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007 夜の酒場
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1階に降りると、いつの間にか店内はお客さんで賑わっています。
鎧を脱ぐのに一生懸命でわかりませんでした。
混み合っている店内で空いている席を探していると、マスターが声をかけてくれました。
「おおノアさんか、ちょっと待っていてくれ。
すぐに料理出して来るから」
「あ、マスター。ありがとうございます」
わたしはカウンターの席に着くことしました。
周りを見渡すと、みんな本当に楽しそうにお酒を飲んでいました。
一生懸命働いて、全力でお酒を飲んで、大騒ぎです。
「あれ、ギター?」
そんな中で、
少し独特な形をした、ギターのような弦楽器を持った男の人が目につきました。
どうやらこれから演奏しそうな雰囲気!
この世界の音楽を聴けそうです~!
○
あは、不協和音、微妙なコード進行。
よく言えば、前衛的? そ、それともこれが普通なのかなあ?
あんまり上手くないとは思うけど、音色は雰囲気が出てるなー。
音楽って不思議です!
「わたしも、ひさしぶりにピアノ弾きたいなあ」
思わず愚痴ってしまう。
日本にいたときは毎日弾いていたから、なんていうか禁断症状というか。
こっちにピアノってあるのかな?
なんとなく、テーブルの上で指をしばらく動かしてみる。
ショパンのエチュード、イ短調 Op.10-2を弾き終わる頃に料理が運ばれてきました。
「はい、お待たせ。
今日は煮込んだウサギ肉だ。
とっても身体が温まる。あと、飲み物はどうする?」
「あ、えと……
……うーん……牛乳ってありますか?」
この世界の飲み物がよくわからない。
だから、一番無難な、それでいて変じゃないものを注文してみます。
「はは、開店以来、初のオーダだな」
微笑しながら、マスターは牛乳を出してくれました。
○
「美味しい!」
ひさしぶりに暖かいご飯!
ホコホコに湯気が立ち上っています。
にんじんや長ネギ、タマネギ、豆とかもいっぱい入ったスープ。
この中に、きつね色ぐらいに油で焼いたモモ肉が入っていました。
「お肉も柔らかいな~、料理できる人ってすごい!」
ちなみに、わたしは料理は得意じゃありません。
前に、おにいちゃんに食べてもらったときの感想――
「俺、なんか乃愛に悪いことした!?」
まじめに作ったのに……
……それ以来、料理は封印中です。
というか、作らせてもらえません。
「お、ノアさん。
どうだい、料理だけは最高の店だろ?」
ゲイルさんが声をかけてきてくれました。
わたしの横の、カウンター席に腰を下ろします。
「とっても美味しいです。
どうやってこんな味になるんだろう?」
「ああ、あいつは料理だけは一級品だからな」
自慢げに、ゲイルさんは笑います。
そんなゲイルさんを見たマスターが、すぐにお酒を持って近寄ってきました。
「お、来たか。穀潰し」
きっといつものやり取り、いつもの行動なのでしょう。
ゲイルさんの目の前にお酒を置きます。
「早く俺にも飯、飯。腹減って仕方がねえ」
「俺はお前のお袋じゃねえんだぞ、たく」
ぼやきながら、マスターが裏の厨房へと消えていきます。
きっと、文句を言いながら、でも、ゲイルさんに最高の料理を持ってくるんだろうな。
○
お腹いっぱい!
今日は気持ちよくベッドで眠れそうです~!
そんなこと思いながら、ゲイルさんに挨拶をして席を立ちます。
けど、ゲイルさんはまだ飲んでいくそうです。
なんでも、夜はこれからが本番とのこと。
自然に生きる狩人らしいというか、豪快だなー。
と、思いつつ、2階の自室に戻るために階段へと向かいます。
そんな時、不自然な方向を向いて食事をしている年配の方が見えました。
「あたた」
なんだか、言葉と表情から露骨に痛そうな状態であることがわかります。
ちょっと気になります。
どこか怪我でもしているのでしょうか?
……
……
余計なお節介かもしれない。
けど、今のわたしなら何か役にたてるかもしれない。
知らない方だけど、うん、話しかけてみよう!
「どうされました、大丈夫ですか?」
「ん、娘さん。見ない顔じゃな?」
ご老人は、ちょっと不思議そうな面持ちでわたしを見つめてきました。
のぞき込むって感じです。
やっぱり、こういった村とかに知らない人がいるから警戒しているかも。
「ええ、今日からこちらの宿にお世話になっているもので。
ちょっと辛そうにされていたから……
……大丈夫ですか?」
「ああ、よく出来た娘さんじゃのう……
……どこかのゲイルとかあたり見習ってほしいぐらいじゃ」
「聞こえてるぞ、パケ爺さん」
お酒を持ちながら、ゲイルさんがこちらのテーブルにやってきました。
「耳だけはいいのう」
「耳の悪い狩人なんぞいるか」
「耳が良くても、口と頭と性格と顔が悪くてはのう……
……あたたた……」
お爺さんはパケさん。
みんなからは、パケ爺さんと呼ばれているそうだ。
この[ウォウズの村]の村長さんらしいです。
「大丈夫ですか?」
「いや、何、ちと寝違えての、あたた……
……朝から痛みがずっととれん」
「んなの、飲んで寝ちまえば治るぞ、おーい2杯追加-」
ゲイルさんは大きな声で、指を2本掲げます。
遠くからマスターの、「おー」という声が聞こえてきました。
「確かにゲイルさんなら、それで治りそうですけどね」
でも、寝違えるって、かなりきついんだよね。
行動にも結構制限されちゃうし。
「ちょっと失礼しますね」
「娘さん?」
頭の中で行うべきことが見えてくる――
「ちょっとの間だけ、椅子に深く座って背筋を伸ばしてくださいね」
お爺さんの座っている椅子の真後ろに、わたしは移動しました。
身体が自然と動きます。
「痛いのは右側ですよね?」
「ああ、右を向こうとすると痛くて痛くての……
……あたた」
わたしはおじいさんの右手首を持ちます。
痛くない位置まで、手首を後ろに引き上げていく。
その位置でしばらく止めました。
「娘さん、わし痛いのは首なんじゃが……?」
「あは、もう少しだけ付き合ってくださいね」
今度は左手でおじいさんの右手の甲を支えます。
そのまま右手で肘を前から後ろへ軽く引く。
そして、このまましばらく制止っと――
……
……
……うん、もういいかな?
「はい、おしまいです」
「わしが痛いのは首じゃぞ?
手を動かしただけで、何も、って……おや?」
「どうした爺さん? とうとうボケたか?」
いつの間にか2杯来ていたお酒。
ちなみに2杯目を飲みながら、ゲイルさんはこちらを伺ってきました。
2杯目は、パケさんのじゃなかったの?
「い、痛くない!
いや、少しは痛みもあるんじゃが……
全然違うぞぃ!?」
「あは、よかったです」
寝違えって、脇の下の神経の圧迫が原因。
[治療]スキルは本当に助かります、自分に対しても人に対しても有益だもんね!
「はい、後はっと――」
腰のポーチから、わたしはすり潰したヤブガラシを取り出します。
「ちょっと冷たいかもしれないです」
ヤブガラシを、パケお爺さんの首になでるように塗ります。
「おお……気持ちいいのお……」
「はい、スースーして気が紛れると思います。
これで明日には完治していると思いますよ」
「娘さん、若いのにすごいの!」
パケお爺さんはわたしの両手をとって、ぶんぶんと上下に振ってくれました。
……よかった、喜んでくれて!
「へー、ただもんじゃないとは思ったけど。
ノアさんは[薬草使い(ハーバリスト)]だったのか?」
「[薬草使い(ハーバリスト)]ですか?
んー、そういうのは意識したことありません。
けど、薬草とか、人の治療とかには詳しいんですよ」
ゲーム中の一般技能で[治療]と[薬草学]の両方のスキルを覚えていてよかった!
この2つを覚えると、体力の回復なんかにボーナスがプラスになるんだけど、
今、まさにその恩恵を実感です!
「礼を言わせてくれ、娘さん。本当に助かったわい!」
何度も何度も、お礼を言われてしまいました。
なんだかこちらが恥ずかしくなってしまいます。
でも。
思い切って声をかけて良かったと思います。
本当に、本当に今日は気持ち良く眠れそうです!
★
話の展開が亀のように遅いです。
早く他のキャラクターを出したいな。