さて、前回の冒険における収穫は、成果だけ見れば上々といったところだろう。シャルロットを取り込めなかった部分は失敗だと思うけれど、まあ、良しとしよう。 まあ、それはそれとして。うん、まあ、何だ? 結構これ以上ないほどに厄介な事実が発覚。 ジョゼフ王の配下に転生者。 うん、ヤバい。 洒落にならないほどヤバい。素チートの狂王にリアルチートの転生者が従っていたという事実。厄介な。 それは、ジョゼフ王は転生者のチート能力だけでなく、原作知識までをも装備しているということを意味する。転生者チートにしたところで、配下にブラスレイターが存在した以上、ナノマシン“ペイルホース”を所有している可能性は十分に考慮しておく必要がある。 つまり、ただのジョゼフではなく、魔改造ジョゼフ。原作だけでもスペック高過ぎだというのに、これが最悪じゃなくてなんだというのか。 個人的には、近々ハルケギニアの風石が臨界点を迎えて起こる大災害に、ジョゼフ王がどうするつもりなのかが気になる。 まさか何もしないとか……言うなよ? 濁流のフェルナン/第十一段「じゃあ、ジョゼフ配下の転生者は君一人ってことでいいのかな? 広瀬雄一君」『そ、そうだって言ってるだろ!! っクソ、放しやがれこのヤロウ!!』 培養液の満たされたフラスコの中に閉じ込められたその男は、満足に動かせない全身を激しく震わせながら吐き出される泡まじりの声で叫び、くぐもった声がフラスコ越しに僕の耳に届く。まったく、情報を引き出すためとはいえわざわざ再生してやったのに恩知らずなことだ。「やれやれ。放せと言われて放すわけがないだろうが馬鹿め。もう少し、状況を考えて物を言え」 さて、どこまで信用していいものか。 仮にもジョゼフならおそらく使い捨ての駒の寄せ集めであろう北花壇騎士団のメンバーにマトモな情報を持たせるとも思えない。第一原作を見る限りでは、北花壇騎士団は、それぞれの騎士がリーダーであるイザベラ王女から直接指令を受けて単独行動する形式になっている……はず。だとしたら、こいつがマトモに他の団員と横の繋がりを持っているとも思えない。 僕はもう一度そのフラスコを見上げた。薄赤色の培養液の中には、首から下は心臓を収めた胸部だけになったブラスレイターもどきの転生者が浮かんでいる。その姿はもはや残骸。そいつの体内においてブラスレイターとしての力の源であるナノマシン“ペイルホース”はランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』によって僕の完全なる支配下にある。僕の意志無しではそいつは、転生者としての力を振るうことすらできない。「まったく……じゃあ、ジョゼフはどこまで知っている? ああ、原作知識についてだ」『原作の三巻まで話したところだよ……何度も言っているだろうが』 まあ、別に質問する意味はないのだが。水の精霊の力、そして相似体系魔術を使えば、コイツの脳内の情報をサーチする事など造作もない。質問を繰り返したのは、本格的に脳内を探る前にある程度の前情報を探っておきたかったからだ。 だが、それももう大体終わり。聞くべきところは全て聞いた。脳内サーチのお時間だ。「なるほど……ね」 とりあえず、コイツ自身の知識そのものの信憑性はともあれ、嘘は言っていないようだ。拷問用の宝具まで持ち出した甲斐はあったようだ。 ジョゼフが原作知識を獲得したことについては非常に厄介であると言わざるを得ない。原作介入なんてものには別に興味はないが、“原作に存在しない登場人物”である僕が原作に関わる際には、可能な限り注意するべきだろう。「にしても、敵の能力がブラスレイター一つだけだったのは幸運だったな」 虚ろな表情で痙攣するそいつの顔を見上げながら、僕は溜息をついた。それこそ武装錬金のヴィクターの能力でも持っていたら、シャルロットを巻き込んで殺すところだっただろう。 それに、ブラスレイターの能力は、こちらにとってこれ以上ないほど有用だ。魔法と宝具化ナノマシンの組み合わせは、僕の技術に新しい可能性を与えてくれる。「それだけでなく、単純にホムンクルスの増強にも使えるしな」 僕はすぐ隣に存在する別のフラスコを見上げた。ブラスレイター転生者を収めたそれよりもはるかに巨大なフラスコの中に収まっているのは、全長二十メイルにも及ぶ巨体を持った火竜だ。僕の端末でもあるラルカス型ホムンクルス。だが、それだけでもない。 僕が意識すると、火竜の全身の骨格が変形し、全身の組織が金属質のものに変容、ミノタウロス型ホムンクルスとの中間形態、火竜の翼と爪牙を持つ悪魔のような怪物と化す。 だが、変化はそれだけにとどまらなかった。火竜だったものの全身を漆黒の装甲が覆い、その合間に藍色のラインが走る。「ホムンクルスのブラスレイター化……人型で試せなかったのが残念だが、上手くいったようだな」 正確には、キメラ型ホムンクルスの技術を利用して、ブラスレイターもどきの転生者の因子を付与したのだ。結果として、火竜達は労せずして最強のブラスレイターの力を手にした。ひとまず、大成功と言っていいだろう。 ブラスレイターやデモニアックの身体性能は、一部例外があるとはいえ、素体となった生物のスペックで決まる。少なくとも、素体が強力であればあるほどブラスレイターも強力になる。 ならば。人間よりも強力なホムンクルスが素体であれば? それも、人型以上の身体能力を持つミノタウロス型ホムンクルスであれば? その解答こそが、この火竜の姿だった。「とはいえ、まあ実戦テストはしておきたいところだがな」 加えて、この後、火竜どもにはさらなる強化プランを検討しているのだ。いや、ブラスレイター化の方が予定外であって、むしろ火竜の強化に関してはそちらの方が本筋といってもいい。 だが、問題はここから、だ。「ギーシュの能力が分からない、と。これは問題だな」 側仕えであるサクヤですら、ギーシュの能力の正体を知らないのだ。それどころか、自分に何ができるのかすら明かそうとしない。努力とか幸福とかそんなことをほざいている癖に、仲間だと思っている相手に対して何一つ明かそうとしないのだ。 原作キャラであるティファニアには色々と教えていたようではあるのだが、それでも、ギーシュ自身の能力の詳細を明かすには至らなかった。 従って、結論はこうだ。 ギーシュは、探知系の能力を持っている可能性がある。 つまり、ティファニアを探し当てる可能性がある、ということ。「そうなると厄介だが、どうするべきか……」 色々と考えた末に、一つの結論に至る。「っくく、だったら、あのプランを実行に移すべきか」 だが、問題は実行可能か否か、だ。ジョゼフのところに一人の転生者がいた。ならば、他にいてもおかしくないということ。「さて、どうしたものかな」 モット伯邸地下に広がる大神殿の最深層。ホムンクルスや核鉄などを研究するための施設のさらに一つ下の階層は、危険物や重要物を格納するための隔離倉庫だ。その最深奥に、培養液に満たされた二つのフラスコが浮かんでいた。 片方のフラスコに浮かんでいるのは緑の髪の女性だ。そしてもう片方のフラスコには、さらに幻想的な存在が浮かんでいた。少女。隔離倉庫のわずかな明かりに長く伸びた金の髪が揺らめき、透き通るように白い肌を剥き出しに、眠るように眼を閉じている。 仮死状態にして封印したティファニアとマチルダだ。その処遇がようやく確定したのである。 ガリア王国、首都リュティス。ヴェルサルテイル宮殿。先々代国王ロベスピエール三世によって森を切り開いて建設された宮殿は、世界中から招かれた建築家や造園師の手による様々な建築物によって現在も拡大が続いている。「要するに、壮大なる無駄遣いってやつだな」 薔薇園一つに小国の国家予算並みの金を注ぎ込む規模の、だ。 逆に言えば、そうやって財力を誇示する財政的余裕すら存在する、という事になる。それこそが超大国ガリア。そして、その超大国の頂点に立つのが狂王ジョゼフ。原作読んで実体は知っている気になっていたが、ガリアという国を一瞥しただけでも、無能王という称号がいかに不相応なものかがよく分かる。 探索系の宝具を総動員して、その上相似体系魔術まで使って周囲の転生者らしき存在を探査してみたが、それらしい存在はいないようだ。ちなみに、僕は割と遠くから探査している。距離にして数リーグ程度は開けている。地球の単位では数キロメートル程度。下手に見つかって襲い掛かられたら厄介だからな。 だが、ギルガメッシュの弓兵としての遠視力を通して、ふらふらと頼り無い動きをしながら歩く一般兵の姿がちらほらと見える。不審に思って確かめてみたが、どうやら全部デモニアックのようだ。一体、どんな絡繰で統率しているのだろうか。最有力候補であるアンドヴァリの指輪も僕の手の内にある。 さて、一体どうなっているのやら。あのデモニアックども、一体くらい捕獲して調べてみたいものだが、それはまた今度だ。 僕は周囲を索敵し、ジョゼフらしい、シャルロットと同様の青髪の男の存在を感知。一人ではない、が、彼と一緒にいるのはなんかヤバそうな感じの黒衣の女、おそらくはシェフィールド。ならば問題ないだろうと判断し、転送障壁を発生させる。 そして、目の前に発生させた転送障壁の転送元に向かって、簀巻きにしたティファニアを放り込んだ。 ティファニアには手紙も添えている。『拝啓 ジョゼフ王陛下 この少女はアルビオンの旧モード大公の息女であるハーフエルフであり、アルビオンの虚無の担い手でもあります。彼女が使用できる虚無のスペルは『忘却』一つのみです。 また、彼女と共に私秘蔵のアンドヴァリの指輪もお付けします。存分にお使い下さい。 この世界を憎む者より』 以上。完璧である。 ジョゼフがどうするかは知らん。だが、ティファニアにはいくつか仕掛けがしておいたからな。もしギーシュと再会したら……まあ非常に愉しいことになるだろう。きっと忘れられない感動の再会になるはず。その時はせいぜい祝福してやろう。 とりあえず、ティファニアにはもう少し成長してもらわないと困る。最低でもエクスプロージョンと『世界扉』が使える程度には。ナノマシン“ペイルホース”が手に入ったため、地球の兵器を扱うためのノウハウなんかが一気に不要になったのだ。 ちなみに、署名である『この世界を憎む者』ってのは、特に意味はない。ただ、ジョゼフと利害が一致しているように見せかけるためだけの代物だ。 これで、ジョゼフの手には原作通りアンドヴァリの指輪が渡った。故に、次にする事は一つ。対転生者用のトラップの敷設。すなわち、湖の増水の開始だ。 さて、仕事も終わったし、さっそく帰るとするか。 さて、だ。 厄介な仕事も済んだし、とりあえず少しまったりしよう。ちょうどそう思った時だった。「ご主人さま」 唐突に掛けられた声に僕が振り向くと、そこには半顔を隠した金髪の少女が立っている。「ん? 何だ、リーラか。何の用だ?」「旦那様から伝言です。領地の南端に出没する盗賊を退治するようにと」「なるほどな。また面倒なことだ」 盗賊。このハルケギニアでは、前世における日本の治安が冗談であるかのように、よく盗賊が出没する。無論、治安が悪いからである。貴族の贅沢を支えるための重税を支払えなくなった平民や、仕事にあぶれた傭兵、あるいは故郷に帰れなくなった敗残兵なんかが、ドロップアウトして盗賊になるのだ。 そしてそういうのを片づけるのは貴族の私兵たちの仕事なのだが、貴族たちは贅沢を貪るのに忙しく、盗賊などにかまっている暇は存在しない。 よって、このハルケギニアにおいて盗賊とは、こと一部の領内では、平民にとって最も安定した就職先の一つなのである。真に馬鹿馬鹿しい事に。 だが、実のところ、盗賊はこのモット伯領においてはあまり実入りのいい仕事ではない。僕が父によく盗賊退治を押しつけられる関係で、色々な新技術の実験場にされているのだ。父も僕が盗賊を実験台にしていることを理解しているため、研究の一環として僕に盗賊退治を任せている、という側面も存在する。 そんなわけで、我がモット伯領における盗賊稼業は、連中の末路を考えると、むしろ最も悲惨な就職先の一つだろう。「じゃあ、とりあえずシャーリーを呼んでくれ。三人で計画を突き詰めようか」 とにかく、そういう事になった。 盗賊。懐かしい響きである。ここのところ、ギーシュとかブラスレイターもどきとか、そんな世界観が狂った代物ばかりを相手にしていたせいで、まるで連中が天使か何かのように思えてくる。 何といっても、ただ魔法を撃っただけで、当たって死ぬのだ。「あー、計画、いらなかったかな?」 モット伯家私設軍に偽装馬車を使って無防備な商人を装わせて敵を誘き寄せた。表向きとして存在しているモット伯家の衛兵隊ではなく、僕が使役しているホムンクルス部隊である。集団行動に優れたコボルド型ホムンクルスを主力とし、リーダーは先住魔法と核鉄で武装している。こいつらもそろそろ世代交代の時期だろうか。 相手が上手く誘い出されてきたところで、雲の中に隠れた火竜部隊が急降下、敵軍の退路を塞ぐ。 ちなみに、敵は単なる盗賊である。某三代目とかそういったおかしな連中でもないし、無論魔法で巨大なゴーレムを出したりもしない。本当に、ただのチンピラの群れだ。 そんな連中に火竜でブラスレイターでホムンクルスで武装錬金な代物をぶつけるとか、もはや戦力差がどうこうとかそういう次元じゃない。一方的な蹂躙というか踊り喰いというか……まあ悲惨だ。例えて言うならレベル100勇者パーティーによるスライムの殲滅作業。 これでは実戦テストにすらならない。少々失敗だったかもしれない。 そんな光景を、僕は見るともなしにぼんやりと見つめていた。「どうしましたか、ご主人さま」「……ああ、リーラか」 ホムンクルスに混ざってシャーリーが嬉々として武装錬金を振るっている。斬馬刀の武装錬金は圧倒的な破壊力で盗賊たちを薙ぎ払っていく。 シャーリーが巨大な斬馬刀を一振りするだけでも人間の首が胴が腕が脚が玩具のように撥ね飛ばされる。前世の僕があれほど恐れていた同じ人間であることが信じられないほどのあっけなさで人が死んでいく。「なあ、リーラ。気の遠くなるほどの昔の話だ。君に初めて会うよりも昔の話」「……はい」 隣に立っているリーラの表情は見えない。「僕は、あんな風になりたかった。踏みにじる側になりたかった。虐げて奪う側になりたかった。この世が弱肉強食だというのなら、強い者になりたかった。僕を取り囲む一切合財、何もかもを踏み潰して奪い尽くせるような、そんなものになりたかった。僕は────」 ────怪物になりたかった。 そのために何か努力をしたわけではない。特別でない努力すらした事がない。僕の欲しかったものは、僕の欲しいものは、きっと僕から遠過ぎた。僕が手を伸ばすには遠過ぎた。それでも。「多分、もしこの世に悪魔がいるとして、もしそうなれるなら、きっと、僕は魂でも何でも喜んで売ったと思う」「そう……ですか」 そこまで執着したいものがなかった。唯一ラノベに対する執着はそれなりに強かったが、それだけだ。それさえも、僕はあっさりと手放し過ぎた。だから、あの時のことを思い起こして、今でも思うのだ。僕は何も持っていない、と。何もかもどうでもいいのだ、と。「だから、さ────」 いや、今さらどうでもいいのだ。僕は手を伸ばす。シャルロットと別れた時に何も掴めなかった手だ。その手に熱い感触を感じて手を開くと、飛び散った血飛沫が掛かったのだろう、その手はべっとりと赤く染まっていた。 ああ、もうこの手で何か掴んだら汚れてしまうな、と思いながら、僕の手から飛び去った宝石のように青い髪を思い出し、そして。「────いや、何でもない」 血に汚れた掌を背後に振るえば、背後の空間が歪み“王の財宝”のゲートから掌に剣が射出される。引き抜いた太陽剣グラムを大きく振るえば、それだけで迸った熱波によって残っていた盗賊たちが撫で斬りにされ、辺りには肉の焦げる臭いが漂った。 借り物の力でもそれでいい。僕にはその程度がお似合いだ。「では、これがご主人さまの望んだ世界なのですか?」「ああ。多分……多分な」 これがきっと僕が望んだ世界。だから、誰も邪魔してくれるな。余計なことをしてくれるな。それだけがきっと、僕の望みだ。 ティファニアをジョゼフ王の下に送り届け、湖の増水を始め、盗賊を退治してから数日後のことである。(ご主人さま) 左手の薬指に嵌めたアンドヴァリの指輪を介して、誰かの声が届けられる。その声の主の顔と名前を思い出せずに少し迷ったが、すぐに思い出した。「……サクヤか。どうした?」 マジックアイテムとしてのアンドヴァリの指輪自体に通信機能はない。しかし、複製障壁で複製したアンドヴァリの指輪は、相似体系魔術を使用することで、どれだけ離れていようとも長距離通信が可能な媒介となるのだ。(少々、報告すべき事態が発生しました。御覧下さい) アンドヴァリの指輪を通して、サクヤの視界が脳裏に映し出される。そこには、少しばかり驚くべき事態が起きていた。 僕の、正確にはサクヤの視界の中では、街の酒場のような場所で、ギーシュが見覚えある少女に向かって手を伸ばしていた。サクヤが見ている、リアルタイムの光景である。「サクヤ、この遭遇は偶然か? それとも、ギーシュが自分で探知したのか?」(偶然です。ギーシュがこの場にいるのは、ガリア領での味噌の商取引の値段交渉のためですから) 主人公属性が呼んだ奇跡といったところか。まあ、そんなこともある。『テファ、無事だったのか!? マチルダは!?』『え? 貴方、姉さんを知って……え? あ……い、ゃ、いやぁああああああああああああああああ!!』 どうやら、さっそく仕掛けが発動したらしい。残念だったなギーシュ。『テファ、どうしたんだ!? 大丈夫か!?』『ひ、や、来ないで、来ないでぇええええええええええええ!!』 泣きながら杖を向けるティファニアに対して、混乱するギーシュ。訳が分からないといった風情、いい気味だ、もっと混乱しろ。(ご主人さま、一体何が起こったのですか?) 簡単なことだ。 僕がテファにした仕掛けの大半は、主に記憶と精神に関するものだ。まず、ギーシュに出会った記憶を全削除。それから、偽の記憶を植え付けたのだ。 具体的に内容を挙げると、謎のゴーレム使いの貴族に襲われ、孤児院の子供たちを皆殺しにされて、無理矢理フネ(無論あの甲鉄艦である)に乗せられ、そこに現れたマチルダが命と引き換えに逃がしてくれた……といった内容である。謎のゴーレム使いが何者か、どういう顔であったか、という記憶こそ与えていないが、同時に、ギーシュの顔を見ると反射的に恐怖心と嫌悪感が沸き起こってパニックを起こすように仕掛けてあるので、ギーシュ=仇と結び付かせるのは無理もないことだろう────。「────と、まあそういうわけだ」 まあ、ギーシュがゴーレムを使わなければすぐにギーシュ=仇と結びつくことはないのだが。 サクヤの視界の中では、さらに新たな展開が起こっていた。ギーシュの背後から走り寄った少女が、テーブルを蹴って飛び上がってギーシュの後頭部に蹴りをかまして割とアクロバティックに昏倒させたのだ。『……テファ、大丈夫?』『あ……、タバサさん』 僕はその少女を知っている。何となれば、数日前に会ったばかりなのだ。 でもって、シャルロット、いや、今はタバサと呼ぶべきか、ティファニアを庇うように立ちはだかった彼女は、こちらに向かって、正確には気絶したギーシュの側に控えていたサクヤに向かって、身の丈ほどもある杖を向けてくる。なんか格好いい。『……テファに何をしたの?』「ああ、サクヤ、ストップ。ここは大人しく退いてくれ」 応戦しようとするサクヤに向かって指示を入れる。『申し訳ありません、こちらに落ち度があったようです。私どもは少々急ぎますので、ここで引き取らせていただきます。それでは』 サクヤは立て板に水を流すように一息に言うと、ギーシュの身体を引きずって一目散に退却する。ギーシュめっちゃ引きずってる。割と容赦ない。 にしても、テファとシャルロット……タバサが組んで動いているとは。どうせ北花壇騎士団絡みなのだろうが、また愉快なことになってきたようである。「さて、ギーシュにはどう説明してやろうか?」『────月目の竜騎士ですか?』「ああ。かなり整った顔立ちで、色の薄い金髪に、そうだな……どこか底が知れない雰囲気、とかそれっぽいことでも言っておいてくれ。無論美形」 シャルロットの存在を伏せて、ギーシュを気絶させたのはそいつだと言うように、僕はサクヤに指示したのだった。まさかあいつも、側仕えの配下が裏切っているとは思うまい。『月目で、整った顔立ち、底が知れない竜騎士……どこの耽美騎士物語ですか?』 月目。オッドアイとか、金銀妖瞳とか、そんな感じの身体的特徴だ。左眼が茶色、右眼が青だったか、と、僕は火竜にロマリアを監視させた時の記憶を頭の中から掘り起こす。「仕方ないだろう。そういうヤツがいるのは事実なんだから。とりあえず、そう言ってくれれば、ギーシュの方が勝手に推測を組み立ててくれるはずだ」『はぁ……分かりました。金髪月目で、底が知れない竜騎士ですね』 指輪を通して、やたら嫌そうな感情が伝わってくる。「ああ。それから、連れている竜は風竜な」『分かりました。……世の中にはおかしな人間がいるのですね』 そういえばジュリオ・チェザーレの金髪は、見ようによっては金髪じゃなくて銀髪に見えない事もない。つまり、見ようによってはあの男、銀髪オッドアイに見えない事もない、ということ。遺伝って恐ろしい。 さて、これにて一件落着。 ギーシュには、彼を昏倒させたのがシャルロットではなくジュリオ・チェザーレだと偽情報を流してやった。これを考慮に入れれば、ティファニアを誘拐した時の陽動の火竜も、ヴィンダールヴのルーンによるものであると誤解するだろう。 ガリアでは、なぜかシャルロットがティファニアとコンビを組んでいる様子。このコンビが一時的なものか、それとも永続的なものかは謎。まあ、どちらに転んでも、大して変わらない。 にしても、シャルロットか……。さて、どうしたものだろう。僕はどうせトリステイン魔法学院に進学することになるだろうから、その時点で偽名がバレる可能性が高い。忘れられている可能性も無くもないが、覚えられている可能性だってある。まあ、その時は適当に誤魔化すとして、だ。 現在、モット伯家の倉庫には、エルフ謹製の心を壊す薬(解毒薬付き)が存在するのだ。秘薬関連の管理に関しては研究のあれこれのために僕が一切の管理を受けているため、一見、強力な交渉材料として使えそうではある。 しかしだ。原作における雪風のタバサは、小説を読んだ時には割とツボを突いたキャラではあったのだが、僕にとっては味方としては正直信用が置けない。たった一人の母親を人質にとっても、裏切る。これがいけない。死命を制する弱点が見えない。 だが、よくよく考えるとそれは利点なのではないだろうか。あっさり裏切るということは、逆に言えばあっさり裏切らせる事が可能であるということだ。 あるいは、薬と引き換えに洗脳を受け入れてもらう、とか。 なら、取るべき手段は一つ。敵の内側で、無自覚な獅子身中の虫をやってもらう。 結論が出た。「なら、ひとまず次は────」 僕は再び、大神殿最深層の扉を開く。分厚い超金属の扉が、重々しい軋みを挙げてゆっくりと開いていく。ここにしまわれているものはさして多くない。だが、無いというわけでもない。そのほとんどは、大型の培養槽に封印されていた。僕はいくつかの最重要保管物の間を抜けて、その内の二つ並んだ培養槽の前に立つ。 その培養槽それぞれには、眼を閉じて眠る少女が浮かんでいる。長く伸びた金糸の髪。白く透き通る肌。豊満な肢体。常人のそれよりも左右に長く伸びた耳。 指を鳴らすと、片方の培養槽から培養液が抜け、培養槽のシリンダーが展開、少女の肢体がゆっくりと床に降ろされる。 僕はその身体を抱え上げ、転移障壁をくぐって、遥か空の彼方へと転移する。大気汚染も人工の灯りもろくにないハルケギニアの夜空はまるで漆黒のビロードに宝石をちりばめたような満天の星空、ここはトリスタニア上空二千リーグの地点である。 ちなみに、わざわざ移動してきたのは転送元を探知されないための用心である。別にトリステインの王城に送り込む気とかはさらさらない。 足元の雲海の上に立ち、空中に浮かびながらもう一度軽く指を鳴らすと、僕の目の前には鈍い輝きを放つ灰色の壁が出現する。転移障壁────相似体系魔術による空間転移魔術の一手である、空間転移のゲート。 僕は、小脇に抱えた少女の身体を戒める拘束に不備がないことを確認すると、それをもう一つの“おまけ”と共に、転送障壁に放り込んだ。=====後書き的なもの===== ……やってしまった。 今回やや短め。ティファニア関連のあれこれと内政ターン。前回やらなかった研究やテファの仕置き関連。 勢力「ガリア」 に 『虚無の担い手:ティファニア』 が 加入しました。 しかしハーフエルフ調教フラグはまだ折れていなかったりして。 今回ギーシュいいとこ無し。 次回、キンクリするかも。