ラクリモーサは自身の腕で身体を強く抱きしめた。
降り注ぐ雨も、今の彼女の火照りを抑えることはできない。
興奮を抑えきれないのだ。
身体が猛る。
自然と笑みがこぼれてしまう。
「魔王と白蛇。
三度目の邂逅。
宝石よりも秘術よりも古の大樹よりも尊い、殿方の誇りをかけた――」
まるで踊りださんばかりに、ラクリモーサは歩を進める。
「純粋な、ただ純粋な力比べ」
彼女が向かった先は、キースとマリエッタの元だった。
雨を厭わず、汚れることを厭わず、ラクリモーサは2人の目前で片膝を付いた。
そしてゆっくりと頭を垂れる。
「貴方様の存在に、全ての女を代表して感謝しましょう」
ラクリモーサは舌なめずりをする。
ピンク色の唇がテラテラと輝く。
ゆったりとした動作で、ラクリモーサは下腹部を手で押さえた。
「ありがとうございます」
鈴の音色のような声色で告げると、妖艶としか例えようのない笑みを湛える。
そんなラクリモーサに対して、
「あんた、一体――」
キースは声をかけようとした。
だが、ラクリモーサは立ち上がり二人に対して背を向けた。
「フェーミナ。
その女性をホワイトスネイクの側に運びなさい。
身重の女性、慎重に扱いなさい。
無礼は許しません」
まさに女王の風格を伴った言葉だった。
命を告げられたフェーミナは、どこからともなく、すぐさまに姿を現した。
そして横たわり眠っているニエヴェスを、キース、マリエッタの側へと静かに移動させる。
その、ニエヴェスの様子を見届けてから、ラクリモーサは呟くように囁いた。
「可愛らしいメイドさん。
貴方は貴方が信じる殿方を――」
が、それは途中で止まる。
やさしげな笑みを浮かべながら、ラクリモーサは歩き始めた。
「フフ、貴方には失礼ね。
こんな当然なこと言うのは――」
ラクリモーサは向かう。
それは、彼女が最強と信じる男の下へ――
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074 魔王と白蛇
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豪奢な、真紅色のローブに身を纏った男。
その男の炎のように真っ赤なローブの布地には、黄金色の鳥の羽があしらわれていた。
男が発している威圧感と風体が相成って、この男は誇り高きフェニックを想起させた。
そんな男の下へ、ラクリモーサはスキップするかの如く近寄っていく。
そして、男の左腕を抱きしめつつ、側へと寄り添った。
「マスター、ご機嫌のようで何よりですわ」
ラクリモーサは自身の頬を、男の腕に擦り付けながら告げた。
そんなラクリモーサには目も向けず、男の視線はキース・オルセンに向けられたままだった。
「最高の気分だ。
血が、血が滾って仕方が無い」
男が言葉を発しても、その視線はラクリモーサには向けられない。
そんな男の言に対して、よりラクリモーサは美しき笑みを湛える。
「私よりもホワイトスネイク。
焼けますわ。
これだから殿方は――」
そして愛おしげに、ラクリモーサは身体を男に預けた。
「殿方はそれでいいのです。
我々、女などは二の次、三の次で良いのです。
そんな殿方だからこそ、貴方が愛おしくてたまりません」
静かに、ラクリモーサは両目を閉じた時だった。
「ヒヒヒ、ヒヒヒ」
不快。
人の神経を逆撫でさせる声が響き渡る。
「ヒヒ」
オレンジ色のローブに身を包んだ男が、そこに存在していた。
その男の顔や表情などは、フードを深々と被っている為に窺い知ることはできなかった。
ラクリモーサは瞳を明けて、小さなため息を漏らした。
そして――
「あんたも来たんすか……」
ロレインは、不機嫌さ全開で言葉を吐いた。
「ヒヒ」
キースに傷つけられて、お腹を押さえているロレインの存在。
それに気がついたオレンジ色のローブの男、ヴェクナは気がついて近寄っていった。
「ミミズのようだのお、ヒヒ。
無様、
醜態、
滑稽、
諧謔、
ミミズヒヨコにはどの言葉が似合うかの、ヒヒ――」
上から下へ。
ロレインを見下しながら、ヴェクナは嘲笑する。
その嘲笑は全ての存在を不愉快にさせるものだったが――
「死ね」
遮られた。
突如、ヴェクナの正面に紫紺のローブを纏った人間が顕現したのだ。
それだけではない。
その握り締められた右拳には、目ではっきりと確認できる程の雷が纏わりついており――
「ショッキング・グラスプ――!」
ヴェクナに向けて、雷の拳が打ち放たれた。
「ヒヨコの姉か、ヒヒ――」
だが、雷が、ヴェクナに届くことはなかった。
ヴェクナの身体に触れた瞬間、雷が霧散したのである。
「テレポート直後に、貴様が視界に入るとは、な」
そこには、激昂するローレンが立っていた。
今、彼女の全身には電流が音を立てながら駆け巡っている――
「しかも、うちの弟に何言った!?
今ココで、テメエの腐った脳みそでも理解できるような後悔をくれてやろうか!?」
まくし立てるローレンの言葉に、ヴェクナは酷く苛立たせるように言葉を紡ぐ。
「ヒヒヒ、かまわんよ。
是非、ご教授願いたい。
無様、醜態、滑稽、諧謔ヒヨコミミズにヒヨコの姉よ、ヒヒ」
「……吐いた言葉、飲み込めねえぞ……!」
ローレンの腹部からも血は出ている。
だが、今の彼女には全く気にならない。
完全な戦闘態勢を、ローレンはヴェクナに向けた。
対するヴェクナはそのままだ。
「ね、姉さん~。
変態さんと遣り合ってくれるのは嬉しいんだけど、今度にしない?
僕と姉さんで、一緒にやろうよ。
で、今は助けてほしいかな、なんて~」
ローレンとヴェクナの雰囲気を打ち壊すのか、煽るのか、
よくわからないロレインの言葉が投げかけられた。
「……
……
……そうだな。
2人の方がいいな」
そんなロレインの言葉に、何を思って感じ取ったのかローレンは素直にうなずいた
「命拾いしたな。
次は脳みそに雷をぶち込んでやる」
冷たい目で、ローレンはヴェクナを一瞥した。
そして、地面に座り込んでいるロレインの元へと向かった。
「ヒヒヒ」
一方のヴェクナは、ただ、周囲に不快をもたらす声で笑うのみ。
ロレインの元へと向かうローレンの後ろ姿を見続けていた。
チロチロと舌を出して、唇を舐めながら――
「全く、お前らしくない。
ドジを踏んだな」
ローレンは腰のポーチから小瓶を取り出した。
そして、それをロレインへと投げた。
「姉さん、ゴメン~」
ロレインは小瓶を受け取る。
「いいから早く飲め。
私も痛いのだからな」
「うん、了解~」
ロレインが小瓶に入った液体を飲み干すと、傷口は瞬く間に塞がった。
そしてローレンの小さな安堵のため息を吐いた。
「ふぅ~!
ポーション・オブ・キュアクリティカルウーンズ、うま~♪」
「一つ貸しだ、これは高くつくぞ」
ローレンから手渡されたポーションを飲み干したロレインは、勢いよく立ち上がった。
屈伸や、足を伸ばす運動を行う。
そして、何度か小さくうなずいた。
「よし、もう大丈夫だよ~」
「大丈夫になってもらわなければ困る。
そもそも、だ。
お前はいつもいつもいつもいつも――」
「わー、まった、まった!」
ロレインは姉の言葉を遮る。
いつものお説教モードに入った為である。
これに入ると、恐ろしく長い時間かかってしまう。
いつもなら問題は無い。
だが、今は――
「それは後で~!
今は――」
ロレインは人差し指を、ローレンの顔へと向ける。
そして「ツンツン」といった体で、前方へと動かした。
「なんだ、私の顔に何かついてるのか?」
「違う違う、そんなボケはいらないよ~
後ろ、後ろ」
「ん?
……
……
……
……んなっ!?」
ローレンの視界に信じられない光景が入ってくる。
「マ、マスター!?!?」
自身が敬愛してやまない存在。
今まで外に出てくることがなかった。
そんなマスターが、今、目の前にいるのだ。
しかも――
「ラクリモーサぁ!」
地獄の鬼もかくやと言わんばかりに、ローレンは呻り声あげる。
そんな声に、当のラクリモーサは気がついた。
「フフ」
ローレンに対して、ラクリモーサは笑顔を向ける。
そして抱きしめている男の手を、自身の胸に挟み込まんばかりに抱き寄せた。
「貴様、マスターに対して、無礼な真似を~~!!」
ローレンは向かう。
彼女が敬愛する男の下へ――
「あは、これは楽しくなりそうだな~♪」
ロレインも姉の後に続く。
姉が仕えている男の下へ――
「ヒヒ。
吸い時ではないということかのう、ヒヒ」
ゆっくりとした動きで、ヴェクナも歩き始める。
「素晴らしい、素晴らしい。
ヒヒヒヒヒ――」
ヴェクナは向かう。
魔王と呼ばれる男の下へ――
○
「あ、ああ……!」
マリエッタの声は声にならない。
それは、今、目前にいる真っ赤な豪奢なローブの男の存在の為だ。
息苦しいのだ。
身体の震えが止まらないのだ。
全身から、おそろしく冷え切った汗があふれ出してくる。
今、マリエッタの心では、ある1人の男の名前が渦巻いている。
それは――
「ま、まさか……!?」
マリエッタが声を絞り出そうとした時だった。
「ライトノベルもびっくりな展開だなあ」
キースはため息とともにぼやく。
そして――
「こんな時は、上司に全部押し付ければーいいんだ」
マリエッタに対して、キースは笑顔を向けた。
そして、ゆっくりと落ち着かせるように抱きしめる。
「!?!?!?」
マリエッタには何が起こったのか理解できない。
今度は違った意味で、声にならない状態だった。
「任せとけ。
ここにいるのは誰だ?
マリエッタ、何時も言ってるだろ。
俺、ホワイトスネイクなんだろ?
なら、大船に乗った気でいるといい」
子供をあやす様に、キースはマリエッタの「ぽんぽん」と撫ぜた。
「は、はい!??」
なんとかマリエッタは声を絞り出す。
「ん、おけ」
そんなマリエッタを見て、キースはマリエッタからは離れた。
今度は別の意味で、マリエッタは腰砕けになってしまう。
思わず、地面へと座り込んでしまった。
そしてキースは歩き出す。
魔王と呼ばれる男の前に立ちふさがる為に――
○
今、ここに魔王と白蛇が相対することになった。
魔王の背後には4人の男女。
白蛇の背後には1人の女。
聞こえるのはシトシトと降り続く雨の音だけ――
誰もが動かなかった。
そんな均衡を破ったのは――
「やれやれ、だ。
相変わらず、存在自体が迷惑なやつだなあ。
うちの大事なマリエッタさんに、恐怖(フィアー)を押し付けないでくれ」
キースだった。
肩をすくめるようにして、そしてキースは言葉を続けた。
「にしても、イメージ通り。
ボスらしい、まー、なんというか、マスターの中二病全開の格好だ。
やれやれだなあ。
見た目どおりの強さなんだろうな、これってば……」
キースはため息をつく。
キースは魔王とは面識がある。
が、水梨勇希は、実際には魔王とは会ったことがないのだ。
しかし間違えようも無い。
魔法、そして想像していた通りの外見から推測すれば間違いようもない。
「で、聞いていいか?
なんで生きているんだ、ビックバイ?」
キースが発した男の名前。
その瞬間、場の空気が凍ったかのような雰囲気に包まれた。
魔王ビックバイ。
この世界にいる人々ならば誰もが知っている。
破壊の魔術師。
「心地よい、な」
ビックバイは穏やかな声で発声する。
「やはりこの空気が最高だ。
魔法と剣。
この場には、これこそが相応しい。
戦いの場には――」
ビックバイは唇の端を上げて笑う。
「やはりお前達なのだ。
俺に、この空気を味あわせてくれるのは――」
不敵。
今のビックバイに、これ以上相応しい言葉は無い。
まるで演説のような、堂々とした発言だった。
「俺、のほほんとした空気が好きな人間でね。
こんな雰囲気、遠慮願いたい。
だからさ。
またあんたとは会いたくはなかったな。
あ、でも、プリズムはありがたく使わせてもらってる。
それだけは感謝しとくわ」
一方のキースは、いつもどおりの言だった。
それはまるで、「今から、朝ごはんを食べる」と内容を変えても差し支えないようなものだ。
「やれやれ、だな」
そしてキースはサンブレードを構える。
切っ先は無論。
魔王ビックバイ――
「クク、喜んでもらえて幸いだ。
だか、感謝するのはこちらも同じ。
改めて言おう。
感謝するぞ、ホワイトスネイク――」
ビックバイは両手を広げた。
それはまるで、胸に飛び込んで来いと言わんばかりの格好だった。
★
プライベートでバタバタしておりました。
遅くなって申し訳ございませんでした。
○
なんだか全く話が進んでいないなー。
○
次話あたりで一段落つく予定。
予定。
なんという都合の良い言葉なのでしょうかw