「来るか――?」
キースは小声で呟く。
そして、ゆっくりと剣の柄に手を添えて中腰の姿勢に入った。
目の前に広がる草原。
そこには先程までと何ら変わることがない光景があった。
だが、キース・オルセンという一流戦士の身体は感じ取ることができた。
異様ともいえる雰囲気を、だ。
「……」
息を殺して、しばらくそのまま待ちつづける。
すると、ザワついた音が耳に飛び込んできた。
その音は次第に大きくなる。
そして、キースの視界に入ってきたのは――
「お、おいおい。
こ、これはやりすぎなんじゃないかー?
クソゲー、乙、マスター……」
数え切れないモンスターの大群だった。
「ホブゴブリンが、いち、に、たくさんっと……」
キースは愚痴りながら、自分に向かってきているモンスターの群を見渡す。
そして、なんとなく体育祭を思い出す。
雰囲気が、試合前の騎馬戦や棒倒しに近いと感じられたからだった。
そんな中で、モンスター群から、一人、キースに向かってくる人影があった。
胡散臭いほどの笑顔を携えたロレインだった。
「ずいぶんと珍しい友達、しかもめっちゃ連れてきたな」
ロレインを視界に収めて、その、さらに後方にいるモンスターへ視線を向けつつ、
キースはロレインに言葉をぶつけた。
「すごいでしょ?
それは褒めて欲しいな、苦労したんだから。
ホブゴブリンがほとんどだけどね。
あとはまあ、リザードマンやハーピーやら。
で、数は1000。
これだけ用意したよ~」
聞いてもいないのに、一方的に、ロレインは笑顔で説明をしてくれた。
さすがに1000という数を聞かされたキースは、思わず舌打ちをしそうになってしまった。
だが、実際に行うことはなかった。
ロレインという男に心情を悟られることで、これ以上、弱い立場に立たされることを防ぐためだ。
「こっちは頼んでないから褒めることもないな。
で、素敵なイベントっていうのは、アイツらとやれ、と?」
キースは視線の先をホブゴブリン達へと向ける。
と、ロレインは嬉しそうにうなずいた。
「大正解!
気に入ってもらえると嬉しいんだけどなー」
誰が気に入るか――!
と、思わず、盛大にツッコミを入れたくなる。
そんな気持ちを押さえ込んで、キースは冷静を装って言葉を続けた。
「お前が前に言った、クリアってやつの条件次第では気に入るかもな」
「まあ、さっき話にでた内容だけどね。
その辺はしっかりしていた方がいいもんね!
じゃあ景品ゲットのクリア条件を言おうかな」
右手を口元に持ってきて、ロレインは一つ咳払いをする。
そして――
「簡単だよ!
[白蛇(ホワイトスネイク)]が見たいんだ。
サーペンスアルバスのトップのホワイトスネイクなんかじゃないよ。
そんなのはつまらない。
僕が見たいのは――」
そしてロレインは一呼吸を付いて――
「そう、あのビックバイと戦ったホワイトスネイクだ」
いつの間にか、ロレインの顔から笑みが消えていた。
その顔は真剣、もしくは無表情というべきか。
なんとも判断つきかねるものだった。
「蛇の牙で食い尽くすことができるのかな?
英雄は観客を喜ばせなきゃ。
それが英雄の仕事だ。
サーペンスアルバスのノホホン統治なんて誰も得しない。
さあ、僕達に見せてよ、一騎当千を――」
一息で、ロレインは言い切った。
「僕が言うのも変だけど、つまらない死に方はしないでね」
ロレインの表情は、再び、笑顔のそれに戻る。
そして悠々と背中を見せて、ホブゴブリンの大群に向かって戻って行った。
「ふぅ、何この展開。
まさかリアルで無双ゲーをやらされるとは思わんかった」
ロレインを見送り、キースは思わず空を見上げてしまう。
「これ、絶対お前が興味本位で思いついただけのキャンペーンだろ?
ったく、普通のマスターならこんなのやらねーぞ」
そして、友人であるダンジョンマスターの顔を思い出しつつぼやいた。
「でも人質だけは勘弁してくれ。
おかげで、今の俺は――」
キース・オルセンは抜刀する。
そこに現れたのは輝く黄金の剣、[サンブレード(陽光の剣)]だ。
「やる気満々だってーの!!!」
そして走り出す。
たった一人。
モンスターの大群に向かって――
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066 一騎当千
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「さあ、準備~!!」
ロレインは空に向かって高く右手を上げた。
その瞬間、あちこちのホブゴブリン達から、雄叫びが上がっていった。
そして、一斉に、たった一人に視線が集中する。
視線の先は、稀代の英雄キース・オルセンである。
「いってこ~い!」
右手が振り下ろされると、ホブゴブリン達はいっせいに走り出す。
雄叫び、地響き、叫び声を伴ったそれは、まるで津波のようだった。
○
「って、今日の俺は卑怯だぞっと!!」
走りながら、手馴れた様子で、キースは抜刀していた[サンブレード(陽光の剣)]を鞘に収めた。
そして、腰のバッグに右手を突っ込む。
「てれれれっててー、っとぉ!」
そして何も見ないで取り出したのは、小さな小瓶だった。
小瓶には小さくではあったが、へたくそな絵のドクロが描かれていた。
「そらよっっとお!!!」
走る勢いを利用して、キースは全力で小瓶を投げる。
小瓶は放物線を描いて、前方から押し寄せてくるホブゴブリンの津波に向かっていった。
キースからは、小瓶が見えなくなった瞬間だった。
一瞬の閃光、そして爆発が巻き起こる。
「Gyaaaaaaaaghyjukil!?!?!」
ホブゴブリンの言葉にならない悲鳴があがる。
先頭集団の中の3人が、一瞬で、黒いバラバラの墨と化した。
また、致命傷は免れたが、多くのホブゴブリンが火傷を負った。
「Gaaaaa!」
先頭集団に混乱が生じる。
だが、ホブゴブリンの突撃は止まらない。
墨と化したものを踏み潰し、火傷を負ったホブゴブリンを突き飛ばす。
津波は止まらない――
「今度会ったとき、しこたま作ってもらわんといかんな」
だが、キースは慌てることはなかった。
そして腰に装着している[バッグ・オブ・ホールディング]から、再び、ドクロの小瓶を取り出す。
今度は右手に3本、左手に3本である。
「戦略的には完全無欠の敗北。
それを戦術面でひっくり返すことはできないって言ってたマンガあったなあ。
でも、今日は負けるわけにはいかないから――」
キースの脳裏に、自分に対して本当によく仕えてくれたマリエッタの顔がよぎる。
「もうちょっとだけ待っててくれ――」
キースの身体の周囲を、白桃色の菱形プリズムが回転する。
「eohjoga」
[アイウーン・ストーン・オブ・パーフェクト・ランゲージ(完全なる言語のアイウーン石)]の力で、
ホブゴブリンの言語が理解できるキースは、小さな声で、ホブゴブリンに向けて謝りの言葉を呟く。
そして、6本のドクロの小瓶を投げつけた。
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◇[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]
特性
・小瓶が砕かれると中の液体は発火する。
・辺り一面は錬金術の炎が舐め尽くす。
パワー
・遠隔、爆発[消費型]
・レベルによってダメージと反応が異なる。
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6本同時に投げた[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]は、ホブゴブリンを20人焼き尽くした。
だが、ホブゴブリン達に怯む気配は無い。
我先に、と、キースに向かって突進してくる。
「ちっ、モラールチェックに成功したってか!?」
キースは舌打ちをする。
[D&D]にはモンスター側にモラール(士気)が存在する。
様々な環境や行動によって、このモラールは変動する。
変動の結果によっては、モンスターは恐怖状態に陥ったり、狂乱状態、はては逃げ出したりする。
今回、キースが[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]を派手に使ったのは、
ホブゴブリンのモラールを下げて、混乱や逃亡してくれないかと考えたためだった。
「なら、次はコイツで――!」
再び、キースは腰のバッグに手を入れる。
取り出したのは、15cm程の大きさのフラスコだった。
「そらよっと!!」
キースの右手から放たれたフラスコは、回転しながら、
先頭を走るホブゴブリンの目の前に落ちて、割れて――
「Hii!?!?」
轟音、
風圧、
熱風、
土埃、
混濁した全てが、周囲に撒き散らして響き轟かせる。
[アルケミスツ・ファイアー(錬金術師の火)]とは比較にならないほどの爆発だった。
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◇[ジョルト・フラスク(衝撃のフラスコ)]
特性
・特殊処理を施された反応液が入ったフラスコが砕かれた瞬間、大爆発を起こす。
・爆発の際に、フラスコは凄まじい衝撃波を起こして、敵の気を遠くしてしまう。
パワー
・遠隔、爆発[消費型]
・レベルによって反応が異なる。
・目標はしばらくの間、幻惑状態となる。
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巻き上がった埃が落ち着き、視界が開ける。
と、地面がごっそりと抉れており、直径5m程度のクレーターが出来ていた。
近くにいたホブゴブリンは木っ端微塵となっていた。
「――! ちくしょう、まだダメか――!!」
さすがにホブゴブリンも足を止める。
だが、すぐに雄叫びを上げて突進が再開される――!
「なら――!」
さらにキースはバッグから小さな皮袋を取り出した。
皮袋の口を開けて、中に詰まっていた奇妙な緑色のゲルを、9時から15時方向の半円を描くように振りまいた。
キースの前方を取り囲むように、緑色のゲルは広がっていった。
そしてついに――
「Guaaa!」
興奮しきったホブゴブリン達が、とうとうキースの目前にやってきた。
古びた剣やフレイル、統一性など全くない様々な武器を振りかざして突っ込んでくる――!
今、キースは剣すら抜いていない。
だが、全くもって、慌てた様子は見られなかった。
そんなキースを蹂躙しようと、ホブゴブリンは一斉に切りかかろうとして――
「!?!?」
ホブゴブリン達が緑色のゲルを踏んだ時だった。
勢いが急に無くなり、足を取られてしまう。
後からやってくるホブゴブリンも、続けて、どんどんゲルに足を取られていく。
粘着状のゲルは、ホブゴブリン達の行動を著しく制限させた。
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◇[タングルフット・バッグ(足止め袋)]
特性
・このバッグには粘着性のゲルが詰まっている。
ゲルは空気に触れると広がって固まる。
・ゲルを封入したバッグは衝撃を与えると破裂するように処理されている。
パワー
・遠隔、[消費型]
・レベルによって反応が異なる。
・ゲルに触れた目標はしばらくの間、減速状態となる。
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恐ろしい形相で、足元のゲルを何とかしようとしているホブゴブリン達。
そんな集団に囲まれていても、キースは動じなかった。
ゆっくりと、そして、歴戦の古強者のみが出せる完璧な動作で剣を抜いた。
二本帯刀しているが、抜いた剣は、再び、サンブレード(陽光の剣)だった。
抜刀されたサンブレードは、ものすごい強さの光輝を放っていた。
多くのホブゴブリンは、まとわり付くゲルと光による眩しさで悶えていた。
「メイドさんと妊婦さんに手を出そうなんてやつらは――!」
煌々と光を放つサンブレードを上段に構える。
「光になあれぇぇ!!!!!」
そして一気に振り下ろした。
光の輝きは増していく、増していき、当たり一面は真っ白になり――
そして――
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◇[サンブレード(陽光の剣)]
武器:ソード
特性
・レジェンダリィ・ウェポン[伝説的な武器]
パワー
・この武器による攻撃が与えるダメージは全て[光輝]の種別を得る。
使い手はダメージを通常のものに変えることも出来る。[無限回]
・光の粉塵を噴出して、敵に吹き付けることができる。
粉塵は敵のみを判別して、大爆発を引き起こす。[爆発][一日毎]
・持手の周囲に、明るい光や、薄暗い光を放つことができる。
使用者は光の強さや範囲を調節することができる。
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大爆発した。
★
更新されない期間が長くなるよりは、少しの文章量でも、駄文でもアップすることを選択。
○
お兄ちゃんの言葉に、色々、アニメ的な言葉を入れようとしています。
が、なんか苦戦中です。