[サーペンスアルバス]の町中を横切るようにして存在する運河。
その運河沿いには、一際目立つ、真っ白な石で作られた三層の美麗な石造建物が存在する。
教会を除けば、[サーペンスアルバス]では一番高さのある建物である。
「す、すいません……!」
少女はキース・オルセンに会うために、どうしてもそこへ行きたかった。
緊張した面持ちで、建物へと続く門を警護する2人の兵士に対して話しかけた。
「ん? どうかしましたか?」
[サーペンスアルバス]の兵士は、周囲に知れ渡る程の精鋭揃いである。
そのために不審人物に対しては容赦無い。
だが、目の前にいる少女は、雰囲気や法衣を纏っていることもあり穏やかな対応となった。
(当然、何か不審な動きでも見せれば、もう一方の兵士が動くだろうが)
2人のうち1人の兵士が、構えていた槍を降ろして少女に丁寧な口調で対した。
友好的に接してくれた兵士に、少女は安堵の面持ちを浮かべる。
そして、少女はお願いを口にした。
「あ、あの、
わ、わたし、キース、キース・オルセンに会いたいんです……!
ここに、ここにいるんですよね……?」
「……へ?」
期待と不安がブレンドされたような少女の言葉に、2人の兵士は一瞬顔を見合わせた。
そして、すぐに破顔する。
「こんな美人な僧侶さんも虜にするなんて、うちの大将も罪作りだなあ」
2人の兵士のうち、ベテランと思われる方の兵士が苦笑する。
「にしても、僧侶さん。[サーペンスアルバス]は初めてかい?
そんな泣きそうな顔をされんな。
大丈夫。間違いなく、この庁舎が[ホワイトスネイク]がおられる所だよ」
「やった、やっと来れたんだ……!」
ベテラン兵士の言葉に、少女はか細い手で握り拳を作った。
輝くような笑顔と、そして、少しの涙が見て取れた。
「おい、ここは俺が見ておく。
お前は、僧侶さんを案内してやんな」
そんな少女の様子に、ベテラン兵士は、横にいるもう1人の兵士に向かって命令を下した。
「っうす」
ベテラン兵士の言葉と、もう1人の兵士の言葉に、
「あ、ありがとうございます……!」
少女は深々と、お礼の言葉と頭を下げた。
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057 確信
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兵士に案内されて、少女はロココ風の鉄門に入っていく。
と、そこには、綺麗に手入れされた幾何学庭園が広がっていた。
あまりにも見事なシンメトリー構造に、少女は感嘆の声を漏らしてしまう。
そんな少女の反応に、兵士は気を良くして話してくれた。
「いい庭園でしょ?
へへ、実は俺の親父が手入れしているんですよ」
「はい……!
これはすごいですね」
少女は深呼吸をして、人の手によって管理されている庭園を見回す。
そこにはキューピッドや子供の彫像が配されており、荘厳ではあるが暖かみもある光景が広がっていた。
少女の趣向からすれば、一切、人の手が入っていない[魔の森アルセダイン]のような方が好ましく感じている。
だが、人の手が加わることで生まれる美しさがそこにはある。
興味深げに周囲を「キョロキョロ」と見ながら、少女は兵士の後に付いていった。
○
兵士に案内されて庭園を抜けると、そこは開けた空間になっていた。
中央には噴水が設けられており、ここでも左右対称に手入れされた歩道が作られている。
そして、噴水をこえた正面には、真っ白な石で作られた三層の石造建物が見て取れた。
が――
「え、人……?」
思わず、少女は疑問の声を上げる。
そこには、建物を囲むようにして、老若男女の多くの人々がいたからである。
少女としては、他の人が、それもこんなにも多くいるとは思わなかった。
少女がざっと見渡した感じだと、若い女性と年配の方々多いように見て取れた。
「あと一刻もしないと思うんで、ね。
俺は仕事に戻ります。
ごゆっくり」
「え、
あ、あの、ありがとうございました……!」
突然の兵士の言葉に、少女としてはよく理解はできなかった。
だが慌てて、お礼の言葉を少女は述べる。
そんな少女に兵士はにこやかな笑顔を向けて、今来た道を戻っていった。
兵士に向けて下げていた頭を戻すが、突然の展開に、少女としては途方にくれてしまった。
「ここで1人か、どうしよ??」
だが、ここで立っていても進展は無い。
ひとまず少女は、正面奥に見て取れる建物に向かって歩くことにしてみた。
○
少女が向かった建物は、周囲を囲うようにして、柵のような物が設置されているのが見て取れた。
柵は、少女の腰の高さ程度だろうか。
その柵の前で、何人もの屈強な兵士達が立ちふさがっている。
多くの人々、柵、柵前で警護する兵士達。
それらは、少女に、兄に連れて行ってもらった夏の野外のロックフェスティバルを思い出させた。
「うわあ……」
感嘆の声を漏らして、少女は周囲を見回した時だった。
ガラーン
ガラーン
ガラーン
自然の神オーバド・ハイ寺院から、重々しく鐘の音が鳴り響いて――
「わあああああ――!!」
突如、周囲にいた全ての人々から歓声や嬌声が響き渡った。
若い女性達は飛び跳ねるようにして叫んでいる。
祈りを捧げた老人は涙を流し始める。
それはものすごい大きさ、うねりだった。
「え、え、な、なに、なに――!?!?」
突然の出来事に、少女には理解が出来ない。
「ほ、ホントにこれじゃロックコンサートだよ~」
やはり兄と一緒に行った、ロックバンド[Whitesnake]のライブコンサートを思い出す。
確かあの時も、ボーカリストがステージに出た時、こんな感じに盛り上がって――
そして、みんなの視線を釘付けにした。
「え――?」
全く同じだ。
周囲にいる人々の視線が、一点に集中している。
少女も、みんなが見ている方へ視線を向ける。
「あ――」
少女の瞳に飛び込んできたのは、建物の二階にあるバルコニー。
そしてそこには深紅のサーコート(袖なしの外衣)を纏った青年が立っていた。
輝くような金髪と、服の上からでもわかるほど無駄の無い引き締まった身体。
容貌、風采、気品の全てを兼ね備えた青年だった。
「あ、ああ……」
少女はその場に「ペタリ」と腰砕けてしまった。
心の中が熱い。
それは歓喜だった。
歓喜がこみ上げてきて仕方がなかった。
あまりの衝撃に、立っていられない程だ。
そして照れくさそうに金髪の青年が、頭を掻きながら人々に向かって手を振る。
と、周囲の人々からは「キース様!」「ホワイトスネイク!」といった声が飛び交った。
若い女性などは「キャー、キャー♪」と、興奮しきりである。
「おにいちゃん……」
そんな興奮が渦巻く空間の中。
キース・オルセンを見た少女は呟いた。
少女の兄は黒髪だ。
そして背だって、あんなに高いわけではない。
ただの日本人なのだ。
似ている箇所を探す方が難しいくらいである。
だが、少女には[わかった]のだ。
説明はできない。
だが、間違いない。
16年間、ずっと一緒だったのだ。
キース・オルセンは、自分の兄[水梨勇希(みずなしゆうき)]だと。
「おにいちゃん……!」
頭の中で、ここに来るまでの出来事が走馬燈のように駆け巡る。
それらを全部、兄に聞いてもらいたい。
日本の家にいた時と同じように。
そして笑って欲しい、叱って欲しい、褒めて欲しい――
そしてどれぐらいの時間が経過したのだろうか。
夢うつつ状態となってしまった少女には、具体的な時間の経過がわからなかった。
だが、結構な時間が経っていたのだろう。
キース・オルセンは、多くの人々に背を向けて建物内に戻っていった。
「あは、あの後、絶対にヘロヘロになってベッドに飛び込むんだろうな。
「うがー、疲れた~」とか言って……」
キースが建物に戻っていった為に、多くの人々も帰り始めていった。
だが、少女は座り込んだまま動けなかった。
「そっか。
「キースに会いたい」って言ったから、ここに連れてきてくれたんだ」
兵士がこの場所に案内してくれた理由が、ようやく少女に理解できた。
恒例か、偶然なのかはわからないが、今日は、キースが街の人に顔を見せるイベントがあったのだ。
だから、すんなりと、ここに案内してくれたのだろう、と少女は考える。
「よし!
改めて、お願いしてみよう――!」
少女の面持ちは、自然で、そしてとても落ち着いた優しい笑顔だった。
○
「んなこと言われてもなあ」
「無理を言っているのはわかります。
でも、言っていただくだけでいいんです。絶対に納得してもらえるんです……」
少女は柵の前にいた兵士に、粘り強く交渉を行った。
だが、当然のように難航している。
当たり前である。
キース・オルセンは[サーペンスアルバス]を統治するトップの男なのだ。
アポイント無し、かつ、全く見知らぬ人間が通れる訳もない。
一介の女子高生が、東京都知事にいきなり会えるだろうか?
都庁の受付に言っても歯牙にかけられないだろう。
「まいったなあ」
さすがに、兵士もぼやき始める。
「ご、ごめんなさい、でも――」
無理を言っていることを、少女自身は自覚している。
そのため、だんだん、言葉が弱くなっていってしまう。
元来、少女は押しの強い性格ではなかった。
一瞬、少女の頭の中には[黒聖処女(ノワール ラ・ピュセル)]という単語がよぎる。
が。
少女は慌てて首を振った。
「でも、どうしても――」
少女は引き続き、お願いをした時だった。
「どうした、騒々しいぞ」
少女の背後から、凛々しい女性の声がかけられる。
少女が振り向くと、そこには――
「え? メイド、さん……?」
思わず、少女は呟いてしまう。
それは、声をかけてきた女性が[日本風のメイド]の格好をしていたからだ。
当然、この世界にも[侍女]という存在はいる。
だが、この女性の服と、この世界の[侍女]の服では全く異なる。
思わず、少女は「ぽかーん」と惚けてしまった。
「マ、マリエッタ様。
し、失礼致しました――!」
兵士二人は直立不動で敬礼を行う。
が、マリエッタ様と呼ばれた、メイドの女性は意に介さない。
「どうした、と聞いています。
優先順位を違えないでください」
無表情なまま告げるマリエッタの言葉に、兵士はますます直立してしまう。
「は、は!
じ、実はこの少女が、どうしても[ホワイトスネイク]に伝言して欲しいことがあると!
そして、言っていただければ、絶対に納得してくれると申しており――」
「納得? 何を言っている?」
マリエッタは、改めて少女に視線を向ける。
それは観察する目だった。
マリエッタと呼ばれたメイドの女性に対して、少女は慌てて一礼をした。
そして――
「お願いです、キース・オルセンに伝言をお願いします!
水梨乃愛(みずなしのあ)が来たって伝えてくれるだけでいいんです!
お、お願いします……!」
水梨乃愛と名乗った少女は、マリエッタという人物が関係者であると考えた。
引き続き、お願いを口にする。
「ミズナシノア……?」
マリエッタは乃愛に対して、いぶかしげな視線を向けた。
★
夏バテでした。
会社も休んでしまいました。
体調管理は大切ですね。
皆様に、お身体には留意してくださいませ。
○
そして、やっぱりひさしぶりのマリエッタさん。
○
ようやくキースの異名の元となったバンドについて触れることができましたw
Whitesnakeは良いバンドですね!
ジョン・サイクスのギターの音が心地良すぎてこまります。
生で一度聴いてみたかった!
今のダグ・アルドリッチも悪くはないのですが、後ちょっと物足りません。
まあ、主役がデヴィカバだからいいのかなw
○
今回のシリーズのコンセプトは「集合」でしょうか?