は、サクヤと同じくギーシュによって見出された人材である。
 元々はトリステインの平民出身の鍛冶屋の娘であったのだが、鉄鉱石を精錬してより良質な鉄を製造する技術を考案したはいいものの、それによって精錬した鉄が町の領主の錬金によって作り出される鉄よりも遥かに良質であったために領主の怒りを買い、奴隷にされて売り飛ばされたという経歴を持つ。
 その後ギーシュによって身柄を買い取られ、彼の元で製鉄技術の開発に従事していたのだが、フェルナンの下僕となったサクヤによって洗脳され、その後サクヤと同様にアンドヴァリの指輪を授かって、サクヤと同じ諜報員に成り果てている。

「ああ、この間の報告会の時に作業員から事務員まで、全員まとめて呼び集めてから一気に洗脳しといたよ。欠席者もなしで、掌握は完全に終了」
「お見事です。グラモン領軍やグラモン商会の掌握も済ませましたし、後はグラモン家の係累だけですね」

 本当に、見事な手際だと思う。正直自分も真似しておくべきだろう。この少女は人を使うのがなかなか上手い。個人プレーが得意な自分とは対照的にだ。

 そんなことを思いながらサクヤはリゼットの横顔をちらりと見る。煤と機械油に頬が汚れてはいるものの、それでもこの少女は美人だ。少し前までは末席とはいえギーシュの寵を争っていただけのことはある。まあ、それをいうなら自分も似たようなものであるのだが。

「高炉の開発は、もう一ヶ月か二ヶ月ほど遅らせてください。近い内にギーシュ主導でアルビオン出兵が行われるはずだから、グラモン商会の高炉製造の投資が始まる時期をそれに合わせたいとご主人さまが仰せです」
「了解、任せときな」

 リタは元気よく返事すると、再び試作型高炉へと戻っていった。


 防音仕様の分厚い鉄扉を開けて試験製鉄場から抜け出すと、全身を覆っていた熱気がさっと退いていくのが分かる。大きく息を吸い込むと、涼やかな外気が肺を満たす。
 耳を聾する騒音ももう聞こえてこない。聞こえるのは小鳥の鳴き声と葉擦れの響き、後は人の生活音くらいのものだ。
 静かだ。

 サクヤが空を見上げると、空はよく晴れていて、太陽に向かって広げた掌の横を白い雲が横切った。
 そんな光景に、まるで劇場の書き割りのようだとサクヤは場違いな感想を抱いた。まあある意味間違ってはいるまい。何となれば、このグラモン邸で演じられる日常そのものが、たった一人を騙すための道化芝居に過ぎないのだ。
 そしてこのサクヤこそ、道化芝居の役者にして演出家にして脚本家。この偽りの世界の要。そんな風に思い、少々自意識過剰すぎたか、と一人苦笑する。

「さて、と。今日も、仕事しますか!」

 サクヤは強く言い放つと、普段通りの道化芝居を上演するべく、普段通りの仕事に戻っていった。





=====
後書き的なもの
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 オリオール退場。書いている内にとんでもなく濃いキャラになってきてしまったので、あっさり殺してしまうのは惜しかったかもしれない。南無。
 というか、最初は『他人の脳内嫁に手を出して他の転生者に襲われる』シチュエーションにするつもりだったのに、ど う し て こ う な っ た!?
 悪いのは全て電波です。

 できることの引き出しが非常に多いため、弱点や相性で勝てる相手であればフェルナンは非常に強い。ただし純粋かつ絶対的な力押しにはどうしようもないのがネック。スーパーサイヤ人とかが相手なら瞬殺されるレベル。相似魔術が鍵になるか?

 オーバーフロウの正体はまだ秘密。分かる人には分かるかもしれないけれど。
 一応、セクションごとに内容が決まっている。

 内政ターンでフェルナンはなにやら色々と企んでいるらしく。
 ジョゼフ王もジョゼフ王で何か企んでいるらしく。
 トリステインの総力戦も始まるわけで。

 ハルケギニアの、トリステインの明日はどっちだ!?
 頑張れフェルナン。





=====
番外編:タバサ
=====


 少女は考える。
 今の自分は一体何物であろう、と。

 彼女には名前が二つある。

 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 タバサ。

 その二つの内のどちらもが彼女を示している。だが、本当の名前は一つだけ。本質を表すのは一つだけだ。
 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。それが彼女の本当の名前だ。今はガリアの秘密部隊である北花壇騎士団の七号騎士として活動し、父を殺し、母の心を奪ったジョゼフ王に対して復讐の機会を狙っている、謀殺されたオルレアン公シャルルとオルレアン公夫人の娘。


 ……本当に?



 濁流のフェルナン/段外段



 それは、少女の心にふと過ぎった疑問だった。
 今の自分は、本当にシャルロットなのか。本当にシャルロット・エレーヌ・オルレアンを名乗る資格はあるのか。

『君は勝てないと思っている。母親を救う事もできないと思っている。そうだな?』

 かつて投げかけられた言葉が脳裏に蘇る。その声を思い出すと、少女の心臓の辺りがぎゅっと強く引き絞られるように脈打った。
 勝てないと分かっているのに無策で戦うのは、つまり勝つ気がないということだ。そして。

 勝つ気がないというのなら、それは仇を討つ気も、母を救う気もないということ。そういうことだったのだ。
 そんな自分に、あの人を母と呼ぶ資格はあるのだろうか。


 だが、今はフェルナンがいる、と彼女は頭を振って、脳裏からその思考を追い出した。


 フェルナン。フェルナン・ド・モット。少女の愛しい人。
 冷淡で残酷で、優しいなどという言葉とは程遠い人。それでも唯一、力になろうとしてくれた人。
 少女は目を閉じてベッドの上に横たわった。

 洗脳されている。その自覚はある。フェルナンを愛しているのも、その影響だ。だが、それだけではない、と少女は考える。
 最初に助けられたときから自分はフェルナンに感謝していたし、その心は今も変わらない。手を貸してくれる転生者なら誰でもいいと思いながらも、無意識にフェルナンを頼りにしていたことは間違いない。

 だが、自分がシャルロットであるのなら、母を第一に考えるはずだ。
 優しい人だった、と思う。穏やかに笑う人だった。娘を庇って毒薬を呷るほどに、自分を愛してくれていた。今はその毒で心を壊されているけれど。


「お母様……」


 少女は母親を呼ぶ。頼りない声が誰もいない部屋に響く。フェルナンは部屋を出ていてこの場にはいない。少女は膨らみ切らない乳房をたった一枚のシーツに包んで、気だるげに上体を起こす。

 眠たげな瞳で周囲を見回す。フェルナンの部屋。そうであることにわずかな安心感を抱きながら、少女は再びベッドに体を沈めた。

 質素なものだ。置かれているものは必要最低限。衣類や生活雑貨などは適当に棚にねじ込まれ、使わないものは奥の方に押し込まれており、酷い時には木箱の中に放り込まれたまま部屋の隅に放置されている。忙しい、というよりはやる気がないように見えるし、事実その通りなのだと少女は知っている。

 そんな部屋の中で目に付く要素は二つ。本棚と実験器具だ。

 日当たりの良い窓際から少し位置をずらして直射日光を避けた場所に置かれている大小の実験器具。彼が様々な水の秘薬を作るときに使っているものだ。
 秘薬を作る彼の手つきは非常に作業的で、仕事だからとりあえずやっている、というような感じでしかなかったが、たまに作業中、邪悪でありながらどこか子供のような、楽しそうな笑顔を浮かべていることがあって、彼女はその笑顔を見るのが好きだった。

 薬品が飛び散らないよう分厚い防水布のカーテンを掛けられた大型の本棚。
 その中には娯楽小説と図鑑ばかりが詰め込まれていて、部屋の主の趣味が良く分かる。小説のほとんどはグラモン派と呼ばれる、彼の前世の世界の作風が模されたものであるが、その中心人物であるギーシュ・ド・グラモンの刊行物だけは存在しない。図鑑の内容は幻獣や植物などの自然物を始めとして、薬品に魔法、そしてなぜか平民の使う武器を描いたものまで存在する。

 ここ数日、彼女が彼のものになってから、ほとんど毎日自分の部屋に帰ることなしに、少女はこの部屋で過ごしていた。性的な交わりをするばかりでもなく、二人して本を読んでいるだけの時もある。だが、そんな時でも少女は肩を預けるようにして、できるだけ彼に身を寄せていた。

 無論、体を求められる時もあるし、少女の方から求めることもある。ここ数日で、そういうことに関する技量もやたらと上達した、してしまったと思う。
 相手が彼であるのなら、正直、下手な娼婦にだって負けるつもりはない。当然他の男など相手にするつもりはないから他は知らない。
 だが、弱い部分も強い部分も、彼の体は隅々まで理解した。逆に自分の体も理解、というか開発されてしまったけれど。

 彼女が何もしなくても、体が彼を求めている。彼がいないと胸の辺りにぽっかりと大きな穴が開いているような気がして、何となく不安になる。一週間くらいならどうにか耐えられるだろうが、それ以上長引くと耐え切れる自信はない。
 これは依存だ。
 依存は良くない。自分が一方的に縋り付くだけの関係では、彼に負担を掛けるばかりで与えるものは何もない。愛しているのだ。だから、彼のために何かをしたいと思う。

 いや、もはや自分の全ては彼のものだった。だから自分にとって一番大切なのは────



 ────誰だ?



 シャルロットにとって一番大切だったのは母だ。なら、今の自分にとって一番大切なものも、母親であるはずだ。
 自分は少なくとも彼女とは、フェルナンよりも長い時間を過ごしているはずなのだから。

 母の顔を思い出す。
 今はもう見る影もない、ガラス玉のように焦点の失せた青い瞳。色褪せたような色彩を放つ青い髪。人形のように投げ出され、痩せこけた手足。

 母親。

 思い出だってある。
 過去を思い浮かべる。父に魔法を教わっている横で、彼女はどんな顔をしていただろうか。どんな顔が、どんな表情を浮かべていただろうか。

 背筋が冷えた。

 思い出せない。
 かつての母の顔を思い出そうとしても、今の、毒で心の壊れた狂女の顔しか思い出せない。それどころか、思い出そうとすればするほど、優しく笑っていたはずの思い出の中の母の姿が、今の心の壊れた女の姿に上書きされていくような恐怖を感じる。

 ぎゅっとシーツを握り締めて恐怖に耐える。

 自覚してはいけない。自覚してしまえば自分はもうシャルロットではいられない。

 優しかった思い出の中で、狂った女がその手に抱いた人形に、愛しげに頬を寄せていた。



 昼休みの教室は、ざわざわと喧騒に包まれている。その喧騒の中で、彼女はふわ、と欠伸を漏らした唇を、小さな手で押さえた。眼鏡越しに細い指先を伸ばして、目じりに浮かんだ涙を拭う。

 フェルナンは、どうやら男友達と話しているらしい。手に小瓶がいくつか握られているところを見ると、相変わらず秘薬の商談だろう。
 フェルナンの作る秘薬の効果のほどは、二人でいる時にもたまに使ったりするから、その効果のほどはよく知っている。だからよく売れるのは仕方ないとは思うが、しかし何となく、彼を取られたみたいで気に入らない。

 それにしても眠い。最近、どうも眠れない。眠ろうとすれば、夢を見るのだ。
 悪夢。
 過去の夢だ。今では失われてしまった、大切であるはずの過去。
 だが、違う。それは正確な過去ではない。それは彼女の過去ではない……はずだ。


 夢の中で父の隣にいる女は、あれは誰だ? 知らない。自分は知らない。あんな女は知らない。
 愛しげに人形を抱き締めて笑う狂った女。
 彼女が見ている前で、父と女は人形に杖を贈っていた。大きな杖だ。今の自分の身の丈よりもなお長いくらいか。見覚えのある杖だ、と思う。
 その杖が、今自分が握っているものと全く同じ形をしていることに気づいた時、彼女の目は覚めていた。


「……」


 無言。
 いや、こんな感情を、どうやって言い表せというのか。
 思い出に裏切られたような気がして、その実、大切な過去を裏切っているのは自分なのだ。
 ぎゅ、と唇を噛む。歯を立てるようにして少しずつ力を込めていけば、口の中にじわじわと鉄臭い味が染みてくる。

 そして彼女が彼の名前を呼ぼうとした時だった。

「タバサ、元気?」
 細い指が頬をつつく。人付き合いの悪い自分に話しかけてくる相手など、たかが知れている。
「……キュルケ」
 炎のように鮮やかな赤の髪と、男の視線を吸い寄せるような褐色の肌。奔放でありながらどこか繊細な親友は、憎たらしいほどにいつも通りだった。

「タバサ……元気ないわね。何かあったの?」
「別に、なんでもない。いつも通り」

 キュルケはタバサの前髪を掻き揚げると、顔を近づけてじっと目を合わせてくる。その視線に耐えられなくなって、タバサは思わず視線をそらした。

「んー、やっぱり何かあるみたいね。大丈夫?」
「……大丈夫」

 誤魔化しきれなかったようだ。
 どうしてこの親友は、こうも勘がいいのだろうか。ほとんど何もかも、心の底まで見通されているような気分になってくる。

「タバサ、どうしたの? 最近、何か悩み事でもあるの?」
「……どうして?」

 色々な意味のこもった“どうして”だ。
 どうしてそんなことが分かるのか、という意味でもあるし、どうしてこうも私に構うのか、という意味も含まれているし、他にも、色々な感情が詰まって一緒くたになって、言いたいことも一欠片しか言い出せない。

「…………やっぱり、言えないか」
「ええ」

 自分が何も言い出せないのを理解してくれたのか、キュルケは深々と溜息をついた。

「ねえタバサ、もし私に言えないことで困ったことがあるなら、フェルナンに相談しなさい。でも、逆に彼に言えないことがあったら、その時は私に相談しなさいな」
「……フェルナン?」

 じっとフェルナンの方を見る。
 大事な人だ。
 本人は鍍金のようだ、と笑う金色の髪に、血と泥の混合物、などと言っていた赤い瞳。顔立ちは結構整っているのだが、フェルナン曰く逆に整い過ぎているせいでこれといった特徴が無くなっているらしいという話。しかし、彼女にはあまりぴんと来ない。
 何といっても愛しい相手の顔だ。贔屓目が入って当然だ。むしろ、彼が謙遜する分だけ自分が贔屓目入れてやればいい具合に釣合い取れてちょうどいい。血泥の瞳はルビーだし、鍍金の髪は黄金だ。
 あれに比べればアルビオンの王子様なんて三流役者、ロマリアの教皇も場末の男娼、ギーシュ・ド・グラモンに至ってはどうも作り物の人形のように不自然で気持ち悪いだけだ。

「ふふっ」
「……?」

 つい笑いを漏らしたキュルケに、タバサは不思議そうな目を向けた。

「いや、まさか貴方がそんな顔をするようになるなんてね」
「…………?」

 そういえば、今の自分はどんな顔をしていただろうか。よく分からずに自分の顔にぺたぺたと触れてみるが、やっぱりよく分からない。
 キュルケはそんな彼女の頭をわしわしと撫でた。何となく、悪い気はしなかった。


「恋する乙女の顔、していたわよ」


 その意味することを理解して、少女の顔がみるみる内に赤く染まっていく。彼女は耳元まで真っ赤になった顔を隠すようにして、広げていた本のページに顔を伏せた。


 まったく、何もかもお見通しだ。本当に、自分には過ぎた友人だ。



 だが、病巣のように歪んだ過去が消えたわけではないのは、自分でも理解していた。
 過去を思い浮かべるだけで、優しかった過去の記憶が毒々しく歪められていく。だから、発作的に過去を思い出してはその度にそれを忘れようとする。
 フェルナンのことを考えている間はそれを忘れられるものの、だからこそ自分が過去を裏切っているように感じられて、それもまたよけいに辛い。

「……」

 溜息をつく癖があるフェルナンなら、こういう気分の時にはやはり溜息をついただろうか。自分も溜息の一つでもつきたい気分だ。
 過去を裏切るという感覚そのものもまた辛いのだ。それを後ろめたく感じる自分の存在そのものが、フェルナンを裏切っているようで。
 今まで自分を支えてきてくれたものが、ここに至って何もかも崩れていく。このまま自分が母を、父を、過去の記憶を失ってしまったのなら、果たして自分に彼らの娘である資格はあるのだろうか。

「だから、先ほども言った通り、貴方はあの男と縁を切るべきです」

 そう言ったのは、彼女の前にいる男だ。黒髪黒瞳の長身痩躯の男。このトリステイン魔法学院の生徒の一人。
 ガリアからの留学生、ヴィルジール・カステルモール。フェルナンが、おそらく高確率で転生者であろうと予測していた相手。

「不可能。私はフェルナンから離れることはできないし、するつもりもない」
「なぜですシャルロット殿下、ガリアのことを思えば────」

 オルレアン公派。かつて父に味方した人々。間違いなくその一人だろう。そういえばガリアの花壇騎士団にも似たような名前の男がいたはず。
 だが、今の彼女にとってそれすら憎らしくて仕方ない。かつてフェルナンが言っていた通り、彼らの戦いには何の勝算もない。そんなことに、自分を、彼を巻き込むつもりなのか。

「今の私には意味もない。今の私はただのタバサ。北花壇騎士団の七号騎士。それ以外の何者でもない」
「姫様……!」
「何と言われても、今の私には貴方達に手を貸す心算はない」

 睨み据えるように相手の目を見つめる。視線が音を立ててぶつかり合う。嫌な目だ、と思った。まるで自分を舞台装置か何かのように思っている、そんな目つき。
 それに、たとえ相手に与したところで、今の自分に益はない。むしろ害になるだけだ。


「……ならば仕方ありませんね。シャルロット姫」


 相手の雰囲気ががらりと変わる。今までの、表面を取り繕っただけの丁寧なものから、こちらを見下した、己の絶対優位を確信した危険なものに。
 闘争の気配を感じて、いつでも杖を振るえるように全身から力を抜き、神経だけを緊張させる。無駄な力は動作を鈍化させる。
 右眼を隠すようにしてヴィルジールの手が半顔を覆う。
 それを見て、彼女は以前フェルナンから聞いた話を思い出す。転生者の能力の中には、魔眼というものが存在するらしい。直死、魅了、幻惑、発火、石化、と想定される効果は多々あるが、直死以外は全て一撃で勝負が決まる危険なものだ。
 なら、対策はできている。学院の制服のポケットの内側に指を滑らせ、中にしまわれていた一枚のカードを引き抜いた。

「ヴィルジール・カステルモールが命ずる────」
「遅い」

 相手は転生者、と鋭く思考が走ると同時並行、指先に挟まれたカードの表面から、骨格で構成された腕が伸び、彼女の顔面にその爪を突き立てる。そこから展開された亜空間の入り口から、槍に似て鋭利な尖端を持つ一本の杖が射出された。

「っ!?」

 ヴィルジールが慌てて行動を中断し、転がって攻撃を回避する。
 体に開いた亜空間から現れたのは、背中に巨大な翼を広げた、人に似た影だった。その頭部は龍に似て、それでいてシルエットだけは猛禽に似た翼は、まるで底の見えない暗黒の深淵。
 翼の異形は少女を守るようにして立ち塞がると、壁に深々と突き立った自らの槍杖を引き抜いた。
 底無しの暗黒空間の入り口でもあるその翼の深淵から、闇そのものとも、泥の塊とも触手の群とも付かない異形の物質が溢れ出し、少女の体へ絡み付いて、少女を異形の翼の内側へと引きずり込む。どういうわけかその翼は底無しの異次元の入り口になっているらしく、少女の華奢な体は翼の異界へと呑み込まれ、その場から姿を消す。
 少女の意図した事だ。自ら翼の異界へ取り込まれる事により、敵の攻撃から自らを保護する。相手の能力はおそらく魔眼の一種。そして、相手の魔眼が対象と視線を合わせる必要を持つのであれば、異界へ取り込まれた少女を対象にすることは不可能であるし、また、視覚を持たないこの異形であれば、相手の魔眼に囚われることはない。

「っ、ええい、どいつもこいつも、余計なことを!!」

 ヴィルジールは苛立ったように叫ぶと、身を翻して窓を割り、地面へと落下する。ここは三階、メイジであればレビテーションかフライでも使えば、あっさり逃げ出せる位置だ。少女が召喚したのは以前マリコルヌから奪ったカオシックルーンのカードモンスターの一、翼を持っているから、追うつもりなら容易に追える。
 だが、わざわざ追う必要もあるまいと判断して、彼女は自らの肉体を翼の異界から引きずり出した。

「あ、な、何で……」

 少女の足元で腰を抜かして呟いているのは、少女よりも一つほど年下に見える少年だ。
 平民のような服装をしているにもかかわらず意味もなくヴィルジールに同行していたことを考えると彼も転生者であろうが、しかし彼は腰を抜かして床にへたり込み、震えている。おそらく、脅威にはなるまい。

「何でだよ……何で、何でだ? タバサには母親の事とかで声を掛ければ一発だとか言ってたのに、どうしてこんなことに? 何でタバサがあんな化け物使うんだよ!? 話が違うじゃないか……?」

 成り行きに不満があるのだろうか、うわごとのように声を漏らしている。新兵によくある現実逃避の症状、と思考を巡らせる。
 少女は、目の前でへたり込んでいる少年をじっと見つめた。

「貴方は…………いえ、何でもない」

 何も言うことはない。少女は身を翻して少年に背中を向けると、その場を後にしようとする。その肩を誰かが掴んだ。

「……?」

 振り返る。肩を掴んでいたのは、先ほどの少年だった。

「なあ、何でだよ。何でアイツなんだ? 君がどれだけ辛い思いをしていたかは俺も知ってる。転生者の奴らもみんな分かってる。でも、駄目だ! アイツだけは駄目だ! アイツは危険な男なんだ! 君にも分かるだろう!? どうしても力が欲しいって言うのなら、俺が力になってやる! だから……!!」

 言われて、少女はフェルナンのことを思い出す。なぜフェルナンだったのか。少女は遠い昔のことを思い出す。

『言っただろ。人の事なんて知るか、って。君の事情は、最初に君が焚火の前で話した事しか知らん』

 昔、そんなことを言われた。
 やはり、フェルナンと目の前の少年は違う。転生者の典型が少年でフェルナンが異常なだけなのか、それとも彼もまたフェルナンと同様に同程度に異常なのか、それはわからない。
 だが。

 フェルナンはどうしようもなく冷淡で残酷だ。何物も冷めた眼で見下して、その反面で恐怖して、そのくせ自己評価だけはやたらと低くて、それでいて完璧に邪悪にはなりきれない。
 どう見ても、人を惹き付ける存在では有り得ない。英雄では有り得ない。


 だから、知りたいと思った。フェルナンが行動する理由を。


「貴方は、フェルナンをどう思っているの? 貴方の目に、フェルナンはどう見えている?」

 結局、タバサにとって満足のいく答えは返ってこなかった。

「……アイツは、オリオールを、同じ転生者を、殺した。同じ境遇にいる人間を! アイツに人の心があれば、そんなことをするはずがないのに!! 俺はアイツを許さない。絶対に……絶対にだ!!」

 激情に任せて感情の渦を叩きつける叫びは、少女が望んでいたものではなかった。冷静にフェルナンを観察しようとする人間から見て、彼がどう映っているのが知りたかった。
 目の前の相手は違っていた。いや、それどころか、少女自身のことすら理解していない。そのことに少し失望を感じる。

「貴方は何も理解していない。私だって、北花壇騎士七号としてたくさん、人間を殺した。貴方達の言う『原作』にも、書かれていたはず」

「それ……は…………」

 荒れ狂う感情のままに言葉を吐き出していた少年の口が、勢いを失って停止する。
 許せなかった。確かにフェルナンは褒められるような人間ではない。転生者の力を含めた能力的にはともかく、人格的には短所ばかりで、長所といえる部分なんてほとんどない、かもしれない。だが、少女にとって、間違いなくフェルナンは大切な存在であった。
 それを、この程度の相手に侮辱された。

 そう、所詮この程度。だから。

「もういい」
「……え?」

 少年は呆然と、自らの胸を貫通した長大な槍杖の柄を見た。鋭利な尖端が心臓を貫通し、胸板を突き抜けて背後の壁へと突き刺さっている。
 少女が抱いた殺意に反応して、少女の隣に立つモンスターが杖を投擲したのだ。

「片付けて」

 少女の命令に反応した翼の異形が、その翼の内側の負の奈落へと少年の肉体を引きずり込み、この世界から消滅させていく。作業が終わったら手元に戻ってくるように命令してから、その姿に目を向けもせず少女はその場を後にした。



 たとえ独りよがりの、何の役にも立たないような相手に過ぎなかったとはいえ、助けの手を差し伸べてくれた相手を、激情に任せて殺してしまった。
 それも。
 今、自分は何のために、誰のために殺したのか。
 相手はオルレアン公派、父の味方であった人々だ。自分がシャルロットであるのなら、オルレアン公シャルルの娘であるのなら、少なくとも決して殺すべきではなかった。


 脳裏に過去の光景が蘇る。
 父と母が笑っていた。二人の間には、二人の愛しい娘がいた。彼女の名前はシャルロット。

 父に抱き上げられた人形が笑っていた。
 母に抱き締められた人形が笑っていた。

 シャルロットがあそこにいるのなら、今の自分は何者なのか。足元の床が消失した違和感に襲われて、少女は思わず床に膝をついていた。
 おかしい。これは何かおかしい。不思議なことに、寒くもないのに体がガタガタと震えるのだ。その理由が分からずに、少女は自らの体を抱き締めた。


 シャルロットはあそこにいる。ならば自分は一体何者なのか。今の少女には、その問いに答えることができなかった。





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後書き的なもの
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 加筆した番外編の後書き。
 タバサ編の二回目。
 相変わらず精神的にギリギリなタバサです。記憶障害もどきが発症していよいよ末期症状な感じ。
 ギャルゲー的には好感度を上げれば上げるほどヒロインがボロボロになっていく新システム……? 悲惨。
 そしてさりげなくベタベタに。

 名も無き転生者の少年は哀れ。一応裏設定としてシモンという名前があったりするのですが、あっさり殺害されました。別に螺旋力が転生者スキルじゃないけど、並みの転生者はこんなものでしょうか。ちなみに平民に転生した希少例だが、初期条件が厳しいだけでボーナスは無し。そしてさりげに初めて役立った魔界カード。
 あと、ヴィルジールは当分出てきません。


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