空を舞う竜の大群。無数の翼のはばたきが重なり合って、その響きはもはや轟音に近い。空は曇り。雲に覆われて暗い色調の空が、まだ見ぬ不吉の到来を予告しているかのよう。 そんな中、僕は雲に紛れて浮遊大陸アルビオンへと接近しつつあった。竜の群に先住魔法を使わせ、雲を纏い、姿を隠す。「竜群は水の精霊の支配下にあるから、魔法を使うこちら側はメイジ一人と水の精霊、それから火竜の群、三つのパーツによって構成された群体生物のようなもの。一体一体ではなく、一個の群体として魔法を使う事で、飛躍的にその威力を上昇させる事が可能、か。この技は、結構使えるかもしれないな」 僕は眼下に、どこかの大貴族が建てた城らしき建物があるのを確認し、竜の神経を通して号令を下す。僕の一部である火竜たちが一斉に咆哮を上げる。数百頭の竜による、いわば疑似聖堂詠唱での先住魔法。 竜が纏う雲が燐光を纏い、少しずつ強烈な光と化し、やがて一条の閃光と化して眼下の大地へと滑落する。轟音を上げて着弾した雷は、しかし一瞬ではなく数秒間の照射を続け、停止する。 雲の中から水の精霊そのものである水蒸気の触手を飛ばし、眼下の城に探索の手を伸ばした。「大分燃えているな。生存者はゼロ、か。あれだけの威力の攻撃であれば当然だな。……こんなんじゃ足りないけれど」 竜群の眼前に赤く輝く障壁を発生させる。一辺百メートルにも達する赤い正方形の、“複製障壁”と呼ばれるそれは、グレン・アザレイの相似体系魔術の一つであり、“転移障壁”の応用。空間転移の転移先を同時複数設定する事で、入口を通った物体を複数の出口からコピーして出せる障壁である。それに自分が乗っている以外の全ての竜を突入させる。上空千メートルの雲の中に設定された十三枚の出口から次々と飛び出してくる竜の群は、十倍以上の数となってすぐさま僕に合流する。 だが、それでも足りない。あの化け物の恐怖から逃れるには、まだまだ力が足りないのだ。 だから、僕は人気の無い山岳地帯へと竜の翼の先を向ける。人がいない、といっても、それは人類に限る話だ。オークやオグル鬼などの亜人どもが、無数に棲息している地帯。火竜の飛行能力に物を言わせて上空から水の精霊の雨を降らし、その肉体を奪い取っていく。 ああ、でもやはり、足りないことには変わりない。こんなんじゃ、一撃で消し飛ばされて終わりだ。もっと、もっとだ、もっと力が────。 濁流のフェルナン/第八段「にしても、空を飛び続けるのにも飽きてきたな」 ひとまず、地上に降りる事にする。何か面白いものでも見つかるかもしれない。 いきなり火竜の群れが飛び回れば当然大騒ぎになるだろう。火竜の大半を雲の中に隠し、その中に複製障壁を浮かべてしばらくオートで火竜の増産を行う傍ら、僕は地上へと降り立った。「といっても、何もないな。森ばかりだ」 森なら、トリステインにもいくらでもあった。正直、これなら空の上にいても大して変わらない────「────あれは、村、なのか?」 普通、半径数キロの範囲に人が暮らす集落があるのなら気付く。僕にはランスロットの気配察知能力があるからだ。だが、それにもかかわらず気付けなかった。 その理由は簡単。「……誰も、いない?」 人の気配が無いのだ。 木々の葉擦れの音や風の音は届いてくるが、それだけだ。しんと静まり返って、物音一つしない。目につく中でとりあえず一番大きな建物の中を覗いてみるが、どうやら誰もいないようだ。得体の知れない何物かが潜んでいる様子もない。「テーブルに湯気の立っている料理でも並んでいれば、マリー・セレスト号みたいなんだろうが」 しかし、それもない。僕の独り言は木造の壁に虚しく跳ね返る。 木目の浮き出たテーブルをそっと撫でても、埃の感触はほとんどない。どうやら、住民が消えたのはさほど昔のことではないようだ。「レコン・キスタも動き出していないってのに、気の早い連中もいたものだ」 にしても、ここはどういう建物なのか。実際に使っていた痕跡のある厨房もあるようだし、生活のための施設だというのは間違いない。だが、貧民が多産になるという傾向を想定に入れても妙に椅子や部屋の数が多い。 その椅子の大半は、体の小さい子供でも使えるように細工が施されているようである。 まさか────原作知識が頭をよぎる。まさか。「孤児院……か?」 まあ、ここが孤児院だとしても、原作に登場したあの孤児院だという保証はどこにもないのだが。 あらためて、孤児院のような建物を探索してみる。食料品や生活雑貨のようなものはどこにもない。家具だけがぽつねんと放置されている。まるで取り急いで引っ越しでも始めたような有様だ。「まったく、何が何だか……」 だが、何はともあれ、こんな訳の分からない状況に関わり合いになる必要などどこにもない。何が起こるかなど分かったものではないのだ。ぼんやりしていて面倒に巻き込まれないうちに、さっさと退散するのがベストだろう。「それじゃ、さっさと帰るとするか」 溜息一つついて建物を出る。上空に待機させた火竜の視界が奇妙なものを捉えたのは、その刹那の事だった。 相似魔術で発生させた転移障壁を使って上空へと空間転移、ヴィマーナの甲板に姿を現す。 火竜たちが捉えたのは巨大な影だ。僕の乗るヴィマーナよりもさらに巨大な、それこそ島ほどにも巨大な質量を持つ、何か。それが頭上を覆い、巨大な影を落とす。「何だ、あれは……!?」 重力を無視しているかのように空の間中に浮かぶ巨大構造物、金属とも粘土ともつかない球体の周囲をリング状に取り巻く三重城壁、その内側に建ち並ぶ白亜の巨大建造物群と、その上をドームのように覆う大樹。 いかに魔法の存在する世界とはいえ、これはあまりにも非常識に過ぎる。 何だあれは? 好奇心が刺激され、僕はその空中建造物に向かって火竜を近づけてみる。自分自身が近づくのは危険な気がしたので、端末である火竜の一体を斥候に向かわせる。少しずつ視界の中で空の巨城が近づいてくる。 接近してみて初めて分かる。球状をした城の基底部には、無数の木の根が絡みついている。それで思い出した。「────あれは、ラピュタだ」 映画で見た事がある。アレは天空の城ラピュタ。雷を落としたり、ロボットが出てきたりするアレだ。そのものだ。「まさか、よりによってアレが出てくるとはな」 近づき過ぎた火竜が奇妙な飛行物体が放った閃光に撃墜され、ラピュタの中へと墜落していく。火竜を撃墜したのは、巨大な人型だ。人型こそしているが、腕を翼に見立てて広げたその形は飛行機にも見える。「あー、そういえばロボとかいたっけか……」 にしても、なぜラピュタなのやら。別にあんな骨董品にこだわらなくても、終わクロの大機竜ノアとか、いくらでも類似の空中要塞の中には、もっと多機能かつ強力なのがいくらでも存在するだろうに。「やれやれ……どうせあれも転生者関連なんだろうな」 言いながら、背後に“王の財宝”のゲートを開き、仮面を取り出して装備する。 仮面は、二本の角を持つ鬼の面。 かつて日本最大の鬼種たる酒呑童子の誕生伝説において、祭祀用の鬼の仮面を着けたところ、そのまま取れなくなって鬼になってしまった、という伝承が存在する。この鬼面は、装着した者の肉体を「鬼」という概念で纏め、一体の「鬼」という存在として運用する、という能力を持つ。 故に、かつて源頼光に首を刎ねられた酒呑童子は、そのまま敵の頭蓋を噛み砕き、断ち落とされた己の頸を敵の肉体に繋げて蘇ろうとしたのだ。この仮面を着けた人間の肉体は鬼に変じ、魔術的な手段においてもその存在は「鬼」としか感知できない。 さらにその上に、“王の財宝”から取り出した大きなマントを羽織り、自分の姿を完全に隠す。かつてアーサー王が使ったという姿隠しのマントだ。大気を操り、光学迷彩を発生させる。その効果範囲を拡大して竜の群の半数を覆い隠し、さらに複製障壁を使って隠した火竜の数を幾何級数的に増殖させていく。 光学迷彩を解除すると、もはや数万頭にも及ぶ火竜の群がそこにいた。 それに対抗するように、ラピュタの中からも無数のロボット兵が現れる。炎のブレスとビーム砲の閃光が飛び交い、激しい空中戦が展開される。 一機、また一機とロボット兵たちが墜落していき、そしてその十倍、百倍、あるいはそれ以上の数の火竜が、肉片となり、あるいは炭化して崩れ落ち、ラピュタの大地へと叩きつけられていく。ラピュタの壁面に衝撃と共に血肉の花が咲き乱れ、さらにその上に新たな花が塗り潰して咲き乱れる。 半ば炭化した血や肉片が雨のように降り注ぎ、泥水のように流れ落ちる。もはや元の色など分からず、ラピュタは血と骨と肉と脳漿の色で一面に染め上げられていた。 そんな光景をよそに、僕は既に火竜から降りてラピュタの内側へと踏み込んでいた。不可視の存在への警戒は無いようだ。「これが超銀河ダイグレンとかガイバーの“方舟”辺りだったら、とてもじゃないけど光学迷彩程度の能力じゃ踏み込めなかっただろうな」 呟きながらラピュタの廊下を走る。厨二設定が無い分、スタジオジブリはチョロい。 中枢部は確か……覚えていない。だが、とりあえず中心部を目指していけば間違いないだろう。上空にまだ隠れている竜の群の視覚と方向感覚にアクセスすれば、自分のいる位置が空間的に何となく把握できる。 光学迷彩だけでなく、気配遮断の効果を持った“王の財宝”のハデスの隠れ兜の効果領域を相似魔術で拡大して隠してあり、複製障壁を利用して今もその数は増大中である。予備の手札は多ければ多いほどいい。 そうそう、その前にやっておく事がある。軽く指を鳴らすと、僕の目の前に三枚の複製障壁が出現する。サイズは掌程度、床面を構成する石畳の継ぎ目に挟み込むように打ち込まれたそれらは、そう簡単には見つけられないはず。 さってと、敵はどこにいるのかな? それじゃあ、行くとしようか。僕はランスロットの脚力を借りて、長い回廊を走り出した。 走る。ロボット兵のほぼ全てが上空の火竜群の迎撃に向かっているらしく、城内はほぼ手薄のようだ。まあ、それも致し方ない事。確かにロボット兵と火竜の性能差は圧倒的だが、数においては圧倒的にこっちの方が上。それどころか、上空では複製障壁を利用して、その数は今もって増大中なのだ。 その気になれば、ラピュタの上に火竜の屍体で山を築いてこの空中魔城を圧殺することだってできるだろう。 そんながらんどうの城内を走る。城の構造は中々複雑で、マトモに中枢に辿り着く事はかなり難しいものだっただろう。従って、僕は強行突破する事にした。 “王の財宝”を展開、構えた両手に宝具を射出。右手に太陽剣グラムを、左手に歓喜剣ジョワイユーズを握って疾走、行き止まりに突き当たればグラムの業火で壁をブチ抜き、階段が見つからなければジョワイユーズの光刃で床や天井をブチ破り、速度を落とさず走り抜ける。 さすがに途中ではロボット兵に阻まれたりしたが、僕が振るう二刀流は元よりどちらもA++級、世界最上級のエクスカリバーに匹敵する最上位の聖剣魔剣である。ロボット兵程度の相手ならば一撃で真っ二つにできる。 最高位の魔剣である太陽剣グラムの刃は真名解放に頼らずとも、相応しい担い手であれば既存の物理法則を無視した超常の切れ味を発揮する。それは、未知の材質で構成されたラピュタの金属扉であっても同じことだ。 斬断した扉を蹴り飛ばすと銅鑼でも打ち鳴らしたかのように一際大きな轟音が響き渡る。同時、扉の内側から弦や火薬の音が打ち鳴らされ、無数の矢弾が飛来した。「っ」 全て弾道を見切って回避、当たっても痛くも痒くもないが、的になるのはあまりいい気がしない。威嚇代わりに天井に“王の財宝”から金剛杵を飛ばして爆破、地響きにも似た爆音が響き、破砕した天井から瓦礫が落下する。 見渡せば、そこにいるのは怯えた瞳でこちらを見つめる非武装の人間が数人、大半が子供だ。服装からして、研究員とか実験体とかそういうのではない、純粋な村人Aとか、そんな立場の人間だ。そして、その子供たちを守るように武器を構える兵士たち、油断せず銃や弓の射線はこちらを睨んで外れない。訓練の行き届いたいい動きだ、と僕の中のランスロットの知識が告げている。 念のため、などと考えて相似魔術の銀弦を飛ばし、子供の脳内から情報を引きずり出す。かなり適当な検索、故に引き出せる情報も大雑把、先程の村の住人である事と、どこか見覚えのある雰囲気の金髪の少女。 その情報を吟味する暇もなく、兵士たちが銃弾を飛ばしてくるのを首を傾けて回避、同時に兵士たちから誰何の声が飛ぶ。「何物だ!?」「知るか」 吐き捨てて刃を振るう。 主武器が刀槍ではなく弓や銃なのは、射程の長さを生かして長篠合戦方式で近づく前に撃ち殺す算段なのだろうが、そんなものは相手の想定を上回る装甲か回避力があれば間合いを詰めるのはさして難しい事ではない。 敵の反応速度を上回る踏み込みで矢弾の弾幕を掻い潜りながらグラムを振るえば、業火に包まれた炎が胴体ごと抉り焼いて破砕、腹をまとめて焼き砕かれ、残る胸から上と腰から下が折り重なって落下、脂じみた悪臭と共に炭屑が飛び散る頃には、ジョワイユーズの虹刃が次の得物を両断し、グラムの超絶熱量は隙を衝いた狙撃の銃弾を空中に置いたまま鎔かし落とす。 周囲に群がっていた人間たちをまとめて始末して、一つ溜息をつく。今の騒ぎはこのラピュタの警備関連にも伝わっただろう。さほどの時間も経たずに敵が集まってくるはずだ。ただの兵士やロボット兵程度ならマトモに戦っても負ける気はしないが、さすがに集中力が持たない。 ここは、先を急ぐべきだろう。僕はそう考えると、グラムの真名解放を眼前の壁に叩きつけた。業火の刃が未知の合金の壁を焼き砕き、建造物の中に道無き道を造り出す。「しかし……勢いで行動するものじゃないな。見物だけのつもりが、いつの間にかマジで喧嘩売ってるし」 本当に何をやっているのだろうか。もう、無視して帰ってしまっていいのではないだろうか。そんな風に思う。ああ、本当に帰りたくなってきた。 そんな風に考えるのとは別の場所で、僕の脳髄にもう一列の思考が走る。かなり冷静になってきていると自己分析。いくら何でも、元々無気力なこの僕がたかだか夢一つ、戦い一つを動機に、ここまで行動派な真似をする、それ自体が無理だったのだ。時間をおいて、冷静さが戻ってきたらしい。 そしてその一方で、熱狂する叫びを放つ部分がある。力が欲しい、力…………力……力力力ちからチカラぁだァッ!! この転生者を殺して、新しい力を手に入れろ。あのバケモノどもに対抗するためには、同じバケモノを捕食するのが一番手っ取り早いィヒャハハハハハハッ!! 思考の片隅で落ち着け、と叫ぶ。冷静さを欠いた状態では、力を手に入れる事なぞ出来るわけがない。 別の一部で急げ、と叫ぶ。早く力を奪い取らないと、他のバケモノに捕まってしまう。そうなる前に力を手に入れておくのだ。 また別の思考がまた落ち着け、と叫ぶ。バケモノなど、僕と同じ転生者など、そうそう存在するものではない。適度なモチベーションは重要だが、脅威を過大評価し過ぎるのは自滅の第一歩だ。 そしてまた急げ、と叫び、落ち着け、と叫ぶ。再び急げ、と叫び、落ち着け、と叫び、また急げ、と声がする。 その中で、頭に一条の疑念がよぎる。なぜ僕は…………? なぜ、の後に何と続けていいかも分からない、疑問未満の疑念。そんな疑念さえも、脳裏で荒れ狂う熱狂の中に呑み込まれて消えていく。「っ糞、落ち着きやしねェ……」 口調すら一定しない。そんな事だから、いつもいつもあのバケモノどもに…………いや、いつもいつも……何だ? 僕は今、何を思い出そうとした?「……分からない」 分からないが、それでも一つだけ分かる事がある。元々自分から仕掛けた事とはいえ、ここは既に敵地。なら、結局戦うしかないってことだ。「戦う、か……」 前世の僕だったら、とてもではないが思いつかない思考だ。昔から体力もなく、喧嘩も弱くて、それがコンプレックスで、いじめを受けても抵抗なんてできなくて、周りが恐ろしくて仕方が無くて、だから気付かない内に壁を作って閉じこもって…………! 僕の記憶をよぎる顔、顔、顔。侮蔑、憐憫、興味、無関心……僕を見る、周りの連中の顔。どれもこれも、自分は僕よりも格上だと思っている、そんな表情。胸の奥で酸混じりの毒液が沸騰するような、そんな感情の滾りは、弱さから来る損得勘定故に爆発する事も出来ずに、十年以上もかけてじっくりと煮込まれて醸成される。「ははっ、何だか嫌な思い出ばかりを覚えてるな……」 走りながら自嘲。もう少し幸せな記憶を思い出したいところだが、この緊迫した状況下で思い出している余裕はない。数百メートルも走ると、やがて見えてきた。 守備兵力。今までのようなロボット兵ではない、人間の部隊。特徴的な黒の甲冑に身を包み、それぞれが大型のクロスボウや、あるいは後装式のマスケット銃などで武装している。そういえば、先程の村人たちを守っていた兵士たちの装備も同じものだった。「あの装備、使っているのはグラモン家かウチの私兵団くらいのものだったと思ったが」 どちらも元々はグラモン家の私兵団で開発、量産されたものだが、技術的な問題や徹底した機密保持などにより、他の勢力では使用されていない。 ちなみに、なぜ我がモット伯家がそんなものを正式採用しているかというと、例によって例のごとく、この間のサツマイモと同様、ギョーム・ド・グラモンが水の秘薬を買う金に困って、設計図などを我が家に持ってきたからだ。まあいつものことである。「守備兵力がいるってことは、この辺に守るものがあるってことなんだろうなァ」 獰猛な口調にしようとしても、下卑た口調にしかならない。そんなものだ。僕は凶刃を構えて敵に向かって肉迫する。「ここから先は、私が通しません……!」 杖を構えた、おそらくメイジなのだろう、なぜかメイド服を身に纏った女性が風の刃を飛ばし、同時に背後の部隊からも矢弾が飛来する。その勢いはまさに弾幕、だが甘い。 正面から来る風刃は素手で殴り潰し、飛来する弩弓の矢は太陽剣グラムで斬り払い、僕の背後の空間から“王の財宝”の剣弾を射出、相似魔術の銀弦で敵の弾矢をこちらの剣弾と接続し、相似の力に囚われた矢弾はその方向を反転させて、敵に向かって襲い掛かる。 兵たちが無数の弾幕に撃ち抜かれ、物言わぬ屍へと変わっていく中、メイド服の女性は一人だけ衝撃波に吹き飛ばされ気絶こそしているものの、まだ見ぬ転生者のサブヒロイン補正か何かなのか、命に別状はないようだ。 その女性と自分の頭を相似の銀弦で結んで相手の頭から情報を引きずり出し、大まかな兵の配置と、中枢の位置を探り出す。 その勢いのままに疾走し、しばらく回廊を突っ走ると、やがて僕の眼前にドアが見える。相変わらず、粘土だか金属だか分からない材質のその扉の中央に、振りかぶるようにジョワイユーズを叩きつける。ジョワイユーズの刀身から放たれる虹色の光圧に押されてドアがへし曲がって吹き飛び、そして。 ドアの内側から放たれた蒼白い光芒と激突して相殺された。 最上位の直接威力系宝具たる歓喜剣ジョワイユーズを防いだ閃光、僕の中のギルガメッシュの知識が伝えている。その正体、間違いなく────「────今の攻撃、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』……それに貴様…………」 攻撃を防いだ相手の名前を、僕は知っている。「やっぱりお前か……ギーシュ・ド・グラモン」 両手に二本の剣を構え、彼はその場に佇んでいた。首に青い宝石、おそらくは飛行石が掛かっている事からして、おそらく彼がこのラピュタを支配する転生者。「おまえ、何者だ?」 ギーシュは背後に立つ金髪の少女、耳が長い事、ここがアルビオンである事を考えに入れればおそらくティファニアを庇いながら、僕の前に立っている。その少女、先程の子供の脳内から引きずり出した記憶の中の少女と同一人物、ならばあの無人の村は彼女の村か。「答える義理はないな。だが、ジョゼフ殿下の大望の為、貴様の後ろにいるその小娘が必要なのだ。故に貴様は排除する。それだけの話だ」 できるだけそれらしい口調を作りながら答える。仮面を着けていると声がくぐもり、それらしく聞こえる。 嘘だ。僕は別に狂王の為になど動いてはいない。だが、相手にその真偽を確かめる術などない。故に、色々とデタラメを言っても何の問題もない。 ティファニアらしき少女を庇うようにして、彼女よりもやや年嵩の少女が、杖をこちらに向ける。「アンタ、ティファに手を出すんなら容赦しないよ!」「待て、マチルダ! 君のかなう相手じゃない!」 こちらに向かおうとした少女を制止したギーシュのセリフからすると、アレが後の「土くれ」フーケか。となると、あの少女はやはりティファニアで間違いないようだ。分かりやすい性格でどうもありがとう。「お前は! アイツが何を企んでいるのか、分かっているのか!?」「さあてなァ? 知っていたとして、わざわざ教えると思うのか?」 僕たちは鏡映しのように両手に剣を構え、対峙する。 ギーシュ・ド・グラモンとフェルナン・ド・モット。精神性も意志も能力も、一つとして同じ部分が存在しない、まるで鏡像の左右が逆転しているかのように、それでも同じ転生者である僕たちは緩やかに一歩を踏み出し、そして。 疾走する。 激突、鏡を映したように対照的な形で剣を構え、ぶつかり合う。 美しい彼は醜く歪んだ自らの鏡像に。 醜い僕は美しく輝く自らの鏡像に。 ありったけの憎悪と敵意を込めて斬撃を叩き込んだ。=====後書き的なもの===== ……やってしまった。 それはそれとして、テファフラグが立ちました。ただしギーシュに。 さりげなく先回りされたフェルナン。 最初掲示板が炎上した時にまずいと思ったけれど、意外に賛否両論だったため再掲載。このまま全部削って何もやらないのも不義理というか優柔不断というか上手く言えないけれど何やらでもあるわけで。 ルートAとルートBのどちらがいいのかは自分としても結論が出せない。ただ、何の伏線もなくラピュタを出したのは失敗だったとも思う。