「ホワイトスネイク、ご報告させていただきます!」
ホワイトスネイクと呼ばれ、キース・オルセンは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
そして栗毛の愛馬から下馬する。
「おー、どうだった?」
片膝を付き、かしこまっている軽装の兵士に対して、キースはいつものように声をかける。
「そ、それが、な、なんと言えばいいのか――」
なにやら困ったような顔を、兵は見せた。
その様子に、キースは真剣な面持ちを向けた。
自身が選抜して、かつ、鍛え上げた情報収集隊員が、このように言い淀むことは稀だったからである。
「そのまんま言えばいいさ。
1つ1つ、短文で、それでオーケー。
後のメンドイことは、上司に押し付ければいいんだ。
それが、現代ストレス社会で生き残るコツだぞー。
って、今、上司って俺じゃん!」
冗談めかして、キースは情報隊員に対して先を促す。
そんなキースを前に、隊員は一礼をしてから、両手の平を上下に動かした。
「マセラ近くの木、木々が、の、伸びてるんです。
な、なんていうか、こう、ニョキニョキと――!」
手を使ったジェスチャーを交えて、情報隊員は説明する。
「……
……
……
あー、うん。
わかった、ああ、わかりすぎるほどにわかった」
隊員の言葉を聞き、キースの周囲をぷかぷかと浮いているプリズムが回転し始めた。
(乃愛が出向いた先で、植物ニョキニョキ?)
(十中八九、乃愛の[プラント・グロース【植物巨大化】]に違いない)
(んで、なんで木を成長させる必要があるのか――?)
(あれは、戦闘向けの呪文じゃない)
(となれば、戦いは一段落しているのは間違いないなー)
(しかも、間違いなく乃愛の勝ちでだ)
(ということは、ようするに――)
「……
……
……
……やりすぎたんだろうな……」
トホホな感じ、と、安堵。
それらの絶妙なブレンドのため息を、キースは大きく吐き出した。
「おそらく戦闘は終わっている。
が、油断はダメだぞ。
マセラに急行する。
怪我人がいるかもしれんしなー」
「ご飯くれー」という時と同じ。
そんな自然体で、キースは周囲の兵達へと指示を出した。
直後、迎撃隊の面々がキビキビと動き出す。
「ま、それも乃愛が治してると思うけどな」
小さな声で呟きながら、キースは再び騎乗した。
「うちの妹が戦略級破壊兵器な件について――
……
……
うん、VIPでもこんなスレない。
2でクソスレ終了、んで終わりだよな」
今、この場にいる誰にも理解されないであろう言葉を、空へと向かってキースは投げかけた。
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082 援軍到着
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今のマセラは活気に満ち溢れていた。
至るところから、楽しげな声が飛び交っている。
子供達は走り回り、若い女達は、なにやら食事を用意している。
年配者達は、酒を飲むのに忙しいようだ。
「ほーら、なー」
そんな光景を見て、マセラに到着したキースは第一声を発した。
「んじゃ、とりあえず状況を聞かせてもらうとするか」
下馬して、キースは部下に馬を預けた。
そして、「頼む」と一言彼らに告げて軽く手を上げた。
「かしこまりました!」
迎撃隊の面々は、直立不動で待機の姿勢を取った。
そんな彼らを見てから、
「すぐに戻ってくる。気楽にしてていいぞー」
ゆっくりと、キースはマセラへと入っていった。
○
「あー、おっちゃん、おっちゃん。
盛り上がってるとこ悪いね。
ちょっといいかい?」
片手にエールを抱えた男、歳は50歳過ぎだろうか?
そんなマセラ住民に、キースは軽い口調で話しかける。
「なんでも、4つ足の黒い悪魔のような化け物に襲われたって聞いたんだ。
んで、俺と、何人かで来てみたら、これだもんよー」
そしてキースは視線を、ベロベロによっぱらって奇妙な踊りをしている別の男へと視線を向けた。
マジックポイントを吸い取られそうな踊りに、キースは苦笑してしまう。
「ま、いい方向に予想外だったから、楽できそうでいいんだけどさー」
そしてあらためて、眼前の男へと視線を戻した。
突如話しかけられた男は、目じりに皺を作りながら笑顔を見せた。
「あー! へ、兵隊さんだべかー?
こりゃ、遠いとこまでご苦労さんだで!
でも、あれ見てみんろ?」
ドヤ顔を見せて、男自身の後方に向けて親指を向けた。
その方向へ、キースは視線を向ける。
と、そこには、黒い巨体が横たわっているのが見て取れた。
キースは男に了承を得てから、黒い巨体へと近寄っていった。
「うへー、こりゃすげーなー」
そこには、漆黒の毛並みを持つネコ科の巨体が横たわっていた。
体長は3メートルを超える大物である。
「たれぱんだじゃない、
たれディスプレイサー・ビーストだな。
まったくもって可愛げはないけど」
キースはなんとなく、ディスプレイサー・ビーストを指でつついた。
それはタレなんてものではなく、カチカチに硬直していた。
「可愛げ? とーんでもね!
ほっ……………っんまに、おっかねーやつだったべ!
うちら、家に篭ってるしかできんかったよ!」
「そりゃそうだろーな。
俺だって、こんなのに襲われたらイヤだもん」
キースは心底思う。
水梨勇希が出会ったら、一撃で即死の自身があるからである。
「これ一匹?
ディスプレイサー・ビーストは群れると思うんだが?」
ゲーム中でのディスプレイサー・ビーストデータを思い出し、キースは男に尋ねた。
「うんにゃ、2匹だんべ。
でも、もう1匹は、立ち寄った冒険者様がサクっとやってくれたんよ。
どうやったんだべかな?
なんでも、影も形も残こんなかったんだべ。
んで、残ったこいつも、探し出してくれてサクっとやってくれたんだべよ」
男は話しているうちにテンションが上がってきたのだろう。
少し興奮気味に、さらに身振り手振りを加えて説明を続けた。
「しっかも、あいつにやられた怪我も奇跡の力で治しよった。
すんげーべな。今、マセラにいる全員が元気だでよ。
冒険者っつーのはすごいもんさね」
「あー、なる。
んで、その冒険者って黒髪の女の子でおけ?」
「あんれまー。
兵隊さんの知り合いだったっぺか?
んだんだ。
あのメンコイ娘さん達だでよ。
で、しかも、あんの化け物にボロボロされたマセラ直せ言うて、
黒いのうちらにくれたんよ。
ありゃー、めっさ高く売れるだで。
最初断ったんだべよ。
でも、「ならエールと交換しましょ」っつーたってな。
わはは、メンコイ娘さんなのに行ける口なんさね!
なら、もー、うちらせめて腹膨れんばかりに飲ませんば、バチあたるわー。
で、こーなったわけよ。
わはは!」
もはや完全な酔っ払いのテンションである。
少し早口であること、また、訛りもあって聞きににくい箇所もあった。
が、ま、万事解決したことを、キースは理解できた。
「そっか、よかったなー。
ま、兵隊なんて、出番が無いには越したことねーもんな」
「わはは!
あんちゃん、自分のことなのにおもろいな!」
「事実だよ。
ま、おっちゃん。
費用は払うから、うちらのやつらも参加させてもらっていいか?
さすがに、早足で来たんで、みんな酒が飲みたくて仕方ないと思うんだ」
「あー、ええよええよ!
気にスンナ、気にスンナ!
あんの黒い革はなんに使うかわかんねーんだべが、ギルドにべんらぼーに高く売れるだで!
こげな田舎まで助けに着てくれた兵隊さんから金もらうわけなんていかんよ。
おーい、小屋から樽だせー!
もう、飲みまくるべー」
男が大きな声で、周囲に向けて指示を出す。
するとどこからともなく、「わかったー」といった声が聞こえてきた。
そんな光景を見て、キースは田舎を思い出して苦笑してしまった。
帰省する度に、必ず昼間からお酒を出してくる叔父さんを思い出してしまったのである。
「でも、あれって自分がお酒飲みたいだけなんだよな。
んじゃま、今日ぐらいは、飲んで食べて、ぐっすり寝かせてもらうかー」
首をポキポキと鳴らして、今日、もはや数え切れないぐらいの苦笑をキースは浮かべた。
○
「おーい、アートゥロ。
マセラの方々のご好意に甘えて、ここで一息をいれるぞー。
あとは任せていい?」
「大将、了解しやした~」
迎撃隊長であるアートゥロは、軽い言葉とは間逆の完璧な礼をキースに返す。
「ガッツリ、普通、残念。
今日はどれですかい?」
「スーパーガッツリ」
「大将、あんたって人は……!」
キースの言葉を聞いて、アートゥロの目はキラキラと輝きだした。
「こういった場所では、ある程度のお金は落としていかないとな。
狩猟、農耕以外の道具なんてのはなかなか手に入りにくいし」
「ガッツリ」という言葉を聞いて、アートゥロは溢れんばかりの笑顔とサムズアップを返した。
「まかせてください、ってなもんです!
アロルド、スーパーガッツリモードだ!
準備頼む! 今日は飲むぞ~♪」
「隊長!
まーた、よっぱらって裸踊りしてニエヴェスさんに叱られてもしりませんよ!」
いつもの2人の部下やり取りを見て、キースは背を向けて歩き出す。
「んじゃ、よろしくな~」
アートゥロとアロルドの漫才のような掛け合いをバックに、キースはマセラを散策し始めることにした。
○
ポジティブな雰囲気に包まれたマセラ。
そんな中、まるで旅行客のようにキョロキョロとしながらキースは歩いていた。
「お、いたいた」
キースの視界に、妹の乃愛の姿が目に入る。
「おーい、乃愛!」
声をかけつつ、キースは乃愛に向かって歩き出した。
「あ!」
声が届いたのだろう。
乃愛は、目の前にいるおばあちゃんに一礼をする。
そんなおばあちゃんは乃愛に対して、何度もお礼を向けていた。
「これ、使ってくださいね」
そんなおばあちゃんに対して、乃愛はいくつかの草を手渡していた。
「薬草学と治療のコンボか。
俺も、もちっと普段に使えるスキルを取っておけばよかったなあ」
乃愛の行為に、ノアが取得したスキルを思い出して納得する。
そして、キース・オルセンが取得したスキルに、キースは苦笑してしまう。
「おにいちゃん!」
ノアが、キースの元に走りよってきた。
そんな妹に対して、キースは笑顔で頭を撫でてやり――
「ありがとな、ノア。
んが、まー、やりすぎたろー」
そして、トホホな笑顔を見せた。
「え、あ、あ、み、見てたの!?」
そんな兄に対して、ノアはワタワタと慌ててしまう。
「俺じゃないけどな。
偵察お願いした人が、めっちゃプラント・グロース見て腰抜かしてたぞ」
「えーと、それは――
って、それどころじゃない~!」
なにやら説明を行うとしていたノアだったが、突如、大きな声を上げた。
「ん――?」
基本的に、ノアは大きな声を出すことは少ない。
キースは小首をかしげた。
「おにいちゃん~♪」
そんな兄に対して、ノアは満面の笑みをキースに向けた。
「ん、どした??」
「こっち、こっちに来て!!」
ノアは興奮気味に、キースの右手首を握り――
「お、おいおい……、って、のわ――――!?」
ノアの脅威のストレングスで、キースは思い切り引っ張られる。
それは、もう、半分空中に浮かぶぐらいの勢いで、だ。
「ちょ、ちょ、ちょ、の、のあさん!?」
「早く、早く~♪」
普段の乃愛を考えたら、非常に珍しい行動である。
そのため、キースはノアに身体を預けることにした。
「な、なんなんだよー、まいしすたー?」
「えーと、確かお肉を焼いているからコッチだったはず――」
キースの言葉は、乃愛には届かない。
完全スルーである。
「肉?
いや、俺、お肉は好きだけど、こんな一分一秒争うほどじゃないぞ?」
「違うよ、おにいちゃん。
あ!
あそこ、見て!」
「ん――?」
乃愛が指差す方向に、キースは視線を向ける――
「はい、出来たわよ~♪
ジャンジャン持っていってね!」
「悪いな、ベッピンさん!」
「ありがと!
なら、感謝の気持ちとして、エールを残しておいてよね!」
「わはは!
ねーちゃんはいける口だったかー。
まかせておけ!」
「言質ゲットしたわよ~♪
じゃ、お返しに、お肉は足らなくなったら言ってくれればいいわ!
また、すぐに取ってくるから」
「んな、簡単に言うなよ。
本業猟師の俺、繊細な心がブロークンハートしちまうよー」
と、そこには、美しく誇り高き黄金獅子の鬣をなびかせて、肉を焼いている女性がいた。
★
皆様、あけましておめでとうございます。
○
方言は、本当に思いつくままに書いています。
東北なのが、東海なのか、九州なのか、まったくわからない謎言語の誕生です。
○
一度、書き上げたのですが、大きなミスを犯してしまいました。
そのため、急遽書き直し。