夜空を見上げる。 ここ六千年の間全くと言っていいほどに文明の進んでいないハルケギニアにおいて、人工の灯火は確かに存在するが、その火勢は弱く、星々の光を掻き消すには及ばない。 これ以上ないほどに燦然と輝く星の光は、王都トリスタニアからやや離れたトリステイン魔法学院の窓から見上げれば、視界を横切ってきらり光る何か。「……流れ星か」 そういえば、と思い出した。流れ星に祈ると願い事が叶う、とか。 別に信じているわけではない。だが、たまには祈ってみるのも悪くない。今夜はこんなにも星が綺麗なのだから。 そっと手を合わせる。祈る。「ギーシュがもげますように、ルイズが痛い目に遭いますように、僕以外の転生者が一人残らず消えてなくなりますように…………」 濁流のフェルナン/第十五段「……なにをやってるの?」「流れ星が見えたからな。願い事してた」 そう言うと、タバサが不思議そうに首をかしげる。「……願い事?」「ああ。前世の言い伝えでね。流れ星に願い事をすると叶うらしい」「そう」 僕の向かいでは、タバサが本を広げている。本の題名は『簡単! 君にも作れる歌うヘビくん』だった。「それ、面白いのか?」「ユニーク」「そうか」 まあ、それはそれとして、だ。「とりあえず、ドロップ品の分配といこうか」「どろっぷ?」「戦利品のこと。前世用語だ」 言いながら、懐からカードの束を取り出す。死したマリコルヌから奪い取った、カードの束。「分かった」 タバサは頷くと、本を閉じてこちらに向き直る。 カードを机の上に並べて、その一番上にあったカード五枚を無造作に脇にのける。「まず、デス=レックスのカード五枚。それぞれが頭、手足、胴体、翼、尻尾に対応していて、どれも馬鹿馬鹿しいほど強力だけど、多分使い道がないし、使えても危険だ」「危険……?」「マリコルヌ見ただろ? 並みの使い手だと、ああなる。そしてアレを使役するためには最低限アレを満足させるだけの生存本能が欲しい……はずだが、それを持っていたとしても、使い手が精神の平衡を失えば、精神を竜に侵蝕されて、竜の一部として同化される」 タバサに山田マゴタロウさん(21)のような末路を辿って欲しくはない。ビジュアル的に一番悲惨なのは多分胴体である巨竜王。 適合者とか正当後継者とかがどうこうという話もあるが、完璧な部外者である伽藍堂馬が水竜王を使っている以上、精神力さえあれば使えると思うので、正直、原作キャラでもあるタバサであれば、明らかにヤバ過ぎる死竜王やヒャッハーな真竜王はともかく、比較的マトモな性格をした水竜王か闇竜王くらいは扱えそうな気もするのだが、暴走は怖い。デス=レックスというモンスターは、温厚な闇竜王ですら暴走を起こすのだ。「とにかく、デス=レックスは危険過ぎる。主人公でさえ二度三度に渡って暴走を起こしたくらいだからな。だから封印する。正直あの戦闘能力は惜しいけれど、背に腹は代えられない」「……分かった」 タバサも少しばかり逡巡しているのだろう。僕も、裏技がなかったら手を出していたかもしれない。エヌマ・エリシュだけでは少々火力不足だ。「で、正直、君の戦闘能力は不安だ。確かに君は強いけれど、転生者には元々のチート能力に加えて、スクエアメイジが腐るほどたくさんいるんだ。正直、かなり不安。そこで」 まあ、解説するまでもないと思うが。「このカードをいくつかの山に分ける。このカオシックルーンのカードにはいくつかの属性、というか種族に分かれていて、それぞれの種族がそれぞれ違った特性を持つが、通常、カード使いは一つの種族に属するカードしか扱えない」 マリコルヌはおそらく特別。あのマンガの主人公とラスボスのように、全ての種族を扱えるカオシックゲート。 自分でもよくそんなこと覚えているな、等とと思いながらカードを種族ごとに選り分けて山にしていく。バランスのとれた竜界、数の力に優れた機界、単体の能力に特化した魔界、能力は低いけれどダメージのフィードバックが来ない女界。本当は神界なんてのもあるらしいが、さすがに入っていないようだ。「そういうわけで、好きなのを一つ持っていくといい」「……一枚?」「違う。山一つ。界が同じなら同時複数のカードも使えるからな。使える戦力を眠らせておくのは正直馬鹿馬鹿しい。ちなみにお勧めは単純に能力が高い魔界か、数が揃えられて特殊能力も揃っている機界。大穴でダメージフィードバックがない女界。まあ個人的な好みなんだが」 タバサは真剣な表情でカードの山を見つめている。「さて、どれにする? 別にどれでも構わない」 危険過ぎるデス=レックス以外はバックアップを取っているから、ここで持っていかれても痛くも痒くもないのだ。というか、デス=レックスを複数、って正直想像したくない。「……なら、これにする」 そう言って、タバサが選択したのは魔界カードの山だった。いい選択肢だ。「なら、僕はこれだな」 言いながら、僕は機界カードの山を取る。「じゃあ、残りは封印するか。どうせ持ってても使えないしな」 真剣にカードを一枚一枚確かめているタバサの様子は正直可愛らしい。原作でサブヒロインの一角を張っていた理由がよく分かる。 というか、なぜ才人がタバサではなくルイズを選んだのか、というかそもそもハーレムエンドに突入しなかったのかという理由が分からん。いや、ルイズは分かる。少なくとも原作ではまあなかなか萌えた……ような気がするしな。この世界では見る影もないが。 だが、才人がタバサを選ばなかった場合……ぶっちゃけ、一生才人に操を立てて嫁き遅れるんじゃね? まあそれが不幸だとは一概には言えんのだけれど。結婚は人生の墓場とか言うし、そもそも現実的にはDVみたいにむしろ結婚して不幸になる例もあるし。まあ人生色々だろう。 僕もタバサが人の嫁になっている光景なんて見たくもないし。こう見えても、原作キャラには自己投影ができんのです、僕は。原作を読んでも、自分ならこうする、とかこの能力はこう使う、とかいつの間にやらそんな風にオリ展開考えてる。原作は好きだが主人公と世界観は嫌いだ、とかいう人は、こういうタイプだと思うね。「……これは?」「ん、どれどれ?」 タバサが示したカードを受け取る。二枚。二人組白黒魔法少女をグロくしたような感じのヤツ。白黒といっても東の方の弾幕ゲーじゃない。とっとと地獄に帰りなさい(で合ってたっけ?)の方だ。「えっと、確か……ふたりはデスコア……だったっけ? 名前忘れた。確か、二体がかりで刃物になっている片腕をブチ込んで震動か何かで人間をズタボロにする技が……使えたような……」 確か、臓物とかブチ撒けていたはず。まあ、あのマンガでは常識だが。エロはともかくスプラッタに一切手を抜かないのがカオシックルーンクオリティ。「……強い?」「弱い。正直雑魚」「……そう」 正直に教えると、少し残念そうな顔を見せる。 ちなみに、カード使いは二人組の男の娘だった。一発目から何てネタキャラを。「……じゃあ、これは?」 騎乗槍にも似たスピアを握る、西洋甲冑を纏った騎士のようなモンスター。「ええと……確かヘル=バスタードだっけ? 確か、防御力をゼロにする槍を降らせる魔法(アウトスキル)を使ったはず」「強い?」「そこそこ。変態防御力を持っている転生者相手には相性次第で使えると思う。でも多分、大抵の相手には避けられるから、油断してるところを出会い頭にグサリとかそんな感じで使えば結構使えるんじゃないか?」「そう」 おお、今度は嬉しそうだ。「これは?」「ビースト・ウィズンだな。獣化武装とかいう強化形態になる。強い」 そんな感じで色々と聞いてくる。「これは?」「アグノスティック=フロント。強い。でもってこっちがボルト=スロワー。これはテラー=テスタメント。こっちがグリム=リパー。それからこっちが────」 そんな感じで楽しい時間が過ぎる。 さすがに、この部屋の中ではあまり使い方を教えることはできない。寮の部屋とか、結構監視も多いだろう。まあ、そんな場所でカードを広げている時点で結構ヤバいかとも思うのだが、相手に流れた情報の精度によってもある程度、相手の能力の想像は付くというものだ。 そんな時、ドアが軽く叩かれる。僕はタバサを促して卓の上を片付けると、ドアに向かって杖を振り、「ロック」の魔法を解除する。「どうぞ」「夜分すまないな、フェルナン」 いや、お前に名前で呼ばれる謂われはない。「ギーシュか。何の用だ?」「ああ、すまない。お邪魔だったか?」 言いながら入ってきたのは毎度お馴染みお邪魔キャラ、ギーシュ・ド・グラモン。その後に続いて入ってきたのは毎度お馴染みギーシュのオマケ、ルイズ・フラン(ry。フランと略すと全てを破壊する程度の能力を持っているように聞こえるが、まあある意味で間違っていない。コイツのせいで僕の平和な生活は粉微塵だ。 そして、その後から入ってきたのは意外な、しかしある意味予想通りの人物だった。色素の薄いストレートの金髪は腰まで届くほど、そして覇気の強さを秘めたエメラルドグリーンの双瞳。 ────アリサ・テューダー。 アルビオンの王女にして転生者。アルビオンの航空産業と航空貿易による発展の立役者。そして────敗北者。 レコン・キスタの台頭を止める事ができなかった敗北者。レコン・キスタの台頭によって、アルビオンは国土の半分以上が失われている。アルビオンの国土は既に半分。その半分が半分の半分になり、さらに半分の半分の半分になるまで、そして最後には失われるまで、さしたる時間は残っていないだろう。 だから、一番最初に動くのは彼女だと思っていた。「見れば分かるだろう。邪魔だ。これ以上ないほどに」 言いながら椅子から立ってギーシュを軽く睨みつける。手にはゲイ・ボルグを装備して、自分が警戒している事をギーシュに向かって見せつける。限定空間である室内戦にポールウェポンは不利だが、槍の能力だけ見れば確実に“一人殺せる”という事実は、ギーシュにとっては痛いはずだ。 アイツがよりにもよってこのパーティ編成でここに来たということは、アイツが持ち込もうとする厄介事が転生者絡みだということ。「そこにアリサ姫がいる時点で何となく要件は想像がつくけど、無駄だ。帰れ」 彼女が何を目的としているかはほぼ予想が付く。そしてそれが単なる厄介事以上の何物でもないということも。事実上、百害あって一利なし。 しかし、ギーシュは、僕の言葉に耳を貸す事もなく頭を下げた。「頼む! 俺達に力を貸してくれ!!」「断る」 一言。 それでも、ギーシュは聞く耳を持たない。「頼む! 話を聞くだけでもいい! 考えるのはそれからでもいい!!」「問題外だ。どうせ、話を聞けばこっちが耳を貸すなんて甘い考えでいるか、さもなければ話を聞いたという既成事実で以ってこっちを拘束するつもりだろうが。出て行け」 深呼吸して少しだけ心を落ち着ける。客観的に見て、これでは互いに互いの話に耳を貸さないだけの不毛なまでの平行線だ。「アンタね、さっきから聞いていれば勝手なことばっかり……!! アリサやお兄様が一体どんな気持ちでここに来たか、分かってるの!?」「やめろルイズ、そんな頭ごなしに否定したら、余計に話がこじれるばかりだ」 激昂するルイズを制止するギーシュ。その様子は、まるで落ち着いて言い聞かせれば言う事を聞かせられるとでも言っているようで、どこか神経を逆撫でさていれる気がする。 だが、交渉するならその方がいい。好意よりも敵意で相手を見た方が、より相手を良く理解できる。こんな交渉の場では、特に。 そんな事を思っていると、今まで黙っていた人間が口を開く。アリサ・テューダー。「私の一存で押し掛けてしまって申し訳ありませんが、どうか話だけでも聞いてくれませんか? 私には王族として、背負うものと守りたいものがあるのです。私は────」 正直、御題目を聞いているようであまりいい気はしない。裏があるのか、心からの善意で言っているのか、判別がつかない。 相手は一応とはいえ王女。とりあえずは敬語で応対することとしよう。「アリサ姫、それは貴族、メイジとしての僕に力を借りたいのか、そうでない別の何かとしての僕に力を借りたいのか、どちらでしょうか? お答えください。答えによっては、こちらも対応を変えざるを得ません」 たとえ相手が転生者でないとしても、相手はまだ転生者という言葉を出していない。だから、化かし合いを有利に運ぶために、相手を誘導する。 アリサ王女は大きく息を吸うと、覚悟を決めたように口を開いた。「私には、貴方やギーシュと同じ前世の記憶があります。しかし、私はアルビオンの王族でもあるのです。……いいえ、本当は、王族や貴族としての義務なんてどうでもいいのかもしれない」 そこまで言って、彼女は眼を伏せる。エメラルドグリーンの瞳に涙が溜まる。計算でやっているのなら大したものだが、計算でないのならばまた中々だ、と思う。どちらなのか、僕には判別できない。しかし、だ。「でも、こんな私を大事にしてくれた家族や臣下、私を慕ってくれた民の皆、私にとって大切な彼らを守るために、悔しいけれど私だけの力では足りないのです。だから、私は力が欲しい……。ですからお願いです。フェルナン・ド・モット、貴方の転生者としての力を、私に貸してはいただけないでしょうか」 涙を流す姿すら神々しい、とはこういう存在の事を言うのだろうか。生まれながらの王族、とは少しばかりニュアンスが違うが、しかしそれでも、今の彼女の姿は、美しさと気高さの化身であるのだろうと思う。しかし、それでも、だ。 ────答えは始めから決まっている。「じゃあ、転生者として話そうか、転生者アリサ・テューダーよ」 目の前に立つ少女としっかりと目を合わせる。ああ、これは向こう側の眼だ。僕とは違う。何かのためにひたむきになれる理由となる何か、そういう魂の奥底の芯のような何かを持っている人間の眼だ。 だから。 嫌いだ。「ハルケギニアにおける転生者とそうでない人間の最大の違い。何だか分かるか? 現代知識か。原作知識か。それともチート能力か。それも一つの答えだと思うけれど、こういう答えもある。思想だよ。現代社会という名前のな」 だからこそ、ハルケギニアの常識が絶対でないことを知っている。それは相手も同じこと。それは共感を誘い、理解を錯覚させる。「転生者は例外なく『ゼロの使い魔』というこの世界の外を知り、ハルケギニアに属さない思考体系を有している。つまり、転生者にとって、王族の権威とは決して無条件で崇め奉るものではない、ということだ」「私、は……」 アリサ・テューダーは気圧されたように唇を噛む。押している、と判断する。だから押し込むようにして言葉を連ねる。「貴方が王族として頼むなら、僕は『だから何?』と考える。故に、別の方向から訊くぞ? 僕達がアンタに手を貸す事によって、僕達に実利はあるのか?」「アルビオンの王女として、必ず報酬はお支払いします。だから……」「ふむ……」 僕は考え込むようにしてわずかに間を開ける。相手の表情に浮かぶのはわずかな期待と恐怖。だが、この期に及んで思案は無意味。何となれば、始めから答えは決まっているのだ。「断る」 叩き斬るようにして言葉を贈る。アリサの顔が衝撃に染まる。ギーシュが何かを言おうとするが、それより早く言葉を重ねる。「分の悪い賭けは好きじゃない、というか正直嫌いだ。お前達の提案には正直な話、実現性がないんだよ。皆無。分かるか?」 アルビオンに未来はない。いくら転生者が無敵の戦闘能力を誇ろうとも、それは千、万という圧倒的数量の前に希釈されて消滅する程度のものでしか有り得ない。少なくとも、アルビオンの戦列ではそうだった。 それを覆すためには少なくとも、もう一工夫が必要なのだ。ゲルマニアがやったように多数の転生者を集めるとか、ロマリアがやったように吸血鬼を量産するとか、戦略とはそういうものだ。戦争とは基本的に数なのだ。「実現性だけじゃ人はついてこない」 確固たる、揺らぎなど欠片もない、そんな口調でギーシュが言うが、そんなものは無意味。無意味なのだ。 お前一人が揺らがないところで、何の意味もない。世界とは、時代の流れとは川の流れのようなものだ。岩一つが揺らがない程度で川の流れは止まらない。ただ左右に分かれて脇を流れていくだけに過ぎないのだ。故に無意味。コイツではアルビオンの崩壊は止められない。運命には逆らえない。「そうだな。一に信念、二に利益、三に楽しみ、あと何があるかな? まあ何でもいい。だが、実現性がないのなら、それはただの空手形だ。レミングの行軍に人を巻き込むのは、詐欺と大差ないとは思わないか?」「それでも、手を貸してくれるぐらいなら……!」 ルイズが言い募ろうとするが、すぐに言葉に詰まって口ごもる。「そこまでしてやる理由がない。僕と君らには縁がない。トリステインには力がない。アルビオンには未来すらない。そして僕には欲しいものがない。つまり君には取引材料がない。空手形に興味はないからとっとと失せろ」 理はこちらにあるのだ。そして、理を持つ相手を動かすためには論理以上のものが必要だが、僕には動くような上等な心は存在しない。それを理解しているのかいないのか。そして、本能的に理ではなくそちらの方で動こうとするのがこの男。「っ……お前、アリサがどんな思いでここまで来ているのか分かっているのか? 人を助けるのに理由なんているのかよ!?」「助けるのに理由がないなら、助けた手を裏返すのにも理由なんていらないよな。そんな奴は信用できない。第一、アルビオンは死地だ。死線を潜るのに理由が要らない……って、お前はどういう戦争中毒者だ? 僕には理解できないな」 僕は誰も信用しない。僕が信じるのは人形だけだ。それ以外はただの他人。敵予備軍だ。だから、僕に情は通じない。何もかも理で切って捨てられる。「では、貴方は、力を貸してはいただけないのですね。……申し訳ありません。お騒がせしました」 アリサ姫が、全てを諦めた力のない口調で言った。肩を落として振り返って、出て行こうとする。そうすれば、ギーシュもルイズも後を追わざるを得ない。 ああ、でも、これだけは言っておかなくてはなるまい。「そうそう、アリサ姫。一つだけよろしいですか? 僕には今のところ欲しいものがありませんので、今後必要に迫られない限りはアルビオンに杖を向ける事はしないと誓っておきますよ」 必要ならやる、都合が悪ければいくらでも踏み躙る、それだけの軽い口約束でしかないが。それでも、アリサ姫は振り返った。「……ありがとうございます」 それだけ言い残して、彼らは僕の部屋を出ていった。 彼らがいなくなると、途端に部屋に静寂が落ちる。つまり、先程までは騒がしかったのだ、と考えて、僕は思わず溜息をついていた。「やれやれ、やっと片が付いた……あ゛」 慌てて思い出す。卓の向かいに座っていたタバサのことだ。「ごめんタバサ、勝手に話を進めた」「……いい」 そんな風に言うタバサはどこか、心ここにあらずといった風情に見える。「どうしたタバサ、何か調子でも悪いのか? それとも、勝手には話を進めたのはまずかったか?」 タバサは黙りこくって答えない。部屋の中にしん、と気まずい静寂が落ちる。どうしたものか、と途方に暮れたところで、タバサは口を開いた。「フェルナン」「……何だ?」 タバサは答えない。逡巡するように目を伏せている。僕はタバサが応えるまで待つことにした。そうしていると、夜の静寂が耳に痛いくらいに押し寄せてくる。静かだ。「貴方は、なぜ私に力を貸すの?」「何故?」「ええ。……貴方は、実現性のない取引は詐欺と同じだと言った。私も、同じ。私のやろうとしている事にも、実現性はほとんどない。……詐欺と同じ」「それ……は…………」 気付いていなかった。 確かに、タバサの出した条件はアリサの出したものと大して変わらない空手形だ。実現性で言うのなら、一度ジョゼフの陰謀を切り抜けるだけで十分なアルビオンよりも、ジョゼフ王そのものを倒さなければならないタバサの方がより危険である、とも考えられる。 だが、それにも関わらず僕は、アリサが生き残ることは絶対に不可能と断定し、タバサがジョゼフを倒すことには可能性があると判断した。 何故か。 考える。考える。タバサに何の意味がある。転生者など────ああ、なるほど。「何となく、それでも君なら何とかしてしまえるんじゃないか、って、そんな風に思ってしまったんだ。無意識に、そんな風に思い込んでいたんだ。転生者は勇者にも魔王にもなれない。成り得ない。でも、君なら、もしかしたら、って、そんな風に────」 それはおそらく、“原作”の流れにおいてジョゼフが死に、タバサの母が快復したことによる無意識の思い込み。そこに至るまでにどれだけの綱渡りがあったのかということを度外視して、だ。「フェルナン、私は勇者じゃない」「そうだな。その通りだ」 ゼロの使い魔という物語は完全に崩壊した。ギーシュとマリコルヌは転生者。ティファニアは道具。世界を左右する力は魔法ではなく転生者。 ならば、タバサがジョゼフに勝つためには、ゼロの使い魔という物語の残骸の上に新しい物語を打ち立てるしかない。それができるか否かは別として。「フェルナン、私はジョゼフには勝てない。だから、私達はここで手を切った方がいい」「やっぱり、僕は信用に値しないか?」 その程度のことは理解できている。僕は外道だ。これまでしてきた全ての行いが、それを証明している。それでも、タバサは首を振った。「…………そういう問題じゃない。貴方のことは信じている。でも、このまま私と今のような関係を続けていても、貴方にとって得るものは一つもない。だから、私たちの同盟はここで終わりにするべき」 その方が得策といえばその通りかもしれない。僕もそうするべきだと思う。何もかもが鬱陶しくて苛立たしい。放り投げてしまえばせいせいするだろう。 だが、だ。「ここで僕と手を切って、それで君はどうするんだ?」「それは…………」 どうせ一人でジョゼフ王を倒して母親を救う事を考えるのだろう。また、一人で。 別にどうでもいいじゃないかと、冷静な自分が囁いている。彼女を置いて、今まで通り一人計画を進めれば、その内に他の転生者達を上回る能力を手に入れる事ができる可能性だってある。 だが。「なあタバサ」「……何?」 もう一度椅子から立ち上がってタバサの隣に回る。あらためて目の前の少女を見た。僕は男としても小柄なほうで、比べたことはないがおそらくキュルケよりも背は低い。だが、目の前の少女はそれよりも小さかった。多分、きっと、僕でも片手一本で抱えてしまえるだろう。 しなやかに伸びた肢体は幼さの中に女性らしい丸みを持ち、決して痩せ細ってはいない。だが、今のタバサの姿は触れれば砕けてしまいそうなガラス細工のように見えた。「君一人でジョゼフ王を倒せるのか?」「……」 タバサは答えない。「君一人で母親を救えるのか?」「……」 黙りこくったまま、タバサは何も言わない。その眼は伏せられたままだ。それこそが彼女には勝算がないという何よりの証拠だ。「君は勝てないと思っている。母親を救う事もできないと思っている。そうだな?」「……ええ」 ようやくタバサは頷いた。彼女には勝算がない。欠片もない。たとえこのままガリアの工作員として成長してスクエアメイジとなったところで、スクエアなど超大国ガリアにはいくらでも存在するありきたりの駒だ。挙句、ジョゼフの手駒には転生者がいるのだ。それも、何人も。そんなものでジョゼフが倒せるものか。 それは、かつてのファンガスの森と同じだ、と思う。違うのは、タバサ自身に戦う意志があるか否か。だが、戦う意志はあっても、勝利する意志はない。 これから先、彼女には何もない。狂った母親という名前の重荷を抱えながら、襤褸雑巾になって使い捨てられて終わるだけ。彼女が倒れれば、ガリアにオルレアン公夫人というお荷物を救おうとする者はいないだろう。つまり、それで終わり。終わりなのだ。「なあ、タバサ。君は僕に言ったよな。報酬は払う、私にできる事なら何でも、って」「……ごめんなさい」 要するに、だ。「なあ、タバサ」「ごめん……なさい…………」 タバサには何もできない。何も残せない。それだけの話だ。別に、それで何をしようと思ったわけでもない。なら、別にいいだろうと思った。「その報酬、ここで貰うぞ」 浪費される命なら、僕が奪ってしまっても構わないだろうと、そう思っただけのこと。 椅子ごと蹴り倒して小さな体をベッドの上に放り出すと、少女の目じりに溜まっていた涙がこぼれて流れ落ちる。両腕を押さえつけて唇を奪っても、タバサは抗わなかった。「外道」「否定はしない」「鬼畜」「……まあ、事実だからな」「変態」「…………せめてそれだけは否定したい」 ベッドの上でシーツを抱きしめるようにして身体を隠した少女は、呆れたように僕を睨んだ。数時間前まで身を包んでいたトリステイン魔法学院の制服は、今や細切れに引き裂かれて、肌を覆う役を果たしていない。「馬鹿」「ま、それは仕方ない。ここまで来て逃げるに逃げられなくなったのは事実だからな」 力づくで目の前の少女を犯しながら、自分の手にあるあらゆる技術を使用して、相手を奴隷にした。 よりにもよってタバサを、だ。原作キャラで、北花壇騎士で、オルレアン公の娘である彼女を、である。ティファニアほどではないにせよ、火種の塊だ。「外道で鬼畜で変態で馬鹿」「途中からはタバサだって悦んでたくせに」 言い返しながらタバサを抱き寄せると、その唇を割って舌を絡める。唾液を流し込むようにして少女の唇を味わってから顔を離すと、唇から糸を引いた唾液が滴り落ちる。「……責任」 耳まで真っ赤にしたタバサが、シーツで顔を隠すようにして呟いた。「できる範囲内でしか取らないぞ。とりあえずオルレアン公夫人くらいは助けられたら助けようと思うけど、ジョゼフ王に喧嘩売るのは遠慮願いたい」「……ありがとう」 せめて、それくらいならしてやっても構わない、とは思う。タバサの全ては奪われたのだから。僕が奪ったのだから。 腕の中でタバサが顔を上げる。彼女は勇者ではない。英雄でもない。それでも、湖水の色に似た青い瞳を、僕は変わらず美しいと思う。それだけは確か。 僕はもう一度、腕の中の少女と唇を重ねた。=====おまけ的なもの:15終了時の原作キャラ関連設定覚書=====タバサ(シャルロット・エレーヌ・オルレアン) 非転生者。 原作通りガリア北花壇騎士団の七号騎士として活動しており、北花壇騎士団が転生者組織に相当するため、ガリアの転生者組織代表のような立場にある。 転生者ではないためチート能力は持たないが、マリコルヌから奪ったカオシックルーンの魔界カードを使う。 運悪く転生者として馬脚を現したフェルナンに協力を要請するが、成り行きでフェルナンに洗脳され、あえなく陥落する。哀れ。 とはいえ一応本作品の主人公がフェルナンであるため、着々と正ヒロインの座に上り詰めようとしている様子である。ティファニア・ウエストウッド 非転生者。 性ヒロイン。ジュール・ド・モット 非転生者。 フェルナンの父親であり、数少ない癒し。 メイドさん拉致イベントなどもあり、数々の二次創作においてあまり良い扱いをされていないが、この作品中では割と真面目に父親をしている様子。 リアルにメイドさんハーレムを囲い、原作においては主人公パーティの襲撃を受けてすらそのハーレムの存在は揺らぎ一つ起こさなかったほどの圧倒的な実力を誇る(何のだ?)。 フェルナンが転生者であることは知らない。 なお、この作中におけるモット伯家はかつてはトリステインにおける秘密組織の一端を担い、組織が解体された現在においてはその組織における拷問、尋問、記憶操作などの様々なノウハウを生かし、数々のエロ魔法を開発したある意味名家。その主産業は媚薬やエロアイテムその他の製造、販売である。ギーシュ・ド・グラモン 転生者。 おそらく最も原作との乖離が激しい人物。ほぼ、というか全くの別人。 トリステインの転生者勢力のトップ(というよりも彼一人しかない)。内政チートとハーレム形成によりトリステインをある意味で支配下に置くが、各国の転生者組織としてはほぼ最弱の部類に入り、彼が中立を保っていられるのは各転生者組織の外交的な緩衝地帯となっているためであり、きわめて微妙な立場である。 なお、アルビオンのアリサ・テューダーと同盟を結ぶが、そもそもアルビオンの転生者組織自体が壊滅寸前の状況にあるため、戦力的には大した意味がない。 ハーレム要員はルイズとアンリエッタ他多数(モブ)。ただしハーレム要員であったメイドの一人がフェルナンにより諜報員に転向させられている。 転生者としてのスタンスは最高のハッピーエンドを導く事と思われる(割に原作の才人フラグをとことん潰して回っている。ルイズとかアンアンとかテファとか、下手するとシエスタまで。残るはキュルケくらい? 悲惨。)。転生者としての能力は不明。 人格的には徹底的に相性が悪いため、フェルナンからは蛇蝎のごとく嫌われている。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 非転生者。 おそらくこの作品中最も割を食っている人物。 幼い頃から魔法が使えないことに対するコンプレックスを抱えており、そこから救ってくれたと思しきギーシュに依存か崇拝のような感情を抱いているヤンデレ予備軍というか真性ヤンデレ。ギーシュのハーレム要員。 フェルナン・ギーシュとの騒動では、偶然なのか必然なのか毎度毎度よけいな騒ぎを起こし、被害を拡大させる結果となっており、フェルナンからは下手をするとギーシュ以上に嫌われている。 なお、原作とは違い、彼女の二つ名は『ゼロ』ではなく『爆撃』である。マリコルヌ・ド・グランドプレ 転生者。 しかし全く転生者には見えない。というか転生者達の目から見ても原作キャラのマリコルヌと全く変わらないように見えるという究極のステルス能力の持ち主。ストーカー。 転生者のチート能力としてカオシックルーンのカード使いの力を持っており、最強のモンスターである死竜王デス=レックスを召喚できるだけの生存本能を持たず、あえなく捕食され自滅。南無。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー まず間違いなく非転生者。 というか、彼女まで転生者だったらタバサが悲惨過ぎる。 千人斬り。 割と原作との相違がないため、おそらく彼女には転生者というロクでもない代物との関わりはほとんど存在しないものと思われる。ジョゼフ1世 おそらく非転生者。というか原作リスペクトしただけの転生者にコイツの真似はまず不可能。一応転生者ではないようだが、魔改造級のチートであることは間違いないと思われる。 ハルケギニア最高の頭脳を誇る策謀家にして、最強国家ガリアの国王。虚無の担い手の一人であり、神の頭脳ミョズニトニルンを使い魔とする。また、彼の手足となるガリア北花壇騎士団はガリア国内における転生者組織であり、膨大なチート要素を蓄えていることはまず間違いないと思われる。 ここまで洒落にならない人間に無能王とか綽名をつけるハルケギニア的センスの方が永遠の謎。むしろ無能(笑)王。 この作品中、掛け値なしに最強最悪の存在。=====後書き的なもの===== フェルナン自爆。これで逃げられなくなりました。御愁傷さま、そして御冥福。 というか、最初タバサは最後の最後まで洗脳しない予定だったのに、どうしてこうなった? ギーシュはアルビオンと同盟。ただしフェルナンの勧誘には順当に失敗。というか、誘う相手を本格的に間違えているが、ギーシュが知っている限りでトリステインにフリーの転生者は一人だけ。増水トラップで壊滅したため。さりげなくフェルナンが打撃を与えているが、本人は気付いていない。 にしても、原作キャラのフルネームは長い。ルイズとかキュルケとか。ハルケギニアの命名法則は一体どうなっているのか。 作中ではトリステインは「フェルナン(名前)」・ド・「モット(姓名)」(フェルナン式)か「リーラ(名前)」・「ウルリカ(名前)」・ド・「アングラール(姓名)」(リーラ式)のどちらかにしているけれど、ルイズの「ル・ブラン」とかモンモランシーの「ラ・フェール」とかの部分が意味不明。 とりあえず、現状、投稿できるのは多分まず間違いなくこれで最後。しばらく投稿できなくなります。