ゆっくりと、キースは息を吐く。
今まで全身に漲らせていた力を抜くためだった。
そして手馴れた動作で、サンブレードを鞘へとしまった。
そんなキースの行動に、周囲の面々は目を離すことができない。
そして、ゆったりとした足取りで、キースはビックバイの元へと歩み寄る。
そのあまりにも無防備と言える行為に――
「ホ、ホワイトスネイク……!!」
全身を震わせて、口元を押さえて、目に涙を溜めて、マリエッタは口にする。
今、マリエッタは、不安と心配でおかしくなりそうだった。
だがそれでも、その視線はキースから離れることはない。
不安と心配以上に、マリエッタにはそれを上回る信頼を感じ取ることができたからだ。
「クソが、何考えてやがる!?」
血が流れんばかりにと、ローレンは握り拳を作った。
彼女の全身を纏う雷が強さを増していく。
だが、動くことはできない。
ローレンには、主の命令は神の言葉以上の意味合いを持つのだから。
「殿方が見せる瞬間の輝き。
眩しくて、強くて、気高くて、なんて――」
ラクリモーサは自身の唇を舌で濡らす。
「愛おしいのかしら――」
そして、胸を押さえるように、自分の体を抱きしめた。
ラクリモーサは熱い吐息をもらす。
だが。
ほんの少しだけ、ラクリモーサの瞳には寂しげな要素が含まれていた。
「あれで生粋の戦士とかって言われてもね~。
あんな戦士普通ないよ。
反則っしょ、そんなのは~」
呆れたように、ロレインは肩をすくめてしまう。
口調や言葉自体は軽いものだった。
だが、ロレインがキースを見る瞳は鋭いものだった。
それは野生の猫が獲物を見つめる目だ。
「ヒヒ。
なんともまあ。ヒヒヒ、なかなかどうして……
ホワイトスネイクも楽しませてくれるのう。
これは過小評価だったわ、ヒヒ」
周囲の生き物を不快にさせる声を撒き散らちらす。
ヴェクナは厭らしげに笑った。
肩を震わせて、まるで、しゃっくりでもしているかのようだった。
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076 決着
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「次に打つ手は何だ、毒蛇――?」
ビックバイは楽しげに口の端を上げる。
「懐から毒付きのナイフか?
未知なる魔法具か?
それとも逆をついて、そのまま正面から来てくれるのか?
何でもいい。
好きなだけ、俺に毒を吐きかけるがいい――」
ビックバイは両手を大きく広げる。
それはまるで、懐に飛び込んで来いと言わんばかりの体だ。
「おいおい……」
一方のキースは、そんなビックバイの対応にため息をつきたくなった。
心の中では、ビックバイに対して、手の甲で突っ込みを入れているぐらいにだ。
「お前の中で、俺、どんだけ危険人物にされてんだよ!?
ラスボスにそんな評価されんのは、いいんだか、悪いんだかなあ。
ま、今回は、その中のどれでもねーよ。
一つ提案でもしようと思ってな」
苦笑交じりの笑みを、キースは浮かべる。
そして、貴公子然とした金髪をかきあげる。
その上で、見下すような視線をビックバイへと向けた。
「おまえ、随分弱くなったな?」
キースの口から、言葉の爆弾が投下された。
「――!!??」
爆弾に対して、周囲の面々は固まってしまった。
今、キースが言ったことが理解できない。
呼吸もできない。
脳に酸素が回らない。
指先も動かすことができない。
何を言った?
そう、あの魔王ビックバイに対して――
周囲は固唾を呑んで見守ることしかできない。
そんな中で、キースは大きなため息をついた。
ビックバイに見せ付けるように。
「ふむ」
周囲の空気が凍りついたかのような雰囲気の中。
当のビックバイ自身は、なにやらうなずく素振りをみせていた。
それを見たキースは、さらに言葉を続ける。
「しかもさ、後ろの4人?
今のお前の部下、仲間?
よくわからんけど、昔のお前じゃありえねーよ。
ブラックドラゴンにクラーケン、グレートメデューサ、悪魔の大群。
そんなんばっか引き連れてたじゃんか。
何、どうしちまったんだ?
そんな――」
ビックバイの後方に控えている4人に、キースは視線を一瞬だけ向ける。
だが、それは一瞬。
すぐに、キースはビックバイへと視線を戻した。
「本気だせねーよ、今のお前じゃ」
キースの言葉に対して、ビックバイは何も返答しなかった。
だが、視線を落とす。
その先は、自身の両手だ。
そして何度か握り拳を作っては広げるといった動作を繰り返す。
それからビックバイは目を閉ざした。
それは瞑想しているかのように他の者には見て取れた。
「ふむ」
ビックバイは何度か小さく頷く。
そして、ゆっくりと目を開いていった。
「ホワイトスネイクの言い分は確かかもしれん。
体内魔力の流れを調べてみたが、あの時と比較すると良くは無い。
なんだか弁でもしているかのような、とでも言えばよいか――」
ビックバイはクロークを翻して、改めて、キースへと対面する。
「だが、お前が全霊で剣を振るわないと意味が無い。
どうしたら全力で俺に切りかかってくれるのだ?」
ビックバイとキースの視線が交差する。
だが、キースは返答しなかった。
沈黙の時間。
そして――
「……
……
……
……と、でも問えばいいか、毒蛇よ。
相変わらずのからめ手、安心したぞホワイトスネイク」
ビックバイは笑った。
それは子供のように。
純粋。
ただ、ただ、楽しげに残酷げに――
一方、微妙な評価をもらったキースはため息交じりに肩を落とした。
「相変わらずひねくれた答えだなー。
ほんと、中二マインドが大暴れしたような受け答えありがとよ。
ま、そんなわけだから――」
「ヒヒ、お待ちを――」
キースが言葉を続けている時だ。
先の言葉を発する直前、まさに絶妙と言えるタイミング。
その瞬間、周囲を不快にさせるしゃがれた声が間に入った。
「ヒヒヒ――」
ヴェクナだった。
彼の声、いや、存在自体が全ての者を不快にさせる。
不快はいつものことだ。
だが、今、周囲に与える不快の度合いは極みに達していた。
魔王と英雄の会話を遮ったのだから。
周囲(主に、横の3人だが)の面々から、訝しげな目をヴェクナは向けられた。
だが、そんな中で、当のヴェクナは痛痒などとは無縁のように見えた。
いけしゃあしゃあと、不快な言葉を発し続ける。
「ヒヒ。
ホワイトスネイクを本気にさせるなど、簡単ではありませんか!
ヒヒ、そこの女!
今から、その女を殺すとしましょう。
脳を吸いましょう。
皮膚を嘗め尽くしましょう。
目を飲み込みましょう。
英雄様であるホワイトスネイク様は、これで、本気を出して――」
ヴェクナの言葉は途中で止まった。
今度はキースのターンだった。
「さっきは言わなかったけどよー。
やっぱ言うわ。
なんで、こんな三下を部下にしてるんだ?
ないわー」
一瞬で、キースはヴェクナの目前に立っていたのである。
しかも手にしていなかったサンブレードも、いつの間にか抜刀されている。
無論、その切っ先はヴェクナの喉元。
5cmも突き出せば、喉を突き刺さるだろう位置であった。
「動くな。
マリエッタさんに手出して見ろ。
間違いなく、俺はお前に本気をだしてやるよ。
けどな。
ビックバイ、もう、お前には一生剣を向けねーよ。
何をしてこようが、無視してやる。逃げ続けてやる。
ああ、それは俺だけじゃない。
他のメンバー達にも徹底させるからな。
期待すんなよ?
で、お前は一生面白くない人生でも健やかに過ごしやがれってもんだ」
貫かんばかりに、キースはヴェクナを睨み付ける。
一気に、キースの周囲は空気が重くなった。
武の無い者は、理由も分からないまま腰を抜かしてしまっただろう。
多少なりとも力があるものには、強制的にわからされるだろう。
今、キースの全身からは殺気が溢れだしていることが――
「ヒヒ、いかがされましょうか。
我が主よ、ヒヒ」
だが、やはりヴェクナには何も通じていないようだった。
ヴェクナはビックバイへと視線を向ける、
と――
「動くな、と言ったんだがなー。
それには口も目も、全部入ってるぞ。
何もするな」
キースはサンブレードを3cm程前に突き出した。
その行為で、ヴェクナは口を閉ざした。
だが、時折、「ヒヒ、ヒヒ」といった呼吸だか笑い声だか判断しかねる音が漏れていた。
「5年待ってやる。
体調を完全してこいよ。
そしたら、俺も本気でやってやる。
お前の気が済むまでな。
あっと、それに――」
キースは一息つく。
タメをつくり、「ニヤリ」と人の悪い笑顔を浮かべた。
「そん時は、俺の仲間ももれなくついてくる。
残念。
ますますお前には勝ち目ないなー。
さて、どうする?
ああ、一つ保障してやるよ。
気持ちよくノックダウンさせてやるけど?」
キースの言葉が終わると、場は沈黙に包まれた。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえるのではないかと思うほどに、だ。
どれぐらい続いたのだろうか。
「クク、ハハハハハ!!」
その沈黙を破ったのは、魔王の哄笑――
「ククク、白蛇の毒は心地よい。
なんとも言いがたい。
まるで芳醇な香りの酒の如し、だ。
全てを飲み干したくなる」
腰に手を当てて笑う姿は、威風堂々。
魔王と言うよりは、この瞬間は覇王と呼ぶに相応しい姿だった。
「気を使わせて悪いな、ホワイトスネイクよ。
お前の毒、飲み干させてもらうとしよう」
ビックバイは高らかに告げる。
それはまるで宣誓だった。
「だが、5年もいらん。
それはさすがに、お前達に申し訳ない。
俺はそこまで無恥ではないぞ。
2年だ。
それまでに完全にしてこようではないか」
ビックバイの言葉に、キースは一瞬だけ肩眉を潜める。
「2年――」
そんなキースに対して、ビックバイはギラギラとした目を返す。
「ああ。
俺の中で、神がそう言っているからな」
「神……?」
魔王と呼ばれる者が言うには、いささか似つかわしくない言葉。
それにキースはどこか引っかかるモノを感じた。
「気にしないでいい。
それより感謝するぞ。
久しいな。
こんなに楽しかったのはどれぐらいぶりかわからん。
やはりお前達は最高だ」
ビックバイはキースに告げると、クロークを翻して背を向けた。
「お前の芳醇な毒を味わいながら、楽しみに待つとしよう――」
ビックバイは歩みだす。
一歩一歩、ビックバイとキースの距離は離れていった。
そんなビックバイに従う形で、ロレイン達は後に続いていった。
「あんな反則の塊の戦士、あは、楽しい~♪」
「無礼な……!!!!! 殺す、殺す、ブチ殺してやる……!!」
「殿方同士の逢瀬、フフ。子宮で考える女同士では決してたどり着けない境地ね」
「ヒヒ、ヒヒ、ヒッヒッヒ」
各々が言葉を呟きつつ――
「開け――」
そしてビックバイは言霊を発する、と、
そこには、既に開かれている巨大な両開きの扉が顕現した。
「な――!」
これに、キースは驚愕の言葉を発した。
彼の表現では、豪華絢爛、海外の教会の門かよ、といったチープな言葉でしか表現できない。
「また会おう、俺を倒した英雄よ――」
ビックバイと4人は、その扉の中へと歩いていく。
キースは黙って、5人の背中を見届けていた。
○
「はふぅ~」
大きく息を吐きながら、キースは「へなへな」とその場へと座り込んだ。
(やばかった~!
とりあえずってだけだが、なんとかなったー!
けど、ビックバイってなんじゃそりゃ!
なんでいるんだよ~!!
しかし2年かー。
すくねー!!!
5年くらいありゃ逃げ出す算段がつけられたかもしれんのになー。
いや、失敗したか。
10年って言えばよかったか?
そうすりゃそれが5年になったかもしれん。
いや、5年から2年。
うん、十分と考えよう。
しっかし、こりゃ、気合いれて、帰る方法さがさないと洒落にならん。
いや、あいつをなんとか止めないと――
にしても、あんな簡単に帰っちゃっていいのかね?
いや、マスターにそういうキャラ設定されたから、どうにもならんのか?
あんなんだったら、うちら4人そろっても「まだそろってませーん」っていえば、
戦わないで待ってくれるんじゃないか、あの様子じゃ。
って、いや、最後の門だ!
あれってもしかして、もしかしなくても、あの魔法か!?
だったら、いや、まて、結論急ぐな――)
と、一瞬で、キースの頭の中では様々な考えが駆け巡る。
だが、さすがにあまりのことで、すぐに結論は出そうになかった。
「あ――!」
そして、キースは慌てて立ち上がる。
向かったのは、呆然とキースを見ているマリエッタの元へ、だ。
「悪かった。
完全にとばっちりだよな、ゴメンな」
キースはマリエッタの元へ近寄ると、右手を、マリエッタの両膝の下へと差し込む。
左手は背中を抱えるように抱きかかえて――
「よっこらせっと――」
「あ、あ、あの!?!」
キースはマリエッタを抱きかかえた。
いわゆる、お姫様抱っこ状態である。
「ホ、ホ、ホ、ホ、ホワイトスネイク!?!?」
マリエッタは頬を染めてしまい、発した言葉も呂律が回らない状態だった。
「大変だったろ、いきなりわけわからんことに巻き込まれちゃったもんな。
そりゃ、混乱するわ。
雨もずっと降ってたし、熱もありそうだ。
うし、なら急がないとな」
キースは、マリエッタをゆっくりと地面に立たせるように降ろした。
「あんまりビシっと決まらなかったけど、最低限クリアってことで許してくれ。
ニエヴェスさんも心配だからな。
急いで帰るとしよう」
キースはマリエッタに笑みを向けた。
「サーペンスアルバスに、な――」
★
なんだか最後は駆け足になりましたが、とりあえず一区切りです!
やっと少しはストーリーが展開してきたかな、と思います。
○
少しはかっこいいキースを表現できたでしょうか?
一番影が薄かったと思いますし。
○
いや、最近はノアの方が影が薄いか……?
○
登場人物がエライ多くなりました。
空気にさせず、その上で、ちゃんと書き分けができているか不安です。
○
実は当初は、○○○が○○○るという全く違う展開になる予定でした。
あんまりにもあんまりだったので没!