「それは俺も考えた。
けど、正直、[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]を見つける自信はなかったなー。
俺の場合、魔法も使えなかったし」
マリエッタの手作りシチューに、キースはパンの切れ端を浸ける。
そしてじっとりと染みこんだことを確認してから、に口に含んで咀嚼する。
それは誰から見ても「美味しく食べているな」と、わかるものだった。
「に、加えてさー。
俺、「領主になる!」っていうエンドだったろ?
こっちに来て、動きにくかったっていうのもあったしな」
キース・オルセンこと、水梨勇希(みずなしゆうき)は苦笑する。
まさか、ただの一学生だった自分が、施政を行うとは夢にも思っていなかったからだ。
「ただ、良いこともあったぞ。
がんばって領主やってたから、こうしてノアに会えたんだからな。
ホント、まじ良かったよ」
当然のことながら、[D&D]の世界と現代の日本とでは異なる点が多々ある。
その中の1つに、[情報の収集]が上げられるだろう。
現代の日本ではインターネットや携帯電話の普及により、どんな遠くの情報でも簡単に入手できる。
だが、ファンタジーの代表的な世界とも言える[D&D]では簡単にはいかない。
(一般的では無い魔法を除けば)情報の伝聞は、基本的に人を介して行うしかないのだ。
そんな世界の中で、どこかにいる人を探すというのは容易ではない。
しかも怪物が横行しているのだから、その難易度はさらに跳ね上がる。
だから、この世界に来た勇希は考えた。
各々がむやみに探しても、絶対に見つけることはできない、と。
ならどうしたらいいか――?
その結論として、勇希は[キース・オルセン]となって領主になることを決意した。
領主という立場から「俺はここにいるぞ!」とメッセージを発信して、みんなの目印になる為である。
そして期待するのは、他のメンバーが自分の元に来てくれることだ。
「うん。ありがと、おにいちゃん。
おにいちゃんが領主しててくれて、本当によかったよ。
おにいちゃんの所を目指せばいいって思えたから、がんばってこれたんだもん。
それに――」
兄と同様に、ノアは、スープが染みこんだパンをテーブルに置いた。
「おにいちゃんが、「無事なんだ」っていうのもわかったから――」
穏やかな面持ちではあったが、ノアは大きく息を吐いた。
それは、何か溜まった嫌なモノを排出するかのようだった。
「……ん、あんがとな」
そんなノアに対して、
嬉しさと、そしてこそばゆい感覚をキースは感じてしまう。
家族から面と向かって感謝の言葉をもらうなど、多くあることではない。
勇希に出来たことは、照れを隠すため、貴公子然とした長い金髪をかきむしることだった。
「さーて、これからどうすっかだなー」
などと、とりあえずキースは口にしてみた。
が、基本的な方向は固まっている。
「待つ」ことである。
少なくとも、原ヶ崎妙子(はらがさきたえこ)と入間初(いるまはじめ)と合流するまでは――
「どうする?
わたし、出来ることなら何でもやるよ。
妙子お姉ちゃんとイルさん探す?
それとも、[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]探してこよっか?」
「うーむ……」
ノアの言葉に聞いて、キースは顎に手を当てた。
「確か、ノアはエロール信仰だから呪文自体は使えないよな?
となると、呪文書を探す、か。
む、見つけられるか……?
マスター、「ゲーム進行が訳わからなくなりそうだから」って公言して、
最期まで[ウィッシュ【願い】]と[ゲイト【魔導門】]出さなかったぐらいだし。
そうなると、最初から[ウィッシュ【願い】]や[ゲイト【魔導門】]を使用出来る人を探す、か。
……
……これも辛そうだなあ。
俺達とタメ張れる[NPC(ノンプレイヤーキュラクター)]は殆どいなかった。
その方向性でゴールを目指すとなると、Totoで6億円が当たるぐらいの奇跡が必要だなあ」
キースの言葉に、ノアも困ったような表情を浮かべてしまう。
ゲームプレイ時の記憶を遡って、ノア自身にも理解できたからだ。
基本的にノアやイルのレベルなら、[D&D]における最高レベルの呪文を使用できる。
だが、全ての呪文が使用できるわけではない。
まずプリーストのノアには、スフィア(領域)の壁が存在する。
僧侶には何かしらの存在を信仰対象にする必要がある。
その信仰対象によって、プレイヤーには使用可能なスフィア(領域)が決定される。
そして[D&D]の僧侶系呪文には各々スフィアが決められており、
自分が使用可能なスフィア以外に定められている呪文は、そのプリーストには使用できないのだ。
ノアが信仰する女神エロールは、[ウィッシュ【願い】]と[ゲイト【魔導門】]は使用出来ないスフィアである。
マジックユーザーであるイルの場合には、呪文を使用するには呪文書を見つけなければならない。
だが、[D&D]にて遊んでいた時、ウィッシュとゲイトの呪文書は出てこなかった。
この2つの呪文はゲームバランスを崩しかねない程の強力な呪文だったからだ。
「それにノアを1人で、また旅なんてさせられんよ。
危ない危ない。
お前は無事かもしれんが、ビビリのにいちゃんの方の心臓がもたん。
マジ、勘弁してくれ。
ピアノの練習の時もそうだったけど、1人で無理しすぎなとこがあってにーちゃん怖いよ。
ま、しばらくは、ここで休むといい。
その間、にいちゃんがなんか方法考えとくから、な?」
「あ、うん……」
兄の言葉に、ノアは真剣な面持ちで頷いた。
そしてノアは反省する。
いつの間にか、調子に乗って「1人で何でも出来る」と思い上がっていたのかも知れない、と――
ノアの様子に、キースはホッと安堵の息をついた。
「それに、せっかく会えたのに、さ。
また二手に分かれるのは、なんだかなーって感じだ。
まず、みんなで集合することを考えような?」
「うん、そうだね」
「よしよし!
とりあえず、方向性が決まったってことで、飯喰っちゃおう。
あ、冷めちまったなあ。
おーい!」
キースは扉に向かって、大きな声で呼びかける。
と、ノックと一礼をしつつ、マリエッタが入室してきた。
「お呼びでしょうか、ホワイトスネイク」
「あー、すまん。おかわり頼んでいいかな?
家族会議をしてたら、パンじゃなくて時間を食ってしまったわけですよ。
2人分を、熱々でお願いします、はい」
何故だか拝むようにしてマリエッタに頼む兄の姿に、ノアは少し吹き出してしまった。
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061 蠢動
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サーペンスアルバスの中心的な広場。
広場は回廊のある建物に囲まれており、そこは[海の女王]と呼ぶに相応しい美しい空間だった。
この空間はサーペンスアルバスに住む人々にとって憩いの場となっている。
多くの出店や、また回廊沿いに併設された喫茶店を目的として、沢山の人々が往来している。
人々の表情は総じて明るく、全体がポジティブな空間に包まれていた。
が――
その空間の雰囲気と真逆の人物が、この広場をゆっくりとしたペースで歩いている。
この人物は紫色を基調としたローブを着用していた。
頭からフードもかぶっており、わずかに口元が見える程度である。
気温が高いサーペンスアルバスにて、奇妙に浮いた存在だった。
すれ違う人々も怪訝な面持ちである。
「あ!
姉さん、こっちこっち~」
そして、このローブの人物は足を止める。
聞き覚えがある声が耳に届いたからだ。
わずかに除く口元を苦々しげに歪めて、ローブの人物は声の元に歩み寄っていった。
「姉さんにしては早かったね。
てっきり、あと1時間は遅れてくると思ってたよー」
声の主は若い青年だった。
青年は喫茶店のオープンテラス席に座っていた。
右手にカップを持ち、左手を振っていた。
お気楽な調子の青年に、「姉さん」と呼ばれたローブの女性は隠すこともなく舌打ちをする。
「ロレイン、何を考えている」
そして、不機嫌さも隠すことなかった。
乱暴に椅子を引いて、目の前の男性の向かい側に腰を下ろす。
「こんな往来の中心に呼び出すなんて、誰かに聞かれたらどうするつもりだ!?」
「ま、落ち着きなよ、ローレン姉さん。
あ、お茶、もう一つ追加ねー」
いらだっている自身の双子の姉であるローレンを宥めつつ、
弟のロレインは、何事も無いかのように、喫茶店の店員に対して追加注文を行う。
「ふん……!」
だが、そんなロレインの姿が、益々、ローレンの苛立ちを増やしているのだが――
○
「ふー。
ここのお茶は絶品だ。
僕のおすすめだよ、姉さん?」
だが、ローレンは目の前に出されたお茶に口を付けることは無かった。
ローブをかぶっていて表情は伺えないが、唯一見える口だけはゆがんでいる。
「全く、何考えている?
計画を煮詰めるなら、いくらでも場所なんかあるだろうが!?」
返ってきたローレンの言葉はトゲトゲしいものだった。
相変わらずの姉の様子に、ロレインは微笑とも苦笑とも取れる面持ちを浮かべた。
「だーいじょうぶだって。
逆に、こういった方が安全だったりするんだよ。
だーれも聞いてないって。
姉さんは気にしすぎだよ」
「お前は気にしなさすぎなんだ」
そして、ローレンは不機嫌そうに、目の前に出されたお茶を一息に口に含む。
「……む……」
ロレインからは、姉の口元だけしか見えなかった。
だが、姉の反応を見落とすということは無い。
「ね、美味しいでしょ?」
「……
……
……ま、まあ、お茶には罪はないからな」
今度の姉の反応には、ロレインはハッキリと苦笑してしまった。
○
「で、姉さんの方はどうなってる?」
「サボってばかりのお前と一緒にするな。
と言いたいところだが、今、「1500」と言ったところだ」
「え、もうそんなに集めたの!?」
ローレンの[1500]という返答に、ロレインは驚きを隠せなかった。
だが、逆にローレンは不服そうであった。
「馬鹿言うな。
今回のお前の計画なら、[2000]は欲しい」
「ま、欲を言えばね。
でも、十分だと思うよ。
計画のキモの[1000]と、余った[500]に分ければいいんだから」
だが、やはりローレンとしては不満だったのだろう。
「さすがに[500]ではどうにもならんだろう?
まあ、そっち側の強さは、今、[内部]にいるお前の方が詳しいとは思うが――」
「まあね。
やっぱり[蛇さん]すごいよ、あの人。
他の領主の所の兵士とは比べものになんない。
[500]だったら、まあ、良い勝負って感じかなあ?」
ロレインは少し冷めてしまったお茶を口にして、舌を湿らす。
また、それに合わせて、ローレンもお茶を口に含んだ。
「で、内訳ってどんな感じ?」
「8割が[ホブゴブリン]だな。
都合良く集落があったからな」
「残り2割は?」
「まあ、いろいろだな。
手当たり次第って感じだ。
が、殆どがヒューマノイドタイプになる」
ローレンの言葉に、ロレインは尊敬の念を禁じ得なかった。
「いやいやいや、十分だよー。
さっすが、愛の力だね」
「……ふん」
「愛の力」との言葉を受けて、ローレンは少し項垂れた。
ローブの為に顔の表情はわからないが、ロレインには姉が照れていることがわかった。
姉がしてくれた反応に、ローレンは大満足である。
「[1500]はすぐに動かせるの?」
「当たり前だ。
[我が主]のためだ。
すぐに動く必要があるなら、泣こうがわめこうが動かせてみせる」
「……
……あはは、そ、そっかー」
ロレインは心の中で、[ホブゴブリン]達に少しだけ同情する。
この姉は [我が主]の為なら、絶対にどのような行為も行うことを知っているからだ。
「やろっか」
そして、ロレインは一言呟いた。
それに対して、ローレンは張り詰めた雰囲気を身に纏った。
「ロレイン、あんたの方はいけるの?」
「うん、まあね。
もうあらかた屋敷内は調べ終わってる。
[蛇さん]以外なら、いつでも、どうにでも出来るぐらいにはなってるよ」
「らしくないな。
いつもなら――」
「イヤイヤイヤイヤ。
僕はしがない[シーフ]ですよ?
あの[蛇さん]に見つかった時のこと考えたら、とてもとても」
「お前の、どの口でそんな言葉が吐けるんだ?」
ローレンは、弟の性格と実力を知っている。
この弟は、[我が主]の為なら、どんな手段を用いても、求められた以上の結果を出してきている。
だから、そんな弟が、こんなことを言うのは珍しい。
「ま、でもナイスタイミングなんだよ。
僕、もうすぐ研修期間が終わるんだ。
そん時に、なんか[蛇さん]が僕に会ってくれるらしいんだ」
「ほう……?」
ロレインの言葉に、ローレンの唇は嬉しそうに歪む。
姉の反応に、ロレインも嬉しそうに答える。
「[我が主]が楽しんでくれたらいいだけだから、今回は勝ち負け関係ないからねー。
だったら、もう、どかーんと派手にドラマティックにいきたいよね。
そう考えたら、直接会える機会を逃したくないよ。
そこで、ばばーんと発表したいな。
手紙とかで招待とかって地味すぎるからね」
「ああ、全くだ。
では、[蛇]を招待する為の[景品]はどうなんだ?」
「大丈夫。それは完璧に目処つけてるよ。
ただねえ……」
「どうした?」
少し考えるそぶりを見せるロレインに、ローレンは不思議そうに尋ねた。
「いやね、[蛇さん]なら[景品]は1つで十分だと思うんだ。
でも、演出を派手にって考えるとね、[景品]は多い方がいいなーと思って」
「ほぅ」
「ただ、どうしても[景品]は、姉さんに任せっきりになるからねー」
「ふん、そういうことか。
まあ、1つの[景品]が複数になったところで問題ない。
そっちは任せておけ。
でも、むかつくようなら、五体満足かは保証しない」
姉のいつも通りの言葉に、ロレインは無邪気とも言える笑顔を見せた。
「あー、姉さん、ありがとー!
[景品]に関しては、全然いいよ。
どうせなら、ある程度――
……
いやいや、ストップ。
姉さんができる範囲でいいので、無傷でお願いしますです、はい」
「今日はホントに珍しいな、どうしたんだ?」
いつもと異なる弟の返答に、ローレンは怪訝そうに言葉を返す。
「とっても素敵な状態での[景品]を渡した時の[蛇さん]の顔も、[我が主]には見て頂きたいけど、
どうせなら、さ。
[蛇さん]の目の前で、[景品]を素敵な状態にした方がいいと思ってねー。
やっぱり現在進行形で見てもらった方が、きっと、もっと[蛇さん]がんばってくれるかなーって」
「がんばってもらわなければ困る。
よし、極力、手を加えないようにするとしよう。
だが、[景品]がふざけたこと抜かしたら――」
その瞬間。
ローレンの身体全体から静電気の音が「パリパリ」と鳴り始める。
そして、すぐに全身から発光現象が起こり――
「ちょ、ちょ、姉さん!
ストップ、ストップ~!」
「ふん」
慌ててロレインはローレンを宥める。
と、ロレインはすぐに[雷]を押さえ込んだ。
「も、もう、さすがにそれはまずいよー」
慌てて、ロレインは周囲を見渡す。
だが、周囲の人々は特に反応していない。
自分達の会話や食事で、人生を楽しむことに夢中だったようである。
そんな周りの人間を見下しつつ、ローレンは席から立ち上がった。
「そうと決まれば、グズグズしている時間もない。
私は戻る。
ロレイン、何か必要なモノはある?」
ローレンの言葉に、ロレインは一瞬だけ考えて――
「そうだね。今のところ、大丈夫かな。
まだ、[テレポート(瞬間移動)]も残ってるから、[景品]を姉さんに運ぶのも大丈夫だし」
「そうか。
まあ、何か必要な物があったら連絡しなさい。
では、私は戻る。
そろそろ、[ホブゴブリン]に気合いを入れとく必要がありそうだからな」
ローレンは唇を歪めた。
今度は嬉しそうにである。
「ん、そっちは頼むね。
こっちは[蛇さん]に会えるのが4日後なんだ。
だから……
……
そうだね、明後日の夜中には、姉さんに[景品]を送るよ。
で、そのまま次の日には、[蛇さん]連れてそっちに向かうとするよ」
「わかった。
こちらも、そのつもりで準備をしておこう」
ロレインとローレン。
2人はお互いの言葉に対して、満足げに頷いた。
そして――
「あーでも、ホントに惜しいなあ」
「どうした?」
「[ホブゴブリン]がね。
[500]は出来れば[オーク]だったら、もう、最高だったなって思ってー」
「馬鹿言うな。
[オーク]より[ホブゴブリン]の方がまだマシな強さだぞ。
何を言ってる?
[オーク]は臭いし、弱いし、下品でどうにも腹が立つ」
「いやいや。
その下品が今回はいいんだよ。
なんていうか、[下半身が脳みそ]の彼らならさ、絶対に劇的な展開になったと思うから」
ロレインは奇妙な笑顔を見せた。
★
久しぶりの双子登場。
姉だけではなく、弟も立派な変人でございましたw
でも、こんな2人ですがお気に入りです。
書くのが楽しく感じられます。
○
後半が会話だらけ、しかも、微妙な言い回しで理解しにくいものとなりました。
申し訳ございません。
奇妙な会話から、次話以降の展開に対していろいろ想像していただけると嬉しいです。
○
海外へ旅行に行きます。
次話の公開ですが、少し遅れるかもしれません。
申し訳ございません、よろしくお願いいたします。