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No.13866の一覧
[0] 濁流のフェルナン   【ゼロ魔二次・習作・実験作・R-15】【更新再開】[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:36)
[1] 濁流のフェルナン0 転生直前[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:48)
[2] 濁流のフェルナン01 奴隷市場[ゴンザブロウ](2009/11/11 21:54)
[3] 濁流のフェルナン02 約束[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:00)
[4] 濁流のフェルナン03 舞踏会[ゴンザブロウ](2009/11/11 22:42)
[5] 濁流のフェルナン04 長々と考察[ゴンザブロウ](2009/11/12 21:59)
[6] 濁流のフェルナン05 王道に対する邪道の在り方[ゴンザブロウ](2009/11/12 22:04)
[7] 濁流のフェルナン06 悪夢の後に見る悪夢[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:37)
[8] 濁流のフェルナン07 決闘と狂乱[ゴンザブロウ](2010/02/19 16:43)
[9] 07終了時における設定など覚書[ゴンザブロウ](2010/03/17 22:25)
[10] 濁流のフェルナン ルートA08 血塗れの天空【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 13:03)
[11] 濁流のフェルナン ルートA09 激突【仮掲載・前回と同じ】[ゴンザブロウ](2010/02/23 14:55)
[12] 濁流のフェルナン ルートA10 新生[ゴンザブロウ](2010/02/26 12:18)
[13] 濁流のフェルナン ルートB08 ミッション・インヴィジブル【仮掲載】[ゴンザブロウ](2010/02/26 19:07)
[14] 濁流のフェルナン ルートB09 牛鬼とホムンクルスの人間性[ゴンザブロウ](2010/02/26 16:22)
[15] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険[ゴンザブロウ](2010/02/28 16:58)
[16] 濁流のフェルナン ルートB11 冒険で彼は何を得たか[ゴンザブロウ](2010/03/03 20:37)
[17] 濁流のフェルナン ルートB12 一つの再会、一つの世界の終焉[ゴンザブロウ](2010/03/09 00:27)
[18] 濁流のフェルナン ルートB13 虚無の敵意と水の再会[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:20)
[19] 濁流のフェルナン ルートB14 同盟者[ゴンザブロウ](2010/03/16 11:24)
[20] 濁流のフェルナン ルートB15 崩れる同盟[ゴンザブロウ](2010/03/21 10:07)
[21] 濁流のフェルナン ルートB16 人形と人間の狭間で[ゴンザブロウ](2010/10/08 11:34)
[22] 濁流のフェルナン ルートB17 狂王の布石[ゴンザブロウ](2010/10/11 20:45)
[23] 濁流のフェルナン ルートB18 不吉の予兆 【番外編追加】[ゴンザブロウ](2010/10/15 23:47)
[24] 濁流のフェルナン ルートB19 我が名はレギオン、大勢なるが故に[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:00)
[25] 濁流のフェルナン ルートB20 瘴気のアルビオン[ゴンザブロウ](2010/11/09 14:28)
[26] 濁流のフェルナン ルートB21 惨劇の後始末[ゴンザブロウ](2010/11/10 13:22)
[27] 濁流のフェルナン ルートB22 ヒトという名のアイデンティティ[ゴンザブロウ](2010/11/20 14:26)
[28] 濁流のフェルナン ルートB23 この冒瀆された世界の中で[ゴンザブロウ](2010/12/01 23:54)
[29] 濁流のフェルナン ルートB24 世界が壊れていく音が聞こえる[ゴンザブロウ](2010/12/18 17:14)
[30] 濁流のフェルナン ルートB25 ロクデナシのライオンハート[ゴンザブロウ](2011/03/27 23:19)
[31] 濁流のフェルナン ルートB26 OVER/Accel→Boost→Clock→Drive→Evolution→[ゴンザブロウ](2011/04/13 13:25)
[32] 濁流のフェルナン ルートB27 決戦前夜 【加筆修正】[ゴンザブロウ](2011/07/09 02:12)
[33] 濁流のフェルナン ルートB28 おわりのはじまり、はじまりのおわり[ゴンザブロウ](2011/07/14 01:31)
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[13866] 濁流のフェルナン ルートB10 フェルナンの冒険
Name: ゴンザブロウ◆cebfabc8 ID:d73d82b7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/28 16:58
「やれやれ、嫌な雰囲気だ」
 僕は鬱蒼とした森の中を、木々を掻き分けながら歩いていた。ハルケギニアは地理的にも森の多い土地で、モット伯領にも森はいくらでもあるし、アルビオンで無人の集落を見つけた時もそこには森があった。探せば他にも森はいくらでもあるだろう。
 だが、この森はそのどれとも違う。暗過ぎる。繁茂する木々が陽光を遮り視界を遮り、おどろおどろしい、まるで何かが潜んでいるかのような雰囲気を醸し出している。無論、周囲の気配など簡単に読めるので、そこに何もいない事くらいは魔法や宝具に頼る必要もなく理解できる。
 だが、不愉快な事には変わりはない。ギーシュと相対した時とはまた違った不快感だ。
 僕はその中で、枝を掻き分けながら前に進む。進んでも進んでも辺りは森。最初の内は物珍しかったこの光景も、時間を重ねれば少しずつ飽きてくる。
 業を煮やした僕は、すぐ近くの大木を駆け上り、周囲を見渡した。目の前一杯に陽光が広がり、解放感が喉を満たす。そして、僕は目の前に広がった光景に唖然とした。
 まるで、森が世界の果てまで広がっているように見えた。それも、地平線の果てまでだ。トリックを明らかにするのであれば至極簡単、森の木々が生えている地面が、普通に歩いていて気付かない程度に緩やかに傾斜して、ちょっとした盆地を形作っているのだ。
 だが、僕がそれに気付けたのはギルガメッシュの弓兵としての遠視力があったからだ。普通の人間が見たとしても、世界の果てまで森が広がっているようにしか見えないだろう。
 僕は辟易して樹から飛び降りた。途端、むせ返るほどの緑の匂いと共に濃緑色の薄闇に包まれる。

 ふと、僕は接近する気配を感じた。速い。つまり、人間のものではない。この鬱蒼とした森の中でこれだけの速度を出せる生物は、そもそも人間ではないか、人間の分際を越える力を持っているかの二択。
 どちらにしても遭遇したくない手合いではあるが、隠れてやり過ごすのは不可能、完全に捕捉されている。まあ、問題あるまい。気配からしておそらく獣、そしてこの森を我が物顔で徘徊する獣がどんな存在であるかなどとうに分かり切っている。
「来たか」
 接近する気配がもはや背後にまで迫ってきたのを感じて、僕は振り向いた。視界一杯に巨大な獣の顎が広がった。
 狼だ。しかし尋常の狼ではない。並みの狼に数倍する巨体、その首を支える体躯は四脚獣にあらず、真紅の体毛で全身を覆う狒々のもの。
 合成獣────キメラ。かつて、あるメイジの手によって生み出された人造の魔獣。

 無数の合成獣が徘徊するその森を、人は『ファンガスの森』と呼ぶ。



 濁流のフェルナン/第十段



 話は一週間前に遡る。

「『ファンガスの森』ねえ」
 机の上に並べた研究資料の文字を目で追っていく内に、そんな固有名詞を見つけたのだ。ラルカスの洞窟から回収した研究資料である。
 にしても、ファンガスとは怪物キノコでも徘徊していそうな名前である。マタンゴでも出るのだろうか。
「魔法生物の研究所である塔の所在地ねえ。研究内容は、どれどれ……魔法によって様々な生物を掛け合わせての、強力な合成獣(キメラ)を生み出す研究、か。ラルカスはそこの研究員だったわけか」
 実験の結果がまとめられたレポートや書簡をめくりながら思考を巡らせる。
「って何だこれは……キメラドラゴン!? 生体機構そのものに融合術式の付与!? ……とんでもないな」
 捕食した生物と同化する。そんな夢のような高等技術が実現できていたのかどうかは分からない。特に融合同化機能なんていうのは、捕食した生物の形質を無秩序に混ぜ合わせてしまえば、生物としてのバランスを失って機能崩壊に至る。そこらへんの制御がしっかりできていない限りは、無用の長物どころか、むしろ害悪ではある。だが、それでも調べてみる価値はあると判断。
「少なくとも、サンプルの一つか二つは欲しいよな」
 となると、やはり自分で出向くのが一番確実か。
 色々と考えを巡らせていると、ノックの音に続いてドアベルが軽やかな音色を奏でて、金髪の少女が入ってくる。リーラだ。
「ご主人さま、来客です」
「来客? 父上じゃなくてわざわざ僕を名指しでか? 物好きもいるものだな」
「はい、グラモン家次期当主ギーシュ・ド・グラモン様と名乗っておりますが」
「…………うわ」
 会いたくない人間トップ3のその一。
 ティファニアの処遇なんかも色々と下準備というか作戦立案が難航していて面倒なのに、よりにもよってこのタイミングとか。
「この間の決闘騒ぎの謝罪をしたいとのことですが、いかがいたしましょう」
 今外出中とでも言うか? それとも体調を崩して会えないとでも言い張るか? いや、それではどちらにせよ問題の先送りにしかならない。ならばいっそのことこの場で……いやいや。
「まったく、仕方がないか。会うよ」
 僕は諦めて席を立つと、深々と溜息をついた。


「で、話し合いを適当に切り抜けて、今に至る、と」
 僕の目の前には、四つに分断された合成獣の狼モドキが転がっていた。狒々の胴体をしているヤツ。狩りの成果である。
「とは言っても、さすがに食べれるとは思わないけれど……さて、どうしたものかな?」
 血の匂いが他の獣を引き寄せてしまうと厄介だ。さっさと移動した方がいいだろう。
 とりあえずキメラの死体をサンプルとして採取する。パッと見ではキメラ自体がどういう仕掛けになっているのかよく分からないので、全身をサンプルとして採取。培養液を満たした大型フラスコに放り込み、フラスコは“王の財宝”に収納して、とっとと移動。
 とりあえず、場所を探そう。サンプル採取に少しばかり時間をかけ過ぎた。

 再び森の中を移動しながら、周囲の気配を探りながら歩く。
 あの後、謝罪して頭を下げたギーシュは、友達になろうとか何とかふざけたことを言ってきた。もしかしたら、将来メイドさん拉致イベントが発生したら、僕を上手いこと利用するつもりなのかもしれない。無論お断りしたが。あいつにいいように利用されるなんざ、一生お断りだ。
 まあそんなことはどうでもいいので、とりあえず僕は、治り切っていない傷に障るからと言い張ってお引き取り願った。とっくに治っているから嘘だけど。まあ、ちょっとした寸劇である。主演僕、助演リーラ。


 にしても、塔ね。塔というからには生い茂る木々よりもさらに高さがあるはずで、森の中では結構目立つはず。そんな思惑からヴィマーナやら何やらを飛ばしてみたのだが、残念ながらそれらしい建物は見つからなかった。
 まさか何やらまた変態的な魔法でも掛かっているのだろうか。そんな風に思いながら、僕は足を止めた。
 こんな森の中にも、こんな空間があるものか。森の中には隙間なく木が生えているものだと思っていたのだが、僕の前には、意外なほど広い空間が広がっていた。三本の大樹に囲まれた、空き地のような空間。
 だが、それだけでもない。足元に何かある。思わず後ずさり、そこにあるものに気がついた。落ち葉の中に巧妙に隠されていたのは、頑丈な蔦で編まれた網。間違いなく罠、それも大型の獣用。この森に棲むそんな大型の獣など、キメラくらいのもの。
 加えて、空き地の周辺付近に何者かが伏せている。罠の存在から判断して、おそらくは狩人か。
「おい、アンタ、さっさと隠れな!」
 隠れている何者かが声を上げる。声質からしておそらく女。もしかして僕に向かって言っているのか、と考え、フライの呪文ですぐさま近くの樹に駆け上がり、枝葉の間に身を隠す。

 同時、僕は何かが接近してくる気配を感じた。
「またキメラか? ったく慌ただしい」
 やり過ごすか、とも思う。だが。
「この気配────二ついる?」
 近づいてくる気配は二つ。動きから判断して、逃げる片方をもう片方が追っている。その様子、見方を変えれば、追い掛ける片方を、もう片方が誘導しているようにも見える。
「囮、か?」
 罠の位置に誘導しているようにも見える。面倒な状況に行き合ってしまったようだ。まったく、鬱陶しい事この上ない。
「本当に、どうしたものかな?」
 逃げれば怪しまれて追いかけられるだろうし。
 溜息をつきながら右手に握った、指揮杖型としては少しばかり太過ぎるワンドを振ると、じゃき、と軽い音が鳴って、伸縮式の警棒にも似た機構がロッドを伸張させる。その杖にブレイドを発動させれば、その刃渡りは長剣にも匹敵する。隠匿性と威力を兼ね備えた便利な得物として考案し、隠匿性なら“王の財宝”があれば十分な事に、作ってから気がついた、失敗作の発明品である。
 仕方がない。手伝ってやるか。

 呪文を唱えながら木の上で待機。
 しばらく待っていると、枝葉の間から飛び出してくる少女。フライの呪文で宙に舞い、青い長髪がわずかな木漏れ日を反射して踊る。
 その後を追って飛び出してきたのは、頭部に猛牛にも似た角を生やした狒々、ハルケギニアの生物学的にも有り得ない造形は間違いなくキメラ。全身を覆う毛皮は燃えるように赤く、おそらくは最前倒した狼狒々と同じ種類の素体を利用したのだろう。
 その姿を確認すると同時に解き放つ呪文はアクア・ボム、山なりの軌道を描いて迫撃砲のように撃ち出すのは、キメラの身体を地面に向かって叩き落とす一撃、同時に飛び出した狩人が仕掛けの縄を断ち切り、地面に仕掛けられた網がキメラをすっぽりと包んで持ち上げ、その動きを封じ込める。
 飛び出してきた狩人は弓に矢をつがえて引き絞る。多少癖があっても、長い時間を掛けて鍛えられた、いい動きだ。ランスロットの知識がそう告げている。
 そこで初めて、僕は狩人の姿を見た。声の通りに女だ。少年のように日焼けした肌とよく鍛えられた肢体、枝葉に絡まないように短く整えられた黒髪、野性的な大きな瞳、総合して、魅力的な少女。
 暴れる角狒々の口の中に、狩人の少女が放った矢が突き刺さり、その矢に繋がった火薬束が炸裂、キメラの頭部を粉微塵に吹き飛ばした。

「何かいるな。いや、誰か、かな」
 狩人と青髪の少女に聞かれないように、僕は口の中だけで呟いた。
 少女達と合流して以来、どこかからねっとりとした気配が流れ込んでくる。捕捉できない事もない。ギルガメッシュの宝具を使うまでもなく、メディアの魔術に頼るまでもなく、そいつの気配はダダ漏れだ。
 だが、並みの人間にその気配を察知することはまず不可能だろう。存在自体を断ち切るのではなく、周囲と同化して溶け込ませるような、そんな気配の消し方だ。まるで野生動物か何か。それでいて、これは間違いなく人間か、さもなければ人に近い何者か。
 こんな悪意に満ちた気配を放つようなヤツが、人間でないはずがない。


 狩人の少女はジル、青髪の少女はシャルロットというらしい。ゼロ魔原作の外伝、タバサの冒険の一幕である、と気がついたのは、二人が名乗ったその時だった。
 彼らに名前を尋ねられた僕は、迷いなく返事を返していた。
「ゲルマニアの貴族、ゲッシュ・フォン・グレイモンと申します」
 言うまでもなく一番嫌いな奴の名前のもじりである。何となく、アグモン進化~とか言う声が聞こえてきたような気がするが気にしない。
 まあ、わざわざ本名を教えてやる義理もないしな。ジルはどうか分からないが、このタバサという少女、今はシャルロットとしか名乗っていないが、正直な話、信用できないのだ。何といっても、たった一人の母親を人質に取っていてすら裏切られるのである。
 なら、洗脳でもするか、とも思うのだが、相手にミョズニトニルンとかいるし、それに気付かれる可能性を考えるとあまり軽挙妄動はできない。狂王ごと手駒に入れてしまえればいいのだが。
 まあいい。別に今すぐでなくとも、いくらでもどうにでもできる。だから、この場はひとまず置いておこう。

「あの……、ジルさん」
「なんだい?」
「そろそろ……、薬を……」
 膝を抱えて焚火の前に座り込んだシャルロット嬢は、何やら薬を欲しがっているらしい。
「ジル、まさか悪魔の薬に手を出したのか……」
 哀れシャルロット、いけない薬物の虜というわけだ。
 確かに、現有戦力の少ないジルにとって、メイジは貴重だからな。この世界で人を従わせるのに薬物を使うなんて発想をするのは僕くらいのものだとばかり思っていたが、この女、手ごわい。
「って、誰がするかそんな事!」
 石の投擲が飛んでくるので避ける。誰が当たってなどやるものか。
「避けるな! 当たれ!」
「ふはは、みとめたくないものだな、わかさゆえのあやまちというのは」
 上体をずらしてひょいひょいと避ける。そのうち下半身まで狙ってくるので、それもやはり避ける。気分は赤い彗星である。気分だけ。
「はぁ、はぁ、くそ、一発ぐらい素直に当たりやがれっての」
「あの…………」
 半ば存在を忘れられていたシャルロットがどんよりとした雰囲気を身に纏いながら自己主張。
「……約束したじゃないですか」
「あんときゃ、ああでも言わないと、あんた納得しなかっただろ?」
 何でも、シャルロットはジルの狩りを手伝ったら死ぬための毒薬を調合してくれる約束だったらしい。下らない、と思う。メイジなら、痛くない死に方なんていくらでもあるだろうに、と。身の上話をしながら心の底からぶつかり合うジルとシャルロットをよそに、そんな風に思う。


 洞窟から歩み出ると、涼やかな夜気が僕の肌を包む。僕は深々と息を吐き出した。あの空間にいると、何というか、息が詰まる。どうにも鳩尾の辺りが苦しくて仕方ない。あれ以上あの空間にいたら、何か訳の分からない事を叫び出してしまいそうだ。
 これは僕のイメージじゃない。家族の情だとか、戦う意志だとか、ああいうのはギーシュの役だ。
「ったく、やれやれだ」
「何がやれやれなんだい、あんた?」
 唐突に掛けられた声に振り向くと、そこにはここ数時間で見慣れた少女の姿があった。
「……何だ、ジルか」
「何だって何だよ。人がせっかく心配して見にきてやったのに」
「用足しだったらどうするんだよ? お互い死ぬほど気まずいぞ」
「でも、違うんだろ?」
「…………まあな」
 僕は、夜風に揺れてかさかさと音を立てる木陰に背中を預けて座り込んだ。
「シャルロットは? 置いてきてよかったのかよ?」
「もう寝てるよ。泣きながら父さまと母さまを呼んでた」
「……そうか」
 居心地の悪い空間が追い掛けてきた。糞。僕は鳩尾に溜まった澱を吐き捨てるように、もう一度溜息を吐き出した。
「シャルロットの身の上は聞いたけど、あんたは何しにきたんだ? 武者修行にも見えないけれど」
「あー、まあ、その、何だ? 僕はまあ、あれだ、生き物の肉体を研究してだ、薬を作ったりするようなあれこれを研究していてな、それでこの森の中の研究所の塔のことを聞いて、一度探しに来てみたんだが……」
「っくく、ぷっ、あっはははははははははははははははは!!」
 僕の言葉を聞いた途端、ジルは腹を抱えて笑い出した。
「ったく、……何がおかしい?」
「だって、その塔なら三年も前にとっくに取り壊されてるって、くくっ、あははははははははははははは!!」
「…………マジか?」
「そう。マジよマジ。あっはははははは、あはははははははははははははははは!!」
 ……何てこった、糞。半分くらい無駄骨か。
「まあいいか。なら、ここにいてもやる事もないし、一週間、それくらいの間は手伝ってやるよ」
 せめて細胞サンプルくらいは採取しておきたいし、な。

 普段なら、人に笑われるというのはこれ以上ないほど腹が立つ。だが、この場には、それ以上に僕を苛立たせる原因が存在した。
 気配。ジル達と出会った時からこちらに粘着質の悪意を放つ、あの気配。
 間違いなく、いる。こちらを見ている。

「……どうしたんだいあんた?」
「別に。何でもないよ。明日も狩りをするんだろう? さっさと寝ろ」
 僕は何でもない風を装って首を振る。わざわざ教えてやる意味もあるまい。あの気配、僕が戦って勝てない相手じゃないだろうが、ジルがいても邪魔になるだけだ。


 そうやって、四本腕の熊やなんかを狩りながら、しばしの時間が過ぎた。だいたい一週間といったところか。
 別にこいつらに付き合う必要はない。だが、一つ試してみたかったことがある。それはつまり、原作に関わるというのがどういう気分なのか、ということだ。
 結論から行けば別にどうという感慨もない、というものだった。原作キャラに会ったぜヒャッホウ!とかそんな気分も特になかった。ジルもシャルロットもあって見れば所詮は人間だ。世の二次オリ主たちは、どうして単なる他人にあんなに興奮できるのだろうか、と。まあ僕の性癖が特殊な可能性は高いので何とも言えないのだが。
 それはそれとして、僕の仕事はジルやシャルロットのサポート。二人にはラインメイジと偽っているのであまり派手な魔法は使えない。そして水メイジは根本的に戦闘には向かない。したがって、僕の仕事は必然的に地味なサポートに落ちつく事になる。
 加えて言うならば、この程度の狩り、ジルとシャルロットの二人でも十分なのだ。原作という絶対の聖典の存在がその事実を証明している。故に、僕いらない子。

 ジルはとにかく気配を殺す事をシャルロットに教えており、それを始めとして、シャルロットは乾いた土が水を吸うようにジルから狩りの技術を吸収している。この一週間で、シャルロットの戦い方も格段に良くなった。これが後の雪風のタバサの基礎になるのだろう。何もかもジルズブートキャンプのおかげである。
 そのジルはというと、一仕事終えてシャルロットと雑談中。ジルは魔法が使える貴族が羨ましいそうだ。
 その時だ。

 地面が揺れる。揺れというよりは沈み込み。地面そのものがわずかに沈下したような衝撃が走る。その瞬間には、身体を伏せると同時に杖を構えるまとめて一動作。
 来た。
 とうとう来た。
 待っていたものが来た。

 ────キメラドラゴン。

 基本そのものは大型の火竜だ。赤黒い鱗に包まれた地上最強の巨大爬虫類。見た目だけでも凄味のある巨体。だが、それだけなら僕の手駒に何体でも存在する。
 だが、凄いのはその背中だ。そこから生えた無数の頭、まさに鈴生り。馬。豚。豹。熊。狼。人。それぞれが不気味な呻き声を上げながら蠢いている。
 にしても、豹なんてハルケギニアにはまず生息していないんだが、一体どこで喰いやがった……ああ、メイジの使い魔か。
「あいつは食った獣を取り込んで、それとそっくりな頭を生やすのさ」
 押し殺した声で説明したジルが、何かに気付いて震え出す。おおかた家族の首でも生えていたんだろう。
 結局、僕たちはそのまま地響きを立てて闊歩するキメラドラゴンを見送った。


「あたし、あいつをやる」
 その夜、ジルは唐突にそんな事を言った。
「キメラドラゴンか?」
「決まってるだろ」
 まあ、そうだろうな。仇討ち、ってのは、人が無謀な真似をする理由の中でも結構メジャーなものだ。理解はできないが、理解を示す事くらいはできる。
「本気?」
 そう聞いたシャルロットも、彼女が本気である事くらい理解しているのだろう。
「……わかった。手伝うわ」
「いい。あたし一人でやる。あんたは、あたしがあいつを倒したら、偉い人にこう報告すりゃいい。『自分が倒しました』ってね」
 馬鹿な女、と思う。僕ならそんな発想はしない。連れて行って捨て駒にでも何でもして利用すればいいのだ。それが賢いやり方というものだ。
 だけど、こうも思う。僕は最低の人間であるのだ。なら、最低の人間と違う発想をする彼女は、少なくとも最低ではない、と。

 翌朝、ジルはここで待っていろと僕とシャルロットに言い残して、洞窟を出ていった。
 晴れた朝だ。木々の枝葉が作り出す薄闇を透かして落ちる陽光が、それを告げている。きっと樹冠の上は快晴だ。それが無性に腹立たしくてならなかった。
「ねえ」
 ぽつりと呟くように、シャルロットが言った。
「何だよ?」
「何で?」
「何がだ?」
 質問に質問で返すシャルロットに、僕もまた質問で返す。いつかの夜と同じように、シャルロットは膝を抱えて座り込んでいた。その何で、には、きっと色々な意味があったのだろう。
「ねえ、なんで?」
「人の事なんて知るか。君には君の事情があるように、ジルにはジルの事情がある、ってだけの話だろう」
 僕がそう言うと、シャルロットはわずかに息を呑んだようだった。
「私の事、知ってるの?」
「言っただろ。人の事なんて知るか、って。君の事情は、最初に君が焚火の前で話した事しか知らん」
 原作知識、そんなものは当てにならない。父親が謀殺されたり、母親が薬盛られたり、そんな非常識な情報、どれだけ本を読んで感情移入したところで、それは所詮字面を追っただけの知識だ。そんなものに情を移すのはギーシュくらいのものだ。
「で、ジルにはジルの事情があるのと同じように、君には君の事情がある。君が君の事情に基づいて何かしたいと思うのなら、好きにすればいいさ」
 シャルロットは答えない。彼女は何も言わず、その場にはただ静寂が落ちる。だが、少なくとも、彼女なら僕よりマシな答えを出すはずだ。
 そうして、どれだけの時間が経ったのだろうか。とても長いようでいて、きっと大した時間は経っていなかったのだろう。シャルロットは立ち上がった。
「行くのか?」
 シャルロットは何も言わず、ただ頷いた。
「そうか」
 なら、ここで一人取り残されるのも間抜けだ。僕もシャルロットの後について歩き出す。

 狩人を追うのは、獣を追うのとさして変わらない。シャルロットは森の中から器用にジルの痕跡を見つけて追跡する。僕はその後についていくだけで十分だった。
 僕もシャルロットも一言も口を利かない。森の中で無駄口を叩くのは、自分の居場所を宣伝しながら歩くようなものだ。
 ただ、木々の間を歩く。一週間前までは何もかも同じように見えた森の木々も、少しだけ違いが分かるようになっていた。だからといって、大して違うようには見えないのも事実なのだが。
 そんな中、僕は足を止めた。シャルロットが怪訝そうにこちらを見つめてくる。
「悪いけどシャルロット、僕はここまでだ。何かロクでもないものが近づいてくるみたいでね。僕はそれを足止めする」
 別に倒してしまっても構わんのだろう、と口の中だけで呟きながら、僕はそんなことを言う。
「……分かった」
 誰が信じるか、というような突拍子もない言い訳に聞こえるが、シャルロットは信じてくれたようだ。シャルロットは僕をその場に残して歩き出す。
「じゃあ、後でどうなったか教えてくれよ」
「……分かった」
 頷き一つだけを残して、青髪の少女の小さな背中は森の薄闇の中へと消えていく。その様子に少しだけ寂しさを感じながら、僕は彼女とは正反対の方向に歩き出した。
 さあ、綺麗な原作キャラ達の時間は終わりだ。これからは、醜い醜い転生者の時間。
 森の中をしばらく歩いて、僕は足を止めた。目の前には奇怪な人影。そいつが放っているのは、限りなく人間以外の何物でもない、悪意に満ちた気配。シャルロットと合流した時から、ずっと僕達を見張っていたのはこいつだ。
 別に恐れるほどの相手じゃない。“王の財宝”が有するスカウター系の宝具が示す数値は、こちらの方がはるかに上。むしろ手頃な敵だ。
 僕は軽く右手を挙げて、至極友好的にその見知らぬ人影に話しかけた。
「なあ、アンタは神を信じているか?」
「はぁ? 何バカ言ってんだテメエ? 宗教なんてモンがあるから、世の中がおかしくなるんだよ。あ、もしかしてお前ソッチ系の人? うわダッセ! 今時宗教なんて信じてるとか頭オカシイんじゃねえの?」
 僕は深々と溜息をついた。なるほど。コイツは劣化だ。
「そうかそうか、理解したよ。なら、死ね」
 背後に展開した“王の財宝”のゲートから、一斉射が降り注いだ。
 その瞬間、僕の心を満たしたのは間違いなく安堵。こういうのが僕の役だ。これが僕の世界だ。人間の最底辺を這いずり回る、本来の僕の世界。


 そいつは高々と跳躍して回避。別に驚くには至らない。今の連射に使われたのは何の力もないただの刀剣類、そいつの“原作”を知っていれば、その程度の性能は持っていてしかるべき。木々の合間を抜けて高々と跳躍したそいつを追って、僕もまた頭上へと跳躍した。
 木々の枝葉を強引に突破、まるで地上に這いずる虫けらなど知らぬと言わんばかりに空は蒼く晴れ渡り、その中心にそいつがいる。
 陽光の下で見るそいつは、やはり僕が知っている原作通りの姿をしていた。
 その姿は基本的には人型の形状、しかし間違いなく人に非ず、漆黒の装甲に覆われた細身のプロポーションの全身には藍色に輝くラインが走り、延髄の部分からは脊椎にも似た形状の細長い尾が伸びる。
「────なるほど、ブラスレイター、か」
 それがこいつの能力、それは間違いなく転生者。
 僕が呟くと同時に、そいつの姿が変形する。カラーリングはそのままに、全身を覆った女性的なフォルムは特徴的な頭部形状から道化師のようにも見え、それでいて腰から広がる光のスカートがまるで貴婦人のような印象をそいつに与えている。
 薄れかけた原作知識から僕がそいつの特性を思い出すのと、そいつが音速の壁を突破するのはほぼ同時だった。
「っ────ヴィマーナ!」
 “王の財宝”から引っ張り出した黄金の空中船が漆黒の魔力で覆われるのと、そいつの指先から伸びた針のような爪が僕が振り上げた双剣と激突するのも、ほぼ同時。
 蒼空を超音速で駆けながら連続激突する刃、飛行性能はほぼ同等。
「ちっ、何かと思えばギルガメッシュかよ!? ったくオレもそれにしときゃよかったぜ!」
「はっ、やめとけよこのDQNが、アンタがやってもそのブラスレイター同様、劣化にしかならないだろうよ!」
「っんだとォ!? ざけんなこのクソがァッ!!」
 空中で、羊の角を持ちながら頑強な雄牛に似た重装甲の形態に変形したそいつは、伸縮自在の剛腕を赤熱化させながら振り回す。
「その形態だと、飛べないだろうがぁ!!」
 一撃の威力と引き換えに飛行能力を喪失したそいつに向かってインドラの金剛杵を射出するが、そいつはすかさず先程の形態に変形して飛翔して回避。
「死ねやオラァッ!」
 僕の背後に回り込むようにして爪を振るい、そいつは吠える。ヴィマーナを前後反転させて斬撃を受け流し、斬り返す。
 僕のヴィマーナに、そいつではない、別の何かが飛び乗ってきたのはそれとほぼ同時だった。
「っ、何だこいつらは!?」
 白い金属質の皮膚。のっぺりとした貌。人型に似て、どこか獣じみた体格。────デモニアック。だが、原作を知る僕の記憶で見たそれと、そいつらはどこか異なっていた。
 実物よりもはるかに獣らしい、と細かいことを観察するよりも速く、そいつらは飛びかかってきた。合計三体、跳躍したデモニアックの中に人間素体では有り得ない腕が四本だったりする奴が混ざっている奴を見て、反射的に解答に辿り着く。
「キメラどもをナノマシンに感染させたのか!?」
 原作では人間素体のヤツしか見かけなかったが、馬がブラスレイターになっている以上、他の動物にも感染はするだろう。
「ああ、そうさ。世の中頭のいいヤツが勝つようにできてるんだよォ!! 戦争は数だよ兄貴ってなァ!!」
 だが甘い。数ならこっちに分がある。僕の周囲の空間が歪み、飛び出した影が十数体。
 “王の財宝”から射出したのは火竜。その姿が、機械の駆動音にも似た軋みを挙げて変形を開始。爪や牙、蝙蝠にも似た皮膜状の翼はそのままに、猛牛の角、逞しい腕、ミノタウロスを模した金属質の巨体へと変貌。
 その両腕を覆うように展開する獣じみた巨大な鉤爪をあしらった籠手。怪物の手にすら大き過ぎるように見えるそれこそがこのミノタウロス型ホムンクルス、正確にはラルカス型ホムンクルスの武装錬金。

 ────鉤爪(アイアンクロー)の武装錬金『グルー・リターン』。

 腕を覆う鉤爪ごと同化するようにしてその両腕が金属的な軋み音を立てて膨張し、その形状を組み替えていく。変異は腕から肩、銅、頭部と広がっていき、その手に握る武装錬金すら吸収しながらより凶暴に、より凶悪に変貌していく。
 それはホムンクルス素体のベースとなったラルカスの武装錬金、その特性は『獣化』。人間の形を捨ててでも力を求め、獣へと変貌したラルカスに相応しいこれこそが彼の武装錬金。本来は理性と引き換えに凶暴な怪物と化す武装錬金、しかし水の精霊によって支配される端末である彼らが使用するなら、その代償は皆無と言っていい。
 巨大な鰐のように変貌した顎がデモニアックを一口に噛み砕き、群れ成す怪物は紛い物のブラスレイターへと挑みかかる。元々の火竜やミノタウロスを上回る巨体と化していながら、その動きは元となったホムンクルスよりも明らかに速い。それこそ、超音速で飛翔するデモニアックを上回るほどに、だ。
 紛い物は背中に四枚の翼状触手を有した騎士のような形態へと変形し、両刃の大剣を具現化してホムンクルス達の突進を迎え撃つ。
 巨体に似合わぬ超速で振るわれる斬撃がホムンクルス達の顎を腕を脚を胴を翼を薙ぎ払っていく。速い。ホムンクルスの再生能力に対抗できる兵装は武装錬金のみとはいえ、人外の膂力で以って放たれる斬撃はその衝撃のみでもホムンクルスを超音速で飛翔するヴィマーナの上から叩き落とすのには十分過ぎる。
 だが、それは敵が有限であればの話。火竜の頭数は無限。無限にいるのだ。どれだけ減らされようとも、敵が力尽きるまでいくらでも補充が可能。
「アンタの所属、当ててやろうか? ガリア北花壇騎士団、違うか?」
「っ……! テメェ、どうしてそれを!?」
 そりゃそうだ。この段階でタバサを監視しようと考える組織なんて、他に存在するものか。だが────。
「────そんなの、教えてやる義理はないってな!」
「クソがぁああああああああ!!」
 ブラスレイターもどきが本来の人型の姿に戻ると同時、その周囲を守るようにに翼騎士型のブラスレイターが数体ほど出現、数には数で対抗とばかりにホムンクルス達を斬り払っていく。
 だが甘い。こう言う時には、こう言うべきだろう。
「やめてよね。本気で殺し合いしたら、お前がギルガメッシュにかなうはずないだろ」
 もはや十分過ぎるほどにデータは取れた。ラルカス型ホムンクルスどもの実戦データ。だから、もうこいつには、サンプル以上の用はない。
 借り物の力とはいえ、力は力だ。持てる力は僕が上。ならば、弱肉強食のルールに従って、今こそくたばれ。
「王の財宝────」
 全力射出。無数の宝具が放たれる。草薙剣。アスカロン。ジョワイユーズ。グラム。青龍偃月刀、その他諸々、古今東西、全世界、ありとあらゆる宝具の原典が湯水のように乱射される。
 そこにあらゆる抵抗は不可能。
 回避も無意味。回避不可能な宝具などいくらでも存在する。
 防御も無意味。防御不可能な宝具などいくらでも存在する。
 再生も無意味。治癒不可能な宝具などいくらでも存在する。
 隠行も無意味。隠蔽不可能な宝具などいくらでも存在する。
 “王の財宝”はただのガトリングではない。とにかく敵がどんな手段を使おうが、適当に撃ちまくっていればそれを上回る手札が必ず出現する、それが“王の財宝”の真の力。その力の前には、あらゆる抵抗が無意味と化す。
 紛い物のブラスレイターを守護する騎士は出現する度に微塵に粉砕され、それに対抗するかのように紛い物が刃を振るうが、それもやはり無意味。
「まだだ、まだだァああああ!! クソ、生まれ変わってオレは、今度こそ本当の自分になれたんだ!! なのに、なのにィいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 羨ましいな。なって嬉しい本当の自分なんてものを持っていられるなんて、な。僕にはそんなものはない。本当の自分なんてものは、何より最低なのだ。自分自身に対して幻想を持つことをやめたのは、一体いつの頃からだっただろうか。
「下らない。……さっさと挽肉になるといい」
 指を鳴らすと同時、敵の周囲に無数の光の壁が出現する。複製障壁、そこから降り注ぐのは、その数を遥かに増幅させられた無数の宝具の十字砲火。
 それでも敵はまだ動く。剣が折れれば腕を振るい、全身を穴だらけにされながら、それでも抗い続ける。その無様な姿が何かに似ているようで、それが何に似ているかに気がついて、僕は思わず舌打ちした。
「ああ、そうか。いつかの僕に似ているんだな、お前は」
 僕は“王の財宝”から、一際強大な力を秘めた刃を抜き取った。三連螺旋刃が轟きを上げて回転し、膨大な大気を撹拌し、発生するのは疑似的な次元断層。

 ────天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)。

「消し飛べ」
 その一言で、ブラスレイターの紛い物は粉微塵に砕け散った。


 森の中でしばらく待っていると、やがて枝を掻き分ける音が近づいてくる。気配にはもう少し前から気がついていた。
「シャルロットか」
「ええ」
 足を止めた少女から、ジルの身体を受け取る。冷たい。重い。ほんの数時間前まで談笑していた人間が冷たくなっていることに、どうしようもなく違和感を抱く。別に大したことのない違和感だと思う。
 今さらだ。人体実験やら何やらで、人間の死なんてものはいくらでも見慣れている。多少親しくなったからといって、所詮他人だ。別にどうという事もない。大したことはない。
「ジルは死んだのか?」
「ええ」
 分かり切った事なのに、なぜかそれを聞いてしまう。それに答えてくれるシャルロットも、全く律儀なことだと思う。
「……そうか」
 結局、僕はそれだけしか返せなかった。


 翌朝、僕たちは森の中の洞窟の前に立っていた。ミノタウロスですら楽に通れるほどに大きな洞窟。キメラドラゴンの巣穴だ。
 その巣穴の前で、シャルロットは何も言わずに枯れ草に火を着ける。枯れ草から燃え移った火が積み上げられた生木を焼き、発生した煙がシャルロットの魔法によって洞窟へと送り込まれていく。
「……一人でもよかったのに」
「ジルも似たようなことを言ったな」
 そう言うと、シャルロットは黙り込んだ。
「……ごめんなさい」
「別にいいさ────」
 ────再生後のキメラドラゴンの姿は見ておきたかったし、細胞サンプルも欲しい。それだけだ。それだけが目的で動いているのだから、こいつが謝る必要はない。
 それだけだ。
 洞窟の奥から、獣の咆哮が届く。いつかと同じ地響きが近づいてくる。僕たちは、そいつが現れる前に、それぞれ手近な茂みに姿を隠した。
 やがて、洞窟に落ちた闇の中から、赤黒い鱗に身を包んだ異形の獣が姿を現す。異形。キメラドラゴン。
 脊髄から一直線に繋がったその頭部は、どこかで見たような印象を持った人間の顔だった。巨大な火竜の胴体に見合うサイズにまで大きくなり、防御力の低下を防ぐためだろうか、赤黒い火竜の鱗で覆われているのがグロテスクだ。
 その顔は、よく見ればジルにどこか似ていた。おそらく、あれがジルの妹の頭なのだろう。おそらく肉体の損失部位を捕食した身体器官で補填する機能でもついているのだろうが、それにしても、他の頭などいくらでもあるだろうにわざわざジルの妹の頭が選ばれるとは、何という巡り合わせか。
「いたい……、いたいよう……」
 キメラドラゴンの、ジルの妹のものであった頭部の口から、啜り泣きが漏れる。調べてみなければ分からないが、意識が残っているとは思えない。おそらく、捕食した身体器官を生かしておくための生体機構が、脳髄に残った思考パターンによって誤作動を起こして、生前の動きを繰り返しているだけのはず。
 その一方でその声は、殺された人間の怨念がキメラドラゴンに纏わりついて、なぜ自分だけが死ななければならなかったのかと、なぜ私が死んだのにお前は生きているのかと、それが理不尽であると、だから死ねと、訴えているようにも聞こえる。
 そういえば、と思う。
 前世でよく考えていたことだ。つまり、自分は何のために生きているのだろう、と。人のために何かしてやろうという意志もない。行動もしない。ただ、存在するだけで他者の負担になる。だったら、そんな人間はいなくなった方が世のため人のためではないのだろうか、と。
 糞、糞、糞、黙れ。頭を振って、毒にしかならない思考を振り払う。
 視界の隅でシャルロットが立ち上がった。キメラドラゴンの前に無防備に身を曝すのは杖に宿ったジャベリンの呪文を放つ、最高のタイミングを狙っていたため。
 咄嗟に反応したキメラドラゴンは、ブレスでも吐こうとしたのだろう、まっすぐにシャルロットに向けて口を開いた。ジルによって火竜の頭部を失ったその時にブレス能力は失われたのだろう、その口に、スクエアメイジに匹敵する業火は宿らない。
 僕は一杯に開かれたその顎の内側に、炸裂水球を放り込んだ。爆圧でキメラドラゴンの顎骨が外れ、口腔が限界を越えて開かれる。後はシャルロットの仕事だ。
 大きく開かれたキメラドラゴンの口腔内に、シャルロットが放ったジャベリンが撃ち込まれた。放たれたジャベリンは口腔から延髄を貫いて頚骨を砕き、キメラドラゴンの正中線を突き進んで胃袋を引き裂き、柔らかい腸を収めた腹腔の内側で無数の氷の砕片と化して弾け飛んだ。
 少女の顔をしたキメラドラゴンが、肉片混じりの体液を吐き出した。びちゃびちゃと音を立てて血液が地面を濡らす。ああ、キメラの血も赤いのか、と、脈絡もなくそんな事を考えた。
 そして、地響きを立ててキメラドラゴンは崩れ落ちた。


 ジルの墓はどうしようもないほど殺風景だった。森の中の空き地に、ただ彼女の使っていた弓が墓標代わりに突き立てられている。彼女がそこに眠っていることを示すのは、たったそれだけだった。だからといって、古墳やらピラミッドのような大仰な墓をジルが欲しがるとも思えない。結局、この形が一番いいのだろう。
「行くのか?」
「ええ」
 長かった綺麗な青髪をざっくりと切り落として身軽になったシャルロットは、その髪を断ち落としたキメラドラゴンの鱗をジルの墓に供えると、杖を握って歩き出そうとして、一度だけ振り返った。
「貴方も、ありがとう」
「いいさ。キメラドラゴンにしたって、他のキメラどもにしたって、君とジルだけで十分何とかなっていた。僕がやったことはただの余計なおせっかいだ」
 僕は火事場泥棒に精を出しただけ。回収したキメラドラゴンの死骸と、ブラスレイターもどきの転生者の遺体がそれを物語っている。シャルロットはそれを知らないだけだ。知っていれば、彼女の考え方は真逆に代わるだろう。
「それでも、ありがとう」
「……そうか。君がそう思うなら、僕が余計なことを言うのはやめておくさ」
「そう。……ありがとう」
 それだけ言っておくと、シャルロットはそのまま歩き出した。もう振り返らない。

 ひゅう、と乾いた音を立てて、森の中を風が吹き抜けた。風に向かって僕が手を伸ばすと、切り落とされたシャルロットの青い髪が一瞬だけ僕の指先に絡みつき、風に巻かれて飛び去っていった。
 思わず握り締めた手を引き戻して拳を開くが、その手には何もない。何も残っていなかった。



=====
後書き的なもの
=====

 ……やってしまった。
 まあそれはそれとして。
 今回、タバサの冒険編、割と原作沿い。時系列的にシャルロットがタバサになってもらわなければならんので、今回テファは後回し。
 今回割ときれいなフェルナン。割とフェルナン無双の回、そして無謀の回。名もなきブラスレイターの人は御愁傷様。本気でチートを使いこなせれば、フェルナンはチート程度には強い。しかしそれ以上になれるかどうかは正直微妙。
 ギーシュは友達が欲しいとか何とか。
 にしても、今回初めて原作キャラが出てきたような気がする。え、テファ? ルイズ? マトモな会話文のない登場人物、人それをモブという。
 しかし、タバサが登場しても、別にフラグなんて一つも立っていないという罠。



 あー、でもこっちの話のルートAバージョンも面白いかも…………。





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