原作における相似大系魔術は地球人に観測されると燃えて消える事を今さっき思い出した。まあ無事に発動したから結果オーライで万事成功したからいいのだが……違ってたら洒落にならなかった。今度から気をつけよう。 そんなわけで、どうやら、あの地球は円環少女における《地獄》ではないらしい。まあ、あの作品は色々と特殊なんだよ、ということで。 まあ、それはさておき、トリステインは四月である。まあ、正確には四月ではなく第四の月、公式名称フェオの月の第二週目の半ばあたり。ちょうど地球、というか日本でも入学式やら何やらが行われる季節でもある。季節的にもちょうど暖かくなってくる頃合いでもあり、日本ではちょうど桜が咲いている時期に相当する。 春らしく道端にも花が咲いていたりするのが何となく心穏やかな気分になるものの、非常に残念ながらトリステインに桜は存在せず、今考えてみると満開の華の下で一年の終わりと始まりを祝うというのは実に風雅な事であり、桜が無いことを少しばかり残念に思わざるを得ない。 日本よりもやや寒冷なトリステインの気候であるが、春眠暁を覚えずとも言う通り、この春の陽気は変態どもを……ではなく、安眠を誘わずにはいられない。 アルヴィーズの食堂の窓からも穏やかな風に乗って春の陽気が流れてきて、気が付けば少しずつ目蓋が重くなってくるような穏やかな心地にさせてくれて、やはりこの季節はいいものだと、そう考える。 僕がそんなことを考えるのも、だ。僕の眼前でヤバい感じにピクピクと痙攣している御老人がいるからだった。「生徒諸君。諸君らは────」とか何とか叫びながら飛び降りてきて、テーブルに激突して気絶したのだ。 うん、コレ、たぶんオールド・オスマン。 年甲斐もなく無茶するからこういうことになるんだろうな、と現実逃避終了。泡を食ってジジイを介抱する教師たちの間から特殊警棒型の杖を突っ込んで一振り、ヒーリングを掛けてやる。 濁流のフェルナン/第十三段「諸君! ハルケギニアの将来をになう有望な貴族たれ!」 何事もなかったかのようにポーズを決めるオールド・オスマンだが、さっきの落下の時点でもはやただのギャグである。 僕が伸ばしていた杖を縮めると同時、周囲からぱらぱらと控えめな拍手が上がる。もしかして、いまのは拍手するところだったのだろうか。 視界の隅ではシャルロット────今はタバサと呼ぶべきだろうか────とルイズと赤い髪の多分キュルケが騒いでいる。まあシャルロットはほとんど騒いでいないが。 ……一体、どこから突っ込んだものだろうか。 入学式に参列している連中の大部分は、割と洒落にならない面子だった。ただし、転生者関連の知識を持っていれば、という話だ。 ロマリアからは聖堂騎士隊の幹部であるアルフレート・アルナルド・アルベルジェッティ。一見温和そうな外見をしているが、ランスロットの感覚で観察すれば身のこなしが明らかに常人の域を越えている。 ゲルマニアからは錬鉄竜騎士団の副団長であるエドガー・ブルクハルト・バルシュミーデ。艶のない白髪に褐色の肌、という外見的特徴が明らかにとあるキャラクターを想起させる。 そしてアルビオンからは派閥のトップであるアリサ・テューダーが御大自ら出張ってきている。金髪碧眼の美しい少女だが、その身に纏う覇気がその姿を周囲の学生とは隔絶した存在に見せている。 ガリアの連中はよく分からないが、留学生だけでもシャルロット以外にもヴィルジール・カステルモールとジュリアン・レオポルド・オリオールとかいうのがいるらしく、おそらくこのどちらか、あるいは両方が北花壇騎士である可能性が高い。 ギーシュと僕を除くと、ぱっと見で分かる主だった転生者はこんなところ。一人以外は全部男、しかも残り一人すらTS転生者らしい、というのがどこか作為を感じずにはいられない。もっとも、他に転生者が紛れている可能性だって無くもないのだが。 そんなこんなで、無事に入学式は終了した。まあ、途中でキュルケがギーシュを誘惑して、ルイズがキレて爆破して薙ぎ払って被害が拡大したりとかしたのだが。おかげで、僕まで怪我人の治療に駆り出される羽目になった。こういう時、水メイジは面倒である。 ちなみに、ルイズの二つ名は『爆撃』に決定した。 さて、トリステイン魔法学院の一学年は三つのクラスに分けられる。クラス分けはソーン、イル、シゲルの三つ、何やら伝説の聖者の名前から取られているらしいが、それぞれどんな所以があるのかは僕は知らない。 ともかく、僕が所属しているクラスはソーン。ちなみにギーシュとルイズはイルのクラスだ。モンモランシーはどうした?「にしても、千人斬りでもするつもりか君は?」「あら? あの人たちが勝手に誘ってくるだけよ? キュルケ、君のために恋歌(マドリガル)を捧げたい。キュルケ、遠乗りに出かけないか?」 男の声色を真似て愉しげに笑うキュルケを余所に、僕は火にかけていたフラスコを取り上げ、その隣に置いてあった試験管の中身を注ぎ込んだ。青かったフラスコの中身が、わずかに緑色を帯びる。「まあ、儲けさせてくれるからいいんだが。君じゃなくて、君の周りの男どもが」 入学しておよそ一日の間に、性的な意味でキュルケに撃墜された男が三人。二日目にはさらに三人。さすがに一週間が経過してしまうと目につくような獲物は全滅させてしまったのか、撃墜数の上昇も緩やかになってきた。 そして、その分だけ、僕の秘薬も売れに売れた。さらに、キュルケが起こした事件がいい宣伝になったため、固定客もついてさらにいい感じだ。まあ、それでも大貴族のルイズ辺りは多分僕よりも金持ってると思うけど。「さて、そろそろできたぞ……と」 沸騰するフラスコがやがて青から紫色に染まり、続いてゆっくりと色が薄れて薄水色へと変化する。僕はその液体を卓上の小瓶に移し、蓋をした。「完成だ」 薄水色の液体の入った小瓶をキュルケに手渡すと、キュルケは慣れた手つきで小瓶を開き、中身を確認する。小瓶の口から、ミントかハッカに似た涼やかな匂いが漂った。 実はこの香水、男どもに売りつけている「女をその気にさせる香水」の対抗薬である。酔わせて判断力を奪う媚薬に対して、気つけ薬として作用する。気つけ薬としての効果は微弱なため付けている本人にしか効き目はないのだが、防御用としてはそれで十分。 一方、男どもに売りつけている香水は当然ながら男にも作用するため、むしろ男どもの判断力だけが落ちる形になっており、その状況ではキュルケの誘惑が最大限に猛威を振るうのだ。「うん、相変わらずいい腕しているわね。ところで、貴方情熱は御存知?」「……僕にも手を出すつもりか? どこまで見境が無いんだよ君は」 頬を寄せる形で聞いてくるキュルケだが、あいにくお色気ならティファニアで十分間に合っている。「確かにモット伯家は女性関係には外道だけれど、だからこそ色仕掛けは通用しないぞ?」「あら、聞いただけよ。貴方でも情熱に身を焦がす事くらいあるのかしら、ってね」 面白そうに笑顔を向けるキュルケ。「……そうか」「で、あるのかしら?」「そうだな。あえて詩的な表現をさせてもらうなら……いや、やめた。どれだけ言葉を飾ってもゲスはゲスだ」「そう、残念ね。貴方のそういうところがなければ、あたしも貴方に情熱を教えて差し上げたかもしれないのにね」 肩をすくめると、キュルケは手鏡を取り出して化粧を直し始める。「ここは僕の部屋だぞ。そういうのは自分の部屋でやったらどうなんだ?」「五分後にベリッソンの部屋よ。わざわざ戻るのは面倒じゃない」「……君の男殺しは分刻みか」「情熱の炎は誰にも止められないものですわ。たとえそれが微熱であってもね」 化粧を終えたキュルケは立ち上がると、軽く手を振って部屋を出ていった。「まったく、御苦労な事だ。……刺されたりとかしないでくれよ」 ばたばたと外から足音が響き、誰かがドアを叩く。「フェルナン! キュルケが来なかったか!? 三日三晩かけて綴った恋文を捧げに行くんだ!」「ベリッソンの部屋だってさ」 またキュルケの犠牲者か。スティックスだかギムリだか忘れたが、まったく慌ただしいことだ。「助かったフェルナン! やはり持つべきものは友達だな! それから香水一瓶売ってくれ! 一番効き目の強いやつだ!」「ああ、10エキューな」 値段を提示すると、ドアの向こうから10エキューが飛んでくる。貨幣を受け取ると、僕は引き換えに香水を投げ渡す。秘薬を使えば使うほどに不利になっていくというのを彼らは知らない。結果、面白いように金が入ってくる。 女と男の双方に媚薬(ぶそう)を供給する。気分は死の商人だ。 バタバタと足音が遠ざかっていくのを聞いて肩をすくめると、僕はとりあえず換気を行うべく窓を開けた。いい風が流れてくる。 おおむね平和な学校生活。だが、その水面下では邪悪な陰謀がゆっくりと進行しているのであろう。まったく、物騒なこと極まりない。 僕は基本的に、やる事がない時には図書館にいる。さもなければ、気分を変えるために中庭に出て本を読む。今僕がいるのは中庭である。 本格的にやる事がない時には、本を読んで時間を潰すのだ。最も、モット伯邸地下や地球各地に存在する他の端末が研究開発や各種事業の取りまとめをやっているため、本当は決して暇というわけではない。 だが、トリステイン魔法学院に存在している肉体は今、暇だ。 そんなこんなで、新たな魔法知識を得るべく、僕はぺらぺらとページをめくる。 ちなみに、今読んでいる本は『ハルケギニアの幻獣の多種多様な生態について』だ。前世の頃から、こういう図鑑じみたものは好きだ。妖怪図鑑とか兵器図鑑とか、そうでなくとも生物図鑑とか。その割に細かいスペックとかに興味はなかったが。 少しだけ前世の事を思い出しながら、ヒュドラやワイバーン、アンフィスパエナ、スキュラ……何で爬虫類系ばっかりなのか……とにかく、ページを追っていく。 例えば、ヒュドラと呼ばれる幻獣の基本形は全長およそ十メートル余りの淡水性の水蛇で、九つの頭を有しているらしい。再生能力がバカみたいに高く、しかも体液が金属すら溶かす猛毒であるため、強力な火系統の魔法で焼き払うしか対処の方法が無いそうだ。 金属すら溶かす毒……いや、毒で金属は溶けないから。酸か何かだろう。強烈な血液毒……少し違うか。血液毒が溶かすのは有機物くらいのものだろう。どうやってそんな生命体が生きているのかは知らないが、あるいは魔法的な生体機構を備えているのかもしれない。 まあ、対処法にでっかく「魔法」と書かれている所がハルケギニアクオリティ。っていうか、対処法は馬鹿の一つ覚えのように「魔法」としか書かれていない。魔法が使えない人間はどうするんだろ? 具体的にはゼロとかゼロとかゼロとか。ああ、今は『爆撃』だったか。 ちなみに、多分、平民にも対処法はある。投石機で岩とかぶつけるのだ。近づかなければ酸に当たる事もないし、問題なし。まあ、この世界に投石機があるかは知らんが、銃とか大砲とかあるらしいし、多分あるだろう。いくら再生能力があろうが、それが蛇として生きている以上、脳味噌と心臓潰されれば死ぬ。まあ、脳味噌は九つあるので、全部潰さなきゃならないが。 あるいは、油を流して火をつけるとかな。ヘラクレスみたいに正面から殴りかかるのは愚の骨頂、再生能力付きの猛毒生物とガチるなんて悪夢だ。あっちはいくら殴っても死なないが、こっちは一発噛まれたら死ぬのだ。まあ、もしかしたら僕は死なないかもしれないが。 色々と考察を続けながらぱらぱらと本の頁をめくる。この魔法学院の学生という立場は、存外に研究に便利だ。生徒の使い魔という名目で、かなりの種類の幻獣が集まっているのだ。ゆえにここ最近は、暇な時間を見繕っては強そうな使い魔から細胞サンプルを採集してはモット伯邸地下に転送する生活が続いていた。 僕の隣のベンチでは、シャルロットが本を読んでいる。見た感じタイトルは『最強の魔法系統~風の極意について~』のようだ。面白いのか、と聞いたら、ユニーク、とのことである。 シャルロットは相変わらず静かだ。その雰囲気に呑まれてか、多少の人がいないでもない中庭も静まり返っているように見え、ぱらぱらと頁をめくる音だけがその場に木霊する。「……何?」「いや何だ、今日の実習、もう少しゆっくりやった方がよかったんじゃないのか?」「面倒」「……そうか」 今日、初めて風属性魔法の授業が行われた。授業内容は風の基本『レビテーション』に『フライ』だったが、風属性の授業を行うギトー先生は『今年の新入生は不作だ!』だの『きみらには何も期待していない』とかやたらと偉そうなセリフを吐いて生徒たちの感情を逆撫でしまくった上、一番最初に『フライ』で飛んだタバサを見て言ったセリフが『クラスの一番年若い幼女に負けて悔しくないのかね?』って、あれ? ……何か違ったっけ? まあ、とにかくこの暴言で、クラス全員の生徒の負の感情が一気にシャルロットに向いた。 ちなみに、土系統に極度に特化したギーシュは、当然のように風系統は苦手である。僕はそれより多少マシ、といった程度。霧や湿度を操るためにはある程度の風系統の素養が必要なのだ。 まあ、ともあれ、そんなこんなで憤慨する生徒たちの中でも特にエキサイトしていたのが、風系統の名門出身のヴィリエ・ド・ロレーヌとかいう生徒だ。確か学年でも数人しかいないエリートであるラインメイジの一人として、風で自分の右に出るものはいない、などと日頃から豪語しているようだが、まあ十四歳をようやく過ぎたような年齢だからな、厨二病が治り切っていないのだろう。もっとも、ミスタ・ギトーを見る限りでは一生治らない不治の病である可能性もまた、否定できないものではあるのだが。「ミス、貴方に『風』をご教授願いたいのだが」 などとシャルロットに話しかけてきたのが、当のヴィリエ・ド・ロレーヌである。だが、へんじがない。ただのしかばねのようだ。「人がものを頼んでいるのだ。本を読みながら聞くとは、無礼ではないかね?」 本から目も上げないシャルロットに、ヴィリエがキレる。声が裏返っとるぞヴィリエ少年。あと唾が飛んでる。汚い。「なるほど、やはり試合となるとどうにも勝手が違うようだ! そうだな、試合となれば、これはもう命のやり取りだからな! 授業で飛んだり跳ねたりするのとはワケが違う!」 だよなー。僕なんて爆殺されかけたし。いつぞやのトラウマが蘇ってくる。あの決闘は痛かった。色々な意味で。 まあ、普通の試合は基本的に命のやり取りでも何でもないのだが。杖飛ばせばそれで終わりだし。「ふん!」 ひたすら一方的に喋った挙句、反撃がないことに安堵したのか、ヴィリエはなぜか優越感に満ちた様子で唇を歪める。根拠のない自信に満ちた顔だ、と判断。自分が負けるはずがない、というよりも、そもそも敗北するという可能性を想像していない顔。その表情にどこか既視感を抱くが、どこでみたのか思い出せない。「なるほど、きみがどうやら私生児というのは本当のようだ。おそらく母の顔さえ知らんのだろう。そのような家柄のものに嫉妬すれば、ぼくの家名に傷がつく!」 あー……一番言ってはならん事を。知らないぞ。というか、今コイツ自分が嫉妬してるって認めたよな。 僕の視界の隅でシャルロットが立ち上がる。雰囲気がなんかヤバい。怖い。なんか背後にスタンド背負ってるというか、ブリザードが吹いているというか、そんな感じ。ヤバい。 が、ヴィリエは平然としている。胆力で殺気を跳ね返したのではない。純粋にレベルが低過ぎて、殺気自体を感じ取れていないのだ。駄目だコイツ。「やる気になったのかね?」 根拠の欠片もない優越感に満ちた表情で嘯くヴィリエ。 シャルロットはやる気だ。やる気ではなく、殺る気だ。まあ、犯る気じゃなかった事には感謝しろ、南無。 ベンチから立ち上がったシャルロットは本を置くと、無言のまま開けた場所に向かい、十メイルほど距離を置いて標的と対峙する。そう、標的。敵ではなく、的。「きみのような庶子に名乗るいわれはないのだが、これも作法だ。ヴィリエ・ド・ロレーヌ、謹んでお相手仕る」 しかし、シャルロットは貴様に名乗る名前はないッ! とでも言うかのごとくに答えない。でもってヴィリエがまたキレた。「この期に及んで名乗る名前がないとは憐れだね! 手心はくわえんよ! いざ!」 とか何とか叫んで、『ウィンド・ブレイク』を唱える。そこからの展開はまさに一方的だった。「あべし!」 反射された『ウィンド・ブレイク』が直撃し、「ひでぶ!」 吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、「たわば!」 トドメに『ウィンディ・アイシクル』で服とマントを壁に縫い付けられてフィニッシュ。顔面が氷の矢で串刺しになる直前で魔法を解除すると、魔法によらずしてヴィリエの足元に水溜りが発生する、ってまあ漏らしたわけだが。 挙句の果てに、錯乱して意味の通らない事をわめきながら逃げ出すヴィリエに向かって、シャルロットは取り落した杖を指さして一言。「忘れ物」 まさに秒殺であった。 さて、それから数週間後、キュルケ脱衣事件が発生した新入生歓迎会の翌朝のことである。「ちょっとあんた!」「……『爆撃』か。あいにくと自殺の手段を爆死に頼る趣味はないんでな。どっか行ってくれ」 休み時間の読書中の僕を呼び止めたのは、ゼロ改め爆撃のルイズだった。「よくもアンタ、ギーシュお兄様の部屋を水浸しにしてくれたわね!」「……何の話だ? 話が見えないからもう少し順序立てて言ってくれないか?」 何を言っているんだろう、この女は。ピンク髪は必ず電波を発信する能力を獲得するとか、そんな能力でもあるんだろうか? だったら一遍解剖してみたいと思う。「だから、ギーシュお兄様の部屋を水浸しにした犯人はあんたでしょって言ってんのよ!!」「僕が知るか。あんなヤツ、二度と関わりたいとも思わないね。君もだ、伏兵。決闘にかこつけて背後から人を爆殺しようとするようなヤツに関わりたいとは思わん」 第一、復讐するのならアイツに対してそんな直接的な真似はしないし、そもそも、いつぞやの決闘の報復であればティファニア誘拐事件でにもうとっくに済んでいる。「っ……! この卑劣漢……決闘よ! 今夜十二時、ヴェストリの広場!! 首を洗って待ってなさい!!」 訳の分からない事を叫ぶと、ルイズは背を向けて去っていく。一体何が言いたかったのだろうか。まあ、とにかくとして。「はいはい。せいぜい背後から爆殺されないように気をつけるよ」 これだけは言っておかなければなるまい。 さて、その日の夕方。 寮の部屋に戻った僕を出迎えたのは、山と積み上げられた土砂であった。その土砂の下には、粉微塵になった実験セットの成れの果てがあった。窓ガラスが砕け散っているところを見ると、土砂は窓から飛んできたのだろう。「大変だな」「大丈夫かフェルナン」「気をしっかり持て、傷は浅いぞ」 そんな中、口々に声をかける友人たちの間から出てきたヴィリエが肩を叩いて言う。「災難だったな。ところで、窓の外に犯人らしい姿を見かけたんだが……」 まさかルイズの暴走か、とも思ったが、ルイズは系統魔法は使えないはず。そうなると、だ。「金髪の男だった。杖を振ってたから間違いないと思う」 金髪の男。土メイジ、ね。なるほど。あの男が絡んでいるのなら僕がやるべきことは一つしかないのは、どうやら間違いないようだ。「………………死なす」 つまり、そういうことだ。 のだが。「シャル……タバサにキュルケ。何でここに?」「決闘」「ええ。傷つけられた名誉を雪ぐためのね」 それだけで全てが理解できた。要するに、巻き込まれたのだ。 気配を探ってみれば、全く隠れていない気配がその場に数人分、おそらくそいつらが真犯人。そして、そいつらとは明らかに質が違う、かろうじて読み取れる気配が数人分、おそらくは腐れ転生者ども。 見事にテンションがダダ下がりしていくのを感じる。何というか、もーどーにでもなーれ、というか、死んでしまえというか。だからといって自分のチートを御開帳してやる気にはならないが。「奇遇だな。僕も決闘だ」「あらそう。でも、ツェルプストーの炎は立ち塞がるもの全てを焼き尽くすわよ。貴方もうっかり間に入って焼き払われないようになさいな」「気に留めておくよ。それより、ほら、僕の相手も来たようだ」 闇の奥から、特徴的なピンク髪が姿を現す。まあ正確に言えば桃色がかった金髪なのだが。ついでにギーシュも付いてきているようだ。「何だ? 今度はギーシュが伏兵の役か?」「違う! お兄様がそんな卑怯な真似をするもんですか! あの時のあれもどうせ、あんたが卑怯な手で」「だから、落ち着けってルイズ!」 興奮するルイズをギーシュがなだめようとするが、むしろこの状況では逆効果。人間、頭に血が上っている時には、止めようとすれば止めようとするほど周りが見えなくなるものだ。「お兄様、離してください! もうこいつは赦せません!」 ギーシュの手を振り払ったルイズが杖を振ると同時、僕の足元が爆発を起こす。人間一人粉微塵にするには十分過ぎる爆裂、最短の詠唱で最大の威力を発揮する失敗魔法の特性は、あらかじめ予期して呪文を準備しておかなかったら回避する事などできなかっただろう。 だが、僕はもうそこにはいない。ルイズの爆発の威力は文字通りの意味で骨身に沁みているのだ、わざわざ当たってやる趣味も無し。足下と地面の間に薄い水の膜を張り、自分を『滑らせる』ことで高速移動、爆発が起こる前に離脱する。「逃げるな卑怯者!」 ルイズが叫ぶが、お断りだ、僕は逃げる。逃げる僕を追うように地面が連続して爆発していくが、爆発が起きる頃には僕はそこにはいない。ルイズの失敗魔法で噴水が爆砕されて上がる水飛沫に紛れてアクア・ボムを山なりの弾道で撃ち出して反撃、それをギーシュが鋼の壁を錬金して弾き返す。「ったく、実質的には二対一か!」 厄介だ。戦闘に愛と友情を持ち込まれる事がこんなに厄介だとは思ってもみなかった。ギーシュの壁で視界が塞がれたのか、一旦爆撃の勢いが止む。「イル・ウォータル・アクア・ウィターエ────」 好機、と判断して僕は、砕けた噴水の水を練成して数体のアクア・ゴーレムを生成、形状は機動力重視のハイエナ型、あの爆発に並みのゴーレムでは一撃粉砕は必至、ならば散開して爆砕のリスクを減らせばいい。 キュルケとタバサは一撃撃ち合っただけで攻撃の手を止めているらしく、どうやら事態の絡繰に気付いたのだろうが、ルイズにその気配はない。まあ挑発しまくった僕にも責任があるのかもしれないが、ルイズが真相に勘付く図が想像できない。つまり、単細胞なんだろうな。魔法も虚無なら頭の中身も虚無。ギーシュもどうせ状況を理解しているんだろうに、さっさと止めろ。 まあどうでもいい。ルイズがどれだけ真剣だろうが、こんな茶番の戦いに付き合っている事自体が馬鹿馬鹿しい。とっとと蹴りをつけさせてもらう。走って爆撃をかわしながらアクア・ボムを連射して相手の防御を誘い、それを陽動にアクア・ゴーレムを肉薄させる。 後は、触手型に変形させたゴーレムで取り押さえればこっちの勝ちだ。ギーシュの鋼鉄のゴーレムがディフェンスに回るが、水の流れを人の手で堰き止められるものか、液体のアクア・ゴーレムは自らを液化させてゴーレムの指や足の間をすり抜けていく。後は、ルイズを取り押さえればこちらの勝利。 そう判断したタイミングだった。ギーシュの錬金が発動する。地面から立ち上がった鋼の壁が、アクア・ゴーレムを包み込むように球状に展開し、アクア・ゴーレムを閉じ込める。なるほど、確かにあれならば形のないアクア・ゴーレムも脱出できない。よく考えたものだと思う。だが、迷惑なこと極まりない。失敗した一手の追い打ちが来るようにしてルイズの爆発が降り注ぐ。「ルイズ落ち着け! フェルナンもやめろ! こんなことをしても無駄だって分からないのか!?」「だったらそっちの爆撃娘からやめさせろ! そっちが撃ってくるからこっちも撃たなきゃならなくなるって分からないのかよこのド低能が!!」「っ……! お兄様を馬鹿にするな!」 ルイズ一人なら楽勝、ギーシュがいるならギーシュが止めるだろうと計算していたのだが、ギーシュの制止は半分ルイズを煽っているようなもの、全く役に立たない。計算違いだ。 走って避ける僕に追い縋るように失敗魔法が爆撃を撒き散らす。タイムラグ短か過ぎだ。ただでさえ詠唱時間というネックがある魔法戦闘において、この連射性能は脅威。第一、水魔法は戦闘には向かないのだ。アクア・ゴーレムの制御を手放してその分の思考力を回避に回すが、その場に遭った水を抑えられてしまったのは痛い。 殺すつもりなら搦め手満載でどうにでもなるが、そんな目的の戦いでもない。チート抜きで切り抜けるには少々分が悪い戦闘だ。だからといって当たってやるのも不愉快だし、何より治療に時間が掛かる。時間をかけずに治癒すればそういうチートだとばれる。どうしたものか────思案を巡らせた刹那。 炎が奔る。業火の壁が僕とルイズの間を遮って立ち塞がっていた。火焔、この状況でそんなものを操って戦闘に介入しようとする人間なんて一人しかいない。「キュルケ!」「あら御免あそばせ。私の炎は邪魔する相手には容赦ありませんの」「アンタも敵かぁああああ!!」 激昂したルイズがキュルケに杖を向けようとするその杖が、どこからともなく放たれた風圧に弾き飛ばされる。「そこまで」 シャルロット────いやさタバサ。杖を失っても予備の杖でまだ暴れようとしたルイズに向かってウインド・ブレイクが直撃し、今度こそルイズを撃沈する。「やれやれ。いや、一時はどうなるかと思ったよ。助かった」「だってかわいそうじゃない、こんな茶番に必死になるなんて」「面倒」「まあ、違いない」 小粋に肩をすくめるキュルケに対して、タバサはあくまでもクールに決める。 キュルケが杖を掲げると、小さな炎の玉が無数に弾け飛び、辺りを真昼のように照らし出す。一見簡単な技に見えるが、誰にでもできる技でもない。炎を制御して、熱を抑えながら光だけを必要な範囲に必要なだけ広げる技術、ただ燃やすだけが能ではないということか。 その明かりの中に浮き彫りになったのは、真犯人どもの影だ。ヴィリエに後は確かトネー・シャラントとか言ったか、そんな名前の女とその取り巻きだ。「ひ! ひいいいいいいいいいいい!」「なにしてんの? あんたたち?」「い、いや! ちょっと散歩などを!」「散歩はあとにして。そうね、恥をかかせてくれたお礼をさせていただきたいわ」 逃げ出そうとする馬鹿どもの足にタバサの風のロープが絡みつき、ずるべったん、とコントよろしくヴィリエ他数名が地面にぶっ倒れる。マジ顔面から突っ込んだ。痛そう。ざまあみろ。「ど、ど、ど、どど、どうして!」「あのね? 『強者は強者を知る』って言葉は御存知?」 まあ僕はその慣用句は初めて聞いたのだが。トライアングルクラスになってくると、自分に向かって呪文を掛けやがった相手がどれだけの実力があるのかなんて事は簡単に分かる。無論、トライアングルよりも上のスクエアである僕やギーシュもその程度は簡単にできる。 無論、部屋をグチャグチャにしやがった土メイジはせいぜいドット程度の実力しかないのだが、僕はルイズにもムカついていたし、ギーシュも嫌いだ。「つまり、何がどうなってるんだ?」 ギーシュが首を傾げるのを見て愕然。この野郎、あからさまな転生者の癖にまさか最初から最後まで気が付いていなかったのか? 原作イベントだろう。それともこれも正体隠しのための計算か? 今さら遅いと思うが。「つまり、アンタの部屋を水浸しにしたのから、僕の部屋を土塗れにしたのまで、最初から最後まで全部こいつらが仕組んだ茶番だったってことだ。ただそれにキレたのがアンタじゃなくてそこの爆弾娘だったって事がこいつらの唯一の勘違いだったろうな」 さて、キュルケ演出の火炎踊りも終わったようだ。火球撃ちまくって馬鹿追い回してストレス解消でもしたのか、キュルケが何だかやたらと爽やかな笑顔を浮かべているのが印象的だった。「さて、ギーシュって言ったかしら? 貴方のゴーレムでこいつらを吊るしてくれませんこと?」「あ……ああ分かった」 キュルケの笑顔に何か凍りつくようなものでもあったのか、ギーシュはガクガク震えながら杖を振る。ゴーレムが馬鹿どもを亀甲縛りにする時に何だか動きがやたらと手慣れていたのだが、普段こいつはルイズとどんなプレイをしているのだろうか。 杖を取り上げられたヴィリエたちは塔の屋上から並んでぶら下げられた。「んー、なんかアレだな────」 ────テルテル坊主みたいだ、と言いたいが、そんな転生者丸出しの言動はしない。まあここまで目立っておいて今さらという気はするが。 とりあえず、僕はぶら下がったヴィリエたちに、救出された時の言い訳が立ちやすいようにしてやることにした。「ま、待ってくれフェルナン、本当は君を巻き込む気はなかったんだ! ただトネーが、ギーシュに勝てるのはスクエアメイジじゃないと駄目だと……!!」「ちょ、ちょっと待って、あんただって乗り気だったじゃないの! スクエアならアイツがいるって言って!!」「トネー、いやそんなつもりじゃ……違うんだフェルナン、あ、あはは、僕たち、友達じゃないか……暴力は……」 何というか、語るに落ちたな。「まあ、安心しろ。水は他の系統よりも焼いたり切ったりするような直接的な戦闘には不向きでね。その分────どの系統よりも残酷だが」 何、痛くはしないから安心しろ。そう伝えてやると、恐怖に塗れた絶叫がトリステインの夜空に響き渡ったのだった。 これにて一件落着。 数日後、キュルケは新しい香水を受け取りに僕の部屋に来ていた。それに付き合ってなぜかタバサまでここにいるのは、例の事件の結果だろう。 少なくとも僕が知っている限り、キュルケは僕と違って腐った部分のない人間だ。タバサ────シャルロットに親友ができたのなら、それは祝うべきことなのだろう。いずれは僕自身の手で壊してしまう幸福だとしても、それでも。今だけは。 そんな出口のない思惟を断ち切ったのはキュルケの問いだった。「で、結局あの時何をしたのよ? 何か飲ませてたみたいだけど」「そんなの、聞かなくても分かるだろ。僕の本業を思い出してみろよ」「本業……ああ」 例の事件の翌朝、ヴィリエやトネーその他の連中が髪と服を燃やされて塔から逆さ吊りになっていた、と、まあそんな事件が発生した。連中は自分たちが勝手にぶら下がったのだ、と言い張ったのだが、彼らを発見した者たちはその不自然な言い訳に対して、あっさりと納得して引き下がったのだった。 なぜなら、彼らを戒めていた縄は見事な亀甲縛りであり、さらに彼らの状態が非常に洒落にならないものであったからである。「あいつらに飲ませた媚薬は、本来なら十倍に希釈してから飲むものだ。効果がキツ過ぎてね」「本来、ってことは、じゃあ、この間使ったのは……」「原液だ」 発情して亀甲縛りになってぶら下がっている人間を見かけたら、誰だって納得せざるを得ないだろう。それがそういうプレイだって。 後で、マリコルヌがヴィリエたちに仲間に入れてくれと頼み込んでいたのは、非常に気まずい思い出の一つである。=====後書き的なもの===== さすがにこれ以上原作沿い展開は無理だなー、とか。まあ今回のも半分オリジナル展開のような気もするけど。 今回ギーシュ空気。というか最近、ギーシュが限りなく弱体化しつつある今日この頃。キュルケの存在感が異様。 ルイズは原作ヒロインのはずなのに跡形もない。何というか、作画崩壊したヤンデレキャラ状態? 別にアンチルイズということでも無かったはずなんだが……。テンプレオリ主ギーシュと結ばれたことで低能化したか? とりあえず名前と組織名だけ出てきたチート転生者ども。最初名前だけしか決まっていなかったものの、いきなりポンポンと能力設定まで決まってみたり。 原作沿い展開についてなら、ギーシュが別人なので決闘イベントが起きず、おマチさんがいないのでフーケ事件も起きず、一巻の内容は壊滅。 アンアンがギーシュに寝取られているのでラブレターが存在せず、二巻の内容も壊滅。 せめて別件でアルビオン行きくらいはしておきたい今日この頃。 タバサの父はオルレアン公シャルル。シャルルと言われるとコードギアスのブリタニア皇帝を想像してしまう今日この頃。ルイズはゼロだし、意外とそれっぽい?