疾走する。 激突、鏡を映したように対照的な形で剣を構え、ぶつかり合う。 美しい彼は醜く歪んだ自らの鏡像に。 醜い僕は美しく輝く自らの鏡像に。 ありったけの憎悪と敵意を込めて斬撃を叩き込んだ。激突の衝撃は高く響き渡る金属音として表現される。構えた刃が音速の壁を叩き割って水蒸気の尾を引いて再び激突、振るう二刀は頭上と手元、足元と脇下、一撃ごとに裂光を放ち咆哮を上げ、激突の衝撃波がドラムロールよりも激しい乱打となってさほど広くない室内を荒れ狂う。 右の機械じみた形状の剣と歓喜剣ジョワイユーズで剣戟を交わしながら疾走し、相手の脇を駆け抜けながら左の剣で互いに抜き打ちの一撃を見舞う。太陽剣グラムがエクスカリバーと激突し、激しく轟音を上げる。グラムが僕の手からすっぽ抜け、くるくると回りながら床面に突き刺さる。 敵の能力の少なくとも一つはFateのセイバー、純粋な身体能力であれば向こうの方が一段上。舌打ちしつつ“王の財宝”から新たな剣を抜刀、黒騎士ランスロットの宝具“無毀なる湖光(アロンダイト)”、自らのステータスを上昇させる魔剣の上乗せを経て、ようやく身体能力が上回る。 距離が開くと同時にギーシュは右手に握った機械めいた形状の剣を一振り、剣が赤い魔力の燐光に包まれる。「レヴァンティン、カートリッジ、ロード!」『Schlangeform!』 ギーシュの号令、剣から機械そのものの合成音声が響き、ボルトアクション式の機構から空薬莢が排出されると同時、剣の刀身が無数に分裂し、長くうねる鞭状連節刃へと変形する。なるほど、と判断。これで、また一つ相手の能力が見えた。 濁流のフェルナン/第九段 回り込むようにして右から襲い掛かってくる鞭状の刀身をジョワイユーズで背後に受け流し、正面へと踏み込むと同時に、戻ってきた鞭刃の尖端を左のアロンダイトで弾く。突っ込もうとすれば眼前を横切るように流れる連節刃の列に突っ込む事になり、それを飛び上がって回避すれば頭上から雪崩れ落ちるようにして鞭刃の切っ先が落ちてくる。 オールレンジ攻撃ほど厄介な技は滅多に存在しない。アニメとかで見た時には大したこともないように見えたが、実際に自分が受ける段になってくるとこれほど厄介な攻撃もそう存在しない。中距離戦は一方的に向こうの間合いだ。ならば、距離を詰めて殴り伏せるのみ。横殴りの鞭刃をアロンダイトで受け、右手に握ったジョワイユーズを投擲、同時に空手になった右腕を大きく振るい、魔法を発動。「矢弾よ……!!」 魔法詠唱を高速神言で省略し、僕の眼前に大気中の水蒸気を凝集させた無数の氷の粒子が集合し、八本の氷の槍と化し、射出される。水系統魔法「ジャベリン」。前世で見たゼロ魔二次を参考に、僕の両腕の骨自体が杖、両手に宝具を握っても魔法が使える。 さらに、ジャベリンの氷槍を先に投擲したジョワイユーズと相似魔術の銀弦で繋ぎ、ジョワイユーズの真名を解放、音速の世界で空中を疾駆するジャベリンの氷柱からジョワイユーズと同じ力が解放され、九条の虹色の光の怒涛がギーシュを包み込むようにして襲い掛かる。 さらに僕はA++ランクの九連光刃ですらも目眩ましと断じて突撃、虹刃の内の一撃を頭上に置いて、僕は煌めく虹色の爆光を潜り抜けつつ走る。 同時、ギーシュもまたこちらに走り込んでくるのが見える。九撃の内八撃までをあえて前に踏み込む事で回避、どうしても回避できない正面からの残る一撃をエクスカリバーの真名解放で相殺し、コピーに過ぎない残り一撃のジョワイユーズは正真のエクスカリバーの前に虹刃を粉微塵に砕けさせ、美麗なプリズムがラピュタの天守閣を幻想的に彩った。 僕はそれを狙い通りと判断、僕の使った魔法は「ジャベリン」、その氷槍は武器などで弾いたとしても細かい破片となって襲いかかる。そう、A++ランクの直接威力系宝具である氷の砕片が、だ。未だ健在の八条の虹刃から相似の銀弦を伸ばして飛び散る無数の細片に接続、共鳴効果による同時真名解放により虹刃の連鎖誘爆。虹の細片の中に突っ込んだギーシュが虹の連鎖爆発の中に巻き込まれ、その後を追うようにして残る八条の虹刃が壁面を破ってラピュタの地面へと連続激突、爆圧にコントロールを失ったレヴァンティンの連節刃が巻き戻されて片刃の剣にと戻り、床に突き立っていたグラムが天に向かって吹き飛ばされる。 それにタイミングを合わせるようにして、僕は爆裂の中を駆け抜け、ギーシュの正面へと走り込み、アロンダイトの威力を上乗せした身体能力で殴りつけるようにして剣を振るう。両手で握ったアロンダイトの振り下ろしを、ギーシュはエクスカリバーとレヴァンティンを胸の前に十字に交差させて受け止める。「お前は、アイツが何を企んでいるかを知っていて、ジョゼフに手を貸している!?」「ハッハァ!! 決まっているだろうが! 天地万物業火に包み、天上天下を灼き尽くす!! 問うまでもないだろうがァッ!!」 激突、強い、と判断。技量では向こうの方が上、おそらくは経験と努力の積み重ねが違う、と僕の中のランスロットの知識が告げる。こちらはランスロットのスキルを持つが、相手はそれと同等のアーサー王のスキルに加えて、独自の研鑽を積んでいる。その剣技についていけているのは、体内の水の精霊による身体能力増強と、周囲に薄っすらと展開させたニアデスハピネスを知覚結界として使用する事で敵の剣筋を読みやすくしているためだ。 加えて、アロンダイトのブーストを受けた状態であれば身体能力は僕が上、力づくで押し込むようにして剣を押し込めば、鍔迫り合いの中でレヴァンティンがギシギシと嫌な軋みを上げる。 物理的には何の細工もないアロンダイトやエクスカリバーと違い、レヴァンティンは銃器に似たカートリッジシステムや連節刃などの複雑なギミックを内蔵し、その分どうしようもなく強度で劣っているのだ。いかに鍔迫り合いが技術とタイミングを要する拮抗だとはいえ、その本質は結局力に頼る押し合いに過ぎない。人外の膂力を持つ僕達が力任せに押し合えば無理が祟るのは必然。 それに気付いたギーシュがタイミングを合わせてこちらの剣を跳ね除けようとするのに合わせ、僕はアロンダイトから手を離し、頭上へと伸ばす。その手の中に回転しつつ落ちてくるのは────先程の激突で宙へと跳ね飛ばされた太陽剣グラムだ。 力をいなされた形でギーシュが体勢を崩すのに合わせ、僕は手にした剣を真名解放、恒星にも匹敵する熱量が渦を巻き、ギーシュに向かって振り下ろされる。ブロークンファンタズム、剣を自壊させてまでの過剰出力にギーシュのエクスカリバーが押し負け、ギーシュの体が押し飛ばされる。 勝った。そう確信する刹那、僕はさらに信じられないものを見る羽目になった。 ばさり、瓦礫の中から立ち上がったギーシュの背中に、鳥に似た漆黒の翼が広がる。その形は猛禽にも似て、しかしその本質は鴉、死を告げる凶鳥だ。膨張した右腕には元はヤツデの葉を模していたのだろう、中央に眼球を配した歪なグロテスクな団扇の形が融合し、その先端の掌は猛禽そのものの凶暴な鉤爪を伸ばす。そして何より特徴的なのは、広げた掌ほどもあろうかという、半顔を覆い尽くし頭蓋からもはみ出した、巨大な右眼。 ギーシュが魔力放出スキルを生かし、翼からロケットブースターのように魔力の光の尾を引きながら突っ込んでくるのをアロンダイトで受ける。膨れ上がるギーシュの魔力はもはや先ほどとは別物、アロンダイトによる身体能力の増強ですら、もはや互角にもならずに圧倒される。速過ぎて敵の動きを捉え切れない。 なら、敵の方から当たってもらえばいいのだ。“王の財宝”から吐き出した剣群を相似魔術で体の周りをぐるぐると回転させて敵の干渉を跳ね除け、一時的に安全地帯を作り出す。「ギぃいいいいいいいーシュぅ、次は“ティファニアに当てる”ぞ!! 死体を動かす方法なんていくらでもあるからなァ!! ひゃァははははははははははァッ!!」「させるかァアアアアアアアアアアアアア!!」 ギーシュが翼を全開に広げ、ティファニアと、彼女を守るようにして抱き締めたマチルダの元へと飛翔する。 原作知識によってアンドヴァリの指輪の存在を知っている転生者にとっては有効な脅しだろう。指輪は僕が既に手に入れているので、アンドヴァリの指輪がジョゼフの手に入る事はないのだが、それを知る者はまず存在しない。 “王の財宝”の中からずるぅり、と一本の剣が引き抜かれてくる。轟音めいた唸りを上げながら互い違いに回転する三本の円筒形の刃を接続した、削岩機めいた刀身。そう、これこそが乖離剣エア、ヤツも転生者であれば、コイツの威力がどれほどのものかも、よく分かっているだろう。故に。 ────『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』。 乖離剣エアによって放たれる壊滅必至の一撃、それこそがギルガメッシュの最終奥義、その一撃を、ティファニアに狙いを付けて放つ。敵を近づけない為に“王の財宝”の剣弾を周囲に飛び回らせているため、僕の一撃を止めるにはそれこそ、我が身を呈して庇う事のみ。 この剣こそはありとあらゆる『死の国』の原点、顕現するのは天地創世以前の原始地球、灼熱と極寒の同居する原初の地獄。かつて天地を切り裂き、世界を創造した剣、圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となる。 その一撃、受けられるものなら受けてみろ────!! 閃光が走る。轟音が響く。否、爆裂に等しい衝撃が渦を巻き、刀身から放たれる圧縮大気が轟風となり、時空断層の竜巻、大瀑布に等しい怒涛となって、庇うようにティファニアの前に立ったギーシュに向かって雪崩れかかる。 勝利の確信。今度こそ敵を打ち倒したと確信する。その確信こそが──── ────『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。 ギーシュの前に顕現するのは剣の鞘。エクスカリバーを収めていた鞘だ。それらが数百ものパーツに分解し飛び散って、ギーシュを守るようにして彼の周囲を取り囲む。その能力は防御にあらず遮断、所有者の周囲に妖精郷、疑似的な異界を形成し、あらゆる物理干渉、魔法である並行世界からのトランスライナー、六次元までの多次元からの交信をシャットアウトする。「嘘……だろ…………」 ああそうだ、僕は肝心なことを失念していたらしい。ヤツがセイバーの能力を持つというのであれば、当然のようにその聖剣の鞘も使えるはず。 そして、その鞘こそが、乖離剣エアを防ぐ事が可能な唯一の武具。 弾き返された大気の濁流が渦を巻いて押し寄せ、さらにその後を追うように放たれるエクスカリバーの光刃を、全力の乖離剣を放ってしまったこのタイミングで回避するのは不可能。「……おかぁ……さ…………」 光の圧力、喉が震え、意味もなさない呟きが漏れ出てくる。逆巻く暴力の奔流に叫びすら上げる事も出来ず、せめてもの抵抗とでもいうかのように僕は喉の震えを押さえつけた。 もはや勝負は決した。止められない。渦を巻く光の怒涛が僕に向かって押し寄せ、そして────!! 僕が感じたのは一面の白、世界が光に塗り潰されて真白い闇となり、何も見えなくなる。 その刹那、脳裏で無数の記憶が閃き、少しずつ遠くなって消えていく。流れていく記憶の群を見てこれが走馬燈かと納得する。 閃く記憶の群、前世のもの────幼い頃────両親────学校────いじめ────涙────屈辱────侮蔑────隔意────絶望────怠惰────自殺──── 流れる記憶の群、フェルナン・ド・モットとしてのもの────誕生────隔意────父────原作────リーラ────シャーリー────敵────ギーシュ──── 浮かび上がる記憶の群、どちらでもない“僕”のもの────転生────誕生────隔意────母────友人────魔法────恋人────籠絡──── 確か、そう、確かだ。 あれは確か僕が■度目の■■をし■■時の■と。 フェル■ン・ド・モットがハルケ■ニアに■初に生ま■た時のこと。 ト■ステイン魔■学院の使■魔■喚の儀■■日のこと。 そうだ、間違いない。確かその日、ル■ズの召■■た■い魔があ■■ケ■ノで、それで確かあの時は……駄目だ、思い出せない。記憶が蘇る速度が速過ぎて、上手く言語化できないまま忘れていく。そう、確かあれは……二■目の転■の時もまた僕は■ェルナン・ド■■ットだった。■生■た僕は図■館でタ■サと…………■度目は僕の■■■■を平■才人が…………駄目だ。 何も分からない。思い出せない。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。 だが、これだけは分かる。いつだって、僕が死んだ理由は自殺だったという事。それだけは……いや、ああ、それすらも忘れていく。忘れるな、忘れるな……駄目だ。もう何も分からない。分かりはしない。そう、永遠にだ。だから、だから……。 一瞬だけ、引き戻されるように意識がクリアになる。記憶。「駄目だ、駄目だよ■■■■■■■、今出ていったら君もアイツに殺され────」 泣き出しそうな笑顔のまま、彼女は僕の頬にそっと手を触れて、僕を安心させるように笑顔を作って見せた。「いいの。生まれ変わって、貴方に会えなければ、私は大嫌いだった前世の私のままだった。でもね、今、私は今の私が大好きなの。貴方を守れるから。その力があるから」 引き留める僕の手をそっと外すと、彼女は儚げに微笑んで立ち上がった。「前の私と今の私の違いは多分、力があるかないかのどちらかに過ぎないんでしょうね。でも、私にとってはそれで十分。だって一度だけでも、誰かの為に何かをしてあげられるんだから」 彼女は歩き出す。止められない。僕は、誰かのために立ち上がることすらできなかったのだから。立ち上がらなかったのだから。彼女の為でさえ。 ただ一度だけ、それが最期だというかのように彼女は僕に振り返った。「さようなら、大好きなフェルナン────いいえ、■■■■君。愛してるわ」 その笑顔すらももはやおぼろげで、彼女がどんな顔立ちをしていたのか、髪は、瞳はどんな色だったのか────それさえも曖昧に、摩耗した記憶の彼方へと消えていく。 ただ、振り返った彼女の瞳から一滴の涙が零れて────それさえも結局、忘却の彼方に忘れられた。 ややあって、遠くから彼女のものらしき断末魔の声が響き、やがて誰かの足音が乱暴に近付いてきて、そして。 そしてまた、僕は自らの命を断った、のだろう。きっと。そんな記憶。「ざんねん。きみのぼうけんはここでおわってしまった!」 ふとどこかで聞いたような、あるいは初めて聞いたような声がして、僕の意識は、再びぼんやりと覚醒する。「珍しく今回の死因は自殺じゃなかったな。知ってたか? キリスト教徒にはやっちゃいけない三つの事がある。堕胎と離婚、そして自殺だ」 気が付けば、僕の前にはいつか見たそいつが立っていた。「知らない天井……でもないな。ここは天国か?」「あっはははははははは、自分のやった行動を思い出してみろよ。お前が天国なんて上等なものに行けるわけもないだろう?」 そいつはさぞ愉快そうに僕を嘲笑った。「ま、死んでるのは確実だな。いくら水の精霊の強力な再生能力があったとしても、エクスカリバーで焼き払われちゃおしまいだ。いや、さすがギーシュ、すごいねえ。やっぱ鉄板オリ主はTUEEEE!!ってことかな?」 そのギーシュを転生させたのもコイツだろうに。不愉快だ。ざわり、と、僕の鳩尾の辺りに溜まっていたドス黒い澱みが蠢くのを感じる。それを押し殺すように僕は声を出した。「じゃあ、僕はこれから地獄に行くのか? それとも、何も残さずに消えるのか」「強いて言うなら、その寸前と言ったところだろうな」「……そうか」 では、これは完全な敗北という事だろうか。だが────「────納得がいかないといった顔をしているな。じゃあどうする? また転生してみるか? それはそれで楽しそうでナイスな選択だ」「いや、そんな必要はない。なぜなら────」 そう、なぜなら。「────生き残る布石ぐらい、してあるからな」「ちょっ、え? マジか!? ……って、うわマジだよ。コイツはまた思い切った真似を」「そりゃそうだ。僕も、たまたま思いつきで召喚した使い魔が水の精霊じゃなかったら、あんな真似はしなかった」 そう。そうでもなければ、ここまで思い切った真似などできはしない。 自己同一性を保つ手段が無ければ、やろうとも思わなかった。僕はどこぞの橙子さんみたいな達観の境地には到達していないし、到達できるはずもないからな。 だが、それを解消する手段があればまた別だ。「っははははははは!! こりゃまた恐れ入った。まさか、まさか、まさかまさかまさかまさか、よりにもよって、俺の予想すら上回るどんでん返しを仕掛けているとはね!! いやぁ、お前転生させて本当によかったわ本当」 その嗤いすら嘲笑されているように聞こえる僕は末期だろうか? いや、コイツは元々こういうヤツだ。「どうでもいいさ。僕は戻る」「戻る、か。帰る、じゃないんだな。ま、無理もないか。お前にそんなことは無理だ」 その問い掛けに、なぜか僕の心臓が跳ね上がった。自分の根幹を抉られたような不快感、鳩尾の辺りに吐気じみた痛痒感、奥歯が軋る音が喉の奥に響く。「……放っといてくれ。分かったら僕を元の場所に帰せよ」「そうかい。なら、とっとと行くがいいさ。楽しい踏み台ライフをエンジョイしてくるといいさ」 黙れ、と心の中でだけ叫び返して、そうして、僕の視界は再び暗転した。=====後書き的なもの===== ……やってしまった。 ギーシュ、チート能力御開帳の巻。こうして見てみると、人格関係ないような。 ラストまた超展開どーん。 しかし、まだ終わりません。ゴキブリのごとくしぶとく生き続けます。 前回と同じ。仮掲載。